平成21(行ケ)10092審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成21年12月3日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告イミュネックス・コーポレーション
|
法令 |
特許権
特許法67条の33回
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キーワード |
審決32回 実施10回 特許権6回 分割2回 優先権1回
|
主文 |
1 特許庁が不服2007−34676号事件について平成20年11月25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,後記特許権について原告が存続期間の延長登録出願をしたところ,
拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁が請求
不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。 |
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判決文
判決言渡 平成21年12月3日
平成21年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成21年11月24日
判 決
原 告 イミュネックス・コーポレーション
訴訟代理人弁護士 城 山 康 文
同 岩 瀬 吉 和
同 山 本 健 策
訴訟代理人弁理士 山 本 秀 策
同 森 下 夏 樹
同 馰 谷 剛 志
同 長 谷 部 真 久
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 穴 吹 智 子
同 塚 中 哲 雄
同 中 田 と し 子
同 酒 井 福 造
主 文
1 特許庁が不服2007−34676号事件について平成20年11
月25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,後記特許権について原告が存続期間の延長登録出願をしたところ,
拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁が請求
不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記特許権に係る特許発明の実施に後記行政処分(本件処分)が必
要であったか(特許法67条の3第1項1号),である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 原告は,1989年(平成元年)9月5日米国・1989年(平成元
年)9月11日米国・1989年(平成元年)10月13日米国・199
0年(平成2年)5月10日米国の優先権を主張して平成2年9月5日に
出願した原出願(特願平2−235502号,特許第2721745号[
特許公報は,乙1])からの分割出願として,平成9年8月21日に,新
たな特許出願をし(発明の名称「腫瘍壊死因子−αおよび−βレセプタ
ー」,特願平9−225286号),平成11年7月30日に特許第29
60039号として設定登録を受けた(請求項の数5,甲6。以下「本件
特許権」という。)。
イ その後,原告は,平成17年4月18日に,本件特許権について,下記
のとおり,その特許発明の実施に後記内容の本件処分を受けることが必要
であったとして「5年0月0日」につき存続期間の延長登録の出願(特許
権存続期間延長登録願2005−700041号,甲7)をし,平成19
年1月11日付けでその補正(甲8)をしたが,拒絶査定を受けたので,
平成19年12月25日付けで不服の審判請求をした。
記
・政令で定める処分を受けるに至った経緯
① 治験の開始日(治験計画届出日) 平成11年12月17日
② 承認日 平成17年1月19日
・特許発明の実施をすることができなかった期間
特許権の設定登録の日が平成11年7月30日であり,治験の開始日が
平成11年12月17日であるから,特許発明の実施をすることができな
かった期間は,治験の開始日から承認日の前日までの5年01月01日で
ある。
ウ 特許庁は,上記請求を不服2007−34676号事件として審理した
上,平成20年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成20年12月
5日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件特許の請求項の数は上記のとおり5であるが,ヒトに関する本件処分
に関連する請求項1及び請求項2の内容は,次のとおりである(以下,請求
項1記載発明を「本件発明」という。)。
・【請求項1】以下の(a),(b)または(c)から選択される哺乳類組
換えTNF−Rタンパク質であって,哺乳動物由来の他のタンパク質を実
質的に含まない前記哺乳類組換えTNF−Rタンパク質:
(a)以下のアミノ酸配列:
【化1】
Leu Pro Ala Gln Val Ala Phe Thr 8
Pro Tyr Ala Pro Glu Pro Gly Ser Thr Cys Arg Leu Arg Glu Tyr 23
Tyr Asp Gln Thr Ala Gln Met Cys Cys Ser Lys Cys Ser Pro Gly 38
Gln His Ala Lys Val Phe Cys Thr Lys Thr Ser Asp Thr Val Cys 53
Asp Ser Cys Glu Asp Ser Thr Tyr Thr Gln Leu Trp Asn Trp Val 68
Pro Glu Cys Leu Ser Cys Gly Ser Arg Cys Ser Ser Asp Gln Val 83
Glu Thr Gln Ala Cys Thr Arg Glu Gln Asn Arg Ile Cys Thr Cys 98
Arg Pro Gly Trp Tyr Cys Ala Leu Ser Lys Gln Glu Gly Cys Arg 113
Leu Cys Ala Pro Leu Arg Lys Cys Arg Pro Gly Phe Gly Val Ala 128
Arg Pro Gly Thr Glu Thr Ser Asp Val Val Cys Lys Pro Cys Ala 143
Pro Gly Thr Phe Ser Asn Thr Thr Ser Ser Thr Asp Ile Cys Arg 158
Pro His Gln Ile Cys
を有するタンパク質;
(b)以下のアミノ酸配列:
【化2】
Val Pro Ala Gln Val Val Leu Thr Pro Tyr Lys Pro Glu Pro Gly 15
Tyr Glu Cys Gln Ile Ser Gln Glu Tyr Tyr Asp Arg Lys Ala Gln 30
Met Cys Cys Ala Lys Cys Pro Pro Gly Gln Tyr Val Lys His Phe 45
Cys Asn Lys Thr Ser Asp Thr Val Cys Ala Asp Cys Glu Ala Ser 60
Met Tyr Thr Gln Val Trp Asn Gln Phe Arg Thr Cys Leu Ser Cys 75
Ser Ser Ser Cys Thr Thr Asp Gln Val Glu Ile Arg Ala Cys Thr 90
Lys Gln Gln Asn Arg Val Cys Ala Cys Glu Ala Gly Arg Tyr Cys 105
Ala Leu Lys Thr His Ser Gly Ser Cys Arg Gln Cys Met Arg Leu 120
Ser Lys Cys Gly Pro Gly Phe Gly Val Ala Ser Ser Arg Ala Pro 135
Asn Gly Asn Val Leu Cys Lys Ala Cys Ala Pro Gly Thr Phe Ser 150
Asp Thr Thr Ser Ser Thr Asp Val Cys Arg Pro His Arg Ile Cys 165
Ser Ile Leu Ala Ile Pro Gly Asn Ala Ser Thr Asp Ala Val Cys 180
Ala Pro Glu Ser Pro Thr Leu Ser Ala Ile Pro Arg Thr Leu Tyr 195
Val Ser Gln Pro Glu Pro Thr Arg Ser Gln Pro Leu Asp Gln Glu 210
Pro Gly Pro Ser Gln Thr Pro Ser Ile Leu Thr Ser Leu Gly Ser 225
Thr Pro Ile Ile Glu Gln Ser Thr
を有するタンパク質;および
(c)(a)または(b)のアミノ酸配列から1つまたはそれ以上のアミ
ノ酸残基が削除,追加もしくは置換によって変化したアミノ酸配列を有
し,かつ,TNF結合活性を有するタンパク質。
・【請求項2】上記タンパク質が(a)または(b)から選択される,請求
項1に記載の哺乳類組換えTNF−Rタンパク質。
(3) 延長登録出願の理由となる処分の内容
薬事法第14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準用する
同法14条1項に基づく下記承認処分(以下「本件処分」という。甲30)
記
ア 承認番号 21700AMY00005000
イ 処分の対象となった物
エタネルセプト
ウ 処分対象となった物について特定された用途
関節リウマチ(既存治療で効果不十分な場合に限る)
エ 処分を受けた日
平成17年1月19日
(4) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,延長
が認められるためには,政令で定める処分の範囲(物と用途)と延長登録
出願の対象である特許発明の範囲(物と用途)とが重複していることが必
要であるとした上,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」
は本件発明(請求項1)に含まれないから,本件発明の実施に本件処分が
必要であったとは認められない(特許法67条の3第1項1号),という
ものである。
イ なお,審決は,本件発明と「エタネルセプト」には,次の相違点がある
とした。
【相違点1】
請求項1記載の配列におけるアミノ酸配列番号55のアミノ酸が「セリ
ン」であるのに対して,エタネルセプトのそれに対応するアミノ酸配列番
号77のアミノ酸は「アラニン」である点。
【相違点2】
エタネルセプトのヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペ
プチドに相当するアミノ酸配列番号258∼489のペプチドが請求項1
に明示的に記載されていない点。
【相違点3】
エタネルセプトのアミノ酸配列番号186∼257のペプチドが請求項
1に明示的に記載されていない点。
(5) 審決の取消事由
しかしながら,審決が,「エタネルセプトのヒト免疫グロブリンG1のF
c領域に対応するポリペプチドに対応するポリペプチドに相当するアミノ酸
配列番号258∼489のペプチドが請求項1に明示的に記載されていない
点」を【相違点2】とした上で,「…本件特許の請求項1に係る発明は上記
相違点2においてエタネルセプトに関連するものではないといえる。」(1
0頁12行∼13行)とした審決の判断は,次のとおり誤りである。
ア 本件特許明細書(甲6)には「…欠失変異体の特定指示がない場合に
は,用語TNF−RはTNF−Rの生物学的活性を有する変異体および類
縁体を含めて,あらゆる形態のTNF−Rを意味する。」(段落【001
4】)と記載されており,TNF−Rタンパク質にはその類縁体も含まれ
得る。すなわち,本件特許の請求項1に記載される「TNF−Rタンパク
質」には,TNF−R活性を有するタンパク質に加え,それ以外のポリペ
プチド等の化学成分が含まれていてもよいことになる。この点は審決も認
めており(5頁30行∼33行),当事者間に争いはない。
問題は,「TNF−R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の
化学成分」に,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチ
ドが含まれるか否かである。
そこで,以下,「TNF−R活性を有するタンパク質以外のポリペプチ
ド等の化学成分」の意義について検討し(下記イ及びウ),ヒト免疫グロ
ブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドがこれに含まれること(下
記エ),エタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有
するTNF−Rタンパク質」に該当すること(下記オ)を述べる。
イ 「TNF−R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」とは,TNF−R活性を有するタンパク質の生物
学的活性を保持することができる化学成分を意味する。
(ア) 本件特許の請求項1の「TNF−Rタンパク質」は「TNF結合活
性を有する」ものでなければならない。この「TNF結合活性」の意義
について,本件特許明細書(甲6)には,以下のように「生物学的に活
性」との関係で記載されており,「生物学的に活性」の一つとして定義
されている。なお,「生物学的に活性」とTNF−R活性とは同義であ
る。
「TNFレセプターの特性として明細書全体を通して用いられる"生
物学的に活性"とは,特定の分子が検出可能な量のTNFを結合でき,
TNF刺激を例えばハイブリッドレセプター構築物の一成分として細胞
に伝達でき,または天然(つまり非組換え体)源からのTNF−Rに対
して誘導された抗TNF−Rと交差反応できるように,ここに開示した
本発明の具体例と十分なアミノ酸配列類似性を共有することを意味す
る。」(段落【0019】)
(イ) してみると,請求項1の「TNF結合活性を有するTNF−Rタン
パク質」とは,TNF−R活性を有するポリペプチド及びこのポリペプ
チドに付加される「化学成分」からなるのであるから,「化学成分」と
は,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加されても,そのTNF
−R活性を阻害しない機能を有する化学成分を意味すると解される。
ウ 「TNF−R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」は「低分子量」のものに限られない。
(ア) 「TNF−R活性」を有するタンパク質に付加することができる化
学成分の意義に関し,審決は,「…本発明の範囲内のTNF−R誘導体
として記載されているものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはT
NF−R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基
性塩あるいは中性の形)としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精
製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF−Rポリペプ
チドに比して相対的に低分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホス
フェート,アセチル基,ポリ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp
−Asp−Asp−Lys等)を付加する,あるいはTNF−Rポリペプチドを
イムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用する
ために,TNF−Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の
化学成分(M−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)を付
加するものである。」(9頁16行∼26行)と述べて,「TNF−R
活性」を有するタンパク質に付加することができる化学成分は「低分子
量」のものに限定されると認定した。
しかし,以下に述べるとおり,この審決の認定は誤りである。
(イ) 本件特許請求の範囲の記載には「化学成分」の意義を分子量により
限定する記載はない。
本件特許請求の範囲請求項1,2の記載は,前記第3,1(2)のとお
りであり,その記載からは,TNF−R活性を有するポリペプチドに付
加することができる「化学成分」の意義を分子量により限定解釈するこ
とはできない。
(ウ) 本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも「化学成分」の意義を
分子量により限定する記載はない。
a 本件特許明細書(甲6)には,TNF−R活性を有するタンパク質
に付加することができる「化学成分」を分子量により限定する記載は
ない。
b この点に関し,上記(ア)のとおり,審決は,本件特許明細書に記載
された具体的な化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセ
チル基,ポリ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−
Lys等,及びM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)
は,いずれも低分子量の化学成分であるとして,TNF−R活性を有
するタンパク質に付加することができる「化学成分」として許容され
るのは「低分子量」の化学成分のみであると認定している。
c しかし,審決が指摘する箇所(審決7頁7行∼8頁12行)は,以
下のとおり,いずれも例示に過ぎない(例示であることを示す部分に
下線を付した)。
・ 「(イー1)
本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,生物学的活性を保持す
るいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミ
ノ基およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF−R
蛋白は酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形で
あってもよい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によ
って修飾されてもよい。
一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂
質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複
合体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することに
より修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF−Rアミ
ノ酸側鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作
られる。(段落0030,0031)」
・ 「(イ−2)
本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端またはC末
端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−
Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もし
くは集合複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と
同時にまたは翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁
の内側もしくは外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあ
るシグナル(またはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因
子リーダー)でありうる。
TNF−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易にす
るために付加されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことができ
る。また,TNFレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp−Tyr−
Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys(DYKDDDDK)に結合させてもよい
(Hopp et al., Bio/Technology 6:1204,1988)。後者の配列は高度
に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエ
ピトープを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよ
び容易な精製を可能にする。この配列またはAsp−Lys対のすぐ後の
残基でウシ粘膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。この
ペプチドでキャップされた融合蛋白は,E.Coliによる細胞内分解に
抵抗するだろう。(段落0031)」
・ 「(イ−3)
また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノア
ッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティ
ー精製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステイ
ンおよびリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエ
ステルおよびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架
橋することによっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側
基を介して臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニル
ジイミダゾール活性化またはトシル活性化アガロース構造物のよう
な種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるい
はポリオレフィン表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含ま
ない)へ吸着させることもできる。ひとたび支持体に結合される
と,TNF−Rは抗TNF−R抗体またはTNFを(アッセイや精
製の目的で)選択的に結合させるべく用いられる。(段落003
2)」
d したがって,審決は,本件特許明細書に例示として記載されている
に過ぎない具体的な化学成分をもって,TNF−R活性を有するタン
パク質に付加することができる「化学成分」の意義を限定して解釈し
ているに過ぎず,このような解釈は誤りである。
(エ) 本件特許明細書(甲6)には,「化学成分」としてエタネルセプト
よりも大きな化学成分を付加できることが明記されている。
a 本件特許明細書には,「本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,
生物学的活性を保持するいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる」
(段落【0030】)と明記されており,TNF−R活性を有するタ
ンパク質に付加することができる「化学成分」は,分子量により限定
されるものではないとするのが明細書の素直な解釈である。
b 加えて,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノア
ッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー
精製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステインお
よびリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル
およびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋するこ
とによっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側基を介して
臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾー
ル活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性
支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン
表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させる
こともできる。」(段落【0032】)
c 上記bの記載は,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」
(本件特許明細書の段落【0028】∼【0042】),すなわち本
件特許発明の範囲に含まれるTNF−R誘導体について説明された箇
所における記載であることから,ここであげられたTNF−R誘導体
も本件特許発明の範囲内に含まれると解される。
しかるところ,ポリオレフィンは分子量が数万程度のものから約1
00万のものも汎用されている(特公平1−18100号公報[甲1
8]5欄11行∼17行)から,本件特許明細書の上記記載は,TN
F−R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」
には,エタネルセプトよりも大きな化学成分が含まれることを示して
いる。
d また,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物
および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部
位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領
域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から
成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に
許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデ
キストランより成る群から選ばれるポリマー)に通常のカップリング
技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法
として,TNF−Rはビオチンに化学的にカップリングすることがで
き,その後ビオチン−TNF−R複合体をアビジンに結合させて,4
価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子を得ることができる。TN
F−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェ
ノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を
抗DNPまたは抗TNF−IgMで沈澱させて,10価のTNF−R
結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。」(段落【
0041】)
e 上記dの記載も,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」
(本件特許明細書の段落【0028】∼【0042】),すなわち本
件特許発明の範囲に含まれるTNF−R誘導体について説明された箇
所における記載であることから,TNF−Rの多価形態も本件特許発
明の範囲内のTNF−R誘導体と解される。
したがって,多価形態を構築するために用いられる担体分子も,T
NF−R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」に含まれ
ると解されるが,本件特許明細書では,上記のとおり,このような
「化学成分」として,フィコール,ポリエチレングリコール,デキス
トラン及びアビジンが挙げられている。
フィコールは分子量が約40万(特公平1−17111号公報[甲
16]1欄22行∼23行),ポリエチレングリコールの分子量は2
万から200万以上(特公昭61−21151号公報[甲17]3欄
40行∼4欄4行),デキストランは分子量が数十万(特公平1−1
7111号公報[甲16]8欄11行∼13行),アビジンは分子量
が約6.8万(「岩波生物学辞典第3版」1984年[昭和59年]
4月20日株式会社岩波書店発行[甲13]18頁)である。これに
対し,エタネルセプトは単量体が467アミノ酸である二量体(分子
量:約15万)からなり,その単量体の分子量は約7.5万であるか
ら,本件特許明細書の上記記載は,TNF−R活性を有するポリペプ
チドに付加することができる「化学成分」には,エタネルセプトより
も大きな化学成分が含まれることを具体的に示している。
また,「TNF−Rの多価形態」とは,TNF−Rポリペプチドが
二つ以上結合したものであるから,この記載も「化学成分」にはTN
F−R活性を有するポリペプチドよりも大きな分子が含まれることを
示すものである。
f さらに,本件特許明細書には,TNF−R活性を有するタンパク質
に付加される「化学成分」たるポリペプチドについても,以下のよう
な記載がある。
・ 「…本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端または
C末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TN
F−Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合
もしくは集合複合体が含まれる。」(段落【0031】)
・ 「…免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両
方の可変部ドメインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不
変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。
例えば,キメラTNF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−
TNF−R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF
−R/ヒトγ1 重鎖キメラ(TNF−R/Cγ-1 )から作られる。2
つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価の
TNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。(段落【0
042】)
g 上記fの記載のように,TNF−R活性を有するタンパク質に付加
することができる「化学成分」にはポリペプチドも含まれ,本件特許
明細書の記載によれば,この「化学成分」として付加され得るポリペ
プチドも,以下に述べるとおり低分子量のものには限定されていな
い。
(a) 本件特許の分割後の原特許(特許第2721745号,乙1。
発明の詳細な説明の記載は本件特許と同じである。)における延長
登録出願不服審判事件(不服2007−34678号)の審決(甲
21,8頁14行∼20行)も述べるように,本件特許明細書にお
ける「ポリペプチド」と「タンパク質」との表現の差異により,実
質的な差異が生じるものではない。
(b) もっとも,本件特許明細書には「低分子量(約10残基以下)
ポリペプチド」との記載がある(段落【0070】)。このよう
に,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される
場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付され
ているのであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない
場合には,分子量による限定は意図されていないと解される。
(c) してみれば,TNF−R活性を有するタンパク質に付加するこ
とができる「化学成分」たるポリペプチドに関し,本件特許明細書
にはこのような限定が付されていないことから,当該ポリペプチド
は「低分子量」のものには限られないことになる。
h 以上の本件特許明細書の記載に照らすと,本件特許において,TN
F−R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」は分子量に
よって限定されるものではない。これを「低分子量」に限られるとし
た審決の認定は誤りである。
エ 「TNF−R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」にはヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドも含まれる。
(ア) エタネルセプトそのものが生物学的に活性であり,Fc領域がTN
F−R活性を阻害するものではないことはエタネルセプトの存在自体か
ら明らかである。
そして,前記ウのとおり,TNF−R活性を有するタンパク質に付加
される「化学成分」たるポリペプチドは分子量によって限定されるもの
ではなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
がTNF−Rポリペプチドと同程度の大きさであったとしても,これを
理由に「化学成分」から排除されることはない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドは,「化学成分」に含まれる。
(イ) また,本件特許明細書(甲6)では,TNF−R活性を有するタン
パク質に付加されうる「化学成分」として,「臨床的に許容しうる担体
分子」が挙げられている(段落【0041】)。
ヒト免疫グロブリンG1のFc領域は,通常でも人体に豊富に存在す
る物質であり,ヒト免疫グロブリンは臨床応用されていたことから,本
件特許優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領域が「臨床的
に許容しうる」ことを理解していた(A作成の鑑定意見書[甲9]7頁
6行∼12行)。そして,本件優先日前において,ヒト免疫グロブリン
のFc領域は,多価形態の形成を媒介しうること,すなわち担体分子と
して機能することが知られていた(上記鑑定意見書[甲9]6頁,
William E. Paul「FUNDAMENTAL IMMUNOLOGY SECOND EDITION」1989年
[平成元年]発行[甲19]211頁27行∼40行)。してみると,
ヒト免疫グロブリンのFc領域は,TNF−Rの多価形態の形成を媒介
する「臨床的に許容しうる担体分子」に該当するといえる。
したがって,本件優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領
域はTNF−R活性を有するタンパク質に付加しうる「化学成分」に含
まれると理解する。
(ウ) 本件特許明細書(甲6)では,TNF−R活性を有するポリペプチ
ドに付加される「化学成分」を含むポリペプチドには,「N末端または
C末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−
Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは
集合複合体が含まれる」ことが明記されている(段落【0031】)。
このような融合タンパク質の製造に関する周知技術として,本件優先
日当時,例えば,中嶋暉躬ほか編「新基礎生化学実験法7 遺伝子工
学」昭和63年1月30日丸善株式会社発行(甲14)が一般的教科書
として知られていた。この教科書の128頁∼129頁に「6 発現プ
ラスミドによる生産,6.1.3直接発現生産と融合タンパク質発現生
産」との項があり,そこでは,β−ガラクトシダーゼタンパク質との融
合タンパク質等を製造する方法が記載されている。ここで例示されてい
るβ−ガラクトシダーゼは,分子量が約11万6000という大きなも
のである(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典」1986年[昭和6
1年]3月1日株式会社東京化学同人第5刷発行[甲15]270頁。
なお,甲15には四量体の分子量が46万5400とあるため,これを
4で割ると約11万6000になるものである)。このような融合タン
パク質の製造において目的とするタンパク質に付加される1成分の例と
して,分子量が約4.1万のマルトース結合タンパク質(特開昭64−
20094号公報[甲11]8頁左上欄12行∼14行)及び分子量が
約5万のTy−VLP(Michael H.Malimほか「The production of
hybrid Ty:IFN virus-like particles in yeast」1987年[昭和62
年][甲12]7571頁下11行∼下10行)といった巨大なポリペ
プ チ ド も 知 ら れ て い た 。 そ し て , Andre Trauneckerほ か 「 Highly
efficient neutralization of HIV with recombinant CD4-
immunoglobuiin molecules」1989年(平成元年)5月4日(甲3)
68頁FIG.1,69頁左欄1行∼28行の記載を考慮すると,Fc領域
は,融合タンパク質を製造するためのペプチドとして可能な代替物とし
て使用されうるものであり,本件特許明細書のTNF−R誘導体に付加
されうるポリペプチドの範囲にあるというべきである。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドは,TNF−R活性を有するタンパク質に付加することができるポ
リペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえる。
(エ) 前記ウ(エ)d,eのとおり,TNF−Rの多価形態も本件特許発明
の範囲内のTNF−R誘導体と解され,多価形態を構築するために用い
られる抗体分子も,TNF−R活性を有するタンパク質に付加される
「化学成分」に含まれると解される。
そして,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
は,多価形態を構築するために用いられる担体分子として利用すること
が可能である(上記甲3,甲11,甲12,A作成の鑑定意見書[甲9
]6頁)。実際,エタネルセプトは,「医薬品インタビューホーム『エ
ンブレル』」平成20年7月(甲20)の5枚目「3.構造式又は示性
式」欄に「ヒトIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒ
ト腫瘍壊死因子Ⅱ型受容体(TNFR−Ⅱ)の細胞外ドメインのサブユ
ニット二量体からなる糖蛋白質」とあるように,TNF−Rタンパク質
の二量体(二価体)である。これは,ヒト免疫グロブリンG1のFc領
域を介して二価体が形成されているものと解される。
したがって,エタネルセプトにおいては,本件特許明細書に開示され
たキメラ抗体を製造する場合と同様に,多価形態を構築する目的で,ヒ
ト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが使用されて
いるといえる。
してみると,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドと融合したTNF−Rは,「TNF−Rポリペプチドに包含される
多価形態」に該当するから,本件特許明細書における「化学成分」に
は,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが包含
されているといえる。
オ エタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するT
NF−Rタンパク質」に該当する。
以上のとおり,本件特許において,TNF−R活性を有するタンパク質
に付加することができるポリペプチド等の「化学成分」は分子量による限
定を受けることはなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポ
リペプチドも含まれる。
そして,エタネルセプトは,①TNF−Rの一つであるp75の細胞外
ドメイン領域に対応するタンパク質及び②ヒト免疫グロブリンG1のFc
領域に対応するポリペプチドの共有結合複合体であることから,本件特許
の請求項1の「TNF−Rタンパク質」に該当する。
さらに,エタネルセプトには,TNF−Rの細胞外ドメイン領域に対応
するタンパク質が含まれていることから,TNF−Rの結合機能を保持す
る。そして,エタネルセプトは,このTNF−Rの結合機能により,関節
リウマチに対する治療薬としての薬効を有し,医薬品としての承認を受け
ている。すなわち,TNF−Rの結合機能は,ヒト免疫グロブリンG1の
Fc領域に対応するポリペプチドによって阻害されておらず,エタネルセ
プトは「TNF結合活性」を有する。
したがって,エタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活
性を有するTNF−Rタンパク質」に該当するため,「エタネルセプトの
ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドに対応するポ
リペプチドに相当するアミノ酸配列番号258∼489のペプチドが請求
項1に明示的に記載されていない点」を【相違点2】とした上で,「…本
件特許の請求項1に係る発明は上記相違点2においてエタネルセプトに関
連するものではないといえる。」(10頁12行∼13行)とした審決の
判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(4)の各事実は認めるが,(5)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由イの主張に対し
本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF−Rタンパク質」
という要件は,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加されたとき,そ
のTNF−R活性を阻害するようなものは,「TNF結合活性を有するTN
F−Rタンパク質」を構成する「化学成分」には相当しないということを意
味するものではあるが,TNF−R活性を阻害しない機能を有する化学的な
成分であれば直ちに,上記の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF−
Rタンパク質」を構成する「化学成分」に該当するということを意味するも
のではない。
当該「化学成分」に相当するというためには,TNF−R活性を有するポ
リペプチドに付加されたとき,そのTNF−R活性を阻害しない機能を有す
るとともに,当該「化学成分」が満たすべき他の要件,すなわち,以下の
(2)∼(4)において反論するとおり,TNF−Rポリペプチドに比して相対的
に低分子量の化学成分であるものでなければならない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
が,「TNF−R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,こ
のことをもって,直ちに,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポ
リペプチドが,「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえ
ない。
(2) 取消事由ウの主張に対し
ア 「本発明の範囲内のTNF−R誘導体」として本件特許明細書に記載さ
れているものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはTNF−R活性を
有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性
の形)としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを
容易にするために標識となるTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低
分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポ
リ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys等)を付加
する,あるいはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフ
ィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF−Rポリペプチド
に支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M−マレイミドベンゾイ
ルスクシンイミドエステル等)を付加するものであり,審決の「本発明の
範囲内のTNF−R誘導体として記載されているものは,…TNF−Rポリ
ペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分…を付加するものであ
る。」(9頁16行∼26行)との認定に誤りはない。
イ 原告は,審決が指摘する箇所(審決7頁7行∼8頁12行)は,いずれ
も例示であり,本件特許請求の範囲にも,「発明の詳細な説明」にも,
「化学成分」の意義を分子量により限定解釈する記載はないと主張してい
るが,「発明の詳細な説明」に開示されている種々の例示が,すべてTN
F−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分であるのである
から,「化学成分」は「TNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子
量の化学成分」を想定していると理解することは自然である。
ウ 原告は,本件特許明細書(甲6)の段落【0032】の記載を根拠とし
て,あたかも,本件特許明細書には,TNF−Rタンパク質が表面に吸着
したポリオレフィンがTNF−R誘導体の例として記載されているように
主張している。
しかし,本件特許明細書は,TNF−Rタンパク質が表面に吸着したポ
リオレフィンをTNF−R誘導体の例として記載するものではなく,TN
F−R誘導体の使用形態の一つとして記載するものである。すなわち,原
告の指摘した上記記載(段落【0032】)には「TNF−R誘導体は免
疫原,レセプターに基づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の
結合リガンドのアフィニティー精製用の結合剤として使用される。」と記
載されているように,TNF−R誘導体は免疫原,イムノアッセイ用の試
薬,アフィニティー精製用の結合剤として使用されるものであり,「TN
F−R蛋白は反応性側基を介して…種々の不溶性支持体へ共有結合で結合
させることができ,あるいはポリオレフィン表面へ吸着させることもでき
る。」とあるように,TNF−R蛋白(TNF−R誘導体)を各種の不溶
性の支持体に共有結合あるいは吸着により結合して不溶性とすることによ
り,免疫原,イムノアッセイ用の試薬,アフィニティー精製用の結合剤と
しての使用における操作性等を向上させるというものである。したがっ
て,不溶性支持体であるポリオレフィンとして分子量が数万程度のものか
ら約100万のものも汎用されていることをもって,本件特許明細書に
「化学成分」としてエタネルセプトより大きな化学成分が記載されている
ということはできない。
エ 原告は,「化学成分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付
加できることが明記されているとして,本件特許明細書(甲6)の段落【
0041】の記載を挙げている。
本件特許明細書は,「蛋白および類縁体」の前半(段落【0028】∼
段落【0040】)にTNF−Rポリペプチドに「化学成分」を付加した
TNF−R誘導体について記載されており,TNF−R誘導体とは別の範
疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(段落【0041】∼段
落【0042】)にTNF−Rの多価形態について記載されている。本件
特許の請求項1の発明は,上記前半の記載に基づくものである。上記後半
の記載に基づいて,原特許出願の請求項7∼9には,生物学的に活性なT
NF−RポリペプチドにIgG 1分子の定常領域を機能的に結合させたも
のを含むキメラ分子をコードする単離された核酸配列の発明,請求項10
には,キメラ分子をコードする核酸配列を有する組換えベクターの発明,
請求項11には,そのベクターで形質転換または感染させた宿主細胞の発
明,請求項12には,キメラ分子を製造する方法の発明,請求項13∼1
5には,キメラ抗体に関する発明が記載されている。このうち,原特許出
願の請求項13(乙1,9欄)は,163個のアミノ酸配列を有する生物
学的に活性な溶解性TNF−RポリペプチドとIgG1分子の定常領域は
別のもの,すなわち,「TNF−Rポリペプチド」は,TNF−Rの多価
形態を含まないものとの前提で記載されている。そして,本件特許の請求
項1の発明は,哺乳類組換えTNF−Rタンパク質であり,原特許の請求
項13の「TNF−Rポリペプチド」とは末尾の表現が異なるが,タンパ
ク質とは生物体の主要構成成分であり,約20種のL-α-アミノ酸(グリ
シンを含む)がペプチド結合により連結したポリペプチド鎖であり(今堀
和友・山川民夫監修「生化学辞典(第2版)」1996年[平成8年]1
0月1日株式会社東京化学同人第7刷発行[乙2]810頁),ポリペプ
チド鎖の一種であるから,原特許出願の請求項13の「TNF−Rポリペ
プチド」が,TNF−Rの多価形態を含まない以上,同じ「発明の詳細な
説明」の記載に基づく,同じ163個のアミノ酸配列を有する哺乳類組換
えTNF−Rタンパク質の発明である本件特許の請求項1の「TNF−R
タンパク質」も,TNF−Rの多価形態を含まないことは明らかである。
なお,本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には,TNF−Rポリペプ
チドとヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドとが結
合したキメラ分子(エタネルセプトが含まれる)については,何ら記載さ
れていない。
したがって,TNF−Rの多価形態が,本件特許の請求項1の「TNF
−R誘導体」と解されるという原告の主張は誤りである。
TNF−Rの多価形態を構築するために用いられる担体分子は,TNF
−R誘導体の構成成分,すなわち,TNF−Rポリペプチドに付加された
「化学成分」には当たらず,フィコールの分子量が約40万,ポリエチレ
ングリコールの分子量が2万から200万以上,デキストランの分子量が
数十万,アビジンの分子量が約6.8万であることをもって,「化学成
分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付加できることが明記
されているということはできない。
オ 原告は,TNF−R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」
たるポリペプチドは低分子量のものに限定されないとして,本件特許明細
書(甲6)の段落【0031】,【0042】の記載を挙げている。
上記エで述べたとおり,本件特許明細書の「蛋白および類縁体」には,
TNF−R誘導体とTNF−Rの多価形態とは別の範疇に属する物として
記載されているのであり,TNF−R誘導体であるTNF−Rと他の蛋白
またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体の例示として,TN
F−Rの多価形態である2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子が
記載されているという原告の主張は誤りである。
本件特許明細書には,TNF−R誘導体であるTNF−Rと他の蛋白ま
たはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体について,原告の上記
引用部分に続いて,「…例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまた
は翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしくは外
側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(またはリー
ダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因子リーダー)でありうる。TN
F−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易にするために付加
されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことができる。また,TNF
−Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp−Tyr−Lys−As
p−Asp−Asp−Asp−Lys(DYKDDDDK)に結合させて
もよい(Hopp et al., Bio/Technology 6:1204, 1988)。後者の配列は高度
に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトー
プを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製
を可能にする。この配列はまたAsp−Lys対のすぐ後の残基でウシ粘
膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。このペプチドでキャップ
された融合蛋白は,E.coliによる細胞内分解に抵抗するだろう。」(段落
【0031】)と記載されている。ここに例示されているものは,いずれ
もTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量のポリペプチドであ
り,2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子等は想定されていな
い。
カ 原告は,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される
場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付されている
のであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない場合には,分
子量による限定は意図されていないと解されると主張している。
本件特許明細書(甲6)には,「治療用途の場合,精製した可溶性TN
F−R蛋白は,症状に適したやり方で処置するために患者(好ましくはヒ
ト)に投与される。…通常,この種の組成物の調製はTNF−Rと緩衝
剤,酸化防止剤(例.アスコルビン酸),低分子量(約10残基以下)ポ
リペプチド,蛋白,アミノ酸,炭水化物(グルコース,スクロース,デキ
ストリンを含む),キレート剤(例.EDTA),グルタチオン,他の安
定剤または賦形剤とを組み合わせることを必要とする。」(段落【007
0】)と記載されているとおり,「低分子量(約10残基以下)ポリペプ
チド」という記載は,医療用途の場合に患者に投与される組成物の調製に
おいて,TNF−Rと組み合わされるポリペプチドに関する記載であり,
TNF−Rに関する記載ではなく,この記載をもって,TNF−Rに関す
る記載において「低分子量」との限定がなければ,分子量による限定は意
図されないと解されるということはできない。
(3) 取消事由エの主張に対し
ア ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「TN
F−R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,このことを
もって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,
「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえないことは,
前記(1)で反論したとおりである。
また,本件特許明細書(甲6)に「化学成分」として記載されているも
のは,「TNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分」
であることは,前記(2)アで反論したとおりである。
イ 前記(2)エで述べたとおり,本件特許明細書には,TNF−R誘導体と
は別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(段落【004
1】∼段落【0042】)にTNF−Rの多価形態について記載されてい
る。
したがって,本件特許明細書に接した本件優先日前の当業者は,ヒト免
疫グロブリンのFc領域は,多価形態の形成を媒介する「臨床的に許容し
うる担体分子」に関連するものであると考えることはあるとしても,TN
F−R活性を有するタンパク質に付加しうる「化学成分」に含まれるとは
理解しない。
ウ 本件特許明細書では,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加され
る「化学成分」を含むポリペプチドについて,「…N末端またはC末端融
合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−Rまたはそ
の断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が
含まれる」(段落【0031】)と記載されているが,この部分に続い
て,具体的に記載されている他の蛋白またはポリペプチドは,前記(2)オ
のとおり,いずれもTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の
ポリペプチドである。したがって,TNF−Rポリペプチドと同程度の大
きさであるヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
は,TNF−R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプ
チド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF−R
誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細
書の記載に基づく認定であり,原告が主張するように「甲11,甲12,
甲3を考慮すると,Fc領域は,融合タンパク質を製造するためのペプチ
ドとして可能な代替物として使用されうるものである」かどうかにより,
影響を受けるものではない。
エ 上記ウと同じ理由により,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドは,TNF−R活性を有するタンパク質に付加することが
できるポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF−R
誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細
書の記載に基づく認定であり,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応
するポリペプチドが多価形態を構築するために用いられる担体分子として
利用することが可能であるかどうかにより,影響を受けるものではない。
(4) 取消事由オの主張に対し
エタネルセプトは,①TNF−Rの一つであるp75の細胞外ドメイン領
域に対応するタンパク質及び②ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドの共有結合複合体であるが,既に述べたとおり,本件特許の
請求項1の「TNF−Rタンパク質」に該当するものでないことは明らかで
あるから,原告の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(延
長登録出願の理由となる処分の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,当事
者間に争いがない。
2 処分対象物「エタネルセプト」が本件発明(請求項1)に含まれないとした
審決の判断の適否
(1) 前記第3,1(4)のとおり,審決は,平成17年1月19日になされた本
件処分の対象となった物である「エタネルセプト」は本件発明(請求項1)
に含まれないから,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められ
ない(特許法67条の3第1項1号)としたものであるが,原告はこれを争
うので,以下検討する。
(2) 「エタネルセプト」の意義
証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象となった物で
ある「エタネルセプト」は,次のような内容を有する医薬品であることが認
められる。
ア・剤形 エンブレル皮下注用25mg:凍結乾燥注射剤
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL:水性注射
剤
・規格・含量 エンブレル皮下注用25mg
1バイアル中エタネルセプト(遺伝子組換え)25
mg含有
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL
1シリンジ0.5mL中エタネルセプト(遺伝子組
換え)25mg含有
・一般名 和名:エタネルセプト(遺伝子組換え)
洋名:Etanercept(genetical recombination)[JAN]
・製造・輸入 製造承認年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005
承認年月日 年1月19日
薬価基準収載・ エンブレル皮下注25mgシリンジ
発売年月日 0.5mL:2008年3月14日
薬価基準収載年月日:エンブレル皮下注用25mg:20
05年3月18日
エンブレル皮下注25mgシリンジ
0.5mL:2008年6月20
日
発売年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005年3
月30日
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5m
L:2008年6月30日
・開発・製造・輸入・発売・ 製造販売元:ワイス株式会社
提携・販売会社名 販売:武田薬品工業株式会社
イ 開発の経緯についてみると,エンブレル(一般名:エタネルセプト)
は,腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor:TNF)の可溶性レセプター
が生体内でTNFの作用を抑制する役割を果たしていることに着目し,原
告によって開発された完全ヒト型可溶性TNFα/LTαレセプター製剤
である。
米国では1998年に,欧州では2000年以降抗リウマチ薬として順
次承認され,2008年3月現在,凍結乾燥製剤として世界77の国又は
地域で承認又は発売されている。また,25mgシリンジ製剤は,欧州(E
U)では2006年9月26日に,米国では2007年2月1日に承認さ
れている。
わが国においては,1999年より凍結乾燥製剤の開発を開始し,第Ⅰ
相試験で,わが国と米国での薬物動態が類似することを確認した。また,
米国での第Ⅲ相二重盲検比較試験と同様のプロトコールで実施したわが国
での第Ⅱ相用量反応試験で,米国での第Ⅲ相二重盲検比較試験と有効性・
安全性が類似したことから,わが国では第Ⅲ相二重盲検比較試験を実施せ
ず,既存治療で効果不十分な関節リウマチに対し,エタネルセプトとして
10∼25mgを1日1回,週2回の皮下注射の用法・用量で,2005年
1月に承認された。また,溶解操作が不要なキット製剤であるエンブレル
皮下注25mgシリンジ0.5mLが2008年3月に承認された。
ウ エタネルセプト「遺伝子組換え」[JAN]の構造式又は示性式は,ヒ
トIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒト腫瘍壊死因子
Ⅱ型受容体(TNFR−Ⅱ)の細胞外ドメインのサブユニット二量体から
なる糖蛋白質である。
(3) 本件発明の意義
本件発明(請求項1)の内容は,前記第3,1(2)のとおりであり,ま
た,その特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」には,次の記載があ
る。
ア 発明の属する技術分野
「本発明は一般にサイトカインレセプターに関し,より詳細には腫瘍壊
死因子レセプターに関する。」(段落【0001】)
イ 課題を解決するための手段
(ア) 定義
・ 「本明細書中で用いる“TNFレセプター”および“TNF−R”
なる用語は,天然哺乳類TNFレセプターアミノ酸配列に実質的に類
似したアミノ酸配列を有し,かつTNF分子を結合することができる
;細胞へのTNF分子の結合により開始される生物学的信号を伝達す
ることができる;または天然(すなわち,非組換え)源由来のTNF
−Rに対して誘導された抗TNF−R抗体と交差反応することができ
るという点で,以下で定義するように,生物学的に活性である蛋白を
意味する。成熟全長ヒトTNF−Rは約80キロダルトン(kDa)
の分子量をもつ糖蛋白である。本明細書全体を通して用いられる“成
熟”なる用語は,天然遺伝子の全長転写物に存在しうるリーダー配列
を欠いた形態で発現される蛋白を意味する。全長ヒトTNF−Rをコ
ードするcDNAでトランスフェクトしたCOS細胞を用いた実験に
より,TNF−Rは約5×10 9M -1の見掛けKaで 125I−TNFαを
結合し,また約2×10 9M -1の見掛けKaで 125I−TNFβを結合す
ることが判明した。“TNFレセプター” または“TNF−R”な
る用語には,限定するものではないが,少なくとも20個のアミノ酸
を有する天然蛋白の類縁体またはサブユニットであって,少なくとも
いくらかのTNF−Rと共通した生物学的活性を示すもの,例えばト
ランスメンブラン領域を欠く(従って細胞から分泌される)がTNF
を結合する能力を保持する可溶性TNF−R構築物が含まれる。種々
の生物学的に均等な蛋白およびアミノ酸類縁体は以下で詳しく述べる
ことにする。」(段落【0013】)
・ 「本明細書中で用いるTNF−R類縁体の命名法は,hu(ヒト)
またはmu(マウス)が先行し,Δ(欠失を表す)とC末端アミノ酸
の番号が後に続く蛋白(例.TNF−R)の慣例的な命名法に従う。
例えば,huTNF−RΔ235はC末端アミノ酸としてAsp235を
もつヒトTNF−R(つまり,第2A図のアミノ酸1−235の配列
をもつポリペプチド)を表す。ヒトまたはマウスの種指示がない場合
には,TNF−Rは総称的に哺乳類TNF−Rを意味する。同様に,
欠失変異体の特定指示がない場合には,用語TNF−RはTNF−R
の生物学的活性を有する変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態
のTNF−Rを意味する。」(段落【0014】)
(イ) 蛋白および類縁体
・ 「本発明は,単離された組換え哺乳類TNF−Rポリペプチドを提
供する。本発明の単離TNF−Rポリペプチドは実質的に天然または
内因性起源の他の汚染物質を含まず,生産プロセスの残留蛋白汚染を
約1%より少ない量で含む。天然ヒトTNF−R分子はSDS−PA
GEにより約80キロダルトン(kDa)の見掛け分子量をもつ糖蛋
白として細胞リゼイトから回収される。本発明のTNF−Rポリペプ
チドには,天然パターンのグリコシル化結合が存在しなくてもよ
い。」(段落【0028】)
・ 「本発明の哺乳類TNF−Rには,例えば霊長類,ヒト,マウス,
イヌ,ネコ,ウシ,ヒツジ,ウマ,およびブタTNF−Rが含まれ
る。哺乳類TNF−Rは,哺乳類cDNAライブラリーからTNF−
R cDNAを単離するためのハイブリダイゼーションプローブとし
てヒトTNF−RDNA配列から誘導された一本鎖cDNAを使っ
て,交差種ハイブリダイゼーションにより得ることができる。」(段
落【0029】)
・ 「本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,生物学的活性を保持す
るいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミノ
基およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF−R蛋白
は酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形であって
もよい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によって修飾
されてもよい。」(段落【0030】)
・ 「一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂
質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複合
体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することにより
修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF−Rアミノ酸側
鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作られる。
本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端またはC末端融
合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−Rまた
はその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合
複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまた
は翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしく
は外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(ま
たはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因子リーダー)であ
りうる。TNF−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易
にするために付加されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことが
できる。また,TNF−Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAs
p−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys(D
YKDDDDK)に結合させてもよい(Hopp et al., Bio/Technology
6:1204, 1988)。後者の配列は高度に抗原性があり,特異的モノクロー
ナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供して,発現された組換
え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。この配列は
またAsp−Lys対のすぐ後の残基でウシ粘膜エンテロキナーゼに
より特異的に切断される。このペプチドでキャップされた融合蛋白
は,E.coli による細胞内分解に抵抗するだろう。」(段落【0031
】)
・ 「また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノア
ッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー
精製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステインお
よびリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル
およびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋するこ
とによっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側基を介して
臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾー
ル活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性
支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン
表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させる
こともできる。ひとたび支持体に結合されると,TNF−Rは抗TN
F−R抗体またはTNFを(アッセイや精製の目的で)選択的に結合
させるべく用いられる。」(段落【0032】)
・ 「本発明はまた,天然パターンのグリコシル化結合を含むまたは含
まないTNF−Rを包含する。酵母または哺乳類発現系(例.COS
−7細胞)により発現されたTNF−Rは,発現系に応じて,天然分
子と類似しているか,あるいは分子量およびグリコシル化パターンが
わずかに異なる。E.coli のような細菌によるTNF−R DNAの発
現は非グリコシル化分子をもたらす。不活性化Nグリコシル化部位を
もつ哺乳類TNF−Rの機能的な変異類縁体は,オリゴヌクレオチド
の合成および連結により,または特定部位の突然変異誘発法により作
ることができる。これらの蛋白類縁体は,酵母発現系を使って,良好
な収量で均質な還元炭水化物形態として生産される。真核生物蛋白の
Nグリコシル化部位はアミノ酸トリプレット:Asn−A 1−Z(こ
こで,A1 はPro以外のアミノ酸で,ZはSerまたはThrであ
る)により特徴づけられる。この配列において,アスパラギンは炭水
化物の共有結合のための側鎖アミノ基を提供する。このような部位は
Asnまたは残基Zを他のアミノ酸で置換するか,AsnまたはZを
欠失させるか,あるいはA 1とZの間にZ以外のアミノ酸を,または
AsnとA1 の間にAsn以外のアミノ酸を挿入することにより排除
しうる。」(段落【0033】)
・ 「さらに,TNF−R誘導体はTNF−Rまたはそのサブユニット
の突然変異によっても得られる。本明細書中で述べるTNF−R変異
体はTNF−Rに相同であるが,欠失,挿入または置換のために天然
TNF−Rと相違するアミノ酸配列をもつポリペプチドである。」
(段落【0034】)
・ 「TNF−R蛋白の生物学的均等類縁体は,例えば残基または配列
の各種置換をつくるか,あるいは末端残基,内部残基もしくは生物学
的活性に必要でない配列を欠失させることにより構築できる。例え
ば,システイン残基を欠失させたり(例.Cys 178),再生の際の不
必要なまたは不正確な分子内ジスルフィド橋の形成を防ぐために他の
アミノ酸と置換させたりすることができる。その他の突然変異誘発法
には,KEX2プロテアーゼ活性が存在する酵母系での発現を高める
ための隣接二塩基性アミノ酸残基の修飾が含まれる。一般に,置換は
保存的に行われるべきである;すなわち,最適な代替アミノ酸は置換
しようとする残基の物理化学的特性と似通った特性をもつものであ
る。同様に,欠失または挿入戦略を採用する場合,欠失または挿入が
生物学的活性に与える影響を考慮すべきである。先に定義した実質的
に類似したポリペプチド配列は,一般に同数のアミノ酸配列から成る
が,可溶性TNF−Rを構築するためのC末端切断はより少ないアミ
ノ酸配列を含むであろう。TNF−Rの生物学的活性を保持するため
に,欠失および置換は好ましくは相同なまたは保存的に置換された配
列(すなわち,所定の残基が生物学的に類似した残基によって置換さ
れることを意味する)をもたらすだろう。保存的置換の例には,ある
細胞族残基の他の細胞族残基との置換(例えば,Ile,Val,L
eu,またはAlaの互いとの置換),あるいはある極性残基の別の
極性残基との置換(例えば,LysとArg;GluとAsp;また
はGlnとAsn間の置換)が含まれる。その他のこのような保存的
置換,例えば類似の疎水特性をもつ全領域の置換もよく知られてい
る。さらに,ヒト,マウスおよび他の哺乳類TNF−R間の特定のア
ミノ酸の差異は,TNF−Rの本質的な生物学的活性を変えずに行う
ことのできる別の保存的置換を示唆している。」(段落【0035
】)
・ 「TNF−Rのサブユニットは末端または内部の残基もしくは配列
を欠失させることにより構築される。特に好適な配列には,TNF−
Rのトランスメンブラン領域および細胞内ドメインが培地へのレセプ
ターの分泌を促すために欠失されたか,または親水性残基で置換され
たものが含まれる。生成した蛋白はTNF結合能を保持する可溶性T
NF−R分子と呼ばれる。特に好適な可溶性TNF−R構築物はTN
F−RΔ235(第2A図のアミノ酸1−235の配列)であり,こ
れはトランスメンブラン領域に隣接したAsp235で終わるTNF−R
の全細胞外領域を含んでいる。追加のアミノ酸がTNF結合活性を保
持しつつトランスメンブラン領域から欠失される。例えば,第2A図
のアミノ酸1−183の配列から成るhuTNF−RΔ183,およ
び第2A図のアミノ酸1−163の配列から成るTNF−RΔ163
は,以下の実施例1で述べる結合検定を使って調べたとき,TNFリ
ガンド結合能を保持している。しかし,TNF−RΔ142はTNF
リガンド結合能をもっていない。これはCys 157とCys 163の一方ま
たは両方がTNF−Rの適切な折りたたみ(folding)のための分子内
ジスルフィド橋の形成に必要であることを暗示している。可溶性TN
F−RのTNF結合能に対して明らかな悪影響を及ぼすことなく欠失
されたCys178は,TNF−Rの適切な折りたたみに必要ではないら
しい。従って,C末端からCys 163までのいずれの欠失も生物学的に
活性な可溶性TNF−Rをもたらすことが期待される。本発明はCy
s163以後のアミノ酸で終わるTNF−Rの細胞外領域の全部または一
部に相当するこの種の可溶性TNF−R構築物を包含するものであ
る。TNF−RΔ157のような他のC末端欠失物は,便宜上,TN
F−R cDNAを適当な制限酵素で切断し,必要に応じて,合成オ
リゴヌクレオチドリンカーを用いて特定配列を再構築することにより
作られる。その後,得られた可溶性TNF−R構築物は適当な発現ベ
クターに挿入して発現させ,実施例1に記載するようにTNF結合能
を検定する。このような構築から得られた生物学的に活性な可溶性T
NF−Rも本発明の範囲内に含まれるものである。」(段落【003
6】)
・ 「TNF−R類縁体の発現のために構築されたヌクレオチド配列中
の突然変異は,もちろん,コード配列のリーディング・フレームを保
持しなければならず,好ましくはレセプターmRNAの翻訳に悪影響
を及ぼすループやヘアピンのような二次mRNA構造をもたらすよう
にハイブリダイズする相補領域を形成しないであろう。変異部位は前
以て特定しうるが,突然変異の性質それ自体を予め決定することは必
要でない。例えば,特定部位の突然変異体の最適性質を選ぶために,
標的コドンでランダムな突然変異誘発を行い,発現されたTNF−R
変異体を目的の活性についてスクリーニングすることができる。」
(段落【0037】)
・ 「TNF−Rをコードするヌクレオチド配列中のすべての変異が最
終産物において発現されるわけではなく,例えば,発現を高めるため
に,主として転写されたmRNA中の二次構造ループを避けるために
(欧州特許公開第75444A号参照),あるいは所定の宿主によっ
て翻訳されやすいコドン(例.E.coli 発現の場合はよく知られた
E.coli 優先コドン)を与えるために,ヌクレオチド置換が行われ
る。」(段落【0038】)
・ 「突然変異は,天然配列の断片への連結を可能にする制限部位が両
末端に存在する変異配列を含むオリゴヌクレオチドを合成することに
より,特定の箇所に導入することができる。連結後に得られる再構築
配列は目的のアミノ酸の挿入,置換または欠失を含む類縁体をコード
する。」(段落【0039】)
・ 「また,オリゴヌクレオチドにより誘導される特定部位の突然変異
誘発法は,必要な置換,欠失,または挿入により変更された特定のコ
ドンをもつ変異遺伝子を与えるために使用される。上記の変異を作る
方法は,例えば,Walder et al.,(Gene 42:133, 1986);Bauer et al.,
(Gene 37:73, 1985);Craik(BioTechniques,January 1985,12-19);
Smith et al.,(Genetic Engineering: Principles andMethods,Plenum
Press,1981);米国特許第4518584号および同第4737462
号に記載されている。これらの文献は適切な技術を開示しており,参
照によりここに引用される。」(段落【0040】)
・ 「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物
および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部
位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領
域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から
成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に
許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデ
キストランより成る群から選ばれるポリマー)の通常のカップリング
技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法
として,TNF−Rはビオチンに化学的にカップリングすることがで
き,その後ビオチン−TNF−R複合体をアビジンに結合させて,4
価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子を得ることができる。TN
F−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェ
ノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を
抗DNPまたは抗TNP−IgMで沈澱させて,10価のTNF−R
結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。」(段落【
0041】)
・ 「また,免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または
両方の可変部ドメインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不
変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。例
えば,キメラTNF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−TN
F−R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF−R/
ヒトγ 1 重鎖キメラ(TNF−R/Cγ −1)から作られる。2つのキ
メラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF−
Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。このようなTNF−R
の多価形態はTNFリガンドに対する結合親和性が増強される。この
種のキメラ抗体分子の構築に関する細部は,国際出願WO89/09
622および欧州特許第315062号に記載されている。」(段落
【0042】)
(4) 検討
ア 審決は,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」と本件発
明との前記「相違点2」について,本件特許明細書(甲6)の段落【00
13】・【0030】∼【0033】等を引用(6頁下4行∼8頁下9
行)した上,「…本発明の範囲内のTNF−R誘導体として記載されてい
るものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはTNF−R活性を有する
その断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性の形)
としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易に
するために標識となるTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量
の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ−
His,ペ プ チ ド Asp−Tyr− Lys− Asp−Asp− Asp−Asp− Lys等) を 付 加 す
る,あるいはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィ
ニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF−Rポリペプチドに
支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M−マレイミドベンゾイル
スクシンイミドエステル等)を付加するものである。そうすると,TNF
−Rポリペプチドと,232のアミノ酸からなり,TNF−Rポリペプチ
ドをコードタンパク質−Rポリペプチドと同程度の大きさであるヒト免疫
グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドとの複合体であって,
医薬の有効成分として機能するエタネルセプトが,上記の『本発明の範囲
内のTNF−R誘導体』として開示されているものということはできな
い。」(9頁16行∼下7行)と判断している。
イ しかしながら,審決の上記判断は,以下に述べる理由により,是認する
ことができない。
(ア) 本件特許請求の範囲「請求項1」は,前記第3,1(2)のとおりで
あって,ここでは,「TNF−Rタンパク質」について,審決が上記で
判断しているような「TNF−RタンパクまたはTNF−R活性を有す
るその断片ペプチドを所望の構造形態としたり,TNF−Rポリペプチ
ド自体の精製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF−
Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分を付加する,ある
いはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィニティ
精製用の結合剤として使用するために,TNF−Rポリペプチドに支持
体との架橋のための低分子量の化学成分を付加するもの」に限定する文
言はない。
(イ) また,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」段落【00
13】∼【0014】には,「定義」として,「…欠失変異体の特定指
示がない場合には,用語TNF−RはTNF−Rの生物学的活性を有す
る変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態のTNF−Rを意味す
る。」と記載されている上,審決が引用する段落【0030】∼【00
33】の記載は,その記載内容からすると,例示であることは明らかで
ある。
(ウ) さらに,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」段落【0
041】には,「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発
明の組成物および方法において有用である。」,「別の多価形態は,例
えば,TNF−Rを臨床的に許容しうる担体分子…の通常のカップリン
グ技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。」と
記載され,段落【0042】には,「免疫グロブリン分子重鎖および軽
鎖のいずれか一方または両方の可変部ドメインの代わりにTNF−R配
列を有しかつ未修飾不変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作
ることができる。」,「2つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後に,これら
の遺伝子産物は2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立
てる。」と記載されているから,本件発明には,臨床的に許容しうる担
体分子を含むTNF−Rタンパク質の二量体も含まれ,その担体分子と
して免疫グロブリン分子の未修飾不変部ドメインも含まれる。しかると
ころ,前記(2)のとおり,本件処分の対象となった物である「エタネル
セプト」は,「ヒトIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)
のヒト腫瘍壊死因子Ⅱ型受容体(TNFR−Ⅱ)の細胞外ドメインのサ
ブユニット二量体からなる糖タンパク質」であり,甲9(東京大学大学
院薬学系研究科教授 A作成の鑑定意見書)によれば,本件優先日当時
(平成元年9月5日,平成元年9月11日,平成元年10月13日,平
成2年5月10日),ヒトIgG 1のFc領域は,免疫グロブリン分子
の未修飾不変部ドメインに含まれるものであって,二量体を形成する役
割を担い,臨床的に許容しうる担体分子であることが広く知られていた
と認められることからすると,当業者(その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者)は,「エタネルセプト」について,前述
した相違点2において本件発明と相違するものと理解するとは解されな
い。
(エ) そうすると,審決の上記判断は是認することができず,「エタネル
セプト」は,相違点2において本件発明と相違するものということはで
きない。
ウ 被告の主張に対する補足的判断
(ア) 被告は,本件特許明細書(甲6)は,「蛋白および類縁体」の前半
(段落【0028】∼段落【0040】)にTNF−Rポリペプチドに
「化学成分」を付加したTNF−R誘導体について記載されており,T
NF−R誘導体とは別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の
後半(段落【0041】∼段落【0042】)にTNF−Rの多価形態
について記載されているところ,本件特許の請求項1の発明は,上記前
半の記載に基づくものであると主張するが,本件特許明細書(甲6)の
「発明の詳細な説明」では,段落【0028】∼段落【0040】と段
落【0041】∼段落【0042】は,「蛋白および類縁体」の表題の
下に連続して記載されており,段落【0041】にも「TNF−Rの1
価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有
用である。」と記載されている上,被告の主張を裏付ける技術常識が存
するとも認められないから,段落【0041】∼段落【0042】も,
本件発明に関する記載であるというべきである。
(イ) 次に,被告は,原特許出願の請求項13(乙1,9欄)は,163
個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF−Rポリペプ
チドとIgG 1分子の定常領域は別のもの,すなわち,「TNF−Rポ
リペプチド」はTNF−Rの多価形態を含まないものとの前提で記載さ
れている,と主張する。
しかし,原出願の明細書は,本件特許の明細書ではないのであるか
ら,それから直ちに本件発明について解釈することができるものではな
い。
また,原特許出願の特許公報(乙1)によれば,特許請求の範囲「請
求項1」には,163個のアミノ酸配列を有するTNF受容体(TNF
−R)ポリペプチドが記載されており,「請求項13」には,163個
のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF−Rポリペプチ
ドにIgG1分子の定常領域を機能的に結合させたものが記載されてい
るが,「請求項1」には,その「TNF−Rポリペプチド」に「163
個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF−Rポリペプ
チドにIgG 1分子の定常領域を機能的に結合させたもの」が含まれな
い旨の記載はない上,上記イ(イ)及び上記(ア)で述べたところは,原特
許出願についても当てはまるから,「請求項1」の「TNF−Rポリペ
プチド」に「163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性
TNF−RポリペプチドにIgG 1分子の定常領域を機能的に結合させ
たもの」が含まれないと解することはできない(この場合,「請求項
1」と「請求項13」とでは「TNF−Rポリペプチド」の意味が一見
異なることになるが,文言にとらわれることなく,発明の意義から理解
すべきである。)。したがって,本件発明についても「TNF−Rタン
パク質」にTNF−Rの多価形態を含まないと解することはできない。
(ウ) したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
3 結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 澁 谷 勝 海
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