平成20(ワ)652不正競争行為差止等
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裁判所 |
一部認容 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成21年3月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告A 原告木屋ガス・エナジー株式会社
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法令 |
不正競争
不正競争防止法2条1項14号3回 不正競争防止法4条2回
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キーワード |
侵害7回 損害賠償6回 差止3回
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主文 |
1 被告は,原告の顧客に対し 「原告は廃業した 「原告には工事担当の職員, 」がいない」旨を告知し,又は流布してはならない。
2 被告は,原告に対し,36万円及びこれに対する平成19年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決の第2項は,仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
本件は,LPガスの販売等を業とする会社である原告が,元従業員である被告に
対し,被告が,原告とLPガス供給契約を締結している顧客に対し,虚偽の事実を
告知流布し,それにより原告の顧客を他社とのLPガス供給契約に切り替えさせ,
原告に損害を与えた旨主張して,不正競争防止法2条1項14号,3条1項,4条
に基づき,上記虚偽事実の告知流布の差止めを求めるとともに,損害賠償金及びこ
れに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 |
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判決文
平成21年3月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成20年(ワ)第652号 不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成21年2月9日
判 決
千葉県銚子市<以下略>
原告 木屋ガス・エナジー株式会社
同訴訟代理人弁護士 柴崎栄一
同 山崎祐史
同 井上清彦
同 舘岡一夫
同 堂ノ本仁
同 山下紘司
同復代理人弁護士 袋尻篤司
千葉県銚子市<以下略>
被告 A
同訴訟代理人弁護士 大塚和成
同 西岡祐介
同復代理人弁護士 高谷裕介
主 文
1 被告は,原告の顧客に対し ,「原告は廃業した 」「原告には工事担当の職員
がいない」旨を告知し,又は流布してはならない。
2 被告は,原告に対し,36万円及びこれに対する平成19年10月1日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担
とする。
5 この判決の第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨
2 被告は,原告に対し,315万5309円及びこれに対する平成19年10
月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,LPガスの販売等を業とする会社である原告が,元従業員である被告に
対し,被告が,原告とLPガス供給契約を締結している顧客に対し,虚偽の事実を
告知流布し,それにより原告の顧客を他社とのLPガス供給契約に切り替えさせ,
原告に損害を与えた旨主張して,不正競争防止法2条1項14号,3条1項,4条
に基づき,上記虚偽事実の告知流布の差止めを求めるとともに,損害賠償金及びこ
れに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実
(1 ) 当事者等
ア 原告
原告は,LPガス等の燃料の販売等を業とする株式会社であるが,平成18年1
1月1日,株式会社サイサン(以下「サイサン」という。)に買収され,創業者のB
家の関係者は取締役等を退任し,サイサンの関係者が取締役等に就任した。
イ 被告
被告は,昭和38年4月1日から平成19年3月31日まで,原告の従業員とし
て,銚子市一帯の地域において,LPガスの販売等の営業をしていた。
ウ 日本瓦斯
日本瓦斯株式会社(以下「日本瓦斯」という。)は,LPガスの販売等を業とする
株式会社である。
(以上,争いのない事実)
(2 ) 被告の行為
被告は,原告を退社後間もなくのころから,原告勤務時に担当していた原告の顧
客に対して,LPガスの供給契約を原告から日本瓦斯に切り替えるよう勧誘した。
(争いのない事実)
(3 ) 本件仮処分
原告は,千葉地方裁判所八日市場支部に対し,被告を相手方として,虚偽事実の
告知等の停止を求める仮処分命令の申立てをし(同支部平成19年(ヨ)第26号),
同裁判所は,平成19年12月21日 ,「債務者(注 本訴における被告)は,債権
者(注 本訴における原告)の顧客に対し ,『債権者は廃業した 』『債権者には工事
担当の職員がいない』旨を告知し又は流布してはならない 。」との決定をした(甲
17。以下「本件仮処分」という。)。
(争いのない事実)
2 争点
(1 ) 争点1 虚偽事実の告知
ア 競争関係の存否
イ 虚偽事実の告知の有無
(2 ) 争点2 営業上の利益の侵害
(3 ) 争点3 損害賠償
ア 故意又は過失の有無
イ 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1 ) 虚偽事実の告知(争点1)
(原告の主張)
ア 競争関係の存否
(ア)a 原告と日本瓦斯とは,いずれもLPガスの一般消費者向け販売業務をし
ており,競争関係にある。
b 被告は,平成19年5月ころ,日本瓦斯との間で業務委託契約を締結し,
以後,日本瓦斯のためにLPガスの需要者を獲得する業務を遂行している。
(イ) 被告は,LPガスの需要者の獲得を志向しており,原告と需要者を共通に
する関係がある。
(ウ) したがって,原告と被告とは,不正競争防止法2条1項14号にいう競争
関係にある。
イ 虚偽事実の告知の有無
(ア) 被告の勧誘行為
被告は,以下のとおり,平成19年5月中ころから9月までの間,別紙損害額一
覧表№1∼29の原告の顧客(以下,各顧客は,№で表示する。)及び他の約40∼
50名の原告の顧客(C,Dを含む。)に対し,LPガスの供給契約を原告から日本
瓦斯に切り替えるよう勧誘した。
(イ) 本件告知行為
上記(ア)の勧誘に当たり,被告は,原告の顧客に対し,以下のa∼kのとおり告
知した(以下,これらの告知行為を「本件告知行為」という。)。
a 被告は,平成19年7月24日ころ,Eの自宅を訪れ,同人に対し,口頭
で,「木屋ガス(原告)はもうつぶれたよ 。」と述べた。
b 被告は ,同年8月1日ころ ,Fの自宅を訪れて ,同人に対し ,口頭で , 木
「
屋ガスが商売を止めて,営業していない 。」と述べた。
c 被告は ,同月初めころ ,Gの経営する食堂を訪れて ,同人に対し ,口頭で ,
「木屋ガスはもうつぶれたよ。木屋ガスという会社はもうないよ 。」と述べた。
d 被告は,同月3日ころ,Hの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木屋
ガスはもうつぶれたよ 。」と述べた。
e 被告は,同月7日ころ,Cの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木屋
ガスはもうつぶれたよ 。」と述べた。
f 被告は,同月8日ころ,Iの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木屋
ガスはもうつぶれたよ 。」と述べた。
g 被告は,同月中旬ころ,Jの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木屋
ガスは社長が交代したことで,前の会社ではなくなった 。」と述べた。
h 被告は,同月25日ころ,Kの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木
屋ガスは身売りしたので,もうすぐなくなる 。」と述べた。
i 被告は ,同年9月初めころ ,Lの自宅を訪れて ,同人に対し ,口頭で , 私
「
が1人で木屋ガスの工事を担当していたので,木屋ガスで,工事をやる社員はもう
だれもいないよ 。」と述べた。
j 被告は,同月7日ころ,Mの自宅を訪れて,同人に対し,口頭で ,「木屋
ガスはもうつぶれたよ 。」と述べた。
k 上記以外にも,被告は,他の原告の顧客方を訪れて,各顧客に対し,口頭
で,「木屋ガスはもうつぶれたよ 。」とか ,「木屋ガスで,工事をやる社員はもうだ
れもいないよ 。」などと述べた。
l 後記被告の主張イ(イ)c(風評)は否認する 。同d(1週間ルール)のうち ,a)
(
∼(c)は明らかに争わず,( d)は否認する。
(ウ) 営業上の信用を害する事実
a 上記(イ)gの「木屋ガスは社長が交代したことで,前の会社ではなくなっ
た。」との告知内容は,Jをして ,「原告がなくなった」との誤解を生じさせる事
実である。
b 上記(イ)のその余の告知内容は,被告知者をして,原告との間のLPガス
供給契約を継続することに懸念を抱かせるものであるから,原告の営業上の信用を
害するものである。
(エ) 虚偽
a 原告は,サイサンによる買収後も現在まで,LPガスの一般消費者向け販
売業務を遂行している(甲1)。
b 被告の退職後も,原告には,ガス工事を担当する職員が在籍している(甲
10∼13)。
c したがって,前記(イ)a∼kの告知内容は,虚偽の事実である。
(被告の主張)
ア 競争関係の存否
(ア)a 原告の主張ア(ア)aは認める。
b 同bのうち,業務委託契約の締結時期は否認し,その余は認める。同締結
時期は,平成19年7月1日である。
(イ) 同(イ)は明らかに争わない。
(ウ) 同(ウ)は否認する。
イ 虚偽事実の告知の有無
(ア) 被告の勧誘行為
原告の主張イ(ア)のうち,被告が,原告の顧客である№5,6及び8∼29並び
にC及びDに対して,LPガスの供給元を原告から日本瓦斯に切り替えるよう勧誘
したことは認め,その余は否認する。
(イ) 本件告知行為
a 認否
同(イ)は否認する。
b R食品(№1)
R食品(№1)が原告との契約を解約したのは平成19年5月中旬ころであり,被
告が日本瓦斯との間で業務委託契約を締結した同年7月よりも前であるから,被告
がR食品を勧誘したことはない。
c 風評
( a) 原告の営業区域では,被告が原告を退社する以前から,原告がつぶれた
という風評があった。
( b) そのため,被告が勧誘した際に ,「被告が原告を辞めた」と発言したの
を「原告が営業を止めた」と誤解したり,被告が原告以外の会社の営業員として勧
誘に来たこと自体から ,「原告が廃業した」と誤解した顧客がいた可能性がある。
d 1週間ルール
( a) 液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律施行規則16
条15号の2は ,「新たに一般消費者等に対し液化石油ガスを供給する場合におい
て,当該一般消費者等に液化石油ガスを供給する他の液化石油ガス販売事業者の所
有する供給設備が既に設置されているときは,一般消費者等から当該液化石油ガス
販売事業者に対して液化石油ガス販売契約の解除の申し出があってから相当期間が
経過するまでは,当該供給設備を撤去しないこと。ただし,当該供給設備を撤去す
ることについて当該液化石油ガス販売事業者の同意を得ているときは,この限りで
ない 。」と定め,経済産業省の通達は,上記「相当期間」について原則として1週
間と定めている。
( b) 上記規則による取扱いは,LPガス業界において,1週間ルールと呼ば
れている。1週間ルールの本来の目的は,消費者がガス業者を切り替える際に切替
後の業者による供給の準備ができていない段階で切替前の業者がガス設備を撤去し
てしまったり,切替後の業者が無断で切替前の業者の設置したガス設備を撤去して
しまうなどのトラブルを防止することにあるが,副次的に,切替前の業者がこの期
間を利用して,消費者に対して翻意するよう働きかけ,切替えを防止することがで
きるとの効果がある。
( c) 1週間ルールの存在により,顧客を勧誘する際に虚偽の事実を告知して
も,その直後に虚偽であることが露見し,虚偽の事実を告知した業者は消費者の信
頼を失い,今後の切替えが望めないという事態に陥る。特に,本件のように商圏の
狭い地域では,虚偽の事実を告知することによって顧客勧誘をしているという風評
が立てば,営業活動に生じる支障の程度は甚だしい。
( d) したがって,1週間ルールを十分認識していた被告が顧客を獲得するた
めに虚偽の事実を告知することは,到底あり得ないことである。
(ウ) 営業上の信用を害する事実
同(ウ)は否認する。
(エ) 虚偽
同(エ)は否認する。
(2 ) 営業上の利益の侵害(争点2)
(原告の主張)
本件告知行為により,原告は,信用を毀損され,顧客を喪失するなどの営業上の
利益を侵害された。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
(3 ) 損害賠償(争点3)
(原告の主張)
ア 故意又は過失の有無
被告は,原告の信用を毀損することを知りながら,又は,少なくとも過失により
これを知らないで,本件告知行為をした。
イ 損害額
(ア) 逸失利益 186万8463円
a 顧客の喪失
№1∼29の顧客29世帯(メータ数32個)が,平成19年5月から9月までの
間に,原告とのLPガスの供給契約を解約した。
b 因果関係
原告は,本件告知行為によって,上記aの顧客を喪失した。
c 損害額
( a) 原告が,平成18年4月から平成19年3月までの1年間,上記aの顧
客に対してLPガスを供給することで得た利益は,別紙損害額一覧表の利益欄記載
のとおり,合計568万6205円である。
( b) 原告は,本件告知行為がなければ,少なくとも1年間は上記顧客とのL
Pガスの供給契約を継続することができた。
( c) したがって,原告の逸失利益の額は,少なくとも568万6205円を
下らない。
d 一部請求
原告は,被告に対し,568万6205円の内金186万8463円の支払を求
める。
(イ) 無形損害 100万円
a 原告は,本件告知行為により,営業上の信用を毀損された。
b 原告は,そのため,以下の対策を取らなければならなかった。
( a) 原告は,男性従業員6名を2名1組にして,約1か月間,約120世帯
の顧客を訪問させて,各顧客に対し ,「A(被告)という木屋ガスの元従業員が八日
市場の日本瓦斯という同業者に行って,木屋ガスのお客さんのところを回っていま
す。Aは,木屋ガスがつぶれてなくなったと言って回っているようですが,木屋ガ
スは現在も一生懸命営業を続けています 。」と伝えた。
( b) 原告は,女性従業員2名に,約2週間の間,顧客に電話をかけさせて,
上記と同じことを伝えた。
c したがって,原告の被った無形損害は,100万円を下らない。
(ウ) 弁護士費用 28万6846円
a 委任
原告は,本件原告代理人弁護士に本件訴訟の提起及び追行を委任し,相当額の報
酬を支払うことを約した。
b 因果関係
このうち,被告の不正競争行為と相当因果関係を有する損害額は,28万684
6円である。
(186万8463円+100万円)×10%=28万6846円
(エ) まとめ
したがって,被告は,原告に対し,不正競争防止法4条に基づく損害賠償として
合計315万5309円及びこれに対する不正競争行為後の日である平成19年1
0月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務が
ある。
(被告の主張)
ア 故意又は過失の有無
原告の主張アは否認する。
イ 損害額
(ア) 逸失利益
a 顧客の喪失
同イ(ア)aのうち ,№5 ,6及び8∼29の顧客については認め ,その余は不知 。
b 因果関係
同bは否認する。
№5,6及び8∼29の顧客が日本瓦斯に切り替えたのは,日本瓦斯の方が料金
が安く,LPガスの管理を引き続き被告にしてもらいたかったためである。
c 損害額
同cは否認する。
(イ) 無形損害
同(イ)のうち,a及びcは否認し,bは不知。
(ウ) 弁護士費用
同(ウ)のうち,aは不知,bは否認する。
(エ) まとめ
同(エ)は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
前提事実及び証拠(甲1∼18,乙3∼5,証人L,証人N,被告本人(ただし,
後記採用しない部分を除く。))並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実を認める
ことができる。
(1 ) 被告が原告を退社するまでの経緯
ア 原告は,LPガス等の燃料の販売等を業とする株式会社であるが,平成18
年11月1日,サイサンに買収され,創業者のB家の関係者は取締役等を退任し,
サイサンの関係者が取締役等に就任した。
(前提事実(1)ア)
イ 被告は,昭和38年4月1日,19歳で原告に入社し,平成19年3月31
日に退社するまで,44年間,原告の従業員として,銚子市一帯の地域で,LPガ
スの販売先の勧誘,LPガスの配送,LPガス代金の集金並びにガス器具の交換・
修理等を行っていた。
被告は ,その大部分の期間は原告の正社員であったが ,嘱託契約(甲2 。以下「 本
件嘱託契約」という。)を締結して,平成18年8月21日以降は原告の嘱託社員
となった。本件嘱託契約における契約期間は,平成19年3月31日までであり,
同契約5条には,原告が,期限の30日前までに,被告に対する文書による意思表
示によって,同契約を更新することができるとの定めがあった。
(前提事実(1)イ,甲2,乙5,証人N,被告本人)
ウ(ア) 新しく原告の社長となったOは,平成19年3月7日ころ,従業員全員
に対して原告の今後等について話をした際,経営者が替わっても希望する者につい
ては嘱託契約を継続する旨を述べた。
被告は ,原告に対して ,同月初めころ ,嘱託契約の継続を希望する旨述べていた 。
(イ) しかし,原告は,被告に対して,その後も,本件嘱託契約5条に定める文
書による更新の意思表示を行わなかった。
(ウ) そのため,被告は,次第に,原告には本件嘱託契約を更新する意思がない
ものと思い込むようになり,歓送迎会が開かれた同月20日ころには,原告を退社
する意思を固めた。
(エ) 原告担当者は,本件嘱託契約の更新についての原告の態度について,被告
が不満を持っていることを知らないまま,同月下旬ころ,被告との間で,本件嘱託
契約を更新するための契約書を作成しようとした。しかし,被告は,これを拒み,
3月末をもって退社する旨の意思を表明した。
原告担当者は,被告に対して,退社しないよう慰留し,少なくとも引継ぎのため
に1か月程度は残ってくれるようお願いしたが,被告は,引継ぎの必要などないと
述べてこれらを拒み,同月31日をもって原告を退社した。
(甲18,乙6,7,証人N,被告本人,弁論の全趣旨)
(2 ) 被告の行為
ア 被告は,同年7月1日,原告と営業上の競争関係にあるLPガスの販売等を
業とする会社である日本瓦斯との間で,LPガス需要者との間の供給契約を1件獲
得するごとに一定額の報酬を得るという内容の業務委託契約を締結した。
被告が上記以前の日に,日本瓦斯との間で業務委託契約を締結したことを認める
に足りる証拠はない。
(乙5,被告本人)
イ 被告は,同年7月ころから9月ころまでの間,原告の従業員として働いてい
た時に担当していた銚子市一帯の原告の顧客約70世帯に対して,LPガスの供給
契約を原告から日本瓦斯に切り替えるよう勧誘した。
(前提事実(2),被告本人)
ウ このうち,日本瓦斯へ切り替える手続をした顧客は,№5,6及び8∼29
の顧客並びにC及びDの合計26世帯である。
その余の顧客は,いったん日本瓦斯に切り替えるための手続をしたものの,原告
から翻意を促されて最終的に切替えをしなかったか,そもそも切替えの手続をしな
かった。
(甲5∼9,18,証人L,証人N,被告本人,弁論の全趣旨)
エ 被告は ,上記イの勧誘をした際 ,F ,G ,K ,Lら数人の顧客に対して , 原
「
告はもうつぶれた 。 「原告は,もう営業していない 。 「原告は身売りしたので,
」 」
もうすぐなくなる 。 「被告が退職したので,原告には,工事を担当する社員はも
」
うだれもいない 。」と述べた。
(甲5∼9,18,証人L,証人N)
オ №1∼29の顧客に対して,被告が「原告は廃業した」等の虚偽の事実を告
知したことを認めるに足りる証拠はない。
(3 ) 原告の対策
ア 原告は,同年7月中旬ころ,切替えの通知をしてきた顧客を訪問した際に,
被告が「原告が廃業した 。 「原告には工事担当の職員がいない 。
」 」旨を述べて日本
瓦斯への切替えを勧誘していることを知った。
(甲18,証人N)
イ そこで,原告は,これ以上被害が拡大しないように,銚子市一帯の原告の顧
客のうち被告が勧誘しそうな顧客約120世帯に対して,原告の男性の従業員6名
が2名一組になって,約1か月かけて順次訪問し,さらに,原告の女性の従業員2
名が約2週間,電話をかけて,原告が廃業したことはなく,以前と変わりなく営業
している旨を伝えた。
(甲18,証人N)
ウ さらに ,原告は ,千葉地方裁判所八日市場支部に対し ,被告を相手方として ,
不正競争行為の停止を求める仮処分命令の申立て(同支部平成19年(ヨ)第26号)
をし,同裁判所は,平成19年12月21日 ,「債務者は,債権者の顧客に対し,
『債権者は廃業した 』『債権者には工事担当の職員がいない』旨を告知し又は流布
してはならない 。」との本件仮処分を発令した。
(前提事実(3),甲17)
(4 ) 事実認定についての補足説明
ア №1∼29の顧客に対する虚偽事実の告知の有無
(ア) 原告は,被告は№1∼29の顧客に対して ,「原告は廃業した 」「原告には
工事担当の職員がいない」旨告知したと主張し,証人Nの証言(同人の陳述書(甲1
8)を含む。以下,同じ。)中にはこれに沿う部分がある。
(イ) しかし,№1∼4及び7の顧客について,被告は,勧誘したこと自体を否
認し,本人尋問においてそれに沿う供述をしているところ,R食品(№1)について
の証人Nの証言は,R食品は「断れない人から頼まれた」と言っていたとか,S商
事から 被告はR食品にも行ったと言っていた 」
「 という曖昧な内容にすぎないこと ,
№2∼4及び7の顧客については,証人Nの証言中に具体的な証言はないことから
すると,証人Nの証言のみから原告の主張事実を認めることはできず,他にこの点
を認めるに足りる証拠はない。
(ウ) また,被告が№5,6及び8∼29の顧客を勧誘したことは,当事者間に
争いがない。
しかし,証人Nの証言自体が,被告が上記事実を告知したことをこれらの顧客に
確認していない,これらの顧客の中には被告が今後も修理等を行うと言うので申し
込んだ方も大勢いると思うというものである。さらに,証人Pの証言及び被告本人
尋問の結果中には ,虚偽事実の告知はしていないとの被告の主張に沿う部分があり ,
被告の主張に沿う上記顧客の陳述書(乙8の1∼9,8の11∼25,10)も提出
されている。以上によれば,狭い地域社会の中での事件であり,真実を知る証人の
協力が得られにくい種類の事案であることを考慮しても,証人Nの証言のみから,
被告が№5,6及び8∼29の顧客に対し ,「原告は廃業した」等の虚偽の事実を
告知したと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
(エ) したがって,№1∼29の顧客に対して,被告が「原告は廃業した」等の
虚偽の事実を告知した旨の原告の主張は理由がない。
イ その余の原告の顧客に対する虚偽事実の告知の有無
(ア) 被告は,証人Lの証言(陳述書(甲8)を含む。以下,同じ。)について,原
告から何らかの利益供与を受けて,あるいは原告に何らかの引け目を感じて,原告
に有利な虚偽の証言ないし記載をしたものであるとして,その信用性を否定し,さ
らに,Fの陳述書(甲5),弁護士清水貴行の報告書(甲6,7)及びKの陳述書(甲
9)についても,その信用性を争っている。
(イ) しかし,証人Lの証言は,真摯な態度でされたものであり,証言内容も明
確かつ合理的であって,同証言が原告から何らかの利益を受けてあるいは原告に何
らかの引け目を感じてされたものであることを裏付ける証拠は全くないから,その
信用性は極めて高いというべきである。また,甲5∼7及び9の陳述書等は,その
記載内容が具体的かつ合理的で,作成経緯に関する証人Nの証言等に照らしても十
分信用できるものである。さらに,前記1( 1)のとおり,被告は,サイサンによっ
て買収された後の原告に不満を持って退社するに至ったものであり,被告本人尋問
においても,買収された後の原告に対して義理も恩もない旨述べていることからす
ると,長年勤めた原告を退社して間もなく虚偽の事実を告知して原告の顧客を勧誘
したとしても不自然ではない。
(ウ) したがって,前記1( 2)エのとおり,被告は ,「原告が廃業した 」「原告に
は工事担当の職員がいない」旨を述べて F,G,K,Lら数人の顧客を勧誘した
ものと認めるのが相当である。
(エ) 上記認定に反する被告本人尋問の結果の一部は採用することはできず,被
告主張の風評や1週間ルールの存在も ,上記認定を左右するに足りるものではない 。
2 判断
(1 ) 争点1(虚偽事実の告知)について
ア 競争関係の存否
原告と日本瓦斯とがLPガスの一般消費者向けの販売業務をしており,競争関係
にあることは,当事者間に争いがない。
前記1( 2)アのとおり,被告は,原告と営業上の競争関係にある日本瓦斯との間
で,LPガス需要者との間の供給契約を1件獲得するごとに一定額の報酬を得ると
いう内容の業務委託契約を締結し,代理店類似の契約を締結したものであるから,
原告と被告との間にも,不正競争防止法2条1項14号の競争関係があると認めら
れる。
イ 虚偽事実の告知の有無
(ア) 前記1( 2)エのとおり,被告は,原告の従業員として担当していた顧客約7
0名のうち,少なくとも数人に対して ,「原告はもうつぶれた 。 「原告は,もう営
」
業していない 。 「原告は身売りしたので,もうすぐなくなる 。 「被告が退職した
」 」
ので,原告には,工事を担当する社員はもうだれもいない 。」と述べて勧誘行為を
行ったものであるが,これらの告知内容は,顧客をして,原告との間のLPガス供
給契約を継続することに懸念を抱かせるものと認められ,原告の営業上の信用を害
するものである。
(イ) 証拠(甲1,10∼13,証人N,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,
原告は,サイサンによる買収後も現在まで,LPガスの一般消費者向け販売業務を
遂行していること,及び被告の退職後も,原告には,ガス工事を担当する職員が在
籍していることが認められるから,上記告知内容は虚偽である。
(ウ) したがって,本件告知行為のうち前記1( 2)エで認定されたものは,不正競
争防止法2条1項14号の不正競争行為に該当する。
(エ) 原告は,被告がJに対して「木屋ガスは社長が交代したことで,前の会社
ではなくなった 。」と述べた行為(第2,3( 1)(原告の主張)イ(イ)g)についても,
虚偽の事実の告知である旨主張する。仮に,上記告知行為があったとしても ,「原
告は社長が交代した」ことは真実であり(前提事実( 1)ア) ,「前の会社ではなくな
った」という点も ,「社長が交代した」ことに基づく意見ないし評価を述べたもの
と認められるから,虚偽の事実を告知したものとは認められない。
(2 ) 争点2(営業上の利益の侵害)について
ア 本件告知行為のうち前記1( 2)エで認定されたものは,その告知内容自体か
ら,原告の信用を毀損し,顧客を喪失するおそれなどの営業上の利益を侵害したも
のと認められる。
イ なお,弁論の全趣旨によると,被告は,本件仮処分後,LPガスの営業活動
を差し控えているものの,今後もLPガスの営業活動を続ける意思があることが認
められる。そして,本件における被告の応訴態度その他本件に現れた事情を総合す
ると,被告が,今後LPガスの営業活動を再開すれば ,「原告が廃業した 」「原告
には工事担当の職員がいない」旨を述べて,LPガスの勧誘行為を行うおそれが残
っているものと認められる。
ウ したがって,原告の差止請求(請求第1項)は,理由がある。
(3 ) 争点3(損害賠償)について
ア 故意又は過失の有無
本件告知行為のうち前記1( 2)エで認定されたものを行って原告の営業上の利益
を侵害したことにつき,被告に故意があったことは明らかである。
イ 損害額
(ア) 逸失利益
前記1( 2)オのとおり,№1∼29の顧客に対して,被告が「原告は廃業した」
等の虚偽の事実を告知したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の逸失利益の主張は,その余の点について判断するまでもなく
理由がない。
(イ) 無形損害
a 前記( 2)のとおり,本件告知行為のうち前記1( 2)エで認定されたものは,原
告の信用を毀損し,顧客を喪失するおそれなどの営業上の利益を侵害したものであ
るところ,前記1( 3)のとおり,原告は,被害の拡大を防止するために,従業員を
動員して ,被告が勧誘行為を行いそうな顧客約120世帯に対して説明をするなど ,
通常の営業を上回る営業活動を行い ,かつ ,本件仮処分の発令を求めたものである 。
b その告知内容,告知先の数,原告が被害拡大の防止のために行わざるを得な
かった営業活動その他本件に現れた事情を総合考慮すれば,本件告知行為のうち前
記1( 2)エで認定されたものによりその営業上の信用を毀損されたことによる無形
損害の損害額を30万円と認めるのが相当である。
(ウ) 弁護士費用
a 訴訟委任
弁論の全趣旨によれば,原告は,原告代理人弁護士らに本件訴訟の提起及び追行
を委任し,相当額の報酬を支払う旨約したことが認められる。
b 因果関係
本件訴訟の内容,認容額,難易度その他一切の事情を考慮すれば,これらの弁護
士費用のうち,本件告知行為のうち前記1( 2)エで認定されたものと相当因果関係
を有する損害額を6万円と認めるのが相当である。
(エ) まとめ
以上によれば,原告の請求は,不正競争防止法4条に基づく損害賠償として36
万円及びこれに対する不正競争行為の後である平成19年10月1日から支払済み
まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は
理由がない。
3 結論
よって,原告の請求は,主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれらを
認容し,その余は理由がないから棄却し,仮執行宣言は主文第5項の限度で付する
こととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官
大 竹 優 子
裁判官
中 村 恭
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