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平成19(ワ)26761特許権侵害差止等請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成20年11月26日
事件種別 民事
当事者 被告大洋薬品工業株式会社
原告バイエル・アクチエンゲゼルシャフト
法令 特許権
特許法36条3項1回
特許法100条1項1回
特許法36条4項1回
特許法123条1項1号1回
特許法123条1項3号1回
特許法29条1項3号1回
キーワード 実施33回
新規性13回
特許権10回
無効10回
刊行物9回
進歩性8回
優先権3回
無効審判3回
侵害2回
差止2回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事件の概要 本件は,高純度アカルボースについての特許権を有する原告が,被告製剤を 製造,販売する被告に対し,被告製剤は原告が特許権を有する特許発明の技術 的範囲に属し,被告製剤を製造,販売する行為は原告の特許権を侵害するとし て,特許法100条1項に基づき,被告製剤の製造及び販売の差止めを求める とともに,同条2項に基づき,被告製剤の廃棄を求める事案である。

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判決文

平成20年11月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成19年(ワ)第26761号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成20年9月5日
判 決
ドイツ連邦共和国<以下略>
原 告 バイエル・アクチエンゲゼルシャフト
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 片 山 英 二
同 北 原 潤 一
同 中 村 閑
同 平 泉 真 理
同 補 佐 人 弁 理 士 加 藤 志 麻 子
同 田 村 恭 子
名古屋市<以下略>
被 告 大 洋 薬 品 工 業 株 式 会 社
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 吉 原 省 三
同 小 松 勉
同 三 輪 拓 也
同 上 田 敏 成
同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 小 野 信 夫
同 井 出 浩
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の医薬品(以下「被告製剤」という。)を製造,
販売してはならない。
2 被告は,被告製剤を廃棄せよ。
第2 事案の概要
本件は,高純度アカルボースについての特許権を有する原告が,被告製剤を
製造,販売する被告に対し,被告製剤は原告が特許権を有する特許発明の技術
的範囲に属し,被告製剤を製造,販売する行為は原告の特許権を侵害するとし
て,特許法100条1項に基づき,被告製剤の製造及び販売の差止めを求める
とともに,同条2項に基づき,被告製剤の廃棄を求める事案である。
1 争いのない事実等(争いがない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告は,医薬品,医薬部外品等の製造,販売等を業とするドイツ国法人
である。
イ 被告は,医薬品,医薬部外品等の製造,販売等を業とする株式会社であ
る。
(2) 原告の特許権
ア 原告は,次の特許につき特許権(以下「本件特許権」という。)を有し
ている。
特 許 番 号 第2502551号
発明の名称 高純度アカルボース
出 願 番 号 特願昭61−292667
出 願 日 昭和61年12月10日
優 先 日 1985年12月13日(甲2。以下,「出願時」又は
「出願前」との記載は,それぞれ「優先日時」又は「優
先日前」を含むものとする。)
登 録 日 平成8年3月13日
延 長 期 間 2年5月5日
イ 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の
範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この請求項1の発明
を「本件特許発明」といい,アの特許のうち本件特許発明に係る部分を
「本件特許」という。)。
「水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカル
ボース組成物。」
ウ 本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それ
ぞれを「構成要件A」,「構成要件B」という。)。
A 水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を有する
B 精製アカルボース組成物
(3) 被告製剤
ア 被告は,平成18年3月15日,原告が製造,販売する「グルコバイ錠
50mg」及び「グルコバイ錠100mg」の後発品として,アカルボー
スを含有する被告製剤について,薬事法に基づく製造承認を取得し,平成
19年7月6日,被告製剤について,薬価基準収載を受けた。
被告は,被告製剤を製造し,平成19年7月,その販売を開始した。
イ 被告製剤に含まれるアカルボース組成物のアカルボース含有量は,99.
3∼99.7重量%である。
(4) アカルボースについて
ア アカルボースは,アクチノプラネス属のアミノ糖産生菌を培養し,その
発酵汁を濃縮・精製するという工程を経て生産されるものであり,人間の
小腸のサッカラーゼ酵素複合体の阻害剤として活性を有することから,糖
尿病の処置のための医薬品として用いられる。なお,サッカラーゼ阻害活
性は,サッカラーゼ阻害単位(SIU)で表されることがある。
イ アカルボースについては,特開昭50−53593の公開特許公報(出
願人原告,公開日昭和50年5月12日。以下「乙1文献」という。)に
より,開示されている(乙1)。
2 争点
(1) 被告製剤は,本件特許発明の技術的範囲に属するか。
(2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア 本件特許発明は,特開昭57−185298の公開特許公報(乙2。以
下「乙2文献」という。)及び特開昭57−212196の公開特許公報
(乙3。以下「乙3文献」という。)により新規性を欠くか。
イ 本件特許は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項
(以下「旧36条3項」という。)又は昭和62年法律第27号による改
正前の特許法36条4項(以下「旧36条4項」という。)に違反するか。
ウ 本件特許発明は,進歩性を欠くか。
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(被告製剤は,本件特許発明の技術的範囲に属するか。)につい

(原告の主張)
ア 構成要件Aについて
(ア) 被告製剤に含まれるアカルボース組成物のアカルボース含有量は,
99.3∼99.7重量%であり,構成要件Aを充足する。
(イ) 被告の主張について
被告は,本件明細書の発明の詳細な説明に精製方法が開示されていな
い含有量98重量%を超えるアカルボース組成物は,本件特許発明の技
術的範囲に属さないものと解すべきであると主張する。しかし,本件明
細書には,含有量98重量%までの精製が可能になったとは記載されて
おらず,むしろ,「これの後のアカルボースの含量は少なくとも90重
量%に,好ましくは95∼98重量%またはそれ以上に増加し」(3欄
45行∼47行)と記載され,また,主たる不純物である糖様二次成分
について,「糖様二次成分を2∼5重量%含有するアカルボースは好適
であり,そして本発明は特に好ましくは糖様二次成分を2重量%以下で
含有するアカルボースに関する。」(4欄3行∼5行)と記載されてい
るから,98重量%を超えるアカルボース含有量を有する精製アカルボ
ース組成物が開示されており,含有量98重量%までのアカルボース組
成物が精製可能であることだけが開示されているわけではない。
また,特許権の権利行使の範囲を,実施例で具体的に開示されたもの
に制限すべきであるとの原則はなく,本件明細書には高純度の精製アカ
ルボース組成物を得るための一般的な製造条件について詳細に記載され
(4欄6行∼5欄24行),実施例1∼10においては更に詳細な製造
方法が記載されているから,これらの記載及び当業者の技術常識に基づ
けば,98重量%以上の純度のアカルボース組成物を過度な試行錯誤を
行うことなく得ることができる。
なお,原告は,本件明細書に記載された精製方法により98重量%を
超えるアカルボース含有量(具体的には,99.4重量%)を有する精
製アカルボース組成物を得ることができることを実験により確認してい
る(甲10,11)。
したがって,被告が主張するように本件特許発明の技術的範囲を限定
解釈する理由はない。
イ 構成要件Bについて
(ア) 被告製剤は,精製アカルボース組成物を含んでいるから,構成要件
Bを充足する。
(イ) 被告の主張について
本件特許発明の対象は,「水とは別に約93重量%以上のアカルボー
ス含有量を有する精製アカルボース組成物」であり,アカルボース化合
物自体ではないから,アカルボースが化合物として公知であったことは,
限定解釈の根拠とはならない。本件特許は,アカルボースがアクチノプ
ラネス属のアミノ糖産生菌を培養し,これを濃縮,精製するという工程
を経て生産されるものであるところ,従来78∼88重量%という低い
純度のものしか得られず,医薬に供することができなかったという技術
背景に照らして,組成物の発明として化合物とは別に特許を受けるに至
ったものであり,アカルボース化合物が本件特許の出願前に存在したと
しても,本件特許発明の特許性を揺るがすものではない。
また,被告が挙げる乙2文献及び乙3文献には,本件特許発明の純度
要件を満たす精製アカルボース組成物は記載されていない(後記(2)(原
告の主張)ア参照)。
そもそも,物の発明に係る特許権の効力は,同一の構成を有するすべ
ての物に及び,製造方法の異同が問題とされることはない。
したがって,本件特許発明の技術的範囲を限定解釈する必要はない。
(被告の主張)
ア 構成要件Aについて
(ア) 薬効物質の精製において,その純度を高めること自体は技術の進歩
として容認されるべきであるし,純度の高い物質が新規性を有し,発明
の対象となり得るのであれば,開示された最高純度の物質の精製を可能
にしたことにこそ技術的意義があるものというべきであるから,発明と
して保護されるべき範囲は,明細書に開示された最高純度の物質までに
限られるべきである。そのように解さないと,より高精度の精製方法の
開発をも制限することになり,精製技術の進歩を不当に阻害することに
なる。
そして,本件特許の出願前には,含有量88重量%以下のアカルボー
ス組成物が公知であり,精製を繰り返すことでより純度を増すことは当
業者にとって自明であることから,本件特許発明に新規性,進歩性があ
るとすれば,含有量98重量%までのアカルボース組成物を精製するこ
とができたことを開示した点にあると考えられる。原告は,当業者であ
れば含有量98重量%以上のアカルボース組成物を過度の試行錯誤を行
うことなく得ることができると主張するが,そうであれば,従来技術に
よっても含有量88重量%以上のアカルボース組成物を得ることも可能
ということになり,結局,本件特許発明の存在意義はないことになる。
なお,原告は,実験により含有量99.4重量%のアカルボース組成
物を得たとするが,予備精製物の純度が高ければより高純度のものの精
製が可能であるところ,当該実験に用いた予備精製物の純度が明らかに
されていないので,実験として参考にならないし,参考にすべきではな
い。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に精製方法が開示されて
いない含有量98重量%を超えるアカルボース組成物は,本件特許発明
の技術的範囲に属さないものであって,構成要件Aには,アカルボース
含有量98重量%を超えるものは含まれないものと解される。
(イ) また,アカルボース自体は公知の物質であったことから,本件特許
発明には純粋なアカルボースは含まれない趣旨と解さざるを得ないとこ
ろ,少なくとも純粋なアカルボースに限りなく近く,薬効その他の観点
から実質的にこれと同視してよい程度に高純度のアカルボース組成物は,
その技術的範囲に属さないものである。
(ウ) 被告製剤のアカルボース含有量は,99重量%を優に超えるもので
あって,ほぼ純粋なアカルボースといってもよいものであるから,本件
特許発明の技術的範囲に属さない。
イ 構成要件Bについて
(ア) アルカボース自体は,アクチノプラネス種の発酵によって得られる
天然物質であり,アミノ・糖化合物の薬剤として公知のものであった
(乙1ないし3)。そして,それを精製することで薬効を極大化するこ
とは化学常識であり,そのことは,本件特許の請求項4以下の発明の目
的効果であり,本件特許発明には,その目的効果の達成に必要な具体的
構成が示されていない。また,カラムクロマトグラフィで純物質を分離
精製する方法も化学常識である。加えて,本件特許の出願時に既に純度
88重量%程度のアカルボース組成物のみならず,純度100重量%の
アカルボースが存在していた(乙2及び3。後記(2)(被告の主張)ア参
照)のであるから,純度93重量%以上とすることで,純度88重量%
のアカルボース組成物にも純度100重量%のアカルボースにもない特
異な作用・効果があることが,特許発明たり得るために必要である。ま
た,本件特許の出願前に原告が出願し公知となっている特開昭58−4
6013の公開特許公報(乙12の1。以下「乙12の1文献」とい
う。)では,純度100%のアカルボースが利用されていると解され
(後記(2)(被告の主張)ア参照),その公告公報である特公平7−39
340の特許公報(乙12の2。以下「乙12の2文献」といい,乙1
2の1文献と併せて「乙12文献」という。)には「グリコシド水解酵
素抑制剤の製剤として極めて有用である」と記載されていること(8欄
4行∼5行)から,本件特許発明の純度93重量%以上のアカルボース
組成物は,これを上回る何らかの作用・効果が要求される。しかしなが
ら,本件明細書にそのような記載はなく,かえって,原告の主張によれ
ば,不純物は薬効を妨げたり副作用の原因となり得る有害なものである
から,純度93重量%以上のアカルボース組成物は,純度100重量%
のアカルボースより劣っているといわざるを得ない。
また,本件特許発明は,その文言上,公知の物質である100重量%
のアカルボースも含むことになるが,「93重量%以上」という要件は,
最終の補正によって何の理由もなく「約93∼98重量%」との記載か
ら変更されたものである。
さらに,アカルボース93重量%,他の化合物7重量%とすることで
従来にない顕著な作用・効果を有する組成物を得たとしても,それも,
文言上は本件特許発明の技術的範囲に含まれることになってしまう。
したがって,本件特許は,いくつもの無効原因を有することになると
ころ,仮に本件特許発明の存在意義があるとすれば,新たな精製方法を
開示したこと以外になく,本件特許における特徴的な新規要素は,本件
明細書の請求項4以下の方法を特徴とする精製方法によってアカルボー
スを単離することにあるといわざるを得ない。そして,本件明細書の請
求項5以下は,同4を直接間接に引用しているから,本件特許の技術的
範囲は,本件明細書の請求項4の方法により精製されたアカルボース組
成物に限定されるものと解さざるを得ない。
加えて,アカルボース以外の成分は,精製後にも存在する種々の不純
物(出願経過によると,糖様二次成分)であるところ,このアカルボー
ス組成物は,このような成分の残る精製方法によって得られるものであ
ることになり,このような精製方法として開示されているのは,本件明
細書の請求項4の方法である。
以上のことから,本件特許発明の技術的範囲は,約93重量%以上の
アカルボースを含有する精製アカルボース組成物のすべてに及ぶのでは
なく,本件明細書の請求項4の方法によって精製されたアカルボース組
成物に限定されるものと解されるべきである。
そして,本件明細書の請求項4は,弱酸カチオン交換体を用いている
が,被告製剤は,強酸カチオン交換体を用いる精製方法によって精製さ
れたものであるから,構成要件Bを充足せず,本件特許発明の技術的範
囲に属さない。
(イ) 原告は,本件特許発明が,アカルボースそれ自体ではなく,「アカ
ルボース組成物」を対象とする点で公知性はないと主張する。しかし,
本件特許発明は,アカルボースと他の化合物とを配合して新規な組成物
を調製するものではない。そして,原告自身,「アカルボース組成物」
が一般審査基準にいう「組成物」の定義には当てはまらず,独自の意味
で「組成物」の用語を使用していることを自認している。
そこで,本件明細書で使用されている「組成物」の意味を前提に考え
ると,結局のところ,「不純物の混じった態様のアカルボース」の意味
で使用しているというほかないことから,化合物と組成物の違いを主張
することに意味がない。
(ウ) 前記のとおり,純度100重量%のアカルボースが存在していたか
ら,乙1文献で開示された純度88重量%のアカルボース組成物が,当
時精製することができた最高純度のものというわけではなく,また,精
製を繰り返すことで更に純度を上げることが可能であることは当業者の
常識であるから,純度88重量%以上のアカルボース組成物は存在しな
かったという原告の主張の前提自体が誤りである。
また,乙1文献及び乙12の1文献には,人に対して医薬として用い
ることが記載されており,十分な薬効が得られたことも記載されている
から,本件特許発明によって初めて医薬として用いることができたとの
原告の主張は誤りである。
(2) 争点(2)ア(本件特許発明は,乙2文献及び乙3文献により新規性を欠く
か)について
(被告の主張)
ア(ア) 乙2文献及び乙3文献には,比活性77,700SIU/gのアカ
ルボースが存在していたことが記載されている。そして,本件明細書の
「阻害剤含量は446,550SIUで,純粋な無水アカルボース5.
75gに相当した。」旨の記載(8欄14行∼15行)及び「比活性は
72SIU/乾燥物質mgであった。このHPLC法は乾燥物質におい
て93%の含量を示した。」旨の記載(8欄20行∼21行)から逆算
すれば,純粋なアカルボースの比活性は77,661SIU/g程度で
ある。そうすると,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースは
純度100%のものであり,これが本件特許の出願前に既に公知であっ
たことになる。また,本件明細書の「阻害剤含量は446,550SI
Uで,純粋な無水アカルボース5.75gに相当した。」旨の記載自体
からも,その前提として純粋な無水アカルボースが存在していたことが
示唆されている。
さらに,公開特許公報及び特許公報である乙12文献の実施例1等で
は,100kgものアカルボースを用いており,その出願時に既に大量
のアカルボースが存在し,薬剤の原材料として大量生産され,実用化さ
れていたことが分かる。なお,当該アカルボースの純度は問題とされて
おらず,その出願前に原告である出願人が純度100重量%のアカルボ
ースを保有していたのであるから,これは,純度100重量%のアカル
ボースを用いたものと解される。
そして,その精製過程においては,これより純度の低いアカルボース
も存在していたはずであるから,純度93重量%以上のアカルボースは,
本件特許の出願前に公知であったといえ,本件特許発明は,新規性を欠
く。
(イ) 乙2文献及び乙3文献の引用発明としての適格性
原告は,乙2文献及び乙3文献には具体的精製工程が記載されておら
ず引用発明とはならない旨主張するが,被告が問題としているのは,具
体的精製方法の公知性ではなく,本件特許の出願時における100重量
%の純度のアカルボースの存在であって,物の発明である本件特許発明
には,その精製方法は関係がないから,乙2文献及び乙3文献に記載さ
れた発明を引用発明とすることはできないとする原告の主張は的はずれ
である。
また,乙2文献及び乙3文献が公開された時点で,既にアカルボース
の構造は知られており,純度88重量%のアカルボースも知られていた
から,当業者は,乙2文献及び乙3文献に開示された77,700SI
U/gの比活性を有するアカルボースは,純度88重量%のものを周知
のアミノ糖の精製方法により精製することで得られると理解するのは当
然であり,乙2文献及び乙3文献は,何の根拠もない一行記載というべ
きものではなく,先行技術として十分なものである。
そして,原告が指摘する「特許・実用新案審査基準」の記載は,化学
物質名や構造式のみであれば,実際にそのような化合物を取得・合成し
なくても,容易に記載が可能であるという化学物質の特質によるもので
あるから,新規化学物質のみに適用すべきであって,公知の化学物質の
一態様に関する発明まで拡張して適用すべきではない。この審査基準の
趣旨は,技術常識を加味しても発明には到達し得ないようなものを先行
技術から排除しようとするものであって,技術常識を加味すれば当然に
到達し得る発明までをも先行技術から排除するものではない。
(ウ) 乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースの純度
被告としては,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースが純
度100重量%であることを立証する必要はなく,乙2文献及び乙3文
献に純度93重量%以上のアカルボースが記載されていることを立証す
れば足りるところ,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースは,
純度100重量%のアカルボースと同一の比活性を示している以上,限
りなく100重量%に近い相当に高純度なものであって,また,純度9
3重量%のアカルボースの比活性72,000SIU/gよりはるかに
高い比活性を示している以上,純度が93重量%を超えていることは明
らかである。
また,原告は,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースの比
活性が純粋なアカルボースの比活性を超えていることから,それ以外の
活性の高い不純物が含まれていると主張するが,不純物は薬効を阻害す
るという原告の主張と矛盾し,また,それが真実であれば,アカルボー
スを精製する必要がないことになる。
イ 本件特許発明の構成要件Aを文言どおり解釈すると,100重量%のア
カルボース含有量,すなわち,アカルボース自体をもその技術的範囲に含
むことになるが,アカルボース自体は既に公知の物質であり,これを主成
分とする薬剤すべてを技術的範囲に含めることになり,この点からも無効
原因を有することになる。
原告は,「アカルボース化合物」の存在をもって「精製アカルボース組
成物」の新規性は否定されないと主張するが,本件特許発明でいう「精製
アカルボース組成物」は,一般的な用語としての組成物の要件を欠いてお
り,精製が不十分なアカルボースの意味しかないのであるから,原告の主
張は的を射ていない。
(原告の主張)
ア 被告の主張アについて
(ア) 乙2文献及び乙3文献の引用発明としての適格性
本件特許発明は,精製アカルボース組成物を対象とするものであり,
純度100重量%のアカルボースが存在していたというだけでは,本件
特許発明の新規性が欠如することにはならないところ,乙2文献及び乙
3文献で示されるアカルボースが精製アカルボースであるとの明示的記
載はない。
また,乙2文献及び乙3文献に基づき新規性の欠如を主張するには,
これらの文献に純度93重量%以上の精製アカルボース組成物を当業者
が作ることができるように記載されていることが必要である。このこと
は,「特許・実用新案審査基準」(甲9)にも,「ある発明が,当業者
が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて,物の発明の
場合はその物を作れ,また方法の発明の場合はその方法を使用できるも
のであることが明らかであるように刊行物に記載されていないときは,
その発明を「引用発明」とすることができない。」と記載されている。
そして,単に刊行物に一行記載があることのみを理由に新規性が否定さ
れるのであれば,真にその物を社会に適用した発明者の苦労に報いるこ
とができず,発明を保護することにならないことからすれば,この記載
の対象となる発明を,化学物質の発明に限定する合理的な理由はない。
このような考え方は欧米でも同様である(甲12)。
しかしながら,乙2文献及び乙3文献には,77,700SIU/g
のサッカラーゼ阻害比活性を有するアカルボースの具体的精製工程の記
載がなく,また,何らの製造法の記載なくして,純粋なアカルボースの
比活性77,661SIU/gを超える比活性を有する乙2文献及び乙
3文献に記載されたアカルボースを,当業者が容易に得ることができる
とは到底いえない(なお,乙2文献及び乙3文献に記載された77,7
00SIU/gのサッカラーゼ阻害比活性を有するアカルボースの製造
方法は不明であるが,アクチノプラネス属のアミノ糖産生菌の発酵汁を
精製することによって得られたものと推測される。)。
したがって,乙2文献及び乙3文献は,引用発明としての適格性を欠
く。
(イ) 乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースの純度
乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースは,その純度が不明
である。被告が,乙2文献及び乙3文献により新規性の欠如を主張する
のであれば,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースについて,
本件特許発明において定義付けられる測定,算出方法でその含有量を求
めた場合に,それが100重量%であることを立証しなければならない
ところ,被告は,これを立証していない。
本件特許発明においては,アカルボースの含有量を正確に求めた標準
物質に基づいてアカルボース含有量を算出しているところ,アカルボー
ス含有量を正確に求めるには,不純物である糖様二次成分を正確に定量
する必要があり,これを正確に分離することができるHPLC法が確立
され,標準物質となり得るアカルボースが製造できてこそ,アカルボー
ス含有量のHPLC法に基づく換算が可能となったのであり,本件明細
書に記載されている精製方法がなかった時点では,本件特許発明におい
て定義付けられている方法でアカルボースの含有量を求めることはでき
なかった。
そして,本件特許の出願前は,アカルボースの含有量をサッカラーゼ
阻害比活性から推認しようとしていたが,これはあくまで推認の手がか
りにすぎず,必ずしも正しい推認とはなり得ず,純度100重量%の無
水アカルボースを超える比活性を有する化合物もあることから,SIU
/gの値のみをもって,含まれている化合物や純度の測定はできない。
また,乙2文献及び乙3文献には,他の化合物の比活性との比較対象
としてアカルボースが記載されているにすぎず,いずれも77,700
SIU/gのサッカラーゼ阻害比活性を有するように精製されたアカル
ボースであって,その純度は何ら条件とされていない。
さらに,77,700SIU/gである乙2文献及び乙3文献のアカ
ルボースは,比活性が純度100重量%のアカルボースを超えることに
なってしまうことから,合理的に解釈すれば,活性の高い不純物が含ま
れている結果として純粋な無水アカルボースの比活性を超えたものと解
すべきである。また,乙2文献及び乙3文献には「無水」との記載はな
く,通常,無水物質を記載するときは「無水」又は「乾燥物質」等の明
記がされることからすれば,水をある程度含んだ物質を指していると解
するのが自然であり,そうであれば,無水状態での比活性は更に高いこ
とになる。そうすると,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボー
スは,純度100重量%のものではなく,他の物質を含む組成物と解す
るのが相当である。
乙12文献についても,当該アカルボースが本件特許発明における測
定,算出方法で含有量を求めた場合に100重量%であるとは全く記載
されておらず,また,アカルボースが薬剤の材料として記載されている
ことをもって,純度100重量%であるといえるわけでもない。
イ 被告の主張イについて
被告の主張イにおいて被告が主張する公知物質とは,アカルボース化合
物と思われるが,アカルボースのように,微生物の発酵により得られ,生
産過程において種々の副生成物が生産されることを前提とする物質におい
ては,化合物が得られたということと,高純度の組成物が得られたという
こととは全く次元が異なるものであり,だからこそ,化合物の存在を前提
として,高純度組成物の発明も成り立ち得るのである。
すなわち,アカルボースの場合,化合物を得た段階では,医薬に供する
程度の純度を有していなかったため,純度の高い精製アカルボース組成物
を得ることが,未解決の課題として残っていたのであるから,アカルボー
ス化合物の存在をもって,高純度の精製アカルボース組成物の新規性は否
定されない。
(3) 争点(2)イ(本件特許は,旧36条3項又は旧36条4項に違反するか)
について
(被告の主張)
ア 本件明細書には,本件特許発明の作用・効果に関する記述がなく,アカ
ルボースの含有量が93重量%以上であることによって,従前の含有量7
8∼88重量%のものに対して,どのような顕著な作用・効果が存するの
か不明である。
本件特許の出願当時,純度88重量%のアカルボース組成物も純度10
0重量%のアカルボースも存在していた以上,数値で限定された特許が有
効となるためには,その特定の純度であることで特異な作用・効果が存す
ることが必要であり,その記載を欠く以上,記載不備を免れない。
なお,純度を高め,不純物を減らすことにより薬効を高めることが,本
件特許発明の作用・効果であるというのであれば,本件特許発明において
「93重量%以上」と数値を限定したことに意味がないことになり,また,
本件特許発明は,純度100重量%のアカルボースより劣ったものになり,
無効であることがより一層明らかになる。
イ 本件特許発明の構成要件Aは,「93重量%以上」として含有量98重
量%を超えるものを含む記載となっているが,本件明細書の発明の詳細な
説明には,含有量98重量%を超えるアカルボース組成物は記載されてお
らず,本件明細書に開示された製法ではこれを精製することができないか
ら,当業者がこれを実施することは不可能である。
原告が主張するように,含有量98重量%を超えるアカルボース組成物
であっても,過度な試行錯誤を行うことなくこれを得ることができるので
あれば,従来技術であっても,含有量88重量%以上のアカルボース組成
物を精製することは可能であったことになり,本件特許発明の存在意義は
なくなる。
そして,不純物が存在することによる有益な作用・効果は何ら存在しな
い以上,本件特許発明の技術的意義は,精製し得る最高純度を具体的に開
示したことにあると考えざるを得ないところ,本件明細書で開示されてい
る最高純度は98重量%であって,これを超える純度のアカルボース組成
物の具体的な開示はない。
したがって,本件明細書の記載は不十分であり,本件特許には無効原因
がある(旧36条3項及び旧36条4項)。
なお,原告は,実験により含有量99.4重量%のアカルボース組成物
を得たとする(甲10)が,予備精製物の純度が高ければより高純度のア
カルボース組成物を精製することが可能であって,また,現在の精製方法
・技術は本件特許の出願当時と比べれば精度の上で格段の違いがあり,現
在の精製技術をもってすれば,予備精製段階(第1カチオン交換クロマト
グラフィ)だけでも相当高純度のアカルボース組成物を精製することが可
能であり得るところ,甲10では実験に用いた予備精製物の純度が明らか
にされていないので,実験として参考にならないし,参考にすべきではな
い。
ウ 特許発明における用語の解釈については,特許庁の審査基準によるべき
であり,用語の定義も,特段の事情がない限り,審査基準で示されたもの
に従って解釈すべきであるところ,本件特許の出願時における一般審査基
準の組成物の編(乙5)によれば,組成物とは「二種以上の成分が全体と
して均質に存在し,一物質として把握されるもの」をいい,他方で,「一
般に不純物は成分としては扱わない。しかし従来不純物と考えられたもの
であっても,一旦それに成分としての認識がおよぶことになれば,それは
成分として扱う。」と記載されている。
そして,本件特許発明にいうアカルボース組成物のアルカボース以外の
成分は,不純物をいうところ,その不純物に格別の作用・効果はなく,ま
た,不純物が混入していることによる格別の作用・効果もないから,この
不純物を成分とはいえない。
また,「93重量%以上」ということは,100重量%を含むが,10
0重量%であれば組成物とはいえず,「93重量%以上」の「アカルボー
ス組成物」という記載自体,矛盾をはらんでいる。
さらに,本件特許を有効とすると,アカルボースと他の化合物とを一定
の割合で配合することで顕著な作用・効果を有する新規な組成物を調製し
たとしても本件特許発明の対象となってしまうところ,本件特許発明がこ
のような技術思想を含まないことは明白であって,このような結果は容認
できない。これは,本件特許発明が組成物の要件を欠いていることに起因
する。
したがって,本件特許発明は,組成物としての要件を欠き,発明の詳細
な説明及び特許請求の範囲の記載が不明確である。
エ 本件特許の出願当初の明細書に記載されていた糖様二次成分は,特定さ
れておらず,その定量方法も示されていないから,「「糖様2次成分」が
いかなるものか特定されておらず,またその定量方法が示されていない」
点で不明瞭であるという本件特許に対する第1回拒絶理由通知(乙8の
3)に示された拒絶理由が解消されておらず,本件特許発明の組成物には
特許性がない。
(原告の主張)
ア 被告の主張アについて
医薬に供することを前提とするアカルボース組成物において,その含有
量が93重量%以上のものが,従来技術のその含有量が78∼88重量%
のものに比して有利な作用・効果を奏することは,当業者にとって自明で
あるから,これを文言として明細書に記載する必要はない。
したがって,この点が記載されていないからといって,発明の詳細な説
明の記載に不備があるとはいえない。
イ 被告の主張イについて
明細書において,当業者が特許発明を実施することができるように記載
されているか否かは,実施例のみではなく,これを含む発明の詳細な説明
すべてと当業者の技術常識を加味して総合的に判断されるべきであるとこ
ろ,本件明細書には,一般的な製造条件について4欄6行∼5欄24行に
詳細に記載され,実施例1∼10において更に詳細な製造方法が記載され
ている。これらの記載及び当業者の技術常識に基づけば,含有量98重量
%以上の精製アカルボース組成物であっても,当業者が,過度の試行錯誤
を行うことなく,これを得ることができる。また,原告は,本件明細書に
記載された精製方法により98重量%を超えるアカルボース含有量を有す
る精製アカルボース組成物を得ることが可能であることを,実験(基本的
には実施例1の条件により,温度のみを実施例1に記載された26℃では
なく「好ましくは40∼70℃に加熱すること」(本件明細書の5欄9行
∼17行)に該当する50℃で溶出したところ,含有量99.4重量%の
アカルボース組成物を得た。)によって確認した(甲10,11。以下,
この実験を「甲10実験」という。)。
したがって,含有量98重量%を超える実施例の記載がないことを理由
とする記載不備の主張は成り立たない。
ウ 被告の主張ウについて
被告が挙げる一般審査基準の記載は,結局のところ,当該一般審査基準
の「組成物」の編で取り扱うべき物がどのようなものであるかを定義付け
ているだけであり,その定義に合わない本件特許発明には組成物について
の一般審査基準を用いないだけである。したがって,不純物は成分として
は扱わないとの一般審査基準の記載によって,本件特許発明の組成物が一
成分のものと解され,当該一般審査基準の組成物の定義に合わないとして
も,これをもって記載不備とはならない。
また,本件特許の請求項1の記載自体,何ら不明確なところはなく,発
明の構成を十分に理解できるから,特許請求の範囲の記載に不備はない。
エ 被告の主張エについて
本件特許発明におけるアカルボースの含有量は,本件明細書に記載され
た式に基づくものであり,その測定,算出方法は明らかであるから,被告
の主張エで挙げられている拒絶理由は解消されている。なお,本件特許発
明のアカルボース組成物におけるアカルボース以外の成分は,糖様二次成
分に限られるものではなく,すべての考え得る不純物が考慮された上で,
アカルボースの含有量が求められている。
(4) 争点(2)ウ(本件特許発明は,進歩性を欠くか)について
(被告の主張)
薬効を有する物質の精製において,その純度を高めること自体は正常な技
術の進歩として容認されるべきであり,従来よりも高純度の組成物を精製し
たとしても,それにより従来にない顕著な作用・効果をもたらすような場合
は格別,そうでない限り,単にそれだけで,精製方法ではなく物質自体につ
いて特許の対象として独占権は認められない。
そして,本件明細書には,純度が高い(それにより薬効が高まることは自
明である。)ということ以外には,何らの作用・効果の記載もない。また,
純度の向上による薬効の向上自体は,何ら特許の対象となり得るような優れ
た作用・効果であるとはいい難いし,公知であった純度88重量%のアカル
ボース組成物と比較して,5%程度の純度の向上では,薬効の差は極めて少
ない。さらに,既に純度100重量%のアカルボースは本件特許の出願前に
存在しており,純度93重量%以上とすることによる新規な作用・効果はな
く,かえって純度100重量%のアカルボースよりも効能が劣るものである
から,進歩性を欠く。
そもそも,本件特許の技術的課題は,より高純度のアカルボース組成物を
精製可能にすることであり,精製を繰り返したり,様々な精製方法を組み合
わせることによりアカルボースの純度を高めること自体は当業者にとって自
明であることから,どのような精製方法を取り入れるかが重要であり,特許
の対象となるのは精製方法であるというべきである。そして,従来より高純
度のものであったとしても,特定の純度の場合に特有の顕著な作用・効果が
得られない限り,それは不純物を含んだ状態のアカルボース化合物というに
すぎず,進歩性を有しない。
(原告の主張)
本件特許発明の進歩性は,顕著な作用・効果のみをもって判断すべきであ
るとの被告の主張は誤っている。従来の手法では高純度のアカルボース組成
物が得られなかったところ,本件特許発明によって医薬に提供できる程度の
高い純度のアカルボースが得られたのであるから,このことをもって,本件
特許発明は,純度不明なアカルボースを含有する組成物である乙1文献に記
載された発明に対して進歩性があると判断されるべきである。
そして,より高純度のアカルボース組成物を得ることが技術的課題であっ
たとしても,方法の発明でなければ特許の対象とならないという原則はなく,
本件特許発明の対象である高純度のアカルボース組成物は,これを実際に得
ることの困難性を克服したことをもって,進歩性が認められる。
第3 争点に対する判断
本件においては,事案の性質に鑑み,争点(2)ア,イの順に判断する。
1 争点(2)ア(本件特許発明は,乙2文献及び乙3文献により新規性を欠くか)
について
(1) 本件特許発明について
証拠(甲2,乙5),前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば,
次の事実が認められる。
本件特許発明は,「水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を
有する精製アカルボース組成物」を特許請求の範囲とするものであって,物
の発明である。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,「アカルボースは人間の小
腸のサッカラーゼ酵素複合体の阻害剤であり,糖尿病の処置のための薬剤に
使用される。アカルボースはO−4,6−ジデソキシ−4−[(1S,4R,
5S,6S)−4,5,6−トリヒドロキシ−3−(ヒドロキシメチル)−
2−シクロヘキセン−1−イル−アミノ]−α−D−グルコピラノシル−
(1→4)−O−α−D−グルコピラノシル(1→4)−グルコピラノース
である。阻害剤はアクチノプラネス(Actionoplanes)種の発酵によって得ら
れ(略),発酵汁から単離しなければならない。この目的のために精製法が
記述されている(略)。これらの精製法において,アカルボースは,強酸カ
チオン交換体に結合し,塩溶液又は主に希酸で溶出せしめられる。」(3欄
13行∼30行)と記載され,従来技術である強酸カチオン交換体を用いた
精製方法によって得られる「アカルボースは乾燥物質において78∼88%
のアカルボース含量を有する(HPLC法)。これらの調製物は依然糖に対
する着色反応を呈する二次成分約10∼15%,灰分1∼4%及びいくつか
の着色成分の形で不純物を含有する。人間の薬剤に用いるには更に高程度の
純度が必要である」(3欄30行∼35行)ところ,このような精製方法に
より得られた予備精製物を,本件明細書に記載された弱酸カチオン交換体を
用いた精製方法によって1段階精製することにより,「アカルボースの含量
は少なくとも90重量%に,好ましくは95∼98重量%またはそれ以上に
増加し,サルフエート化灰分は0∼0.5%に減少し,そして糖様二次成分
(sugar-like secondary component)は10重量%以下,好ましくは2∼5
重量%又はそれ以下に減少する。斯くして本発明は糖様二次成分を10重量
%以下で含有するアカルボースに関する。糖様二次成分を2∼5重量%含有
するアカルボースは好適であり,そして本発明は特に好ましくは糖様二次成
分を2重量%以下で含有するアカルボースに関する。」(3欄45行∼4欄
5行)と記載されている。
そして,「組成物」とは,その厳密な定義はともかく,二種以上の成分か
らなるものであり(乙5参照),前記のような本件明細書の発明の詳細な説
明の記載からすれば,本件特許発明において「アカルボース組成物」という
場合のアカルボース以外の他の成分は,糖様二次成分その他の不純物を対象
としている(原告自身,アカルボース以外の成分は,不純物であることを認
めている。)。
(2) 乙1文献,乙2文献,乙3文献及び乙12文献について
証拠(乙1,2,3並びに12の1及び2),前記争いのない事実等及び
弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 公開特許公報である乙1文献に記載された当該特許発明は,「アミノ‐
糖化合物の製造法,薬剤並びに薬剤入り食料及び飲料」を発明の名称とし,
昭和49年9月19日に原告を出願人として特許出願がされ,昭和50年
5月12日に公開されたものである。乙1文献には,特許発明の実施例と
して,68,000SIU/gの化合物を得たことが記載されており(2
2頁右上欄10行∼12行),当該化合物は,アカルボースと認められる
が,その純度は記載されていない(乙1)。
イ 公開特許公報である乙2文献に記載された当該特許発明は,「アミノサ
イクリトール誘導体」を発明の名称とし,昭和57年5月4日に原告を出
願人として特許出願がされ(優先権主張は,1981年5月5日),昭和
57年11月15日に公開されたものである。乙2文献には,比較例とし
て用いられたアカルボースに関して,次の(ア)及び(イ)の記載があるが,
その精製方法や純度は記載されていない(乙2)。
(ア) 「用いた標準は式C 25H 43 O 18 N〔アカーボース(acarbose)〕の
庶糖酵素抑制剤であり,このものは77,700SIU/gの比抑制活
性を有し」(9頁左上欄末尾の行∼右上欄3行)
(イ) 「 SIU/g
比較 n=0及びm=2の式(Ⅱ)
の物質(アカーボース) 77,700」(9頁左
下欄第1表)
ウ 公開特許公報である乙3文献に記載された当該特許発明は,「飽和した
アミノシクリトール誘導体」を発明の名称とし,昭和57年6月11日に
原告を出願人として特許出願がされ(優先権主張は,1981年6月13
日),昭和57年12月27日に公開されたものである。乙3文献には,
実施例1中の比較例として次の記載があるが,その精製方法や純度は記載
されていない(乙3)。
「実施例 1: SIU/g
m=0,n=2,Y=H及びX=OH
の式Ⅰの物質 59 829
比 較:
m=0,n=2,Y=H及びX=OH
の式Ⅱの物質(アカルボース) 77 700」(11頁右下欄
9行∼14行)
エ 公開特許公報及び特許公報である乙12文献に記載された当該特許発明
は,「グリコシド水解酵素抑制剤の新規薬剤調製物」を発明の名称とする
ものであり,昭和57年9月1日に原告を出願人として特許出願がされ
(優先権主張は,1981年9月1日),昭和58年3月17日に出願公
開され,平成7年5月1日に出願公告がされたものである。乙12文献に
は,当該発明と関連するアカルボースに関して,それぞれ次の記載がある
が,いずれもその精製方法,純度及びサッカラーゼ阻害活性は,記載され
ていない(乙12の1及び2)。
(ア) 乙12の1文献
a 「本発明の範囲内で使用し得る適当なグリコシド水解酵素抑制剤は
アカルボース(acarbose)及びアカルボースに関連した抑制剤であ
る。」(2頁右上欄7行∼9行)
b 「実施例1
アカルボース100kgを乾燥澱粉108.5kg,微結晶性セ
ルロース45kg,コロイド状二酸化ケイ素0.5kg及びステア
リン酸マグネシウム0.5kgと混合し,この混合物を乾式圧縮し
た。」(4頁右下欄6行∼10行)
c 「実施例2
アカルボース100kgをトウモロコシ澱粉94kg及び微結晶
性セルロース40kgと共に,連続的に水を噴霧し,同時に熱空気
を導入しながら,流動床造粒機で顆粒にした。」(4頁右下欄16
行∼5頁左上欄3行)
d 「実施例3
アカルボース10kgを造粒したまたは噴霧乾燥したマンニトー
ル70kg,ソルビトール19.9kg及び二酸化ケイ素0.1k
gと混合し」(5頁左上欄9行∼12行)
e 「実施例4
アカルボース100kgをトウモロコシ澱粉43.5kg及び微
結晶性セルロース82kgと共に,ポリビニルピロリドン8kgの
水溶液(略)を連続的に噴霧し」(5頁左上欄16行∼右上欄3
行)
(イ) 乙12の2文献
a 前記(ア)aに同じ(3欄20行∼22行)。
b 前記(ア)bに同じ(5欄42行∼46行)。
c 前記(ア)cに同じ(6欄40行∼43行)。
d 実施例3とする他は,前記(ア)eに同じ(6欄48行∼7欄2行)。
(3) 乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースについて
前記争いがない事実等,(1)及び(2)で認定した事実並びに弁論の全趣旨に
基づき,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースについて検討する。
ア 本件明細書の発明の詳細な説明に「阻害剤含量は446,550SIU
で,純粋な無水アカルボース5.75gに相当した。」と記載されている
こと(甲2,8欄14行∼15行)からすれば,純度100重量%のアカ
ルボースの比活性は,約77,661SIU/gであると認められる。
(計算式)446,550SIU÷5.75g≒77,661SIU/g
イ 他方,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースの比活性は,7
7,700SIU/gであって,前記の方法で算出された純度100重量
%のアカルボースの比活性約77,661SIU/gの値と極めて近接し
ていることからすれば,その純度は,厳密には確定できないとしても,1
00重量%又はそれに極めて近接したものであると認められる。
もっとも,乙2文献及び乙3文献には,アカルボースの純度は記載され
ておらず,本件特許の出願前にアカルボースの純度を算定することができ
たと認めるに足る証拠はないから,乙2文献及び乙3文献に記載された7
7,700SIU/gの比活性を有するアカルボースの純度は,本件特許
の出願前には不明であったといわざるを得ない。
しかしながら,「精製アカルボース組成物」におけるアカルボース以外
の成分が不純物であることに照らせば,比活性値が高いほど,それに比例
してアカルボースの純度も高くなるものと解され,そのことは当業者であ
れば容易に想定できるものであると認められる(原告自身,比活性がアカ
ルボースの含有量の推認の手がかりになることは認めている。)ところ,
乙1文献に記載された比活性68,000SIU/gのアカルボースに対
して,乙2文献及び乙3文献に記載された比活性77,700SIU/g
のアカルボースは,阻害比活性が高いことから,より純度の高いものと認
識されることが明らかである。そして,比活性77,700SIU/gと
いう特性を有するアカルボースが,本件特許の出願前に存在した以上,本
件特許の出願後に,その特性に基づく純度(100重量%又はそれに極め
て近接した純度)の算出が可能になったとしても(その算出方法に相応の
技術的意義があることは別として),比活性により規定されるアカルボー
スと当該純度のアカルボースが物質として同一であることを否定するのは,
不合理といわざるを得ない。
以上のことからすると,純度100重量%又はそれに極めて近接した純
度のアカルボースが乙2文献及び乙3文献に記載されていたものと認める
のが相当といえる。
なお,被告は,乙12文献に記載されたアカルボースも純度100重量
%のものである旨主張する。確かに,乙12文献に記載されている発明は,
アカルボースを用いた「新規薬剤調製物」であることから,当該発明にお
いて利用されるアカルボースは「人間の薬剤に用いる」ことができるほど
の高純度のものであったことは,推認することができる。しかしながら,
乙12文献の記載内容は前記(2)エのとおりであり,その純度はもちろん,
比活性すら記載がないから,乙12文献の記載内容に基づいてその純度を
認定することはできず,他にその純度を認めるに足る証拠もない。したが
って,乙12文献に記載されたアカルボースの純度は不明であり,これが
100重量%であると認めることはできない。
ウ そして,アカルボースが,アクチノプラネス属のアミノ糖産生菌を培養
し,その発酵汁を濃縮精製するという工程を経て生産されるものであるこ
とからすれば,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースは,精製
アカルボースであると認められる(原告自身,乙2文献及び乙3文献に記
載されたアカルボースが,アクチノプラネス属のアミノ糖産生菌の発酵汁
を精製して作成したものと推測されるとしている。)。
エ このように,乙2文献及び乙3文献に純度100重量%又はそれに極め
て近接した純度の精製アカルボースが開示されている以上,本件特許の対
象である純度93重量%以上の精製アカルボース組成物は,本件特許発明
の特許出願前に,乙2文献及び乙3文献に記載されていたと認められる。
オ これに対して,原告は,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボー
スの比活性が純度100重量%のアカルボースの比活性を超えており,活
性が高い不純物が混在した可能性があることに加え,「無水」との記載が
ないことから水をある程度含んだ物質を指していると解されるから,無水
状態での比活性は更に高いことになるので,乙2文献及び乙3文献に記載
されたアカルボースは,純度100重量%のものではなく,他の物質を含
む組成物と解すべきであると主張する。
しかしながら,そもそも,純度100重量%のアカルボースの比活性約
77,661SIU/gと,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボ
ースの比活性77,700SIU/gとの比活性の差は39SIU/gに
すぎず,この程度の差は測定誤差の範囲内と推測され,有意的な差とは認
められない。そして,アカルボースは,アクチノプラネス属のアミノ糖産
生菌を培養し,その発酵汁を濃縮精製して生産するものであり,人間に対
する薬剤に用いるためには,その純度を高めることが必要であったという
ことが本件特許の出願前の公知の技術的課題であったのであるから,乙2
文献及び乙3文献に記載されたアカルボースに活性が高い不純物が混在し
ていたと考えるのは,不自然であり,また,アカルボースの純度を高める
ことによりその活性も向上するという本件特許の技術的課題とも矛盾する。
そして,前記イのとおり,比活性値が高いほどそれに比例してアカルボー
スの純度も高くなるものと認められる(原告自身,比活性がアカルボース
の含有量の推認の手がかりになることは認めている。)。
以上のことからすれば,原告の前記主張は,合理性を欠き,直ちに採用
することができない。
⑷ 乙2文献及び乙3文献が引用発明となり得るか。
証拠(乙2及び3),前記争いがない事実等,前記(1)から(3)までに認定
した事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号(以下
「旧29条1項3号」という。)は「特許出願前に日本国内又は外国にお
いて頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることが
できない旨規定するところ,原告は,乙2文献及び乙3文献には,それに
記載されたアカルボースの精製方法の記載がないことから,旧29条1項
3号にいう「刊行物に記載された発明」となり得ないと主張する。
イ 確かに,同号に規定する「特許出願前に頒布された刊行物に記載された
発明」というためには,特許出願時の技術水準を基礎として,その刊行物
に接した当業者がその発明を実施することができる程度に,発明の内容が
開示されていることが必要であると解される。
そして,乙2文献及び乙3文献には,当該各文献に記載されたアカルボ
ースの製造方法は記載されていない(前記(2)イ及びウ)。
しかしながら,乙2文献及び乙3文献が公開された当時は,それらに記
載されたアカルボースの純度は不明であったものの,実質的には,その純
度は100重量%又はそれに近似したものであると認められることは,前
記(3)のとおりである。
そして,乙1文献では68,000SIU/gの比活性を有するアカル
ボースが開示され,乙2文献及び乙3文献では77,700SIU/gの
比活性を有するアカルボースが開示されているところ,これらの乙1ない
し乙3文献に係る特許出願の出願人は,いずれも原告自身であるから,原
告においては,乙2文献及び乙3文献が特許出願された時点までには,乙
1文献で開示されたアカルボースより比活性が高い,すなわち,より純度
が高いアカルボースを精製したものと認められ,これを比較例として実際
に用いて対比実験を行った旨を乙2文献及び乙3文献に記載している。ま
た,化学物質は,一般に,大量の原材料を前提として精製を繰り返すこと
により,得られる収量はともかく,より高純度のものが取得できる場合が
多いことは,当業者にとって技術常識であるところ,本件の場合は,強酸
カチオン交換体によるカラムクロマトグラフィを用いてアカルボースを分
離精製する手法が従来から知られており,当該手法を用いてアカルボース
の分離・分種を丹念に繰り返せば,アカルボースの純度を高めていくこと
が可能であったものと推測される(原告自身も,乙2文献及び乙3文献で
用いられた精製方法が不明であるとしながら,従来技術によって精製を行
った可能性が高いことを自認している。)。
以上のことからすれば,当業者においても,当該従来技術を用いるなど
して,乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースを精製することは
可能であったと認められる。
ウ したがって,乙2文献及び乙3文献は,旧29条1項3号の「刊行物」
としての適格を有するものと認められる。
⑸ 前記(1)のとおり,本件特許発明は,アカルボースの精製方法やその純度の
算定方法についての特許発明ではなく,「約93重量%以上のアカルボース
含有量を有する精製アカルボース組成物」という物を対象とした特許発明で
あることから,本件特許発明の対象物である「約93重量%以上のアカルボ
ース含有量を有する精製アカルボース組成物」が「刊行物に記載され」てい
る以上,新規性を欠くと認められる。
よって,本件特許は,昭和62年法律第27号附則3条1項及び同法によ
る改正前の特許法123条1項1号並びに平成11年法律第41号の附則2
条12項及び旧29条1項3号により,特許無効審判により無効にされるべ
きものと認められる。
2 争点(2)イ(本件特許は,旧36条3項又は旧36条4項に違反するか)につ
いて
本件においては,事案の性質に鑑み,被告が旧36条3項又は旧36条4項
違反として主張する事由のうち,本件特許発明の構成要件Aは「93重量%以
上」として純度98重量%を超えるアカルボース組成物を含む記載となってい
るが,本件明細書の発明の詳細な説明には,純度98重量%を超えるアカルボ
ース組成物は記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された
製法ではこれを精製することができないから,当業者がこれを実施することは
不可能である旨の主張(前記第2,3(3)(被告の主張)イ)から検討する。
この点に関する被告の主張は,旧36条3項(「前項第三号の発明の詳細な
説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易
にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載
しなければならない。」と規定していた。)に違反する旨の主張であると解さ
れるところ,この規定は,本件発明のような物の発明においては,当業者が当
該発明に係る物を具体的に生産し,使用することができる程度に明細書の発明
の詳細な説明を記載しなければならないことを要求するものと解される。
そこで,以下,本件明細書の発明の詳細な説明において,このような記載が
されているか否かを検討する。
(1) 証拠(甲1,2,10及び11),前記争いがない事実等及び弁論の全趣
旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件特許発明の対象は,「水とは別に約93重量%以上のアカルボース
含有量を有する精製アカルボース組成物」であり,93重量%から100
重量%までのすべての純度のものが対象とされている。
これについて,本件明細書の発明の詳細な説明には,強酸カチオン交換
体を用いて精製した予備精製物を弱酸カチオン交換体を用いて精製した
「後のアカルボースの含量は少なくとも90重量%に,好ましくは95∼
98重量%またはそれ以上に増加し,サルフエート化灰分は0∼0.5%
に減少し,そして糖様二次成分(sugar-like secondary component)は1
0重量%以下,好ましくは2∼5重量%又はそれ以下に減少する。斯くし
て本発明は糖様二次成分を10重量%以下で含有するアカルボースに関す
る。糖様二次成分を2∼5重量%含有するアカルボースは好適であり,そ
して本発明は特に好ましくは糖様二次成分を2重量%以下で含有するアカ
ルボースに関する。」(3欄45行∼4欄5行)と記載され(前記1(1)参
照),具体的な精製方法として,次のような記載がされている。
「特別な種類のクロマトグラフイーを用いる本発明によるアカルボースの
製造に対しては,たとえば独国特許第2,719,912号に記述され
ている方法によって得られる予備精製したアカルボースの溶液を利用す
る。この溶液を,1∼20%の濃度で3.5∼6.5,好ましくは4.
0∼5.5のpH下にカラムに適用する。充填剤として適当なものは,
カルボキシル基を有し且つデキストラン,アガロース及びセルロースに
基づく弱酸カチオン交換体,或いはポリアクリルアミドを添加したこれ
らの成分に由来する交換体,例えば中でも市販されている種類のCM−
セフアデツクス(Sephadex® ),CM−セエフアローズ(Sepharose ® ),
CM−セルロース(Cellulose® ),CM−セルフアイン(Cellufine® )
である。注目すべきことは,カルボキシル基を含み且つポリスチレン,
ポリアクリル酸又はポリメタクリル酸に基づく市販の弱酸交換体は本精
製に使用することができない。
従って,本発明は更にカルボキシル基を有し且つデキストラン,アガ
ロース及びセルロースに基づく弱酸性カチオン交換体或いはポリアミド
を添加した後者に由来する交換体を充填剤として含有するカラムに,予
備精製したアカルボースをpH4∼7の1∼20重量%水溶液で適用し,
カラムをもっぱら脱気した蒸留水で溶出させ,そして適当ならばアカル
ボースを溶出液から常法で単離することを特徴とする,水とは別に10
重量%より少ない糖様二次成分を含有するアカルボースの製造法に関す
る。
カラムに適用される予備精製したアカルボースの水溶液の容量は限定
される。適用しうる最大容量はカラムの充填容量に相当し,好ましくは
カラム容量の60%以下が適用される。この理由のために,アカルボー
スの製造的量を精製するために用いられる濃度は低すぎない。濃度は精
製に最も適したイオン交換体が収縮する傾向があるという事実により上
方濃度が制限される。7∼20%の濃度が好適である。
適用後,カラムをもっぱら脱気した蒸留水で溶出させる。この間最初
に塩,中性糖及び着色汚染物が溶出し,続いて更にゆっくりとアカルボ
ースが比較的広いピークで溶出する。糖様塩基二次生成物はカラムに残
り,それを再生するまで除去されない。従ってアカルボースはpH6∼
7において純粋に水溶液の形で存在し,通常の方法で濃縮し且つ高純粋
形で乾燥することができる。
アカルボースのカラムでの挙動は,驚くことに実際の方法に決定的な
因子がカラム充填物の平衡pH及びクロマトグラフイー中の温度である
というようないくつかの因子に依存する。
カラム充填物のpHの変更はアカルボースの容量を変え,アカルボー
スの溶出挙動を変える。中性のpH値において,アカルボースの塩と比
べてのゆっくりさは不十分であり,分離は不適当である。約3.5∼4
の酸pH値において,アカルボースは非常にゆっくり下降し,水では不
完全にしか溶出しない。実際に本方法を行なうには各特別な交換体に対
してpHの最適化が必要である。一般に4.3∼5.0のpH値が適当
である。好適であるpH値は高負荷の場合約4.6及び低負荷及び最高
収率の場合約4.9である。
第2の重要な因子は温度である。温度が低ければ低いほどアカルボー
スは強くイオン交換体に保留され,カラムの容量が大きければ大きいほ
どアカルボースの溶出は遅くなる。これは非対称ピークが得られ,また
アカルボース画分の容量が非常に大きいことを意味する。斯くして基質
を室温で又はそれ以下で適用し,そして塩と着色成分の溶出後にカラム
を約25∼90℃,好ましくは40∼70℃に加熱することが得策であ
る。この結果アカルボースを良好な収率で迅速に溶出せしめうる。」
(4欄6行∼5欄17行)。
そして,実施例が10例記載されているが,この10例の実施例のうち,
アカルボースの純度の最高値は,実施例8及び10における「乾燥物質に
おいて98%であ」る(9欄29行∼10欄1行及び10欄23行∼24
行)。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された精製方法によ
って,実際に,当業者が98重量%を超える純度の精製アカルボース組成
物を容易に得ることができたかどうかは,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載自体からは明らかではないと認められる。
イ これについて,原告は,当業者であれば容易に純度98重量%を超える
精製アカルボース組成物を得ることができる旨主張し,本件明細書の発明
の詳細な説明に記載された精製方法(溶出温度を50℃に変えた以外は,
本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1(以下「本件実施例1」とい
う。)の方法であるとする。)によって,純度99.4重量%のアカルボ
ースを得たとの甲10実験の結果を証拠として提出している(甲10,1
1)。
しかしながら,溶出温度を50℃とする以外は本件実施例1に従って精
製を行うことは,本件明細書の発明の詳細な説明の実施例3(以下「本件
実施例3」という。)として記載されており,その場合のアカルボースの
純度は,91重量%と記載されている(8欄25行∼27行,33行以下
の第1表)ところ,これと異なり,甲10実験において,純度99.4重
量%のアカルボースを得ることができた原因ないし理由は,本件各証拠に
照らしても,明らかではない。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された精製方法は,前記
のとおり,従来技術である強酸カチオン交換体を用いる精製方法によって
得られた予備精製物を,弱酸カチオン交換体を用いて精製するものである
から,この予備精製物の純度が高ければ,これを本件実施例1又は本件実
施例3の方法により精製することによって,本件明細書に記載された実施
例よりも高純度のアカルボースを得ることができると推認される。他方,
甲10実験に用いられた予備精製物の純度は,本件各証拠に照らしても明
らかではなく,予備精製物の純度が,本件特許発明で用いられた前記予備
精製物の純度(本件明細書の記載に照らせば,最高でも従来技術に基づく
限界の純度である88重量%と推測される。)より高い可能性を否定でき
ない。
そうであれば,甲10実験により純度99.4重量%の精製アカルボー
ス組成物を得ることができたからといって,本件特許の出願時において,
当業者が,本件明細書の特許の詳細な説明に記載された精製方法によって,
純度98重量%を超える精製アカルボース組成物を容易に得ることができ
たと認めることはできない。
(2) よって,本件明細書の「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の
分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程
度に,その発明の目的,構成及び効果」が記載されていないことから,昭和
62年法律第27号附則3条1項及び同法による改正前の特許法123条1
項3号並びに工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行令附則2条
1項及び旧36条3項により,特許無効審判により無効にされるべきものと
認められる。
3 以上のとおり,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず
れも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清 水 節
裁判官 坂 本 三 郎
裁判官 國 分 隆 文
(別紙)
物 件 目 録
以下の商品名の医薬品
1 アカルボース錠50mg「タイヨー」
2 アカルボース錠100mg「タイヨー」

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