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平成20(行ケ)10007審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年12月24日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告オーツェーエルリコンバルツェルス(OCOerlikonBalzersAG) アーティフィシャルセンシングインンゲゼルシャフト
対象物 光バイオセンサーマトリックス
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決21回
実施8回
優先権5回
分割2回
進歩性2回
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 1 本件は,原告らが発明の名称を「光バイオセンサーマトリックス」とする後 記特許の国際出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審 判請求をし,平成18年2月22日付けでも手続補正(この補正後の請求項1 を「本願補正発明」という。)をしたが,特許庁が,上記補正を却下の上,請 求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。

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判決文

判決言渡 平成20年12月24日
平成20年(行ケ)第10007号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年12月17日
判 決
原 告 オーツェー エルリコン バルツェルス
アクチェンゲゼルシャフト
(OC Oerlikon Balzers AG)
原 告 アーティフィシャル センシング イン
ストルメンツ アーエスイー アクチェ
ンゲゼルシャフト
(Artificial Sensing
I n s t r u m e n t s A S I A G )
両名訴訟代理人弁護士 上 谷 清
同 永 井 紀 昭
同 仁 田 陸 郎
同 萩 尾 保 繁
同 笹 本 摂
同 薄 葉 健 司
同 石 神 恒 太 郎
両名訴訟代理人弁理士 田 崎 豪 治
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 村 田 尚 英
同 田 邉 英 治
同 岩 崎 伸 二
同 酒 井 福 造
主 文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2006−1472号事件について平成19年8月28日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,原告らが発明の名称を「光バイオセンサーマトリックス」とする後
記特許の国際出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審
判請求をし,平成18年2月22日付けでも手続補正(この補正後の請求項1
を「本願補正発明」という。)をしたが,特許庁が,上記補正を却下の上,請
求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,本願補正発明が欧州特許出願公開第455067号明細書(発明の
名称「Mikrooptischer Sensor」[化学物質のマイクロオプティカル検出方法
],出願人 F.HOFFMANN-LA ROCHE AG[エフ・ホフマン−ラ ロシュ アーゲー
],公開日1991年[平成3年]11月6日)に記載された発明との関係で
進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告オーツェー エルリコン バルツェルス アクチェンゲゼルシャフト
(旧々名称「バルツェルス アクチェンゲゼルシャフト」,旧名称「ウンア
クシス バルツェルス アクチェンゲゼルシャフト」)及び原告アーティフ
ィシャル センシング インストルメンツ アーエスイー アクチェンゲゼ
ルシャフトは,1993年(平成5年)7月20日の優先権(英国)を主張
して,1994年(平成6年)7月18日,名称を「光バイオセンサーマト
リックス」とする発明について,国際特許出願(PCT/EP94/023
61号,以下「本願」という。請求項の数17。日本における出願番号 特
願平7−504928号。平成7年2月2日国際公開[WO95/0353
8])をし,平成7年3月20日に日本国特許庁へ翻訳文を提出(平成8年
5月28日国内公表[特表平8−504955号,甲7])し,平成16年
10月27日付けで特許請求の範囲等の記載を補正(第1次補正,請求項の
数17,甲8)をしたが,拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2006−1472号事件として審理し,その中
で原告らは,平成18年2月22日付けで特許請求の範囲の記載を補正(第
2次補正,請求項の数15,以下「本件補正」という。甲9)したが,特許
庁は,平成19年8月28日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求
は,成り立たない」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本
は平成19年9月11日原告らに送達された。
(2) 発明の内容
ア 本件補正前
本件補正前の特許請求の範囲は,平成16年10月27日付けの第1次
補正時のものであるが,その請求項1は次のとおりである(以下「本願発
明」という)。
「光バイオセンサーの1構成要素として使用するための検出セルアレイ
プレートであって,
複数個のウエルのマトリックスを有する試料プレートと,
前記ウエルを相互に閉塞した基材プレートアレンジメントとを含み,そ
の際,
前記基材プレートアレンジメントは,透明な基材プレートと,その基材
プレートの片面と前記試料プレートの隣接して設けられたウエルとの間に
配置された薄膜導波路とを含み,
前記試料プレートの隣接して設けられたウエルは,前記薄膜導波路上に
おいて別個の検出領域を画定しており,かつ
前記検出領域に回折格子構造体が設けられている,検出セルアレイプレ
ート。」
イ 本件補正後
平成18年2月22日付けでなされた本件補正後の請求項1(本願補正
発明)は,次のとおりである(下線は補正部分)。
「光バイオセンサーの1構成要素として使用するための検出セルアレイ
プレートであって,
複数個の貫通孔のマトリックスを有する試料プレートと,
前記マトリックスの貫通孔のそれぞれの一端を密閉しかつ前記貫通孔の
それぞれを相互に閉塞して複数個のウエルのマトリックスを形成した基材
プレートアレンジメントとを含み,その際,
前記基材プレートアレンジメントは,透明な基材プレートと,その基材
プレートと前記試料プレートとの間に配置されかつ前記貫通孔のマトリッ
クスに隣接するとともに,そのマトリックスに沿って延在している薄膜導
波路とを含み,
前記貫通孔のマトリックスは,前記薄膜導波路上において別個の検出領
域のマトリックスを画定しており,かつ
前記検出領域のそれぞれに回折格子構造体が設けられている,検出セル
アレイプレート。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①本
願補正発明は,前記欧州特許出願公開第455067号明細書(甲1,以
下「引用例1」といい,これに記載された発明を「引用発明」という。な
お,対応日本特許の公開特許公報[特開平5−346398号公報,公開
日 平成5年12月27日]は甲2)並びに周知例である特開昭60−4
0955号公報(発明の名称「自動マイクロプレート分光分析装置及び方
法」,出願人 日本分光工業株式会社,公開日 昭和60年3月4日。甲
3。以下「引用例2」という。)及び特開昭63−8537号公報(発明
の名称「マイクロプレート用吸光度測定装置」,出願人 東洋曹達工業株
式会社,公開日 昭和63年1月14日。甲4,以下「引用例3」とい
う。)に基づいて容易に発明することができたから,独立して特許を受け
ることができず,本件補正は,その要件を満たさない,②本件補正前の前
記本願発明も,同様に上記引用発明及び上記周知例に基づいて容易に発明
することができたから特許を受けることができない,というものである。
イ 審決が認定する引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点及
び相違点は,次のとおりである。
〈引用発明の内容〉
「光バイオセンサーとして使用するためのセンサーであって,側壁およ
びカバーと,前記側壁の一端に,その側壁と協働して試料が満たされるサ
ンプルセルを形成する平形導波体を有し,この平形導波体は平坦な透明基
質と,この基質上の側壁側に位置する導波層,前記基質と前記導波層との
間の境界面に回折格子を形成したものであるセンサー」
〈一致点〉
いずれも「光バイオセンサーの1構成要素として使用するための検出セ
ルであって,貫通孔を有する部材と,前記貫通孔の一端を密閉してウエル
を形成した基材アレンジメントとを含み,その際,前記基材アレンジメン
トは,透明な基材と,その透明な基材と前記貫通孔を有する部材との間に
配置されかつ前記貫通孔に隣接する薄膜導波路とを含み,前記貫通孔は,
前記薄膜導波路上において検出領域を画定しており,かつ前記検出領域に
回折格子構造体が設けられている,検出セル。」である点。
〈相違点〉
引用発明が,「単一の検出領域からなるセンサー」であるのに対し,本
願補正発明は,「複数個の別個の検出領域のマトリックスを形成した検出
セルアレイプレート」であり,したがって,本願補正発明における「貫通
孔を有する部材」,「透明な基材」ならびに「基材アレンジメント」は,
「複数個の貫通孔のマトリックスを有する試料プレート」,「透明な基材
プレート」ならびに「基材プレートアレンジメント」であって,また,本
願補正発明における「基材アレンジメント」は,「(マトリックスの)貫
通孔のそれぞれを相互に閉塞して複数個のウエルのマトリックスを形成し
て別個の検出領域のマトリックスを画定」するとともに「マトリックスに
沿って延在している薄膜導波路とを含む」のに対し,引用発明では,これ
らの構成を備えていない点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり,本願補正発明の容易想到性の判
断に誤りがあるから,本件補正を却下した審決は違法なものとして取り消さ
れるべきである。
ア 審決は,「マトリックスに沿って延在している薄膜導波路とを含む」よ
う構成すること,すなわち,透明な基材プレート全面にわたって薄膜導波
路を形成することは,製造工程の効率化等に鑑み,当業者が適宜なし得る
事項にすぎず,本願補正発明が奏する作用効果も,引用発明および周知の
技術的事項から,当業者が予測できる範囲のものであると判断した(6頁
10行∼15行)。
イ 確かに,引用例2(甲3)及び引用例3(甲4)には,「単一プレート
内にマトリックス状に配列された多数のウエルを有するマイクロプレート
を用い,多数の生体物質試料の光学的自動分析を行うこと」に関する技術
的事項が記載されている。
しかし,当業者が引用例1(甲1)に記載された引用発明に,引用例2
及び引用例3に記載された上記の技術的事項を組み合わせることはそもそ
も困難であり,仮に組み合わせたとしても,当業者は本願補正発明に到達
するように動機付けされ得ないから,本願補正発明の構成に到達しうるも
のではない。
その理由は,以下のとおりである。
(ア) 引用例1(甲1,ただし,日本語訳は,対応する日本国公開特許公
報である甲2による。以下同じ。)には,以下の記載がある。
「図4およびそれ以降の図面は測定中における光経路を示している。
図4に示すように,基質側から進入した光線6はその一部が2つの格子
Ga,Gbの一方により導波体内に伝えられる。伝搬光成分7は,導波
モードとして導波層2の区域Lの範囲で伝搬し,(長さLの)経路に沿
ってサンプル4と相互に干渉し合う。2つの分離伝搬光成分9a,9b
のうちの一方の光の方向は,入射光線6の導波層2から反射した入射光
線6の非伝搬成分8の方向とは異なっている。…」(甲1の8欄45行
∼56行,甲2の段落【0038】)
このように,引用例1には,進入した光線6の一部のみが導波層2に
伝播されていることが明確に述べられている。
伝播光成分7から光を(導波層2から)分離伝播するとき,当業者に
よく知られているように,伝播光成分7の一部のみが分離伝播して分離
伝搬光成分9a,9bを,甲1の「Fig.4」(図4)のように形成す
る。別紙参考図1記載のとおり,伝播光成分7の一部の光成分は分離伝
播されず,導波層2内で横方向に伝播し続ける。この部分的な光線Wa
の発生は当業者が予測し得るが,引用例1のような単一セル(検出領
域)においては横方向に伝播する光線Waの発生を考慮する必要がな
い。しかし,本願補正発明のように多数のウェルのマトリックスを形成
するために,他のセルと並んで一つのセルを配置することを考慮すると
きには全く異なり,光線Waは非常に重要なものとなる。
もし当業者がセルのマトリックスを形成するために,このような単一
セルを組み合せなければならない場合,一つのウェルによる他のウェル
への相互の影響を考慮して,上記の部分的な光線Waを考慮せざるを得
ず,別紙参考図2に示されるようなマトリックスを構成するであろう。
このような多数のウェルのマトリックスは,別紙参考図2の3Aに示さ
れるような,共通の透明な基材プレートを有するが,各ウェル又はセル
は,それぞれの独立した薄膜導波路2A,2B,2Cを有し,部分的な光
線Waを避けるため,隣接するウェルもしくはセルにおいて測定に影響
する各サンプルにより影響される他のセルから,別紙参考図2に示され
るように光学的に互いに独立しているであろう。なぜなら,当業者は,
共通の薄膜導波路を備えることは一つのセルから隣接するセルに受け入
れ難い光線の混線を生じさせると考えるからである。
(イ) これに対して,本願補正発明においては,「マトリックスの貫通孔
のそれぞれの一端を密閉しかつ前記貫通孔のそれぞれを相互に閉塞して
複数個のウエルのマトリックスを形成し」,「貫通孔のマトリックス
は,薄膜導波路上において別個の検出領域のマトリックスを画定」する
とともに,薄膜導波路を「貫通孔のマトリックスに隣接するとともに,
そのマトリックスに沿って延在している薄膜導波路」とする構成とする
ことにより,意外にも,薄膜導波路に対してそれぞれの検出領域を密閉
して明確に画定するウェル間の側壁は,それぞれの検出領域を光学的に
分離し,一つの検出領域における薄膜導波路内の光を効率的に遮断し,
薄膜導波路に沿って次の検出領域に伝播するのを防止することができた
ものである。
このように,透明な基材プレート全面にわたって薄膜導波路を形成す
ることは,生産効率を向上するために当業者が適切に選びうる技術的事
項であるとの審決の判断は,本願補正発明の知見に基づいて容易想到性
を判断するものといえ,いわゆる後知恵の非難を免れない。
ウ 本願補正発明は,上記の構成を採用することにより,発明の詳細な説明
に記載されるように,試料の分析を高度に自動化された迅速プロセスで実
施できるという顕著な効果を奏することができるものである。
エ 被告が指摘するように,本願明細書及び図面には,「薄膜導波路内に入
射した伝搬光が隣接セルに対していかなる振る舞いをするか」について何
ら記載がなく,「原告らの主張する部分的な光線Waの発生や,発生した
Waが隣接セルに及ぼす影響,その影響に対して貫通孔のマトリックスが
奏する作用効果」について記載はなく,また,「ウェル間の側壁がそれぞ
れの検出領域を光学的に分離し,一つの検出領域における薄膜導波路内の
光を効率的に遮断して,次の検出領域に伝搬するのを防止することができ
た」ということについても記載されていない。
しかし,「マトリックスの貫通孔のそれぞれの一端を密閉しかつ前記貫
通孔のそれぞれを相互に閉塞して複数個のウエルのマトリックスを形成
し」,「貫通孔のマトリックスに隣接するとともに,そのマトリックスに
沿って延在している薄膜導波路」を配置するという本願補正発明の構成,
本願の図1∼3等の記載,さらには「発明の詳細な説明」における記載
(例えば,効果についての「高度に自動化された迅速プロセスで実施でき
るという顕著な利点を奏する」との記載[甲7,18頁15行])から,
当業者は,具体的に本願補正発明を理解し,「ウェル間の側壁がそれぞれ
の検出領域を光学的に分離し,一つの検出領域における薄膜導波路内の光
を効率的に遮断」するという効果を期待し得るものである。
もし,薄膜導波路が多数の相互に分離された「島」にパターン化される
と,貫通孔を有するプレートを付着させることは高度に正確な位置合わせ
を行わなければならない。他方,連続的な薄膜導波路を堆積し,ついで多
数の貫通孔を有する部材を,堆積された薄膜導波路の上に付着させること
は,高精度の位置合わせを必要としない。このことは,光バイオセンサー
マトリックスの製造を簡易にし,製造コストを低減するという利点があ
る。さらに,薄膜導波路と貫通孔の相互搭載の精度が,重要な要素となら
ないことから,単一セルの配列における貫通孔の数,すなわち「密度」を
増加させることができ,測定効率(迅速な分析)を更に向上させることが
できるものである。
オ 被告は,本願明細書の「発明の詳細な説明」の記載をあげて,「本願補
正発明は,『複数セルの同時測定』に限らず,『個別セル毎の測定』にも
用いられる,単なる『検出セルアレイプレート』にすぎないことは明らか
である。」と主張する。しかし,被告が指摘する箇所(後記3(2)イ(ア
))は,明細書の「発明の詳細な説明」の記載であり,本願補正発明の構
成と1:1の関係で対応するものではない。本願補正発明に係る「検出セ
ルアレイプレート」が,被告主張のように,「複数セルの同時測定」に限
らず「個別セル毎の測定」にも用いられるとしても,「単なる検出セルア
レイプレート」ではなく,公知のものとは構成を異にし,上記の「高度に
自動化された迅速プロセスで実施できる」という顕著な利点を有する効果
を達成し得るのであるから,進歩性を有する。
カ 被告は,引用例1における伝搬光成分7は,区域Lを越えた領域に対応
する導波層内をそのまま伝搬し続けることはなく,次第に減衰するので,
原告らの主張するように,進入光線の一部がWaとして導波層内を伝搬し
続けることはない,と主張する。
しかし,引用例1に対応する公開特許公報である特開平5−34639
8号公報(甲2)には,「8.伝搬および分離伝搬領域外で行なわれる導
波層の化学的または物理的作用は,導波体内を案内され測定に用いられる
光に悪影響を及ぼすことはない。」(段落【0062】)との記載があ
る。ここで,伝搬及び分離伝搬領域は,甲2の【図4】によれば,「区域
L」として記載されており,薄膜導波層に導かれた光は,測定に用いられ
る。したがって,上記の甲2の一節から,区域Lの上流又は下流で生じる
化学的又は物理的作用が,測定に使用され,かつ区域Lに沿って伝搬する
光に影響しないことが記載されていることが明らかである。そして,この
記載から,引用例1の記載は,上記の区域Lの上流又は下流に光があるで
あろうという事実に基づいていることは明らかである。なぜなら,もし引
用例1が上記の区域Lの上流又は下流に薄膜導波層中を伝搬する光がない
という事実に基づいているとすれば,引用例1は,横方向の領域への化学
的又は物理的作用に言及することはなかったはずであり,あるいは,横方
向の領域に伝搬する光はないと明確に記載したはずである。また,光が格
子により薄膜導波層に伝播され,導波層に案内される光である案内モード
が発生するときは,散乱光の発生を避けることができない。薄膜導波層
は,そのような散乱光を集めるといわれているところ,当業者は,散乱光
の発生という点にかんがみても,引用例1のセンサーでは,横方向の光が
発生すると考えるのが通常である。したがって,上記の「上記の区域Lの
上流または下流に光があるであろう」との認識も,当業者の常識に合致す
るものである。
被告の上記主張は,もし高い分離伝搬効率が回折格子によって実現され
るならば,理論的に生じ得ると考えられるというだけにすぎず,現実に
は,そのような分離伝搬効率が高い回折格子は,散乱光の量を増大させる
ことになる。そして,導波層中に導入されているが,分離伝搬されずに残
存している光,又は散乱光によって,引用例1において,検出器から光が
横方向に出ることを,当業者は予測するであろうことは明らかである。分
離伝搬される光の量を増加させることは,散乱光の量も増大させることに
なるからである。
また,甲2における「案内モードを完全に分離伝搬するのに要する伝搬
距離は,格子の回折効率によって決められる。」(段落【0051】)と
の記載は,案内モードの完全な分離伝搬が生じるためには,分離伝搬のた
めの距離が必要であり,その距離は,格子の回折効率に依存することを理
論的に示しているにすぎない。そして,引用例1で開示されたセンサーに
おいては,そのような理論的な伝搬距離については,実際には,確認され
ていない。もし,引用例1のセンサーが,大型のものとして作製された場
合,光が薄膜導波層から横方向に出ることは,当業者に明らかである。し
かし,光が横方向に出ないようにセンサーを設計することは,引用例1に
は全く教示されていない。これは,分離伝搬される光の量が正確な測定に
十分である限り,引用例1のセンサーについては,光が横方向に出ないよ
うな条件になるように,格子の回折効率及び薄膜導波層の大きさを最適化
する必要がないため,横方向の光が出るか否かは,全く問題とされていな
いためであると考えられる。
したがって,被告の上記主張は,当業者の技術常識を無視した,いわゆ
る後知恵の主張にすぎず,引用例1から論理的に当業者が本願補正発明を
容易に想到し得るような教示を見出そうとすることは,不可能である。
キ 乙2(特開平4−40404号公報,発明の名称「光導波路素子」,出
願人 富士フイルム株式会社,公開日 平成4年2月10日)は,7頁左上
欄2行∼15行記載のとおり,画像記録あるいは画像読取用の光偏向器や
高周波スペクトルアナライザー等における光利用効率を高めることを目的
とするものである。
しかし,引用例1は化学物質のマイクロオプティカル検出方法に係る発
明,すなわち,マイクロオプティカルセンサーに関する発明であるとこ
ろ,このようなセンサーは,外部からの入射光がいったん薄膜導波路に入
り結合されると,センサーの範囲のかなりの部分に沿ってセンサーに付着
された被検出物質と相互作用するように(すなわち,被検出物質の正確な
定量のために),光は薄膜導波路に沿ってできるだけ妨害されないで伝搬
される。次いで,被検出物質と相互作用した後に,導波路から出結合され
て,被検出物質が屈折率の変化に基づいて定量的に検出されることが求め
られる。
そこで,マイクロオプティカルセンサーにおいては,「センサーの範囲
のかなりの部分に沿ってセンサーに付着された物質と相互作用するよう
に,光は薄膜導波路に沿ってできるだけ妨害されないで伝搬」されるため
には,回折格子はできる限り低い出結合を検出領域に沿って達成すること
が要請され,高い出結合を得ることは,検出領域における回折格子の目標
ではない。なぜならば,乙2に記載される発明のような100%近い高い
出結合が得られるということは,入り結合光が検出領域Lに沿って伝搬す
る前に出結合されていることを意味するからである。すなわち,乙2に記
載される発明は,光利用効率を課題とし高い出結合を得られることを発明
の効果とするのに対し,甲2記載のセンサーは,その導波路に沿って検出
領域を有し,検出領域における被検出物質の結合による屈折率の変化を検
出することを課題とすることから,検出領域に沿って低い出結合を要請す
るものである。
したがって,引用例1の記載に接した当業者が,上記の引用例1の記載
に,乙1(特開昭60−188911号公報,発明の名称「光結合機」,
出願人 キヤノン株式会社,公開日 昭和60年9月26日)及び乙2並び
に技術常識を勘案して,被告主張の限定された条件でセンサーを設計しよ
うとすることが当然であるとはいえない。
なお,乙1記載の技術事項も,乙2と同様に,「回折光を薄膜光導波路
の片面側のみに高結合効率にて入射又は出射せしめることのできる」こと
を目的とする(2頁右下欄下3行∼末行)ものであって,上記の議論が妥
当する。
ク 以上のとおり,本願補正発明は,引用発明並びに引用例2及び引用例3
に記載された周知の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるとの審決の判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 引用発明に引用例2及び引用例3に記載された技術的事項を組み合わせ
ることは,以下のとおり,何ら困難性はない。
ア 本願補正発明の課題及び作用効果
本願明細書及び図面には,本願補正発明の第1の課題は,「光バイオセ
ンサーにおける検査手法である,特定セルに収容した単一の試料のみを検
査して検査後に洗浄する」という繰り返し操作を回避して利便性を高める
ため,従来公知の微量滴定プレートのように検出セルをマトリクス状に配
した検出セルアレイプレートとし,分析実験室にある既存の液体取り扱い
装置と組み合わせて使用することを可能とすることとされている(甲7,
6頁19行∼7頁11行)。
イ 引用発明
引用発明は,光バイオセンサーとして使用するためのセンサーである。
ウ 引用例2及び引用例3の記載事項
引用例2及び引用例3のいずれにも「単一プレート内にマトリックス状
に配列された多数のウエルを有するマイクロプレートを用い,多数の生体
物質試料の光学的自動分析を行うこと」が記載されており,引用例2(甲
3)には,本願補正発明と同様に光を用いたバイオ測定を行う酵素免疫測
定法に,縦横に複数並んだウェルを有するマイクロプレートを用いること
により,「検体,試薬の微量化と操作の迅速化が可能となり多数検体処理
の技術が開かれた。」(2頁右下欄2行∼3行)と記載され,さらに処理
能力を向上するために複数ウェルの試料に同時に光照射を行うこと(3頁
右上欄5行∼右下欄6行)が記載されている。
エ 引用例1の図面の記載からして,引用発明の側壁は,導波層(本願補正
発明の薄膜導波路に相当)上に配したものである。そして,審決で周知例
として提示した特開平4−147039号公報(甲6)に記載されている
ように,複数個のウエル状の検出セルを形成する際,複数の貫通孔を有す
るプレートを平坦な基体上に配することは従来からよく知られた事項であ
る。
そうすると,引用発明のセンサーをアレイ状に配するに際しても,側壁
が導波路上に配されるよう,薄膜導波路を基材プレート上に延在せしめる
ことは当業者が普通になし得る事項にすぎず,その結果,薄膜導波路上の
セルとなる位置と貫通孔を有するプレート中の貫通孔との精確な位置合わ
せが不要で,製造コストの低減にも寄与し得ることは,当業者に自明な事
項である。
オ 上記のことからして,引用発明と引用例2及び引用例3は,いずれも光
バイオセンサーの技術分野に属し,さらに,検査・分析の迅速化を図ると
いう課題は,光バイオセンサーの技術分野において一般的なものであるか
ら,引用発明に引用例2及び引用例3の技術的事項を組み合わせ,本願補
正発明と同様な作用効果を期することに何ら困難性はない。
(2) 審決の容易性判断及び作用効果の予測性の判断に関する原告らの主張
は,以下のとおり,本願明細書及び図面の記載に基づかず,本願補正発明の
発明特定事項以外の事項を前提として主張するものである。
ア 本願明細書及び図面の記載事項
本願明細書及び図面には,本願補正発明のごとく「マトリックスの貫通
孔のそれぞれの一端を密閉しかつ前記貫通孔のそれぞれを相互に閉塞して
複数のマトリックスを形成し」,「貫通孔のマトリックスに隣接するとと
もに,そのマトリックスに沿って延在している薄膜導波路」を配置した
際,薄膜導波路内に入射した伝搬光が隣接セルに対していかなる振る舞い
をするかについて何ら記載がなく,原告らの主張する部分的な光線Waの
発生や,発生したWaが隣接セルに及ぼす影響,その影響に対して貫通孔
のマトリックスが奏する作用効果について,何ら記載も示唆もされていな
い。特に原告らが主張する「ウエル間の側壁がそれぞれの検出領域を光学
的に分離し,一つの検出領域の薄膜導波路内の光を遮蔽して,次の検出領
域への伝搬を防止することができた」ということについては,何ら記載も
示唆もされていない。
また,仮に,そのような作用効果が得られるならば,引用発明の側壁も
同様の作用効果を果たすはずであるので,原告らの主張する作用効果は引
用発明が具備する作用効果であるといえる。
イ 本願補正発明の発明特定事項
(ア) 本願明細書の「発明の詳細な説明」には,次のように記載されてい
る。
「もう1つの面において,本発明は,上記したような検出セル,及び
(i)少なくとも1つの入射光領域を発生しかつその光領域を前記検出
セルのウエルの下方の回折格子手段上に衝突させ,よって,薄膜導波路
においてモード励起を発生させるための少なくとも1つの光源,
(ii)前記ウエルの下方の薄膜導波路から回折した光領域を集めるため
の少なくとも1つの集光手段,及び
(iii)集められた光領域の位置を監視するための少なくとも1つの位
置感知デテクタを含む読み取りユニット,
を含んでなる分析装置(システム)を提供する。
入射光領域は,好ましくは,レーザーによって発生せしめられる。ま
た,好ましくは,1つより多くの入射光領域が提供され,そして,その
際,検出セルのマトリックスのそれぞれの行について入射領域が提供さ
れる。もしも1つよりも多くの入射光領域が提供されるのであるなら
ば,それらの光領域は,(i)1個よりも多くの光源を用意すること,
(ii)単一の光源の領域を分割すること,又は(iii)光領域を拡大す
ること,によって発生させることができる。同様に,1つよりも多くの
光デテクタを用意して,それぞれの光領域に1つの光デテクタを付与し
てもよい。」(甲7,8頁23行∼9頁11行)。
(イ) してみると,本願補正発明は,「複数セルの同時測定」に限らず,
「個別セル毎の測定」にも用いられる,単なる「検出セルアレイプレー
ト」にすぎないことは明らかである。
ウ そうすると,原告らの前記1(4)イ(イ)の主張は,本願明細書及び図面
に基づかない主張であるばかりでなく,本願補正発明の発明特定事項以外
の事項,すなわち,「複数セルの同時測定に用いること」を前提として作
用効果を主張するものであって,失当である。
(3) 審決の容易性判断及び作用効果の予測性の判断に関する原告らの主張
は,以下のとおり,技術的根拠に基づかないものである。
ア 導波層におけるWaの伝搬に対し
(ア) 引用例1に対応する日本の公開特許公報である特開平5−3463
98号公報(甲2)には,「伝搬光成分7」に関して,以下の記載があ
る。
「【0038】図4およびそれ以降の図面は測定中における光経路を
示している。図4に示すように,基質側から進入した光線6はその一部
が2つの格子Ga,Gbの一方により導波体内に伝えられる。伝搬光成
分7は,導波モードとして導波層2の区域Lの範囲で伝搬し,(長さL
の)経路に沿ってサンプル4と相互に干渉し合う。2つの分離伝搬光成
分9a,9bのうちの一方の光の方向は,入射光線6の導波層2から反
射した入射光線6の非伝搬成分8の方向とは異なっている。光成分8は
反射時には0次の回折次数に相当している。入射光6の直径は,導波層
2の伝搬光成分7の伝搬距離Lに見合うように選択されている。通例で
は,入射光6の光線幅Wと導波モードの伝搬距離Lは同程度の大きさに
設定されている。センサーの感度は導波体のオプティカルパラメーター
に依存している。すなわち,薄い導波層の厚みと屈折率,および基質と
上側層の屈折率によって決まる。導波層に生じる化学変化,すなわち導
波層に隣接した位置で生じる化学変化を検出するために,高屈折率の導
波層2の厚みは伝搬光の波長よりも短くしておくとよい。」
「【0050】光線,例えばレーザー光線が格子変調構造の導波層に
衝突すれば,光成分の反射および伝達に加えて,反射時および伝達時の
何れの場合にも他の無限小回折次数が生じる。入射角度を正確に選択し
ていれば,光は一次の回折次数を経て導波体に伝搬される。伝搬光成分
は案内モードとして導波層内を伝わり,引き続いて回折格子による相互
作用が行なわれ,案内モードは連続的に分離伝搬される。」
「【0051】案内モードを完全に分離伝搬するのに要する伝搬距離
は,格子の回折効率によって決められる。導波および分離伝搬の行なわ
れる格子区域は互いからオフセットされ,また一部が重なり合ってい
る。図4に概略的に示すように,分離伝搬光9a,9bは入射光6から
横向きに位置がずれている。光線の幅Wに対する横方向変移量Lの比率
は,導波層に入射する光のプロフィールにより,また格子の回折効率に
よって求められる…。」
また,【図4】には,上記記載に関連して,マイクロオプティカルセ
ンサー内の光経路が図示されている。
(イ) ここで,引用例1に記載されたマイクロオプティカルセンサーを用
いてサンプル(試料)の分析を行うには,伝搬光成分7が,「サンプル
4と相互に干渉可能な範囲で伝搬し,その範囲で回折格子との相互作用
が行われて連続的に分離伝搬される」必要があることは明らかである。
(ウ) そうすると,引用例1に記載されたマイクロオプティカルセンサー
は,形成されている回折格子の回折効率に基づいて,サンプル4と相互
に干渉可能な範囲内に区域Lが定められるように,光線6の入射条件等
を定めていることは明らかである。
そして,甲2の【図4】∼【図7】には,回折格子Gがマイクロオプ
ティカルセンサーの導波層2全面にわたって設けられることが図示され
ており,区域L内で回折格子と相互作用して出結合しなかった伝搬光成
分7も,区域Lを越えて設けられている回折格子と相互作用して順次出
結合し,次第に減衰することは明らかである。
(エ) 平面型導波路に設けられた回折格子における入出力の結合効率は,
1次光の効率が他の高次光に比して極めて高く,1次光のみに着目した
導波路,回折格子設計が可能であることは,例えば,特開昭60−18
8911号公報(乙1)の記載から明らかである。また,回折格子の形
状を適切に設計することにより,導波路中に設けられる回折格子の結合
効率を100%に近い極めて高い値とすることが可能であることは,例
えば,特開平4−40404号公報(乙2)の記載から明らかである。
さらに,引用例1に対応する日本の公開特許公報である甲2には,「【
0035】図3の(b)は,従来技術の回折格子を備えた格子カプラー
のオプティカル特性を示している。格子に衝突する光線は回折により一
連の光成分に分かれる。1次の回折次数に加えて別の離散次数の生じる
こともある。この現象は格子断面が持つ高フーリエ成分(調和特性)に
原因がある。格子断面は,例えば三角形にすることができる。離散回折
次数の回折角度θjは格子回折式sin(θj)=j(λ/nl)を満
足している。式に含まれるjは回折次数を,λは真空波長を,nは格子
を取り囲む媒体Iの屈折率を,またl(Lの小文字)は格子定数を表わ
している。」との記載がある。
以上の引用例1の記載に接した当業者であれば,上記の乙1,2に記
載の公知の技術的事項,及び信号/雑音比が大きいほど測定精度が向上
するという技術常識を勘案して,単一のセルの場合であっても,「別の
離散次数」の光成分の混入を回避して「1次の回折次数」の光成分を選
択するとともに,測定信号の強度が大きくなる,すなわち,離散成分が
少ない強い出力光がセンサーから得られるよう,以下のようにセンサー
を設計しようとするはずである。
① センサー内に入射する光線6のうち,結合効率が高く高強度が得ら
れる1次光のみが検出対象として入結合するとともに,入結合した1
次光が高効率で出結合できるように,光線6の波長,薄膜導波路の材
質,回折格子の格子定数等を選択し,雑音成分になる可能性のある高
次光を無視し得るようにする。
② センサー内への入結合の効率を高めるとともに,導波層内に入射し
た入射光の利用効率を高めるため,回折格子の結合効率が100%に
近い極めて高い値となるよう,すなわち,センサー内に入結合して入
射した光線が区域L内でほぼ100%結合できるよう,回折格子の形
状を設計する。
そして,このように設計を行った場合には,センサー内に入射して導
波路層を伝搬する伝搬光は,そのほとんどが区域L内で出結合し,導波
路内をそのまま伝搬することはない。
(オ) したがって,引用例1における伝搬光成分7は,区域Lを越えた領
域に対応する導波層内をそのまま伝搬し続けることはなく,次第に減衰
するので,原告らの主張するように,進入光線の一部がWaとして導波
層内を伝搬し続けることはないから,当業者であれば「薄膜導波路を独
立させ,各セルが光学的に独立するよう構成する」ことを考えるという
原告らの前記1(4)イ(ア)の主張は根拠がなく,「薄膜導波路を貫通孔
のマトリックスに沿って延在させる」構成を採用することを妨げる要因
はない。
イ 原告らが主張する作用効果の技術的根拠に対し
原告らが前記1(4)イ(イ)で主張する作用効果は,上記(2)で述べたとお
り,本願明細書及び図面には何ら記載されていない上,その技術的な原理
や根拠及び事実関係についても何ら示されていない。
ウ 以上のとおり,原告らの主張は技術的根拠に基づかないものである。
(4) このように,原告らの主張はいずれも当を得ないものであって,審決で
行った引用発明と引用例2及び引用例3の組み合わせ,並びに,それらを組
み合わせて行った容易想到性の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 本願補正発明の意義
(1) 本件補正後の特許請求の範囲「請求項1」は,前記第3,1(2)イのとお
りであるほか,本願明細書(甲7)には,「発明の詳細な説明」として,次
の記載がある。
ア 「本発明は,光バイオセンサーの分野,そして,自動化分析を可能とす
るための標準的な生化学分析の方法及び装置と特に組み合わせた,生化学
分析に対する光バイオセンサーの適用に関する。
光バイオセンサーは,光の屈折性及び結合性(カプリング性)を使用し
て,ある表面上における物質の存在を検出可能とする装置である。通常,
集積型の光バイオセンサーは,特定の反射率を有する薄膜導波路を有して
いて,この導波路が,供試物質が接触するところの表面を形成している。
この薄膜導波路に,薄膜導波路よりも低い屈折率を有している基材シート
が接触する。次いで,格子カプラー又はプリズムカプラーを,前記基材シ
ートと共働して,そのカプラーを介して基材シートに入射する光を入り結
合(イン・カプリング)するように位置決めする。次いで,カプラーを介
して前記基材シートに光を入射させ,そして入り結合及び出結合(アウト
・カプリング)の光を監視する。薄膜導波路に対する分子のバインディン
グによって引き起こされるその薄膜導波路の屈折率の変化を,放出される
出結合の光の角度の変化を観察することによって,検出することができ
る。試料中の特定の物質の存在を検出するために,薄膜導波路に,その第
一の物質に特異的にバインディングする相補的物質を塗布することができ
る。
格子カプラーを使用したバイオセンサーの一例は,欧州特許第0226
604B号において開示されている。このバイオセンサーは,薄膜導波路
に結合せしめられた基材シートを含んでいて,一緒に結合した前記シート
及び薄膜の表面が格子カプラー又はブラッグ(Bragg)カプラー中に
形成されている。この格子カプラーは,単回折又は多回折の構造体である
ことができる。薄膜導波路の屈折率は,基材シートのそれよりも大であ
る。薄膜導波路上には,その導波路のうち試料が接触せしめられる領域に
おいて,化学感応物質が塗布される。選ばれた入射角で前記格子カプラー
に対して単色光を照射するため,レーザーが用いられる。次いで,レーザ
ー又は格子カプラーの位置を変更して,光が薄膜導波路中に入り結合する
まで,その光の入射角を変化させる。薄膜導波路に対する分子バインディ
ングによって引き起こされる有効屈折率になんらかの変化があると,入り
結合の条件を妨害することになり,また,これを補正するため,光の入射
角を変化させなければならない。したがって,入り結合光を維持するため
に必要な光の入射角の変化(これは,また,格子カプラーに対してのレー
ザーの位置に直接的に関係している)を監視する。次いで,入射角におけ
るこれらの変化を化学感応物質の表面にバインディングした分子の量の変
化に関係づける。
このバイオセンサーの場合,試料中の物質の存在及び量を検出するため
の極めて便宜な手段がもたらされるということが理解されるであろう。し
かし,この装置の欠点は,レーザー又は格子カプラーを連続的に移動させ
なければならないということである。
別の光バイオセンサーは,WO93/01487において開示されてお
り,また,この光バイオセンサーは,可動部材を使用することなしに結合
光を監視することを可能としている。このバイオセンサーは,導波構造体
に入り結合しかつそれから出結合することのできる扇形の単色光領域を使
用することに依存している。出結合の光領域を1点に集中させ,そしてそ
の点の位置を決定することができる。この点の位置における移動が,導波
構造体の有効反射率における変化を指示することになる。」(5頁3行∼
6頁18行)
イ 「光バイオセンサーは,高価な試薬や標識化技術を使用することなく物
質の存在を検出する非常に便利な手段である。しかしながら,現在,光バ
イオセンサーは,特定の検出セルに収容しなければならない単一の試料を
検査するために使用することができるだけである。したがって,研究所の
技術者は,試料を光バイオセンサーに移送し,そのバイオセンサーに試料
を入れ,そして監視しなければならない。その後,バイオセンサーを清浄
にしなければならない。このことが,光バイオセンサーの適用を厳しく制
限している。
したがって,1つの面において,本発明は,光バイオセンサーの1成分
として使用するための検出セルを提供する。この検出セルは,透明な基材
プレートと,該基材プレート上の試料プレートとを含んでいる。前記試料
プレートは,それぞれが試料を収容するための該プレート内を延在するウ
エルのマトリックスを有しており,また,前記基材プレートは,薄膜導波
路及び,ウエルの下方の薄膜導波路中に入射光領域を入り結合させて回折
光領域を発生させ,よって,薄膜導波路の有効屈折率における変化の検出
を可能とするための回折格子手段を含んでいる。
好ましくは,前記検出セルは,微量滴定プレートと同一の寸法を有して
おり,そしてそれと同一の数のウエルを含有している。通常,微量滴定プ
レートは,6個,24個又は96個のウエルを有しており,但し,ウエル
の数は,必要に応じて変更することが可能である。そのために,この検出
セルは,分析実験室に置いてある標準的な流体取り扱い装置と組み合わせ
て使用することが可能であるという顕著な利点を奏することができる。流
体取り扱い装置は,検出セルを清浄にし,試料を検出セル中に滴下し,そ
して検出セルをある位置から別の位置に移動させるために使用することが
できる。この検出セルが1成分を構成するところの光バイオセンサーは,
次いで,それぞれのウエルの内容物を分析するために使用することができ
る。明らかなように,本発明の検出セルは,標準的な数のウエルを有する
ことは不必要であり,いかなる数のウエルでも使用することができる。
基材プレートは,基材シートから形成することができて,この基材シー
トには,その基材シートよりも大きな屈折率を有する薄膜導波路を被覆す
ることができる。回折格子手段は,基材シート中,基材シートと薄膜導波
路の中間又は薄膜導波路中に形成することができる。好ましくは,回折格
子手段は,薄膜導波路と基材シートの間の界面に形成せしめられる。
基材プレートは,それを試料プレートから取り外し,そして交換できる
ようにするため,試料プレートに着脱可能に固着させてもよい。
それぞれのウエルの下方に独立した回折格子手段を設けてもよく,さも
なければ,基材プレート全体を実質的にカバーして延在する単一の回折格
子手段を設けてもよい。
好ましくは,薄膜導波路は,金属酸化物を主体とする材料,例えば,T
a2O 5,TiO 2,TiO 2−SiO2,HfO 2,ZrO 2,Al 2O 3,S
i3N 4,ZrO2,HfON,SiON,酸化スカンジウム又はその混合
物から構成することができる。また,適当なシリコンナイトライド又はオ
キシナイトライド(例えば,HfOxNy)を使用してもよい。しかしなが
ら,特に適当な材料は,Ta2O5,HfO 2,Si 3N4,ZrO 2,Al 2
O3,酸化ニオブ又はSiO 2及びTiO 2の混合物あるいはオキシナイト
ライドHfON又はSiONの一員,特にTiO 2である。好ましくは,
薄膜導波路は,1.6∼2.5の範囲の屈折率を有している。また,薄膜
導波路の膜厚は,20∼1000nm,好ましくは30∼500nmの範囲に
わたって変更することができる。格子カプラーは,好ましくは,1000
∼3000ライン/mm,例えば1200∼2400ライン/mmのライン密
度を有している。
基材シートは,好ましくは,ガラス又はプラスチックス(ポリカーボネ
ート)から構成することができ,そして,好ましくは,1.3∼1.7,
例えば1.4∼1.6の屈折率を有している。
薄膜導波路の自由表面には,好ましくは,カプリング層に対するウエル
中の特定の物質の選択的結合を可能にするためのカプリング層が被覆され
ている。この手法により,不精確度を低減することができる。カプリング
層は,それと特定の物質との間で反応が発生して共有結合を生じるような
ものであってもよく,さもなければ,ある種のその他の形の選択的カプリ
ング,例えば抗体/抗原バインディングに依存していてもよい。明らかな
ように,薄膜導波路は,もしも特定の物質のその導波路に対する物理的吸
着(例えば)が十分な選択度をもたらすのであるならば,カプリング層を
有していなくてもよい。」(6頁19行∼8頁下7行)
ウ 「もう1つの面において,本発明は,上記したような検出セル,及び
(i)少なくとも1つの入射光領域を発生しかつその光領域を前記検出
セルのウエルの下方の回折格子手段上に衝突させ,よって,薄膜導波路に
おいてモード励起を発生させるための少なくとも1つの光源,
(ii)前記ウエルの下方の薄膜導波路から回折した光領域を集めるため
の少なくとも1つの集光手段,及び
(iii)集められた光領域の位置を監視するための少なくとも1つの位
置感知デテクタを含む読み取りユニット,を含んでなる分析装置(システ
ム)を提供する。
入射光領域は,好ましくは,レーザーによって発生せしめられる。ま
た,好ましくは,1つよりも多くの入射光領域が提供され,そして,その
際,検出セルのマトリックスのそれぞれの行について入射光領域が提供さ
れる。もしも1つよりも多くの入射光領域が提供されるのであるならば,
それらの光領域は,(i)1個よりも多くの光源を用意すること,(ii)
単一の光源の領域を分割すること,又は(iii)光領域を拡大すること,
によって発生させることができる。同様に,1つよりも多くの光デデクタ
を用意して,それぞれの光領域に1つの光デテクタを付与してもよい。
分析装置は,また,前記検出セルをその検出セルのウエルに充填を行う
充填ステーションから読み取りユニットと共働可能な位置まで移送するた
めの移送手段を有していてもよい。
移送手段は,前記検出セルを所望とするそれぞれの場合に前記読み取り
ユニットに関して精確に同一の位置に固着することができるようにするた
めに,位置固着手段を含んでいてもよい。しかし,検出セルを読み取りユ
ニットに関して移動させる一方で,出結合光領域を交互に走査してもよ
い。
別の一面において,本発明は,光バイオセンサーを使用して試料を自動
化分析するための方法であって,上記したような検出セルのウエルにキャ
リヤ流体を充填すること,前記検出セルを,上記したような読み取りユニ
ットと共働する位置まで移送すること,それぞれのウエルからの出結合光
を監視し,そして出結合光を参照値の提供のために記録すること,前記検
出セルを滴定ステーションまで移送し,そしてそれぞれのウエルに試料を
滴下すること,前記検出セルを移送して読み取りユニットまで戻し,そし
て検出セル内の回折格子手段上に光を照射すること,それぞれのウエルか
らの出結合光を監視すること,及び得られた結果を前記参照値に対比する
こと,を含んでなる,自動化分析方法を提供する。
さらに別の面において,本発明は,試料中の変化の動力学を測定するた
めの方法であって,上記したような検出セルのウエルに試料を充填するこ
と,前記検出セルを,上記したような分析装置の読み取りユニットと共働
可能な位置まで移送すること,及びそれぞれのウエルからの異なる回折光
領域を別々の間隔で繰り返し監視し,その際,あらゆるウエルのそれぞれ
の別々の間隔の時間を前記変化に要した時間よりも短くすること,を含ん
でなる,測定方法を提供する。」(8頁下6行∼10頁7行)
エ 「次いで,本発明の態様を,ほんの一例であるけれども,図面を参照し
て説明する:
第1図は,検出プレートの斜視図であり,
第2図は,第1図の線分A−A’の断面図であり,
第3図は,第2図の領域Bの拡大図であり,
第4図は,検出セル及び読み取りユニットを含むバイオセンサーシステ
ムの説明図であり,
第5図(a)∼(h)は,ウエルの下方の回折格子手段のいくつかの形
状を図示したものであり,
第6図(a)及び(b)は,出結合の絶対角を決定することのできる形
状を図示したものであり,そして
第7図(a)∼(g)は,回折格子手段のいくつかの形状を図示したも
のである。
第1図及び第2図を参照すると,検出セル2は,標準的なマイクロタイ
ター(微量滴定)プレート(本例の場合,96ウエルのプレート)に同様
な形状及び外観を有している。検出セル2は,試料プレート4から構成さ
れており,また,この試料プレート4は,矩形の表面を有しておりかつそ
の内部をその上部表面から下部表面にかけて延在する96個のウエル6を
備えている。ウエル6は,8行及び12列のマトリックス(行列)からな
っていて,それぞれの列は,その隣の列から等間隔で離れており,また,
それぞれの行は,その隣の行から等間隔で離れている。試料プレート4の
下部表面には基材シート8が取り付けられていて,ウエル6の底の部分を
密閉している。基材シート8は,好ましくは,試料プレート4からそのも
のを取り外しできるようにするため,試料プレート4に着脱可能に取り付
けられている。このように構成することによって,基材シート8をより良
好に洗浄及び処理すること,あるいは必要に応じて交換することが,可能
となる。
基材シート8及び薄膜導波路12から構成される基材プレートは,ま
た,試料プレート4に対して逆転不可能に取り付けることもできる。この
ようなことは,例えば,基材プレートと試料プレート4を一緒に超音波溶
接する場合に達成される。薄膜導波路12はプラスチック材料から形成さ
れていないけれども,超音波溶接を行うことは可能である。
基材シート8は,適当な透明材料,例えばガラス又はプラスチックス
(例えば,ポリカーボネート)からできており,そしてそれぞれのウエル
6の下方に回折格子10を有している。回折格子10は,第3図に最良の
形態で示されるように,基材シート8と薄膜導波路12との間ののこぎり
歯(ギザギザ)状の界面部分によって形成される。薄膜導波路12は,約
2.43の屈折率(基材シート8のそれよりも大きい)を有しており,そ
してTiO 2からできている。その他の適当な材料,例えば,Ta 2O 5,
TiO2,TiO 2−SiO 2,HfO 2,ZrO2,Al2O3,Si3N4,
酸化ニオブ,酸化スカンジウム,オキシナイトライド(例えばHfO xN
Y )及びその混合物を使用してもよい。薄膜導波路12の膜厚は,20∼
500nmの範囲である。回折格子10の格子の密度は,好適には,約10
00∼3000ライン(本)/mmである。
回折格子10は,リソグラフィ,エンボス加工技術又は射出成形によっ
て製造することができる。
それぞれのウエル6の底部には,特定の物質だけが選択的にバインディ
ングするようなカプリング層14を被覆することができる。例えば,カプ
リング層14は,特定の抗原に対して有効性が高い抗体から調製すること
ができる。そのために,抗原は,もしもその抗原がウエル6内の試料中に
存在していると,カプリング層中の抗体にバインディングするであろう。
しかしながら,試料中のその他の抗原及び物質は,カプリング層14に対
してバインディングすべきではない。このカプリング層14は,薄膜導波
路12上に予め被覆されていてもよく,あるいは,使用前に,技術者によ
って被覆されてもよい。また,カプリング層14は,永久的なものであっ
ても,あるいは除去可能なものであってもよい。
次いで,第4図を参照しながら,検出セル2の一例について説明する。
最初に,選択されたカプリング層14を有しているかもしくは有していな
い検出セル2を選択する。この検出セル2に,常法では微量滴定プレート
を併用する流体取扱い装置を使用してキャリヤ流体を充填し,そしてレー
ザー16の上を例えば矢印Cの方向に移動させる。適当なレーザーは,H
e−Neレーザー(632.8nm)又はレーザーダイオードである。レー
ザー16からの光のビームは,検出セル2が移動する時,1つの行内の第
1のウエル6の回折格子10に衝突する。この光のビームが薄膜導波路1
2に入り結合し,そしてその出結合ビームが検出器18に向けられ,この
検出器においてビームの位置の検出と記録が行われる。適当な検出器は,
CCDアレイ又は位置感知デテクタである。WO93/01487に開示
されているようなレーザー及びデテクタシステムを使用することができ
る。検出器18上の1点に出結合ビームを集めるため,フーリエレンズを
使用するのが適当である。
検出セル2を移動させ,回折格子10を走査し,そして出結合光の位置
を記録することの操作は,同一の行内のそれぞれのウエル6について実施
する。すべての行の走査を行うため,それぞれの行に読み取りユニット
(光領域及びデテクタを含む)を配備してもよい。別法に従えば,検出プ
レート2を移動させてマトリックス内の次の列を持ってくる前に,マトリ
ックス内のその列に沿って読み取りユニットを移動させてもよい。適当な
マイクロプロセッサを使用して結果の分析と保存を行ってもよい。また,
検出プレート2の代わりに読み取りユニットを移動させることも可能であ
る。
ウエル6の全部の走査が完了した後,検出プレート2をもとに戻し,そ
して常法では微量滴定プレートを併用する流体取扱い装置を使用して試料
をウエル6中に滴下する。次いで,検出セル2を読み取りユニットの所ま
で戻して,上記したようにウエル6の全部についての走査を行う。次い
で,試料の添加後にそれぞれのウエル6について得られた読み取り値を試
料の添加以前に得られたものと比較する。もしも試料中の物質がカプリン
グ層14かもしくは薄膜導波路12の自由表面にバインディングしている
ならば,得られた読み取り値が変化を示すであろうし,また,このことを
通じて,その物質が存在していることが示されるであろう。
ある適用形態では,検出セル2を読み取りユニットの所まで戻す前に,
特定のウエル中の試料をキャリヤ流体で置換することができる。このよう
な置換を通じて,カプリング層14の屈折率の変化によって引き起こされ
るところの,読み取り値について認められる変化(参照読み取り値に関し
て)を検出することも可能となるであろう。
光バイオセンサーは,また,試料における変化の動力学,例えば反応速
度論についての情報を提供するために使用することができる。この場合に
は,カプリング層14の選択を,特定の反応生成物がその層にバインディ
ングするようにして行う。次いで,反応体をウエル中に導入し,そして反
応生成物の形成を監視する。好適には,この操作を1個よりも多数のウエ
ル中で同時に行うことができ,その際,それぞれのウエルを別々の時間で
監視し,そしてその後,最初のウエルに戻って再びその監視を行う前,次
のウエル及びその続きのウエルの監視を行う。しかし,いずれかのウエル
に回帰するに要する時間は,反応が完結するに要する時間よりも短時間
(好ましくはかなりの短時間)でなければならない。また,いくつかのウ
エルを同時に監視するため,複数の入射光領域を使用することも可能であ
る。このようにすれば,複数個のウエル間での循環の必要性がなくなるで
あろう。
光バイオセンサーは角度の僅かな変化を検出するので,検出セル2に関
して,そのウエルに試料を充填した後に,充填の前と精確に同一の立体及
び角位置(読み取りユニットに関して)に戻すことが必要である(もしも
その他の工程を採用しないのならば)。もしもこの操作を行わないと,得
られた測定値を参照の測定値と対比することができない。
光ビームを回折格子に関して精確に位置決めすることの必要性は,
(i)単回折性又は多回折性であってもよい延在せる格子構造体を使用す
ること(このことは,第5図(a)及び第5図(b)に示されている)又
は(ii)入射光ビームに関して連続的に移動せしめられる別個の回折格子
構造体(逆もまた同様)によって回避することができる。入り結合の格子
に対して入射光領域の衝突がある場合には,モード励起が発生する。次い
で,位置感知デテクタ18で出結合光ビームの位置を,好ましくは最大の
入り結合の位置で,測定する。この手法に従うと,光ビームに関して精確
に同一の位置の所まで検出セル2を戻すことの必要性を回避することがで
きる。」(10頁8行∼14頁10行)
オ 「本発明は,試料中の抗原又は抗体の存在を検出するために,そして,
そのために,一部の種の標識化を必要とする通常のイムノアッセイの代わ
りとして,使用することができるということが理解されるであろう。ま
た,本発明を,レセプタに対する抗原を検出するために,あるいはその反
対を行うために使用することができる。別の用途においては,本発明を使
用して試料中のヌクレオチド分子を定量することができ,そして,そのた
めに,本発明をPCRプロセスで使用することができる。
本発明は,試料の分析を,その大部分で常用の流体取り扱い装置を使用
して,高度に自動化された迅速プロセスで実施できるという顕著な利点を
奏することができる。さらに,光バイオセンサーに放射能標識又は多量の
試薬を使用することが不必要であるので,もしも存在するとしても,有害
な廃棄物が生成せしめられることはほとんど皆無である。」(18頁7行
∼18行)
(2) 上記(1)の記載によれば,本願補正発明は,光の屈折性及び結合性(カプ
リング性)を使用して,ある表面上における物質の存在を検出可能とする装
置である「光バイオセンサー」の1構成要素として使用するための検出セル
アレイプレートに関する発明であって,次のような構成を有する。
① 複数個のマトリックスの貫通孔のそれぞれの一端を密閉しかつ貫通孔の
それぞれを相互に閉塞して複数個のウエルのマトリックスを形成した基材
プレートアレンジメントであって,
② その基材プレートアレンジメントは,透明な基材プレートと,その基材
プレートと試料プレートとの間に配置されかつ貫通孔のマトリックスに隣
接するとともに,そのマトリックスに沿って延在している薄膜導波路とを
含んでおり,
③ 貫通孔のマトリックスは,薄膜導波路上において別個の検出領域のマト
リックスを画定しており,
④ 検出領域のそれぞれに回折格子構造体が設けられている。
(3) また,上記(1)の記載によれば,本願補正発明は,試料の分析を,高度に
自動化された迅速なプロセスで実施できるという利点を有しており,さら
に,光バイオセンサーに放射能標識又は多量の試薬を使用することが不必要
であるので,有害な廃棄物が生成せしめられることはほとんど皆無であると
いう利点も有している。
ところで,本願明細書及び図面(甲7)には,薄膜導波路内に入射した伝
搬光が隣接セルに対していかなる振る舞いをするかについては,何ら記載が
なく,「ウエル間の側壁がそれぞれの検出領域を光学的に分離し,一つの検
出領域における薄膜導波路内の光を効率的に遮断して,次の検出領域に伝搬
するのを防止することができた」ということについても記載されていない。
しかし,上記(1)の記載によれば,本願補正発明の検出セルアレイプレー
トは,「個別セル毎の測定」に用いられるが,「複数セルの同時測定」にも
用いることができるものであり,そのような「複数セルの同時測定」の場合
には,一つの検出領域における薄膜導波路内の光が隣接のセルに伝搬し,そ
の測定に影響すれば,隣接のセルにおいては,正確に測定することができな
いことは明らかであるから,上記の「試料の分析を,高度に自動化された迅
速なプロセスで実施できる」という利点には,「複数セルの同時測定」の場
合に,一つの検出領域における薄膜導波路内の光が隣接のセルに伝搬してそ
の測定に影響することがないとの趣旨を含むものと解することができる。
3 引用発明の意義
(1) 引用例1(欧州特許出願公開第455067号明細書)には,次の記載が
ある(訳文は,対応日本特許の公開特許公報[特開平5−346398号公
報。甲2]による。)。
ア 「本発明は,検出しようとする物質を含有するサンプルをオプティカル
平形導波体の導波層に接触させ,可干渉光を導波路に伝搬し,光波として
この導波層内を案内し,光波を導波層の外に分離伝搬する化学物質のマイ
クロオプティカル検出方法に係る。
また,本発明は,化学物質のマイクロオプティカル検出方法を実施する
ためのマイクロオプティカルセンサーにも関係している。このセンサーは
平形導波体を有し,平形導波体は,基質上に設けた導波層と,この導波層
の面内に形成されている可干渉光の伝搬および分離伝搬用の回折格子とを
備えている。」(2頁左欄1行∼14行,甲2の段落【0001】及び【
0002】)
「固体キャリア基質,例えば,化学的感応分子コーティング層を被覆し
た球状体やペレットを使用して,生体医学分析に必要な様々な試験が行わ
れてきている。分析のために,患者のサンプル,例えば血清あるいは血漿
をキャリア基質に接触させる方法を取ることがある。」(2頁左欄29行
∼38行,甲2の段落【0004】)
「平形導波体は,透明なキャリア基質表面の薄い誘電層またはコーティ
ング層からできている。」(2頁左欄55行∼57行,甲2の段落【00
06】)
イ 「図1の(a)は,平形導波体1の断面を概略的に示している。この導
波体は平坦な基質3とこの基質上に位置する導波層2から構成されてい
る。導波層2の表面およびこの導波層2と基質3の間の境界面は,それぞ
れ凹凸面格子により変調されている。またこれら2つのオプティカル回折
格子は導波層の内部に設置しておくこともできる。」(4頁右欄31行∼
39行,甲2の段落【0025】)
「図3の(b)は,従来技術の回折格子を備えた格子カプラーのオプテ
ィカル特性を示している。格子に衝突する光線は回折により一連の光成分
に分かれる。1次の回折次数に加えて別の離散次数の生じることもある。
この現象は格子断面が持つ高フーリエ成分(調和特性)に原因がある。格
子断面は,例えば三角形にすることができる。離散回折次数の回折角度θ
jは格子回折式sin(θj)=j(λ/nl)を満足している。式に含
まれるjは回折次数を,λは真空波長を,nは格子を取り囲む媒体Iの屈
折率を,またl(Lの小文字)は格子定数を表わしている。」(5頁右欄
11行∼24行,甲2の段落【0035】)
「図4はセンサーの断面を示している。センサーは,平形導波体1と,
この平形導波体上に配置され,側壁およびカバーを備えているサンプルセ
ル5とにより構成されている。カバーはサンプルセル5の内部に到る穴を
備え,観察時には導波体の感応表面は物質4で満たされている。」(5頁
右欄37行∼44行,甲2の段落【0037】)
「図4およびそれ以降の図面は測定中における光経路を示している。図
4に示すように,基質側から進入した光線6はその一部が2つの格子G
a,Gbの一方により導波体内に伝えられる。伝搬光成分7は,導波モー
ドとして導波層2の区域Lの範囲で伝搬し,(長さLの)経路に沿ってサ
ンプル4と相互に干渉し合う。2つの分離伝搬光成分9a,9bのうちの
一方の光の方向は,入射光線6の導波層2から反射した入射光線6の非伝
搬成分8の方向とは異なっている。光成分8は反射時には0次の回折次数
に相当している。入射光6の直径は,導波層2の伝搬光成分7の伝搬距離
Lに見合うように選択されている。通例では,入射光6の光線幅Wと導波
モードの伝搬距離Lは同程度の大きさに設定されている。センサーの感度
は導波体のオプティカルパラメーターに依存している。すなわち,薄い導
波層の厚みと屈折率,および基質と上側層の屈折率によって決まる。導波
層に生じる化学変化,すなわち導波層に隣接した位置で生じる化学変化を
検出するために,高屈折率の導波層2の厚みは伝搬光の波長よりも短くし
ておくとよい。」(5頁右欄45行∼6頁左欄15行,甲2の段落【00
38】)
「光線,例えばレーザー光線が格子変調構造の導波層に衝突すれば,光
成分の反射および伝達に加えて,反射時および伝達時の何れの場合にも他
の無限小回折次数が生じる。入射角度を正確に選択していれば,光は一次
の回折次数を経て導波体に伝搬される。伝搬光成分は案内モードとして導
波層内を伝わり,引き続いて回折格子による相互作用が行なわれ,案内モ
ードは連続的に分離伝搬される。
案内モードを完全に分離伝搬するのに要する伝搬距離は,格子の回折効
率によって決められる。導波および分離伝搬の行なわれる格子区域は互い
からオフセットされ,また一部が重なり合っている。図4に概略的に示す
ように,分離伝搬光9a,9bは入射光6から横向きに位置がずれてい
る。光線の幅Wに対する横方向変移量Lの比率は,導波層に入射する光の
プロフィールにより,また格子の回折効率によって求められる…。」(7
頁左欄30行∼55行,甲2の段落【0050】及び【0051】)
ウ Fig.1(a)(甲2の【図1】(a))には,「平坦な基質3とこの基質上
に位置する導波層2から構成され,導波層2と基質3の間の境界面に凹凸
面が形成された平形導波体」が,Fig.4(甲2の【図4】)には,「平坦
な基質3とこの基質上に位置する導波層2から構成され,導波層2と基質
3の間の境界面に凹凸面が形成された平形導波体上に,側壁およびカバー
を配してサンプルセル5が形成されたセンサー」が,それぞれ図示されて
いる。
Fig.4(甲2の【図4】)は,次のとおりである。
(2) 上記(1)の記載によれば,引用例1には,審決が認定するとおり,「光バ
イオセンサーとして使用するためのセンサーであって,側壁およびカバー
と,前記側壁の一端に,その側壁と協働して試料が満たされるサンプルセル
を形成する平形導波体を有し,この平形導波体は平坦な透明基質と,この基
質上の側壁側に位置する導波層,前記基質と前記導波層との間の境界面に回
折格子を形成したものであるセンサー」(引用発明)が記載されているもの
と認められる。
また,上記(1)の記載によれば,基質と導波層との間の境界面にある回折
格子に衝突する光線は回折により一連の光成分に分かれるところ,1次の回
折次数に加えて別の離散次数が生じることがあることが認められる。
さらに,上記(1)の記載によれば,引用発明においては,基質側から進入
した光線6はその一部が導波体内に伝えられ,伝搬光成分7は,導波モード
として導波層2の区域Lの範囲で伝搬し,(長さLの)経路に沿ってサンプ
ル4と相互に干渉し合い,回折格子より出ていくが,区域L内で回折格子と
結合しなかった光も,次第に減衰するものと考えられる。
4 取消事由について
(1) 一方,引用例2(特開昭60−40955号公報。甲3)及び引用例3
(特開昭63−8537号公報。甲4)には,「単一プレート内にマトリッ
クス状に配列された多数のウエルを有するマイクロプレートを用い,多数の
生体物質試料の光学的自動分析を行うこと」が記載されている。引用発明と
引用例2及び引用例3は,いずれも光バイオセンサーの技術分野に属するか
ら,引用発明に,上記引用例2及び引用例3に示されている周知の技術事項
を適用し,引用発明において,単一プレート内にマトリックス状に配列され
た多数のウエルを有するマイクロプレートを用いることは,当業者(その発
明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到するこ
とができたものというべきである。そして,透明な基材プレート全面にわた
って薄膜導波路を形成することは,生産効率を向上するために当業者が当然
に選ぶであろう技術的事項であって,後記(2)のとおりそれを妨げる事情も
認められないから,当業者は,薄膜導波路を「貫通孔のマトリックスに隣接
するとともに,そのマトリックスに沿って延在している薄膜導波路」との構
成とすることを容易に想到することができたということができる。
(2) 原告らは,引用発明において,導波層2から光を分離伝播するとき,伝
播光成分7の一部が分離伝播して分離伝搬光成分9a,9bを形成するが,
伝播光成分7の一部の光成分は分離伝播されず,導波層2内で横方向に伝播
し続ける(原告ら主張に係るWaが発生する)ので,薄膜導波路を「貫通孔
のマトリックスに隣接するとともに,そのマトリックスに沿って延在してい
る薄膜導波路」との構成とすることを想到することはないと主張する。
しかし,上記3(1)イのとおり,引用例1には,「案内モードを完全に分
離伝搬するのに要する伝搬距離は,格子の回折効率によって決められる。」
(7頁左欄44行∼46行,甲2の段落【0051】)と記載されており,
前記3(2)のとおり,引用発明において,区域L内で回折格子と結合しなか
った光も,次第に減衰するものと考えられることに加えて,本願の優先権主
張日(平成5年7月20日)当時,次のア,イのような技術が知られていた
ことからすると,当業者は,次のア,イの技術を参酌することにより,マイ
クロオプティカルセンサーにおいて,導波層内で横方向に伝搬する光Waが
他のウエルに影響を及ぼさないようにしつつ,センサーに付着された物質と
光が相互作用するように,回折格子を設計することが可能であったと考えら
れる。そもそも,本願明細書(甲7)には,そのような回路設計の問題点を
指摘する記載は全くないことはもとより,導波層2内で横方向に隣接するセ
ルまで伝搬し続ける光(原告ら主張に係るWa)についての具体的な記載も
なく,その他,本願の優先権主張日当時,そのような回路設計が困難であっ
たことを示す文献が存したとも認められないのであって,これらの事実は,
上記回路設計が可能であったことを裏付けているということができる。そう
すると,当業者は,Waの発生を懸念して,薄膜導波路を「貫通孔のマトリ
ックスに隣接するとともに,そのマトリックスに沿って延在している薄膜導
波路」との構成とすることを避けるとは考えられない。
ア 1次光のみに着目した導波路,回折格子の設計が可能であったこと
(ア) 乙1(特開昭60−188911号公報。発明の名称「光結合
器」,出願人 キヤノン株式会社,公開日 昭和60年9月26日)に
は,次の記載がある。
a 「従来,光集積回路を構成する光導波路に外部から光を導入したり
導波路中を伝播する光を導波路外へと導出したりする方法として,プ
リズムカップラーや研磨した導波路端面から直接光を導波路内に導入
するバットカップラー等が知られている。プリズムカップラーは構成
が最も簡単であるが,プリズムは高価で且つ結合させる際にプリズム
を導波路に押しつけるための治具等が光集積回路素子から突出し,素
子を小型化且つ低価格化するための大きな障害となっている。一方,
バットカップリングにより光を直接導波路端面に導入するには,入射
光を導波路端面にサブミクロンオーダーの精度で設定する必要があ
り,極めて高価なx,y,z3軸微調可能な移動回転ステージの使用
が不可避である。また,薄い基板端面の研磨は極めて困難且つ高コス
トである。従って,プリズムカップラー同様小型低価格の素子の実現
は困難である。
かかる困難を克服する手段として平面型グレーティングを利用した
光結合器が提案されている…。このグレーティング型光結合器は一般
にグレーティングカップラーと呼ばれる。」(1頁左下欄19行∼2
頁左上欄4行)
b 「第1図に上記グレーティングカップラーの代表的な従来例の概略
断面図を示す。
第1図(a)においては,基板11の表面上に光導波路12が形成
されており,該導波路12の表面上にたとえば誘電体からなるグリッ
ド13を装荷することによってグレーティングが形成されている。
第1図(b)においては,基板11の表面上にスパッタリング等の
方法により感光性材料からなる光導波路14を形成し該光導波路14
の一部を露光せしめて屈折率を変化させ体積型のグレーティング15
が形成されている。
第1図(c)においては,基板11の表面上に光導波路12が形成
されており,該導波路12の表面上にたとえばレジストや金属等から
なる格子状のマスクを形成してたとえばイオンミリング等の食刻技術
を用いて導波路12を格子状に食刻した後にマスクを除去することに
よりグレーティング16が形成されている。」(2頁左上欄5行∼右
上欄3行)
c 「以上の如きグレーティングカップラーによれば,素子の安定性,
平面性及び低コスト性を実現でき,このカップラーは現在のところ光
機能性素子の入出力結合器として最も優れた方式であるといえる。
ところが,導波光伝搬方向の屈折率変化が正弦的もしくは矩形的で
ある様なグレーティングの構造では,第2図に示される如く,導波路
12を伝搬した導波光21はグレーティング22により回折せしめら
れて空気中へと出射する(光23)と同時に基板11側へも出射する
(光24)。…ここで,導波光から1次回折光への結合効率が他の高
次回折光への結合効率に比べ2桁以上大きいという事実に基づき,高
次回折光の影響を無視し1次回折光のみに注目すると,1次回折光が
空気中と基板中との双方に出射することなく基板側のみに出射する条
件は次の様になる。
nd−1>λ/Λ>nd−n………(1)
または
nd+n>λ/Λ>nd+1………(2)
ここで,λ:レーザ光の波長
nd:導波器の屈折率
n:基板の屈折率
Λ:グレーティングのピッチ」(2頁右上欄4行∼左下欄
8行)
(イ) 以上の記載によれば,本願の優先権主張日当時,平面型導波路に
設けられた回折格子における入出力の結合効率は,1次光の効率が他
の高次光に比して極めて高いことが知られており,1次光のみに着目
した導波路,回折格子の設計が可能であったことが認められる。
イ 導波路中に設けられる回折格子の結合効率を100%に近い極めて高
い値とすることが可能であったこと
(ア) 乙2(特開平4−40404号公報。発明の名称「光導波路素
子」,出願人 富士写真フイルム株式会社,公開日 平成4年2月10
日)には,次の記載がある。
a 「そこで本発明は,光導波路表面に形成した回折格子によって,
導波光を光導波路外に極めて効率良く,そしてほぼガウスビームと
して出射させることができ,あるいは,ガウスビームである外部光
を,極めて効率良く光導波路内に入射させることができる光導波路
素子を提供することを目的とする。」(3頁左下欄2行∼8行)
b 「本発明の光導波路素子は,先に述べたように光導波路の表面
に,該光導波路内を進行する導波光を外部に出射させ,あるいは外
部光を光導波路内に入射させる回折格子が形成された光導波路素子
において,
この回路素子を,導波光伝搬方向に沿って格子高さhが線形に変
化するように形成し,
そしてこの格子高さhの変化の傾きbを,放射損失係数αを定め
る係数をa(α=ah 2),導波光伝搬方向の格子長さをLとした
とき,下記の式
b≧√8/aL3
を満足するように設定したことを特徴とするものである。」(3頁
左下欄10行∼右下欄3行)
c 「つまり,導波光14’の99.5%が出力されることになり
(第1図(3)参照),この設計の妥当性が明らかである。」(4
頁右下欄5行∼7行)
d 「半導体レーザ13は,斜めにカットされた基板端面12aに向
けて垂直に光ビーム(レーザビーム)14を射出するように配置さ
れている。発散ビームであるこの光ビーム14は,コリメーターレ
ンズ15によって平行ビームとされた上で上記端面12aから基板
12内に入射し,光導波路11を透過して,その表面に形成された
前記LGC20の部分に入射する。それにより光ビーム14はこの
LGC20で回折して光導波路11内に入射し,該光導波路11内
を導波モードで矢印A方向に進行する。この導波光14’はLGC
21により回折して,光導波路11から基板12側に出射する。」
(5頁右下欄17行∼6頁左上欄8行)
e 第2図は,次のとおりである。
(イ) 以上の記載によれば,本願の優先権主張日当時,回折格子の形状
を適切に設計することにより,導波路中に設けられる回折格子の結合
効率を100%に近い極めて高い値とすることが可能であったことが
認められる。
ウ なお,原告らは,マイクロオプティカルセンサーにおいては,「セン
サーの範囲のかなりの部分に沿ってセンサーに付着された物質と相互作
用するように,光は薄膜導波路に沿ってできるだけ妨害されないで伝
搬」されるためには,回折格子はできる限り低い出結合を検出領域に沿
って達成することが要請されるところ,乙2に記載される発明のような
100%近い高い出結合が得られるということは,入り結合光が検出領
域Lに沿って伝搬する前に出結合されていることを意味し,乙1につい
ても同様であると主張する。
しかし,乙2には,上記イ(ア)dのとおり記載されていること及び上
記イ(ア)eの第2図の記載からすると,光導波路11内を光ビーム14
が伝搬していることは明らかであるし,乙1についても,上記ア(ア)b
cの記載並びに第1図及び第2図の記載からすると,導波路12を導波
光21が伝搬しているから,原告らの上記主張を採用することはでき
ず,「当業者は,Waの発生を懸念して,薄膜導波路を『貫通孔のマト
リックスに隣接するとともに,そのマトリックスに沿って延在している
薄膜導波路』との構成とすることを避けるとは考えられない」との上記
認定が左右されることはない。
(3) 甲10(K.Tiefenthalerほか「Preparation of planar optical
SiO2-TiO2 and LiNbO3 waveguides with a dip coating method and an embossing
technique for fabricating grating couplers and channel waveguides」[格
子結合器およびチャンネル導波路を製造するための浸漬被覆法およびエンボ
ス 加 工 法 を 用 い る SiO2-TiO2お よ び LiNbO3平 面 光 学 導 波 路 の 作 製 ] SPIE
Vol.401 −薄膜技術,1983年,165頁∼173頁)の第5図の実験
は,薄膜導波路内に結合して導入された光が,薄膜導波路内を伝搬するとい
う事実を前提に,どの程度の光が散乱光として外部に放射されるかを実験し
たものである。
しかし,上記のとおり,本件訴訟において問題となっているのは,薄膜導
波路内に回折格子によって結合されて導入された光が,同じく回折格子によ
り結合されて薄膜導波路から外部に放射されたにもかかわらず,どの程度,
薄膜導波路内に残存して横方向に伝搬し,他のウエルに影響するかというこ
とであるから,甲10の第5図の実験は,このような横方向に伝搬する光の
存在を直ちに証するものではなく,上記(2)の認定を左右するものではな
い。
また,引用例1(甲1)には,「8.伝搬および分離伝搬領域外で行なわ
れる導波層の化学的または物理的作用は,導波体内を案内され測定に用いら
れる光に悪影響を及ぼすことはない。」(8頁左欄41行∼45行,甲2の
段落【0062】)との記載がある。ここでは,伝搬及び分離伝搬領域(区
域L)の上流又は下流で生じる化学的又は物理的作用が,区域L内で測定に
用いられる光に影響しないことが記載されているが,引用発明は単独のウエ
ルを前提としたものであって,隣接するウエルから伝搬してくる光は想定さ
れないから,上記記載が直ちに導波層2内で横方向に伝搬し続ける光(原告
ら主張に係るWa)の発生について述べているということはできない。した
がって,引用例1の上記記載は上記(2)の認定を左右するものではない。
(4) 以上述べたところからすると,本願補正発明は,引用発明並びに引用例
2及び3記載の周知の技術的事項に基づいて容易に発明することができた旨
の審決の判断に誤りがあるということはできず,原告ら主張の取消事由は理
由がない。
5 結論
よって,原告らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 澁 谷 勝 海

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