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平成17(ワ)21408特許権侵害差止等請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成20年12月24日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社安川電機
原告株式会社日立製作所
法令 特許権
特許法29条2項5回
特許法36条4項4回
特許法29条1項3号4回
特許法101条3号3回
特許法79条3回
特許法40条3回
特許法102条3項2回
特許法101条4号2回
特許法126条1項1回
特許法104条の31回
特許法36条1回
キーワード 実施77回
無効41回
侵害40回
特許権33回
審決20回
進歩性16回
損害賠償14回
無効審判11回
間接侵害8回
新規性8回
訂正審判6回
許諾2回
分割1回
ライセンス1回
差止1回
主文 1 被告は,原告に対し,8373万円及びこれに対する平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを15分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事件の概要 本件は,電圧形インバータの制御装置及びその方法など3個の特許権を有する原告 が,被告に対し,被告が製造販売した製品は上記特許権を侵害すると主張して,不法 行為に基づく損害金(民法709条,特許法102条3項)及び遅延損害金の支払(一部 請求)を求めたものである。

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判決文

平成20年12月24日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成17年(ワ)第21408号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成20年10月3日
判 決
東京都千代田区<以下略>
原告 株式会社日立製作所
同訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本和徳
同 七字賢彦
同 鈴木英之
同 井坂光明
同 隈部泰正
同 大友良浩
同 戸谷由布子
同訴訟復代理人弁護士 辻本恵太
福岡県北九州市八幡西区<以下略>
被告 株式会社安川電機
同訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 弁理士 大塚文昭
同 弁理士 近藤直樹
同 弁護士 奥村直樹
同訴訟復代理人弁護士 高石秀樹
同補佐人弁理士 竹内英人
同 那須威夫
主 文
1 被告は,原告に対し,8373万円及びこれに対する平成17年10月25日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを15分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担
とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,20億円及びこれに対する平成17年10月25日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,電圧形インバータの制御装置及びその方法など3個の特許権を有する原告
が,被告に対し,被告が製造販売した製品は上記特許権を侵害すると主張して,不法
行為に基づく損害金(民法709条,特許法102条3項)及び遅延損害金の支払(一部
請求)を求めたものである。
1 前提事実
(1) 本件特許権
ア 本件特許権1
(ア) 特許の特定
原告は,次の特許権を有していた。以下,この特許権を「本件特許権1」,それに
係る特許を「本件特許1」,その請求項1に係る特許発明を「本件発明1」,本件特
許権1に係る特許明細書及び図面を「本件明細書1」といい,その内容は,別紙1特
許公報(甲2)のとおりである。
登録番号 特許第2580101号
発明の名称 誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法
出願日 昭和59年(1984年)3月2日
出願番号 特願昭59−38582号
登録日 平成8年(1996年)11月21日
期間満了日 平成16年(2004年)3月2日
特許請求の範囲請求項1 別紙1の該当欄に記載のとおり
(イ) 本件発明1の構成要件の分説
本件発明1を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件1−A
−1」のようにいう。)。
1−A−1 誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,
1−A−2 該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた誘
導電動機制御システムにおいて,
1−B 前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段
を含み,
1−C 実運転前に,
1−D 前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じ
た指令信号を出力し,
1−E−1 該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,
1−E−2 前記電動機に交流あるいは直流を供給し,
1−F−1 その際における前記変換器の出力量を前記演算手段に入力し,
1−F−2 該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定
数を測定演算し,
1−G この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定す
ること
1−H を特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。
(ウ) 本件発明1(2訂)の構成要件の分説
後記第2次訂正請求(甲44)後の本件発明1(以下「本件発明1(2訂)」という。)
を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件1−A−2(2訂)」
のようにいう。訂正されていない構成要件には,「(2訂)」を付さない。)。
1−A−1 誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,
1−A−2(2訂) 該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御
装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
1−B(2訂) 前記制御装置に,前記電動機をベクトル制御する前にベクトル制御の
指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた
指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を
含み,
1−C(2訂) 前記電動機をベクトル制御する前に,
1−D(2訂) 前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の前記複数の電動機定数
の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定
条件毎に出力し,
1−E−1 該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,
1−E−2 前記電動機に交流あるいは直流を供給し,
1−F−1(2訂) その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前
記演算手段に入力し,
1−F−2(2訂) 該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機
の電動機定数をそれぞれ測定演算し,
1−G この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定す
ること
1−H を特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。
(以上,争いのない事実)
イ 本件特許権3
(ア) 特許の特定
原告は,次の特許権を有していた。以下,この特許権を「本件特許権3」,それに
係る特許を「本件特許3」,その請求項1に係る特許発明を「本件発明3」,本件特
許権3に係る特許明細書及び図面を「本件明細書3」といい,その内容は,別紙2特
許公報(甲9)のとおりである。
登録番号 特許第1751443号
発明の名称 電圧形インバータの制御装置及びその方法
出願日 昭和60年(1985年)12月6日
出願番号 特願昭60−273259号
公告日 平成4年(1992年)6月22日
公告番号 特公平4−37680号
登録日 平成5年4月8日
期間満了日 平成17年(2005年)12月6日
特許請求の範囲請求項1 別紙2の該当欄に記載のとおり
(イ) 構成要件の分説
本件発明3を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件3−
A」のようにいう。)。
3−A 交流電圧指令に基づいて直流電圧をパルス幅変調制御して交流電圧に変換し,
該交流電圧を負荷に供給する電圧形インバータの制御装置において,
3−B 交流電流指令値を発生する電流指令手段と,
3−C 予め記憶した電流に対する前記インバータの電圧降下の特性から,前記交流
電流指令値に応じた前記インバータの電圧降下の値を出力する手段と,
3−D 該電圧降下の値を前記交流電圧指令に補正する手段とを備えた
3−E ことを特徴とする電圧形インバータの制御装置。
(以上,争いのない事実)
ウ 本件特許権4
(ア) 特許の特定
原告は,次の特許権を有していた。以下,この特許権を「本件特許権4」,それに
係る特許を「本件特許4」,その請求項1に係る特許発明を「本件発明4」,本件特
許権4に係る特許明細書及び図面を「本件明細書4」といい,その内容は,別紙3全
文訂正明細書(甲14)及び図面(乙32の1)のとおりである。
登録番号 特許第3231553号
発明の名称 インバータ制御装置の制御定数設定方法
出願日 昭和61年(1986年)5月9日
出願番号 特願平6−172269号(特願昭61−106469の分割)
登録日 平成13年(2001年)9月14日
期間満了日 平成18年(2006年)5月9日
平成17年11月18日付け訂正審決(甲13)後の特許請求の範囲請求項1 別紙
3の該当欄に記載のとおり
(イ) 構成要件の分説
本件発明4を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件4−
A」のようにいう。)。
4−A 誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御
装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータにより設定
する方法において,
4−B 次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定
方法。
4−B−1 (a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定す
るステップ,
4−B−2 (b)前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を前
記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ,
4−B−3 (c)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ,
4−B−4 (d)検出された前記電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘
導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステ
ップ。
4−B−5 (e)前記(b)のステップにおいて,前記周波数指令および前記電圧指令
を徐々に増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ。
(ウ) 本件発明4(2訂)の構成要件の分説
後記第2回訂正後の本件発明4(甲41,54。以下「本件発明4(2訂)」とい
う。)を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件4−B−1(2
訂)」のようにいう。訂正されていない構成要件には,「(2訂)」を付さない。)。
4−A 誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御
装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータにより設定
する方法において,
4−B 次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定
方法。
4−B−1(2訂) (a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を
設定するステップ,
4−B−2(2訂) (b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータ
から出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を
回転させるステップ,
4−B−3 (c)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ,
4−B−4(2訂) (d)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された
周波数指令,および前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記
誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するス
テップ。
4−B−5(2訂) (e)前記(b)のステップにおいて,周波数指令および電圧指令を
前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,前記誘導電動機を回
転させるステップ。
(エ) 本件発明4−2(2訂)の構成要件の分説
後記第2回訂正後の本件特許4の請求項2の発明(甲54。以下「本件発明4−2
(2訂)」という。)を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件
4−2−A(2訂)」のようにいう。訂正されていない構成要件には,「(2訂)」を付
さない。)。
4−2−A(2訂) 誘導電動機に電力を供給するインバータを直交するベクトルの電
圧指令(V 1d*,V 1q*)に基づいて制御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記
電圧指令を出力するコンピュータにより設定する方法において,
4−2−B 次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数
設定方法。
4−2−B−1(2訂) (a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定
値を設定するステップ,
4−2−B−2(2訂) (b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバ
ータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動
機を回転させるステップ,
4−2−B−3 (c)前記回転している誘導電動機に流れる電流の,前記電圧指令の
1つのベクトル成分に対応するベクトル成分を検出するステップ,
4−2−B−4(2訂) (d)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定さ
れた周波数指令,および前記検出された電流のベクトル成分を用いて,前記コンピュ
ータを用い前記誘導電動機の1次インダクタンスを演算するステップ,
4−2−B−5(2訂) (e)得られた前記1次インダクタンスに基づき前記コンピュ
ータにより前記制御装置の制御定数を演算し,この制御定数を設定するステップ。
4−2−B−6(2訂) (f)前記(b)のステップにおいて,周波数指令および電圧指
令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,前記誘導電動機
を回転させるステップ。
(以上,争いのない事実)
(2) 出願経過
ア 本件特許権1
(ア) 当初明細書の記載
本件特許1の出願時の特許請求の範囲の記載は,次のとおりであった(乙1。 特開
昭60−183953号公報)。
(請求項1) 交流電動機と,該電動機に直流及び交流を供給する変換器と,該変換器
の出力電流の周波数及び位相を制御するための制御装置を備え,前記変換器より前記
電動機に所定の周波数及び位相の電流(直流の場合は各巻線に対して所定の極性と大き
さの電流)を供給し,その際に発生する電動機電圧と前記電流に基づいて前記電動機の
電気定数を演算測定するようにしたことを特徴とする交流電動機の定数測定方法。
(イ) 第2回補正等
原告は,平成5年8月10日付け手続補正書(乙3)により,請求項1を次のとおり
補正するなどの補正をした(以下,この補正を「第2回補正」という。)。
(請求項1) 交流電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器
の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた交流電動機制御システム
において,
前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を有し,
実運転前に,前記演算手段から前記定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該
指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流
あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量に基づいて前記演算手段
により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
該演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御定数を設定することを特徴
とする交流電動機制御システムの制御定数設定方法。
(ウ) 無効審判事件
平成17年12月20日付け無効審判請求(乙9。無効2005−80360)
平成18年6月8日付け無効審決(乙56)
平成18年7月12日審決取消訴訟提起(平成18年(行ケ)第10326号)
平成18年8月31日付け訂正審判請求(甲22。訂正審判2006−39142。後
に,平成18年12月18日付け訂正請求によりみなし取下げ)
平成18年11月17日 同年6月8日付け無効審決の差戻決定(甲26)
平成18年12月18日付け訂正請求(甲28)
平成19年6月12日付け不成立審決(甲35。訂正は認める。)
平成19年7月17日審決取消訴訟提起(平成19年(行ケ)第10261号)
平成20年4月28日請求認容判決 (乙131)
平成20年6月18日付け訂正請求(甲44。無効2005−80360。以下「第2
次訂正請求」という。)
(以上,争いのない事実)
イ 本件特許権3
(ア) 無効審判事件A
平成17年12月7日付け無効審判請求(無効2005−80353)
平成18年5月22日付け請求不成立審決(乙58)
平成18年6月30日審決取消訴訟提起(平成18年(行ケ)第10305号)
平成20年1月28日請求棄却判決(甲39。確定)
(イ) 無効審判事件B
平成18年9月22日付け無効審判請求(無効2006−80189)
平成19年2月27日付け請求不成立審決
平成19年4月3日審決取消訴訟提起(平成19年(行ケ)第10116号)
平成20年1月28日請求棄却判決(甲40。確定)
(以上,争いのない事実)
ウ 本件特許権4
(ア) 手続補正等
本件発明4におけるステップ(e)の構成は,平成9年4月7日付け手続補正書(乙3
4の2)により請求項3及び発明の詳細な説明に追加され,平成11年2月5日付け手
続補正書により本件発明4(請求項1)に記載された。
(イ) 無効審判事件A
平成18年2月21日付け無効審判請求(無効2006−80025)
平成18年7月27日付け無効審決(乙89の2)
平成18年8月31日審決取消訴訟提起(平成18年(行ケ)第10398号)
平成18年10月20日付け訂正審判請求(訂正2006−39176。後に,平成1
8年12月18日付け訂正請求によりみなし取下げ)
平成18年11月29日 同年7月27日付け無効審決の差戻決定(乙90)
平成18年12月18日付け訂正請求(甲30。以下「第1回訂正請求」という。)
平成19年7月18日付け無効審決(甲37)
平成19年8月20日審決取消訴訟提起(平成19年(行ケ)第10300号)
平成20年5月30日請求認容判決(甲43)
(ウ) 訂正審判請求事件
平成19年11月16日付け訂正審判請求(甲41。訂正2007−390134。以
下「第2回訂正(審判)」という。)。第2回訂正(審判)の内容は,請求項1及び2を前
記(1)ウ(ウ)及び(エ)のとおり訂正することなどを内容とする。
平成20年3月14日付け訂正審判請求不成立審決(甲53)
平成20年4月15日審決取消訴訟提起(平成20年(行ケ)第10140号)
(エ) 無効審判請求事件B
平成18年12月14日付け無効審判請求(乙87。無効2006−80260)
平成20年1月16日付け訂正請求(第2回訂正(請求)。訂正内容は,上記「第2回訂
正(審判)」と同じ。甲54)
平成20年5月8日付け無効審決(甲55)
平成20年6月6日審決取消訴訟提起(平成20年(行ケ)第10214号)
(以上,争いのない事実)
(3) 被告の行為
ア 被告製品(1)ないし(4)の製造販売
被告は,被告製品(1)ないし(4)(構成の主張は別紙4のとおり一部争いがある。)
を,次の販売開始時期以来,業として製造,譲渡してきた。
被告製品(1) 平成13年4月
被告製品(2) 平成13年4月
被告製品(3) 平成13年4月
被告製品(4) 平成 7年7月
(争いのない事実)
イ 対象方法1
(ア) 被告製品(1)ないし(3)の使用に当たり,別紙5の第1記載の方法(以下「対
象方法1」という。)が行われることがある。
(争いのない事実)
(イ) 対象方法1の内容についての原告の主張は,別紙5の第2に記載のとおりで
ある。
(ウ) 対象方法1の内容についての被告の主張は,別紙5の第3に記載のとおりで
ある。
(エ) 一部充足
対象方法1の構成は,それぞれ構成要件1−A−1,1−B,1−G,1−Hを充
足する。
(弁論の全趣旨)
ウ 対象方法2
(ア) 被告製品(1)ないし(4)の使用に当たり,別紙6の第1記載の方法(以
下「対象方法2」という。)が行われることがある。
(争いのない事実)
(イ) 対象方法2の内容についての原告の主張は,別紙6の第2に記載のとおりで
ある。
(ウ) 対象方法2の内容についての被告の主張は,別紙6の第3に記載のとおりで
ある。
エ 被告製品(5)(本件発明3関係)
(ア) 被告は,被告製品(5)を平成2年10月ころから製造し,平成16年9月こ
ろまで販売した。
(争いのない事実)
(イ) 一部充足
被告製品(5)は,構成要件3−B及び同3−Dを充足する。
(争いのない事実)
(ウ) 売上高
a 被告製品(5)の対象期間における売上高及び販売台数は,次の表のとおり,
平成7年11月1日から平成16年9月30日までで,少なくとも27億9100万
円である。
被告製品(5)(VS−676VG3)の対象期間における販売額
単位(百万円)
平成 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 合計
販売額 462 811 555 329 180 104 150 88 92 20 2,791
被告製品(5)(VS−676VG3)の対象期間における販売台数
単位(台)
平成 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 合計
販売台数 2,076 2,619 1,794 1,114 660 380 491 329 326 72 9,861
(争いのない事実)
b 上記aを超える売上高があったことを認めるに足りる証拠はない。
c なお,被告は,被告製品(5)の中のDSP部分の販売総額相当分は,次のと
おりであると主張している。
被告製品(5)中DSP部分の対象期間における販売総額相当分
単位(千円)
平成 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 合計
DSP 2,865 3,614 2,476 1,537 911 524 678 454 450 99 13,608
DSP単価(1380円)×販売台数
2 争点
(1) 争点1 本件発明1の充足
ア 争点1−1 本件発明1の充足
イ 争点1−2 本件発明1(2訂)の充足
ウ 争点1−3 間接侵害
(2) 争点2 本件発明3の充足
(3) 争点3 本件発明4の充足
ア 争点3−1 本件発明4の充足
イ 争点3−2 本件発明4(2訂)の充足
ウ 争点3−3 間接侵害
(4) 争点4 本件特許1の無効理由
ア 争点4−1 新規性欠如(要旨変更)
イ 争点4−2 乙11を主引用例とする新規性又は進歩性欠如
ウ 争点4−3 本件発明1の記載要件違反
エ 争点4−4 本件発明1(2訂)の訂正要件及び新構成要件の充足
オ 争点4−5 本件発明1(2訂)の進歩性欠如
カ 争点4−6 本件発明1(2訂)の新規性欠如(要旨変更)
(5) 争点5 先使用(被告製品(5))
(6) 争点6 本件特許4の無効理由
ア 争点6−1 記載要件違反
イ 争点6−2 進歩性欠如(要旨変更)
ウ 争点6−3 乙35を主引用例とする進歩性欠如
エ 争点6−4 乙36を主引用例とする進歩性欠如
オ 争点6−5 訂正要件及び新構成要件の充足
カ 争点6−6 本件発明4(2訂)の進歩性欠如
(7) 争点7 損害の発生及び額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1 本件発明1の充足
ア 争点1−1 本件発明1の充足
(ア) 構成要件1−A−2
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 出力量
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ベクトル制御のために変換器の出力電流が制御される時は,同時に出力電圧も制御
されるから,構成要件1−A−2を充足し,ベクトル制御を行う変換器から出力され
る「出力量」は,「出力電流」及び「出力電圧」のいずれも含む。
(b) 充足
よって,対象方法1の構成1−a−2は,構成要件1−A−2を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ⅰ 原告の主張(a)は争う。「出力量」は,「出力電流」と限定して解釈すべき
である。
ⅱ 本件発明1における電動機定数の測定演算原理は,インバータから制御され
た電流を誘導電動機に供給し,その際に誘起する電動機電圧に基づいて誘導電動機の
電気定数を演算測定する方法である。
ⅲ このことは,以下の点から明らかである。
本件明細書1の実施例は,すべて電流を所定値に制御出力してその際の電圧を検出
することを前提として記載されており,電圧と電流とを逆にした実施例の記載はない。
ⅳ 本件明細書1の「発明の背景」に,「電動機に所定の電圧をステップ的に印
加した際における電動機電流の立上がり時定数から」(甲2の2頁左欄下から3行∼1
行)インダクタンスを測定することが公知技術として記載されていたにもかかわらず,
誘導電動機の電気定数の測定方法として,インバータから制御された電圧を誘導電動
機に供給し,その際に流れる電動機電流に基づいて電気定数を演算測定する方法が開
示も示唆もされていないのは,本件特許1の出願当時,そのような発明は完成してい
なかったことを示している。
ⅴ 電圧を所定値に制御出力してその際の電流を検出することによる測定は,低
電圧時の出力電圧を正確に制御する技術が開発されていない本件特許1の出願当時の
技術水準では実施不可能であった。すなわち,①インバータ部半導体のオン電圧によ
る誤差,②インバータのオンディレイによる誤差は,低電圧時には無視できない程度
のものである。
ⅵ インバータの電流指令の回路と電圧指令の回路とは,一般に全く異なる。
ⅶ 本件明細書1の「発明の目的」には,「ベクトル制御用などの変換装置にお
いては,その出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,
これを用いて電動機に所定の電流を供給し」(2頁右欄12行∼15行)と記載され,
電流を制御することが明確に示される。
(b) 充足
同(b)は否認する。
対象方法1における線間抵抗と漏れインダクタンスの測定は,変換器の出力電圧を
制御することにより行っており,変換器の出力電流を制御していないから,この構成
要件を充足しない。
(イ) 構成要件1−C
(原告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−Cの「実運転前に」とは,回転停止の状態ではなく,電動機に負荷を
接続して運転する前の時点を指す。
b 充足
よって,対象方法1の構成1−cは,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
原告の主張aは争う。
「実運転前に」とは,回転停止時を意味する。
本件明細書1に記載された各実施例は,すべて電動機を停止保持して測定するもの
である(甲2の4頁右欄5行∼6頁左欄1行等)。
また,「発明の効果」の項には,「…電動機定数測定のための特別の測定装置を不要
とすることができる。」(同8頁右欄3行∼4行)との記載があり,この記載は,従来,
電動機を機械的に拘束して電動機定数の測定を行っていたところ,電動機を停止保持
したまま測定することを可能としたので,このような拘束のための特別の測定装置が
不要となったことを意味している。
b 充足
同bは認める。
(ウ) 構成要件1−D
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 「一つの定数の測定条件に応じた指令信号」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−Dの「一つの定数の測定条件に応じた指令信号」は,電流指令に限ら
れず,電圧指令も含む。
(b) 充足
対象方法1の構成1−dは,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ⅰ 原告の主張(a)は争う。
ⅱ 同構成要件は,電流指令に限定して解釈されるべきである。
(b) 充足
ⅰ 同(b)は否認する。
ⅱ 対象方法1においては,電圧指令信号を用いて測定し,電流指令信号は用い
ていないから,この構成要件を充足しない。
(エ) 構成要件1−E−1
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 「出力量」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
前記(ア)b(原告の主張)(a)と同旨
(b) 充足
よって,対象方法1の構成1−e−1は,構成要件1−E−1を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
前記(ア)b(被告の主張) (a)と同旨
(b) 充足
同(b)は否認する。
対象方法1では,線間抵抗及び漏れインダクタンスの測定において,変換器からの
出力電圧が制御されるから,この構成要件を充足しない。
(オ) 構成要件1−E−2
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 「交流」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−E−2は,その文言どおりに理解すべきであり,被告主張の限定解釈
は理由がない。
(b) 充足
対象方法1の構成1−e−2は,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
原告の主張(a)は争う。
本件明細書1には,電動機に交流を供給して測定演算する態様に関する記載はない。
したがって,特許請求の範囲を無効理由がないように解釈すれば,「交流あるいは直
流」を「直流」と限定して解釈すべきである。
(b) 充足
同(b)は否認する。
対象方法1では,構成1−b(被告の主張)のとおり,漏れインダクタンスの測定は,
交番電圧を電動機に供給して行っているから,「直流」を充足しない。
(カ) 構成要件1−F−1及び構成要件1−F−2
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 「出力量」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−F−1及び構成要件1−F−2の「出力量」は,変換器の出力電流及び
出力電圧を意味する。出力電流及び電動機電圧に限定されるという限定解釈が成立する
根拠は全くない。
(b) 充足
対象方法1の構成1−f(原告の主張)における出力量は,大きさ,位相,周波数を
有する電力量(電流・電圧から構成される。)であり,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ⅰ 原告の主張(a)は争う。
ⅱ 構成要件中にある4個所の「出力量」は,同一の物理量を意味していると解
すべきであり,構成要件1−E−1で指令信号に従い制御される「出力量」が,構成
要件1−F−1において演算手段に入力されると解すべきである。
ⅲ 仮に,構成要件1−E−1で指令信号に従い制御される「出力量」と構成要
件1−F−1において演算手段に入力される「出力量」とが異なるとしても,前記(ア)
b(被告の主張)(a)のとおり,構成要件1−A−2の「出力量」は,「出力電流」と限
定して解釈すべきであるから,構成要件1−Fにおける「出力量」は,変換器からの
出力電流に対応して生起された「誘起電圧」と限定して解釈すべきである。
(b) 充足
ⅰ 同(b)は否認する。
ⅱ 対象方法1では,指令信号に従い制御される「出力量」と演算手段に入力さ
れる「出力量」とは異なるから,この構成要件を充足しない。
ⅲ 仮に,構成要件1−F−1及び構成要件1−F−2の「出力量」が変換器の
出力電流及び出力電圧を意味するとしても,対象方法1では,構成1−f(被告の主
張)のとおり,線間抵抗及び漏れインダクタンスの測定において,電動機定数演算手段
に入力されるのは出力電流及び電圧指令値であり,出力電圧を入力していないから,
この構成要件を充足しない。
ⅳ さらに,被告方法1の線間抵抗の測定では,電流指令により制御している際
には,出力電流を検出しておらず,電動機演算手段からの指令信号を切断し,制御装
置側から独自出力される電圧指令により制御している際に,出力電流を検出する。し
たがって,被告方法1の電流指令信号は,構成要件1−F−1の「その際における」を
充足しない。
イ 争点1−2 本件発明1(2訂)の充足
(ア) 構成要件1−A−2(2訂)
前記ア(ア)と同旨
(イ) 構成要件1−B(2訂)
a 争いのない事実
構成要件1−B(2訂)のうち,後記b及びcを除く点の充足は,当事者間に争いが
ない。
b 「前記制御装置」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−B(2訂)の「前記制御装置」のオートチューニング機能を実行する際
の指令信号は,ベクトル制御のための指令信号に代えた別のものである。その指令信
号は,出力電流のみを制御するものに限定されていない。
(b) 充足
よって,対象方法1の構成1−bは,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
原告の主張(a)は争う。
構成要件1−B(2訂)の「前記制御装置」は,ベクトル制御する制御装置(構成要件
1−A−2(2訂))であるから,ベクトル制御,すなわち出力電流のみを制御する制御
装置として構成されていなければならない。
(b) 充足
同(b)は否認する。
対象方法1の構成1−b(被告の主張)のとおり,漏れインダクタンスの測定におい
ては,交番電圧指令が出力されているから,この構成要件を充足しない。
対象方法1の構成1−b(被告の主張)のとおり,漏れインダクタンスの測定におい
て,制御装置は,電圧指令信号(大きさ及び周波数の指令信号)に従い出力電圧のみを
制御する制御装置として構成されており,出力電流のみを制御する制御装置としては
構成されていないから,この構成要件を充足しない。
c 「代えて」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
構成要件1−B(2訂)の「代えて」とは,オートチューニング機能を実行するプロ
グラムの命令は,モータをベクトル制御するためのプログラムとは異なるものである
から,オートチューニング機能を実行するプログラムが稼働するときのゲート回路構
成部及び制御回路構成部からなる装置の指令信号は,ベクトル制御のための指令信号
とは別のものであることを意味するにすぎない。
(b) 充足
よって,対象方法1の構成1−b(原告の主張)は,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
原告の主張(a)は争う。
構成要件1−B(2訂)の「代えて」とは,文言上,指令信号を単に入れ換えるだけ
のことを意味する。
(b) 充足
同(b)は否認する。
対象方法1の構成1−b(被告の主張)のとおり,漏れインダクタンスの測定におい
て,制御装置は,電圧指令信号(大きさ及び周波数の指令信号)に従い出力電圧のみを
制御する制御装置として構成されているから,ベクトル制御の電流指令信号と単に入れ
換えるのみでは動作しない。したがって,対象方法1の構成1−b(被告の主張)は,こ
の構成要件を満たさない。
(ウ) 構成要件1−C(2訂)
(原告の主張)
対象方法1の構成1−cは,構成要件1−C(2訂)を充足する。
(被告の主張)
原告の主張は,明らかに争わない。
(エ) 構成要件1−D(2訂)
a 争いのない事実
後記b以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
b 「一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号」
(原告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ⅰ 構成要件1−D(2訂)の「一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる前
記予め定めた指令信号」とは,電流指令に限られず,電圧指令も含む。
ⅱ 後記被告の機能的クレームに基づく限定解釈の主張は,理由がない。
(b) 充足
対象方法1の構成1−dは,この構成要件を充足する。
(被告の主張)
(a) 特許請求の範囲の解釈
ⅰ 原告の主張(a)は争う。同構成要件は,電流指令に限定して解釈されるべき
である。
ⅱ 「…回転停止となる前記予め定めた指令信号」という記載は,機能的な記載で
あり,本件明細書1の記載に基づき,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くこ
とができない事項のみを記載しなければならないように解釈すれば,漏れインダクタンス
の測定方法における指令信号は,①「i1q=0,ω1=ωs(≠0)」かつ②「r2≪ω1(l2+L
)」という要件に加えて,③定常状態にある(甲2の4頁右欄6行),④回転磁界を発生
させる,⑤電流値は電動機が回転しない程度の小さな値にすることを必須とするもの
である。
(b) 充足
ⅰ 同(b)は否認する。
対象方法1の線間抵抗と漏れインダクタンスの測定においては,電圧指令信号を用
いて測定し,電流指令信号は用いていないから,この構成要件を充足しない。
ⅱ 対象方法1の構成1−b(被告の主張)のとおり,漏れインダクタンスの測定
においては,回転磁界ではなく交番磁界を利用するものであるため,③′電圧指令の
大きさ(振幅)が激しく変動しており定常状態にはない,④′磁界は回転していない,
⑥′電流値は非常に大きいから,この構成要件を充足しない。
(オ) 構成要件1−E−1
前記ア(エ)のとおり
(カ) 構成要件1−E−2
前記ア(オ)のとおり
(キ) 構成要件1−F−1(2訂)及び構成要件1−F−2(2訂)
前記ア(カ)のとおり
ウ 争点1−3 間接侵害
(原告の主張)
(ア)a 被告製品(1)及び(2)においてベクトル制御運転をする場合には,その前
にオートチューニング機能1又はオートチューニング機能2をあらかじめ実行する必
要がある。
b また,被告製品(3)においてベクトル制御運転をする場合には,その前にオ
ートチューニング機能1,オートチューニング機能2又はオートチューニング機能3
をあらかじめ実行する必要がある。
(イ) そして,オートチューニング機能1,オートチューニング機能2又はオート
チューニング機能3を実行すると,必ず回転停止の指令信号の下に対象方法1を実行
することになり,これによって線間抵抗及び漏れインダクタンスを測定演算して,そ
の後に行われるベクトル制御のための制御定数が設定される。
(ウ) したがって,被告製品(1)ないし(3)をその本来的目的であるベクトル制御
によって運転する場合,被告製品(1)ないし(3)は,対象方法1の使用にのみ用いる
物であり,その製造販売行為は,本件発明1との関係でも本件発明1(2訂)との関係
においても,特許法101条3号の間接侵害に当たる。
(エ) また,被告製品(1)ないし(3)をその本来的目的であるベクトル制御によっ
て運転する場合,被告製品(1)ないし(3)は,対象方法1の使用に不可欠なものであ
り,被告は,本件発明1及び本件発明1(2訂)が特許発明であること及び被告製品
(1)ないし(3)がそれらの発明の実施に用いられることを知りながらそれらを製造販
売したものであるから,その製造販売行為は,本件発明1との関係でも本件発明1(2
訂)との関係においても,特許法101条4号の間接侵害に当たる。
(被告の主張)
(ア)a 原告の主張(ア)は認める。
b ただし,被告製品(1)ないし(3)のユーザは,その使用目的に応じて,ベクトル制御
とV/f制御(オートチューニング不要)のいずれかを選択することができる。被告は,V/f制
御を選択するユーザが多いことを考慮して,発売当初から,被告製品(3)の出荷時設定をV/
f制御にしている。
したがって,被告製品(1)ないし(3)がV/f制御で使用される場合には,オートチューニ
ングは不要なので,本件発明1及び本件発明1(2訂)とは無関係である。
c 次に,ベクトル制御で使用する場合においても,複数台のインバータを購入したユ
ーザ,あるいは以前にも購入しているユーザは,オートチューニングを行わず,最初の
1台のみオートチューニング(あるいは以前にオートチューニング)して得た電動機定数をコピ
ー機能によって複製するのが通常である。
したがって,ベクトル制御が選択され,かつ電動機定数をコピー機能によって複製しな
い場合に限り,オートチューニングが実施されることになる。
(イ) 同(イ)は否認する。
(ウ) 同(ウ)は否認する。
(エ) 同(エ)は否認する。
(2) 争点2 本件発明3の充足
ア 構成要件3−A
(ア) 争いのない事実
次の(イ)以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
(イ) 「電圧形インバータの制御装置」
(原告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
(a) 構成要件3−Aは,電圧制御型電圧インバータと電流制御型電圧インバータ
の両者を含む。
(b) 本件明細書3の第5図は,本件発明3(請求項1)に対応する実施例であるが,
この第5図の電流制御型インバータの実施例の技術的課題も,「電圧形インバータに
おけるインバータ内部の電圧降下の補償」である。電流調節器のゲイン低減は,この
課題が認識される理由にすぎない。したがって,本件発明3の課題は,制御形式にか
かわらず生じる問題である。
(c) そして,本件発明3の構成によれば,電流制御型電圧インバータにおいても,
上記技術的課題を解決することができる。
(d) 本件発明3の効果は,電流調節器のゲイン低減ではなく,「発明の効果」の
欄に記載されているように,「オンディレイによるインバータ内部電圧降下を補償す
るのでトルクリプル及び制御特性の劣化を防止できる」(甲9の6頁右欄8行∼10
行)ことである。電流制御型の場合であってもこの効果を奏することは明らかであって,
被告が問題としている電流調節器のゲインが小さくて済むというのは,この本件発明
3の効果から派生する結果にすぎない。
b 充足
よって,被告製品(5)は,電流制御型電圧インバータであっても,この構成要件を
充足する。
(被告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
(a) 原告の主張aは争う。
(b) 本件明細書3の第5図の実施例は,電流制御型ベクトル制御装置であり,こ
れが本件発明3に含まれるとすると,交流電流指令値を用いてオンディレイによる電
圧降下を補償するためには,交流電流指令値と出力電流とが一致すること,すなわち
電流調節器を有することが必要である。しかし,本件発明3には,電流調節器に関す
る要件はないから,発明として必須の構成要件を欠く。このため,本件発明3の構成
では,第5図の実施例の解決課題(電流調節器のゲイン低減)を解決できない。また,
第5図の電流制御型ベクトル制御装置が本件発明3の発明に含まれるなら,電圧制御
型ベクトル制御装置の採用によって解決される課題が解決されない。
したがって,本件発明3は,第1図等の電圧制御型ベクトル制御装置を対象とした
もののみを包含し,第5図の電流制御型ベクトル制御装置のものは含まないと解すべ
きである。
b 充足
同bは否認する。
被告製品(5)は,電流調整器を有し,電流検出器も有し,電圧制御型ベクトル制御
装置ではないから,この構成要件を充足しない。
イ 構成要件3−C
(ア) 争いのない事実
次の(イ)以外の点の充足は,当事者間に争いがない。
(イ) 「予め記憶した電流に対する前記インバータの電圧降下の特性」
(原告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
(a) 構成要件3−Cの「予め記憶した電流に対する前記インバータの電圧降下の
特性」とは,オンディレイにより生じるインバータの電圧降下を補償するために記憶
した電流に対する電圧降下特性であれば,その精度にかかわらず,この構成要件に含
まれる。
本件明細書3の第2図に記載された特性図は,あくまで一実施例にすぎない。
(b) 後記被告の主張a(b)のうち,ⅰは認め,その余は否認する。
原告は,意見書(乙117)において,補正後の特許請求の範囲と実施例(図面)との
対応関係を明らかにするために,括弧書で図面番号を付記して示したにすぎない。
b 充足
被告製品(5)においては,i1*(固定座標系における電流指令値(1次電流瞬時値指令
信号)は,時間とともに変化する正弦波状の電流指令信号のある瞬間の値である。)に
ついて,当該補償電圧ΔVが決定される。このようにして決定された補償電圧ΔVが,
時々刻々と変化する中のある瞬間における電圧指令に対して補償される。
別紙4「第1 原告の主張」被告製品(5)の「3 被告製品(5)の制御演算動作に
ついて」のとおり,このΔVは,インバータの容量に応じて,I0及びV 0が決まって
いるから,当該容量のインバータに固有のものであり,瞬時瞬時の電流の大きさに応
じて,(容量によって決定されている)前記記憶された関数により瞬時瞬時においてそ
のインバータの補償電圧を求め,該補償電圧に基づいて前記インバータの交流出力電
流を修正するものであるから,ΔVを補償することは,電流指令値に応じて電圧降下
分を補償するものである。
よって,被告製品(5)は,実測値ではなく近似値を記憶するものであっても,この
構成要件を充足する。
(被告の主張)
a 特許請求の範囲の解釈
(a) 原告の主張aは争う。
「予め記憶した電流に対する前記インバータの電圧降下の特性」とは,「電流の大き
さに応じて,瞬時瞬時においてそのインバータの電圧降下を求め,該電圧降下に基づいて
前記インバータの交流出力電流を修正する」ものであり,その「電圧降下Δvは,インバー
タ出力電流ⅰ1との関係から非線形のΔv‐ⅰ特性(第2図)を呈する」ものである(審決取消
訴訟(平成18年(行ケ)10305号判決(甲39)の26頁参照)。
(b)ⅰ 「予め記憶した前記インバータの電圧降下の特性…から補正する」という
構成要件は,出願当初の特許請求の範囲には記載されていなかったが(乙114),平
成3年9月20日付け拒絶理由通知書(乙115)により「特許請求の範囲第1項におい
て,出力電圧指令信号からどのような演算をして電圧降下の瞬時値量を得るのか,そ
の方法が不明である。」という特許法36条違反の拒絶理由を受けたため,これを解消す
るために,平成3年12月20日付け手続補正書(乙116)において追加されたもので
ある。
原告は,手続補正書と同日付けの意見書(乙117)において,「…審査官の上記
御指摘に沿って以下のように補正した。」(3頁4行∼5行)と前置きした上で,請求項
1及び2の補正の根拠として,「第1図,第2図,第5図」(4頁7行)を記載した。
ⅱ そして,本件明細書3を精査しても,「予め記憶されるΔv-i特性」に
関する他の記載は存在せず,当初明細書における記載事項も同一であった(乙114の5
頁左上欄1行∼右上欄12行)。
ⅲ したがって,上記補正を無効理由が発生しないように解釈すれば,「予め
記憶した前記インバータの電圧降下の特性」とは,当初明細書時から開示されていた,イ
ンバータについて実測した各インバータに固有な特性であり,第2図で示される曲線
を意味すると理解せざるを得ない。
b 充足
同bは否認する。
別紙4「第1 原告の主張」被告製品(5)の「3 被告製品(5)の制御演算動作に
ついて」(3)のとおり,被告製品(5)においては,「i 1*<−Io」,「Io<i 1*」
の範囲では一定値(「−Vo」,「Vo」)であって,電流指令「i 1*」の大きさに応じ
ていないし,「−Io≦i1*≦Io」の範囲においても,補償電圧ΔVが−VoからVoに,
又はその逆に変化する場合の急激な補償値変動を避けて制御の安定化を図るために,電
流指令値i1*の零近傍に限り,一定の傾き(1次関数)を設けているにすぎないから,こ
の構成要件を充足しない。
ウ 争点2−3 構成要件3−E
前記ア(イ)のとおり
(3) 争点3 本件発明4の充足
ア 争点3−1 本件発明4の充足
(原告の主張)
後記イ(原告の主張)と同旨
(被告の主張)
後記イ(被告の主張)と同旨
イ 争点3−2 本件発明4(2訂)の充足
(ア) 構成要件4−A
(原告の主張)
対象方法2(原告の主張)は,構成要件4−Aを充足する。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
対象方法2の無負荷電流の測定においては,コンピュータ(電動機定数演算手段)か
ら制御装置に出力される指令は回転速度指令ωr*及びd軸電流指令id*であり,電圧指令
ではない。電圧指令は,回転速度指令ωr*及びd軸電流指令i d*に基づいて制御装置内部
で生成され,制御装置から出力される。
(イ) 構成要件4−B−1(2訂)
(原告の主張)
対象方法2(原告の主張)は,構成要件4−B−1(2訂)を充足する。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
(ウ) 構成要件4−B−2(2訂) 及び構成要件4−B−5(2訂)
(原告の主張)
対象方法2(原告の主張)は,構成要件4−B−2(2訂) 及び構成要件4−B−5
(2訂)を充足する。
代表例として,被告製品(1)の実際を甲5の1に基づき説明すると,甲5の1には,
無負荷状態でモータを回転させる「回転形オートチューニング」の実験結果を示す図
G7−1が記載されている。このうち上2つの図によると,回転開始から数秒間にわ
たって,出力周波数及び出力電圧指令が,徐々にかつ一定レートで増加し(右肩上がり
の直線で示されている。),その後,定格の80%で変化がない状態(回転状態)が続い
ている。このことから,電圧指令及び周波数指令の所定値(目標値)に基づくV/ω値
が所定値(一定値)となり,V/ω値が一定値を保ちながら,電圧指令及び周波数指令
が出力されていることが分かる。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
対象方法2においては,センサレスベクトル制御により無負荷電流の測定を行うの
で,電圧指令及び周波数指令が所定値に設定されることはなく,「前記所定値に基づ
いて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加する」こと(構成
要件4−2−B−2(2訂))もない。対象方法2では,d軸電流指令値(id*)を当初の
所定値に設定した後,d軸電流指令値(i d*)とd軸電流検出値(id)との差に応じて,
該差が減少する方向にd軸電流指令値(id*)を順次増減させながら(これに応じてd軸
電流検出値も順次増減する。)電動機を運転し,無負荷電流を測定する。
また,対象方法2においては,「周波数指令および電圧指令を前記設定した所定値ま
で徐々に且つ一定レートにて増加」させること(構成要件4−B−5(2訂))もしてい
ない。
甲5の4(図G5−1)において,回転磁界励磁期間中の出力周波数及び出力電圧指
令の波形を詳細に確認すれば,その立ち上がり当初において「徐々にかつ一定レート
にて増加」していないことが分かる。このことは,甲5の1(図G7−1)及び甲5の
3(図F7−1)でも同様である。
(エ) 構成要件4−B−3
(原告の主張)
対象方法2(原告の主張)は,構成要件4−B−3を充足する。
対象方法2において,所定値(目標値)の電圧指令及び周波数指令により,モータが
無負荷運転している定常状態においては,この電圧指令と周波数指令により回転磁束
は所定値(一定値)であるため,モータの動作原理から,この状態に応じた一定値の電
流idが流れる。この電流idは無負荷電流である。
ところで,対象方法2では,ACRdは,電流指令値i d*と検出電流i dとの偏差が
0になるように電圧指令Vd*を出力するが,無負荷状態では,V d*≪Vq*であるため,
前記の電圧指令に対して電流指令値id*は実質的に影響を与えない。つまり,電圧指令
及び周波数指令の目標値に基づくV/ω値が所定値(一定値)となり,V/ω値が一定
値を保ちながら,電圧指令及び周波数指令が出力されて無負荷運転状態)でモータに流
れる電流は,モータの動作原理から,無負荷電流idでしかあり得ない。 そして,
ACRdは,電流指令値i d*と無負荷電流idが等しくなるように動作するから,検出
電流i dと電流指令値i d*の偏差が零になる時の電流指令値i d*は,無負荷電流i dであ
る。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
(オ) 構成要件4−B−4(2訂)
(原告の主張)
対象方法2(原告の主張)は,構成要件4−B−4(2訂)を充足する。
d軸電流指令値i d*を無負荷電流として取得していることは,無負荷電流の設定が
d軸電流指令値とd軸電流検出値の偏差に基づく以上,変換器から出力された電流が
検出され,当該検出された電流に基づいて無負荷電流が設定されていることと同じで
ある。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
ウ 争点3−3 間接侵害
(原告の主張)
(ア) 被告製品(1)ないし(4)において回転形オートチューニング機能を使用する
と,本件発明4及び本件発明4(2訂)の構成要件をすべて充足する。
(イ) 被告は,被告製品(1)ないし(4)の取扱説明書において,オートチューニン
グを実施する場合,制約(モータに負荷が接続されている場合)がなければ,回転形オ
ートチューニングを実施するように記載して製造販売していたから,被告製品(1)な
いし(4)を使用して,その本来的目的であるベクトル制御によって運転するためには,
被告製品(1)ないし(4)が備える回転形オートチューニングを実行する以外に方法は
ない。つまり,被告製品(1)ないし(4)は,対象方法2の使用にのみ用いる物であり,
被告が被告製品(1)ないし(4)を製造,販売した行為は,特許法101条3号に規定
する間接侵害を構成する。
(ウ) また,被告は,ユーザが被告製品(1)ないし(4)を本件発明4及び本件発明
4(2訂)の実施に使用することを十分に承知の上で,同製品を製造販売していたから,
被告が被告製品(1)ないし(4)を製造,販売した行為は,特許法101条4号に規定
する間接侵害を構成するものである。
(被告の主張)
(ア) 原告の主張は否認する。
(イ)a 被告製品(1)ないし(4)は,多くのユーザによって,ベクトル制御による
運転のためではなく,V/F制御(オートチューニング不要)による運転のために使用
されている。
b 次に,ベクトル制御で使用する場合においても,複数台のインバータを購入
したユーザ,あるいは以前にも購入しているユーザは,最初の1台のみオートチュー
ニング(あるいは以前にオートチューニング)して得た電動機定数をコピー機能によっ
て複製し,オートチューニングを行わないのが通常である。
c したがって,ベクトル制御が選択され,かつ電動機定数をコピー機能によっ
て複製しない場合に限りオートチューニングが実施されることになるが,オートチュ
ーニングを実施するからといって常に無負荷電流の測定を実施するわけではない。無
負荷電流の測定が行われるのは,回転形オートチューニング機能を選択した場合のみ
であり,停止形オートチューニング機能1又は2を選択した場合には無負荷電流の測
定は行われない。
(4) 争点4 本件特許1の無効理由
ア 争点4−1 新規性欠如(要旨変更)
(被告の主張)
(ア) まとめ
本件発明1は,第2回補正が要旨変更に当たるから,平成5年法律第26号による
改正前の特許法40条の規定によって,その特許出願は同手続補正書の提出時である
平成5年8月10日にしたものとみなされ,本件特許1の公開公報である特開昭60
−183953号公報(乙1)が公知文献となる。
したがって,本件発明1は,乙1に記載された発明であるから,平成11年法律第
41号による改正前の特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができな
いものであり,その特許は,無効とされるべきである。
(イ) 出力量
a 第2回補正で加えられた「出力量」とは,出力電流と出力電圧の両者を含む。
b(a)ⅰ 当初明細書(乙1)に記載された電動機定数を測定演算する方法は,1次
抵抗(r1)を除き,いずれも「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条
件を設定すること」だけでは足りず,出力電流を所定の値(あるいは所定の形状)に制
御することが必須の条件設定となっている。
ⅱ(ⅰ) 当初明細書の「発明の目的」には,「ベクトル制御用などの変換装置に
おいてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,
これを用いて電動機に所定の電流を供給し,その際に誘起する電動機電圧に基づいて
交流電動機の電気定数を高精度に測定し」(乙1の2頁左上欄12行∼16行)と記載
され,「発明の概要」にも同旨の記載がある。
(ⅱ) また,「発明の実施例」に記載された各実施例も,すべて所定の出力電流
に制御して電動機定数を測定するものである。
ⅲ(ⅰ) 電流を指令により制御する回路と電圧を指令により制御する回路とは,
一般的に全く異なるものであり,また電動機定数を測定演算するための指令信号及び
演算式も全く異なるものとなる。
(ⅱ) このため,指令電流によって電動機定数の測定を行う技術が開示されてい
ても,それに基づいて指令電圧により測定を行うことが自明であるということはでき
ない。
(ⅲ) 電圧を所定値に制御出力してその際の電流を検出することを実際に実施で
きる技術,殊に低電圧時の変換器からの出力電圧を正確に制御する技術は,本件特許
1の出願当時,開発されていなかった。
(b) 後記原告の主張(イ)b(b)は否認する。制御することと,制御の結果として操
作されることとは,異なる。
(c) 同(イ)b(c)のうち,ⅰは認め,ⅱ及びⅲは否認する。
変換器からの出力電圧と電動機からの検出電圧とは,別の概念である。
(d) 同(イ)b(d)のうち,ⅰは認め,ⅱは否認する。この記載は,単に「変換装
置」(インバータ)が,出力電流又は出力電圧の大きさ及び周波数を「調節」できるも
のであるという,「変換装置」についての一般的事実を述べたものにすぎない。
(e) 同(イ)b(e)のうち,ⅰは認め,ⅱは否認する。
(f) 同(イ)b(f)のうち,ⅰは認め,ⅱは否認する。
c(a) 原告は,原告の出願に係る特願昭61−106469号(特許第2708
408号)の出願審査過程で,特許法29条2項の拒絶理由の引用例として特開昭60
−183953号公報(乙1)が引用された際,平成7年5月31日付け審判請求書(乙
4)において,「…審査官殿がご指摘された,『電流・電圧の検出値と指令値を入れ換
えて本願発明のように構成することは,当業者が容易に想到できたものであると認め
られる。』というご認定には承服できず」(5頁12行ないし14行)と主張し,その
後,この出願は,特許査定され登録となった。
(b) このように,原告自身,電流指令と電圧検出とによる定数の測定を電圧指令
と電流検出とによる定数の測定に置き換えることは当業者でも容易にはなし得ない旨
を主張している。
d したがって,①制御対象を「変換器の出力電流の周波数及び位相」から「変
換器の出力量」に補正して,変換器の「出力電圧」のみを制御して電動機定数を測定する
態様を含むものとし,また,②測定演算の基礎を「発生する電動機電圧と前記電流に基
づいて」から「変換器の出力量を…入力し,該入力した出力量に基づいて」に補正し
た第2回補正は,出願当初の明細書の要旨を変更するものである。
e 特開昭60−183953号公報(乙1)には,本件発明1に含まれる出力量
の下位概念である出力電流を制御することによって電動機定数を測定演算する方法が
開示されている。
(ウ) 実運転前
a 第2回補正で加わった「実運転前」は,回転停止中に加えて,回転停止中で
はない状態(例えば,無負荷運転など)で,電動機定数の測定演算をすることを含む。
b(a) 当初明細書には,無負荷運転などにおける電動機定数の測定演算方法つい
ての開示はない。
(b) 回転停止,無負荷運転などは,それぞれ機械的,電気的な条件が全く異なる
ものであり,それらの異なる条件を用いた電動機定数の測定演算方法は当然に全く異
なるものとなるから,回転停止の条件を,無負荷運転などの条件に置き換えることは,
当業者にとって容易ではない。
c したがって,「回転停止」を「実運転前」と補正し,無負荷運転などを含ま
せる第2回補正は,当初明細書の要旨を変更するものである。
d 特開昭60−183953号公報(乙1)には,実運転前の下位概念である回
転停止において電動機定数を測定演算する方法が開示されている。
(原告の主張)
(ア) まとめ
被告の主張(ア)は争う。
(イ) 出力量
a 同(イ)aは認める。
b(a)ⅰ 同(イ)b(a)ⅰは否認する。
ⅱ 同ⅱのうち,(ⅰ)は認め,(ⅱ)は否認する。
ⅲ 同ⅲは否認する。
本件特許1の出願当時のインバータは,電流も電圧もそれぞれ指令信号として出力
するものであり,電流を指令により制御する回路と電圧を指令により制御する回路と
は,一般的に全く異なることはない。
(b)ⅰ 出力電流と出力電圧とは一体不可分であり,分離して論じることは技術的
にあり得ないから,変換器の出力電流の周波数及び位相が制御されていれば,変換器
の出力電圧の周波数及び位相も制御されている。
ⅱ 当初明細書の請求項1中の「変換器の出力電流の周波数及び位相を制御する
ための制御装置」との記載は,このことを端的に規定しているのであり,インバータ
の制御方式を規定しているわけではない。
(c)ⅰ(ⅰ) 当初明細書の請求項1の「その際に発生する電動機電圧と前記電流に
基づいて前記電動機の電気定数を演算測定する」にいう「前記電流」とは,電動機に
供給される「所定の周波数及び位相の電流」を指している。
(ⅱ) そして,電動機に供給される電流は,変換器から出力される電流と等しい
ものである。
ⅱ 「その際に発生する電動機電圧」は,「変換器から出力される電圧」と同義
である。
ⅲ したがって,当初明細書には,電動機定数を変換器からの出力量(出力電流
と出力電圧)に基づいて演算することが開示されており,変換器への入力量として電流
指令か電圧指令かは何も規定されていなかったものである。
(d)ⅰ 当初明細書には,「本発明は,…特に出力電流(電圧)の大きさ及び周波数
を調節できる変換装置を用いて諸定数を測定する方法に関する。」(乙1の1頁左下欄
下から6行∼3行)と記載されていた。
ⅱ この記載は,当初明細書に,出力電流と共に出力電圧を制御することが開示
されていたことを示す。
(e)ⅰ 当初明細書の第9図等に記載される電流調節器は,電流指令を入力して,
ゲート回路に電圧指令を出力するものである。
ⅱ このことは,当初明細書に,電圧指令に基づいて変換器の出力量を制御する
ことが開示されていたことを示す。
(f)ⅰ 当初明細書の「発明の効果」には,「なお本発明は誘導電動機を対象と
するものに限らず,同期電動機が対象であつても同様に適用できる。また変換器は前
述のようにPWMインバータに限らず他方式のものであつてもよい。」(乙1の6頁
右下欄2行∼5行。)と述べられており,PWMインバータの制御方式に限られない
ことが記載されている。
ⅱ したがって,本件発明1を電流制御,電圧制御にわざわざ分類して,「出
力量」を限定解釈することは,本件発明1の技術的思想の本質から逸脱した議論であ
る。
c 被告の主張(イ)c(a)は認め,(b)は否認する。
d 同(イ)dは否認する。
e 同(イ)eは認める。
(ウ) 実運転前
a 同(ウ)aのうち,括弧内は否認し,その余は認める。無負荷運転などは,それ
ぞれの運転・試験の必要性に応じて行われるものであり,「実運転前」か「実運転
後」かで分類されるものではない。
b(a) 同(ウ)bは否認する。
(b)ⅰ 当初明細書には,「本発明の特徴とするところは,…変換装置の制御演算
定数を決定し,各交流電動機に対して常に最適な制御が行えるようにしたことにあ
る。」(乙1の2頁右上欄1行∼8行)と記載されている。
ⅱ 当初明細書の「実施例」における図9及び図10で示された実施例は,電動機
定数が測定演算された後に,測定演算された電動機定数に基づき設定された定数に基づい
てベクトル制御するものである。
ⅲ したがって,当初明細書には,電動機定数を測定演算するのは実運転前にで
きればよいことが開示又は示唆されていたものである。
c 同(ウ)cは否認する。
d 同(ウ)dは認める。
イ 争点4−2 乙11を主引用例とする新規性又は進歩性欠如
(被告の主張)
(ア) 乙11公報の記載
a 特開昭57−79469号公報(乙11。以下「乙11公報」といい,そこに
記載された発明を「乙11発明」という。)は,昭和57年5月18日に公開された。
b 乙11公報には,次の記載がある。
(a) 「インバータ給電非同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行う」
(4頁左下欄8行ないし10行。構成A),
(b) 「a)所属する第1のベクトルを作るための起電力形成器,b)第1のベクト
ルに対する対応する磁化成分と決定量とを作るための演算装置,c)対応する磁化電流
成分に属する磁束を演算するための演算モデル回路,d)この磁束に対応する第2のベ
クトルの決定量を演算し,2つのベクトルの決定量の制御偏差を作る調節器回路」(6
頁右上欄14行ないし左下欄3行),「平衡状態においては,調節器の出力信号は検出
されるべきパラメータ値を示す」(7頁右下欄3行ないし5行),及び「出力端26お
よび27において,演算装置2から導き出されて,磁束ベクトルの方向に関する必要
な情報を得るようにして得られる。…これにより制御のための固有の起電力検出器は
節約される」(12頁左上欄17行ないし右上欄4行。以上,構成B),
(c) 「検出された各パラメータ値には固有の積分調節器が対応し,…各積分調節
器には,調整運転に対する初期条件(調整積分)を予め与えることができると都合がよ
い」(10頁右下欄11行ないし16行),「無負荷において駆動装置が運転されると
(m=0),電流ベクトルは正しく設定された固定子抵抗パラメータにおいては下部周
波数領域において磁束ベクトルに一致し,固定子電流に平行なベクトルe′の成分は
無くなる。…固定子抵抗を予め設定するためには,e′j1=0となるまで,パラメータ
値r S′が変られねばならない」(15頁右下欄11行ないし19行),及び「固定子抵
抗rSの予めの設定は,測定器により回転機端子におけるオーム抵抗が測定され,基本
設定として起電力形成器と,対応する調節器(例えば,第6図における20,または第
10図における50)とに付与されることにより行われる。しかしながら,固定子周波
数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e′=0となるようにパラメー
タr Sを調節してもよい。同様に低い固定子周波数においてxσとx hとに対する任意の
評価値から装置の固定子抵抗を検出させ,調節器に記憶させることができ,この場合
にはパラメータxσおよびxhの誤設定は殆んど影響がない」(16頁右上欄16行ない
し左下欄9行。以上,構成C),
(d) 「正しく設定された固定子抵抗パラメータにおいては下部周波数領域におい
て…固定子電流に平行なベクトルe′の成分は無くなる。このことは…e′j1=0とな
るまで,パラメータ値r S′が変られねばならない」(15頁右下欄12行ないし19
行),及び「固定子周波数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e′=0
となるようにパラメータrSを調節してもよい」(16頁左下欄2行ないし5行。以上,
構成D),
(e) 「インバータ給電非同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行う」
(4頁左下欄8行ないし10行),「下部周波数領域において…e′j1=0となるまで,
パラメータ値rS′が変られねばならない」(15頁右下欄13行ないし19行),及び
「固定子周波数が静止しているときにも,…e′=0となるようにパラメータr Sを調
節してもよい」(16頁左下欄2行ないし5行。以上,構成E),
(f) 「e′j1=0となるまで,パラメータ値rS′が変られねばならない」(15頁
右下欄17行ないし19行),「e′=0となるようにパラメータrSを調節してもよ
い」(16頁左下欄4行ないし5行),並びに,出力電圧が座標変換器6を通じて,出
力電流が座標変換器7を通じて,それぞれ起電力形成器1に入力され,起電力形成器
1からの出力が演算装置2に入力され,更には演算装置2の出力が演算回路モデル3
に入力され,演算装置2及び演算回路モデル3からの出力が調節器回路4に入力され,
調節器回路4の内部において,演算装置2及び演算回路モデル3からの出力がそれぞ
れ減算点18で比較され,その比較結果が切換装置23を通じて各パラメータに対す
る固有の積分調節器20,21,22のいずれかに入力され,調整平衡後それぞれ求
められるパラメータ値が出力端29から出力される旨(12頁左下欄13行ないし14
行,12頁右下欄4行ないし5行,及び図6。以上,構成F),
(g) 「固定子抵抗を予め設定するためには」(15頁右下欄17行),「固定子抵
抗rSの予めの設定は」(16頁右上欄16行),及び「従って固定子電流の相当する実
際値は,パラメータ値x σ′およびrS′が回転機パラメータの真の値に等しい調整させ
られた状態においては,出力端26および27において,演算装置2から導き出され
て,…得られる。同様に出力端28において値e′は,…実際値として導き出されて
もよい。これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される」(12頁左上欄1
4行ないし右上欄4行。構成G),
(h) 「本発明は,非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタン
スに対する少なくとも1つのパラメータ値を検出するための装置に関するものである。
非同期機を制御するためには,…有利である」(4頁左上欄5行ないし11行。構成
H)
(イ) 本件発明1と乙11発明との対比
a 一致点
乙11発明と本件発明1とを対比すると,両者は,以下の点で共通する。
(a) 乙11発明の「非同期機」は本件発明1の「誘導電動機」に相当し,「磁界
オリエンテーション運転」は磁界オリエンテーションされた座標系を利用するベクト
ル制御運転のことであって,ベクトル制御は一般に電圧と周波数を可変するものであ
る。また,「インバータ」は,「変換器の出力量を制御して電動機を駆動する制御装
置」と,それによって制御される「可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器」と
を備えた「誘導電動機制御システム」に相当する。したがって,「インバータ給電非
同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行う」ためのインバータによって「イ
ンバータ給電」するシステム(構成A)は,「可変電圧可変周波数の交流を出力する変
換器」(構成要件1−A−1)と「該変換器の出力量を制御して電動機を駆動する制御
装置を備えた誘導電動機制御システム」(構成要件1−A−2)に相当する。
(b) 「起電力形成器」,「演算装置」,「演算モデル回路」,及び「調節器回
路」からなる回路は,「起電力形成器」が「第1のベクトル」を作り,「演算装置」
が「第1のベクトル」から「第1のベクトルに対応する磁化成分と決定量」を作り,
「演算モデル回路」が「対応する磁化電流成分」に属する「磁束」を演算し,「調節
器回路」が「磁束」に対応する「第2のベクトルの決定量」を演算し,「調節器回
路」が「第1のベクトルの決定量」と「第2のベクトルの決定量」からそれらの「制
御偏差」を作るものである。ここで,調節器の出力信号は,「平衡状態においては,
調節器の出力信号は検出されるべきパラメータ値を示す」ものであるため,調節器回
路は,パラメータ値すなわち電動機定数を出力するものである。そして,「起電力形
成器」,「演算装置」,「演算モデル回路」,及び「調節器回路」からなる前記の回
路は「インバータ」を制御するための電動機定数を演算するものであり,「演算装
置」からの「磁束ベクトルの方向に関する情報」は「制御のための固有の起電力検出
器」を代用するものでもあるので,「制御装置」にも含まれる。したがって,「a)所
属する第1のベクトルを作るための起電力形成器,b)第1のベクトルに対する対応す
る磁化成分と決定量とを作るための演算装置,c)対応する磁化電流成分に属する磁束
を演算するための演算モデル回路,d)この磁束に対応する第2のベクトルの決定量を
演算し,2つのベクトルの決定量の制御偏差を作る調節器回路」(構成B)は,「前記
制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含」むもの
(構成要件1−B)に相当する。
乙11公報には,「これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される」(構
成B)と記載されているが,この記載は,乙11公報に記載のパラメータ検出器をもっ
て,インバータ制御のための起電力検出器を兼用させられることを意味する。
(c) 「各パラメータ値には固有の積分調節器が対応」し,「各積分調節器には,
調整運転に対する初期条件(調整積分)を予め与えること」(構成C)が都合のよいもの
とされているが,「予め与える」とは実運転の前に定めることであるため,ここでは,
各パラメータ値すなわち電動機定数は,実運転前(構成要件1−C)に設定されるもの
である。具体的な開示としても,固定子抵抗であるパラメータ値r Sの測定に関して,
「固定子抵抗の予めの設定」について,「無負荷」かつ「下部周波数領域」や「固定
子周波数が静止」の場合に測定されることが開示されている。ここで,「無負荷」か
つ「下部周波数領域」(構成C)すなわち無負荷かつ低い固定子周波数は,実運転状態
でない無負荷において固定子抵抗を予め設定するものであるから,「実運転前」(構成
要件1−C)に電動機定数を演算するものである。また,「固定子周波数が静止」(構
成C)は,回転停止を指令するものであるため,同じく「実運転前」(構成要件1−C)
に相当する。さらに,同じく「固定子抵抗の予めの設定」について,「低い固定子周
波数」において「xσおよびxhの誤設定は殆んど影響がない」という状態で,「xσと
xhとに対する任意の評価値から装置の固定子抵抗を検出させ」ること(構成C)ができ
るが,これも「実運転前」(構成要件1−C)に電動機定数を演算することに相当する。
(d) 「下部周波数領域において…固定子電流に平行なベクトルe′の成分は無く
なる」ようにするために,「e′j1=0となるまで,パラメータ値rS′」を変えること
(構成D)は,低い固定子周波数の領域において,固定子電流に平行なベクトルe′の
成分をなくすことによって正しいパラメータ値を求めるために,パラメータ値r S′を
変化させていくことのできる指令を出すこと,すなわち,低い固定子周波数であって,
かつ,変化させられるパラメータ値r S′に対応する出力をするような指令を出すもの
である。そのような指令を出す構成は,固定子抵抗の予めの検出を行うためのものな
ので「演算手段」に相当するものであり,そのような指令を出すことは「前記演算手
段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力」
すること(構成要件1−D)に相当する。さらに,「固定子周波数が静止していると
き」に「e′=0となるようにパラメータr Sを調節」すること(構成D)は,静止の固
定子周波数を指令した状態において,e′=0とすることによって正しいパラメータ
値を求めるために,パラメータrSを調節する指令を出すこと,すなわち,静止の固定
子周波数を指令し,かつ,調節されるr Sに対応する出力をするような指令を出すもの
であるから,同じく,「前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の
測定条件に応じた指令信号を出力」すること(構成要件1−D)に相当する。
確かに,乙11公報には,パラメータ値検出装置(電動機定数演算手段に相当)が一
つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力することは明記されていないが,測定の
ため下部周波数領域で運転し,その際に測定するという手順は必要であるから,単に
下部周波数領域の速度指令を外部から入力するか自動出力するかの違いにすぎない。
(e) 「インバータ給電非同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行う」こ
とにおいて,「インバータ」はそもそも交流等を「給電」するものであり,出力する
交流の特性は指令信号により制御されるものであるため,インバータの給電動作(構成
E)は「該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御」すること
(構成要件1−E−1)に相当し,インバータは基本的に「交流」を出力するものであ
り,さらに,周波数ゼロの「交流」を出力することによって「直流」を供給すること
ができ,そのような制御が一般に行われていることも,当業者に自明な事項であるた
め,インバータの給電動作(構成E)は,「前記電動機に交流あるいは直流を供給」す
ること(構成要件1−E−2)に相当する。そして「下部周波数領域において…e′j1=
0となるまで,パラメータ値rS′が変られねばならない」あるいは「固定子周波数が
静止しているときにも,…e′=0となるようにパラメータrSを調節してもよい」に
示されるようなパラメータ値r S’又はr Sの調節を行うため,「下部周波数領域」の交
流出力に,あるいは「固定子周波数が静止」の直流出力に制御して非同期機に供給し
ている。
(f) 「e′j1=0」又は「e′=0」となるように調整するための指令信号が出力
されている間は,固定子抵抗である一つの定数の測定条件に応じた指令信号が出力さ
れている際であるから,「その際における」に相当する。そして,「回転機入力端の
電圧」又は「回転機入力端の電流」は電動機に出力されるものであって「変換器の出
力量」に相当するものであるため,それを「起電力形成器1,演算装置2,演算モデ
ル3,及び調節器回路4」に入力すること(構成F)は,「その際における前記変換器
の出力量を前記演算手段に入力」すること(構成要件1−F−1)に相当し,そのよう
な入力した出力量に基づいて,「e′j1=0となるまで,パラメータ値r S′ を調節す
る」あるいは「e′=0となるようにパラメータr Sを調節する」こと(構成F)は,
「該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演
算」すること(構成要件1−F−2)に相当する。
(g) 「固定子抵抗を予め設定するためには」あるいは「固定子抵抗r Sの予めの
設定は」に示されるように,予め調整演算された電動機定数が設定され,この設定は
「調整運転に対する初期条件(調整積分)」として与えられる。そして「パラメータ値
…r S′が回転機パラメータの真の値に等しい調整されられた状態」においては,「固
定子電流の相当する実際値」は,演算装置2から「出力端26および27」を通じて
得られ,起電力ベクトルであるe′は,同様に「出力端28」を通じて「実際値とし
て」得られるものである。さらに,「これにより制御のための固有の起電力検出器は
節約される」ということは,そのような固定子電流と起電力ベクトルによってインバ
ータの制御を行うことができるということである。ここで,パラメータ値すなわち電
動機定数は,パラメータ値検出装置の内部に調整平衡されて設定されており,パラメ
ータ値検出装置を構成する演算装置2をインバータの制御装置が「節約」のために兼
用するのであるから,「固定子電流の相当する実際値」を「出力端26および27に
おいて,演算装置2から導き出」して「得られる」ということ(構成G)は,「この演
算された電動機定数に基づいて制御装置の制御演算定数を設定する」こと(構成要件1
−G)に相当する。
(h) 「非同期機」は「誘導電動機」に相当し,「パラメータ値を検出」し,「予
め設定」することは「制御演算定数設定方法」に相当し,このように非同期機を制御
することは,「誘導電動機制御システム」の機能であるため,「非同期機を制御す
る」ために「非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対す
る少なくとも1つのパラメータ値を検出」し,「予め設定」すること(構成H)は,
「誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法」(構成要件1−H)に相当する。
b 相違点
以上のとおり,乙11発明と本件発明1との間に相違点はない。
(ウ) 容易推考等
a したがって,乙11公報は,それ単独で,あるいは少なくともそれに技術常
識,周知慣用技術を適用することによって,本件発明1のすべての構成要件を開示し
ている。
b さらに乙11発明は,本件発明1と技術分野を同一にするものであり,いず
れも誘導電動機の定数を測定することを目的とするものである。
したがって,本件発明1は,乙11発明であるか,あるいは少なくとも乙11発明
に基づいて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に推
考し得たものである。
また,本件発明1の奏する効果も,乙11発明から予測できる以上のものはない。
c よって,本件発明1は,平成11年法律第41号による改正前の特許法29
条1項3号あるいは29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,
本件特許1は無効とされるべきものであるから,原告は被告に対しその権利の行使を
することができない(特許法104条の3第1項)。
(原告の主張)
(ア) 乙11公報の記載
被告の主張(ア)は認める。
(イ) 本件発明1と乙11発明との対比
a 一致点
(a) 同(イ)a(a)は否認する。
乙11公報の第6図には「3つのパラメータ値の1つを選択して検出する装置の一
例の接続図」が開示されているが,第6図中の非同期機ASM5は図示されていない
交流電源で運転しているものであって,これとは別の検出装置を使用して電動機定数
を検出するものである。この第6図のシステム構成において,本件発明1の主要な技
術事項である変換器の存在は図示も説明もされていないし,示唆もされていない。
(b) 同(b)は否認する。
乙11公報は,非同期機の固定子電流ベクトルと固定子電圧ベクトルとの成分に対
する値を非同期機の入力端から取り出して,専用のパラメータ値検出装置が備える検
出回路により当該非同期機の求めるべきパラメータ値を検出する発明を開示している
にすぎず,インバータ装置内に「電動機定数演算手段」を有することを開示していな
い。
(c) 同(c)は否認する。
(d) 同(d)は否認する。
この専用のパラメータ値検出装置の検出回路は,第6図に概略的に示され,起電力
形成器1,演算装置2,演算モデル回路3及び調節器回路4から構成されている。そ
して,調節器回路4の切換装置23は,各パラメータ値の検出に都合のよい,つまり
第5図のそれぞれの斜線部分に対応して切り換えるものである。すなわち,パラメー
タ値検出装置が発生する指令信号は,「切替信号」にすぎず,「電動機の一つの定数
の測定条件に応じた指令信号」ということはできない。この点は,「パラメータ検出
装置」がインバータの制御のための起電力検出器を兼用したとしても,同様である。
したがって,被告が主張するように,固定子抵抗rSを実運転前に測定する方法とし
て,固定子抵抗rSの調整運転に対する初期条件を予め設定するために(構成C),所定
の(静止あるいは低い)周波数を出力し,その状態においてパラメータ値検出装置内で
e′j1=0,またはe′=0となるようにパラメータrSを調節していく指令信号を出力
すること(構成D)を開示するものとすることは,到底できない。
(e) 同(e)は否認する。
(f) 同(f)は否認する。
(g) 同(g)は否認する。
(h) 同(h)は明らかに争わない。
b 相違点
同(イ)bは否認する。
(ウ) 容易推考等
同(ウ)は否認する。
ウ 争点4−3 本件発明1の記載要件違反
(被告の主張)
(ア) 本件発明1における「出力量」は,最初の2つ(第1,第2)の「出力量」は同一
の物理量であり,その次の2つ(第3,第4)の「出力量」は同一の物理量であるとの
解釈に基づいて検討すると,以下の表に示すような4通りの組合せを含むものとなる。
第1,第2 第3,第4 説明
出力電流 出力電流 原理的に測定が不可能。
出力電圧 出力電圧 原理的に測定が不可能。
出力電流 出力電圧 明細書等に開示あり。
出力電圧 出力電流 明細書等に開示なし。
(イ) このように,本件発明1は,「出力量」が同じ物理量を意味するとすると,
実施不能の発明や明細書等に開示のない発明を含むものとなる。したがって,本件発
明1は,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを
記載」したものではなく,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項
に規定の要件を満たしておらず,本件特許1は,無効とされるべきものである。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
被告の主張は,「出力量」を同一の意味であると解釈することを前提としているも
のであり,これを特許請求の範囲の記載に形式的に当てはめてみると本件発明1が実
現不可能なものであるとするものであって,失当である。
エ 争点4−4 本件発明1(2訂)の訂正要件及び新構成要件の充足
(原告の主張)
(ア) 訂正要件
原告がした第2次訂正請求(甲44。その内容については,当事者間に争いがな
い。)は,以下のとおり,訂正の要件(特許法126条1項ただし書,3項,4項)を満
たしている。
a ①「電動機を駆動する」との記載を「電動機をベクトル制御する」と訂正す
る(明りょうでない記載の釈明)。
b ②「実運転前」との記載を「電動機をベクトル制御する前」と訂正し,「電
動機の実運転前に(時に)」との記載を「電動機をベクトル制御する前に」と訂正する
(明りょうでない記載の釈明)。
c ③「測定条件に応じた指令信号」との記載を「測定条件に応じた回転停止と
なる前記予め定めた指令信号」と限定する(特許請求の範囲の減縮)。
「測定条件に応じた指令信号」が「回転停止となる前記予め定めた指令信号」を含
むことは,本件明細書1(甲2)の【発明の詳細な説明】の欄には,〔r1の測定〕にお
いて「ここで,i 1q =0,ω 1 =0及びω s =0(直流励磁,回転停止)の条件を設定すれ
ば」(4頁左欄22行∼23行)」と記載され,〔r2′の測定〕において「次に,i1q=
0,ω 1=ωsすなわち回転停止にて一定周波数で励磁する条件を設定すれば」(4頁右欄
25行∼26行)」と記載され,〔l1+l2′の測定〕において「ここで,i 1q=0,ω1=
ωs…条件を設定すれば」(5頁左欄5行∼右欄5行)と記載され,〔L1の測定〕におい
て「i 1q=0(注:誤記を訂正した。),ω1=0,ωs=0かつi 1dをステップ変化させる条
件を設定する。」(5頁左欄16行∼17行)」等と記載されていることからして明ら
かである。
d ④「その際における前記変換器の出力量」との記載を「その際における前記
変換器の前記測定条件下における出力量」と限定し,「該入力した出力量に基づいて
∼測定演算し」との記載を「該入力した前記出力量に基づいて∼測定演算し」と限定
する(特許請求の範囲の減縮)。
e ⑤「前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算
手段を含み」という記載を,「前記制御装置に,前記電動機をベクトル制御する前に
ベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御するた
めに予め定めた指令信号を出力して,前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機
定数演算手段を含み」と限定する(特許請求の範囲の減縮)。
f ⑥「前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力し∼電動機
定数を測定演算し」との記載を,「前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの定数
の測定条件に応じた回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力
し∼電動機定数をそれぞれ測定演算し」と限定する(特許請求の範囲の減縮)。
(イ) 新構成要件の充足
前記(1)イ(原告の主張)のとおり,対象方法1は,本件発明1(2訂)の構成要件を充
足する。
(被告の主張)
(ア) 訂正要件
a 原告の主張a(①)は明らかに争わない。
b 同b(②)は明らかに争わない。
c(a) 同c(③)は否認する。第2次訂正請求は,本件明細書1(甲2)に記載され
た事項の範囲内のものでない。
(b)ⅰ 「i1q=0,ω1=ωsである条件」を設定しても,電動機を回転停止とする
ことができず,「2次抵抗r2′」及び「漏れインダクタンスl 1+l2′」のいずれも測
定することができない。
ⅱ 誘導電動機においては,i 1q (トルク電流成分)とω s(すべり角周波数)の間
には次式の関係(甲2の7頁(24)式参照)がある。ここで,i1dは励磁電流成分,T 2は
2次回路時定数,ω 1は出力周波数,ωrは電動機回転角周波数(但し電気角)である。
以上の関係において,「i1q=0」とした場合は「ωs=0」となる。すなわち,「r
2′」及び「l 1+l 2′」の演算測定の実施例のように,「i 1q=0」という条件設定と
「ω1=ω s=一定周波数(零でない)」という回転停止状態にあることとは両立しないか
ら,上記ⅰの条件設定では誘導電動機を回転停止させることができない。
ⅲ したがって,本件明細書1に記載された方法は,「測定条件に応じた回転停
止となる前記予め定めた指令信号を…出力し,…,前記電動機に交流…を供給し」て
電動機定数を測定演算するものではないから,本件発明1(2訂)の「測定条件に応じ
た回転停止となる前記予め定めた指令信号」は,交流を供給して測定演算する態様に
関しては,本件明細書1の発明の詳細な説明に記載されていないことに帰する。
(c)ⅰ さらに,本件明細書1に記載された「2次抵抗r2′」及び「漏れインダク
タンスl1+l2′」の測定方法は,誘導電動機に交流を供給して測定するものではある
が,その際の交流は単なる交流ではなく,③定常状態にあり(甲2の4頁右欄6行),
④回転磁界を発生させており,⑤その電流値は小さい,という要件を必須とするもの
である。
ⅱ この点につき,本件発明1(2訂)では「測定条件に応じた回転停止となる前
記予め定めた指令信号」とのみ規定しており,いわゆる機能的な記載をするだけであ
り,かかる機能を実現するための具体的な構成については何らの特定もしていない。
そうすると,測定条件に応じた回転停止となる指令信号でありさえすれば,定常状
態にはない交流,回転磁界を発生しない交流,又は電流値の大きな交流を供給して測
定するような指令信号の場合も技術的範囲に含まれることになる。
ⅲ しかしながら,本件明細書1には,かかる場合での測定方法につき記載も示
唆もなく,また本件明細書1の記載から当業者に自明のものでもない。
したがって,この点においても,第2次訂正請求は,本件明細書1に記載された事
項の範囲内のものではない。
d 同d(④)は明らかに争わない。
e 同e(⑤)は否認する。
f 同f(⑥)は明らかに争わない。
(イ) 新構成要件の充足
前記(1)イ(被告の主張)のとおり,対象方法1は,本件発明1(2訂)の構成要件を充
足しない。
オ 争点4−5 本件発明1(2訂)の進歩性欠如
(被告の主張)
(ア) 追加された構成要件
本件発明1(2訂)において,平成20年4月28日付け知財高裁の判決(乙131。
以下「乙131判決」という。)時の本件発明1に対して更に追加された構成要件は,
以下の3つである。
訂正事項③「回転停止となる前記予め定めた指令信号」…構成要件1−D(2訂)
訂正事項⑤「ベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞ
れ制御するために予め定めた指令信号を出力」する…構成要件1−B(2訂)
訂正事項⑥「前記電動機の前記複数の電動機定数の一つの測定条件に応じた回転停止
となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力し∼電動機定数をそれぞれ測
定演算」する…構成要件1−D(2訂)及び構成要件1−F−2(2訂)
以上をまとめると,本件発明1(2訂)において新たに追加された構成要件は,1−
A−1及び1−A−2記載の「誘導電動機制御システム」において,「前記制御装置
に,…ベクトル制御の指令信号に代えて複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御
するために予め定めた指令信号を出力し…回転停止となる前記予め定めた指令信号を
前記測定条件毎に出力し,…電動機定数をそれぞれ測定演算し…を特徴とする…制御
演算定数設定方法」ということになる。
(イ) 「1次抵抗r1」の測定条件にそれぞれ制御するために予め定めた…回転停止となる
前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力することは,当業者が容易に想到し得たこ
とである(乙131の80頁5行∼16行参照)。
すなわち,乙11公報には,固定子抵抗rSの測定条件として固定子周波数が静止している
条件を予め設定すること,すなわち予め定めた「固定子周波数が静止」(本件発明1にお
けるω1=0)という「回転停止」となる条件設定を行うことが記載されている(16頁右上欄
16行∼左下欄5行)とともに,ω1=0の条件に近接する予め定めた下部周波数領域に
おいて「固定子抵抗を予め設定するためには,e′j1=0となるまで,パラメータ値rS ′が
変られねばならない。」ことも記載されているから(15頁右下欄11行∼19行),
「回転停止となる前記予め定めた指令信号を…出力」する手段が開示されている。
(ウ) 「漏れインダクタンスl 1+l2′」の測定条件にそれぞれ制御するために予め
定めた…回転停止となる前記予め定めた指令信号を前記測定条件毎に出力することは,
当業者が容易に想到し得た事項である。
乙11公報には,「漏れインダクタンス」の演算測定を,「非同期機の通常運転を
開始する前に短絡試験により検出する」ことが記載されており(16頁左上欄8行∼9
行),固定子電流が予め定めた「高い周波数(特に定格周波数の50%以上)」で運転し
ている間,回転子は拘束されることも記載されている(同10行∼12行)。
乙11公報記載の漏れインダクタンスの測定は,回転停止の状態で行われているが,
この回転停止状態が,指令信号(高い周波数(特に定格周波数の50%以上))のみによ
って実現されるのか(「磁化電流成分i′φが殆んど零である間」(16頁左上欄12
行∼13行)は磁束も零であり誘導電動機のトルクが零となることは,当業者には自明
であるため,指令信号のみによって実現されるとも解し得る。),外部からの機械的な
拘束(拘束試験)によって実現されるのかは,必ずしもその記載からは明確ではない。
しかし,漏れインダクタンスの測定が拘束試験によるものであったとしても,それを
回転停止となる信号として与えるように構成することは,当業者に容易であった。そ
れは,具体的には,印加電圧を低く(いいかえれば固定子電流を小さく)すればいいだ
けのことであり,拘束試験においては等価回路で二次側が短絡されたものとなるため,
電流を定格値以下に制限するために低い電圧を印加することが技術常識であった。こ
こで,回転停止となるようにさせるためには,印加電圧をより低くし,電動機のトル
クをより小さくすればいいことは明らかである。また,乙11公報に記載された漏れ
インダクタンスの測定方法(16頁左上欄)には固定子電流の大きさについて何ら制約
はない。
したがって,乙11公報記載の漏れインダクタンスの測定が機械的拘束によるもの
であったとした場合でも,予め定めた高い周波数で印加する際の印加電圧を小さくし,
回転停止となる指令信号にすることによって測定演算するようにすることは,当業者
にとって容易であったと判断される。
(エ) 乙11公報に記載された前記固定子抵抗及び漏れインダクタンスについての
予めの測定は,どちらもベクトル制御(磁界オリエンテーション制御)による通常運転を
する前(15頁右下欄17行,16頁左上欄8行,同右上欄16行)に行われている。
そして,この2つの電動機定数は,どちらもベクトル制御(磁界オリエンテーション制
御)において使用されるものであり,どちらもベクトル制御による通常運転をする前に予め
その値を測定するものとして記載されているから,ベクトル制御する前に,2つの電動機
定数のどちらもがその値を測定されることになることは,当業者において自明である。
したがって「前記測定条件毎に出力し,…,…電動機定数をそれぞれ測定演算」す
ることも,当業者において乙11公報の記載から自明な事項にすぎないのであり,本
件発明1(2訂)も,乙11発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。
(オ) したがって,これらの追加された訂正事項は,いずれも乙11発明に基づき
当業者が容易に想到し得たものである。
(原告の主張)
(ア) 被告の主張(ア)は明らかに争わない。
乙11発明と本件発明1(2訂)との間においても,次の相違点は,依然として存在
している。
相違点1 電動機定数の測定演算のために出力される指令信号が,本件発明1(2
訂)では,電動機をベクトル制御する前に制御装置からのベクトル制御の指令信号に代
えて制御装置に含まれる演算手段からの複数の電動機定数の測定条件にそれぞれ制御
するために予め定めた指令信号であるのに対し,乙11発明では,演算手段から必要
な情報が出力されるが,電動機定数の測定演算のために出力される指令信号は同演算
手段とは異なるベクトル制御下における制御装置からの一つの電動機定数である固定
子抵抗の測定条件に制御するためのベクトル制御においての一つの指令信号である点,
相違点2 電動機定数の測定演算が,本件発明1(2訂)では,ベクトル制御する前
に行われるのに対し,乙11発明では,ベクトル制御において行われる点,
相違点3 測定演算される電動機の定数が,本件発明1(2訂)では複数であるのに
対し,乙11発明では固定子抵抗(rS)という一つの電動機定数であること,
相違点4 回転停止となる指令信号が,本件発明1(2訂)では複数の電動機定数の
測定条件に応じて測定条件毎に出力するのに対し,乙11発明では固定子抵抗(rS)と
いう一つの電動機定数の測定条件に応じた一つの指令信号である点,
相違点5 回転停止となる電動機に供給される電力が,本件発明1(2訂)では,交
流又は直流であるのに対し,乙11発明では直流である点
(イ) 同(イ)ないし(オ)は否認する。
カ 争点4−6 本件発明1(2訂)の新規性欠如(要旨変更)
(被告の主張)
(ア) まとめ
本件発明1(2訂)は,第2回補正が要旨変更に当たるから,平成5年法律第26号
による改正前の特許法40条の規定によって,その特許出願は同手続補正書の提出時
である平成5年8月10日にしたものとみなされ,本件特許1の公開公報である特開
昭60−183953号公報(乙1)が公知文献となる。
したがって,本件発明1は,乙1に記載された発明であるから,平成11年法律第
41号による改正前の特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができな
いものであり,本件発明1の無効理由は,依然として解消していない。
(イ) 出力量
a 前記ア(被告の主張)(イ)aないしdのとおり
b 特開昭60−183953号公報(乙1)には,本件発明1(2訂)に含まれる
出力量の下位概念である出力電流を制御することによって電動機定数を測定演算する
方法が開示されている。
(原告の主張)
(ア) まとめ
被告の主張(ア)は争う。
(イ) 出力量
a 前記ア(原告の主張)(イ)aないしdのとおり
b 同(イ)bは認める。
(5) 争点5 先使用(被告製品(5))
(被告の主張)
ア 概要
(ア) 被告は,本件発明3の内容を知らないで,当時開発中のベクトル制御インバ
ータVS−676への適用を目的に,自らオンディレイ補正に関する発明をした。
(イ) VS−676の開発自体の構想は,昭和59年に始まり,昭和60年度(3月
21日から翌年3月20日まで)から正式にスタートした。昭和60年9月30日には,
製品企画書(乙20)が作成された。
(ウ) その結果,昭和60年11月27日時点では,被告担当者は,①オンディレ
イ補正に関する構想を具体化した回路図を作成し,②回路図記載の発明を備えた評価
用試作機を製作し,行橋工場内の試験場において発明部分の実験を行い,オンディレ
イ補正に関する発明を完成していた。
(エ) 実験に当たっては,従来機種の実機を改造して,これにオンディレイ補正回
路を付け加え,実際にインダクションモータを接続駆動して実験を行った。
(オ) 被告担当者は,昭和61年2月3日,その実験結果等を報告書(乙8)として
作成し,同年3月10日,社内関係先に報告した。
イ 詳細な開発経緯
(ア) 被告は,昭和60年度重点開発テーマとしての産電用インバータ「VS−6
76」の製品開発のため,昭和60年6月20日,VS−676の製品開発プロジェ
クト・チームを発足させることとし,同年7月2日,第1回企画会議を開催した。
(イ) A設計員は,PWM変換の前段で電流指令値によるオンディレイ補正を行う方
式を構想した(以下,これを「A構想」といい,完成後は「A発明」という。)。そして,
昭和60年9月下旬,B設計員に対し,その試作と実験をするように指示した(乙31)。
(ウ) B設計員は,これを受けて,昭和60年11月27日時点で,発明実施回路図
(乙8の11頁)を作成するとともに,実際に発明実施品を試作し,行橋工場の社内試
験場にある試験設備で,従来機種VS−686TVの実機を改造して,報告書(乙8)
中に記載のオンディレイ補正回路を付け加え,これをVS−676のエンジニアリン
グ・モデルとし,実際にインダクションモータを接続駆動して実験を行った(乙8,2
9)。
(エ)a 低速領域において電流波形及びトルクリプルが改善されたか否かは,低速
時の電流波形をオシロスコープ(乙8の8頁の各写真(オシロスコープ画面)参照)で見
るだけで確認できる。そこで,現実の作業においては,低速時の電流波形を見て波形
歪の改善を最初に確認し,それから各実験データの取得を開始している。報告書(乙
8)の10頁記載のグラフ2は昭和60年12月2日付け,同11頁記載のグラフ3は
昭和60年11月27日付け,同15頁記載のグラフ5は同年11月27日付け,同
16頁記載のグラフ6は同年12月2日付けであり,いずれも低速時の電流波形を見
て,電流波形及びトルクリプルが改善され,出力電圧上昇が現状維持されること(同1
1頁記載のグラフ3)を確認し,その後データ取得を行っていたものである。また,同
9頁記載のグラフ1(電流方向によるオンディレイ補償有無での電流リップル,トルク
検出リップル含有率)の作成日は,同年12月9日であるが,このデータ取得目的は,
改善の程度の定量的把握にあった(乙46)。
b また,B設計員は,同年11月27日時点で,報告書(乙8)2頁の「On delay
の影響」項において,電流方向による電圧ドロップ,電圧上昇の発生原理を認識して
いたから,この認識があった以上,報告書(乙8)4頁に記載のオンディレイ補償回路
が意図した効果を発揮できることは自明であり,したがって,同回路図を具体化した
時点で既に発明が完成していたことは明らかである。
c このように,B設計員は,本件発明3の出願時点においては,電流波形改善及
び出力電圧上昇という目的に対する結果をすべて確認し,現製品VS−686TVに
対する特性改善を確認していたものであり,A構想は,本件発明3の出願日前には,発
明として完成していた。
d そして,同年11月27日以前には,電流指令に基づくオンディレイ補償回
路のVS−676への採用が決まっていた。
(オ) B設計員は,昭和61年2月3日,実験により確認した効果を報告書(乙8)に
まとめ,同年3月10日,C担当課長の承認を得て,同報告書を社内関係先に配布した。
(カ)a A発明は,VS−676装置全体からみると,極めて周辺的かつ細部的なも
のである。
b 他の大半の主要回路部分は,D設計員によって設計が進められていた。
c D設計員は,昭和61年3月18日,A発明を取り込んだ最終図面を作成し,
同月25日,A設計員が証査し,同月26日,C担当課長が承認した。その結果,同図
面に基づく製品の製造・販売が進められた。
(キ)a VS−676の開発全体との関係では,昭和60年11月1日,可変速設
計課のEによって,VS−676システム設計書が作成(乙63)され,VS−676設
計上のハードウエア,ソフトウエアの役割が明確にされ,その概略構成もでき上がっ
ていた。
b 被告においては,VS−686TVを始めとする各種インバータが製造販売
されていたので,VS−676について,部品の細目を含め全体が仕上がれば,製造
販売に着手できるという状況にあって,細部の詰めが行われていた。
c すなわち,昭和60年12月4日には,オンディレイ補正回路の搭載された
コントロールカードについて各機能ブロックに従い,部品の点数並びにそのコスト及
び製品における占有面積まで詳細に計算し(乙64),同月10日には,装置全体につ
いての製造工数の算出も行われ(乙65),また全機種について主回路電用品の部品選
定も行われた(乙76)。
d 同月の初めに,主回路に関する特注品であった突入抑制抵抗器の仕様につい
て発注先の株式会社日本抵抗器製作所と打合せが行われ,その打合せに基づく仕様変
更内容を関係者に連絡した(乙66)。
e 同月18日には,VS−676のオプション品の設計回路図がD設計員によっ
て作成され(乙67),翌昭和61年1月16日には,VS−676の操作マニュアル
に当たる「産業用高性能インバータ VS−676定数設定器操作説明書」(乙68)
がEによって作成された。
f また,Bは,昭和61年1月22日,昭和60年11月30日(乙21の18
頁,19頁及び20頁)並びに同12月4日(同号証27頁)を含む「3調波注入による
インバータ出力電圧上昇試験結果」と題する技術報告を作成している。
g そのほか,昭和61年1月20日には,VS−676のオプション類につい
ての考えがまとめられ(乙78),同月22日には,コントロールカードのネジ端子部
(信号の入出力端子部となる)の仕様がまとめられ,同年1月27日には,インバータ
装置の主要部品となるパワー半導体の発生ロスの算出を完了し(乙69及び70),ま
た,VS−676用オプションカードの外形寸法についての検討もされ(乙79),使
用部品である抵抗の変更に関する連絡もされ(乙80),その後,同2月7日には「運
転操作信号」について,同2月10日には「変数・定数一覧表」が整理発表(乙71)
され,次いで2月8日,13日から18日にかけて「VS−676単独運転構想」(乙
72)という運転マニュアルが作成され,また2月14日には,2月20日を期限とし
て,部材部品である「サポート」に対し,光和端子盤製造株式会社及びリョーサンに
対して見積を請求することを被告行橋工場の購買課に依頼し(乙73),2月27日に
はナナエレクトロニクス株式会社に対し,既に予定していたDCCT(電流検出器)が
ノイズの影響を受けやすく適切でないことが判明していたため,修正案を提出して試
作品を3月14日までに納付することを求め(乙74),3月5日には評価試験結果及
び価格に基づいた最適な冷却用フィンの決定がなされ(乙75),これらの細部にわた
る作業の後,3月18日にVS−676の製品回路図を作成し(乙22の4),平成6
1年5月に製品の販売カタログを作成した(乙24)。
(ク) 被告は,昭和61年6月から受注を開始し,同年9月から,完成した製品を
客先に納入した。製品の型式名は,実験当時から予定していたとおり,VS−676
である。
(ケ) VS−676に適用されたオンディレイ補正に関する発明は,その後継機種
であるVS−676VG3に引き継がれた。
ウ 事業の準備
(ア) 産業用電機品の場合には,一般消費財とは異なり,製品企画書を作成してか
ら製品開発に着手し,各部分ごとの事前評価試験,製品試作(設計,部品手配,製作),
製品試作の評価試験,生産準備(製造ラインの確定を含む。),販売資料準備,販売計
画等の作業を経た後に,受注を開始し,実際の受注を得た上で製造に取り掛かるもの
である。
(イ) 以上のとおり,A構想は,昭和60年11月27日以前に発明として完成し,
既に実施可能な状態にあったものであり,被告は,本件特許3の出願の際に,現に日
本国内において自らが行った発明につき,その発明の実施である事業の準備をしてい
た者である。
(ウ) 事業の準備の判断に当たっては,オンディレイ補正回路に関する改善の部分
は,VS−676装置全体からみると極小さい部分であるから,オンディレイ補正回
路部分のみを取り上げ,あるいは先行させても,VS−676の製品全体の開発は達
成することができないことを十分認識する必要がある。
(エ) そして,A発明は,後記エのとおり,本件発明3のすべてをカバーするもので
ある。
(オ) したがって,被告は,特許法79条に基づき,被告自らが行ったA発明及び事
業の目的の範囲内において,先使用による通常実施権を有する。
エ 先使用に係る発明の本件発明3の構成要件の充足
(ア) 構成要件3−A
a 報告書(乙8)には,「VS−686TV」の全体構成は明記されていない。
b しかし,株式会社安川電機製作所が発行する技報「安川電機 1983年4
月号」(乙29)の239頁ないし246頁には,「可変速ドライブのディジタル化」
のタイトルの下にVS−686の「基本モジュール」(表1。240頁)及び「VS−
686ディジタル制御部構成」(第3図。241頁)が示されている。
c これによれば,VS−686TVは,トランジスタインバータベクトル制御
方式を採用し,交流電圧指令に基づいて直流電圧EをPWM(パルス幅変調)制御して,
3相交流電圧に変換し,この交流電圧を負荷(モータ)に供給していることが容易に理
解できる。
d このVS−686TVに報告書(乙8)の4頁に示された回路(オンディレイ補
正回路)を搭載した「VS−676E・M(エンジニアリング・モデル)」は,交流電圧
指令Vw*をPWM回路(3)でパルス幅変調(PWM)して直流電圧を交流電圧に変換し,
この交流電圧を負荷に供給する電圧形インバータ制御装置となることは明らかである。
e よって,「VS−676E・M」は,本件発明3の構成要件3−Aに相当す
る構成を有する。
(イ) 構成要件3−B
a 乙30(Dの陳述書)添付資料1によれば,「VS−676」の電流アンプ回路
(1)では,W相電流指令値I w*とW相電流検出値i wとが演算増幅器(95ic)に入力され
ているので,図示はされていないが,交流電流指令値を発生する電流指令手段を有し
ていることは明らかである。
b また「VS−676E・M」が電流アンプ回路(1)を有することも明らかで
ある。
c よって,「VS−676E・M」は,同構成要件3−Bに相当する構成を有
する。
(ウ) 構成要件3−C
a 乙30添付資料1によれば,「VS−676」では,W相電流指令値Iw*をオ
ンディレイ補正回路(2)の演算増幅器(52ic)の負側入力端子2に入力して,正側入力
端子3のゼロ電圧(グランド電位)との差を出力端子1から増幅出力して,オンディレ
イ補正量Vwc*を得ている。また,演算増幅器(52ic)の入出力端子間にはツェナーダイ
オード(1ZDと2ZD)が逆極性に直列接続されており,これによって,グラフ1に
示すように,W相電流指令値Iw*が正ならばオンディレイ補正量は負のツェナー電圧値
となり,W相電流指令値Iw*が負ならばオンディレイ補正量は正のツェナー電圧値とな
ることが容易に理解できる。これは,演算増幅器(52ic)の入力側に接続された抵抗,
及び入出力間に接続されたツェナーダイオードに基づいて得られる再現性を備えた特
性であるから,本件発明3の予め記憶した電流に対する前記インバータの電圧降下の
特性に相当することは明らかである。したがって,演算増幅器(52ic)の出力端子1か
ら出力されるVwc*は,前記交流電流指令値に応じた前記インバータの電圧降下の値で
あるから,オンディレイ補正回路(2)は,予め記憶した電流に対する前記インバータ
の電圧降下の特性から,前記交流電流指令値に応じた前記インバータの電圧降下の値
を出力する手段に相当する。
b また,「VS−676E・M」がオンディレイ補正回路(2)を有することも
明らかである。
c よって,「VS−676E・M」は,同構成要件3−Cに相当する構成を有
する。
(エ) 構成要件3−D
a 乙30添付資料1によれば,「VS−676」では,比較器(35ic)の負側入
力端子4の直前において,W相交流電圧指令Vw*,オンディレイ補正量(演算増幅器(52
ic)の出力端子1からの出力)V wc*,及び三角波キャリア(PAWMC)がこれら3つ信号の接
続点において合成されるが,W相電圧指令値Vw*とオンディレイ補正量Vwc*をみれば,
W相電圧指令値V w*がオンディレイ補正量Vwc*によって補正されることになるので,こ
れらの信号の接続点は該電圧降下の値を前記交流電圧指令に補正する手段に相当する。
b また,「VS−676E・M」が前記の補正する手段を有することも明らか
である。
c よって,「VS−676E・M」は,同構成要件3−Dに相当する構成を有
する。
(オ) 構成要件3−E
a 「VS−676E・M」は,PWM回路(3)を有することが明らかであるか
ら,電圧形インバータの制御装置に相当する。
b よって,「VS−676E・M」は,同構成要件3−Eに相当する構成を有
する。
(カ) 効果
a 「VS−676E・M」は,報告書(乙8)に示されるように,「電流波形の
改善及び出力電圧上昇を目的として,電流方向によるオンディレイ補正回路を提案」
(表紙)している。そして,「トランジスタインバータによってモータをドライブする
場合,短絡防止のためオンディレイがもうけられている。その結果は,単に出力電圧
の低下ばかりでなく,入出力間の非線形歪みとして現われ,低電圧領域では,一種の
不感帯として作用する。そのため,電流波形が歪みトルクリップルを生じ,特に低速
で安定な運転ができない。VS−686TVでは,この様な問題に対処するため,電
流アンプに,ダイオードによる非線形補償回路を設けている。
しかし,オンディレイによる電圧ドロップ,電圧上昇は出力電圧と電流の位相によ
って変化する。すなわち電流方向によって決定される。この意味からするとVS−6
86TVで施された処置は,改善する余地があると思われる。」(1頁),「まとめ…
電流方向によるオンディレイの補正は,低速領域の電流波形の改善に効果があること
を確認した。この結果を,VS−676製品化に,反映する」(18頁)。すなわち,
電流方向によるオンディレイ補正回路(2)を備えたVS−676E・Mは,電流アン
プ回路(1)の出力であるW相電圧指令値Vw*をオンディレイ補正回路(2)の出力Vwc*に
よって補正し,これによって出力電圧の低下,入出力間の非線形歪,特に低電圧領域
での不感帯という問題への対処を目的とするものであるから,オンディレイによるイ
ンバータ内部の電圧降下を補償するという本件発明3の目的と同じである。
b また,VS−676E・Mは,オンディレイによるインバータ内部の電圧降
下を補償して低速領域の電流波形を改善し,電流波形が歪トルクリップルを生じ低速
で安定な運転ができないという問題を解消するものであるから,本件発明3の効果と
相違がない。
(原告の主張)
ア 概要
被告の主張アは不知。
製品企画書(乙20)の9頁「VS−676 開発スケジュール」によれば,本件特
許3の出願時点では,製品試作も行われていない。
イ 詳細な開発経緯
(ア) 同イのうち,発明の完成の点は否認し,その余は不知。
(イ)a 報告書(乙8)には,「報告の目的」の欄に,「電流波形改善及び出力電圧
上昇を目的として」と記載され,「実験結果要旨」の欄に,「電流制御範囲の拡大(出
力電圧UP)には至らなかったが,電流方向によるオンディレイ補正により,低速領域
の電流波形改善には効果が認められた」と記載されている。このように,報告書(乙
8)には,上記目的の実験を行ったが,その一部に限って確認できたことが記載されて
いるにすぎない。
b 報告書(乙8)に含まれるグラフのうち,グラフ1(電流方向によるオンディレ
イ補償有無での電流リップル,トルク検出リップル含有率)の作成日は,本件発明3出
願後の昭和60年12月9日である。
被告は,上記グラフ1は改善の程度の定量的把握を目的としたものである旨主張す
るが,実際の製品に適用するかどうかを決定するために定量的な把握は必須である。
c VS−686TVと,VS−676とでは,PWM回路部分を含めて回路が
異なっている(乙47の3,乙22の4参照)。オンディレイ補償回路は,PWMに関
する回路部分で生ずるオンディレイ電圧降下を補償するものであるから,どのような
補償方式を採用するかは,実際の製品であるVS−676の回路が確定し,これに組
み込んだ状態でテストしなければ確定しえない。
d 以上の事実は,本件特許3の出願時点においては,被告において,オンディ
レイ補償に関する技術の実験が行われている途上にあったにすぎないことを示してい
る。
(ウ)a 報告書(乙8)には,グラフの一部に本件特許3の出願日の直前の日付が記
載されたものが含まれているが,報告書(乙8)自体の作成時期は,本件特許3の出願
後である。
b しかも,その内容は,オンディレイ補償に関する実験・検討結果に止まって
いる。
c 報告書(乙8)中の実際の製品との関係についての記載は,末尾に「この結果
をVS676製品化に,反映する」とあるに止まっている。
d したがって,報告書(乙8)がオンディレイ補償に関する技術を適用したVS
−676の事業について即時実施の意図を示すものとは到底認められない。
(エ) 被告は,VS−676の開発経緯を主張するが,それらの事項は,本件発明
3を実施するかどうかにかかわらず,被告がVS−676の製品開発のために行った
行為であって,本件発明3の実施の準備とは関係ない事項である。
ウ 事業の準備
同ウは否認する。
特許法79条にいう発明の実施である事業の準備とは,特許出願に係る発明と同じ
内容の発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図が
あり,かつ,その意図が客観的に認識されうる態様,程度において表明されているこ
とをいう(最高裁昭和61年10月3日判決民集40巻6号1068頁)。
本件発明3との関係で問題になるのは,オンディレイ補償に関する技術を適用した
VS−676に関する事業,すなわち当該製品の製造・販売の事業の準備がいつの時
点で認められるかである。
オンディレイ補償に関する技術を適用したVS−676の製造・販売の事業につい
て,本件特許3の出願時点において,即時実施の意図が認められないことは明らかで
ある。
エ 先使用に係る発明の本件発明3の構成要件の充足
同エは否認する。
(6) 本件特許4の無効理由
ア 争点6−1 記載要件違反
(ア) 記載不備1
(被告の主張)
本件発明4は,特許請求の範囲に「無負荷状態」,「電圧指令,周波数指令に基づ
いて」という発明の構成に必須である要素が欠落しているため,特許請求の範囲が発
明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したもの
でなく,本件特許4は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項の
規定に違反してされたものであり,無効とされるべきである。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
本件発明4は,制御定数が未設定のものに対して同発明の方法により制御定数を設
定することを内容としたものであり,「負荷状態」におけるインバータ制御装置の制
御定数設定方法を対象としたものではないことは明らかである。
また,「電圧指令,周波数指令に基づいて」との記載が必須の要件であるとする主
張も,実施例に限定した解釈を主張するものであり,理由がない。
(イ) 記載不備2
(被告の主張)
a 本件発明4の記載が不明確であり,この記載を意味のある発明として合理的
に解釈すると,次のとおり,解釈(i)から(iii)のように解釈される。
解釈(i) ステップ(a)の「所定値」は「目標値」,ステップ(b)の「所定値」は
「指令値」を意味するものであって,ステップ(e)によりステップ(b)に記載の「所
定値」を徐々に増加させ,それがステップ(a)に記載の「所定値」に達するまで,ス
テップ(c)∼(d)を反復するものと解釈する。
解釈(ii) ステップ(a)の「所定値」は「目標値」,ステップ(b)の「所定値」は
「指令値」を意味するものであって,ステップ(b)は,ステップ(e)によりステップ
(b)に記載の「所定値」を「目標値」まで「徐々に増加」させるものと解釈する。こ
の解釈においては,ステップ(b)の完了後にステップ(c)および(d)が実行されるこ
とになる。
解釈(iii) ステップ(a)とステップ(b)に記載された「所定値」は両方とも「指令
値」ではなく「目標値」であることを意味し,ステップ(e)の「周波数指令」及び
「電圧指令」を「徐々に増加」させるステップは,ステップ(b)における「誘導電動
機」の「回転」が「目標値」に対応する回転に達するまでの動作を表わすものであり,
そこに達したときにステップ(b)が完了することになるものと解釈する。この解釈に
おいては,ステップ(b)の完了後にステップ(c)及び(d)が実行されることになる。
b したがって,本件発明4は,発明の詳細な説明に記載されていない動作を実
施するような解釈である解釈(i)を含むため,発明の詳細な説明に記載した発明の構
成に欠くことができない事項が欠落していることになるから,本件特許4は,昭和6
2年法律第27号による改正前の特許法36条4項の規定に違反してなされたもので
あり,無効とされるべきである。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
(ウ) 記載不備3
(被告の主張)
本件発明4のステップ(e)(構成要件4−B−5)の「徐々に」という用語は,増加
させる程度の範囲を客観的に定め得るものではなく,不明確である。本件発明4によ
れば,突入電流があってもなくても,その後のステップで同じように制御定数が設定
されるのであるから,それの技術的意義は全く不明である。したがって,特許請求の
範囲が発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載
したものでなく,本件特許4は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36
条4項の規定に違反してなされたものであり,無効とされるべきである。
(原告の主張)
被告の主張は否認する。
「徐々に」の意義は,始動時の突入電流を防止するため,周波数指令及び電圧指令
を少しずつ増加させるものであり,意義は明確である。
イ 争点6−2 進歩性欠如(要旨変更)
(被告の主張)
(ア) 前提事実(2)ウ(ア)のとおり,本件発明4のステップ(e)の構成は,平成11
年2月5日付け手続補正書で追加された。
(イ)a 当初明細書(乙34の1)には,「なお始動時の突入電流を避けるため,w1*
とv 1q*は一定レートにて立上げ加速終了後,ブロック62にてi1d,i 1qの信号を取込
み,ブロック63にて(18)式よりl1+L 1を演算する。」(5頁左上欄18行∼右上
欄2行)との記載がある。
b しかし,上記「一定レート」は増加率が一定であり,かつ,増加率の大きさ
に制約がないことを意味する。
c これに対し,上記補正で加えられた「徐々に」は,増加率が一定とは限らず,
かつ,増加率の大きさが極めて小さいことを意味する。
(ウ) したがって,上記補正は要旨変更に当たり,本件特許4の出願日は,当該補
正書が提出された平成11年2月5日に繰り下がる。
その結果,本件特許4の公開公報(特開平7−75400号,平成7年3月17日公
開)が公知文献となり,本件発明4は当該文献に基づいて,当業者が容易になし得たも
のである。
(原告の主張)
(ア) 被告の主張(イ)のうち,aは認め,その余は否認する。同(ウ)は否認する。
(イ) 当初明細書の上記記載には,「始動時の突入電流を避けるために」増加させる
という目的と,その増加の程度を「一定レートにて立上げ加速」するという具体的方
法が開示されているものである。
そして,「始動時の突入電流を避けるために」との記載が,始動時の突入電流を避け
るため,w1*とv1q*は一気に所定値としないことを意味することは,当業者にとっては,
記載してあるに等しい事項である。
ウ 争点6−3 乙35を主引用例とする進歩性欠如
(被告の主張)
(ア) 乙35文献の記載
後記カ(被告の主張)(ア)のとおり
(イ) 他の引用例の記載
後記カ(被告の主張)(イ)のとおり
(ウ) 一致点及び相違点
a 相違点
本件発明4と乙35発明とは,次の点で相違する。
本件発明4は,電圧指令及び誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するステップ
(構成4−B−1)を有するのに対し,乙35発明は,速度入力指令ωr*を定格値に設定
するものである。
b 一致点
本件発明4と乙35発明とは,その余の点で一致する。
c 原告の主張に対する認否
後記原告の主張(ウ)bは否認する。乙35文献中の「測定においては周波数指令ω 1*
を定格に設定し」(66頁20行)は,周波数指令ω1*を定格に設定して無負荷運転する
との意味ではない。ここに記載されているのは,ベクトル制御運転なので,速度入力
指令ωr*を定格に設定することである。
(エ) 相違点についての判断
a(a) ベクトル制御装置,すなわちインバータにおいて「速度入力指令」を設定
する乙35発明の「速度入力指令」を,上記周知技術である「印加電圧」及び「周波
数」で転換すると,本件発明4の構成となる。
(b) 上記周知技術を乙35発明に適用することは,当業者が容易に推考し得たこ
とである。
b 後記原告の主張bは否認する。
c 同cは否認する。
d 同dは否認する。
所定値まで周波数指令及び電圧指令を増加させながら誘導電動機を始動回転させる
ことは,インバータ運転における当然の使い方であり,これによって始動時に発生す
る突入電流を防止できることも当たり前である。
さらに,突入電流があってもなくても,その後のステップで同じように制御定数が
設定されるのであって,「徐々に増加」させることに技術的意義はない。
(原告の主張)
(ア) 乙35文献の記載
後記カ(原告の主張)(ア)のとおり
(イ) 他の引用例の記載
後記カ(原告の主張)(イ)のとおり
(ウ) 一致点及び相違点
a 同(ウ)は否認する。被告主張の相違点は不正確であり,また,相違点は他にも
ある。
b 相違点は,次のとおりである。
相違点1 本件発明4は,ステップ(a)において,電圧指令を設定するものである
のに対し,乙35発明は,電流指令i*を所定値に設定するものである点,
相違点2 本件発明4は,ステップ(a)において,前記誘導電動機の磁束一定条件
を満たすように電圧指令及び誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するステップを
有するのに対し,乙35発明は,周波数指令ω1*を定格値に設定するとともに,電流指
令I m*を所定値に設定するものであるが,周波数指令ω1*と電流指令Im*の設定では,
磁束一定条件は得られず,AERによって電流指令Im*が順次補正されることによって
初めて,前記誘導電動機の磁束一定条件が満たされるものである点,
相違点3 乙35文献には,ステップ(e)の「前記(b)のステップにおいて,前記
周波数指令および前記電圧指令を徐々に増加させて,前記誘導電動機を回転させるス
テップ」について,開示も示唆もない。
(エ) 相違点についての判断
a 同(エ)aは否認する。
乙37ないし41には,所定の値を有する交流電圧を誘導電動機に印加して無負荷
状態で回転させ,その際の印加電圧,周波数,電流に基づいて一次インダクタンスと
関係する定数を決定するという等価回路に基づいて電動機の特性を算定する方法が記
載されているのみであり,本件発明4のように,インバータ装置によりその運転条件
を形成し,励磁インダクタンスL1を測定し,それに基づいて制御定数を自動設定する
ことの記載はない。
したがって,乙35発明に対して乙37ないし41記載の技術を適用することは,
当業者が容易になし得たことではない。
b また,原告主張の相違点1が存することにより,本件発明4は,電圧指令値
を設定して電流を検出するものであるため,電流指令値を設定し電圧を検出する乙3
5発明よりも,精度高く定数を測定演算できるという顕著な効果を奏する。
c また,原告主張の相違点2が存することにより,本件発明4では,前記誘導
電動機の磁束一定条件を満たすように電圧指令及び誘導電動機の周波数指令を所定値
に設定するから,電圧指令/周波数指令は,設計値である磁束に基づき誘導機が回転
するため,精度高く定数を測定演算できるという顕著な効果を奏することになる。
d そして,原告主張の相違点3が存することにより,始動時に発生する突入電
流を防止することができるとの効果を奏する。
エ 争点6−4 乙36を主引用例とする進歩性欠如
(被告の主張)
(ア) 乙36公報の記載
乙36(特開昭58−218891号公報。以下「乙36公報」といい,それに記載
された発明を「乙36発明」という。)には,次の記載がある。
3頁右上欄17行∼左下欄6行には「…91は本発明になる演算部で,…を入力と
して,以下に述べる原理に従って,誘導電動機3の実運転中の等価回路定数r1,l1,
M,r2′,l2′を演算し,結果を前記制御信号発生部2に出力する。」と,
第2図には「演算部91および制御信号発生部2」が,
4頁左上欄3行∼10行には「…これまでに得られたr1,l1,M,r2′,l 2′は
正しいので,これを用いて第2図の制御信号発生部2により制御信号を発生する。…
かかる演算は第2図中の演算部9にマイクロコンピュータを用いることによって容易
に行うことができる。」(以上,4−A)と,
2頁左上欄1行∼6行には「…1は例えば自励式電圧型インバータであり,その3
相出力相電圧Vu,Vv,V wを指令値Vu0,V v0,V w0に従って発生して誘導電動機3に
印加し,誘導電動機4の速度Nをその指令値N0に追従するように制御する。」(4−
B−1″)と,
3頁左下欄3行∼6行には「…以下に述べる原理に従って,誘導電動機3の実運転
中の等価回路定数r1,l1,M,r2′,l2′を演算し,結果を前記制御信号発生部2
に出力する。」(4−B−2)と,
3頁右上欄17行∼左下欄3行には「…91は本発明になる演算部で,…81,8
2,83で検出された誘導電動機3の入力線電流Iu,I v,I w…を入力として,」(4
−B−3)と,
3頁右上欄19行∼左下欄6行には「…81,82,83で検出された誘導電動機
3の入力線電流Iu,Iv,Iw…を入力として,以下に述べる原理に従って,誘導電動機
3の実運転中の等価回路定数r1,l1,M,r 2′,l 2′を演算し,結果を前期制御信
号発生部2に出力する。」と,
4頁左上欄3行∼10行には「…これまでに得られたr 1,l1,M,r2′,l 2′は
正しいので,これを用いて第2図の制御信号発生部2により制御信号を発生する。…
かかる演算は第2図中の演算部91(「演算部9」は誤記である。)にマイクロコンピ
ュータを用いることによって容易に行うことができる。」と,
第2図には「演算部91が制御信号発生部2に等価回路定数r1(「n」は誤記であ
る。),l1,M,r2′,l2′を設定すること」が,
第3図には「相互インダクタンスMは一次回路側に直列に接続されていること」(以
上,構成4−B−4)が
それぞれ記載されている。
(イ) 一致点及び相違点
a 相違点
本件発明4と乙36発明とは,本件発明4は,電圧指令および誘導電動機の周波数指
令を所定値に設定するステップ(構成4−B−1)を有するのに対し,乙36発明は,
上記(ア)の構成4−B−1″である点で相違する。
b 一致点
本件発明4と乙36発明とは,その余の点で一致する。
(ウ) 相違点についての判断
a ベクトル制御装置,すなわちインバータにおいて「速度入力指令」を設定す
る乙36発明の「指令値N0」を「周波数指令」の所定値として,その際,上記ウ(被
告の主張)(イ)の乙37ないし41記載の周知技術の定数決定手法を採ると,本件発明
4の構成となる。
b 上記構成及び上記周知技術を乙36発明に適用することは,当業者が容易に
推考し得たことである。
(原告の主張)
(ア) 乙36公報の記載
同(ア)は認める。
(イ) 一致点及び相違点
同(イ)は否認する。被告主張の相違点は不正確であり,また,相違点は他にもあ
る。
(ウ) 相違点についての判断
同(ウ)は否認する。
乙36発明は,実運転中の等価回路定数の決定に関するものであり,実運転前にイ
ンバータ装置を用いて電動機定数を自動測定し,その定数から制御定数を自動設定す
ることの記載や示唆はない。したがって,乙36発明から本件発明4に想到すること
は容易ではない。
また,乙37ないし41には,本件発明4のように,インバータ装置によりその運
転条件を形成し,励磁インダクタンスL 1を測定し,それに基づいて制御定数を自動設
定する発明の記載はない。
したがって,乙36発明に対して乙37ないし41記載の技術を適用することは,
当業者が容易になし得たことではない。
オ 争点6−5 訂正要件及び新構成要件の充足
(ア) 訂正要件
(原告の主張)
第2回訂正は,訂正要件を満たす。
(被告の主張)
原告の主張は,明らかに争わない。
(イ) 新構成要件の充足
(原告の主張)
前記(3)イ(原告の主張)のとおり
(被告の主張)
前記(3)イ(被告の主張)のとおり
カ 争点6−6 本件発明4(2訂)の進歩性欠如
(被告の主張)
(ア) 乙35文献の記載
a 乙35(以下「乙35文献」といい,これに記載された発明を「乙35発明」
という。)には,図面と共に,以下の事項が記載されている。
「周知のように誘導電動機(以下.IMと略す)のベクトル制御においては,IMの
等価回路を制御モデルとして制御するため,制御装置には前もって適用するIMの等
価回路定数に基づく制御定数を設定する。」(61頁7行∼10行),
「本論文では,ベクトル制御装置に電動機定数測定機能を持たせ,実運転前に電動
機定数や慣性モーメントを高精度に自動測定し,これに基づき制御定数を自動設定す
ることを目的に,電動機定数の測定法とこれをディジタルインバータ装置に適用すると
きのオートチューニング方式について報告する。」(61頁17行∼20行),
「先に開発した速度センサレス・ベクトル制御を例に,オートチューニングの必要
性について述べる。図1は同制御システムの構成を示す。ベクトル制御は電動機モデ
ルを基準として,インバータ出力電流の大きさと位相及び周波数を制御するため,モデ
ルの定数を電動機定数に応じて予め設定する必要がある。」(61頁22行∼26行),
「ここで,V1d,V 1q及びI1d,I 1qは角周波数ω 1で回転する座標上の電圧,電流成分
であり,V1d,V 1qは後述するように検出可能,またI1d,I 1qはベクトル制御の制御信
号から間接的に検出可能であるため,これらを与えて(4)式を解くことができる。さ
らに,特定の条件を与えれば定数や変数を消去できるので測定すべき定数を簡単に求
めることができる。すなわち,定常状態ではP(d/dt)=0とおけ,また直流励磁
ではω1=0,回転停止状態ではω1=ωs,さらにI 1d=0又はI 1q=0の条件を設定する
と定数及び変数が消去でき,測定すべき定数に関する電圧方程式が導びける。以上が
測定原理である。」(62頁下から6行∼63頁2行),
「すなわち,この条件下での電動機の等価回路は図3(a)に,また,電圧Vと電流
Iの関係は同図(b)のベクトル図に示すようになる。このとき電圧Vのd,q軸成分
において,電流と同相成分Vdは抵抗r 1,r2による電圧降下に,直交成分Vg(「Vq」は
誤記である。)は漏れインダクタンスl1,l2′による電圧降下に相当する。」(64頁
8行∼11行),
「本測定法は,IMをベクトル制御で無負荷運転した条件で励磁インダクタンスL 1
を求める。この条件では,(4)式において 定常状態P=0,ωs≒0,I1g≒0(「I1
」は誤記である。)とおけ,次式が成立する。
q
V1q=(l1+L1)・ω1・I1d+M・ω1・I2d
0=r2・I2d } ・・・・・(14)
さらに,l1≪L1とすれば,L1は次式より求められる。
L1=V1q/ω 1・I1d ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)」(同66頁13
行∼19行),
「測定においては周波数指令ω1*を定格に設定し,そのときの電流指令値Im*(AER
により定格電流となるよう設定される)と電圧検出信号Vqより(15)式の演算でL 1が
求まる。」(66頁20行∼22行),
「以上の測定によりr 1,r 2′及びl1+l2′を正規化演算し,起電力検出器の内部
インピーダンスを設定する。」(69頁6行∼9行),
「次に全制御を活し,速度入力指令ωr*に定格値を設定し,IMを無負荷運転する。
そのときのI m*,ω 1*とVqの信号より,3.3節の方法で励磁インダクタンスL1を測
定する。なお,2次時定数T2はこのL1と先に求めたr2′より演算する。このT2とL1
に基づきすべり演算器とI m*の最適設計(「最適設定」は誤記である。)を行う。」(6
9頁11行∼19行),
「速度センサレス・ディジタルベクトル制御インバータに上記電動機定数測定機能
を付加し,電動機定数が不明な状態から制御定数を自動設定するオートチューニング
方式を開発し,その効果を加減速性能及び速度精度より実証した。」(70頁22行∼
25行),
また,62頁の図1には,オートチューニングのフローとして,インバータの電流
指令を出力するための周波数指令を出力するコンピュータにより電動機定数を演算し
制御定数を自動設定する構成が示されている。
b(a) 上記電流指令値及び電圧検出値がベクトル成分を有する,すなわち直交す
るベクトルの値であることから,これらの記載による方法をステップで表現すれば,
乙35文献には,次の発明が記載されている。
「誘導電動機に電力を供給するインバータを直交するベクトルの電流指令に基づい
て制御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記電流指令を出力するための周
波数指令を出力するマイコンによりオートチューニングする方法において,次のステ
ップを有するインバータ制御装置の制御定数設定方法。
(a)前記電流指令および前記誘導電動機の周波数指令に定格値を設定するステップ,
(b)無負荷状態において,前記定格値に基づいて前記インバータから出力される交流
電流を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ,
(c)前記回転している誘導電動機の電圧の,前記電流指令の1つのベクトル成分に対
応するベクトル成分を検出するステップ,
(d)前記定格値に設定された電流指令,前記所定値に設定された周波数指令,および前記
検出された電圧のベクトル成分を用いて,前記マイコンを用い前記誘導電動機の励磁イ
ンダクタンスを演算するステップ,
(e)得られた前記励磁インダクタンスに基づき前記マイコンによりIm*の最適設計を行う
ステップ。」
(b) 原告が後記原告の主張(ア)b(b)で付加する事項は,訂正発明2と対比する上
では関係のないことであり,乙35発明の認定に不要な事項である。
(イ) 他の引用例の記載
a 乙37(石崎彰ら「誘導機の特性算定のための定数決定法」電気学会雑誌87
巻1号173頁∼180頁(昭和42年1月発行))には,「5.特性算定のための試験
と計算法」の「(2)無負荷試験」の項に,「定格周波数に保って,定格電圧より少し
高い電圧からしだいに電圧を変化し,ほぼ同期速度を保つ最低値までの各点で,電圧,電
流,入力を測定する。」(178頁右欄下から10行∼7行)と記載され,この記載に続く
演算式で,無負荷状態で回転させた際の電流に基づいて一次インダクタンスと関係す
る定数を決定することが記載されている。
b 乙38(尾本義一ら「電気学会大学講座 電気機器工学 Ⅰ」249頁∼25
0頁(昭和50年6月25日18版発行))には,「電動機定数の測定法」と題して,「電
動機に定格電圧を加えて無負荷運転をし,1相当たりの電圧V 0,電流I 0,電力P 0を
測定する。」(249頁11∼13行)と記載され,この測定値を用いた式で,Y0=I0/V0の
演算により,すなわち無負荷状態で回転させた際の電流に基づいて一次インダクタンスと関
係する定数を決定することが記載されている。
c 乙39(宮入庄太「大学講義 最新電気機器学 改訂増補」172頁∼173
頁(昭和55年3月20日発行))には,〔例題10.2〕として,かご形三相誘導電動
機に定格電圧を加えて無負荷運転し,入力電流と同期速度から,等価回路の値を求め
る問題が記載されている。等価回路の値の中には,図10.11に記載されているよ
うに,Y0(注:Yの上に・)すなわち一次インダクタンスと関係する定数が含まれてお
り,「入力電流」は,該例題中の「定格電圧を加えて無負荷運転したところ入力電流
…であった。」との記載から,無負荷状態で回転させた際の検出電流に基づいて一次
インダクタンスと関係する定数を決定するためのものといえる。
d 乙40(磯部直吉ら「三相誘導電動機特性の直接算定法」昭和53年電気学会
全国大会講演論文集〔5〕506頁∼507頁(昭和53年4月))には,「2.特性式
三相誘導機の一相を電源から見た場合のインピーダンスZは(1)式で与えられ
る。」と記載され,リアクタンスX 1を,定格電圧と無負荷時の電流から求める旨,す
なわち無負荷状態で回転させた際の電流に基づいて一次インダクタンスと関係する定
数を決定することが記載されている。
e 乙41(坪井和男ら「普通かご形誘導電動機の運転特性算定のためのT形等価
回路定数決定法」電気学会研究会資料(回転機研究会)21頁∼33頁(昭和61年4月
18日発行))には,「定格電圧無負荷試験を行ない,定格電圧に対応する…および励
磁リアクタンスxmを求める。」(26頁10行∼11行)と記載され,無負荷状態で回転
させた際の電流に基づいて一次インダクタンスと関係する定数を決定することが示され
ている。
(ウ) 一致点及び相違点
a 一致点
本件訂正発明4−2(2訂)(注:請求項2の発明である。)と乙35発明とは,
「誘導電動機に電力を供給するインバータを直交するベクトルの第1の電気量指令に基
づいて制御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の指令を出力するコンピュータによ
り設定する方法において,次のステップを有するインバータ制御装置の制御定数設定
方法。
(a)前記第1の電気量指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を設定するス
テップ,
(b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される第1
の電気量を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステ
ップ,
(c)前記回転している誘導電動機の第2の電気量の,前記第1の電気量指令の1つの
ベクトル成分に対応する成分を検出するステップ,
(d)前記所定値に設定された第1の電気量指令,前記所定値に設定された周波数指令,
及び前記検出された第2の電気量のベクトル成分を用いて,前記コンピュータを用い
前記誘導電動機の1次インダクタンスを演算するステップ。
(e)得られた前記1次インダクタンスに基づき前記コンピュータにより前記制御装置
の制御定数を演算し,この制御定数を設定するステップ。」
である点で一致する。
b 相違点
しかし,本件発明4−2(2訂)と乙35発明とは,次の点で相違する。
相違点(ア) 「第1の電気量」が,本件発明4−2(2訂)では,直交するベクトルの
指令「電圧(V1d*・V1q*)」及び,インバータから出力される「交流電圧」であるのに対
し,乙35発明では,直交するベクトルの指令「電流」及びインバータから出力される
「交流電流」であり,「回転している誘導電動機の第2の電気量」が,本件発明4−
2(2訂)では,「回転している誘導電動機に流れる電流」であるのに対し,乙35発
明では,「回転している誘導電動機の電圧」である点,
相違点(イ) コンピュータの出力が,本件発明4−2(2訂)では,「制御装置の電
圧指令」であるのに対し,乙35発明では,「制御装置の電流指令を出力するための
周波数指令」である点,
相違点(ウ) 本件発明4−2(2訂)では,「(b)のステップにおいて,周波数指令およ
び電圧指令を設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させて,誘導電動機
を回転させるステップ」を有するのに対して,乙35発明では,そのようなステップが明確
にされていない点
(エ) 相違点についての判断
a 相違点(ア)
(a)ⅰ(ⅰ) 乙35発明の(15)式(66頁)及び本件明細書4の(18)式(11頁)
のどちらの測定演算式も,誘導電動機が無負荷かつ定常状態で回転していれば成立す
るものである。また定常状態での回転であるから,その際の出力周波数,出力電圧及
び出力電流は,いずれも一定の値である。
(ⅱ) したがって,乙35発明と本件明細書4に記載された1次インダクタンス
(励磁インダクタンス)の測定方法は,インバータ制御装置を用いて誘導電動機を無負
荷かつ定常状態の回転をさせることにつき,電流指令に基づいてベクトル制御する運
転によって定常回転させるか,電圧指令に基づいて制御する運転によって定常回転さ
せるかという点で相違するにすぎず,制御回路の指令値の種類に限らず誘導電動機を
定常回転させて,前記測定演算式を用いることができるものである。
(ⅲ) しかも,誘導電動機を定常回転させる運転方法として,どちらもインバー
タ制御の分野でよく知られた手法である(乙144ないし146)。
(ⅳ) したがって,乙35発明において誘導電動機を無負荷かつ定常状態の回転
をさせることにつき,電流指令に基づいてベクトル制御する運転に代えて,電圧指令
に基づいて制御する運転を適用することは,当業者が任意になし得たことである。
ⅱ(ⅰ) また,無負荷で定常状態の回転をさせることにつき,電圧指令に基づい
て制御する運転の方を適用すれば,該運転を行うために「電圧指令」及び「周波数指
令」を所定値(一定値)に設定する必要があることは,当業者にとって技術常識である。
そして,電圧指令に基づいて制御する運転の方を適用すれば,そのことのみをもって,
乙35発明における「第1の電気量指令」は直交するベクトルの指令「電圧」及び所
定値を設定する指令「電圧」に代わり,「第1の電気量」はインバータから出力され
る「交流電圧」に代わり,しかもすべてが同時に一括して代わるものであることは,
当業者にとって技術常識である。
(ⅱ) したがって,乙35発明において,インバータ制御装置を電流指令に基づ
いて交流電圧を印加してベクトル制御するものに代えて,電圧指令に基づいて交流電
圧を印加してベクトル制御するものを用いることに伴って前記交流電圧を印加するこ
とは,乙35発明及び周知技術(又は技術常識)に基づいて当業者が任意になし得ると
ころである。
ⅲ さらに,1次インダクタンスの測定演算に用いる電気量につき,検出される
「回転している誘導電動機の第2の電気量」が,本件発明4−2(2訂)では「回転し
ている誘導電動機に流れる電流」であるのに対し,乙35発明では「回転している誘
導電動機の電圧」である点で相違し,「第1の電気量指令」が,本件訂正発明2では
指令「電圧」であるのに対し,乙35発明では指令「電流」である点で相違する点は,
結局のところ,現に出力されている出力電流のd軸成分及び出力電圧のq軸成分との
関係を表わす1次インダクタンスの測定演算式において,出力電流のd軸成分に対し
て指令値を用いるか,検出値を用いるか,及び出力電圧のq軸成分に対して検出値を
用いるか,指令値を用いるかの相違にすぎない。
しかも,乙35発明の,現に出力されている出力電流のd軸成分及び出力電圧のq
軸成分との関係を表わした(15)式において,指令電流のd軸成分に代えて,現に出
力されている電流を表わす検出電流のd軸成分を用いることは,当業者にとって自明
の選択事項である。
また,現に出力されている出力電圧は,指令電圧に基づいて制御されたものであり,
特に乙35発明におけるような,定格周波数に近い運転状態では制御誤差が少なくな
ることは当該分野の技術常識である。
したがって,出力電圧のq軸成分に対して,検出値を用いるか指令値を用いるかは,
設計上の選択事項にすぎない。
さらに,検出電圧に代えて指令電圧を用い,指令電流に代えて検出電流を用いるこ
とも,当業者が任意になし得るところである。
b 相違点(イ)
乙35発明のコンピュータが出力する「周波数指令」は,(その指令値に応じて)電
流指令が演算されてインバータ制御装置に与えられるためのものであるから,乙35
発明もインバータ制御をコンピュータで行うものといえる。そうすると,乙35発明
において,周波数指令値に応じてインバータ制御装置に与える電流指令の演算もコン
ピュータで行う構成とするとともに,その際,上記aに示す周知技術の下に電圧指令
を出力する構成とすることで相違点(イ)に係る本件発明4−2(2訂)の構成とするこ
とは,当業者が任意になし得たところである。
c 相違点(ウ)
誘導電動機をインバータで駆動する際に電圧指令値を急激に変化させると過電流が
生じることが周知の課題であり,かつ「一気の」あるいは「急激な」変化による始動
時の突入電流を避けるように,周波数指令及び電圧指令を「一気」あるいは「急激」
ではなく,「少しずつ上昇させる」ように設定できることは,当業者の技術常識を勘
酌すれば明らかなことであるから,乙35発明において,この周知の課題の下に指令
値を徐々に増加させる構成とすることは,当業者が格別の創作能力を要することなく
適宜なし得る程度のことである。
また,その際,徐々に増加させる態様として,さらに「一定レート」とすることも
任意である。
したがって,乙35発明において,電気量検出のために誘導電動機に印加する周波
数指令及び指令電気量を,電気量のベクトル成分を検出する状態である所定値まで増
加させる際に,徐々に且つ一定レートにて増加させるものとすることで相違点(ウ)に
係る本件発明4−2(2訂)の構成とすることは,当業者が容易になし得たことである。
d まとめ
また,本件発明4−2(2訂)の奏する効果は,乙35発明及び周知技術から予測し得る
程度のものである。
したがって,本件発明4−2(2訂)は,乙35発明及び周知技術に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものと認められるので,その特許は,平成11年法律
第41号による改正前の特許法29条2項の規定により特許を受けることができない
ものに対してされたものである。
(オ) 本件発明4(2訂)の無効理由
a 本件発明4(2訂)(注:請求項1に係る発明)は,実質的に,本件発明4−2
(2訂) (注:請求項2に係る発明)の電圧指令,及び検出電流を直交するベクトル成分
に基づいて演算するものとの限定を除いたものである。
b したがって,実質的に,本件発明4(2訂)の構成要件をすべて含み,さらに
他の構成要件を付加したものに相当する本件発明4−2(2訂)が,上記(ア)∼(エ)で検
討したとおり,乙35発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,本件発明4(2訂)も,同様の理由により,乙35発明及び周知技術
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,その特許は,平成
11年法律第41号による改正前の特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができないものに対してされたものである。
(原告の主張)
(ア) 乙35文献の記載
a 被告の主張(ア)aは認める。
b(a) 同(ア)b(a)は否認する。
乙35発明では,電動機定数の測定のために,図2の構成のベクトル制御インバー
タを使用して誘導電動機(IM)の無負荷運転を行っている。
乙35発明での励磁インダクタンスL 1の測定については,「ベクトル制御が行える
条件が確立できたので,次に全制御を活し,…IMを無負荷運転する。そのときのIm*,
ω1*とVqの信号より,3.3節の方法で励磁インダクタンスL 1を測定する。」(69頁
9行∼15行)と説明されている。
上記の記載を理解するために,次に,乙35の図2の回路の動作を詳述する。
AERは,検出した誘起電圧eq(モータの固定座標系上の3相誘起電圧 V u,Vv,
Vwとその周波数,位相を検出し,これを2相に数学的に変換し,更に回転座標系上の
Vd,Vqに座標変換して,eqを得る。)と,同図2には記載が省略されているV/f
曲線より導かれる前記設定した周波数指令 ω1*に基づく電圧値とを比較し,その比較
結果が誘起電圧eqの方が小さいときは無負荷電流値を上げる補正をし,逆に大きい
ときは下げる補正をしていき(ΔI mを加減算する補正),その比較結果が零に近づくま
でその動作を続ける。そして,最終的にこの比較結果が零となった時,無負荷電流の
定格値Im*が出力されていることになる。
しかしながら,上記のAERに無負荷電流の正常な定格値を出力させるようにする
ためには,同図2に示されるAFR(周波数調節器)を動作させることが不可欠である。
このAFRは誘導電動機をベクトル制御するときに,回転座標系(d−q)上の制御軸
d軸とモータ軸(回転磁界の磁束方向の軸)とを一致させる(軸ずれ抑制)制御をするた
めのもので,この制御(ベクトル制御)がされないと先のAERに入力されるeqに誤
差(元をたどれば,誘起電圧Vqに誤差)が発生してしまう。
AFRの上記動作を更に説明すると,検出した誘導電動機の誘起電圧(固定座標系
上)から,回転座標系上のd軸成分であるVdより誘導電動機の1次抵抗r 1と漏れイン
ダクタンス(l1+l2′)の電圧降下分を差し引いたedが零(d軸と回転磁束の方向とが
一致するようにして無負荷運転をすると,磁束のトルク分成分であるφ qは0,すなわ
ち,ed=0である。)になるように周波数ω 1を補正する(換言すると,このようにe
dが零になるように制御することによって,無負荷運転の場合に前記d軸と回転磁束
の方向とを一致させることができる)。このedの演算には正確なr1と(l1+l2′)が必
要であり,乙35文献ではそのために図7のフローに記載されるように無負荷運転で
励磁インダクタンスL1を測定する前にこれら定数を測定演算しなければならない。
誘導電動機の回転磁界の方向にこのd軸を合わせるように制御した時(ベクトル制御
は,両者の方向を合わせなければ行えない。),d軸電流成分は励磁電流成分I m*とな
る。ベクトル制御を行わないときは,d軸と回転磁界の方向は一致せず,d軸電流成
分には励磁電流成分及びトルク分電流成分が含まれ,q軸電流成分にも励磁電流成分
及びトルク分電流成分が含まれるから,d軸電流成分は励磁電流成分Im*となることは
ない。また,ベクトル制御下で,誘導電動機を無負荷運転すると,トルクは発生しな
いからIt≒0である。
(b) したがって,乙35発明は,次のとおり認定されるべきである。
「誘導電動機に電力を供給するインバータを直交するベクトルの回転座標系上の電
流指令(I m*,I t*)を3相の固定座標系上の電流指令に座標変換し,ACRを介して得
られる3相の固定座標系上の電圧指令(Vu*,Vv*,Vw*)に基づいてベクトル制御する
制御装置の制御定数を,前記制御装置の周波数指令を出力するマイコンにより自動設
定する方法において,次のステップを有するインバータ制御装置の制御定数設定方法。
(a)誘導電動機の回転磁束の方向及びこれに直交するベクトルの回転座標系上の電流
指令値(I m*)を適宜設定し,前記誘導電動機の周波数指令に定格値を設定するステップ,
(b)無負荷状態において,前記インバータ制御装置によりベクトル制御をしながら前
記適宜設定された電流指令値(I m*)および前記周波数指令値に基づく電流を前記誘導電
動機に供給し,無負荷定格電流指令値に至るまでこれを補正しながら(ベクトル制御下
において,検出した電圧Vqより起電力eqを求め,検出電圧eqと周波数指令ω1*に
基づく電圧値とが等しくなるように電流指令値(Im*)を加減算する補正をしながら最終
的にこれが等しくなった時の補正された電流指令値が無負荷定格電流値となる。),こ
れにより誘導電動機を回転させるステップ,
(c)前記無負荷定格電流値となった電流指令値(Im*)に基づき回転している誘導電動機
の電圧の,前記電流指令の1つのベクトル成分(q軸(回転磁束の方向に直交する軸)の
ベクトル成分)に対応するベクトル成分(Vq)を検出するステップ,
(d)前記無負荷定格電流値となった電流指令値(Im*)と,前記所定値に設定された周波
数指令値,および前記検出された電圧のベクトル成分(V q)を用いて,前記マイコンを
用い前記誘導電動機の1次インダクタンスを演算するステップ,
(e)得られた前記1次インダクタンスに基づき前記マイコンにより前記制御装置の制
御定数L1を演算し,この制御定数を設定するステップ。」
(イ) 他の引用例の記載
同(イ)のうち,各公報の記載は認め,その余は否認する。
乙37ないし41には,等価回路に基づいて電動機の特性を算定する方法が記載さ
れているのみであり,本件発明4のように,インバータ装置によりその運転条件を作
り,励磁インダクタンスL1を測定し,それに基づいて制御定数を自動設定する発明の
記載はない。
(ウ) 一致点及び相違点
a 一致点
同(ウ)aは否認する。
一致点は,次のとおりである。
「誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御する制御装置
の制御定数を自動設定する方法において,次のステップを有するインバータ制御装置
の制御定数設定方法。
(a)前記誘導電動機の周波数指令に所定値を設定するステップ,
(b)無負荷状態において,前記所定値に設定された周波数指令などに基づいて前記誘
導電動機を回転させるステップ,
(d)前記所定値に設定された周波数指令,およびその他の量を用いて,前記誘導電動
機の1次インダクタンスを演算するステップ,
(e)得られた前記1次インダクタンスに基づき前記制御定数を演算しこの制御定数を
設定するステップ。」
b 相違点
同(ウ)bのうち,相違点(イ)及び(ウ)は認め,相違点(ア)は否認する。
相違点(ア)は,次のとおり認定されるべきである。
相違点(ア)−1 インバータに対する電圧指令について,本件発明4−2(2訂)は,
直交するベクトルの電圧指令(V 1d*,V1q*)であるのに対し,乙35発明では,誘導電
動機の回転磁束の方向及びこれに直交するベクトルの電流指令(Im*,I t*)がAER及
びASRから出力されるものの,これが3相変換後,ACRによって3相の電圧指令
(Vu*,Vv*,Vw*)となって制御されるものである点,
相違点(ア)−2 電圧指令の設定値について,本件発明4−2(2訂)は,所定値を
設定するものであるのに対し,乙35発明は,電圧指令として所定値を設定すること
なく,電流指令値を適宜設定(Im*)し,誘導電動機のベクトル制御下での回転に伴い,
これが順次補正(したがって,変化する。)されて無負荷定格電流指令値(検出した電圧
Vqより起電力eqを求め,eqとω 1*を入力とするAERによって適宜設定された電
流指令値は順次補正されて無負荷定格電流値(I m*)となる。)となり,このような補正
が行われる電流指令値が順次3相変換されてACRを介することによりそれぞれの時
点での電圧指令値となるものである点,
相違点(ア)−3 無負荷状態において誘導電動機を回転させる点について,本件発
明4−2(2訂)は,所定値に設定された電圧指令及び周波数指令に基づいて回転させ
るのに対し,乙35発明は,ベクトル制御をしながら前記適宜定められた電流指令値
(I m*)及び前記周波数指令値に基づく電流(電流指令値は3相変換されて電圧指令値と
なり,インバータに電圧とともに電流が供給される。)を前記誘導電動機に供給して前
記誘導電動機を回転させるものであり,前記無負荷定格電流指令値に至るまで電流指
令値を補正しながら(検出した電圧Vqより起電力e qを求め,eqとω 1*を入力とするA
ERによって適宜設定された電流指令は順次補正されて定格電流となる。)誘導電動機
を回転させるものである点,
相違点(ア)−4 検出の対象について,本件発明4−2(2訂)は,前記回転してい
る誘導電動機に流れる電流の,前記電圧指令の1つのベクトル成分に対応するベクト
ル成分を検出するものであるのに対し,乙35発明は,前記回転している誘導電動機
から出力される電圧の,電動機電流の1つのベクトル成分に対応するベクトル成分(V
)を検出するものである点,
q
相違点(ア)−5 前記誘導電動機の1次インダクタンスを演算する変数について,
本件発明4−2(2訂)は,前記所定値に設定された電圧指令,周波数指令及び前記検
出された電流のベクトル成分を用いるものであるのに対し,乙35発明は,前記無負
荷定格電流値となった電流指令値,前記所定値に設定された周波数指令値,及び前記
検出された電圧のq軸成分値を用いるものである点,
(エ) 相違点についての判断
a 相違点(ア)
(a)ⅰ 同(エ)a(a)ⅰは否認する。
本件発明4−2(2訂)がベクトル制御を行わずに,所定値に設定された電圧指令と
周波数指令の下での無負荷電流を検出して,励磁インダクタンスを測定演算するのに
対し,乙35発明は,ベクトル制御下で,無負荷電流を探索することを目的に,AF
Rを用いてd軸と回転磁束の方向を一致するにように制御しつつ,無負荷電流の定格
値Im*が出力されるように構成しているものである。
このような両者の励磁インダクタンスの測定演算の方式の相違から,励磁インダク
タンスの演算に用いる変数が異なるのであり,両者の相違は,演算に使用する電流と
電圧が指令値か検出値かという単純な相違ではない。
また,本件発明4−2(2訂)では,直交するベクトルの電圧指令及び周波数指令と
して変化しない所定値を設定することが原理上から重要である。そして,本件明細書
4の(18)式が,d軸及びq軸をどのように設定するかにかかわらず(定常状態におい
て)一般的に成立することから,誘導電動機をベクトル制御により,d軸と磁束の方向
とを一致させる制御を行う必要もない。
これに対して,乙35発明では,そもそも無負荷電流指令値Im*が,1次インダクタ
ンスに関係する量であってこれが不明な時点では初期値として設定のしようがなく,
ベクトル制御下でこの無負荷電流指令値Im*を探索することをその特徴とするものであ
る。
原告主張の相違点(ア)−2は,1次インダクタンスの測定演算の原理の相違に基づ
くものであるところ,乙35発明が最終的に無負荷電流指令値Im*が得られることをも
って,所定値の電流指令が与えられる認識をし,さらに,電流と電圧をいずれも「電
気量」であると一般化し,これをあたかも相互に入れ替えるように構成することによ
り乙35発明から本件発明4−2(2訂)が容易に得られるとすることは,両者の1次
インダクタンスの測定原理の相違を無視したものであり,誤りである。
ⅱ 同ⅱは否認する。
誘導電動機に所定の値を有する交流電圧を印加して無負荷状態で回転させ,その際
の検出電流に基づいて1次インダクタンスと関係する定数を決定することが乙37な
いし41に記載されており,周知技術であるとしても,誘導電動機の制御装置による
1次インダクタンスに関係する制御定数の自動設定を規定する本件発明4−2(2訂)
と乙35発明との相違点にいかなる関係を有するのか全く不明であり,乙37ないし
41が示す周知技術ゆえに本件発明4−2(2訂)の進歩性が否定されることはあり得
ない。
また,乙35発明においては,電圧形インバータに対してはACRを介して電圧指
令が出力されるから,ACRに対して入力される指令は電流指令でなければならず,
電流と電圧とを入れ替えると,ACRに対して電圧指令を入力することになり,AC
Rは動作せず,電圧形インバータに対して電圧指令が出力できないこととなる。
ⅲ 同ⅲは否認する。
乙35発明において電流指令及び周波数指令によって無負荷電流を測定演算できる
のは,誘導電動機をAFRの作動の下にベクトル制御下で無負荷運転して初めて得ら
れるものであるのに対し,本件発明4−2(2訂)では,そもそもベクトル制御下で無
負荷運転できないにもかかわらず,つまり,d軸と回転磁束の方向を一致するように
制御しないで,所定値の電圧指令を設定することによって,1次インダクタンスと関
係する制御定数を設定することができるのであるから,両者は全く異なるものである。
乙35発明の一般式(15)式が乙35発明の理論的演算の根拠であるとしても,乙
35発明では,ACRによりインバータに3相の電圧指令を与えるためにACRに対
して電流指令を与えなければならず,その与えるべき電流指令が,そもそも無負荷電
流そのものである。無負荷電流そのものが,励磁インダクタンスと関係する量である
ことから,その探索こそが励磁インダクタンスの測定演算に不可欠であるのであり,
その探索前に無負荷定格電流を指令値として設定することは不可能である。
最終的な無負荷電流の定格値I m*が出力されることこそが,乙35発明では重要なの
である。その後,最終的な無負荷電流の定格値Im*が出力された時点での誘導電動機の
電圧を用いて励磁インダクタンスを演算できることを乙35発明の一般式(15)
式が示しているにすぎないのである。
この一般式に基づく励磁インダクタンスの具体的な測定演算を行うためにいかなる
回路やシステムを用いるかが技術的課題なのであって,乙35発明の方法は,ベクト
ル制御の下に無負荷電流の定格値Im*を探索することを特徴とするものであって,これ
を,ベクトル制御をせずに電圧指令に基づいて励磁インダクタンスを測定演算する本
件発明4−2(2訂)に至るように構成することは,単純な指令値の入れ替えでは済ま
ないことである。
乙35発明の電流指令が,初期値として適宜の値を設定し,無負荷電流を探索する
ために種々の補正を施して変化させることから,これに対応する誘導電動機の電圧も
変化してしまい,最終的に探索できた無負荷電流の定格値Im*が出力された時の誘導電
動機の電圧を検出する必要があるため,乙35発明では,検出の対象を「電圧」とし
ているのである。
さらに,本件発明4−2(2訂)では,その検出対象が誘導電動機に流れる電流であ
るために,その検出対象が誘導電動機の出力電圧に比較して歪みが少なく,したがっ
て,1次インダクタンスの測定演算は,精度が向上するものであるのに対し,乙35
発明では,検出対象が誘導電動機の出力電圧であるため,その出力電圧には歪みが多
く含まれ,本件発明4−2(2訂)が技術的課題であるとした課題をそのまま残存する
ものであり,これを何ら解決していない。
b 相違点(イ)
同(エ)bは否認する。
c 相違点(ウ)
同(エ)cは否認する。
乙35発明の電圧指令は,所定値が与えられることなく,適宜定められた直交する
ベクトルの電流指令に基づき(2相・3相変換を経て)3相の電圧指令として与えられ,
電流指令が補正されるのに伴い順次これに応じた電圧指令となるものである。したが
って,乙35発明の電流指令が,初期値として適宜の値を設定した場合,当該電流指
令になるように徐々に増加させることはできず,この電流指令に応じて電圧指令が変
化するから,前記誘導電動機を回転させる周波数指令及び電圧指令を前記設定した所
定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させることは,乙35発明では不可能である。
d まとめ
同(エ)dは否認する。
(オ) 本件発明4(2訂)の無効理由
同(オ)は否認する。
(7) 争点7 損害の発生及び額
(原告の主張)
ア 販売額
(ア) 平成7年3月21日から平成17年3月20日までの被告製品(1)ないし
(4)の販売額は,次のとおりである(甲12)。
被告製品(1) 21億8600万円
被告製品(2) 43億3700万円
被告製品(3) 43億6600万円
被告製品(4) 258億2100万円
(イ) 被告製品(5)の販売額は,前提事実(3)エ(ウ)のとおり,27億9100万円
である。
イ 相当実施料率
(ア) まとめ
本件発明1,3及び4の実施に対し受けるべき金銭の額は,被告製品(1)ないし
(5)の属する製品分野における特許権の通常実施権の許諾対価に鑑みると,売上金額
の少なくとも10%が相当である。
この率は,不当利得返還請求の場合にも,同様に妥当する。
(イ) 根拠
a 被告製品(1)ないし(5)の製造販売担当セグメントにおける利益率
(a) 限界利益率
ⅰ 被告が自社ウェブサイト上にて公表している財務データによると,平成9年度
(平成10年3月期)から17年度(平成18年3月期)における売上合計(年平均),粗利益
率及び営業利益率は,被告の連結会社全体,連結会社のセグメント,被告単独全体及び被
告単独のセグメントでは,次のようになっている。
単位百万円
全セグメント セグメント 全セグメント セグメント
連結 連結 被告単独 被告単独
売 上 (年 平 259,604 118,613 151,301 63,401
均)
粗利益率 26.92% 不明 21.61% 不明
営業利益率 3.72% 4.46% 0.67% 不明
注:セグメントについて
平成9年度から平成12年度において,汎用インバータは「メカトロ機器部門」
なるセグメントに属し,平成13年度からセグメントの変更があり,汎用インバータ
は「モーションコントロールセグメント」に属することとなった。
ⅱ 汎用インバータに限定した粗利益率は公表されていないため,全セグメント
(連結)と汎用インバータが属するセグメント(連結)の関係に基づき,これに最も近い数
値として,汎用インバータが属するセグメント(被告単独)の粗利益率(公表されていな
い。)を推定することとする。
すなわち,連結の場合における「全セグメント」に対する「汎用インバータが属す
るセグメント」の営業利益率の増加率は,被告単独の場合の「全セグメント」に対す
る「汎用インバータが属するセグメント」の粗利益率の増加率と同等であると推定で
きるから,次の計算のとおり,これを25.91%であると推定できる。
汎用インバータが属するセグメント(被告単独)の粗利益率(推定)
=全セグメント(被告単独)の粗利益率×(全セグメント(連結)に対する汎用インバータ
の属するセグメント(連結)の営業利益率の増加率)
=21.61×(4.46/3.72)
≒25.91%
ⅲ 特許権侵害による損害賠償請求の場合,その計算の基礎となるべき侵害者の
利益は,限界利益である。
限界利益と粗利益との差となる固定費部分は,汎用インバータの分野における業界
の経験則によると,売上高の約20%である。
したがって,被告の汎用インバータが属するセグメントの限界利益率は,粗利益率
(約26%)に固定費部分(約20%)を足した約46%と見るべきである。
(b) 限界利益率を考慮した実施料相当の料率
実績実施料は,多くの場合ライセンス技術を活用した製品の販売額,コスト削減額,
利益額を算定基礎として,その額に一定の率(ロイヤルティ・レート,実施料率)を乗
じて算定される。その中でも,販売額に一定の率を乗じた額によって支払われること
が特に多い。こうしたレートが設定される理論的背景には,ライセンシーが許諾を受
けて実施した事業による利益の一定割合が,ロイヤルティとしてライセンサーに還元
されるべきであるという発想に基づく。ここでいう一定割合としては,3分の1ある
いは25%といった率が,よく参照されている。
ロイヤルティを利益の3分の1とする考え方は,かつてわが国の特許権侵害訴訟事
件の判決において,企業の利潤が技術,資本,経営の3要素の結合によって生み出さ
れるとする考え方が示されたことに由来すると言われている。この考え方は,利益3
分法と呼ばれ,我が国ではよく知られ,比較的広く参照されている考え方である。
また,米国では,ルールオブサム(商慣行に基づく経験法)理論がよく知られている。
これはライセンシーにより得られた利益の25%程度,若しくは25%∼30%程度
がライセンサーに帰属すべき利益であるとする考え方(25%ルール)である。
以上の点を考慮すると,特許権侵害訴訟において,実施料相当額とは,侵害訴訟で
把握されるべき侵害者の限界利益を利益3分法又は25%ルールにより特許権者に帰
属すべきものと解するのが相当である。
(c) 本件への当てはめ
限界利益率が46%である本件においてはその25%程度,すなわち売上高の11.
5%が特許権者である原告が受けるべき実施料率となる。
b 本件発明3の価値
(a)ⅰ 被告製品(5)は,インバータの適用分野の拡大とともに低騒音化の要求が
大きくなってきていることから(乙130の397頁「1 まえがき」4行∼5行),
インバータの存在を意識させない低騒音ドライブの実現を重要なねらいとして開発さ
れたものである(同「2 製品化のねらい」(1))。
このように,被告製品(5)において用いられている本件発明3に係るオンディレイ
補償は,正弦波に極めて近い電流波形を実現し,トルクリプルを除くことができ,も
って低騒音化を達成しているものである。
ⅱ 被告は,オンディレイ補償は被告製品(5)の特徴の一部にすぎないかのごと
き主張を行っているが,オンディレイ補償なくしてはこのような効果を達成すること
は不可能であり,本件発明3に係るオンディレイ補償は,被告製品(5)の製品化のね
らいを実現するための不可欠の要素をなすものである。
(b) 本件発明3は,電圧形インバータの制御装置であり,これは交流電圧指令に
基づいて直流電圧をパルス幅変調制御して交流電圧に変換し,負荷に供給するように
インバータを制御する装置,すなわち所望の交流電圧を負荷に供給するように制御す
る装置の全体を指す。
c 発明協会研究センター編「実施料率」
被告は,発明協会研究センター編「実施料率」(乙55)に言及するが,同書は,外
国企業と我が国企業との技術導入契約に関するものであり,国内の実施契約一般の状
況を示すものではない。
また,そもそも同書記載の料率は,契約に基づく料率である点で,特許権侵害行為
の場合と異なる。損害賠償額算定のための実施料の認定に際しては,「通常」なる要
件が削除された改正規定(特許法102条3項)の経緯から,前記発明協会の「実施料
率」に記載された料率よりも大きい料率であるべきであるという限度でしか参考にな
らないものである。
なお,発明協会研究センター編「実施料率」(乙55)を見ると,表2−15−2に
おいては20%,表2−17−2においては10%の実施料率のものが掲載されてい
るのであって,原告の主張が高すぎるという被告の主張はこの点からも失当である。
ウ まとめ
したがって,各被告製品についての不当利得額又は損害額,請求の根拠及び請求額
は,次のとおりである。
(ア) 被告製品(1)
a 不当利得額又は損害額
平成13年4月(販売開始時)から平成17年11月末日までの間の売上合計額の10%
相当額であり,少なくとも1億6101万円
b 請求の根拠
(a) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成13
年4月(販売開始時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品(1)
を製造販売したことによる不当利得返還請求
(b) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,
被告製品(1)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(c) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
4年11月1日から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品(1)を製
造販売したことによる損害賠償請求
(d) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,
被告製品(1)を製造販売したことによる損害賠償請求
(e) 本件特許4に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
3年9月14日(特許登録時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被
告製品(1)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(f) 本件特許4に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成17年11月末日まで,被告製品(1)を
製造販売したことによる損害賠償請求
c 請求額
9523万1914円
(イ) 被告製品(2)
a 不当利得額又は損害額
平成13年4月(販売開始時)から平成17年11月末日までの間の売上合計額の1
0%相当額であり,少なくとも4億9202万5000円
b 請求の根拠
(a) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成13
年4月(販売開始時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品(2)
を製造販売したことによる不当利得返還請求
(b) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,被告
製品(2)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(c) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成14
年11月1日から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品(2)を製造
販売したことによる損害賠償請求
(d) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,被告
製品(2)を製造販売したことによる損害賠償請求
(e) 本件特許4に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
3年9月14日(特許登録時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被
告製品(2)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(f) 本件特許4に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成17年11月末日まで,被告製品(2)を
製造販売したことによる損害賠償請求
c 請求額
2億9101万5975円
(ウ) 被告製品(3)
a 不当利得額又は損害額
被告製品(3)の平成13年4月(販売開始時)から平成17年11月末日までの間の
売上合計額の10%相当額であり,少なくとも3億2157万8000円
b 請求の根拠
(a) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
3年4月(販売開始時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品
(3)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(b) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,
被告製品(3)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(c) 本件特許1に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
4年11月1日から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被告製品(3)を製
造販売したことによる損害賠償請求
(d) 本件特許1に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成16年3月2日(権利期間満了日)まで,
被告製品(3)を製造販売したことによる損害賠償請求
(e) 本件特許4に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
3年9月14日(特許登録時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被
告製品(3)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(f) 本件特許4に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成17年11月末日まで,被告製品(3)を
製造販売したことによる損害賠償請求
c 請求額
1億9020万2399円
(エ) 被告製品(4)
a 不当利得額又は損害額
平成8年11月21日から平成17年11月末日までの間の売上合計額の10%相
当額であり,少なくとも19億3493万8000円
b 請求の根拠
(a) 本件特許4に対する特許法101条3号に基づく侵害行為について,平成1
3年9月14日(特許登録時)から平成14年12月末日(改正法施行日前日)まで,被
告製品(4)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(b) 本件特許4に対する特許法101条3号及び4号に基づく侵害行為について,
平成15年1月1日(改正法施行日)から平成17年11月末日まで,被告製品(4)を製造
販売したことによる損害賠償請求
c 請求額
11億4444万9712円
(オ) 被告製品(5)
a 不当利得額又は損害額
平成7年11月1日から平成16年9月末日(販売終了時期)までの間の売上合計額の
10%相当額2億7910万円
b 請求の根拠
(a) 本件特許3について,平成7年11月1日から平成14年10月 末日 ま で,
被告製品(5)を製造販売したことによる不当利得返還請求
(b) 本件特許3について,平成14年11月1日から平成16月9月末日(製造販売
最終月末)まで,被告製品(5)を製造販売したことによる損害賠償請求
c 請求額
2億7910万円
(被告の主張)
ア 販売額
原告の主張ア(ア)は否認する。
イ 相当実施料率
(ア) まとめ
同イ(ア)は否認する。
被告製品(5)は,多数の発明・技術に基づいて構成された製品であり(別紙7参照),
本件発明3の寄与率という観点からも,被告製品(5)に対する本件特許3の実施料率
としては,0.5%程度が相当である。
(イ) 根拠
a 被告製品(1)ないし(5)の製造販売担当セグメントにおける利益率
(a) 限界利益率
同イ(イ)a(a)は否認する。
(b) 限界利益率を考慮した実施料相当の料率
同イ(イ)a(b)は否認する。
「25%」ルールが米国に経験則上知られていても,原告の主張する限界利益率の
「25%」とすることを根拠づける記載はどこにもない。
また,「ルールオブサム法や利益三分法などが存在するが,これらは取引において
慣用されてきたという点で,当事者にとって一定の納得感をもたらしてくれる。ただ,
慣用されてきたといっても,これら考え方が理論的もしくは実証的に検証されたとい
う状況にあるかというと,必ずしもそうではない。」(石井康之らの論文(乙138)の
42頁右欄「9」)
(c) 本件への当てはめ
同イ(イ)a(c)は否認する。
b 本件発明3の価値
(a)ⅰ 同イ(イ)b(a)ⅰは明らかに争わない。
ⅱ 被告製品(5)は多数の技術を積み重ねた上に構成されたものであり,このよ
うな技術の集積が被告製品(5)の魅力及び競争力の源泉になっている。そして,本件
発明3に係るオンディレイ補償の技術は,被告製品(5)が備える前記特長及び機能の
うち,超微速域での滑らかな運転を実現することにおいて寄与しているにすぎない。
また,本件発明3は,周知のオンディレイ補償技術を改良したにすぎない。
ⅲ 乙130は,被告発行による雑誌「安川電機 ’90 No.4 第54巻 通巻
209号」(平成3年5月25日発行)に掲載された被告製品(5)(VS−676VG
3)の特長,豊富な応用機能等に関する紹介記事である。
乙130には,以下の各記載がある。
① 「主回路スイッチング素子にIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を採
用するとともに被告独自の電流制御方式の開発により,ベクトル制御インバータとし
ては初めて超低騒音化を実現」(398頁「3 VS−676VG3の特長 (1)超低
騒音」)している。被告独自の電流制御方式としては「制御部は電流制御をDSPで構
成するなど,オールディジタル(ソフトウェア)化しオフセットやドリフトによる特性
変動の問題を解決し」ており,「低騒音化と電流制御のディジタル化を同時に達成す
る」ため「高速DSPを採用し,電流サンプリングの最適タイミング化によりキャリ
ア周波数12.5kHzのディジタル電流制御を実現」している(403頁「5 制御
性能と特性」)。
② さらに,「独自の電動機回転子温度推定制御と新磁束検出回路の採用により広い
制御範囲にわたるトルク制御性能の向上を図った。また,ディジタル電流制御などの
新技術の採用により,速度制御の高速応答と1:1000の広範囲の制御を達成し,
超微速域での滑らかな運転を可能」(398頁「3 VS−676VG3の特長 (2)
速度,トルク制御性能の向上」)にしている。「電流波形歪によるトルクリプルは超微
速での滑らかな運転を阻害する」のを「オンディレイ補償の効果」によって解決し(4
03頁「5・2 速度制御範囲の拡大」),「制御回路に設定する電動機定数の設定値
誤差などによりトルク制御性能が左右される」のを「電動機の固定子温度から回転子
温度を推定し,二次抵抗値の変化を補償して」解決している(403頁「5・3 トル
ク制御性能の向上」)。
③ 「多様な機械や設備に対する豊富な応用経験を基に,ベクトル制御インバータの
高度な制御性能をいかす応用機能をアプリケーションソフトウェアとして内蔵」(39
8頁「3 VS−676VG3の特長 (3)多様なアプリケーションに対応」)してい
る。このため「蓄積されたアプリケーションノウハウを基に応用機能を外部の接点入
力により制御したり,運転状態のモニタができるよう,入出力接点の一部を多機能化
している。これにより,ユーザー独自の機能を持ったインバータドライブが実現」(3
98頁「4・4 多機能入出力信号」)でき,「前述の多機能入出力信号をはじめ多様
な応用機能を内蔵し,高度化する機械や設備の要求にこたえている。図11に代表的
用途と主要応用機能の適用例を示す。以下に応用機能の一例を紹介する。」(405頁
「6 応用機能」)として,内蔵した応用機能の一例が具体的に紹介されている。
④ さらに,VS−676VG3は「インバータ及び電動機の保護だけでなく駆動す
る機械系の保護,システム異常検出などシステム保護も併せ持っている。…また,重
故障が発生したときにインバータの電源を遮断しても不揮発性メモリ(NV−RAM)
にその内容を記憶しているため,電源再投入時に電源遮断前の異常内容が確認でき」
(406頁「7・1 保護機能」),「制御部主要素子や,機能選択などのパラメータ
設定異常は,内蔵のマイクロコンピュータにより自己診断し,異常動作を未然に防止
するとともにディジタルオペレータにその内容を表示する。またマイクロコンピュー
タ自体も常時ハードウェアで異常監視して」(406頁「7・2 自己診断」)おり,
「試運転や保守点検をより容易にするため,ディジタルオペレータによる単独運転や
豊富なモニタ変数など各種保全機能を備えている。」(406頁「7・3 保全機
能」)
(b) 同イ(イ)b(b)は否認する。
被告製品(5)のDSP部分が本件発明3における「電圧形インバータの制御装置」
に該当し,本件発明3は,被告製品(5)の一部であるDSP部分に係るものである。
c 発明協会研究センター編「実施料率」
装置全体について,発明協会研究センター編「実施料率」(乙55)153頁「発送
電・配電・産業用電気機械」の項においても,同文献の139頁「一般用産業用機
械」の項においても,平均的に多い実施料率は,1%ないし3%である。
ウ まとめ
同ウは,いずれも否認する。
第3 当裁判所の判断
1 本件発明1
(1) 争点4−1 新規性欠如(要旨変更)
ア(ア) 前提事実(2)ア(イ)のとおり,原告は,第2回補正により,制御装置の制御
対象を,当初明細書の「変換器の出力電流」から本件発明1の「変換器の出力量」に
補正したものである。
(イ) 弁論の全趣旨によれば,通常,誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出
力する「変換器の出力量」には,電流量の他に電圧量も含まれるものと認められる。
しかし,乙1によれば,当初明細書には,実施例として,変換器の出力電流を制御
する態様について,電流指令信号の励磁電流成分及びトルク電流成分と発振器の出力
信号に基づいて出力電流の指令パターン信号を出力し,この値に比例して制御するこ
とが記載されているものの,変換器の出力電圧を制御する態様については,記載され
ていないことが認められる。
さらに,当初明細書中の「ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流
の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機
に所定の電流を供給し,その際に誘起する電動機電圧に基づいて交流電動機の電気定
数を高精度に測定し」(乙1の2頁左上欄12行∼16行)との記載によれば,当初明
細書に記載された発明は,ベクトル制御用などの変換装置において,その「出力電
流」の大きさ,周波数及び位相を「精度よく制御できる」ことに着目し,これを用い
て電動機に所定の「電流」を供給することを前提としたものであることが認められる。
したがって,変換器の出力電圧を制御することは,当初明細書に記載されておらず,
また,変換器の出力電圧の成分を制御することが,当初明細書の記載からみて自明な
事項であるともいえない。
(ウ)a さらに,乙4によれば,原告は,原告の出願に係る特願昭61−1064
69号(特許第2708408号)の出願審査過程で,特許法29条2項の拒絶理由の
引用例として特開昭60−183953号公報(乙1)が引用された際,平成7年5月
31日付け審判請求書(乙4)において,次のとおり主張し,その後,この出願は,特
許査定され登録となったことが認められる(一部は,当事者間に争いがない。)。
「しかし,両者には下記する大きな相違点を有している。
①電動機定数の演算する際に用いる入力信号が両者では異なる。その入力信号は,引
用例(注:本訴における乙1)では制御装置における電流指令信号と出力電圧の検出値
であるのに対して本願では制御装置における電圧指令信号と出力電流の検出値である。
②この違いは発明の対象となるベクトル制御インバータの制御装置が異なることから
決定さる。それは引用例が電流制御型であるのに対して本願は電圧制御型であるがた
めである。
そこで,上記構成の(「に」は誤記と認める。)相違に伴って発生する作用効果の相
違について次に比較する。
…結論から先に言えば,検出信号に電流を用いる本願発明の方が①定数演算精度が
高く,②検出装置として簡単化できる。」(3頁下から11行∼4頁2行),
「次に,審査官殿のご指摘の”電流,電圧の検出値と指令値を入れ換えて本願発明
が引用例より容易になし得られる”ものか否かについて言及する。
結論から先に言えば,それは容易になし得ない。以下にその理由を記述する。本願
発明では,…
これに対して,引用例において…
このように,引用例では,条件設定した電流指令値とその時の電圧検出値の比より
電動機定数が直接に測定できるのに対して,本発明では,…。従って,本制御方式で
は,印加した電圧指令値V1d*と電流成分から引用例のように直接的に抵抗とインダク
タンスを導き出すことができない。
よって,審査官殿がご指摘された,「電流・電圧の検出値と指令値を入れ換えて本
願発明のように構成することは,当業者が容易に想到できたものであると認められ
る。」というご認定には承伏できず,本願発明には明らかな新規性があるものと思料
する。」(4頁12行∼5頁15行)
「このように,電流制御形と本願が対象とした電圧制御形では制御構成が異なって
おり,公知の電流指令値と電圧検出値から電気定数を求めることより,単に,電流・
電圧の検出値と指令値を入れ換えただけで本願発明が容易になし得るものではないこ
とを強く述べたい。」(5頁下から4行∼最終行)
b 上記aの原告の主張は,別件である特許の出願審査過程における主張ではあ
るが,本件特許権1の当初明細書には,電圧指令信号と出力電流の検出値を入力して
電動機定数を演算する方式のものが含まれていないことを自認していたものである。
(エ) 以上からすると,当初明細書には,制御装置の制御対象を「変換器の出力電
流」とするものだけが記載されていたものであり,「変換器の出力電圧」を制御対象
とするものは記載も示唆もされておらず,当業者に自明でもなかったものと認めるべ
きであり,第2回補正は,制御装置の制御対象を,当初明細書に記載された「変換器
の出力電流」から,「変換器の出力量」すなわち「変換器の出力電流」又は「変換器
の出力電圧」に補正するものであり,演算の基礎を,「電流指令信号と出力電圧検出
値」から,「電圧指令信号と出力電流検出値」も含むものに補正するものであり,明
細書の要旨を変更するものであると認められる。
イ 原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,変換器の出力電流と出力電圧とは一体不可分であり,分離して論じ
ることは技術的にあり得ないから,変換器の出力電流の周波数及び位相が制御されて
いれば,変換器の出力電圧の周波数及び位相も制御されている旨主張する。
しかしながら,そもそも「変換器の出力電流の周波数及び位相が制御されていれば,
変換器の出力電圧の周波数及び位相も制御されている」ことは,当初明細書に「変換
器の出力電流」を制御する方式だけでなく,「変換器の出力電圧」を制御する方式も
開示又は示唆されていたことを何ら示すものではない。
しかも,弁論の全趣旨によれば,制御装置における「制御量」は,指令信号に対応
する量であって,電流指令が与えられれば,制御量は電圧量ではなく,電流量である
こと,出力電流が制御されて変化すれば,出力電圧も変化するが,この場合の電圧は,
制御されているものではなく,目的とする電流が実現するように手段として必然的に
操作されているにすぎないこと,したがって,制御される出力量として,出力電流と
出力電圧とは区別して論じるべきことは,技術常識であると認められる。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(イ) 原告は,当初明細書には,「本発明は,…特に出力電流(電圧)の大きさ及び
周波数を調節できる変換装置を用いてその諸定数を測定する方法に関する。」(乙1の
1頁左下欄下から6行∼3行)と記載されていたから,出力電圧を制御する方式も開示
されていた旨主張する。
しかしながら,乙1によれば,原告が指摘する上記箇所は,発明の詳細な説明の冒
頭の〔発明の利用分野〕における記載であり,その文言自体から,出願に係る発明で
使用される一般的な変換装置を説明する記載であることが認められるから,この記載
のみから,出力電圧を制御する方式も開示又は自明であると認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
(ウ) 原告は,当初明細書の第9図等に記載される電流調節器は,電流指令を入力
して,ゲート回路に電圧指令を出力するものであることに基づき,当初明細書には,
電圧指令に基づいて変換器の出力量を制御することが開示されていた旨主張する。
しかしながら,乙1によれば,第9図等の電流調節器はゲート回路に電圧指令を出
力するものであることは認められるが,この場合の変換器の出力電圧は,飽くまで電
流指令に基づいて操作されているものであるから,第9図等の装置が電圧指令に基づ
いて変換器の出力量を制御しているものと認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 本件発明1(2訂)
前提事実(1)ア(ウ)によれば,本件発明1(2訂)においても,上記(1)で述べた要旨変
更事由は,依然として解消していないことが認められる。
(3) まとめ
以上のとおり,本件特許1は,第2回補正が要旨変更に当たるから,平成5年法律
第26号による改正前の特許法40条の規定によって,その特許出願は同手続補正書
の提出時である平成5年8月10日にしたものとみなされ,本件特許1の公開公報で
ある特開昭60−183953号公報(乙1)が公知文献となる。
特開昭60−183953号公報(乙1)には,出力量の下位概念である出力電流に
よって電動機定数を測定演算する方法が開示されていることは,当事者間に争いがな
い。
したがって,本件発明1は,乙1に記載された発明であるから,平成11年法律第
41号による特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないもので
あり,本件特許1は,無効とされるべきである。
よって,原告は本件特許1を行使することができず,原告の本件特許権1に基づく
請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 本件発明3の充足
(1) 構成要件3−A(電圧形インバータの制御装置)
ア 特許請求の範囲の解釈
(ア) (イ)以下の理由のとおり,構成要件3−Aにいう「電圧形インバータの制御装
置」は,電圧制御型電圧インバータだけでなく,電流制御型電圧インバータも含むも
のと認められる。
(イ) 本件発明3の特許請求の範囲の記載は,「電圧形インバータの制御装置」と
いうものであり,制御形式が電圧制御型か電流制御型かについての限定はされていな
い。
(ウ) 本件明細書3には,次のとおり記載されている。
〔発明の背景〕として,「…電動機電流を高精度に制御するには電圧指令からイン
バータ出力電圧までの線形性が必要であり,もし,満足されないとベクトル制御の特
徴である高速応答高精度な制御が行えない。さらに非線形性に起因して電動機電流に
高調波分が含まれるようになりトルクリプルが発生する。線形性を乱す原因としては
インバータの内部電圧降下がある。それについて次に述べる。
パルス幅変調インバータにおいては,インバータを構成するP側及びN側スイツチ
ング素子を交互に導通制御して出力電圧をPWM制御する。しかしスイツチング素子
にはターンオフ時間によるスイツチングの遅れがあるため,P側及びN側が同時にオ
ンしないように,一方がオフした後,所定時間(オンデレイ時間)の後に,もう一方を
遅れてオンするようにしている。このオンデレイにより前述の電圧降下が生じる。こ
れはインバータ出力電流の大きさと向きにより変化し出力電圧/指令値の線形性を乱
す。またそれは後述する特性から高調波成分を含みトルクリプルの発生原因とな
る。」(4欄7行∼27行),
「〔発明の目的〕 本発明の目的は,上記問題の解決にあり,オンデレイによるイ
ンバータ内部電圧降下を補償してインバータ出力電圧降下を補償してインバータ出力
電圧を高精度に制御し,高性能な制御が実現できる電圧形インバータの制御装置及び
その方法を提供することにある。」(5欄1行∼6行),
「〔発明の効果〕 本発明によれば,オンデレイによるインバータ内部電圧降下を
補償するのでトルクリプル及び制御特性の劣化を防止できるという効果がある。」(1
2欄7行∼10行)
これらの記載によれば,本件発明3の目的は,直流電圧をパルス幅変調して交流電
圧に変換する電圧形インバータにおいて,スイツチング素子のスイツチング遅れに対
応して設けられたオンデレイ時間により,インバータに生じる電圧降下を補償し,ト
ルクリプルの発生と制御特性の劣化を防止することにあることが認められる。
そして,乙103及び104に,それぞれ電流制御型及び電圧制御型インバータに
おけるオンディレイ補償が記載されていること,並びに上記本件明細書3の記載によ
れば,このような技術的課題は,電流制御型,電圧制御型いずれの制御形式の電圧形
インバータにおいても生じる課題であり,本件発明3により,その課題を解決するこ
とができることが認められる。
(エ) 被告は,電流制御型ベクトル制御装置が本件発明3に含まれるとすると,交
流電流指令値を用いてオンディレイによる電圧降下を補償するためには,交流電流指
令値と出力電流とが一致すること,すなわち電流調節器を有することが必要であるが,
本件発明3には,電流調節器に関する要件はなく,発明として必須の構成要件を欠く
ため,本件発明3の構成では,第5図の実施例の解決課題(電流調節器のゲイン低減)
を解決できない,また,第5図の電流制御型ベクトル制御装置が本件発明3の発明に
含まれるなら,電圧制御型ベクトル制御装置の採用によって解決される課題が解決さ
れない旨主張する。
しかし,本件発明3の課題は,上記(ウ)のとおり,オンディレイによるインバータ内
部電圧降下を補償して,トルクリプル及び制御特性の劣化を防止することであるとこ
ろ,第5図の実施例においても,このような課題を解決し,本件発明3の効果を奏し
得るものである。電流調節器を有する場合に電流制御型インバータで生じるゲイン低
減効果は,本件発明3がその目的とせず,電流調節器を加えた場合に付随的に生じる
効果であると認められる。
よって,被告の上記主張は採用することができない。
イ 充足
よって,被告製品(5)は,電流制御型電圧インバータであっても,この構成要件を
充足すると認められる。
(2) 構成要件3−C
ア 特許請求の範囲の解釈
(ア) (イ)以下の理由により,構成要件3−Cの「予め記憶した電流に対する前記イ
ンバータの電圧降下の特性」とは,オンディレイにより生じるインバータの電圧降下
を補償するために記憶した電流に対する電圧降下特性であれば,その精度が低いもの
であっても,この構成要件に含まれると解すべきである。
(イ) 構成要件3−Cの「予め記憶した電流に対するインバータの電圧降下の特
性」は,インバータのオンディレイによる電圧降下を補償するためのものであるから
(前記(1)ア(ウ)並びに構成要件3−C及び構成要件3−D),オンディレイにより生じ
るインバータの電圧降下を補償するために記憶した「電流に対する電圧降下特性」で
あることを要することは当然であるが,構成要件3−C及び請求項のその余の部分に
は,この特性が厳密に実測値と一致した特性でなければならず,近似的な特性を含ま
ないとの記載はない。
(ウ) 甲9によれば,本件明細書3の第2図に記載された特性図は,電流に対する
電圧降下特性がかなり実測値と一致した特性を有するものを示していることが認めら
れるが,これは,あくまで1つの実施例についての記載にすぎないから,この実施例
の存在から,特許請求の範囲をこの実施例どおりに限定して解釈することはできない。
(エ) 弁論の全趣旨によれば,インバータ等の電気機械の特性を実測値に基づいて
記憶する際に,記憶媒体の記憶容量や演算速度等を勘案し,実用に支障のない精度の
範囲で近似させて記憶させることは,技術者が普通に採用する手法にすぎないことが
認められる。
(オ) なお,被告は,平成18年(行ケ)10305号判決(甲39)中の「予め記憶
した電流に対する前記インバータの電圧降下の特性」とは,「電流の大きさに応じて,
瞬時瞬時においてそのインバータの電圧降下を求め,該電圧降下に基づいて前記インバー
タの交流出力電流を修正する」ものであり,その「電圧降下Δvは,インバータ出力電流ⅰ1
との関係から非線形のΔv‐ⅰ特性(第2図)を呈する」ものであるとの認定に基づき,近似
値では足りない旨主張するが,同判決の上記認定部分が,構成要件3−Cは近似値では足り
ないことを規定しているとまで判示したものと認めることはできなから,被告の主張は,前
提を欠き,採用することができない。
イ 充足
したがって,別紙4「第1 原告の主張」被告製品(5)のとおりの被告製品(5)は,
その記憶された電圧降下の特性が同一容量のインバータに共通であり個々のインバー
タに固有の特性ではなく,また,近似値であり実測値と厳密に一致するものではない
としても,オンディレイ補償器で補償電圧を出力しているものであるから,この構成
要件を充足すると認められる。
(3) 構成要件3−E
前記(1)からすると,被告製品(5)は,構成要件3−Eを充足する。
(4) まとめ
よって,被告製品(5)は,本件発明3の構成要件をすべて充足する。
3 先使用(被告製品(5))
(1) 法律論
実際の製品の製造に当たっては,単に発明が完成しただけでは足りず,製品化に当
たって発生する多くの技術上の問題点を解決し,各種の仕様を選択しなければならな
いものであるから,特許法79条にいう「事業の準備」があったというためには,製
品化に当たって発生する多くの問題点を解決し,各種の仕様を選択し,当該事業の内
容が確定した状態に至ったことが必要であると解される。
したがって,本件において,本件発明3に対する関係で先使用を主張するためには,
本件特許3の出願前に,A構想が発明として完成しただけでなく,それをVS−676
に組み込もうとする際に発生する技術上の問題点を解決し,各種の仕様を選択し,事
業内容のうちオンディレイ補正の改善に関する部分の内容が確定した状態に至ってい
たことが必要である。
(2) 事実関係
ア 被告は,オンディレイ補正回路の改善に関する部分は,VS−676装置全体
からみると極小さい部分であると主張し,その部分については,本件特許3の出願の
時点で,VS−676に組み込もうとする際に発生する技術上の問題点を解決し,各
種の仕様を選択し,オンディレイ補正の改善に関する部分の内容が確定した状態に至
っていたかのような主張をする。
しかしながら,A発明の完成の点はともかく,事業内容のうちオンディレイ補正の改
善に関する部分の内容が確定した状態に至ったことを認めるに足りる証拠はない。
イ(ア) かえって,被告の主張によっても,本件特許3の出願後である昭和60年
12月9日に,改善の程度の定量的把握を目的に,報告書(乙8)9頁記載のグラフ1
(電流方向によるオンディレイ補償有無での電流リップル,トルク検出リップル含有
率)のデータを取得している。A発明をVS−676に組み込もうとする際に発生する
技術上の問題点を解決し,各種の仕様を選択するためには,このような改善の程度の
定量的把握が必要であると解されるから,被告が本件特許3の出願後に依然として改
善の程度の定量的把握を目的としてグラフ1のデータを取得したことは,オンディレ
イ補正の改善に関する部分の内容が確定した状態に至っていなかったことをうかがわ
せる事実であるといわなければならない。
(イ) また,証拠(乙22の4,47の3)及び弁論の全趣旨によれば,B設計員が実
験に使用したVS−686TVと開発の対象となったVS−676とでは,PWM回
路部分を含めて回路が異なっていることが認められるから,A発明を開発対象のVS−
676に組み込むために,実装設計をした上で回路を試作すれば,VS−686TV
で実験をした際には予想されなかった新たな技術上の問題が発生したり,インバータ
の電圧降下の補正を行う最適な電流指令値の範囲を選択するために新たな実験を要す
ることが当然予想されるところである。
しかしながら,本件特許3の出願前に,VS−676に搭載する回路を試作し,新
たな技術上の問題が発生するか否か等を確認する実験を行ったことの主張はない。
(ウ) さらに,争いのない事実及び乙8によれば,B設計員は,昭和61年2月3日,
その実験結果等を報告書(乙8)として作成し,同年3月10日,C担当課長の承認を得
て,社内関係先に報告したが,同報告書中の実際の製品との関係についての記載は,
末尾に「まとめ 今回の実験で,電流制御範囲拡大につながる効果は,見いだせなか
った。しかし,電流方向によるオンディレイの補正は,低速領域の電流波形の改善に
効果があることを確認した。この結果を,VS676製品化に,反映する」と記載さ
れていること,並びに他の大半の主要回路部分は,D設計員によって設計が進められて
いたが,D設計員は,同月18日,A発明を取り込んだ最終図面を作成し,同月25日,
A設計員が証査し,同月26日,C担当課長が承認したことが認められる。
これらの事実によれば,事業内容のうちオンディレイ補正の改善に関する部分の内
容が確定した状態に至ったのは,昭和61年3月26日であると解すべきである。
(3) まとめ
以上によれば,VS−676事業の内容のうち,オンディレイ補正の改善に関する
部分の内容が本件特許3の出願前に確定した状態に至ったことを認めるに足りる証拠
はないから,被告の先使用の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由が
ない。
4 損害
(1) 基礎とすべき販売額
ア(ア) 本件発明3は,「…電圧型インバータの制御装置」であるから,被告製
品(5)のうち,交流電源(S)及びモータ(M)を含まないことは当然として,交流制
御対象であるインバータ及びこれに直流電圧を供給するコンバータ等からなる主回
路構成部(A5)をその技術的範囲に含まないものと認められる(別紙4参照)。
(イ) 他方,「…電圧型インバータの制御装置」を動作させるために必要な構成
部は,それがなければ制御装置として動作しないものであるから,その技術的範囲
に含むものであり,被告製品(5)のうち,DSP部とCPU部からなる制御演算構
成部(C5),インバータ制御部(B5)及びデジタルオペレータ(D5)をその技術的
範囲に含むものと認められる。
(ウ) さらに,本件発明3を実施する上記(イ)の部分は,主回路構成部(A5)と一体
となって,被告製品(5)を構成しているものである。
イ したがって,相当実施料率の判断に当たっては,被告製品(5)の販売額からD
SP部に相当する販売額を算出し,それに相当実施料率を乗ずる方法は妥当ではなく,
被告製品(5)の販売額全体を基礎とし,主回路構成部(A5)が本件発明3に含まれな
い点は相当実施料率を判断する際の一事情として考慮するのが相当である。
(2) 相当実施料率の判断
ア 被告製品(5)は,インバータの適用分野の拡大とともに低騒音化の要求が大き
くなってきていることから(乙130の397頁「1 まえがき」4行∼5行),イン
バータの存在を意識させない低騒音ドライブの実現を重要なねらいとして開発された
ものであり(同「2 製品化のねらい」(1)),被告製品(5)において用いられている
本件発明3に係るオンディレイ補償は,正弦波に極めて近い電流波形を実現し,トル
クリプルを除くことができ,もって低騒音化を達成しているものであることは,被告
において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。
そして,被告製品(5)は,誘導電動機を制御することを専らの機能としているから
(別紙4),その性能はインバータ出力電圧の制御能力により決定され,インバータ制
御部は,被告製品(5)の核心部であると認められる。
イ(ア) 被告は,被告製品(5)は多数の技術を積み重ねた上に構成されたものであ
り,このような技術の集積が被告製品(5)の魅力及び競争力の源泉になっているが,
本件発明3のオンディレイ補償の技術は,被告製品(5)が備える前記特長及び機能の
うち,超微速域での滑らかな運転を実現することにおいて寄与しているにすぎないし,
また,本件発明3は,周知のオンディレイ補償技術を改良したにすぎない旨主張する。
(イ)a 証拠(甲9,乙130)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(a) 被告製品(5)では,本件発明3だけでなく,別紙7の添付参考資料1に記載
された発明も使用されている。
(b) 乙130は,被告発行による雑誌「安川電機 ’90 No.4 第54巻 通巻
209号」(平成3年5月25日発行)に掲載された被告製品(5)(VS−676VG
3)の特長,豊富な応用機能等に関する紹介記事であるが,同文献には,以下の各記載
がある。
① 「主回路スイッチング素子にIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を採
用するとともに被告独自の電流制御方式の開発により,ベクトル制御インバータとし
ては初めて超低騒音化を実現」(398頁「3 VS−676VG3の特長 (1)超低
騒音」)している。被告独自の電流制御方式としては「制御部は電流制御をDSPで構
成するなど,オールディジタル(ソフトウェア)化しオフセットやドリフトによる特性
変動の問題を解決し」ており,「低騒音化と電流制御のディジタル化を同時に達成す
る」ため「高速DSPを採用し,電流サンプリングの最適タイミング化によりキャリ
ア周波数12.5kHzのディジタル電流制御を実現」している(403頁「5 制御
性能と特性」)。
② さらに,「独自の電動機回転子温度推定制御と新磁束検出回路の採用により広い
制御範囲にわたるトルク制御性能の向上を図った。また,ディジタル電流制御などの
新技術の採用により,速度制御の高速応答と1:1000の広範囲の制御を達成し,
超微速域での滑らかな運転を可能」(398頁「3 VS−676VG3の特長 (2)
速度,トルク制御性能の向上」)にしている。「電流波形歪によるトルクリプルは超微
速での滑らかな運転を阻害する」のを「オンディレイ補償の効果」によって解決し(4
03頁「5・2 速度制御範囲の拡大」),「制御回路に設定する電動機定数の設定値
誤差などによりトルク制御性能が左右される」のを「電動機の固定子温度から回転子
温度を推定し,二次抵抗値の変化を補償して」解決している(403頁「5・3 トル
ク制御性能の向上」)。
③ 「多様な機械や設備に対する豊富な応用経験を基に,ベクトル制御インバータの
高度な制御性能をいかす応用機能をアプリケーションソフトウェアとして内蔵」(39
8頁「3 VS−676VG3の特長 (3)多様なアプリケーションに対応」)してい
る。このため「蓄積されたアプリケーションノウハウを基に応用機能を外部の接点入
力により制御したり,運転状態のモニタができるよう,入出力接点の一部を多機能化
している。これにより,ユーザー独自の機能を持ったインバータドライブが実現」(3
98頁「4・4 多機能入出力信号」)でき,「前述の多機能入出力信号をはじめ多様
な応用機能を内蔵し,高度化する機械や設備の要求にこたえている。図11に代表的
用途と主要応用機能の適用例を示す。以下に応用機能の一例を紹介する。」(405頁
「6 応用機能」)として,内蔵した応用機能の一例が具体的に紹介されている。
④ さらに,VS−676VG3は「インバータ及び電動機の保護だけでなく駆動す
る機械系の保護,システム異常検出などシステム保護も併せ持っている。…また,重
故障が発生したときにインバータの電源を遮断しても不揮発性メモリ(NV−RAM)
にその内容を記憶しているため,電源再投入時に電源遮断前の異常内容が確認でき」
(406頁「7・1 保護機能」),「制御部主要素子や,機能選択などのパラメータ
設定異常は,内蔵のマイクロコンピュータにより自己診断し,異常動作を未然に防止
するとともにディジタルオペレータにその内容を表示する。またマイクロコンピュー
タ自体も常時ハードウェアで異常監視して」(406頁「7・2 自己診断」)おり,
「試運転や保守点検をより容易にするため,ディジタルオペレータによる単独運転や
豊富なモニタ変数など各種保全機能を備えている。」(406頁「7・3 保全機
能」)
(c) 本件発明3は,従来からあるオンディレイ補償技術に関するものであるが,
オンディレイ時間において発生する線形性を乱す原因として特にインバータの内部電
圧降下に着目し,インバータの電圧降下の特性から電圧降下の値を出力しこれにより
補正することで,上記原因による線形性の乱れを積極的に補償するものである。また,
電流に対するインバータの電圧降下の特性をあらかじめ記憶する等の構成により,従
来技術が必要とした高精度の電流検出器や電圧検出器を不要とするなどの特徴を有す
るものである(甲9の〔発明の背景〕欄)。
b 以上の事実によれば,被告製品(5)は,低騒音化以外にも,トルク制御性
能の向上やシステム保護等の特長を有していること,低騒音化の実現においても,本
件発明3以外の発明も貢献していること,本件発明3は,電流に対するインバータ
の電圧降下の特性をあらかじめ記憶する等の構成により,従来技術が必要とした高精
度の電流検出器や電圧検出器を不要とするなどの特徴を有するものであることが認め
られる。
ウ これらの事実を総合すれば,本件発明3の相当実施料率を被告製品(5)の販売
額の3%と認めるのが相当である。また,不当利得による請求についても,同率と認
めるのが相当である。
エ(ア) 原告は,被告の汎用インバータが属するセグメントの限界利益率は,粗利
益率(約26%)に固定費部分(約20%)を足した約46%と見るべきであると主張し,
特許権侵害訴訟において,実施料相当額とは,侵害訴訟で把握されるべき侵害者の限
界利益を利益3分法又は25%ルールにより特許権者に帰属すべきものと解するのが
相当であるとして,限界利益率が46%である本件においてはその25%程度,すな
わち売上高の11.5%が原告の受けるべき実施料率となる旨主張する。
(イ) しかしながら,本件では,被告の汎用インバータが属するセグメントの限界
利益率が粗利益率(約26%)に固定費部分(約20%)を足した約46%であることを
認めるに足りる証拠はない。
(ウ) さらに,利益3分法又は25%ルール自体,粗い経験則にすぎないことは,
原告の主張自体から明らかである。仮に,これらのルールをある程度採用する可能性
があるとしても,ある製品の実現に多くの発明が関係している場合には,各発明の貢
献度を認定する必要があり,その貢献度は,原告発明と他の発明との相対的関係によ
り決定されるべきものであるから,単純に限界利益率の4分の1とすることはできな
いはずのものである。
(エ) したがって,原告の上記主張は,上記ウの認定を左右するに足りるものでは
ない。
(3) まとめ
したがって,原告の損害額及び不当利得額の合計は,8373万円となる。
27億9100万円×3%=8373万円
5 本件発明4の充足
(1) 構成要件4−A
ア 構成要件4−Aは,「前記制御装置の前記電圧指令を出力するコンピュータ」
と規定しているから,電圧指令はコンピュータから出力されて制御装置に入力される
ものであると解される。
イ 原告は,被告製品(1)ないし(4)の電動機定数演算手段は,d軸電流指令値id
*の現状設定値,モータ速度指令(銘板データの定格周波数の80%),電圧指令(銘板
データの定格電圧の80%)を制御装置側に出力する旨主張する。
しかしながら,被告製品(1)ないし(4)の電動機定数演算手段が電圧指令を制御装
置側に出力していることを認めるに足りる証拠はない。
原告は,甲5の1には,無負荷状態でモータを回転させる「回転形オートチューニ
ング」の実験結果を示す図G7−1が記載されており,この図によると,回転開始か
ら数秒間にわたって,出力周波数及び出力電圧指令が徐々にかつ一定レートで増加し
ていることが分かり(右肩上がりの直線で示されている。),その後,定格の80%で
変化がない状態(回転状態)が続いているから,電圧指令及び周波数指令の所定値(目標
値)に基づくV/ω値が所定値(一定値)となり,V/ω値が一定値を保ちながら,電圧
指令及び周波数指令が出力されていることが分かる旨主張する。
しかしながら,原告は,被告製品(1)ないし(4)では,無負荷電流を求めるために,
回転形オートチューニングのプログラムの実行によりセンサレスベクトル制御モード
に設定されることは認め,さらに,電動機定数演算手段が制御装置側にd軸電流指令
値id*及びモータ速度指令を出力することは認めているところ,証拠(甲2(図9,図1
0),甲9(図1,図3∼5),甲10(図3),甲20,乙32の1(図7,図8))及び
弁論の全趣旨によれば,ベクトル制御では,制御装置に入力された電流指令に基づき,
制御装置内部で電圧指令が生成され,それが出力されるものであることが認められる
から,原告指摘のインバータの出力電圧指令は,制御装置に入力されたd軸電流指令,
回転速度指令及び電流検出値に基づいて瞬時瞬時に生成されたものと解することによ
っても説明が可能である。したがって,甲5の1の実験結果から,被告製品(1)ない
し(4)では,電動機定数演算手段が制御装置側に対して電圧指令を出力していると認
めることはできない。
ウ したがって,被告製品(1)ないし(4)が構成要件4−Aを充足することの立証
はない。
(2) 他の構成要件の充足
上記(1)に説示したことからすると,被告製品(1)ないし(4)が構成要件4−B−1,
同4−B−2 ,同4−B−4及び同4−B−5を充足することの立証もない。
(3) まとめ
よって,原告の本件発明4に基づく請求は,その余の点について判断するまでもな
く理由がない。
6 本件発明4の無効(進歩性欠如)
(1) 乙35文献の記載
ア 乙35によれば,乙35文献には次の記載があることが認められる(一部は,当事
者間に争いがない。)。
イ(ア) 「周知のように誘導電動機(以下.IMと略す)のベクトル制御においては,
IMの等価回路を制御モデルとして制御するため,制御装置には前もって適用するI
Mの等価回路定数に基づく制御定数を設定する。」(61頁7行∼10行),
(イ) 「本論文では,ベクトル制御装置に電動機定数測定機能を持たせ,実運転前
に電動機定数や慣性モーメントを高精度に自動測定し,これに基づき制御定数を自動
設定することを目的に,電動機定数の測定法とこれをディジタルインバータ装置に適用
するときのオートチューニング方式について報告する。」(61頁17行∼20行),
(ウ) 「先に開発した速度センサレス・ベクトル制御を例に,オートチューニング
の必要性について述べる。図1は同制御システムの構成を示す。ベクトル制御は電動
機モデルを基準として,インバータ出力電流の大きさと位相及び周波数を制御するた
め,モデルの定数を電動機定数に応じて予め設定する必要がある。」(61頁22行∼2
6行),
(エ) 「ここで,V 1d,V 1q及びI1d,I 1qは角周波数ω 1で回転する座標上の電圧,電
流成分であり,V 1d,V1qは後述するように検出可能,またI 1d,I 1qはベクトル制御の
制御信号から間接的に検出可能であるため,これらを与えて(4)式を解くことができ
る。さらに,特定の条件を与えれば定数や変数を消去できるので測定すべき定数を簡
単に求めることができる。すなわち,定常状態ではP(d/dt)=0とおけ,また直
流励磁ではω1=0,回転停止状態ではω1=ωs,さらにI 1d=0又はI1q=0の条件を設
定すると定数及び変数が消去でき,測定すべき定数に関する電圧方程式が導びける。
以上が測定原理である。」(62頁下から6行∼63頁2行),
(オ) 「図2は今回電動機定数の測定に適用した速度センサレス・ベクトル制御イ
ンバータの構成図である。電流指令信号Im*,I t*はI 1d,I1qを各々指令する信号であ
り,電圧検出信号Vd,VqはV1d,V1qに相当する信号である。これらの信号を用いて後
述するように電動機定数を測定する。なお,*印は指令値を^は推定値を表す。
次に,本装置において今回の測定に関係する部分,すなわち電流指令信号I m*,I t*
から電圧検出信号が得られるまでの動作を説明する。
まず,電流指令Im*,It*と周波数指令ω1*に比例した周波数の2相発振器の信号を
座標変換器に入力する(5)式の演算を行い,固定子座標における2相の電流指令Iα*,
Iβ*が出力され,さらに2相−3相変換器で3相の電流指令I1* (Iu*,Iv*,Iw*)が
(6)式に従って出力される。
(5),(6)式(略)
ここで,各相,例えばU相の電流指令I u*は電流検出信号I uと比較され,その電流
偏差に応じた電圧指令V u*と搬送波との比較によりPWM信号が発生し,主回路のトラ
ンジスタはPWM制御される。
一方,d,q軸電圧検出信号V d ,V q は,インバータ出力電圧(V u,V v,V w)より
(7),(8)式の演算を行う3相−2相変換器,座標変換器で検出される。
(7),(8)式(略)」(63頁3行∼20行)
(カ) 「すなわち,この条件下での電動機の等価回路は図3(a)に,また,電圧V
と電流Iの関係は同図(b)のベクトル図に示すようになる。このとき電圧Vのd,q
軸成分において,電流と同相成分V dは抵抗r1,r 2による電圧降下に,直交成分V qは
漏れインダクタンスl1,l2′による電圧降下に相当する。」(64頁8∼11行)
(キ) 「本測定法は,IMをベクトル制御で無負荷運転した条件で励磁インダクタンスL1を
求める。この条件では,(4)式において 定常状態P=0,ωs≒0,I 1g≒0(「I 1q」
は誤記と認める。)とおけ,次式が成立する。
V1q=(l1+L1)・ω1・I1d+M・ω1・I2d
0=r2・I2d } ・・・・・(14)
さらに,l1≪L1とすれば,L1は次式より求められる。
L1=V 1q/ω 1・I 1q ・・・・・・・・・・・・・・・・(15)」(同66頁13行
∼19行),
(ク) 「測定においては周波数指令ω1*を定格に設定し,そのときの電流指令値Im*
(AERにより定格電流となるよう設定される)と電圧検出信号V qより(15)式の演算
でL1が求まる。」(66頁20行∼22行),
(ケ) 「4.ベクトル制御のオートチューニング
速度センサレス・ディジタルベクトル制御に前章で述べた電動機定数の測定法を適
用し,その自動測定と測定結果に基づく制御定数のオートチューニング法について述
べる。
4.1 オートチューニング法
図7は,今回開発したオートチューニング法のフローチャートである。オートチュ
ーニングに先立ち,IM定格,定格回転数,極数及び目標応答はイニシャル設定し,
これによりチューニングの動作に入る。
先ず,図2に示す周波数制御(AFR),起電力制御(AER),速度制御(ASR)を
休止させ,IMが回転停止状態において,入力指令Im*,ω1*に所定値を設定し,IM
を交流励磁する。」(68頁10行∼20行)
(コ) 「以上の測定によりr 1,r 2′及びl 1+l 2′を正規化演算し,起電力検出
器の内部インピーダンスを設定する。これによりベクトル制御が行える条件が確立
できたので,次に全制御を活し,速度入力指令ω r*に定格値を設定し,IMを無負
荷運転する。そのときのIm*,ω1*とV qの信号より,3.3節の方法で励磁インダ
クタンスL 1を測定する。なお,2次時定数T 2はこのL 1と先に求めたr 2′より演
算する。このT 2とL 1に基づきすべり演算器とI m*の最適設計(「最適設定」は誤記
と認める。)を行う。」(69頁6行∼19行),
(サ) 「速度センサレス・ディジタルベクトル制御インバータに上記電動機定数
測定機能を付加し,電動機定数が不明な状態から制御定数を自動設定するオートチ
ューニング方式を開発し,その効果を加減速性能及び速度精度より実証した。」
(70頁22行∼25行),
(シ) 62頁の図1には,オートチューニングのフローとして,「マイコン」よ
りω r*を出力し,「マイコン」においてIM等価回路を基に電動機定数を演算し制
御定数を自動設定する構成及びシステムに「インバータ」が含まれることが示され
ている。
(ス) 63頁の図2には,「ベクトル制御装置の構成」として,左方外部から
「ω r*」が入力され,これが演算処理され,「ASR」及び「AFR」を経由せず
に「ω 1*」となることが図示され,上方外部から「I m**」が入力され,これがAE
Rの出力であるΔI mと演算処理され,I m*となることが図示されている。
(セ) 69頁の図7には,「オートチューニング方法のフローチャート」として,
「入力設定I m*,ω 1*(交流励磁)」「入力設定ω r*(無負荷運転)」のステップ後に
「信号取込I m*,V q,ω 1*」ステップを行い,「L 1,T 2」を得ることが図示され
ている。
イ(ア) 図1,図2及び図7の記載(上記ア(シ)ないし(セ))によれば,乙35文献
におけるオートチューニングはベクトル制御装置に外付けされたマイコンにより行
われ,フローチャートはマイコンにより実行されるものであり,したがって,I m*
の入力設定はマイコンが行うものであることは,当業者にとって自明であると認め
られる。しかし,図2によれば,ベクトル制御装置の構成上,「I m*」はベクトル
制御装置の内部信号であるから,外部からマイコンがこれを直接設定することはで
きず,直接設定するのは,ベクトル制御装置の外部から入力されるI m**である。
そして ,内部信号である電流指令値I m *を「AERにより定格電流となるよう設
定」(上記ア(ク)参照)するには,外部から入力される「I m**」を定格電流値に設定
しなければならないことは,「I m**」がAERの出力であるΔI mと演算処理され,
I m*(以下「電流入力指令(ベクトル制御装置出力)」という。)となること(上記ア
(ス)参照)からみて,当業者に自明であると認められる。
(イ) なお,回転停止状態で「入力指令I m*」に所定値を設定する旨(上記ア(ケ)
参照)と述べているのは,この場合にはAERが休止しており,外部から入力され
た「I m**」がそのまま「I m*」となるためであると認められる。
ウ 以上の乙35文献に記載された方法をステップで表現すれば,乙35発明
は,次のとおりであると認められる。
「誘導電動機(IM)に電力を供給するインバータを電流入力指令(コンピュータ
出力) (I m**)に基づいて制御するベクトル制御装置の制御定数を,前記ベクトル
制御装置の前記電流入力指令(コンピュータ出力)(I m**)を出力するマイコンによ
りオートチューニングする方法において,次のステップを有するベクトル制御装置
の制御定数設定方法。
(a)前記電流入力指令(コンピュータ出力)( I m**)および前記誘導電動機の速度入
力指令(ω r*)に定格値を設定するステップ,
(b)無負荷状態において,前記定格値に基づいて前記インバータから出力される交
流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステ
ップ,
(c)前記回転している誘導電動機の電圧を検出し電圧検出信号(V q)を求めるステ
ップ,
(d)L 1=V 1q/(ω 1・I 1d)を原理として,電流入力指令 (ベクトル制御装置出力)
(I m*)と周波数指令(ω 1*),および前記電圧検出信号(V q)に基づいて,前記マイコ
ンを用い前記誘導電動機の励磁インダクタンス(L 1)を演算し,得られた前記励磁イン
ダクタンスに基づき前記マイコンにより前記ベクトル制御装置の制御定数を設定する
ステップ。」
(2) 一致点及び相違点
ア 本件発明4(2訂)と乙35発明とを対比すると,乙35発明の「ベクトル制御
装置」,「マイコン」,「速度入力指令」及び「励磁インダクタンス」は,本件発明
4(2訂)の「制御装置」,「コンピュータ」,「周波数指令」及び「1次インダクタ
ンス」にそれぞれ相当し,乙35発明の「定格値」は,本件発明4(2訂)の「所定
値」に含まれる。また,乙35発明の「電流入力指令(コンピュータ出力)」と本件発
明4(2訂)の「電圧指令」は,コンピュータから制御装置に入力されて後者の制御に
用いられるという意味で共通しており,また,乙35発明の「誘導電圧器の電圧」と
本件発明4(2訂)の「誘導電動機に流れる電流」は,「誘導電動機の電気量」といい
得る。また,乙35発明における励磁インダクタンスに基づき前記マイコンにより設
定される前記ベクトル制御装置の制御定数は,励磁インダクタンスと関係する,前記
ベクトル制御装置の制御定数と言い換えることができる。
イ そうすると,両者は,
「誘導電動機に電力を供給するインバータを指令(コンピュータ出力) に基づいて制御
する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記指令(コンピュータ出力)を出力する
コンピュータにより設定する方法において,
次のステップを有することを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定方法。
(a)前記指令(コンピュータ出力)および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を設定
するステップ,
(b)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流
電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるステップ,
(c)前記回転している誘導電動機の電気量を検出するステップ,
(d)前記検出された電気量及びその他の値に基づいて,前記コンピュータにより,前
記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定する
ステップ。」
という点で一致するが,以下の点で相違するものと認められる(一部は,当事者間に争
いがない。)。
(ア) 相違点1 コンピュータから出力される指令について,本件発明4(2訂)で
は電圧指令であるのに対し,乙35発明では電流入力指令である点。
(イ) 相違点2 誘導電動機の電気量を検出するステップで検出される電気量が,
本件発明4(2訂)においては電流であるのに対し,乙35発明においては電圧である
点。
(ウ) 相違点3 1次インダクタンスと関係する制御定数を設定するために用いる
値について,本件発明4(2訂)では前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に
設定された周波数指令,及び前記検出された電流であるのに対し,乙35発明では電
流入力指令(ベクトル制御装置出力)(Im*),周波数指令(ω1*),及び前記電圧検出信
号(Vq)である点。
(エ) 相違点4 本件発明4(2訂)は「(e) 前記(b)のステップにおいて,周波
数指令および電圧指令を前記設定した所定値まで徐々に且つ一定レートにて増加させ
て,前記誘導電動機を回転させるステップ。」を有するのに対し,乙35発明はこの
ステップを有さない点。
ウ 原告は,乙35文献に記載の「電圧指令」(Vu*,Vv*,Vw*)と本件発明4(2
訂)の「電圧指令」とを比較して,両者の生成の仕方の違いを相違点として主張する。
しかし,本件発明4(2訂)は,制御装置の制御定数を「コンピュータにより」設定
する方法である。そして,乙35文献に記載された「電圧指令」は,「指令」という
用語が用いられているが,制御装置の内部信号にすぎないものである。したがって,
本件発明4(2訂)の「電圧指令」(構成要件4−A)と比較されるべきものは,コンピ
ュータから制御装置に入力されて制御装置の制御に用いられるという点で共通してい
る乙35発明の「電流入力指令(コンピュータ出力)」である。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 相違点1についての判断
ア 乙145によれば,特開昭和60−187282号公報には,以下の事項が記
載されていることが認められる。
(ア) 「本発明は速度検出器無し誘導電動機のベクトル制御装置に係り,特に速度
制御用の電圧検出器を省略して全てデジタル化を図るに好適な誘導電動機のベクトル
制御装置に関するものである。」(1頁右欄19行∼2頁左上欄2行),
(イ) 「[本発明の目的]
本発明の目的は,トルク成分,励磁成分電流を各々制御し,その演算結果をd軸成
分Ed*,q軸成分Eq*の電圧指令とし,PWMパルス信号をこの電圧指令値より作成す
ると共に,Ed*,Eq*をすべり補償,励磁補償に用いることにより,PWM電圧を検出
する必要をなくした誘導電動機のベクトル制御装置を提供することにある。
[発明の概要]
本発明は,トルク成分電流,及び励磁成分電流を各々指令値になるように演算制御
し,各々の電流制御演算結果がEd*,E q*となり,E d*,E q*が,実際の検出値Ed,Eq
と一致制御されることに着目して,PWM電圧より検出するEd,Eqのかわりに,指
令値Ed*,Eq*を補正量として用いるものである。」(3頁左上欄2行∼17行),
(ウ) 「第5図は本発明の機能をマイクロコンピュータを用いてソフト処理する実
施例のハード構成を示すブロック図,第6図及び第7図はその機能を示すプログラム
フローチャートである。第5図において,符号1∼4,6及び45は,第3図に示す
実施例の要素と同じである。PWM発生器50は,振幅V*,位相θ*,周波数ω 1*を中
央処理装置52より演算結果として与えられ,速度指令値ωr*に該誘導電動機2の速
度ωrがなるようなPWM電圧指令を演算出力すると共に,励振信号に同期して信号を
出力する。この同期信号は中央処理装置52の割込み信号となり,割込み信号により
It,I m検出器で実際の正弦波2相信号を取り込み,その時点のI t,I mを演算する。
メモリ53はプログラム及びデータを記憶し,インターフェース回路54は速度指令
ωr*等の信号を上位装置から入力する。」(4頁右上欄11行∼左下7行),
(ア) 「第6図はメインプログラムフローチャートであり,まずステップP5でω r*
(n),It(n),Im(n)を取り込み,ステップP10で電流指令値I t*(n),I m*を次式で演
算する。
It*(n)=G1〔ωr*(n)−ωr(n)〕
Im*(n)=Im**+G2・〔ω1*(n)−Eq*(n)〕
次に,ステップP15において,d軸成分電圧指令を次式で演算する。
Ed*(n)=G3・〔Im*(n)−Im(n)〕
Eq*(n)=G4・〔It*(n)−It (n)〕
この結果より,ステップP20,及びステップP25で電圧指令の振幅及び位相のベクト
ル演算信号を次式で行なう。
V*(n)=√(Eq*(n) 2+Ed*(n)2)
θ*(n)=tan-1〔Ed*(n)/Eq*(n)〕」(4頁左下欄8行∼同右下欄2行),
(オ) 「ステップP45にて周波数指令ω 1*を次式で演算する。」(4頁右下欄11行
∼12行),
(カ) 「…ステップP20,P25,P45において演算した結果のV*(n),θ*(n)をP
WM発生器50に出力する。」(4頁右下欄14∼16行),
(キ) 第5図は,次のとおりである。
イ(ア) 乙145公報には,マイクロコンピュータを用いた誘導電動機のベクトル
制御装置が記載されており,乙35発明はマイコンによりオートチューニングするベ
クトル制御装置の制御定数設定方法であるから,乙35発明のベクトル制御装置とし
て,乙145公報に記載されたベクトル制御装置を採用することは,当業者が適宜な
し得たことであると認められる。
(イ) 具体的には,乙145公報のマイクロコンピュータ(中央処理装置52)はP
WM発生器50に対して電圧指令(V*(n),θ*(n))を出力するものであるが,乙35
発明においてはマイコンから出力されるのは電流入力指令(コンピュータ出力)(I m**)
であるから,Im**を乙145公報で開示されたプログラムで演算処理し(上記ア(エ)参
照。第2式でIm**を変換し,第3式を経て電圧指令を算出している。),電圧指令に変
換して設定,出力するようなことは,当業者が適宜なし得たことであると認められる。
(4) 相違点2について
乙35発明において乙145公報に記載のベクトル制御装置を採用することは,上
記(3)のとおり容易であるから,乙145公報に記載のベクトル制御装置においてIt,
Im検出器で検出される実電流It,Imを検出される電気量とすることは,容易になし得
る設計変更であると認められる。
(5) 相違点3について
乙35発明の対象として乙145公報に記載のベクトル制御装置を採用し,1次イ
ンダクタンスを求めるに当たり,乙35発明における電流指令(Im*)と周波数指令(ω1
*)は,乙35発明におけるベクトル制御装置の内部信号であり,電圧検出信号(V q)に
ついては乙145公報に記載のベクトル制御装置では検出していないから,乙145
公報に記載のベクトル制御装置を採用するに当たってそのまま用いることができない
ことは当然である。
しかし,乙35発明には,「L 1=V 1q/ω1・I1d」で表される1次インダクタンスの
算出原理が示されているから,乙145公報に記載のベクトル制御装置においてこれ
に相当する電気量を選択すればよいことは当業者にとって自明であると認められる。
さらに,この際に実際に検出される電気量の代わりにその指令値を用いることも,乙
145公報に開示されている(上記(3)ア(イ)参照)。
したがって,乙145公報のベクトル制御装置を採用したことに合わせて,V1qに相
当する電圧指令E q*(n),ω 1に相当する周波数指令ω 1*,及びI 1dに相当する実電流Im
を選択することは,当業者が容易になし得た設計変更であると認められる。
(6) 相違点4について
乙145公報に記載のベクトル制御装置における電圧指令及び周波数指令は,マイ
クロコンピュータから出力されるものであるから,適宜のプログラムによって任意の
指令を出力することで任意の制御ができることは,当業者に自明であると認められる。
そして,乙145公報に記載のベクトル制御装置を乙35発明に採用した場合に,1
次インダクタンスを測定するための定格値に達するまでの過渡期においては,正確な
測定のための厳密な制御は求められず,また無負荷状態で負荷が変動することもない
から,より単純な制御でよく,この単純な制御として各指令が目標値まで単調増加す
るもの,すなわち一定レートにて増加するようにすることは,当業者が容易に想到し
得たことであり,適宜のプログラムによりこの単純な制御を実現することは,当業者
が容易になし得たことであると認められる。
(7) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,本件発明4(2訂)がベクトル制御を行わずに,所定値に設定された電
圧指令と周波数指令の下での無負荷電流を検出して,励磁インダクタンスを測定演算
するのに対し,乙35発明は,ベクトル制御下で,無負荷電流を探索することを目的
に,AFRを用いてd軸と回転磁束の方向を一致するにように制御しつつ,無負荷電
流の定格値Im*が出力されるように構成しているものであり,そもそも励磁インダクタ
ンスの測定演算の方式が相違する旨主張する。
しかしながら,本件発明4(2訂) の特許請求の範囲には,誘導電動機に流れる電流
を検出する際にベクトル制御を行うものを含まないことの限定はないから,本件発明
4(2訂)は,ベクトル制御を行うものも含むと解釈せざるを得ない。すなわち,特許
請求の範囲に記載された「電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を設
定する」の「所定」とは,「定まっていること。定めてあること」(広辞苑第6版)
という意味しかなく,本件発明4(2訂)において「コンピュータにより定める」以
上のものを意味するものと解することはできない。また,本件発明4(2訂)は,ベ
クトル制御に代わる制御やこの際に付加的に必要となる条件(本件明細書4の【00
42】参照)を規定しているわけではなく,無負荷状態で誘導電動機を回転させ,乙
35に開示された計算式に必要な値を測定するという測定演算方式以上のものと解す
ることはできない。
したがって,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
イ 原告は,本件発明4(2訂)では,その検出対象が誘導電動機に流れる電流であ
るために,その検出対象が誘導電動機の出力電圧に比較して歪みが少なく,したがっ
て,1次インダクタンスの測定演算は,精度が向上するものであるのに対し,乙35
発明では,検出対象が誘導電動機の出力電圧であるため,その出力電圧には歪みが多
く含まれ,本件発明4(2訂)が技術的課題であるとした課題をそのまま残存するもの
であり,これを何ら解決していない旨主張する。
しかし,誘導電動機の電圧を検出した場合に検出信号が不正確になるという課題は
公知であり(乙145の2頁右下欄5行∼16行),この課題を解決するために電流
を検出して誘導電動機を制御すべきことが乙145公報に記載されているから,乙3
5発明に乙145公報に記載された技術を組み合わせることで,上記課題が解決でき,
演算測定の精度向上が図られることは,当業者が当然に予測できたことである。
(7) まとめ
ア 本件発明4(2訂)の奏する効果も,乙35発明及び乙145公報に記載された
技術から予測し得る程度のものであると認められる。
したがって,本件発明4(2訂)は,乙35発明及び乙145公報に記載された技術
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
イ 前提事実(1)ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件発明4は本件発明4(2訂)よりも限
定が少ないから,本件発明4(2訂)が進歩性を欠如する以上,本件発明4も進歩性を
欠如しているものであり,その特許は,平成11年法律第41号による改正前の特許
法29条2項の規定により特許を受けることができないものに対してされたものであ
る。
ウ さらに,前記5に説示したことからすれば,本件発明(1)ないし(4)は,本件
発明4(2訂)の構成要件も充足しないものである。
エ 以上のとおり,本件特許4は,特許無効審判により無効にされるべきものと認
められ,その点は第2回訂正によっても変わらないから,原告は,本件特許4を行使
することができない(特許法104条の3第1項)。
よって,原告の本件発明4に基づく請求は,この点でも理由がない。
7 結論
以上によれば,原告の請求は,本件発明3に基づき被告製品(5)につき,主文第1
項記載の損害賠償金又は不当利得金8373万円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日である平成17年10月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却し,仮執行
宣言は,相当でないのでこれを付さないことし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官
大 竹 優 子
裁判官
宮 崎 雅 子

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