知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成19(ワ)32845 特許権侵害差止等請求事件

この記事をはてなブックマークに追加

平成19(ワ)32845特許権侵害差止等請求事件

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成22年3月24日
事件種別 民事
当事者 被告リンテック株式会社 小芝記録紙株式会社
原告三水株式会社
法令 特許権
特許法102条2項2回
特許法102条項1回
キーワード 特許権17回
侵害10回
実施7回
差止7回
損害賠償4回
審決2回
無効2回
無効審判1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 事案の概要 本件は,記録紙に関する後記2,( )の特許の特許権者である原告が,①被2 告らが製造販売するタコグラフ用記録紙が当該特許権を侵害すると主張して, 被告らに対し,特許法100条に基づき,別紙物件目録1ないし3記載のタコ グラフ用記録紙の生産,譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに,②上記行 為は特許権侵害の共同不法行為であると主張して,被告らに対し,不法行為に ( , , ),よる損害賠償請求権に基づき 民法709条 719条 特許法102条2項 損害賠償金として,各自8億5123万円及びこれに対する訴状送達の日の翌 日である平成19年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に よる遅延損害金の支払を求める事案である。

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

平成22年3月24日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成19年(ワ)第32845号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成21年12月22日
判 決
さいたま市<以下略>
原 告 三 水 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 小 池 豊
同 櫻 井 彰 人
同訴訟代理人弁理士 永 井 義 久
東京都板橋区<以下略>
被 告 リ ン テ ッ ク 株 式 会 社
東京都江戸川区<以下略>
被 告 小 芝 記 録 紙 株 式 会 社
上記両名訴訟代理人弁護士 村 田 真 一
同 補 佐 人 弁 理 士 八 本 佳 子
同 渕 田 滋
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告リンテック株式会社は,別紙物件目録1記載のタコグラフ用記録紙を生
産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,輸出若しくは輸入し,又はその譲渡若しく
は貸渡しの申出をしてはならない。
2 被告小芝記録紙株式会社は,別紙物件目録2及び3記載のタコグラフ用記録
紙を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,輸出若しくは輸入し,又はその譲渡
-1 -
若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
3 被告らは,第1項及び第2項記載のタコグラフ用記録紙の既製品及び半製品
を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して8億5123万円及びこれに対する平成1
9年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の概要
本件は,記録紙に関する後記2,( 2)の特許の特許権者である原告が,①被
告らが製造販売するタコグラフ用記録紙が当該特許権を侵害すると主張して,
被告らに対し,特許法100条に基づき,別紙物件目録1ないし3記載のタコ
グラフ用記録紙の生産,譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに,②上記行
為は特許権侵害の共同不法行為であると主張して,被告らに対し,不法行為に
よる損害賠償請求権に基づき 民法709条 ,
( 719条 ,特許法102条2項 ),
損害賠償金として,各自8億5123万円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日である平成19年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の支払を求める事案である。
なお,本件特許権は平成22年1月25日の経過をもって存続期間が終了し
た。
2 前提となる事実(証拠は各項に掲記)
( 1) 当事者
原告は,石油化学製品及び合成樹脂製品の製造及び販売並びにこれらの製
造コンサルティング業を主たる目的とする株式会社である。
被告リンテック株式会社(以下「被告リンテック」という 。)は,紙の製
造及び販売並びにパルプの販売等を目的とする株式会社である。
被告小芝記録紙株式会社(以下「被告小芝」という 。)は,記録紙の製造
販売を目的とする株式会社である。
-2 -
(2) 本件特許及び手続の経緯
原告は ,次の特許( 以下「 本件特許 」といい ,その特許権を「 本件特許権 」
という 。)の特許権者である。
本件特許の無効審判事件(無効2002−35464号事件)において,
原告は,平成18年6月29日付け訂正請求書を提出したが,特許庁は同年
9月19日付けで訂正拒絶理由通知を発した。そこで,原告は,同年10月
6日に手続補正書を提出したところ,特許庁は,平成19年2月15日,こ
の訂正( 以下「 本件訂正 」という 。 を認める審決をし ,同審決は確定した 。

本件訂正後の本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」といい,別紙全
文訂正明細書として添付する 。)の「特許請求の範囲」の請求項1記載の発
明を「本件特許発明」という。
(甲1,2,甲3の1,2,甲4,弁論の全趣旨)

ア 特 許 番 号 第2619728号
イ 発明の名称 記録紙
ウ 出 願 日 平成2年1月25日
エ 出 願 番 号 特願平2−15644
オ 公 開 日 平成3年9月27日
カ 公 開 番 号 特開平3−220415
キ 登 録 日 平成9年3月11日
ク 特許請求の範囲(本件訂正後のもの)
【請求項1】
下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる着色
原紙の色調を隠蔽する隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色
原紙(1a ) (1b)の表面に形成され,室温の尖針の記録ペンによ

って前記着色原紙の色調が現出するものであることを特徴とする,タコ
-3 -
グラフ用記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子
(B)成膜性を有する水性ポリマー
(3) 本件特許発明の構成要件の分説
本件特許発明の構成要件を分説すると次のとおりであり,それぞれ「構成
要件a」ないし「構成要件e」という。
a 隠蔽層は着色原紙の色調を隠蔽するものであり,1から20ミクロンの
膜厚で着色原紙の表面に形成されたこと。
b 上記隠蔽層は,
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子
(B)成膜性を有する水性ポリマー
の組成物からなること。
c 上記組成物は ,(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること。
d 上記隠蔽層は,室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現
出するものであること。
e 前記aないしdを特徴とする,タコグラフ用記録紙であること。
( 4) 被告らの行為
被告リンテックは,平成12年6月以降,タコグラフ用記録紙の原紙(原
反)である別紙物件目録1記載の製品(以下「被告製品1」という 。)を製
造し,これを被告小芝に販売している。
被告小芝は,被告リンテックから購入した別紙物件目録1記載のKL−1
4Sを印刷加工して ,別紙物件目録2 ,3記載のタコグラフ用記録紙( 以下 ,
順に「被告製品2 」 「被告製品3」という 。
, )を製造販売している(以下,
被告製品1ないし3を併せて「本件被告製品」という 。 。

本件被告製品は,その製造期間によって隠蔽層の塗布液の組成物の配合割
合が異なっており,平成11年10月から平成17年2月までの製造期間に
-4 -
係る薬品配合割合により製造された製品をロ’号製品といい,平成17年4
月以降の製造期間に係る薬品配合割合により製造された製品をハ号製品とい
う。被告製品1のうち,STY−13Sはハ号製品に該当するが,KL−1
4Sは上記2期間を通じて製造されているため ,その製造期間に応じて , ’

号製品に該当するものとハ号製品に該当するものがある。そのため,KL−
14Sを印刷加工して製造する被告製品2,3も,製造期間に応じてロ’号
製品に該当するもの( 甲6の1∼4 )とハ号製品に該当するもの( 甲6の5 ,
6)がある。
(弁論の全趣旨)
(5) 構成要件の充足
本件被告製品は,構成要件aの「1から20ミクロンの膜厚」の点,構成
要件cの「 A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること」の点を除

き,本件特許発明の構成要件を充足する。
(6) 本件被告製品の隠蔽層の成分
本件被告製品における隠蔽層は,①スチレン/アクリル酸エステル共重合
体,②スチレン/ブタジエン共重合体(SBR ),③スチレン/アクリル酸
共重合体,④カゼイン,⑤その他の添加剤成分を成分とする組成物から構成
される塗布液を塗布して乾燥させたものである。
成分①は構成要件bの「 A )隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子 」

( 以下 A成分 」
「 ということがある 。 に該当し ,
) 成分②は構成要件bの ( B )

成膜性を有する水性ポリマー 」(以下「B成分」ということがある 。)に該
当する。成分⑤はA成分,B成分のいずれにも該当しない(成分③,④がB
成分に該当するか否かについては争いがあるものの,構成要件cの充足性の
判断に際し,いずれもB成分に該当するものとして検討することにつき当事
者間に争いはない 。 。

本件被告製品における隠蔽層の塗布液として配合される薬品は以下のとお
りであり,それぞれ対応する成分①から⑤に該当する。
-5 -
ア ローペイクHP−1055 ①スチレン/アクリル酸エステル共重合体
イ ニポールLX407F8B ②スチレン/ブタジエン共重合体 SBR )

ウ ジョンクリル61J ③スチレン/アクリル酸共重合体
エ ALACID730 ④カゼイン
オ サーフィノール等 ⑤その他の添加剤
( 7) 先行訴訟の経緯
ア 原告は,被告リンテックが平成9年1月から平成11年9月14日まで
の間に製造 ,販売したタコグラフ・チャート用紙の原紙( 以下「 イ号物件 」
という 。)が,本件特許権を侵害するとして,被告リンテックに対し,特
許権侵害差止仮処分命令申立事件( 当庁平成11年( ヨ )第22019号 )
を申し立て,その本案事件として,特許権侵害差止等請求事件(当庁平成
11年(ワ)第23013号)を提起した(以下,イ号物件を対象とする
事件を「イ号事件」という 。 。東京地裁は,平成13年7月17日,イ

号物件は本件特許発明(ただし,本件訂正前の特許請求の範囲請求項1記
載の発明)の構成要件を充足すると判断し,イ号物件の製造等の差止め,
廃棄請求及び損害賠償請求を認容する判決をした。被告リンテックはこの
判決を不服として控訴したが棄却され(東京高裁平成13年(ネ)第41
46号 ),上告及び上告受理申立ても棄却,不受理とされ(最高裁平成1
5年(オ)第83号,同年(受)第82号 ),この判決は確定した。
イ また,イ号物件を設計変更(塗布液の薬品配合割合を変更)したタコグ
ラフ・チャート用紙の原紙(以下「ロ号物件」という 。)を製造,販売し
た被告リンテックが,原告に対し,ロ号物件の製造,販売につき原告が本
件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めて特許権不侵害
確認請求本訴事件(当庁平成11年(ワ)第21280号)を提起したと
ころ,原告は,ロ号物件が本件特許権を侵害するとして特許権侵害差止請
求反訴事件(当庁平成12年(ワ)第7516号)を提起した(以下,ロ
号物件を対象とする事件を「ロ号事件」という 。 。東京地裁は,平成1

-6 -
3年4月12日,ロ号物件は本件特許発明(ただし,本件訂正前の特許請
求の範囲請求項1記載の発明)の構成要件を充足しないと判断して,本訴
請求を認容し,反訴請求を棄却した。原告はこの判決を不服として控訴し
たが棄却され(東京高裁平成13年(ネ)第2818号 ),この判決は確
定した。
なお,ロ号事件においてロ号物件とされた被告リンテックの製品は,イ
号事件の特許権仮処分異議申立事件(当庁平成11年(モ)第12257
号)において,被告リンテックがイ号物件とは異なる新処方の製品である
として提出した物件(イ号事件の乙53。以下「乙53物件」という 。)
である。乙53物件の一部は,ロ号事件の証拠として裁判所に提出され,
残部は,原告が保管している。
(甲5,弁論の全趣旨)
3 争点
(1) 本件被告製品は構成要件aを充足するか(争点1)
( 2) 構成要件cの「 A)と(B)の重量比」は乾燥後の隠蔽層における重量

比か乾燥前の塗布液における固形分の重量比か(争点2)
( 3) 本件被告製品は構成要件cを充足するか( ( A)と(B)の重量比が1

から3の範囲である」か否か )(争点3)
(4) 損害額(特許法102条 2 項)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件被告製品は構成要件aを充足するか)について
(1) 原告
本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載からすると , 1

から20ミクロンの膜厚」の「膜厚」とは塗布液が乾燥した後の記録紙にお
ける隠蔽層の膜厚のことであり,本件特許発明がタコグラフ用記録紙に関す
る「物」の発明であることからも ,「膜厚」が塗布液乾燥後の記録紙におけ
る隠蔽層の膜厚であることは明らかである。
-7 -
また,被告製品2,3は,被告製品1の表面に目盛り等を印刷して型抜き
したものであるから,被告製品2,3に対応する被告製品1の隠蔽層の膜厚
は同一である。
被告製品2,3の塗布液乾燥後の隠蔽層の膜厚は14.9∼17.7ミク
ロンの範囲内にあるから,本件被告製品は,いずれも構成要件aの「1から
20ミクロンの膜厚」を充足する。
(2) 被告ら
構成要件aの「1から20ミクロンの膜厚」における「膜厚」とは,塗布
液を塗布した状態における乾燥前の隠蔽層の膜厚を意味している。
被告リンテックが製造する被告製品1における隠蔽層の膜厚は,塗布液を
塗布する時点では20ミクロンをはるかに超えるものであるから,本件被告
製品は ,いずれも構成要件aの「 1から20ミクロンの膜厚 」を充足しない 。
2 争点2(構成要件cの「 A)と(B)の重量比」は乾燥後の隠蔽層におけ

る重量比か乾燥前の塗布液における固形分の重量比か)について
( 1) 原告
ア 本件明細書の特許請求の範囲において「下記(A)と(B)の重量比が
1から3の範囲の組成物からなる着色原紙の色調を隠蔽する隠蔽層( 5 )」
と記載されていることから,構成要件cにおける「重量比」が,塗布液の
乾燥後に得られる「隠蔽層(5 )」を構成する組成物におけるA成分とB
成分の重量比であることは明らかである。
本件明細書の発明の詳細な説明欄にも,構成要件cにおける重量比が,
乾燥後の隠蔽層を構成する組成物の重量比ではなく,乾燥前の塗布液を構
成する組成物の固形分の重量比であると解すべき記載はない。
また ,本件特許発明は ,タコグラフ用記録紙という「 物 」の発明であり ,
使用方法や製造方法の発明ではないため,塗布液の乾燥後に得られた隠蔽
層を有するタコグラフ用記録紙としての「物」を対象にしているのである
-8 -
から,構成要件cの重量比に関し,被告らが主張するように乾燥前の塗布
液を構成する組成物の固形分の重量比であると解することはできない。
イ 被告らは,本件特許の出願経過や先行訴訟において原告が「混合割合」
又は「配合割合」と述べていることを根拠に,原告は構成要件cの重量比
が乾燥前の塗布液を構成する組成物の固形分の重量比であることを前提と
していた旨主張するが,原告は,乾燥後の隠蔽層を構成する組成物が所定
の重量比となるよう,塗布液の原料液の混合割合又は配合割合を定めて塗
布することを述べたにすぎない。
また,中空孔ポリマー粒子の供給源であるローペイクHP−1055の
ガラス転移温度(約106℃)より低い温度で乾燥した場合には,A成分
とB成分の,塗布液を構成する組成物の固形分の重量比と乾燥後の隠蔽層
を構成する組成物の重量比は同一となるが,被告リンテックのように,通
常では考えられないガラス転移温度以上の温度(160℃)で乾燥する場
合には,ローペイクHP−1055粒子が成膜化しA成分の一部がB成分
に変化することから,塗布液を構成する組成物の固形分の重量比と乾燥後
の隠蔽層を構成する組成物の重量比が同一となることはない。ガラス転移
温度以上の温度で乾燥するとA成分であるローペイクHP−1055粒子
が成膜化してB成分に変化することは,隠蔽層の白色度が低下することか
ら明らかである(ローペイクHP−1055粒子の融着で粒子間の隙間が
減少し白色度が低下する 。 。

(2) 被告ら
ア 本件明細書の発明の詳細な説明欄には ,「隠蔽性を有する水性の中空孔
ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーの重量比は1∼3であり,両
者を混合して得られた塗布液が着色原紙に塗布される 。 との記載があり ,

混合前の塗布液における固形分の重量比を述べている。また,本件明細書
の実施例1の配合№1から5の具体例では,乾燥前の塗布液における固形
分の重量比が記載されているものの,本件明細書には塗布液乾燥後の隠蔽
-9 -
層の組成物を何らかの分析方法で測定した重量比やその測定方法が記載さ
れているわけではない。また,本件特許の出願経過,過去の訴訟での原告
の発言,イ号事件及びロ号事件の判決において,原告,特許庁及び裁判所
は,組成物や塗布液の「混合割合」又は「配合割合」などと述べ,構成要
件cの「重量比」は乾燥前の塗布液を構成する組成物の固形分の重量比を
意味するものとしてきた。したがって,構成要件cの「重量比」は,乾燥
前の塗布液を構成する組成物の固形分の重量比を意味するものと解すべき
である。
本件明細書には「隠蔽層」の組成物の重量比の測定方法について何ら記
載がない(現在でも本件被告製品の隠蔽層の組成物の重量比を測定する方
法は存在しない 。 から ,仮に ,原告が主張するように ,構成要件cの「 重

量比」を塗布液の乾燥後に得られる隠蔽層を構成する組成物の重量比と解
した場合には ,本件特許は ,実施可能要件違反となるといわざるを得ない 。
イ 原告は,構成要件cの「重量比」は,塗布液の乾燥後に得られる隠蔽層
を構成する組成物の重量比であると主張するが,A成分とB成分の,乾燥
前の塗布液を構成する組成物の固形分の重量比と乾燥後の隠蔽層を構成す
る組成物の重量比は同一であるから,塗布液における固形分の重量比によ
って充足性を判断すべきである。原告は,中空孔ポリマー粒子の供給源で
あるローペイクHP−1055をガラス転移温度以上の温度(160℃)
で乾燥すると,ローペイクHP−1055粒子が成膜化しA成分の一部が
B成分に変化すると主張するが,根拠のない憶測にすぎない。原告が成膜
化の根拠とする隠蔽層の白色度低下の要因としては,B成分の増加による
空隙の減少以外にも,バインダー成分の濡れ(流動化)による粒子間距離
の減少( 空隙の減少 ) 粒子の変形による粒子間距離の減少( 空隙の減少 )

等があり,A成分とB成分の重量比と白色度の関係は定量性を有するもの
ではないから,ガラス転移温度以上の加熱によりローペイクHP−105
5粒子の一部が成膜化したと認めることはできない。
3 争点3(本件被告製品は構成要件cを充足するか〔 ( A)と(B)の重量

比が1から3の範囲である」か否か 〕)について
(1) 原告
ア ATR法による定量分析による本件被告製品の隠蔽層のA成分とB成分
の重量比
(ア) 原告は,原告の保管に係る乙53物件(以下「原告保管乙53物件」
という 。)を標準物質としてATR法により本件被告製品の隠蔽層の組
成物の定量分析を行った。
ATR法による定量分析の標準物質として使用した原告保管乙53物
件は,ロ号事件において配合割合は特定されたものの,大まかな成分し
か特定されなかったことから,原告は,IR(ATR法)分析法,ガス
クロマトグラフ分析法,電子顕微鏡分析法等による化学分析により,①
中空孔ポリマー粒子がローペイクHP−1055,②スチレン/ブタジ
エン共重合体(SBR)が旭化成工業株式会社製の旭化成ラテックスA
5820,日本エイアンドエル株式会社製のXR−4165,XR−4
164等の市販品に近い組成のもの,③スチレン/アクリル酸共重合体
がジョンクリル680類似品,④カゼインがALACID730,⑤そ
の他の添加剤がノプコートC104HSであると特定した。この分析結
果は ,被告らが本件訴訟において開示した薬品名( 上記第2 ,2 ,(6))
とSBR以外の薬品において実質的に一致していた(③について原告が
特定したジョンクリル680とジョンクリル61Jとは酸価がわずかに
違うのみで実質的に変わらない 。 。

原告は,原告保管乙53物件の配合薬品を上記のように特定したこと
から,②SBR,③スチレン/アクリル酸共重合体,④カゼインの各成
分における3点検量線を作成して,ロ’号製品(甲6の2)を中心に,
原告保管乙53物件を標準物質としてATR法により定量分析を行った
結果,本件被告製品の隠蔽層のA成分とB成分の重量比であるA/B比
(以下「(A)と(B)の重量比」を「A/B比」ということがある 。)
は2.67となった。
また,ロ号事件において裁判所に提出された乙53物件は当庁に保管
されているが ,同乙53物件( 以下「 裁判所保管乙53物件 」という 。)
を標準物質としてATR法により定量分析をした結果,ロ’号製品(甲
6の2)のA/B比が2.72,2.90,ハ号製品(甲6の5)のA
/B比が2.88となった。
したがって,本件被告製品の隠蔽層のA/B比はいずれも「1から3
の範囲」内の数値であり,構成要件cを充足する。
さらに,本件被告製品は,A成分であるローペイクHP−1055粒
子がそのガラス転移温度(約106℃)以上の乾燥温度(160℃)で
加熱されることにより,その粒子の一部が成膜化し,B成分である「成
膜性を有する水性ポリマー」に変化することから,A/B比は上記のA
TR法による分析結果から求めた値よりも小さくなり ,構成要件cの 1

から3の範囲」により収束することなる。
以上より,本件被告製品はいずれも構成要件cを充足する。
(イ) 被告らは,タコグラフ用記録紙の隠蔽層の特殊性から定量誤差が大き
くATR法による定量分析はA/B比の判断になじまないと主張する
が,被告らが主張するタコグラフ用記録紙の隠蔽層の特殊性には何ら根
拠がなく,本件被告製品の隠蔽層が均一であることは原告が提出した各
種証拠( 甲40 ,62 ,78 ,84 ,90 ,93等 )から明らかである 。
(ウ) また,被告らは,原告保管乙53物件のブタジエン基に起因する吸光
度比(967㎝ −1 /907㎝ − 1 )がロ号製品としては小さすぎるため,原告保
管乙53物件を標準物質として作成された検量線に基づく定量分析は正
しい重量比を示すものではないと主張するが,標準物質として使用した
原告保管乙53物件が劣化していないことは,以下の各事実から明らか
である。
/907㎝
−1 −1
①原告保管乙53物件の吸光度比(967㎝ )は,ロ号事件時
に被告リンテックが測定した劣化していないロ号製品の吸光度比(甲
33資料2−3−1 )と実質的に同一であり ,また ,他のロ号製品( 甲
35)の吸光度比とも実質的に同一であること。
②原告保管乙53物件が劣化した場合,吸光度比(967㎝ − 1 /907㎝ −1 )
が減少する一方で1700∼1720㎝ −1 のエステル基付近のピークに大きな
拡がりが認められるはずであるが,原告保管乙53物件のエステル基
付近のピークには大きな拡がりは認められないこと。
③原告保管乙53物件は,塗工日が平成11年9月8日とされ,同年9
月17日までに印刷し被告リンテックが原告に提出したものである
が,原告保管乙53物件の吸光度比は,平成11年9月24日の測定
以降10年近くの間 ,約0 .99∼1 .05の範囲でほぼ一定であり ,
劣化した痕跡がないこと。
④タコグラフ用記録紙はビニル袋に入れるなど通常の保管状態で保管す
る限り劣化しないこと。
⑤甲6の1∼3のKTCチャート紙は,いずれも製造後5年以上経過し
ているが劣化していないこと。
被告らが原告保管乙53物件が劣化していると主張する根拠は,原告
保管乙53物件のブタジエン基に起因する吸光度比が,被告らがロ号製
品と称する各物件の吸光度比に比べて小さいという点にあるが,被告ら
がロ号製品と称する各物件が真にロ号製品であることの立証は全くな
い。ロ号製品として争いがない物件は,原告保管乙53物件,裁判所保
管乙53物件及び甲35のみである。
(エ) さらに,本件被告製品の隠蔽層におけるA/B比が3より大きいとの
被告らの主張は,被告ら提出の加工管理表(乙48の1∼48の62の
2)及び調薬ノート(乙49の1∼49の4の2)に基づくものである
が,加工管理表及び調薬ノートの記載には被告らの主張と矛盾する点が
ある上,実際の製造現場の薬品配合割合を示していることの立証は存在
せず ,かえって ,加工管理表等に基づくハンドコート試料の吸光度比( 9
67㎝ −1 /907㎝ −1 )が,実際の製造現場で製造された市販品(本件被告製
品)の吸光度比と異なることから,加工管理表及び調薬ノートが実際の
製造現場の薬品配合割合を示しているとは認められず,誤りである。
イ 隠蔽層用塗布液の配合薬品の固形分量から求めたA成分とB成分の重量

(ア) 被告リンテックがタコグラフチャート用記録原紙を製造するための設
備とほぼ同一の設備(東京製紙株式会社〔以下「東京製紙」という 。〕
が有する設備)を使用し,同様の塗工条件において,被告リンテックが
使用する隠蔽層用塗布液と配合薬品及び配合割合が同一の塗布液を用い
ることにより,本件被告製品と実質的に同一の製品を実機生産すること
ができる。
本件被告製品の隠蔽層は均一であるから,実機生産品である本件被告
製品と加工管理表(乙48の1∼48の62の2)及び調薬ノート(乙
49の1∼49の4の2)記載の薬品配合割合により調製されたハンド
コート試料は,配合物の分布が均一であればIRが同一となり,また,
組成比が同一であればIRは全領域で一致することから,IRの全領域
で重ね書きすると一致するはずであるが ,現実には全く一致しなかった 。
他方,加工管理表及び調薬ノートに記載された薬品配合割合にSBR
及びカゼインを加えた塗布液を塗布して調製したハンドコート試料及び
実機生産品(被告リンテックと実質的に同一の設備,条件で製造したも
の)は,IRの全領域で本件被告製品と一致した。
したがって,本件被告製品は,加工管理表等に記載された薬品配合割
合のとおりに配合された塗布液を塗布して製造されたものではなく,加
工管理表等に記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた塗布液
を使用して製造されたものと認められるため,本件被告製品の隠蔽層の
組成比は,加工管理表等に記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを
加えた塗布液の組成比に一致することになる。
(イ) そこで,加工管理表等に記載された薬品配合割合にSBR及びカゼイ
ンを加えた配合薬品の固形分量から本件被告製品のA/B比を求める
と,ロ’号製品(甲6の2)及びハ号製品(甲6の6)共に2.90と
なるから,本件被告製品は構成要件cをいずれも充足する。
本件被告製品と加工管理表等に記載の薬品配合割合にSBR及びカゼ
インを加えて製造した実機品(被告リンテックと実質的に同一の設備,
条件で製造したもの)のIRを重ね書きしてすべての領域で一致させ,
一致した実機品を本件被告製品と同一の組成比を持つ製品とみなしてそ
の配合薬品の固形分量から定量分析することは,結果の信頼性が極めて
高い定量分析法である。
(ウ) また,本件被告製品は,A成分であるローペイクHP−1055粒子
がそのガラス転移温度(約106℃)以上の乾燥温度(160℃)で加
熱されることにより,その粒子の一部が成膜化し,B成分である「成膜
性を有する水性ポリマー」に変化することから,A/B比は上記の固形
分量から求めた値よりも小さくなり,構成要件cの「1から3の範囲」
により収束することなる。
したがって,本件被告製品はいずれも構成要件cを充足する。
(エ) 被告らは,東京製紙の製造条件と被告リンテックの製造条件が異なる
点を取り上げて,原告が製造した実機生産品は,被告リンテックと同等
の製造設備を用いて同一の製造条件により製造された本件被告製品と実
質的に同一の実機生産品であるということはできず,原告の主張は前提
において誤りであると主張する。
しかし,本件進行協議期日において行われた立会実験時の実験室内に
おける製造条件が実機生産の場合と実質的に同等であるとする被告らの
主張からすると,東京製紙で製造された実機生産品が被告リンテックと
同等の製造設備を用いて製造されたものとしても何ら問題はなく,被告
らの主張は失当である 。また ,東京製紙の実機生産品の物性( 印刷適正 )
は,被告らから提出された実機生産品の原反紙(乙55)と同一である
から,東京製紙の実機生産品の物性(印刷適正)が本件被告製品と異な
るとの被告らの主張は誤りである。
(オ) 被告らは,実機生産品とハンドコート試料のIRを重ね書きしても一
致しないのは,実機生産においてはマイグレーションが生じるなどの原
因により隠蔽層が不均一であることを挙げるが,本件被告製品の隠蔽層
が均一であることは各実験や解析の結果により明らかである。マイグレ
ーションは短時間に1000℃程度の温度により乾燥させるという過酷
な製造条件で発生するものであって,被告リンテックの製造工程におけ
る通常の乾燥条件では発生しないものである。また,被告らが使用する
SBR(ニポールLX407F8B)はマイグレーションが生じないよ
うに開発されたものであり,マイグレーションが発生すると層間剥離強
度が低下(バインダー力が悪化)するが,本件被告製品にバインダー力
が低下している事実は存在しない。
(2) 被告ら
ア ATR法による隠蔽層の組成物の定量分析について
(ア) 本件において分析の対象となっているタコグラフ用記録紙の隠蔽層の
特殊性(ロット間のばらつき,経時変化,隠蔽層の不均一性,実機生産
品とハンドコート試料を比較すると実機生産品の隠蔽層の吸光度比〔96
7㎝ −1 /907㎝ −1 〕の方がハンドコート試料よりも大きい傾向にあること
等)により,ATR法による定量分析の誤差が大きなものとなるため,
本件被告製品の隠蔽層の組成物の定量分析を正確に行うことは困難であ
って,ATR法は,A/B比が「1から3の範囲」にあるか否かの判断
にはなじまないといわざるを得ない。
(イ) 仮に,ATR法によるFT−IR分析により,タコグラフ用記録紙の
隠蔽層のA/B比の定量が可能であるとしても,原告が主張するATR
法による定量分析は,検量線作成に当たって標準物質として使用された
原告保管乙53物件のブタジエン基に起因する吸光度比(967㎝ −1 / 907
㎝ −1)がロ号製品としては小さすぎるため(本来のロ号物件における薬
品配合割合であれば,吸光度比〔967㎝ − 1 /907㎝ −1 〕は1.2程度を示
すべきところ,原告保管乙53物件は約1.0である 。 ,原告保管乙

53物件を標準物質として作成された検量線によると,ブタジエンを含
むSBR(B成分)が実際の値よりも常に大きく算出されてしまう(A
/B比が常に小さく算出されてしまう)という根本的な問題点が存在す
るため,このような検量線に基づく定量分析が正しい重量比を示すもの
でないことは明らかである。
原告保管乙53物件のブタジエン基に起因する吸光度比(967㎝ −1 /90
7㎝ −1 )がロ号製品としては小さすぎることは,①原告保管乙53物件
の吸光度比が ,他のロ号製品( 甲48 ,被告リンテック保管のロ号製品 )
に対して極めて小さな値を示す(前者が約1.04なのに対し,後者は
約1.2)こと,②原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件は,
実機生産品よりも小さな吸光度比(967㎝ − 1 / 907㎝ − 1 )の値を示すこと
が確認されているロ号ハンドコート試料よりも更に小さな値を示すこ
と,③公証人立会いの下でロ号製品であることが確認されたもの(被告
リンテックの工場において,公証人立会いの下でロ号製品の薬品配合割
合であることを確認した上で製造した製品を封印し保管してきたもの
を,別の公証人立会いの下で開封し,その一部を取り出して裏面に公証
人の押印がなされたものであって ,ロ号製品であることは確実である 。)
の吸光度比(967㎝ −1 / 907㎝ − 1 )の値も,他のロ号製品(甲48,被告
リンテック保管のロ号製品)と同様,約1.2であることから明らかで
ある(乙51,56の1∼5,57 )。このように,原告保管乙53物
件がロ号製品としては極めて小さな吸光度比(967㎝ −1 /907㎝ − 1 )を示
す原因としては,原告保管乙53物件が劣化(経時変化)している可能
性が考えられる。
イ 実機生産品の配合薬品の固形分量からの定量分析について
原告は,被告リンテックの設備とほぼ同一の設備(東京製紙が有する設
備)を使用し,同様の塗工条件において,被告リンテックが使用する隠蔽
層用塗布液と配合薬品及び配合割合が同一の塗布液を用いることにより,
本件被告製品と実質的に同一の製品を実機生産したと主張するが,原告が
製造した実機生産品が,被告リンテックと同等の製造設備を用いて同一の
製造条件により製造された,本件被告製品と実質的に同一の実機生産品で
あるということはできない。
原告は,ラインスピード(乾燥炉通過時間 ),設定温度,ノズルの風速
を被告リンテックが開示した製造条件に近いものにして東京製紙の製造設
備を用いて実機生産をしたようであるが,そもそも,ドライヤは乾燥させ
る材料の特性に合わせて各メーカーがオーダーメイドするのが常識であ
り,1つとして同じ乾燥条件のものは存在しないといってよい。被告リン
テックと東京製紙の装置も当然異なり,同じ乾燥条件を再現しようとすれ
ば,むしろ,風速,設定温度,乾燥時間を被告リンテックとは異なる条件
に設定して乾燥条件が同じになるように調整することが必要であって,風
速,設定温度,乾燥時間を機械的に被告リンテックの条件と合わせること
で被告リンテックの乾燥条件を再現しようする原告の実験は,根本的に誤
っている。
このように,ラインスピード(乾燥炉通過時間 ),設定温度,ノズルの
風速のみを被告リンテックの製造条件と近づけたからといって,被告リン
テックの実機生産を再現したといえないことは明らかである。実際,東京
製紙の実機生産品の物性(印刷適正)は本件被告製品と異なっている。し
たがって,原告が製造した実機生産品が,被告リンテックと同等の製造設
備を用いて同一の製造条件により製造された本件被告製品と実質的に同一
の実機生産品であるということはできず,原告の主張は前提において誤り
である。
また,原告の主張は,隠蔽層用塗布液の処方が同一であれば実機生産品
とハンドコート試料のIRが全領域で一致することを前提としたものであ
るが,隠蔽層用塗布液の処方が全く同じであっても,実機生産品とハンド
コート試料とでは,乾燥速度の違いによるマイグレーション(隠蔽層用塗
布液中の水分が隠蔽層表面に向かって急速に蒸発するために,バインダー
成分が隠蔽層表面に向かって移動すること 。)等により隠蔽層における組
成分布が異なり不均一な構造となるために吸光度比が異なるものであるか
ら,原告の主張はこの点においても前提に誤りがある。
ウ ローペイクHP−1055粒子の成膜化について
原告は,本件被告製品の隠蔽層のA成分であるローペイクHP−105
5粒子は,ガラス転移温度(約106℃)以上の乾燥温度(160℃)で
加熱されることにより,粒子の一部が成膜化しB成分に変化すると主張す
る。
しかし,原告提出の写真(甲65【添付1 】)からはローペイクHP−
1055粒子が成膜化していることを確認することはできない。また,原
告が成膜化の根拠とする隠蔽層の白色度低下の要因としては,B成分の増
加による空隙の減少以外にも,バインダー成分の濡れ(流動化)による粒
子間距離の減少(空隙の減少 ),粒子の変形による粒子間距離の減少(空
隙の減少)等があり,A/B比と白色度の関係は定量性を有するものでは
ないから,ガラス転移温度以上の加熱によりローペイクHP−1055粒
子の一部が成膜化したと認めることはできない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明において乾燥温度として記載され
ている50∼200℃の範囲内である110∼200℃の範囲で乾燥すれ
ば,A成分は成膜化する可能性があるにもかかわらず,本件明細書には成
膜化したA成分がB成分になることについては何ら記載も示唆もされてい
ない。このような本件明細書の記載にかんがみれば,本件特許発明におい
て,A成分が乾燥温度等によってB成分に変化するという技術的思想は存
在しないというべきであって,原告が主張するように成膜化されたA成分
がB成分に該当すると解することは,本件明細書の記載を逸脱するもので
あって許されない。
さらに,本件特許発明の特許請求の範囲では,B成分を「成膜性を有す
る水性ポリマー」としており ,「成膜化された水性ポリマー」とは定めて
おらず,また,本件明細書においても,B成分は隠蔽層において現実に成
膜化された状態の水性ポリマーのみを意味し,同一成分の水性ポリマーで
あっても成膜化していない(バインダーとして作用していない)水性ポリ
マーはB成分から除外される,というような別段の定義も記載されていな
い。したがって,A成分が成膜化し得るのであれば,A成分のすべてが成
膜性を有することになるのであるから,実際に成膜化しているか否かにか
かわらずA成分のすべてがB成分に該当することになる。そうすると,原
告が主張するように,加熱乾燥によりローペイクHP−1055粒子の一
部が成膜化する可能性があるのであれば,ローペイクHP−1055粒子
のすべてが成膜性を有することになりB成分に該当することになるから,
他にもB成分が存在する本件被告製品においては,A/B比は必ず1より
も小さくなり,構成要件cは充足されないことになる。
エ 本件被告製品製造時の隠蔽層用塗布液の薬品配合割合からA/B比が3
よりも大きいことは明らかであること
上記2,(2)のとおり,構成要件cの「 A)と(B)の重量比」は,

隠蔽層用塗布液に配合された各薬品の固形分の重量比から求めるのが最も
端的かつ確実な方法であるし,本件明細書及び本件特許の出願経過におい
ても ,乾燥後の隠蔽層からA/B比を求める手段は何ら開示されておらず ,
隠蔽層用塗布液の配合薬品の固形分の重量比からA/B比が求められるこ
とが当然の前提となっている。
本件被告製品製造時の隠蔽層用塗布液の薬品配合割合は ,加工管理表 乙

48の1∼48の62の2 )及び調薬ノート 乙49の1∼49の4の2 )

に記載されたとおりであるから ,仮に ,②スチレン/ブタジエン共重合体 ,
③スチレン/アクリル酸共重合体,④カゼインのすべてがB成分であると
しても,本件被告製品である,ロ’号製品及びハ号製品の隠蔽層用塗布液
の配合薬品の固形分のA/B比が3を超えていることは明らかであるから
(乙50の別表1及び3 ),本件被告製品はいずれも構成要件cを充足し
ない。
4 争点4(損害額)について
(1) 原告
ア 被告リンテックは,遅くとも平成12年6月より平成19年11月30
日まで,被告製品1を製造し原反として専ら被告小芝のみに販売し,被告
小芝はこれにタコグラフ・チャートの目盛りを印刷して裁断し,被告製品
2,3として販売しているところ,原告は被告らの実施期間のうち,平成
12年6月から平成17年12月31日までの本件被告製品の実施により
原告が被った損害につき賠償請求する。
上記期間における被告リンテックにおける被告製品1の売上高は3億9
865万円であり,被告小芝における被告製品2,3の合計売上高は13
億7998万円を下らない 。この期間における本件被告製品の売上利益は ,
被告製品1につき2億1105万円,被告製品2,3につき5億6280
万円を下るものではない。
したがって,特許法102条2項により,被告製品1の実施により原告
が受けた損害額は2億1105万円,被告製品2,3の実施により原告が
受けた損害額は5億6280万円となる。そして,被告らの行為は共同不
法行為を構成するから,被告らは,原告に対し,連帯して損害額合計7億
7385万円の支払義務を負う。
イ また,本件事案の内容に照らせば,原告は被告らによる特許権侵害と相
当因果関係のある弁護士費用及び弁理士費用として,上記損害額7億73
85万円の10%に相当する7738万円の損害を受けた。
ウ よって,原告は,被告らに対し,連帯して8億5123万円の損害賠償
金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年12月14日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
(2) 被告ら
否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件被告製品は構成要件aを充足するか)について
本件明細書(甲3の2)の「特許請求の範囲」の請求項1における「隠蔽層
(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1 a) (1 b )の表面に形成

され」との記載,及び「発明の詳細な説明」の「課題を解決するための手段」
における ,「塗布液が着色原紙に塗布される。塗布方法は,エアーナイフコー
ター…等であり,均一に,かつ温風(50∼200℃)乾燥により,20∼1
ミクロンの膜厚の塗膜が形成される量を塗布させねばならない。より好ましい
乾燥後の膜厚は10∼3ミクロンである 。 (判決注:下線は判決において付

加した 。)との記載からすると,構成要件aの「膜厚」とは,着色原紙に塗布
した塗布液が乾燥した後の隠蔽層の膜厚を意味することは明らかである。
被告らは,構成要件aの「膜厚」とは塗布液を塗布した状態における乾燥前
の隠蔽層の膜厚を意味すると主張するが,本件明細書の記載や本件特許の出願
経過等において被告らの主張を根拠づけるものはなく,採用することはできな
い。
本件被告製品における塗布液乾燥後の隠蔽層の膜厚は,14.9∼17.7
ミクロンの範囲にあるから(乾燥後の隠蔽層の膜厚が1∼20ミクロンの範囲
内であることは当事者間に争いがない 。 ,本件被告製品は本件特許発明の構

成要件aを充足する。
2 争点2(構成要件cの「 A)と(B)の重量比」は乾燥後の隠蔽層におけ

る重量比か乾燥前の塗布液における固形分の重量比か)について
(1) 本件明細書( 甲3の2 )の「 発明の詳細な説明 」の「 作用 」において , 隠

蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーの重
量比が1未満のときは充分な隠蔽性が得られず,しかも室温の記録ペンのペ
ン圧で中空孔ポリマー粒子が潰れ難くなり,記録できない。また重量比が3
以上となると実用可能な隠蔽層を形成することができない 。」と記載されて
いることからすると,本件特許発明における構成要件cの技術的意義は,記
録紙の状態において隠蔽性と記録性の作用を有することにあると解されるこ
と,また,本件特許発明の特許請求の範囲の「重量比が1から3の範囲の組
成物からなる着色原紙の色調を隠蔽する隠蔽層」との記載からすると,構成
要件cの「重量比」は,記録紙となった状態,すなわち,塗布液乾燥後の隠
蔽層を構成する組成物における重量比を意味すると解するのが相当である。
もっとも,塗布液の固形分は乾燥後もそのまま不揮発分として残るため,
通常は,塗布液における固形分の重量比と塗布液乾燥後の隠蔽層における重
量比は一致するものである(当事者間に争いはない )。したがって,構成要
件cの「 重量比 」 ,必ずしも乾燥後の記録紙の状態で測定する必要はなく ,

乾燥前の塗布液における固形分の重量比を測定することによっても構成要件
cを充足するかを判断することができるといえる。本件明細書の「発明の詳
細な説明」の「実施例」として,塗布液における固形分の重量比による薬品
配合割合が記載されていることからすると,本件特許発明においては,塗布
液における固形分の重量比と塗布液乾燥後の隠蔽層における重量比が一致す
ることを当然の前提としており,乾燥の前後で重量比が変化することを想定
していないものといえる。
(2) この点,原告は,中空孔ポリマー粒子の供給源であるローペイクHP−1
055のガラス転移温度(約106℃)以上の加熱乾燥(160℃)により
製造された本件被告製品の場合には,ローペイクHP−1055粒子が成膜
化しA成分の一部がB成分に変化することから,A成分とB成分の,塗布液
を構成する組成物の固形分の重量比と乾燥後の隠蔽層を構成する組成物の重
量比が同一となることはないと主張する。
しかし,被告リンテックによる本件被告製品の製造工程における乾燥温度
や条件によって,ローペイクHP−1055粒子が成膜化しA成分からB成
分に変化し,塗布液の乾燥の前後でA成分とB成分の重量比が変動すること
を認めるに足りる的確な証拠はない。原告は,ガラス転移温度を超える温度
による乾燥により隠蔽層の白色度が低下することが,A成分であるローペイ
クHP−1055粒子が成膜化しB成分に変化したことを示すものであると
主張しそれに沿う証拠(甲65,79等)を提出するが,A成分のB成分へ
の変化以外にも隠蔽層の白色度の低下をもたらす原因は考えられることから
(膜厚の減少,バインダー成分の流動化による粒子間距離の減少,粒子の変
形による粒子間距離の減少等 ),隠蔽層の白色度の低下から,直ちにA成分
がB成分に変化したものと認めることはできず,原告の主張を採用すること
はできない。
したがって,構成要件cの「重量比」は,塗布液乾燥後の隠蔽層における
重量比を意味するものと解すべきであるが,本件被告製品においては,塗布
液乾燥後の隠蔽層におけるA成分とB成分の重量比は,塗布液における固形
分の重量比と一致するものといえる。そのため,乾燥後の隠蔽層を構成する
組成物のA/B比又は乾燥前の塗布液を構成する組成物の固形分のA/B比
が1から3の範囲内の場合に,構成要件cを充足することになる。
3 争点3(本件被告製品は構成要件cを充足するか〔 ( A)と(B)の重量

比が1から3の範囲である」か否か 〕)について
(1) ATR法による定量分析について
ア 証拠(甲8∼13,20,64)によれば,原告は,以下の方法により
本件被告製品の定量分析を行ったことが認められる。
①定性分析
ロ号事件において開示されたロ号製品における塗布液の配合薬品及びそ
の配合割合(SBRを16.5%含有等 ),原告保管乙53物件のAT
R法によるFT−IR分析等から,原告保管乙53物件の隠蔽層を形成
する配合薬品を特定した(B成分のSBRはラテックスA5820を選
定した 。 。

②検量線の作成
①で特定した配合薬品を用い,それらの成分量を変化させたハンドコー
ト試料(標準物質,試料11―①∼⑦)を調製し,これらをATR法に
よりFT−IR分析をして成分量と吸光度比の関係をグラフ化し,3点
検量線を作成した(B成分3種につきそれぞれ作成した 。 。

③未知試料の測定
②の検量線作成と同様の方法で,未知試料(甲6の1∼5等)につき,
ATR法によりFT−IR分析を行った。測定の際には,原告保管乙5
3物件,試料11―①,②,⑤等を適宜挿入して測定し,吸光度比を求
めた。
④定量計算
上記③で求めた未知試料(甲6の1∼5等)の吸光度比を上記②で作成
した検量線に当てはめ,対応する成分量を読み取り,必要に応じて,原
告保管乙53物件,試料11−①∼⑦(ラテックスA5820をXR−
4165又はXR−4164に代えて調製したハンドコート試料を含
む。)等の標準物質を用いて,読み取った成分量を補正する。これをB
成分3種について行い,これらを合計してA/B比を算出した。
イ 上記アで認定した原告が行った定量方法においては,標準物質として,
原告保管乙53物件,原告保管乙53物件で使用されているSBRとブタ
ジエン含有率が近似するとして原告が選定したSBR市販品を用いて作製
された試料11−①∼⑦が採用されている 。すなわち ,甲10の検量線は ,
試料11−①∼⑦を用いて作成され,定量の際には,ロ号製品である原告
保管乙53物件による補正も適宜行われている 。また ,甲64においても ,
甲10の検量線が用いられるとともに,裁判所保管乙53物件を標準物質
として補正が行われている。
原告の主張する定量方法は,前提として,試料11−①∼⑦,原告保管
乙53物件,裁判所保管乙53物件が標準物質として妥当なものでなけれ
ばならないため,これらが標準物質として妥当か否かを検討する。
ウ 試料11−①∼⑦について
原告は検量線を用いて隠蔽層の各成分の定量を行うが,SBRの定量に
おいては,ブタジエン基に起因する吸光度比(967㎝ − 1 /907㎝ − 1 )がその
指標となるため,正確な検量線を作成するためには,本件被告製品におけ
るSBRと少なくともブタジエン含有量が同一である試料を用いる必要が
ある。
上記アのように,原告は,当初,原告保管乙53物件の隠蔽層に用いら
れているSBRが不明であったため,ATR法によるFT−IR分析等か
ら原告保管乙53物件の隠蔽層のSBRとしてラテックスA5820を選
定し,これを用いて試料11−①∼⑦を調整し検量線を作成している。こ
のラテックスA5820のブタジエン含有量は35%であり(甲8添付の
実験報告書8−1の表2 ),実際に本件被告製品の隠蔽層に用いられてい
るSBRであるニポールLX407F8Bのブタジエン含有量40%(同
表2)よりも少ないものである。ブタジエン含有量が少ないSBRを標準
物質として検量線を作成した場合,測定した吸光度比をこの検量線に当て
はめて得られるSBR量は実際のSBR量よりも多い値を示すことになり
(ブタジエン基に起因する吸光度比が同じ場合,ブタジエン含有率が低い
ほどSBR量は多くなければならない 。 ,正確な定量分析をすることは

できない。その結果,B成分が実際よりも多く算定され,A/B比は本来
の値よりも小さくなってしまう。
したがって,本件被告製品の隠蔽層に用いられているSBRとブタジエ
ン含有量が異なるSBRを用いて調整された試料11−①∼⑦は,標準物
質として妥当であると認めることはできない。
なお,原告は,検量線から読み取った成分量について試料11−①∼⑦
を標準物質として補正するに当たり,SBRであるラテックスA5820
をXR−4165又はXR−4164に代えて調製した試料も使用してい
るが,XR−4165及びXR−4164のブタジエン含有量は約33%
に近似し(甲8添付の実験報告書8−1 ),ニポールLX407F8Bの
ブタジエン含有量40%よりも少ないため,これらを用いて調製される試
料11−①∼⑦も,標準物質として妥当であると認めることはできない。
エ 原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件について
証拠(乙51の資料11,12)によれば,平成21年1月27日及び
同年2月17日の進行協議期日において行われた立会実験の結果,ロ号製
品である原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件の吸光度比(ブタ
ジエン基に起因する吸光度比〔967㎝ −1 / 907㎝ −1〕)は,ロ号製品の塗布液
の薬品配合割合に基づき作成したハンドコート試料の吸光度比よりも低い
ことが認められる。そして,ハンドコート試料の吸光度比が実機生産品よ
りも小さいか否かについては争いがあるものの,少なくとも,ハンドコー
ト試料の吸光度比が実機生産品の吸光度比よりも大きくはないという点に
ついては争いのないところである。
そうすると,ロ号製品の実機生産品よりも吸光度比が大きくはないロ号
製品の薬品配合割合に基づくハンドコート試料より,原告保管乙53物件
及び裁判所保管乙53物件の吸光度比が小さいということは,原告保管乙
53物件及び裁判所保管乙53物件のブタジエンの含有量が,本来のロ号
製品(実機品)よりも少ないことを意味しているのであるから,原告保管
乙53物件及び裁判所保管乙53物件は,いずれも標準物質として妥当で
あると認めることはできない。このような原告保管乙53物件を標準物質
として作成された検量線では,B成分が実際よりも多く算定されることに
なり,A/B比は本来の値より常に小さくなる。
この点,原告は,立会実験において測定したハンドコート試料は,被告
リンテックの加工管理表(乙48の1∼48の62の2)に基づき調製さ
れたものであり,この加工管理表は実際の製造現場における薬品配合割合
を正確に示すものではないため,ハンドコート試料の吸光度比と比較して
も意味がない旨主張する。
しかし,立会実験におけるハンドコート試料は,弁理士会が公平中立な
第三者として推薦した2人の立会人において,使用する薬品が加工管理表
に記載された薬品と同一であること,その配合割合がロ号製品の塗布液の
薬品配合割合を記載した表(ロ号処方配合表。乙51の資料2)の記載ど
おりであることを確認した上で,加工管理表記載の各薬品をロ号処方配合
表記載の配合割合で調製したものである(乙51 )。
このロ号処方配合表は,ロ号事件において被告リンテックが開示したロ
号製品の塗布液の薬品配合割合と同一のものであり,この配合割合がロ号
製品の塗布液の薬品配合割合であることは争いのない事実である 原告も ,

甲10の検量線作成に当たりこの配合割合に基づき標準物質を選定してお
り〔甲8 〕,この配合割合がロ号製品の塗布液の薬品配合割合であること
を当然の前提としている 。 。

そして,上記第2,2,(6)のとおり,本件被告製品の隠蔽層用塗布液
の配合に使用される薬品の薬品名も当事者間に争いはなく,この薬品名が
いずれも加工管理表に記載されていることが認められる(乙48の1の2
∼48の62の2。カゼインは天然物で組成は1種類しかないため,当業
者であれば ,「カゼイン」の記載がALACID730を意味するものと
理解することができる〔甲8 〕 )
。 。なお,原告は,本件被告製品の隠蔽層
用塗布液には,上記第2,2,(6)記載の薬品以外の薬品が配合されてい
るとも主張するが( 上記第3 ,3 ,(1),イ ,(ア)) 後記(2),アのとおり ,

これを認めるに足りる的確な証拠はない。
そうすると,立会実験において調製されたロ号製品のハンドコート試料
は,ロ号製品の塗布液の配合に使用される薬品と同一の薬品を,ロ号製品
の塗布液の薬品配合割合と同一の割合で配合した塗布液により調製された
ものといえ,実際に製造販売されていたロ号製品の塗布液の薬品配合割合
と一致するものと認めるのが相当であるから,原告の主張を採用すること
はできない。
オ 以上のとおり,試料11−①∼⑦,原告保管乙53物件,裁判所保管乙
53物件は,いずれも標準物質として妥当であると認めることはできない
から,これらを標準物質とする原告主張のATR法に基づく定量方法によ
っては,正確なA/B比を算定したものとすることはできず,構成要件c
の充足を認めることはできない。
なお,原告は基準線判定法(IRのチャート上に引いた一定の基準線と
ブタジエン基の吸光度の頂点との位置関係に基づきA/B比を求めるも
の)に基づき本件被告製品が構成要件cを充足するとも主張するが,基準
線判定法は原告が主張する独自の判定法であって,科学的に十分な根拠を
有するものと認めるに足りる証拠はなく,採用することができない。
(2) 実機生産品の配合薬品の固形分量からの定量分析について
ア 原告の主張は,本件被告製品が,加工管理表等に記載の薬品配合割合に
SBR(加工管理表等に記載のSBRとは別のSBRであるスマーテック
スN2M45又はラテックスA5820〔甲82,91の2 〕)及びカゼ
インを加えた塗布液を使用して製造されたものであることを前提にするも
のである。
しかし,本件被告製品の隠蔽層用塗布液において,ニポールLX407
F8B以外に原告が主張するSBRが配合されていることを認めるに足り
る的確な証拠はないから,原告の主張は前提において理由がない。なお,
原告は,本件被告製品(甲6の2,6の6)と加工管理表等に記載の薬品
配合割合にSBR スマーテックスN2M45又はラテックスA5820 )

及びカゼインを加えた塗布液を塗布した製品(以下「模擬品」という 。)
のATR法によるIRチャートが全領域でほぼ一致したことを根拠に,本
件被告製品と模擬品の組成比はほぼ同一であると主張するが,IRのチャ
ートが一致したとしても,ブタジエン基等それぞれの基の含有総量が一致
するというだけであって,当該基を含有するSBR等の成分の重量や種類
が一致することまでを示すものではないから,採用することはできない。
また,原告の主張は,東京製紙が有する被告リンテックの設備とほぼ同
一の設備を使用し,同様の塗工条件において配合薬品及び配合割合が同一
の塗布液を用いることにより本件被告製品と実質的に同一の製品を実機生
産することができることも前提とする。
しかし ,東京製紙の設備は被告リンテックの設備とは同一ではないから ,
乾燥条件が同一であるということはできず,本件被告製品の製造工程にお
ける乾燥条件と異なる乾燥条件において実機生産された製品の隠蔽層が,
本件被告製品の隠蔽層と同一の物性を有するか否かは定かではない。本件
被告製品の隠蔽層のブタジエン基に起因する吸光度比( 967㎝ −1/ 907㎝ −1)
は,原告が自認するように製造後にさらされる環境の相違によって変化し
得るものであり(甲67 ),同一製品においても測定箇所によってある程
度の幅が認められる(甲85の「公証原反4枚目 」,乙51の資料11,
12の裁判所保管乙53物件)ことも併せて考慮すると,乾燥条件が異な
る場合には,隠蔽層のブタジエン基に起因する吸光度比(967㎝ −1/907㎝ −

)が異なる可能性を否定することはできず,東京製紙の設備により本件
被告製品と実質的に同一の製品を実機生産することができると認めること
はできない。
したがって,本件被告製品と実質的に同一の実機生産品の隠蔽層用塗布
液の配合薬品の固形分量を根拠に,本件被告製品のA/B比が構成要件c
を充足するとの原告の主張は,前提において理由がなく採用することがで
きない。
イ さらに,原告は,本件被告製品は,A成分であるローペイクHP−10
55粒子がそのガラス転移温度( 約106℃ )以上の乾燥温度( 160℃ )
で加熱されることにより,一部が成膜化してB成分である「成膜性を有す
る水性ポリマー」に変化することから,A/B比は隠蔽層用塗布液の配合
薬品の固形分量から求めた値よりも小さくなり ,「1から3の範囲」に収
束すると主張する。
しかし,上記2,(2)で説示したとおり,被告リンテックによる本件被
告製品の製造工程における乾燥温度や条件によって,ローペイクHP−1
055粒子が成膜化しA成分からB成分に変化することを認めるに足りる
的確な証拠はない。
また,仮にA成分の一部が成膜化した場合,いまだ成膜化していない残
りの部分も既に成膜化した部分と同一の物質である以上,当該加熱温度に
おいて同様に成膜性を有することに変わりはなく,A成分のすべてが成膜
性を有することになり,B成分(成膜性を有する水性ポリマー)にも該当
することになる(B成分の「成膜性を有する水性ポリマー」は「中空孔ポ
リマー」を除外するものではない 。 。そうすると,原告が主張するよう

にローペイクHP−1055粒子の一部が成膜化した場合,ローペイクH
P−1055粒子のすべてが成膜性を有しB成分に該当することになるか
ら,中空孔ポリマーとは異なるB成分が存在する本件被告製品においては ,
A/B比は必ず1よりも小さくなり,構成要件cを充足することはない。
そもそも,本件明細書には,A成分がそのガラス転移温度以上の乾燥温
度で加熱されることにより一部が成膜化してB成分である「成膜性を有す
る水性ポリマー」に変化することについては記載も示唆もなく,成膜化し
たA成分がB成分に変化することは想定していないものというべきであ
る。原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,採用
することができない。
ウ 以上のとおり,本件被告製品が本件特許発明の構成要件cを充足すると
認めることはできない。
4 結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも
理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡 本 岳
裁判官
鈴 木 和 典
裁判官
坂 本 康 博
(別紙)
物件目録1(被告製品1)
下記型番を有するタコグラフ用記録原紙(原反)
1 KL−14S
2 STY−13S
(別紙)
物件目録2(被告製品2)
下記商品名を有するタコグラフ用記録紙
1 商品名 KTC(直径約123㎜)
(別紙)
物件目録3(被告製品3)
下記商品名を有するタコグラフ用記録紙
1 商品名 MSM

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

今週の知財セミナー (3月3日~3月9日)

3月4日(火) -

特許とAI

3月6日(木) - 東京 港区

研究開発と特許

3月7日(金) - 東京 港区

知りたかったインド特許の実務

来週の知財セミナー (3月10日~3月16日)

3月11日(火) - 東京 港区

特許調査の第一歩

3月12日(水) - 東京 港区

はじめての特許調査(Ⅰ)

3月12日(水) - 愛知 名古屋市中区

技術情報管理と秘密保持契約

3月13日(木) - 東京 港区

はじめての特許調査(Ⅱ)

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

弁理士事務所サークル

東京都江戸川区西葛西3-13-2-501 特許・実用新案 意匠 商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

かもめ特許事務所

横浜市中区本町1-7 東ビル4階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

IVY(アイビー)国際特許事務所

愛知県名古屋市天白区中平三丁目2702番地 グランドールS 203号 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング