平成19(行ケ)10322審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成20年11月20日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官木村史郎 原告株式会社リコー吉村康男
|
対象物 |
静電荷像現像用トナー |
法令 |
特許権
特許法159条2項6回 特許法29条2項1回 特許法29条1項3号1回 特許法29条1項1回 特許法159条1項1回
|
キーワード |
刊行物201回 審決125回 実施60回 進歩性30回 新規性2回 拒絶査定不服審判1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服とし
て審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求
めた事案である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成20年11月20日判決言渡
平成19年(行ケ)第10322号 審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日 平成20年10月21日
判 決
原 告 株 式 会 社 リ コ ー
同訴訟代理人弁理士 武 井 秀 彦
吉 村 康 男
河 村 慎 一
深 谷 美 智 子
鈴 木 寛 治
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代理 人 淺 野 美 奈
木 村 史 郎
小 林 和 男
中 田 と し 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2005−16403号事件について平成19年7月30日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服とし
て審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求
めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年6月28日,名称を「静電荷像現像用トナー」とする発明に
つき特許出願をしたが(特願2002−190465号。甲11),特許庁は,平
成17年7月22日付けで上記出願に対する拒絶査定(以下「本件拒絶査定」とい
う。)をした(甲14)
。
原告は,平成17年8月26日,本件拒絶査定に対する不服の審判請求をすると
ともに(甲17の1),同月31日付けで特許請求の範囲及び明細書の記載を変更
する手続補正(以下「本件補正」という。
)をした(甲12)
。特許庁は,同請求を
不服2005−16403号事件として審理し,平成19年7月30日 ,「本件審
判の請求は,成り立たない 。」との審決をし,その謄本は同年8月14日原告に送
達された。
2 特許請求の範囲
(1) 本件補正前の特許請求の範囲のうち請求項1に係る発明
本件補正前の本願請求項1に係る発明は,平成17年6月20日付けの手続補正
書記載の請求項1に係る発明(以下「本願補正前発明」という 。)の内容は,以下
のとおりである(甲26)
。
「 請求項1】トナーバインダー樹脂として変性されたポリエステル樹脂(i)を含むトナ
【
ーであって,体積平均粒径(Dv)が3∼7μm,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(D
n)との比(Dv/Dn)が1.01∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の
含有率が15個数%以下であり,平均円形度が0.94∼0.99の母体トナーに,外添加剤
が母体トナー100重量部に対して0.3∼5.0重量部の比率で添加混合されていることを
特徴とする静電荷像現像用トナー。」
(2) 本願補正後の特許請求の範囲のうち請求項1に係る発明
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1∼9からなるが,このうち請求項1に
係る発明(以下「本願補正発明」という。 の内容は,次のとおりである(甲12。
)
なお,下線部は本件補正部分である。。
)
「 請求項1】トナーバインダー樹脂として変性されたポリエステル樹脂(i)と変性され
【
ていないポリエステル樹脂(ⅱ)を含むトナーであって,前記(i)と前記(ⅱ)の重量比[ i)
(
/(ⅱ)]が5/95∼80/20であり,体積平均粒径(Dv)が3∼7μm,体積平均粒径
(Dv)と個数平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn)が1.01∼1.25であり,0.6
∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下であり,平均円形度が0.94∼0.9
9の母体トナーに,外添加剤が母体トナー100重量部に対して0.3∼5.0重量部の比率
で添加混合されていることを特徴とする静電荷像現像用トナー。
」
3 審決の内容
(1) 審決の内容は,別紙審決のとおりである。その理由の要旨は,①本願補正
発明は,特開平11−133666号公報(甲1。以下「刊行物1」という 。)に
記載された発明(以下「刊行物1発明」という。,及び特開平11−125931
)
号公報(甲2。以下「刊行物2」という。,特開平10−111582号公報(甲
)
3。以下「刊行物3」という。)等の周知技術に基づいて当業者が容易に発明する
ことができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立し
て特許を受けることができないものであり,平成18年法律第55号による改正前
の特許法(以下「旧特許法」という 。)17条の2第5項で準用する特許法126
条5項の規定に違反するものであって,旧特許法159条1項で準用する同法53
条1項の規定により却下されるべきものである,②本願補正前発明は,刊行物1発
明,刊行物2,3等の周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたも
のであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないもので
ある,というものである。
(2) 審決が認定した本願補正発明と刊行物1発明との一致点並びに相違点1及
び2は,次のとおりである(なお,当事者間において同認定に争いはない。。
)
ア 一致点
「トナーバインダー樹脂として変性されたポリエステル樹脂(i)と変性されていないポリ
エステル樹脂(ⅱ)を含むトナーであって,前記(i)と前記(ⅱ)の重量比[ i)/(ⅱ)]が
(
5/95∼80/20である母体トナーに,外添加剤が母体トナー100重量部に対して0.
3∼5.0重量部の比率で添加混合されている静電荷像現像用トナーである点 。(8頁3∼7
」
行)
イ 相違点1
「本願補正発明の母体トナーは,平均円形度が0.94∼0.99であるのに対して,刊行
物1発明のトナー粒子は,Wadellの実用球形度が0.90∼1.00であるものの,平
均円形度は不明である点。(8頁9∼11行)
」
ウ 相違点2
「本願補正発明は,母体トナーが,体積平均粒径(Dv)が3∼7μm,体積平均粒径(D
v)と個数平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn)が1.01∼1.25であり,0.6∼2 .
0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下であるのに対して,刊行物1発明は,中位径が
2∼20μmの小粒径トナーであるが,体積平均粒径(Dv ),体積平均粒径(Dv)と個数
平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn ),0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率は不明で
ある点。(8頁13∼19行)
」
第3 原告主張の審決取消事由
以下のとおり,審決にはその手続において違法性があり,また,本件補正の却下
の判断及び本願補正前発明の進歩性についての判断はいずれも誤りであり,取り消
されるべきである。
1 取消事由1(手続違反)
審決の理由及びこれに引用された証拠は,審決に至るまで原告に通知されなかっ
たものであるから,審決はその手続において違法性があり取り消されるべきである。
すなわち,審決は,本願出願についての本件補正を却下し,本願請求項1の発明
を本願補正前発明であると認定し,本願補正前発明について判断した。しかし,次
の(1)及び(2)のとおり,本件補正却下の理由は審決に至るまで原告には通知されて
おらず,本願補正前発明についての判断は,何らの意見あるいは補正の機会を与え
ないままされたものであって,旧特許法159条2項において準用する同法50条
の規定に違反するものであるから,審決には違法性があり,取り消されるべきであ
る。
(1) 審決における相違点1についての判断理由と原査定の判断理由について
ア 審決は,本件補正却下の理由において,本願補正発明と刊行物1発明との相
違点1として「本願補正後の発明の母体トナーは,平均円形度が0.94∼0.9
9であるのに対して,刊行物1発明のトナー粒子は,Wadellの実用球形度が,
0.90∼1.00であるものの平均球形度は不明である点」を認定し,同相違点
につき,周知例1∼6を挙げ,SF−1あるいはWadellの実用球形度で表さ
れるトナー粒子の丸さの度合い,また,SF−2あるいは平均円形度で表されるト
ナー粒子の凹凸の度合い,さらに,円形度の分布を適正なものとして,クリーニン
グ不良や転写効率の低下を防止することは周知であるとして,相違点1に係る平均
円形度0.94∼0.99とすることは当業者が容易になし得たとする。
イ しかし,このような審決における補正却下の理由及びその根拠となった文献
は,審査,審判段階において原告に対して全く通知されていなかったものである。
すなわち,平成17年4月15日付けの拒絶理由(甲13)においては ,「引用
文献1(判決注:刊行物1。甲1)には,本願明細書記載のトナーの製造方法と同
等のものが記載されており,引用文献1記載のトナーの平均円形度や形状係数SF
−1を測定してみれば,本願と同じ範囲になるものと推認できる。」と指摘してお
り,また,本件拒絶査定(甲14)においては, 出願人は,引用文献1又は7(判
「
決注:特開平11−133665号公報)に記載されたトナーを再現し,本願明細
書に記載された測定方法で測定した結果,これらのトナーが,本願発明で規定した
平均円形度とトナーの形状係数SF−1の範囲外であることを証明するか,あるい
は,引用文献1又は7に記載されたトナーを再現することが不可能である理由を説
明するか,などをしていない。引用文献1又は7には,本願明細書記載のトナーの
製造方法と同等のものが記載されており,トナーの転写性が良好であることも記載
されている(本願明細書【0020】にも,トナーの平均円形度と形状係数SF−1が
規定の数値範囲であれば,転写性の面から好ましいと記載されている)。よって,
依然として,引用文献1又は7に記載されたトナーが,本願発明で規定した平均円
形度とトナーの形状係数SF−1の範囲内である蓋然性が高い。 と指摘しており,
」
これらからみれば,審査段階の判断は,刊行物1(甲1)のトナー粒子の平均円形
度は,本願補正発明の母体トナーの平均円形度と同じであるというものである。こ
れに対して,審決は,上記アのとおり,本願訂正発明の平均円形度について,刊行
物1(甲1)との相違点として挙げ,この相違点について周知例として甲4∼9に
係る引用文献を新たに挙げて本願補正発明の進歩性を否定している。一方,本願補
正発明の上記平均円形度については,出願当初から全く補正されてはいないのであ
るから,審決の理由と審査において,その理由が異なることが明らかである。
また,審決において,相違点1の判断において周知例として挙げられた文献は,
審査において引用文献として挙げられた文献と異なっており,審決において周知例
として挙げた文献はいずれも原告において知らされなかった文献である。
すなわち,審決は,審査において出願人に通知された拒絶理由を変更するととも
に,この変更した理由につき必要となった根拠文献を新たに挙げて,本件補正を却
下するとともに,同様な理由で本願補正前発明の進歩性を否定したものであるが,
これらの新たな拒絶理由及び根拠文献は,原告には全く通知されてはいなかったも
のである。もっとも,本件補正却下については,旧特許法159条2項における読
替規定により違法とまではいえないかもしれないが,少なくとも本願補正前発明に
ついては,審決は何らの反論あるいは補正の機会も与えずに,審判請求を成り立た
ないとの判断をしたものであるから,審決には明らかな違法がある。
イ さらに,本願発明は,本願明細書【0011】に記載されているように,刊
行物1(甲1)に記載されたトナーを更に改良したトナーに係るものである。本件
拒絶査定(甲14)の判断理由においては,刊行物1(甲1)のトナー粒子の製造
法と本願発明のトナー粒子の製造法が同等であるから,両者のトナーの平均円形度
は同一であるというものであるが,本願補正前発明の実施例におけるトナーの製造
工程においては異形化処理を行っているのに対し,刊行物1(甲1)の実施例にお
いてはこのような異形化処理は施されてはいない。したがって,審査の拒絶査定に
は明らかな見落としがあるのであり,審査における拒絶査定はその前提が成り立た
ないものであるから,審判においては,本来,原査定を取り消すか,あるいは他の
拒絶理由があれば,原告にその理由を通知し,その反論あるいは補正の機会を与え
るべきであった。そうであるにもかかわらず,審決は少なくとも本願補正前発明に
ついてこれを怠ったものであるから,審決には手続違反ないし審理不尽がある。
なお,原告は,審判請求理由補充書(甲17の2)において,本願発明における
トナーの平均円形度について刊行物1のトナーのものとは同一とはいえないとの主
張はしたが,これを相違点として挙げてこの相違点について容易に想到できないと
主張したわけではない。したがって,原告は,審決における平均円形度についての
判断について,あらかじめ反論したわけでないことは明らかであり,審判請求理由
補充書における原告の反論によって,拒絶の理由を通知する必要がなくなるという
被告の主張は誤りである。
(2) 審決における相違点2についての判断理由と原査定の判断理由について
ア 審決は,本願補正発明と刊行物1発明との相違点2につき, 刊行物2には,
「
トナーの体積平均粒子径を6∼9μmとすることで,十分な流動性と細線再現性を
良好とすること,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1.20以下,個数粒度分布
における4μm以下の粒子が12%以下とすることで流動性が良く,融着が発生し
ないことが記載されている。刊行物2に記載されたトナーは,具体的には粉砕法に
より製造された,真円度が0.70∼0.90と表面の凹凸度合いが本願発明より
も大きいものではあるが,例えば,周知例4∼6,特開2000−10343号公
報(周知例7: 0105】∼【0107】,及び刊行物3にも記載されるように,
【 )
重合法により製造された表面の凹凸の度合いが小さく,体積平均粒径が3∼8μm
程度の小粒径トナーにおいても,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1に近く粒度
分布がシャープであり,2μm以下の微粉トナーが少ないことが望ましいことは,
本願出願前に周知であったといえるから,刊行物1発明において,体積平均粒径 D
(
v)が3∼7μm,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)との比(Dv/
Dn)が1.02∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が
15個数%以下とすることは,当業者が容易になし得たものといえる。(9頁27
」
行∼10頁4行)とし,また,本願補正前発明についても同様の判断理由及び証拠
によりその進歩性を否定している。
イ しかし,この判断理由は,原査定の理由とは異なる理由及び証拠に基づくも
ので,原告には実質的には通知されていなかったものである。
審決は,本件補正却下の理由において,「刊行物2に記載されたトナーは,具体
的には粉砕法により製造された,真円度が0.70∼0.90と表面の凹凸度合い
が本願発明よりも大きいものではあるが」とし,周知例4∼6(甲7∼9),刊行
物3(甲3)及び周知例7(甲10)を挙げているが,原査定の理由において,刊
行物2は,「本願補正発明のトナー粒子において体積平均粒径/個数平均粒径の比
が1.02∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個
数%以下」とする相違点2についての主引例であったものであり(甲14),審決
の判断は,この刊行物2のトナーの表面凹凸が本願発明のトナーとは相違するもの
として,刊行物2を他の証拠に実質的に置き換えて,相違点2に係る本願発明の上
記構成の進歩性を否定したものである。
すなわち,上記周知例4∼6(甲7∼9)は,いずれも,審査段階において原告
には全く通知されてはおらず,審決において初めて引用されたものである。一方,
原査定に引用されたものであるが,刊行物3(甲3)においては,特定粒径以下の
粒子の含有率及び本願発明のような0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が1
5個数%以下とする点については記載がなく,また,周知例7(甲10)は,フロ
ー式粒子像分析装置によって,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の個数%を測定す
ることは周知であることを示すために用いられた引例であり(甲14) 原査定は,
,
この周知例7の記載を根拠に,トナー粒子における体積平均粒径/個数平均粒径の
比を1.02∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15
個数%以下とすることが当業者において容易にできることをいうものではなく,こ
のような理由は原査定において原告にも全く知らされていなかったものである。
審決は,「重合法により製造された表面の凹凸の度合いが小さく,体積平均粒径
が3∼8μm程度の小粒径トナーにおいても,体積平均粒子径/個数平均粒子径が
1に近く粒度分布がシャープであり,2μm以下の微粉トナーが少ないことが望ま
しいことは,本願出願前に周知であったといえるから 」(9頁35∼末行)と指摘
するが,これは,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1に近く粒度分布がシャープ
であり,かつ,2μm以下の微粉トナーが少ないことが周知であるというものと解
されるが,この指摘と整合し,体積平均粒子径/個数平均粒子径と特定粒径のトナ
ーの含有率が記載されているものは,周知例5,6及び7のみであって,このうち,
周知例5及び6は,審決に至るまで原告には知らされなかった証拠であり,また,
周知例7は,原査定において,審決における上記指摘とは全く異なる指摘の根拠と
して用いられたものである。
そうであれば,審決の本件補正却下は,原査定における相違点2についての主引
例である刊行物2(甲2)を,より審決の趣旨に適合する他の引用例に置き換える
ものであって,しかも,審決が相違点2について新たに提示した周知例5,6及び
7を根拠とする審決の補正却下の理由は,少なくとも実質的には原告には知らされ
ていなかったものであるから,本願補正前発明についての相違点2の判断に至る手
続にも違法があるものであって,審決は取消しを免れない。
2 取消事由2(審決の補正却下における独立特許要件の判断の誤り)
以下のとおり,審決における本願補正発明についての進歩性の判断は誤っており,
審決が本願補正発明について独立して特許を受けられないとし,本件補正を却下し
たことには誤りがある。
(1) 本願補正発明の課題の看過
本願補正発明は,本願明細書(甲11,12)の【0011】及び【0012】
に記載のとおり,ウレア変性ポリエステルを使用した刊行物 1 における乾式トナー
であっても,特に長期間使用した場合に問題があるとの知見に基づきされたもので
あり,このような問題点は,原告の発明者グループが初めて発見したものであって ,
刊行物1∼3(甲1∼3)あるいは周知例1∼7(甲4∼10)にも示されてはい
ない。
そうであれば,本願補正発明は,刊行物1発明において従来認識されていない新
規な課題に基づきされたものであり,このような課題が認識されていない以上,刊
行物1発明に,刊行物2,3及び周知例1∼7の発明を組み合わせる動機付けがな
いことは明らかである。
(2) 相違点1に対する判断の誤り
ア(ア) 審決は,相違点1に関し,刊行物1(甲1)の実施例で得られるトナー
粒子の丸さの度合い(Wadellの実用球形度)が0.96であること,実施例
の製造方法からみて,トナー粒子の丸さの度合いが1に近いだけではなく,微粒子
表面の凹凸の度合いもかなり小さいものといえるが,
工程において平均円形度が1.
0となるような配慮は何らされていないと指摘し,さらに,周知例1∼6(甲4∼
9)を挙げて,刊行物1において,転写効率だけでなく,クリーニング不良が発生
しないことも考慮して,トナー粒子の平均円形度を0.94∼0.99とすること
は当業者が容易になし得たものといえるとしている。
(イ) しかしながら,①刊行物1におけるWadellの実用球形度は,「粒子
投影面積に等しい円の直径/粒子投影像に外接する円の直径」の式で表される粒子
の形状を表すパラメータであるのに対し,
②本願補正発明で規定する平均円形度は,
「粒子の投影面積と同じ面積を有する円の周囲長/粒子投影像の周囲長」の式で表
される各粒子の円形度の平均であって,形状だけでなく表面の凹凸が反映される点
で,上記Wadellの実用球形度とは異なるパラメータであり,これらの式から
みても明らかなように両者は換算できないものである。
イ また,審決もいうように,刊行物1においては平均円形度が1.0となるよ
うな配慮は何らされていないが,本願明細書 甲11)
( の実施例のトナーの製法は,
トナーバインダー溶液の一部溶剤を除去してからホモミキサーで攪拌して異形化処
理を行っており,これに対し,刊行物1の実施例においては,本願補正発明のよう
な異形化処理は行っておらず,これらの点からみれば,刊行物1(甲1)の実施例
の記載は,本願補正発明のトナーの円形度について何ら示唆するものではないこと
は明らかである。さらに,上記異形化処理に用いた方法は,新規であり,刊行物1
(甲1)に係る周知例においては全く記載されていないものである。さらにまた,
そもそも刊行物1においては,上記のとおり,本願補正発明の課題について全く認
識がなかったのであるから,わざわざ異形化処理する必要性もないのである。そう
であれば,刊行物1の記載に,審決にいう周知例を参照しても,本願補正発明の平
均円形度で規定するトナーは当業者において容易に得られるものではないことは明
らかである。
ウ(ア) さらに,審決は,トナーの円形度が1に近い程,転写効率が良くなるが
クリーニング不良が発生しやすくなることは周知であり,また,周知例1∼6(甲
4∼9)を挙げ,SF−1あるいはWadellの実用球形度で表されるトナー粒
子の丸さの度合い,SF−2あるいは平均円形度で表されるトナー粒子の凹凸の度
合い,さらに円形度の分布を適正なものとしてクリーニング不良や転写効率の低下
を防止することは周知であるとし,刊行物1発明において,トナー粒子の平均円形
度を0.94∼0.99とすることは当業者が容易になし得たと指摘する。
(イ) しかし,審決の上記指摘は,トナーの性能として転写効率とクリーニング
特性しか考慮しておらず,妥当なものではない。
すなわち,周知例1(甲4)の【0024】の記載から明らかなように,トナー
粒子は球形から不定形に近づくほど粉砕されやすくなり,長期間の使用によって,
過粉砕され微粉が発生して,粒度分布の変動,帯電量分布の不均一化による地汚れ
等が発生する。また,この過粉砕によって生じた微粉は,紙の繊維の間に入り込み,
定着性の問題を生じる(甲15,16)。これらのことは,本願出願時の技術常識
に属することである。特開2001−235904公報(甲18)及び文献( 微
「
粒子・粉体の最先端技術」甲19)も,真円度を減ずれば,流動性が低下すること
を示している。
したがって,審決のように,円形度が1に近いトナーは,クリーニング不良が発
生しやすくなるからといって,円形度を減ずれば,かえって,上記のような帯電量
分布,定着性あるいは流動性の問題を生じてしまうことになる。このような問題を
無視して,単に転写効率とクリーニング特性の観点のみから円形度を適正なものと
することは当業者においてあり得ない。
まして,刊行物1発明は,低温定着性及び流動性に優れたトナーを得ることを主
要な課題とするものであるから(甲1の【0005】 【0006】及び実施例)
, ,
この課題達成を犠牲にしてまで,クリーニング特性を良好にする必要があるとはい
えない。
(ウ) また,刊行物1においては,クリーニング特性において問題があることを
うかがわせる記載もないのであり,また,球形度の高い重合法トナーについて,重
合法トナーは高い転写効率を与え,かえってクリーニングの問題点の解決手段にな
り得ることが示されており(甲19 ),トナーの高い円形度は,クリーニング特性
においても,必ずしも問題を生じるものではないことは明らかであるから,この点
からみても,刊行物1のトナーにおいて,その課題の特性の一つである転写効率を
犠牲にして,クリーニング特性を考慮する必要があるとはいえない。
一方,トナーの性能は転写効率とクリーニング特性のみで決まるのではなく,ト
ナーの破砕に起因する,帯電性の劣化,不均一化,地汚れ,定着性,流動性等の問
題,あるいは上記のとおりの高い転写効率とクリーニング性との関係もあり,トナ
ーの開発においては,トナーとしての全体の性能を検討しなければならないもので
ある。すなわち,甲20∼22の各文献(甲20の「トナーおよびトナー材料の最
新技術」,甲21の「電子写真技術の基礎と応用」及び甲22の「電子写真プロセ
ス技術」)の記載から明らかなように,トナーの改良は極めて難しく,例えばトナ
ーにおける一つの特性を改良しようとして,あるパラメータに着目し,そのパラメ
ータを変更しても,これによりトナーに求められる他の特性に悪影響が生じ,この
ためトナーの全体性能がかえって悪化してしまい,失敗するケースは極めて多いの
である。そして,トナーの開発において全体性能の検討が必要であることは,電子
写真分野における本願出願当時の技術常識であった。
さらに,本願明細書においては,従来,トナーの問題点として,定着性,ホット
オフセット性,耐熱保存性( 0003】,色調の悪化( 0004】,トナー粉砕
【 ) 【 )
による画像品質の低下,流動性の悪化,転写性,転写効率( 0005 】【000
【 ,
6】)を挙げ,これらの問題の改善するための従来技術についても,その長短を検
討し( 0008】∼【0011】,
【 )【発明が解決しようとする課題】において本発
明の課題として,粉体流動性,現像,転写性,耐熱保存性,低温定着性,耐ホット
オフセット性,長期使用後の現像性,画像品質,光沢性,長寿命性を挙げ,【発明
の実施の形態】において,本願補正発明の各発明特定事項についての技術的意味を
説明し,その中で,トナーのフィルミング,ブレード等への融着,長期使用後の現
像性,画像安定性( 0016 】 ,高画質化と転写性,クリーニング特性,キャリ
【 )
アの帯電能力( 0017 】 ,トナー粒子径の変動( 0018 】 ,地汚れ( 00
【 ) 【 ) 【
19 】,流動性,転写効率( 0020】,現像性( 0021 】,帯電性( 00
) 【 ) 【 ) 【
22】,低温オフセット性,光沢性,耐熱保存性( 0043】
) 【 )等と本願補正発明
の発明特定事項との関係を明らかにした。また,実施例においても,本願補正発明
のトナーについて,長期使用後の画像濃度,地汚れ,フィルミング,及び定着下限
温度,ホットオフセット性を測定した結果を示している。これらの点からみれば,
本願補正発明がトナーの全体性能を検討したものであることは明らかである。
したがって,単純に転写効率とクリーニング特性を考慮すれば,トナー粒子の平
均円形度が決まるというものではなく,トナー全体の性能も当然考慮しなくてはな
らず,このような点を看過した審決の判断には誤りがある。
他方,上記のとおりのトナーの破砕等の問題は,トナーの結着樹脂固化後の脆性,
硬度等の性質にも影響されるものであって,本願補正発明で使用する変性ポリエス
テル樹脂/ポリエステル樹脂のこのような性質については,周知例1∼6(甲4∼
9)において全く記載されておらず,また,刊行物1(甲1)にも記載がないもの
であるから,たとえ,周知例において,SF−1,SF−2あるいは円形度等に関
する記載があったとしても,変性ポリエステル樹脂/ポリエステル樹脂を使用する
トナーの全体の性能において,最適な平均円形度を予想することは全くできないも
のである。
したがって,単純に転写効率とクリーニング特性を考慮すれば,トナー粒子の平
均円形度が決まるというものではなく,上記過粉砕の問題等に起因するトナー全体
の性能をも当然考慮しなくてはならないにもかかわらず,審決は,この点を看過し,
刊行物1の周知例の記載から,平均円形度を0.94∼0.99とすることは当業
者が容易になし得たものといえると判断したものであり,誤っている。
(エ) さらに,周知例1∼6(甲4∼9)を参酌したとしても,刊行物1発明に
おいて,平均円形度を本願補正発明のように0.94∼0.99にすることは当業
者が容易になし得るものではなく,また,そもそも,円形度の分布を適正なものと
して,クリーニング不良や転写効率の低下を防止することが周知であるとはいえな
い。
すなわち,周知例1∼6は,円形度等の設定目的,その設定範囲も異なる文献で
あり,審決はこれらを寄せ集めたものにすぎず,子細にみれば,これら周知例は,
刊行物1発明のトナーの平均円形度を本願補正発明のように0.94∼0.99に
すべきことを示していない。
そして,トナーにおいては,一方の特性を改良しようとしてあるパラメータを変
更すれば,他の特性を悪化させることが多く,トナーの全体性能に影響を与えるも
のであるから,円形度が,刊行物1発明において設定するパラメータとして適当か
否かは不明であって,円形度を選定すること自体容易ではない。しかも,その上,
種々の円形度のものを製造試験して,初めて最適円形度が分かるのであれば,当然,
最適円形度は本願出願当時全く予想できないものであったのであるから,これらの
点からみれば当然進歩性を有するとすべきである。すなわち,設定するパラメータ
として円形度が好適か否かが不明の段階で,種々の円形度のトナーを製造試験し,
その結果最適のものを発見できたことにつき,進歩性がないとするのは,本願出願
時の当業者の予想の範囲を超えて本願発明の進歩性を否定するものであり,誤りで
ある。
したがって,刊行物1発明において,本願補正発明におけるように平均円形度を
0.94∼0.99に設定することは当業者が容易になし得たものとはいえない。
また,転写効率だけでなくクリーニング不良が発生しないことを考慮したトナー
が記載されているものは,周知例1(甲4)と周知例2(甲5)のみであり,しか
も,これらは特許公開公報であるから,これのみでは周知とはいえない。そもそも,
トナーの全体性能を考慮せずに,単に転写効率とクリーニングの観点のみから,ト
ナーとしての最適な円形度が得られるなどということは,少なくとも周知ではない。
(3) 相違点2に対する判断の誤り
ア 審決は,本願補正発明と刊行物1発明の相違点2について ,「刊行物2に記
載されたトナーは,具体的には粉砕法により製造された,真円度が0.70∼0.
90と表面の凹凸度合いが本願発明よりも大きいものではあるが」(9頁30∼3
3行)とし,周知例4∼6(甲7∼9) 刊行物3(甲3)及び周知例7(甲10)
,
を挙げ,「重合法により製造され表面の凹凸の度合いが小さく,体積平均粒径が3
∼8μm程度の小粒径トナーにおいても,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1に
近く粒径分布がシャープであり,2μm以下の微粉トナーが少ないことが望ましい
ことは,本願出願前周知であったといえるから,刊行物1発明において,体積平均
粒径(Dv)が3∼7μm,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)との比
Dv/Dnが1.01∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有
率を15個数%以下とすることは,当業者が容易になし得たものといえる」(9頁
35行∼10頁4行)とする。
イ しかし,本願補正発明は,変性ポリエステル樹脂及びポリエステル樹脂を一
定割合で含む混合樹脂を結着樹脂として使用したトナーにおいて,平均円形度,体
積平均粒径,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn)及び0.6∼2.0μ
mの粒子の含有率等に関する要件を一定範囲に制御し,長期使用後においてもトナ
ー性能が悪化することを防止した点を特徴とする発明であり,本願明細書 甲11)
(
の実施例及び比較例を対比してみれば明らかなように,上記要件のすべてを満足し
て,初めて長期使用後の効果を奏するものである。例えば,平均円形度が本願補正
発明で規定する範囲内にあっても,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn)
と0.6∼2.0μmの粒子の含有率のいずれかが本願補正発明で規定する範囲内
になければ,10万枚印字後において,画像濃度,地汚れ,フィルミングあるいは
オフセット等の問題を生じてしまい(表2,3;比較例3,4 ),また,体積平均
粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn)と0.6∼2.0μmの粒子の含有率が,本
願補正発明で規定する範囲内にあっても,平均円形度が本発明で規定する範囲にな
ければ,画像濃度,地汚れ,フィルミング,定着性において劣ったものとなってし
まう(表2,3;比較例2)。
したがって,本願補正発明における,平均円形度,体積平均粒径(Dv)/個数
平均粒径(Dn),0.6∼2.0μmの粒子の含有率等についての上記要件は密
接に関連するものであることが明らかである。これに対し,審決は,刊行物1(甲
1)との相違点を1と2に分け,これら要件の各々が公知あるいは周知であるとし
て,本願補正発明の進歩性を否定しているが,このような上記要件の関連性を無視
して進歩性を判断することは誤りである。本願明細書においては,発明特定事項に
係るパラメータについてそれぞれ個別にその意義を説明しているが,本願補正発明
のトナーは,これらパラメータの組合せによって規定される単独のトナーであり,
本願補正発明のトナーは,これらパラメータによる個別の性能を併せ有するもので
あって,優れた全体性能を発揮するものである。すなわち,各個別のパラメータに
よってそれぞれ規定される各トナーの寄せ集めに関する発明ではない。
ウ 刊行物2(甲2)のトナーは,審決において表面の凹凸が本願補正発明のト
ナーよりも大きいものとされており,他方,本願補正発明のトナーにおける平均円
形度,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn),0.6∼2.0μmの粒子
の含有率等の要件は密接に結びついて上記効果を奏するものであり,刊行物2は,
このような要件の組合せを伴う本願補正発明の構成及びこれに基づく上記効果を全
く示唆していないものである。
また,刊行物2のトナーは真円度が0.70∼0.90と凹凸が大きいトナーで
あり,刊行物2には真円度が0.90より大きい非磁性トナーは実用上問題がある
と記載されており( 0022 】 ,一方,刊行物1のトナーは球形度が高いトナー
【 )
であるから,刊行物1発明と刊行物2の発明とは相入れない発明であって,そもそ
も直ちに組み合わせることはできないものである。
さらに,本願補正発明のトナーについての体積平均粒径,体積平均粒径(Dv)
/個数平均粒径(Dn)及び0.6∼2.0μmの粒子の含有率は,本願補正発明
の使用樹脂及びトナーの平均円形度と密接に結びついており,これら要件の組合せ
により,本願補正発明の効果を奏するものであって,刊行物2,3(甲2,3),
周知例4∼7(甲7∼10)にはこのような本願補正発明の要件の組合せについて
は記載がなく,これに基づく効果も示唆していない。審決は,本願補正発明の構成
に係る各要件を分けて相違点1及び2とし,単にその各々が公知あるいは周知であ
るというのみで,本願補正発明の上記要件の組合せに基づく効果を無視して,本願
補正発明の進歩性を否定したものであるから,誤りであることは明らかである。
(4) 本願補正発明の効果についての認定の誤り
ア 審決は,本願補正発明の効果について何らの理由も挙げず,本願補正発明に
つき,刊行物1(甲1)に記載された発明及び及び刊行物2,3(甲2,3)等の
周知技術に基づいて,当業者が容易に予測し得たものであると認定する。
イ しかし,本願補正発明のトナーは刊行物1発明のトナーをさらに改良したも
のであり,特に長期使用後の問題点を解消したものである。実施例の実験結果を示
す表3によれば,実機を用いて10万枚印字後においても,画像濃度が高く,地汚
れ,フィルミングが効果的に抑制され,しかも定着性,耐オフセット性に優れたト
ナーが得られている。他方,刊行物1,2,周知例1∼7には,このような長期使
用後の効果については記載されてはいない。なお,刊行物3においては,各SF−
1で表される球形度のトナーについて,高々2万枚印字後のトナーの飛散,ライン
画像再現,非画像カブリ等を評価した結果が記載されているにすぎず,これにより,
本願補正発明の平均円形度で規定されるトナーが,10万枚印字という長期間使用
後においても,画像濃度に優れ,かつ,地汚れ及びフィルミングを効果的に抑制す
るという効果は予測できないものである。
また,刊行物1∼3(甲 1 ∼3),周知例1∼7(甲4∼10)のいずれにおい
ても,ウレア変性ポリエステル樹脂を使用する場合の上記の問題点は全く認識され
ておらず,原告が初めて発見したものであるが,問題点の認識がなければ,この問
題点を解消したことに基づく本願補正発明の上記効果が予想できるわけがない。な
お,審決は,ウレア変性ポリエステル樹脂を使用する刊行物1を主引例として本願
補正発明の進歩性を否定したものであるから,本願補正発明の進歩性判断において
検討すべきは,刊行物1のウレア変性ポリエステル樹脂使用トナーとの効果上の差
異である。
さらに,本願補正発明は,変性ポリエステル樹脂及びポリエステル樹脂を一定割
合で含む混合樹脂を結着樹脂として使用したトナーにおいて,平均円形度,体積平
均粒径,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn ),0.6∼2.0μmの粒
子の含有率等に関する要件を一定範囲に制御することにより,上記効果を奏するも
のであるが,トナーにおいては,一方の特性を改良しようとしてあるパラメータを
変更すれば,他の特性を悪化させることが多いのであり,また,トナーの改良にお
いては,必ずしも理論どおりにはいかないのであるから,刊行物2,3あるいは周
知例1∼7に基づき,円形度,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径等のパラメー
タを刊行物1のトナーについて設定しても,本願補正発明の上記効果が奏されると
は予想できないものである。
したがって,審決は,本願補正発明の効果の認定を誤り,本願補正発明の進歩性
を否定したものであり,審決に誤りがあることは明らかである。
3 取消事由3(本願補正前発明についての誤り)
審決は,本件補正を却下し,本願発明を平成17年6月20日付手続補正書(甲
26)の特許請求の範囲に記載されたとおりのものとして,その進歩性を否定した 。
しかし,本願補正前発明についての進歩性の否定理由は,本願補正発明について
の進歩性否定理由と同じであり,相違点1,2に係る本願発明の構成は本件補正前
後で変更がないから,本願補正前発明についての審決の判断にも当然誤りがある。
第4 被告の反論
1 取消事由1(手続違反)に対して
以下のとおり,審決は,旧特許法159条2項において準用する同法50条の規
定に違反するものではない。
(1) 審決における相違点1についての判断理由と原査定の判断理由について
ア 本願の審査段階における平成17年 4 月15日付けの拒絶理由通知書(甲1
3)では,刊行物1(引用文献1。甲1)に明確に記載されない「平均円形度」に
ついて「引用文献1には,本願明細書記載のトナーの製造方法と同等のものが記載
されており,引用文献1記載のトナーの平均円形度や形状係数SF−1を測定して
みれば,本願と同じ範囲内になるものと推認できる。(1頁24∼26行)と判断
」
された。
これに対し,出願人(原告)は,上記判断に対し,平成17年6月20日付けの
意見書(乙8)において,本願実施例1∼7及び比較例5を挙げ,「本願発明と同
様の方法で製造」したトナーであっても,本願発明における(1)∼(6)の要件を「必
ずしも常に同時に満足するとは限らない」ことを主張した(1頁43∼45行)。
ここで (1)∼(6)の要件」 , (1)変性されたポリエステル樹脂を含み,
「 は「 ・・・」 乙
(
8の1頁20∼26行)を指すから,意見書における当該主張は,特に「平均円形
度」についてのものではなく,また,拒絶理由通知書における,刊行物1に記載の
製造方法が本願実施例と同等のものであるという認定を根拠とした「引用文献1記
載のトナーの平均円形度」を測定すれば 本願と同じ範囲内になる」
「 という推認を,
明確に否定するものでもない。
上記意見書の主張を受け,拒絶査定(甲14)では,①引用文献1に記載のトナ
ーを再現して本願明細書に記載の方法で測定し,本願補正前発明の平均円形度の範
囲外であることを証明するか,あるいは引用文献1に記載のトナーを再現すること
が不可能である理由を説明するか,といった反論を行っていないこと,②引用文献
1には本願明細書記載のトナーの製造方法と同等のものが記載されており,トナー
の転写性が良好であることも記載されている(本願明細書【0020】にも,トナ
ーの平均円形度と形状係数SF−1が規定の数値範囲であれば,転写性の面から好
ましい旨記載されている)ことの2点を挙げて,引用文献1に記載されたトナーの
平均円形度は,(それを測定したならば)本願補正前発明の範囲内であるがい然性
が高いと判断したものである(1頁13∼23行)
。
これらの経緯をみれば明らかなように, 平均円形度」に関する審査時の判断は,
「
暫定的な一応の「推認」にすぎない。これに対し,審判請求人(原告)は,審判請
求の理由で,「平均円形度が0.94∼0.99の範囲から外れていただけでも・
・・不具合を示します。(甲17の2である平成17年11月8日付けの手続補正
」
書〔方式〕の4頁33∼34行)と述べ,さらに,本願実施例1∼7に記載のトナ
ー作成法と引用文献1に記載のトナー作成法とは「相違している」ので,引用文献
1に記載のトナーの平均円形度が本願発明のそれと同じ範囲内になるとは確認でき
ない,と主張した。この請求人(原告)の主張に沿って検討するため,審決ではあ
えて「平均円形度」に関する規定を相違点1として認定したにすぎない。
イ また,審査では,本願補正前発明を刊行物1発明と同一と判断したものでは
なく,あくまでも刊行物1発明等に基づき容易に発明できる,と判断したのである
から,審査で上記のように暫定的に推認した点を審決で新たに相違点として検討す
ることは,審査時の判断理由を変えるものではない。
しかも,審判請求人(原告)自らが,審判請求の理由補充書に当たる手続補正書
(甲17の2)において,具体的に「平均円形度が0.94∼0.99」という事
項を相違点として挙げて反論しているのであるから,改めて「平均円形度が0.9
4∼0.99」という事項を相違点として審判請求人(原告)に拒絶の理由を通知
する必要はないし,また,このような判断手法を採った点に誤りはない。
そして,この相違点について検討した結果,審決は,文言上の相違点(形式的な
相違点)とした事項は周知技術の範囲内のものと判断し,念のために周知例を提示
したのである。周知技術とは,文献等を例示するまでもなく,「当業者ならば当然
知っているはずの事項」にすぎず,審査ないし審判において周知技術について意見
書提出又は補正の機会を与えなくとも,当業者である出願人に対して不意打ちにな
ることはないから,審決は,旧特許法159条2項において準用する同法50条の
規定に違反するものではない。
(2) 審決における相違点2についての判断理由と原査定の判断理由について
刊行物2,3(甲2,3)には,本願発明のトナー粒径に関する事項が記載され
ており,拒絶理由通知書(甲13)では,刊行物2と3を引用して,トナーの体積
平均粒子径/個数平均粒子径の比( Dv)/(Dn)
( )が1.01∼1.25であ
り,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下,とすることが容
易であると判断した。また,拒絶査定(甲14)では,意見書(乙8)において出
願人(原告)が,刊行物2に記載の「4μm以下の粒子」の含有率について,刊行
物2に記載されるコールターカウンターの測定限界下限値が2μmであるから, .
0
6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率は引用文献2(刊行物2)では記載も示唆も
されていない(2頁9∼17行)と主張した点について,刊行物2には,粒径が4
μmという特定の値以下の粒子,すなわち,微粉が12%という一定量以下の範囲
にない場合には融着が発生しやすい,という本願補正前発明の微粉含有量の作用効
果(本願明細書【0017 】)に対応する事項が記載されており,微粉の含有率を
どのような手段による測定結果で表現するかは単に設計事項にすぎない旨を述べ
た。
審決では,相違点2について,刊行物2,3とともに新たに周知例を示している。
これは,「・・・引用文献2には,トナーの真円度が0.70∼0.90であり,
・
・・であることが記載されています 。・・・真円度が0.7∼0.90から外れる
と考えられる実用球形度が0.90∼1.00の引用文献1及び7に記載のトナー
に,引用文献2に記載の技術を適用するという発想は生じないのであります。(審
」
判請求理由補充書に当たる甲17の2・5頁14∼27行)という審判請求人(原
告)の主張に配慮して ,「当業者ならば当然知っているはずの事項」である周知例
を併せて指摘したにすぎない。
したがって,審決には原告主張の違法はない。
2 取消事由2(補正却下における独立特許要件の判断の誤り)に対して
(1) 本願補正発明の課題の看過との主張について
ア ウレア変性ポリエステルをバインダーに含むことを前提とするとの主張につ
いて
本願補正発明は,トナーバインダー樹脂として 変性されたポリエステル樹脂(i)
「
と変性されていないポリエスエル樹脂(ⅱ)を含む」ものであるものの ,「変性され
たポリエステル樹脂(i)」が具体的にどう「変性」されたものであるのかは特に
限定されていない。
また,本願明細書を参照しても,ウレア変性,ウレタン変性,スチレン変性,ア
クリル変性等のポリエステル樹脂が列挙され( 0026 】 ,ポリスチレン変性ポ
【 )
リエステル樹脂とウレア変性ポリエスエル樹脂との合成例が例示されている( 0
【
027】【0028】 。本願の実施例として記載されているものは,ウレア変性ポ
)
リエステル樹脂のみではあるが,本願補正発明における「変性されたポリエステル
樹脂」を「ウレア変性ポリエステル樹脂」に限定することはできない。
さらに,例えば,具体的にウレア変性ポリエステル樹脂を使用した場合に初めて,
他の種類の変性ポリエステル樹脂あるいはポリエステル以外の樹脂を使用した場合
よりも特にトナー寿命が短いという問題が顕著になる事実があるなどといった,実
質的にウレア変性ポリエステル樹脂を含有する場合特有の課題があると読み取れる
事項も,本願明細書からは見いだせず,本願補正発明が実質的にウレア変性ポリエ
スエル樹脂に特有の問題の解決を図るものと解される特段の事情も見当たらない。
なお, ウレア変性ポリエステル樹脂」の限定は,請求項3で初めてされている。
「
したがって,本願補正発明は ウレア変性ポリエステルを実際に使用する場合に 」
「
特有の課題解決を図ることを目的とするという原告の主張は,本願補正発明の特許
請求の範囲に基づく主張ではないので,失当である。
イ 動機付けが存在することについて
原告は,「本願発明は,刊行物1発明において従来認識されていない新規な課題
に基づきされたものであり,このような課題が認識されていない以上,刊行物1発
明に,これら刊行物2,3及び周知例1∼7の発明を組み合わせる動機付けがない
ことは明らかである」と主張する。
しかしながら,原告の主張は,本願補正発明の構成に想到するための動機付けは ,
本願補正発明の技術的課題の認識以外に存在し得ないことを当然の前提とするもの
であるが,このような前提は認められない。一般に,異なった動機で同一の行動を
とることは珍しいことではない。発明もその例外ではなく,異なった技術的課題の
解決が同一の構成により達成されることは,十分あり得ることである。
問題とすべきは,本願補正発明の技術的課題ではなく,刊行物1等,本願補正発
明以外のものの中に,本願補正発明の構成に至る動機付けとなるに足りる技術的課
題が見いだされるか否かである。
そして,審決においては,本願補正発明に至る動機付けとなるに足りる技術的課
題が存在することは,相違点1については9頁7∼25行において,また,相違点
2については9頁27行∼10頁4行において,それぞれ,周知例や各刊行物の記
載を引用して示しているとおりであるから,「動機付けがない」及び「後知恵であ
る」という原告の主張は失当である。
なお,キャリアや装置内の各種部材との接触ストレスによりトナーが粉砕され
て極微粉が発生するなどといった,トナー寿命に関する課題自体は一般的なもので
あり,トナーの材料・製法によらず常に画像形成装置への適合性として考慮すべき
問題であることは審決に示す周知例にも記載されるところである。
(2) 相違点1に対する判断の誤りとの主張について
ア 本願補正発明の「平均円形度」と刊行物1発明の「Wadellの実用球形
度」について
原告も審決も,本願補正発明の「平均円形度」とは,「円相当径から求めた円の
周囲長/粒子投影の周囲長」の平均値を意味していると解釈するところ,そのよう
に解釈した「平均円形度」の定義が刊行物1発明の「Wadellの実用球形度」
とは異なるものであって,両者のパラメータが直ちに換算できないことは定義から
明らかであるが,本願補正発明のトナーを特定する事項は ,「平均円形度」という
パラメータそのものではなく,「平均円形度」というパラメータによって表される
トナー粒子の形状である。
すなわち ,「Wadellの実用球形度」と「平均円形度」とは,定義がそれぞ
れ異なるとしても,ともに粒子の球形の程度を示すパラメータであることに変わり
はないとともに,これらは密接に関係する(相関関係がある)のであって,それぞ
れ,値が1に近づくほど粒子の球形の程度が高くなり,値が1より小さくなるほど
粒子の球形の程度が低くなることを示している。
そして,本願補正発明においては,「平均円形度が0.94∼0.99」と規定
しているものの,その数値範囲の規定が格別の技術的意義をもつことを本願明細書
では明らかにしていないのであるから,要は,この平均円形度の規定が意味すると
ころは,トナー粒子の形状が「真球に近い球形の形状であるが,真球そのものでは
ない」という趣旨の規定にすぎないものであるところ,刊行物1発明においても,
「Wadellの実用球形度が0.90∼1.00であり 」(請求項1)と規定し
ており,しかも,実質的にはトナー粒子の形状が真に球形(すなわち,Wadel
lの実用球形度が1.00)であるものを製造することは実質的に不可能である 例
(
えば,周知例6(甲9)
【0072】
)から,刊行物1発明においても,トナー粒子
の形状について「真球に近い球形の形状であるが,真球そのものではない。」とい
う趣旨の規定をしていることは明らかであって,両者は実質的に同様の内容を規定
しているのである。
したがって,両者が換算できないパラメータであることをもって,審決を論難す
る原告の主張は,失当である。
イ 本願補正発明と「異形化処理」について
原告は,本願明細書の実施例は分散造粒法においてトナーの形状を球形から変形
させる異形化処理を行っているのに対し,刊行物1の実施例では,同様の分散造粒
法によるが異形化処理を行っていない点を主張する。
しかしながら,そもそも本願補正発明は,製造方法の発明ではなく,物の発明で
あるから,特定の製造方法を前提とした原告の主張は,前提において誤りである。
原告は,本願補正発明実施例の異形化処理に用いた方法は新規であると主張する
が,本願の特許請求の範囲には,異形化処理により特定の形状とすることなどは,
一切規定されていない。
また,本願補正発明の「平均円形度」の数値範囲(0.94∼0.99)自体は
真球に非常に近い数値までを含んでおり,製造上の観点から真球トナーを得ること
が困難であることに照らせば,本願補正発明の「平均円形度」の数値範囲それ自体
がおのずと分散造粒法において異形化処理した粒子の形状のみを表す,ともいえな
い。
したがって,原告の主張は,本願補正発明の発明特定事項に基づかない主張であ
るから,失当である。
ウ トナー形状の設計について
(ア) トナーの円形度と転写効率及びクリーニング特性との関係
審決に記載のとおり,「トナーの円形度が1に近い程,転写効率が良くなるが,
クリーニング不良が発生しやすくなることは本願出願前に周知 」(9頁7,8行)
である。当然ながら,逆に,球状から外れると(円形度が1から離れる)と,クリ
ーニング性が良くなるが,
転写効率が悪くなることもよく知られている現象である。
この現象については,例えば,特開平8−95286号公報(乙2 )【0003】
∼【0005】 特開平9−292738号公報(乙3) 0018】 0019】 0
, 【 【 【
042】に記載されている。
相違点1に係る審決の判断に対し,原告は,「審決のこの指摘はトナーの性能と
して転写効率とクリーニング性しか考慮しておらず,妥当なものではない」と主張
する。
しかしながら,本願明細書の【0020】に「トナーの平均円形度は0.94∼
0.99であることが現像性,転写性の面から好ましく,0.94よりも小さい場
合には,感光体から転写紙などへのトナーの転写効率が低下する場合があり,0.
99より大きい場合には,転写されずに感光体に残留するトナーのクリーニング性
が悪化する場合がある。同様に,トナーの形状係数SF−1は105∼140であ
ることが特に好ましく,140よりも大きい場合には,感光体から転写紙などへの
トナーの転写効率が低下する場合があり,105より小さい場合には,転写されず
に感光体に残留するトナーのクリーニング性が悪化する場合がある 。」と記載され
るように,転写効率とクリーニング性を考慮してトナーの円形度を決定することを
原告は本願明細書中で説明しており,しかも,その説明どおり,本願補正発明は,
トナーの平均円形度を0.94∼0.99に規定しているのである。審決では,こ
れに対応して ,「形状係数SF−1或いはWadellの実用球形度で表されるト
ナー粒子の丸さの度合い,形状係数SF−2或いは平均円形度で表されるトナー粒
子の凹凸の度合い,さらに円形度の分布を適正なものとして,クリーニング不良や
転写効率の低下を防止することは」周知であると述べたのである。したがって, 審
「
決のこの指摘はトナーの性能として転写効率とクリーニング性しか考慮しておら
ず,妥当なものではない」として,平均円形度の決定に際して転写効率とクリーニ
ング性の考慮を低めるような,原告の主張は一貫性を欠くものであるし,しかも,
審決が,転写効率とクリーニング性の観点を動機付けとして用いた点に何の問題も
ない。
なお,原告は ,「刊行物1の課題達成を犠牲にしてまで,クリーニング特性を良
好にする必要があるとはいえない。」と主張するが,クリーニング特性を良好にす
ることと,刊行物1の課題達成を犠牲にすることとは別の問題であるとともに,審
決では「課題達成を犠牲に」することなどは判断していないから,この主張は審決
の取消事由とはなり得ないので,原告の主張は理由がない。
(イ) 刊行物1発明におけるトナー形状の調整
a 原告は,「トナーの性能は転写効率とクリーニング特性のみで決まるのでは
なく,トナーの破砕に起因する,帯電性の劣化,不均一化,地汚れ,定着性,流動
性等の問題,あるいは上記のとおりの高い転写効率とクリーニング性との関係もあ
り,トナーの開発においては,トナーとしての全体の性能を検討しなければならな
いのである。」とした上で,「単純に転写効率とクリーニング特性を考慮すれば,ト
ナー粒子の平均円形度は決まるというものではなく,トナー全体の性能も当然考慮
しなくてはならず,このような点を看過した審決の判断には誤りがある 。」と主張
する。
しかしながら,この主張は,本願補正発明が,トナーの性能に関し,転写効率と
クリーニング特性のみではなく,トナーの破砕に起因する,帯電性の劣化,不均一
化,地汚れ,定着性,流動性等の問題,あるいは上記のとおりの高い転写効率とク
リーニング性との関係等,トナーとしての全体の性能を検討したものであることを
前提とするものであるが,本願明細書には,本願補正発明が「トナーの破砕に起因
する,帯電性の劣化,不均一化,地汚れ,定着性,流動性等の問題」などを考慮し
たものであることは記載されていないので,原告の主張はその前提において既に誤
りである。
しかも,本願補正発明には,極めて限られた特定かつ不適切な実施例しか記載さ
れていないもので,このような特定の,かつ,不適切な実施例の効果に基づいて,
本願補正発明の全範囲にわたり,原告所論の効果が存在するかのように主張するこ
とは許されない。
b また,原告は,本願補正発明が「トナーとしての全体の性能」を検討したも
のであることを前提として所論を展開する。
しかしながら,本願補正発明は「トナーとしての全体の性能」を検討したもので
あることを前提としたものではないから,この点においても原告の主張はその前提
において既に誤りである。
すなわち,本願明細書には ,「トナーとしての全体の性能」を検討したものであ
ることは一切記載されていないどころか,むしろ,①「重量比[ i)/(ⅱ)]
( 」を
規定する意義は「耐熱保存性と低温定着性の両立の面 」【0042 】
( )の観点によ
ること,②「体積平均粒径(Dv)が3∼7μm 」,及び③「0.6∼2.0μm
の粒径の粒子の含有率が15個数%以下」と規定する意義は「高解像,高画質,転
写性,クリーニング性,トナーの融着,キャリアの帯電能力の低下,トナーのフィ
ルミング」【0017 】
( )の観点によること,④「Dv/Dnが1.01∼1.2
5」と規定する意義は 高解像,
「 高画質,トナーの粒子径の変動低下 」 0018】
(【 )
の観点によること,⑤「トナーの平均円形度」を規定する意義は「現像性,転写性,
転写効率,クリーニング性 」【0020 】
( )の観点によること,⑥「外添剤の添加
比率」を規定する意義は「現像性,転写性,トナーの流動性,トナーの転写効率,
画像白ヌケや地汚れ防止」【0021 】
( )の観点によること,が記載されているの
である。
したがって,本願補正発明は「トナーとしての全体の性能」を検討したものでは
なく,個別のパラメータの数的範囲をそれぞれ規定することにより,それぞれの性
能を個別に発現させるものであることが明らかであるから,本願補正発明は「トナ
ーとしての全体の性能」を検討したものであるとの原告の主張は誤りである。
c 刊行物1には ,「小粒径トナーとした場合の粉体流動性,転写性に優れると
ともに,耐熱保存性,低温定着性,耐ホットオフセット性のいずれにも優れた乾式
トナー,とりわけフルカラー複写機などに用いた場合に画像の光沢性に優れ,かつ
熱ロールへのオイル塗布を必要としない乾式トナー」【0006 】
( )を目指すこと
が記載されているように,トナー開発において,電子写真装置に適用し画像を形成
するという基本的な機能を満たす上で不可欠な,流動性や定着性を無視することは
あり得ず,また,装置内でトナーは荷電粒子として現像に寄与するのであるから,
帯電性を度外視することも技術常識からみてあり得ない。刊行物1発明は,そのよ
うな基本的な性能を踏まえた上で,「従来の混練粉砕トナーはその形状が不定型で
あるために,小粒径とした場合に粉体流動性が不十分となり,転写性が悪化する問
題が生じる。( 0002】
」【 )ことを認識し,耐ホットオフセット性と低温定着性に
優れた変性ポリエステル樹脂で形成されるトナーの形状を,球形に近づけることに
よって転写性の改善を行ったものである。その結果として,刊行物1発明は表面の
凹凸が少なく球形に近い形状の小粒径トナーを得るが,そのような形状のトナーに
おいては,従来の不定形である粉砕法トナーでは顕在化しなかったクリーニング性
の問題が生じること,そして,クリーニング性の問題は転写効率を必要以上に減ず
ることなく解消できることも,先に述べたとおり,一方で周知なのであるから,当
業者であれば,刊行物1発明のトナー形状を調整する際に,周知技術に基づきクリ
ーニング性の観点をも合わせて考慮することは当然である。
このようにトナー性能各々のバランスを図って形状を決定することは原告のいう
「トナーとしての全体の性能を検討」することにほかならず,刊行物1発明の許容
する範囲でトナー形状を調整する以上,そもそも転写性のために必要なだけの球形
の度合いを維持することを前提として,クリーニング性とバランスを図ることを審
決は指摘しているのであり,この点を視野に入れずに,一方の特性を満足すれば他
方が全く実用に耐えない範囲に至るかのように論ずる原告の主張は失当である。
エ トナー形状の調整によるクリーニング不良及び転写効率低下の防止に関する
周知例1∼6の妥当性
周知例1∼3は,トナー粒子の円形度と転写効率及びクリーニング性との関連
が周知であることを示すもので,特に周知例1,2は,転写効率とクリーニング性
との両特性のバランスを図ってトナー粒子の円形度を調整することを示す。そして,
周知例4∼6はトナー一般において本願補正発明で特定されるような 平均円形度」
「
の数値範囲(0.94∼0.99)が格別のものではないことを示す。
また ,「Wadellの実用球形度」に代えて「平均円形度」を採用する点につ
いては,クリーニング不良や転写効率低下やそれへの対処に関して,数値範囲は異
なるとしても,「形状係数SF−1」についていえる傾向は,定義からみて,「Wa
dellの実用球形度」についてもいえる傾向であり,また, 形状係数SF−2」
「
についていえる傾向は,定義からみて,「平均円形度」についてもいえる傾向であ
ることも考慮すると,上記周知例からは,
「形状係数SF−1」
「Wadellの実
用球形度」「形状係数SF−2」「平均円形度」について,クリーニング不良や転写
効率低下の傾向と数値範囲の適正化を行う対処が共通するものであるということが
できる。
以上によれば,刊行物1発明において,クリーニング不良や転写効率の低下を防
止するという課題のために, Wadellの実用球形度」
「 に代えて, 平均円形度」
「
を採用することは,当業者にとって困難性がないというべきであり,しかも,周知
例4∼6に記載されるように,平均円形度が1.0に近いトナー粒子は,本願出願
前に周知であることも確認されるから,これらに基づき,転写効率だけでなく,ク
リーニング不良が発生しないことも考慮して,
トナー粒子の平均円形度を最適化し,
平均円形度を0.94∼0.99とすることは当業者が容易になし得たものといえ ,
審決の判断は妥当である。
(3) 相違点2に対する判断の誤りとの主張について
ア 原告は,「本願発明は,変性ポリエステル樹脂及びポリエステルを一定割合
で含む混合樹脂を結着樹脂として使用したトナーにおいて,平均円形度,体積平均
粒径,体積平均粒径(Dv)/個数平均粒径(Dn)及び0.6∼2.0μmの粒
子の含有率等に関する要件を一定範囲に制御し,長期使用後においてもトナー性能
が悪化することを防止する発明であり,・・・要件のすべてを満足して,始めて長
期使用後の効果を奏するものである 。 「例えば,
」 ・・・体積平均粒径(Dv)/個
数平均粒径(Dn)と0.6∼2.0μmの粒子の含有率が,本願発明で規定する
範囲内にあっても,平均円形度が本発明で規定する範囲になければ,同様に画像濃
度,地汚れ,フィルミング,定着性において劣ったものとなってしまう(表2,3
;比較例2)」と主張する。
。
しかしながら,原告の上記主張は,本願補正発明が特許請求の範囲に規定された
要件のすべてを満足した場合に,トナー性能が悪化することを防止し,かつ,画像
濃度,地汚れ,フィルミング,定着性が優れたものであることを前提とする主張で
あるところ,原告が主張する効果は特定の実施例について述べるに止まり,特許請
求の範囲の記載に基づく効果の主張ではないので,原告の主張は前提において既に
誤りである。
イ 原告は,「審決は刊行物1(甲1)との相違点を1と2に分け,これら要件
の各々が公知あるいは周知であるとして,本願発明の進歩性を否定しているが,こ
のような上記要件の関連性を無視して,進歩性を判断することは誤りである 。」と
主張する。
しかしながら,本願明細書には,審決が認定した相違点1,2に係る本願補正発
明の特定事項に関する記載がそれぞれ個別に記載されているにすぎず,審決が認定
した相違点1,2に係る本願補正発明の特定事項に関する記載が相互に技術的な関
連性を有する事項として記載されているということはできないし,しかも,原告が,
審決が認定した相違点1,2に係る本願補正発明の特定事項が互いに関連している
ことを具体的に明らかにしているわけでもない。
したがって,審決が相違点1と2を認定した上,個別に判断したことに誤りはな
い。
ウ 本願補正発明は「トナーとしての全体の性能」を検討したものではなく,個
別のパラメータの数的範囲をそれぞれ規定することにより,それぞれの性能を個別
に発現させるものであって,「要件のすべてを満足」することを強調したり,「上記
要件の関連性を無視して,進歩性を判断することは,明らかに誤りである。」など
という原告の主張は誤りである。
刊行物2に記載されたトナーは,具体的には粉砕法により製造された,真円度が,
0.70∼0.90と表面の凹凸の度合いが本願補正発明よりも大きいものである
が,刊行物2には ,「トナーの体積平均粒子径を6∼9μmとすることで,十分な
流動性と細線再現性を良好とすること,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1.2
0以下,個数粒度分布における4μm以下の粒子が12%以下とすることで,流動
性が良く,融着が発生しない」との記載があり,本願補正発明が規定するような,
体積平均粒径(Dv)の範囲,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)との
比(Dv/Dn)の範囲が好適であり,また,微粉の含有率が少ない方が好ましい
ということが知られている。そして,周知例4∼7(甲7∼10)及び刊行物3(甲
3) ,
は いずれも,表面の凹凸の度合いが小さく,体積平均粒径3∼8μm程度の,
いわゆる小粒径トナーと呼ばれるトナーであることを前提として,その範囲での粒
径分布の適正化を示すものであるところ,刊行物1発明のトナーも,表面の凹凸の
度合いが小さい,「中位径が2∼20μmの小粒径トナー」であって,
「好ましくは
3∼10μm」(甲1【0007】)であり,さらに実施例1,3のトナーは「粒径
d50が6μm」(甲1【0029】及び【0033】
)のものであるから,上記周
知例はその前提とするトナーの形状・大きさの条件が刊行物1発明と同じである。
刊行物1には,粒径分布や微粉トナーの含有量について特段の記載はないものの,
トナーが粒子群である以上は必ず何らかの粒径分布を有し微粉トナーを含有するの
であるから,刊行物1発明においてそれらの範囲を好適化するに当たり,前提条件
を同じくするトナーにおいて好ましいとされる,上記の周知例を参照することは,
当業者であれば容易に想到するものである。
また,具体的な数値範囲の設定に際しては,最も好ましい値でなくとも,トナー
の全体の性能をそれなりに保持しながら,製造可能でかつ実用に耐える程度の範囲
を設定することが現実的であるが,そのような実用的な範囲を設定することは,シ
ャープな粒径分布で,微粉トナーが少ないことが好ましいことを知っている当業者
ならば,一定の実験等を行い,容易に数値範囲の好適化を図るから,この好適化を
図ることは当業者が容易になし得ることであり,審決の認定判断に誤りはない。
(4) 本願補正発明の効果についての認定の誤りとの主張について
ア 原告は,「本願発明のトナーは刊行物1(甲1)の発明のトナーについて特
に長期使用後の問題点を解消したものである。表3に示される実施結果によれば,
実機を用いて10万枚印字後においても,画像濃度が高く,地汚れ,フィルミング
が効果的に抑制され,しかも定着性,耐オフセット性に優れたトナーが得られてい
る。」と主張する。
しかしながら,本願補正発明が,刊行物1(甲1)の発明のトナーと比較して,
優れた効果を奏すると主張するためには,比較例として刊行物1(甲1)の発明の
トナーを用いることが必要不可欠である。
しかしながら,本願明細書においては,刊行物1(甲1)の発明のトナーと比較
していないのであるから,原告所論の効果を認めることはできないので,原告の主
張は失当である。
イ 原告は,本願補正発明が「ウレア変性ポリエステル樹脂を使用する場合の
長期使用における問題点」を初めて発見しこれを解決したものと主張するが,実
施例はいずれも「ウレア変性ポリエステル樹脂を含むもの」に関するものであっ
て,本願補正発明の範囲に入る「ウレア変性でない変性ポリエステル」について
は,どのような評価結果になるのかは,立証されていない。
すなわち,本願補正発明においては,単に「変性されたポリエステル樹脂」と
規定しており,「ウレア変性ポリエステル樹脂」とは規定されていない。そして,
本願補正発明における「変性されたポリエステル樹脂」には,「ウレア変性ポリエ
ステル樹脂」以外に,「ウレタン変性ポリエステル樹脂」 「スチレン変性ポリエス
,
テル樹脂,アクリル変性ポリエステル樹脂などの二重結合含有ポリエステル樹脂」,
「シリコーン変性ポリエステル樹脂などの,例えば末端がカルボキシル基,水酸基,
エポキシ基,メルカプト基によって変性されたシリコーン樹脂と共重合させたポリ
エステル樹脂」が含まれる(本願明細書【0026】
)のであるから,
「変性された
ポリエステル樹脂」という文言に包含されるすべてのものが原告所論の効果を奏す
ることは立証されていない。
したがって,原告所論の効果は本願補正発明における特定の実施例に基づく効果
であって,本願補正発明全体の効果ではないから,原告の主張は失当である。
ウ 電子写真装置内においてトナーが種々の接触ストレスを受けることは当該分
野の技術常識であって,組成の大部分が熱可塑性樹脂であるトナーは,画像形成の
各工程において,装置部材と接触することによって粒子が細かく破砕される危険に
常にさらされている。トナーが破砕されれば当然に当初のトナー粒子の形状や粒径
分布は維持されず,粒子が欠けたり割れたりすることによって,特に微粉や極微粉
の含有量が増大する。つまり,装置内で接触ストレスを受けて破砕が起こることに
より,長期の使用にしたがってトナー中の微粉が増えて粒径分布が広く変化してい
くため,結果として,粒径分布が広いことに起因する地汚れやフィルミングの問題
が生じることになる。
この問題に対し,各周知例には,トナーの形状を球形に近いものにすると接触ス
トレスに対する耐性が改善されることが記載され,乙1( 続
「 電子写真技術の基
礎と応用」343頁の表 2.16)及び刊行物3(甲3)にもそのことが記載されて
いる。このように,球形に近い形状のトナーが長期使用に適することは従来周知の
事項にすぎず,これはポリエステル樹脂を主成分とするトナーでも成り立つから,
球状に近い形状の刊行物1発明のトナーでは,本来,長期使用に好適であることが
見込まれるはずである。そして,刊行物1発明において,トナー形状を完全な球で
はないが球にかなり近い範囲で調整する限りにおいては,長期使用してもトナーの
粒径分布が変動しないという,本来予測される特性を損なうものではない。
低 温 定 着性 ,耐オフセット性については,刊行物1の【0037 】には ,【 発
「
明の効果 】本発明の乾式トナーは以下の効果を奏する 。1 .粉体流動性に優れ ,
現像性,転写性に優れる。2.耐熱保存性に優れ,かつ,低温定着性と耐ホッ
トオフセット性のいずれにも優れる。3.カラートナーとした場合の光沢 性
に優れ,かつ耐ホットオフセット性が優れるため,定着ロールにオイル塗 布
をする必要がない。4.カラートナーとした場合の透明性が高く,色調に 優
れる 。」と 記 載 さ れ て お り , こ れ に よ り , 低 温 定 着 性 , 耐 オ フ セ ッ ト 性 の
予測性が認められる。
したがって,本願補正発明の効果は刊行物1発明と周知技術より予測できる程度
のものであり,審決の判断は妥当である。
3 取消事由3(本願補正前発明についての誤り)について
上記1及び2のとおり,取消事由1及び2における原告の主張は失当である。
したがって,本件補正を却下して,本願発明を平成17年6月20日付けの手続
補正書(甲26)の特許請求の範囲に記載されたとおりのものとして,その進歩性
を判断した審決の認定判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違反)について
原告は,本件補正却下の理由が審決に至るまで原告には通知されず,何らの意見
又は補正の機会を与えられなかったことから,本件審判の手続は,旧特許法159
条2項に違反すると主張する。
(1) 審決における相違点1についての判断理由と原査定の判断理由について
ア 原告は,審決における相違点1につき,①審査段階の判断は刊行物1のトナ
ー粒子の平均円形度は本願補正前発明の母体トナーの平均円形度と同じであるとい
うものであったのに対し,審決は本願補正発明の平均円形度について刊行物1との
相違点を挙げた上で審査段階では示されなかった新たな周知例1∼6(甲4∼9)
を挙げて進歩性を否定しており,審決において反論あるいは補正の機会を与えなか
ったことが違法である,②本件拒絶査定には,本願補正前発明の実施例におけるト
ナーの製造工程においては異形化処理をしているということについての見落としが
あり,審決には手続違反又は審理不尽がある,と主張する。そこで,本件出願に係
る審査及び審判の経緯についてみると,以下のとおりである。
(ア) 審査官は,本件出願に対し,平成17年4月15日付けの拒絶理由通知書
(甲13)による拒絶理由通知をしたが,同通知書の理由欄に以下の記載がある。
「1.この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒
布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発
明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。また,
この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記
の刊行物に記載された発明又は電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった発明に基づい
て,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明す
ることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができ
ない。
記 (引用文献等について引用文献等一覧参照)
・請求項 1∼15
・引用文献等 1∼6
・備考
<請求項1∼4,6∼10,12∼15に対して>
引用文献1には,本願明細書記載のトナーの製造方法と同等のものが記載されており,引用
文献1記載のトナーの平均円形度や形状係数SF−1を測定してみれば,本願と同じ範囲内に
なるものと推認できる。(1頁10∼26行)
」
「引用文献等一覧
1.特開平11−133666号公報(判決注:刊行物1〔甲1〕( 特許請求の範囲】【実
)【 ,
施例】【0037】参照)(2頁25∼27行)
, 」
(イ) これに対し,原告は,提出した平成17年6月20日付けの意見書 乙8)
(
に,以下のとおり記載した。
「1.本願発明の説明
本願発明の静電荷現像用トナーは,
(1) 変性されたポリエステル樹脂を含み,
(2) 体積平均粒径(Dv)が3∼7μm,
(3) (Dv/Dn)が1.01∼1.25,
(4) 0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下,
(5) 平均円形度が0.94∼0.99,である母体トナーに,
(6) 外添剤を母体トナー100重量部に対して0.3∼5.0重量部
含むことを特徴とします(本願請求項1参照)」
。(1頁18∼26行)
「3.特許法第29条第1項3号及び同条第2項の規定に基づく拒絶理由に対して
引用文献1(特開平11−133666号公報)に記載の乾式トナー,及び引用文献7(特
開平11−133665号公報)に記載の乾式トナーは,本願発明における上記(1)∼(6)を同
時に満足することを必須としない点で,該(1)∼(6)の要件を同時に満足することを必須とする
本願発明の静電荷現像用トナーとは,明らかに構成が相違します。なお,本願実施例1∼7及
び比較例5の対比からも明らかなとおり,本願発明と同様の方法で製造したトナーであっても ,
本願発明における上記(1)∼(6)の要件を必ずしも常に同時に満足するとは限りません。本願発
明は,引用文献1又は7には記載されてなく,特許法29条1項第3号には該当していません。」
(1頁38∼46行)
「上述のとおり,引用文献1及び7には,本願発明における上記(1)∼(6)の要件を同時に満
足することを必須とすること,更にそうして初めて本願発明における優れた技術的効果,即ち
現像安定性,耐フィルミング性,低温定着性,耐ホットオフセット性,帯電安定性等に優れ,
長寿命であるという優れた技術的効果を同時に奏することができることにつき記載も示唆もな
く,本願発明に対する動機づけが全く存在しません。・・・
引用文献1又は7には本願発明に対する動機づけが全く存在せず ,
・・・これらの引用文献
は,たとえ当業者といえども互いに組み合わせることができず,たとえこれらの引用文献を組
み合わせたとしても本願発明の構成及び効果を導き得ない以上,当業者がこれらの引用文献に
基づいて本願発明を容易に想到し得たことの論理づけはできないのであります。
したがって,本願発明は,特許法第29条第2項の規定により拒絶されるべきものではあり
ません。(2頁18∼34行)
」
(ウ) 審査官は,平成17年7月22日付けで本件拒絶査定をしたところ,その
拒絶査定(甲14)には,以下の記載がある。
「出願人は,引用文献1又は7に記載されたトナーを再現し,本願明細書に記載された測定
方法で測定した結果,これらのトナーが,本願発明で規定した平均円形度とトナーの形状係数
SF−1の範囲外であることを証明するか,あるいは,引用文献1又は7に記載されたトナー
を再現することが不可能である理由を説明するか,などをしていない。引用文献1又は7には,
本願明細書記載のトナーの製造方法と同等のものが記載されており,トナーの転写性が良好で
あることも記載されている(本願明細書【0020】にも,トナーの平均円形度と形状係数SF−
1が規定の数値範囲であれば,転写性の面から好ましいと記載されている )。よって,依然と
して,引用文献1又は7に記載されたトナーが,本願発明で規定した平均円形度とトナーの形
状係数SF−1の範囲内である蓋然性が高い。(1頁13∼23行)
」
(エ) 原告は,平成17年8月26日,本件審判の請求を行い(甲17の1),
同年11月8日,審判請求の理由補充書に当たる手続補正書(甲17の2)を提出
したが,同書面には,原査定が取り消されるべき理由として,以下の記載がある。
「本願発明は,先に提出した手続補正書(平成17年8月31日付け手続補正書)に記載の
とおりであり,その請求項1に記載の発明(以下,本願発明という)は,静電荷現像用トナー
において,
(a) 変性されたポリエステル樹脂(i)と変性されていないポリエステル樹脂(ⅱ)を含み,
(b) 前記(i)と前記(ⅱ)の重量比〔(i)/(ⅱ)〕が5/95∼80/20
(c) 体積平均粒径(Dv)が3∼7μm,
(d) (Dv/Dn)が1.01∼1.25,
(e) 0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下,
(f) 平均円形度が0.94∼0.99,
である母体トナーに,
(g) 外添剤を母体トナー100重量部に対して0.3∼5.0重量部
含む
ことを特徴としています。(3頁37行∼4頁2行)
」
「(4) 本願発明と引用発明との対比
(i) 本願発明 本願請求項1に係る発明)
( の静電荷像現像用トナーは,前記(a), , ,
(b) (c)
(d),(e),(f)及び(g)のすべての要件を満たして初めて,本願表3に記載されるような所望の
効果が得られるというものです。
したがって,例えば,要件(f)即ち平均円形度が0.94∼0.99の範囲から外れていた
だけでもフィルミングが発生しやすくなってしまうという不具合を示します(本願比較例2参
照)。
(ⅱ) これに対して,引用文献1及び7に記載の乾式トナーは,トナーのWadellの実
用球形度が0.90∼1.00,トナーバインダーがウレア結合で変性されたポリエステル
(i ),又は変性されたポリエステル(i)と変性されていないポリエステル(ⅱ)〔(i )と(ⅱ)
の重量比が5/95∼80/20〕というものであり,引用文献1及び7のそれぞれの段落 0
〔
007〕には,そのトナーの粒径は2∼20μmである記載がされています。
即ち,引用文献1及び7に記載の乾式トナーは,少なくともトナーバインダーに変性ポリエ
ステル(i)が用いられる場合においては,トナーの実用球形化度が0.90∼1.00の範囲
にあることが必須の条件とされるというものであります。
・・・
本願発明におけるトナーと引用文献1及び7に記載されたトナーとは,それぞれの実施例の
対比から明らかなように,製造方法が相違しています。例えば,引用文献1の段落〔0029〕に
記載される(トナーの作成)では ,『・・・ついでこの混合液を攪拌棒および温度計付のコル
ベンに移し,98℃まで昇温して溶剤を除去し,濾別,洗浄,乾燥した後,風力分級し,粒径
d50が6μmのトナー粒子を得た。』とされています。このトナーの作成法は,引用文献1
に記載される他の実施例2∼4,引用文献7に記載される実施例1∼3についても同様です。
一方,本願実施例1に記載される(トナーの作成)では ,『・・・ついでこの混合液を攪拌棒
および温度計付のコルベンに移し,98℃まで昇温して一部溶剤を除去し,室温に戻してから
同ホモミキサーで12000rpmで攪拌を行いトナーの形状を球形から変形させ,更に溶剤
を完全に除去した。その後,濾別,洗浄,乾燥した後,風力分級し,母体トナー粒子を得た。
体積平均粒径(Dv)は6.75μm,個数平均粒径(Dn)は5.57μmで,Dv/Dn
は1.21であった。』とされています。このトナー作成法は本願実施例2∼7においても同
様です。
即ち,本願実施例1∼7に記載のトナー作成法と引用文献1及び7に記載のトナー作成法と
は相違しているので,引用文献1及び7に記載のトナーの平均円形度や形状係数SF−1が本
願発明のそれと同じ範囲内になると確認できるというものではありません 」(4頁29行∼5
頁13行)
(オ) 審決は,本願補正発明と刊行物1発明との相違点1につき ,「刊行物1発
明において,転写効率だけでなく,クリーニング不良が発生しないことも考慮して,
トナー粒子の平均円形度を最適化し,平均円形度を0.94∼0.99とすること
は当業者が容易になし得たものといえる」
(9頁22∼25行)とした。
イ ところで,特許法159条2項(改正前を含む。以下同じ 。)は,拒絶査定
不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,同法50条
の規定を準用し,拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決をしようとするときは,
特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出す
る機会を与えなければならないこととするが,その趣旨は,審判官が審決において
新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,あらかじめそ
の理由を出願人に通知して,同人に弁明又は補正の機会を与えるためであるから,
審決における理由付けが拒絶査定又はそれに先だってされた拒絶理由通知と異なる
箇所があっても,当該事項につき,出願人において意見書の提出及び補正の機会が
与えられていたといえるなど,出願人に実質的な不利益が生じないと認めることが
できる場合には,審判手続が違法となるものではないと解される。
そこで,これを本件に照らしてみると,①上記ア(ア)のとおり,審査官は,平成
17年4月15日付けの拒絶理由通知書(甲13)において,本願補正前発明と刊
行物1記載の平均円形度の相違も含めて原告の意見を聴取しており,また,前文で
特許法29条1項3号及び同条2項の問題があることを指摘した上で,その内容の
一つとして平均円形度の問題を取り上げており,平均円形度につき,特許法29条
1項3号のみの問題であると明示していたものではなかったこと,②これに対し,
上記ア(イ)のとおり,原告は,同年6月20日付けの意見書(乙8)において,平
均円形度については特段の主張はしなかったこと,③その結果,上記ア(ウ)のとお
り,審査官は,同年7月22日付けの本件拒絶査定(甲14)において,平均円形
度が同じ範囲になると推認できるとの拒絶理由に対して原告が平均円形度が異なる
ことに関しての特段の反論を行わなかったことから,「依然として,引用文献1又
は7に記載されたトナーが,本願発明で規定した平均円形度とトナーの形状係数S
F−1の範囲内である蓋然性が高い。 と記載し,上記拒絶の理由を維持したこと,
」
④上記ア(エ)のとおり,原告は,審判段階になって初めて,実施例におけるトナー
製造方法の相違を根拠として,本願補正発明で規定された平均円形度の範囲と刊行
物1のWadellの実用球形度の範囲が同じとは確認できないと主張したこと,
⑤そこで,上記ア(オ)のとおり,審決は,原告の上記主張に対応し,トナーの球形
に関する度合いを相違点1として取り上げた上で,本願補正発明の容易想到性を検
討したものであった。
そして,新規性判断と進歩性判断とは別個の拒絶事由であるが,特定の引用例と
の対比における新規性,進歩性が,審判・審決で混然として主張され審理判断され
ることもあるところ,上記のとおり,本願については,審査段階と審判段階におい
て同一の引用例である刊行物1が用いられ,また,出願人である原告は本願補正発
明の容易想到性についても意見を述べていたもので,これを踏まえて審決において
その判断がされたものである。
また,上記アによれば,審決は,審判段階において原告から出された引用例であ
る刊行物1に係る新たな主張について,同主張をもってしても本願補正発明が容易
想到であるとの判断の根拠として,周知例1∼6を示したものであって,結局のと
ころ,審判段階における原告の主張に対応して拒絶理由に関する判断内容を敷衍し
たものであるといえる。そして,このことは,相違点1に係る構成について本願補
正発明と変更がない本願補正前発明についても同様である。
ウ さらに,原告は,本願補正前発明の実施例と刊行物1の実施例におけるトナ
ーの製造工程における異形化処理の有無を拒絶査定が見落としているとし,審決に
は手続違背又は審理不尽があると主張する。しかしながら,本件補正の前後を通じ
て,本願請求項1には異型化処理について何ら特定はされていないものであって,
本願補正発明及び本願補正前発明のいずれについても,異型化処理の見落としをい
う原告の主張は理由がない。
エ したがって,本願補正発明及び本願補正前発明のいずれについても,審決に
おける相違点1についての判断につき手続違反等があるとの原告の主張は理由がな
い。
(2) 審決における相違点2についての判断理由と原査定の判断理由について
ア 原告の主張は,審査段階では相違点2の進歩性を否定する根拠として本願補
正前発明の数値範囲と異なる数値が記載された甲2を提示していたが,審決では周
知例としてより近い数値の文献を挙げており,実質的に証拠を差し替えているもの
で,新たに挙げた文献を提示して原告の意見又は補正の機会を与えていないから手
続に違法がある,というものである。そこで,相違点2に係る審査及び審判の経緯
についてみると,以下のとおりである。
(ア) 審査官が行った拒絶理由通知に係る平成17年4月15日付けの拒絶理由
通知書(甲13)の理由欄には,以下の記載がある。
「引用文献2,3には,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)の比(Dv/Dn)
が1.01∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下である
点が記載されており,現像装置内の部材へのフィルミングを防止する点も記載されている。
よって,引用文献1記載のトナーに,引用文献2,3に記載された技術を適用することは,
当業者が容易になし得ることであり,事前に予測できない効果が生じたとも認められない。 1
」
(
頁27行∼2頁2行)
「引用文献等一覧
1.特開平11−133666号公報(判決注:刊行物1〔甲1〕( 特許請求の範囲】【実
)【 ,
施例】【0037】参照)
,
2.特開平11−125931号公報 判決注:刊行物2 甲2〕 【特許請求の範囲】 0024】
( 〔 )
( ,
【
参照)
3.特開平10−111582号公報 判決注:刊行物3 甲3〕 【特許請求の範囲】 0013】
( 〔 )
( ,
【 ,
【0069】参照)(2頁25∼30行)
」
(イ) これに対し,原告が提出した平成17年6月20日付けの意見書(乙8)
には,以下の記載がある。
「引用文献2(特開平11−125931号公報)に記載の非磁性トナー,及び引用文献3
(特開平10−111582号公報)に記載の静電荷現像用トナーは,本願発明における上記(1)
∼(6)の要件を同時に満足することを必須としない点で,該(1)∼(6)の要件を同時に満足する
ことを必須とする本願発明の静電荷現像用トナーとは,明らかに構成が相違します。特に,本
願発明における上記(4)要件,即ち0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以
下であることにつきましては,引用文献3には記載も示唆もなく,引用文献2には ,『000
9』段落において,コールターカウンターで測定した時に4μm以下の粒子が12.0%以下
であることが記載されているものの,これは,本願発明における上記(4)要件とは異なるもの
であります。即ち,本願明細書の『0107』段落に記載のとおり,従来よりトナー粒径を測
定する場合には一般にコールターカウンターを用いられており,本願実施例においても2∼4
0μmの粒子の粒度分布を測定しています。ここで,測定する粒子の粒径の下限値が2μmで
あるのは,前記コールカウンターの測定限界下限値が2μmだからであります。前記コールタ
ーカウンターは,粒径が2μm未満の微粒子の測定には不適であるため,本願発明におきまし
ては,上記(4)要件,即ち0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下である
ことにつきましては, 0108』段落に記載のとおり,前記コールターカウンターを用いず,
『
フロー式粒子像分析装置を用いて測定を行っているのであります。引用文献2における,コー
ルターカウンターを用いて測定した4μm以下の粒子の個数%は,コールターカウンターの測
定限界下限値2μmであることからすれば,2∼4μmの粒子の個数%を測定していることを
意味します。したがって,引用文献2には,本願発明における上記(4)要件につきましては,
記載も示唆もされていないのであります。(1頁47行∼2頁17行)
」
(ウ) 拒絶査定(甲14)には,以下の記載がある。
「出願人は意見書において,引用文献2には ,『0009』段落において,コールターカウ
ンターで測定した時に4μm以下の粒子が12.0%以下であることが記載されているものの ,
コールターカウンターの測定限界下限値が2μmであるから,本願発明における『0.6∼2.
0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下』であるという要件とは相違する旨主張する。
しかし,引用文献2の【0009】には,4μm以下の粒子が12.0%以下の範囲外であると,
融着が発生しやすく好ましくない点が記載され,微粉が少ない程,融着が発生しにくいという
本願明細書【0017】と同等の作用効果が記載されている。また,コールターカウンターの測定
限界から,引用文献2が2∼4μmの粒子が12.0%以下であることしか示していなかった
としても,2∼4μmの粒子が12.0%以下であるトナーにおいて,0.6∼2.0μmの
粒径の粒子の含有率が15個数%より多くなることは,不自然である。
更に,本願明細書には,新規な分級方法などが記載されているわけではないから ,『0.6
∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下』であるトナーを,従来は製造すること
が不可能だったとも認められない。
よって,微粉の少なさを表現するために,コールターカウンターによる測定結果を用いるか,
フロー式粒子像分析装置による測定結果を用いるかは,当業者が適宜選択実施し得る設計事項
である(フロー式粒子像分析装置によって,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の個数%を測定
することは,特開2000−10343号公報の【0107】に記載されているように,従来より
周知である)。
出願人は意見書において,引用文献を組み合わせても本願発明の構成及び効果は導け得ない
旨主張するが,上述した通り,本願発明の構成及び効果は,引用文献の単なる寄せ集めに過ぎ
ず,事前に予測できない格別な効果が生じたとも認められない。(1頁24行∼2頁13行)
」
(エ) 原告は,平成17年8月26日,本件審判の請求を行い(甲17の1),
同年11月8日,審判請求の理由補充書に当たる手続補正書(甲17の2)を提出
したが,同書面には,原査定が取り消されるべき理由として,以下の記載がある。
「引用文献2には,トナーの真円度が0.70∼0.90であり,Dv/Dnが1.20以
下,4μm以下の粒子の含有率が12個数%以下であること(請求項1参照 ),及びDvが6
∼9μmであること(請求項2参照)が記載されています。
また,引用文献2の段落〔0009〕には,トナーの真円度が『0.90より大きいと,ク
リーニング不良が発生したり,帯電立ち上がり性が低下しやすくなる』と記載され,実際真円
度が0.93のトナーは比較用トナーとして記載されています(段落〔0020〕の比較例4
参照)。
即ち,引用文献2が示唆するところは,真円度が0.7∼0.90であることを前提として,
Dv/Dn1.20以下,4μm以下の粒子の含有率が12個数%のトナーであれば,良好な
現像特性が得られるというものであります(引用文献2の段落〔0024〕,及び表1参照)。
このため,真円度が0.7∼0.90から外れると考えられる実用球形度0.90∼1.0
0の引用文献1及び7に記載のトナーに,引用文献2に記載の技術を適用するという発想は生
じないのであります。(5頁14∼27行)
」
(オ) 審決は,本願補正発明と刊行物1発明との相違点2につき,以下のとおり
認定判断した。
「刊行物2には,トナーの体積平均粒子径を6∼9μmとすることで,十分な流動性と細線
再現性を良好とすること,体積平均粒子径/個数平均粒子径が1.20以下,個数粒度分布に
おける4μm以下の粒子が12%以下とすることで,流動性が良く,融着が発生しないことが
記載されている。刊行物2に記載されたトナーは,具体的には粉砕法により製造された,真円
度が,0.70∼0.90と表面の凹凸の度合いが本願発明よりも大きいものであるが,例え
ば,上記周知例4∼6,特開2000−10343号公報(周知例7: 0105】∼【01
【
07】 ,及び刊行物3にも記載されるように,重合法により製造され表面の凹凸の度合いが小
)
さく,体積平均粒径3∼8μm程度の小粒径トナーにおいても,体積平均粒子径/個数平均粒
子径が1に近く粒径分布がシャープであり,2μm以下の微粉トナーが少ないことが望ましい
ことは,本願出願前に周知であったといえるから,刊行物1発明において,体積平均粒径(D
v)が3∼7μm,体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn)が1.
01∼1.25であり,0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率が15個数%以下とするこ
とは,当業者が容易になし得たものといえる。
そして,本願発明の効果は,刊行物1に記載された発明,及び刊行物2,3等の周知技術か
ら予測し得たものといえる。(9頁27行∼10頁6行)
」
イ 以上によれば,①審査段階において,審査官は,相違点2に係る「体積平均
粒径,体積平均粒径/個数平均粒径,小粒径の粒子含有率」について,同様のパラ
メータが刊行物2に記載されていることを上げ,これを刊行物1に適用することは
容易であることを拒絶の理由としたこと,②原告は,審査段階において,拒絶理由
について意見を述べるとともに,審判段階において,真円度が異なることも挙げて
刊行物2の技術を刊行物1記載のトナーに適用する発想は生じないなどとする意見
を述べていたこと,③審決は,刊行物2記載のトナーの真円度は本願補正発明と異
なるが,刊行物3及び周知例4∼7(甲7∼10)にも類似の規定がされているこ
となどから,刊行物1発明に相違点2に係る構成を採用することは容易であるとし
たものであって,刊行物1発明に刊行物2の技術を適用可能であることの根拠とし
て刊行物3及び周知例を挙げたものであり,加えてそのようなパラメータの採用自
体が周知であることに言及したものといえる。
そうすると,本件では,審査段階において,刊行物2が示されて刊行物1発明へ
の適用の可否につき出願人である原告に意見を述べる機会が与えられ,また,審判
段階において,その可否につき,真円度の相違に関する点も含めて原告から意見が
述べられており,また,審決は,刊行物1発明に刊行物2が適用可能な根拠として
周知技術を挙げた上,それが周知であることを示したものであって,新たな技術事
項を示して拒絶理由を変更したものではなく,また,原告に刊行物2の適用の可否
について弁明又は補正の機会が与えられないなどの実質的な不利益があったものと
もいえないから,たとえこの周知技術を示すために挙げられた文献につき審決にお
いて初めて示されたものであったとしても違法となるものではなく,審決に手続違
反はない。
したがって,相違点2に係る手続違背についての原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(審決の補正却下における独立特許要件の判断の誤り)について
(1) 本願補正発明と刊行物1発明
ア 本願明細書(甲11,12)には,以下の記載がある。
「 0001】
【 【発明の属する技術分野】本発明は,電子写真,静電記録,静電印刷等に於け
る静電荷像を現像する為の現像剤に使用されるトナー,及び該トナーを含有する現像剤,該現
像剤を使用する画像形成方法,画像形成装置に関する。更に詳しくは直接または間接電子写真
現像方式を用いた複写機,レーザープリンター及び,普通紙ファックス等に使用される静電荷
像現像用トナー,及び該トナーを含有する現像剤,該現像剤を使用する画像形成方法,画像形
成装置に関する。更に直接または間接電子写真多色現像方式を用いたフルカラー複写機,フル
カラーレーザープリンター及び,フルカラー普通紙ファックス等に使用される静電荷像現像用
トナー,及び該トナーを含有する現像剤,該現像剤を使用する画像形成方法,画像形成装置に
関する。」
「 0012】
【 【発明が解決しようとする課題】本発明は,小粒径トナーとした場合の粉体流
動性,現像,転写性に優れるとともに,耐熱保存性,低温定着性,耐ホットオフセット性のい
ずれにも優れ,長期の使用においても良好で安定した現像性及び高画質の画像を形成できる静
電荷像現像用トナー,とりわけフルカラー複写機などに用いた場合に画像の光沢性に優れ,か
つトナーとして寿命の長い静電荷像現像用トナーを提供することを目的とする。
また,本発明は,該トナーを充填したトナー容器,該トナーを含有する現像剤,及び現像剤
を用いる画像形成方法,該現像剤を装填した画像形成装置を提供することを目的とする。
」
「 0017】一般的には,トナーの粒子径は小さければ小さい程,高解像で高画質の画像
【
を得る為に有利であると言われているが,逆に転写性やクリーニング性に対しては不利である 。
また,本発明の範囲よりも体積平均粒子径が小さい場合,二成分現像剤では現像装置における
長期の攪拌においてキャリアの表面にトナーが融着し,キャリアの帯電能力を低下させたり,
一成分現像剤として用いた場合には,現像ローラーへのトナーのフィルミングや,トナーを薄
層化する為のブレード等の部材へのトナーの融着を発生させやすくなる。特に,2.0μm以
下,具体的には0.6∼2.0μmのいわゆる超微粉トナーが15個数%より多く存在する場
合には,とくに前記キャリアの表面にトナーが融着する現象や,現像ローラーへのトナーのフ
ィルミングや,トナーを薄層化する為のブレード等の部材へのトナーの融着といった現象が発
生しやすくなる。」
「 0018】逆に,トナーの粒子径が本発明の範囲よりも大きい場合には,高解像で高画
【
質の画像を得ることが難しくなると共に,現像剤中のトナーの収支が行われた場合にトナーの
粒子径の変動が大きくなる場合が多い。また,体積平均粒子径(Dv)/個数平均粒子径(D
n)が1.25よりも大きい場合も同様であることが明らかとなった。
これら,0.6∼2.0μmの粒子の含有率と,Dv/Dnは常に相関があるわけではなく,
本発明の目的を達成するためには,両特性ともに独立した特性として本発明の範囲にする必要
がある(下記表1を参照)。また,トナーのDv/Dnと2μm以下の微粉量との関係を図1
に示す。図1のグラフからも明らかなように,トナーのDv/Dnと微紛量とは全く独立した
特性であることが分る。従来からトナーの粒径分布を示す特性にDv/Dnが用いられてきた
が,本発明において目的達成のためには微紛量も重要な特性である。」
「 0020】また,トナーの平均円形度は0.94∼0.99であることが現像性,転写
【
性の面から好ましく,0.94よりも小さい場合には,感光体から転写紙などへのトナーの転
写効率が低下する場合があり,0.99より大きい場合には,転写されずに感光体に残留する
トナーのクリーニング性が悪化する場合がある。同様に,トナーの形状係数SF−1は105
∼140であることが特に好ましく,140よりも大きい場合には,感光体から転写紙などへ
のトナーの転写効率が低下する場合があり,105より小さい場合には,転写されずに感光体
に残留するトナーのクリーニング性が悪化する場合がある。
ここでトナーの形状係数SF−1とは,トナー粒子の丸さの度合いを示し,下記式により算
出して得られる値である。
2
SF−1={ MXLNG) /AREA}×(π/4)×100
(
(式中,MXLNGは粒子の絶対最大長,AREAは粒子の投影面積を表す。」
)
「 0021】
【 (外添加剤)また,外添加剤を母体トナー100重量部に対して0.3∼5.
0重量部の比率で添加混合されていることが現像性,転写性の面から重要であり,0.3重量
部よりも少ない場合には,トナーの流動性が不十分で感光体から転写紙などへのトナーの転写
効率が低下する場合があり,一方5.0重量部よりも多く添加した場合には外添加剤がトナー
表面に十分に付着されずに遊離した状態で存在することにより,外添加剤が単独で感光体表面
に付着して汚染したり,感光体表面を削ってしまうなどにより,画像白ヌケや,地汚れなどの
副作用が発生する場合がある。」
「 0042】
【 [変性されていないポリエステル樹脂(ⅱ)]本発明においては,前記変性され
たポリエステル樹脂(i)と共に,変性されていないポリエステル樹脂(ⅱ)をトナーバインダ
ー樹脂成分として含有させる。(i)に(ⅱ)を併用することで,低温定着性およびフルカラー装
置に用いた場合の光沢性が向上し,(i)の単独使用より好ましい。(ⅱ)としては,前記(i)の
ポリエステル成分と同様なポリオール(1)とポリカルボン酸(2)との重縮合物などが挙げられ,
好ましいものも(i)と同様である。また,(i)と(ⅱ)は少なくとも一部が相溶していることが
低温定着性,耐ホットオフセット性の面で好ましい。従って,(i)のポリエステル成分と(ⅱ)
のポリエステル成分とは類似の組成が好ましい。(i)と(ⅱ)の重量比は,通常5/95∼80
/20,好ましくは5/95∼30/70,さらに好ましくは5/95∼25/75,特に好
ましくは7/93∼20/80である。(i)の重量比が5%未満では,耐ホットオフセット性
が悪化するとともに,耐熱保存性と低温定着性の両立の面で不利になる。
」
イ 以上によれば,本願補正発明は,トナーバインダー樹脂として変性されたポ
リエステル樹脂と変性されていないポリエステル樹脂を含む静電荷現像用トナーで
あって,①変性されたポリエステル樹脂(i)と変性されていないポリエステル樹脂
(ⅱ)の重量比[(i)/(ⅱ)],②体積平均粒径(Dv)
,③体積平均粒径(Dv)と
個数平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn),④0.6∼2.0μmの粒径の粒子
の含有率,⑤平均円形度,⑥外添加剤の添加混合比率の6つのパラメータを本願請
求項1のとおり規定することにより,良好な流動性,転写性など,トナーとして望
まれる各種性能を確保し,寿命の長いトナーを提供するものである。
そして,それぞれのパラメータは,明細書の記載から,次のような意味を有する。
① 変性されたポリエステル樹脂(i)と変性されていないポリエステル樹脂(ⅱ)
の重量比[(i)/(ⅱ)]
変性されたポリエステル樹脂(i)に変性されていないポリエステル樹脂(ⅱ)を併
用することで,低温定着性及びフルカラー装置に用いた場合の光沢性が向上し,
(i)の単独使用より好ましい 。(i)の重量比が少なすぎると,耐ホットオフセッ
ト性が悪化するとともに,耐熱保存性と低温定着性の両立の面で不利になる。
② 体積平均粒径(Dv)
トナーの粒子径は小さければ小さいほど,高解像で高画質の画像を得るために有
利であるが,逆に転写性やクリーニング性に対しては不利である。
③ 体積平均粒径(Dv)と個数平均粒径(Dn)との比(Dv/Dn)
現像剤中のトナーの収支が行われた場合に,
トナーの粒子径の変動が大きくなる。
④ 0.6∼2.0μmの粒径の粒子の含有率
超微粉トナーが多く存在する場合には,
キャリアの表面にトナーが融着する現象,
現像ローラーへのトナーのフィルミング及びトナーを薄層化するためのブレード等
の部材へのトナーの融着といった現象が発生しやすくなる。
⑤ 平均円形度
平均円形度が小さい場合には,感光体から転写紙などへのトナーの転写効率が低
下する場合があり,大きい場合には,転写されずに感光体に残留するトナーのクリ
ーニング性が悪化する場合がある。
⑥ 外添加剤の添加混合比率
外添加剤が少ない場合には,トナーの流動性が不十分で感光体から転写紙などへ
のトナーの転写効率が低下する場合があり,多く添加した場合には,外添加剤が単
独で感光体表面に付着して汚染したり,感光体表面を削る副作用が発生する場合が
ある。
ウ これに対し,刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。
「 特許請求の範囲】
【 【請求項1】トナーバインダーおよび着色剤からなる乾式トナーにおい
て,該トナーのWadellの実用球形度が0.90∼1.00であり,該トナーバインダー
がウレア結合で変性されたポリエステル(i)からなることを特徴とする乾式トナー。」
「 請求項2】該変性されたポリエステル中(i)のウレア結合の含有量とウレタン結合の含
【
有量の比が当量比で100/0∼20/80である請求項1記載の乾式トナー。
」
「 請求項4】
【 該トナーバインダーが,該変性ポリエステル(i)と共に,変性されていな
いポリエステル(ⅱ)を含有し,(i)と(ⅱ)の重量比が5/95∼80/20である請求項1∼
3のいずれか記載の乾式トナー。」
「 発明の詳細な説明】 0001】 発明の属する技術分野】本発明は電子写真,静電記録,
【 【 【
静電印刷などに用いられる乾式トナーに関する。」
「 0003】上記問題点のうち,耐熱保存性,低温定着性,耐ホットオフセット性を両立
【
させるものとして,①多官能のモノマーを用いて部分架橋せしめたポリエステルをトナーバイ
ンダーとして用いたもの(特開昭57−109825号公報 ),②ウレタン変性したポリエス
テルをトナーバインダーとして用いたもの(特公平7−101318号公報)などが提案され
ている。また,フルカラー用に熱ロールへのオイル塗布量を低減するものとして,③ポリエス
テル微粒子とワックス微粒子を造粒したもの(特開平7−56390号公報)が提案されてい
る。」
「 0004】さらに,小粒径化した場合の粉体流動性,転写性を改善するものとしては,
【
④着色剤,極性樹脂および離型剤を含むビニル単量体組成物を水中に分散させた後,懸濁重合
した重合トナー(特開平9−43909号公報 ),⑤ポリエステル系樹脂からなるトナーを水
中にて溶剤を用いて球形化したトナー(特開平9−34167号公報)が提案されている 。」
「 0005】
【 【発明が解決しようとする課題】しかし,①∼③に開示されているトナーは,
いずれも粉体流動性,転写性が不十分であり,小粒径化して高画質化できるものではない。さ
らに,①および②に開示されているトナーは,耐熱保存性と低温定着性の両立がまだ不十分で
あるとともに,フルカラー用には光沢性が発現しないため使用できるものではない。また,③
に開示されているトナーは低温定着性が不十分であるとともに,オイルレス定着におけるホッ
トオフセット性が満足できるものではない。④および⑤に開示されているトナーは粉体流動性,
転写性の改善効果は見られるものの,④に開示されているトナーは,低温定着性が不十分であ
り,定着に必要なエネルギーが多くなる問題点がある。特にフルカラー用のトナーではこの問
題が顕著である。⑤に開示されているトナーは,低温定着性では④より優れるものの,耐ホッ
トオフセット性が不十分であり,フルカラー用において熱ロールへのオイル塗布を不用にでき
るものではない。」
「 0006】
【 【課題を解決するための手段】本発明者らは,小粒径トナーとした場合の粉体
流動性,転写性に優れるとともに,耐熱保存性,低温定着性,耐ホットオフセット性のいずれ
にも優れた乾式トナー,とりわけフルカラー複写機などに用いた場合に画像の光沢性に優れ,
かつ熱ロールへのオイル塗布を必要としない乾式トナーを開発すべく鋭意検討した結果,本発
明に到達した。すなわち,本発明は,トナーバインダーおよび着色剤からなる乾式トナーにお
いて,該トナーのWadellの実用球形度が0.90∼1.00であり,該トナーバインダ
ーがウレア結合で変性されたポリエステル(i)からなることを特徴とする乾式トナーである。
」
「 0007】
【 【発明の実施の形態】以下,本発明を詳述する。本発明において,Wadel
lの実用球形度とは,(粒子の投影面積に等しい円の直径)÷(粒子の投影像に外接する最小
円の直径)で表される値であり,トナー粒子を電子顕微鏡観察することで測定できる。Wad
ellの実用球形度は,通常0.90∼1.00,好ましくは0.95∼1.00,さらに好
ましくは0.98∼1.00である。本発明においては,全トナー粒子個々の実用球形度が上
記の範囲である必要はなく,平均値として上記範囲内であればよい。また,トナーの粒径は,
中位径(d50)が通常2∼20μm,好ましくは3∼10μmである。
」
「 0024】本発明の乾式トナーにおいては,さらに,荷電制御剤および流動化剤を使用
【
することもできる。荷電制御剤としては,公知のものすなわち,ニグロシン染料,4級アンモ
ニウム塩化合物,4級アンモニウム塩基含有ポリマー,含金属アゾ染料,サリチル酸金属塩,
スルホン酸基含有ポリマー,含フッソ系ポリマー,ハロゲン置換芳香環含有ポリマーなどが挙
げられる。荷電制御剤の含有量は通常0∼5重量%である。流動化剤としては,コロイダルシ
リカ,アルミナ粉末,酸化チタン粉末,炭酸カルシウム粉末など公知のものを用いることがで
きる。」
「 0029】実施例1
【
(トナーバインダーの合成)・・・
(トナーの作成)ビーカー内に前記のトナーバインダー(1)の酢酸エチル/MEK溶液24
0部,ペンタエリスリトールテトラベヘネート(融点81℃,溶融粘度25cps)20部,
シアニンブルーKRO(山陽色素製)4部を入れ,60℃にてTK式ホモミキサーで12000
rpmで攪拌し,均一に溶解,分散させた。ビーカー内にイオン交換水706部,ハイドロキ
シアパタイト10%懸濁液(日本化学工業(株)製スーパタイト10)294部,ドデシルベン
ゼンスルホン酸ナトリウム0.2部を入れ均一に溶解した。ついで60℃に昇温し,TK式ホ
モミキサーで12000rpmに攪拌しながら,上記トナー材料溶液を投入し10分間攪拌し
た。ついでこの混合液を攪拌棒および温度計付のコルベンに移し,98℃まで昇温して溶剤を
除去し,濾別,洗浄,乾燥した後,風力分級し,粒径d50が6μmのトナー粒子を得た。つ
いで,トナー粒子100部にコロイダルシリカ(アエロジルR972:日本アエロジル製)0.
5部をサンプルミルにて混合して,本発明のトナー(1)を得た。トナー粒子の実用球形化度は
0.96であった。評価結果を表1に示す。」
エ 以上によれば,刊行物1には,①変性されたポリエステル樹脂(i)と変性さ
れていないポリエステル樹脂(ⅱ)の重量比[(i)/(ⅱ)],②Wadellの実用
球形度として規定されるトナーの円形の度合い,③トナーに流動性を与えるコロイ
ダルシリカなどの外添加剤の添加混合比率の3つのパラメータが規定された,トナ
ーバインダー樹脂として変性されたポリエステル樹脂と変性されていないポリエス
テル樹脂を含む静電印刷などに用いられる乾式トナーが記載されている。そして,
Wadellの実用球形度を規定することにより良好な流動性,転写性を確保する
とともに,トナーとして望まれるその他の各種性能を確保しようとするものである。
(2) 相違点1に対する判断の誤りとの主張について
ア 本願補正発明と刊行物1発明との相違点1は,トナーにおける円形の度合い
に関する判断である。そこで,以下,検討する。
(ア) トナーの円形の度合いに関する指標について
a① 本願補正発明における「平均円形度」の定義は「粒子の投影面積と同じ面
積を有する円の周囲長÷粒子投影像の周囲長」であり,平均円形度は,トナーの表
面に凹凸があると,粒子投影像の周囲長が長くなり,値が低下するので,トナーの
凹凸をよく反映することになる。
甲1における「Wadellの実用球形度」の定義は「粒子の投影面積に等しい
円の直径÷粒子の投影像に外接する最小円の直径」であり,Wadellの実用球
形度は,トナーがだ円形であるなど,球状から離れたいびつな形状であると値が低
下するので,全体的な形状をよく反映することになる。
② また,
「形状係数SF−1」はWadellの実用球形度と,「形状係数SF
−2」は平均円形度と相関関係のあるパラメータであり,それぞれ以下の関係を有
する。
「Wadellの実用球形度」=10/( SF−1」 1/2
「 )
「平均円形度」=10/( SF−2」 1/2
「 )
b 上記のとおり ,「平均円形度」と「Wadellの実用球形度」は異なる定
義のものであり,相互に直接換算できる関係にはなく,また,反映される形状の傾
向にも差異がある。
もっとも ,「平均円形度」及び「Wadellの実用球形度」のいずれの指標と
も,その最高値は1.00であるが,この値は,すべてのトナー粒子が真円である
ことを意味する。そうすると,「平均円形度」の場合,1.00に近づくほどトナ
ー表面の凹凸がなくなるので,トナー凹凸の影響は小さいものとなる。また ,「W
adellの実用球形度」の場合も,1.00に近づくほど全体的に真円に近づい
ていくから,いびつな形状の影響も小さいものとなる。この結果,両者の値が1.
00に近づくほど,その相関関係は高くなるといえる。
実際に,本願明細書の【表2】のデータからみると,以下のとおり,ほぼその傾
向が見られる。
平均円形度 SF−1 Wadell
の実用球形度
比較例2 0.934 143 0.836
比較例4 0.940 155 0.803
実施例1/ 比較例5 0.948 142 0.839
実施例5 0.950 138 0.851
比較例1 0.955 144 0.833
比較例3 0.960 128 0.884
実施例3 0.966 133 0.867
実施例7 0.974 120 0.913
実施例4 0.976 125 0.894
実施例2 0.980 115 0.933
実施例6 0.987 108 0.962
c 円形の度合いに関するトナーへの適用については,従来例として,以下の記
載がある。
① 特開平8−278656号公報(甲4。周知例1)
「 0023】形状係数SF−1はトナー粒子の丸さの度合を示し,形状係数SF−2はト
【
ナー粒子凹凸の度合を示している。」
「 0024】トナーの形状係数SF−1が110以下の時あるいはトナーの球状係数SF
【
−2が110以下の時,及び比B/Aの値が1.0を超えるときは,一般にクリーニング不良
が発生しやすく,トナーの形状係数SF−1が180を超えると,球形から離れて不定形に近
づき,現像器内でトナーが破砕され易く,粒度分布が変動したり,帯電量分布がブロードにな
りやすく地かぶりや反転かぶりが生じやすい。また,SF−2が140を超えると,静電像保
持体から転写材への転写時におけるトナー像の転写効率の低下,および文字やライン画像の転
写中抜けを招き好ましくない。この際,粉砕法で製造したトナーが好ましく用いられる。
」
② 特開平10−97095号公報(甲5。周知例2)
「 0029】本発明における円形度はトナー粒子の凹凸の度合いの指標であり,トナーが
【
完全な球形の場合1.00を示し,表面形状が複雑になるほど円形度は小さな値となる。
」
「 0033】本発明者らは,トナーの円形度の分布と転写性の関係について調べたところ,
【
非常に深い関わりがあることを見出し,本発明に至ったものである。」
「 0035】トナーの円形度aが0.90以上の粒子の含有量が,90個数%未満である
【
と,静電潜像担持体から転写材への転写時におけるトナー像の転写効率の低下,及び文字やラ
インの転写中抜けを招き好ましくなく,さらに,トナーの円形度aが0.98以上の粒子の含
有量が30個数%を超えるとクリーニング不良が発生しやすくなる。」
③ 特開2000−56649号公報(乙5)
「 0018】また,この画像形成装置の場合,上記球状のトナーは,下記式で示される形
【
状係数(SF)を用いて表した場合,SF=(L π/4A)×100,(L:トナー粒子の最
大長,A:トナー粒子投影像の面積) (SF)<140という条件,好ましくは100≦(S
,
F)<125という条件を満たすものであることが望ましい。・・・」
「 0019】このような形状係数の条件を満たす球状のトナーを使用した場合には,その
【
トナーがより球形に近いトナーにより占められるため,転写効率をより高めること(99%以
上)ができ,その結果,転写後における残留トナーの量をより一層低減することができる。こ
れにより,転写後に接触型帯電手段とクリーニング用ブレードに到達する球状トナーや微粉物
も少なくなるため,それらの前述したごとき除去がより一層確実に行われる。」
④ 特開平8−328386号公報(乙6)
「 0052】上記の様にトナーの形状係数を小さく制御することによる利点を以下に説明
【
する。第一に,感光体ドラムとの接触面積が小さくなる為,付着力が低下し,高い効率で転写
することが可能となる。図3に転写効率と形状係数SF−1及びSF−2との相関関係を示す 。
この図から,形状係数が小さいほど転写効率が上がり,その結果,クリーニング機18中に回
収される転写残存トナーが極めて少なくなり,クリーニング装置の小型化が可能となる。更に,
クリーニング装置を削除する設計を行った場合,転写残存トナーを極めて小量に減らす必要が
ある。従って,この場合には,SF−1の値を100∼140,SF−2を100∼120と
なる様にすることが更に好ましい。」
d 以上によれば,①周知例1(甲4)は,形状係数SF−1(Wadellの
実用球形度と関係)が丸さの度合いを反映すること,形状係数SF−2(平均円形
度と関係)は凹凸の度合いを反映すること,これらの係数にそれぞれ着目してトナ
ーのパラメータとして使用するが,これらの係数値が110以下(真円に近づく)
では,ともにクリーニング不良が発生しやすいとしており,真円に近い数値では,
同じ性質を表す指標として用い得ることが,②周知例2(甲5)は,トナーの平均
円形度が転写効率に関係するため,平均円形度をパラメータとして採用することが,
③乙5は,形状係数SF(SF−1に相当〔Wadellの実用球形度に関係〕)
が転写効率に関係するため,これをパラメータとして採用することが,④乙6は,
形状係数SF−1(Wadellの実用球形度)とSF−2(平均円形度)に,転
写効率に関して相関関係があることが,それぞれ示されている。
そうすると,平均円形度も,Wadellの実用球形度も,転写効率,クリーニ
ング不良に関係したトナーの球形の度合いを表す指標として一般的に使用されてい
るものであるといえる。
(イ) 本願補正発明と甲1刊行物の球形の度合いについて
a 甲1刊行物では,前記(1)エのとおり,転写効率確保等のために,Wade
llの実用球形度を規定しているが,上記(ア)のとおり,平均円形度も同様の目的
で用いられる指標である。
そして,甲1刊行物ではWadellの実用球形度が0.90∼1.00とされ,
球形の度合いが高いものが特定されているが,上記(ア)のとおり,その値が1.0
0に近いほど,平均円形度とWadellの実用球形度の相関関係が高まることも
併せ考慮すると,甲1刊行物において,トナーの球形の度合いを表す指標として,
Wadellの実用球形度に変えて平均円形度を採用することは,当業者であれば
適宜行い得る事項であるといえる。
b ただし,平均円形度とWadellの実用球形度は,直ちに換算できる関係
にはない。そして,実際に規定されている数値を見ると,甲1刊行物ではWade
llの実用球形度が0.90∼1.00と規定される一方,本願補正発明では平均
円形度が0.94∼0.99と規定されており,上限値については,本願補正発明
では平均円形度が0.99を超えるほぼすべてのトナーが真円のものが除外されて
いるのに対し,甲1刊行物ではWadellの実用球形度が1.00のすべてのト
ナーが真円のものもその範囲として含まれている点で異なっている。
ここで,トナーの平均円形度上限に関して,本願明細書(甲11,12)では,
「 0020】また,トナーの平均円形度は0.94∼0.99であることが現像
【
性,転写性の面から好ましく,・・・0.99より大きい場合には,転写されずに
感光体に残留するトナーのクリーニング性が悪化する場合がある。・・・」と記載
されている。
また,上記(ア)cのとおり,周知例1(甲4)には形状係数が110以下すなわ
ちトナーがすべて真球に近くなると,周知例2(甲5)には平均円形度が0.98
以上の粒子の含有率が所定量になると,クリーニング不良が発生しやすくなるとの
記載があり,すべてのトナーが真円に近くなりすぎると,クリーニング不良が発生
しやすくなるという問題点が存在することは周知である。
しかも,①平均円形度が0.99を越えるということは,ほぼすべてのトナーを
構成する粒子が真円であることを意味するが,このようなトナーを得ることは非常
に難しいとされていること(周知例6。甲9【0072】「50%円形度の最大値
は1であり,これはトナーが実質的に真球状であることを意味するが,この様なト
ナーを得ることは困難であるので,製造上の観点から,好ましくは0.99以下で
ある。」と記載)
,②甲1刊行物では,このような実用球形度1.00のトナーを得
るために特別の操作をしているわけではなく,必ずしも1.00を求めているわけ
ではないことを考慮すると,甲1刊行物において,平均円形度の上限として,0.
99を超える範囲を除外することは当業者であれば容易に選択できることである。
さらに,本願補正発明では,平均円形度の上限が0.99とされているが,発明
の実施例において,平均円形度が0.99を超す比較例はなく,当該数値に臨界的
な意義がないことも明らかである。
c 次に,トナーの平均円形度下限についてみると,本願補正発明において特定
された平均円形度0.94は,トナーバインダー樹脂,ウレア変性ポリエステル樹
脂と変性されてないポリエステル樹脂の割合,添加剤の種類,トナーの粒径など,
トナーとしての条件を様々に変えた7つの実施例と5つの比較例による複写テスト
により選定されたものである。本願明細書における表3の評価結果から,平均円形
度が0.94あれば一応の性能を有するトナーが得られていることは推認できるが,
これらのテストは,平均円形度以外の諸パラメータがすべて同じトナーについて,
平均円形度だけ変えて評価したものではないことからすると,0.94という数値
において性能が明らかに変化することが明らかになっているものではない。
そうすると,本願明細書には,上記のような実施例,比較例があるのみであって,
平均円形度0.94という数値に特別の意義があるとは認められない。
そして,特開2002−40711号公報(周知例4。甲7)には,【0028】
「
また,融着によって得られたトナーの形状は,前記式1で示される形状係数の平均
値(平均円形度)が0.930∼0.980であることが本発明の特徴の一つであ
り,好ましくは0.940∼0.975である。」とされているように,平均円形
度0.94以上という数値は,通常想定される範囲のものであるといえる。
したがって,甲1刊行物において平均円形度の下限値を0.94と設定すること
は,当業者が容易になし得ることである。
イ 以上によれば,甲1刊行物において,トナーの球形度合いを表す指標として,
Wadellの実用球形度に代えて平均円形度を選択し,その値を0.94∼0.
99に設定することは,当業者であれば容易に想到できることである。
したがって,相違点1が容易想到とした審決の判断に誤りはない。
ウ(ア) なお,原告は,甲1刊行物は低温定着性及び流動性に優れたトナーを得
ることを主要な課題とするものであるから,その課題達成を犠牲にしてまで,クリ
ーニング特性を良好にする必要があるとはいえないと主張する。
しかしながら,平均円形度が1.00に近づくとクリーニング特性が悪化すると
考えられていることは前記のとおりであり,クリーニング不良防止のために他の手
段があるとしても,平均円形度1.00のトナーを除くことを選択することに難点
が発生するわけではない。また,平均円形度が0.99を越える,1.00のよう
なトナーの製造は非常に難しい(甲9【0072 】)ともされていることに照らし
ても,原告の主張は理由がない。
(イ) また,原告は,本願補正発明は,トナーの全体性能を向上させて長期間の
使用を可能とする新規な課題の下にされたものであるが,トナーの改良は極めて難
しく,例えばトナーにおける一つの特性を改良しようとして、あるパラメータに着
目し,そのパラメータを変更しても,これによりトナーに求められる他の特性に悪
影響が生じ,このためトナーの全体性能がかえって悪化することがあるものであっ
て,トナーの開発において全体性能の検討が必要であること,単純に転写効率とク
リーニング特性を考慮すればトナー粒子の平均円形度は決まるというものではな
く,トナー全体の性能も考慮しなければならないこと,このような点を看過した審
決の判断には誤りがあると主張する。
しかしながら,例えば,刊行物2(甲2)における「 0009】本発明の非磁
【
性トナーは,体積平均粒子径が6∼9μmであることが好ましい。体積平均粒子径
が,これより小さい場合は十分な流動性が得られない場合がある。また,これより
大きい場合は,細線,文字等の画素の再現性が悪くなる場合がある。体積平均粒子
径/個数平均粒子径は1.20以下,好ましくは1.12以下である。また,個数
粒度分布における4μm以下の粒子が12.0%以下,好ましくは9%以下である。
これらの範囲外の場合は,流動性の低下が起こりやすく,融着が発生しやすくなる 。
トナーの真円度は0.70∼0.90,好ましくは0.80∼0.88である。0.
70未満では,流動性の低下,帯電性の不均一,トナーの攪拌における磨耗過多が
起こりやすくなり,トナーの融着が発生しやすくなる。一方,0.90より大きい
と,クリーニング不良が発生したり,帯電立ち上がり性が低下しやすくなる。また,
非磁性トナー個数平均分子量(Mn)は3500以上であることが好ましく,35
00未満の場合はトナー粒子の硬度が低いため摩擦熱によって現像ローラーやブレ
ードに融着しやすくなる。なお,前記非磁性トナーの体積平均粒子径及び個数粒度
はコールターカウンターによって測定することができる。」と,甲22「電子写真
プロセス技術」(平成4年1月発行)において,「トナーに必要な主な特性は,画像
形成に必要な光学的吸収,色調,粒径,静電潜像の現像装置に適した帯電性,安定
性,定着装置に適合した熱的,粘弾性的性質等である。(140頁17∼19行)
」
とし,続いて甲22中において詳述するとおりであって,トナーにおいて,どのよ
うなパラメータが基本的にどのような性能に関連するのかは知られている事項であ
る。また,トナーの改良に当たって全体性能に注意することは,原告も電子写真分
野における本願出願当時の技術常識であったと述べるところであって,全体性能に
配慮しつつ,各種パラメータを調節して所望の性能を有するトナーを得ようとする
ことは,通常行われる創作活動の範囲内のことである。さらに,本願補正発明の場
合,7つの実施例と5つの比較例のうちから,ある程度以上の性能を有したトナー
のパラメータを寄せ集めて設定したものであって,複雑にからみ合うパラメータの
関係を解き明かし,最適の設定を行ったとまでは認めることもできず,原告の主張
は採用できない。
(ウ) さらに,原告は,本願補正発明の実施例におけるトナーの製造工程におい
ては異形化処理を行っているのに対し,刊行物1の実施例においては異形化処理を
行っていないところ,進歩性判断においてこの異形化処理は極めて重要であって,
このような処理が行われていない刊行物1は,本件発明の円形度について何ら示唆
するものではないと主張する。
しかしながら,トナーを異形化処理することについて,本件請求項には何も特定
されているわけではない上に,クリーニング不良防止等のために平均円形度が1.
00にならないようにトナーを製造すべきことは,周知例1(甲4) 周知例2(甲
,
5)で示されているように周知であって,その場合,トナーが真円に近くなりすぎ
ないように,製造過程において平均円形度が減じるように処理を行う必要があるの
は,例えば,融着によってトナーを得ている周知例4(甲7)において,平均円形
度が0.980以下となるように融着処理を行っているように( 0016】 【0
【 ,
028】【0030】,自明なことであるから,原告主張のように円形度を減じる
, )
異形化処理を行ってトナーを製造することがあるにしても,本願補正発明の実施例
に特有なことであるとはいえない。
また,本願明細書(甲11,12)には ,【0057 】
「 (製造方法)本発明の乾
式トナーの製法を例示する。・・・」「 0058】乾式トナーは以下の方法で製造
,【
することができるが勿論これらに限定されることはない。,【0062】得られた
」「
トナーを球形化するにはトナーバインダー樹脂,着色剤からなるトナー材料を溶融
混練後,微粉砕したものをハイブリタイザー,メカノフュージョンなどを用いて機
械的に球形化する方法や,いわゆるスプレードライ法と呼ばれるトナー材料をトナ
ーバインダーが可溶な溶剤に溶解分散後,スプレードライ装置を用いて脱溶剤して
球形トナーを得る方法。また,水系媒体中で加熱することにより球形化する方法な
どが挙げられるがこれに限定されるものではない 。」と記載されており,わざわざ
球形化処理を行ったトナーも,本願補正発明の対象とすることが記載されている。
したがって,本願補正発明の実施例において異形化処理が行われていることをも
って,刊行物1発明との異同をいう原告の主張は理由がない。
(3) 相違点2に対する判断の誤りとの主張について
ア 本願補正発明と刊行物1発明との相違点2は,トナーの粒径に関する判断で
ある。そこで,以下,検討する。
(ア) 刊行物2(甲2)には,以下の記載がある。
「 請求項1】
【 現像ローラー上に非磁性トナーを供給し,該現像ローラーの表面に該非磁
性トナーを均一に塗布するために該現像ローラーの表面に圧接するように配置された層規制部
材によって構成される現像装置を用い,静電潜像を現像し,ついで転写材に転写を行う非磁性
一成分現像方法に用いる非磁性トナーであって,前記非磁性トナーの真円度が0.70∼0.
90であり,かつ前記非磁性トナーの粒子分布において,体積平均粒子径/個数平均粒子径が
1.20以下,個数粒度分布における4μm以下の粒子が12%以下であることを特徴とする
非磁性トナー。」
「 請求項2】
【 体積平均粒子径が6∼9μmであることを特徴とする請求項1に記載の非
磁性トナー。」
「 0004】
【 【発明が解決しようとする課題】また,従来の非磁性一成分トナーでは,高い
ブレード圧接力のために現像ローラーにトナーが圧力や摩擦熱等により融着する現象,いわゆ
るスリーブ融着を生じるという問題があった。更に,ブレード部材が金属製の場合は,ブレー
ドにもトナーが融着して帯電付与が不十分となったり,トナー層厚が不均一となる問題を生ず
ることがあった。」
「 0005】
【 【問題を解決するための手段】本発明は,現像ローラー上に非磁性トナーを供
給し,該現像ローラーの表面に該非磁性トナーを均一に塗布するために該現像ローラーの表面
に圧接するように配置された層規制部材によって構成される現像装置を用い,静電潜像を現像
し,ついで転写材に転写を行う非磁性一成分現像方法に用いる非磁性トナーであって,前記非
磁性トナーの真円度が0.70∼0.90であり,かつ前記非磁性トナーの粒子分布において,
体積平均粒子径/個数平均粒子径が1.20以下,個数粒度分布における4μm以下の粒子が
12%以下であることを特徴とする非磁性トナーである。この非磁性トナーは体積平均粒子径
が6∼9μmであり,また非磁性トナーの個数平均分子量(Mn)が3500以上であること
が好ましい。」
「 0009】本発明の非磁性トナーは,体積平均粒子径が6∼9μmであることが好まし
【
い。体積平均粒子径が,これより小さい場合は十分な流動性が得られない場合がある。またこ
れより大きい場合は,細線,文字等の画素の再現性が悪くなる場合がある。体積平均粒子径/
個数平均粒子径は1.20以下,好ましくは1.12以下である。また,個数粒度分布におけ
る4μm以下の粒子が12.0%以下,好ましくは9%以下である。これらの範囲外の場合は,
流動性の低下が起こりやすく,融着が発生しやすくなる。トナーの真円度は0.70∼0.9
0,好ましくは0.80∼0.88である。0.70未満では,流動性の低下,帯電性の不均
一,トナー攪拌における磨耗過多が起こりやすくなり,トナーの融着が発生しやすくなる。一
方,0.90より大きいと,クリーニング不良が発生したり,帯電立ち上がり性が低下しやす
くなる。また,非磁性トナー個数平均分子量(Mn)は3500以上であることが好ましく,
3500未満の場合はトナー粒子の硬度が低いため摩擦熱によって現像ローラーやブレードに
融着しやすくなる。なお,前記非磁性トナーの体積平均粒子径及び個数粒度はコールターカウ
ンターよって測定することができる。」
「 0010】本発明におけるトナー粒子の真円度は以下の方法で測定した。真円度は次式
【
で規定する。
【数1】M=(4πS) /L (1)
S:トナーの投影面積
L:トナーの周囲長
トナー粒子をSEMの2000倍にて撮影する。得られた写真で,トナーを画像解析し,トナ
ーの投影面積(S)及び周囲長(L)を求め(1)式により真円度(M)を求める。サンプリン
グ数は100個とし,その平均値を本発明でいう真円度とする。本発明の非磁性トナーは,粉
砕時にジェットミル粉砕後,分級したものについて,ハイブリダイザーによって,ラウンドエ
ッジ化処理を施したり,機械的粉砕法を用い,粉砕条件,粉砕回数を調整することにより真円
度を制御することができる。」
(イ) 以上によれば,刊行物2では,十分な流動性を得ると同時に画素の再現性
を持たせるために,トナーの体積平均粒径を6∼9μm,体積平均粒径/個数平均
粒径を1.20以下とし,流動性の低下,融着の防止のために個数粒度分布におけ
る4μm以下の粒子を12.0%以下とするものである。また,トナーの真円度 平
(
均円形度に相当)については,低すぎると流動性等が低下し,高すぎるとクリーニ
ング不良が発生するとして,0.70∼0.90が望ましいとされている。
そうすると,刊行物2では,相違点2に係る,体積平均粒径,体積平均粒径/個
数平均粒径,微小粒子の含有率について,その数値に若干ずれはあるものの,本願
補正発明と同様の目的で,ほぼ重複した粒径の条件が特定されているといえる。
ただし,甲2に記載された真円度を換算した結果の平均円形度は,本願補正発明
が規定する平均円形度と一部重なっている部分もあるが,本願補正発明では好まし
くないとされている数値範囲に属するものを含む。
イ 相違点2に係る刊行物3(甲3)の開示事項について
(ア) 刊行物3には次の記載がある。
「 0011】
【 【発明の実施の形態】以下,好ましい実施の形態を挙げて,本発明をより詳細
に説明する。本発明の静電荷像現像用トナーは,少なくとも結着剤樹脂と着色剤とを有する静
電荷像現像用球形トナーであって,結着剤樹脂の主成分がポリエステル樹脂であり,且つトナ
ーの体積平均粒径(Dv)の値が1.0μm∼10μmの範囲内にあり,体積平均粒径と個数
平均粒径(Dn)との比の値Dv/Dnが1.00∼1.40であることを特徴とする。先ず,
本発明の静電荷像現像用トナーは,その体積平均粒径(Dv)が1∼10μmと小粒径である。
即ち,Dvの値が1μmよりも小さくなると,転写効率が低下して廃トナー量が増加するばか
りでなく,画像の抜けやムラが発生し易くなり好ましくない。又,Dvの値が10μmより大
きくなると,得られる画像の画質が低下してしまい実用上充分なものが得られない。更に,高
画質化の観点からは,本発明の静電荷像現像用トナーの体積平均粒径(Dv)が1∼6μmの
範囲内にあることがより好ましい。」
「 0012】本発明の静電荷像現像用トナーは,上記したような体積平均粒径(Dv)を
【
有する小粒径のトナー粒子であるが,その粒度分布が,トナーの個数平均粒径をDnとした場
合に,Dv/Dn=1.00∼1.40とシャープであることを要する。即ち,Dv/Dnの
値が1.40を超えると,粒度分布がブロードになる結果,得られる画像にトナーの飛び散り
がみられ,又,非画像部におけるカブリ等が発生し易くなり,従来の粉砕トナーとの有意差が
みられなくなってしまう。本発明においては,更なる高画質化の観点から,Dv/Dnの値が
1.00∼1.15の範囲内にあるトナーであることがより好ましい。」
「 0013】上記したシャープな粒度分布を有する小粒径の本発明の静電荷像用トナーを
【
使用すれば,現像装置に用いられている感光体ドラムの寿命やクリーニングブレードの寿命を
延ばすことが可能となる。・・・」
「 0015】上記した様な平均粒径と粒度分布を有する本発明の静電荷像現像用トナーは ,
【
いずれの形状のものでもよいが,高画質化の観点からは,トナー粒子の形状が球形に近いもの
ほど好ましい。例えば,以下に述べるトナーの形状係数SF−1の値が100∼140の範囲
内,更に好ましくは,SF−1が100∼125の範囲内にあることが好適である 。・・・」
(イ) 以上によれば,刊行物3では,転写効率,高画質化,画質悪化防止等の観
点から,体積平均粒径を1∼6μm,体積平均粒径/個数平均粒径を1.00∼1.
40とし,またその場合のSF−1を100∼140(Wadellの実用球形度
換算で1.00∼0.845)としている。
そうすると,刊行物3では,相違点2に係る本願補正発明の粒径の規定と重複し
た条件が規定されている上,真円に近いトナーにおいても当該条件が妥当すること
が記載されている。
ウ 相違点2の容易想到性について
(ア) 相違点2に係る本願補正発明における粒径関係の規定は,上記アのとおり,
刊行物2の開示事項とかなりの部分で重複するものであり,刊行物2に記載する真
円度から換算した平均円形度は,本願補正発明に規定する平均円形度よりも低い数
値を含むものの,上記イのとおり,刊行物3に見られるように,平均円形度が高い
場合でも,ほぼ同様の粒径関係の規定が妥当するものである。そして,平均円形度
と粒径関係におけるこのような関係は,例えば,特開2002−40711号公報
(甲7。周知例4)において「体積平均粒径3∼8μm,平均円形度0.930∼
0.980,好ましくは2.0μm以下の微粉トナー量10個数%以下」【請求項
(
1】【請求項2】【0027】∼【0030 】
, , )と,特開2001−296684
号公報(甲8。周知例5)において「体積平均粒径3∼8μm,円形度0.95∼
1,体積平均粒径/個数平均粒径=1∼1.3」【請求項1】【請求項2】【00
( , ,
35】∼【0038】)と,あるいは特開2002−182427号公報(甲9。
周知例6)において「体積平均粒径として好ましくは3∼12μm,更に好ましく
は4∼10μm,特に好ましくは5∼9μm。体積平均粒径/個数平均粒径の上限
値は好ましくは1.24以下,更に好ましくは1.22以下,特に好ましく1.2
以下で,下限値は1.03以上,好ましくは1.05以上。円形度は好ましくは0.
95以上,更に好ましくは0.96以上で,好ましくは0.99以下」【0070】
(
∼【0072】)とされているように,周知といえるものである。
(イ) そうすると,刊行物1発明における真円度の大きなトナーにおいても,刊
行物2において規定された粒径に関する規定を参照することは,当業者が普通に行
い得る事項であるといえる。
そして,刊行物2及3,周知例4∼6の周知技術は,それぞれ本願補正発明で規
定された粒径に関するパラメータの数値範囲とかなりの部分で重複するものであ
る。もっとも,これらの数値範囲は完全に一致するものではないが,本願補正発明
の規定も,前記のとおり,7つの実施例と5つの比較例から望ましいと考えられる
数値を設定したものであって,臨界的な意義のある数値というわけではない。
したがって,相違点2に係る本願補正発明の各種数値を設定することに格別の困
難性があるとはいえないから,刊行物3の技術及びその他の周知技術を考慮すると,
刊行物1発明に刊行物2を適用して相違点2に係る構成を行うことは,当業者であ
れば容易であると認めることができ,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
エ(ア) なお,原告は,本願補正発明は,平均円形度,体積/個数平均粒径,微
小粒子の含有率が密接に関連したもので,すべての要件を満足して初めて長期使用
が可能という効果が生じるものであり,これらを分解して判断することはできない
し,周知例にはいずれもこの要件を満たしたものはないと主張する。
しかしながら,各種パラメータの持つ意味が,それぞれ基本的に知られているこ
とは上記(2)ウ(イ)のとおりであり,平均円形度,粒径関係の規定,微小粒子の含
有率が原告主張のように密接に関連するとしても,所望の性質のトナーを得るため
に,全体性能の悪化に配慮しつつ目当てのパラメータを調節することは通常の創作
活動に属する事項である。さらに,本願補正発明におけるパラメータの規定に,臨
界的な意義があるとはいえないことも前記のとおりである。
したがって,原告の主張は採用できない。
(イ) また,原告は,刊行物2では真円度が大きいトナーは問題があるとされて
いるから,これを刊行物1発明に組み合わせることができないと主張する。
しかしながら,上記ウ(イ)のとおり,刊行物1発明における真円度の大きなトナ
ーにおいても,刊行物2において規定された粒径に関する規定を参照することは当
業者が普通に行い得る事項であるといえ,原告の主張は採用できない。
(4) 本願補正発明の課題の看過及び本願補正発明の効果についての認定の誤り
との主張について
ア 原告は,本願補正発明は,ウレア変性ポリエステルを使用した刊行物 1 にお
ける乾式トナーであっても,特に長期間使用した場合に問題があるとの知見に基づ
きされたものであり,このような問題点は,原告の発明者グループが初めて発見し
たものであり,刊行物1∼3あるいは周知例1∼7のいずれにもそのような問題点
は認識されておらず,また,各種パラメータにつき,本願補正発明の設定を行うこ
とによりトナーの長寿命化が達成されたから,その効果を予測することができたと
する審決の認定は誤りであると主張する。
イ しかしながら,トナーにおいて,全体性能の向上を図ることは,原告も認め
るように技術常識であるところ,全体性能が向上されれば,性能的に劣る部分によ
って生ずる使用中の不具合が減少することになるから,長期使用に寄与することは
明らかといえる。そうすると,全体性能の向上と長期間使用後の問題点解消は,表
裏の関係にあるといえるから,当業者において,トナーの長期間使用後の問題点解
消に関する認識がないとはいえない。
また,各種のパラメータを特定範囲に規定する本願補正発明のような場合,各種
パラメータ以外の樹脂の種類,外添加剤の種類などを一定にした上で効果を比較す
ることが不可欠である。しかしながら,本願明細書には,これらの条件がまちまち
な7つの実施例と5つの比較例があるだけであるから,これらの記載をもって,本
願補正発明に当業者が予測できないような効果があるとまでは認めることはできな
い。
したがって,原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(本願補正前発明についての誤り)について
審決は,本願補正前発明の進歩性につき,本願補正発明の進歩性否定理由と同様
の理由で否定したところ,相違点1,2に係る本願発明の構成は本件補正前後で変
更がないものであるから,本願補正前発明についても進歩性がないとする審決の判
断に誤りがない。
4 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
本 多 知 成
裁判官
田 中 孝 一
最新の判決一覧に戻る