平成21(ネ)10060特許権侵害行為差止請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成22年2月24日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人竹内工業株式会社 被控訴人北川工業株式会社永井紀昭
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法令 |
特許権
特許法100条1項1回 特許法36条6項1号1回
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キーワード |
実施6回 特許権3回 侵害2回 差止2回 拒絶査定不服審判1回 進歩性1回 無効1回
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主文 |
本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,被控訴人が,原判決別紙被告製品目録記載の製品(原判決にいう
「被告製品」であるが,これを「被控訴人製品」と読み替える。以下,略称は,特
に断らない限り,原判決に従う。)を製造・販売した行為について,控訴人が,被
控訴人の上記行為は,控訴人が有する本件特許権(特許番号:第3905527号。
発明の名称:スナップ構造。出願:平成16年4月30日。原出願:平成14年3
月22日。登録:平成19年1月19日)を侵害するものであると主張し,特許法
100条1項に基づく被控訴人製品の製造・譲渡等の差止め及び同条2項に基づく
被控訴人製品の廃棄を求める事案である。 |
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判決文
平成22年2月24日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成21年(ネ)第10060号 特許権侵害行為差止請求控訴事件(原審・東京
地方裁判所平成20年(ワ)第12501号事件)
口頭弁論終結日 平成22年1月13日
判 決
控 訴 人 竹 内 工 業 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 鷹 見 雅 和
同補佐人弁理士 鈴 木 章 夫
被 控 訴 人 北 川 工 業 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 上 谷 清
永 井 紀 昭
仁 田 陸 郎
萩 尾 保 繁
笹 本 摂
山 口 健 司
薄 葉 健 司
石 神 恒 太 郎
水 野 健 司
同 弁理士 足 立 勉
同補佐人弁理士 田 崎 豪 治
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録記載1ないし5の製品を製造し,譲渡
し,又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,被控訴人所有に係る前項記載の製品を廃棄せよ。
4 訴訟費用は,1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
5 2,3項につき仮執行の宣言
第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人が,原判決別紙被告製品目録記載の製品(原判決にいう
「被告製品」であるが,これを「被控訴人製品」と読み替える。以下,略称は,特
に断らない限り,原判決に従う。)を製造・販売した行為について,控訴人が,被
控訴人の上記行為は,控訴人が有する本件特許権(特許番号:第3905527号。
発明の名称:スナップ構造。出願:平成16年4月30日。原出願:平成14年3
月22日。登録:平成19年1月19日)を侵害するものであると主張し,特許法
100条1項に基づく被控訴人製品の製造・譲渡等の差止め及び同条2項に基づく
被控訴人製品の廃棄を求める事案である。
2 原判決は,被控訴人製品は本件特許権に係る本件発明の構成要件を充足しな
いと判示して控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。
3 控訴人の本訴請求を判断する前提となる事実は,原判決の事実及び理由の第
2の1(原判決2頁16行∼4頁13行)のとおりであるから,これを引用する。
なお,本件発明に係る特許請求の範囲の記載の分説は,別紙特許請求の範囲の記
載のとおりである。
4 本件訴訟の争点
本件訴訟の争点は,以下のとおりである。
(1) 被控訴人製品の構成及び本件発明の構成要件該当性(争点1)
ア 被控訴人製品は構成要件B3を充足するか(争点1−1)
イ 被控訴人製品は構成要件C1を充足するか(争点1−2)
(2) 特許法104条の3の抗弁の成否(争点2)
ア 本件発明は進歩性を欠くか(争点2−1)
イ 本件発明に係る特許出願は特許法36条6項1号に違反するか(争点2−
2)
第3 当事者の主張
1 原審における主張
原審における当事者の主張は,原判決の19頁3行目の「(本件特許は無効とさ
れるべきか)」を「(特許法104条の3の抗弁の成否)」と改めるほか,原判決
の事実及び理由の第2の3(原判決4頁21行∼34頁16行)のとおりであるか
ら,これを引用する。
2 当審における主張
〔控訴人の主張〕
原判決は,争点1−2について,被控訴人製品は本件発明の構成要件C1を充足
しないと判断したが,以下のとおり,原判決の判断は誤っており,被控訴人製品は,
本件発明の構成要件C1を含め,その全部を充足するから,原判決は取り消される
べきである。
(1) 原判決は,「『前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状』
とは,言葉の通常の意味においては,スナップ片に連結された部分を解除片の下の
端(一番下の部分)とし,そこから上方に向かって,いくらか外側に膨らみながら
解除片が延びて行き,部品保持部20の側面に近接した位置が解除片の上の端(一
番上の部分)となる形状を意味するものということができる。」しており,解除片
のうちで「スナップ片に連結された部分」を「下端部」であると認定している。
しかしながら,本件発明の構成要件は,解除片の「下端部」が「スナップ片に連
結された部分」であると定義しているものではなく,「言葉の通常の意味」からし
ても,解除片のうちで最も下の端の部分が「下端部」である。その上で,構成要件
B4に記載のとおり,これがスナップ片に連結(直接的か間接的かは限定されな
い)されているのである。
他方,原判決は,被控訴人製品の解除片について,「連結片との結合部から単純
に上方へ延びているものではなく,いったん外側下方に延び,基板接点部352
(同点が一番下の部分となる。)において,鋭角状に大きく折れ曲がるような形で
反転し,そこから上方に延びて,上端部(部品保持部20の側面に近接した位置)
に至る形状である。」と認定し,基板接点部352(判決注:控訴人は同部分を
「C部」というが,「基板接点部352」と異なる部位を特定するものではないと
認められるから,「基板接点部352」という。以下同じ。)が解除片の一番下の
部分となることを認めながら,この点を「下端部」に該当するとは認定していない。
(2) 原判決は,被控訴人製品の解除片は,連結片33を介してスナップ片32
に連結した部分(解除片の最も下の部分ではない折り返し延長した「スナップ片に
連結された部分」)から,上方に向かって,いくらか外側に膨らみながら解除片が
延びて行くような構造ではない旨判示し,被控訴人製品は構成要件C1を充足しな
いと判断している。
しかしながら,言葉の通常の意味に従って,解除片の下端部を最も下の端の部分
と認定すれば,被控訴人製品において,下端部は基板接点部352であり,当該下
端部は脚片34又は下端連結部35b及び連結片33を介してスナップ片32に連
結しているのであって,また,下端部から上端部351に沿って若干外側に膨らん
だ形状となっているから,本件発明の構成要件C1を充足するものである。
なお,「若干膨らんだ形状」とは,本件明細書に記載されている各実施例から明
らかなように,下端部と上端部とを直線で結んだ場合に,解除片がこの直線よりも
若干外側,すなわち製品の中心軸から反対方向に膨らんでいる形状のことである。
(3) 本件発明の実施例において,連結片33を介してスナップ片32に連結さ
れていることから明らかなように,本件発明の解除片は,その下端部が直接スナッ
プ片に連結されている構成に限定されておらず,他の部分(部材)を介して間接的
にスナップ片に連結される構成も含まれる。本件発明の出願審査の過程で特許庁か
ら拒絶の理由の根拠として摘示された実用新案登録第2600587号公報(乙
7)の図面においても,解除片に相当する操作片6は,上端部から下端部にわたっ
て鉛直方向に向けられた直線状であり,その下端部は連結部を介してスナップ片に
連結している。特許庁の審査官が同公報を拒絶理由の根拠とされたことからも,本
件発明の解除片がスナップ片に直接連結されている必要があるものでないことは明
らかである。
(4) 原判決は,明細書の記載を種々引用した上で,「本件明細書では『下端部
から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状』とは具体的にどのような形状を意味
するのかという点について,格別の説明はされておらず,『下端部』,『上端部』
及び『若干』等の用語について,上記(2)アのような言葉の通常の意味とは異なる
意味で用いる旨の,格別の定義も記載されていない。」と判示しながら,これに続
けて,本件明細書の実施例は「いずれも,スナップ片に連結された部分を解除片の
下の端(一番下の部分)とし,そこから上方に向かって,いくらか外側に膨らみな
がら解除片が延びて行き,部品保持部20の側面に近接した位置又は側面に連結さ
れた位置が解除片の上の端(一番上の部分)となる形状のものであるということが
でき,被告製品の解除片のように,連結片との結合部から解除片がいったん外側下
方に延び,基板接点部352において大きく折れ曲がるように反転した形状のもの
は挙げられていない。このように,本件明細書では,本件発明における解除片が被
告製品のような形状を採り得ることについて,記載も示唆もされていない。」と判
示して,「本件明細書では,このように解除片が脚片を兼ねる構成について,何ら
の記載も示唆もされていない。」と結論づけている。
しかしながら,原判決は,構成要件B3については,被控訴人製品の脚片と解除
片が兼ねる構成である点につき,構成要件の記載では「脚片と解除片とが一体とな
り,脚片が解除片の部位を兼ねる構成を排除する記載とはなっていない。」,「発
明の技術的範囲は必ずしもその実施例に限定されるものではなく,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載を総合しても,本件発明の技術的範囲が実施例に限定される
と解することにはならない。」としているのであり,被控訴人製品の「連結片33
の上端から基板接点部352まで延びる部位」は「脚片」に該当すると判示し,被
控訴人製品のような解除片と脚片とを兼ねる構成も,本件発明の技術的範囲に属す
ることを認めているのである。
このように,原判決の構成要件C1についての判断は,同B3についての判断と
整合するものではなく,本件発明の技術的範囲を明細書に記載された実施例に限定
して解釈することを前提とするものであって,不当な限定解釈に基づくものという
べきである。
〔被控訴人の主張〕
控訴人の主張は,以下のとおりいずれも失当であるから,本件控訴は棄却される
べきである。
(1) 控訴人は,原判決による「解除片」の「下端部」の認定について非難する
が,「下端」とは,言葉の通常の意味においては,「下のほうのはし」を意味し,
また,「端」とは「物の末の部分。先端。中心から遠い,外に近い所。」をそれぞ
れ意味する。
「解除片」が単純に上方に延びている場合は,「解除片」の「下端部」は,解除
片のうちで最も下の端の部分であるということができるが,例えば,「解除片」が
いったん外側下方に延び,屈曲点において,鋭角状に大きく折れ曲がるような形で
反転し,そこから上方に延びる形状である場合,「解除片」の「下端部」は,言葉
の通常の意味においては,「下のほうのはし」,すなわち解除片の両端のうち,下
のほうを意味するのであって,解除片の最も下の部分を意味するものではない。
そして,原判決は,本件発明においては,スナップ片に連結された部分が解除片
の両端の下のほうの端になることから,この部分を「下端部」であると認定したも
のであり,その認定に誤りはない。
そして,被控訴人製品の「解除片」は,連結片との結合部から単純に上方に延び
ているものではなく,いったん外側下方に延び,基板接点部352(同点が一番下
の部分となる。)において,鋭角状に大きく折れ曲がるような形で反転し,そこか
ら上方に延びて,上端部(部品保持部20の側面に近接した位置)に至る形状であ
るから,同「解除片」の両端は,連結片の結合部及び上端部(部品保持部20の側
面に近接した位置)であって,連結片の結合部は上端部より下のほうに位置するこ
とから,連結片の結合部が「下端部」である。
(2) 控訴人は,構成要件C1における「若干膨らんだ形状」とは,下端部と上
端部とを直線で結んだ場合に,解除片がこの直線よりも若干外側,すなわち製品の
中心軸から反対方向に膨らんでいる形状のことであると主張する。
特許請求の範囲の記載は,明細書中の発明の詳細な説明の記載に基礎付けられて
いなければならないのであるから,発明の詳細な説明の記載及び図面は,特許請求
の範囲の記載を解釈するに当たって考慮されるべきものであるところ,「下端部か
ら上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」について,本件明細書において格別の
説明はされていないから,この形状については,言葉の通常の意味に従って認定す
るほかない。
そうすると,「下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状」とは,スナ
ップ片に連結された部分を解除片の下の端(一番下の部分)とし,そこから上方に
向かって,いくらか外側に膨らみながら解除片が延びて行き,部品保持部20の側
面に近接した位置が解除片の上の端(一番上の部分)となる形状を意味するものと
いうことができる。
(3) 仮に,控訴人の主張するように,被控訴人製品の解除片の「下端部」を基
板接点部352と考えたとしても,同解除片は,基板接点部352から上方に向か
って,外側に膨らむことなく(製品の中心軸と並行に),解除片が延びていく形状
であるから,被控訴人製品の解除片は「若干外側に膨らんだ形状」であるとはいえ
ず,いずれにしても,構成要件C1を充足しない。
また,控訴人は,本件発明の解除片は,その下端部が直接スナップ片に連結され
ている構成に限定されておらず,他の部分(部材)を介して間接的にスナップ片に
連結される構成も含まれると主張する。しかしながら,本件明細書及び図面におい
ては,「連結片」を介して連結されるものが記載されているものの,「連結片」以
外の他の部分(部材)を介して間接的にスナップ片に連結される構成については何
ら記載されていない。そして,本件発明の構成要件B4においては「解除片」につ
き,「前記スナップ片にそれぞれ下端部が連結され」と規定されているのであるか
ら,構成要件C1の「下端部」についても,文言上,「スナップ片に」「連結さ
れ」る部分を意味すると解釈するのが自然である。
したがって,この観点からも,本件発明において,スナップ片に連結された部分
が解除片の「下端部」であるとした原判決の認定に誤りはない。
(4) 控訴人は,原判決による本件明細書及び図面を参酌しての限定解釈が不当
であると主張するが,本件明細書には,被控訴人製品の解除片のように,連結片と
の結合部から解除片がいったん外側下方に延び,基板接点部352において大きく
折れ曲がるように反転した形状のものは挙げられていない。
被控訴人製品において上記形状が採用されたのは,本件発明における脚片と解除
片に相当する各部材を一体化し,解除片と脚片の機能を兼ねさせたものであり,本
件発明とは異なる技術思想に基づくものである。
そして,本件明細書では,本件発明における解除片が被控訴人製品のような形状
を採り得ることについて,記載も示唆もされていない以上,本件明細書の発明の詳
細な説明の記載において開示された発明の範囲を超えて権利の効力を認めるべきで
ないのは当然であり,原判決の解釈に誤りはない。
なお,原判決が,本件発明の構成要件B3の「脚片」について,解除片とは別個
独立のものであり,被控訴人製品のように,脚片と解除片が一体となり,脚片が解
除片の部位を兼ねる構成を含むものではないとの被控訴人の主張を採用しなかった
点は誤りであると考えるが,そのことによって,原判決の構成要件C1についての
解釈が誤りであるということになるものではない。
第4 当裁判所の判断
1 原審における主張についての判断
原審における当事者の主張についての当裁判所の判断は,原判決の事実及び理由
の第3(原判決34頁18行∼45頁2行)のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における主張についての判断
(1) 解除片の構造(構成要件C1の解釈)についての控訴人の主張
控訴人は,本件発明における解除片の「下端部」については,解除片のうちで最
も下の端の部分が「下端部」であって,「若干膨らんだ形状」とは下端部と上端部
とを直線で結んだ場合に,解除片がこの直線よりも若干外側,すなわち製品の中心
軸から反対方向に膨らんでいる形状のことであるとし,解除片の下端部を最も下の
端の部分と認定すれば,被控訴人製品において,下端部は基板接点部352であり,
当該下端部は脚片34又は下端連結部35b及び連結片33を介してスナップ片3
2に連結しているのであって,また,下端部から上端部351に沿って若干外側に
膨らんだ形状となっているから,原判決の認定とは異なって,本件発明の構成要件
C1を充足すると認定し得るものであると主張する。
しかしながら,特許請求の範囲の記載自体には,「下端部」及び「若干膨らんだ
形状」について,控訴人主張のとおり定義し得る記載がなく,本件明細書の発明の
詳細な説明の記載にも,上記各用語の定義についての記載はない。
したがって,控訴人主張に係る各用語を解釈するに当たっては,特許請求の範囲
の記載を含む本件明細書の記載を総合的に検討する必要がある。
(2) 本件発明の課題とその解決手段
原判決の第3の1(3)イ(ア)(原判決38頁3行∼43頁末行)において引用さ
れている本件明細書の記載によると,本件発明の課題及びその解決手段については,
次のようにいうことができる。
近年における家電製品等の電子機器全般においては環境対策の一環としてプリン
ト基板や配線をシャーシやパネル等から解体可能にすることが要求され,その作業
を容易に行うために,実装用部品は,電子機器の解体時に素手で容易に透孔から外
し易くすることが要求されているところ,従来技術として,直線板状のポスト51
の先端両側に矢尻状のスナップ片52を形成するとともに,スナップ片52の先端
部に連結した連結片53とにより段部521を形成し,さらに連結片53にはそれ
ぞれ両外側に向けられて指で摘むことが可能な解除片55を一体に設け,脚片54
を解除片55から両側に向けて突出する構成としている。そのため,このスナップ
構造では,解除片55を指で両側から摘んで内側に変形させることにより,これに
連動してスナップ片52が縮径されるため,スナップ片52を透孔3から離脱させ
ることが容易となる。
しかしながら,このようなスナップ構造では,解除片55及び脚片54の弾性力
を強く設計すると,嵌合状態の安定化には有効であるが,離脱のために解除片55
に加える指の力が大きくなり,他方,弾性力を弱く設計すると,透孔3に対する嵌
合力が弱くなってしまうという課題がある。
本件発明は,基板に対する実装用部品の取り付け及び取り外しを容易に行うこと
を可能にする一方で,当該実装用部品が意に反して基板から離脱することを防止し
たスナップ構造を提供するものであり,上記課題を解決するため,各構成要件に規
定された構造を採用したものである。
本件発明に係るスナップ構造によれば,一対の解除片をスナップ片にそれぞれ下
端部が連結され,当該下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とし,ス
ナップ片を基板の透孔に嵌合させたときに当該解除片の上端部が部品保持部の側面
の一部に当接する構成としているので,解除片の弾性力を弱くして作業性を高めて
も,嵌合状態において実装用部品が傾斜されても解除片が変形されにくくスナップ
部の離脱を防止することができる。
(3) 本件発明における解除片の位置付け
上記(2)によると,本件発明の課題は,作業性向上のための解除片の弾性力の低
下と透孔に対する嵌合力の確保を両立させるということにあり,本件発明における
技術思想は,嵌合状態において解除片の上端部が部品保持部から離れていた従来技
術を改良し,嵌合時において上端部を部品保持部に当接させる構成を採用すること
によって,嵌合状態におけるスナップ構造の強度を確保しようとするものであると
いうことができるところ,本件発明における解除片の構成は,本件発明の技術的思
想の本質的部分と位置付けることができる。
(4) 解除片に関する特許請求の範囲の記載の解釈
上記(2),(3)を踏まえて,本件発明に係る特許請求の範囲における「解除片」に
関する記載について検討すると,構成要件B4の記載は,「一対の解除片」はそれ
ぞれの下端部においてスナップ片と連結されることによって,内側方向に手操作さ
れたときにスナップ片を内側方向に変形して透孔との嵌合を解除する構造となって
いることを規定するものであり,この構造は,本件発明の前提となる従来技術にお
いても採用されているものである。
そして,本件発明の解除片は,上記のような構造を前提として,内側方向に手操
作して透孔との嵌合を解除する必要があるのであるから,構成要件C1の記載は,
解除片がこれを内側方向に手操作するための押圧部として適当な外側(スナップ構
造の中心線から外側方向)への「膨らみ」を備える必要があることについて規定し
たものと解釈すべきものである。
さらに,構成要件C2及びC3の各記載は,スナップ構造の透孔への嵌合状態に
おける安定性を確保するために,嵌合状態において解除片の上端部が部品保持部に
当接してこれを支える構造となる必要があることについて規定しているものである。
そうすると,本件発明における「解除片」は,スナップ片に連結される「下端
部」から,嵌合時に部品保持部の両側に当接する「上端部」までを指し,解除片が
備える上記外側への「膨らみ」については,スナップ片に連結される「下端部」か
ら透孔への嵌合時に部品保持部の両側に当接する上端部に沿って,「若干…膨らん
だ形状」のものとして特定されているということになる。
なお,乙11ないし13によると,上記構成要件C1は,本件特許出願の過程に
おいて,平成18年9月27日付け拒絶査定を受けて,同年18年11月1日付け
で行った拒絶査定不服審判請求と同時に提出された手続補正書に係る補正により付
加された発明特定事項の一部であり,上記のような解除片の形状に関する発明特定
事項について,その限定が実質的に存在しないかのような解釈を行うことはできな
い。
(5) 被控訴人製品の解除片の「下端部」
上記(4)に判示した本件発明の「解除片」についての解釈を踏まえて,被控訴人
製品の解除片について検討する。
被控訴人製品における「解除片」は,連結片を介してスナップ片と連結され,透
孔との嵌合時において,その上端部が部品保持部の両側に当接する構造のものであ
り,透孔への嵌合時に解除片を内側に手操作することによって,解除片の上端部と
部品保持部との当接点を支点とするとともに,連結片と結合部を介してスナップ片
に力が伝達されることによって,スナップ片とポストとの結合部をもう一つの支点
として内側に撓み,スナップ片を内側に変形させて,嵌合状態を解除する機能を有
するものであるから,被控訴人製品において,「解除片」とは,連結片との結合部
から上端部までの部材全体を指すものであり,解除片において「下端部」の技術的
意義は,内側への手操作による力をスナップ片に伝達する部分である連結片との結
合部であると認められる。
そうすると,被控訴人製品の解除片の形状は,原判決が認定するとおり,「連結
片との結合部から解除片がいったん外側下方に延び,基板接点部352において大
きく折れ曲がるように反転した形状のもの」であると認められ,基板接点部352
における大きく折れ曲がるように反転した部分において脚片を兼ねる構成としたも
のであるということができる。
そして,上記説示したところに照らすと,解除片の途中部分に脚片に相当する部
分が形成されていても,本件発明に係る解除片は,連結片との結合部から上端部ま
での全体によってその機能を発揮するのであるから,途中部分の脚片の存在によっ
て,解除片が分断されるものではないというべきであって,被控訴人製品における
「解除片」は,控訴人が主張するような「解除片のうちで最も下の端の部分」(基
板接点部352付近)を指すものではないといわざるを得ない。
(6) 被控訴人製品の解除片の形状
上記(4)のとおり,本件発明の解除片の形状については,構成要件C1において
「若干外側に膨らんだ形状」との限定が付加されているところ,上記(5)のとおり,
被控訴人製品の解除片は,「連結片との結合部から解除片がいったん外側下方に延
び,基板接点部352において大きく折れ曲がるように反転した形状のもの」であ
ると認められるから,被控訴人製品の解除片の形状は本件発明の構成要件C1を充
足しないというべきであり,原判決におけるこの点の判断に誤りはない。
そして,上記(4)及び(5)のとおり,本件発明における「解除片」やその「下端
部」の技術的意義については,本件発明の課題や目的等に照らし,「解除片」の機
能を踏まえて解釈すべきものであり,「解除片」の一部が他の部材を兼ねることが
できるかどうかと,「解除片」としてどのような機能を果たす部材として理解する
かとは,技術的には異なる問題であるから,被控訴人製品について,原判決が構成
要件B3を充足するとした上で,同C1について充足しないと判断したこと自体が
論理的な整合性を欠くものであるということはできないし,これらが両立するもの
であることについては上記のとおりである。
(7) したがって,,当審における控訴人の主張を踏まえても,被控訴人製品は
本件発明の構成要件C1を充足するものではないといわざるを得ない。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の請求を棄却した原判決は正当であって,本件控
訴は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 杜 下 弘 記
(別紙)
特許請求の範囲の記載
A 実装用部品を保持するための部品保持部の下部に設けられて当該部品保持部を
基板に固定するためのスナップ部を備えており,
B1 前記スナップ部は前記基板に設けられた透孔内に挿入されるポストと,
B2 前記ポストの両側に沿って設けられ径方向に弾性変形可能で前記透孔に嵌合
される矢尻型をした一対のスナップ片と,
B3 前記部品保持部の前記両側位置において前記基板の表面に弾接して前記スナ
ップ片とで当該基板を挟持する一対の脚片と,
B4 前記スナップ片にそれぞれ下端部が連結され内側方向に手操作されたときに
前記スナップ片を内側方向に変形して前記透孔との嵌合を解除する一対の解除
片とを備えるスナップ構造であって,
C1 前記解除片は前記下端部から上端部に沿って若干外側に膨らんだ形状とされ,
C2 当該上端部は前記部品保持部の前記両側の側面一部に近接配置されるととも
に,
C3 前記スナップ片が前記透孔に嵌合されたときに当該両側の側面一部に当接さ
れる構成である
D ことを特徴とするスナップ構造。
(以上)
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