平成20(行ケ)10060審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年10月15日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告ロレアル
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対象物 |
ケラチン質繊維に物質を付けるブラシ |
法令 |
特許権
特許法29条2項3回
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キーワード |
審決29回 実施1回 優先権1回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
本件は,原告が,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決
の取消しを求める事案である。 |
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判決文
平成20年(行ケ)第10060号 審決取消請求事件
平成20年10月15日判決言渡,平成20年9月24日口頭弁論終結
判 決
原 告 ロレアル
訴訟代理人弁理士 浜野孝雄,森田哲二,平井輝一
被 告 特許庁長官
指定代理人 八木誠,北川清伸,紀本孝,森山啓
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2005−3936号事件について平成19年10月11日にし
た審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
本件は,原告が,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決
の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成14年3月1日(パリ条約による優先権主張・2001年
(平成13年)3月1日,フランス国),名称を「ケラチン質繊維に物質を付ける
ブラシ」とする発明につき,特許出願(以下「本件出願」という。)をした。
(2) 原告は,平成16年11月29日付けで,本件出願につき拒絶査定を受け
たため(甲5),平成17年3月7日,拒絶査定不服審判を請求した(甲6。不服
2005−3936号事件として係属)。
(3) 特許庁は,平成19年10月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同月24日,その謄本を原告に送達した。
2 本願発明の要旨
審決が対象としたのは,平成17年3月7日付け手続補正(甲7)による補正後
の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。なお,
請求項の数は全39項である。)であり,その要旨は次のとおりである。
「【請求項1】
物質をケラチン質繊維組織に付けるため,特に,マスカラを睫毛に塗布するため
の装置において,
その端部の一方によってステムに固定されるブラシを備え,
該ブラシに隣接する前記ステムの部分が軸(Y)を有し,
−前記ブラシがコアを有し,そのコアの少なくとも一部が湾曲し,
−前記ブラシが前記コアに垂直で且つコアの途中で交差する中間面(P)に関し
て非対称であり,
−前記ステムの前記軸(Y)と前記コアの任意の点における前記コアの軸との間
の角度が90°未満であり,
−前記ブラシが前記ステムの前記軸(Y)と一直線を成していない自由端部を有
し,
−前記ブラシの断面の領域が,前記ブラシの一端から他端まで非単調な形態に変
化し,
前記ブラシは,直線コアを有するブランクであって,前記コアに垂直である中
間面を中心にして対称でなく,前記コアに垂直な方向において外形を見た場合に直
線でない端部(18c;22c;37;46)を有し,前記端部が前記ブラシの製
造中に前記コアに与えられる曲率によって,少なくとも一部はまっすぐになるよう
なブランクから作られる
ことを特徴とする装置。」
3 審決の理由の要旨
審決は,本願発明は,下記引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」とい
う。)及び下記引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないとした。
引用例1 特開平11−222274号公報(甲9)
引用例2 特開平10−80322号公報(甲10)
審決の理由中,引用例1の記載事項及び引用発明1の認定,引用例2の記載事項
の認定,本願発明と引用発明1との対比並びに相違点についての判断に係る部分は,
以下のとおりである(章立ての符号及び明らかな誤記を改めた部分並びに略称を本
判決が指定したものに改めた部分がある。)。
(1) 引用例1の記載事項及び引用発明1の認定
引用例1には,図面と共に次の事項が記載されている。
ア「特定の態様においては,塗布部材は毛を有する。特定の態様においては,塗布部材は非
対称である。特定の態様においては,塗布部材は少なくとも螺旋状フィラメントを有する。別
の特定の態様においては,塗布部材は一般的には湾曲した形態を有する。」(段落番号【00
11】)
イ「本発明による収納塗布器具は特にアイ化粧品,マニキュア液もしくは類似品の塗布また
は口紅もしくは類似品の塗布に利用することができ,塗布部材の形態と特徴および払拭部材の
多孔質材料の密度と高さは対象製品の性状,用途(使用目的)および所望の効果に応じて選択
される。」(段落番号【0012】)
ウ「図1に示す収納塗布器具(10)は一方の端部が開口した容器(11)および塗布具
(12)を具有する。塗布具(12)は軸(X)に沿って直線状のロッド(13)を有してお
り,該ロッドは一方の端部に把持部材(14)を備えていて,該把持部材は容器(11)を閉
鎖するためのキャップを構成する。ロッド(13)は他方の端部に塗布部材(15)を具有す
る。」(段落番号【0018】)
エ「ロッド(13)の下部端は肥大して軸(X)上に塗布部材(15)を固定するためのハ
ウジング(19)を軸(X)上に形成し,該塗布部材は該ハウジング内に部分的に収容される。
塗布部材(15)は利用に供する化粧品の種類に適合した構造にすることができる。図示する
態様の場合,塗布部材(15)は湾曲しており,また,その自由端に接近するにつれて軸
(X)に対して徐々に増大する角度を成す方向に沿って延びる。該自由端の近傍においては,
塗布部材は軸(X)に対して,例えば,60度の角度を成す方向(Y)に沿って延びる。」
(段落番号【0024】)
オ「図12に示す塗布具(105)の場合のように,塗布部材はブラシによって構成されて
いてもよく,該ブラシは任意の形態のものであってもよいが,特に,大小の直径部分を有する
ものであってもよい。この種の塗布具(105)は螺旋状に撚り合されて毛(107)を支持
する金属製糸によって構成された金属製コア(106)を有し,該ブラシの軸はロッド(10
8)の軸(X)に対して,例えば,約30度の角度(s)を成す。この場合,コア(106)
は屈曲しており,ロッド(108)の下部端の肥大部(109)の内部に形成されたハウジン
グの内部に固定される(該ハウジングは軸(X)上に位置する)。」(段落番号【004
8】)
カ「図14に示す曲線状の塗布部材(115)は円のほぼ4分の1に対応する形態を有して
おり,その断面は一般に円形状であって,その表面は碁盤縞状である。この塗布具の一般的な
形態は前述の塗布具(15)の形態に類似しており,該塗布具は,例えば,プラスチック材料
から射出成形して製造してもよい。」(段落番号【0050】)
キ「図16にはアイ化粧品を塗布するための前記の塗布具(10)および(20)の使用態
様を示す。この種の偏心した塗布部材を用いることによって,ユーザーは目の化粧を一層容易
にすることができる。」(段落番号【0052】)
ク 図12には,ブラシによって構成される塗布部材が,金属製コア(106)に沿って大
小の直径部分を有する形状であることが図示されている。
ケ 図14には,塗布部材(115)を湾曲させた塗布具が図示されている。
これらの記載事項を総合し,本願発明の記載ぶりに則って整理すると,引用例1には,次の
発明(引用発明1)が記載されている。
「アイ化粧品を塗布して目の化粧を行うための収納塗布器具において,
下端部にハウジング(19)を形成したロッド(13,108)と,該ハウジング(19)に,
端部が固定されるブラシからなる塗布部材(15)を備え,
該ロッド(13,108)は軸(X)に沿った直線状であり,
塗布部材(15)は金属製コア(106)を有し,該金属製コア(106)に沿って大小の直
径部分を有する形状であり,
塗布部材(15)はその自由端に接近するにつれて軸(X)に対して徐々に増大する角度を成
すように湾曲しており,
塗布部材(15)は,自由端の近傍において軸(X)に対して,例えば,60度の角度を成す
方向(Y)に沿って延びている収納塗布器具。」
(2) 引用例2の記載事項の認定
引用例2には,次の事項が記載されている。
ア「図1および図2に図示しているブラシ100は,主軸X−Xを定める直線状のステム1
01を具備するものである。このステム101の端部101.1には,金属製のワイヤ103
の2本の支線を螺旋状に巻回させて形成した長尺のコア部102(ブラシ内部にあるが,この
図においては図示している)が圧入により固定されており,該ワイヤ103は,支線をねじる
前にU字状に折りたたまれている。コア部102の軸は,主軸X−Xに一致している。剛毛1
04は,ワイヤ103の支線の間に,放射状に植設されている。ワイヤ103の支線をねじっ
た時に,剛毛は係止されて,コア部102の螺旋巻回部の間に保持される。剛毛104の末端
は,ブラシ面105を画成しており:これは,ディアボロ形状を有する回転面であり,その端
部は,2つの横断面,すなわち,中心108.aを有する円板部106.aと中心108.b
を有する円板部106.bからなる。ブラシ100の各々の横断面106は,円板形状をして
おり,全ての横断面106は,互いに平行である。ブラシの任意の子午平面とブラシ面105
との交差部が,全て等しく,同一の曲率半径rを有する子午線107を定めている。
適切な道具により,例えば,曲率半径rを有する金属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア
部を押し付けることにより,横断面106.aおよび106.bの間の子午平面においてコア
部102に1回目のねじりを加え,前記コア部を,子午線107の一つの形状とする。ついで
同じ子午平面において,第1端部108.aと同様に,ブラシの他端の中心108.bが主軸
X−X上に一致するように,ステム端部101.1と,ブラシの横断面の中心108.aとの
間で2回目のねじりを加える。」(段落番号【0036】,【0037】)
イ「図3および図4のブラシは,図1および図2のものとは異なり,実質的に,rに等しい
曲率半径を有するように,コア部202が湾曲している。しかしながら,その端部の中心20
8.aおよび208.bは,主軸X−X上に位置している。主軸X−Xを貫通する面と,ブラ
シ面205との交差部が,頂稜線207を定めている。図4のものは,図3のものを,主軸X
−Xの回りに1/4回転させたものである。図1のブラシの横断面106は平行であるが,図
3においては,横断面206が収束(converge)している。図3のブラシは,2つの面:すな
わち,主軸X−Xに対して実質的に平行な第1の平坦面207.1と,第2の湾曲面207.
2とを具備し,該2つの面は,コア部202に対して,互いに直径方向に反対の位置にある。
1本の頂稜線から他方への移行は,最大曲率面207.2から,207.1のような実質的に
平坦な頂稜線まで,曲率が連続的に変化するように連続的なものである。」(段落番号【00
39】)
(3) 本願発明と引用発明1との対比
本願発明と引用発明1を対比すると,その機能,構造からみて,後者の「アイ化粧品」は前
者の「物質」および「マスカラ」に相当し,同様に,「収納塗布器具」は「装置」に,「下端
部にハウジング(19)を形成したロッド(13,108)」は「ステム」に,「ブラシから
なる塗布部材(15)」は「ブラシ」に,「金属製コア(106)」は「コア」に
それぞれ相当する。
また,引用発明1の「アイ化粧品を塗布して目の化粧を行う」と本願発明の「物質をケラチ
ン質繊維組織に付けるため,特に,マスカラを睫毛に塗布する」,引用発明1の「下端部にハ
ウジング(19)を形成したロッド(13,108)と,該ハウジング(19)に,端部が固
定されるブラシからなる塗布部材(15)」と本願発明の「その端部の一方によってステムに
固定されるブラシ」,引用発明1の「該ロッド(13,108)は軸(X)に沿った直線状で
あり,」と本願発明の「該ブラシに隣接する前記ステムの部分が軸(Y)を有し,」とは同義
といえる。
また,引用例1の「塗布部材」は,金属製コア(106)を螺旋状に撚り合されて毛(10
7)を支持してブラシを構成しているから((1)オ参照),引用発明1の「塗布部材(15)
はその自由端に接近するにつれて軸(X)に対して徐々に増大する角度を成すように湾曲し
て」いるは,金属製コア(106)が湾曲することと同義であるから,引用発明1も本願発明
の「ブラシがコアを有し,そのコアの少なくとも一部が湾曲し」ている構成を備えているとい
える。
また引用発明1のブラシからなる「塗布部材(15)」は,「金属製コア(106)に沿っ
て大小の直径部分を有する形状」であり,引用例1の図12も参酌すると,金属製コア(10
6)に垂直でコアの途中で交差する面に関して非対称形状であることは明らかといえ,かつ,
ブラシの断面の領域が,金属製コア(106)の一端から他端まで非単調な形態に変化してい
ることも明らかといえ,本願発明の「前記ブラシが前記コアに垂直で且つコアの途中で交差す
る中間面(P)に関して非対称」であり,「前記コアに垂直である中間面を中心にして対称」
でない構成を備え,かつ,「前記ブラシの断面の領域が,前記ブラシの一端から他端まで非単
調な形態に変化」する構成を備えているといえる。
また,引用発明1のブラシからなる「塗布部材(15)」は,「自由端の近傍において軸
(X)に対して,例えば,60度の角度を成す方向(Y)に沿って延びている」から,引用発
明1も本願発明の「前記ステムの前記軸(Y)と前記コアの任意の点における前記コアの軸と
の間の角度が90°未満であり」,「前記ブラシが前記ステムの前記軸(Y)と一直線を成し
ていない自由端部を有し」ている構成を備えているといえる。
してみれば,両者は,
「物質をケラチン質繊維組織に付けるため,特に,マスカラを睫毛に塗布するための装置にお
いて,
その端部の一方によってステムに固定されるブラシを備え,
該ブラシに隣接する前記ステムの部分が軸(Y)を有し,
−前記ブラシがコアを有し,そのコアの少なくとも一部が湾曲し,
−前記ブラシが前記コアに垂直で且つコアの途中で交差する中間面(P)に関して非対称で
あり,
−前記ステムの前記軸(Y)と前記コアの任意の点における前記コアの軸との間の角度が9
0°未満であり,
−前記ブラシの断面の領域が,前記ブラシの一端から他端まで非単調な形態に変化し,
−前記ブラシが前記ステムの前記軸(Y)と一直線を成していない自由端部を有し,前記コ
アに垂直である中間面を中心にして対称でない装置。」
の点で一致し,以下の点で相違するものと認められる。
(相違点)
ブラシが,本願発明は,直線コアを有するブランクであって,コアに垂直な方向において外
形を見た場合に直線でない端部(18c;22c;37;46)を有し,前記端部が前記ブラ
シの製造中に前記コアに与えられる曲率によって,少なくとも一部はまっすぐになるようなブ
ランクから作られているのに対し,引用発明1においては,ブラシがそのような構成であるの
か明らかでない点。
(4) 相違点についての判断
そこで,上記相違点について検討する。
相違点について,
上記引用例2の上記載事項「(2)ア」,「(2)イ」の記載からみて,引用発明2は,コア部1
02の軸は,主軸X−Xに一致し,コア部102に放射状に植設され係止されている剛毛10
4の末端がブラシ面を画成しており,本願発明の「ブラシは,直線コアを有するブランク」で
ある構成を備えているといえ,また,ブラシの任意の子午平面とブラシ面との交差部が,全て
等しく,同一の曲率半径rを有する子午線107を定め,ブラシの製造工程において,曲率半
径rを有する金属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア部102を押し付けることにより,コ
ア部202へと湾曲させることによって,直線状のステム101の主軸X−Xに対して実質的
に平行な第1の平坦面207.1を成形しているから,本願発明の「コアに垂直な方向におい
て外形を見た場合に直線でない端部(18c;22c;37;46)を有し,前記端部が前記
ブラシの製造中に前記コアに与えられる曲率によって,少なくとも一部はまっすぐになるよう
なブランクから作られている」の構成を有しているといえ,これを引用発明1に適用して上記
相違点に係る本願発明の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。
また,本願発明の効果も引用発明1および引用発明2から,当業者が予測し得る程度のもの
であって,格別のものとはいえない。
したがって,本願発明は,引用発明1及び引用発明2に基いて当業者が容易に発明をするこ
とができたものである。
(5) 審決の「むすび」
以上のとおり,本願発明は,引用発明1及び引用発明2に基いて当業者が容易に発明をする
ことができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第3 当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,相違点についての判断を誤り,また,本願発明が奏する特有の効果を看
過した結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができな
いとの誤った判断をしたものであるから,取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
ア 審決は,相違点についての判断に当たって,摘記した引用例2の記載事項に
基づき,「引用発明2は,・・・ブラシの任意の子午平面とブラシ面との交差部が,
全て等しく,同一の曲率半径rを有する子午線107を定め,ブラシの製造工程に
おいて,曲率半径rを有する金属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア部102を
押し付けることにより,コア部202へと湾曲させることによって,直線状のステ
ム101の主軸X−Xに対して実質的に平行な第1の平坦面207.1を成形して
いる」と認定し(以下,この引用発明2の認定の基礎となった引用例2の記載内容
を「審決の判断に係る引用例2の記載」という。),このことから,引用発明2は
「本願発明の『コアに垂直な方向において外形を見た場合に直線でない端部(18
c;22c;37;46)を有し,前記端部が前記ブラシの製造中に前記コアに与
えられる曲率によって,少なくとも一部はまっすぐになるようなブランクから作ら
れている』の構成を有しているといえ,これを引用発明1に適用して上記相違点に
係る本願発明の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえ
る。」と判断した。
イ(ア) 引用例2に,審決の判断に係る引用例2の記載があることは認めるが,
引用発明2は,ブラシの製造工程において,成形前(図2のブラシ100)及び成
形後(図3のブラシ200)の形状が,コア部に垂直である中間面を中心にしてと
もに対称形を成しているため,半径rの大きな金属円筒体に当該ブラシをX−X方
向に押し付けることにより,コア部102(図2)をコア部202(図3)のよう
に湾曲させ,上面に曲率の大きい第2の湾曲面207.2を,下面に主軸X−Xに
対して実質的に平行な第1の平坦面207.1をそれぞれ形成することができたも
のである。
(イ) これに対し,引用発明1の形状は,当該中間面を中心にして非対称形を成
すものであるから,上記のとおり,成形前後でともに対称形を成すブラシであって
初めて可能となった引用発明2における成形技術を引用発明1のブラシに適用する
ことは,当業者といえども容易に想到することはできないというべきである。
したがって,引用発明2における当該成形技術を引用発明1に適用することを前
提とした審決の上記判断は,誤りである。
ウ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,「引用発明1と引用発明2は,同一の技術分野(マスカラ等を塗
布する化粧用品)に属するものであるから,引用発明1に引用発明2の構成を付加
することは,当業者が必要に応じて適宜なし得ることである。」と主張するが,こ
れは,すべての場合に当てはまるものではなく,一般論を述べるものにすぎない。
(イ)a 被告は,引用発明2の構成は,コア部102にブラシの端部の曲率と同
様の大きさで向きが逆の曲率を与えることにより,当該端部に平坦面207.1を
形成するものであるとした上,これを前提として,引用発明1に引用発明2の構成
を付加する際に,引用発明1のブラシの端部の曲率と同様の大きさで向きが逆の曲
率を金属製コア(106)に与えることにより,ブラシに平坦面を形成することは,
当業者が容易に想到し得ることであり,引用発明1のブラシが非対称形であるのに
対し,引用発明2のブラシが対称形であることが,引用発明1に引用発明2の構成
を付加することの阻害要因とはならないと主張する。
b しかしながら,引用例2に記載された引用発明2のブラシの製造工程は,上
記イ(ア)のとおりであり,引用例2には,被告が主張する「向きが逆の曲率を与え
ることにより,平坦面207.1を形成する」旨の記載はないのであるから,被告
の上記主張中,引用発明2の構成は,コア部102にブラシの端部の曲率と同様の
大きさで向きが逆の曲率を与えることにより,当該端部に平坦面207.1を形成
するものであるとの前提部分が誤りであることは,明らかである。
したがって,被告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
(2) 取消事由2(特有の効果の看過)
ア 本願発明は,本件出願に係る平成16年7月6日付け(甲4)及び平成17
年3月7日付け(甲7)各手続補正による補正後の明細書(特許請求の範囲につき
甲7,その余につき甲4。以下「本願明細書」という。)に以下のとおり記載され
た,当業者が予測することのできない特有の効果を奏するものであるところ,審決
には,当該効果を看過した誤りがある(なお,本件出願に係る図面とは,平成16
年7月6日付け手続補正(甲4)による補正後の図面(図2及び図3につき甲4,
その余につき甲1)を指す。)。
(ア)「したがって,ブラシ10が容器から引き抜かれて拭われた後,端部18cでさらに十
分に拭われると同時に,実質的にステム13の軸Yに位置する端部18dに大量の物質を保持
する。その結果,必要に応じて,使用者があまり十分に拭われている(判決注:「拭われてい
ない」の誤記であると認められる。)ブラシの部分からその物質を取ることによって,使用者
は睫毛に局所的に多くの物質を塗布することができ,また,少量の物質を保持する剛毛を用い
ることによって睫毛を分離することができるため,メイクアップを施すことがさらに簡単にな
る。」(段落【0079】)
(イ)「図24を検討すれば,ステム13の軸Yに対するシートNの角度は,ブラシの自由端
部に接近するにつれて小さくなることがわかる。その結果,瞼の端でシートNと睫毛Hとの間
の比較的大きな角度iを保持することができ,睫毛を十分に分離することができる。」(段落
【0128】)
(ウ)「図30および図31は,図6のブラシが睫毛をメイクアップするためにどのように用
いられるかを示している。瞼の一方の端に位置する睫毛をメイクアップするためにブラシの一
方の側面を用いることができ,瞼の反対側の端に位置する睫毛をメイクアップするためにブラ
シの他方の側面を用いることができる。」(段落【0134】)
イ 被告は,上記ア(ウ)の段落【0134】記載の効果につき,当該効果は,主
にコアが湾曲していることから生ずるものであるとした上,引用発明2はコア部1
02が湾曲しているから,上記効果と同様の効果を奏することは当業者の予測の範
囲内であり,さらに,引用発明1に引用発明2を適用したものについても,ブラシ
の金属製コア(106)が湾曲することになるから,同様の効果を奏することは当
業者の予測の範囲内であるとも主張する。
しかしながら,段落【0134】において摘記した図6,図30及び図31のブ
ラシが,ステム13に近い方は直線状を成し,先端部が湾曲して形成されているこ
とは明らかであるところ,本願発明の上記効果は,このような形状によって生ずる
ものであるから,当該効果が主にコアが湾曲していることから生ずるとする主張は
誤りである。そして,引用発明2のブラシは,引用例2の図3に示されるとおり,
ブラシ全体が湾曲しており,本件出願に係る図6,図30及び図31のブラシと形
状及び構造を明らかに異にするものであるから,引用発明2及び引用発明1に引用
発明2を適用したものが,それぞれ,本願発明の上記効果と同様の効果を奏するこ
とは当業者の予測の範囲内であるとの主張も誤りである(なお,引用例2において,
コア部が湾曲しているのは図3の「コア部202」(変形後のもの)であり,被告
が主張する「コア部102」は変形前の直線状に形成されたコア部であるから,被
告の主張は,この点でも誤りである。)。
2 被告の反論の要点
(1) 取消事由1(相違点についての判断の誤り)に対し
ア 原告は,「引用発明2におけるブラシの成形技術(成形前後でともに対称形
を成すブラシであって初めて可能となるもの)を,非対称形を成す引用発明1のブ
ラシに適用することは,当業者といえども容易に想到することはできない」旨主張
する。
イ(ア) 引用例2に,「ブラシの任意の子午平面とブラシ面との交差部が,全て
等しく,同一の曲率半径rを有する子午線107を定め,ブラシの製造工程におい
て,曲率半径rを有する金属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア部102を押し
付けることにより,コア部202へと湾曲させることによって,直線状のステム1
01の主軸X−Xに対して実質的に平行な第1の平坦面207.1を成形してい
る」旨の記載(審決の判断に係る引用例2の記載)があることは,原告も認めると
ころである。
(イ) そして,審決の判断に係る引用例2の記載のうち,特に,「ブラシの任意
の子午平面とブラシ面との交差部が,全て等しく,同一の曲率半径rを有する子午
線107を定め」との部分によれば,引用発明2のブラシが,コア部102に垂直
な方向において外形を見た場合に,直線でない端部を有することは明らかである。
(ウ) また,審決の判断に係る引用例2の記載のうち,「曲率半径rを有する金
属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア部102を押し付けることにより,コア部
202へと湾曲させることによって,直線状のステム101の主軸X−Xに対して
実質的に平行な第1の平坦面207.1を成形している」との部分によれば,上記
(イ)の端部につき,ブラシの製造中にコア部102に与えられる曲率によって,平
坦面207.1が形成されることも明らかである。
(エ) そうすると,引用発明2は,本願発明の「コアに垂直な方向において外形
を見た場合に直線でない端部(18c;22c;37;46)を有し,前記端部が
前記ブラシの製造中に前記コアに与えられる曲率によって,少なくとも一部はまっ
すぐになるようなブランクから作られる」との構成に相当する構成を有するものと
いえる。
ウ(ア) そして,引用発明2が平坦面207.1を設けているのは,まつげの分
離やカールをしやすくするという課題を解決するものであり(引用例2の【要約】
及び段落【0046】),また,引用発明1と引用発明2は,同一の技術分野(マ
スカラ等を塗布する化粧用品)に属するものであるから,引用発明1に引用発明2
の構成を付加することは,当業者が必要に応じて適宜なし得ることである。
(イ) さらに,引用発明2の構成は,コア部102にブラシの端部の曲率と同様
の大きさで向きが逆の曲率を与えることにより,当該端部に平坦面207.1を形
成するものであるから,引用発明1に引用発明2の構成を付加する際に,引用発明
1のブラシの端部の曲率と同様の大きさで向きが逆の曲率を金属製コア(106)
に与えることにより,ブラシに平坦面を形成することは,当業者が容易に想到し得
ることであり,引用発明1のブラシが非対称形であるのに対し,引用発明2のブラ
シが対称形であることが,引用発明1に引用発明2の構成を付加することの阻害要
因とならないことは,明らかである。
エ 以上のとおり,引用発明1に引用発明2の構成を適用して,相違点に係る本
願発明の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たものといえるから,
審決の相違点についての判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(特有の効果の看過)に対し
ア 原告は,本願発明が,本願明細書の段落【0079】,【0128】及び
【0134】に記載された特有の効果を奏する旨主張する。
イ(ア) しかしながら,本願明細書の段落【0079】に記載された本願発明の
効果は,段落【0078】の記載も参酌すると,主に,ステムの軸(Y)とブラシ
のコアが同一直線上にないことにより生ずるものと解されるところ,引用発明1も,
下端部にハウジング(19)を形成したロッド(13,108)の軸とブラシの金
属製コア(106)が同一直線上にないものであるから,段落【0079】に記載
された本願発明の効果と同様の効果を奏するものといえる。
(イ) また,本願明細書の段落【0134】に記載された本願発明の効果は,主
に,コアが湾曲していることから生ずるものと解されるところ,引用発明2につい
ては,コア部102が湾曲しており,その形状から,段落【0134】に記載され
た本願発明の効果と同様の効果を奏するであろうことは,当業者が予測し得る範囲
内のことである。
そして,引用発明1に引用発明2を適用したものについても,ブラシの金属製コ
ア(106)が湾曲することになるから,段落【0134】に記載された本願発明
の効果と同様の効果を奏するであろうことは,当業者が予測し得る範囲内のことで
あるといえる。
(ウ) なお,本願明細書の段落【0128】に記載された効果は,ステムの軸
(Y)に対するシートNの角度がブラシの自由端部に近付くに連れて小さくなるこ
とから生ずるものと解されるところ,本願発明の要旨は,ステムの軸(Y)に対す
るシートNの角度について何ら規定するものではないから,段落【0128】に記
載された効果は,本願発明が奏する特有の効果であるということはできない。
仮に,段落【0038】の記載も参酌し,シートNの角度がステムの軸(Y)に
対するシート(剛毛によって形成される螺旋状のシート)の勾配を意味し,かつ,
シートNの角度に関する事項が本願発明に係る請求項の記載に含まれるものである
としても,シートNの角度がブラシの自由端部に近付くに連れて小さくなるのは,
コアが湾曲していることから生ずるものであるから,上記(イ)のとおり,引用発明
1に引用発明2を適用したものにつき,段落【0128】に記載された効果と同様
の効果を奏するであろうことは,当業者が予測し得る範囲内のことであるといえる。
ウ 以上のとおりであるから,審決に,本願発明が奏する特有の効果を看過した
誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 引用発明2の構成について
ア 引用例2に以下の内容の記載(審決の判断に係る引用例2の記載)があるこ
とは,当事者間に争いがない。
「引用発明2は,・・・ブラシの任意の子午平面とブラシ面との交差部が,全て等しく,同
一の曲率半径rを有する子午線107を定め,ブラシの製造工程において,曲率半径rを有す
る金属製の円筒体の周囲に,長さ方向にコア部102を押し付けることにより,コア部202
へと湾曲させることによって,直線状のステム101の主軸X−Xに対して実質的に平行な第
1の平坦面207.1を成形している」
イ 審決の判断に係る引用例2の記載によれば,引用発明2のブラシが「コアに
垂直な方向において外形を見た場合に直線でない端部を有し,当該端部がブラシの
製造中に当該コアに与えられる曲率によって,少なくとも一部はまっすぐになるよ
うなブランクから作られている」との構成を有することは,優にこれを認めること
ができる。
ウ また,原告は,引用発明2のブラシが「直線コアを有するブランクであっ
て」との構成を備えていることについて,特段これを争っていないところ,引用例
2の下記各記載及び図示によれば,引用発明2のブラシが当該構成を備えているこ
とも,優にこれを認めることができる。
(ア)「【発明の実施の形態】図1および図2に図示しているブラシ100は,主軸X−Xを
定める直線状のステム101を具備するものである。このステム101の端部101.1には,
金属製のワイヤ103の2本の支線を螺旋状に巻回させて形成した長尺のコア部102(ブラ
シ内部にあるが,この図においては図示している)が圧入により固定されており,該ワイヤ1
03は,支線をねじる前にU字状に折りたたまれている。コア部102の軸は,主軸X−Xに
一致している。剛毛104は,ワイヤ103の支線の間に,放射状に植設されている。ワイヤ
103の支線をねじった時に,剛毛は係止されて,コア部102の螺旋巻回部の間に保持され
る。剛毛104の末端は,ブラシ面105を画成しており:・・・」(段落【0036】)
(イ)「適切な道具により,例えば,曲率半径rを有する金属製の円筒体の周囲に,長さ方向
にコア部を押し付けることにより,横断面106.aおよび106.bの間の子午平面におい
てコア部102に1回目のねじりを加え,前記コア部を,子午線107の一つの形状とする。
ついで同じ子午平面において,第1端部108.aと同様に,ブラシの他端の中心108.b
が主軸X−X上に一致するように,ステム端部101.1と,ブラシの横断面の中心108.
aとの間で2回目のねじりを加える。
この工程の結果,図3および図4に図示する,本発明のブラシ200が得られる。・・・
図3および図4のブラシは,図1および図2のものとは異なり,・・・コア部202が湾曲
している。しかしながら,その端部の中心208.aおよび208.bは,主軸X−X上に位
置している。」(段落【0037】∼【0039】)
(ウ) 図3
エ 上記イ,ウによれば,引用発明2は,相違点に係る本願発明の構成をすべて
備えているものと認められる。
(2) 引用発明1に引用発明2の構成を適用することについて
引用例1及び2の以下の各記載及び図示によれば,引用発明1及び2は,その属
する技術分野を共通にし,解決すべき課題についても,実質的に重なる部分を有す
るものであると認められるところ(なお,引用例1及び2に係る各特許出願の出願
人は,いずれも原告である。),後記説示のとおり,引用発明1に引用発明2の構
成を適用することに阻害要因があるものとは認められないことも併せ考慮すると,
本件出願当時の当業者にとって,引用発明1に引用発明2の構成を適用することは,
容易になし得るものであったと認めるのが相当である。
ア 引用例1
(ア)「【発明の属する技術分野】この発明は液状,ペースト状(半流動状)もしくは粉状の
製品,特に化粧品の収納塗布器具に関する。より詳細には,この発明は一端が開口した該製品
収納用容器,一方の端部に塗布部材を有すると共に他方の端部に把持部材を有して該容器を閉
鎖するキャップとしても機能する塗布具を具備する該製品の収納塗布器具に関する。」(段落
【0001】)
(イ)「【発明が解決しようとする課題】この発明は・・・特に化粧操作等の容易化と化粧品
等の正確な塗布を可能にする・・・器具を提供するためになされたものである。」(段落【0
003】)
(ウ)「・・・特定の態様においては,塗布部材は硬質もしくは半硬質性材料から成るコアを
有しており,該コアは屈曲部が形成されるように連結部材に連結される。・・・
特定の態様においては,塗布部材は毛を有する。特定の態様においては,塗布部材は非対称
である。特定の態様においては,塗布部材は少なくとも螺旋状フィラメントを有する。別の特
定の態様においては,塗布部材は一般的には湾曲した形態を有する。」(段落【0010】,
【0011】)
(エ)「本発明による収納塗布器具は特にアイ化粧品・・・の塗布に利用することができ,塗
布部材の形態と特徴・・・は対象製品の性状,用途(使用目的)および所望の効果に応じて選
択される。」【0012】
(オ)「図16にはアイ化粧品を塗布するための・・・塗布具(10)および(20)の使用
態様を示す。この種の偏心した塗布部材を用いることによって,ユーザーは目の化粧を一層容
易にすることができる。」(段落【0052】)
(カ) 図16
イ 引用例2
(ア)「【発明の属する技術分野】本発明は,ブラシに係り,特に,ケラチン繊維に化粧品を
適用するためのブラシ,なかでも,まつげにマスカラを適用したり髪に染料を適用するための
ブラシ,並びに該ブラシを備えたメークアップ装置に関するもので,該ブラシは実質的に平凹
形状をしている。」(段落【0001】)
(イ)「従来の・・・ブラシは,ほぼ満足のいくものではあったが,洗練されたメークアップ
をするために,まつげに製品を付与しながら,各々のまつげを良好に分離させ,確実に製品を
効果的に滑らかにするために,まつげを良好に保持することのできるブラシが所望されている。
そこで,本発明の主題は,適用が簡単で経済的であり,実用的なブラシを提供することにあ
る。」(段落【0006】)
(ウ)「【課題を解決するための手段】予期しないことに,本出願人は,まつげにマスカラを
適用するために使用する場合に,洗練されて高品質,すなわち濃いメークアップであるが,ま
つげをかなり長くし,良好に分離することのできる,新規の化粧品適用用のブラシを見いだし
た。さらに,これらのブラシは,操作も非常に容易である。」(段落【0007】)
(エ)「図8に示されているアイメークアップ装置は,シール部材525が上部に備えられた
螺合首部524を有し,マスカラ515で満たされている円筒状の収容部520を具備するも
のである。」(段落【0044】)
(オ) 図8
(3) 原告の主張(阻害要因の有無)について
ア 原告は,引用発明2の成形技術は,成形の前後とも,コア部に垂直な中間面
を中心に対称形を成すブラシにおいて初めて可能となったものであるから,当該中
間面を中心に非対称形を成す引用発明1のブラシに引用発明2の成形技術を適用す
ることには阻害要因がある旨主張する。
イ そこで,引用発明2における第1の平坦面207.1の成形方法についてみ
るに,審決の判断に係る引用例2の記載(前記(1)ア)によれば,要するに,当該
成形方法とは,成形後に形成される第1の平坦面207.1をブラシの下部(引用
例2の図3(前記(1)ウ(ウ))における下部)とした場合,成形前にはX−X軸方向
の直線であったコア部102を,曲率半径rを有する下向きに凸の円弧であるコア
部202となるよう曲げることにより,成形前には曲率半径rを有する上向きに凸
の円弧であった子午線107(剛毛104の末端の集合が形成するブランクの外表
面上の線)を略直線状にするというものであると認められる。
ウ そうすると,相違点に係る本願発明の構成を実現するためには,すなわち,
引用発明1のブランクの端部の外表面上の子午線の「少なくとも一部」を「まっす
ぐ」にするためには(既に当該線の「少なくとも一部」に「まっすぐ」な部分が存
在する場合を除く。),当該子午線の当該部分が有する一個又は数個の曲率半径を
考慮して,コアの曲げ方を適宜選択すればよいだけのことであると認められるから,
引用発明2における上記成形技術を引用発明1に適用することに格別の阻害要因が
あるものと認めることはできない。
エ なお,引用発明2における上記成形技術は,一個の曲率半径rを有する円弧
である子午線107について,コア部102を,同一の曲率半径rを有するコア部
202となるよう曲げることにより,当該子午線の全体(当該子午線が円板部10
6.aと接する端部から円板部106.bと接する端部まで)を略直線状にするも
のであり,そのような成形技術は,原告が主張するとおり,引用発明2のブラシが
対称形の構造を有することを前提とするものであるといえるが,相違点に係る本願
発明の構成は,上記のとおり,ブラシのブランクの端部につき,「少なくとも一部
はまっすぐになる」というものであるから,そのような構成を実現するためであれ
ば,ブラシが当該対称形の構造を有している必要はない。したがって,原告の上記
主張を採用することはできない。
(4) 小括
以上のとおりであるから,引用発明2の構成を引用発明1に適用して相違点に係
る本願発明の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる
とした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(特有の効果の看過)について
(1) 本願明細書の段落【0079】に記載された効果について
ア 本願明細書には次の各記載があり,また,本件出願に係る図5(甲1。以下,
単に「図5」などというときは,本件出願に係る図面を指す。また,以下に掲げる
本件出願に係る各図面は,いずれも,甲1に掲載されたものである。)は次の図示
のとおりである。
(ア)「ブラシ10は,ステム13の軸Yを中心にして回転対称ではない。」(段落【007
7】)
(イ)「端部18cの付近に位置するブラシ10の剛毛の端部は,正反対の側面の剛毛の先端
より,ステム13の軸Yから中心がさらに外れている。」(段落【0078】)
(ウ)「したがって,ブラシ10が容器から引き抜かれて拭われた後,端部18cでさらに十
分に拭われると同時に,実質的にステム13の軸Yに位置する端部18dに大量の物質を保持
する。その結果,必要に応じて,使用者があまり十分に拭われている(判決注:「拭われてい
ない」の誤記であると認められる。)ブラシの部分からその物質を取ることによって,使用者
は睫毛に局所的に多くの物質を塗布することができ,また,少量の物質を保持する剛毛を用い
ることによって睫毛を分離することができるため,メイクアップを施すことがさらに簡単にな
る。」(段落【0079】)
(エ) 図5
イ 上記アの各記載及び図示によれば,本願明細書の段落【0079】に記載さ
れた「使用者は睫毛に局所的に多くの物質を塗布することができ」るとの効果は,
コアがステムの軸(Y)と同一直線上にないこと,すなわち,本願発明の「コアの
少なくとも一部が湾曲し」との構成及び「前記ブラシが前記ステムの前記軸(Y)
と一直線を成していない自由端部を有し」との構成によって奏するものであると認
められるところ,審決が本願発明と引用発明1との一致点として認定したとおり
(原告は,審決の一致点の認定を争っていない。),かかる各構成は,引用発明1
においても備えているものであるから,引用発明1も当然に上記効果を奏するもの
であり,したがって,当該効果は,当業者が予測することのできる範囲内のもので
あって,本願発明に特有のものということはできない。
なお,本願発明の要旨は,ブラシを剛毛をもって形成することを特定するもので
はないから,本願明細書の段落【0079】に記載された「少量の物質を保持する
剛毛を用いることによって睫毛を分離することができる」ことは,本願発明が奏す
る効果ということができない。
(2) 本願明細書の段落【0128】に記載された効果について
ア 本願明細書には次の各記載があり,また,図24は次の図示のとおりである。
(ア)「図24および図25に関して以下に説明するように,左撚りのピッチを有するブラシ
から始まることが特に有利であることを見て取るべきである。」(段落【0125】)
(イ)「図24は,左撚りのピッチで捻じられるコアを備えた図6のブラシを示している。」
(段落【0126】)
(ウ)「破線は,剛毛の端部によって規定されるシートNによって辿られる経路を示しており,
これらのシートは,コアに垂直な平面に対して角度vである。」(段落【0127】)
(エ)「図24を検討すれば,ステム13の軸Yに対するシートNの角度は,ブラシの自由端
部に接近するにつれて小さくなることがわかる。その結果,瞼の端でシートNと睫毛Hとの間
の比較的大きな角度iを保持することができ,睫毛を十分に分離することができる。」(段落
【0128】)
(オ)「当然のことながら,本発明は,左撚りの捻じりを有するコアに限定されるわけではな
く,また,図26に部分的に示されるように,右撚りの捻じりを有するコアを用いることもで
きる。」(段落【0129】)
(カ) 図24
イ 上記アの各記載及び図示によれば,本願明細書の段落【0128】に記載さ
れた上記効果は,コアが左ねじりのピッチでねじられることによって奏されるもの
であると認められるところ,本願発明の要旨は,コアのねじりの方向を特定するも
のではないし,本願明細書上も,段落【0129】の記載のとおり,コアが右ねじ
りのピッチでねじられる場合が排除されていないのであるから,結局,当該効果は,
本願発明が奏する効果であるとは認められない。
(3) 本願明細書の段落【0134】に記載された効果について
ア 本願明細書には次の記載があり,また,図30及び図31は次の図示のとお
りである。
(ア)「図30および図31は,図6のブラシが睫毛をメイクアップするためにどのように用
いられるかを示している。瞼の一方の端に位置する睫毛をメイクアップするためにブラシの一
方の側面を用いることができ,瞼の反対側の端に位置する睫毛をメイクアップするためにブラ
シの他方の側面を用いることができる。」(段落【0134】)
(イ) 図30及び図31
【図30】 【図31】
イ 上記アの記載及び図示によれば,本願明細書の段落【0134】に記載され
た上記効果は,前記(1)の場合と同様,ブラシのブランクが湾曲していることによ
り奏されるものであると認められるところ,かかる効果は,前記(1)の場合と同様,
当業者が予測することのできる範囲のものであると認められるから,当該効果をも
って,本願発明に特有なものということはできない。
ウ 原告は,本願明細書の段落【0134】に記載された上記効果は,ブラシの
ブランクが単に湾曲しているだけではなく,ブラシのブランクのうちのステムに近
い方が直線形状を成し,先端部が湾曲して形成さていることにより奏されるもので
あると主張する。
しかしながら,本願発明は,前記(1)のとおり,「コアの少なくとも一部が湾曲
し」との構成及び「前記ブラシが前記ステムの前記軸(Y)と一直線を成していな
い自由端部を有し」との構成を備えるものではあるが,本願発明の要旨は,「ブラ
シのブランクのうちのステムに近い方が直線形状を成す」ことを特定するものでは
ないから,仮に,原告の主張のとおり,上記効果が,ブラシのブランクのうちのス
テムに近い方が直線形状を成すことにより達成されるものであるとすれば,それは
本願発明の奏する効果ということはできず,そうすると,段落【0134】に記載
された本願発明の効果が特有のものであるとする原告の主張はいずれにせよ失当で
ある。
(4) 小括
以上のとおりであるから,審決に,本願発明が奏する特有の効果を看過した誤り
はなく,取消事由2は理由がない。
3 結論
よって,原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は
棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
石 原 直 樹
裁判官
榎 戸 道 也
裁判官
浅 井 憲
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