平成20(行ケ)10043審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成20年10月9日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官後藤時男 原告株式会社リガク
|
対象物 |
分析装置及び分析方法 |
法令 |
特許権
特許法49条2回 特許法29条2項2回 特許法29条1回
|
キーワード |
審決42回 実施11回 分割3回 刊行物1回 進歩性1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服とし
て審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求
めた事案である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成20年10月9日判決言渡 同日原本交付
平成20年(行ケ)第10043号 審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日 平成20年9月25日
判 決
原 告 株 式 会 社 リ ガ ク
同訴訟代理人弁理士 横 川 邦 明
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代理 人 門 田 宏
後 藤 時 男
小 林 和 男
岩 﨑 伸 二
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2005−16408号事件について平成19年12月18日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服とし
て審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求
めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年10月2日,名称を「分析装置及び分析方法」とする発明に
つき特許出願をしたが(特願2002−289501号。甲7 ),特許庁は,平成
17年7月21日付けで上記出願に対する拒絶査定をした(甲13)。
原告は,平成17年8月26日,上記拒絶査定に対する不服の審判請求をすると
ともに,同年9月26日付けで,特許請求の範囲,明細書の記載及び図面を変更す
る手続補正(甲14)をし,さらに,平成19年8月22日付けで拒絶理由通知を
受けたことから(甲15),同年10月26日,特許請求の範囲及び明細書の記載
を変更する手続補正(以下「本件補正」という。甲16)をした。
特許庁は,上記審判請求を不服2005−16408号事件として審理し,平成
19年12月18日,
「本件審判の請求は,成り立たない。
」との審決をし,その謄
本は平成20年1月9日原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし6からなるが,このうち請求項
1に係る発明(以下「本願発明」という。 の内容は,次のとおりである(甲16)
) 。
「 請求項1】
【
入射X線の光軸を中心とする回折角度2θ=0.1°∼5°の小角度領域におけ
る散乱X線を検出できるX線小角散乱装置と,
イオン交換膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装置と,
前記X線小角散乱装置と前記質量分析装置とに共通する試料位置に前記試料を支
持する試料支持手段と,
前記試料の温度を制御する試料温度制御手段と,
前記X線小角散乱装置を用いた測定と前記質量分析装置を用いた測定とを同時に
行うように制御する制御手段とを有し,
前記X線小角散乱装置は,X線を発生するX線源と,該X線源と前記試料との間
に配置されX線を1点に集光させることができるX線集光手段と,前記試料から出
たX線を平面領域内で受光してその平面領域内の各点においてX線を検出できる2
次元X線検出器とを有し,
前記X線集光手段は,X線を反射又は回折できる材料を多数層重ねることによっ
て形成された多層膜ミラーを2つ以上有すると共に該多層膜ミラーはX線を1点に
集光させるように配置されており,
前記試料支持手段は,前記X線小角散乱装置におけるX線照射位置に前記試料を
置くと共に,前記試料から脱離する分子を不活性ガスであるキャリヤガスを用いて
前記質量分析装置へ供給する
ことを特徴とする分析装置。」
3 審決の内容
(1) 審決の内容は,別紙審決のとおりであり,その理由の要旨は,本願発明は,
本願出願前に頒布された刊行物である「Tim Fawcett, Greater than the sum of its
“
parts: A new instrument” CHEMTECH,Vol.17,No.9,1987年9月」
,
(564∼569頁。甲1。以下,審決等で引用する場合を含めて「引用例1」と
いう。)及び「特開2001−356197号公報」
(甲2。以下「引用例2」とい
う。)に記載された各発明(以下「引用発明1」などという。
)並びに周知技術に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項
の規定により特許を受けることができない,というものである。
(2) 審決が認定した引用発明1及び引用発明2の内容,引用発明1と本願発明
との一致点並びに相違点1ないし3のうちの1及び3は,次のとおりである。
ア 引用発明1の内容
「2θが25−30度の角度範囲をカバーするX線回折装置と,
サンプルから揮発する物質をモニターする質量分析装置と,
X線がサンプルに衝突できるとともに,質量分析装置に接続されているサンプルホルダと,
サンプルの温度を制御するコンピュータと,
X線回折と質量分析を同時に行うように制御するコンピュータとを有し,
X線回折装置が,X線源と,サンプルで回折したX線を検出する位置検出器とを有し,
サンプルの雰囲気を窒素,ヘリウム,空気,酸素,水素及びこれらの混合ガスにできる実験
装置。(6頁16∼25行)
」
イ 引用発明2の内容
「試料に衝突したX線が試料で散乱し回折したX線を検出するX線散乱装置として,散乱角
が0°∼5°程度の小角度領域における散乱X線を検出できるX線小角散乱装置であって,X
線源と試料との間に配置され,それぞれがX線を反射できる材料を多数層重ねることによって
形成された第1反射部と第2反射部によって構成され,X線を1点に集光させることができる
多層膜ミラーと,試料から出たX線を受光してX線を検出できるイメージングプレートを有し
たX線小角散乱装置。(8頁1∼7行)
」
ウ 引用発明1と本願発明との一致点
「 入射X線の光軸を中心とする回折角度2θの領域における散乱X線を検出できるX線散
『
乱装置と,
試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装置と,
前記X線散乱装置と前記質量分析装置とに共通する試料位置に前記試料を支持する試料支持
手段と,
前記試料の温度を制御する試料温度制御手段と,
前記X線散乱装置を用いた測定と前記質量分析装置を用いた測定とを同時に行うように制御
する制御手段とを有し,
前記X線散乱装置は,X線を発生するX線源と,前記試料から出たX線を受光してX線を検
出できるX線検出器とを有し,
前記試料支持手段は,前記X線散乱装置におけるX線照射位置に前記試料を置くと共に,前
記試料の周囲に不活性ガスを供給する分析装置』
である点」(10頁1∼13行)
エ 引用発明1と本願発明との相違点1
「本願発明は,試料が『イオン交換膜』であるのに対し,引用例1には,試料の具体例とし
て,ポリマー(ポリエチレン),銅触媒,調合薬が記載されているが ,
『イオン交換膜』の記載
はない点」(10頁15∼17行)
オ 引用発明1と本願発明との相違点3
「本願発明は,試料の周囲に供給される不活性ガスがキャリヤガスであって,試料から脱離
する分子を該キャリヤガスを用いて質量分析装置へ供給するのに対し,引用例1には試料の周
囲に供給される不活性ガスをキャリヤガスとして用いることの記載はない点 」(10頁30∼
33行)
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,以下のとおり,引用発明1の内容を誤って認定した結果,本願発明と引
用発明1との一致点及び相違点についての判断を誤り,本願発明の進歩性の判断を
誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
また,審決は,正当に判断されるべき本願の請求項2ないし6の発明についての
判断を行っていないという誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本願発明と引用発明1との一致点
の認定の誤り)
(1) 引用発明1の認定の誤り
審決は,
「引用発明1の(d)『サンプルから揮発する物質をモニターする質量分析
装置』は,本願発明の(d')『試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析
装置』に相当し」と認定する(9頁12∼14行)
。
ここでいう揮発物質(Volatile)とは,引用例1の説明内容から察すれば,固体
成分そのものが気化する状態である。すなわち,引用例1には「サンプルそのもの
を揮発性物質としてモニターする質量分析装置」が開示されているだけである。そ
して,具体的には,「Cu2O+H2→Cu+H2O」の還元反応を起こした場合の反
応結果物を揮発物質として質量分析装置によって検出するといっている。
しかしながら,引用例1で述べられている「揮発」という現象は,本願発明で対
象としているイオン交換膜における「分子の脱離」とは全く異なった現象である。
引用例1では,X線回折装置を用いて2θが25∼30°の範囲の角度領域で通常
のX線回折測定を行うものであるが,この通常のX線回折装置では,イオン交換膜
における分子の脱離に起因したイオン交換膜の周期構造の変化,すなわち結晶配列
構造の規則性の変化を測定することはできない。このような分子レベルの構造変化
は2θのより小角領域でなければ観測できないものである。
すなわち,引用例1は,イオン交換膜における分子の脱離を測定することについ
ては予定していないものである。引用例1に「MS(判決注:質量分析装置)は揮
発物質をモニターします。」と記載されていたとしても,このことが「イオン交換
膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装置」に相当するとは,い
えないものである。
以上のとおり,審決は,引用例1の発明内容についての認定を誤っている。
(2) 本願発明と引用発明1との一致点についての認定の誤り
審決は,『入射X線の光軸を中心とする回折角度2θの領域における散乱X線を
「
検出できるX線散乱装置と,試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析
装置と,前記X線散乱装置と前記質量分析装置とに共通する試料位置に前記試料を
支持する試料支持手段と,前記試料の温度を制御する試料温度制御手段と,前記X
線散乱装置を用いた測定と前記質量分析装置を用いた測定とを同時に行うように制
御する制御手段とを有し,前記X線散乱装置は,X線を発生するX線源と,前記試
料から出たX線を受光してX線を検出できるX線検出器とを有し,前記試料支持手
段は,前記X線散乱装置におけるX線照射位置に前記試料を置くと共に,前記試料
の周囲に不活性ガスを供給する分析装置』である点で一致し」と認定する(10頁
1∼13行)。すなわち,審決は,「試料から脱離する分子の質量数を測定できる質
量分析装置を有する」ことにおいて本願発明と引用例1とが一致している,と認定
する。
しかしながら,引用例1は,揮発物質の質量分析測定を想定しているものの,イ
オン交換膜試料における分子の脱離を質量分析測定することについては想定してい
ない。
したがって,審決は,本願発明と引用例1の発明との一致点について認定を誤っ
ている。
2 取消事由2(本願発明と引用発明1との相違点1についての認定の誤り)
審決は,「当審の拒絶理由において指摘したとおり,イオン交換膜を加熱して,
その発生ガスを質量分析測定すること(特開平11−204119号公報の特に,
段落【0015】【0016】参照。,イオン交換膜のX線小角散乱測定をするこ
, )
と(J.A.Elliott 他3名,
“Interpretation of the Small-Angle X-ray Scattering
from Swollen and Oriented Perfluorinated Ionomer Membranes” Macromolecules,
,
Vol.33, 2000 年, pp.4161-4171)はいずれも公知であるから,引用発明1における
試料を『イオン交換膜』とすることは,当業者が適宜なし得た事項である。(11
」
頁7∼14行)と認定する。
しかしながら,上記1(1)のとおり,引用例1は揮発物質の質量分析測定を想定
しているものの,イオン交換膜試料における分子の脱離を質量分析測定することに
ついては想定していない。
また,特開平11−204119号公報(甲5。以下「甲5公報」という。)に
開示された技術では,熱分解して発生する気体を質量分析測定するものであり,末
端官能基が脱離することは不都合としてとらえられており,脱離した分子の質量分
析測定は想定されていない。さらに,
「J.A.Elliott 他3名,
“Interpretation of
the Small-Angle X-ray Scattering from Swollen and Oriented Perfluorinated
Ionomer Membranes”
,Macromolecules,Vol.33, 2000 年, pp.4161-4171」
(甲6。
以下「甲6文献」という。)には,確かにイオン交換膜のX線小角散乱測定が記載
されているが,質量分析測定については触れられておらず,当然のことながら,イ
オン交換膜から脱離した分子の質量分析測定は想定されていない。
したがって,揮発物質の質量分析測定を行うことを前提とした引用発明1におけ
る試料を,脱離した分子の質量分析測定を行うことを前提としてイオン交換膜に置
換することが,当業者が適宜になし得るとは考えられないことである。
よって,審決は,本願発明と引用発明1との相違点1についての認定を誤ってい
る。
3 取消事由3(本願発明と引用発明1との相違点3についての認定の誤り)
審決は,本願発明と引用発明 1 との相違点3につき,
「質量分析装置において,
試料から発生したガスを不活性ガスであるキャリヤガスを用いて質量分析装置へ供
給することは,例えば引用例3(判決注:特開平4−95869号公報 )(上記3
−3.(ア)参照。,引用例4(判決注:特開平10−26606号公報)
) (上記3
−4.(ア)参照。
)にも記載されているとおり周知である。よって,引用発明1に
おいて,該周知技術を採用して,試料の周囲に供給する不活性ガスを,試料から離
脱する分子を質量分析装置に供給するためのキャリヤガスとして用いるように構成
することは,当業者が容易に想到し得たことである。」と認定する(11頁37行
∼12頁5行)。
確かに,特開平4−95869号公報(甲3。以下「引用例3」という 。)及び
特開平10−26606号公報(甲4。以下「引用例4」という。)のそれぞれに
は,試料から発生した気体をキャリヤガスによって搬送することが記載されている。
しかしながら,これらの引用例には試料から分子が脱離することについては触れら
れておらず,当然のことながら脱離した分子をキャリヤガスによって運ぶことにつ
いても触れられていない。しかも,引用例1でも,試料の雰囲気となるのは試料と
の反応ガスであり,不活性ガスがキャリヤガスとして存在する雰囲気は予測できな
い。
したがって,試料から離脱する分子を質量分析装置に供給するために不活性ガス
をキャリヤガスとして用いることが,当業者にとって容易に想到し得ることである
とは,考えられない。
よって,審決は,本願発明と引用例1の発明との相違点について認定を誤ってい
る。
4 小括
以上のとおり,引用例1では,揮発又は合成によって得られた結果物を結晶構造
の変化,すなわち原子レベルの変化としてとらえているのに対し,本願発明では,
結晶構造の変化とは直接的に関係のない,結晶配列構造の規則性の変化,すなわち
分子レベルの変化をとらえているものであり,本願発明と引用例1とは測定によっ
てとらえようとしている観点が違っているものであって,引用例1に基づいて本願
発明が容易に予測できるとは考えられない。
より具体的には,イオン交換膜から脱離する分子を測定する目的をもって,多層
膜ミラーを備えたX線集光手段と,2次元X線検出器と,X線小角散乱装置と,質
量分析装置とを組み合わせるということは,各引用例から当然に予測されるもので
はない。
審決は,試料から物質が揮発するということと,試料から分子が脱離するという
ことの技術的意味の認定を誤り,従来であれば予測不可能であるところの,「イオ
ン交換膜から脱離した分子に関してX線小角散乱測定と質量分析測定の両方を同時
に行うことを可能とした」本願発明に関する認定を誤ったものである。
5 その他の取消事由(請求項2ないし6についての判断の誤り)
(1) 審決は,
「以上のとおり,本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第
2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって,請求項2
∼6について論及するまでもなく,本願は,拒絶すべきものである。(12頁11
」
∼14行)とする。
しかしながら,本願の請求項2ないし6は,いずれも請求項1を引用している請
求項であって,請求項1とともに論及を受けるべきものであり,審決の認定は誤っ
ている。
(2) ちなみに,請求項6の発明は,請求項1に係る分析装置を用いてX線小角
散乱測定を行う際に,回折角度2θの0.1°∼1.48°の低角度領域は必ず測
定範囲とすることを規定する分析方法の発明であり,この方法は,イオン交換膜の
副鎖における分子の脱離の有無を判定する上で,特に有効な限定技術である。
この限定は,原審査における平成17年3月31日(起案日)付けの拒絶理由通
知書(甲12)の「 なお,後述する理由2の引用例3と本願発明との間の差異を
(
特に明確にする場合は,本願出願人による特願2002−178359号,特願2
002−278360号(特願2002−178360号の誤記と思料される。)
の手続における各意見書及び手続補正書を参照のこと 。 」
) (1頁末行∼2頁2行)
との示唆に基づくものであり,正当に論及されてしかるべきものである。
そして,上記のように回折角度2θの低角度領域まで測定しなければ,イオン交
換膜の分子の脱離の現象は検出できない。この脱離現象は,物質の揮発や合成とい
った反応とは異なったものであり,物質の揮発や合成を考えているときにイオン交
換膜の脱離現象に思い至ることはない。そして,多層膜ミラーを備えたX線集光手
段によって高強度のX線を生成しなければ,実験室レベルのX線回折装置によって
そのような低角度領域での散乱線を取得することはできない。また,多層膜ミラー
を備えたX線集光手段と2次元X線検出器とを用いてX線小角散乱装置を構成しな
ければ,低角度領域での散乱線検出を短時間で行うことができないので,質量分析
測定との同時測定ができない。
第4 被告の反論
以下のとおり,本件審決の認定判断に何ら誤りはなく,原告の主張はいずれも理
由がない。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本願発明と引用発明1との一致点
の認定の誤り)に対して
(1) 引用発明1の認定の誤りの主張に対して
ア 引用発明1の サンプルから揮発する物質をモニターする質量分析装置」 ,
「 も
本願発明の「イオン交換膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装
置」も,試料(サンプル)から出てきたガスを質量分析測定する装置である点にお
いて差はない。
そして,質量分析装置自体は,試料の固体成分そのものが気化したものであろう
と,試料から脱離した分子であろうと,その質量数を測定できるものであり,質量
分析装置が何の質量数を測定するかの差違は,質量分析装置に供給される被測定ガ
スの差違にすぎず,原告の主張する「揮発物質」と「イオン交換膜試料から脱離す
る分子」の相違は,審決において,試料の相違(相違点1)として認定しているこ
とである(10頁14∼17行)。
イ また,引用例1には,質量分析装置によるモニターの具体例として ,「触媒
の特徴(Catalyst characterization)」の欄(567頁右欄5行∼569頁左欄6
行。訳文は審決5頁3行∼6頁12行)に,黒銅鉱(CuO)の還元過程における質
量分析測定が記載されている。ここには,
「図8における MS のデータは,サンプル
からの水の放出と,その放出が DSC に示された熱流の振る舞いを模倣することを示
しています。(568頁左欄6∼8行。訳文は審決5頁17∼19行)との記載が
」
あり,参照された図8には,「Mass17 + 18(OH + H2O)
」と記載されており,さら
に,黒銅鉱(CuO)の還元メカニズムを示した「CuO + H2 → Cu2O + H2O Cu2O + H2
→ Cu(金属)+ H2O」との化学反応式が記載されており(568頁右欄18,19
行),これらの記載からみて,引用例1の質量分析装置が,サンプルである黒銅鉱
(CuO)の還元過程においてサンプルから放出される水(H2O)を測定対象としてい
ることが明らかである。
そして,サンプルから放出される水(H2O)は,黒銅鉱(CuO)から赤銅鉱中間生
成物(Cu2O)を介して金属(Cu)に至る一連の還元過程において,サンプル中の酸
素(O)と雰囲気中の水素(H)が結合して水(H2O)となり,これがサンプルから
放出されたものにほかならない。
ところで, 脱離」とは, ぬけはなれること。離脱。(広辞苑第五版)を意味し,
「 「 」
上記サンプルから放出された水は,「サンプルから脱離した分子」であるともいえ
るので,質量分析装置で,「試料から脱離する分子の質量数を測定する」ことは,
引用例1に記載されていることである。
ウ さらに,引用例1の質量分析装置は, 0−300の質量範囲(mass range of
「
0-300)」を持つものとされているが(564頁下段の「実験の設計(Experimental
design)
」の右欄29,30行。訳文は審決4頁2,3行),本願発明における「イ
オン交換膜試料から脱離する分子」の組成,質量数について本願明細書及び図面を
参照すると,試料温度27℃,200℃,230℃,270℃における各質量分析
測定の結果を示した図8ないし11の各右側のグラフにおいては,横軸にとった質
量数の範囲は10∼200であり( 0099 】
【 ,図8∼11 ),具体的に質量数を
測定しているものは,
「47番C,F,O」「48番S,O」「64番SO2」であ
, ,
り( 0104】 図11) これらはすべて引用例1の質量分析装置の質量範囲「0
【 , ,
−300」に含まれているものである。
エ したがって,審決が,「引用発明1の(d)『サンプルから揮発する物質をモニ
ターする質量分析装置』は,本願発明の(d')『試料から脱離する分子の質量数を測
定できる質量分析装置』に相当し」(9頁12∼14行)と認定したことに誤りは
なく,原告の主張は失当である。
(2) 本願発明と引用発明1との一致点についての認定の誤りの主張に対して
上記(1)のとおり,審決が ,「引用発明1の(d)『サンプルから揮発する物質をモ
ニターする質量分析装置』は,本願発明の(d')『試料から脱離する分子の質量数を
測定できる質量分析装置』に相当し 」(9頁12∼14行)と認定したことに誤り
はなく,本願発明と引用発明1を「試料から脱離する分子の質量数を測定できる質
量分析装置を有する」点で一致すると認定したことは妥当なものであって,原告の
主張は失当である。
2 取消事由2(本願発明と引用発明1との相違点1についての認定の誤り)に
対して
(1) 特開平11−204119号公報(甲5公報)には,次の記載がある。
「 0015】本発明の固体高分子電解質となるイオン交換膜の官能基を有する
【
成分としては,・・・。このパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂イオン系交換ポ
リマーとしては,米国イー・アイ・デュポン・ドゥ・ヌムール・アンド・カンパニ
ーのNAFION(登録商標)がある。(4頁左欄34行∼右欄26行)
」
「 0016】このようなポリマーは当該技術分野でよく知られた方法によって
【
溶融製造されたポリマー膜を成膜後,ポリマーのガラス転移温度が約100℃とな
るので,約100∼250℃の温度で少なくとも約0.1時間(h)アニール処理
する。前記ポリマー膜の熱分析と熱分解して発生する気体の同時分析を行なうこと
ができるTG/MS(熱重量/質量分析測定)法によって,約220℃の温度でS
O 2 の発生を観察できる。また,約250℃を超える高い温度で前記パーフルオロ
カーボンスルホン酸樹脂イオン系交換ポリマーの末端官能基が脱離する不都合があ
る。本発明においてアニール温度は約100∼250℃の範囲内であり,更に約1
50∼220℃の温度範囲が好ましい。所要のアニール時間は,少なくとも0.1
時間であり望ましくは1時間以上が良く,0.1時間未満では結晶化度を高める実
質的効果が得られない。(4頁右欄27∼42行)
」
(2) ここで,イオン交換膜から発生する気体の成分特定が,熱重量測定法(T
G)と質量分析測定法(MS)のうち,質量分析測定法(MS)のみで可能である
ことを考慮すると,ここには,イオン交換膜の温度条件を変えた時に発生する気体
を質量分析測定により確認し,イオン交換膜のアニール処理温度条件を好適なもの
とすることが記載されているが,アニール処理は,イオン交換膜の結晶化度を高め,
その特性向上を図るものであるから(上記【0015】∼【0016】に加えて,
【0005】∼【0006】,甲5公報には,イオン交換膜の特性向上という課題
)
も記載されている。
そして,本願明細書(甲16)の発明の詳細な説明におけるイオン交換膜の例は
「ナフィオン(商品名:デュポン社製)( 0080】
」【 )であるが,これは上記「米
国イー・アイ・デュポン・ドゥ・ヌムール・アンド・カンパニーのNAFION
(登録商標)」と同じである。
また ,「前記ポリマー膜の熱分析と熱分解して発生する気体の同時分析を行なう
ことができるTG/MS(熱重量/質量分析測定)法によって,約220℃の温度
でSO 2 の発生を観察できる」ということは,ポリマー膜から脱離したSO2をMS
(質量分析測定)によって測定していることであり,これは,本願明細書の発明の
詳細な説明において,・・・図8∼図11の質量分析データを見ると,
「 ・・・また,
64番は,SO2(二酸化イオウ)が発生したことを示している 。 ( 0104 】
」【 )
ことに相当するものであるし,ポリマーから末端官能基が脱離したか否かは,末端
官能基に基づく成分をMS(質量分析測定)で検出したか否かということであるか
ら,「また,約250℃を超える高い温度で前記パーフルオロカーボンスルホン酸
樹脂イオン系交換ポリマーの末端官能基が脱離する不都合がある。 ということは,
」
「パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂イオン系交換ポリマー」から脱離した「末
端官能基」を質量分析測定していることにほかならず,これは,本願明細書の発明
の詳細な説明において ,「・・・ SO 3”の官能基が熱分解によって脱離したこと
“
が容易に判定できる。( 0105】
」【 )ことに相当するものである。
つまり,甲5公報には,イオン交換膜の性能向上を図るために,温度上昇によっ
てイオン交換膜から脱離した分子を質量分析測定することが開示されている。
(3) そして,引用例1(甲1)には,「このシステムは,調合薬,ポリマー及び
触媒を研究するために使用されましたが,これらのシステムに制限されるものでは
ありません。(569頁左欄4∼6行。訳文は審決6頁11,12行)と記載され
」
ているから,そのシステムは測定試料を問わないものであり,何を測定試料とする
かは,使用者が適宜選択し得ることである。さらに,上記1(1)に述べたとおり,
引用発明1の「質量分析装置」は,「試料から脱離する分子の質量数を測定できる
質量分析装置」であり,その質量範囲は,本願発明において想定されている質量範
囲を含むものである。
(4) したがって,審決において ,「引用発明1における試料を『イオン交換膜』
とすることは,当業者が適宜なし得た事項である 」(11頁13,14行)と判断
した点に誤りはない。
3 取消事由3(本願発明と引用発明1との相違点3についての認定の誤り)に
対して
(1) 引用例1(甲1)には,「実験装置は,ガスマニホルド,サンプルホルダ/
熱量計,XRD 分析システム,MS の4つのセクションに分割することができます(図
1)。ガスマニホルドは,3つのガスの混合気を混合することができるように設計
されています。これによって,不活性な条件下,酸化条件下,或いは還元条件下で
の実験が行われることを可能にします。実験は,窒素,ヘリウム,空気,酸素,水
素及びこれらガスの混合ガス中で行われました 。 (564頁下段の「実験の設計
」
(Experimental design)」の左欄24∼31行。訳文は審決3頁9∼14行)と記
載されており,「不活性ガス」のみを供給して「不活性な条件下」で実験を行うこ
とも記載されている。
(2) 質量分析測定において,試料から発生したガスを不活性ガスのキャリヤガ
スを用いて質量分析装置へ供給することは,引用例3(甲3)及び引用例4(甲4)
にも記載されているように周知であって,引用発明1において,試料から脱離した
分子を,不活性ガスのキャリヤガスを用いて質量分析装置へ供給する構成を採用す
ることは,当業者が容易に想到し得ることであるから,原告の主張は失当である。
4 小括
(1) 引用発明1は,本願発明と同様に,試料の温度を制御しつつ,X線散乱装
置を用いた測定と質量分析装置を用いた測定とを同時に行うものであり(審決9頁
22∼27行,10頁6∼8行) かつ,上記1(1)のとおり,
, その質量分析装置は,
「試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装置」であり,その質量範
囲が,本願発明において想定されている質量範囲を含むものである。
(2) そして,前記2(2)のとおり,甲5公報には,イオン交換膜の性能向上を図
るために,温度上昇によってイオン交換膜から脱離した分子を質量分析測定するこ
とが開示されている。
(3) さらに,甲6文献には,イオン交換膜をX線小角散乱測定することが開示
され,引用例2(甲2)には,多層膜ミラーを有するX線集光手段と,2次元X線
検出器とを備えたX線小角散乱装置が記載されている。
(4) そうすると,試料の温度を制御しつつ,X線散乱装置を用いた測定と質量
分析装置を用いた測定とを同時に行う引用発明1において,温度上昇によってイオ
ン交換膜から脱離する分子を測定する目的をもって,試料としてイオン交換膜を選
択し,その際に,X線散乱装置として,引用例2(甲2)に記載された,多層膜ミ
ラーを有するX線集光手段と,2次元X線検出器とを備えたX線小角散乱装置を採
用することは,当業者であれば容易に想到し得たことである。
そして,「イオン交換膜から脱離した分子に関してX線小角散乱測定と質量分析
測定の両方を同時に行うことを可能とした」作用効果も,引用例及び周知技術から,
当業者であれば予測可能なものであり,原告の主張は失当である。
5 その他の取消事由(請求項2ないし6についての判断の誤り)に対して
(1) 特許法49条は,「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,
その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない 。」と規定して
いるが,この規定によれば,一つの特許出願に複数の請求項に係る発明が含まれて
いる場合であっても,そのうちのいずれか一つでも特許法29条等の規定に基づき
特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきこと
を規定しているものと解すべきである。
(2) したがって,審決が,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受
けることができないものであるとして,本願の請求項2∼6について論及しなかっ
たことに違法はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り及び本願発明と引用発明1との一致点
の認定の誤り)について
(1) 引用発明1の「質量分析装置」について
ア 引用例1(甲1)には,次の記載がある。
(ア) 「私たちは,3つの強力な分析技術 ・・・ 示差走査熱量計(DSC) X線回折(X
,
RD)及び質量分析(MS) ・・・ を組み合わせることにより,制御された雰囲気中で加熱
された材料の完全な特性評価を行うことを実現した。XRD機能は反応室中にある固相の構造
に関して絶えず私たちに教えてくれる。MSは揮発物を監視する。そしてDSCは反応と相転
移熱化学について教えてくれる。これまで私たちは,自分たちの設備を使ってポリマーの融解
挙動,銅触媒中での還元メカニズム,そして薬剤の熱処理を研究してきた。組み合わせた計器
は,3つの技術を別々に行う分析と比較して,いくつかの利点を持っている。ここで熱分析に
影響を与える可能性のある計器および試料条件(表1)を考慮する。別個の実験は通常,異な
る試料調製と計器構成とを要し,これらは複数の分析を比較する場合に大きな矛盾を生じる原
因となる。同時分析によれば,分析者は特定の構造的または化学的プロセスデータを,観察し
た熱的現象に直接に帰することができる。同じ環境および試料が,3つの分析すべてに使用さ
れているため,計器および試料調製条件,そしてそれらに関連する誤差は,一定に保たれるの
である。(訳文1頁7∼21行。行数は空白行を入れずに表示する。以下,同じ。
」 )
(イ) 「この考案品の重要な設計過程では,熱量計のインテグリティを維持しながら回折お
よび質量分光分析を実施することに重きを置いている。これは瑣末な問題ではない。工業用熱
量計は高い精度で温度制御を実施するように設計されるため,試料は外部の雰囲気や温度から
絶縁されるように通常は高度に絶縁,密閉されたチャンバ中に置かれることになる。一方,工
業用回折計は,X線の吸収および寄生散乱を低減するために絶縁は最低限とし,解放された試
料環境となるように設計される。したがって,X線に対しては相対的に透光性を持ちつつも試
料の周囲には絶縁された環境を維持する材料を選択しなければならなかった。
本考案品はさらに,位置敏感型検出器(PSD)として一般に知られる高速多次元X線回折
検出器における現在の進歩を利用することにより,X線回折データを従来の熱量測定試験と同
じタイムフレームで収集する。検出器の高い光量子効率と高速性により,シンクロトロン,ニ
ュートロン,または他の高中性子束ソースの代わりに,比較的に安価な従来の低出力X線ソー
スを利用することが可能となった。
計器は4つの部分へと分割することができる。ガスマニホールド,試料ホルダ/熱量計,X
RD分析システム及びMS(図1)である。ガスマニホールドは3つの気体の混合物を作るこ
とができるように設計されている。これにより,実験を不活性,酸化性,または還元性の条件
下で実施することができる。実験は,窒素,ヘリウム,空気,酸素,水素およびこれらの気体
の混合物中にて実施された。雰囲気の制御により,ポリマーの融解と再結晶化のプロセスサイ
クルや,触媒中での煆焼(かしょう)および還元プロセスを模倣することができる。
試料ホルダ/熱量計は,X線が試料に当たり,密封されたチャンバから回折して出られるよ
うにカスタム設計される。コンピュータ化されたDSCデータ収集および熱量計制御により,
分析者は(ここでもプロセス化学を模倣するために)プログラミング可能な加熱速度,スキャ
ン時間,または多段階の複雑な加熱/冷却プログラムを選択することができる。装置は現在,
室温∼600℃の範囲を持ち,オーブン温度は0.1℃まで制御される。(訳文1頁23行∼
」
2頁22行)
(ウ) 「XRDシステムにおいては,X線が単色化されているため,Kα 1 X線のみが試料
に当たり,高分解能の回折パターンが提供される(1,2 )。加えて,短い集中円(114m
m)のため,銅放射を用いた場合,工業用PSDは2θにおける25°∼30°範囲をカバー
することができる(3―6)。集中法光学系により試料と検出器のみが焦点円上にあるため,
寄生散乱からの干渉が著しく低減される。広い2θ範囲は,検出器が分析中にスキャンを実施
しないで済むことを意味し,これにより,PSDを使用する他のシステムと比較しても,分析
時間を短くすることができる(7,8)。
PSD及び電子機器を図1に概略的に示した。計器中にPSDを使うことの非常に大きな利
点は,リアルタイムで,そしてMSおよびDSCデータと同じタイムフレームにおいて,X線
データを取ることができる点である。代表的には,データスキャンは必要とされるデータタイ
プ,実験時間および試料の結晶度に応じて15秒∼20分にわたり収集される。データ収集パ
ラメータを相互に(interactively)変化させることができるか,あるいはコンピュータ制御
下でプログラミングされた間隔でデータを収集して転送することが可能である 。(訳文2頁2
」
4行∼3頁8行)
(エ) 「MSは,溶融石英加熱キャピラリにより試料ホルダとインターフェースされている。
これはこの計器の最も新しいところであり,MSデータは本文書に示す実験の一部にしか含ま
れていない。分光計の質量範囲は,現在の設定においては0∼300である。(訳文2頁10
」
∼13行)
(オ) 「触媒の特性評価
銅触媒は,多くの産業上の処理に利用されている。工業用触媒の前処理は,一般に非常に重
要である。酸化及び還元の前処理の組合せにより触媒の分散と表面領域を最適化でき,そして
潜在的な触媒毒を低減することができる。これらは,次には,特定の触媒の選択性,収率,お
よび寿命を制御する。
DSC/XRD/MSは熱,構造および化学組成を分析するために雰囲気および熱の制御を
計測器に組み合わせたものであることから,触媒挙動の研究に理想的な計器である。
私たちは,一連の工業用触媒の研究を,ヘリウム中に5%の水素を含む還元雰囲気中で,温
度を23∼500℃へと昇温し,続いて急激に冷却し,その後に酸化をすることで実施した
(9 )。これらの実験の目的は,触媒間の還元挙動の違いを調べ,粒子サイズ抑制物質の影響
の比較とともに触媒間の結晶子サイズを比較することであった。
アルミナ触媒での工業用Cuの還元においては,発熱最高点は約240℃にて現れ,その後
に重なる幅広い発熱がある(図7 )。図8のMSデータは,試料から水が発生し,その発生が
DSCで示された熱フロー挙動を模倣していることを示している。還元中にとられたXRDス
キャンの選択部を図9に示した。5分間のXRDスキャンが29∼51°の2θ領域に実施さ
れた。加熱速度2℃/分とした5分間XRDスキャンで,各スキャンは10℃の温度範囲を表
している。図から分かるように,得られた試料の回折パターンは黒銅鉱(CuO)のパターン
に偏っている。詳細な分析から,小さい結晶子サイズのγ−アルミナも担体として示されてい
る。XRDデータには,280℃∼290℃のスキャンを見るまで大きい変化はない。これら
のデータの分析から,赤銅鉱中間物質(Cu 2O)の形成と,銅金属相の初期成長が分かる。
中間物質としての赤銅鉱種の寿命は,実験条件に応じて著しく異なり,そしてこれはゆっくり
としたキネティック条件下(図9の最上部のスキャン)ではより容易に観測される。さらに還
元を行うと,銅金属相が成長し,さらにアニール(結晶子サイズを大きくする)が成され,こ
れにより,酸化物相が排除されることになる。黒銅鉱の還元は,以下のメカニズムを通じて生
じる。
CuO+H2 → Cu2O+H2O
Cu2O+H2 → Cu(metal)+H2O
興味深いことに,DSCおよびMSデータは,発熱反応が約160℃から始まっていること
を示唆する一方で,XRDデータは280℃までは大きな変化を示さない。同様のタイムラグ
は全てのDSC/XRD/MS実験において観測された。XRDはバルク法である一方でDSC
およびMSはより微量成分の分析技術である。回折信号を観測するには,試料中に回折するた
めの位置に十分な格子面が存在していなければならない。還元と室温への冷却の後,試料は再
度酸化される。図10は,この酸化中のスキャンの選択部を示している。この室温スキャンは,
赤銅鉱と銅金属相両方を示している。銅金属は,細かく分割された状態にあっては酸素スカベ
ンジャーであり,そして水素含有ストリームが遮断されると瞬時に赤銅鉱が形成された。デー
タは銅の赤銅鉱への,そして赤銅鉱から黒銅鉱への酸化を明確に示している。
DSC/XRD/MS同時測定装置は,材料の熱構造挙動を研究するための強力なツールであ
る。その正確な温度および雰囲気制御能力により,この計器は工場プロセスの分析および最適
化ツールにもなる。この計器の多分析能力は,分析者が複雑なシステム群をデコンボリュート
し,混合物中の熱構造的相互関係の基本的な理解を得ることを可能にする。このシステムは薬
剤,ポリマーおよび触媒の研究に利用されているが,これらのシステムに限られたものではな
い。(訳文6頁8行∼7頁26行)
」
イ ところで,引用例1では,実験装置であるX線回折装置として「位置敏感型
検出器 position sensitive detector PSD) を用いているところ,
( 」 上記ア(ア)
によれば,当該実験装置が「示差走査熱量計(DSC),
」「X線回折(XRD)」及
び「質量分析(MS)
」を組み合わせて,
「制御された雰囲気中で加熱された材料の
完全な特性評価を行う装置」であって,「X線回折」が反応室中にある固相の構造
を示し,「質量分析」が揮発物を監視するものであると記載されている。
また,上記ア(イ)には,①「ガスマニホールド 」(ガス集合供給装置)が「3
つの気体の混合物を作ることができ 」,これにより,実験を,窒素,ヘリウム,空
気,酸素,水素及びこれらの気体の混合物中にて,不活性,酸化性又は還元性の条
件下で実施することができること,②「試料ホルダ/熱量計」が,X線が試料に当
たり,密封されたチャンバから回折して出られるようにされており,コンピュータ
化されたDSCデータ収集及び熱量計制御により室温∼600℃の範囲において,
0.1℃単位で温度が制御できること,がそれぞれ記載されている。
さらに,上記ア(ウ)には,X線回折装置が「2θにおける25°∼30°範囲を
カバーする」ものであることが記載されている。
さらにまた,同(ウ)には,記載の測定装置が,①「リアルタイムで,そしてMS
及びDSCデータと同じタイムフレームにおいて,
X線データを取ることができる」
こと, 「コンピュータ制御」により「プログラミングされた間隔でデータを収集」
②
できること,が記載されている。
上記ア(エ)には,「質量分析装置」が「試料ホルダ」に接続されており,
「0∼3
00」の質量範囲を測定できるものであることが記載されている。
ウ 以上によれば,引用例1には,「2θが25°から30°の角度範囲をカバ
ーするX線回折装置と,試料から揮発する物質を監視する質量分析装置と,X線が
試料に当たり回折して出られるようにされているとともに,質量分析装置に接続さ
れている試料ホルダと,試料ホルダの温度を制御し,X線回折と質量分析を同時に
行うように制御するコンピュータ化されたDSCデータ収集及び熱量計制御とを有
し,X線回折装置が,X線源と,サンプルで回折したX線を検出する位置検出器と
を有し,サンプルの雰囲気を窒素,ヘリウム,空気,酸素,水素及びこれらの混合
ガスにできる実験装置」の発明 引用発明1)
( が記載されているものと認められる。
また,引用例1に記載の「質量分析装置」は ,「試料から揮発する物質」の「質
量数」を「0∼300」の範囲で測定できるものであると認められる。
(2) 本願発明の「質量分析装置」について
ア 本願発明の特許請求の範囲の記載(甲16)によれば,本願発明の「質量分
析装置」は,「イオン交換膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる」もので
ある。
イ そして,本願明細書(甲16)には,以下の記載がある。
(ア) 「 0001】
【 【発明の属する技術分野】本発明は,X線を用いた測定と,試料から
発生するガスに関する測定との両方を行って試料を分析する分析装置及び分析方法に関する。」
「 0005】このことに鑑み,試料に分解が発生したかどうかを調べる装置について考え
【
てみると,そのような装置として質量分析装置が考えられる。この質量分析装置によれば,試
料から発生するガスを採取してその質量数を測定することにより,発生したガスに含まれる元
素を同定することができる。従って,上記のX線回折測定と,この質量分析測定とを組み合わ
せれば,より信頼性の高い測定を行うことができると考えられる。」
「 0013】この分析装置によれば,X線測定手段であるX線小角散乱装置を用いた測定
【
によって得られるX線回折図形と,ガス分析手段である質量分析装置を用いた測定によって得
られる試料に関するデータとの両方に基づいて試料の特性を判定できる。これにより,X線回
折測定だけでは,又は質量分析装置を用いた測定だけでは判定を誤るような試料に関して,信
頼性の高い測定を行うことができるようになる。」
「 0014】また,上記構成の分析装置によれば,X線小角散乱装置における試料位置と
【
質量分析装置における試料位置とが同じであるので,それらの測定を全く同じ環境下で同時に
行うことができる。従って,両方の測定によって得られたデータは,全く同じ試料の,全く同
じタイミングにおける,全く同じ環境下でのデータであるので,試料の構造変化であるのか,
試料の一部脱離や分解が起こっているのかを,容易に特定できる。」
「 0021】上記構成の分析装置は,ガスの質量数を測定できる質量分析装置をガス分析
【
手段として用いている。この構成によれば,試料から発生したガス中に存在する元素を知るこ
とができ,それ故,試料に熱分解や脱離が発生したことを容易に判定できる。この結果,X線
回折図形に現れるピーク位置及びピーク強度の変化が分子構造の変化に起因するものなのか,
あるいは,発生ガスの元素を含む個所の分解や脱離等を伴った変化に起因するものなのかを容
易に判定できる。」
「 0070】図1において,質量分析装置3は,試料支持装置12によって所定位置に配
【
置された試料18からガスが発生する場合に,そのガスを排気通路33を通して採取して,そ
のガスの質量数を測定する装置である。この機能が達成できるものであれば,質量分析装置3
の具体的な構成は特別のものに限られない。」
「 0099】図8は試料温度27℃における質量分析測定の結果を示し,図9は試料温度
【
200℃における質量分析測定の結果を示し,図10は試料温度230℃における質量分析測
定の結果を示し,図11は試料温度270℃における質量分析測定の結果を示している。これ
らの図において,左側のグラフは,横軸にとった経過時間(min)のときにイオン交換膜7
3から発生するガスの総量がどのくらいになるかを縦軸に示している。また,右側のグラフは,
横軸に質量数をとり,縦軸に発生ガス量をとり,イオン交換膜73から発生したガスの量が最
終的にどうなるかを質量数ごとに棒グラフによって示している。
」
(イ) 以上の記載によれば,「イオン交換膜から脱離する分子」は,「試料から発
生した気体の分子」であって,本願発明の「質量分析装置」が ,「試料から発生す
るガス」 「質量数」
の を測定できるものとして記載されていることが認められるが,
他方,「イオン交換膜試料から脱離する分子の質量数」を測定するために何らかの
特別な手段,構造等を有するものであるとは認められない。
ウ また,本願明細書(甲16)には,以下の記載がある。
(ア) 「 0104】他方,図8∼図11の質量分析データを見ると,特に,270℃のデ
【
ータにおいてそれ以外のデータと比較して顕著な違いが見られる。具体的には,図11の右側
のグラフにおいて,270℃よりも低温時の測定では見られなかった,47番,48番,64
番のガスの発生が見られる。47番は,C(炭素)
,F(フッ素),O(酸素)の各ガスが発生
したことを示している。また,48番は,S(イオウ ),O(酸素)が発生したことを示して
いる。また,64番は,SO2(二酸化イオウ)が発生したことを示している。
」
「 0105】この状態を図13に示したイオン交換膜の化学式構造を勘案して考えると,
【
温度が270℃になったときに“SO 3”の官能基が熱分解によって脱離したことが容易に判
定できる。このことを図7のX線小角散乱図形と組み合わせて考察すれば,27℃∼230℃
までは発生ガスの種類に変化は無く,図7におけるピークの位置及び強度の変化は,昇温によ
るイオン交換膜の分子構造の変化に起因するものと判定できる。一方,X線小角散乱図形にお
ける230℃∼270℃の範囲で起こった変化は,分子構造の変化というよりは,図13にお
ける側鎖76の熱分解に起因するものであることが分かる。」
(イ) 以上の記載によれば,「イオン交換膜試料から脱離する分子」がSO3であ
ること,そのときに発生するガスがSO2で質量数64として測定されるもの,S,
Oで質量数48として測定されるもの,C,F,Oで質量数47として測定される
ものが含まれることが理解することができ,本願発明の「イオン交換膜試料から脱
離する分子の質量数を測定できる質量分析装置」とは,質量数が47,48,64
程度の分子が測定できるものであればよいものと認めることができる。
(3) そして,前記(1)のとおり,引用発明1の「質量分析装置」は ,「試料から
揮発する物質」の「質量数」を「0∼300」の範囲で測定できるものであると認
められることからすると,この「質量分析装置」は,「試料から発生した気体の分
子の質量数を測定できる」ものであるところ,上記(2)イによれば,本願発明にお
ける「イオン交換膜試料から脱離する分子」が「試料から発生するガス」であるこ
とからすれば,本願発明の「質量分析装置」と引用発明1の「質量分析装置」は,
ともに「試料から発生するガスの分子の質量数を測定できる質量分析装置」である
点で一致するものといえる。
また,上記(2)ウのとおり,本願発明の「イオン交換膜試料から脱離する分子の
質量数を測定できる質量分析装置」は,質量数が47,48,64程度の分子が測
定できるものであればよいものと認められるところ,前記(1)のとおり,引用発明 1
の「質量分析装置」は,質量数が0∼300の範囲で測定できるものであるから,
同装置は「イオン交換膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる」ものでもあ
ると認めることができる。
(4) 原告は,揮発とは,固体成分そのものが気化する状態であって,引用例1
には「サンプルそのものを揮発性物質としてモニターする質量分析装置」が開示さ
れているだけであり,「揮発」とは本願発明で対象としているイオン交換膜におけ
る脱離とは異なった現象であるから ,「サンプルから揮発する物質」から「イオン
交換膜から脱離する分子」が予測されるとはいえず,審決が,本願発明と引用発明
1とが「試料から脱離する分子の質量数を測定できる質量分析装置を有する」点で
一致すると判断したことは誤りであると主張する。
しかしながら,審決は,引用発明1の「質量分析装置」を「イオン交換膜から脱
離する分子」の質量数を測定するものに用いるものとすることについて判断してい
るのではなく,引用発明1の「質量分析装置」が「試料から脱離する分子」を測定
することができるものであると認定しているにすぎないから,「サンプルから揮発
する物質」から「イオン交換膜から脱離する分子」が予測可能であるか否かが,上
記の判断を左右するものではない。
(5) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本願発明と引用発明1との相違点1についての認定の誤り)に
ついて
(1) 一般に,測定装置は,多数の試料を測定することができるように設計され
るものであり,前記1(1)のとおり,引用発明1のような測定対象となる試料が特
に限定されるものではない汎用の測定装置においては,ある特定の試料を当該測定
装置を用いて測定することが通常想定できないものであるなどの特段の事情がある
場合を除き,当該特定された試料を測定対象として選定することは,当業者が必要
に応じて適宜なし得ることというべきである。
また,本願発明の測定装置と引用発明の測定装置との間に構成上の相違がなく,
単に測定対象となる試料のみが異なる場合には,そのような測定装置を特定の測定
対象となる試料に用いるに当たって特別な工夫を要するものであったり,当該限定
によって測定装置がその他の測定装置と比べて特別な手段,工夫等を有することが
明らかであるなどの特段の事情がない限り,当該限定によって,測定装置としての
構成上の相違を認めることができないというべきである。
(2) これを本件についてみると,前記1のとおり,本願発明において「イオン
交換膜から脱離する分子の質量数を測定できる質量測定装置」と引用発明1の「質
量測定装置」の間に構成上の相違が認められず,本願発明と引用発明1とは,審決
認定の一致点(10頁1∼13行)で一致するものである(なお,審決認定の一致
点のうち,前記1で一致すると認定する「試料から脱離する分子の質量数を測定で
きる質量分析装置と」の部分以外が一致することは当事者間に争いがない。。
)
そして,「イオン交換膜」を測定対象試料とする場合に,
「入射X線の光軸を中心
とする回折角度2θ=0.1°から5°の小角度領域における散乱X線を検出でき
るX線小角散乱装置」が必要であるとしても,そのような「X線小角散乱装置」は
引用例2に記載されており(甲2),引用発明1の測定装置のX線回折装置を引用
例2に記載の「X線小角散乱装置」とすることは当業者が容易になし得ることであ
ると認められる(この点については,審決が相違点2において判断するところであ
り〔11頁16∼28行〕
,当事者間にも争いがない。。
)
(3) 以上によれば,本願発明に係る「測定装置」の構成は,引用発明1に引用
発明2及び周知技術から容易に想到し得るものであるといえる。
(4) そして,甲5公報には,本願当時の技術水準について,【0016】このよ
「
うなポリマーは当該技術分野でよく知られた方法によって溶融製造されたポリマー膜を成膜
後,ポリマーのガラス転移温度が約100℃となるので,約100∼250℃の温度で少なく
とも約0.1時間(h)アニール処理する。前記ポリマー膜の熱分析と熱分解して発生する気
体の同時分析を行なうことができるTG/MS(熱重量/質量分析測定)法によって,約22
0℃の温度でSO 2 の発生を観察できる。また,約250℃を超える高い温度で前記パーフル
オロカーボンスルホン酸樹脂イオン系交換ポリマーの末端官能基が脱離する不都合がある。本
発明においてアニール温度は約100∼250℃の範囲内であり,更に約150∼220℃の
温度範囲が好ましい。所要のアニール時間は,少なくとも0.1時間であり望ましくは1時間
以上が良く,0.1時間未満では結晶化度を高める実質的効果が得られない 。 との記載があ
」
り,「熱分析と熱分解して発生する気体の同時分析を行うことができる熱重量/質
量分析測定法により測定を行うこと」により「イオン交換膜試料」の好適なアニー
ル処理温度条件を求めることができることが記載されていることからすれば,本願
当時の当業者の技術水準によれば,引用発明1の測定装置を用いて「イオン交換膜
試料」を測定することは容易に想到し得ることであるといえる。また,本願明細書
(甲16)の発明の詳細な説明におけるイオン交換膜の例は「ナフィオン(商品名
:デュポン社製)( 0080】 であるが,甲6文献には, 小角X線散乱(SAXS)
」【 ) 「
およびバルク容量測定(bulk volumetric measurements)がペルフルオロ化アイオノマー膜
「Nafion」について行われた。(訳文1頁6,7行) 「Nafion
」 , のSAXSの研究については
これまでにも数多くが報告されており」(訳文2頁15行) との記載があり,本願当時に
おいて,小角X線散乱装置を用いて「イオン交換膜試料」を測定することができる
ことが知られていた。
そうすると,引用発明1のX線回折装置に代えて,引用例2記載の「X線小角散
乱装置」を備えるようにした測定装置であれば,「イオン交換膜試料」の構造を測
定可能であって,イオン交換膜試料を測定対象とするに当たって支障がないことは,
当業者にとって明らかであるから,上記のとおり本願発明に係る「測定装置」の構
成が引用発明1に引用発明2及び周知技術を適用して容易に想到し得るものといえ
る以上,そのような「測定装置」において「イオン交換膜試料」を測定対象とする
ことは適宜なし得るものである。
(5) 原告は,揮発物質の質量分析測定を行うことを前提とした引用発明1にお
ける試料を,脱離した分子の質量分析測定を行うことを前提としてイオン交換膜に
置換することが,当業者が適宜になし得るとは考えられない,と主張する。
しかしながら,前記1(3)のとおり,本願発明の「質量分析装置」が,「イオン交
換膜試料から脱離する分子の質量数を測定できる」ものであると認められのである
から,原告の上記主張は採用できない。
(6) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本願発明と引用発明1との相違点3についての認定の誤り)に
ついて
(1) 引用例1(甲1)には,「ガスマニホールドは3つの気体の混合物を作ることがで
きるように設計されている。これにより,実験を不活性,酸化性,または還元性の条件下で実
施することができる。実験は,窒素,ヘリウム,空気,酸素,水素およびこれらの気体の混合
物中にて実施された。雰囲気の制御により,ポリマーの融解と再結晶化のプロセスサイクルや,
触媒中での煆焼(かしょう)および還元プロセスを模倣することができる 。(訳文2頁11∼
」
16行)との記載があり,これによれば,引用例1において,
「ヘリウム」気体中,
すなわち不活性条件下で実験を行うことができるものであると認められる。
(2) また,①「発生気体分析機能を備えた熱分析装置」の発明についての引用
例3(甲3)には,「保護管に四重極質量分析装置などといった気体分析装置を付設した場
合には,保護管内にキャリヤガスのガス流を形成し,そのキャリヤガスによって発生気体を気
体分析装置まで運ばなければならない。 (2頁右上欄15∼19行) と,②「金属粉末成
」
形方法のための脱脂燒結状態監視方法並びに金属粉末成形方法のための脱脂燒結条
件シミュレーション方法及び装置」の発明についての引用例4(甲4)には,【0
「
020】熱分析装置1によって一次成形品8の経時的な重量変化(TG)及び経時的な温度差
変化(DTA)が測定される間,一次成形品8からガスが発生すると,そのガスは保護管15
の上端に設けたガス導入口18から導入されたキャリヤガス,例えばヘリウムガスによって搬
送され,ガス排出管17を通って切換弁23へ運ばれる。切換弁23がダイレクトモードに設
定されていると,ガスは質量分析計4へ直接搬送される 。 と各記載されているように,
」
キャリヤガスによって,発生するガスを質量分析装置に供給することは周知である
といえる。
(3) そうすると,引用発明1において,不活性条件下で測定を実施するに当た
り,ヘリウムガスをキャリヤガスとして用いるようにすることは,当業者が適宜な
し得るものということができる。そして ,「イオン交換膜試料から脱離する分子」
も「試料から発生するガス」であることからすると,「試料から脱離する分子」を
「質量分析器」に供給することができることは明らかである。
したがって,本願発明と引用発明との相違点3( 本願発明は,試料の周囲に供給さ
「
れる不活性ガスがキャリヤガスであって,試料から脱離する分子を該キャリヤガスを用いて質
量分析装置へ供給するのに対し,引用例1には試料の周囲に供給される不活性ガスをキャリヤ
ガスとして用いることの記載はない点」 は,当業者が容易に想到し得るものであって,
)
これと同旨の審決の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。
(4) なお,原告は,引用例1において試料の雰囲気となるのは試料との反応ガ
スであり不活性ガスがキャリヤガスとして存在する雰囲気は予測できないと主張す
る。しかしながら,上記(1)のとおり,引用例1には, 不活性条件下で実験を行う」
「
ことが記載されており,原告の上記主張は採用できない。
4 その他の取消事由(請求項2ないし6についての判断の誤り)について
特許出願に係る複数の発明のうち一つでも特許法49条の規定により特許を受け
ることができないものであるときは,当該特許出願は全体として拒絶を免れないも
のと解釈せざるを得ず,これと異なる見解に基づいて請求項2ないし6についての
判断の誤りをいう原告の主張の取消事由は理由がない。
5 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
本 多 知 成
裁判官
田 中 孝 一
最新の判決一覧に戻る