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平成20(行ケ)10108審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年10月1日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官鈴木隆史
原告アドバンスト・マイクロ・ディバイシズ・インコーポレイテッド
法令 特許権
特許法29条の22回
キーワード 審決26回
実施8回
優先権3回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 本件は,原告がした下記(1)の特許出願(以下「本件特許出願」という。)につ いての拒絶査定に対する不服審判請求を成り立たないとした審決の取消しを求める 事案である。

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判決文

平成20年(行ケ)第10108号 審決取消請求事件
平成20年10月1日判決言渡,平成20年9月3日口頭弁論終結
判 決
原 告 アドバンスト・マイクロ・ディバイシズ・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 深見久郎,森田俊雄,仲村義平,竹内耕三,堀井豊,野田久
登,酒井將行,荒川伸夫
被 告 特許庁長官 鈴木隆史
指定代理人 河合章,北島健次,岩崎伸二,森山啓
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
特許庁が不服2005−23445号事件について平成19年11月12日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告がした下記(1)の特許出願(以下「本件特許出願」という。)につ
いての拒絶査定に対する不服審判請求を成り立たないとした審決の取消しを求める
事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許出願手続(甲第2,第3,第5号証)及び拒絶査定
-1 -
出願人:アドバンスト・マイクロ・ディバイシズ・インコーポレイテッド(原
告)
発明の名称:「フラッシュEPROMおよびそれを動作させる方法」
出願日:平成6年11月30日
出願番号:特願平6−296700号
優先権主張日:1993年(平成5年)12月1日(米国)
手続補正日:平成16年11月10日(甲第5号証)
拒絶査定日:平成17年8月31日
(2) 本件手続
審判請求日:平成17年12月5日(不服2005−23445号)
手続補正日:平成17年12月5日(甲第4号証。以下「本件補正」という。)
審決日:平成19年11月12日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成19年11月27日
2 特許請求の範囲の記載
審決は,本件補正の適否を判断するに当たって本件補正後の請求項5記載の発明
を対象とし,また,本件特許出願の許否を判断するに当たって本件補正前(平成1
6年11月10日付け手続補正後)の請求項5記載の発明を対象としたところ,そ
れぞれの請求項の記載は,下記(1)及び(2)のとおりである(請求項の数は,本件補
正の前後とも全25項。以下,本件補正前の請求項5に記載された発明を「本願発
明」といい,本件補正後の請求項5に記載された発明を「補正発明」という。)。
(1) 本件補正前の請求項5の記載
「【請求項5】 フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレイ
ンを有するMOS装置と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに
-2 -
結合される,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記定常状態しきい値電圧をオフセットするように前記フローティングゲートに
結合される,接地電圧と異なる第2の電圧とを含む,メモリセル。」
(2) 本件補正後の請求項5の記載(下線部分は補正箇所である。)
「【請求項5】 フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレイ
ンを有するMOS装置と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに
結合される,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記第1の電圧の前記ドレインへの印加と並行して印加されて前記定常状態しき
い値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さな値にオフセットするように前記
フローティングゲートに結合される,接地電圧より高い第2の電圧とを含む,メモ
リセル。」
3 審決の理由の要旨
審決は,補正発明は,本件特許出願に係る優先権主張日前の特許出願であって,
本件特許出願後に出願公開がされた特願平4−341328号の願書に最初に添付
された明細書又は図面(特開平6−76589号(甲第1号証)。以下この明細書
を「先願明細書」といい,この図面を「先願図面」という。)に記載された発明
(以下「先願発明」という。)と実質的に同一であるから,補正発明は独立特許要
件を満たさないとして本件補正を却下し,本願発明の要旨を本件補正前の請求項5
の記載のとおり認定した上,本願発明は先願発明と実質的に同一であり,特許法2
9条の2の規定により特許を受けることができないと判断した。
審決の理由中,補正発明の独立特許要件,本願発明及び先願発明の対比・判断に
関する部分は以下のとおりである。なお,項目の符号を改めた部分がある。
(1) 補正発明の独立特許要件について
ア 先願発明
-3 -
先願の明細書:特願平4−341328号(特開平6−76589号公報)
本願の優先権主張日前の特許出願であって,その出願後に出願公開がされた特願平4−34
1328号の願書に最初に添付された明細書又は図面には,フラッシュ型E 2PROMの消去
方法,に関して,図1ないし図4及び図6,図8,図9,図11及び図12とともに,以下の
記載がなされている。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】ファウラ−ノルドハイム・トンネリングによる消去の後に,ドレイン電圧を印加
してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入するフラッシュ型E 2PROMの消去方法におい
て,
コントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量をC C,フローティングゲート−
ドレイン間の結合容量をC D ,紫外線によって消去したときの閾値電圧をUV・E・V th ,
プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,
消去後ドレイン電圧VDを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足する
ゲート電圧V G をコントロールゲートに印加することを特徴とするフラッシュ型E 2PROM
の消去方法。
【請求項2】アバランシェ・ホット・キャリヤの注入によって自動的に収束する閾値電圧を収
束V th とするとき,前記ゲート電圧V Gを,
【数2】 収束V th =UV・E・V th となる値に設定することを特徴とする請求項1記載
のフラッシュ型E2PROMの消去方法。」
「【産業上の利用分野】本発明は,フラッシュ型E 2PROMの消去方法に関し,特にファウ
ラ−ノルドハイム(F−N)・トンネリングによる消去の後に,ドレイン電圧を印加してアバ
ランシェ・ホット・キャリヤを注入するフラッシュ型E 2PROMの消去方法に関する。
【0002】
【従来の技術】フラッシュ(一括消去)型E 2PROMにおいては,ソースとフローティング
ゲートの間の容量結合比がセルによって違うため,消去後の閾値電圧V th にバラツキが生じ
-4 -
る。この閾値電圧V th のバラツキは,閾値電圧V th が0V未満となる過剰消去の原因とな
る。
・・・
【0004】このフラッシュ型E 2PROMの最大の課題であった過剰消去の問題を解決する
消去方法として,従来のF−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧を印加してアバラ
ンシェ・ホット・キャリヤを注入する方法が開発された(NIKKEIMICRODEVI
CES 1992年 2月号 P85∼P91参照)。
【0005】この消去方法によれば,消去中に,仮に過剰消去になり得るセルがあったとして
も,アバランシェ・ホット・キャリヤ注入後には回復し,最終的にはチャネル不純物濃度(以
下 ,チ ャ ネ ル 濃度 と 略 称す る ) とゲ ー ト 電 圧に よ って 決 ま る 閾値 電 圧V th ( 以 下, 収束
V th と称する)に自動的に収束し(セルフ・コンバージェンス),過剰消去にはならない。
例えば,コントロールゲートのゲート電圧V Gが0Vであれば,紫外線によって消去したとき
の閾値電圧V th (以下,UV・E・V th と称する)を3Vとすると,収束V th が1.1
Vとなり,よって過剰消去を抑止することができる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記の従来の消去方法では,ゲート電圧
V G およびソース電圧V S が共に0V,ドレイン電圧V D が例えば6Vの条件下で行われる
が,この状態は書込み時の半選択セル(ビット線;選択,ワード線;非選択)と全く同じ状態
であり,収束V th のところでも書込み時にリーク電流が流れるために,書込み時の消費電流
が増大するという問題点がある。
【0007】例えば,ワード線の数が2048本の場合であって,2048番目のワード線が
選択されている場合の書込み時の状態を示す図6において,書込み電流はおよそ400∼6
00μAであるから,半選択セルのリーク電流として許容できる限度はおよそ10%(40∼
60μA)である。本願発明者による実験結果を図7に示す。この実験結果は1.0μmルー
ルのメモリセルの値ではあるが,収束V th におけるドレイン電流IDは84μAと非常に大
きい。また,チャネル長Lの依存性を図8に,UV・E・V th の依存性を図9にそれぞれ示
-5 -
す。
【0008】本発明は,上述した点に鑑みてなされたものであって,セルフ・コンバージェン
スによる過剰消去抑止の効果を維持しつつ書込み時の消費電流の低減を可能としたフラッシュ
型E 2 PROMの消去方法を提供することを目的とする。」(0001段落ないし0008段
落)
「【実施例】以下,本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。図2は,本発明による
消去方法が適用されるE 2PROMの単位セルについての回路構成例を示す回路図である。図
2において,メモリセル1のソースSは接地され,そのコントロールゲートCGはワード線2
に,ドレインDはビット線3にそれぞれ接続されている。メモリセル1のコントロールゲート
CGには,V G 用定電圧発生回路4で発生されるゲート電圧V Gがワード線2を介して印加さ
れる。一方,メモリセル1のドレインDには,V D用定電圧発生回路5で発生されるドレイン
電圧VDがビット線3を介して印加される。
【0012】次に,本発明による消去方法の処理手順につき,図1のフローチャートにしたが
って説明する。なお,V G 用定電圧発生回路4およびV D用定電圧発生回路5では,各ステッ
プの処理に応じた適当な値のゲート電圧V Gおよびドレイン電圧V Dが適宜発生されるものと
する。
【0013】先ず,F−N・トンネリングによる消去を行う(ステップS1)。この処理ステ
ップでは,コントロールゲートCGに高電圧を印加し,ドレインDを0Vにする。コントロー
ルゲートCGに高電圧が印加されたことにより,フローティングゲートFGも高い電位となる
ため,フローティングゲートFGのトンネル部の酸化膜に高電界がかかる。その結果,フロー
ティングゲートFGからドレインDへトンネル電流(F−N電流)が流れ出るため,消去が行
われる。
【0014】このF−N・トンネリングによる消去の後,ドレインDに例えば6Vのドレイン
電圧VDを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入する(ステップS2)。このと
き,コントロールゲートCGには,以下の条件を満足するゲート電圧V Gを印加する。
【0015】すなわち,コントロールゲートCG−フローティングゲートFG間の結合容量を
-6 -
C C ,フローティングゲートFG−ドレインD間の結合容量をC D,紫外線によって消去した
ときの閾値電圧Vth をUV・E・Vth ,プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,
【数6】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足するゲ
ート電圧VGをコントロールゲートCGに印加する。図3に,収束V th のゲート電圧VGに対
する依存性を示す。これを数式で表わすと,
【数7】 収束Vth =UV・E・Vth +VG−VD+VPとなる。
【0016】上述したように,F−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧V Dを印加
してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入することにより,チャネル濃度とゲート電圧
V G によって決まる閾値電圧である収束V th に収束する(セルフ・コンバージェンス)。す
なわち,F−N・トンネリングによる消去中に,仮に過剰消去になり得るメモリセル1があっ
たとしても,アバランシェ・ホット・キャリヤの注入によって回復し,最終的に収束V th に
収束するために,過剰消去を防止できる。
【0017】また,F−N・トンネリングによる消去後のセルフ・コンバージェンス時に,コ
ントロールゲートCGに印加するゲート電圧V Gを上記条件を満足するように設定することに
より,収束V th をフローティングゲートFG−ドレインD間の結合容量C D で決まるドレイ
ン電流I Dが流れ始める閾値電圧以上にすることができる。
【0018】これによれば,ワード線の数が2048本の場合であって,2048番目のワー
ド線が選択されている場合の書込み時を示す図4において,ビット線選択による半選択のメモ
リセル10∼12046がセルフ・コンバージェンスによって既に収束V th にあり,この収
束Vthがドレイン電流I D が流れ始める閾値電圧以上であるため,これらのメモリセル1
0∼12046にはセル電流(リーク電流)が流れなく,書込み中のメモリセル12047の
みにセル電流が流れる。したがって,書込み時の消費電流を低減できる。
【0019】ところで,セルフ・コンバージェンスによる収束V th が,ドレイン電流I D が
流れ始める閾値電圧以上であっても,収束V th ≠UV・E・Vth のときは,フローティング
ゲートFGに電荷が入っている状態である。フローティングゲートFGに電荷が入っている
と,熱や時間などの外部ストレスによって閾値電圧V th が変化し易く,この閾値電圧V th の
-7 -
変化は,フラッシュ型E2PROMの読出し速度などの仕様の変化につながる。
【0020】そこで,収束V th がドレイン電流I D が流れ始める閾値電圧以上であって,し
かもUV・E・V th の値になるように,セルフ・コンバージェンス時のゲート電圧V Gを設
定する。このように,収束V th をUV・E・V th とすることにより,UV・E・V th では
メモリセル1のフローティングゲートFGには電荷がないことから,収束V th が変化しにく
く,外部ストレスに対して安定なセルとすることができる。」(0011段落ないし002
0段落)
「【0026】上述したように,セルフコンバージェンスによって書込み後の閾値電圧
V th のばらつきを小さくできることにより,図11(A)に示すようにV th ばらつきが大き
く,まだ点線以上に閾値電圧V th が達していないビットがあったとしても,セルフコンバー
ジェンスをかけることによって図11(B)の状態にすることができるので,再度の書込みが
必要なくなり,書込み時間の高速化が図れる。また,セルフコンバージェンスは,前述したよ
うに閾値電圧V th をある電圧に収束させるものであることから,図12に示すように,書込
みディスターブで落ちたビットも,セルフコンバージェンスをかけることによって点線以上の
ビットに戻すことができるため,書込みディスターブの低減化も図れる。」(0026段落)
「【発明の効果】以上説明したように,本発明によれば,F−N・トンネリングによる消去後
のセルフ・コンバージェンスによる収束V th をフローティングゲート−ドレイン間の結合容
量C D で決まるドレイン電流が流れ始める閾値電圧以上としたことにより,書込み時において
半選択状態のメモリセルにリーク電流が流れることがないため,セルフ・コンバージェンスに
よる過剰消去抑止の効果を維持しつつ書込み時の消費電流を低減できることになる。また,収
束V th をUV・E・V th とすることにより,UV・E・V th ではメモリセルのフローティ
ングゲートには電荷がないことから,収束V th が変化しにくく,外部ストレスに対して安定
なメモリセルを得ることができる。」(0028段落)
よって,先願の明細書には,(判決注:「以下の発明が記載されている。」との文言を脱漏
した誤記と認める。)
「F−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・
-8 -
キャ リヤを注 入して ,チャネ ル濃度とゲート電圧V G によって決まる閾値電圧である収束
V th に収束(セルフ・コンバージェンス)させるフラッシュ型E 2PROMの消去方法にお
いて,
コントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量をC C,フローティングゲート−
ドレイン間の結合容量をC D ,紫外線によって消去したときの閾値電圧をUV・E・V th ,
プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,
消去後ドレイン電圧VDを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足するゲ
ート電圧V G をコントロールゲートに印加することを特徴とするフラッシュ型E 2PROMの
消去方法。」(先願発明)
イ 対比
本件補正後の請求項5に係る発明(補正発明)と先願発明とを対比する。
(a)先願発明の「フラッシュ型E 2PROM」は,図2の記載から,「フローティングゲー
ト」,「接地に結合されるソース」及び「ドレイン」を有していることは明らかであるから,
先願発明の「フラッシュ型E 2PROM」は,補正発明の「フローティングゲート,接地に結
合されるソース,およびドレインを有するMOS装置」に相当する。
(b)先願明細書の【0005】段落の「この消去方法によれば,消去中に,仮に過剰消去に
なり得るセルがあったとしても,アバランシェ・ホット・キャリヤ注入後には回復し,最終的
にはチャネル不純物濃度(以下,チャネル濃度と略称する)とゲート電圧によって決まる閾値
電圧V th (以下,収束V th と称する)に自動的に収束し(セルフ・コンバージェンス),過
剰消去にはならない。」との記載及び,本願明細書の「この自己収束消去メカニズムは,ファ
ウラー−ノルドハイムトンネリングによる消去後にアバランシ−ホットキャリア注入を用い
る。アバランシ−ホットキャリア注入により,メモリセルのしきい値電圧が,ある「定常状
態」に収束する。」(0017段落)との記載から,先願発明の「収束V th 」は,補正発明
の「定常状態しきい値電圧」に相当する。
(c)先願明細書の【0014】段落の「このF−N・トンネリングによる消去の後,ドレイ
-9 -
ンDに例えば6Vのドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入する
(ステップS2)。」の記載から,先願発明の「消去後ドレイン電圧V D」は,接地電圧と異
なった値であることは明らかであり,この「消去後ドレイン電圧V D」は,「収束V th 」が
得られるように「ドレイン」に結合されているので,先願発明の「消去後ドレイン電圧V D」
は,補正発明の「前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧」が得られる「ように前記ド
レインに結合される,接地電圧と異なる第1の電圧」に相当する。
(d)先願発明の「ゲート電圧V G 」は,図3の縦軸の収束V th が「0V」より大きな電圧
に対応する,図3の横軸の「ゲート電圧V G [V]」の値が「0V」より大きい値であるか
ら,接地電圧よりも大きい値(高い値)であることは明らかであり,また,先願発明の「ゲー
ト電圧V G 」は,先願明細書の【0014】段落の「このF−N・トンネリングによる消去の
後,ドレインDに例えば6Vのドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤ
を注入する(ステップS2)。このとき,コントロールゲートCGには,以下の条件を満足す
るゲート電圧V G を印加する。」の記載から,「消去後ドレイン電圧V D」の「ドレイン」へ
の印加と平行して「フローティングゲート」に印加するために,「フローティングゲート」に
結合されていることは明らかである。
よって,先願発明の「消去後ドレイン電圧V Dを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足するゲ
ート電圧V G をコントロールゲートに印加する」は,補正発明の「前記第1の電圧の前記ドレ
インへの印加と並行して印加されて前記定常状態しきい値電圧を」「オフセットするように前
記フローティングゲートに結合される,接地電圧より高い第2の電圧とを含む」に相当してお
り,先願発明の「ゲート電圧V G」は,補正発明の「接地電圧より高い第2の電圧」に相当す
る。
よって,補正発明と先願発明とは,
「フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレインを有するMOS装置
と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに結合され
る,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記第1の電圧の前記ドレインへの印加と並行して印加されて前記定常状態しきい値電圧を
オフセットするように前記フローティングゲートに結合される,接地電圧より高い第2の電圧
とを含む,メモリセル。」である点で一致し,以下の点で一応相違している。
[相違点]
補正発明は,「前記第1の電圧の前記ドレインへの印加と並行して印加されて前記定常状態
しきい値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さな値にオフセットするように前記フロー
ティングゲートに結合される,接地電圧より高い第2の電圧とを含む」のに対して,
先願発明は,「コントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量をC C,フローテ
ィン グゲート −ドレ イン間の結 合容量をC D ,紫外線によっ て消去 したときの閾値電圧を
UV・E・V th ,プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,消去後ドレイン電圧V Dを印加
する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足する
ゲート電圧VGをコントロールゲートに印加する」ものである点,言い換えると,
補正発明は,定常状態しきい値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さな値にオフセッ
トさせているのに対して,先願発明は,「収束V th 」を「紫外線によって消去したときの閾
値電圧をUV・E・V th 」より小さな値としているか否か明らかでない点。
ウ 相違点の検討
以下,相違点について検討する。
(a)先願発明は,「フラッシュ(一括消去)型E 2PROMにおいては,ソースとフローテ
ィングゲートの間の容量結合比がセルによって違うため,消去後の閾値電圧V th にバラツキ
が生じる。この閾値電圧Vth のバラツキは,閾値電圧Vth が0V未満となる過剰消去の原因
となる。」(先願明細書0002段落)との課題を解決するものである。
(b)先願発明の「【数1】 V G >{1+(C D/C C)}V D−UV・E・V th −V P
なる条件を満足するゲート電圧V Gをコントロールゲートに印加すること」の技術的意味を検
討する際に,
先願発明の上記構成を含む先願明細書の特許請求の範囲の請求項1を引用する,先願明細書
の請求項2において,「【請求項2】アバランシェ・ホット・キャリヤの注入によって自動的
に 収 束 す る 閾 値 電 圧 を 収 束 V th と す る と き , 前 記 ゲ ー ト 電 圧 V G を , 【数2】 収束
V th =UV・E・V th となる値に設定することを特徴とする請求項1記載のフラッシュ型
E 2PROMの消去方法。」と,「収束V th 」と「UV・E・V th 」との関係を限定してい
る。
また,先願明細書の0017段落及び0019段落の記載から,請求項1に記載した【数
1】を満たすことが,収束V th =UV・E・V th であることのみを意味することにはならな
いことも明らかである。
したがって,請求項2が引用する請求項1の「【数1】」での限定構成に関連する先願発明
の「【数1】 V G >{1+(C D/C C )}V D−UV・E・V th −V P 」の記載における
「UV・E・V th 」と「収束Vth 」との関係について,
先願発明は,(ア)収束V th >UV・E・Vth となる場合,
(イ)収束Vth =UV・E・Vth となる場合,及び
(ウ)収束Vth <UV・E・Vth となる場合を含むことは明らかである。
(c)先願明細書の0005段落及び0006段落には,「この消去方法によれば,消去中
に,仮に過剰消去になり得るセルがあったとしても,アバランシェ・ホット・キャリヤ注入後
には回復し,最終的にはチャネル不純物濃度(以下,チャネル濃度と略称する)とゲート電圧
によって決まる閾値電圧Vth (以下,収束Vth と称する)に自動的に収束し(セルフ・コン
バージェンス),過剰消去にはならない。例えば,コントロールゲートのゲート電圧V G が
0Vであれば,紫外線によって消去したときの閾値電圧V th (以下,UV・E・V th と称す
る)を3Vとすると,収束V th が1.1Vとなり,よって過剰消去を抑止することができ
る。 ・・・しかしながら,上記の従来の消去方法では,ゲート電圧V G およびソース電圧
V S が共に0V,ドレイン電圧V Dが例えば6Vの条件下で行われる。」との記載より,「コ
ントロールゲートのゲート電圧V Gが0Vであれば,紫外線によって消去したときの閾値電圧
V th (以下,UV・E・V th と称する)」が3Vであって,「ゲート電圧V Gおよびソース
電圧V Sが共に0V,ドレイン電圧V Dが」「6Vの条件下で行わ」れた際に,「収束V th が
1.1Vとな」ることにより,過剰消去が抑止できる。
(d)先願明細書の0015段落及び0016段落には,「【数6】
V G >{1+(C D /C C)}V D −UV・E・V th −V P なる条件を満足するゲート
電圧V GをコントロールゲートCGに印加する。図3に,収束V th のゲート電圧V Gに対する
依存性を示す。これを数式で表わすと, 【数7】 収束V th =UV・E・V th +V G −
V D +V P となる。 上述したように,F−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧
VDを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入することにより,チャネル濃度とゲー
ト電圧V G によって決まる閾値電圧である収束V th に収束する(セルフ・コンバージェン
ス)。すなわち,F−N・トンネリングによる消去中に,仮に過剰消去になり得るメモリセル
1があったとしても,アバランシェ・ホット・キャリヤの注入によって回復し,最終的に収束
V th に収束するために,過剰消去を防止できる。」と記載され,また,図3には,横軸が
「ゲート電圧V G [V]」で,縦軸が「収束V th [V]」のグラフが記載され,「ゲート電
圧V G [V]」と「収束V th [V]」との関係は,「数7」で表される一次関数であり,さ
らに,ゲート電圧V Gが0Vより大きく,収束V th [V]が1.1Vより大きく,3Vより
小さい(1.1V<V th <3V)領域には,複数の○が記載されており,この○印は,実測
値と判断するのが相当である。
(e)先願明細書の図11及び0026段落には,「上述したように,セルフコンバージェン
スによって書込み後の閾値電圧V th のばらつきを小さくできることにより,図11(A)に
示すようにV th ばらつきが大きく,まだ点線以上に閾値電圧V th が達していないビットがあ
ったとしても,セルフコンバージェンスをかけることによって図11(B)の状態にすること
ができるので,再度の書込みが必要なくなり,書込み時間の高速化が図れる。」と記載されて
おり,セルフコンバージェンスにより収束後のV th のバラツキが軽減されることも明らかで
ある。
(f)上記(a)ないし(e)より,先願発明は,上記(b)(ウ)の「収束V th <UV・
E・V th となる場合」を含むことは明らかであり,また,上記(c),図3及びその説明か
ら,収束Vth [V]が,UV・E・V th (3V)より小さい値として,実測値が測定されて
おり,さらに,セルフコンバージェンスをかけること(収束V th とすること)そのものによ
り,書込み後の閾値電圧V th のばらつきを小さくできる。
したがって,先願発明は,上記(b)の(イ)「収束V th =UV・E・V th となる場合」
のみでなく,上記(b)の(ウ)「収束V th <UV・E・V th となる場合」,言い換える
と,「収束V th 」が「UV・E・V th 」より小さな値となる場合も含むことは明らかであ
る。
(g)一方,本願明細書の0017段落及び0026段落には,「この自己収束消去メカニズ
ムは,ファウラー−ノルドハイムトンネリングによる消去後にアバランシ−ホットキャリア注
入を用いる。アバランシ−ホットキャリア注入により,メモリセルのしきい値電圧が,ある
「定常状態」に収束する。フローティングゲートのアバランシ−ホットホール注入とアバラン
シ−ホットエレクトロン注入との間のバランスが取られると,定常状態に達する。このメカニ
ズムを用いると,過消去されたメモリセルのしきい値電圧をより高いレベルに引上げることが
できる。」(0017段落),「【発明の概要】本発明は,メモリセルの狭い消去しきい値電
圧分布を達成する回路を提供する。」(0026段落)と記載されている。
(h)本願明細書の図13,図14及び0058段落及び0059段落には,「図13は,
Vth * がVgに直接関係する式が引出されることを確認するための実験データを示してい
る。メモリセルのしきい値電圧を定常状態に収束させるために,ドレイン妨害電圧およびゲー
ト電圧が印加される。図13には,3組のデータが示されている。3つのデータの組の各々に
は,6.5ボルトのドレイン妨害電圧Vdが印加される。・・・より大きいゲート電圧Vgを
印加するたびに定常状態のしきい値電圧は上方向にシフトされる。データは,ゲート電圧Vg
と定常状態のしきい値電圧における電圧のシフトとの間に本質的に直接関係があることを示し
ている。・・・図14は,ゲート電圧Vgと定常状態しきい値電圧との関係を用いて,自己収
束の間にゲート電圧Vgを消去後の分布75に与えた場合のデータプロットを示している。・
・・図14では,過去の定常状態のしきい値電圧Vth *74が,UV消去しきい値電圧72
と等しくなるようにシフトされる。定常状態しきい値電圧のこのシフトは,印加されるゲート
電圧Vgに直接関係する。印加される1.0ボルトのゲート電圧Vgにより,定常状態しきい
値電圧は,1.0ボルトシフトされる。」と記載されている。
(i)本願明細書の図11及び0060落及び0063段落には,「図14の領域78および
79を図11の領域78および79と比較すると,自己収束の間にゲート電圧Vgを印加する
ことによりメモリセルにおける電子の注入が実質的に増加しかつホール注入が実質的に低減す
ることがわかる。」(0060段落),「定常状態しきい値電圧をUV消去しきい値電圧
UV−Vtに近づけるようにシフトさせることにより,消去後のしきい値電圧分布をより狭く
することができる。図11を参照すると,定常状態しきい値電圧74はUV消去しきい値電圧
72よりも約2ボルト低い。図14においてゲート電圧Vgを印加することにより,定常状態
しきい値電圧74とUV消去しきい値電圧72との間の差が解消される。したがって,実質的
により狭い消去後のしきい値電圧分布が得られる。」(0063段落)と記載されている。
(j)上記(g)及び(i)より,補正発明は,「メモリセルの狭い消去しきい値電圧分布を
達成する回路を提供する」ものであり,また,図14に記載されるようにVth *(定常状態
しきい値電圧)をVt,uv(UV消去しきい値電圧UV−Vt)と等しくした場合,及び,
図13にVtが「0.66V」,「0.17V」と,Vth *をVt,uvより小さくした場
合(この場合は本願発明に相当)の,いずれの場合も本願明細書に開示された発明であり,且
つ,いずれの場合も「メモリセルの狭い消去しきい値電圧分布を達成する」ことができること
は明らかである。
(k)したがって,上記(f)及び(j)より,先願発明における「収束V th <UV・E・
V th となる場合」は,補正発明における「Vth * (定常状態しきい値電圧)をVt,uv
(UV消去しきい値電圧UV−Vt)より小さくオフセットした場合」に相当し,両者におい
て,作用効果が同等であるから,補正発明と先願発明は,相違点について,実質的に相違しな
い。
よって,補正発明は,先願発明と実質的に同一であり,しかも,本願の発明者が先願発明に
係る発明者と同一でなく,また,本願の出願時において,その出願人が先願の出願人と同一で
もないから,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができず,補正発明は,その
特許出願の際,独立して特許を受けることができないから,特許法第17条の2第5項により
準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
エ 補正却下の結論
以上のとおりであるから,補正後の請求項5に係る発明は,特許法第29条の2に規定によ
り特許を受けることができず,その特許出願の際,独立して特許を受けることができないか
ら,特許法第17条の2第5項により準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
よって,請求項5についての補正を含む本件補正は,特許法第159条第1項で読み替えて
準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
(2) 本願発明の認定
平成17年12月5日付の手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1ないし
25に係る発明は,平成16年11月10日付けの手続補正書により補正された明細書及び図
面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1ないし25に記載された事項により特定さ
れるものであり,その請求項5に係る発明は,その請求項5に記載されている事項により特定
される以下のとおりのものである。
「【請求項5】 フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレインを有す
るMOS装置と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに結合され
る,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記定常状態しきい値電圧をオフセットするように前記フローティングゲートに結合され
る,接地電圧と異なる第2の電圧とを含む,メモリセル。」
(3) 先願発明の認定
先願の明細書:特願平4−341328号(特開平6−76589号公報)
本願の出願の日前の特許出願であって,その出願後に出願公開がされた特願平4−3413
28号の願書に最初に添付された明細書又は図面には,前記(1)アに記載された事項が記載さ
れ,先願明細書には,以下の発明が記載されている。
「F−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット
・キャリヤを注入して,チャネル濃度とゲート電圧V G によって決まる閾値電圧である収束
V th に収束(セルフ・コンバージェンス)させるフラッシュ型E 2PROMの消去方法にお
いて,
コントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量をC C,フローティングゲート−
ドレイン間の結合容量をC D ,紫外線によって消去したときの閾値電圧をUV・E・V th ,
プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,
消去後ドレイン電圧VDを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足する
ゲート電圧V G をコントロールゲートに印加することを特徴とするフラッシュ型E 2PROM
の消去方法。」
(4) 本願発明と先願発明の対比
本願の請求項5に係る発明(本願発明)と,先願の明細書に記載された発明(先願発明)と
を対比する。
(a)先願発明の「フラッシュ型E 2PROM」は,図2の記載から,「フローティングゲー
ト」,「接地に結合されるソース」及び「ドレイン」を有していることは明らかであるから,
先願発明の「フラッシュ型E 2PROM」は,本願発明の「フローティングゲート,接地に結
合されるソース,およびドレインを有するMOS装置」に相当する。
(b)先願明細書の【0005】段落の「この消去方法によれば,消去中に,仮に過剰消去に
なり得るセルがあったとしても,アバランシェ・ホット・キャリヤ注入後には回復し,最終的
にはチャネル不純物濃度(以下,チャネル濃度と略称する)とゲート電圧によって決まる閾値
電圧V th (以下,収束V th と称する)に自動的に収束し(セルフ・コンバージェンス),過
剰消去にはならない。」との記載及び,本願明細書の「この自己収束消去メカニズムは,ファ
ウラー−ノルドハイムトンネリングによる消去後にアバランシ−ホットキャリア注入を用い
る。アバランシ−ホットキャリア注入により,メモリセルのしきい値電圧が,ある「定常状
態」に収束する。」(0017段落)との記載から,先願発明の「収束V th 」は,本願発明
の「定常状態しきい値電圧」に相当する。
(c)先願明細書の【0014】段落の「このF−N・トンネリングによる消去の後,ドレイ
ンDに例えば6Vのドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入する
(ステップS2)。」との記載から,先願発明の「消去後ドレイン電圧V D」は,接地電圧と
異なった値であることは明らかであり,この「消去後ドレイン電圧V D」は,「収束V th 」
が得られるように「ドレイン」に結合されているので,先願発明の「消去後ドレイン電圧
V D」は,本願発明の「前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記
ドレインに結合される,接地電圧と異なる第1の電圧」に相当する。
(d)先願発明の「ゲート電圧V G 」は,図3の縦軸の収束V th が「0V」より大きな電圧
に対応する,図3の横軸の「ゲート電圧V G [V]」の値が「0V」より大きい値であるか
ら,接地電圧よりも大きい値(高い値)であることは明らかであり,また,先願発明の「ゲー
ト電圧V G 」は,先願明細書の【0014】段落の「このF−N・トンネリングによる消去の
後,ドレインDに例えば6Vのドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤ
を注入する(ステップS2)。このとき,コントロールゲートCGには,以下の条件を満足す
るゲート電圧V G を印加する。」の記載から,「消去後ドレイン電圧V D」の「ドレイン」へ
の印加と平行して「フローティングゲート」に印加するために,「フローティングゲート」に
結合されていることは明らかであるから,先願発明の「ゲート電圧V G」は,本願発明の「接
地電圧より高い第2の電圧」に相当する。
そして,先願発明の「消去後ドレイン電圧V Dを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足する
ゲート電圧V G をコントロールゲートに印加する」における「ゲート電圧V G」を印加するこ
とによって,「収束V th 」をオフセットしているから,先願発明の「消去後ドレイン電圧
VDを印加する際に,
【数1】 V G >{1+(C D /C C)}V D−UV・E・V th −V P なる条件を満足する
ゲート電圧V G をコントロールゲートに印加する」ことは,本願発明の「前記定常状態しきい
値電圧をオフセットするように前記フローティングゲートに結合される,接地電圧と異なる第
2の電圧とを含む」ことに相当する。
よって,本願発明と先願発明とは,
「フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレインを有するMOS装置
と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに結合され
る,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記定常状態しきい値電圧をオフセットするように前記フローティングゲートに結合され
る,接地電圧と異なる第2の電圧とを含む,メモリセル。」である点で一致し,両者の間に相
違点は認められない。
よって,本願発明は,先願発明と実質的に同一であり,しかも,本願の発明者が先願発明に
係る発明者と同一でなく,また,本願の出願時において,その出願人が先願の出願人と同一で
もないから,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
(5) 結論
以上のとおりであるから,本願は,請求項1ないし4及び6ないし25に係る発明を検討す
るまでもなく,拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
第3 当事者の主張
1 審決取消事由の要点(本件補正についての判断の誤り)
(1) 審決は,補正発明は先願発明と実質的に同一であるので特許法29条の2の
規定により特許を受けることができず,本件補正は独立特許要件を満たしていない
として本件補正を却下した。
しかしながら,補正発明と先願発明は,①補正発明においては定常状態しきい値
電圧をUV消去しきい値電圧より小さくオフセットするが,先願発明においては,
収束V th とUV・E・V th との関係は,収束V th =UV・E・V th に限定さ
れる点,②補正発明ではゲート電圧(第2の電圧)が接地電圧(0V)よりも高い
ことが限定されているが,先願発明ではゲート電圧が接地電圧(0V)よりも高く
なければならないという要求は存在しておらず,ゼロよりも低くなる場合がある点
において,実質的に相違している。
上記①について,先願明細書の段落【0019】,【0020】の記載による
と,収束V th について,ドレイン電流が流れ始めるのに必要なしきい値電圧(閾
値電圧と同様。以下同じ)よりも高くなるのに十分なようにゲート電圧が設定され
たときの唯一の現実的な関係は,収束V th =UV・E・V th である。他方,補
正発明は定常状態しきい値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さい値にオフ
セットするものであり,これはV th <UV・E・V th を意味するから,補正発
明は,この点において先願発明と相違する。なお,先願図面の図3の直線のグラフ
は,数式に値を代入して算術的に計算された値を示しているに過ぎないから,同図
に収束V th がUV・E・V th よりも小さくなる場合が記載されているからとい
って,先願発明において収束V th がUV・E・V th よりも小さくなることが証
明されたということはできない。
上記②について,先願発明は,ゲート電圧を
【数1】V G >{1+(C D/C C)}V D −UV・E・V th −VP
によって規定しているところ,先願明細書には【数1】の左辺がゼロよりも大きく
なるような変数は一切記載されていないから,先願発明にはゲート電圧が接地電圧
よりも高くなければならないという要求は存在しない。他方,補正発明はゲート電
圧が接地電圧よりも高いという限定が付加されているものであるから,補正発明は
この点において先願発明と相違する。
したがって,これらの実質的な相違点を看過したされた審決の補正却下の判断は
誤りである。
(2) また,審決は,先願明細書の段落【0021】∼【0025】の記載に基づ
くことなく先願発明を認定しているが,段落【0021】∼【0025】には先願
発明の他の実施例として,プログラミング後に,しきい値電圧のばらつきを減少す
るために一連の消去動作を繰り返して実行し,その後セルフ・コンバージェンスを
再度実行することが開示されている。これに対して,補正発明は,しきい値電圧分
布を収束させることがメモリ装置の劣化を引き起こしたことを認識してなされたも
のであり,先願発明のセルフ・コンバージェンス及び複数回消去方式のような,し
きい値電圧の収束及び自己収束方式に対し,その改良をもたらすものであるから,
補正発明は,この点においても先願発明と相違するものである。
被告は,この点に関して,段落【0021】∼【0025】は,「アバランシェ
・ホット・キャリアの注入」と「メモリセルの消去」の順序が異なる先願明細書の
請求項3∼5に関する記載であると主張するが,キャリアの注入と消去の順序の違
いに重要性は認められず,段落【0021】∼【0025】を先願発明の認定の基
礎から除外するべきではない。
(3) 以上のとおり,審決は,本件補正に係る独立特許要件についての判断を誤っ
て,本件補正を却下するとの誤った判断をしたものであり,その結果,本件補正後
の請求項に基づいて認定されるべき発明の要旨を,本件補正前の請求項5の記載の
とおり認定したものであるから,発明の要旨認定を誤ったものとして,取消しを免
れない。
なお,仮に,本件補正前の請求項5のとおり発明の要旨認定がされるべきである
としても,当該要旨認定に係る発明(本願発明)と先願発明とは,上記(1),(2)の
各点と同様の実質的な相違点があるから,本願発明と先願発明が実質的に同一であ
るとした審決の判断は誤りであり,審決は取消しを免れない。
2 被告の反論の要点
(1) 原告は,補正発明と先願発明との間には,①補正発明においては定常状態し
きい値電圧をUV消去しきい値電圧より小さくオフセットするが,先願発明におい
ては,収束V th とUV・E・V th との関係は,収束V th =UV・E・V th に
限定される点,②補正発明ではゲート電圧(第2の電圧)が接地電圧よりも高いこ
とが限定されているが,先願発明ではゲート電圧が接地電圧よりも高くなければな
らないという要求は存在しておらず,ゼロよりも低くなる場合がある点において,
実質的に相違する旨主張する。
しかしながら,先願明細書には,収束V th はUV・E・V th より小さいこと
が実質的に記載されており,定常状態しきい値電圧をUV消去しきい値電圧より小
さくオフセットすることが実質的に記載されているということができる。また,先
願発明において,セルフ・コンバージェンスのために印加するゲート電圧V G を
0Vより大きくすることは明らかであるから,先願発明のゲート電圧V G は補正発
明における「接地電圧より高い第2の電圧」に相当する。
審決は,原告が主張する「実質的な相違点」について,上記のとおり判断した
上,補正発明と先願発明が実質的に同一であるとしたものであり,審決の判断に誤
りはない。
(2) また,原告が指摘する先願明細書の段落【0021】∼【0025】は,先
願明細書の請求項3∼5についての記載であり,これらは「アバランシェ・ホット
・キャリアの注入」の後に「メモリセルに対する消去を行うことを特徴とするフラ
ッシュ型E 2 PROMの消去方法」であるから,先願発明とは「アバランシェ・ホ
ット・キャリアの注入」と「メモリセルの消去」の順序が異なるものであることは
明らかであり,原告の主張は失当である。
(3) したがって,審決の補正却下の判断に誤りはなく,これを前提とする本願発
明の認定,本願発明と先願発明の対比にも誤りはないから,取消事由は理由がな
い。
第4 当裁判所の判断
1 補正発明
補正発明は,上記第2の2(2)のとおり,本件補正後の請求項5に記載された発
明であり,同請求項を再掲すると,以下のとおりである(下線部分は補正箇所であ
る。)。
「【請求項5】 フローティングゲート,接地に結合されるソース,およびドレイ
ンを有するMOS装置と,
前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧が得られるように前記ドレインに
結合される,接地電圧と異なる第1の電圧と,
前記第1の電圧の前記ドレインへの印加と並行して印加されて前記定常状態しき
い値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さな値にオフセットするように前記
フローティングゲートに結合される,接地電圧より高い第2の電圧とを含む,メモ
リセル。」
2 先願発明
(1) 先願明細書等における開示
ア 先願明細書には下記(ア)∼(カ)の各記載があり,先願図面には下記(キ)の図3
が示されている。
(ア) 「【産業上の利用分野】本発明は,フラッシュ型E 2 PROMの消去方法に関し,特に
ファウラ−ノルドハイム(F−N)・トンネリングによる消去の後に,ドレイン電圧を印加し
てアバランシェ・ホット・キャリヤを注入するフラッシュ型E 2 PROMの消去方法に関す
る。」(段落【0001】)
(イ) 「【従来の技術】フラッシュ(一括消去)型E 2 PROMにおいては,ソースとフロー
ティングゲートの間の容量結合比がセルによって違うため,消去後の閾値電圧V th にバラツ
キが生じる。この閾値電圧V th のバラツキは,閾値電圧V th が0V未満となる過剰消去の原
因となる。
過剰消去状態のセルは致命的な欠陥となる。すなわち,ビット線上のあるセルを読み出すと
きに,同一ビット線上に過剰消去のセルがあると,過剰消去状態のセルを通って電流が流れる
ために,オフ状態(書込み状態)のセルをオン状態と誤って判断してしまうことになる。ま
た,過剰消去状態のセルを通って電流が流れることにより,ビット線電位が十分に上がらなく
なるため,書込みもできなくなってしまう。
このフラッシュ型E 2 PROMの最大の課題であった過剰消去の問題を解決する消去方法と
して,従来のF−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧を印加してアバランシェ・ホ
ット・キャリヤを注入する方法が開発された・・・。
この消去方法によれば,消去中に,仮に過剰消去になり得るセルがあったとしても,アバラ
ンシェ・ホット・キャリヤ注入後には回復し,最終的にはチャネル不純物濃度(以下,チャネ
ル濃度と略称する)とゲート電圧によって決まる閾値電圧V th (以下,収束V th と称する)
に自動的に収束し(セルフ・コンバージェンス),過剰消去にはならない。例えば,コントロ
ールゲートのゲート電圧VGが0Vであれば,紫外線によって消去したときの閾値電圧
V th (以下,UV・E・V th と称する)を3Vとすると,収束V th が1.1Vとなり,よ
って過剰消去を抑止することができる。」 (段落【0002】∼【0005】)
(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記の従来の消去方法では,ゲー
ト電圧V G およびソース電圧V S が共に0V,ドレイン電圧V D が例えば6Vの条件下で行わ
れるが,この状態は書込み時の半選択セル(ビット線;選択,ワード線;非選択)と全く同じ
状態であり,収束V th のところでも書込み時にリーク電流が流れるために,書込み時の消費
電流が増大するという問題点がある。
・・・(中略)・・・
本発明は,上述した点に鑑みてなされたものであって,セルフ・コンバージェンスによる過
剰消去抑止の効果を維持しつつ書込み時の消費電流の低減を可能としたフラッシュ型E 2 PR
OMの消去方法を提供することを目的とする。」 (段落【0006】,【0008】)
(エ) 「【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために,本発明は,F−N・ト
ンネリングによる消去の後に,ドレイン電圧V Dを印加してアバランシェ・ホット・キャリヤ
を注入するフラッシュ型E 2 PROMの消去方法において,コントロールゲート−フローティ
ングゲート間の結合容量をC C ,フローティングゲート−ドレイン間の結合容量をC D,紫外
線によって消去したときの閾値電圧をUV・E・V th ,プロセスに依存する電圧をV Pとす
るとき,消去後ドレイン電圧V Dを印加する際に,
【数5】
VG>{1+(CD/CC)}VD−UV・E・V th −V P
なる条件を満足するゲート電圧VGをコントロールゲートに印加する。」(段落
【0009】)
(オ) 「【作用】F−N・トンネリングによる消去後のセルフ・コンバージェンス時に,上
記条件を満足するゲート電圧V Gをコントロールゲートに印加することにより,セルフ・コン
バ ージ ェ ン ス で収 束 さ せる 収 束 V th を , フロ ー テ ィン グ ゲ ート − ド レイ ン 間 の 結合 容 量
C Dで決まるドレイン電流が流れ始める閾値電圧以上にする。これにより,半選択セルにリー
ク電流が流れないため,書込み時の消費電流を低減できる。また,収束V th をUV・E・
V th とすることにより,UV・E・V th ではメモリセルのフローティングゲートには電荷が
ないことから,収束V th が変化しにくく,外部ストレスに対して安定なメモリセルとするこ
とができる。」 (段落【0010】)
(カ) 「【実施例】以下,本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。・・・(中
略)・・・
次に,本発明による消去方法の処理手順につき,図1のフローチャートにしたがって説明す
る。なお,V G 用定電圧発生回路4およびV D用定電圧発生回路5では,各ステップの処理に
応じた適当な値のゲート電圧V Gおよびドレイン電圧V Dが適宜発生されるものとする。
先ず,F−N・トンネリングによる消去を行う(ステップS1)。この処理ステップでは,
コントロールゲートCGに高電圧を印加し,ドレインDを0Vにする。コントロールゲート
CGに高電圧が印加されたことにより,フローティングゲートFGも高い電位となるため,フ
ローティングゲートFGのトンネル部の酸化膜に高電界がかかる。その結果,フローティング
ゲートFGからドレインDへトンネル電流(F−N電流)が流れ出るため,消去が行われる。
このF−N・トンネリングによる消去の後,ドレインDに例えば6Vのドレイン電圧V Dを
印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入する(ステップS2)。このとき,コントロ
ールゲートCGには,以下の条件を満足するゲート電圧V Gを印加する。
すなわち,コントロールゲートCG−フローティングゲートFG間の結合容量をC C,フロ
ーティングゲートFG−ドレインD間の結合容量をC D,紫外線によって消去したときの閾値
電圧Vth をUV・E・Vth ,プロセスに依存する電圧をV Pとするとき,
【数6】
VG>{1+(CD/CC)}VD−UV・E・V th −V P
なる 条件を満 足する ゲート電 圧V G をコントロー ルゲ ートCGに印加する。図3に,収束
Vth のゲート電圧VGに対する依存性を示す。これを数式で表わすと,
【数7】
収束Vth =UV・E・Vth +VG−V D+VP
となる。
上述したように,F−N・トンネリングによる消去後,ドレイン電圧V Dを印加してアバラ
ンシェ・ホット・キャリヤを注入することにより,チャネル濃度とゲート電圧V Gによって決
まる閾値電圧である収束V th に収束する(セルフ・コンバージェンス)。すなわち,F−N
・トンネリングによる消去中に,仮に過剰消去になり得るメモリセル1があったとしても,ア
バランシェ・ホット・キャリヤの注入によって回復し,最終的に収束V th に収束するため
に,過剰消去を防止できる。
・・・(中略)・・・
ところで,セルフ・コンバージェンスによる収束V th が,ドレイン電流I D が流れ始める
閾値電圧以上であっても,収束V th ≠UV・E・V th のときは,フローティングゲート
FGに電荷が入っている状態である。フローティングゲートFGに電荷が入っていると,熱や
時間などの外部ストレスによって閾値電圧V th が変化し易く,この閾値電圧V th の変化は,
フラッシュ型E 2 PROMの読出し速度などの仕様の変化につながる。
そこで,収束V th がドレイン電流I D が流れ始める閾値電圧以上であって,しかもUV・
E・V th の値になるように,セルフ・コンバージェンス時のゲート電圧V Gを設定する。こ
のように,収束V th をUV・E・V th とすることにより,UV・E・V th ではメモリセル
1のフローティングゲートFGには電荷がないことから,収束V th が変化しにくく,外部ス
ト レ ス に 対 し て 安 定 な セ ル と す る こ と が で き る 。 」 (段 落【 001 1】∼【0 0 1
6】,【0019】,【0020】)
(キ) 図3
イ 上記アの各記載及び図示によると,先願明細書には次の事項が記載されてい
るということができる。
(ア) フラッシュ(一括消去)型E 2 PROMにおいて,しきい値電圧V th が
0V未満となる過剰消去状態のセルが生じることは,致命的な欠陥となるところ,
この問題を解決する消去方法として,ドレイン電圧を印加してアバランシェ・ホッ
ト・キャリアを注入する方法が開発された。
この方法によると,消去中に仮に過剰消去になり得るセルがあったとしても,ア
バランシェ・ホット・キャリア注入後には回復し,しきい値電圧V th ( 収束
V th )に自動的に収束(セルフ・コンバージェンス)し,過剰消去とならない。
しかしながら,このような従来の消去方法では,ゲート電圧V G 及びソース電圧
V S が共に0V,ドレイン電圧V D が6Vの条件で行われ,書込み時にリーク電流
が流れるために消費電流が増大するという問題点がある。
先願明細書記載の発明は,セルフ・コンバージェンスの効果を維持しつつ,書込
み時の消費電流の低減を可能とするフラッシュ型E 2 PROMの消去方法の提供を
目的とする。
(イ) 先願明細書記載の発明においては,セルフ・コンバージェンスによる収束
Vth はゲート電圧V G に依存し,両者には上記ア(キ)の図3に示されるような関係
(これを式で表すと,「【数7】収束V th =UV・E・V th +V G −V D +
V P 」となる。ただし,UV・E・V th は紫外線消去時のしきい値電圧,V D は
ドレイン電圧,V P はプロセスに依存する電圧を意味する。以下同じ。)があると
の知見に基づいて,F−N・トンネリングによる消去後のセルフ・コンバージェン
ス時に,一定の条件(「【数5】V G >{1+(C D /C C )}V D −UV・E・
V th −V P )」との条件。ただし,C D はフローティングゲート−ドレイン間の
結合容量,C C はコントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量を意味
する。)を満たすゲート電圧V G をコントロールゲートに印加し,収束V th をド
レイン電流(リーク電流)が流れ始めるしきい値電圧以上にすることによって,リ
ーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低減するという発明の目的を達
成する。
(ウ) さらに,収束V th を紫外線消去時のしきい値電圧UV・E・V th とする
ことにより,フローティングゲートに電荷が入らない状態となり,収束V th が変
化しにくく,外部ストレスに対して安定なセルとすることができる。
(2) 先願発明の認定
上記(1)によると,先願明細書には,「F−N・トンネリングによる消去後,ド
レイン電圧V D を印加してアバランシェ・ホット・キャリヤを注入して,チャネル
濃度とゲート電圧V G によって決まる閾値電圧である収束V th に収束(セルフ・
コンバージェンス)させるフラッシュ型E 2 PROMの消去方法において,
コントロールゲート−フローティングゲート間の結合容量をC C ,フローティン
グゲート−ドレイン間の結合容量をC D ,紫外線によって消去したときの閾値電圧
をUV・E・V th ,プロセスに依存する電圧をVP とするとき,
消去後ドレイン電圧VD を印加する際に,
VG >{1+(C D /C C )}VD −UV・E・V th −V P
なる条件を満足するゲート電圧V G をコントロールゲートに印加することを特徴と
するフラッシュ型E 2 PROMの消去方法。」との,審決が認定したとおりの先願
発明が記載されているものと認められる。
さらに,先願明細書には,先願発明を前提として,上記における収束V th を紫
外線消去時のしきい値電圧UV・E・V th とすることにより,外部ストレスに対
する安定性を高めるフラッシュ型E 2 PROMの消去方法の発明についても記載さ
れているものと認められる。
3 取消事由の検討
先願発明における「フラッシュ型E 2 PROM」,「収束V th 」及び「消去後
ドレイン電圧V D 」が,補正発明における「フローティングゲート,接地に結合さ
れるソース,およびドレインを有するMOS装置」,「定常状態しきい値電圧」及
び「『前記MOS装置に関して定常状態しきい値電圧』が得られる『ように前記ド
レインに結合される,接地電圧と異なる第1の電圧』」に,それぞれ相当すること
について,当事者間に争いはない。
(1) 原告は,先願発明においては,「収束V th について,ドレイン電流が流れ
始めるのに必要なしきい値電圧よりも高くなるのに十分なようにゲート電圧が設定
されたときの唯一の現実的な関係は,収束V th =UV・E・V th である。他
方,補正発明は定常状態しきい値電圧を紫外線消去時のしきい値電圧より小さい値
にオフセットするものであり,これはV th <UV・E・V th を意味するから,
補正発明は,この点において先願発明と相違する」と主張する。
確かに,先願明細書には,上記2のとおり,収束V th を紫外線消去時のしきい
値電圧UV・E・V th とすることにより,外部ストレスに対する安定性を高める
フラッシュ型E 2 PROMの消去方法の発明が記載されている。
しかしながら,先願明細書には,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないよ
うにし,書込時の消費電流を低減するという発明の目的が明示されており,この目
的を達成するものとして,先願発明に係る技術思想が開示されているのであるか
ら,先願明細書には,上記のような外部ストレスに対する安定性を高めるフラッシ
ュ型E2 PROMの消去方法の前提となる先願発明が,独立の技術思想として開示
されていることは明らかである。
そうすると,先願発明における収束Vth は,収束V th =UV・E・V th の場
合に限定されないものであり,先願発明は,「定常状態しきい値電圧をUV消去電
圧よりも小さくオフセットするもの」(収束V th <UV・E・V th )を含むも
のであるというべきであるから,原告の主張を採用することはできない。
(2) また,原告は,「先願発明にはゲート電圧が接地電圧よりも高くなければな
らないという要求は存在しない。他方,補正発明はゲート電圧が接地電圧よりも高
いという限定が付加されているものであるから,補正発明はこの点において先願発
明と相違する」と主張する。
先願発明は,上記2(1)イ(イ)のとおり,セルフ・コンバージェンスによる収束
V th はゲート電圧V G に依存し,両者には図3(上記2(1)ア(キ))に示されるよ
うな関係があるとの知見に基づくものであり,図3の関係を式で表すと,「【数
7】収束V th =UV・E・V th +V G −V D +V P 」となるとされるほか,図3
のグラフは,ゲート電圧=0Vの座標点よりも左下方向(つまり,横軸であるゲー
ト電圧がマイナスの方向)に,わずかではあるが延びていることが認められ,上記
【数7】によって示される式及び図3のグラフのみからすると,ゲート電圧が接地
電圧(0V)よりも低い場合が想定され得るようにも見える。
しかしながら,先願発明は,上記2(1)イ(ア),(イ)のとおり,ゲート電圧V G が
0Vの条件で行われる従来の消去方法において,リーク電流が流れるために書込時
の消費電流が増大するという問題を解決するために,F−N・トンネリングによる
消去後のセルフ・コンバージェンス時に,一定の条件(「【数5】V G >{1+
(CD /C C )}V D −UV・E・V th −V P )」との条件)を満たすゲート電圧
V G をコントロールゲートに印加し,収束V th をドレイン電流(リーク電流)が
流れ始めるしきい値電圧以上にするというものであるから,ここで印可するゲート
電圧V Gが0V(接地電圧)よりも高いものであることは明らかである。
そうすると,先願発明のゲート電圧は,補正発明のゲート電圧と同様,接地電圧
よりも高いものであるから,原告の主張を採用することはできない。
(3) さらに,原告は,先願明細書における段落【0021】∼【0025】の記
載を根拠として,先願発明は「セルフ・コンバージェンス及び複数回消去方式のよ
うな,しきい値電圧の収束及び自己収束方式」であるとし,補正発明はこれに対す
る改良をもたらすものであるから,補正発明は,この点においても先願発明と相違
する旨主張する。
ア 先願明細書の特許請求の範囲の請求項3∼5は,次のとおり記載されてい
る。
「【請求項3】 E 2 PROMからなるメモリセルがマトリクス状に配置されて構成されたメモ
リアレイにおいて,ゲート電圧をV G,紫外線によって消去したときの閾値電圧をUV・E・
V th ,プロセスに依存する電圧をV P ,アバランシェ・ホット・キャリヤの注入によって自
動的に収束する閾値電圧を収束V th とするとき,前記メモリアレイを構成する全てのメモリ
セルを書込み状態にした後に,
【数3】
VD=VG+UV・E・Vth +VP−収束Vth
なる条件を満足するドレイン電圧V Dをドレインに印加することによって閾値電圧を前記収束
V th に収束させ,しかる後前記メモリアレイを構成するメモリセルに対する消去を行うこと
を特徴とするフラッシュ型E 2 PROMの消去方法。
【請求項4】 前記メモリセルに対する消去を,前記メモリアレイを構成する全てのメモリセ
ルに対して,又はセル単位で選択的に行うことを特徴とする請求項3記載のフラッシュ型E 2
PROMの消去方法。
【請求項5】 前記メモリセルに対する消去を,
【数4】収束V th =UV・E・V th
なる条件を満足する収束V th をコントロールゲートに印加することによって行うことを特徴
とする請求項4記載のフラッシュ型E 2 PROMの消去方法。」
イ 先願明細書の段落【0021】∼【0025】には,次の記載がある。
「なお,上記実施例では,図4の例において,1ワード線(=1セクタ)で,1ワード線の
み消去する場合について説明したが,一括消去を狙う場合には,図5に示すように,ほとんど
のビットの消去V th 分布を1Vの幅の範囲に入れる必要がある。これは,1本のビット線の
2048セルのうち1/4が収束V th よりも下にいったとしただけでも,512セルがリー
ク電流を流してしまうからである(10 μ A/セルとして1mA)。
上述した一連の消去動作を行う場合,メモリアレイを構成するE 2 PROMからなるメモリ
セルの全てを書込み状態(フローティングゲートに電子が入っている状態)にする動作が消去
動作に先立って行われる。この書込み動作において,書込み速度と書込みディスターブなどの
原因によって書込み後のメモリセルの閾値電圧V th が数Vの範囲でばらつくことになる。こ
こで,書込みディスターブとは,書込み時にドレイン又はゲートのいずれか一方にしか電圧を
印加しなかった場合に閾値電圧V th が変化しないようにセルが作られるのであるが,ドレイ
ン又はゲートのいずれか一方だけに電圧を印加した場合でも閾値電圧V th がシフトする現象
を言う。
このように,書込み後のメモリセルの閾値電圧V th がばらつくことから,深めに閾値電圧
V th を書き込まないと,Vth シフト不足のセルが発生してしまうことになるため,書込み時
間を長くしなければならない。また,書込みディスターブ特性が悪いときも,V th シフト不
足になり,読出し速度が遅くなるなどの悪影響を及ぼすことになる。そこで,本発明による他
の実施例では,メモリセル全てが書込み状態にあるとき,セルフコンバージェンスによって書
込み後のメモリセルの閾値電圧V th を,ある一定のVth に収束させるようにしている。
すなわち,図10のフローチャートにおいて,先ず,メモリアレイを構成する全てのメモリ
セル(又は,あるブロック内のメモリセル)を書込み状態にし(ステップS11),続いて書
込み後の閾値電圧V th のばらつきを小さくするためにセルフコンバージェンスを行う(ステ
ップS12)。このセルフコンバージェンスでは,書込み後の閾値電圧V th を例えば6.5
Vに収束させる場合,数7の数式に収束V th =6.5Vを代入することにより,【数8】
V D=V G+UV・E・V th +V P−6.5となり,この数式の条件を満足するドレイン電圧
VD,ゲート電圧V Gをドレイン,ゲートに印加する。
その結果,メモリセルの閾値電圧V th は6.5V付近に収束し,V th のばらつきは小さく
なる。このようにしてメモリセルの閾値電圧V th を6.5V付近に収束させ,Vth のばらつ
きを小さくした後,先述した本発明に係る一連の消去動作を実行し(ステップS13),この
消去動作を全ビットに対して終了したと判定する(ステップS14)まで繰り返す。」
ウ 上記ア,イによると,先願明細書の段落【0021】∼【0025】の記載
は,請求項3∼5に記載された発明の実施例についての記載であると認められ,先
願明細書には,これらの記載によって,書込み後のメモリセルのしきい値電圧
V th がばらつくことによる問題を解決するため,メモリセルすべてが書込み状態
にあるとき,セルフ・コンバージェンスによって書込み後のメモリセルのしきい値
電圧V th を,ある一定のV th に収束させるようにする発明が開示されているも
のと認められる。
しかしながら,審決及び本判決が,先願明細書に基づいて認定した「先願発明」
は,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低
減するという目的を達成するため,同(2)の構成を備えた発明であって,この先願
発明が,先願明細書の請求項3∼5及び段落【0021】∼【0025】に開示さ
れた上記発明とは別個の発明と観念されることは明らかである。そして,先願発明
とは別個の発明が,先願発明と並んで先願明細書に開示されており,この発明と補
正発明との間に,仮に原告が主張するような相違があるとしても,先願発明と補正
発明との間に相違があることにはならないから,原告の主張は失当であるといわざ
るを得ない。
(4) 上記(1)∼(3)のとおり,補正発明と先願発明との間に原告が主張する相違点
が存在するとは認められず,これらが実質的に同一であるとして,本件補正を却下
した審決の判断に誤りはないから,審決が発明の要旨を本件補正前の請求項5の記
載のとおり認定したことは正当である。
なお,原告は,本願発明と先願発明の対比に関し,両発明は,上記(1)∼(3)にお
ける原告主張と同様の各点において,実質的に相違するとも主張する。
しかしながら,上記第2の2(1),(2)の各特許請求の範囲を対比すれば明らかな
とおり,補正発明において,「定常しきい値電圧」をオフセットする値が「紫外線
消去時のしきい値電圧より小さな値」に限定され,かつ,「第2の電圧」が「接地
電圧より高い」と限定されているのに対して,本願発明においては,「定常しきい
値電圧」をオフセットする値に限定はなく,「第2の電圧」についても「接地電圧
と異なる」とされる点でのみ先願発明と異なるのであるから,上記(1)∼(3)におい
て説示したところに照らし,本願発明が先願発明と相違しないことは明らかであ
る。
(5) 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がなく,本件補正を却下した上,
本願発明と先願発明の対比を行い,これらが実質的に同一であるとした審決の判断
に誤りはない。
4 結論
以上の次第で,本訴請求は棄却されるべきであるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
石 原 直 樹
裁判官
榎 戸 道 也
裁判官
杜 下 弘 記

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