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平成20(ワ)14669特許権侵害差止等請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成22年8月27日
事件種別 民事
当事者 被告大安金属株式会社
原告アトムリビンテック株式会社 磯川産業株式会社
法令 特許権
特許法104条の33回
特許法29条2項2回
特許法29条1項3号2回
特許法102条3項1回
特許法102条1項1回
特許法102条2項1回
特許法100条1回
キーワード 刊行物102回
特許権14回
無効14回
新規性10回
分割9回
進歩性9回
侵害7回
実施7回
無効審判5回
審決5回
損害賠償2回
差止2回
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事件の概要 1 本件は,建具用ランナーに関する後記2( )の特許権の共有特許権者である2 原告らが,被告が製造,販売する製品が同特許権を侵害すると主張して,被告 に対し,特許法100条に基づき,被告製品の製造,販売等の差止め,被告製 品等の廃棄を求めるとともに 特許権侵害の不法行為による損害賠償請求権 民, ( 法709条 特許法102条 に基づき それぞれ損害賠償金2290万円 一, ) , ( 部請求)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月7日から 支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案で ある。 2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない )。 ( ) 当事者1 ア 原告アトムリビンテック株式会社(以下「原告アトムリビンテック」と いう )は,和洋家具金物,陳列店舗装飾・室内装飾金物,建物用金物の。 製造販売等を目的とする株式会社である (弁論の全趣旨)。 イ 原告磯川産業株式会社(以下「原告磯川産業」という )は,理髪用消。 毒器,箪笥,服飾用金具の製造販売等を目的とする株式会社である (弁。

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判決文

平成22年8月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成20年(ワ)第14669号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成22年5月12日
判 決
東京都台東区〈以下略〉
原 告 アトムリビンテック株式会社
東京都荒川区〈以下略〉
原 告 磯 川 産 業 株 式 会 社
両名訴訟代理人弁護士 高 島 良 樹
同弁理士 吉 田 芳 春
大阪市東住吉区〈以下略〉
被 告 大 安 金 属 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 大 澤 龍 司
同 吉 田 浩 司
同 佐 々 木 晋 輔
同弁理士 村 上 太 郎
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の製品を製造し,販売し,販売の申出をしてはな
らない。
2 被告は,別紙物件目録記載の製品を廃棄せよ。
3 被告は,別紙物件目録記載の製品の成形金型を廃棄せよ。
4 被告は,原告らに対し,各自2290万円及びこれらに対する平成20年6
月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,建具用ランナーに関する後記2( 2)の特許権の共有特許権者である
原告らが,被告が製造,販売する製品が同特許権を侵害すると主張して,被告
に対し,特許法100条に基づき,被告製品の製造,販売等の差止め,被告製
品等の廃棄を求めるとともに ,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求権 民

法709条 ,特許法102条 )に基づき ,それぞれ損害賠償金2290万円( 一
部請求)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月7日から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案で
ある。
2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない 。)
(1) 当事者
ア 原告アトムリビンテック株式会社(以下「原告アトムリビンテック」と
いう 。)は,和洋家具金物,陳列店舗装飾・室内装飾金物,建物用金物の
製造販売等を目的とする株式会社である 。(弁論の全趣旨)
イ 原告磯川産業株式会社(以下「原告磯川産業」という 。)は,理髪用消
毒器,箪笥,服飾用金具の製造販売等を目的とする株式会社である 。(弁
論の全趣旨)
ウ 被告は,家具建築金具,家具建築附属部材の製造販売等を目的とする株
式会社である 。(弁論の全趣旨)
( 2) 原告らの特許権
原告らは,次の特許(以下「本件特許」といい,その特許権を「本件特許
権」といい,本件特許の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明を「本件特
許発明 」という 。本件特許の明細書及び図面( 以下「 本件明細書 」という 。)
を別紙として添付する 。)の共有特許権者である 。(甲1∼3)

ア 特 許 番 号 第2889538号
イ 発明の名称 建具用ランナー
ウ 出 願 日 平成8年8月29日
エ 出 願 番 号 特願平8−229134
オ 登 録 日 平成11年2月19日
カ 特許請求の範囲
「 請求項1】レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付

部材と,ランナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材
が戸板に固定されるカップ部材と支軸を支持してカップ部材の内部に着脱
されるホルダ部材とから分割されてなる建具用ランナーにおいて,
カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とか
らなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材
の可動片に設けられ,ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとと
もに係合部の一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,可動片
を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一体成形され,可動片
の中途部には係合部の他方が設けられるとともに自由端には指先を掛ける
ことのできる操作部が形成されていることを特徴とする建具用ランナー 。」
(3) 本件特許発明の構成要件の分説
本件特許発明の構成要件を分説すると次のとおりであり,それぞれ「構成
要件Ⅰ」ないし「構成要件Ⅶ」という。
Ⅰ レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付部材と,ラン
ナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材が戸板に固定
されるカップ部材と支軸を支持してカップ部材の内部に着脱されるホルダ
部材とから分割されてなる建具用ランナーにおいて,
Ⅱ カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とか
らなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材
の可動片に設けられ,
Ⅲ ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとともに係合部の一方の
手前には係合部の他方への案内面が設けられ,
Ⅳ 可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一体成形さ
れ,
Ⅴ 可動片の中途部には係合部の他方が設けられるとともに
Ⅵ 自由端には指先を掛けることのできる操作部が形成されている
Ⅶ ことを特徴とする建具用ランナー。
(4) 被告の行為
被告は,平成19年4月ころから,別紙物件目録記載の製品(その構成に
ついては争いがある。以下「被告製品」という 。)を製造,販売している。
( 5) 構成要件の充足
被告製品は,本件特許発明の構成要件Ⅰ∼Ⅲ,Ⅴ,Ⅶを充足する。
(6) 無効審決及び審決取消訴訟
被告は ,平成21年2月6日 ,本件特許発明につき特許無効審判を請求し ,
特許庁は,同請求を無効2009−800021号事件として審理した。こ
れに対し,原告らは,特許請求の範囲の請求項1を下記のように減縮する訂
正請求(下線が訂正部分。以下「本件訂正」という 。)をした。特許庁は,
平成21年9月29日 ,「訂正を認める。特許第2889538号の請求項
1に記載された発明についての特許を無効とする 。」との審決をした。
原告らは,同審決の取消しを求めて審決取消請求事件(知的財産高等裁判
所平成21年(行ケ)10357号)を提起した。
(甲20,26,乙30,弁論の全趣旨)

「 請求項1】レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付

部材と,ランナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材
が戸板に掘込まれる取付溝に埋込み固定されるカップ部材と支軸を支持し
てカップ部材の内部に着脱されるホルダ部材とから分割されてなる建具用
ランナーにおいて,
カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とか
らなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材
の可動片に設けられ,ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとと
もに係合部の一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,可動片
を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一体成形され,可動片
の中途部には係合部の他方が設けられるとともに自由端には指先を掛ける
ことのできる操作部が形成されていることを特徴とする建具用ランナー 。」
3 争点
( 1) 被告製品の構成
(2) 構成要件の充足
ア 構成要件Ⅳ
イ 構成要件Ⅵ
(3) 特許法104条の3第1項の権利行使の制限
ア 新規性欠如(特許法29条1項3号)
イ 進歩性欠如(特許法29条2項)
( 4) 損害額(特許法102条)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点( 1)(被告製品の構成)について
〔原告らの主張〕
被告製品の構成は,別紙被告製品の説明書(原告)記載のとおりである(争
いがある部分に下線を付した 。 。

〔被告の主張〕
被告製品の構成は,別紙被告製品の説明書(被告)記載のとおりである(争
いのある部分に下線を付した 。 。

2 争点( 2)(構成要件の充足)について
(1) 構成要件Ⅳ
〔原告らの主張〕
本件特許発明は,従来の建具用ランナーにおける,ホルダ部材の操作片を
押し下げ操作した状態を保持しつつ作業しなければならない課題,ホルダ部
材がホルダ本体とロック体とコイルスプリングとから部品構成されている上
に,内部空間にロック体とコイルスプリングを収納した後に封止材で封止し
て組み立てるため,部品点数が多く組立てが面倒で,組付構造体のためにホ
ルダ部材の耐衝撃強度 ,耐荷重強度が低下するという課題を解決するために ,
可動片にスプリング機能とロック機能とを付与した上で,この可動片とブロ
ック形のホルダ部材を一体成形する手段を採用している。そして,本件明細
書の詳細な説明には ,「ホルダ部材22は合成樹脂材を素材として…ブロッ
ク形に一体成形され 」 「ホルダ部材22には…調整機構4が装備されてい

る」と記載されており,調整機構は装備品であって,ホルダ部材に調整機構
が一体成形されるという技術的思想は開示されていない。
このように,本件特許発明においては,一体成形されたホルダ部材がブロ
ック形を呈し,このホルダ部材に支軸と調整機構が後で取り付けられること
が明らかであり,支軸とホルダ部材との接合部における金属部材の付加又は
介在を排除する趣旨を含むものではない。
したがって,被告製品は,可動片221を含むブロック形のホルダ部材2
2が合成樹脂材を素材として一体成形されており 別紙被告製品の説明書 原
( (
告)の構成要件(D ) ,被告が主張するように支軸3とホルダ部材22と

の接合部に金属部材30が付加されていても,構成要件Ⅳを充足することは
明らかである。
〔被告の主張〕
本件明細書の記載から明らかなように ,本件特許発明の「 ホルダ部材 」は ,
支軸を支持するものであり,ホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材として一
体成形され,このホルダ部材のみで,耐衝撃強度,耐荷重強度を保持するも
のであるといえる。
これに対し,被告製品は,金属部材30のうち支軸3と直交する方向ヘ延
びる水平部分の孔には,支軸3に螺合した従動板歯車が嵌合する構造を有し
ており,金属部材30の水平部分が,従動板歯車を介して支軸3を支持して
いることは明らかであり,これなくしてホルダ部材22のみで支軸3を支持
することはできない。そうすると,金属部材30の水平部分は,支軸3を支
持するものであるから ,「ホルダ部材22」とともに「支軸を支持してカッ
プ部材の内部に着脱されるホルダ部材」を構成しているものといえる。
また ,被告製品の全体構造を見ると ,ホルダ部材22とカップ部材21は ,
カップ部材21の右上の水平部と,右中程の孔及び左下の係合溝214の位
置でのみ係合しているものであるから ,戸板の荷重によりホルダ部材22が ,
カップ部材21から脱落しないためには,支軸3の周辺部分には,戸板の荷
重により変形しない程度の剛性が必要とされることは明らかであり,横向き
T字形の金属部材30は,ホルダ部材22に取り付けられることにより,ホ
ルダ部材の耐荷重強度を保持する作用を奏していると認められ,この点から
みても,金属部材30は,調整機構の一部を構成しているとしても,全体と
してホルダ部材の一部を構成しているといえる。
このように,被告製品は,合成樹脂製の「ホルダ部材22」と横向きT字
形の「金属部材30」とによりホルダ部材が構成されており,金属部材30
は支軸の保持等の重要な役割を果たしているためホルダ部材そのものであ
る。したがって,被告製品のホルダ部材は ,「全体が合成樹脂材を素材とし
て一体成形され」ているものではなく,構成要件Ⅳを充足しない。
( 2) 構成要件Ⅵ
〔原告らの主張〕
被告製品は,ホルダ部材22の上部にある滑り止め溝224に人差し指や
中指の指先を載せると,指先が三角突条224aで滑り止めされて引っ掛か
る状態となる。その結果,ホルダ部材22の下部の可動片221の自由端の
操作部223にある溝223aに例えば親指の指先を掛けると,上下から指
先で挟み込む状態となり可動片221を操作することが可能となる。
よって,被告製品のホルダ部材22の下部の可動片221の自由端には溝
223aを有して指先を掛けることのできる操作部223が形成されてお
り,ホルダ部材22のブロック形の上部には左右方向にわたる長溝底に三角
突条224aを有して指先を掛けることのできる滑り止め溝224が凹設さ
れていることから(別紙被告製品の説明書(原告)の構成要件(F ) ,被

告製品が構成要件Ⅵを充足することは明らかである。
〔被告の主張〕
本件明細書の「指先で操作部を操作して…係合ロックを解除する」との記
載から明らかなように,本件特許発明における「操作部」は ,「指先で操作
部を操作して…係合ロックを解除する」ことができるものとされており,単
に指を掛けることができるだけでは足りず,指を掛けて係合ロックの解除操
作をすることが実現可能な構造,性質を有するものでなければならない。
ところが,被告製品の可動片221の前面に形成される「操作部223」
には溝223aが形成されており,この溝223aは,下方から上方にかけ
て徐々に深くなるようにテーパ面で形成され,その上端の最深部で奥行き約
2.8mm,幅約12mmであり,指を掛けることにも困難を伴い,まして
やその幅及び深さからして,指を掛けて係合ロックを解除することができる
ような構造,性質を有していない。このようなわずかな幅と深さによって形
成されている被告製品の操作部の操作は,作業現場においては,マイナスド
ライバー等の工具の先端を溝223aに引っかけて可動片221を持ち上げ
ることによって行われているのが現状である。被告製品の可動片221は全
体として比較的厚肉であるとともに,ホルダ部材には戸板の荷重も作用して
いるから,可動片221の操作にはある程度の力が必要であるため,溝22
3aに無理に指の爪先を引っかけて操作しようとしても,その操作は非常に
困難である。
したがって,被告製品の「操作部223」が「指先を掛けることのできる
操作部」に該当しないことは明らかであるから,被告製品は構成要件Ⅵを充
足しない。
3 争点( 3)(特許法104条の3第1項の権利行使の制限)について
(1) 新規性欠如(特許法29条1項3号)
〔被告の主張〕
ア 乙39刊行物に基づく新規性欠如
(ア) 本件特許出願前である平成5年6月17日に公告された実公平5−23
734号公報(乙39。以下「乙39刊行物」という。なお,乙39は
甲20添付の甲第2号証〔第2引例〕と同じものである 。)に記載され
た発明(以下「乙39発明」という 。)は,以下のように,本件特許発明
の構成要件Ⅰ∼Ⅶのすべての構成を備え,本件特許発明と同一の発明であ
る。したがって,本件特許発明は新規性欠如を理由として特許無効審判に
より無効とされるべきものであり,特許法104条の3第1項により,
原告らは被告に対し,本件特許権の侵害を理由として権利を行使するこ
とはできない。
(イ) 構成要件Ⅰの「 ランナー部材 」「 カップ部材 」「 ホルダ部材 」及び「 支
, ,
軸 」は ,それぞれ ,乙39発明の「 吊り戸用ランナー3 」「 固定枠2 」
, ,
「合成樹脂製係合体5 」 「吊り棒4」にそれぞれ該当し,構成要件Ⅰ

は乙39刊行物に開示されている。
乙39発明において,結合部の一方はカップ部材に相当する固定枠2
に,他方はホルダ部材に相当する合成樹脂製係合体5に設置され,この
合成樹脂製係合体5は可動であり,更に合成樹脂製係合体5の内端面が
固定枠2の水平突出縁の前端面に係合する構造になっており,構成要件
Ⅱの内容がすべて開示されている。
乙39発明において,両係合部10のうち少なくとも一方は,先端に
向かって下り勾配のテーパ面10aを有し,弾性変形により固定枠2内
を通過し得るようになされており,構成要件Ⅲも開示されている。
乙39発明において,ホルダ部材に相当する合成樹脂製係合体5は可
動片を含んで一体成形されており,構成要件Ⅳの内容がすべて開示され
ている。
乙39発明において,前記下り勾配のテーパ面に引き続き,係合面1
2が存在しており,可動片の中途部に係合部の他方が設けられていると
いうことができ,また ,「係合体を固定枠から取り外すには,一方の係
合体,たとえば,前側の係合部を押し下げて内方水平突出縁の前端面と
の係合を解き,係合体を固定枠から後方に引き出すかまたは押し出せば
よい」とされており,合成樹脂製係合体5に弾力を持たせていることか
ら,指先で操作することが当然の前提となっているというべきであるか
ら,構成要件Ⅴ及びⅥも開示されているといえ,乙39発明はこれらの
特徴を有する建具用ランナーに関するものであるから,構成要件Ⅶも開
示されている。
なお,本件訂正により,構成要件Ⅰは ,「レールを走行するランナー
部材と,戸板に固定される取付部材と,ランナー部材,取付部材を連結
する支軸とが備えられ,取付部材が戸板に掘込まれる取付溝に埋込み固
定されるカップ部材と支軸を支持してカップ部材の内部に着脱されるホ
ルダ部材とから分割されてなる建具用ランナーにおいて」と訂正された
が(下線部分が訂正点 ),乙39刊行物の第5図においては,戸板1の
上面に固定枠2を両側面から挟み込むような突出縁が設けられ,両突出
縁によって形成された取付溝に固定枠2が埋込み固定されているから,
本件訂正後の構成要件Ⅰも開示されているといえる。
イ 乙1刊行物に基づく新規性欠如
(ア) 本件特許の出願前である平成7年1月13日に公開された特開平7−1
1834号公報(乙1。以下「乙1刊行物」という。なお,乙1は甲2
0添付の甲第1号証〔第1引例〕と同じものである 。)に記載された発
明(以下「乙1発明」という 。)は,以下のように,本件特許発明の構成
要件Ⅰ∼Ⅶのすべての構成を備え,本件特許発明と同一の発明である。し
たがって,本件特許発明は新規性欠如を理由として特許無効審判により無
効とされるべきものであり,特許法104条の3第1項により,原告ら
は被告に対し,本件特許権の侵害を理由として権利を行使することはで
きない。
(イ) 乙1刊行物には,以下の構成要件を具備する発明が記載されていると
いえる。
Ⅰ’レールCを走行するローラ5と ,引き戸Dに固定される取付部材と ,
ローラ5,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材が引き戸
Dに固定される保持部材20と支軸を支持して保持部材20の内部に
着脱される滑動部材1とから分割されてなる滑動装置において,
Ⅱ’保持部材20と滑動部材1を係合ロックするための係合溝と係合突
起とからなる係合部の一方が保持部材20に設けられ,係合部の他方
が滑動部材1の係止脚3に設けられ,
Ⅲ’滑動部材1の係止脚3には弾性が付与されているとともに係合部の
一方の手前には係合部の他方へのテーパ面7が設けられ,
Ⅳ’係止脚3を含む滑動部材1の全体が合成樹脂材を素材として一体成
形され,
Ⅴ’係止脚3の中途部には係合部の他方が設けられる
Ⅶ’ことを特徴とする滑動装置。
そして,乙1発明の「レールC 」 「ローラ5 」 「引き戸D 」 「滑動
, , ,
装置 」 「保持部材20 」 「滑動部材1 」 「係止脚3 」 「テーパ面7」
, , , ,
は,本件特許発明の「レール 」 「ランナー部材 」 「戸板 」 「建具用ラ
, , ,
ンナー 」 「カップ部材 」 「ホルダ部材 」 「可動片 」 「案内面」にそれ
, , , ,
ぞれ相当することは明らかであるから,乙1刊行物には,本件特許発明
の構成要件Ⅵを除くすべての構成要件が明示的に記載されているといえ
る。
また ,指の爪先をひっかけることができる程度でも ,構成要件Ⅵの 指

先を掛けることができる操作部」に含まれると解することができるので
あれば,乙1発明においても,係止脚3の先端と保持部材20の筒状部
21との間にわずかな隙間が存在するため,扉側の取付穴Rの裏面が乙
1の図7に記載された実施例のように開口している場合には,引き戸D
の裏側から指を入れて,係止脚3の先端と保持部材20の筒状部21と
の間の隙間に指の爪先を引っかけることは可能であるため,構成要件Ⅵ
も開示されているといえる。
なお,乙1発明おける保持部材20は,引き戸Dに掘込まれる取付溝
に埋込み固定されており,乙1発明には,本件訂正後の構成要件Ⅰも開
示されている。
〔原告らの主張〕
ア 乙39刊行物に基づく新規性欠如
(ア) 乙39発明は,係合部10,10の内端面12,12で内方水平突出
縁8の前端面と後端面を挟み込むものであって,挟み込みの技術が開示
されているに止まる。また,乙39発明の合成樹脂製係合体5はカップ
部材に装着されるホルダ部材に相当するものとはいえず,係合部10が
ホルダ部材の可動片に相当するとも認められないため,構成要件Ⅱ∼Ⅳ
は開示されていない。
(イ) 乙39発明は,合成樹脂製係合体5が中央の吊り棒保持部9と薄肉の
弾性部11でつながって両係合部10を有し,固定枠2を前後から両係
合部10で挟み込む構造であるから,手前側の係合部10からの引き出
しに際しては,まず奥側での係合部10の係合解除が必要であって,し
かも,手前側の係合部10に引き出し引っ掛け部位が存在していないた
め,手前側の係合部10を操作部とする技術的思想は存在せず,合成樹
脂製で弾性のある操作部があるということはできない。また,可動片に
相当するものもないため,構成要件Ⅴ及びⅥは開示されていない。
(ウ) なお,本件特許発明においては,戸板に取付溝が掘り込みされこの取
付溝にカップ部材が埋込みされている(本件訂正後の構成要件Ⅰ )。こ
れに対して,乙39発明の「固定枠2」は,吊り戸1の上端面に固定さ
れ,ネジ止めで上端面に直付けされているため,取付溝に埋込み固定さ
れる「カップ部材」と同一であるということはできず,本件訂正後の構
成要件Ⅰは開示されていない。
(エ) したがって,本件特許発明が乙39発明と同一の発明であり新規性を
欠如するとの被告の主張には理由がない。
イ 乙1刊行物に基づく新規性欠如
(ア) 乙1発明において,筒状部21はフランジ22の裏側にあって,筒状
部21にベース2の裏面の係止脚3が係合する構成であるから,係止脚
3は内部で係合するいわゆるはめ殺しタイプに属している。これに対し
て,本件特許発明のホルダ部材の可動片は,はめ殺しタイプではなく,
係合部の一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,可動片の
中途部には係合部の他方が設けられるとともに自由端には指先をかける
ことのできる操作部が形成されるものであって,かかる操作部を有する
可動片の構成は乙1には記載されておらず,構成要件Ⅱは開示されてい
ない。
(イ) 乙1の図3が示すように,乙1発明におけるテーパ面7は先端部側に
位置しており,係合部の一方の手前に案内面が設けられていないため,
本件特許発明の可動片とは異なっており,構成要件Ⅲ∼Ⅴは開示されて
いない。
(ウ) 乙1刊行物には,表面側に手指による操作部を設ける技術的思想が何
ら開示されておらず,構成要件Ⅵも開示されていない。
(エ) したがって,本件特許発明が乙1発明と同一の発明であり新規性を欠
如するとの被告の主張には理由がない。
( 2) 進歩性欠如(特許法29条2項)
〔被告の主張〕
本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された刊行物である下記の各刊行
物に記載された発明,周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすること
ができたものであるから,本件特許は特許法29条2項に違反し,特許無効
審判により無効にされるべきものであり ,特許法104条の3第1項により ,
原告らは,被告に対し,本件特許権の侵害を理由として権利を行使すること
はできない。以下詳述する。
①特開平8−68258号公報(乙40。公開日:平成8年3月12日。以
下,この刊行物を「乙40刊行物」という。なお,乙40は甲20添付の
甲第3号証〔第3引例〕と同じものである 。)
②特開平7−91134号公報(甲6。公開日:平成7年4月4日。以下,
この刊行物を「甲6刊行物」という 。)
③特開平6−302309号公報(乙2。公開日:平成6年10月28日。
以下,この刊行物を「乙2刊行物」という 。)
④特開平7−155207号公報(乙3。公開日:平成7年6月20日。以
下,この刊行物を「乙3刊行物」という 。)
⑤特開平5−160756号公報(乙4。公開日:平成5年6月25日。以
下,この刊行物を「乙4刊行物」という 。)
⑥特開昭55−37800号公報 乙11 。
( 公開日:昭和55年3月15日 。
以下,この刊行物を「乙11刊行物」という 。)
⑦特開昭55−83178号公報 乙12 。
( 公開日:昭和55年6月23日 。
以下,この刊行物を「乙12刊行物」という 。)
⑧特開昭55−98483号公報 乙13 。
( 公開日:昭和55年7月26日 。
以下,この刊行物を「乙13刊行物」という 。)
⑨特開昭55−155479号公報(乙14。公開日:昭和55年12月3
日。以下,この刊行物を「乙14刊行物」という 。)
⑩特開昭56−130089号公報(乙15の1。公開日:昭和56年10
月12日。以下,この刊行物を「乙15の1刊行物」という 。)
⑪実開昭59−79984号公報 乙16 。
( 公開日:昭和59年5月30日 。
以下,この刊行物を「乙16刊行物」という 。)
⑫実開昭63−79077号公報 乙17 。
( 公開日:昭和63年5月25日 。
以下,この刊行物を「乙17刊行物」という 。)
⑬実開昭63−99775号公報 乙18 。
( 公開日:昭和63年6月28日 。
以下,この刊行物を「乙18刊行物」という 。)
⑭実開平1−79270号公報(乙19。公開日:平成1年5月29日。以
下,この刊行物を「乙19刊行物」という 。)
⑮実開平1−155276号公報 乙20 。
( 公開日:平成1年10月25日 。
以下,この刊行物を「乙20刊行物」という 。)
⑯実開平2−44267号公報(乙21。公開日:平成2年3月27日。以
下,この刊行物を「乙21刊行物」という 。)
⑰実開平3−28667号公報(乙22。公開日:平成3年3月22日。以
下,この刊行物を「乙22刊行物」という 。)
⑱実開昭55−419号公報(乙23の1,2枚目。公開日:昭和55年1
月5日 。)及び当該公開実用新案公報の補正公報(乙23の3枚目。発行
日:昭和57年9月8日。以下,それぞれ「乙23①刊行物 」 「乙23

②刊行物」という 。)
⑲実開平3−58573号公報( 乙24 。公開日:平成3年6月7日 。以下 ,
この刊行物を「乙24刊行物」という 。)
⑳特開平7−274352号公報 乙31 。
( 公開日:平成7年10月20日 。
以下,この刊行物を「乙31刊行物」という 。)
<21>特開平8−96908号公報 ( 乙32 。 公開日:平成8年4月12日 。
以下,この刊行物を「乙32刊行物」という 。)
< 22>特開昭62−131487号公報(乙33。公開日:昭和62年6月
13日。以下,この刊行物を「乙33刊行物」という 。)
<23>特開平8−154742号公報 乙34 。
( 公開日:平成8年6月18日 。
以下,この刊行物を「乙34刊行物」という 。)
ア 乙40刊行物を主引用例とする主張
(ア) 本件特許発明と乙40刊行物記載の発明 以下 乙40発明 」
( 「 という 。)
との対比(共通点)
a 乙40発明の「ガイドローラ22 」 「ケースホルダー20 」 「ロ
, ,
ーラケース21 」 「調整杆59」は,それぞれ本件特許発明の「ラ

ンナー部材 」 「カップ部材 」 「ホルダ部材 」 「支軸」に相当し,本
, , ,
件特許発明と構成部材が同一の建具用ランナーが開示されている(構
成要件Ⅰ,Ⅶ )。
なお,乙40発明は ,「埋設凹部17」においてケースホルダー2
0を戸板に掘り込んで固定する構造であるから,本件訂正後の構成要
件Ⅰも開示されている。
b 乙40発明において,係合溝と係合突起とからなる係合部の一方が
カップ部材に該当するケースホルダー20の嵌合凹部25に設けら
れ,係合部の他方がホルダ部材に該当するローラケース21の可動片
であるレバー片41の係止部43に設けられており,構成要件Ⅱが開
示されている。
c 乙40発明において,ホルダ部材に該当するローラケース21の可
動片であるレバー片41にはコイルスプリングにより弾性が付与され
ており,係合部の一方の手前にはレバー片41の摺動面42に勾配が
付けられて係合部の他方への案内面が設けられており,構成要件Ⅲが
開示されている。
d 乙40発明においては,係止部43が可動片であるレバー片41の
中途部に設けられており,構成要件Ⅴが開示されている。
e 乙40発明においては,自由端に当たるレバー片41に指先を掛け
ることのできる操作部44が形成されており,構成要件Ⅵが開示され
ている。
(イ) 本件特許発明と乙40発明との相違点
本件特許発明は,可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材
として一体成形されている(構成要件Ⅳ)のに対し,乙40発明は,可
動片であるレバー片とホルダ部材であるローラケースが別部材であり,
その素材が不明である点のみが相違点である。
(ウ) 相違点の検討
本件特許発明と乙40発明の唯一の相違点である可動片を含むホルダ
部材の全体を合成樹脂材を素材として一体成形する点は ,以下のように ,
本件特許出願当時において様々な技術分野における周知技術であったと
いえる。
a 建具用ランナーの分野
着脱可能な2つの部材を,一方の部材に設けられた係合溝と,他方
の部材に設けられた可動片上の係合突起とによって係合ロックするよ
うな構成において,可動片を含む部材を合成樹脂材で一体成形する技
術(以下「一体成形技術」という 。)につき,建具用ランナーの分野
においては,一体成形技術を応用した発明が本件特許出願前に公開さ
れていた(乙39刊行物 )。
乙39発明は,合成樹脂材で一体成形し,かつ,その弾性を利用し
て,可動片の操作により係合・解除するものであり,本件特許発明に
先立つ周知技術というべきである。
b その他の技術分野
本件特許発明と同様の一体成形技術は,既に本件特許出願前におい
て,様々な技術分野で利用されており(乙2刊行物,乙23①,②刊
行物,乙31∼34刊行物等 ),分野を問わず周知された基本的な技
術であったといえる。
この一体成形技術が周知技術であることの典型的な例は,モジュラ
ージャックである(乙11∼22刊行物,乙32刊行物 )。
モジュラージャックは本件特許発明と対比すると,技術分野及び戸
板吊り下げ用の支軸を持たない点が相違するが,その他の構成要件,
形状において両者は酷似している。
また,モジュラージャックは,昭和59年から電話回線に使用され
始め,平成8年までに電話機は国内で1億8034万8134台販売
され,それら電話機にはモジュラージャックの差込口が設置されてお
り,極めて多数の一般人がモジュラージャックに触れる機会があった
といえる。さらに,平成8年当時,パソコンのインターネット回線や
LANケーブルにもモジュラージャック方式が採用されていたため,
パソコンの接続や移設の際には,多数の一般人がモジュラージャック
による接続を行っていた。このように,モジュラージャックは本件特
許出願当時,広く一般に知れ渡っていたのみならず,現実にその技術
を一般人が自ら利用して電話線を接続していたのであって,極めて高
い周知性を有していたというべきである。
c このように,一体成形技術は,様々な分野に応用される汎用性の高
い技術であり,かつ,モジュラージャックの例から明らかなように一
般に広く知れ渡った周知技術であったというべきである。
したがって,乙40発明に周知の一体成形技術を組み合わせれば,
当業者は,上記相違点に係る構成を容易に想到できたといえ,本件特
許発明の進歩性は否定される。
イ 甲6刊行物を主引用例とする主張
(ア) 本件特許発明と甲6刊行物記載の発明(以下「甲6発明」という 。)
との対比(共通点)
a 甲6発明の「送行体(17 ) ,
」 「受けケース(1 ) ,
」 「送行体支持
部材(6 )」は,それぞれ本件特許発明の「ランナー部材 」 「カップ

部材 」 「ホルダ部材」に相当する。甲6発明は,送行体(ランナー

部材)と送行体支持部材(ホルダ部材)とが支軸により結合され,受
けケース(カップ部材)が戸板に固定される構造の建具用ランナーで
あり,構成要件Ⅰ,Ⅶが開示されている。
なお,甲6発明の受けケース(カップ部材)は,戸板に掘り込まれ
る取付溝に埋込み固定される構造であるから,本件訂正後の構成要件
Ⅰも開示されている。
b 甲6発明においては,カップ部材である受けケース(1)に挿入溝
(12)が,ホルダ部材である送行体支持部材(6)に係合凸部(1
0)が存在し,これらは本件特許発明の係合溝及び係合突起に相当す
るものであり,かつ,係合部の他方が送行体支持部材(6)の可動片
であるロック体(8)に設けられており,構成要件Ⅱが開示されてい
る。
c 甲6発明においては ,ホルダ部材の可動片であるロック体( 8 )は ,
スプリングにより上下摺動可能に弾性が与えられており,係合部の一
方の手前には係合部の他方への案内面である傾斜ガイド面(14a)
が設けられおり,構成要件Ⅲが開示されている。
d 甲6発明においては,可動片に相当するロック体(8)の中途部に
係合部の他方である係合凸部(10)が設けられており,構成要件Ⅴ
が開示されている。
e 甲6発明には ,指先を掛けることのできる操作部であるつまみ片 1

1)が形成されており,構成要件Ⅵも開示されている。
(イ) 本件特許発明と甲6発明との相違点
本件特許発明は,可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材
として一体成形されている(構成要件Ⅳ)のに対し,甲6発明は,可動
片であるロック体とホルダ部材である送行体支持部材が別部材であり,
その素材が不明である点のみが相違点である。
(ウ) 相違点の検討
本件特許発明と甲6発明の唯一の相違点である可動片を含むホルダ部
材の全体を合成樹脂材を素材として一体成形する点は,上記ア(ウ)のと
おり,本件特許出願当時において様々な技術分野における周知技術であ
り,甲6発明に周知の一体成形技術を組み合わせれば,当業者は,上記
相違点に係る構成を容易に想到できたといえ,本件特許発明の進歩性は
否定される。
ウ 乙39刊行物を主引用例とする主張
(ア) 本件特許発明と乙39発明の相違点
上記(1 )アで述べたとおり,乙39発明は構成要件Ⅰ∼Ⅶのすべての構
成を備え,本件特許発明と同一の発明である。
仮に相違点があるとすれば,①本件特許発明では,ホルダ部材の可動片
に存在する係合部がカップ部材の水平突出縁の前端面に係合ロックする構
造であるのに対し,乙39発明においては,ホルダ部材に相当する係合体
の両端にある可動片が固定枠を挟み込む形で係合ロックする点,②本件特
許発明の本件訂正後の構成要件Ⅰでは,カップ部材が戸板に掘込みされた
取付溝に埋込み固定されている(いわゆる埋込式)のに対し,乙39発明
においては,固定枠が戸板の上端面にネジ止めで直付け固定されている い

わゆる直付式)点である。
(イ) 相違点の検討
仮に上記(ア)の相違点が存在したとしても,本件特許出願当時,建具用
ランナーの技術分野において乙40発明や甲6発明が既に存在してお
り,これらの発明は上記堀込式の建具用ランナーであり,可動片を解除
操作して手前側に引き出す構造であって,また,本件特許発明の特徴と
して挙げられる一体成形技術は,上記ア(ウ)のとおり,様々な分野にお
いて広く用いられている周知技術であり,この周知の一体成形技術を上
記堀込式の建具用ランナーに応用することにより,ホルダ部材が合成樹
脂材で一体成形され,可動片の弾性変形により係合ロック及び解除を行
う建具用ランナーを発明することは,容易に発想できるものであった。
したがって,乙39発明に周知の一体成形技術を組み合わせれば,当
業者は,上記相違点に係る構成を容易に想到できたといえ,本件特許発
明の進歩性は否定される。
エ 乙1刊行物を主引用例とする主張
(ア) 本件特許発明と乙1発明の相違点
上記( 1)イで述べたとおり,乙1発明は構成要件Ⅰ∼Ⅶのすべての構成
を備え,本件特許発明と同一の発明である。
仮に相違点があるとすれば,本件特許発明においては,自由端には指先
を掛けることができる操作部が形成されているのに対し(構成要件Ⅵ ),
乙1発明においては,指先を掛けることができる操作部が開示されていな
い点である。
(イ) 相違点の検討
建具用ランナーの技術分野において,係合ロックを解除するために指
先を掛ける操作部を形成することは,例えば甲6発明など,本件特許出
願当時において周知技術であったといえる。また,着脱可能な2つの部
品を取り付けるために,可動片を含む部品の全体を合成樹脂材を素材と
して一体成形し,可動片の中途部には係合部の他方を設け自由端には指
先を掛けることのできる操作部を形成するということは,およそプラス
チック成形品の分野全般において周知・慣用の技術であった(乙2ない
し4刊行物等)ことから,乙1発明において可動片の先端部に指先で操
作することのできる操作部を形成することは,当該可動片がそもそも操
作によって係合部の係合を解除するものであることにかんがみれば,格
別発明性を有しないことである。
したがって,乙1発明に上記周知技術を組み合わせれば,当業者は,
上記相違点に係る構成を容易に想到できたといえ,本件特許発明の進歩
性は否定される。
〔原告らの主張〕
進歩性欠如についての被告の主張は否認ないし争う。
ア 乙40刊行物を主引用例とする主張
(ア) 乙40発明のローラケース21は,相対する側板部36a,36bの
壁構造を備え,壁構造間に支軸37と係止軸38とが軸架され,支軸3
7にはロックレバー39が回動自在に軸支されると同時にコイルスプリ
ング46が巻回され,その一端部46aが操作片40の挿入端部に係止
され,その他端部46bが前記係止軸38に係止される構成となってお
り,部品点数が多く,複雑な構成をしており,組立てが面倒で加工コス
トがかさむものである。
特に,コイルスプリング等を収納する組付構造体になっていることか
ら,ローラケースの耐衝撃強度,耐荷重強度が低下し,さらには,大型
化して大きな取付スペースを必要とするという課題が未解決である。こ
の課題は,本件特許発明の課題と同一であり,本件特許発明では乙40
発明も前提技術として取り込まれているものと認められる。
(イ) 乙40発明には,本件特許発明の構成要件のうち,いわゆる埋込式の
構造である点,係合部の他方がホルダ部材の可動片に設けられている点
が開示されておらず,また,ケース部の5部材の組付けをいかなる技術
で省略化するのかという具体的構造が不明であるため,構成要件Ⅰ(本
件訂正後のもの ),Ⅱ,Ⅳが開示も示唆もされていない。
(ウ) 乙40発明は,ローラケース21内の支軸37にコイルスプリング4
6を巻設している構造であり,モジュラージャックも部材内部にスプリ
ング接触子部のスプリング力を備えている。
しかし,本件特許発明は,部材内部のスプリングを省略する技術思想
を有している点で乙40発明や乙11∼22刊行物記載のモジュラージ
ャックに関する発明からは予測することができないものである 。しかも ,
モジュラージャックは通信回線に沿って小形化・軽量化され,戸板の移
動による耐荷重性や閉鎖時の耐衝撃性などが全く考慮されていないた
め,本件特許発明の建具用ランナーにそのまま適用することは不可能で
ある。通信回線の接続とレール及び戸板の接続は,接続の対象,産業分
野,当業者が相違し,適用の示唆もなく,解決課題も全く異なることか
ら,乙40発明に乙11∼22,32刊行物記載のモジュラージャック
を組み合わせることは困難である。
また,乙11∼22刊行物記載の発明,乙31∼34刊行物記載の発
明が周知技術であると認めることはできず,本件特許発明に適用できる
旨の記載や示唆もない。
建具金物業界の当業者は,乙40発明及び被告主張の周知技術から,
本件特許発明との相違点を想到できない。
(エ) 被告は,モジュラージャックの存在下において,平成5年8月13日
に甲6発明を出願している(発明者は被告代表者 )。甲6発明は,カッ
プ部材にL字形の係合溝が設けられ,ホルダ部材にはスプリングとこれ
に弾圧されるロック体とつまみ片とを収納し,つまみ片を押下げ操作を
した状態のままで押込み操作をして吊り込み作業することが求められて
いた。甲6発明は,本件特許発明より3年ほど早く出願されている。
甲40添付の乙7(特開2000−291322号公報)に記載され
た発明(以下「甲40添付の乙7発明」という 。)は,本件特許出願公
開後である平成11年4月13日に出願され,甲16(特開2002−
70404号公報)に記載された発明(以下「甲16発明」という 。)
は平成12年8月29日に出願され,いずれも発明者は被告代表者であ
る。甲40添付の乙7発明と甲16発明は,本件特許発明の構成要件Ⅰ
∼Ⅴを備え,構成要件Ⅵの指先を掛けることのできる操作部の代わりに
ドライバの差込溝の構成となっているものであり,離脱に際しては指先
の代わりにドライバを用いて操作するが,押込み装着などについては本
件特許発明と同等な作用効果を奏しているものである。
甲40添付の乙7発明と甲16発明は,ドライバで解除する点を除い
て本件特許発明と同等な発明であると認められるが,これらは本件特許
出願公開後になって初めて被告から出願されている。
このように,被告は,モジュラージャックの存在下において,最初に
甲6発明を発明し,本件特許出願公開後に甲40添付の乙7発明,甲1
6発明を発明しているのである。また,本件特許出願後であるが出願公
開前には,従前と同様のねじ止めによる甲40添付の乙6(特開平10
−196203号公報 )に記載された発明を出願するにとどまっている 。
したがって,本件特許出願前,出願後出願公開前,出願公開後におけ
る被告による出願の経緯は,当業者において乙40発明にモジュラージ
ャックを組み合わせることによって本件特許発明を容易に発明できなか
ったことを裏付けているといえる。
イ 甲6刊行物を主引用例とする主張
(ア) 甲6発明は,ホルダ部材にスプリングとこれに弾圧されるロック体と
つまみ片とを収納する構造であるのに対して,モジュラージャックは部
材内部にスプリング接触子部のスプリング力を備えている。
本件特許発明は,部材内部のスプリングを省略する技術思想を有して
いる点で甲6発明と乙11∼22刊行物記載のモジュラージャックから
予測できないものである。しかも,モジュラージャックは通信回線に沿
って小形化・軽量化され,戸板の移動による耐荷重性や閉鎖時の耐衝撃
性などが全く考慮されていないので,本件特許発明の建具用ランナーに
そのまま適用することは不可能である。通信回線の接続とレール及び戸
板の接続は,接続の対象,産業分野,当業者が相違し,適用の示唆もな
く,解決課題も全く異なることから,甲6発明に乙11∼22,32刊
行物記載のモジュラージャックを組み合わせることは困難である。
また,乙11∼22刊行物記載の発明,乙31∼34刊行物記載の発
明が周知技術であると認めることはできず,本件特許発明に適用できる
旨の記載や示唆もない。
(イ) 上記ア(エ)のとおり,本件特許出願前,出願後出願公開前,出願公開
後における被告による出願の経緯は,当業者において甲6発明にモジュ
ラージャックを組み合わせることによって本件特許発明を容易に発明で
きなかったことを裏付けている。
ウ 乙39刊行物を主引用例とする主張
(ア) 上記( 1)の〔原告らの主張〕アのとおり,乙39には構成要件Ⅰ∼Ⅵ
は開示されていない。
(イ) 乙39発明において,レール16に組込みしたランナー3から垂下さ
れる合成樹脂製係合体5を戸板の上端面の固定枠2に係入して通過させ
るためには,高所での見えにくい状態で係入位置を捜さなければならな
い。すなわち,レール走行面の下端と戸板上端とは狭い間隙スペースで
左右方向(戸板幅方向)に連続しつつ,かつ,高い位置にあるので,戸
板の上端面の左右方向に沿って係合体5を固定枠2の位置に位置決め
し,見えにくい状態で断面上向きコ字形内に係合体5を係入する作業を
することは至難であり,実際にも乙39発明は商品化されていない。
これに対し,本件特許発明においては,支軸を支持するホルダ部材を
合成樹脂材で一体成形して可動片に弾性を付与するとともに,可動片に
は手前に案内面を,中途部に係合部を,自由端に指先を掛けることので
きる操作部を設けることによって,カップ部材に対してのホルダ部材の
着脱をより容易にしたものである。かかるホルダ部材の構成は,乙39
発明には何ら開示されていない。
このように,本件特許発明は,乙39発明を含む従来技術の問題点を
解消したものであり,乙39発明にはない構成を具備しているのである
から,進歩性が認められることは明らかである。
(ウ) 上記ア(エ)のとおり,本件特許出願前,出願後出願公開前,出願公開
後における被告による出願の経緯は,当業者において乙39発明にモジ
ュラージャックを組み合わせることによって本件特許発明を容易に発明
できなかったことを裏付けている。
エ 乙1刊行物を主引用例とする主張
(ア) 上記( 1)の〔原告らの主張〕イのとおり,乙1発明には構成要件Ⅱ∼
Ⅵが開示されていない。
(イ) 甲6発明は,表面につまみ片11を有しているが4分割されて組み立
てられており,本件特許発明の可動片の自由端に指先を掛けることがで
きる操作部が一体成形されている構成とは全く相違している。また,甲
6発明は,つまみ片11で上下する係合凸部10がL字形の挿入溝12
に係合する構造であるのに対して,本件特許発明の可動片は,係合部の
一方の手前には係合部の他方への案内面が設けられ,可動片の中途部に
は係合部の他方が設けられる構造であり,係合離脱の構成も相違してい
る。
このように,手前側に手指の操作部分を有していない乙1発明に,本
件特許発明と係合部材や係合構造が異なる甲6発明を組み合わせたとし
ても,本件特許発明の構成要件Ⅱ∼Ⅵを構成することは困難である。そ
して,乙1発明に甲6発明を組み合わせても,カップ部材に対してホル
ダ部材を押し当てるだけで可動片が弾性変形して容易に係合ロックする
ことができ,自由端の操作部に指先を掛けてロックを解除することがで
きるという作用・効果を奏することもできない。
(ウ) 乙2発明のバッテリ保持構造は,操作凸部24がフレーム1から側方
と表方に突出しているものであり,自由端に指先を掛けることのできる
操作部が形成されていない。乙3発明は,ベルトを連結するものであっ
て,操作部が自由端に位置していない。また,乙4発明は,小型通信機
の筐体係合構造に関するものであるが,治具挿入孔22を必須とするも
のである。
また,乙2∼4発明は,周知技術といえるものではなく,本件特許発
明と技術的関連性もない。
(エ) 本件特許発明は,折り戸や引戸をレールに建て込むための建具用ラン
ナーに係る技術分野に属するものであるから,建具や建具金物の技術分
野に属する通常の知識を有する者が当業者となる。建具・建具金物の技
術分野に属する通常の知識を有する者は,ICカードに代表される情報
カード等の電子装置に装着される薄型のバッテリをカード内に保持させ
るためのバッテリ保持構造(乙2発明)の産業上の利用分野まで知識と
して知っておくことを想定していない。同様に,小型通信機の筐体係合
構造(乙4発明)まで知っておくことも想定しておらず,ベルトを連結
するバックルの技術分野(乙3発明)まで知っておくことも想定外であ
る。
したがって,産業上の利用分野が大幅に相違する乙2∼4発明との組
合せを論じる被告の主張は適切ではない。
(オ) 上記ア(エ)のとおり,本件特許出願前,出願後出願公開前,出願公開
後における被告による出願の経緯は,当業者において乙1発明にモジュ
ラージャックを組み合わせることによって本件特許発明を容易に発明で
きなかったことを裏付けている。
4 争点( 4)(損害額)について
〔原告らの主張〕
(1) 原告らは,本件特許発明に係る建具用ランナーを開発して,原告磯川産業
が製造し,原告アトムリビンテックが販売をしており,十分な製造販売力を
有している。原告ら製品を含むセット商品の販売は,被告製品のセット販売
により売上げが減少しており,被告が被告製品をセット販売しなければその
全数量を原告らにおいて販売することができたものである。原告ら製品のセ
ット販売の利益率は上代価格の25%である。
( 2) 原告らの受けた損害額を特許法102条1項に基づいて算出すると以下の
ようになる。
被告は,平成19年4月1日から平成20年3月31日まで,被告製品を
6万2216個製造販売している。
被告製品は,単品販売ではなくセット販売されており,戸板1枚につき2
個使用され,上部レールは1本引きシルバー1800mmタイプとし,キャ
ッチ付きストッパーは2個とし,下部ガイドはKSD−400タイプ1個と
すると,被告製品のセット販売の売上金額は以下のとおりである。
上部ローラー 62,216 個× 1,940 円 120,699,040 円
アルミレール 31,108 本× 3,200 円 99,545,600 円
ストッパー 62,216 個× 190 円 11,821,040 円
下部ガイド 31,108 個× 220 円 6,843,760 円
計 238,909,440 円
この売上合計金額に原告ら製品のセット販売の利益率25%を乗じると,
原告らが被った損害額は5972万7360円となるが,その一部である4
580万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月7日
から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求
める。
被告の利益率も25%であるため,上記損害金額は被告が本件の侵害行為
により受けた利益の額とも一致する(特許法102条2項 )。
(3) また,本件特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額は,
被告製品1個につき100円を下らないので,これに被告による製造販売数
を乗じた金額の損害を受けたこと(特許法102条3項)を予備的に主張す
る。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被告製品は本件特許発明の構成要件Ⅳ及びⅥを充足するが,本
件特許発明は ,その特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明等により ,
当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易
に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項に
違反し,特許無効審判により無効にされるべきものであり,特許法104条の
3第1項により,特許権者である原告らは,その権利を行使することができな
いと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 争点( 1)(被告製品の構成)について
証拠(甲4の4,5,甲5)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は以下の
構成を有するものと認められる。
被告は,金属部材30が調整機構ではない旨主張するが,被告製品の構造及
び甲4の5の扉の調整に関する記載からすると,金属部材30が戸板Tの位置
を調整するための調整機構を構成することは明らかである。
( A) レ−ルRを走行するランナー部材1と,戸板Tに固定される取付部材2
と,ランナー部材1,取付部材2を連結する支軸3とが備えられ,取付部材
2が戸板Tに固定されるカップ部材21と支軸3を支持してカップ部材21
の内部に着脱されるホルダ部材22とから分割されてなる建具用ランナーに
おいて,
( B) カップ部材21とホルダ部材22を係合ロックするための係合溝214
がカップ部材21の下部に設けられるとともに係合突起222がホルダ部材
22の下部の可動片221に設けられ,
( C) ホルダ部材22の可動片221には弾性が付与されているとともに係合
突起222の手前には係合溝214への案内面222aが設けられ,
( D) 下部の可動片221を含むブロック形のホルダ部材22が合成樹脂材を
素材として一体成形され,
(E) 可動片221の中途部には上記係合突起222が設けられるとともに
( F) ホルダ部材22の下部の可動片221の自由端には半円状の凹部223
aを有する操作部223が形成され,ホルダ部材22のブロック形の上部に
は左右方向にわたる長溝底に三角突条224aを有する溝224が凹設さ
れ,
( G) ホルダ部材22のブロック形には,上記支軸3と,ホルダ部材22と一
体となって支軸3を支持するとともに戸板Tの位置を調整するための調整機
構を構成する横向きT字形の金属部材30が装備されるとともに,キャップ
225が装備されている
(H) ことを特徴とする吊り戸の支持装置。
3 争点( 2)ア(構成要件Ⅳ)について
被告製品において,下部の可動片221を含むブロック型のホルダ部材22
が合成樹脂材を素材として一体成形されている点は当事者間に争いがない。
被告は,本件特許発明のホルダ部材は,ホルダ部材のみで支軸を支持しなけ
ればならないことを前提に,被告製品においてはホルダ部材22のみでは支軸
3を支持することはできず,ホルダ部材22の耐荷重強度を保持する作用を奏
する金属部材30と併せて支軸3を支持しているから,金属部材30もホルダ
部材を構成するとして,ホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材としておらず,
構成要件Ⅳを充足しないと主張する。
しかしながら,本件明細書の発明の実施の形態の記載(段落【0024 】)
及び【図4】等からすると,ホルダ部材22のみならず,操作軸41,駆動板
歯車42,従動板歯車43等からなる調整機構4によっても支軸3(ネジ部3
2を含む)は支持されていると認められ,また,本件明細書上,支軸がホルダ
部材のみによって支持されなければならないと解釈すべき根拠となる記載はな
いから,被告の主張は前提において誤っており採用することができない。
また,本件明細書には,発明の実施の形態として ,「ホルダ部材22には,
戸板Aの上下位置を調整するための調整機構4が装備されている 。 (段落【0

023 】 との記載があることから ,本件特許発明は ,その技術的範囲として ,

調整機構をホルダ部材とは別に具備することを排除するものではない 。よって ,
被告製品における金属部材30が戸板Tの位置を調整するための調整機構を構
成するとしても,ホルダ部材に該当するか否かの判断に影響を与えるものでは
ない。
したがって,被告製品が金属部材30を備えていてもホルダ部材が合成樹脂
材を素材として一体成形されていることに影響を与えることはなく,被告製品
は構成要件Ⅳを充足する。
4 争点( 2)イ(構成要件Ⅵ)について
証拠(甲5,17)及び弁論の全趣旨からすると,被告製品の操作部223
の先端に形成された半円状の凹部223aは,奥行きが約2.8㎜,幅が約1
2㎜あり,十分指先を掛けることができる大きさであって,凹部223aに指
先を掛け可動片221を押し上げると ,弾性が付与された可動片221全体を ,
当該可動片の中途部の係合突起222がカップ部材21の下部の係合溝214
から抜け出るようにたわませることができると認められるため,被告製品には
「指先を掛けることのできる操作部が形成されている」といえ,構成要件Ⅵを
充足する。
被告は,被告製品の操作部223の先端の凹部223aは,指を掛けて係合
ロックを解除することができるような構造 ,性質を有していないと主張するが ,
上記認定を覆すに足りる的確な証拠は提出されておらず,これを採用すること
はできない。
5 争点( 3)イ(進歩性欠如)について
(1) 乙40刊行物の記載
本件特許出願前に頒布された刊行物である乙40刊行物には,以下の記載
がある。
「 0001】

【産業上の利用分野】本発明は開閉体取付装置に係り,たとえば,家具や
建具等の開口部を開閉する折り戸等の開閉体を高さ調整可能に取り付ける
ものに関する 。」
「 0003】

【発明が解決しようとする課題】前記先行技術の構成では,折り戸の高さ
を調整する場合には,折り戸の上端部に嵌着されたローラケースの上端部
とガイドローラを係合したガイドレールとの間の狭い箇所に位置する調整
ボルトを回動操作する必要があるとともに,この調整ボルトに近接した位
置にガイドレールがあるため,その調整ボルトの回動操作が容易ではなく
調整操作に手数を要し ,したがって ,折り戸の高さを簡単には調整し難く ,
現場での調整作業を容易にする上で好ましくない,という問題がある。
【0004】本発明は,このような点に鑑みてなされたもので,開閉体の
木口側に開口した操作口にローラ調整機構の回転操作部を配設し,この回
転操作部を回転操作することにより,ガイドローラを介して開閉体の高さ
を簡単に調整することができ,この回転操作部の回転操作が容易であり,
この回転操作部をガイドレールとの間の狭い箇所やガイドレールに近接し
た位置に配設したもののように調整操作に面倒な手数を要することがな
く,現場での調整作業を容易に行うことができ,したがって,作業性にす
ぐれた開閉体取付装置を提供することを目的とするものである 。」
「 0005】

【課題を解決するための手段】請求項1記載の開閉体取付装置は,開閉体
の木口に埋設固定され嵌合凹部を有するケースホルダーと,このケースホ
ルダーの嵌合凹部に嵌合固定され前記開閉体の木口側に操作口を開口する
とともに前記開閉体を案内するガイドレールに係合する回転自在のガイド
ローラを有するローラケースと,このローラケースに設けられ前記ガイド
ローラを上下動調整する回転操作部を前記操作口に回転自在に配設したロ
ーラ調整機構と,を具備したものである。
【0006】請求項2記載の開閉体取付装置は,請求項1記載の開閉体取
付装置において,ローラ調整機構は,ガイドローラを回転自在に軸架した
上下方向の調整杆と,この調整杆を上下動させる傘歯車と,この傘歯車に
噛合した傘歯車を有するとともに操作口に回転操作部を配設した回転軸と
を有するものである。
【0007】請求項3記載の開閉体取付装置は,請求項1または2記載の
開閉体取付装置において,ケースホルダーは,その嵌合凹部の相対する位
置に突設されローラケースの嵌合方向の案内突条と,前記嵌合凹部の相対
する位置に前記案内突条と離間して平行に突設されたストッパーとを有
し,前記ローラケースは,その両側部に形成され前記案内突条に案内され
る案内凹部と,この案内凹部と離間して平行に形成され前記ストッパーを
挿入する挿入溝と,この挿入溝に出没可能に設けられ前記ケースホルダー
に嵌合した際に前記ストッパーに係合するロックレバーとを有するもので
ある 。」
「 実施例】


【0016】1は家具や建具等の開口部の上端部に沿って配設固定された
左右方向の上部ガイドレールで,この上部ガイドレール1は上面板2と,
この上面板2の幅方向の両端部から下方に向かって相対して突設された前
後の側板3と,この前後の側板3の下端部から相対して互いに近接方向に
向かって突設された前後の弧状のローラ支持板4と,この前後のローラ支
持板4の相対する内端部間にて形成された案内溝5と,この前後のローラ
支持板4の相対する内端部の上方に位置して前記上面板2の下面部に相対
して下方に向かって突設された前後の案内突条6とを有して断面略矩形状
に形成されている。
【0017】また,前記上部ガイドレール1には前記上面板2の下面部と
前記前後の案内突条6とにより前記案内溝5の上方に位置して上部のロー
ラ収容部7が形成されているとともに,前記前後の側板3と前記前後のロ
ーラ支持板4及び前記上面板2の前後部とにより前後のローラ収容部8が
それぞれ形成されている 。」
「 0020】つぎに, 15 は前記開口部を開閉する開閉体としての折り戸の

複数の扉体で,この各扉体 15 の幅方向の両端上部及び両端下部における
木口 16 には上下方向の埋設凹部 17 がそれぞれ形成されている。そして,
前記両端上部の埋設凹部 17 は略U字状に形成されているとともに,前記
両端下部の埋設凹部 17 は略逆U字状に形成されている。なお,前記各扉
体 15 は図示しない複数の蝶番にてそれぞれ開閉自在に連設されている。
【0021】つぎに,前記各扉体 15 の両端上部の埋設凹部 17 には上部ラ
ンナーユニット 18 がそれぞれ埋設固定されているとともに,前記各扉体
15 の両端下部の埋設凹部 17 には下部ランナーユニット 19 がそれぞれ埋
設固定されている。
【0022】前記上部ランナーユニット 18 は,前記埋設凹部 17 内に埋設
される上下方向のケースホルダー 20 と,このケースホルダー 20 に嵌合さ
れるローラケース 21 と,このローラケース 21 の上方部に回転自在に軸架
された複数のガイドローラ 22 とを有して構成されている。
【0023】前記ケースホルダー 20 は,前記埋設凹部 17 内の内側壁部に
固定する上下方向に細長い固定基板 23 を有し,この固定基板 23 の幅方向
の両端部から外方に向かって略U字状に形成された埋設側板 24 が一体に
突設され,この略U字状の埋設側板 24 と前記固定基板 23 とにより前記ロ
ーラケース 21 を嵌合する嵌合凹部 25 が形成されている。
【0024】また,前記埋設側板 24 の相対する側板部 24a , 24b 内の上部
には前記ローラケース 21 の嵌合方向の案内突条 26 が相対して平行に一体
に突設されている。また,前記埋設側板 24 の相対する側板部 24a , 24b
内の下部の開口縁部には前記相対する案内突条 26 と離間しかつ案内突条
26 と平行にストッパー 27 が相対して一体に突設されている。前記相対す
るストッパー 27 は,それぞれの下面部に案内面 27a を有するとともに,
それぞれの内端部には前記案内面 27a に連続した垂直状の係止面 27b を有
している 。」
「 0026】つぎに,ローラケース 21 は,前記ケースホルダー 20 の嵌合

凹部 25 内に嵌合する上下方向のケース本体 31 を有し ,このケース本体 31
の両側上部には前記ケースホルダー 20 の相対する案内突条 26 を係合案内
する案内凹部 32 がローラケース 21 の嵌合方向にそれぞれ形成されてい
る。また,前記ケース本体 31 の両側下部には前記案内凹部 32 と離間して
平行に前記相対するストッパー 27 を挿入する挿入溝 33 が形成され,この
挿入溝 33 は挿入端部及び両側部を開放して形成されている。
【0027】また,前記ケース本体 31 には挿入方向と反対側の外端部には
上下方向の基板 34 が一体に形成され,この基板 34 の周側縁部には前記略
U字状の埋設側板 24 の開口縁部 24c に当接する当接縁部 34a が略U字状
に形成されている。また,前記基板 34 の下部には前記挿入溝 33 に連通す
る矩形状の操作口 35 が形成されている。
【0028】また,前記挿入溝 33 にて形成された前記ケース本体 31 の下
部は,前記基板 34 に一体で略U字状の下部ケース部 36 として形成され,
この下部ケース部 36 の相対する側板部 36a, 36b の挿入端部間の上部には
水平方向の支軸 37 が軸架されているとともに,この支軸 37 の下方に位置
して前記相対する側板部 36a, 36b の挿入端部間の下部には係止軸 38 が軸
架されている。
【0029】また,前記下部ケース部 36 の上部の支軸 37 には前記相対す
る側板部 36a, 36b 間に配設されたロックレバー 39 が上下方向に回動自在
に軸支されている。このロックレバー 39 は,前記ローラケース 21 の挿入
方向の操作片 40 を有し,この操作片 40 の幅方向の両側部には相対して略
三角形状のレバー片 41 がそれぞれ一体に突設されている。
【0030】また,前記相対するレバー片 41 は上端部に前記相対するスト
ッパー 27 の案内面 27a に沿って摺動する摺動面 42 がそれぞれ前記ローラ
ケース 21 の挿入方向と反対方向に向かって次第に後上りに傾斜して形成
され,この摺動面 42 の後端部には下方に向かって垂直状の係止部 43 がそ
れぞれ形成されている。
【0031】また,前記係止部 43 の下端部より後方に位置して前記操作片
40 の後端部を延長した操作部 44 が形成され,この操作部 44 は前記操作
口 35 内に上下動自在に配設されるようになっている。また,前記相対す
るレバー片 41 の挿入端部には前記支軸 37 を回動自在に挿通した挿通孔
45 がそれぞれ形成されている。
【0032】さらに,前記支軸 37 にはコイルスプリング 46 が巻回され,
このコイルスプリング 46 の一端部 46a が前記操作片 40 の挿入端部に係止
されているとともに ,その他端部 46b が前記係止軸 38 に係止されている 。
そして,前記コイルスプリング 46 にて前記支軸 37 を中心として前記ロッ
クレバー 39 が上方に向かって回動附勢され,その両側部の摺動面 42 がそ
れぞれ常時前記挿入溝 33 内に突出されるようになっているとともに,こ
のロックレバー 39 の操作部 44 の途中部は前記基板 34 から前記操作口 35
内に突出された前後方向に弾性変形可能な係止突片 47 の下端部に係止さ
れるようになっている。なお,前記係止突片 47 と前記係止部 43 との間に
は僅かな間隙が形成されている 。」
「 0053 】
【 つぎに ,扉体 15 の木口 16 に固定した上部ランナーユニット 18
のケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内に上部ガイドレール1に各ガイドロ
ーラ 22 を係合して吊持した上部ランナーユニット 18 のローラケース 21
を挿入すると,このローラケース 21 に設けたロックレバー 39 の相対する
レバー片 41 に形成された摺動面 42 の挿入端部がケースホルダー 20 の嵌
合凹部 25 に相対して突設したストッパー 27 の案内面 27a に当接される。
【0054】また,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内にローラケース 21
を更に強く挿入すると,このローラケース 21 のロックレバー 39 の相対す
る摺動面 42 が相対するストッパー 27 の案内面 27a にて押動され,このロ
ックレバー 39 が支軸 37 を中心としてコイルスプリング 46 に抗してロー
ラケース 21 の挿入溝 33 から後退する方向の下方に向かって回動されつつ
相対するストッパー 27 の案内面 27a に沿って次第に押し込まれる。
【0055】この際,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 の相対する案内突
条 26 がローラケース 21 の両側部の案内凹部 32 に係合され,かつ,ケー
スホルダー 20 の相対するストッパー 27 がローラケース 21 の挿入溝 33 に
挿入されることにより,この案内突条 26 と案内凹部 32 との相互及びスト
ッパー 27 と挿入溝 33 との相互による位置決め及び案内作用によってケー
スホルダー 20 にローラケース 21 がスムーズに嵌合される。
【 0056 】そして ,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内にローラケース 21
が深く嵌合されるとともに,このローラケース 21 のロックレバー 39 の相
対する摺動面 42 が相対するストッパー 27 の案内面 27a から外れ,このロ
ックレバー 39 がコイルスプリング 46 の復帰力によって支軸 37 を中心と
して復帰回動され,このロックレバー 39 の相対する係止部 43 がケースホ
ルダー 20 の相対するストッパー 27 の係止面 27b にそれぞれ自動的に係止
される。
【0057】したがって,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内にローラケ
ース 21 を深く嵌合されるとともに,このローラケース 21 はケースホルダ
ー 20 にロックレバー 39 にてロックされ,上部ランナーユニット 18 がワ
ンタッチで連結され,かつ,この上部ランナーユニット 18 のケースホル
ダー 20 を固定した扉体 15 はローラケース 21 及びこのローラケース 21 の
各ガイドローラ 22 にて上部ガイドレール1に沿って移動自在に取付けら
れ,すなわち,上部ガイドレール1には扉体 15 の上端部が上部ランナー
ユニット 18 にてワンタッチで簡単に取付けられる。
【0058】つぎに,上部ランナーユニット 18 のケースホルダー 20 の嵌
合凹部 25 内からローラケース 21 を外す場合には,ローラケース 21 の操
作口 35 内に突出したロックレバー 39 の操作部 44 を係止突片 47 から離間
する方向の下方に向かって押動操作すると,この操作部 44 にてロックレ
バー 39 が支軸 37 を中心としてコイルスプリング 46 に抗して下降回動さ
れ,このロックレバー 39 の相対する係止部 43 がケースホルダー 20 の相
対するストッパー 27 の係止面 27b から外れ,ローラケース 21 のロックが
解除される。
【0059】そして,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内からローラケー
ス 21 を引き抜くか,または,その逆にローラケース 21 からケースホルダ
ー 20 を引き抜くことにより,ケースホルダー 20 の嵌合凹部 25 内からロ
ーラケース 21 が簡単に外される。また,下部ランナーユニット 19 のケー
スホルダー 20 の嵌合凹部 25 内からローラケース 21 を外す場合も,前記
上部ランナーユニット 18 の場合と同様にロックレバー 39 を操作すること
により,ローラケース 21 のロックが解除され,ケースホルダー 20 の嵌合
凹部 25 内からローラケース 21 が簡単に外される 。」
「 0063】このようにして,上部ガイドレール1と下部ガイドレール9

との間に上部ランナーユニット 18 及び下部ランナーユニット 19 を介して
折り戸の各扉体 15 を簡単に取付けられ,現場での各扉体 15 の取付け作業
を簡単に行うことができ,作業能率を大幅に向上させることができる 。」
「 0076】

【発明の効果】請求項1の発明によれば,…ケースホルダーの嵌合凹部内
にガイドローラを回転自在に軸架したローラケースを嵌合するだけのワン
タッチ操作によってケースホルダーにローラケースを確実に固定すること
ができる。したがって,作業性にすぐれた開閉体取付装置を提供すること
ができる 。」
(2) 乙40刊行物記載の発明
上記( 1)の記載から,乙40刊行物には,少なくとも以下の構成を有する
開閉体取付装置に関する発明(以下「引用発明」という 。)が開示されてい
ると認められる。
ア 上部ガイドレール1を走行するガイドローラ22と,開閉体15に固定
される上部ランナーユニット18と,ガイドローラ22,上部ランナーユ
ニット18を回転自在に軸架する調整杆59とが備えられ,上部ランナー
ユニット18が開閉体15の木口16に形成される埋設凹部17に埋込み
固定されるケースホルダー20と調整杆59を支持してケースホルダー2
0の内部に嵌合するローラケース21とから分割されてなる開閉体取付装
置において,
イ ケースホルダー20とローラケース21を係合ロックするためのストッ
パー27の係止面27bとロックレバー39の係止部43とからなる係合
部を有し,係合部の一方である係止面27bがケースホルダー20に設け
られ,係合部の他方である係止部43がローラケース21のロックレバー
39に設けられ,
ウ ローラケース21のロックレバー39は上下方向に回動自在に軸支され
コイルスプリング46により回動附勢されているとともに,係合部の一方
であるストッパー27の係止面27bの手前には係合部の他方であるロッ
クレバー39の係止部43への案内面27aが設けられ,
エ ロックレバー39の中途部には係合部の他方である係止部43が設けら
れるとともに
オ ロックレバー39の先端には指先を掛けることのできる操作部44が形
成されている
カ ことを特徴とする開閉体取付装置。
( 3) 本件特許発明と引用発明との対比
本件特許発明と引用発明を対比すると,引用発明の「上部ガイドレール
1 」 「ガイドローラ22 」 「開閉体15 」 「上部ランナーユニット18 」
, , , ,
「調整杆59 」 「ケースホルダー20 」 「ローラケース21 」 「開閉体取
, , ,
付装置 」 「ストッパー27の係止面27b 」 「ロックレバー39の係止部
, ,
43 」 「ロックレバー39 」 「回動附勢され 」 「案内面27a 」 「操作部
, , , ,
44」は,本件特許発明の「レール 」 「ランナー部材 」 「戸板 」 「取付部
, , ,
材 」「 支軸 」「 カップ部材 」「 ホルダ部材 」「 建具用ランナー 」「 係合溝 」
, , , , , ,
「係合突起 」 「可動片 」 「弾性が付与され 」 「案内面 」 「操作部」にそれ
, , , ,
ぞれ相当する。
また,引用発明の「開閉体15の木口16に形成される埋設凹部17に埋
込み固定されるケースホルダー20」は,本件特許発明の本件訂正後の特許
請求の範囲【請求項1】の「戸板に掘込まれる取付溝に埋込み固定されるカ
ップ部材」に相当するといえる。
したがって,本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のと
おりである( 一致点〕の()内の記載は,本件訂正後の引用発明との一致

点として付加される部分である 。 。

〔一致点〕
「レールを走行するランナー部材と,戸板に固定される取付部材と,ラン
ナー部材,取付部材を連結する支軸とが備えられ,取付部材が戸板に(掘
込まれる取付溝に埋込み)固定されるカップ部材と支軸を支持してカップ
部材の内部に着脱されるホルダ部材とから分割されてなる建具用ランナー
において,
カップ部材とホルダ部材を係合ロックするための係合溝と係合突起とか
らなる係合部の一方がカップ部材に設けられ,係合部の他方がホルダ部材
の可動片に設けられ,
ホルダ部材の可動片には弾性が付与されているとともに係合部の一方の
手前には係合部の他方への案内面が設けられ,
可動片の中途部には係合部の他方が設けられるとともに
自由端には指先を掛けることのできる操作部が形成されている
ことを特徴とする建具用ランナー」である点
〔相違点〕
本件特許発明では,可動片を含むホルダ部材の全体が合成樹脂材を素材
として一体成形されているのに対し,引用発明においては,可動片である
ロックレバーとホルダ部材であるローラケースが別部材であり,その素材
が不明である点
なお,本件特許発明では合成樹脂材を素材として成形されている可動片
に弾性が付与されているのに対し,引用発明の可動片であるロックレバー
はローラケースに軸支されたコイルスプリングによって弾性が付与されて
いるが,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】及び発明の詳細な説
明の段落【0010 】 【0011】の記載に照らすと,本件特許発明に

おいて,可動片に弾性を付与する方法が合成樹脂材自体が有する性質によ
るものに限定されているということはできないから,可動片に弾性を付与
する仕組みの違いは相違点にはならないというべきである。
(4) 相違点についての判断
そこで,上記相違点に係る構成について,当業者が容易に想到できたもの
であるか否かについて検討する。
ア 乙2刊行物には,以下の記載がある。
「 0001】

【産業上の利用分野】本発明はICカードで代表される情報カード等の
電子装置に用いられ,特にこの種の電子装置に装着される薄型のバッテ
リをカード内に保持させるためのバッテリ保持構造に関する 。」
「 0002】

【従来の技術】…バッテリホルダ2には薄型バッテリを内挿させる円形
の保持部21が設けられ,かつその両側には係合片22が片持支持状態
で一体に形成され,各係合片22の外側面には係合凸部23と操作凸部
24が並んで形成されている。また,前記バッテリ収納室11の両側の
フレーム位置には前記係合凸部23に係合する係合凹部12が形成され
ている。
【0003】この保持構造では,保持部21にバッテリを内挿した上で
バッテリホルダ2をフレーム1のバッテリ収納室11に差し込むと,係
合片22の弾性力によって係合凸部23がフレーム1の係合凹部12に
係合し,その離脱が防止される。また,バッテリホルダ2を外す場合に
は,指の爪で操作凸部24を両側から挟み込んで係合片22を内側方向
に弾性変形することにより ,係合凸部23が係合凹部12から離脱され ,
更にその状態のままバッテリホルダ2を引き出すことによりバッテリ収
納室11からバッテリホルダ2を引き出すことができる 。」
イ 乙3刊行物には,以下の記載がある。
「 0001】

【産業上の利用分野】本発明は,ベルト等を連結すると共に分離自在な
雌雄一対のバックルに関するものである 。」
「 実施例】


【0019】まず,雄部材10を雌部材20に対して接近する方向に移
動し,雄部材10の弾性突部12a,12bの各先端を雌部材20の開
口部22aに臨ませ挿入を開始する。すると,雄部材10の弾性突部1
2a ,12bの先端近傍の外側が雌部材20の筐体22の両側壁24a ,
24bのそれぞれの内壁面に形成されたテーパ面26a,26bから共
に内側方向に付勢力を受ける 。このため ,雄部材10の弾性突部12a ,
12bの先端が内側方向に弾性変形すると同時に,図3及び図4に示す
ように,雄部材10の弾性突部12a,12bの先端内側が雌部材20
の筐体22の偏平面の内壁面にレール状突起にて形成されたリブ27
a,27bからの付勢力を受けて内側方向に対して略垂直方向で互いに
反対方向に付勢力を受ける。
【0020】すると,雄部材10の弾性突部12a,12bは図9及び
図10に示すように弾性変形され,雌部材20の筐体22の開口部22
aからその筐体22内に挿入される。そして,雄部材10のベルト連結
部11の側壁11b,11cが雌部材20の開口部22aの端面に当接
される。この位置が雄部材10の雌部材20に対する挿入完了位置であ
る。この挿入完了位置において,雄部材10の弾性突部12a,12b
は外側方向にそれぞれ弾性復帰する。これにより,雄部材10の弾性突
部12a,12bの補助係止部13a,13bと雌部材20の筐体22
の両側壁に形成された補助係合部25a,25bとの結合が完了する。
同時に,雄部材10の弾性突部12a,12bの係止部15a,15b
と雌部材20の筐体22の偏平面の内壁面に形成されたリブ27a,2
7bの各先端面の係合部28a,28bとの結合が完了する 。」
ウ 乙4刊行物には,以下の記載が認められる。
「 0001】

【産業上の利用分野】本発明は小形無線機等の小形通信機における筐体
係合構造に関する 。」
「 0008】

【課題を解決するための手段】前記目的を達成するために,本発明に係
る小形通信機の筐体係合構造においては,下ケース内部に形成した弾性
変形可能なフックが,上ケース内部に形成したフック受部に係合し,上
ケースと下ケースが係合一体化される小形通信機の筐体係合構造におい
て,前記上ケースのフック対応位置に,フックを弾性変形させてフック
受部との係合を解除するための治具挿入孔を形成し,この治具挿入孔に
フックの係合解除方向への移動を阻止する密閉栓を挿着するようにし
た。」
「 0011】

【作用】上ケースと下ケースを係合するには,下ケースのフックを弾性
変形させて上ケースのフック受部に係合させればよく,上ケースと下ケ
ースの係合作業が簡単である。即ち,フックとフック受部とを一致する
ように上下のケースを嵌め合わせれば,フックが弾性変形してフックと
フック受部とが係合する 。」
エ 乙23②刊行物には,以下の記載が認められる。
「実用新案登録請求の範囲
それぞれ後部にベルト通し孔を有する係止箱と,前部がその係止箱前部
の挿入孔へ係脱自在に挿着される挿入体とからなり,係止箱と挿入体と
は係止箱の挿入孔内部に対称位置に設けた一対の係止縁と,挿入体前部
に挿通方向へ伸び前記一対の係止縁間より幅広に形成した掛止部とが合
成樹脂により,それぞれ一体的に塑造されており,前記係止箱と挿入体
との一方に前記掛止部を係止縁から係脱する操作部を一体的に設け,か
つその操作部が係止箱を挿入体との係合時に係止箱の外殻より外側にな
るように位置させたことを特徴とする紐,ベルト用止め具 。」
オ 乙24刊行物には,以下の記載が認められる。
「実用新案登録請求の範囲
格納部に摺動自在に収納される引出しに用いられる簡易ロツク装置であ
って,取付部と,前記取付部に連結された薄肉ヒンジ部を基部として斜
めに立ち上がつた保持片と ,前記保持片の上端部に設けられた係止部と ,
前記保持片に一端部を連結した操作部とを一体形成してなる合成樹脂製
の第一部材と,取付部および前記格納部から引出しを引きだす過程で前
記係止部に係合する爪部を設けてなる第二部材とを備え,前記格納部側
および引出し側に第一部材と第二部材の一方をそれぞれ対応して取付け
て,前記引出しを格納部から多少引きだしたときに前記係止部と爪部が
係合して引きだしを規制するとともに,前記操作部を薄肉ヒンジ部の樹
脂弾性に抗して押圧し保持片の傾きを減じることにより前記係合を解除
することを特徴とする引出し用簡易ロツク装置 。」
カ 乙31刊行物には,以下の記載が認められる。
「 0001】

【 産業上の利用分野 】本発明は ,コネクタ ,カップリング等の管接続具 ,
あるいは端末保護具,ボックス等の配線・配管器具に適用される管接続
用の受口に関する。本発明は,とくに,管が挿入される筒体の周壁にス
リットを形成して,該スリットにより囲われた部分に弾性をもたせた管
係止爪を形成すると共に,該管係止爪の内面側に管を係止するための爪
部を突出させて成る管係止爪を一体に備えた管接続用の受口であって,
誤って接続された管を容易に取り外しできる構造を備えた管接続用の受
口に関する 。」
「 実施例】


【0015】図1及び図2に示すように,筒体10の周壁には平面コの
字状のスリット12が形成され,スリット12により囲われた部分は,
管を係止するための爪部14を内面に有し,筒体10の内外方に弾性変
形する管係止爪13として形成されており,この管係止爪13は筒体1
0と一体に構成されている。爪部14は,波付管の場合にはその谷部に
係合し,平滑管の場合にはその外周壁に食い込むことによって管を係止
する構造を備えたものであり,開口11からの管の挿入を容易にするた
め,その挿入側端面を傾斜面によって形成することが望ましい 。」
キ 乙32刊行物には,以下の記載が認められる。
「 0001】

【産業上の利用分野】本発明は,通信用回路を備えた通信用カードに関
するものである 。」
「 従来の技術】


【0006】モジュラープラグ2には,図7の(a)および図8に示す
ように,ハウジング 24 の上部側に斜め上方向に突出した爪部 25 が設け
られており ,爪部 25 の基部側には戻り防止用の引っ掛け部 26 が爪部 25
の両側に張り出して設けられている。爪部 25 は,爪部 25 の先端側とハ
ウジング 24 の底部側を指で挟んで力を加えると,図7の(a)の矢印
の方向に動いてハウジング 24 の上面 15 側に近づき,同図の(b)に示
す状態となり,指を離すと再び元の位置に戻るようになっている。ハウ
ジング 24 の先端上部側には,ハウジング 24 の先端面 28 よりも突出し
た突起部 27 が設けられており,ハウジング 24 の後端側にはコード挿入
穴(図示せず)が形成され,コード挿入穴には前記コード 21 が挿入さ
れており,ハウジング 24 内にはコード 21 から引き出された4本のリー
ド線(図示せず)が配列している 。」
「 0009】また,モジュラープラグ嵌合穴 20 の入口上部側には挿入し

たモジュラープラグ2を抜け止め係止するための戻り防止部6が設けら
れており,モジュラープラグ2をモジュラープラグ嵌合穴 20 の奥側に
挿入し,モジュラープラグ2の突起部 27 がモジュラープラグ嵌合穴 20
の先端位置設定部5に当接する直前になると,モジュラープラグ2の引
っ掛け部 26 の後端側が戻り防止部6に引っ掛かり,それにより,モジ
ュラープラグ2がモジュラープラグ嵌合穴 20 の入口側 22 に戻ってモジ
ュラープラグ嵌合穴 20 から外れないようになっている 。」
ク 以上の記載からすると,本件特許出願当時において,一方の部材に係合
溝を設け,他方の部材に弾性が付与されてなる可動片に設けられた係合突
起を一体成形することにより,2つの部材を着脱自在に係合ロックする構
成は,情報カード等の電子装置,ベルト等のバックル,小型無線機等の小
型通信機,ヘルメット等のベルト用止め具,机等の引出し,コネクタ,カ
ップリング等の管接続具,端末保護具,ボックス等の配線・配管器具,通
信用回路を備えた通信用カード等,様々な技術分野において広く用いられ
ていた周知の技術的思想であったと認められる。
また,乙23②刊行物及び乙24刊行物には,係合突起を備えた可動片
が一体成形された部材が合成樹脂製であることが明示的に開示されてお
り,さらに,一般に,機械設計上,弾性が必要な部位にはその素材として
合成樹脂材が広く用いられていることにかんがみれば,係合突起を備えた
可動片が一体成形された部材の素材として合成樹脂材を用いる点も,本件
特許出願当時において,様々な技術分野における周知の技術的思想であっ
たと認めるのが相当である。
ケ 機械設計上,構成部材を少なくし構成をより単純化することは,当業者
にとって,製造コストの削減や製品の耐久性向上等につながる一般的な技
術課題であるといえる。そのため,引用発明においても,カップ部材であ
るケースホルダー20とホルダ部材であるローラケース21を着脱自在に
係合ロックするための構成について,構成部材が少ないより単純な構成と
することは,当業者が当然に認識する自明の技術課題であったといえる。
そうすると,引用発明の係合ロックの構成(ロックレバー39やコイル
スプリング46等の部品を組み立てて成るローラケース21をケースホル
ダー20に係合ロックする構成)を,構成部材が少ないより単純な構成で
ある上記クで認定した周知の係合ロックの構成(一方の部材に係合溝を設
け,他方の部材に弾性が付与されて成る可動片に設けられた係合突起を一
体成形することにより,2つの部材を着脱自在に係合ロックする構成)に
置き換えることは,当業者にとって,十分に動機付けられていたというこ
とができ,通常の創作能力により容易になし得たといえる。
また,引用発明のローラケース21,ロックレバー39等の部品の素材
は乙40刊行物の記載上明らかではないものの,建具用ランナーに係る乙
1発明や乙39発明において,部品の素材として合成樹脂材が用いられて
いること(乙1刊行物の段落【0011 】,乙39刊行物の第1欄)に加
え,上記クで認定したように,係合突起を備えた可動片が一体成形された
部材の素材として合成樹脂材を用いることが様々な技術分野における周知
の技術的思想であったことを併せ考慮すると,引用発明の係合ロックの構
成を上記クで認定した周知の係合ロックの構成に置き換える場合に,当業
者は,係合突起を備えた可動片が一体成形された部材の素材として合成樹
脂材を容易に採用し得たといえる。
さらに,建具用ランナーでは,戸板等の30㎏程度の荷重が係合部位に
掛かることも想定されるが,引用発明の係合ロックの構成を上記クで認定
した周知の係合ロックの構成に置き換え,その素材として合成樹脂材を採
用しても,係合部位の厚さや大きさ等は想定される荷重に応じて設計され
るものであるから,係合機能を十分に発揮することができるものといえ,
この点を阻害事由と認めることはできない。
また,本件特許発明は引用発明より構成が単純化されているが,その程
度は上記クで認定した周知の係合ロックの構成を考慮すれば,当業者にと
って想定の範囲内のものといえ,本件特許発明は当業者が通常予想し得る
以上の顕著な効果(耐久性の向上等)をもたらすものではない。
したがって,当業者は,引用発明及び上記クで認定した周知の技術的思
想に基づいて,相違点に係る本件特許発明の構成を容易に想到できたもの
と認められる。
また,本件訂正は構成要件Ⅰに係るものであり,上記( 3)のとおり,引
用発明は本件訂正後の構成要件Ⅰの構成を具備するものであるから,本件
訂正が上記判断に影響を及ぼすことはない。
6 以上のとおり,本件特許発明は,当業者が引用発明及び上記の周知の技術的
思想に基づいて容易に発明をすることができたものであり,その特許は特許無
効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告らは被告に対し本
件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項 )。
7 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも
理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡 本 岳
裁判官
坂 本 康 博
裁判官
寺 田 利 彦

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