平成19(ワ)11490不当利得金返還請求事件
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裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成21年2月5日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社東芝 原告(選定当事者)P1
(選定当事者)P2
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法令 |
特許権
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キーワード |
侵害17回 特許権13回 分割3回 審決3回 実施2回 訂正審判1回
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主文 |
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事件の概要 |
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない )。
(1) 当事者
原告らは,別紙選定者目録記載の選定者(以下「選定者」という )ら。
によって選定された者であり,選定者らは,後記特許権を有する特許権者
である。 |
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判決文
平成21年2月5日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成19年(ワ)第11490号 不当利得金返還請求事件
口頭弁論終結日 平成20年10月31日
判 決
原 告(選定当事者) P1
原 告(選定当事者) P2
上記両名訴訟代理人弁護士 井 戸 陽 子
被 告 株 式 会 社 東 芝
上記訴訟代理人弁護士 竹 田 稔
同 川 田 篤
同 木 村 耕 太 郎
同 高 橋 雄 一 郎
上記訴訟代理人弁理士 望 月 尚 子
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,原告らに対し,別紙選定者目録記載の選定者らのために,10
00万円及びこれに対する平成19年9月7日から支払済みまで年5%の
割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告らに対し,選定者P1のために,295万円及びこれに対
する平成8年6月24日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払
え。
(3) 被告は,朝日新聞に別紙記載の条件で謝罪広告を1回掲載せよ。
(4) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告らは,別紙選定者目録記載の選定者(以下「選定者」という 。)ら
によって選定された者であり,選定者らは,後記特許権を有する特許権者
である。
被告は,電気機械器具の製造等を業とする会社である。
(2) 本件特許権
選定者らは,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本
件特許 」,同特許公報を「本件特許公報」という。また,後記(3)の訂正
にかかる請求項1の発明を「本件発明」といい,本件特許権にかかる訂正
明細書〔乙1〕を「本件明細書」という。 を有している(甲1,2,6,
)
乙1)。
登録番号 特許第2691973号
発明の名称 単一誤り訂正および多重誤り検出BCH符号の復号装置
分割の表示 特願昭58-114970の分割
出願日 昭和58年6月24日
登録日 平成9年9月5日
(3) 訂正審決
選定者らは,平成14年5月10日,訂正審判を請求し,同年11月2
8日,訂正を認める審決がなされ,同審決は同年12月10日,確定した
(甲2,乙1)。
(4) 本件発明の構成要件
本件発明にかかる請求項1の記載は次のとおりであるが,( )内の各構
成要件に分説することができる。
「 符号長nの単一誤り訂正/1+1,1+2,‥‥,1+k誤り検出BC
H符号(またはリード・ソロモン符号)の復号器を採用した情報伝送シス
テムにおけるエラー訂正処理装置において,下記の(1)ないし(6)の手段を
含むことを特徴とする単一誤り訂正および多重誤り検出BCH符号の復号
装置。 (構成要件A)
(1) 符号長n,符号の最小距離d=2×1+k+1の符号語に,誤りを付
加された受信語を保持する手段。 (構成要件B)
(2) 前記受信語からシンドロームS j(r≦j≦r+2×1+k-1)の
みを算出する手段。ただし,rは任意の整数。 (構成要件C)
(3) 前記シンドロームSjが全て零のとき,誤り無しと判定する手段。
(構成要件D)
(4) 前記シンドロームS j(r≦j≦r+2×1+k-1)と誤り位置多
項式の係数σ iとの関係式,S jσ t+S j+1 σ t-1 +‥‥+S j+t-1 σ 1+S j+t
= 0において,t=1,r≦j≦r+1+k-1とした,1+k個の
連立方程式のうちから適当な1個の方程式より,それぞれのσiを求め,
それらを等しいとおいた式をもとにして求めることができる判定式で
あって,かつ, (構成要件E1)
前記判定式はシンドロームが非零の条件を除き,さらに,誤り位置を用
いず,さらに,除算を用いない形式であって,かつ,前記判定式は前記
シンドロームS j(r≦j≦r+2×1+k-1)を全て用いた関係式
からなり,かつ, (構成要件E2)
前記判定式は,上記(3)項において前記シンドロームが全ては零でない
とき,前記受信語における誤りの数を,前記判定式が零(真)のとき単
一誤りと判定し,また,前記判定式が非零(偽)のとき,1+1個以上
1+k個以下の誤りと判定し,かつ,前記判定式は1+k個以内の誤り
に対して100%正しい判定を行う, (構成要件E3)
この前記判定式を用い,誤りの数が,単一誤りか,または,1+1個以
上1+k個以下の誤りかを判定し,それぞれの判定信号を送出する誤り
判別手段。 (構成要件E4)
(5) 上記(4)項において単一誤りがあると判定したとき,あるいは,上記(4)
項と並列に,単一の誤り位置(リードソロモン符号のときは,さらに,
誤りの大きさ)を算出する単一誤り訂正手段。 (構成要件F)
(6) 誤り数が単一の判定信号を受け取ったときは,受信語の誤りの訂正を
実行し,1+1個以上1+k個以下の誤りの判定信号を受け取ったとき
は誤りの検出に止める,誤り訂正実行/検出手段。 (構成要件G)」
(5) 被告製品
被告は,別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という 。)を
製造,販売している(甲4の1・2)。なお,上記被告製品1のパソコン
は,復号器を備えた半導体を搭載しており,また,上記被告製品2の半導
体製品はいずれも復号器を備えているが(以下,これらの復号器を「被告
物件」という 。 ,上記パソコンの中には,訴外会社の製造した半導体製
)
品を搭載したCD-ROMドライブを使用しているものがある(弁論の全
趣旨)。
(6) 符号の最小距離d=5とした場合の本件発明の構成
被告物件のうち被告代表物件(後記第3の1【被告の主張】(2)参照)
は,符号の最小距離d=5のリード・ソロモン符号であり,d=5,r=
0,k=2を本件発明に当てはめると,本件発明の構成要件Aの「符号長
nの単一誤り訂正/1+1,1+2,‥‥,1+k 誤り検出BCH符号
(又はリード・ソロモン符号)の復号器を採用した情報伝送システム」 ,
は
「符号長nの単一誤り訂正/2・3重誤り検出リード・ソロモン符号の復
号器を採用した情報伝送システム」と書き改めることができる。同様に,
構成要件Cのシンドロームは ,「S 0,S 1,S 2,S 3」となり,構成要件E
の判定式は「Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0) ただし,
,
A=S12+S0S2,B=S1S2+S0S3,C=S22+S1S3」となる。
また,構成要件Gの「1+1個以上1+k個以下の誤りの判定信号を受
け取ったときは誤りの検出に止める 。」は ,「2個以上3個以下の誤りの
判定信号を受け取ったときは誤りの検出に止める。」となる。
(以上,前記(4)参照)
2 原告らの請求
選定者らによって選定された原告らは,
(1) 被告が販売する被告製品に内蔵された復号装置(被告物件)が,選定者
らの有する特許権の本件発明の技術的範囲に属し,被告が法律上の原因な
く利得しているとして,被告に対し,被告製品の販売に基づく利得金のう
ち1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年9
月7日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を
求め,
(2) 被告従業員作成の報告書の記載が,本件特許に関する冒認であり,選定
者P1の発明者としての名誉権,人格権を侵害しているなどとして,被告
に対し,慰謝料等295万円及びこれに対する不法行為の日である平成8
年6月24日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払と,
新聞社への謝罪広告を求めている。
3 争点
(1) 被告物件の構成 (争点1)
(2) 被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか (争点2)
ア 構成要件Aの充足性 (争点2-1)
イ 構成要件Eの充足性 (争点2-2)
ウ 構成要件Fの充足性 (争点2-3)
エ 構成要件Gの充足性 (争点2-4)
(3) 損失額 (争点3)
(4) 選定者P1の名誉権,人格権に対する侵害の有無等(争点4)
第3 争点に係る当事者の主張の要点
1 争点1(被告物件の構成)
【原告らの主張】
被告物件のCD関連技術の誤り訂正復号部は,2重復号リード・ソロモン
符号を構成しており,C1,C2復号部からなる。
(1) 上記C1復号部の構成は以下のとおりである。
a 受信語保持手段
b シンドローム(S0,S1,S2,S3)の算出手段
c シンドロームが全零のとき,誤り無しとする誤り無し判定手段
d Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)
において,Zが真のとき単一誤り,偽のとき2・3重誤りと判定する手
段。
e 単一の誤りと判定したとき,単一誤りの誤り位置と大きさを算出する,
単一誤り訂正手段
f 単一の誤りと判定したとき,受信語の誤りの訂正を実行し,2・3重
の誤りと判定したとき誤り検出に止める,誤り訂正実行/検出手段
g 上記手段fにおいて,2重誤りを抽出し2重誤りを訂正する手段。
さらに,以下の手段が付加されている。
(1) 上記において,誤りなし,単一誤り,2重誤り,3重誤りの区別をす
るため,それぞれを判別するフラグを立てる手段。
(2) 単一誤り,2重誤りを検出した場合は,誤り位置が符号長の範囲内か
を検証する手段
(2) 上記C2復号部の構成は以下のとおりである。
a 受信語保持手段
b シンドローム(S0,S1,S2,S3)の算出手段
c シンドロームが全零のとき,誤り無しとする誤り無し判定手段。
d Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)
において,Zが真のとき単一誤り,偽のとき2・3重誤りと判定する手
段。
e 単一の誤りと判定したとき,単一誤りの誤り位置と大きさを算出する,
単一誤り訂正手段
f 単一の誤りと判定したとき,受信語の誤りの訂正を実行し,2・3重
の誤りと判定したとき誤り検出に止める,誤り訂正実行/検出手段
g 上記手段fにおいて,2重誤りを抽出し2重誤りを訂正する手段。
さらに,以下の手段が付加されている。
(1) 上記において,C1復号部において付加されたフラグを用いて,誤訂
正を減少させるための手段。
(2) 単一誤り,2重誤りを検出した場合は,誤り位置が符号長の範囲内か
を検証する手段
【被告の主張】
(1) 被告物件の中には,訴外会社が製造しているものがあり,その構成は不
知である。
仮に,これらの物件が本件特許権を侵害するものであったとしても,訴
外会社から被告に販売された時点で本件特許権は消尽している。
(2) 被告物件のうち,C1復号部において2重誤り訂正を行うプロセッサで,
DVD用プロセッサを除いたもの(以下「被告代表物件」という 。)のC
1復号部の構成は,以下のとおりである。
なお,C2復号部の構成についても同様である。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2 争点2(被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか)
(1) 争点2-1(構成要件Aの充足性)について
【原告らの主張】
被告物件は,C1,C2復号部からなる2重復号装置の一部であり, 単
「
一誤り訂正および多重誤り検出」BCH符号の復号装置に当たるから,構
成要件Aを充足する。
なお,通常,C2復号においてフラグの多いときは2重誤り訂正をしな
いので,この場合においても,被告物件は構成要件Aを充足する。
【被告の主張】
被告代表物件は,2重誤り訂正を行っているから 前記1 被告の主張】
( 【
(2)a,g ),2・3重誤り検出を行っておらず ,「単一誤り訂正および
多重誤り検出」BCH符号の復号装置ではないし,構成要件Aを充足しな
い。
(2) 争点2-2(構成要件Eの充足性)について
【原告らの主張】
被告物件の判定式は,
Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)
であるから(前記1【原告らの主張】(1),(2)各d ),被告物件は,構
成要件Eを充足する。
【被告の主張】
被告代表物件の単一誤り判別手段は,■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■(前記1【被告の主張】(2)e2 ),■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■したがって,被告代表
物件は構成要件E2を充足しない。
また,被告代表物件において採用されている判定式は
■■■■■■■■■■■■■■■■
であるから(前記1【被告の主張】(2)e1 ),被告物件は,構成要件E
3を充足しない。
さらに,被告代表物件において採用されている判定式は,■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(前記1【被
告の主張】(2)e3 )。したがって,被告代表物件は構成要件E3を充足
しない。
(3) 争点2-3(構成要件Fの充足性)について
【原告らの主張】
被告物件は,判定式
Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)
において,Zが真のとき単一誤り,偽のとき2・3重誤りと判定している
から(前記1【原告らの主張】(1),(2)各e,d ),被告物件は,構成
要件Fを充足する。
【被告の主張】
被告代表物件は,■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(前記1【被告
の主張】(2)f )。したがって,被告物件は,構成要件Fを充足しない。
(4) 争点2-4(構成要件Gの充足性)について
【原告らの主張】
ア 構成要件Gの充足
被告物件は,単一の誤りと判定したとき,受信語の誤りの訂正を実行
し,2・3重の誤りと判定したとき誤り検出に止める,誤り訂正実行/
検出手段を備えており,構成要件Gを充足する。
イ 「誤りの検出に止める」の意味
(ア) はじめに
構成要件Gの「誤りの検出に止める」の意味は ,「単一誤り訂正を
実行しない」ことであり,2重誤り訂正の付加・利用(発明)を禁じ
たものではない。
(イ) 本件明細書に記載された「誤りの検出に止める」の意味
本件発明の復号装置は,情報伝送システムにおけるエラー訂正処理
装置の一部であったものを切り出した復号器である。そして,構成要
件Fの「単一の誤り訂正手段」は,構成要件Eと直列,あるいは並列
に動作して,単一誤りの位置と大きさを求める手段であることを,構
成要件Gの「誤り訂正実行/検出手段」は,単一誤りの実行を「する
かしないか」という手段であることを意味する。
また,本件明細書の「発明の詳細な説明」の【0020】には, 誤
「
りの検出に止める」に対応する説明として ,「誤りの数がt0+1以上
のとき,誤り検出マークを設定し,訂正を実行しない 。」との記載が
ある。ところで,符号の最小距離d=5の場合について本件特許公報
の【図3 】(t 0重誤り訂正/t 0+1,‥‥,t 0+k誤り検出BCH
(リード・ソロモン)符号の復号装置のブロック図)を書き改めると
下図のとおりとなる。
以上のとおり ,「訂正を実行しない」とは,上記図で「訂正実行許
可信号を送出しない」こと,すなわち, 単一誤り訂正を実行しない」
「
ことである。2重誤り訂正の付加を禁じる意味ではない。また,【0
021】には ,「Z≠0(偽)のとき,誤り訂正実行/検出手段 3
は検出のみとする。 との記載があり,この記載の「検出のみとする」
」
の意味も,前記同様 ,「単一誤り訂正を実行しない」ことであること
は明らかである。
(ウ) 本件特許の出願経過から認められる「誤りの検出に止める」の意味
本件特許の出願経過は以下のとおりである。
a 親特許の原出願(昭和58年6月23日)(乙11)
「誤りの検出に止める」という文言はなく,2重誤り訂正の付加,
利用(発明)を禁じる文言もない。
b 手続補正書(平成3年7月12日)(甲12)
方法の発明(図2)と装置の発明(図3)に分かれており ,「誤
りの検出に止める」の文言はない。
c 手続補正書(平成3年11月22日)(甲14)
方法の発明(図2)と装置の発明(図3)を一つの発明(装置の
発明)にまとめるため ,「上記(4)項と並列に」の文言と共に「誤
りの検出に止める」の文言が初出している。
これによると ,「誤りの検出に止める」という文言が初めて記載さ
れたのは,平成3年11月22日であり,この文言は,本件明細書の
① 図2: 誤りを検出する 」
「 (方法の発明),② 図3: ( 単一)誤り
「
を訂正しない 」(装置の発明)の両方の文言を一つの請求項(装置の
発明)にまとめたものである。
この経過に照らすと ,「誤りの検出に止める」の意味は ,「単一誤
りを実行しない」ことであることがわかる。
ウ 2重誤り訂正が付加されていることと構成要件Gの充足性 利用発明)
(
(ア) 利用発明
被告物件は,本件発明の利用発明であり,本件発明の構成全部を含
み,本件発明に新たな技術的要素を付加したものであり,被告物件の
2重誤り訂正復号器における復号方法には,本件発明における復号方
法の構成が一体性を失うことなく存在しているから,被告物件は,利
用関係により本件特許権を侵害している。
要するに,被告物件は ,「C1の本件発明の要旨・構成部+(C1
の付加部+C2による)2訂正フラグ使用部」による付加,利用によ
り,本件特許権を侵害している(ただし,通常,C2復号においてフ
ラグの多いとき2重誤り訂正しないので,この場合は,直接侵害とな
る。 。
)
(イ) 2重誤り訂正の付加と本件発明が解決しようとする課題との関係
本件発明が解決しようとする課題のうち「誤訂正減少のために,効
率的な誤り数判定式を開発し,ある数の誤りまで訂正し,それ以上の
誤りは検出のみとする復号法の実現」に照らすと,効率の良い,単一
誤り訂正/2・3重誤り検出符合の復号法等が望まれるが,これに2
重誤り訂正を付加することは設計事項に過ぎない。
(ウ) 2重誤り訂正の付加と本件発明の作用効果との関係
符号の最小距離d=5における本件発明の作用効果は, 誤り数1/
「
2・3判定式『Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)』
を用いて,単一誤りと判定したときは,単一誤り訂正手段で訂正し,
2個以上の誤りと判定したときは,誤りの検出に止める。3個以内の
誤りであれば100%検出する。 というものであるが,このことは,
」
① 2・3重誤りを100%検出するので,2・3重誤りを単一誤り
と誤訂正しない,② 2・3重誤りを100%検出するので,この検
出の後に2重誤り訂正ができるという2点を意味する。
上記②のとおり,本件発明の構成に2重誤り訂正を付加しても,本
件発明の作用効果に影響を与えない。
(エ) 三菱特許との関係
本件発明が解決しようとする課題のひとつは,三菱特許(特開昭5
8-171145号公報)の誤り判定式が除算を含み,誤り位置を算
定しなければいけないので効率が悪く,その解決をすることであるが,
本件発明は,この課題を克服すべく,三菱特許を改良したものであり,
三菱特許の上記公報に記載された発明の実施例の誤り判定式「S 0≠
0,S1≠0,S2≠0,S3≠0,かつ,S1/S0=S2/S1=S3/S2」
を,判定式「Z=(A=0)AND(B=0)AND(C=0)」に
置き換えたものである。
被告物件は,三菱特許(判定式は,上記「Z」)と実質的に同一の
構成であり,本件発明の構成をそっくりそのまま含むものである。
なお,三菱特許の公報(甲5)には,①「単一誤り訂正/2・3重
誤り検出」を用いた2重化RS符号復号器(従来技術 ),②「単一誤
り訂正/2・3重誤り検出+2重誤り訂正 フラグ:消失情報使用)
( 」
を用いた2重化RS符号復号器(三菱特許で,上記従来技術に2重誤
り訂正及びフラグを付加したもの)の両方が開示されており,本件発
明においても,2重誤り訂正及びフラグの付加が可能である。
(オ) 判定と検出の関係
判定は,判定結果を出す方に力点が置かれ,検出は,判定結果を用
いる方に力点がおかれているが,本質的な相違点はない。
なお,本件発明の動作を8080Aのアセンブラ・プログラムで表
すと,
CMP P,S (PとSを比較)
JZ 100番地 (零のとき,100番地へジャンプ)
JNZ 200番地 (非零のとき,200番地へジャンプ)
100番地 CALL 単一誤り訂正
200番地 HLT (終了)
となり,2・3重誤り検出に,2重誤り訂正処理を付加するには「H
LT」に替えて「CALL 2重誤り訂正処理」とすればよい。
また,フローチャートで言えば,被告物件においても,2重誤り訂
正に至る矢印の線が2,3重誤り検出であり,構成要件Gが存在する。
エ 「不要な誤り訂正」の意味
本件明細書の「発明の詳細な説明」の【0027 】【発明の効果】に
は,「以上のように本発明によれば,誤りを訂正するか検出のみとする
かを判別する簡単な判定式を算出でき,この判定式を用いて,不要な誤
り訂正を実行することのない,効率の良い,同時に誤り訂正と検出を行
うBCH(リード・ソロモン)符号の復号装置が実現できる 。」との記
載があるところ,この記載は ,【0022】中の「図5,図6は,本願
発明の方法による復号器であって,判定式のなかで ,『誤り位置を求め
る復号動作を行わない。さらに,除算も用いない』ので,誤り位置を求
める除算回路は1つで良く,効率的な復号器が構成される。」との記載
及び【0023】中の「図7,図8を比較すれば,1・2重誤り訂正復
号器が1つで良いので,本願発明の復号器が簡単で効率が良いことは明
かである 。」との記載が対応しているから ,【0027】記載の「不要
な誤り訂正」とは, 三菱特許の判定式における3つの誤り位置を求め,
「
一致検定する」こと及び「2重誤り訂正/3検出復号器において,3重
誤りを判定するために ,『2個の2重誤り訂正』を実行する」ことを意
味し,2重誤り訂正を意味しない。
【被告の主張】
ア 構成要件Gの非充足
構成要件Gの「誤りの検出に止める」は,符号の最小距離d=5のと
き2重誤り訂正を行わないことを意味するのに対し,被告代表物件は2
重誤り訂正を行っているから,構成要件Gを充足しない。
イ 「誤りの検出に止める」の意味
(ア) はじめに
原告らは,構成要件Gの「誤りの検出に止める」の意味は ,「単一
誤り訂正を実行しない」ことであると主張するが ,(d=5で,2・
3重誤りと判定されて)単一誤りと判定されなかったときに「単一誤
りの訂正を行わない」ことは記載するまでもなく当然のことであるか
ら,そのようなことを規定したとは考えられない。すなわち ,「誤り
の検出に止める」との文章における「誤り」はその直前の「1+1個
以上1+k個以下の誤り 」(d=5では2・3重誤り)を意味するか
ら,「検出」に止めるのか ,「訂正」までするのかが問題になるのは
「1+1個以上1+k個以下の誤り 」(d=5では2・3重誤り)で
あって,単一誤りを「検出」に止めるのか ,「訂正」までするのかは
問題とならない。
したがって,この文言は,d=5の場合,2・3重誤りの検出に止
めて,これらの誤りの訂正を行わないという意味に解するほかない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明の【0006 】【発明が解決し
ようとする課題】の記載によれば ,「誤りの検出に止める」の意味は
2重以上の誤りを訂正しないことを意味することは明かである。
(イ) 本件明細書の記載について
原告らは,本件明細書の記載を根拠に,構成要件Gの「誤りの検出
に止める」の意味は ,「単一誤りの訂正を行わない」ことである旨主
張する。
しかし,本件明細書【0020】の記載についての原告らの読み方
は,「誤りの数がt 0+1以上」のとき ,「誤りの数がt 0+1以上」と
いう検出マークを設定し「単一誤り」の訂正を実行しないというもの
であり,文脈を無視した無理な読み方である。 誤りマークを設定し,
「
訂正を実行しない 。」は ,「誤りの数がt 0 +1以上」のときという条
件の下の動作を示したものであるから ,「誤りの数がt 0+1以上」と
いう検出マークを設定するとともに「誤りの数がt 0 +1以上」の訂
正を実行しないと読む方が自然である。また,本件明細書 0021】
【
の記載についても,「誤りの数がt 0+1以上」の動作を説明している
のであるから ,「誤りの数がt 0+1以上」の検出に止め ,「誤りの数
がt 0 +1以上」の誤り訂正を行わないことが記載されていると読む
べきである。
ウ 2重誤り訂正と2・3重誤り検出との関係について
(ア) 利用発明に当たらないこと(原告らの主張ウ(ア)~(ウ))について
原告らは,被告物件は本件発明の利用発明に当たる旨主張するが,
2・3重誤り検出をするのであれば2重誤り訂正をせず,2重誤り訂
正をするのであれば2・3重誤り検出をしないのであるから,2重誤
り訂正装置(復号器)の一部が単一誤り訂正,2・3重誤り検出装置
(復号器)になることはない。したがって,単一誤り訂正,2・3重
誤り検出動作が2重誤り訂正動作へ連続することなどあり得ない。
また,被告代表物件は本件発明の構成全部を含んでいないから,原
告らの主張は前提において誤っている。すなわち,構成要件Gの「誤
りの検出に止める」は,符号の最小距離d=5のとき2重誤り訂正を
行わないことを意味し,2重誤り訂正を行う被告代表物件は構成要件
Gを充足しないから,被告代表物件は本件発明の技術的範囲に含まれ
ない。したがって,被告代表物件は本件発明の構成全部を含んでおら
ず,被告代表物件は本件発明の利用発明に当たらない。
C1復号部+C2復号部で考えても,C1,C2いずれにおいても
2重誤り訂正が行われているから ,「誤りの検出に止める」という構
成を取っていない。また,C1からのフラグによってはC2で誤り訂
正しないが,これは,誤りが非常に多い場合であって,2,3重誤り
と判定したときに「誤りの検出に止める」わけではない。
(イ) 三菱特許との関係(原告らの主張ウ(エ))について
原告らは,本件発明は,三菱特許の誤り判定式を改良したものであ
る旨主張するが,三菱特許の「本発明」の記載は全て,2重誤り訂正
装置であり,単一誤り訂正/2・3重誤り検出は一切記載されていな
いから,原告らの上記主張は誤りである。
三菱特許(特開昭58-171145号)の公開日は昭和58年1
0月7日であるのに対し,本件特許の親出願の出願日は同年6月24
日であるから,親出願の出願時において原告らが三菱特許を参照して
いたことはあり得ない。したがって,本件発明は三菱特許を改良した
ものであるという原告らの主張は時系列にも整合しない。
(ウ) 判定と検出の関係(原告らの主張ウ(オ))について
本件発明において,判定と検出は一貫して異なった意味で用いられ
ており,構成要件Gにおいても,使い分けられている。
換言すれば,本件発明において,判定の結果,訂正がされることは
あっても,検出の結果,訂正されることはない。
エ 「不要な誤り訂正」の意味について
原告らは ,【0027】記載の「不要な誤り訂正」とは,2重誤り訂
正を意味しない旨主張するが,その主張は文理に反する。
「不要な誤り訂正」は「不要」な「誤り訂正」であって,誤り訂正を
するかどうかを判断する前提となる「判定式」が複雑かどうか,2重誤
り訂正を何回行うか否か ,「誤り訂正」の仕方が複雑か否かは無関係だ
からである。また ,「不要な誤り訂正」をしないという事項に対応する
のは ,【発明が解決しようとする課題】の項にある「従来のBCHある
いはリード・ソロモン(RS)符号の復号法は,符号の最小距離d=2
t 0 +1のとき,誤りを訂正することに主眼を置き,訂正能力いっぱい
まで訂正することが多い。そこで,誤訂正が発生するという問題がある。
したがって,ある数の誤りまでは訂正し,それ以上の誤りは検出のみと
する符号を構成し,その効率的な復号法を実現することが望まれる。」
という記載であり,d=5であれば,2重誤り訂正自体が「不要な誤り
訂正」である。
3 争点3(損失額)
【原告らの主張】
特許権に基づく不当利得返還請求権の消滅時効期間が10年であること
を考慮しても,被告は,本件特許の存続期間が満了する平成15年6月2
4日までに,被告物件等を販売し,選定者らに対する実施料相当額として,
少なくとも1000万円の支払を免れ,その利得を得ており,選定者らは
同額の損失を受けている。
なお,選定者らは被告に対し,平成12年3月24日到達の書面を送付
し,被告物件の販売が本件特許権を侵害している旨を警告しているから,
同日以降の製造,販売による被告の利得は悪意に基づくものである。
【被告の主張】
争う。
4 争点4(選定者P1の名誉権,人格権侵害に対する侵害の有無)
【原告らの主張】
(1) 被告の社員P3作成の報告書には ,「本件特許発明の「1重誤り訂正技
術」,すなわち誤り数1/2,3判定式(A,B,C使用:r2,r 1,r 0と
同じ )」と記載されているが,引用元等の説明がなく,上記発明はP3が
発明したものと読みとられる。したがって,冒認であり,選定者P1の発
明者としての名誉権,人格権を侵害している。
(2) 被告は,社員の中に,関連学会の役員,査読委員を多数擁するので,関
連学会において,彼らによって,本件発明の関連論文が「一般的(公知)」
として非採択とされた等の可能性があり,選定者P1は,大学教授として
の活動を制約された。
(3) これらの被告(被告社員)の行為により,選定者P1の被った精神的損
害の慰謝料は295万円が相当である。
また,選定者P1の名誉を回復する措置として,朝日新聞 東京本社版)
(
に謝罪広告を掲載するよう求める。
【被告の主張】
(1) 「文書の記載に関する事実実験公正証書」(乙9)の報告書に記載され
た判定式そのものは選定者P1の発明ではないし,また,この判定式がP
3の発明と読みとられることはない。
なお,上記報告書は秘密扱いである。
(2) 争う。
(3) 争う。
第4 当裁判所の判断
1 技術的背景
証拠(甲17,乙1,12)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認め
ることができる。
CDの再生など,デジタル信号が記録された媒体から信号を読出する際,
ノイズによって,信号が誤って読出されることがある。これによる弊害を避
けるため,信号を一旦符号化(CDにおける符号化方式とは異なるが,例え
ば「1」と「0」の2進法で表記される信号において ,「1」を「1111
1 」 「0」を「00000」に符号化する場合をいう。この場合,符号の
,
最小距離d=5となる 。)した上,これをCDに記録し,読出した後,復号
(上記「11111」 「00000」と符号化したものを再び「1」 「0」
, ,
に戻す。)するが,その際に,一定の限度で誤りを検出したり,訂正したり
する技術が確立されている(上記「11111 」 「00000」の符号に
,
誤りが発生しても,一定の限度で,訂正の上 ,「1 」 「0」に復号すること
,
ができる。 。
)
本件特許では,誤りの有無や位置を判定するために,符号化した信号を,
受信後,所定の多項式演算を行い,シンドローム(S i)を求め,そのシン
ドロームを用いた判定式などを活用する(例えば,S i=0であれば,誤り
なしの判定となる。 。
)
これらの技術では,単一誤り(例えば,符号「11111」のうち,誤り
が1箇所発生した結果「11011」となるような場合 ),2重誤り(例え
ば符号「11111」のうち,誤りが2箇所発生した結果「11010」と
なるような場合)などの判定がされ,その上で,訂正したり(上記単一誤り
の場合の訂正であれば ,「11011」を「11111」に訂正し,その結
果「1」と復号する。また,上記「11010」を「11111」が2箇所
誤ったものと考えて「11111」に訂正し,その結果「1」と復号する。 ,
)
検出に止めたりする(2・3重誤り検出を行う場合であれば,上記「110
10」を「11111」が2箇所誤ったものか「00000」が3箇所誤っ
たものと考えて,符号を訂正せずに,補間したり,ミュートにしたりする。 。
)
2 争点2-4(構成要件Gの充足性)について
本件は,事案に鑑み,争点2-4から検討する。
原告らは,利用発明による侵害を主張するとともに,C2復号において,
フラグの多いとき2重誤り訂正をしないので,この場合は,直接的に(2重
誤り訂正の付加作用ではなく)侵害となると主張する。そこで,以下,検討
する。
(1) 構成要件Gの「誤りの検出に止める」の構成の解釈
構成要件Gの「誤りの検出に止める」の意義を検討するに際しては,当
事者双方の主張にかんがみ,符号の最小距離d=5であることを前提とす
る。
ア 本件明細書の「発明の詳細な説明」(甲1)には次のように記載され
ている。
「 0001】
【
【産業上の利用分野】
本発明は,単一誤り訂正および多重誤り検出を同時に行う,誤り訂正
および検出を行うBCH符号の復号装置に関するものである。」
「 0006】
【
【発明が解決しようとする課題】
ところが上述したごとき従来のBCHあるいはリード・ソロモン(R
S)符号の復号法は,d=2t 0+1のとき,誤りを訂正することに主
眼を置き,訂正能力いっぱいまで訂正することが多い。そこで,誤訂正
が発生するという問題がある。したがって,ある数の誤りまでは訂正し,
それ以上の誤りは検出のみとする符号を構成し,その効率的な復号法を
実現することが望まれる。
通常の復号法では,誤り訂正のみを行う符号を構成し,復号において
誤り位置多項式の係数を算出して,誤りの数を判定している。これは,
誤りがある数以上であると判定すると,復号を中断するものであり,こ
の復号法は効率が良くない難点がある。
また,多重エラーの検査の前にまず単一エラーを検査してそれを訂正
する方法は,復号アルゴリズムが複雑になり,最大復号ステップ数が多
くなり,ソフトウェア量,ハードウェア量とも増大するという難点があ
る。また,特開昭58-171145号公報の誤り判定は,除算を含み,
しかも,誤り位置を算出しなければいけないので効率が悪い。
本発明はかかる問題点を解決するためになされたものであって,最初
にシンドロームで表される簡単な判定式を用いて,訂正すべきか検出す
べきかを判別しておいて効率的な復号処理をする,単一誤り訂正および
多重誤り検出を同時に行う,誤り訂正および検出を行うBCH符号の復
号装置を提供することを目的とする。」
「 0008】
【
【作用】
本発明に係る誤り訂正および検出を行うBCH符号の復号装置におい
ては,受信語を受け取ると,シンドロームを発生させ,ついで判定式を
用いて誤りの数を判定し,単一誤りと判定したときは,単一誤り訂正手
段で訂正し,1+1個以上の誤りと判定したときは,誤りの検出に止め
る。1+k個以内の誤りであれば100%検出する。」
「 0027】
【
【発明の効果】
以上のように本発明によれば,誤りを訂正するか検出のみとするかを
判別する簡単な判定式を算出でき,この判定式を用いて,不要な誤り訂
正を実行することのない,効率の良い,同時に誤り訂正と検出を行うB
CH(リード・ソロモン)符号の復号装置が実現できる。」
イ 以上によれば,本件発明は,① 単一誤りについては訂正するものの,
2・3重誤りについては検出のみとして訂正まではしない,効率的な復
号法を実現することを課題とし,② 簡単な判定式を用いて訂正すべき
か検出すべきかを判別しておいて,効率的な復号処理をする装置を提供
することを目的とし,③ 本件発明の構成を採用することにより,誤り
を訂正するか,検出のみとするかを判別する簡単な判定式を用いて,不
要な誤り訂正を実行することのない,効率の良い,同時に誤り訂正と検
出を行う復号装置を実現する,という効果を達成しようとした発明であ
ると認められる。
したがって,本件発明は,誤訂正の発生を防止し,効率的な復号処理
を行うため,定理(d=2t0+k+1のとき,t0+1,t0+2,‥‥,
t0+k誤り検出が可能である 。)に従い,任意の受信語につき,1個の
誤りがあると判定された場合は誤り訂正を実行するが,2個以上3個以
下の誤りがあると判定された場合は誤り訂正を実行せず,その代わりに,
2・3重誤りの検出をするものであり,構成要件Gにいう「1+1個以
上1+k個以下の誤りの判定信号を受け取ったときは誤りの検出に止め
る」とは,1+1個以上1+k個以下の誤りについては,誤り訂正を実
行せず,その代わりに誤り検出を行うという意味に解するのが相当であ
る。そうすると,構成要件Gを符号の最小距離d=5として書き換える
と,「2個以上3個以下の誤りの判定信号を受け取ったときは誤り訂正
の実行をせず,その代わりに2・3重誤りとして検出する」となる。
ウ 「誤りの検出に止める」の解釈に対する原告らの主張について
(ア) 本件明細書に記載された「誤りの検出に止める」の意味
原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明の【0020】に,「誤
りの数がt 0+1以上のとき,誤り検出マークを設定し,訂正を実行
しない 。」と記載されていること ,【0021】に ,「Z≠0(偽)の
とき,誤り訂正実行/検出手段 3は検出のみとする 。」との記載が
あること等を根拠に,構成要件Gの 誤りの検出に止める」
「 の意味は,
「単一誤りの訂正を行わない」ことである旨主張するが, 0020】
【
の上記記載の「誤りマークを設定し,訂正を実行しない 。」は ,「誤
りの数がt 0+1以上」のときという条件の下の動作を示したもので
あり,また ,「訂正を実行しない」とは ,「受信語を(送信語に)直
さない」ということであることは明らかである。したがって ,「誤り
の数がt 0 +1以上のとき,誤り検出マークを設定し,訂正を実行し
ない」とは,「誤りの数がt 0+1以上のとき ,『誤りの数がt0+1以
上』という検出マークを設定するとともに,t 0+1以上の誤りの訂
正はもとより,t 0以下の誤りの訂正もしない」と理解するのが相当
であるし,また ,【0021】の上記記載についても ,「誤りの数が
t 0 +1以上」の動作を説明しているのであるから ,「誤りの数がt 0
+1以上」の検出に止め,t0+1以上の誤りの訂正はもとよりt0以
下の誤りの訂正もしないことが記載されていると理解するのが相当で
ある。
原告らの上記主張は採用することができない。
(イ) 本件特許の出願経過等から認められる「誤りの検出に止める」の意
味
原告らは,本件特許の出願経過を根拠に「誤りの検出に止める」の
意味は ,「単一誤り訂正を実行しない」ことであり,2重誤り訂正の
付加・利用(発明)を禁じたものではない旨主張するところ,本件発
明は,特願昭58-114970号(以下 ,「原出願」という 。)の分
割出願にかかるものであり,原出願の明細書(乙11)には,産業上
の利用分野,発明の目的及び課題,並びに,解決手段に関して,以下
の記載がある。
「本発明は誤り訂正及び検出を行うBCH符号(以下,Reed-Solomo
n等のBCH符号系に属するものを含む 。)の復号器及び復号法に関
するものである。情報処理システムの高信頼度化の一手法として,誤
り訂正符号が実用されている。誤り訂正符号は誤り訂正ビット数の一
部を誤りの検出に用いることができることも知られている。しかし,
その時の復号法は明確に示されていない。ここで述べる方法は,異な
るシンドロームの組合せで誤り位置多項式の係数σ iを算出し,それ
らのσ i が等しいとして成立する式(以下,判定式と呼ぶ 。)をもと
に,誤りを訂正するか,検出のみとするかを判別することを特徴とし
た,BCH符号の誤り訂正及び検出を行う場合の復号法である。」
これによれば,原出願に開示された発明は,誤り訂正ビット数の一
部を誤りの検出に用いることにより,誤りを訂正するか検出のみとす
るかを判別することを特徴とした復号法の範囲に限られるものである
から,原出願を分割した本件発明においても,誤り訂正ビット数の一
部を誤りの検出に用いることにより,誤りを訂正するか検出のみとす
るかを判別するものに限られるべきである。そうすると,本件発明の
構成要件Gの「誤りの検出に止める」は ,「誤りの検出のみとして訂
正まではしない」ことと解釈されるべきである。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(2) 被告代表物件の構成要件G充足性
ア 前記(1)のとおり,構成要件Gの「誤りの検出に止める」は,符号の
最小距離d=5のとき2重誤りの訂正を行わないということを意味する
ところ,被告代表物件は,C1復号部において ,「2重誤りの訂正を行
わない」という構成に替えて ,「2重誤りの訂正を行う」という構成を
備えている(争いがない 。 。したがって,被告代表物件は,構成要件
)
Gの「誤りの検出に止める」の構成を備えているとはいえない。
イ 仮に,原告らが主張するとおり,被告代表物件において,C1復号部
からのフラグに基づいてC2復号部で訂正(消失訂正)を行っていると
しても,それは ,「2・3重誤りについて誤りの検出に止める構成に替
えて2重誤りの訂正を行う構成を採用し,さらに,消失訂正を行ってい
る」のであって ,「2・3重誤りについて誤りの検出に止めて,消失訂
正を行っている」ことにはならない。したがって,被告代表物件は,C
1,C2全体で考えても,構成要件Gの「誤りの検出に止める」の構成
を備えているとはいえない。
ウ また,原告らは ,「C2復号において,フラグの多いとき2重誤り訂
正しないので,この場合は,直接的に侵害となる 。」と主張する。しか
しながら ,「フラグの多いとき」は ,「2個以上3個以下の誤りの判定
信号を受け取ったとき」ではなく,「誤りの数が多く訂正できないと判
定されたとき」を意味する。したがって,被告代表物件は,構成要件G
の「1+1個以上1+k個以下の誤りの判定信号を受け取ったときは誤
りの検出に止める」の構成を充足しない。
(3) 2重誤り訂正と2・3重誤り検出との関係
ア 利用発明とならないこと
原告らは,本件発明の「復号器」は完結した復号器ではなく,連続動
作を可能とするものであり,被告物件は本件発明の利用発明に当たる旨
主張するが,前記(1)のとおり,構成要件Gの「誤りの検出に止める」
は,符号の最小距離d=5のとき2重誤り訂正を行わないことを意味し,
2重誤り訂正を行う被告代表物件は構成要件Gを充足しないから,被告
代表物件は本件発明の構成全部を含んでおらず,本件発明の利用発明に
当たるとは認められない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
イ 本件発明が解決しようとする課題との関係
原告らは,本件発明が解決しようとする課題に照らしても,2重誤り
訂正の付加は設計事項に過ぎないと主張するが,上記課題のひとつが,
「誤訂正減少のために,効率的な誤り数判定式を開発し,ある数の誤り
まで訂正し,それ以上の誤りは検出のみとする復号法の実現」であるこ
と(前記(1)ア)に照らすと,構成要件Gにいう「1+1個以上1+k
個以下の誤りの判定信号を受け取ったときは誤りの検出に止める」とは,
1+1個以上1+k個以下の誤りについては,誤り訂正を実行せず,そ
の代わりに誤り検出を行うという意味に解するのが相当であり,前記課
題を実現できないものは本件発明の技術的範囲に含まれないと解するの
が相当である。
ウ 本件発明の作用効果との関係
原告らは,本件発明の作用効果として,2・3重誤りを100%検出
するので,この検出の後に2重誤り訂正ができると主張する。
たしかに,2・3重誤り判定が100%正しいことは原告らの主張ど
おりである。しかし,2重誤り訂正を行う以上,その前提として2重誤
り判定をする必要があるが,この場合は,2重誤り判定が必ずしも10
0%正しいとはいえない(3重誤りの可能性を含んでいる。 。
)
したがって,2重誤り訂正をしてしまうと,2・3重誤りを100%
検出した結果を享受することができなくなってしまい,原告らの主張は,
その前提を欠くというべきである。
エ 三菱特許との関係
原告らは,三菱特許の誤り判定式を改良することが,本件発明の課題
であり,この課題を克服すべく,本件発明は,三菱特許を改良したもの
であり,被告物件は,三菱特許と実質的に同一の構成である旨主張する。
しかしながら,原告らが,2重誤り訂正が付加されたものと主張する三
菱発明は,2重誤り訂正を行うものであり(甲5 ) 「誤りの検出に止
,
める」構成を備えないものであるから,原告らの主張は採用できない。
なお ,「誤りの検出に止める」とは ,「2重誤りの訂正を行わない」こ
と,すなわち,2重誤り訂正の付加を禁じることと解されるところ,原
告らも ,「もし,2重誤り訂正の付加を禁じるのであれば,当該三菱特
許の改良にはならない。 と認めている 原告第12回準備書面16頁)
」 ( 。
オ 判定と検出との関係
原告らは,判定と検出との意義に違いはないと主張し,アセンブラ・
プログラムや,フローチャートにおける説明で,2・3重誤り検出に2
重誤り訂正を付加することができ,被告物件は構成要件Gを充足すると
主張する。
ところで,原告らは, 誤りの検出に止める」という構成を「HLT」
「
に置き換えている。しかしながら,「誤りの検出に止める」という構成
は,「誤りの検出のみとして訂正まではしない」という意義を有する構
成であり,これを,単なる「HLT」に置き換えることはできない。原
告の主張は,前提において失当であると。
仮に ,「誤りの検出に止める」を「HLT」に置き換えるとしても,
その「HLT」は ,「誤りの検出のみとして訂正まではしない」という
構成を意味する「HLT」である。そうすると, HLT」に替えて「C
「
ALL 2重誤り訂正処理」とすることは ,「誤りの検出に止める」と
いう構成を「2重誤り訂正処理」に置き換えてしまうことに他ならず,
本件発明の構成をそのまま備えているとはいえない。
また,原告らは,フローチャートを用いて,2重誤り訂正に至る矢印
の線が2,3重誤り検出であり,被告物件においても構成要件Gが存在
すると説明するが,仮に,2重誤り訂正に至る矢印の線を「2,3重誤
り検出」であるとみなしても,その後に,2重誤り訂正処理が続くから
には,2重誤り訂正に至る矢印の線は「 2,3重)誤りの検出に止め
(
る」構成であるとみなすことはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(4) 「不要な誤り訂正」の意味
原告らは,本件明細書の「発明の詳細な説明」の【0027 】【発明の
効果】及び【0022 】 【0023】の記載を根拠に ,
, 【0027】記載
の「不要な誤り訂正」とは,2重誤り訂正を意味しない旨主張するが, 0
【
027 】【発明の効果】記載の「不要な誤り訂正」をしないという事項に
対応するのは ,【発明が解決しようとする課題】の項にある「従来のBC
Hあるいはリード・ソロモン(RS)符号の復号法は,符号の最小距離d
=2t 0+1のとき,誤りを訂正することに主眼を置き,訂正能力いっぱ
いまで訂正することが多い。そこで,誤訂正が発生するという問題がある。
したがって,ある数の誤りまでは訂正し,それ以上の誤りは検出のみとす
る符号を構成し,その効率的な復号法を実現することが望まれる 。」とい
う記載であると認められる。そして,d=5であれば,2重誤り訂正自体
が「不要な誤り訂正」ということになる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(5) 小括
以上のとおり,被告代表物件は,直接的にも,利用発明としても,本件
発明の構成要件Gを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属しない。
3 被告代表物件以外の被告物件について
被告代表物件以外の被告物件の構成については,必ずしも明らかではない
が,原告らは,いずれも,原告らの主張どおりの構成であると主張している。
しかし,前記2のとおり,原告らが主張する被告物件の構成を前提とする限
り,本件発明の構成要件Gを充足しておらず,本件特許を侵害していないの
で,原告らが,被告代表物件以外の被告物件の構成について,その主張を維
持する限り,被告代表物件以外の被告物件の構成について検討することを要
しない。
4 争点4(選定者P1の名誉権,人格権侵害に対する侵害の有無)について
(1) 証拠(乙9)及び弁論の全趣旨によれば,被告の社員P3作成の報告書
(乙9に添付)は,CD―ROM用LSI TC9420F/30F/3
9F(CD―EXシリーズ)データプロセッサ部,誤り訂正回路について
の設計報告であること,同回路は,CD―Xの誤り訂正回路を全面的に見
直し,回路規模を増加することなく,訂正能力アップ,低消費電力化など
の改善を行ったものであること,すべての再生速度でC1:2重,C2:
4重の訂正能力の仕様であること,CD―Xからの変更点として,C2訂
正能力を3重から4重へアップしたこと,誤り訂正の原理として,r 2 =
r1=r0=0の式が成立するとき,単一誤りと判定すること,2重誤り訂
正処理,3重誤り訂正処理,4重誤り訂正処理に関する記載等の各記載が
あることが認められる。
ところで,原告らの主張は,被告の従業員が,乙9に,本件発明の判定
式(A=B=C=0)を記載したことを,原告らによる発明の冒認である
と主張しているが,判定式は本件発明のごく一部の構成に過ぎないもので
あり,判定式を記載したからといって,本件発明を記載したことにはなら
ない。また,判定式に関する乙9の添付書面(4/63)の記載は,一読して
明らかなとおり,単に「誤り訂正の原理」を記載しただけであって,符号
理論の範疇に属するものであり,特許法でいう発明とはならないから,そ
もそも冒認の前提となる発明を記載したことにならない。
また,原告らは ,「A=B=C=0」が本件発明の判定式であると主張
するが,特許請求の範囲には,判定式について定性的に規定されているに
留まる。すなわち,判定式「A=B=C=0」が本件発明の判定式の要件
に合致することは確かであるが,特許請求の範囲には, A=B=C=0」
「
と同一ないし等価な式は具体的には記載されていない。また,発明の詳細
な説明にも,最小距離が5の単一誤り訂正2・3重誤り検出リード・ソロ
モン符号の判定式について,「A=B=C=0」と同一ないし等価な式は
具体的には記載されていない。そればかりか,本件特許の原出願の明細書
には,最小距離が5の単一誤り訂正2・3重誤り検出リード・ソロモン符
号の判定式について ,「Z=(S 1 2+S 0S 2=0)AND(S 22 +S 1 S 3 =
0 ) ,すなわち ,
」 「A=C=0」という,本件発明の判定式の要件を満た
さないほどに簡単化されたものが記載されている(乙11の10枚目 )。
そうしてみると,乙9に「A=B=C=0」を記載したからといって,選
定者P1の発明の冒認であるということはできない。
(2) また,選定者P1が,大学教授としての活動を制約されたと認める証拠
はない。
(3) 以上によると,選定者P1の名誉権,人格権を侵害したとの主張を認め
ることはできない。
5 訴訟指揮等に対する異議について
原告らは,裁判長の訴訟指揮に対する異議の申し立てを,本件口頭弁論終
結後にしている。しかし,既に弁論が終結している以上,異議に対する判断
をする必要は特にないというべきである(異議を申し立てる者としては,控
訴審において,原審の訴訟手続の違法等を主張することができる。 。また,
)
申立の事由は,裁判長と被告代理人との会話状況のほか,証拠の採否を非難
するとともに,裁判所が,本件発明の十分な理解をしていないことなどをい
うものであるが,いずれも理由がなく,また,弁論を再開する必要もないと
考える。
6 結論
以上によれば,原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく,
理由がないからこれをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁 判 長 裁 判 官 山 田 陽 三
裁 判 官 島 村 雅 之
裁 判 官 北 岡 裕 章
選 定 者 目 録
選定者 P1
同 P4
同 P5
同 P6
同 P2
被告製品目録
1 パソコン(CD-ROM内蔵)
(1) dynabook C8:
ア C8/213LDDWモデル PAC8213LDDW
イ C8/213LMEWモデル PAC8213LMEW
ウ C8/21DCMENモデル PAC821DCMEN
エ C8/21DCMHNモデル PAC821DCMHN
(2) dynabook E8:
ア E8/X19PDEモデル PAE8X19PDE
イ E8/520CDEモデル PAE8520CDE
ウ E8/520PMEモデル PAE8520PME
エ E8/520CMEモデル PAE8520CME
オ E8/420CMEモデル PAE8420CME
(3) dynabook A8:
A8/420CMEモデル PAA8420CME
(4) dynabook G8:
ア G8/U25PDDWモデル PAG8U25PDDW
イ G8/X20PDEBモデル PAG8X20PDEB
ウ G8/X20PDEWモデル PAG8X20PDEW
エ G8/X20PDEW2モデル PAG8X20PDEW2
(5) dynabook P8:
P8/X28PDEモデル PAP8X28PDE
(6) dynabook V7:
ア V7/V516LMDWモデル PAV7516LMDW
イ V7/V513LMDWモデル PAV7513LMDW
2 半導体製品
(1) TC9450F
(2) TC9484F/AF
(3) TC9453AF
コンパクトディスク(CD)プレーヤ用IC
(4) TC9200BF
(5) TC9236AF
(6) TC9284BF
(7) TC9263AF
(8) TC9283F
(9) TC9295F/AF
(10) TC9296F/AF
(11) TC9432AF
(12) TC9462F
DVD用IC
(13) TC9420F
(14) TC9461F
(15) TC6817AF
(16) TC9435F
CD-ROM用IC
(17) TC9405F/AF
(18) TC9406F/AF
(19) TC9429AF
(20) TC9431AF
(21) TC9430F
(22) TC9439F
(23) TC9440F
(24) TC9449F
(25) TC9440AF
(26) TC9449AF
(27) TC9450F
(28) TC9284AF
(29) TC9453F
(30) CDV-AB32TE
(31) CDV-AB40TE
(32) CDP-AX24T
(33) XM6702B
(34) TC9466FA
(35) TC9476F
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