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平成20(行ケ)10113審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年10月29日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告ペルメレック電極株式会社
対象物 電解用電極及び該電極を使用する電解槽(その後
法令 特許権
特許法29条2項2回
特許法36条2回
キーワード 審決26回
実施9回
進歩性3回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 本件は,原告が名称を「電解用電極及び該電極を使用する電解槽 (その後」 「 」 )平成19年11月26日付け補正により 電解用電極及び水電解方法 と変更 とする後記発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを 不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原 告がその取消しを求めた事案である。

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判決文

判決言渡 平成20年10月29日
平成20年(行ケ)第10113号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年10月22日
判 決
原 告 ペルメレック電極株式会社
訴訟代理人弁理士 竹 沢 荘 一
同 中 馬 典 嗣
同 鈴 木 敏 弘
同 森 浩 之
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 國 方 康 伸
同 綿 谷 晶 廣
同 徳 永 英 男
同 中 田 と し 子
同 酒 井 福 造
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2005−22825号事件について平成20年2月4日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,原告が名称を「電解用電極及び該電極を使用する電解槽 」(その後
平成19年11月26日付け補正により 電解用電極及び水電解方法」と変更)

とする後記発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを
不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原
告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は,平成19年11月26日付け補正に係る発明(本願発明)が,下記
引用例1∼4との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。

・引用例1:特開平7−299467号公報(発明の名称「電気分解による
廃水溶質の処理方法」,出願人 イーストマン コダック カン
パニー,公開日 平成7年11月14日。以下「引用例1」と
いい,そこに記載の発明を「引用例1発明」という。甲1)
・引用例2:特開昭48−99080号公報( 発明の名称「 不溶性電極 」,
出願人 旭硝子株式会社,公開日 昭和48年12月15日。
以下「引用例2」といい,そこに記載の発明を「引用例2発
明」という。甲2)
・引用例3:特開昭59−23890号公報( 発明の名称「 不活性電極 」,
出願人 プラズマ技研工業株式会社,公開日 昭和59年2月
7日。以下「引用例3」といい,そこに記載の発明を「引用
例3発明」という。甲3)
・引用例4:特開平5−339769号公報(発明の名称「中間室を設
けた純粋電解槽 」,出願人 A,公開日 平成5年12月21
日。以下「引用例4」といい,そこに記載の発明を「引用例
4発明」という。甲4)
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成8年4月2日,名称を「電解用電極及び該電極を使用する電
解槽」とする発明につき特許出願(特願平8−106379号。公開特許公
報〔特開平9−268395号〕は甲5)をしたが,拒絶査定を受けたので,
平成17年11月25日これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2005−22825号事件として審理し,その
中で原告は平成19年11月26日付けで発明の名称を「電解用電極及び水
電解方法」と変更したほか,特許請求の範囲等の変更を内容とする補正(以
下「本件補正」という。請求項の数3。甲9)をしたが,特許庁は,平成2
0年2月4日,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄
本は平成20年2月27日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項の数は3であるが,
その請求項1に記載された発明(以下「本願発明1」という。)は,次のと
おりである。
「電極基体,及び該電極基体表面に被覆した導電性ダイアモンド構造の
電極物質とを含んで成り酸性水,アルカリ性水又はオゾン水を製造するた
めに使用することを特徴とする電解用電極。

(3) 審決の内容
ア 審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,
本願発明1は,前記引用例1∼4記載の発明及び周知事項に基づいて
容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受
けることができない,というものである。
イ なお審決は,引用例1発明の内容,本願発明1と引用例1発明との一致
点及び相違点を次のとおりとした。
〈引用例1発明の内容〉
電導性基板と,電導性基板表面に被覆した電導性結晶性ドーピング化
ダイヤモンドの層もしくはフィルムを含み,溶液中溶質の処理に用いる
電解用陽極。
〈一致点〉
いずれも「電極基体,及び該電極基体表面に被覆した導電性ダイアモ
ンド構造の電極物質とを含んで成る電解用陽極」である点。
〈相違点〉
本願発明1の電解用陽極は ,「酸性水,アルカリ性水又はオゾン水を
製造するために使用する」ものであるのに対し,引用例1発明の電解用
陽極は,「溶液中溶質の処理」に使用するものである点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には以下に述べるとおり誤りがあるから,違法として
取り消されるべきである。
ア 取消事由1(引用例1発明の認定及び本願発明1との対比の誤り)
審決は,引用例1発明の内容について,前記(3)イのとおり認定したが,
引用例1発明は廃水処理,具体的には現像液等の写真廃水中の有害物を電
気的に分解して無害化するためのものであるから,前記認定中の「溶液中
溶質の処理」とは,「廃水中の有害成分を酸化的に電気分解して,無害化
する」と言い換えるべきである。
そうすると,本願発明1と引用例1発明との対比において,相違点を …

『溶液中溶質の処理』に使用するものである 。」とした点についても,「廃
水中の有害成分を酸化的に電気分解して,無害化する(ため)」と言い換え
るべきである。
このように,審決がなした引用例1発明の認定及び本願発明1と引用例
1発明との対比には誤りがあるから,審決は取り消されるべきである。
イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
以下に述べるとおり,引用例1記載の発明において,溶液中溶質の処理
に使用する電解用陽極を,酸性水,アルカリ性水又はオゾン水の製造にも
使用することは,当業者が容易に想到し得ず,これを容易とした審決の判
断は誤りである。
(ア) 異なる電解反応への転用の困難性
a 審決は,引用例4には,電解用電極乃至電解用陽極を使用して,カ
ソード液(アルカリ性水)を製造する旨が記載されているとし,また,
引用例2及び3によれば,電解用電極ないし電解用陽極を,水電解,
水処理,有機電解反応などの電解を行う各種の用途に使用することは,
本願出願前において周知の事項であるとして,本願発明の相違点は容
易想到であるとした。
b この点,機能水製造が本願出願前に周知であったことに誤りはない
が,引用例4の純水製造で使用されている電極は,実施例1及び実施
例2ではカソードがカーボン,アノードが網状白金であり,実施例3
では両極とも白金であって,電極として導電性ダイアモンド構造の電
極を使用することに関する開示及び示唆は皆無である。同様に,引用
例2及び引用例3でも,電極として導電性ダイアモンド構造の電極を
使用することに関する開示及び示唆は皆無である。
そもそも,本願発明1は,従来周知である機能水製造において導電
性ダイアモンド構造の電極を使用することにより,それ以外の従来使
用された電極より高効率で,かつ必須要件である高純度であることを
十分に満足する機能水を,電解法のみで製造できることに技術的価値
が存するものである。そして,本願発明1における電解対象は溶液中
溶質ではなく,溶液中溶媒である水を電解することにより,溶媒であ
る水より有益な物質を含有する酸性水,アルカリ性水又はオゾン水で
ある機能水を生み出すことを目的とするものである。
これに対し,引用例1発明は ,「各種工業廃液中の溶質である有害
成分を酸化分解して無害化する」こと,すなわち有害成分を消滅させ
ることが目的である。
このように,引用例1発明と本願発明1とは対象とする電解反応に
一致点がない。そして,公知又は周知の電解反応に対し,どのような
種類の電極を使用して最適な電解環境を構成するかは,電解工業にお
ける最重要課題の1つである。その際,効率が重視されるのは当然で
あるが,個々の電解反応特有の特徴や制約があり,単に他の反応で使
用されている電極をそのまま該当反応に転用すれば済むということで
はない。
特に導電性ダイアモンド構造の電極は,本願出願時(平成8年4月
2日)においては比較的新しい電極であり,用途に関する研究が不十
分で明確な指針がない状況であった。そのような状況下で,十分に研
究が進んでいない導電性ダイアモンド構造の電極を他の全く異なった
電解反応に転用することは,当業者といえども容易なことではない。
c また,引用例1には,炭素−炭素共有結合の開裂については開示さ
れているが,結合の形成については開示されていない。オゾン製造の
ためには,3つの酸素原子の結合の形成が必須であるが,引用例1に
はそのような記載がない。
本願発明1は,水素−酸素イオン結合の解離と,3つの酸素原子の
結合の形成を必須とするオゾン水等の製造を対象とするのに対し,引
用例1には,電解反応のうちの炭素−炭素共有結合の開裂による有機
化合物の分解が開示されているのみである。オゾン水製造と有機化合
物の分解は相反する電解反応である。
このように,部分的に(電極吸着を除く)電子の授受という点以外
に一致点のない複数の反応の一方にダイアモンド電極を使用すること
が公知であっても,何の関連もない他の反応に同じ電極を使用するこ
とを着想することは当業者にとって容易ではない。
(イ) 電解法のみによる機能水製造という発想の困難性
オゾン水等の機能水製造では,高純度オゾンを分離・再溶解という付
加的な操作を行うことなく,電解法で直接製造するという発想さえなか
った。したがって,引用例1の記載からでは,分離・再溶解という付加
的な操作を行うことなく電解法のみで機能水製造を行うことを目的とす
る本願発明1には,当業者であっても容易に到達できない。
(ウ) 電流効率
a 本願の出願後の文献によれば,オゾン製造の電流効率は白金電極で
0.2%,DSA(DSE)が0.05%,酸化鉛電極が5%,ダイ
アモンド電極(BDD)が2%であるとされているのに対し( 電気

化学および工業物理化学 」〔甲10〕72巻7号〔2004年7月〕
521頁∼528頁),本願実施例においては,導電性ダイヤモンド
構造の電極の電流効率は約5∼12%に達している。このように,導
電性ダイアモンド構造の電極は,機能水製造用として使用可能な従来
型電極である白金電極やDSAより高電流効率でオゾン製造に使用で
きるものである。
また,本願明細書(甲5)記載の実施例4∼7によれば,本願発明
1におけるオゾン生成の電流効率は,得られるオゾンの重量%の数値
とほぼ同じと算出でき,電解条件が異なるので単純な比較はできない
が,導電性ダイアモンド構造の電極は酸化鉛電極の電流効率と同等か
それ以上であると推測できる(なお,酸化鉛電極は,電流効率自体は
ダイアモンド電極より優れているとみる余地があるとしても,電解時
の溶出が激しいため,機能水製造用に適さない。。

このように,導電性ダイアモンド構造の電極は機能水製造用として
最適の電極であると判断でき,効率面からもオゾン製造用としての導
電性ダイアモンド構造の電極の優秀性は明白である。
b なお被告は,原告の上記主張は本願発明1の一部の効果に関するも
のであって,本願発明1全体の作用効果に関するものではない,つま
り,オゾン水以外の酸性水及びアルカリ水については電流効率が記載
されていない旨主張する。
しかし,仮にそのとおりであれば,本願は本願発明1の開示が不十
分で特許法36条に違背しているか,産業上の利用できる発明に該当
せず同法29条1項柱書に違背していることになる。これらは同法2
9条2項に先立って審査されるべきである。そうすると,審決は適用
条文を誤った違法がある。しかも,拒絶理由を原告に通知する義務を
怠っている。これが通知されていれば,原告は請求項や発明の詳細な
説明の補正を含めた対応が可能であったのである。
したがって,被告が訂正の機会を与えることのなかった電流効率の
記載の不備について本訴訟で初めて言及することは失当である。
(エ) 不純物レベルの差異
引用例1には,ダイヤモンド電極は電極物質を液中に放出しないこと
が開示されている。
しかし,廃水処理後の不純物量に対し溶解する白金量は平均して10
00分の1以下という無視できる量であり,電解後においても大量の不
純物(数百∼数千ppm)が残存する廃水処理においてダイヤモンド電
極を使用して,例えば白金電極を使用する際に生じる金属溶出量(数∼
数百 ng/ml)を実質的にゼロにしても,実効的な効果はない。
これに対し本願発明1で製造される機能水は半導体洗浄に使用され,
必要とされる不純物レベルは ng/ml というレベルである。
このように,引用例1発明でダイヤモンド電極を使用することにより
溶液中への金属溶出が防止できることが開示されていても,要求レベル
が違いすぎて,それを直ちに機能水製造に適用して本願発明1に到達す
るという着想は生じ得ない。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
引用例1(甲1)の【請求項1】には ,「その環境中への排出がさらに許
容可能なものに溶液をするための,溶液中溶質の処理方法」として,正に「溶
液中溶質の処理」であることが記載されている。確かに,引用例1には, そ

の環境中への排出がさらに許容可能なものに溶液をするための」として,処
理方法の用途も記載されているが,その用途にかかわらず電気分解処理の対
象物が溶液中溶質である点に変わりはない。
したがって,引用例1発明を,「溶液中溶質の処理」に用いる電解用陽極
と認定し,これに基づいて相違点を認定した審決に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア 引用例1発明の機能水製造への適用につき
引用例4には,電解用電極ないし電解用陽極を使用して,カソード液 ア

ルカリ性水)を製造する旨,その際,当該電極の材料として白金を用いる
ことや,不純物濃度が問題となることが記載されている。
そして,引用例4には,不純物が電極の溶解によって生じるものと明記
はされていないものの,電極の溶解によっても不純物が生じることは当該
技術分野において周知の技術事項であるから,引用例4に記載された電極
についても,不純物濃度を低減するために電解溶液中への溶解のない材料
を選択しようとすることは,当業者が当然に想起するものといえる。
また,アルカリ性水以外の酸性水やオゾン水の製造に電解用陽極を使用
することも本出願前に周知であるから,その電極も,不純物濃度を低減す
るために電解溶液中への溶解のない材料を選択しようとすることに格別の
創意は要しないものというべきである。
この点,原告は,本願発明1と引用例1発明とは,対象とする電解反応
に一致点がないなどと主張するが,特定の処理に使用される電極と他の処
理に使用される電極とが相互に適用可能であることは周知であると解され
るし,電解処理における電極とは,その電解対象が溶液中溶媒であるか溶
液中溶質であるかにかかわらず,電解対象との間で電子を受け渡しするも
のである点において同じであることにもかんがみれば,電解反応が異なる
電解処理どうしでその電極材料を相互に適用しようとすることは,当業者
に自明というべきである。
そうすると,溶液中溶媒の電解処理における電解溶液中への溶解のない
電極材料として,引用例1発明のような溶液中溶質の電解処理に用いられ
る電極材料をその適用対象とすることに,格別の困難性はないというべき
である。
そして,導電性ダイアモンド構造の電極が,白金電極と比較して不純物
が少ないことは引用例1に記載されているのであるから,引用例4に記載
されているように不純物の低減を課題としたカソード液の電解製造に使用
される電極又は周知の酸性水・オゾン水の電解製造に使用される電極とし
て不純物の低減を期待できる引用例1発明を使用することは,当業者が容
易に想到し得た事項というべきである。
なお,導電性ダイアモンド構造の電極が,本願出願時点で十分に研究が
進んでいないとしても,この点のみをもって当該電極の他用途への適用を
阻害する特段の事情が生じるものとはいえない。
また原告は,電極として導電性ダイアモンド構造の電極を使用すること
に関する開示及び示唆は皆無である旨主張するが,審決は,引用例1発明
において溶液中溶質の処理に使用する電解用陽極を酸性水,アルカリ性水
又はオゾン水の製造にも使用することが当業者に容易想到であることの根
拠として,引用例2ないし4を引用したものであるから,原告の主張は失
当である。
イ 電解法のみで機能水製造を行うという発想がないことにつき
原告は,引用例1の記載からは,本願発明1のような電解法のみで機能
水製造を行うことには容易に到達できない旨主張するが,本願発明1は 酸

性水,アルカリ性水又はオゾン水を製造するために使用する」と特定され
るのみであって,電解処理において分離・再溶解という付加的な操作を行
うことなく,電解法のみで直接製造するために使用することは記載されて
いない。
そうすると,本願発明1は,電解して得たオゾンガスを水に溶かしてオ
ゾン水を製造する方法に使用する電極を排除するものとはいえず 本願 甲
( 〔
5〕の段落【0034】∼【0037】にも,オゾンガスを電解製造する
例が実施例4∼7として記載されている),本願発明1が,酸性水,アル
カリ性水又はオゾン水を,分離・再溶解という付加的な操作を行うことな
く電解法のみで製造するために直接使用する電極であると限定的に解釈す
べきものとはいえないから,原告の主張は請求項の記載に基づかないもの
であって,失当である。
ウ 電流効率につき
原告は,本願発明1が電流効率に優れる点を主張するが,本願の発明の
詳細な説明には,導電性ダイアモンド構造の電極の電流効率について記載
されていないから,当該主張は発明の詳細な説明の記載に基づいていない。
また,本願発明1は,オゾン水のみならず,酸性水又はアルカリ性水の
製造に使用する電解用電極をも包含するものであるところ,原告がオゾン
の製造についてする主張は,本願発明1の一部の効果に関するものであっ
て,本願発明1全体の作用効果に関するものでもない。
したがって,原告の主張は失当である。
なお,導電性ダイアモンド構造の電極自体の電流効率に関して言及すれ
ば,引用例1(甲1)の段落【0047】及び段落【0050】には,ダ
イヤモンド陽極がPt−on−Ti陽極よりも電流効率に優れることが記
載されているから,導電性ダイアモンド構造の電極が白金電極等と比較し
て電流効率が優れることは引用例1の上記記載から予測し得る効果にすぎ
ない。
エ 不純物レベルにつき
原告は,半導体洗浄に使用される機能水に必要とされる不純物レベルは
ng/ml のオーダーであって,引用例1発明とは不純物の供給レベルが違う
ことなどを主張するが,本願の請求項1は,酸性水,アルカリ性水又はオ
ゾン水の用途について何ら特定していないのであるから,本願発明1が半
導体洗浄に使用する機能水を製造するために使用する電極に限定的に解釈
し得るものとはいえない。
また,本願(甲5)の発明の詳細な説明においても,段落【0046】
に,本発明に関わる電解用電極を使用して製造されるオゾンガス又はオゾ
ン水を殺菌用等に使用することも記載されているのであるから,この点か
らみても,本願発明1が半導体洗浄のみに使用するものと限定的に解釈さ
れないことは明らかである。
したがって,原告の主張は特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載
に基づいておらず,失当である。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容 ),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本願発明1の意義
(1) 本件補正後の本願発明1は次のとおりである(審決の認定に同じ)

「電極基体,及び該電極基体表面に被覆した導電性ダイアモンド構造の電
極物質とを含んで成り酸性水,アルカリ性水又はオゾン水を製造するため
に使用することを特徴とする電解用電極。

(2) また,本件補正後の本願明細書(甲5,9)には次の記載がある。
ア 産業上の利用分野
・ 「本発明は,長寿命で生成する電解液やガスに不純物を殆ど含まないようにする
ことができる電解用電極,この電極を使用する水電解方法に関し,より詳細には導
電性ダイアモンド構造を有する電極物質を使用する電解用電極,及びオゾン生成,
酸性水及びアルカリ性水生成を行うための水電解方法に関する。 段落 0001】

」 【 )
イ 従来技術とその問題点
・ 「水,あるいは電解質を溶解した電解液を電解して有用な各種物質を製造する試
みは従来から広く行なわれている。これらの電解法の開発により従来の製品の製造
過程が大きく変化しているものがある。例えば半導体デバイスや液晶パネルの製造
過程の洗浄には従来は有機溶剤やフッ酸,硫酸,塩酸,硝酸などの無機酸,及びオ
ゾン水や過酸化水素水などの酸化剤が多く使用されていた。しかしこれらの薬剤は
使用に際して危険であるだけでなく,有機溶剤はオゾン層破壊などの環境問題を誘
起する可能性があること,又他の無機酸や塩類ではその廃水処理に多くの手間とコ
ストが掛かるなどの問題があった。更にこれらの薬剤によって洗浄処理を行なった
デバイスや液晶パネルではこれらの薬剤を除去するために多量のいわゆる超純水を
使用しなければならないという問題点を有していた。(段落【0002】
」 )
・ 「…これらの問題点を解決するために,最近は隔膜で陽極室と陰極室に区画した
電解槽で水又は微量の塩酸や食塩,塩化アンモニウムなどの塩を添加した水を電解
することにより,陽極室から酸化還元電位(ORP)の高い即ち酸化性が極めて強
くかつ僅かに酸性を有する水溶液を,又陰極室からORPの低い即ち還元性が極め
て強くかつ僅かに塩基性を有する水溶液をそれぞれ生成し,これらを前記デバイス
等の洗浄に使用することが行なわれている。【0003】

・ 「…このような電解では通常白金を被覆したチタン電極が使用され,その消耗速
度は1∼ 10 μg/AH程度であり,電解液中で使用すると標準的には1∼ 10ppb
程度の白金が溶解し混入することになる。100 ppm 程度の次亜塩素酸水溶液を調製
する際に酸化イリジウムなどの酸化物電極も使用されるが,これも白金の 1/10 程
度の消耗がある。(段落【0004】
」 )
・ 「この溶解金属量は食品や医療用では問題とならないが,半導体洗浄では十分に
高くこの除去が大きな問題になる。本発明者らは,固体電解質としてイオン交換膜
を使用し,該膜に電極を密着して電解することにより電極物質の消耗を約 1/10 程
度に減らすことに成功したが,それでも液中に溶解すると導電性となる金属の溶出
が僅かにしてもあること自体が問題である。これらの問題点を回避するためにオゾ
ン水の使用が検討されている。…しかしこの電解オゾン製造でも金属電極を使用す
ると電解の進行に従って金属が溶出し,又炭素電極では消耗が激しく長期間の運転
に不向きであるという前述と同様の欠点がある。(段落【0005】
」 )
・ 「金属混入を避けるためには,電極として非金属型にすれば良く,非金属として
使用可能な物質として炭素がある。炭素電極は通常多孔質であるため電解の進行と
ともに破壊や溶解が起こり易く,又陽極として使用すると一部が酸化して炭酸ガス
となり消耗が速いという問題点がある。又陰極として使用する場合でも炭酸ガスと
しての揮発はないものの,生成する水素の気泡が陽極側酸素より小さく電極の破壊
が進み易いという問題点がある。この破壊の進行を防止するために大きな電流を流
すことができず,必然的に大きなORPが得られないという問題点がある。(段落

【0006】
・ 「これまで述べてきた電解による酸性水やアルカリ性水の製造,更に電解による
オゾン製造の際の電極以外にも,食塩電解等の腐食性雰囲気で使用される電極があ
る。これらの電極,特に陽極はチタンを主とするいわゆる弁金属表面に酸化ルテニ
ウム等の白金族金属酸化物を含む電極物質を被覆した商品名DSE又はDSAの実
用化から金属電極の時代に入った。このDSEは当初食塩電解用として実用化され
現在では世界的にも殆どの食塩電解用電極が前記DSEに置換されている。又酸素
発生を伴う高速工業めっきなどの分野でも,前記DSEは,安定でかつ変形しない
ため極間距離を小さくして使用できかつ過電圧が小さいという際立ったエネルギー
特性から,更に環境汚染の原因となる可能性が殆どないことから,従来の鉛電極に
替わって広く使用されている。これらの用途以外にもCOD除去による廃水処理,
電解酸化による有機又は無機化合物の合成等にも前記DSEが使用されている。」
(段落【0007】)
・ 「これらの用途において前記DSEはその特性から顕著な電解効率の向上を達成
できるが,逆にその特性に起因する欠点も生じている。即ちDSEは耐食性の弁金
属基体を使用しているが,該弁金属基体は多くの電解液に対して腐食を起こさず安
定に機能するが,一部の物質に対しては必ずしも十分な安定性を示さないことがあ
る。前記DSEは通常熱分解法により製造され,基体表面に分解し付着する電極物
質により完全には前記基体表面が被覆されないことが多く,電解液が電極物質を通
して基体金属に接触し反応を起こすことがあり,基体の溶出を十分に抑制できない
ことになる。…」(段落【0008】)
・ 「この対策として同じ弁金属でもチタンより耐食性の高いニオブやタンタルを基
体金属として使用することが一部で実施されている。しかしこれらの金属は極めて
高価であり,加工も施しにくく,更に表面が極めて酸化されやすく,しかも表面酸
化物が金属から剥離しやすいため,熱分解によって電極物質を表面に形成して製造
されるDSEでは,その処理条件が大きく制限され,現状ではその使用範囲が極め
て限定されている。DSEは省エネルギー化の点で優れ,塩素発生の過電圧が殆ど
ゼロで,酸素発生の過電圧が 500 mV 以下である。これは裏を返すと,塩素及び酸
素は発生しやすいが,電解電圧が低い分,特定の物質に対する電解酸化や電解によ
る分解反応に対する反応性が弱いことになる。実際DSEを陽極酸化に実用化して
いる例は殆どない。(段落【0009】
」 )
・ 「この対策として白金めっき電極が一部使用されているが,極めて高価であるこ
と,寿命が必ずしも十分でないこと等の問題点がある。この他に条件によっては消
耗が殆どなく酸化力に優れた酸化鉛電極も使用されているが,電解液中で常に陽分
極しておく必要がありメンテナンスに問題があること,及びハロゲンイオンを含む
溶液中では必ずしも良好な耐久性を示さないという欠点がある。更に特に有機化合
物の分解用の高過電圧電極として酸化スズ電極があり,該電極は酸素発生過電圧が
極めて高いため,水溶液中での有機化合物の陽極酸化による分解が可能であり,特
にベンゼン核の分解に適していると報告されている。しかし酸化スズ自体の電気伝
導度が比較的小さく大きな電流密度が取れないこと,焼結法で製造するため芯材と
なる金属をセットしにくいといった問題点を有している。(段落【0010】
」 )
・ 「近年導電性を付与したダイアモンドが開発されている。ダイアモンドは熱伝導
性,光学的透過性,高温かつ酸化に対する耐久性に優れており,特にドーピングに
より電気伝導性の制御も可能であることから,半導体デバイス,エネルギー変換素
子として有望とされている。しかしながら電解用電極としての報告は殆どない。
Swain らは,ダイアモンドの酸性電解液中での安定性を報告し…他のカーボン材料
に比較して遙かに優れていることを示唆している。藤島らも,5.5 eVものバンド
ギャップの大きさに注目して還元反応用電極への応用について報告している…。又
ダイアモンドの表面抵抗が湿度によって変化することを利用した湿度センサーの報
告もある…。しかしながら電流密度の高い場合で酸素発生や塩素発生が起こり得る
高い電位領域での工業的な利用の報告は未だされていない。 (段落【0011】
」 )
ウ 発明の目的
・ 「本発明は,前述の従来技術の問題点を解消し,電解液中への電極物質の溶出が
なく,しかも耐久性に優れた,各種電解に使用可能な電解用電極及びこの電極を使
用する水電解方法を提供することを目的とする。(段落【0012】
」 )
エ 発明の効果
・ 「本発明は,第1に,電極基体,及び該電極基体表面に被覆した導電性ダイアモ
ンド構造の電極物質とを含んで成り酸性水,アルカリ性水又はオゾン水を製造する
ために使用することを特徴とする電解用電極である。水電解や腐食性成分を含有す
る電解液の電解に導電性ダイアモンド構造の電極物質を有する電極を使用すると,
該ダイアモンドの耐久性により電極の消耗つまり電極物質の溶出が殆どなくなって
安定した電解操作を長期間継続することが可能になり,更に該電極物質の溶出がな
くなることから,電解操作により得られる陽極液,陰極液及び生成ガス中に前記電
極物質の溶出に起因する不純物の混入がなくなり,高純度の電解液又は生成ガスが
得られる。(段落【0045】
」 )
・ 「本発明に係わる電極を使用して製造する電解液特に陽極液は,特に半導体デバ
イス等の不純物含有量レベルを極度に低く維持することが要求される洗浄用水とし
て要求される各種要件を備え,該洗浄用水として効率良く使用できる。更に水電解
により陽極室で生成するオゾンガス又はオゾン水も半導体デバイスの洗浄を始めと
する各種工業における洗浄用水あるいは殺菌用等として使用されているが,このオ
ゾンガス等の場合も当然に不純物混入量が最小であることが期待されている。本発
明に係わる電解用電極を使用して製造されるオゾンガス又はオゾン水もこの要件を
備え,洗浄用水あるいは殺菌用等として広く使用することが期待される。 段落 0

( 【
046】)
(3) 以上によれば,本願発明1は,長寿命で生成する電解液やガスに不純物を
ほとんど含まないようにすることができる電解用電極,この電極を使用する
水電解方法に関し,より詳細には導電性ダイアモンド構造を有する電極物質
を使用する電解用電極,及びオゾン生成,酸性水及びアルカリ水生成を行う
ための水電解方法に関するものである。そして,本願発明1の技術的背景と
して,従来技術においては電極材料として白金を被覆したチタン電極(段落
【0004 】 ,チタン等の弁金属表面に酸化ルテニウム等の白金族金属酸化

物を含む電極物質を被覆した商品名DSEの金属電極(段落【0007】 ,

酸化鉛電極,酸化スズ電極(段落【0010】)等が使用されていたが,これ
らは電極物質の溶出により消耗したり,電極物質による被覆が十分でないた
め基体が腐食したり,電極の耐久性が良好でない等の課題があり,また,ダ
イアモンドは耐久性に優れているが,電解用電極としての報告はほとんどな
かったところ,本願発明1は,上記課題を解決するため,請求項1記載の「電
極基体表面に被覆した導電性ダイアモンド構造の電極物質」を採用し,これ
により,電極の消耗(電極物質の溶出)がほとんどなく安定した電解操作を
長期間継続することを可能にするとともに,電極物質の溶出がなくなること
から,電解操作により得られる陽極液,陰極液及び生成ガス中に前記電極物
質の溶出に起因する不純物の混入がなくなり,高純度の電解液又は生成ガス
が得られるなどの効果を奏するものである。
3 取消事由1(引用例1発明の認定及び本願発明1との対比の誤り)について
原告は,引用例1発明は,具体的には現像液等の写真廃水中の有害物を電気
的に分解して無害化するためのものであるから,引用例1発明を「溶液中溶質
の処理」と認定し,また同認定を前提に本願発明1との対比を行った審決には
誤りがある旨主張する。
しかし,引用例1(甲1)の請求項1には,「その環境中への排出がさらに
許容可能なものに溶液をするための,溶液中溶質の処理方法であって,前記溶
液を,電導性結晶性ドーピング化ダイヤモンドを含む陽極を用いて電気分解し
て,それにより前記溶質を酸化することを含んでなる処理方法 。」として,そ
の対象が「溶液中溶質の処理」であることが明示されているから,引用例1発
明の電解用陽極を 溶液中溶質の処理に用いる」と認定した審決に誤りはない。

なお,原告の上記主張は,引用例1(甲1)に「本発明方法を用いると特に
利益を受けることができる特定の工業は写真仕上げ業である。ハロゲン化銀写
真要素の処理に用いる数多くの異なる溶液,例えば,現像液,定着液,…は,
本発明方法により有利に処理することができる。…」(段落【0040】)など
といった記載があることを前提とするものと解されるが,原告が主張する「廃
液中の有害成分を酸化的に電気分解して,無害化する」処理は,引用例1発明
の特許請求の範囲に規定された「溶液中溶質の処理」を有利に適用できる用途
を例示したものにすぎず,引用例1発明がこれに限定されるべきものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 原告は,前記第3,1,(3),イの相違点(本願発明1の電解用陽極は, 酸

性水,アルカリ性水又はオゾン水を製造するために使用する」ものであるの
に対し,引用例1発明の電解用陽極は,「溶液中溶質の処理」に使用するも
のである点 。)を容易想到とした審決の判断に誤りがある旨主張するので,
この点について検討する。
(2)ア 前記2,(2)及び(3)のとおり,本願明細書(甲5,9)には,その技術
背景として,白金を被覆したチタン電極(段落【0004】,チタン等の

弁金属表面に酸化ルテニウム等の白金族金属酸化物を含む電極物質を被覆
した商品名DSEの金属電極(段落【0007】,酸化鉛電極,酸化スズ

電極(段落【0010 】)といった電極材料を用いて,水電解により酸性
水又はアルカリ性水を製造し(段落【0013】,又は電解法によりオゾ

ンを製造すること(段落【0005】 が記載されており,これによれば,

電解用電極(電解用陽極)を使用した電解により,酸性水,アルカリ性水
又はオゾン水を製造することは,本願出願(平成8年4月2日)前におい
て周知であったと認められる。
イ また,引用例2∼4(甲2∼4)には,次の記載がある。
・ 「本発明は…不溶性電極に関するものであり,その目的は塩化ナトリウム,塩化
カリウム等のハロゲン化物水溶液の電解,マンガン等の金属製造,マグネシウム製
造等の溶融塩電解,…,電池,有機電解反応等における電極として使用しうる不溶
性電極を提供することにある。(引用例2〔甲2〕1頁左下欄10∼17行)

・ 「本発明は種々な分野において使用されうる不溶性電極に関する。本発明に係る
電極は,中間層又は触媒担持層として特殊な多孔質層を有し,この多孔質層が目的
や用途に応じた各種触媒に対し優れた密着性と担持性を有するものであって,電気
メッキ,有機化合物の電解製造,過塩素酸塩や過ヨウ素酸塩の製造,アルカリ金属
ハロゲン化物の電解,水電解,金属の電解採取,電気防食,水処理等各種の用途に
使用できるものである。(引用例3〔甲3〕1頁右下欄下5行∼2頁左上欄4行)

・ 「 目的】 純水あるいは超純水を電気分解して,半導体製造分野等において求め

られている還元性の強い液を製造するのに適した電解槽を提供する。【構成】 カソ
ード電極を配置したカソード室と,アノード電極を配置したカソード室とを,並設
した一対のイオン交換膜を間にして区分し,この一対のイオン交換膜の間にイオン
交換樹脂を充填した中間室を設けて,DOの低い液を通水させながら純水の電気分
解を行なう。これによってカソード室からDO濃度が極めて低く,還元性の強いカ
ソード液を回収できる。(引用例4〔甲4〕1頁左欄3行∼下1行)

以上によれば,引用例2∼4には,電解用電極ないし電解用陽極は,水
電解,水処理,有機電解反応などの電解を行う各種の用途に使用されてい
ることが記載されており,このことは本願出願前において周知であったと
認められる。
ウ さらに,引用例1(甲1)には,次の記載がある。
・ 「 請求項1】
【 その環境中への排出がさらに許容可能なものに溶液をするため
の,溶液中溶質の処理方法であって,前記溶液を,電導性結晶性ドーピング化ダイ
ヤモンドを含む陽極を用いて電気分解して,それにより前記溶質を酸化することを
含んでなる処理方法。」
・ 「 0005】しかしながら,多くの既知の,廃水中溶質の電気分解酸化法に伴

う多くの課題及び欠点がある。このような課題及び欠点は,一部は,このような電
気分解法に用いられる陽極を構成する特定材料からおこるようである。大部分の陽
極材料は,電気分解酸化において,特に厳しい化学的環境において使用する間に徐
々に腐蝕される。典型的陽極,例えば,白金,二酸化ルテニウム,二酸化鉛及び二
酸化スズの腐蝕により,有毒性材料が環境へ流出することになる。第二に,非回収
性金属資源が消費される。白金陽極は,伝統的電極の中では最も許容可能なもので
あった。実際には,電極からの白金の損失速度は極めて早いので,イオン交換のよ
うな金属回収方式が,法規制の理由及び経済的理由の両者の理由により,溶液から
白金を除去するのに必要とされるであろう。このような方式は,さらに複雑となっ
て全コストがより高くなるので電気分解酸化処理法の有用性が著しく制限されるで
あろう。(段落【0005】
」 )
・ 「さらに,大部分の既知陽極材料は,電気分解酸化に用いた場合,望ましいエネ
ルギー効率より低い効率を示し,典型的に用いられる電流密度で望ましい結果を達
成するためには,比較的長い時間と比較的大量のエネルギー消費を必要とする。ま
た,多くの典型的陽極の作用面で電流密度を高めることにより電気分解酸化速度を
高める試みがなされた場合,陽極のエネルギー効率が相当量低下することが多く,
このことは,電流密度を高めることにより酸化速度を改良するための努力を少くと
も部分的に相殺し,そして必要とされるエネルギー消費量が増加する。 (段落 0

007】)
・ 「 発明が解決しようとする課題】したがって,溶液中の溶質の電気分解酸化法

であって,前記の課題及び欠点を回避又は最少化するであろう方法に対するニーズ
が引続き存在する。すなわち,以下のような方法が必要とされている:用いられる
陽極それ自身が,有毒の又は非回収性金属資源材料を溶液中に放出しない;陽極が
汚染し,そしてその有効性及び有効寿命を低下させる傾向がない;その陽極によれ
ば,従来から典型的に用いられる電流密度及び典型的に用いられる電流密度より有
意に高い電流密度の両者において,比較的高エネルギー効率で前記方法が実施可能
となる;そしてその陽極によれば,エネルギー効率が良好で,しかも溶質の完全酸
化を妨げるような広範な望ましくない副反応を引き起こすことなく,前記方法を広
範囲の各種溶質に効果的に適応することが可能となる。(段落【0010】
」 )
・ 「本明細書で用いられるものとして,用語“電導性(electrically conductive)”
とは1MΩ cm 未満の電気抵抗率を有することを意味するものとする。本発明方法
に電導性結晶性ドーピング化ダイヤモンド陽極を用いると多くの利点が得られるこ
とが,予期又は予測せざることであったが判明した。前記陽極は,前記方法の使用
中に汚染される傾向はない。前記陽極によれば,従来から典型的に用いられた電気
密度及び典型的に用いられた電気密度より有意に高い電気密度の両者において,比
較的高いエネルギー効率で前記方法が実施可能である。前記陽極によれば,エネル
ギー効率が良好でしかも溶質の完全酸化を妨げるような広範な望ましくない副反応
を引き起こすことなく,前記方法を広範囲の各種溶質に効果的に適応することが可
能となる。(段落【0012】
」 )
・ 「さらに,ダイヤモンド陽極は,本発明方法により処理された溶液中に有毒又は
非回収性金属資源材料を排出しない。(段落【0013】
」 )
・ 「対照的に,比較のPt−on−Ti陽極を用いた場合は,有意に大量のクーロ
ンにより,有意に少量の,COD及びDOC減少を生じ,したがって,典型的な電
流密度において本発明方法のエネルギー効率が改良されたことを示している。結果
を以下の第I表に示す。(段落【0047】
」 )
・ 「さらなる結果に,さらに注目すべきである。先に指摘したように,標準陽極材
料,例えば,Ptは,有毒な,非回収性金属資源材料を溶液中に放出することがあ
るが,一方,本発明方法に用いるドーピング化ダイヤモンド陰極はそのようなこと
はない。このことは,先の例(第 III 表∼第 VIII 表)に示されており,表中,“
Pt(ng / mL)”のタイトルがつけられた欄には,本発明の電気分解後又は本発明
以外の電気分解後の溶液中のPt濃度の測定結果が示されている。このような測定
はすべての場合になされた訳ではないが,測定を行った場合には,それらのデータ
は,本発明方法により処理された溶液には低バックグラウンド量のPtが検出され
たにすぎないが,標準白金−チタン陽極を用いた方法では,有意量のPtが処理さ
れた溶液中に放出された。(段落【0092】
」 )
以上によれば,引用例1発明の「電導性結晶性ドーピング化ダイヤモン
ドの層もしくはフィルムを含む電解用陽極」は,従来の白金−チタン陽極
を用いた場合と比べて,電解時に溶液中に陽極材料が溶出することがなく,
かつ,電解時のエネルギー効率が向上するものであることが認められる。
エ これらの記載によれば,引用例1には,電極物質の溶出という課題に対
し,導電性ダイアモンド構造の電極を使用することにより溶出を抑制する
手段が開示されているのであるから,電解法によって酸性水,アルカリ性
水又はオゾン水を製造するという前記周知技術において,本願発明1が課
題とする電極からの溶出を抑制するために,引用例1に記載された導電性
ダイアモンド構造の電極を使用することは,当業者(その発明の属する技
術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到し得るというべき
である。
(3) これに対し原告は,①電解反応の差異,②電解法のみで機能水製造を行う
という発想がないこと,③電流効率,④不純物レベル,を挙げて,上記相違
点が容易想到ではない旨主張するので,以下,順次検討する。
ア 電解反応の差異
(ア) 原告は,個々の電解反応特有の特徴や制約があり,単に他の反応で
使用されている電極をそのまま転用すれば済むものではないから,本願
発明1の導電性ダイアモンド構造の電極を他の全く異なる電解反応に転
用することは容易ではないと主張する。
しかし,上記(2)のとおり,引用例1(甲1)の請求項1には,「…溶
液を,電導性結晶性ドーピング化ダイヤモンドを含む陽極を用いて電気
分解して,それにより前記溶質を酸化する」との記載があり,これによ
れば,引用例1発明の「溶液中溶質の処理」とは,溶液を電気分解した
後に溶質を酸化処理することを意味するものと理解することができる。
また,前記3のとおり,引用例1の溶液の大部分は溶媒の水で構成され
ているものと理解することができるところ(段落【0040】等参照)

このような水で構成されている溶液を電気分解した場合,水の電解反応
が進行することによって水酸ラジカル(OH),水素イオン(H +),オ
ゾン(O3),過酸化水素(H 2O2)等の多数の物質が生成されるものと
認められる(甲10〔電気化学および工業物理化学 Vol.72 NO.7 JULY
2004〕の522頁左欄参照)。
そうすると,引用例1発明は,電解過程で酸性水,アルカリ性水又は
オゾン水を生成する本願発明1と電解反応において異なるということは
できない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,本願発明1は,水素−酸素イオン結合の解離と3つの
酸素原子の結合の形成を必須とするオゾン水等の製造を対象とするのに
対し,引用例1には,電解反応のうちの炭素−炭素共有結合の開裂によ
る有機化合物の分解が開示されているのみであると主張する。
しかし,有機化合物の分解が炭素−炭素共有結合の開裂によるとして
も,上記(ア)で述べたとおり,引用例1に記載された有機化合物の分解
処理は溶媒である水の電気分解を前提とするものであることは明らかで
あって,そうすると,原告の上記主張は前記(2)の判断を左右するもの
ではない。
イ 電解法のみによる機能水製造という発想の困難性
原告は,オゾン水等の機能水製造においては高純度オゾンを分離・再溶
解という付加的な操作を行うことなく電解法で直接製造するという発想が
なかったから,引用例1(甲1)の記載からは,分離・再溶解という付加
的な操作を行うことなく電解法のみで機能水製造を行うことを目的とする
本願発明1を容易になし得ない旨主張する。
しかし,前記のとおり,本願の請求項1は,「酸性水,アルカリ性水又
はオゾン水を製造するために使用する」と規定するのみであって,分離・
再溶解という付加的な操作を行うことなく電解法のみでオゾン水等を製造
することは規定されておらず,本願発明1を原告主張のように限定して解
する理由はない。
その上,電解法で直接製造する方法についても,前記2(2)のとおり,
本願明細書(甲5,9)の段落【0003】 【0046】に記載されてい

るのであって,それ自体周知技術であると認められる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 電流効率
(ア) 原告は,導電性ダイアモンド構造の電極は電流効率の点で白金電極
やDSAより勝り,酸化鉛電極が高純度を要求される物質の製造には使
用できないという技術常識を考慮すれば,導電性ダイアモンド構造の電
極が機能水製造用として最適の電極であると主張する。
しかし,前記2(2)及び(3)のとおり,本願発明1は,「電解液中への
電極物質の溶出がなく,しかも耐久性に優れた,各種電解に使用可能な
電解用電極」を提供することを目的とし(段落【0012 】,導電性ダ

イアモンド構造の電極物質を有する電極を使用することによって,「安
定した電解操作を長期間継続することが可能になり 」 「前記電極物質の

溶出に起因する不純物の混入がなくなり,高純度の電解液又は生成ガス
が得られる」という効果を奏する(段落【0045】)ことが記載され
ているのみであって,発明の目的又は作用効果として電流効率の改善に
関して記載するところがない。
また,電流効率自体に着目しても,前記のとおり,引用例1(甲1)
の段落【0047】には,ダイヤモンド陽極がPt−on−Ti陽極よ
りも電流効率に優れていることが記載されていることにかんがみれば,
導電性ダイアモンド構造の電極が白金電極等と比較して電流効率が優れ
ることは引用例1の上記記載から予測し得る効果というべきである。
そうすると,原告の上記主張は前記(2)の判断を左右するものではな
い。
(イ) なお原告は,本願発明1は特許法36条又は同法29条1項柱書に
違背する可能性があることを前提に,これらは同法29条2項の定める
進歩性の判断に先立って審査されるべきであるにもかかわらず,審決が
進歩性に欠けると判断したことは適用条文を誤った違法があると主張す
る。
しかし,出願に係る発明につき複数の特許不成立となるべき事由があ
っても,審決はそのうちの一つについて判断して不成立とすれば足りる
のであるから,その際に同法29条1項柱書又は同法36条該当性の判
断を常に先行すべきものではない。
また原告は,被告が同法36条ないし同法29条1項柱書に係る拒絶
理由を原告に通知する義務を怠っているとも主張するが,被告が同法3
6条ないし同法29条1項柱書違反の判断を示していないのであるか
ら,原告の主張は前提において理由がない。
エ 不純物レベル
原告は,引用例1の電解後の化学的酸素要求量や溶解有機炭素はppm
オーダーであるのに対し,本願発明1で製造される機能水は半導体洗浄に
使用される機能水に必要とされる不純物レベルが ng/ml オーダーであっ
て,引用例1発明と不純物の要求レベルが違う旨主張する。
しかし,前記2のとおり,本願の請求項1は酸性水,アルカリ性水又は
オゾン水の用途について何ら特定しておらず,かえって,本願の発明の詳
細な説明には ,「…本発明に係わる電解用電極を使用して製造されるオゾ
ンガス又はオゾン水もこの要件を備え,洗浄用水あるいは殺菌用等として
広く使用することが期待される 。 (段落【0046 】
」 )として,半導体洗
浄以外の殺菌用に使用することが記載されているから,本願発明1を半導
体洗浄に使用する機能水を製造するために使用する電極に限定して解すべ
きものとは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
5 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 澁 谷 勝 海

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