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平成20(行ケ)10238審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成21年2月18日
事件種別 民事
当事者 被告アニマ株式会社荒船良男
原告株式会社ユニメック
対象物 平衡障害評価装置
法令 特許権
キーワード 審決24回
進歩性10回
無効5回
特許権2回
実施1回
無効審判1回
主文 1 特許庁が無効2007−800256号事件について平成20年5月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 本件は,原告が,被告を特許権者とする後記特許に係る発明の特許につき無効審 判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消し を求めた事案である。

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判決文

平成21年2月18日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10238号 審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日 平成21年1月21日
判 決
原 告 株式会社ユニメック
同訴訟代理人弁護士 赤 尾 直 人
同訴訟代理人弁理士 山 田 益 男
被 告 ア ニ マ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁理士 荒 船 博 司
荒 船 良 男
上 原 考 幸
主 文
1 特許庁が無効2007−800256号事件につい
て平成20年5月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告を特許権者とする後記特許に係る発明の特許につき無効審
判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消し
を求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は,発明の名称を「平衡障害評価装置」とする特許第2760471
号(平成6年3月11日出願〔特願平6−41592号〕。平成10年3月20日
設定登録。請求項の数1。以下「本件特許」という。
)の特許権者である(甲8)

(2) 原告は,平成19年11月15日付けで,被告を被請求人として,本件特
許を無効とすることを求めて審判の請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2007−800256号事件として審理した上,平
成20年5月20日,
「本件審判の請求は,成り立たない。
」との審決をし,その謄
本は,同月30日,原告に送達された。
2 発明の要旨
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下,同記載に係る発明を「本
件発明」という。)
「検出板に乗せられた被検体の各足にかかる荷重中心を連続的に検出して前記被
検体の重心位置を算出し,この重心位置を予め設定されたX−Y座標上の位置に変
換して重心位置の時間の経過に伴う軌跡を求め,この軌跡の全長である総軌跡長を
算出するとともに,当該軌跡によって形成された軌跡図形の最外周線の内側の面積
である外周面積を算出し,前記総軌跡長をL,外周面積をDとすると,
L/D値を算出することを特徴とする平衡障害評価装置。」
3 審決の理由
〔審決が用いた証拠は,次のとおりである。〕
甲1:長山郁生ほか6名「重心動揺検査における距離と面積の関係について」Equilibrium
Research Vol.46 No.3 日本平衡神経科学会(昭和62年9月発行)221∼227頁
甲2:稲村欣作「One Foot Test と重心図分析方法の再検討」姿勢研究第2巻第1号,財団
法人姿勢研究所(昭和57年4月発行)49∼57頁
甲3:内山靖ほか1名「平衡機能の運動生理と解析」理学療法のための運動生理第5巻第3
号,運動生理研究会編集発行(平成2年8月20日発行)127∼137頁
(1) 審決は,本件発明につき,甲1に実質的に記載された発明であるとも,甲
1∼3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと
もいえないとして,本件特許を無効とすることはできないとした。
(2) 審決が認定した甲1に記載された発明(以下「引用発明」という。)の要旨
「重心動揺計の検査台上に被検者を直立させ測定した身体動揺の出力をパーソナルコン
ピュータに入力し,距離(軌跡長)と矩形法に準じた面積(動揺面積)を算出する重心動
揺検査装置。(6頁12∼14行)

(3) 審決が認定した本件発明と引用発明の一致点及び相違点
ア 一致点
「検出板に乗せられた被検体の各足にかかる荷重中心を連続的に検出して前記被検体の重心
位置を算出し,この重心位置を予め設定されたX−Y座標上の位置に変換して重心位置の時間
の経過に伴う軌跡を求め,この軌跡の全長である総軌跡長を算出するとともに,動揺面積を算
出する平衡障害評価装置。(12頁8∼12行)

イ 相違点2(なお,相違点1については,原告主張の審決取消事由と関係しない。

「本件発明は,算出した総軌跡長L,外周面積Dから,L/D値を算出するのに対し,甲1
には,L/D値を算出することの記載はない点。(12頁19,20行)

第3 原告主張の審決取消事由の要点
引用発明と本件発明との相違点2につき,進歩性が裏付けられるとした審決の認
定判断には誤りがある。
次のとおり,本件発明は,甲1∼3との関係において進歩性を有しない。
1 甲1との関係について
(1) 審決は,甲1につき,次のa∼dのとおり説示する。
a 総軌跡長と重心動揺面積との関係に関する記載部分については,数学的には
正常者の場合,閉眼の場合には,L/D値≒定数であるが,末梢性めまい患者の場
合には,必ずしもL/D値≒定数とはならないと表現することが可能であるが,こ
のことから,直ちに,重心動揺検査装置における平衡障害の病態評価のためのパラ
メータとして,L/D値を算出することを意味しない。
b めまい患者における「①距離と面積が大きい場合,②面積が大きい場合(距
離は正常範囲か,わずかに増大している ),③距離が大きい場合(面積は正常範囲
か,わずかに増大している ),④距離と面積が正常の場合」の4段階(以下「段階
①」などという。)に関する記載(225頁右欄19行∼226頁左欄3行)は,
L/D値を平衡障害の病態評価のためのパラメータとすることを意味するものでは
なく,仮にL/D値を採用した場合には,段階①の「距離と面積が大きい場合」と,
段階④の「距離と面積が正常な場合」との区別が不可能とならざるを得ない。
c 甲1(221頁左欄15行∼右欄11行,226頁左欄7∼17行)によれ
ば,総軌跡長Lと重心動揺面積Dにつき,互いに独立した指標であって,重心動揺
検査の評価としては,双方を併記する必要があることを基本的趣旨としている。
d 上記a∼cを考慮するならば,甲1には,L/D値を算出することが実質的
に記載されているとみなすことができないばかりか,当該値を算出することは,当
業者といえども,容易に想到し得たものと評価することはできない。
(2) 甲1においては,「総軌跡長をL,動揺面積をDとした場合,健常者(正常
者)の場合には,前記L値とD値との場合には良好な相関関係にあり,L/D値は
概略一定であって,双方は比例的な関係を観察し得るも,末梢性めまい患者の場合
には,良好な相関関係及び比例関係を観察することができないような検査状況を実
現している」ことが明らかにされている(224頁右欄の「考察」における12∼
16行,図2∼9の各グラフ及び図10の重心動揺軌跡図)

甲1の上記比例関係の成否に関する記載は,一般的な技術的知見として,L/D
値の算出を行った場合,その数値が概略一定であるか,具体的には所定の数値範囲
であるか否かによって,正常者群のデータとめまい患者群のデータとが相違してい
ることを開示している。
(3) 上記(1)aについて検討するに,正常者において,特に閉眼の場合にL/D
値≒定数であるのに対し,末梢性めまい患者の場合には必ずしもL/D値≒定数に
ならないという客観的事実からは,甲1が作成され,かつ,発表される以前から,
診断上の総括としてL/D値の算定が行われたことを意味する。
このような場合,甲1及び3の個別のデータに即して,L/D値と正常者群及び
めまい患者等の平衡障害疾患患者との対応関係を明らかにすることは,当業者にお
いては,自然かつ当然の検討事項にすぎない。
甲1の著者は医師であって,既存の平衡障害評価装置(重心動揺検査装置)を使
用した場合の総軌跡長L及び重心動揺面積Dに関する測定結果並びに双方の測定デ
ータとの関係を分析して論ずべき立場にあるものの,効率的な重心動揺検査を実現
するために,新たなパラメータとして,L/D値を設定することのメリットを企図
し,平衡障害評価装置を改善するという当業者の立場に立って,技術上の創作を行
うべき立場にはない。このように,著者が平衡障害評価装置の製造販売という実施
に携わる当業者でないために,甲1には,L/D値を算出することまで記載されて
いない。しかしながら,L/D値≒定数の成否と正常者に該当するか又はめまい患
者に該当するかとの対応関係という過去における技術的知見の下に,甲1の測定デ
ータ(及び甲2,3の測定データ)に即するならば,平衡障害疾患患者に該当する
か否かを一挙に判別するという新たな機能を有する平衡障害評価装置を実現するた
めに,当業者においてL/D値の算出を行うことには何らの困難性が存在せず,か
えって重要かつ当然の検討課題に該当する以上,L/D値と正常者群及びめまい患
者等の平衡障害疾患患者との対応関係を明らかにすることは,甲1 及び甲2, )
( 3
によって十分示唆されている。
(4) 上記(1)bについて検討するに,甲1における正常者の場合とめまい患者の
場合とのL/D値の比例関係の成否に関する記載事項 224頁右欄12∼14行)

を前提とした場合には,前記4段階のうち,段階②及び③について,L/D値によ
って判別し得ることが十分示唆されている。
そればかりでなく,甲1の図8からは,めまい患者において,L/D値が正常者
と共通している場合には,基本的にめまい症状から解放されており,逆に正常者の
場合よりも低い数値の場合には,めまい症状があり,回復状態にはないことを開示
するか,又は明りょうに示唆している。
また,たとえ,前記(1)bでの指摘のように,L/D値の算出によって,段階①
と段階④とを異なる値として峻別できないとしても,段階①では,L/D値は次の
段階②において上昇し,段階③において下降するという変化を示すのに対し,めま
い患者が段階④に至っている場合には,その前の段階③からの変化を把握すること
により,段階①でなく,段階④であることを把握することが可能であって,上記数
値範囲の共通性は,何ら段階①と段階④との峻別が不可能であることを意味しない。
いずれにしても,上記数値範囲の共通をもって,L/D値が平衡障害を評価するパ
ラメータとして有用であることを否定することができるものではない。
甲1の図8に示すように,めまい患者において,特にめまい及び眼振の状況を呈
していない場合(○印によって示された場合)のほとんどは,L/D値において正
常者群の場合と共通の領域にあり,当該領域を外れたものは1患者のみとなってい
る。このような状況は,めまい患者において,L/D値が正常者群と共通している
場合には,症状においても相当の可能性及びがい然性を伴った状態にて正常者群と
共通していることを示すものにほかならない。このように,めまい患者についても,
L/D値が固有の判断資料を提供しており,技術的価値を有している。
(5) 上記(1)cにつき,甲1の基本的趣旨が総軌跡長Lと重心動揺面積Dとが基
本的に独立したパラメータであって,両者を併記する必要があることについては,
原告も否定するものではない。
しかし,そのことは,甲1の平衡障害評価装置において,L/D値の算出を行う
場合の技術的意義及び当該技術的意義に基づく前記算出の想到容易性を否定するこ
とにはならない。すなわち,正常者群とめまい患者群との数値上の相違,また,甲
1の図8に示すようなL/D値によって,めまい患者群固有の低い数値の領域に着
目し,L/D値の算出が当業者において容易に想到し得るという客観的事実まで否
定することは誤っている。
甲1は,正常者の場合につき,距離と面積の相関係数につき,開眼時においては
0.311,閉眼時においては0.451と算定しており,双方の相関関係を推察
し(222頁右欄5∼9行 ),双方が良好な相関関係にあるとの一般的見解を明ら
かにしている(224頁右欄「考察」。

甲1は,D値につき矩形面積を採用しているにもかかわらず,L/D値≒一定の
成否につき,相関の程度において正常な場合と末梢めまい疾患の場合とにおいて峻
別し得ることを明らかにしている。まして,甲3は,D値につき外周面積を採用す
ることによって図7のグラフのとおり,正常者及び平衡障害疾患患者のいずれの場
合においても高い相関関係を示しており,特に正常者の場合において顕著である。
このような外周面積に基づくD値を採用した場合のL値とD値との高い相関関係を
考慮した場合,上記(1)bの段階①∼④の臨床経過の把握,さらには,正常である
か,めまい症状疾患かの峻別につき,L/D値をパラメータとして採用する場合の
技術的意義につき,当業者が察知し,かつ,想到することができる。
(6) 上記(2)∼(5)のとおり,上記(1)のa∼dによって相違点2に関する本件発
明の進歩性の欠如を否定し得ず,前記dは誤っている。
2 甲2との関係について
(1) 審決は,甲2につき,次のとおり説示する。
a 表4(53頁)は,動揺面積と軌跡長との相関係数を示したものではない。
b パーキンソン氏病例に関する記載部分(54頁右欄11∼17行)は,直立
能力を定量評価する場合には,動揺面積と総軌跡長のいずれか一方で処理すること
ができるが,パーキンソン氏病例の場合には,双方が必要であることを示している
にすぎない。
c 正常人における直立能力定量評価のためには,重心動揺軌跡長と動揺位置と
を,主として使用することが望ましいことに関する記載部分(56頁左欄18∼2
9行)は,飽くまで正常人に関する結論を指摘しているにすぎず,平衡障害の病態
評価とは無関係である。
(2) しかし,本件発明の進歩性の存否と甲2との関係を論ずる場合には,甲1,
さらには,後記3のとおりの甲3において,L/D値を設定することの技術的意義
が開示又は明りょうに示唆されていることを前提とした上で,甲2のパーキンソン
氏病における重心動揺面積と総軌跡長に関する記載を評価しなければならない。
甲2は,片足を乗せた場合の重心図の分析方法について論ずるところ,表5のデ
ータに即して直立能力を定量評価する場合には,片足又は両足のいずれか1つにて
データ処理を行うことができることを明らかにした上で,「パーキンソン氏病例の
ように,動揺面積が正常値より小なるにもかかわらず,軌跡長が非常に長いという
ような特性を検出するためには,動揺面積と軌跡長が必要である。(54頁右欄1

3∼17行)と記載し,パーキンソン氏病につき,動揺面積が正常値より小さく,
総軌跡長が非常に長いが故に,動揺面積D及び総軌跡長Lの双方が必要である旨を
論ずる。
パーキンソン氏病例に関する甲2の記載は,甲1,さらには甲3の場合と同様に,
L/D値を設定した場合には,正常者群には見られないような高い数値を示すこと
を十分示唆している。このような場合,甲2の上記記載部分は,当業者をして,パ
ーキンソン氏病の可能性を一挙に示し得るパラメータとして,L/D値を設定する
ことが重要かつ当然の検討課題であって,当該設定の想到容易性を裏付けるものと
いえる。
(3) したがって,審決の上記(1)a∼cに係る説示は,相違点2に関する客観的
評価に関する考察を欠落しており,失当である。
3 甲3との関係について
(1) 審決は,甲3につき,次のとおり説示する。
a 図7(132頁)に関する総軌跡長と重心動揺面積との間の高い相関に関す
る記載は,数学的には「L/D値≒定数」という関係が示されているものと解され
るが,前記定数が正常者(健常者)と平衡障害疾患患者とで異なることは記載され
ていない。
b 平衡障害の病態評価のためのパラメータとして,「L/D値」を算出するこ
とについては,記載も示唆もされていない。
(2) しかし,図7のグラフは,平衡障害疾患患者の場合には,L/D値につき,
正常者群よりも明らかに低い数値範囲が存在しており,結局,双方のL/D値の数
値範囲の相違を開示しているか,又は少なくとも明りょうに示唆している。
したがって,上記(1)aのうちの後半部分は,誤っている。
(3) また,上記(1)bについてみるに,上記のようなL/D値の技術的趣旨が存
在することに着目した場合には,必然的に平衡障害疾患患者の可能性を示す1個の
パラメータとしてL/D値を採用することの有用性は当業者において容易に察知さ
れ,しかも,前記採用は,重要かつ当然の検討課題である以上,このbのとおりの
形式論は成立し得ない。
したがって,審決の上記(1)bの説示は誤っている。
4 甲1に記載されているL/D値に関する一般的知見を前提とした場合,甲1
及び3の個別データに即して,正常者の場合とめまい患者等の平衡障害疾患患者の
場合において,どのような相違が確認され得るかは,当業者にとっては当然確認し
得る事項であり,そこには何らの困難性が存在しない。
また,甲1∼3は,平衡障害疾患患者においては,正常者群には見られないよう
なL/D値を示し得ること,具体的には,めまい患者の場合には正常者群の場合よ
りも明らかに低いL/D値を示し,パーキンソン氏病の場合には明らかに高いL/
D値を示すことを明りょうに示唆している以上,当業者においては,L/D値とい
う新たなパラメータの採用によって,平衡障害疾患の該当性,さらにはその峻別を
行うことは,重要かつ当然の検討課題であり,容易に想到し得るところであって,
甲1∼3は,L/D値の算出を十分示唆している。
5 以上のとおり,本件発明が甲1∼3との関係において進歩性が存在するとの
審決は誤っている。
第4 被告の反論の要点
1 本件発明出願時の技術水準
(1) 甲1の図2∼10及び本文中の記載は,距離の値,面積の値を表記する
方法によっており,また,図2∼9においては,距離を横軸,面積を縦軸にした
グラフ表示が採用されている。そして,甲1には ,「重心動揺検査の分析にあた
っては,・・・検査項目としては,動揺面積と軌跡長とによって評価する方法が
最も一般的に行われている 。 (221頁左欄15行∼右欄2行 ) 「そこで動揺
」 ,
面積(以下面積と略す)と軌跡長(以下距離と略す)との関係について検討し
たところ,前者が大きい場合は『めまい感』を訴える患者が多いという結果を
得,後者が大きい場合は立ち直り機構が亢進しているのではないかと推察した 」
(221頁右欄6∼10行 ) 「以上の考えにしたがうと,面積と距離は,姿勢

制御において,互いに異なる作用機序を計測しているのではないかと推測され
る 。 (225頁右欄4∼6行 ) 「距離と面積は独立した指標と思われる 」
」 , (同
頁右欄15∼16行 ) 「Kaga らは・・・長期観察の場合は距離を指標とするほ

うが適当であると述べている 」(同頁右欄24行∼226頁左欄1行 ) 「まと

め」として「4.距離と面積の指標は互いに独立したものであると考えられる
ので,重心動揺検査には両者を併記することが必要であると思われた 。 (同頁

左欄15∼17行)と記載されており,甲1における平衡障害評価は,距離及
び面積の双方を使う方法又は距離を使う方法に始終している。
(2) 甲2には ,「ここでは,動揺面積と軌跡長および片足立ち増減率の因子
は抽出されず,互いに独立ではなかった。したがって直立能力を定量評価する
場合には ,いずれかひとつですますことができる 。これまでの結果からみれば ,
軌跡長を使用する方がよいと考えられる。ただし,山内(1977)のパーキ
ンソン氏病例のように,動揺面積が正常値より小なるにもかかわらず,軌跡長
が非常に長いというような特性を検出するためには,動揺面積と軌跡長が必要
である 。 (54頁右欄8∼17行 ) 「結論」として ,
」 , 「直立能力定量評価のた
めには,重心動揺軌跡長と動揺位置を主として使用することが望ましい 。 (5

6頁左欄24∼26行)と記載されており,甲1及び2を総合すると,距離及
び面積のうち双方又は一方を使う方法に始終している。
(3) 甲3の図7は,距離対面積のグラフであり,また,甲3の図6として
面積のみを扱うグラフがある。
(4) 以上のとおり,甲1∼3は,距離及び面積のうち双方又は一方を使う
方法に始終しており,本件出願前の動揺面積及び軌跡長に関する研究による本
件出願時の平衡障害評価の技術水準は,動揺面積及び軌跡長のうち双方又は一
方を採用し ,双方を採用する場合は ,双方から 1 つの数値を算出することなく ,
それぞれを使うという範ちゅうにあると認められる。
2 本件発明の技術的意義
これに対し ,本件発明は ,重心動揺検査を行う平衡障害評価装置であって, 総

軌跡長をL,外周面積をDとすると,L/D値を算出する」という独自の構成を有
している。
L/D値(単位面積軌跡長)を算出する平衡障害評価装置という本件発明の技術
的意義は,平衡障害評価に有効なL/D値を重心動揺検査に伴って算出し提供する
ところにある。次の(1)∼(4)のとおり,L/D値が平衡障害評価に有効であること
は,本件明細書及び図面(甲8。以下「本件明細書等」という 。)に当業者が認識
できるように記載されている。
(1) 本件出願図3∼7に健常者のL/D値の測定結果が示されている。
また,【0021】及び図9には,32歳,男子,左メニエール病をもつ症例に
ついて記載されており,「単位面積軌跡長は1.5 cm と短く」と評価している。図
3によれば,32歳,男子の健常者のL/D値は,平均値約6.5で3.0∼9.
0の範囲に分布が見られる。これに対し,前記症例のL/D値1.5は短い。
以上で取り上げた例のとおり,L/D値を,平衡障害評価に使用することができ
ること,平衡機能の正常・異常の判別,その程度の評価に使用することができるこ
とは,本件明細書等に記載されている。
さらに,【0022】∼【0028】に他の平衡障害評価例が記載されている。
さらにまた,【0029】に「・・・単位面積軌跡長であるL/D値を算出し,
この値によって前記被検体の平衡障害の病態を評価することによって,直立動揺の
病態を詳細に把握することができる 。」と記載されているように,L/D値を用い
ることにより,直立動揺の病態の把握を助けるという意義があることは,本件明細
書等に記載されている。
(2) 【0030】に「なお,病巣診断,病態診断を意図した重心動揺検査にお
いては,前記単位面積軌跡長の他に,重心動揺の型,外周面積,動揺中心の偏倚(閉
眼,左右),ロンベルグ率等を総合的に評価す(る)ことが必要である。」と記載さ
れているように,L/D値を加えることによって,病巣診断,病態診断を助けると
いう意義があることは,本件明細書等に記載されている。
また,L/D値によれば,その値が大きければ重心動揺が密で細かく,その値が
小さければ重心動揺が疎で粗い様子をとらえることから,重心動揺の微細さをとら
えており,重心動揺の微細さを簡易にとらえることができるという意義がある。重
心動揺の微細さをとらえるということは,微細な姿勢制御の結果の一端をとらえて
いるから,姿勢制御の微細さを間接的にとらえていることになる。
さらに,L/D値によれば,開眼と閉眼で差が少ないこと,重心動揺の微細さを
とらえることから,特定の直立制御系の働きを評価できるという意義がある。
(3) 本件出願時の公知の知識として,直立制御系は,視覚系,迷路系,脊髄固
有反射系及び外受容性反射系(脊髄固有反射系制御,外受容性反射系制御は,本件
明細書にいう「自己受容性制御」に相当する 。)とこれらを制御する中枢神経系か
ら構成され,直立維持に働く主なる姿勢反射としては,視覚系は視性立ち直り反射
として姿勢制御に寄与し,迷路系は迷路性立ち直り反射,緊張性迷路反射,脊髄固
有反射としては伸張反射が知られている。
したがって,L/D値によれば,開眼と閉眼で差が少ないことから,主に視覚系
でない直立制御系の働きを評価でき,また,活動の潜時の短い反射が主に微細な制
御に働くことから,より限定すれば,迷路系ではなく,脊髄固有反射系,外受容性
反射系の制御の働きを一定の妥当性をもって評価できるという意義がある。重心動
揺の微細さをとらえ,これに関係する自己受容性制御の評価パラメータとできるこ
とは,本件明細書に記載されている。
(4) 以上のとおり,本件発明の平衡障害評価装置は,重心動揺検査に伴って平
衡障害評価に有効なL/D値を算出し提供するという技術的意義を有している。
3 本件発明の進歩性
(1) 上記1のとおり,当業者が認識できる本件出願時の技術水準は,動揺
面積及び軌跡長のうちの双方又は一方を採用し,双方を採用する場合は双方か
ら 1 つの数値を算出することもなくそれぞれを使うという範ちゅうにとどまる
から ,「L/D値を算出する」という独自の構成を有し,これにより平衡障害評価
の技術水準を前進させた本件発明を当業者が容易に発明することができたとは認め
られない。
(2) 甲1∼3における本件発明に対する示唆の不存在
次に,引用文献中の記載が,本件発明に対する示唆になるか否かを検討する。
ア 甲1の記載について(その1)
甲1には ,「60秒間の検査時間内においては,距離と面積は比例的な関係にあ
り,両者はよく相関すると考えられる。正常者においては,特に閉眼の場合,両者
はよく相関するということができるが,末梢性めまい患者群においては必ずしもこ
の関係はあてはまらない。(224頁右欄12∼16行)との記載がある。

このうちの「距離と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関する」とは,距
離と面積の相関(正の相関)が強いということを述べるにすぎず,上記記載は,図
4∼9に書き出されたデータに対して,LとDの相関に着目し,その強弱を指摘す
るものであって,相関とは異なる概念のL/D値を示唆しているものでなく,L/
D値が所定の範囲であるか否かによって正常者群と患者群とが相違していることの
示唆には及ばない。
したがって,甲1の上記記載は,本件発明に対する示唆になっておらず,本件発
明の進歩性不存在は論理付けられない。
イ 甲1の記載について(その2)
甲1には ,「めまい患者の臨床経過を重心動揺検査所見でみた場合,1.距離と
面積が大きい場合,2.面積が大きい場合(距離は正常範囲か,わずかに増大して
いる),3.距離が大きい場合(面積は正常範囲か,わずかに増大している)4.
距離と面積が正常の場合,の4つの段階が考えられる。(225頁右欄19∼24

行)との記載がある。
原告は,上記記載につき,「段階②及び③について,L/D値によって判別し得
ることが十分示唆されている」と主張する。
しかし,L/D値が小さいという現象を読み取っても,段階②に当たるのか,こ
れとは別の「面積が略正常で距離が小さい事象」に当たるのかが分からず,L/D
値によって,段階②の状況を判断することができない。また,L/D値が大きいと
いう現象を読み取っても,段階③に当たるのか,「距離が略正常で面積が小さい事
象」に当たるのかが分からず,L/D値によって,段階③の状況を判断することが
できない。
L/D値は,L,Dの相対的大小関係(比率)を示す情報であり,L/D値から
は,L,Dの各値は分からないのであるから,L,Dの各値と各正常値との大小関
係で判別する甲1の方法を,L/D値で実行することはできない。
したがって,甲1の上記記載は,L/D値によって,段階②及び③の状況を判断
し得ることを示唆せず,本件発明に対する示唆はない。
ウ 甲2の記載について
甲2には ,「パーキンソン氏病例のように,動揺面積が正常値より小なるにもか
かわらず,軌跡長が非常に長いというような特性を検出するためには,動揺面積と
軌跡長が必要である」(54頁右欄13∼17行)との記載がある。
原告は,上記記載を根拠に ,「パーキンソン氏病の可能性を一挙に示し得るパラ
メータとして,L/D値を設定することが重要かつ当然の検討課題であって,当該
設定の想到容易性を裏付ける」と主張する。
しかし,動揺面積Dが正常でも軌跡長Lがパーキンソン氏病例の場合のLを超え
るような大きさの場合,Dが正常より大きくてもLが更に大きい場合には,L/D
は高い数字を示すことになるものであり,L/Dが正常値より高いことをもって,
パーキンソン氏病例の場合を判断することはできない。
L/D値は,L,Dの相対的大小関係(比率)を示す情報であり,L/D値から
はL,Dの各値は分からないのであるから,L,Dの各値と正常値との大小関係で
判別する甲2の方法をL/D値で実行することはできない。
したがって,甲2の上記記載は,パーキンソン氏病例の場合を正常者群の場合よ
りも高いL/D値によって判断し得ることを示唆せず,本件発明に対する示唆には
なっておらず,本件発明の進歩性不存在は論理付けられない。
エ 甲3の記載について
甲3には,「軌跡長と動揺面積に図7のように高い相関が観察される」(132頁
左欄6,7行)及び図7「坐位重心動揺の軌跡長と動揺面積の関係」の記載がある。
しかし,これらの記載は,相関の強さを述べるものであって,上記アと同じく,
L/D値を示唆するものではなく,本件発明の進歩性不存在は論理付けられない。
オ 以上のとおり,甲1∼3には,本件発明に対する示唆は認められず,本
件発明を当業者が容易に発明することができたとは認められない。
甲1の図5∼9及び甲3の図7に,正常者群及び患者群の距離対面積のグラフ
が表示されている。本件発明を知っている者であれば ,これらのグラフについて,
患者群の一部の(距離/面積)値が正常者群のそれと相違していることを確認し,
これを診断手法として利用できることを確認することは容易であるものの,当のこ
れらのグラフを掲載する甲1及び3の発表者である研究者らが ,(距離/面積)値
を用いた特徴認識をせず,相関の強弱しか指摘できず,診断手法としては距離及
び面積の双方を採用し,その双方から 1 つの数値を算出することもなく,それ
ぞれを使うという手法にとどまっていることからすれば,本件出願当時,当業
者といえども本件発明に容易に想到し得たものではないとした審決の判断に誤
りはない。
第5 当裁判所の判断
1 甲1との関係について
(1) 審決は,『距離と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関する』とい

うことは,数学的には『 距離/面積)値≒定数』と表現できるので,この記載は,

『(距離/面積)値≒定数》と考えられる。正常者においては,とくに閉眼の場合

は《 距離/面積)値≒定数》であり,末梢性めまい患者群の場合は必ずしも《 距
( (
離/面積)値≒定数》とはならない』と言い替えることはできる。しかしながら,
このことが直ちに,甲1に記載された『重心動揺検査装置』が,平衡障害の病態評
価のためのパラメータとして『 距離/面積)値』を算出することを意味するもの

ではない。(14頁17∼24行)とする。

この点につき,以下,検討する。
(2) 甲1の記載等
甲1は,長山郁生ほか6名「重心動揺検査における距離と面積の関係について」
Equilibrium Research Vol.46 No.3 日本平衡神経科学会(昭和62年9月発行)2
21∼227頁の論文であり,その記載をみると,次のとおりである。
ア はじめに
「重心動揺検査の分析にあたっては,コンピューターの使用が不可欠であり,分析項目も多
岐にわたっているが,検査項目としては,動揺面積と軌跡長とによって評価する方法が最も一
般的に行われている。ところで著者らは,重心動揺軌跡図において,動揺範囲が大きいにも関
わらず軌跡長の小さい場合や,その反対に動揺範囲が小さいにも関わらず軌跡長の大きい場合
があることに気づき,疑問を持った。そこで動揺面積(以下面積と略す)と軌跡長(以下距離
と略す)との関係について検討したところ,前者が大きい場合は『めまい感』を訴える患者に
多いという結果を得,後者が大きい場合は立ち直り機構が亢進しているのではないかと推察し
たので報告する。(221頁左欄15行∼右欄11行)とする。

上記によれば,①重心動揺検査の最も一般的に行われている検査項目として,動
揺面積と軌跡長とによって評価する方法があったこと,②著者らは,重心動揺軌跡
図において,動揺範囲が大きいにもかかわらず軌跡長の小さい場合,その反対に,
動揺範囲が小さいにもかかわらず軌跡長の大きい場合があることに気付き,疑問を
持ち,これが甲1論文のきっかけとなったこと,③そして,動揺面積と軌跡長との
関係について検討したところ,動揺面積が大きい場合は「めまい感」を訴える患者
に多く,軌跡長が大きい場合は立ち直り機構が亢進しているのではないかと推察さ
れたことが記載されていると認められる。
イ 対象
「神経耳科的疾患を有さない健康成人30名を選び正常者群とした 。・・・対象となるめま
い患者群は当科を受診し,末梢性めまいと診断されためまい患者31名である 。(221頁右

欄13行∼222頁左欄1行)。
ウ 検査方法
「重心動揺計の検査台上に被検者を直立させ身体動揺を測定した。検査条件は,直立閉足位
とし,開眼,閉眼について測定を行ない,測定時間は各々,60秒間とした。(222頁左欄

6∼8行)。
エ 結果
(ア) 正常者群の測定結果は,開眼時につき図2,閉眼時につき図3,閉眼開眼
差は図4である。
「開眼時における距離と面積の相関係数は0.311(p<0.10)であり,閉眼時の場
合は0.451(p<0.05)であった。したがって,距離と面積の間には相関関係がある
と推察される。(222頁右欄5∼9行)
」 。
(イ) めまい患者群の測定結果は,開眼時につき図5,閉眼時につき図6,閉眼
開眼差は図7である。
「点線の楕円はいずれの場合も,正常者群の棄却楕円を示している。開眼(図5)において,
正常者群と比べた場合,距離と面積の増大するもの2例,面積のみ増大するもの12例,距離
のみ増大するもの3例である。閉眼(図6)において,距離と面積の増大するもの15例,面
積のみ増大するもの6例,距離のみ増大するもの2例である 。 (223頁左欄7∼13行)
」 。
また,めまい患者群の閉眼開眼差の結果(図7)によれば ,「距離と面積の増大するもの1
0例,面積のみ増大するもの1例,距離のみ増大するもの11例であり,閉眼によって距離の
増大をきたしやすいことを示している。(223頁左欄15∼18行)
」 。
(ウ) 「ついで,めまい患者群における重心動揺検査成績が,患者の臨床症状とどのように
一致しているかを調べた。重心動揺検査時における患者の臨床症状を,自覚的所見としてめま
い(又はめまい感)の有無,他覚的所見として眼振の有無,について記載することとする。め
まい患者群はこの2つの項目の組合せによって,(めまい有,眼振有 )(めまい有,眼振無)
, ,
(めまい無,眼振有) (めまい無,眼振無)に分類することができる。これらを順に1群,2

群,3群,4群と呼ぶことにする。図8は,めまい患者群の閉眼時の重心動揺検査成績に,そ
の検査日の臨床所見を上記分類にしたがって,記号を用いて併記したものである。点線の楕円
は正常者群の棄却楕円を示している。1群は5例であり,4例は距離,面積ともに増大し,1
例は面積のみの増大を認めた。2群は4例であり,4例ともに距離,面積の増大を認めた。3
群は6例であるが,1例に面積のみの増大,他の1例に距離のみの増大がみられ,残る4例は
正常範囲であった。4群は16例であるが,距離面積ともに増大するもの7例,距離のみ増大
するもの1例,面積のみ増大するもの4例,正常範囲のもの4例であった 。(223頁左欄1

9行∼224頁左欄4行)。
上記によれば,自覚的所見としてめまい(又はめまい感)を有する患者(1群,
2群)は,動揺面積が大きいこと,が記載されていると認められる。
オ 考察
「重心動揺検査における軌跡長は,検査時間とともに増大すると考えられるが,動揺面積に
ついては,時間とともに指数関数的に増大し,約60秒間で一定量の大きさに達した後は,わ
ずかしか増大がみられないといわれる。したがって,60秒間の検査時間内においては,距離
と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関すると考えられる。正常者においては,とくに
閉眼の場合,両者はよく相関するということができるが,末梢性めまい患者群においては必ず
しもこの関係はあてはまらない。図10にこのような症例を呈示した。図10において,上図
は,距離はほぼ同じであるが面積が異なる場合であり,下図は,面積はほぼ同じであるが距離
の異なる場合を示している。(224頁右欄8∼20行)

「今回の検討では,めまい(又はめまい感)を有する患者群の閉眼時に,面積の増大をきた
しやすいという結果が得られた。10図にみるような面積が解離する場合は,被検者がめまい
(又はめまい感)を有することによって生じたものと考えられる 。(224頁右欄21∼25

行)
「つぎに,10図の下図にみられる,距離の解離について考えてみたい。図の左方は右方に
比べて距離が延長している例であるが,この図からは一見して支持足の踏み換えが頻繁に起こ
っているのではないかと推察される。つまり,支持足を右,左と頻繁に踏み換えたことによっ
て,細かな揺れが数多く記録された結果,距離が増大するのではないかと考えられる。めまい
患者群の閉眼の成績(図8)をみると,正常者群の棄却楕円に比較して,面積は正常範囲内に
ありながら距離の増大する症例が2例みられるが,この2例は距離の解離を示す代表的な例と
いうことができる。(224頁右欄26行∼225頁右欄3行)

「距離と面積については,別々に報告されることが多く,両者の関連性についての報告は少
ない。Norré らは,距離と面積の解離について例示したが,その成因については言及していな
い。近年,RMS(root mean square)を用いて表示する場合が多くみられるが,この表示は
面積の考え方に近く,これのみで重心動揺検査全体の成績を代表することは困難であり,距離
と面積は独立した指標であると思われるので,Black らの表示するように,距離の考え方を何
らかの方法で併記することが妥当であると考える。(225頁右欄9∼18行)

「めまい患者の臨床経過を重心動揺検査所見でみた場合,1.距離と面積が大きい場合,2.
面積が大きい場合(距離は正常範囲か,わずかに増大している ),3.距離が大きい場合(面
積は正常範囲か,わずかに増大している) 4.距離と面積が正常の場合,の4つの段階が考
えられる。Kaga らは labyrinthectomy 後に重心動揺検査を行い,面積の増大は早期に消失する
ため,長期観察の場合は距離を指標とするほうが適当であると述べているが,この報告は1,
2の段階は早期に出現し,その後は3の段階が長く続くことを示しており,著者らの分類に合
致している。(225頁右欄19行∼226頁左欄3行)

上記によれば,正常者においては,特に閉眼の場合,60秒間の検査時間内にお
いて,距離と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関すること,他方,正常者
群に比較して,末梢性めまい患者群においては,このような関係は必ずしも当ては
まらないことが記載されていると認められる。
カ まとめ
「1.面積の増大は,めまい(又はめまい感)を反映していると考えられた。 / 2.距
離の増大は,足の踏み換えの増加がその一因であると推察された。 / 3.重心動揺検査成
績を,距離と面積の大きさによって4段階に分類し,面積の解離は2,距離の解離は3の段階
に生ずるものと考えた。 / 4.距離と面積の指標は互いに独立したものであると考えられ
るので,重心動揺検査の評価には両者を併記する必要があると思われた。(226頁左欄8∼

17行)
(3) 上記(2)の甲1の記載内容,殊に上記(2)オ「考察」欄及び図3等を参照す
ると,正常者群については,距離と面積が比例的な関係にあることが記載されてい
ると認められる。そして,これは,数学的には, L(距離)≒k(定数)×D(面

積)」と表されることになるところ,「k≒L/D」であるから,すなわち,
「距離と
面積の比(L/D値)がほぼ一定」ということが,実質的に記載されていると認め
られる。
また,上記(2)の甲1の記載内容,殊に上記(2)オ「考察」欄及び図6等を参照す
ると,めまい患者群については,距離と面積が必ずしも比例的な関係にないことが
記載されていると認められ,すなわち,「距離と面積の比(L/D値)が一定でな
い」ということが,実質的に記載されていると認められる。
そして,甲1には,距離と面積との関係を診断の指標として用いることまでは記
載されていないが,上記のとおり,正常者群とめまい患者群とでは,距離と面積に
ついての比例的な違いがあるという情報が記載されている場合,この記載に基づい
て,この「L/D値」を診断に使うことに想到することは,当業者においては容易
であると認めることができる。
なお,上記(2)カのとおり,甲1の「まとめ」欄には,
「4.距離と面積の指標は
互いに独立したものであると考えられるので,重心動揺検査の評価には両者を併記
する必要があると思われた 。」との記載があるが,これは,距離と面積の2つの指
標を用いることにし,2つの指標が互いに独立していることから,片方だけではな
く,両方の指標を併記する必要があることを記載したものであって,2つの指標か
ら求めた「L/D値」については,直接言及するものではない。しかしながら,こ
のような直接の言及がないとしても,上記のとおり,甲1に接した当業者であれば,
甲1の記載に基づき,算出した軌跡長L,動揺面積Dから ,「L/D値」を算出す
る構成を付加することは,容易に想到できることと認められる。
(4) 被告は,甲1の「60秒間の検査時間内においては,距離と面積は比例的
な関係にあり,両者はよく相関すると考えられる。正常者においては,特に閉眼の
場合,両者はよく相関するということができるが,末梢性めまい患者群においては
必ずしもこの関係はあてはまらない。(224頁右欄12∼16行)との記載につ

き, このうちの『距離と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関する』とは,

距離と面積の相関(正の相関)が強いということを述べるにすぎず,上記記載は,
図4∼9に書き出されたデータに対して,LとDの相関に着目し,その強弱を指摘
するものであって,相関とは異なる概念のL/D値を示唆しているものでなく,L
/D値が所定の範囲であるか否かによって正常者群と患者群とが相違していること
の示唆には及ばない。」と主張する。
しかしながら,甲1の上記「距離と面積は比例的な関係にあり,両者はよく相関
する」との記載は,正常者群とめまい患者群との測定データにおける距離と面積と
の比例的な関係及び相関的な関係の強弱について並列的に記載したものであるとこ
ろ,上記のとおり,距離と面積の比例的な関係については「L/D」値につき,ま
さに正常者群と患者群とが相違していることが実質的に記載されているといえ,被
告の上記主張は採用できない。
(5) 被告は,甲1の「めまい患者の臨床経過を重心動揺検査所見でみた場合,
1.距離と面積が大きい場合,2.面積が大きい場合(距離は正常範囲か,わずか
に増大している),3.距離が大きい場合(面積は正常範囲か,わずかに増大して
いる)4.距離と面積が正常の場合,の4つの段階が考えられる。(225頁右欄

19∼24行)との記載につき ,「L/D値が小さいという現象を読み取っても,
段階②(面積が大きい場合〔距離は正常範囲か,わずかに増大している 〕)に当た
るのか,これとは別の『面積が略正常で距離が小さい事象』に当たるのかが分から
ず,L/D値によって,段階②の状況を判断することができない。また,L/D値
が大きいという現象を読み取っても,段階③(距離が大きい場合〔面積は正常範囲
か,わずかに増大している〕)に当たるのか,
『距離が略正常で面積が小さい事象』
に当たるのかが分からず,L/D値によって,段階③の状況を判断することができ
ない。L/D値は,L,Dの相対的大小関係(比率)を示す情報であり,L/D値
からは,L,Dの各値は分からないのであるから,L,Dの各値と各正常値との大
小関係で判別する甲1の方法を,L/D値で実行することができない。したがって,
甲1の上記記載は,L/D値によって,段階②及び③の状況を判断し得ることを示
唆せず,本件発明に対する示唆はない。
」などと主張する。
また,審決も, 仮に, 距離』と『面積』の比を取ると,上記段階のうち, 『1.
「 『
距離と面積が大きい場合』と『4.距離と面積が正常の場合』の区別ができなくな
ることが明らかであり(ここには記載はないが,『距離と面積が小さい場合』との
区別も不可能である。 ,当該記載は ,(距離/面積)値』を平衡障害の病態評価の
) 『
ためのパラメータとすることとは相容れないものである。(15頁1∼6行)とす

る。
しかしながら,甲1は, めまい患者の臨床経過を重心動揺検査所見でみた場合,

1.距離と面積が大きい場合,2.面積が大きい場合(距離は正常範囲か,わずか
に増大している),3.距離が大きい場合(面積は正常範囲か,わずかに増大して
いる) 4.距離と面積が正常の場合,の4つの段階が考えられる 。 (225頁右

欄19∼24行)とした上で,「Kaga らは labyrinthectomy 後に重心動揺検査を行
ない,面積の増大は早期に消失するため,長期観察の場合は距離を指標とするほう
が適当であると述べているが,この報告は1,2の段階は早期に出現し,その後は
3の段階が長く続くことを示しており,著者らの分類に合致している。(225頁

右欄24行∼226頁左欄3行)とし,めまい患者の臨床経過につき,この4段階
に沿って進行することを明らかにしている。そして,この段階①から段階④までの
臨床経過に応じてL/D値の変化をみるならば,段階①から②へはL/D値の下降,
段階②から③へはL/D値の上昇,段階③から④へはL/D値の下降という動きを
みることができることになる。そうすると,L/D値に加え,このL/D値の変遷
を併せみると,段階①と段階④との区別などが可能であって,被検者がどの段階に
あるか判別でき,被検者の状況を判断することが可能となる。
そして,甲1の上記記載によれば,甲1に接した当業者は,L/D値の変化をみ
ることを考えることは容易といえ,L/D値を平衡障害の病態評価のためのパラメ
ータとして設定することを阻害する要因はなく,また,L/D値が平衡障害を評価
するパラメータとして有用であるといえる。
したがって,被告の上記主張及び審決の上記説示は,いずれも採用できない。
2 結論
以上のとおりであるから,引用発明と本件発明との相違点2につき検討し,本件
発明に進歩性があるとした審決の判断は誤りである。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がある
ことになるから認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
本 多 知 成
裁判官
田 中 孝 一

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