平成20(行ケ)10141審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年12月22日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告X
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対象物 |
梳き鋏用櫛刃の製造方法 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決38回 刊行物14回 実施13回 分割1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,特許出願に対する拒絶査定を不服とする審判請求に対する不成立審決の
取消しを求める事案である。 |
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判決文
平成20年(行ケ)第10141号 審決取消請求事件
平成20年12月22日判決言渡,平成20年11月17日口頭弁論終結
判 決
原 告 X
訴訟代理人弁理士 井ノ口壽
被 告 特許庁長官
指定代理人 尾家英樹,千葉成就,森川元嗣,森山啓
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2006−25759号事件について平成20年3月3日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定を不服とする審判請求に対する不成立審決の
取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯(争いのない事実)
原告は,発明の名称を「梳き鋏用櫛刃の製造方法」とする発明について,平成1
5年9月12日に特許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成18年7月1
8日付で手続補正をしたが,平成18年10月12日付けで拒絶査定を受けたので ,
同年11月15日,同拒絶査定に対する不服審判を請求するとともに,手続補正 以
(
下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,上記請求を不服2006−25759号事件として審理し,平成20
年3月3日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同月18日,その謄本を原告に送達した。
2 発明の要旨
(1) 審決は ,本件補正を却下し,平成18年7月18日付け手続補正(甲10 )
後の請求項1に記載された発明を対象としたものであるところ,その発明の要旨は
次のとおりである(なお,請求項の数は4個である。
)
「 請求項1】
【
櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃付けを備える梳き鋏用の櫛刃
の製造方法であって,
前記櫛刃の原形となるブランクを準備するステップと,
前記ブランクの表面に機械加工を行う機械加工ステップと,
焼き入れを行い歪み取りを行うステップと,
刃先の要素を砥石により切り出すステップと,
加工されるべき刃先の幅方向の形状に対応する外周形状の刃付け用の回転砥石を
準備するステップと,
前記砥石を刃先の要素に対応させて前記要素との相対距離を変えながら回転させ
焼き入れ済の先端全幅に刃付けを行うステップとを含む梳き鋏用の櫛刃の製造方
法。」
(2) 本件補正(甲8)後の請求項1に記載された発明の要旨は,次のとおりで
ある(下線部分が本件補正に係る部分であり,以下,この発明を「本願補正発明」
という。なお,本件補正後の請求項の数は4個である。。
)
「 請求項1】
【
櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き鋏用櫛刃の製造
方法であって,
前記櫛刃の原形となるブランクを準備するステップと,
前記ブランクの表面に機械加工を行う機械加工ステップと,
焼き入れを行い歪み取りを行うステップと,
櫛刃の要素を砥石により切り出すステップと,
加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向の形状に対応する外周形状の刃付け用
の回転砥石を準備するステップと,
前記砥石を櫛刃の要素の刃先に対応させて前記要素との相対距離を,櫛刃の要素
の長さ方向(y方向)の移動,および櫛刃の要素の厚さ方向に傾き(yz平面でz
軸に対する傾き)を持つ方向への相対移動により変えながら回転させ焼き入れ済の
櫛刃の要素の先端全幅に刃付けを行うステップとを含む梳き鋏用櫛刃の製造方法。」
3 審決の理由の要旨
審決は,本願補正発明は,特開平11−19342号公報(甲1。以下 ,「刊行
物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という 。)及び周知の事項に基
づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2
項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができず,本件補正は,同
法17条の2第5項が準用する同法126条5項の規定に違反するものであり,同
法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下され
るべきであるとし(同法17条の2第5項,159条1項,53条1項は,いずれ
も,平成18年法律第55号による改正前のもの),上記2(1)記載の発明を対象と
した上で,同発明は,本願補正発明と同様の理由により,当業者が容易に発明をす
ることができたものであり,同法29条2項の規定により特許を受けることができ
ないとした。
審決の理由中,本件補正の適否の判断における,引用発明の内容,本願補正発明
と引用発明との一致点及び相違点の認定,相違点についての判断は,以下のとおり
である。なお,略語,符号等を一部訂正したところがある。また,本訴の書証番号
を付記した。
(1) 引用発明
刊行物には,次の発明が記載されていると認める。(以下,「引用発明」という。)
「櫛刃の要素の先端にV溝を備える梳き鋏用櫛刃の製造方法であって,
櫛刃の原型となるブランクを準備するステップと,
前記ブランクの表面に機械加工を行う機械加工ステップと,
焼き入れを行い歪み取りを行うステップと,
櫛の要素と隣接する櫛の要素間を砥石で切削して深溝の切り込みを行うステップと,
x,y平面に対する砥石の回転中心軸の位置を任意に変えることにより,任意の面取り加工
を行うステップと,
櫛刃の要素の先端にV溝を形成するV溝形成用の回転砥石を準備するステップと,
前記砥石を櫛刃の要素の先端に対応させて,焼き入れ済の櫛刃の要素の先端を加工するステ
ップとを含む梳き鋏用櫛刃の製造方法。」
(2) 本願補正発明と引用発明との対比
本願補正発明と引用発明とを比較すると,後者の「櫛刃の原型 」 「櫛の要素と隣接する櫛の
,
要素間を砥石で切削して深溝の切り込みを行うステップ」は,前者の「櫛刃の原形 」 「櫛刃の
,
要素を砥石により切り出すステップ」に,それぞれ相当する。
また,本願補正発明の「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃」と,引用発明
の「櫛刃の要素の先端にV溝」とは ,「櫛刃の要素の先端の形状」という限りにおいて一致す
る。
そして,本願補正発明の「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向の形状に対応する外周
形状の刃付け用の回転砥石」と,引用発明の「櫛刃の要素の先端にV溝を形成するV溝形成用
の回転砥石」とは,「加工されるべき櫛刃の要素の先端の形状を形成する回転砥石」という限
りで一致する。
したがって,本願補正発明と引用発明とは,
「櫛刃の要素の先端の形状を備える梳き鋏用櫛刃の製造方法であって,
櫛刃の原形となるブランクを準備するステップと,
前記ブランクの表面に機械加工を行う機械加工ステップと,
焼き入れを行い歪み取りを行うステップと,
櫛刃の要素を砥石により切り出すステップと,
加工されるべき櫛刃の要素の先端の形状を形成する回転砥石を準備するステップと,
前記砥石を櫛刃の要素の先端に対応させて,焼き入れ済の櫛刃の要素の先端の形状を加工す
るステップとを含む梳き鋏用櫛刃の製造方法 。」
で一致し,次の点で相違する。
[相違点1]
櫛刃の要素の先端の形状について,本願補正発明では ,「櫛刃の要素の先端全幅に曲線また
は折れ線形状の刃」であるのに対し,引用発明では,櫛刃の要素の先端にV溝があり,V溝が
刃であるか否か不明である点。
[相違点2]
加工されるべき櫛刃の要素の先端の形状を形成する回転砥石について,本願補正発明では,
「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向の形状に対応する外周形状の刃付け用の回転砥石 」
であるのに対して,引用発明では,そのようになっていない点。
[相違点3]
本願補正発明では,砥石を櫛刃の要素の刃先に対応させて前記要素との相対距離を,櫛刃の
要素の長さ方向(y方向)の移動,および櫛刃の要素の厚さ方向に傾き(yz平面でz軸に対
する傾き)を持つ方向への相対移動により変えながら回転させ焼き入れ済の櫛刃の要素の先端
全幅に刃付けを行っているのに対し,引用発明では,そのようになっていない点。
(3) 相違点についての判断
上記相違点について検討する。
[相違点1について]
櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き鋏は,例えば,特開昭63
−255088号公報(本訴甲2 ),実願平4−89641号(実開平6−41670号)の
CD−ROM(本訴甲3 ),特開2000−317154号公報(本訴甲4 )
,登録実用新案第
3031843号公報(本訴甲5)等に示すように,周知の事項である。
よって,引用発明に上記周知の事項を採用して,相違点1に係る構成とすることは,当業者
が容易になし得たものである。
[相違点2について]
加工されるべき形状に対応する外周形状の回転砥石を使用することは,例えば,特開200
1−62691号公報(本訴甲6 ),特開平8−197407号公報(本訴甲7)等に示すよ
うに,周知の事項であり,これにより加工効率の向上が期待される。
よって,効率向上の観点から,引用発明に上記周知の事項を採用して,相違点2に係る構成
とすることは,当業者が容易になし得たものである。
なお,請求人(判決注:本訴原告)は,審判請求書の請求の理由において ,「焼き入れ歪み
とり後の全幅刃付けの加工は,当業界で本件出願人のみが実施している 。 (第7ページ第15
」
∼16行)と主張するが,焼き入れ歪みとり後であっても,全幅加工により効率向上が図られ
ることは同様であるから,適用が困難とまでは認められない。
[相違点3について]
上記摘記事項(ハ)の末尾に「なお工具とブランクの位置関係はあくまで相対的であり,実
施例に示した動きに拘束されるものではない 。 (判決注:本訴甲1の段落【0015 】
」 )と記
載されていることから,櫛刃の原形となるブランクと,櫛刃の要素を切り出す際の砥石等の工
具との相対移動,すなわち,工具移動経路は,最終加工形状である梳き鋏の形状等に応じて,
当業者が適宜選択する事項である。
そうすると,引用発明において,砥石によって櫛刃の要素の先端を加工する際に,相違点3
のような動作を行い,櫛刃の要素の先端に刃付けを行うようにすることは,当業者が容易にな
し得たものである。
そして,本願補正発明の効果も,引用発明,周知の事項から予測しうる程度のものであって,
格別なものではない。
以上のとおりであるので,本願補正発明は,本件出願前に日本国内で頒布された刊行物記載
の発明,周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであ
る。
第3 審決取消事由の要点
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
審決は,櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形状の刃を備える梳き鋏は,周
知の事項であり,引用発明に上記周知の事項を採用して,相違点1に係る構成とす
ることは,当業者が容易になし得たものであると判断しているが,誤りである。
(1) 梳き鋏には櫛刃と棒刃があるが,引用発明の櫛刃のV溝は切断すべき髪を
受け入れて保持し,相手側の刃付きの棒刃により切断させるための受け溝を形成し
ている。すなわち,V溝は,櫛刃の要素の先端面2a,2aとともに刃を構成する
ものではなく,当業界ではギロチン式切断の受け刃と理解される溝であるから,審
決が,相違点1として,「引用発明では,櫛刃の要素の先端にV溝があり,V溝が
刃であるか否か不明である」と認定したことは誤りであり,引用発明の櫛刃の要素
の先端面2a,2aとV溝は,刃を構成していないと認定されるべきである。
(2) 審決は,特開昭63−255088号公報(甲2。以下「周知例甲2」と
いう。,実願平4−89641号(実開平6−41670号)のCD−ROM(甲
)
3。以下「周知例甲3」という。,特開2000−317154号公報(甲4。以
)
下「周知例甲4」という 。,登録実用新案第3031843号公報(甲5。以下「周
)
知例甲5」という。
)を援用して,「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状
の刃を備える梳き鋏」 ,
は 周知の事項であると認定しているが,周知例甲2∼5は,
以下に示すとおり,いずれも櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形状の刃付け
をすることを記載していない。
ア 周知例甲2には,梳き鋏の棒刃(一方の刃物)の刃先(2)が刃であるとい
う記載はあるが,櫛刃の先端については,「切刃部」との表現はあるものの,切断
用の刃であるとの明確な記載はなく,ギロチン式切断の受け刃である可能性が高い 。
イ 周知例甲3には,梳き鋏の棒刃(直刃形の刃物1)の刃先4が刃部であると
いう記載はあるが,櫛刃の先端については,切断用の刃であるとの明確な記載はな
く,ギロチン式切断の受け刃である可能性が高い。
ウ 周知例甲4の梳き鋏において棒刃(切断刃3)の刃先31(図7)が刃であ
ることは切断刃3の記述から容易に理解できるから,櫛刃の先端の一部の溝部21
は単なる受け刃(ギロチン式切断の受け刃)である。
エ 周知例甲5の梳き鋏において棒刃(切断刃4)の刃先が刃であることは切断
刃4の記述から容易に理解できる。一方,梳刃の突出刃部と称される8a,8b,
8cの部分は技術的に刃付けは困難で,谷刃9と称される部分も受け刃(ギロチン
式切断の受け刃)である。
また,仮りに周知例甲2∼5の一部の櫛刃の先端が刃であったとしても,周知例
甲2∼5における櫛刃の要素の加工は,ワイヤカット放電加工によるものであり,
ワイヤカット放電加工による刃付けを櫛刃の要素の全幅刃付けに適用することは不
可能であるから,上記各周知例を本願補正発明の「焼き入れ歪みとり後の梳刃の要
素の全幅刃付け」に転用するこはできない。
(3) 上記のとおり,引用発明の櫛刃の先端のV溝は切り刃ではなく,また,刊
行物には,焼き入れ歪み取り後の櫛刃の要素の先端の全幅刃付けについては全く記
載されていない。一方,周知例甲2∼5は,櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ
線形状の刃付けをすることを記載しておらず,仮に,その一部の櫛刃の先端が刃で
あったとしても,これを本願補正発明の刃付けに転用することはできない。
したがって,引用発明に周知例甲2∼5に示されている周知技術を組み合わせる
ことには無理があり,仮りに組み合わせても相違点1に係る構成とすることはでき
ない。
(4) 被告は,周知技術の立証のため,特開昭60−225588号公報(乙1。
以下「周知例乙1」という 。)及び実公昭64−211号公報(乙2。以下「周知
例乙2」という 。)を追加し,これと周知例甲2∼4により,審決の周知技術の認
定に誤りはないとしたうえで,引用発明において櫛刃の要素の先端に刃付けを行う
ことは当業者が容易になし得たことであると主張するが,以下のとおり,失当であ
る。
周知例甲2∼4,同乙1,2には,櫛刃の先端全幅にわたり種々の形状を示す鋏
が記載されているが,その種々の形状を示す櫛刃の先端の刃を形成するための方法
については全く記載されておらず,審決は ,「引用発明において,櫛刃の要素の先
端の形状を刃(切り刃)とすること」について判断した痕跡がない。すなわち,本
願補正発明は,梳き鋏用の櫛刃の製造方法の発明であり,切り刃をいつどのように
して設けるかという方法が発明の中心の思想であるが,上記各周知例は,そこに記
載されている鋏が存在することを示すのみであり,仮にそこに示された種々の形状
を示す櫛刃の先端が切り刃であるとしても,そのような形状の切り刃をどのように
して設けるのかという刃付けの方法の技術を開示していないから,引用発明の櫛刃
の要素の先端全幅を,曲線又は折れ線形状の切り刃の形状に加工(刃付け)するこ
とについて,上記各周知例を利用することはできないのである。
したがって,上記各周知例から引用発明に組み合わせ可能な周知技術を認定する
ことはできないし,審決が上記各周知例を採用して行った相違点1についての判断
は,切り刃をどのようにして設けるかについての判断を看過してされたものである
から,誤りである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
審決は,加工されるべき形状に対応する外周形状の回転砥石を使用することは周
知の事項であり,これにより加工効率の向上が期待されるから,効率向上の観点か
ら,引用発明に上記周知の事項を採用して相違点2に係る構成とすることは,当業
者が容易になし得たものであると判断しているが,誤りである。
(1) 審決は,本願補正発明が「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向の形
状に対応する外周形状の刃付け用の回転砥石」を選択したことを単なる「加工効率
の向上」の問題として捕らえているが,本願補正発明における上記砥石の選択の効
果は,砥石の動きとの密接な関連において,原告のみが実施している焼き入れ歪み
取り後の加工により刃付けを可能にしたことにあり,単なる「加工効率の向上」の
ために上記砥石を選択するのではない。
(2) 審決は,特開2001−62691号公報(甲6。以下「周知例甲6」と
いう。)及び特開平8−197407号公報(甲7。以下「周知例甲7」という。)
を援用し,「加工されるべき形状に対応する外周形状の回転砥石を使用すること」
は周知の事項であり,これにより加工効率の向上が期待されると判断している。
しかし,周知例甲6は,中性子レンズ部材の加工装置及び方法に関する発明であ
り,周知例甲7は ,V溝加工方法 ,V溝コネクタ及び金型に関する発明であるから ,
周知例甲6,7が,審決の言うように「加工効率の向上 」に寄与しているとしても,
本願補正発明と発明の技術分野,用途,目的,効果が全く異なる。
さらに,被告が研磨技術の周知例として追加した実願昭59−31140号(実
開昭60−143646号)のマイクロフィルム(乙3。以下「周知例乙3」とい
う。 ,特開昭64−34648号公報(乙4。以下「周知例乙4」という。
) )も,
本願補正発明とは目的,用途が異なり,技術分野及び課題の共通性もない。
したがって,周知例甲6,7,同乙3,4により「加工されるべき形状に対応す
る外周形状の回転砥石を使用する」ことが周知技術であると認められるとしても,
それは一般的な「加工されるべき形状」についての周知技術であって,本願補正発
明の「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃」の加工(刃付け)のた
めの周知技術とはならない
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)
(1) 審決は,刊行物の「なお工具とブランクの位置関係はあくまで相対的であ
り,実施例に示した動きに拘束されるものではない。
」との記載から,「櫛刃の原形
となるブランクと,櫛刃の要素を切り出す際の砥石等の工具との相対移動,すなわ
ち,工具移動経路は,最終加工形状である梳き鋏の形状等に応じて,当業者が適宜
選択する事項である。」と判断するが,誤りである。
(2) 刊行物の上記記載は,工具とブランクの何れを動かしても相互間に同一の
相対位置関係を形成できるから,実施例が示していない方を動かしても良いことを
念のために述べているにすぎず,実施例のステップ6∼8の相対運動から予想でき
ない工具やブランクの移動経路をも示唆するものではない。上記の「実施例に示し
た動きに拘束されるものではない。」との記載は,刊行物に記載された引用発明の
範囲内で当業者が変形し得る可能性を示唆するに止まり,「工具移動経路は,最終
加工形状である梳き鋏の形状等に応じて,当業者が適宜選択する事項」であるに過
ぎないことまで意味するものではない。
このように,刊行物には,砥石を櫛刃の要素に相対運動させながら,櫛刃の要素
の先端全幅に刃付けを行うという相違点3に係る本願補正発明の砥石の動きは示さ
れていないし,そもそも引用発明の砥石の動きは刃付けのためものでもない。
なお,被告は,刊行物の段落【0011】に「焼き入れ歪みとりの後に,先端2
aを80゜に仕上げ加工をする 。」との記載があり,この「仕上げ加工」において
も砥石と櫛刃要素との相対移動が行われていることがうかがえると主張するが,上
記記載が「櫛刃の要素の長さ方向(y方向)の移動と,櫛刃の要素の厚さ方向に傾
き(yz平面でz軸に対する傾き)を持つ方向への相対移動」を記述するものでな
いことは明らかである。
(3) さらに,審決は,本願補正発明の効果も引用発明,周知の事項から予測し
得るものであって,格別なものではないと判断している。しかし,本願補正発明に
より製造する梳き鋏用櫛刃は,櫛刃の業界でよく知られている,静刃である受け用
刃体(ギロチン式切断の受け刃)ではなく,切り刃として積極的に髪の切断に寄与
できるようにしたものであり,これにより,動刃である棒刃の刃を落とすことを可
能にし,棒刃により髪を傷めないという特有の効果を奏するものであるから,審決
の上記判断は誤りである。
(4) したがって,相違点3についての審決の上記判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対し
(1) 櫛刃と棒刃を備えた梳き鋏には,棒刃の先端に刃が構成され切り刃となり,
櫛刃の先端に刃が構成されず受け刃となっているもののほか,周知例甲2,3,同
乙1,2に見られるように,本件出願前より櫛刃の先端に刃が構成され切り刃となっ
ているものも存在する。
そして,刊行物の段落【0013】には,V溝の加工に関して,「櫛刃の要素の
先端にV溝を加工する。図6中に要素の先端のV溝6の加工終了の時の砥石の先端
の回転軌跡を13で示す。」と記載されているにとどまり,この記載及び図6から
は,V溝が,刃を構成している切り刃となっているのか,刃を構成していない受け
刃となっているのか,不明である。
したがって,刊行物記載の梳き鋏における櫛刃が,櫛刃の要素の先端のV溝に刃
を構成していない受け刃と断定することはできず,審決が「櫛刃の要素の先端にV
溝があり,V溝が刃(切り刃)であるか否か不明である」と認定したことに誤りは
ない。
そして,仮に,引用発明のV溝が刃を構成していないとしても,梳き鋏は,櫛刃
と棒刃を備え,櫛刃の先端又は棒刃の先端のいずれか一方,あるいは,櫛刃の先端
及び棒刃の先端の両方に刃付けを行うことにより,毛髪を切断するという目的を達
成するものである点に鑑みると,先端のV溝に刃を構成していない櫛刃であるから
といって,そのことが「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備え
る」との周知の事項の採用を阻害するとはいえない。
(2) 審決が ,「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き
鋏」を周知の事項とした認定したことは,以下のとおり,誤りではない。
ア 周知例甲2記載の櫛歯の「切刃部」は「櫛刃の要素」に相当し,「切刃部」
は,直刃形の刃物と擦れ違うときに毛髪を剪断するものであるから,刃を備えてい
ることは明らかであり,第3図を参照すると,「切刃部」の先端全幅に折れ線形状
に備えられていることも見て取れる。
また,周知例甲3記載の「刃6」は「櫛刃の要素」に相当し,櫛刃に形成した各
刃の先端で毛髪を剪断するものである(段落【0003】)から,刃を備えている
ことは明らかであり,図2,4を参照すると,「刃6」の先端全幅に折れ線形状に
備えられていることも見て取れる。
したがって,周知例甲2,3には ,「櫛刃の要素の先端全幅に折れ線形状の刃を
備える梳き鋏」が記載されているといえる。
イ さらに,周知例甲4の段落【0019】には ,「上記の例では,梳刃2と切
断刃3との組み合わせを示したが,両方の刃とも梳刃であってもよい。」と記載さ
れているところ,両方とも梳刃である場合には,いずれか一方の刃の先端が切り刃
を構成していないと,鋏としての機能を果たさないから,周知例甲4には ,「櫛刃
の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き鋏」が実質的に記載さ
れているといえる。
ウ 加えて,周知例乙1(2頁左下欄16行∼同頁右下欄17行 ),周知例乙2
(1欄16行∼2欄1行)にも ,「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状
の刃を備える梳き鋏」が記載されている。
よって,審決の周知の事項に関する上記認定に誤りはなく,引用発明において上
記周知の事項を採用し,櫛刃の要素の先端に刃付けを行うことは,当業者が容易に
なし得たことである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対し
(1) 周知例甲6,7に加え,周知例乙3,4にも,研磨技術として,「加工され
るべき形状に対応する外周形状の回転砥石を使用する」ことが記載されているから,
この研磨技術は周知の事項といえる。
そして,一般的に加工技術において,加工効率の向上を図ることは,周知の課題
であり,引用発明も同様の課題を有しているから,引用発明において,「加工効率
の向上」という周知の課題を達成するために,「加工されるべき形状に対応する外
周形状の回転砥石を使用する」という技術的手段を採用することは当業者にとって
困難性のない事項である。
(2) 原告は,本願補正発明における砥石の選択の効果は,本願補正発明の砥石
の動きとの密接な関連において,原告のみが実施している焼き入れ歪み取り後の加
工により刃付けを可能にしたことにあり,単なる「加工効率の向上」のための砥石
の選択の問題ではないと主張する。
しかし,刃物において,刃付けをいつ行うかは設計的な事項であり,また,焼き
入れ歪み取り後に刃付けを行うことも,特開平8−85106号公報(乙5),特
開平10−309637号公報(乙6)に見られるように,本件出願前より周知で
ある。そして,「加工されるべき形状に対応する外周形状の回転砥石を使用」すれ
ば,そのような外周形状を備えていない回転砥石を使用するよりも複雑な形状の加
工が可能となるのであるから,原告の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)に対し
(1) 引用発明において,ブランクの移動は,研磨対象の形状に応じて適宜決定
すればよく,実施例に示された動きに拘束されるものでないことは明らかであるか
ら,刊行物における「なお工具とブランクの位置関係はあくまで相対的であり,実
施例に示した動きに拘束されるものではない。」との記載は,当業者であれば,工
具を固定としブランクを移動させるのか,あるいはブランクを固定とし工具を移動
させるのかというだけではなく,工具及びブランクのそれぞれの動きについて,段
落【0014】に記載のような動きに拘束されるものではないと読み取ることがで
きるものである。
(2) また,そもそも,被加工品を砥石によって研磨する場合,どのように被加
工品と砥石とを相対移動させるかは,被加工品と砥石との位置関係や被加工品の仕
上がり形状等に応じて決定される事項であるから,砥石と櫛刃の要素とをどのよう
に相対移動させるかは当業者が適宜行う設計的事項である。
そして,本願補正発明の砥石と櫛刃の要素の具体的な相対移動についても,「櫛
刃の要素の長さ方向(y方向)の移動」と ,「櫛刃の要素の厚さ方向に傾き(yz
平面でz軸に対する傾き)を持つ方向への相対移動」とは,それぞれ,砥石と櫛刃
の要素を近づける動きと,櫛刃の要素の先端に形成する刃に沿った動きであり,こ
のような動きは,砥石により櫛刃の要素の先端に刃付けを行う動きであって,特別
な動きではない。
さらに,刊行物の段落【0011】には ,「焼き入れ歪みとりの後に,先端2a
を80゜に仕上げ加工をする。 との記載があり,この「仕上げ加工」においても,
」
上記のとおりの砥石と櫛刃要素との相対移動が行われていることがうかがえる。
(3) したがって,工具移動経路は,最終加工形状である梳き鋏の形状等に応じ
て,移動経路が適切となるように当業者が適宜選択する事項であり,相違点3のよ
うな動作も,回転砥石を用いて刃付けを行う際に当業者が容易になし得たものであ
る。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が,周知例甲2∼5により櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は
折れ線形状の刃を備える梳き鋏は周知の事項であると認定したことは誤りであると
主張するので,以下,検討する。
ア 周知例甲3について
(ア) 周知例甲3は,考案の名称を「理容用梳鋏」とし,平成6年6月3日に公
開された公開実用新案公報であり,これには,以下の記載がある(甲3)。
(a) 「 0003】
【 ・・・上側から動刃として毛髪を切り下ろそうとする直刃に
対して静刃として毛髪を下側から支承し,くし刃に形成した各刃の先端で毛髪を剪
断し,各刃と交互に設けた欠刃部内に梳き残す毛髪を収容するくし刃形の刃物の刃
部は,鋏の使用中,常に頭髪と接しながら頭に接近したり離れたりする上下方向と
頭に沿って移動する平面方向の動きを伴う。」
(b) 「 0012】くし刃形の刃物2の刃部5は,図2に示すように,各刃6
【
の刃先を結ぶ刃先線Lからそれぞれ直角に欠刃部7を切除することによって,互い
に平行する両側面部8を具え,欠刃部7と交互に配置されてくし歯状に並ぶ多数の
刃6を有する。
【0013】上記各刃6は,図3の(a )(b)に示すように,両側面部8の上
,
下の角部を平面または曲面で切除することによって形成した面取り部9を四つ角に
具え,各面取り部9は,図2,4に示すように刃部5の表,裏面に表われて,梳毛
の際に欠刃部7に出入する毛髪との接触を円滑に行う。」
(c) 図2は,くし刃形刃物の刃部の一部切欠拡大正面図であるが,同図では,
刃(6)の側面の面取部(9)が2本の直線により斜面として示されており,折れ
線形状に形成された刃(6)の先端も2本の直線により示されている。
(d) 図4は,図2に対応する刃部の裏面図であるが,刃(6)の側面部の面取
部(9)が2本の直線により斜面として示されているのに対し,折れ線形状に形成
された刃(6)の先端は1本の直線により示されている。
(イ) 上記記載によれば,周知例甲3に記載された梳き鋏は,くし刃に形成した
各刃の先端で毛髪を剪断するものであることに加え,各刃の先端は折れ線形状に形
成されているものであるところ,図2ではその表面側の先端部分は2本線により斜
面が図示されているのに対して,図4ではその裏側面の先端部分が1本線により平
面状に図示されていることからみると,くし刃の刃6の先端には本願補正発明の 刃
「
付け」がされているものと認められる。また,くし刃に形成した各刃6は,本願補
正発明の「櫛刃の要素」に相当するものといえる。
したがって,周知例甲3には,櫛刃の要素の先端全幅に折れ線形状の刃を備える
梳き鋏が記載されているものと認められる。
(ウ) これに対し,原告は,周知例甲3には,櫛刃の先端が切断用の刃であると
の明確な記載はなく,ギロチン式切断の受け刃である可能性が高いと主張するが,
切断用の刃である旨の明示的な記載はないとしても,上記のとおり,周知例甲3の
記載及び図2,図4によれば,くし刃に形成した刃6の先端に刃付けがされている
ことを認めることができるから,原告の主張は失当である。
イ 周知例乙1について
(ア) 周知例乙1は,発明の名称を「鋏」とし,昭和60年11月9日に公開さ
れた公開特許公報であり,これには以下の記載がある(乙1)。
(a) 「図示の鋏は第1ブレード(1)及び第2ブレード(3)を備えており,
第1ブレード(1)は,真直ぐで平坦な鈍いエツシ(判決注: エツジ」の誤記で
「
ある。(2)を有する。第2ブレード(3)のエツジは,該エツジに沿つて複数の
)
セクシヨンに分割され,互い違いのセクシヨンは第1及び第2のタイプのエツジ
(4)(5)を提供するように形成されている。
,
第1図に示す実施例では,第1のエツジ(4)は浅いV形に形成されたカツテイ
ングエツジを備えている 。このV形は,鋏の切断能率を改善する 。第2のエツジ 5)
(
はまつすぐで平坦な鈍いエツジを備え,該エツジはブレードにおける隣り合うセク
ションより凹んでいる。
従つて,鋏ブレードが合わせられたとき,第2のブレード(3)のカツテイング
セクシヨン(4)と第1ブレード(1)との間にはさまれた毛髪は切断され,他方,
鈍い,凹んだセクション(5)と第1ブレード(1)との間にはさまれた毛髪は切
断されずに残される。(2頁左下欄16行∼右下欄16行)
」
(b) 「第5A図は,内側エツジ(2)が鈍くなつている前述の第1のブレード
(1)を示す断面図である。第5B図に示されているように,該内側エツジを切断
エツジ(2A)とするように鋭利に形成してもよい。(3頁右上欄5行∼9行)
」
(イ) 上記記載によれば,周知例乙1の鋏の第2ブレードの第1のエツジ(4)
は,浅いV字形,すなわち折れ線形状に形成され,カツテイングエツジを備えてい
るから「刃付け」がされているものと認められ,また,第2ブレードは,第1のエ
ッジ(4)と互い違いに形成された第2のエツジ(5)を備えており,これらによ
り櫛刃を形成しているから,第1のエッジ(4)は,本願補正発明の「櫛刃の要素」
に対応するものといえる。
したがって,周知例乙1には,櫛刃の要素の先端全幅に折れ線形状の刃を備える
梳き鋏が記載されているものと認められる。
ウ 周知例乙2について
(ア) 周知例乙2は,考案の名称を「すき鋏」とし,昭和64年1月5日に公開
された実用新案公報であり,これには,「第2図は従来の理容,美容用のすき鋏の
構成を示す図である。同図中,11は動刃,11aは動刃11の手元に設けた母指
穴,11bは動刃11の他側に設けられる棒刃,12は静刃,12aは静刃12の
手元に設けた環指穴,12bは静刃12の他側に設けられる鋏身,12c・・・は
鋏身12bに所定の間隔l0でもつて設けられた櫛刃,13は前記動刃11と前記
静刃12が交叉する平らな鋏体部,14は前記動刃11と前記静刃12とを連結し ,
これら両刃11,12に開閉の支点を与える支点ねじである。上記のように構成さ
れた従来のすき鋏は,静刃12の鋏身12bに設けられた複数の櫛刃12c・・・
の刃先12c’・・・の刃加工が図に示す如く単に平らに又は若干湾曲した程度に
仕上げられたものであったため,毛髪のカツテイングに際し動刃11の棒刃11b
によつて押圧されて,各櫛刃12c・・・の刃先12c’・・・に当接する毛髪は,
多くのものがカツテイングされないまま横滑りしてしまつて十分にカツトできない
といつた大きな問題があつた。(1頁1欄14行∼2欄6行)との記載がある(乙
」
2)。なお,第2図の「2c 」 「2c’
, 」は,それぞれ「12c 」 「12c ’
, 」の誤
記と認められる。
(イ) 上記記載によれば,周知例乙2に記載された従来のすき鋏の動刃11には
棒刃が設けられていること,当該棒刃は,毛髪のカッティングに際し毛髪を押圧す
ると記載されていることから,毛髪を裁断する刃ではない刃,すなわち「刃付け」
がされていない刃であること,毛髪を切断するためには「刃付け」がされた刃が必
要であるから,上記従来のすき鋏の静刃12に設けられた櫛刃12cが切り刃であ
り,櫛刃12cの刃先12c’には先端全幅に「刃付け」がされていること,以上
の事実が認められる。
また,櫛刃12cの刃先12c’の刃加工は「若干湾曲した程度」に仕上げられ
たものであるから,その先端は曲線形状であるといえる。
したがって,周知例乙2には,櫛刃の要素の先端全幅に曲線形状の刃を備える梳
き鋏が記載されているものと認められる。
エ 以上に検討したとおり,周知例甲3及び同乙1には ,「櫛刃の要素の先端全
幅に折れ線形状の刃を備える梳き鋏」が記載され,また,周知例乙2には「櫛刃の
要素の先端全幅に曲線形状の刃を備える梳き鋏」が記載されているから,審決が,
「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き鋏」は周知の事
項であると認定したことには誤りはない。
(2) 原告は,周知例甲2∼5,同乙1,2には櫛刃の先端全幅にわたり種々の
形状を示す鋏が記載されているが,切り刃をどのようにして設けるのかという刃付
けの方法の技術が開示されておらず,上記各周知例は引用発明の櫛刃の先端の刃付
けに利用することはできないから,上記各周知例から引用発明に組み合わせ可能な
周知技術を認定することはできないし,審決の相違点1についての判断は,切り刃
をどのようにして設けるかについての判断を看過してされたもので誤りであると主
張する。
ア そこで検討するに,本願補正発明及び引用発明は,ともに梳き鋏用櫛刃の製
造方法の発明であるところ,本願補正発明は「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または
折れ線形状の刃を備える梳き鋏用櫛刃」の製造方法であるのに対して,引用発明は
「櫛刃の要素の先端にV溝を備える梳き鋏用櫛刃」の製造方法であり,両発明は,
製造対象である櫛刃の要素の先端の具体的形状が異なっている。審決が,相違点1
として,「櫛刃の要素の先端の形状について,本願補正発明では,「櫛刃の要素の先
端全幅に曲線または折れ線形状の刃」であるのに対し,引用発明では,櫛刃の要素
の先端にV溝があり,V溝が刃であるか否か不明である点 。」を認定したのも,上
記の点を捉えて,製造対象の櫛刃の要素の先端の具体的形状が異なることを認定し
たものであると解される。
イ その上で,審決は,引用発明の製造方法により製造する梳き鋏用櫛刃の先端
を相違点1に係る本願補正発明の構成とすることが当業者にとって容易に想到し得
たかどうかについて検討し,引用発明の製造方法において,その対象となる梳き鋏
用櫛刃の先端を,前記(1)エに認定した周知の梳き鋏の構成とすること,すなわち,
「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃」とすることが当業者にとっ
て容易に想到し得た程度のことであると判断したものであり,この判断は,周知の
技術事項の適用に関するものであるから,誤りはない。
このように,相違点1の判断においては,そもそも切り刃をどのようにして設け
るかという刃付けの方法を検討する必要はないというべきであるから,刃付けの方
法についての検討を要することを前提として,審決がこの点についての判断を看過
したとする原告の上記主張は,その前提に誤りがあり,採用することはできない。
ウ また,周知例甲3,同乙1,2には,前記(1)エに認定した周知の梳き鋏が
記載されているところ,これらの各周知例においては,櫛刃の要素の先端全幅に曲
線(周知例乙2)又は折れ線(周知例甲3,同乙1)形状の刃を加工する方法,す
なわち刃付けの方法については何ら記載されていないが,これは,当業者にとって ,
刃の形状が確定すれば,その加工方法は各出願時点における周知・慣用の方法を採
用すれば足りるものであるとの考え方を前提としているものと推認され,そうであ
るとすれば,刃付けをする方法は敢えて記載するまでもない技術事項であるという
ことができるから,上記各周知例に刃付けの方法が記載されていないとしても,そ
のことは,引用発明において,上記各周知例により認められる周知の櫛刃の要素の
先端の構成を採用することの妨げとはならないというべきである。
したがって,上記各周知例から引用発明に組み合わせ可能な周知技術を認定する
ことはできないとする原告の主張は失当である。
(3) さらに,原告は,周知例甲2∼5の一部の櫛刃の先端が刃であったとして
も,上記各周知例における櫛刃の要素の加工はワイヤカット放電加工によるもので
あり,ワイヤカット放電加工による刃付けを櫛刃の要素の全幅刃付けに適用するこ
とは不可能であるから,上記各周知例を本願補正発明の刃付けに転用することはで
きないとも主張する。
しかしながら,上記(2)において説示したとおり,審決は,引用発明において周
知の梳き鋏における櫛刃の先端の構成を採用することが容易想到であると判断して
いるのであって,その判断は,特定の刃付けの方法を前提とするものではなく,ま
してワイヤカット放電加工による刃付け加工を前提とするものでもないから,原告
の上記主張はその前提を欠くものというべきであり,失当である。
(4) 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 原告は,本願補正発明における「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方
向の形状に対応する外周形状の刃付け用の回転砥石」の選択の効果は,砥石の動き
と密接な関連において,原告のみが実施している焼き入れ歪み取り後の加工により
刃付けを可能にしたことにあり,単なる「加工効率の向上」のために上記砥石を選
択するのではないと主張する。
ア そこで検討するに,本件補正後の明細書(甲8∼10。以下「本願補正明細
書」という。)には,以下の記載がある。
(ア) 「 0004】
【
・・・本発明は,焼き入れ歪み取り後に櫛刃の要素の先端を幅方向全部について
刃付けをした梳き鋏用櫛刃の製造方法を提供することにある。本発明のさらに他の
目的は,前記梳き鋏用櫛刃の製造方法を回転砥石を用いる加工方法により安価に提
供することにある。
」
(イ) 「 0015】
【
図1を参照して,本発明による梳き鋏用櫛刃の製造方法の実施例1を説明する。
(ステップ1) ブランク準備ステップ,梳き鋏用櫛刃のブランクを用意する。
(ステップ2) 表面外形機械加工ステップ,表面の機械加工により櫛刃の表裏先
端峰等の形状を整える。
(ステップ3) 焼き入れを行い歪みとりステップ,焼き入れを行い歪みとりを行
う。
(ステップ4) 溝または谷の加工用の回転砥石で,溝または谷の加工を行う。引
き続いて底の面取りを行う。
(ステップ5) 回転砥石の選択ステップで,要素2の全幅に形成される刃の基本
形状の曲線の内の最も小さい曲率半径よりも小さい曲率半径(回転中心軸を含む平
面で切断したときの外周の曲率半径)をもつ回転砥石11を選択する。
(ステップ6) 回転砥石による刃付けを行う。回転砥石の最終(研磨終了時)の
先端の基本的な相対移動の軌跡を31で示す。なお刃の斜面を形成するために砥石
を矢印32の示す方向に随時移動させる 。」
イ 上記記載,特に(ステップ4)によれば,本願補正発明に係る「櫛刃の要素
の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃を備える梳き鋏用櫛刃 」の製造においては,
「相補形状 」,すなわち「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向の形状に対応
する外周形状」ではない回転砥石を用いて刃付けを行うことも可能であると認めら
れ,このことに,本願補正明細書には「加工されるべき櫛刃の要素の刃先の幅方向
の形状に対応する外周形状の刃付け用の回転砥石を準備する」ことによる効果につ
いて特に記載がないことを合わせ考慮すると,本願補正発明における砥石の選択の
効果に関する原告の上記主張は,本願補正明細書の記載に基づくものとはいえず,
採用することはできない。
(2) 原告は,周知例甲6,7,同乙3,4により「加工されるべき形状に対応
する外周形状の回転砥石を使用する」ことが周知技術であると認められるとしても ,
それは一般的な「加工されるべき形状」についての周知技術であって,本願補正発
明の「櫛刃の要素の先端全幅に曲線または折れ線形状の刃」の加工(刃付け)のた
めの周知技術とはならないと主張する。
しかしながら,審決が相違点2の判断において認定している周知技術は ,「回転
砥石を用いた加工を行うに際して,加工形状に対応した外周形状の回転砥石を用い
ることにより加工効率を向上させる」という技術事項であり,上記各周知例によれ
ば,この技術事項は周知であると認められる。そして,上記各周知例はいずれも回
転砥石を用いて加工を行う技術である点において,本願補正発明と技術分野の共通
性があること,本願補正発明のような「櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形
状の刃」を加工する場合に,上記周知な技術事項の適用を困難とする事情について
は何らの主張もなく,これを認めるに足りる証拠もないことに照らすならば,引用
発明において,本願補正発明のような「櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形
状の刃」を加工するに当たり,加工効率を向上させるために上記周知な技術事項を
適用し,加工形状に対応した外周形状の回転砥石を選択する程度のことは,当業者
が容易になし得たことというべきである。
(3) 以上のとおりであるから,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物には砥石を櫛刃の要素に相対運動させながら,櫛刃の要素
の先端全幅に刃付けを行うという相違点3に係る本願補正発明の砥石の動きは示さ
れておらず,そもそも引用発明の砥石の動きは刃付けのためのものではないと主張
するので,以下,検討する。
ア 刊行物には,以下の記載がある。
(ア) 「 0012】櫛刃1の機械加工は,基本的にステンレス鋼のブランクの
【
焼き入れ終了後,歪み取り後に行われる。なお,焼き入れ後の加工は砥石を用いる
必要があり,前述した先行例のようにカッタを使用することはできない。櫛の要素
2と隣接する櫛の要素2間を砥石で切削して深溝の切り込みを終了する。引き続き
機械加工により面取りを行い谷と表裏の面を結ぶ曲面3a,3aを加工する。図6
に前記溝の加工と面取りの際のブランクと砥石の位置関係を示している。x’は深
溝の切り込みが終了した位置での砥石の回転中心軸の位置を示す。砥石の回転中心
軸は常にブランクのx軸と平行である。図中11は,前記溝の加工終了時の砥石の
先端の回転軌跡を示す。面取り部3aの一方の加工を終了したときの砥石の回転中
心軸の位置をx''で示す。x,y平面に対する砥石の回転中心軸の位置を任意に変
えることにより任意の面取りが可能となる。図中12,12は面取り終了時の砥石
の先端の回転軌跡を示す。」
(イ) 図6は,面取り及び先端のV溝切りの工程を説明するための略図であるが,
同図には砥石の先端の回転軌跡が示され,これによれば,回転砥石を11から12
へ移動することにより図示の形状への加工が行われている。
イ 周知例甲7は,発明の名称を「V溝加工方法,V溝コネクタ及び金型」とす
る,平成8年8月6日に公開された公開特許公報であり,これには「 0002】
【
・・・従来,被加工物(セラミックや金属,硬質プラスチックなど)の一側面(上
面など)に,V溝を形成するには,例えば図7に示したように,山形の刃部1aを
有する山形砥石1を用い,これを回転させながら,工作機器側の加工台部101に
設置された被加工物200へ押し付けて,V溝201を形成している。」との記載
がある。
(2) 上記(1)ア,イの記載によれば,回転砥石による部品加工は,回転砥石の外
周を加工部材の表面に接触させ,その表面を削ることにより行うものであって,回
転砥石と加工部材の相対位置を移動させることにより回転砥石の外周と加工部材の
表面との接触状態を適宜調整することにより,所望の形状へと加工を行うものであ
ることが認められ,このような加工方法に照らせば,回転砥石を用いて加工を行う
場合に,回転砥石の移動経路を最終加工形状にあわせて設定する必要があることは,
当業者であれば容易に理解し得たことである。
したがって,引用発明の製造方法において,櫛刃の要素の先端を回転砥石を用い
て加工する場合に,回転砥石の移動経路を櫛刃の要素の先端の加工形状にあわせて
設定することは,当業者であれば容易に想到し得たことである。
そうすると,引用発明において,櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形状の
刃を形成するために,加工形状に対応した外周形状の回転砥石を選択した場合には ,
回転砥石をその回転中心から加工部材と接触する外周の接点方向,すなわち櫛刃の
要素の長さ方向にのみ移動させるように回転砥石の移動経路を設定することも,当
業者であれば容易に想到し得たことであるといえる。
(3) さらに,櫛刃の要素の先端に刃付けを行うとは,櫛刃の要素の先端を周知
例乙1の5B図の第2ブレード3のような先端形状とすることであるから,櫛刃の
要素の先端に回転砥石を用いて刃付けを行う場合には,砥石をそのような先端形状
にあわせて相対移動させる必要があること,すなわち,回転砥石を櫛刃の要素の厚
さ方向に傾きを持つ方向へ相対移動させる必要があると認められる。そして,この
ことは,名称を「高速度工具鋼を用いた刃物又はブレードの製造方法」とする発明
に係る特開平10−309637号公報(乙6)に ,【0012】
「 ・・・刃付けの
研削処理は,例えば,図4に示すように,丸刃21を回転可能なチャック25に取
付け,そのチャック25を所定の刃角に応じて傾けて回転させる。そして,回転砥
石26の回転砥石面を丸刃21の周縁部に当て,図示矢印27方向に移動させなが
ら,刃付けを行う。この場合,回転砥石26を移動させることに代えて,チャック
25を矢印27方向に移動させるようにしてもよい 。」と記載されているように,
刃付けの研削処理が,刃付けの傾き角に沿うように回転砥石を相対移動させて行わ
れることからも裏付けられる。
そして,以上のことは,当業者であれば容易に理解し得たことであるから,引用
発明において,櫛刃の要素の先端全幅に曲線又は折れ線形状の刃を形成するために,
加工形状に対応した外周形状の回転砥石を選択した場合には,回転砥石を櫛刃の要
素の厚さ方向に傾きを持つ方向へ相対移動させて櫛刃の要素の先端全幅に刃付けを
行うようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
(4) なお,原告は,本願補正発明により製造する梳き鋏用櫛刃は,切り刃とし
て積極的に髪の切断に寄与できるようにしたものであり,これにより,動刃である
棒刃に刃付けをしないことを可能にし,棒刃により髪を傷めないという特有の効果
を奏するとも主張するが,前記1に認定したとおり,本件出願前から櫛刃の先端に
刃付けをし棒刃には刃付けをしない梳き鋏は周知であり,それらの周知の梳き鋏に
おいても,原告主張に係る上記効果が認められることは明らかであるから,原告の
主張する上記効果は当業者が予測し得た程度のことといえる。加えて,本願補正発
明は製造方法の発明であるところ,原告の上記主張は,当該製造方法により製造さ
れた「梳き鋏」の奏する効果を主張するものと解されるから,そもそも本願補正発
明の奏する効果の主張としては適切なものではない。
(5) 以上に検討したところによれば,引用発明において,回転砥石を用いて櫛
刃の要素の先端を加工する場合に,相違点3に係る本願補正発明のような動作を行
い,櫛刃の要素の先端に刃付けを行うようにすることは当業者が容易に想到し得た
ことであると認められるから,相違点3についての審決の判断に誤りはない。
したがって,取消事由3は理由がない。
4 以上の次第であるから,審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を違
法とする事由もないから,審決は適法であり,本件請求は理由がない。
第6 結論
よって,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田 中 信 義
裁判官
榎 戸 道 也
裁判官
浅 井 憲
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