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平成22(ワ)5728民事訴訟 特許権

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成22年7月29日
事件種別 民事
当事者 被告
原告株式会社イー・ピー・ルーム
法令 特許権
民法709条2回
特許法29条2項2回
不正競争防止法2条1項4号2回
不正競争防止法3条1回
不正競争防止法6条1回
特許法113条1回
キーワード 特許権6回
損害賠償4回
刊行物2回
侵害2回
進歩性1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,原告が,同人の有していた放電焼結装置についての特許(特許第2 640694号)に対する住友石炭鉱業株式会社(現在の商号は住石マテリア ルズ株式会社。以下「住石」という。)がした特許異議申立て(平成10年異 議第70682号。以下「本件異議申立て」という。)を審理し,上記特許を 取り消す旨の決定(以下「本件取消決定」という。)をした審判長である元特 許庁審判官の被告に対し,被告が本件取消決定をしたことは不法行為に該当す ると主張して,慰謝料の支払等を求めた事案である。

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判決文

平成22年7月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成22年(ワ)第5728号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成22年6月17日
判 決
神奈川県相模原市<以下略>
原 告 株式会社イー・ピー・ルーム
東京都中央区<以下略>
被 告 A
同訴訟代理人弁護士 池 田 竜 一
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,金50万円及びこれに対する平成22年4月24日か
ら支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 第1項の支払が不能な場合には,被告は,不正競争防止法6条,同法7条1
項に基づき,原告が有していた特許第2640694号「放電燒結装置」につ
いて,特許第96574号公報,実公昭46−5289号公報を職権で調べな
いで取消決定をした旨の書面を作成し,署名・押印して所持する書面を原告に
渡せ。
第2 事案の概要
本件は,原告が,同人の有していた放電焼結装置についての特許(特許第2
640694号)に対する住友石炭鉱業株式会社(現在の商号は住石マテリア
ルズ株式会社。以下「住石」という。)がした特許異議申立て(平成10年異
議第70682号。以下「本件異議申立て」という。)を審理し,上記特許を
取り消す旨の決定(以下「本件取消決定」という。)をした審判長である元特
許庁審判官の被告に対し,被告が本件取消決定をしたことは不法行為に該当す
ると主張して,慰謝料の支払等を求めた事案である。
1 前提事実(認定事実については末尾に証拠を掲記する。)
(1)原告が有していた特許権(甲2)
原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権の特許請
求の範囲請求項1ないし3に係る特許を「本件特許」,本件特許に係る発明
を「本件発明」という。)を有していた。
特 許 番 号 第2640694号
発明の名称 放電焼結装置
出願年月日 平成2年9月18日
優 先 日 平成2年2月2日
公 開 日 平成4年1月14日
公 開 番 号 特開平4−9405号
登録年月日 平成9年5月2日
(2)住石による特許異議の申立て等(甲3,15,弁論の全趣旨)
ア 住石は,平成10年2月13日,本件特許について,特許異議の申立て
をし(平成10年異議第70682号。本件異議申立て),これについて,
平成13年7月4日,本件特許を取り消すとの決定(本件取消決定)がさ
れた。
被告は,当時特許庁審判官であった者であり,本件取消決定において,
審判長を務めた。
イ 本件取消決定の理由は,平成7年3月14日付けの手続補正は明細書又
は図面の要旨を変更するものであり,本件特許の出願日は平成7年3月1
4日とみなされるから,本件発明は,その出願前に頒布された刊行物(特
開平4−9405号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項に違反
してされたものである,というものである。
ウ 原告は,本件取消決定の取消しを求めて,東京高等裁判所に取消訴訟を
提起した(同庁平成13年(行ケ)第369号事件)。同裁判所は,原告
の請求を棄却する旨の判決を言い渡した(以下「本件取消訴訟判決」とい
う。)。
エ 原告は,本件取消訴訟判決を不服として,上告及び上告受理申立てをし
た。本件取消決定は,平成15年10月9日,上告不受理決定等により確
定し,同月22日,本件特許の登録を抹消する旨の登録がされた。
2 請求の原因
(1)特許庁審判官であった被告が,本件異議申立てについて,審判長として本
件取消決定をしたことは,以下の理由により,原告に対する不法行為に該当
する。
ア 住石は,株式会社ジャパックスの従業員であったBを引き抜き,若しく
は請託して雇用し,同人が株式会社ジャパックスの従業員として有してい
た放電燒結機に係る営業秘密を不正に取得することにより,放電燒結機に
係る営業を始めたのであり,住石の上記行為は,不正競争防止法2条1項
4号所定の不正競争行為(営業秘密の不正取得,不正使用)に該当する。
したがって,本件異議申立ては,上記のとおり,放電燒結機に係る営業
秘密について不正競争を犯した住石によって,原告の放電燒結機に係る営
業秘密である本件特許に対してされたものであるから,不正競争防止法3
条により差し止められるべき事由があった。
それにもかかわらず,被告は,故意又は過失により,上記事由を看過し
て,本件取消決定をし,これにより住石の利益を図った。
イ 被告は,故意又は過失により,特許第96574号明細書(甲12)や
実公昭46−5289号の公報(甲13)を看過し又は排斥して,次のと
おり,理由に食い違いの瑕疵のある本件取消決定をし,これにより住石の
利益を図った。
(ア)本件取消決定は,「当初明細書等に記載された「チャンバと電極とを
絶縁体を介してベローズで接続する方法」を,「電極にフランジを移動
出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャン
バー)を支持する方法」に変更しており,単なる従来の公知技術方法で
ある本件公知要件を補足記載したものであるとはいえない」として,平
成7年3月14日付け本件特許の明細書又は図面の手続補正を要旨変更
に当たるとした。
(イ)しかしながら,「一方の電極に固定したフランジにベローズを介して
絶縁体のチャンバーの一端部を支持する技術思想」は,特許第9657
4号明細書(昭和7年3月25日公告。甲12)により公知であり,ま
た,「電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持
する技術思想」は,実公昭46−5289号の公報(昭和46年2月2
4日公告。甲13)により公知であった。また,実公昭46−5289
号の公報(甲13)により公知の事項は,住石が本件異議申立てにおい
て提出した仕様書(甲14)からは平成2年1月18日当時,同じく仕
様書(甲21)からは平成元年11月21日当時,自明な事項であった
といえる。
したがって,平成2年9月18日(優先日平成2年2月2日)に特許
登録出願がされた本件特許につき,平成7年3月14日付けでした本件
特許の明細書又は図面の手続補正(補正前の特許請求の範囲の請求項4
に記載されていた「被加圧体を収容するチャンバと,このチャンバと電
極とを絶縁体を介してベローズで接続した加圧及び通電装置。」を,請
求項1において,「電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの
一端部を支持する。」と補正したこと)は,要旨変更には当たらない。
本件取消決定中においても,「乙第4号証の1ないし2(特願平2−
23962号の出願番号通知及び出願明細書),乙第7号証(PAS取
扱説明書の抜粋)及び平成11年12月3日付け意見書第3,4頁の
「2.出願日(要旨変更)について」並びに平成11年4月13日の証
拠調べにおける証人Bの証言(証人調書066∼070,080∼08
3)によると,放電焼結装置において,電極に嵌合したチャンバーフラ
ンジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,平成7年3月
14日より前に公知であったと認められるから,チャンバーを電極に対
して相対的に移動させるために,一方の電極に固定したフランジにベロ
ーズを介してチャンバーの一端部を支持する代わりに,電極に嵌合した
チャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,
当業者が容易に想到し得るものである。」(甲15の7頁下から4行な
いし8頁上から7行)と記載されており,上記補正が要旨変更には当た
らないことが示されている。
(ウ)上記のとおり,本件取消決定における上記(ア)と(イ)には,食い
違いがあるから,民訴法312条2項6号後段の「理由に食違いがある
こと」に該当し,要旨変更に当たらないものを要旨変更に当たるとした
本件取消決定は取り消されるべきである。
(エ)なお,特許法は,請求項ごとに異議申立てをすることができると規定
しているにもかかわらず,請求項ごとの取消理由の判断がされていない
本件取消決定は違法なものとして取り消されるべきである。
(2)住石は,本件特許権を侵害する放電燒結機を,1台2950万円で製造販
売し,利益を得た。
原告は,住石に対し,本件特許権の上記侵害行為について損害賠償請求権
を有するはずであったにもかかわらず,被告が本件取消決定をしたことによ
って,住石に対する上記損害賠償請求権を失った。
(3)よって,原告は,被告に対し,民法709条又は719条に基づき,慰謝
料として50万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年
5パーセントの割合による遅延損害金の支払,若しくは請求の趣旨記載の書
面の交付を求める。
3 被告の認否及び反論
(1)請求の原因はいずれも否認ないし争う。
なお,原告は,請求の趣旨第2項において,被告に対して書面の交付を求
めている。しかしながら,本件は,金銭賠償の原則に対する例外として原状
回復の請求が認められる場合には該当しないから,上記請求は失当である。
(2)特許異議の申立てについて特許庁審判官が職権審理を行うに当たり,特許
庁の保管する各種公報等のうち何を調べるかは特許庁審判官の合理的な判断
に委ねられているものである。
本件特許異議申立てにおいて,被告を含め本件取消決定をした特許庁審判
官が上記判断権を濫用した事実はなく,また,本件取消決定に理由の食い違
いもない。
本件取消決定は,原告の主張する公報や公告を看過したことによりされた
ものではない。
(3)公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意又は過失によ
り違法に他人に損害を与えた場合,公務員個人が,当該職務行為について,
その責任を負うことはない。
上記は,確立された判例である。
第3 当裁判所の判断
1 原告の本訴請求は,特許庁審判官であった被告が,本件異議申立てについて,
審判長として本件取消決定をしたことが,原告に対する不法行為に該当すると
して,民法709条又は719条に基づき,慰謝料等を請求するものである。
そして,原告は,被告の上記行為が不法行為に該当する理由として,①本件異
議申立ては,不正競争防止法2条1項4号所定の不正競争行為を行った住石に
よって申し立てられたものであり,同法3条により差し止められるべき事由が
あったにもかかわらず,被告が故意又は過失により,これを看過して本件取消
決定をし,これにより住石の利益を図った,②被告は,故意又は過失により,
特許第96574号明細書(甲12)や実公昭46−5289号の公報(甲1
3)を看過し又は排斥して,本来は要旨変更に当たらない平成7年3月14日
付けの補正を要旨変更に当たるとし,本件取消決定中における理由に食い違い
の瑕疵のある本件取消決定をし,これにより住石の利益を図った,と主張する
趣旨であると解される。
(1)上記①の点について
平成6年法律第116号による改正後の特許法113条は,何人も,特許
が特許法29条等の規定に違反してされたこと等の事由があることを理由と
して,特許庁長官に対し,特許異議の申立てをすることができる旨を規定し
ているから,被告(審判官)が,住石の本件異議申立てに基づき,本件取消
決定をしたことに何ら違法な点はない。
したがって,原告の主張する上記①の点は理由がない。
(2)上記②の点について
特許庁審判官による特許異議申立てに係る審理判断が(国家賠償法上)違
法と評価されるのは,当該審判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いて
これを行使したと認め得るような特別の事情があることを要すると解すべき
である。
本件において,上記特別の事情があることを認めるに足りる事実の主張立
証はない。
なお,本件取消決定の理由に,原告の主張する食い違いがあるとは認めら
れない(原告が指摘する記載(甲15の7頁下から4行ないし8頁上から7
行)は,請求項1に係る発明が進歩性を有するか否かを判断するについて,
これと刊行物1(特開平4−9405号公報)に記載された発明との相違点
についての容易想到性について論じた記載であって,平成7年3月14日付
けの手続補正が要旨変更に当たるか否かについて論じた記載ではない。)。
さらに,本件取消決定においては,請求項1ないし3の各請求項に係る発
明のそれぞれについて,特許法29条2項の規定に違反して特許されたもの
であると認められる理由が示されており,判断の脱漏も認められない。
したがって,原告の主張する上記②の点も理由がない。
(3)他に,本件において,特許庁審判官であった被告が,本件異議申立てにつ
いて本件取消決定をしたことを違法と評価すべき事情は認められない。
2 また,被告の上記行為は公権力の行使に当たる国の公務員がその職務の執行
として行った行為である。公権力の行使に当たる国の公務員が,その職務を行
うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国が
その被害者に対して賠償の責に任ずるのであって,公務員個人はその責を負わ
ないものと解すべきである(最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号53
4頁,最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁等)。この
点においても,原告の被告に対する損害賠償請求は理由がない。
3 よって,本訴請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿 部 正 幸
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 小 川 卓 逸

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