平成21(行ケ)10281審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成22年3月24日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告JFEスチール株式会社 原告新日本製鐵株式会社
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対象物 |
加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法 |
法令 |
特許権
特許法36条6項2号4回 特許法36条4項3回 特許法181条2項2回 特許法157条2項1回
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キーワード |
審決83回 実施39回 無効30回 無効審判5回 進歩性4回 刊行物1回 特許権1回 新規性1回
|
主文 |
1 特許庁が無効2007−800287号事件について平成21年8月11日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,原告が名称を「加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とそ
の製造方法」とする発明についての特許権者(特許第3527092号)であ
るところ,被告から特許無効審判請求がなされ,特許庁が平成20年9月17
日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をしたが,知的財産高等裁判所
が平成21年2月20日付けで特許法181条2項に基づき上記審決を取り消
す旨の決定をしたので,特許庁において再び審理され,特許庁が平成21年8
月11日付けで原告からの訂正請求(請求項の数3)を認めた上,訂正後の請
求項1∼3についての特許を特許法36条4項(実施可能要件)又は6項(明
確性要件)違反を理由に無効とする旨の審決(第2次審決)をしたことから,
これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成22年3月24日 判決言渡
平成21年(行ケ)第10281号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成22年3月17日
判 決
原 告 新 日 本 製 鐵 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 富 田 和 夫
同 影 山 秀 一
被 告 JFEスチール株式会社
訴訟代理人弁護士 近 藤 惠 嗣
同 森 田 聡
同 重 入 正 希
主 文
1 特許庁が無効2007−800287号事件について平成21年8
月11日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告が名称を「加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とそ
の製造方法」とする発明についての特許権者(特許第3527092号)であ
るところ,被告から特許無効審判請求がなされ,特許庁が平成20年9月17
日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をしたが,知的財産高等裁判所
が平成21年2月20日付けで特許法181条2項に基づき上記審決を取り消
す旨の決定をしたので,特許庁において再び審理され,特許庁が平成21年8
月11日付けで原告からの訂正請求(請求項の数3)を認めた上,訂正後の請
求項1∼3についての特許を特許法36条4項(実施可能要件)又は6項(明
確性要件)違反を理由に無効とする旨の審決(第2次審決)をしたことから,
これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,訂正後の請求項1∼3につき,平成14年法律第24号による改正
前の特許法36条4項(実施可能要件) 又は,現行特許法36条6項2号(明
,
確性要件)の違反があるか,である。
〈判決注,〉平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項の規定は,下
記のとおりである。
記
「36条4項 前項第3号の発明の詳細な説明は,通商産業省令で定めるところに
より,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者
がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなけ
ればならない。」
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
ア 原告は,平成10年3月27日に本件特許出願(特願平10−8180
5号,公開公報は特開平11−279691号,請求項の数4)をし,平
成16年2月27日付けで特許第3527092号として設定登録を受け
た。
これに対し被告から,平成19年12月28日付けで下記(1)の無効理
由A∼Fを理由として 引用された甲1発明等の内容は下記(2)のとおり)
( ,
本件特許について特許無効審判請求(甲22)がなされ,同請求は無効2
007−800287号事件として特許庁に係属したところ,その中で原
告は,請求項の順序及び内容の変更等を内容とする訂正請求をして対抗し
たが,特許庁は,平成20年9月17日,訂正を認めるとした上,改正前
特許法36条4項(実施可能要件違反),及び特許法36条6項2号(明
確性要件違反)についてのみ判断して,これを無効とする旨の審決(第1
次審決,甲33)をした。
記(1)
・ 無効理由A:請求項1記載の発明(訂正前)は,甲1∼甲3記載の発
明により進歩性がない。
・ 無効理由B:請求項1記載の発明(訂正前)は,甲4記載の発明によ
り新規性がない。
・ 無効理由C:請求項2記載の発明(訂正前)は,甲1∼4,15記載
の発明により進歩性がない。
・ 無効理由D:請求項3記載の発明(訂正前)は,甲1∼3記載の発明
により進歩性がない。
・ 無効理由E:請求項4記載の発明(訂正前)は,甲1∼3記載の発明
により進歩性がない。
・ 無効理由F:請求項1∼4記載の発明(訂正前)の発明の詳細な説明
は,発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分
に記載されていないから,特許法36条4項の要件(実
施可能要件)を満たしておらず,特許を受けようとする
発明を明確に記載したものでもないから特許法36条6
項2号の要件(明確性要件)も満たさない。
記(2)
甲1:特開平5−70886号公報
甲2:特開平2−217425号公報
甲3:特開平5−247586号公報
甲4:特開平2−290955号公報
甲5:特開平5−295433号公報
甲15:特開平9−13147号公報
イ そこでこれに不服の原告は,平成20年10月27日付けで審決取消訴
訟を提起した(平成20年(行ケ)第10395号)ところ,知的財産高等
裁判所は,平成21年2月20日付けで特許法181条2項に基づき上記
審決を取り消す旨の決定をした(甲40)。
このようにして上記無効審判請求事件は再び特許庁において審理される
ところとなり,その中で原告は,平成21年3月23日付けで特許請求の
範囲の記載等を変更する訂正請求(以下「本件訂正 」という。甲41の1,
2)をしたところ,特許庁は,平成21年8月11日 ,「訂正を認める。
特許第3527092号の請求項1∼3に係る発明についての特許を無効
とする 。」旨の審決(第2次審決。以下「本件審決」ということがある 。)
をし,その謄本は平成21年8月21日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件訂正後の(新)請求項1∼3(以下「本件発明1」∼「本件発明3」
という)は,以下のとおりである(下線が本件訂正における訂正部分 )。
・ 【請求項1】
「重量%で,
C:0.05∼0.14%,
Si:0.3∼1.5%,
Mn:1.5∼2.8%,
P:0.03%以下,
S:0.02%以下,
Al:0.005∼0.283%,
N:0.0060%以下を含有し,
残部Feおよび不可避的不純物からなり,さらに%C,%Si,%M
nをそれぞれC,Si,Mn含有量とした時に(%Mn)/(%C)
≧15かつ(%Si ) (%C)≧4が満たされる化学成分からなり,
/
その金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下の
マルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とす
る加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」
・ 【請求項2】
「重量%で,B:0.0002∼0.0020%を含有する請求項1
記載の加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板 。」
・ 【請求項3】
「請求項1または請求項2に記載の化学成分からなる組成のスラブを
Ar3 点以上の温度で仕上圧延を行い,50∼85%の冷間圧延を施
した後,連続溶融亜鉛めっき設備で700℃以上850℃以下のフェ
ライト,オーステナイトの二相共存温度域で焼鈍し,その最高到達温
度から650℃までを平均冷却速度0.5∼3℃/秒で,引き続いて
650℃からめっき浴までを平均冷却速度1∼12℃/秒で冷却して
溶融亜鉛めっき処理を行った後,500℃以上600℃以下の温度に
再加熱してめっき層の合金化処理を行い,その金属組織として,フェ
ライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留
オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金
化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。」
(3) 審決の内容
審決の内容は別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①本件訂
正は,訂正要件を満たすので訂正は認められる,②前記無効理由Fに関し,
請求人は訂正後の(新)請求項1∼3について下記無効理由fを主張してい
ると認められるところ,訂正後の請求項1∼3(本件発明1∼3)について
実施可能要件,明確性要件とも認められないとして,本件発明1∼3を無効
としたものである。
記
・ 無効理由f:本件発明1∼3に関する発明の詳細な説明は,発明の実
施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されて
いないから,特許法36条4項の要件(実施可能要件)
を満たしておらず,特許を受けようとする発明を明確に
記載したものでもないから同法36条6項2号の要件
(明確性要件)も満たさない。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べる誤りがあるので,違法として取り
消されるべきである。
ア 取消事由1(明確性要件についての認定・判断の誤り)
(ア) 審決は,本件発明1∼3の技術的意義に関して ,「…訂正明細書に
は,金属組織としてフェライトに注目し,これが存在することの技術的
意義が,高強度とプレス加工性の良いことの両立にあるとは,記載され
ていない。 (17頁4行∼6行)とし,
」 「…してみると,訂正明細書に
は,高強度とプレス加工性の良いことの両立という技術的意義は,本来
的に,マルテンサイト及び残留オーステナイトを体積率で3∼20%含
む金属組織としたことによるものとして記載していると認められる 。」
(17頁16行∼19行)と認定した。
確かに訂正明細書(甲41の2)には,本件発明1・2について,マ
ルテンサイト組織,残留オーステナイト組織,及びマルテンサイトと残
留オーステナイトの体積率を発明の技術的な特徴点として強調して記載
しているが,だからといってフェライト組織については技術的に意味の
ない組織であるとしている訳ではない。
本件特許の出願時(平成10年3月27日)の技術常識からみれば,
合金化溶融亜鉛めっき鋼板における高強度とプレス加工性の良いことの
両立という本件発明1∼3の技術課題に対して,フェライトがプレス加
工性の維持・向上に大きく寄与している金属組織であることは当業者に
自明であり,そこから本件発明1∼3の発明特定事項として「その金属
組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサ
イトおよび残留オーステナイトが混在する」と規定したものである。
この点に関し,例えば,本件特許の出願日より前に頒布された刊行物
である甲44(社団法人 日本鉄鋼協会編集「自動車用高強度薄板鋼板
の製造技術・利用技術の進歩(限定版 ),昭和56年5月20日発行,
」
99頁∼105頁)の「2.2 複合組織鋼板(Dual Phase Sheet Steel)」
の項には,本件発明1∼3が対象とする鋼板の一つである Dual Phase
Sheet Steel(DP鋼板ないしデュアル・フェーズ鋼)の特徴が記載され
ているところ,そのDP鋼板について , 加工硬化係数(n値)が高く ,
「
一様伸びが大きい」 「全伸びが大きい」
, (99頁17行)とされ,伸び
(延性,加工性)に優れていることが記載されている。特に「DP鋼板
が優れた強度−延性バランスを持つ理由については,α相が純化されて
素地の変形能が大きくなる,α´とαの整合性が高いため,高ひずみと
ならなければボイドが生じない,数%の残留γ相が変形時にα´相に変
る一種の加工誘起変態によるという考え方などがある 。(104頁8行
」
∼12行)と記載されているように,本件発明1・2と同様の複合組織
を有する鋼板は,強度と延性すなわち加工性とがバランス良く両立され
ており,そのうちの延性(加工性)については,α相(フェライト相)
が変形能 鋼板の変形能力 )
( の向上に寄与していることが示されている。
このように,鋼中組織としてのフェライトが,加工性向上に寄与する組
織であることは,当業者の技術常識そのものである。
したがって,本件発明1・2の合金化溶融亜鉛めっき鋼板の特性のう
ちのプレス加工性については,フェライトの存在によって担保されてい
ることは明白である。
また,訂正明細書(甲41の2)の段落【0023】には,「650
℃までを平均0.5∼10℃/秒とするのは加工性を改善するためにフ
ェライトの体積率を増す…」と記載されているように,フェライトの存
在が合金化溶融亜鉛めっき鋼板の加工性の改善,すなわちプレス加工性
の改善に寄与する金属組織であることは訂正明細書の記載からも明らか
である。即ち,本件発明1,2の合金化溶融亜鉛めっき鋼板については,
高強度とプレス加工性の良いことの両立という技術的意義は,金属組織
についていえば ,「フェライト中に」体積率で3%以上20%以下のマ
ルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することによるものであ
ることを前提として判断されなければならないところ,審決は,上記の
とおり ,「…訂正明細書には,高強度とプレス加工性の良いことの両立
という技術的意義は,本来的に,マルテンサイト及び残留オーステナイ
トを体積率で3∼20%含む金属組織としたことによるものとして記載
していると認められる。」と認定しており,これは,高強度とプレス加
工性の良いことの両立という技術的意義にはフェライトが関与していな
いとの認定に他ならない。これは,上記のとおり甲44等に記載の当業
者の技術常識,訂正明細書の記載からして誤りであることが明らかであ
る。
(イ) また審決は ,「…訂正明細書には,高強度とプレス加工性の良いこ
との両立は,本来的には,マルテンサイト及び残留オーステナイトを3
∼20%含む金属組織としたことによるものとして記載されているので
あって,前記主張は,訂正明細書に記載されている事項に基づかないも
ので,採用できるものではない。被請求人の主張は,その真偽は別にし
ても,事後的な知見を主張するものであり,採用の限りではない。(1
」
7頁26行∼32行)とした。
しかし,前記(ア)のとおり,本件発明1・2の合金化溶融亜鉛めっき
鋼板における金属組織の一つであるフェライトがプレス加工性を維持・
向上させる金属組織であることは,当業者にとっての技術常識であり,
訂正明細書にも明確に記載されている(段落【0023】)から,本件
発明1・2におけるフェライト組織の果たす作用・役割に関する主張
は,何ら事後的な知見の主張に当たるものではない。
よって,上記審決の「訂正明細書に記載されていない事後的な知見を
主張するものであり,採用の限りではない。 とする判断は誤りである。
」
(ウ) さらに審決は ,「マルテンサイト及び残留オーステナイトを体積率
で3∼20%含む金属組織としたことの技術的意義は,高強度とプレス
加工性の良いことの両立であるが,該技術的意義が成り立つには,マル
テンサイトと残留オーステナイトが,強度とプレス加工性に関し,等価
といえる程度の技術的効果を有することが,その前提になければならな
い。…そこで,このマルテンサイトと残留オーステナイトについてみる
と,前者は硬くて脆い組織で,また,後者は,軟らかで粘い組織で,…
プレス加工性についてみれば,前者は悪く,後者は良いのは,技術常識
であって,少なくとも,プレス加工性については,等価といえる程度の
技術的効果を有するとの技術常識は,無いものである 。(17頁37行
」
∼18頁12行)とした。
しかし,上記のとおり,プレス加工による変形を主として担うのは,
あくまでもフェライト組織であって,プレス加工性は,マルテンサイト
と残留オーステナイト以外の主金属組織であるフェライトが担保すると
いうのが本件発明1・2の金属組織の作用なのであるから,少なくとも
プレス加工性について,マルテンサイトと残留オーステナイトとが等価
であることを前提にすること自体が誤りである。
一方,強度に関して,マルテンサイトは,もともとそれ自身で強度が
高く,残留オーステナイトは,プレス加工によりマルテンサイトに変態
することにより強度が高くなるという違いはあるにしても,両者ともに
プレス加工後の最終的な成形品では強度を担う組織である。従って,合
金化溶融亜鉛めっき鋼板の強度の維持・向上という観点から,マルテン
サイトと残留オーステナイトは共通する機能を備えており,等価の技術
的効果を有する金属組織ということができる。そうすると,本件発明1
・2においてマルテンサイトと残留オーステナイトの体積率の内訳を規
定していないということは,発明の明確性に何ら影響を与えるものでは
ない。
さらに,訂正明細書(甲41の2)の表2には,金属組織として,体
積率で3∼20%のマルテンサイトと残留オーステナイトが含まれるこ
とによって,所定強度水準が得られるとともに,プレス加工性が向上し
た合金化溶融亜鉛めっき鋼板を具体的な実験事実として示している。
したがって,本件発明1・2の金属組織について,プレス加工性とい
う観点からみて,マルテンサイトと残留オーステナイトは等価といえる
程度の技術的効果を有するとの技術常識はないという審決の判断は誤り
であって,本件発明1・2の金属組織におけるマルテンサイト,残留オ
ーステナイトという組織は,合金化溶融亜鉛めっき鋼板において所定の
強度を確保するという点で,等価といえるものである。
(エ) また審決は ,「…上記技術的意義が成り立つには,強度とプレス加
工性に関し,マルテンサイトと残留オーステナイトとが混在することか
ら生じる技術的効果の存在を前提にしなければならない。しかしながら,
このような技術的効果の認識が当業者にあったといえず,また,あった
とする根拠も見当たらないし,更に,訂正明細書を精査しても,その存
在を窺わせる記載は見当たらず,例えば,マルテンサイトと残留オース
テナイトのうちの一方が存在しないものと,他方が存在しないものと,
更に,両者を含むものとについて, 降伏強さ 』『引張強さ』や『伸び』
『 ,
を評価するなど(判決注: 評価すらなど」は誤記)していないから,
「
やはり,その存在を窺わせる記載は見当たらないといわざるを得ない。
してみると,高強度とプレス加工性の良いことの両立という技術的意義
は,本来的に,マルテンサイト及び残留オーステナイトを3∼20%含
む金属組織としたことによるものであるとの技術的内容を認めることは
できず,結局のところ,訂正明細書の記載からは,金属組織として,フ
ェライト中に『体積率で3%以上20%以下のマルテンサイト及び残留
オーステナイトが混在する』としたことの技術的意義を見出すことがで
きない。(18頁13行∼28行)とした。
」
しかし,訂正明細書(甲41の2)の段落【0023】には「…加工
性を改善するためにフェライトの体積率を増すと同時に,オーステナイ
トのC濃度を増すことにより,その生成自由エネルギーを下げ,マルテ
ンサイト変態の開始する温度をめっき浴温度以下とする…」 , 【0
と 段落
024】には「…650℃までの平均冷却速度を10℃/秒を超えるよ
うにすると,フェライトの体積率の増加が十分でないばかりか,オース
テナイト中C濃度の増加も少ないために鋼帯がめっき浴に浸漬される前
にその一部がマルテンサイト変態し,…プレス加工性の良いことの両立
が困難となる。」と,さらに段落【0027】には,「…残存するオース
テナイトにCを濃縮させることにより,プレス加工中に効果的に加工誘
起変態するよう…冷却することが好ましい…」と記載されており,オー
ステナイト中のC(炭素)濃度を高め,残留オーステナイトを混在させ
ることによりフェライト中のC濃度を下げることを明らかにしている。
そうすると,組織中に残留オーステナイトを混在させずにマルテンサイ
トを体積率で3∼20%とした場合には高強度が得られるものの,フェ
ライト中のC濃度が高いために加工性の低下が生じることは明らかであ
る。
一方,加工誘起変態は,鋼板に応力を加えると起きる現象であるが,
加工性を向上させるためには,この現象が,鋼板の変形が進行中の特定
の段階に集中して起こるのは好ましくなく,変形の進行中逐次に連続的
に起こることが望ましい。本件発明1・2は,残留オーステナイトの加
工誘起変態が連続的に起こるようにするために,マルテンサイトが混在
するとその周囲からフェライトの変形が始まることに着目して加工性を
向上させたものである。すなわち,組織中にマルテンサイトを混在させ
ずに残留オーステナイトを体積率で3∼20%とするのではなく,二つ
の相を混在させたことにより,高強度と加工性を両立しようとするもの
である。なお,マルテンサイトが混在するとその周囲からフェライトの
変形が始まることについては,前記甲44に「周辺のα相素地における
可動転位の形成および内部応力により,外部から応力が加わると容易に
α´相周辺から転位が発生… 」(103頁3行∼5行)と記載されてい
るとおりである。このように,本件発明1・2は,合金化溶融亜鉛めっ
き鋼板において高強度とプレス加工性が良いことを両立するために,金
属組織として,フェライト中に「体積率で3%以上20%以下のマルテ
ンサイト及び残留オーステナイトが混在する」と特定しているのであり,
これが正に混在させることの技術的効果なのである。
以上のとおり,本件発明1・2で,マルテンサイト及び残留オーステ
ナイトを混在させたことの技術的効果は,訂正明細書(甲41の2)の
記載から明らかであるばかりか,フェライト中に,マルテンサイト及び
残留オーステナイトを3∼20体積%混在させた金属組織に基づく技術
的意義についても訂正明細書の記載から明らかである。
したがって,本件発明1・2において ,「マルテンサイトと残留オー
ステナイトとが混在することから生じる技術的効果はなく,また,金属
組織として,フェライト中に『体積率で3%以上20%以下のマルテン
サイト及び残留オーステナイトが混在する』としたことの技術的意義を
見出すことができない。」旨の審決の認定・判断は誤りである。
(オ) 審決は,本件発明1・2の合金化溶融亜鉛めっき鋼板は,本件発明
3の製造方法をより具体化した方法によって形作られた結果(例えば,
訂正明細書の段落【0029】∼【0033】に示される本件発明1∼
3の具体例である試料番号4,8,10,12,14,15,18,2
1,25)としての金属組織を有するのであるから,金属組織として,
フェライト中に「体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび
残留オーステナイトが混在する」ことの技術的意義を,これら具体例が
示していることにはならない旨を示し(19頁10行∼23行 )「…フ
,
ェライト,マルテンサイトや残留オーステナイトの,それぞれの,金属
組織における体積率,これら成分以外の金属組織成分の有無や,それら
の体積率,更には,各金属組織成分の金属組織における配置関係などの
構造が明らかにされていないから,金属組織における如何なる構成が,
高強度とプレス加工性の良い合金化溶融亜鉛めっき鋼板であることに寄
与しているかは,分からない… 」(19頁25行∼30行)とした。
しかし,訂正明細書(甲41の2)は上記の各点を実質的に開示して
おり,さらに本件発明1・2の技術的意義の理解の助けとすべく,本件
発明外の成分組成の鋼種(例えば,表1,表2の鋼A,B,C,E,I,
K,M,N,P,Q参照) あるいは ,本件発明外の製造条件(例えば ,
,
表2中,本件発明外の焼鈍時の最高到達温度として,試料番号5,6,
13,19,本件発明外の平均冷却速度として,試料番号1,3,7,
16,19,27,28,本件発明外の合金化の際の最高到達温度とし
て,試料番号9,11,22,26)で合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製
造し,それらを比較対照して,その機械特性(降伏強さ,引張強さ,伸
び),金属組織,めっき特性(めっき密着性,パウダリング性)を評価
し,その評価に基づき,フェライト中に「体積率で3%以上20%以下
のマルテンサイト及び残留オーステナイトが混在する」金属組織が形成
された場合に,高強度とプレス加工性の良い合金化溶融亜鉛めっき鋼板
が得られることを確認している 。つまり,フェライト,マルテンサイト ,
残留オーステナイトの体積率は,マルテンサイト及び残留オーステナイ
トの合計体積率で3%以上20%以下(上記(ウ)のとおり,マルテンサ
イトと残留オーステナイトの体積率の内訳は特に規定される必要はな
い)であって,残部がフェライト主体であり,また,フェライト,マル
テンサイト,残留オーステナイト以外の金属組織成分については,訂正
明細書の段落【0027】に「合金化処理の後,…必要により…オース
テナイトの一部をベイナイト変態させ…」と記載されているように,そ
の有無及び体積率を特定することは,本件発明1・2の発明構成上の必
須の要件ではなく単なる任意要件であるから,これらを規定することは
無意味であり,さらに,金属組織の配置関係については,フェライト中
にマルテンサイト及び残留オーステナイトが混在する金属組織が形成さ
れていればよいのである。
よって,訂正明細書中に記載された本件発明の具体例が,本件発明1
・2の金属組織の技術的意義を示していることにはならない,あるいは,
金属組織における如何なる構成が,高強度とプレス加工性の良い合金化
溶融亜鉛めっき鋼板であることに寄与しているか分からないとの審決の
判断は,その根拠を欠く。
(カ) 審決は ,「訂正明細書の発明の詳細な説明からは,本件発明1及び
2において,金属組織として,フェライト中に『体積率で3%以上20
%以下のマルテンサイト及び残留オーステナイトが混在する』としたこ
との技術的意義を見出すことができないから,これら本件発明は,明確
とはいえず,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明
確であることに適合するとはいえない 。(19頁32行∼末行)と判断
」
した。
しかし,本件発明1・2は,金属組織として,フェライト中に「体積
率で3%以上20%以下のマルテンサイト及び残留オーステナイトが混
在する」としたことによって,高強度とプレス加工性の良い合金化溶融
亜鉛めっき鋼板が得られることは,上記(ア)∼(オ)記載のとおりである
から,本件発明1・2は明確であり,特許請求の範囲の記載は特許を受
けようとする発明が明確であることに適合するといえる。
以上のとおり,本件発明1・2の明確性要件に関する審決の認定・判
断は誤りであり,違法として取り消されるべきである。
イ 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)
(ア) 審決は ,「…本件発明1又は2は,要するに,合金化溶融亜鉛めっ
きされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,『金属組織として,フェ
ライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オ
ーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので ,
本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであっ
て,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能とする手
段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説明の
記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が
その実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるよう
に,明確かつ十分になされているということはできない。(20頁6行
」
∼15行)と判断した。
しかし,訂正明細書(甲41の2)には,本件発明1,2に係る物の
発明(加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板)について,その
物を製造するための少なくとも一つの製造方法を本件発明3として開示
し,さらに,より具体的な製造条件を,発明の実施の形態の欄に詳細に
記述している。
審決は,上記のとおり「本件発明1又は2は,…本件発明3の製造方
法以外の方法で製造された物を包含するものであって,この製造方法以
外の方法については,上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく,
…」としているが,これは,即ち,本件発明1・2は,少なくとも,本
件発明3の製造方法で製造できることを審決自体が認めているのである
から,訂正明細書には,本件発明1・2について,当業者が実施できる
程度に明確かつ十分に記載されていることは明白である。
(イ) なお,特許庁の審査基準( 特許・実用新案審査基準」第I部第1
「
章「明細書及び特許請求の範囲の記載要件 」 17頁∼18頁 。甲45)
,
には,発明の詳細な説明の記載要件のうちの「3.2.1実施可能要件
の具体的運用」について,(1)発明の実施の形態…特許出願人が最良
「
と思うものを少なくとも一つ記載することが必要である 。 ,( 2)物
」「
の発明についての『発明の実施の形態』 物の発明について実施をする
ことができるとは,上記のように,その物を作ることができ,かつ,そ
の物を使用できることである…」と記載されている。ところで,物の発
明である本件発明1・2は,審決が認めているように,少なくとも,本
件発明3の製造方法で製造できるのであって,さらに,本件発明1・2
は,高強度,加工性,塗装性,溶接性が要求される,例えば,自動車,
家庭電気製品,建築などの用途にプレス加工をして使用される(甲41
の2,段落【0001 】【0034】
, )のである。
そうであれば,本件発明1・2については,その物を作ることができ,
かつ,その物を使用できるのであるから,特許庁の審査実務を規定した
上記審査基準(甲45)に照らしても,実施可能要件に違反するもので
ないことは明らかである。
(ウ) したがって,訂正明細書の記載は本件発明1・2について当業者が
実施できる程度に明確かつ十分になされていない,との審決の判断は誤
りであり,違法として取り消されるべきである。
ウ 取消事由3(本件発明3についての判断の誤り)について
審決は ,「6.むすび」(20頁19行)として ,「本件発明1∼3の本
件特許は,特許法第36条第4項又は第6項の規定に違反した特許出願に
ついてされたものであるから,上記本件特許は,特許法第123条第1項
第4号に該当し,無効とすべきである 。(20頁20行∼22行)と判断
」
しているが,審決の理由を詳細に検討しても,審決には,本件発明3の加
工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法の発明について,
これを無効であると判断した具体的な理由が記載されていない。
特許法157条2項・同4項によれば,審決には理由を記載しなければ
ならないと規定されているところ,審決には,本件発明3について無効で
あると判断した具体的な理由が記載されておらず,違法な手続きがなされ
たものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)∼(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
ア 審決は,本件発明1・2につき明確性要件を欠くとした理由として,以
下の2つを述べる。
まず第1に,特許請求の範囲においてマルテンサイト及び残留オーステ
ナイトの合計量のみが記載され,その内訳が何も規定されていないことか
ら,「…マルテンサイトと残留オーステナイトが,強度とプレス加工性に
関し,等価といえる程度の技術的効果を有することが,その前提になけれ
ばならない。このことは,マルテンサイト及び残留オーステナイトにつき ,
その一方が他方に対して,金属組織に多量に含まれる場合を想定すれば,
明らかである。…」(18頁2行∼6行)と指摘し,マルテンサイト及び
残留オーステナイトに関する技術常識を踏まえて,単に合計量を規定した
のみでは技術的意義が見出せないと判断している。
第2に,上記とは反対に,マルテンサイトと残留オーステナイトの一方
のみが含まれている場合を基準として,両者が混在していることによる効
果が不明であることを指摘し ,「混在」の技術的意義が見出せないと判断
している。すなわち,仮に,マルテンサイトと残留オーステナイトの技術
的意義が同等であるならば,いずれか一方でも効果を奏することにならざ
るを得ず,両者を混在させることの技術的意義が不明にならざるを得ない
ことを審決は指摘している。
イ 原告は,取消事由1として審決の明確性要件についての認定・判断の誤
りを主張するが,審決が具体的に指摘した上記第1及び第2の理由に対す
る具体的な反論をしているとはいえない。
まず,本件発明1・2の特許請求の範囲によれば,マルテンサイトと残
留オーステナイトの双方を含み,その合計が3%以上20%以下の金属組
織は,本件発明1・2に属することになる。本件発明1・2の特許請求の
範囲の記載では,マルテンサイトと残留オーステナイトの技術的意義が同
等であることが前提となるからであり,特許請求の範囲においてマルテン
サイトと残留オーステナイトの含有量は個別に規定されていないからであ
る。
そして,審決の指摘を整理すると,以下のとおりである。
第1に,本件特許の特許請求の範囲の記載を文字どおりに解釈すると,
上記のとおりマルテンサイトと残留オーステナイトの双方を含み,その合
計が3%以上20%以下の金属組織は,本件発明1・2に属することにな
るが,マルテンサイト及び残留オーステナイトに関する技術常識に照らし
て,上記数値範囲内でありさえすれば,その合計中のマルテンサイトと残
留オーステナイトとの数値割合が著しく異なる場合でも,これらは同等で
あるとの技術的意義は認められない。この点について審決は,「…このマ
ルテンサイトと残留オーステナイトについてみると,前者は硬くて脆い組
織で,また,後者は,軟らかで粘い組織で…,プレス加工性についてみれ
ば,前者は悪く,後者は良いのは,技術常識であって,少なくとも,プレ
ス加工性については,等価といえる程度の技術的効果を有するとの技術常
識は,無いものである。(18頁6行∼12行)としている。技術常識に
」
関するこの審決の認定は正しい。
第2に,本件発明1・2には,マルテンサイトと残留オーステナイトと
が「混在」すると記載されているが,訂正明細書(甲41の2)には,マ
ルテンサイトに残留オーステナイトを混在させることによる効果を説明し
た部分はない。同様に,残留オーステナイトにマルテンサイトを混在させ
ることによる効果を説明した部分もない。審決は ,「また,以上の視点と
は別に 」(18頁13行)で始まる段落において,この点を正しく指摘し
ている。
原告は,取消事由1に関する主張の一部として,訂正明細書では,フェ
ライト組織について技術的に意味のない組織であるとしている訳ではない
として甲44を引用し,フェライトが,加工性向上に寄与する組織である
ことは当業者の技術常識そのものであり,本件発明1・2の合金化溶融亜
鉛めっき鋼板の特性のうちのプレス加工性についてはフェライトの存在に
よって担保されていると主張する。しかし,これらの主張は,取消事由1
とは何の関係もないことであり,審決には何らの誤認も存在しない。審決
は,本件発明1(及び本件発明3)の記載中 ,「フェライト中に体積率で
3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在す
る」ことの技術的意義が明らかでないことを指摘しているが,当該記載に
含まれている「フェライト中」の技術的意義が不明であるか否かについて
は何も述べていない。審決が問題としているのは,第1に,マルテンサイ
トと残留オーステナイトの含有量の内訳を規定せずにそれらの合計量のみ
を規定することの技術的意義が不明であるということであり,第2に,両
者が混在すること,すなわち,マルテンサイトのみ,あるいは,残留オー
ステナイトのみを含有する場合と比較して,両者が「混在」することの技
術的意義が不明であるということである。当業者の技術常識に照らして審
決の指摘が正当であることは,原告が依拠する甲44(全文は甲48)に
よっても明らかである。
また,指摘しておくべき点として,甲44は昭和56年(1981年)
当時の当業者の技術常識を示すものである。したがって,甲44にはDP
鋼に関する記載はあるが,甲6∼甲8などに記載されているTRIP
(「Transformation Induced Plasticity」の略。変態誘起塑性の意)鋼に関す
る記載はない。TRIP鋼は,1990年代に開発されて普及し,本件特
許の出願日である1998年(平成10年)3月27日には,TRIP鋼
も当業者の技術常識の一部となっていたが,甲44にはTRIP鋼の説明
は存在しない。その意味で,甲44は,乙2(Pierre Messien ら「2相域
焼鈍されたデュアル・フェーズ鋼の相変態及び微細構造」1981年2月
23・24日開催のAIME冶金学協会熱処理委員会等主宰のシンポジウ
ムの講演予稿集161頁∼180頁)と同じ内容を含んでいる。
例えば,乙2には ,「デュアル・フェーズ鋼の微細組織は,実質的に,
微細粒の等軸フェライトからなり,その中に硬質相の島が分散しており,
それは,多くの場合,幾分の残留オーステナイトを含むマルテンサイトで
ある」(訳文「序論」中の1行∼3行)との記載があり,この記載に対応
するものとして,甲44には ,「γ相はその一部がマルテンサイト相(α
’相)に変態し,軟質のα相素地に硬質のα’相が分散したDP鋼板が得
られる。なお,条件によってはγ相が冷却後に未変態のまま残ることもあ
る」(99頁下12行∼11行)と記載されている。ここで,α相とはフ
ェライト相であり,γ相とはオーステナイト相である。したがって,金属
組織の記述として見れば,乙2と甲44は同一の内容を記載しているので
あって,原告の主張は,被告の主張を補強するものでこそあれ,被告の主
張に対する反論にはなっていない。
さらに,甲44には,「数%の残留γ相が変形時にα´相に変る一種の
加工誘起変態による28) )
,31 ,35)
という考え方などがある。加工誘起変態説
に対しては,2%程度のひずみでほとんど残留γ相がα’相に変態するの
で,残留γ相は延性の向上に寄与していないという反論もある。40) (1
」
04頁下5行∼下3行)と記載されている。この記載は,その後のTRI
P鋼開発につながる記載であるが,当時(1981年)の技術常識では,
残留オーステナイト(γ相)の技術的意義が確立されていなかったことも
明らかである。
しかし,本件特許の出願時には,TRIP鋼が開発されており,残留オ
ーステナイトの技術的意義も当業者の技術常識の一部となっていた。この
ことは後記甲6∼8からも明らかである。すなわち,これらの文献には,
「TRIP(Transformation Induced Plasticity)とは,変態誘起塑性と訳される
が,化学的に不安定な状態で存在するオーステナイト(γ)相が,力学的
エネルギーの付加により,マルテンサイトへと変態する際に,相伴う大き
な伸びのことを指す。… 」(甲6〔佐久間康治ら「変態誘起塑性効果を利
用した次世代高強度薄鋼板」新日鉄技報第354号17頁∼21頁,平成
6年11月29日発行〕,17頁左下末行∼右上欄3行) 「従来の100
,
0MPa級複合組織鋼では全伸びが約10%程度(1)であったものが,こ
の残留オーステナイトの変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity:
TRIP)効果を利用した複合組織鋼では20∼30%に改善され(3)−(5),張
り出し成形が可能な領域に達している . (甲7〔杉本公一ら「 TRIP 型複
」
合組織鋼の延性に対する温度とひずみ速度の影響」日本金属学会誌 第5
4巻第6号657頁∼663頁〕,657頁左欄本文5行∼10行) 「…
,
近年,張り出し成形可能な超高強度鋼板として開発された多量(10∼2
0vol%)の残留オーステナイトを含む複合組織鋼(4)(TRIP 型複合組
織鋼(5)−(7))では,この内部応力に加え,残留オーステナイトの変態誘起
塑性( Transformation Induced Plasticity: TRIP)が変形に関与することが報
告されている。 (甲8〔安木真一ら「 TRIP 型複合組織鋼の低サイクル疲
」
労硬化」日本金属学会誌 第54巻第12号1350頁∼1357頁〕,1
350頁左欄本文3行∼8行)などと記載されている。これらの記載によ
れば,本件特許の出願前に,当業者にとって,マルテンサイトと残留オー
ステナイトの技術的意義が全く異なることは技術常識であった。
ウ さらに,甲7の658頁左欄∼右欄に「1.微細組織」の記載があり,
「…両鋼はいずれもベイナイト(B)・マルテンサイト(M)・残留オース
テナイト(A)・フェライト(F)の4相組織からなり,第2相は互いに
ほぼ連結してフェライトを取り囲んでいる。硬質相としてはベイナイト相
が大半をしめ,マルテンサイト相は少量である。…硬質相と残留オーステ
ナイトを加えたものを第2相( SP:B+M+A)と呼ぶことにする… 」(65
8頁左欄下2行∼右欄7行)と記載されている。この記載と,乙2の「デ
ュアル・フェーズ鋼の微細組織は,実質的に,微細粒の等軸フェライトか
らなり,その中に硬質相の島が分散しており,それは,多くの場合,幾分
の残留オーステナイトを含むマルテンサイトである」 前出)との記載や,
(
甲44の「γ相はその一部がマルテンサイト相(α’相)に変態し,軟質
のα相素地に硬質のα’相が分散したDP鋼板が得られる。なお,条件に
よってはγ相が冷却後に未変態のまま残ることもある 」(前出)との記載
を対比すれば容易に理解できるとおり,本件特許の出願前において,マル
テンサイトを含み,少量の残留オーステナイトを含むDP鋼と,反対に,
残留オーステナイトを含み,少量のマルテンサイトを含むTRIP鋼とは
異なる技術的意義を有する鋼として当業者に認識されていたものである。
審決は,このような当業者の技術常識を踏まえた上で,「…そこで,こ
のマルテンサイトと残留オーステナイトについてみると,前者は硬くて脆
い組織で,また,後者は,軟らかで粘い組織で…,プレス加工性について
みれば,前者は悪く,後者は良いのは,技術常識であって,少なくとも,
プレス加工性については,等価といえる程度の技術的効果を有するとの技
術常識は,無いものである。(18頁6行∼12行)と認定し,この認定
」
に基づいて「フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイ
トおよび残留オーステナイトが混在する」ことの技術的意義が明らかでな
いことを指摘したものである。
以上によれば,原告が,訂正明細書(甲41の2)では,フェライト組
織について技術的に意味のない組織であるとしている訳ではない,フェラ
イトが,加工性向上に寄与する組織であることは,当業者の技術常識その
ものである,本件発明1及び2の合金化溶融亜鉛めっき鋼板の特性のうち
のプレス加工性については,このフェライトの存在によって担保されてい
るとの主張は,その主張の当否を別としても,いずれも,審決の認定とは
無関係な事実を指摘するものであり,審決の認定の誤りを指摘するものと
はなっていない。
以上のとおりであるから, 訂正明細書の記載からは ,金属組織として,
「
フェライト中に『体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残
留オーステナイトが混在する』としたことの技術的意義を見出すことがで
きない」とした審決の認定に誤りはなく,原告の主張する取消事由1は理
由がない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,訂正明細書(甲41の2)の表1・2を参照して,本件発明1
・2が実施可能であるとする。原告の主張の前提には,マルテンサイトと
残留オーステナイトの体積率の内訳は特に規定される必要はない,フェラ
イト,マルテンサイト,残留オーステナイト以外の金属組織成分について
は,その有無及び体積率を特定することは,本件発明1・2の構成上の必
須の要件ではなく単なる任意要件であるから,これらを規定することは無
意味であるとの主張がある。
しかし,原告の上記前提自体が誤りであり,審決に誤りはない。
訂正明細書の表2には,実施例,比較例が記載されているところ,いず
れの試料についても,マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計体積
率が記載されているだけであり,その内訳は不明である。また,マルテン
サイトと残留オーステナイト以外の金属組織成分(例えば,ベイナイト)
の有無及び体積率も不明である。原告は,マルテンサイトと残留オーステ
ナイトの合計量のみで本件発明1・2を把握することができるから,その
内訳を明らかにすることは不要であり,かつ,マルテンサイトと残留オー
ステナイト以外の金属組織成分は任意成分であるから,その有無や体積率
を特定する必要もないとするが,発明の詳細な説明の果たすべき役割を誤
解している。
原告の主張する,マルテンサイトと残留オーステナイトの体積率の内訳
は特に規定される必要はない,フェライト,マルテンサイト,残留オース
テナイト以外の金属組織成分については,その有無及び体積率を特定する
ことは,本件発明1・2の発明構成上の必須の要件ではなく単なる任意要
件であるから,これらを規定することは無意味である等の内容は,このよ
うな主張が成り立つことを当業者が納得するに足りる記載が明細書中にな
ければ,原告の主張そのものが記載不備を証明していることになる。そし
て,以下のとおり,訂正明細書(甲41の2)には原告の主張を根拠付け
るような記載はない。
イ 本件に先立つ第1次審決取消訴訟 平成20年 行ケ)
( ( 第10395号 )
において,原告は,比較の具体例として,訂正明細書記載の試料番号9 比
(
較例)と試料番号18(実施例)及び試料番号12(実施例)と試料番号
13(比較例)の比較を挙げた。そこで,これらの比較に試料番号8(実
施例)及び試料番号10(実施例)を加えて,比較しやすいようにマルテ
ンサイト及び残留オーステナイトの体積率の順番に並べ替えてみると,当
業者が訂正明細書の表2を検討しても,マルテンサイトと残留オーステナ
イトの合計体積率にいかなる意味があるのかを把握することはできない。
すなわち,試料番号9と試料番号10及び8を比較すると,マルテンサ
イトと残留オーステナイトの合計体積率を大きくすることは,引張強さを
保った上で伸びを大きくするという結果をもたらす。しかし,試料番号9
と試料番号12及び18を比較すると,今度は,伸びを保ったまま,引張
強さを大きくするという結果がみられる。ところが,特許請求の範囲に記
載された下限よりもマルテンサイトと残留オーステナイトの体積率がわず
かに0.1%だけ小さい試料番号13を基準にして比較すると,試料番号
10及び8は,引張強さと伸びの間にトレード・オフの関係があり,引張
強さを犠牲にして伸びを大きくした結果になっている。そして,試料番号
12及び18は,引張強さを保ちながら,伸びを大きくしているが,伸び
の増加は,試料番号10及び8には及ばない。これらの結果からみれば,
試料番号10及び8の場合と,試料番号12及び18の場合とでは,マル
テンサイトと残留オーステナイトの合計に含まれているマルテンサイト又
は残留オーステナイトの割合が極端に異なり,そのことが引張強さ及び伸
びに影響を与えているのではないか,したがって,マルテンサイトと残留
オーステナイトの合計量ではなく,それぞれが含まれている量が重要なの
ではないかとの疑いを生ずる。
また,マルテンサイトと残留オーステナイトの合計量が少ないために比
較例とされている試料番号9及び13を比較すると,試料番号9は,引張
強さが516MPaであるから,本件特許の解決課題である「引張強さT
Sが490∼880MPa」という目標に到達し,かつ,伸び26%に示
されるように加工性も良い。伸び26%によって加工性が良いことが示さ
れていることは,試料番号18との比較により明らかである。
これに対して,試料番号13は,実施例である試料番号10及び8より
もかなり高い引張強さを有している。その一方で,伸びは小さい。試料番
号9と試料番号13にこのような違いがあることは,マルテンサイトと残
留オーステナイトの合計量の違い以外に,フェライトを含むその他の金属
組織にも違いがあり,その違いによって,試料番号9は,一応の引張強さ
と大きい伸びを有するのに対して,試料番号13は,高い引張強さとやや
小さい伸びを有するのではないかとの疑いを生ずる。
訂正明細書の発明の詳細な説明には,当業者が当然に持つであろう上記
の疑問を解明する記載は一切ない。この点は審決が正しく指摘するところ
である。すなわち審決は ,「…例えば,マルテンサイトと残留オーステナ
イトのうちの一方が存在しないものと,他方が存在しないものと,更に,
両者を含むものとについて,『降伏強さ』 『引張強さ』や『伸び』を評価
,
するなどしていない…」(18頁18行∼21行 ) 「…各具体例につき,
,
フェライト,マルテンサイトや残留オーステナイトの,それぞれの,金属
組織における体積率,これら成分以外の金属組織成分の有無や,それらの
体積率,更には,各金属組織成分の金属組織における配置関係などの構造
が明らかにされていないから,金属組織における如何なる構成が,高強度
とプレス加工性の良い合金化溶融亜鉛めっき鋼板であることに寄与してい
るかは,分からないというべきである 。(19頁24行∼30行)と指摘
」
している。
以上のとおりであるから,訂正明細書に記載された発明の詳細な説明を
読んでも,当業者は ,「その金属組織に体積率で3%以上20%以下のマ
ルテンサイトおよび残留オーステナイトが含まれること」という構成要件
の技術的意義を理解することはできない。したがって,本件発明1∼3を
実施することもできない。
審決の認定に誤りはなく,原告の主張する取消事由2は成り立たない。
(3) 取消事由3に対し
ア 審決は,本件発明1・2について,「訂正明細書の記載からは,金属組
織として,フェライト中に『体積率で3%以上20%以下のマルテンサイ
トおよび残留オーステナイトが混在する』としたことの技術的意義を見出
すことができない」(18頁26行∼28行)と明確に判断している。審
決理由の記載において,本件発明3についてもこの判断が同様に当てはま
るということを明示的に述べたところがないことは原告の指摘するとおり
であるが,本件発明3の製造方法の目的物は「フェライト中に体積率で3
%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する
ことを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板」として
特定されているのであるから,審決は,実質的に ,「本件発明1及び本件
発明2と同様に本件発明3についても『フェライト中に体積率で3%以上
20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』点の
技術的意義が不明であること」を本件発明3にかかる無効理由としても述
べているに等しい。したがって,原告の主張する取消事由3は成り立たな
い。
イ 以下,本件発明3においても,「その金属組織として,フェライト中に
体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイト
が混在すること」が構成要件となっているために,本件発明3についても
審決の認定した記載不備が存在することを明らかにする。
本件発明1・2に関して審決が指摘しているとおり,本件発明3に関し
ても,一方において,マルテンサイトと残留オーステナイトの体積比を不
問にして,両者の合計のみを構成要件とするものである。しかし,他方に
おいて ,「マルテンサイト及び残留オーステナイトが混在すること」を構
成要件とするものであるから,マルテンサイトのみ,あるいは,残留オー
ステナイトのみが金属組織に体積率で3%以上20%以下含まれていて
も,本件発明1∼3の構成要件は充足しないことになる。
これに対し審決は,マルテンサイトと残留オーステナイトが明らかに異
なる組織であることを前提として,合計量のみを構成要件とすることの技
術的意義が不明であるとする一方で,両者が混在することの技術的意義も
不明であるとしたものである。この判断は,最初に述べた当業者の技術常
識に沿った判断である。
第1点については,マルテンサイトを生成させる冷却条件とオーステナ
イトを残留させる冷却条件が明らかに異なることは当業者の常識であり,
マルテンサイトを生成させてその特性を利用する鋼がデュアル・フェーズ
鋼と呼ばれているのに対して,オーステナイトを残留させてその特性を利
用する鋼はTRIP鋼として知られている。したがって,両者の合計が一
定であれば,その内訳は問わないという本件発明1∼3は当業者の技術常
識に反するものであるから,その根拠が十分に記載されていない限り,当
業者は本件発明1∼3の内容を理解できないことになる。
次に,第2点については,デュアル・フェーズ鋼の製造においてオース
テナイトが残留することがあること,オーステナイトを残留させる場合で
あってもマルテンサイトが生成する可能性を排除できないことは当業者の
常識に属すると思われる。前者については,前記乙2において「幾分の残
留オーステナイトを含むマルテンサイト」と記載されている。また,後者
については,甲7(日本金属学会誌 第54巻第6号657頁∼663頁,
平成2年6月)の658頁左欄∼右欄に「1.微細組織」の記載があり,
「両鋼はいずれもベイナイト(B)・マルテンサイト(M )
・残留オーステ
ナイト(A )・フェライト(F)の4相組織からなり,第2相は互いにほ
ぼ連結してフェライトを取り囲んでいる。硬質相としてはベイナイト相が
大半をしめ,マルテンサイト相は少量である 。」と記載されている。本件
発明1∼3は,これらとは区別されるものとして発明されたものであるか
ら,両者が混在することの技術的意義が明確にされていなければならない
はずである。しかし,訂正明細書の発明の詳細な説明においてこの点が明
確にされているとはいえない。
むしろ,訂正明細書(甲41の2)の発明の詳細な説明においては,以
下に列挙するとおり,本件各発明とTRIP鋼とを区別することを困難に
するような記載が存在する。
・ …オーステナイトはマルテンサイト変態せず…」
「 (段落【0010】)
・ …オーステナイトがマルテンサイト変態するのを抑制する目的で…」
「 (段落
【0016】)
・ …オーステナイトのC濃度を増すことにより,その生成自由エネルギーを
「
下げ,マルテンサイト変態の開始する温度をめっき浴温度以下とすることを
目的とする。…」(段落【0023】)
・ …オーステナイトがパーライトに変態するため,高強度とプレス加工性の
「
良いことの両立が困難となる。(段落【0026】
」 )
・ …オーステナイトからパーライトやベイナイトへの変態が極めて起こりに
「
くいことに特徴があり…」(段落【0027】)
以上の記載からは,マルテンサイトと残留オーステナイトの合計量を規
定することの技術的意義は,第1に,両者の比率を不問にするという観点
からも,第2に,両者が混在しなければならないという観点からも,当業
者が理解することはできない。したがって,審決の認定は正当であり,原
告の主張するような誤認は存在しない。
原告は,実施例と比較例を対比することによって本件発明1∼3の意義
を説明しようと試みているが,原告の指摘する実施例及び比較例によって
も,本件発明1∼3の意義は明らかではない。この点は,取消事由2に対
する反論として述べたとおりであり,本件発明1・2のみならず,本件発
明3についても同様に成り立つ。よって,原告の主張する取消事由3も成
り立たない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容 ),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(明確性要件についての認定・判断の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1,2につき明確性要件違反があるとした審決の認定
・判断には誤りがある旨主張する。
ア 本件訂正後の明細書(甲41の2〔全文訂正明細書 〕)には,以下の記
載がある。
(ア) 特許請求の範囲(請求項1∼3)
上記第3,1(2)記載のとおり
(イ) 発明の詳細な説明
・ 「 発明の属する技術分野】
【
本発明は,加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製
造方法に関わるものである。本発明が係わる高強度合金化溶融亜鉛め
っき鋼板とは,自動車,家庭電気製品,建築などの用途にプレス加工
をして使用されるものであり,プレス加工性と防錆の一層の改善のた
めに上層に鉄めっきや金属酸化物皮膜,有機皮膜を表面処理した鋼板
を含む。(段落【0001】
」 )
・ 「…加工性を悪化させずに鋼板を高強度化する強化機構として一般
に考えられているような固溶強化や複合組織強化ではSiやMn,P
といった元素を添加する必要があるが,これらの元素の添加は一般に
鋼板表面の濡れ性を悪くし,溶融亜鉛めっきを施すことは困難とされ
てきた。…不必要なパーライトやベイナイト変態を避けるためにはS
iやMnの添加量を一層増すことが必要となる 。(段落【0003】
」 )
・ 「このようなSiやMn,Pが多く添加された鋼板の溶融亜鉛めっ
きにおける密着性を改善する手法としては,溶融亜鉛めっきに先立っ
て鋼板表面に…少量のFeや,…少量のNiをプレめっきする方法が
あり,…内部と比べてC,Si,Mnの含有量が少ない表層を有する
スラブから製造された鋼板を溶融亜鉛めっきする方法も開示されてい
るが,製造コストの増加が著しく,工業的な生産には適さない 。(段
」
落【0004】)
・ 「…溶融亜鉛めっき鋼板は塗装性や溶接性に劣るうえ,プレス加工
時に軟質なめっき層がプレス金型との間に凝着し,摩擦抵抗が増大す
るためプレス破断を起こしやすく,特に厳しいプレス成形が必要とさ
れる自動車をはじめとした用途に合金化溶融亜鉛めっき鋼板が開発さ
れたが,フェライト中にマルテンサイトや残留オーステナイトが混在
することを特徴とする複合組織強化された鋼板には適用しづらい。こ
れはめっき層をZn−Fe合金とする合金化溶融亜鉛めっきではめっ
き直後の加熱合金化処理を行なうことが一般的であるが,溶接性や塗
装性が損なわれず,製造コストの上昇も招かないような範囲での鋼板
への合金元素の添加では,その間にパーライトやベイナイトへの変態
が進むため,合金化温度から室温へ冷却した後の金属組織中に十分な
体積率のマルテンサイトや残留オーステナイトが存在しないことに原
因する。(段落【0007】
」 )
・ 「このため,特にオーステナイトの変態を抑制するMoやBの添加
が…提案されているが,コスト高であるにもかかわらず,鋼板の降伏
強さYPが上昇する一方,伸びElが減少し,プレス加工性は劣化す
る傾向にあり,複合組織強化により高強度化された裸鋼板に匹敵する
ようなプレス加工性の良い合金化溶融亜鉛めっき鋼板は見当たらなか
った。(段落【0008】
」 )
・ 「 発明が解決しようとする課題】
【
上述のとおり,フェライト中にマルテンサイトや残留オーステナ
イトが混在した金属組織を有し,その複合組織強化により引張強さT
Sが490∼880MPaとなるプレス加工性の良い合金化溶融亜鉛
めっきを施した鋼板を開発することが課題とされてきた。(段落【0
」
009】)
・ 「 課題を解決するための手段】
【
本発明者らは,前記の課題を解決するべく,CとSi,Mnの添
加量を制御した鋼を用いて,連続溶融亜鉛めっき設備において焼鈍温
度からめっき浴に鋼帯を浸漬するまでの冷却条件とめっき直後に行な
う合金化処理の加熱条件が変化した時の金属組織と合金化の進行状況
の相関について鋭意検討を加えた結果,C,Mnが一定量以上添加さ
れた鋼をフェライト,オーステナイトの二相共存温度域から650℃
までを平均冷却速度0.5∼10℃/秒という緩冷却し,十分な体積
率のフェライトが存在する状態とした後に,650℃からめっき浴ま
でを平均冷却温度1∼20℃/秒で冷却するとめっき浴に鋼帯を浸漬
するまではオーステナイトはマルテンサイト変態せず,特にC量に対
し添加されるSi,Mn量が一定割合以上である場合には,めっき直
後に行なう合金化処理のため再加熱したとしてもその温度が500∼
600℃であれば,パーライトおよびベイナイト変態の進行が著しく
遅滞するため,室温まで冷却後にも体積率で3∼20%のマルテンサ
イトおよび残留オーステナイトがフェライト中に混在する金属組織と
なり,その複合組織強化により高強度とプレス加工性の良いことを合
金化溶融亜鉛めっき鋼板で実現できることを見出した 。(段落【00
」
10】)
・ 「以下,本発明を詳細に説明する。まず,C,Si,Mn,P,S,
Al,N,Bの数値限定理由について述べる。Cはマルテンサイトや
残留オーステナイトによる組織強化で鋼板を高強度化しようとする場
合に必須の元素であり,ミストや噴流水を冷却媒体として焼鈍温度か
ら急速冷却することが困難な溶融亜鉛めっきラインではCが0.05
%未満ではセメンタイトやパーライトが生成しやすく,必要とする引
張強さの確保が困難である。一方,Cが0.15%を超えると,スポ
ット溶接で健全な溶接部を形成することが困難となると同時にCの偏
析が顕著となるため加工性が劣化する 。(段落【0014】
」 )
・ 「Siは鋼板の加工性,特に伸びを大きく損なうことなく強度を増
す元素として知られており,その添加は一般に有用と考えられるうえ,
めっき直後に行なう合金化処理のための再加熱でパーライトおよびベ
イナイト変態の進行を著しく遅滞させ,室温まで冷却後にも体積率で
3∼20%のマルテンサイトおよび残留オーステナイトがフェライト
中に混在する金属組織とするために0.3%以上でかつC含有量の4
倍以上の重量%を添加する。しかし,その添加量が1.5%を超える
と酸化物層を還元し,酸化膜厚を適当な範囲としたり,適当な薬剤を
塗布してから鋼帯をめっき浴に浸漬したとしてもめっき密着性の悪化
が著しいため,上限を1.5%とする 。(段落【0015】
」 )
・ 「MnはCとともにオーステナイトの自由エネルギーを下げるため,
めっき浴に鋼帯を浸漬するまでの間にオーステナイトがマルテンサイ
ト変態するのを抑制する目的で1.5%以上添加する。またC含有量
の15倍以上の重量%を添加することにより,めっき直後に行なう合
金化処理のための再加熱でパーライトおよびベイナイト変態の進行を
著しく遅滞させ,室温まで冷却後にも体積率で3∼20%のマルテン
サイトおよび残留オーステナイトがフェライト中に混在する金属組織
とできる。しかし添加量が過大になるとスラブに割れが生じやすく,
またスポット溶接性も劣化するため,2.8%を上限とする。(段落
」
【0016】)
・ 「Pは一般に不可避的不純物として鋼に含まれるが,その量が0.
03%を超えるとスポット溶接性の劣化が著しい…Sも一般に不可避
的不純物として鋼に含まれるが,その量が0.02%を超えると,…
鋼板の曲げ性に悪影響をおよぼす。(段落【0017 】
」 )
・ 「Alは鋼の脱酸元素として,またAlNによる熱延素材の細粒化,
および一連の熱処理工程における結晶粒の粗大化を抑制し材質を改善
するために0.005%以上添加する必要があるが0.5%を超える
ことはコスト高となるばかりか,表面性状を劣化させ,好ましくは0.
1%以下が望ましい。Nもまた一般に不可避的不純物として鋼に含ま
れるが,その量が0.060%を超えると,伸びとともに脆性も劣化
するため,これを上限とする。(段落【0018】
」 )
・ 「Bは一般に焼き入れ性を増す元素として知られており,合金化処
理のための再加熱に際しパーライトおよびベイナイト変態を遅滞させ
ることにより(判決注: ことのより」は誤記)
「 ,室温まで冷却後に体
積率で3∼20%のマルテンサイトがフェライト中に混在した金属組
織とすることを容易にするため0.0002%以上添加してもよい。
しかしその添加量が0.0020%を超すと,フェライト,オーステ
ナイトの二相共存温度域から650℃までを緩冷却しても十分な体積
率までフェライトが成長せず,650℃からめっき浴までの冷却途上
でオーステナイトがマルテンサイトに変態し,その後合金化処理のた
めの再加熱でマルテンサイトが焼き戻されてセメンタイトが析出する
ため高強度とプレス加工性の良いことの両立が困難となる。… 」(段
落【0019】)
・ 「次に,製造条件の限定理由について述べる。その目的はマルテン
サイトおよび残留オーステナイトを3∼20%含む金属組織とし,高
強度とプレス加工性が良いことが両立させることにある。マルテンサ
イトおよび残留オーステナイトの体積率が3%未満の場合には高強度
とならない。一方,マルテンサイトおよび残留オーステナイトの体積
率が20%を超えると,高強度ではあるものの鋼板の加工性が劣化し ,
本発明の目的が達成されない。熱間圧延に供するスラブは特に限定す
るものではない。すなわち,連続鋳造スラブや薄スラブキャスター等
で製造したものであればよい。また鋳造後直ちに熱間圧延を行う連続
鋳造−直送圧延(CC−DR)のようなプロセスにも適合する 。(段
」
落【0020】)
・ 「熱間圧延の仕上温度は鋼板のプレス成形性を確保するという観点
からAr3 点以上とする必要がある。熱延後の冷却条件や巻取温度は
特に限定しないが,巻取温度はコイル両端部での材質ばらつきが大き
く(判決注: 大きき」は誤記)なることを避け,またスケール厚の
「
増加による酸洗性の劣化を避けるためには750℃以下とし,また部
分的にベイナイトやマルテンサイトが生成すると冷間圧延時に耳割れ
を生じやすく,極端な場合には板破断することもあるため550℃以
上とすることが望ましい。冷間圧延は通常の条件でよく,フェライト
が加工硬化しやすいようにマルテンサイトおよび残留オーステナイト
を微細に分散させ,加工性の向上を最大限に得る目的からその圧延率
は50%以上とする。一方,85%を超す圧延率で冷間圧延を行うこ
とは多大の冷延負荷が必要となるため現実的ではない 。(段落【00
」
21】)
・ 「ライン内焼鈍方式の連続溶融亜鉛めっき設備で焼鈍する際,その
焼鈍温度は700℃以上850℃以下のフェライト,オーステナイト
二相共存域とする。焼鈍温度が700℃未満では再結晶が不十分であ
り,鋼板に必要なプレス加工性を具備できない。850℃を超すよう
な温度で焼鈍することは鋼帯表面にSiやMnの酸化物層の成長が著
しく,その還元に長時間を要するため好ましくない。また引き続きめ
っき浴へ浸漬し,冷却する過程で,650℃までを緩冷却しても十分
な体積率のフェライトが成長せず,650℃からめっき浴までの冷却
途上でオーステナイトがマルテンサイトに変態し,その後合金化処理
のための再加熱でマルテンサイトが焼き戻されてセメンタイトが析出
するため高強度とプレス加工性の良いことの両立が困難となる 。(段
」
落【0022】)
・ 「鋼帯は焼鈍後,引き続きめっき浴へ浸漬する過程で冷却されるが,
この場合の冷却速度はその最高到達温度から650℃までを平均0.
5∼10℃/秒で,引き続いて650℃からめっき浴までを平均1∼
20℃/秒とする。650℃までを平均0.5∼10℃/秒とするの
は加工性を改善するためにフェライトの体積率を増すと同時に,オー
ステナイトのC濃度を増すことにより,その生成自由エネルギーを下
げ,マルテンサイト変態の開始する温度をめっき浴温度以下とするこ
とを目的とする。650℃までの平均冷却速度を0.5℃/秒未満と
するには焼鈍時の最高到達温度を低下するのでなければ,連続溶融亜
鉛めっき設備のライン長を長くする必要があり,コスト高となる。」
(段落【0023】)
・ 「また,最高到達温度を下げ,オーステナイトの体積率が小さい温
度で焼鈍することも考えられるが,その場合には実際の操業で許容す
べき温度範囲に比べて適切な温度範囲が狭く,僅かでも焼鈍温度が低
いとオーステナイトが形成されず目的を達しない。一方,650℃ま
での平均冷却速度を10℃/秒を超えるようにすると,フェライトの
体積率の増加が十分でないばかりか,オーステナイト中C濃度の増加
も少ないために鋼帯がめっき浴に浸漬される前にその一部がマルテン
サイト変態し,その後合金化処理のための再加熱でマルテンサイトが
焼き戻されてセメンタイトが析出するため高強度とプレス加工性の良
いことの両立が困難となる。(段落【0024】
」 )
・ 「650℃からめっき浴までの平均冷却速度を1∼20℃/秒とす
るのは,その冷却途上でオーステナイトがパーライトに変態するのを
避けるためであり,その冷却速度が1℃/秒未満では本発明で規定す
る温度で焼鈍し,また650℃まで冷却したとしてもパーライトの生
成を避けられない。一方,650℃からめっき浴までを平均冷却速度
20℃/秒を超えるように鋼帯を冷却することはドライな雰囲気では
困難である。(段落【0025】
」 )
・ 「本発明では溶融亜鉛めっき後,500℃以上600℃以下の温度
範囲に鋼帯を再加熱し,めっき層を鉄−亜鉛の合金とするが,その目
的は塗装性や溶接性を改善するとともに,プレス加工時に軟質なめっ
き層がプレス金型との間に凝着して摩擦抵抗が増大し,プレス破断す
るのを避けることにある。再加熱する温度が500℃未満では合金化
が不完全で塗装性や溶接性,プレス加工性に劣る。一方,600℃を
超すような温度に再加熱すると,鋼帯をめっき浴に浸漬した後にも残
存していたオーステナイトがパーライトに変態するため,高強度とプ
レス加工性の良いことの両立が困難となる。(段落【0026】
」 )
・ 「本発明ではその前までの一連の熱処理を経ることによって,オー
ステナイトの生成自由エネルギーが低下しているため,合金化処理の
ための再加熱を行なってもオーステナイトからパーライトやベイナイ
トへの変態が極めて起こりにくいことに特徴があり,むしろフェライ
トが緩慢に成長することにより,鋼板の引張強さを安定させている。
合金化処理の後,鋼帯は200℃以下に冷却され,必要により調質圧
延を施されるが,その間の冷却方法としてはオーステナイトの一部を
ベイナイト変態させ,残存するオーステナイトにCを濃縮させること
により,プレス加工中に効果的に加工誘起変態するよう,450℃か
ら350℃までを2℃/ 秒以下で冷却することが好ましいが,100
℃/秒以上で冷却したとしても本発明の効果に大きな影響を及ぼさな
い。(段落【0027】
」 )
・ 「尚,めっき浴の温度は浴組成により異なるが,一般には450∼
500℃程度であり,また鋼板表面の外観を損なわないようめっき浴
に0.01∼0.5%の濃度のAlを添加することもあるが,本発明
の効果を何ら損なうものではない。この後,必要により,上層に鉄め
っきや金属酸化物皮膜,有機皮膜などの表面処理を施しても,本発明
の特徴とする高強度とプレス加工性の良いことの両立を阻害せず,プ
レス加工性や防錆の一層の改善につながるため本発明の目的を達成す
る上で好ましい。(段落【0028】
」 )
・ 「 発明の実施の形態】
【
表1に示す組成からなるスラブを1150℃に加熱し,仕上温度
910∼930℃で3.0∼6.5mmの熱間圧延鋼帯とし,580
∼680℃で巻き取った。酸洗後,65∼75%の圧下率の冷間圧延
を施して0.8∼2.3mmの冷間圧延鋼帯とした後,ライン内焼鈍
方式の連続溶融亜鉛めっき設備を用いて表2に示すような条件の熱処
理と調質圧延を行い,合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造した。この鋼
帯からJIS5号試験片を切り出し,常温での引張試験を行うことに
より,降伏強さ(YP),引張強さ(TS),伸び(El)を求めた。
また,めっき密着性は半球状のポンチを落下させることにより形成さ
れた円状のくぼみにテープを付着した後剥離し,テープに付着しため
っきの量を目視により判断する,いわゆるボールインパクト法で評価
し,パウダリング性評点は曲げ−曲げ戻しした試験片の表面をテープ
剥離し,テープに付着した脱落皮膜の量の多少により評価し,合金化
の程度を判定した。以上の結果を表2に示す。 (段落【0029】
」 )
」(段落【0030】)
・ 【表2】
(段落 0031】
【 )
・ 「この表から明らかなように,本発明試料である試料No4,8,
10,12,14,15,18,21,25はフェライト中に3∼2
0%のマルテンサイトや残留オーステナイトが混在した組織を有し,
高強度でプレス加工性が良いことに加えて,めっきの密着性も良好で,
加工時にプレス金型との間にめっき層の凝着も生じない。これに対し,
試料No3,17のように本発明成分からはずれる鋼や,試料No1
1,22のように本発明鋼でフェライト中にマルテンサイトおよび残
留オーステナイトが体積率で3∼20%含まれた金属組織を有して
も,めっき層の合金化が不適切であると,高強度でプレス加工性が良
くとも,めっき層の密着性が悪かったり,加工時にプレス金型との間
にめっき層の凝着を生じる。(段落【0032】
」 )
・ 「また,フェライト中に混在するマルテンサイトおよび残留オース
テナイトの体積率が3%未満であるか,20%を超えるような場合に
は試料No1,2,7,20,23,24,29,30のように本発
明成分以外の鋼に加えて,試料No5,6,9,13,16,19,
26∼28のように本発明成分鋼であっても,高強度ではあっても加
工性が良くないか,加工性が良くとも強度が低い。 段落 0033】
」
( 【 )
・ 「 発明の効果】
【
以上詳述したように,本発明によれば塗装性や溶接性に優れ,加工
時にめっき層がプレス金型との間に凝着することのないような合金化
溶融亜鉛めっきが施された鋼板の金属組織をフェライト中に3∼20
%のマルテンサイトや残留オーステナイトが混在したものとし,その
複合組織強化により引張強さ490∼880MPaの高強度とプレス
加工性が良いことを両立でき,自動車,家庭電気製品,建築等の分野
で防錆強化と軽量化に寄与することにより産業上極めて大きな効果を
有する。(段落【0034】
」 )
(ウ) 上記(ア),(イ)によれば,本件発明1∼3は,加工性の良い高強度
合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法に関わる 段落 0001】。
( 【 )
本件発明1∼3は,複合組織強化された鋼板において加工性を悪化させ
ずに強度化するため用いられる元素として,Si(ケイ素)やMn(マ
ンガン ),P(リン)等を添加する必要があるが,これら元素を添加す
ると,濡れ性が悪化し,溶融亜鉛めっきを施すことが困難であった(段
落【0003】。そこで,フェライト中にマルテンサイトや残留オース
)
テナイトが混在する複合強化された金属組織を有し,具体的にはこれに
より加工性と高強度を両立することとし(段落【0007】,これを溶
)
融亜鉛めっき鋼板とするため(段落【0008 】,鋼板の強度化を担う
)
必須元素のC(炭素,段落【0014 】)の添加量と,上記Si,Mn
との添加量を一定割合とすることで,残留オーステナイトのパーライト
・ベイナイト変態を抑制して十分な体積率のマルテンサイト及び残留オ
ーステナイトを確保する(段落【0007】【0010 】。
・ )
本件発明1∼3においては,その金属組織として,フェライト中に体
積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイト
が混在することを特徴とする(請求項1∼3)ところ,その複合組織強
化により高強度とプレス加工性が良いことを合金化溶融亜鉛めっき鋼板
において実現する(段落【0010】。これはマルテンサイトおよび残
)
留オーステナイトの体積率が3%未満であると高強度とならず,マルテ
ンサイトおよび残留オーステナイトの体積率が20%を超えると鋼板の
加工性が劣るためである(段落【0020】。そして,Fe(鉄)に添
)
加するSi,Mnは,マルテンサイトおよび残留オーステナイトの体積
率を確保し,これらがフェライト中に混在する組織とするため,より具
体的には合金化処理におけるパーライト・ベイナイト変態を抑制する等
の目的で,その添加量及びCとの添加比率を規定するものである(請求
項1,段落【0015】【0016】。その他の元素であるP,S(硫
・ )
黄),N(窒素)は他の不可避的不純物と共に鋼に含まれるところ,こ
れが一定割合を超えないようにし(段落【0017 】【0018 】 ,
・ )
Al(アルミニウム)は結晶粒の粗大化抑制と材質改善のため規定量を
添加する(請求項1,段落【0018 】。
)
また,本件発明2に関し,B(ホウ素)は,体積率3∼20%のマル
テンサイトがフェライト中に混在した金属組織とすることを容易にし,
かつ十分な体積率のフェライトを確保する等のため, .
0 0002∼0.
0020%の範囲で添加するものである 請求項2,
( 段落 0019 】。
【 )
さらに,本件発明3は,高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法
に関し,本件発明1・2の化学成分からなるスラブに仕上圧延・冷間圧
延を行った後,700℃以上850℃以下のフェライト・オーステナイ
トの二相共存温度域で焼鈍し,その後,2段階の速度で冷却して溶融亜
鉛めっき処理・合金化処理を行うことで,フェライト中に体積率3%以
上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトを混在させる
高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法である(請求項3 )。
イ 一方,文献には以下の記載がある。
(ア) 甲21(武智弘「成形用高張力鋼板の開発の動向*」塑性と加工2
1巻229号,1980年)
・ 「まず,Dual Phase 鋼の強度がマルテンサイトの存在
比率で決まることは研究者の間で大体意見が一致している3) ) 」 1
∼5
。(
13頁文章部分14行∼16行)
(イ) 甲44(社団法人 日本鉄鋼協会編集「自動車用高強度薄板鋼板の
製造技術・利用技術の進歩(限定版),昭和56年5月20日発行。な
」
お,該論文全文は甲48)
・ 「2.2 複合組織鋼板(Dual Phase Sheet S
teel)
最近,プレス成形に好ましい種々の材質特性を有する高強度鋼板
として,世界的に注目されているのが複合組織鋼板(以下DP鋼板
と略す)である。DP鋼板は…軟質のフェライト相を素地として,
硬質のマルテンサイトが微細で均一に分散した特徴的なミクロ組織
を有しており,変態組織強化をうまく利用したユニークな鋼板であ
る。
DP鋼板は一般に次のような特徴を有する。1)焼鈍ままで降伏
点伸びがなく,降伏比が低い。2)加工硬化係数(n値)が高く,
一様伸びが大きい。3)全伸びが大きい。…」(99頁11行∼1
7行)
・ 「DP鋼板は…α´相の体積率が3∼4%以上になると焼鈍ままで
降伏点伸びが消失し,降伏比が低くなる。DP鋼板の降伏点伸び消
失と低降伏比化は,α´相変態にともなう周辺のα相素地における
可動転位の形成および内部応力により,外部から応力が加わると容
易にα´相周辺から転位が発生し,均一に塑性変形が伝播すること
によると考えられている 。(103頁2行∼5行)
」
・ 「DP鋼板が優れた強度−延性バランスを持つ理由については,α
相が純化されて素地の変形能が大きくなる 28),α´とαの整合性
が高いため,高ひずみとならなければボイドが生じない 38),数%
の残留γ相が変形時にα´相に変る一種の加工誘起変態による 28),
31 ),35)
という考え方などがある。…」(104頁下7行∼下4行)
(ウ) 甲49(高橋政司ら「加工用低降伏比複合組織高張力鋼板」日本金
属学会会報第19巻第1号10頁∼16頁,1980年)
・ 図7( Fe−Mn−C合金における0.2%耐力,引張強さとマ
「
ルテンサイト体積率との関係」14頁左欄)には,引張強さ,耐力
とも,マルテンサイトの体積率に比例して増加するグラフが示され
ている。
(エ) 甲51(秋末治ら「自動車用鋼板の開発と将来」日鉄技報第354
号1頁∼5頁,1994年)
・ 「更に最近では,超軽量車用高強度鋼板9)として,変態誘起塑性を
活用した高残留オーステナイト鋼板10)や,大きな熱処理強化能を用
いた銅添加鋼板11)などの開発が進められている。いずれの鋼板も,
600MPa級以上の強度で,400MPa級の加工性を有してい
ることが特徴である。図8に高残留オーステナイト鋼板の強度と伸
びの関係を示す。…」(4頁左欄文章部分4行∼8行)
・ 図8( 残留オーステナイト鋼板の引張り強度と全伸びバランスに
「
及ぼす残留オーステナイト量の影響」4頁左下欄)には,残留オー
ステナイトの量が20%から15%,10%と減少するにつれ,同
一の引張り強度における全伸びの比率が低下するグラフが示されて
いる。
(オ) 上記(ア)∼(エ)によれば,軟質のフェライト相(α相)に硬質のマ
ルテンサイト α´)
( が微細で均一に分散した複合組織鋼板においては,
鋼の強度はマルテンサイト含有量比率で決まり,マルテンサイト変態し
ない残留オーステナイト量が減ると,加工時の伸びの比率が低下するこ
とは技術常識であると認められる。
ウ ところで被告は,本件発明1・2に関する特許請求の範囲の記載は明確
性要件を満たさない旨主張するが,特許法36条6項2号にいう「特許を
受けようとする発明が明確であること」とは,特許請求の範囲における構
成の記載からその構成を一義的に知ることができれば特定の問題としては
必要にして十分であると解すべきところ,上記イで認められる技術常識及
び上記アの記載に照らせば,本件発明1・2における,フェライト中に体
積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが
混在するとの点は,加工性を担うフェライト中におけるマルテンサイトお
よびマルテンサイト化せずオーステナイトのまま残った残留オーステナイ
トの体積率を規定したものであり,強度を担うマルテンサイトと,加工時
の変形性及びマルテンサイト化した後の強度を担う残留オーステナイトに
ついて,それらの技術的意義は明確であるから,本件発明1・2の特許請
求の範囲の記載において,特許法36条6項2号にいう明確性要件違反は
ないというべきである。
エ この点審決は, 訂正明細書には ,金属組織としてフェライトに注目し,
「
これが存在することの技術的意義が,高強度とプレス加工性の良いことの
両立にあるとは,記載されていない。…」(17頁4行∼6行)とし,「し
てみると,訂正明細書には,高強度とプレス加工性の良いことの両立とい
う技術的意義は,本来的に,マルテンサイト及び残留オーステナイトを体
積率で3∼20%含む金属組織としたことによるものとして記載している
と認められる。 (17頁16行∼19行)とした上で ,
」 「してみると,高
強度とプレス加工性の良いことの両立という技術的意義は,本来的に,マ
ルテンサイト及び残留オーステナイトを3∼20%含む金属組織としたこ
とによるものであるとの技術的内容を認めることはできず,結局のところ,
訂正明細書の記載からは,金属組織として,フェライト中に『体積率で3
%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在す
る』としたことの技術的意義を見出すことができない 。(18頁23行∼
」
28行)として,本件発明1・2は不明確であると判断した。
しかし,上記ア(イ)で摘記したとおり ,訂正明細書(甲41の2)には,
「鋼帯は焼鈍後,引き続きめっき浴へ浸漬する過程で冷却されるが,この
場合の冷却速度は…650℃までを平均0.5∼10℃/秒とするのは加
工性を改善するためにフェライトの体積率を増す…」 段落【0023 】,
( )
「本発明では…むしろフェライトが緩慢に成長することにより,鋼板の引
張強さを安定させている。…」(段落【0027】)等の記載があり,フェ
ライトが鋼板の加工性に寄与している旨が示されていることになる。
以上の検討によれば,審決の本件発明1・2の明確性要件に関する判断
は誤りというべきである。
(2) 被告の主張に対する補足的判断
ア 被告は,審決が問題としているのは,マルテンサイトおよび残留オース
テナイトの含有量の内訳を規定せずにそれらの合計量のみを規定すること
の技術的意義が不明であり,またそれらが混在することの意義も不明であ
ることから明確性要件を欠くとしたものであり,この審決の判断に誤りは
ないと主張する。
しかし,上記(1)で検討したとおり,マルテンサイトおよび残留オース
テナイトの内訳を規定せずとも,特許請求の範囲の記載が不明確となるも
のではないから,被告の上記主張は採用することができない。
イ(ア) また被告は,本件特許の出願時(平成10年3月27日)には,甲
6∼8,乙2等のとおりTRIP鋼が既に知られており,マルテンサイ
トと残留オーステナイトの技術的意義が異なることも当業者(その発明
の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識に属す
るから,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイト
および残留オーステナイトが混在することの技術的意義が明らかでない
としたもので,この審決の認定に誤りはないと主張する。
(イ) なるほど,甲6∼8,44,乙2には,以下の記載がある。
・ 甲6(佐久間康治ら「変態誘起塑性効果を利用した次世代高強度薄
鋼板」新日鉄技報第354号,平成6年11月29日発行)
「TRIP(Transformation Induced Plasticity)とは,変態誘起塑性と訳さ
れるが,化学的に不安定な状態で存在するオーステナイト(γ)相
が,力学的エネルギーの付加により,マルテンサイトへと変態する
際に,相伴う大きな伸びのことを指す。… 」(17頁左下末行∼右
上欄3行)
・ 甲7(杉本公一ら「 TRIP 型複合組織鋼の延性に対する温度とひず
み速度の影響」日本金属学会誌 第54巻第6号1990年6月)
「従来の1000MPa級複合組織鋼では全伸びが約10%程度(1)
であったものが,この残留オーステナイトの変態誘起塑性
(Transformation Induced Plasticity: TRIP)効果を利用した複合組織
鋼では20∼30%に改善され(3)−(5),張り出し成形が可能な領域
に達している.(657頁左欄本文5行∼10行)
」
・ 甲8(安木真一ら「 TRIP 型複合組織鋼の低サイクル疲労硬化」日
本金属学会誌 第54巻第12号1990年12月)
「…近年,張り出し成形可能な超高強度鋼板として開発された多
量(10∼20vol%)の残留オーステナイトを含む複合組織鋼
(4)(TRIP 型複合組織鋼(5)−(7))では,この内部応力に加え,残留
オーステナイトの変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity:
TRIP)が変形に関与することが報告されている 。 (1350頁左
」
欄本文3行∼8行)
・ 甲44(前出,一部重複)
「数%の残留γ相が変形時にα´相に変る一種の加工誘起変態によ
る28) )
,31 ,35)
という考え方などがある。…2%程度のひずみでほと
んど残留γ相がα’相に変態するので,残留γ相は延性の向上に寄
与していないという反論もある。40) (104頁下5行∼下3行)
」
・ 乙2(Pierre Messien ら「2相域焼鈍されたデュアル・フェーズ鋼
の相変態及び微細構造」1981年2月23・24日開催のAIM
E冶金学協会熱処理委員会等主宰のシンポジウムの講演予稿集16
1頁∼180頁)
「デュアル・フェーズ鋼の微細組織は,実質的に,微細粒の等軸フ
ェライトからなり,その中に硬質相の島が分散しており,それは,
多くの場合,幾分の残留オーステナイトを含むマルテンサイトであ
る」
(被告提出の訳文「序論」の1行∼3行)
(ウ) 上記(イ)によれば,被告の主張するとおり,本件特許出願前の段階
において,残留オーステナイトの変態誘起塑性によるマルテンサイト変
態の際に伸びが生じること,フェライト相とマルテンサイトを含むDP
鋼に少量の残留オーステナイトが含まれる場合の技術的意義,残留オー
ステナイトの加工誘起変態を利用したTRIP鋼の性質等については技
術常識に属することが認められる。
しかし,本件発明1・2は,合金化溶融亜鉛めっき鋼板において,フ
ェライト中に含まれるマルテンサイトおよび残留オーステナイトの体積
率を規定することにより,その強度と加工性を担保することとしたもの
であり,既に検討したとおり,その特許請求の範囲の記載として明確で
ある。被告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り) 取消事由3(本件発明
・
3についての判断の誤り)について
(1) 審決は,「5−3.まとめ」(19頁下7行)において,本件発明1・2
について明確性要件違反であると判断し,続けて, …本件発明1又は2は,
「
要するに,合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と,
『金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテン
サイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事
項とするもので,本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含す
るものであって,この製造方法以外の方法については,上述した実現を可能
とする手段の示唆すらなく,本件発明1又は2については,発明の詳細な説
明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が
その実施をすることができる程度に,即ち,本件課題が解決できるように,
明確かつ十分になされているということはできない。 20頁6行∼15行)
」
(
とし,続けて,「6.むすび 本件発明1∼3の本件特許は,特許法第36
条第4項又は第6項の規定に違反した特許出願についてされたものであるか
ら,上記本件特許は,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべ
きである。(20頁19行∼22行)と判断した。
」
これに対し原告は,上記審決の判断につき,本件発明1・2に実施可能要
件違反(改正前特許法36条4項)はなく,また本件発明3につき無効であ
ると判断した具体的な理由が示されておらず,手続き違背があると主張する
ので,以下検討する。
(2) 実施可能要件につき
ア 上記2(1)ア(イ)で摘記したとおり,本件発明1∼3において,段落【0
020】∼ 0028】で製造条件を限定した理由について述べ ,段落【0
【
029】∼【0033】に実施例が示され,表1,2で試料4,8,10,
12,14,15,18,21,25において,本件発明1∼3の数値範
囲を充たす化学成分のスラブを用いて,高強度で加工性がよく,めっき層
の凝着も生じない例が示されている。また,上記2で検討したとおり,本
件発明1∼3において,「金属組織として,フェライト中に体積率で3%
以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する」
と規定することの技術的意義についても明確である。
そうすると,本件発明1∼3において,実施可能要件違反はないという
べきである。
この点審決は,上記のとおり,本件発明1・2において,本件発明3の
方法以外で製造する方法が示されていないとするが,本件発明3の方法で
製造することが可能である以上,実施可能要件がないとすることはできな
い。
イ 被告の主張に対する補足的判断
被告は,試料9,10,8等を比較し,これらによれば,本件発明1∼
3に規定した「金属組織として,フェライト中に体積率で3%以上20%
以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する」との点につ
いて,マルテンサイトと残留オーステナイトの合計量を規定することに意
味はなく,マルテンサイト,残留オーステナイトのそれぞれの量が重要で
あり,これについて記載されていない本件発明1∼3について,実施可能
要件はない旨主張する。
しかし,本件発明1∼3は,マルテンサイトおよび残留オーステナイト
のそれぞれの含有量を規定するものではなく,内訳が特定されなければ実
施できないとする理由はないから,被告の上記主張は採用することができ
ない。
(3) 本件発明3についての審決の判断につき
上記(1)摘記の審決の認定では,本件発明3について,これが具体的にど
のような理由により無効とされたのかが示されているということはできず,
また本件発明3との関係においても ,「金属組織として,フェライト中に体
積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混
在する」との点について技術的意義が不明確であるとはいえないことは,既
に上記1で検討したのと同様である。審決の本件発明3についての判断は誤
りであり,原告の取消事由3も理由がある。
4 結語
以上によれば,原告主張の取消事由1∼3は理由があり,これが審決の結論
に影響を及ぼすことは明らかである。特許庁は,被告が平成19年12月28
日付けでなした特許無効審判請求の無効理由AないしE(第1・2次審決のい
ずれにおいても判断が示されていない)について審理判断することにより,改
めて上記無効審判請求の当否を判断すべきである。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 今 井 弘 晃
裁判官 真 辺 朋 子
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