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平成19(ワ)10469職務発明対価請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成20年9月29日
事件種別 民事
当事者 被告ソニー株式会社
原告
法令 特許権
特許法35条3項4回
特許法35条1項3回
民事訴訟法61条1回
特許法35条4項1回
キーワード 実施176回
許諾59回
ライセンス40回
特許権32回
分割18回
職務発明18回
意匠権1回
実用新案権1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,被告の元従業員である原告が,被告に対し,被告在職中にした「半 導体レーザ装置」に関する発明等,合計6件の職務発明について特許を受ける 権利を被告に承継させたとして,特許法(平成16年法律第79号による改正 前のもの 以下 改正前特許法 という 35条3項に基づき 上記承継の相。 「 」 。) , 当の対価である金7億5378万円のうち,一部請求として金1億円及びこれ に対する平成18年12月22日(原告が,被告に対し,上記承継の相当の対 価の未払額の支払を請求した日の翌日)から支払済みに至るまで民法所定年5 分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

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判決文

平成20年9月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成19年(ワ)第10469号 職務発明対価請求事件
口頭弁論終結日 平成20年7月11日
判 決
東京都江戸川区〈以下略〉
原 告 甲
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 御 器 谷 修
同 島 津 守
同 梅 津 有 紀
同 栗 田 祐 太 郎
東京都港区〈以下略〉
被 告 ソ ニ ー 株 式 会 社
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 熊 倉 禎 男
同 富 岡 英 次
同 水 沼 淳
同 小 和 田 敦 子
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成18年12月22日から
支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の元従業員である原告が,被告に対し,被告在職中にした「半
導体レーザ装置」に関する発明等,合計6件の職務発明について特許を受ける
権利を被告に承継させたとして,特許法(平成16年法律第79号による改正
前のもの 。以下「 改正前特許法 」という 。 35条3項に基づき ,上記承継の相

当の対価である金7億5378万円のうち,一部請求として金1億円及びこれ
に対する平成18年12月22日(原告が,被告に対し,上記承継の相当の対
価の未払額の支払を請求した日の翌日)から支払済みに至るまで民法所定年5
分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いがない事実以外は証拠等を末尾に記載する 。)
(1) 当事者等
ア 原告(甲42,乙31,弁論の全趣旨)
原告は,昭和49年,被告に入社し,同社において,主に被告製品に搭
載されるデバイス部品の開発に携わっていた。
原告は,昭和60年10月ころ,精密モーター及びその構成部品の開発
を担当していた部品事業部精密機器部開発1課から,光学ピックアップ事
業を担当していた同部技術3課へ異動し,半導体技術を応用した新しい光
学ユニット素子の開発業務を引き継ぎ,以後,同業務に従事した。
原告は,平成15年3月1日,財団法人工業所有権協力センター(以下
「 IPCC 」という 。 に出向し ,
) 平成16年3月31日 ,被告を退職して ,
被告関連会社のソニー・ヒューマンキャピタル株式会社に入社し,引き続
き,IPCCに出向していたが,平成18年9月1日,IPCCに転籍し
た。
イ 被告等(乙21,弁論の全趣旨)
(ア) 被告は ,電子・電気機械器具の製造 ,販売等を業とする株式会社であ
る。
(イ) 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント( 以下「 SCE 」
という 。 は ,平成5年11月16日 ,被告及び株式会社ソニー・ミュー

ジックエンタテインメントとの共同出資で設立され,平成16年4月,
被告の完全子会社となった。
(2) 原告の職務発明
ア 原告は,被告在職中の昭和60年12月ころから平成元年12月ころに
かけて,被告従業員の乙,丙らと共同で,光ディスク用光学ピックアップ
(光ディスク上のデータの再生,記録を行うための部品)に関する6つの
職務発明を行い,被告は,原告及び他の被告従業員らから,それらの各発
明について特許を受ける権利を承継した 。(弁論の全趣旨)
被告は ,上記各発明について ,我が国ないし米国において ,特許出願し ,
次のとおり,6つの特許権が,それぞれ設定登録された(以下,それらの
特許を , 本件特許A 」 「 本件特許B 」 などといい , 本件特許A 」 ないし
「 , 「
「 本件特許F 」を総称して , 本件各特許 」という 。また ,それらの特許に

係る特許発明を , 本件発明A 」「 本件発明B 」などといい , 本件発明A 」
「 , 「
ないし 「 本件発明F 」 を総称して , 本件各発明 」 という 。 。 甲37 , 弁
「 )(
論の全趣旨)
(ア) 本件特許A〔日本特許 〕(甲2)
発 明 の 名 称 半導体レーザ装置
発 明 者 乙,原告,丙
特 許 番 号 第1997641号
出 願 年 月 日 昭和61年2月24日
公 告 年 月 日 平成7年3月29日
登 録 年 月 日 平成7年12月8日
特許請求の範囲(請求項1)
半導体基板に形成されている光検出器と,この光検出器
上に固定されており半透過反射面と少なくとも1つの反
射面とを有しているプリズムと,
前記半導体基板に固定されている半導体レーザとを夫々
具備し,
この半導体レーザから射出されて前記半透過反射面で反
射されるビームを照射ビームとして用いると共に,
前記半透過反射面へ入射してこの半透過反射面を透過し
更に前記反射面で反射されるビームを前記光検出器で検
出する様にした半導体レーザ装置。
(イ) 本件特許B〔日本特許 〕(甲3)
発 明 の 名 称 フオーカス検出装置
発 明 者 乙,丙,原告
特 許 番 号 第2031478号
出 願 年 月 日 昭和61年2月24日
公 告 年 月 日 平成7年7月19日
登 録 年 月 日 平成8年3月19日
特許請求の範囲(請求項1)
半導体基板に固定されている半導体レーザと,
前記半導体基板に固定されているプリズムと,
このプリズムのうちで前記半導体レーザに対向している
第1の面に形成されている第1の半透過反斜面と,
前記プリズムのうちで前記半導体基板に対接している第
2の面であって且つ前記第1の半透反射面を透過した後
のビームが入射する位置に形成されている第2の半透過
反斜面と,
前記プリズムのうちで前記第2の面に対向している第3
の面であって且つ前記第2の半透過反射面で反射された
後の前記ビームが入射する位置に形成されている反射面
と,
前記半導体基板のうちで前記第2の半透過反斜面に対接
している位置に形成されており一定の方向に並んでいる
3個の光検出部を有している第1の光検出器と,
前記半導体基板のうちで前記反射面で反射された後の前
記ビームが入射する位置に形成されており前記一定の方
向に並んでいる3個の光検出部を有している第2の光検
出器とを夫々具備し,
前記半導体レーザから射出されて前記第1の半透過反射
面で反射されたビームによって光学記録媒体を照射し,
前記第1の半透過反斜面を透過した前記光学記録媒体か
らのビームを前記第2の半透過反射面で反射した後であ
って且つ前記第2の光検出器へ入射する前に収束させ,
前記第1の光検出器における両側の前記光検出部及び前
記第2の光検出器における中央の前記光検出部の夫々に
よる検出信号の和と前記第1の光検出器における中央の
前記光検出部及び前記第2の光検出器における両側の前
記光検出部の夫々による検出信号の和とを比較すること
によって前記光学記録媒体のフォーカス誤差信号を得る
様にしたフォーカス検出装置。
(ウ) 本件特許C〔日本特許 〕(甲4)
発 明 の 名 称 光学ヘツド
発 明 者 原告,丙,乙
特 許 番 号 第2006540号
出 願 年 月 日 昭和61年12月23日
公 告 年 月 日 平成7年4月26日
登 録 年 月 日 平成8年1月11日
特許請求の範囲(請求項1)
光源から射出されたビームの光軸に対して傾斜しており
前記ビームを反射させて光学記録媒体へ導くと共にこの
光学記録媒体から戻ってきた前記ビームを透過させる第
1の面を有するビームスプリッタを具備する光学ヘッド
において,
前記第1の面を透過した前記ビームのサジタル光線の焦
線と前記第1の面との間に配されており前記第1の面を
透過した前記ビームの所定部を透過させると共に残部を
反射させる第2の面を前記ビームスプリッタが有してお
り,
前記第2の面とは反対側に配されておりこの第2の面で
反射された前記ビームの全部を反射させる第3の面を前
記ビームスプリッタが有しており,
前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3
分割されている光検出部を有する第1の光検出器が前記
第2の面を透過した前記ビームの光路中に配されてお
り,
前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3
分割されている光検出部を有する第2の光検出器が前記
第3の面で反射された前記ビームの光路中で且つ前記焦
線から前記第1の光検出器とは反対の方向へ前記焦線と
前記第1の光検出器との間の光学的距離だけ離間して配
されており,
前記第1及び第2の光検出器の一方の光検出器の両側の
前記光検出部からの検出出力及び他方の光検出器の中央
の前記光検出部からの検出出力の和と前記一方の光検出
器の中央の前記光検出部からの検出出力及び前記他方の
光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力の和との
差分を出力する演算器が設けられており,
前記差分をフォーカス誤差信号とする様にした光学ヘッ
ド。
なお,本件特許Cの対象となった本件発明Cについては,米国特許
権も設定登録されている。
(エ) 本件特許D〔日本特許 〕(甲5)
発 明 の 名 称 光学ヘツド
発 明 者 原告,丙,乙
特 許 番 号 第2508478号
出 願 年 月 日 昭和62年2月6日
登 録 年 月 日 平成8年4月16日
特許請求の範囲(請求項1)
光検出部が形成された基板と,
レーザ光源と,
上記基板の上記光検出部上に接着剤により接着固定さ
れ,上記レーザ光源からの出射光を反射するとともに媒
体からの戻り光を透過する半透過反射膜を有する光学部
品とを備え,
上記光学部品の屈折率n 1を上記接着剤の屈折率n2よりも
大きく(n 1>n2)したことを特徴とする光学ヘッド。
なお,本件特許Dの対象となった本件発明Dについては,米国特許
権も設定登録されている。
(オ) 本件特許E〔日本特許 〕(甲6)
発 明 の 名 称 発光・受光複合素子
発 明 者 丙,原告,丁,乙,戊,己
特 許 番 号 第2590902号
出 願 年 月 日 昭和62年7月30日
登 録 年 月 日 平成8年12月19日
特許請求の範囲(請求項1)
半導体基板と,該半導体基板の主面上に配された発光素
子と,上記半導体基板の主面に形成された,上記発光素
子からの光を受ける受光素子と,該受光素子の受光面に
接する如く上記半導体基板の主面上に配された光路分岐
用光学部品とを有する発光・受光複合素子に於いて,
上記光路分岐用光学部品内で反射,散乱して,上記受光
素子に入射する光の伝播を阻止する阻止手段を,上記光
路分岐用光学部品に設けたことを特徴とする発光・受光
複合素子。
なお,本件特許Eの対象となった本件発明Eについては,米国特許
権も設定登録されている。
(カ) 本件特許F〔米国特許 〕(甲7の2ないし3)
発 明 の 名 称 Tracking error signal generator with DC offs
et cancellation 光学装置のトラッキング誤差信

号生成装置)
発 明 者 原告,戊
特 許 番 号 5,181,195
出 願 年 月 日 1991年5月16日
登 録 年 月 日 1993年1月19日
特許請求の範囲
光ディスク上の記録トラック方向で2つの光検出部に分
割された光検出器により,光学ピックアップから光ディ
スクに照射された光束を検出し,分割された光検出器か
らの出力によって光束を記録トラックに沿うように制御
するトラッキングエラー信号を生成するためのトラッキ
ングエラー信号生成器。
トラッキングエラー信号生成器は,光ディスク上の記録
トラック方向で分割された光検出器の第1及び第2の光
検出部分からの出力信号のピーク値を検出するための第
1及び第2の検出手段と,第1ピーク検出手段の出力と
第1光検出部の出力のそれぞれに1より小さい係数を乗
算して得られた信号と第2ピーク検出手段の出力と第2
光検出部の出力のそれぞれに1より小さい係数を乗算し
て得られた信号との差動信号を形成するための演算手段
とから構成される。
なお,本件特許Fの対象となった本件発明Fについては,日本にお
いて ,平成2年5月18日に出願され( 特願平2−126587 ) 平

成4年1月27日に出願公開されている(特開平4−23234 )。
(甲7の1)
イ 光学ピックアップの光学系の方式として,半導体基板上にレーザー発光
部と受光部を一体的に形成したレーザーカプラー方式(集積型)のほか,
ディスクリート方式(個別型)及びホログラム方式(集積型)が実用化さ
れているところ,本件各発明は,いずれもレーザーカプラー方式の光学ピ
ックアップに用いられるものである 。(甲23,乙21)
また,光学ピックアップにおけるフォーカス誤差検出方法として,焦点
の前後の2点においてスポットサイズを比較して誤差を検出する「差動ス
ポットサイズ法 」 ,
や 焦点ずれが発生すると斜め方向に細長い光束となり ,
焦点前後でその方向がほぼ90度異なるため,焦点の合った状態(合焦)
を中心に両極性の焦点誤差信号を得て,誤差を検出する「非点収差法」な
どが知られている 。(甲2,3)
(3) 被告における従業員の職務発明等に関する定め
ア 被告は ,従業員の発明に関し ,発明考案規定を定めている 。 乙1ないし

6,22)
イ 原告が,被告に対し,本件各発明について特許を受ける権利を承継させ
た当時の発明考案規定( 以下「 本件発明考案規定 」という 。 は ,次のとお

りであった 。(乙1)
「1 目的
この規定は,会社の役員および従業員(以下単に従業員という)がそ
の職務上行った発明考案または意匠の創作(以下単に発明という)に基
ずいて特許権・実用新案権または意匠権(以下工業所有権という)を取
得する場合の取扱,ならびに会社がその発明に基ずいて工業所有権を受
ける権利または工業所有権を承継した場合に適切な褒賞を行うことを定
め,発明の奨励活用を図ることを目的とする。
2 権利の譲渡等
従業員は次の各号を遵守しなければならない。
(1) 職務に関し,発明をした場合には社外に発表する前に直ちに上司に
届出ること,および当該発明に関し日本をはじめ世界各国において工
業所有権の登録を受ける権利を会社に対し譲渡すること。
・・・
4 表彰
発明につき,前条により工業所有権の登録出願をした場合には,当該
発明者を表彰することとし,次の区分により褒賞金を支給する。
区分 出願表彰褒賞金
特許 国内 発明奨励 ● 省略 )
( ●円/件 発明の届出があった場合 )

出 願 ●(省略)●円/件
・・・
外国 出 願 ●(省略)●円/単位
・・・
5 特別表彰
(1) 工業所有権の登録を受けた発明の実施あるいは実施許諾によって特
に顕著な功績が挙がった場合には,これを1年毎に審査の上当該発明
者を特別に表彰することがある。
(2) 前項の特別表彰の審査は,経営会議において,工業所有権の登録を
受けており,かつ実施あるいは実施許諾された発明について行う。
(3) 第1項の特別表彰にあたっては次の区分により ,褒賞金を支給する 。
等級 褒賞金
1級 ●(省略)●円以上
2級 ●(省略)●円以上
3級 ●(省略)●円以上
4級 ●(省略)●円以上
5級 ●(省略)●円以上
(4) 表彰の対象となる1個の発明について発明者が複数の場合は,前項
の規定にかかわらず次のとおり褒賞金を支給する。
等級 褒賞金
1級 ●(省略)●以上
2級 ●(省略)●×N人
3級 ●(省略)●×N人
4級 ●(省略)●×N人
5級 ●(省略)●×N人
ただし,Nは表彰の対象となる1個の発明についての発明者の数
で,N≧2とする。
6 一発明複数出願・出願分割・出願変更・共同発明
・・・
(3) 一発明に関して,日本国以外に出願する場合には,各国に対するい
かなる出願をも一つの単位とみなし,その単位に対し1個の表彰を行
うものとする。
・・・」
なお,同規定が改定された昭和61年5月1日より前に発明の届出があ
ったものについては ,登録褒賞金が支払われるものとされていた 。 乙1 ,

弁論の全趣旨)
ウ 被告は,平成3年4月,本件発明考案規定中,特別表彰の等級区分及び
褒賞金に関する定めを,次のとおり改定した 。(乙2,3)
「・・・
(3) 第1項の特別表彰にあたっては次の区分により ,褒賞金を支給する 。
等級 褒賞金
1級 ●(省略)●円以上
2級 ●(省略)●円
3級 ●(省略)●円
4級 ●(省略)●円
(4) 表彰の対象となる1個の発明について発明者が複数の場合は,前項
の規定にかかわらず次のとおり褒賞金を支給する。
等級 褒賞金
1級 ●(省略)●×N人以上
2級 ●(省略)●×N人
3級 ●(省略)●×N人
4級 ●(省略)●×N人
ただし,Nは表彰の対象となる1個の発明についての発明者の数
で,N≧2とする。
・・・」
エ 被告は,平成9年5月,本件発明考案規定を改定し,特別表彰に関し,
次のとおり定めた 。(乙4)
「第6条 特別表彰
工業所有権の登録を受けた発明の実施あるいは実施許諾によって特に
顕著な功績が認められた場合には,会社の内規に従いこれを審査の上,
経営会議の決定により当該発明をした従業員を特別に表彰する。
2.前1項の特別表彰にあたっては次の区分により褒賞金を支給する。な
お,特級区分の表彰にあっては,その功績が継続する限り5年間継続し
て同額の褒賞金を支給する。但し,対象となる工業所有権が消滅した場
合はこの限りでない。
等級区分 褒賞金
特級 ●(省略)●円以上
1級 ●(省略)●円
2級 ●(省略)●円
3級 ●(省略)●円
4級 ●(省略)●円
5級 ●(省略)●円
3.表彰の対象となる1個の出願についてなした従業員が複数の場合は,
各従業員につき前第2項に定める金額の2分の1の褒賞金を各当該従業
員に支給する。
4.1997年度以降,特別表彰を受けた従業員は,5年後に同じ発明で
の特別表彰の審査を再度受けることが出来る 。」
オ 被告は,平成13年4月,本件発明考案規定を改定したが,実施等に関
する褒賞については ,おおむね従前の特別表彰のとおりとされた 。 乙5 )

(4) 原告に対する褒賞金の支払( 甲27の1 ,27の3 ,37 ,乙1 ,3 ,4 ,
弁論の全趣旨)
被告は,原告に対し,本件発明考案規定に基づき,本件各発明の褒賞金と
して ,次のとおり各金員を支払った( 合計●( 省略 )●円 ) なお ,下記の実

施褒賞は,本件発明考案規定の特別表彰に対応するものである。
ア 本件発明A
出願褒賞 昭和61年ころ ●(省略)●円
登録褒賞 平成7年ころ ●(省略)●円
実施褒賞 平成9年 ●(省略)●
同(再表彰) 平成14年 ●(省略)●
イ 本件発明B
出願褒賞(国内) 昭和61年ころ ●(省略)●円
出願褒賞(外国) ●(省略)●円
登録褒賞(日本及び外国合計7か国分) ●(省略)●円
実施褒賞 平成9年 ●(省略)●
ウ 本件発明C
出願褒賞 昭和61年ころ ●(省略)●円
実施褒賞 平成9年 ●(省略)●
エ 本件発明D
出願褒賞(国内) 昭和62年ころ ●(省略)●円
出願褒賞(外国) ●(省略)●円
実施褒賞 平成4年6月8日以前 ●(省略)●
オ 本件発明E
出願褒賞(国内) 昭和62年ころ ●(省略)●円
出願褒賞(外国) ●(省略)●円
実施褒賞 平成4年6月8日以前 ●(省略)●
カ 本件発明F
出願褒賞(国内) ●(省略)●円
出願褒賞(外国) ●(省略)●円
実施褒賞 平成6年7月7日以前 ●(省略)●
(5) 被告らによるゲーム機の製造,販売
ア 被告は ,平成6年から ,SCEを通じ ,ゲーム機「 プレイステーション 」
( 以下 「 PS 」 という 。 , プレイステーション・ワン 」 以下 「 PSon
)「 (
e 」という 。 及び「 プレイステーション2 」 以下「 PS2 」という 。 を
) ( )
製造,販売している。
PS,PSone及び平成15年以前に販売されたPS2には,被告が
製造,販売したレーザーカプラー方式の光学ピックアップ(以下「本件光
学ピックアップ 」という 。 が搭載されている 。なお ,平成16年度以降に

販売されたPS2( 以下「 新型PS2 」という 。 には ,ディスクリート方

式の光学ピックアップが採用されている 。(乙21)
イ 本件光学ピックアップの構成の概要は,別紙記載のとおりである(ただ
し,半導体基板と半導体レーザー(LDチップ)の間に,スペーサーが設
けられているかどうかについては争いがある 。 。本件光学ピックアップで

は,フォーカス誤差検出方法として差動スポットサイズ法が採用されてお
り,4個又は8個の光検出部を有する光検出器(フォトディテクタ)が使
用されている 。(弁論の全趣旨)
なお,本件光学ピックアップにおいて,本件発明D及びEが実施されて
いることは,当事者間に争いがない。
(6) 被告に対する相当対価の請求
原告は,平成18年12月21日,被告に対し,本件各発明を含む合計7
件の職務発明につき ,相当対価の不足額を請求する旨の通知をした 。 甲28

の1,2)
原告は,平成19年4月25日,当庁に対し,被告を相手方として,本件
訴訟を提起した。
(7) 被告は ,平成19年6月25日の第1回口頭弁論期日において ,原告に対
し,本件発明DないしFに係る相当対価支払請求権について,上記各消滅時
効を援用するとの意思表示をした。
2 争点
(1) 本件各発明の実施の有無(争点1)
(2) 独占の利益の有無(争点2)
(3) 仮想実施料率(争点3)
(4) 被告の貢献度(争点4)
(5) 共同発明者間における原告の貢献度(争点5)
(6) 相当対価額(争点6)
(7) 消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁,争点7)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(本件各発明の実施の有無)について
【原告の主張】
ア 本件発明A
(ア) 本件発明Aは ,特定のフォーカス誤差検出方法に限定したものではな
く,非点収差法及び差動スポットサイズ法の両方に利用し得るものであ
る。本件発明Aの特許出願に係る明細書(以下「本件特許A明細書」と
いう 。 の実施例の記載は ,
) 一例として非点収差を用いる方法に触れたに
すぎず ,差動スポットサイズ法や他の検出方法を除外するものではない 。
本件発明Aの目的は,光分岐面であるマイクロプリズム斜面への光束
入射位置を低く設定した場合でも ,光分岐面から光検出器までの光路 光

学的距離)を長くすることによって,誤差検出感度を向上させることに
ある。誤差検出方法としていかなるものを採用するにしても,誤差検出
感度の向上は,光学ピックアップの制御技術における共通の課題ないし
目的であるから,本件発明Aの技術的範囲が,実施例に記載されている
非点収差法のみに限定されることはない。
そして,マイクロプリズムを用いてフォーカス誤差を検出する際に,
非点収差が利用されることは明らかであって,本件光学ピックアップに
おいても,非点収差は利用されている。
(イ) また ,被告がスペーサーであると主張する部分は ,半導体レーザーの
出力モニター用検出器である。レーザー発光点の高さを設定するスペー
サーとして用いるために,光学設計の際,その高さを適宜変更したこと
はない。
(ウ) さらに ,被告は ,平成9年 ,原告に対し ,本件発明Aに関し ,十分な
審査をした上で,PS等における実施につき褒賞金を支払った。
(エ) したがって ,本件光学ピックアップにおいて ,本件発明Aが実施され
ていることは明らかである。
イ 本件発明B及びC
(ア) 光検出器の光検出部を4以上の数に分割し ,その一部を再度回路的に
接続することで,実質的に3分割として用いることも,当然,本件発明
B及びCの技術的範囲に含まれる。本件光学ピックアップにおいては,
4個の光検出部の中央2個の部分が加算されて使用されており,光検出
部を実質的に3分割して利用していることは明らかである。
本件光学ピックアップの光検出器の光検出部が4又は8分割された理
由は,本件発明B及びCに対し,トラッキングエラー信号の検出特性の
向上という,両発明と関連性のない新たな機能を付け加えたからにすぎ
ない。
(イ) 内外に3つの部分に分割された光検出器を用いてフォーカスエラー検
出をする方法が,差動スポットサイズ法であり,共同発明者である乙に
よって , 差動3分割法 」と名付けられたものであるが ,被告は ,他の特

許出願(特開2003−151169等)に当たり,4個又は8個に分
割された光検出器を用いた構成に対しても,この名称を使用している。
(ウ) また ,被告は ,平成9年 ,原告に対し ,本件発明B及びCに関しても ,
十分な審査をした上で,PS等における実施につき褒賞金を支払った。
(エ) 以上によれば ,本件光学ピックアップにおいて ,本件発明B及びCが
実施されていることは明らかである。
ウ 本件発明F
本件発明Fは ,トップホールド・プッシュプル法として実施されている 。
【被告の主張】
ア 本件発明A
(ア) 本件特許A明細書の【 発明の詳細な説明 】の〔 従来の技術 〕及び〔 発
明が解決しようとする問題点〕の項の記載によれば,本件発明Aの目的
及び技術的課題は,フォーカス誤差検出方法として非点収差法を用いる
場合におけるレーザー装置の小型化であり,この発明が解決しようとす
る課題も,非点収差法を用いた従来技術において,非点収差発生後のビ
ームの非点隔差及びスポットサイズの大きさを確保するために設けられ
てきた半導体レーザーと半導体基板との間のスペーサーの存在が,半導
体レーザー装置の小型化及び組立工程の低コスト化を困難なものとして
きたという問題点を克服することであるとされている。
また,同明細書の〔作用〕の項等においては,本件発明Aの半導体レ
ーザー装置は ,非点収差法を用いる機器に適用することにより ,初めて ,
「非点隔差を大きくして引込み範囲を広くすることによってフォーカス
サーボを安定的に行うことができる」という,本件発明Aの作用を発揮
することができることが明らかにされている。さらに,同明細書の〔発
明の効果〕の項等の記載のとおり,本件発明Aの効果は,①プリズムが
ビームスプリッタの機能と非点収差発生機能を兼備しているため,非点
収差法を利用する機器に適用するときの小型化と低コスト化とが可能で
ある,及び,②非点収差法によってフォーカスサーボを行う機器に適用
した場合に,半導体レーザーと半導体基板との間にスペーサーを介挿さ
せる必要がなく ,装置が小型化かつ低コストにできる ,という点にある 。
このように,本件発明Aの作用効果は,フォーカス誤差検出方法として
非点収差法を用いる場合に初めて奏するものである,との記載となって
いる。
これに対し,同明細書及び図面のいずれにおいても,非点収差法を用
いない構成は,全く開示されていない。
そうすると,特許請求の範囲の記載においては,本件発明Aにおける
「半導体レーザ装置」が,フォーカス誤差検出方法として非点収差法を
用いるものであるとは明記されていないが,発明の詳細な説明の記載に
照らせば ,当該「 半導体レーザ装置 」は , 非点収差法を利用した半導体

レーザ装置」等と,限定的に解釈されるべきである。
(イ) これに対し ,本件光学ピックアップには ,フォーカス誤差検出方法と
して差動スポットサイズ法を用いた半導体レーザー装置が使用されてお
り,非点収差法を用いた半導体レーザー装置は使用されていない。
本件光学ピックアップは,半導体基板に形成されている2つの光検出
器により,反射する前のビームと2つの反射面により2回反射したビー
ムとをそれぞれ異なる検出器により検出し,両者を対比して誤差を検出
するものである。同一の半導体基板に形成されている2つの光検出器を
用いて,スポットサイズの変化を検出するためには,一方の光検出器に
対し,ビームを何かしらの方法で反射させて導く必要があるため,この
ような方式を採用しているのであって,本件発明Aのように,非点較差
を大きくすることを目的とするものではない。
なお,本件光学ピックアップにおいては,差動スポットサイズ法に適
切なビームをプリズムに射出できるようにするため,半導体レーザーと
半導体基板との間にスペーサーを設置しており,本件発明Aのような,
半導体レーザーと半導体基板との間にスペーサーを介挿させる必要がな
く,装置が小型かつ低コストにできるという作用効果を奏しない。本件
光学ピックアップの小型化,低コスト化は,専ら各部材の小型化,低コ
スト化によって実現している。
(ウ) したがって ,本件光学ピックアップに使用されている半導体レーザー
装置は,本件発明Aの「半導体レーザ装置」に該当しないから,本件発
明Aは実施されていない。
(エ) 原告は ,非点収差法は ,本件発明Aの実施例の1つにすぎないと主張
するが ,上記のとおり ,本件特許A明細書には ,発明の目的及び課題が ,
非点収差法を採用した従来の半導体レーザー装置における問題点を解決
することであること,発明の作用効果も,本件発明Aがこれを解決した
ものであることが,それぞれ記載されていることからすると,非点収差
法を用いた半導体レーザー装置が,単なる実施例の1つにとどまるとい
うことはできない。
また,本件特許A明細書及び図面に,非点収差法を使用した半導体レ
ーザー装置のみが開示され,差動スポットサイズ法については,示唆も
されていない一方,同日出願された本件発明Bは,差動スポットサイズ
法を使用した発明であることが明らかである 。すなわち ,本件発明Aは ,
非点収差法を使用したもの,本件発明Bは,差動スポットサイズ法を使
用したもの,と二分されて出願されていることからも,本件発明Aは,
差動スポットサイズ法と関係がないものというべきである。
イ 本件発明B及びC
(ア) 本件特許B及びCの特許請求の範囲の記載によれば ,本件発明Bのフ
ォーカス検出装置及び本件発明Cの光学ヘッドにおいては,3個の光検
出部を有する光検出器,及び3分割されている光検出部を有する光検出
器を,それぞれ具備することが必要である。しかしながら,本件光学ピ
ックアップに使用されている光検出器は,4個又は8個の光検出部を有
するものであり,光検出部の数は3個ではない。
本件光学ピックアップは,トラッキングエラーを検出する機能をも兼
ね備えたものであり,この機能を具備するため,本件発明B及びCとは
異なる構成としているのである。
(イ) 原告は ,被告が ,本件光学ピックアップにおける本件発明Aの実施の
有無に関し,差動スポットサイズ法を用いていると主張していることを
問題とするが,本件発明B及びCの特許請求の範囲及び両発明の特許出
願に係る明細書等には , 差動スポットサイズ法 」や「 差動3分割法 」に

ついての記載はなく,特許請求の範囲に,それぞれ「3個の光検出部」
及び「3分割されている光検出部」との記載があるのみである。
原告は , 差動スポットサイズ法 」や「 差動3分割法 」という ,抽象的

かつ意味に幅のある文言と,本件発明B及びCの構成要件である「3個
の光検出部」及び「3分割されている光検出部」という,光検出部の個
数を具体的に示す文言とを混同している。
(ウ) したがって ,本件光学ピックアップにおいて ,本件発明B及びCは実
施されていない。
ウ 本件発明F
本件発明Fに係る本件特許Fは,米国特許であるところ,SCEは,P
S等を米国へ輸出し,SCEの完全子会社であるSCEアメリカが,米国
においてPS等を販売している。
(2) 争点2(独占の利益の有無)について
【原告の主張】
ア 独占の利益の存在
すべてのPS,PSone及び平成16年までに販売されたPS2に,
被告が製造,販売した本件光学ピックアップが独占的に使用されたことに
ついて,被告は,本件各発明の自己実施により,独占の利益を得ている。
イ 本件光学ピックアップの独占力
(ア) 本件各発明は ,光ディスク用光学ピックアップを製造するに当たり ,
半導体生産設備を用いて,高い組立精度を保ちつつ受発光部を集積化す
ることを可能にするものであって,これにより,ピックアップ部分の小
型化,軽量化が実現されるとともに,主要部品を4点にまで削減するこ
とで,低コストでの量産が可能となった。
本件各発明により,被告は,平成3年,厚さわずか14.8mmのポータブ
ルCDプレーヤー「D−J50」を販売することが可能となり,後記の
とおり,本件各発明の上記の特性は,PS等においても十分生かされて
いる。
(イ) 被告がPSの販売を開始した平成6年当時,ゲーム機市場において
は ,任天堂株式会社( 以下「 任天堂 」という 。 のスーパーファミコン ,

株式会社セガのセガサターンがシェアを2分していたところ,平成7年
には,PSが一気にシェアを拡大し,3社がシェアを3分する状況とな
った。
その後,PS及びPS2は更にシェアを拡大し,被告は,それまで1
0年以上にわたりゲーム機市場を独占してきた任天堂を下し,圧倒的な
シェアを獲得するに至った。
このシェア拡大には,記録媒体として,従来のROMカセットではな
く,CD及びDVDを採用することによって,ゲームソフトの低価格化
が可能となったことが大きく寄与しているところ,その記録媒体の読取
りに用いられる本件光学ピックアップには,本件各発明が不可欠であっ
た。すなわち,従来の光学ピックアップに比較して,本件光学ピックア
ップの信頼性が格段に向上したことにより,ゲーム機として長時間使用
することが可能となり,また,故障率が低下した(PS等の光学ピック
アップに,レーザーカプラー方式を採用することによって,ディスクリ
ート方式を採用したものと比べ ,光学ピックアップに起因する故障率は ,
1パーセント程度から少なくとも0 .1パーセント以下となった 。 こと

により ,品質イメージが向上し ,サービス費用を削減することができた 。
加えて,構成部品が削減されたことや,組み立てやすさから,大幅なコ
ストダウンも可能となった。
(ウ) さらに ,ゲーム機市場においては ,ゲームソフトの不法コピーを防止
することが,収益性確保の上で重要な課題である。
本件発明Fを実施して,CD−Rに対するトップホールド・プッシュ
プル信号を設定し,不法にゲームソフトがコピーされたCD−Rからの
信号読取りを防止することができるなど,本件各発明は,不法にコピー
されたゲームソフトを確実に排除できる技術である。
このように,本件各発明を活用し,独自の再生方法を採用した光学ピ
ックアップを用いることで,不法コピーによる莫大な損失を免れ得る点
においても,本件各発明は,他の技術に対する競争力を持ち,競業他者
が実施料を支払うに値する技術思想であることは明らかである。
ウ 競合技術の不存在
(ア) 被告は ,ディスクリート方式及びホログラム方式が ,本件各発明の競
合技術であると主張している。
しかしながら,ディスクリート方式に関し,PS2が発売された平成
12年までに,他者の特許権(トムソン・ブラント社が保有していた特
許権(第1511546号)やエヌ・ベー・フィリップス社(以下「フ
ィリップス社 」という 。 が保有していた特許権( 第1648429号 )

等)の存続期間が満了しているにもかかわらず,被告は,この方式を採
用していない。
また,ホログラム方式は,光学ピックアップの小型化が図れないこと
から ,被告自身がこの方式に関する特許を保有しているにもかかわらず ,
PS等には採用していない。
(イ) さらに ,SCEは ,本件各発明が属するレーザーカプラー方式に特有
の価値を見出し,PS等の光学ピックアップに同方式を採用することを
決定したこと,PS等においては,トラッキング制御に本件発明F以外
の方式が用いられていないことからも,本件各発明が特異技術であるこ
とは明らかである。
(ウ) 特に ,半導体組立技術を用いた製造方法は ,特許庁によるFターム分
類において,単独で分類されることになったところ,本件各発明は,そ
の分類の中においても,最初かつ最大の規模で実用化されたものである
から,この製造方法が極めて画期的なものであったことは,特許庁も認
めているのである。
(エ) これらの事実からすると,ディスクリート方式及びホログラム方式
が,本件各発明と対等な競合技術であるとは,到底考えられない。
エ 被告は,第三者に対し,本件各発明の実施を許諾していないこと
被告は,音楽用CD及びCDプレーヤーに関し,ジョイントライセンス
契約を締結していたとしても ,PS等のようなゲーム機の分野においては ,
本件各発明の実施を一切許諾をしていない。
このことは,被告以外の半導体レーザーメーカーも,本件光学ピックア
ップ,又はレーザーカプラーを製造及び供給することが技術的に可能であ
ったにもかかわらず,本件光学ピックアップやレーザーカプラーを,被告
以外の他者から調達していないだけでなく,被告以外の他者がPS等に用
いる光学ピックアップを製造していないことからも明らかである。
そもそも,レーザーカプラー素子が1個も外販されていないことは,被
告が,本件各発明を実施した光学ピックアップを製造する上で必要な技術
情報,合理的な実施料率の判断根拠等を一切提供していなかったことを,
端的に示すものである。また,他者が,低コストで製造できるレーザーカ
プラー方式ではなく,ホログラム方式を使用せざるを得なかったことから
も,被告が本件各発明の実施を許諾していなかったことは明らかである。
オ 小括
このように,本件光学ピックアップは,PS及びPS2に独占的に使用
されたものであって,仮に,被告が,第三者に対し,本件各発明の実施を
許諾した場合,被告は,本件光学ピックアップの売上げの少なくとも50
パーセントを喪失した。
【被告の主張】
ア 競合技術の存在
(ア) 職務発明につき ,同様の機能や効果を有する代替技術や競合技術が存
在し,使用者以外の他者がこれを実施している場合には,仮に使用者が
当該職務発明を実施していたとしても,使用者は,当該職務発明を自己
実施することにより,いわゆる「独占の利益」を享受していない。
(イ) CDプレーヤー用の光学ピックアップは ,もともとディスクリート方
式のものが量産化されたものの,ポータブルCDプレーヤー市場の創出
により,各社,各機関で,種々の小型光学ピックアップの開発が行われ
た。
そのうち,被告が開発したレーザーカプラー方式と,シャープ株式会
社( 以下「 シャープ 」という 。 等が開発したホログラム方式の ,2種類

の小型光学ピックアップが量産化され,製品に搭載された。ディスクリ
ート方式の光学ピックアップの小型・軽量化の努力も,並行して各社で
継続的に行われ ,昭和63年には ,厚さ1.3cmの光学ピックアップが量産
化されている。新型PS2にもディスクリート方式の光学ピックアップ
が採用されているが,この光学ピックアップは,本件光学ピックアップ
より,はるかに小型・薄型である。
すなわち,レーザーカプラー方式は,光学ピックアップの小型化,薄
型化を実現するための一方式にすぎない。
(ウ) このように ,本件各発明が属するレーザーカプラー方式の光学ピック
アップ技術に対し,ディスクリート方式及びホログラム方式の光学ピッ
クアップ技術が,競合技術として存在し,これら2つの技術が,それぞ
れの開発を経て,実際の製品に採用され,量産化されてきた。
また,原告が,本件各発明の目的及び作用効果として強調する光学ピ
ックアップの小型化,薄型化の面からみても,競合他者が販売するディ
スクリート方式の光学ピックアップを採用したポータブルCDプレーヤ
ーが,光学ピックアップの厚さのために,被告が販売するCDプレーヤ
ーと競争できなかったということはない。
なお,新型PS2には,ディスクリート方式の光学ピックアップが搭
載されているのであるから,PS等において,レーザーカプラー方式の
光学ピックアップを採用することは,必須の要請ではない。
(エ) 以上のとおり ,競業他者が ,ディスクリート方式又はホログラム方式
の光学ピックアップを,CDプレーヤーやDVDプレーヤーに採用して
製品化し,逆に被告のみがレーザーカプラー方式の光学ピックアップを
採用していたことに加えて,被告自身が,過去及び現在において,ディ
スクリート方式の光学ピックアップを量産化製品に使用していることか
らすると,仮に,本件各発明を特許権者である被告が実施していたとし
ても,それは,特許法35条1項の通常実施権の範囲内にとどまるもの
であって,被告が,その実施により,独占の利益を得ているとはいえな
い。
イ 開放的ライセンスポリシーの採用
(ア) 使用者である特許権者が ,自ら保有する特許権について ,他者に対し
てライセンスをし,又は,実際にライセンスをしていなくとも,ライセ
ンスを希望するすべての者に対し,合理的な実施料率によりライセンス
を与えるとの方針,いわゆる開放的ライセンスポリシーを採用している
場合には ,仮に特許権者である使用者が自ら当該発明を実施していても ,
当該自己実施による独占の利益は存在しない。
(イ) 被告及びフィリップス社が ,昭和56年に提案した音楽用CDに関す
る規格書,並びに,昭和60年に策定したCD−ROMに関する規格書
においては,当該各規格書に従った記録媒体及びその記録・再生機器の
製造,販売に関する特許であって,被告及びフィリップス社が保有する
ものを,公開して広く実施を許諾するとのプログラムが実施された。こ
のプログラムは,フィリップス社が,被告が保有する特許権の再実施許
諾権を得た上で,フィリップス社を窓口とし,規格書の開示,統一ロゴ
の使用,及び両社が保有する特許権の実施許諾を行う,ジョイントライ
センス方式のものである。
これらのジョイントライセンスにおいては,音楽用CD及びCDプレ
ーヤーに関しては,①昭和58年1月1日以前の出願日を有する特定の
特許については,規格製品を製造するための必須特許として有償とし,
②同日以後の出願日を有する特許については,付随的な特許として非独
占的な実施権を許諾することに同意するものとされている。本件各特許
は,上記②の付随的な特許として,実施許諾の対象となる。
CD−ROMについても同様に,①昭和60年1月1日以前の出願日
を有する特定の特許については必須特許として有償とし,②それ以外の
特許で ,昭和57年12月31日以後の出願日を有するものについては ,
付随的なグループの特許として,通常実施権の許諾の対象となる。した
がって,CD−ROMの規格のライセンシーが,本件各発明をCD−R
OMに使用することを希望するときは,当然にこれに対する実施権を得
ることができる。
DVDにおいては,必須特許については,フィリップス社を中心とす
る同様のジョイントライセンス,又は,必須特許を保有する個別企業か
らのライセンスを行い,その他の関連特許については,必須特許のライ
センシーの希望に応じて,特許権者が個別に実施許諾することになった
ことから,被告は,関連特許を例示したリストを作成し,積極的に実施
許諾の提示を行い,数社に対し,実施を許諾してきた。本件各発明は,
関連特許に属するが,その他の関連特許のライセンシーは,本件各発明
を実施していない。
上記音楽用CD,CD−ROM及びDVDの各ライセンスプログラム
には,世界中の光ディスク及びプレーヤーのメーカーが参加しており,
これらのメーカーは,規格書に従った製品を製造するとともに,本件各
特許を含む付随特許の実施を許諾され,又はその提示を受けている。し
かしながら ,実際に ,本件各特許の実施許諾を受ける申込みをし ,又は ,
許諾を受けてこれを実施した会社はない。
(ウ) また ,被告は ,光ディスク関連技術に関し ,内外の大手電機 ,電子機
器メーカー各社と ,広範な包括的クロスライセンス契約を締結してきた 。
これらのクロスライセンス契約は,互いが取り扱うすべての製品,ある
いは ,情報機器すべてなど ,極めて広範な製品を対象とするものである 。
そもそも,当該クロスライセンス契約の相手先は,本件各発明を実施
していないし ,これらのクロスライセンス契約は無償であって ,被告は ,
本件各発明に対応する実施料収入を得ていない。
(エ) そして ,上記ジョイントライセンス契約及びクロスライセンス契約に
おいては,ゲーム機についても,許諾の対象から除外されていない。
(オ) 以上のように ,被告は ,本件各発明につき ,上記各規格に参加する企
業には実施を許諾する方針,いわゆる開放的ライセンスポリシーを採用
していた。
さらに,上記規格に参加したライセンシー及びクロスライセンス契約
のライセンシーは,本件各特許につき,実施権を取得し,実施をする選
択肢があったにもかかわらず,これらの多数のライセンシーは,レーザ
ーカプラー方式を採用せず,競合技術であるディスクリート方式,ある
いはホログラム方式の光学ピックアップを製造,販売している。
そうすると,仮に,被告自身が本件各発明を実施していたとしても,
被告は,本件各特許から,通常実施権を超える独占の利益を享受してい
たとはいえない。
ウ 超過売上高の割合
上記の事情に照らせば,いずれかの企業が本件各特許の実施権を取得し
て,これを実施した可能性はほとんどゼロであることが明らかであるから ,
超過売上高の割合は0パーセントである。
エ 小括
したがって,仮に,特許権者である被告が,自ら本件各発明を実施して
いたとしても,それは,特許法35条1項の法定通常実施権の範囲内にと
どまるものであるから,改正前特許法35条3項及び4項の相当の対価の
請求の前提となるべき独占の利益は存在しない。
(3) 争点3(仮想実施料率)について
【原告の主張】
本件各特許の重要性にかんがみれば,本件各特許を第三者に対し実施許諾
する際の実施料率は,5パーセントである。
【被告の主張】
争う。
上記(2) 被告の主張 】イ(イ)記載のジョイントライセンスの対象とされて

いる必須特許や,付随特許及び関連特許のうち,実施許諾され,又は実施さ
れている特許は ,極めて多数であるにもかかわらず ,実施許諾も求められず ,
実施もされていない本件各特許の仮想実施料率を5パーセントとすること
は,他の特許との関係でみて,明らかに不合理である。
(4) 争点4(被告の貢献度)について
【原告の主張】
ア 被告は ,本件各発明以前 , これまでにない画期的な光学ピックアップ・

ユニットを作りたい」との意向を有していた一方で,その実現には,被告
自身が危機感を持っていたところ,原告,丙及び乙の3名は,昭和60年
10月に光学ピックアップ開発部署へ異動してから6か月余で,素子のプ
ロトタイプ試作を行い,開発メンバーを増員しながら,素子を光学ピック
アップへと発展させ,極めて短期間で,本件各発明の出願を実現した。
また,原告は,平成11年,PS2用光学ピックアップの開発プロジェ
クトに配属されたところ ,レーザーカプラー方式の開発の経験を評価され ,
同年11月から翌年2月まで,2波長,すなわちCD用とDVD用の異な
る2つの波長を用いたレーザーカプラー方式光学ピックアップの量産立上
げを支援するため ,ソニー白石セミコンダクタ株式会社に常駐し ,その間 ,
同社において,同ピックアップのマネジメントに関わった。さらに,原告
は,被告において,PS2用2波長レーザーカプラー方式光学ピックアッ
プの規格決定及び技術課題の克服を目的とした定例の技術会議で事務局を
務め,同ピックアップの製造所における生産支援,生産設備進捗管理,D
VD用ガラス標準ディスクの製造所展開及び2波長対物レンズの評価設備
展開など,本件各特許につき,多大な貢献をした。
イ これに対し,被告は,単に「画期的な光学ピックアップ・ユニットを作
れ」という抽象的指示をしたにすぎず,新たな施設や人員を提供したこと
もない。
ウ したがって,本件各発明に対する被告の貢献度は,50パーセントを超
えない。
【被告の主張】
ア 争う。
イ 被告は,PSのゲームソフトの記録媒体として,ROMカセットではな
くCD−ROMを採用したが,CD−ROMは,PCの普及に伴って,ゲ
ームソフトの創作者,供給者にとって取扱いが容易になったことに加え,
被告が,ゲームソフトの創作者に対し,開発ツールを安価で供給したこと
により,PSの販売初期から,多数の評判の高いゲームソフトを販売する
ことが可能となった。また,ゲームソフトのみならず,ゲーム機本体のC
PU,LSIの開発に向けた多大な投資や努力も必要であった。これらに
加え,PS等の販売台数の伸びは,世界的な規模での宣伝,販売活動によ
るところが大きい。
このように,本件光学ピックアップの製造数量の伸びは,被告の活動を
通じて獲得したPS等のゲーム機としての評判や,ゲームソフトの評判に
伴う売上げ伸張に伴うものであって,本件各発明に基づくものではない。
ウ また,PS2の開発においては,2波長を1つの光学ピックアップで処
理することができるかについて,開発努力,試行,失敗とその克服が必要
であった。レーザーカプラー方式の光学ピックアップというアイディアが
あっても,その製品化,商品化には,PS2に向けた被告の開発担当者の
総力を挙げての貢献が必要であった。
エ さらに,CDプレーヤーやPS等の開発が,光学ピックアップのみの改
良により達成できるものでないことは当然である。CDプレーヤーの薄型
化,小型化にしても,信号処理回路の集積化,高密度化や,ディスク回転
用モーターの薄型化など,様々な技術的課題を克服しなければならない。
これらの課題解決には,被告に蓄積された製品の小型化技術や,半導体部
門,メカ設計部門の新たな開発努力が必要であった。
(5) 争点5(共同発明者間における原告の貢献度)について
【原告の主張】
ア 本件発明AないしEの共同発明者である乙は,これらの発明を利用した
素子のプロトタイプが完成した後に被告を退社し,製品の実用化には立ち
会っていないなど,原告のみが,本件各発明のすべてにつき,発明から製
品化の全行程に関与するとともに,各発明時期に,開発リーダーとして主
導的な役割を果たした。
イ また,原告は,自ら技術的思想の創作を行うとともに,光学システムの
構成,半導体技術による製法,電気的な制御の補正,光学的な補正など,
多岐にわたる技術を束ねることで,画期的な製品を実用化し,被告に多大
な経済的利益をもたらす貢献をした。
ウ このように,原告は,本件各発明の製品化の推進と,重要な周辺技術の
開発に大きく貢献したことを考慮すると,共同発明者間における原告の貢
献度は,50パーセントである。
【被告の主張】
争う。
(6) 争点6(相当対価額)について
【原告の主張】
ア 相当対価額算定の基礎となる本件光学ピックアップ1個当たりの価格
は,
PS用ピックアップ (KSM−440) 平均1500円
PS2用ピックアップ(KHS−400) 平均2000円
である。
イ 本件光学ピックアップを搭載したPS等の販売台数は,
PS(PSoneを含む) 1億0249万台
PS2 7389万台
である。
ウ 本件各発明は,本件光学ピックアップの小型,軽量化,性能向上のため
に不可欠な技術であるから,本件各発明の寄与は,本件光学ピックアップ
の少なくとも40パーセントを占める。
本件各発明それぞれの重要性と効果を勘案すると,本件各発明全体に占
めるそれぞれの発明の寄与の割合は,次のとおりである。
本件発明A 25パーセント
本件発明B 25パーセント
本件発明C 10パーセント
本件発明D 25パーセント
本件発明E 10パーセント
本件発明F 5パーセント
エ したがって,本件各発明についての特許を受ける権利の承継に係る相当
対価の額は,
PSにつき3億8433万円,
(= 1500円/個[単価]×1億0249万個[売上数量]×0.5[超過売上高の
割合]×0.05[仮想実施料率]×0.4[本件各発明が占める割合]×( 1
-0.5[被告の貢献度])×0.5[共同発明者間における原告の貢献
度],1万円未満切捨 )
PS2につき3億6945万円,
(=2000円/個[単価]×7389万個[売上数量]×0.5[超過売上高の割合]
×0.05[仮想実施料率]×0.4[本件各発明が占める割合]×(1-0.5
[被告の貢献度])×0.5[共同発明者間における原告の貢献度] )
であるから,合計7億5378万円である。
オ なお,本件発明Fに係る相当対価額の請求については,従業者等が特許
法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に
譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請
求に該当し,改正前特許法35条3項及び4項の規定が類推適用される。
カ よって,原告は,被告に対し,上記7億5378万円から既払金の額を
控除した残額のうち,その一部請求として,1億円の支払を求める。
【被告の主張】
争う。
(7) 争点7(消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁 ))について
【被告の主張】
ア 本件発明D及びEについて
本件発明考案規定6項(3)によれば ,国内特許の公告日 ,登録日がいつで
あろうと,それに対応する外国特許出願は,それぞれ1つの単位とみなさ
れ,この単位に対し,1個の表彰をすることとされている。本件発明考案
規定においては,実施褒賞受賞の決定に当たり,日本国特許を優先する旨
の定めは存在せず,日本国特許が特許登録されていない時期であっても,
これに対応する外国特許が登録され , 特に顕著な功績 」
「 が挙がった場合に
は実施褒賞を行うとされており,実際もこれに従った運用がされている。
被告は,原告に対し,本件発明考案規定に基づき,本件特許D及びEに
対応する米国特許の登録時である平成4年に,本件特許D及びE並びにそ
れらそれぞれに対応する外国特許のファミリーを対象として,実施褒賞の
褒賞金を支払った。
イ 本件発明Fについて
被告は,原告に対し,本件発明Fについて,平成6年7月7日以前に実
施褒賞の褒賞金を支払った。
原告は ,本件発明考案規定5項(1)の「 1年毎に審査 」との文言を問題と
するが,これは,実施褒賞の審査を随時行うのではなく,毎年1回行うこ
とを意味するのであり,一度実施褒賞を行った後,1年毎に審査し,再度
の実施褒賞を認める規定ではない。
ウ 消滅時効の援用
以上のとおり,本件発明DないしFについては,職務発明の相当対価の
支払時期から,原告がその支払請求をした平成18年12月21日まで,
いずれも10年以上が経過している。
よって,被告は,本件発明DないしFに関する請求について,消滅時効
を援用する。
【原告の主張】
ア 本件発明D及びEについて
(ア) 本件発明考案規定は,表彰するに当たり ,「国内 」 「外国」を明確に

区別した上で , 一発明に関して ,日本国以外に出願する場合には ,各国

に対するいかなる出願をも一つの単位とみなし,その単位に対し一個の
表彰を行うものとする 。 と定めているが ,これは ,文理上 ,我が国に対

する出願と,我が国以外への出願があることを前提として,後者が複数
ある場合について定めたものと解釈すべきである。
また,本件特許Fのように,外国特許が設定登録されたとしても,必
ずしもこれに対応する日本国特許が自動的に設定登録されるわけではな
いのであるから,外国特許の褒賞金と日本国特許の褒賞金の支払は別個
にされるものである。
本件発明D及びEを含む複数の発明に関し,外国出願とは別個に行っ
た国内出願について,原告が実施褒賞の申請をしたところ,被告は,こ
れらを一旦受理しているが(ただし,結果は選外であった 。 ,このこと

は,被告が,国内出願と外国出願を,明確に区分していることを示すも
のである。
したがって ,本件発明考案規定6項(3)の「 登録 」を ,外国特許あるい
は日本国特許のいずれかの登録,と解する余地はない。
(イ) そして ,被告においては ,一般的に ,日本における出願に「 特に顕著
な功績」が認められることを勘案すると,平成4年に,本件特許D及び
Eについてされた支払は,本件発明D及びEの「外国出願」に対するも
のであったというべきである。
(ウ) したがって ,本件発明考案規定によれば ,消滅時効の起算点は ,本件
特許D及びEの我が国における登録日以降で ,かつ , 実施による特に顕

著な功績 」が認められ , 1年毎の審査 」を経た後である ,平成9年9月

26日である。
実質的にみても,本件特許D及びEの登録日は,本件特許AないしC
よりも後であるところ,本件発明AないしCについては,平成9年9月
26日に実施褒賞の受賞が決定しているのであるから,それ以前に,本
件発明D及びEにつき,実施褒賞の受賞の有無が決定していることはあ
り得ない。
イ 本件発明Fについて
本件発明Fにつき,本件発明考案規定5項(1)において ,「工業所有権の
登録を受けた発明の実施あるいは実施許諾によって特に顕著な功績が挙が
った場合には,これを1年毎に審査の上当該発明者を特別に表彰すること
がある 。 と規定されており ,
」 権利が満了する時期まで顕著な功績の有無は
確定し得ず,最後の実施褒賞の有無も確定し得ないところ,原告は,平成
9年の規定改定によって導入された,実施褒賞の再審査制度の不適用によ
り,初めて本件発明Fについての実施褒賞を受けられなくなったのである
から,本件発明Fに係る相当対価請求権の消滅時効の起算点が,平成9年
9月以前となることはない。
また,PS等に関する褒賞金については,PSが発売された平成6年1
2月3日( 北米については ,平成7年12月 )以降でなければ , 特に顕著

な功績」が明らかにならないのであるから,被告が支払った褒賞金をもっ
て,本件光学ピックアップを通じて独占的に用いられた本件発明Fに対す
る褒賞がされたということはできない。
ウ 原告は,被告に対し,平成18年12月21日到達の書面により,相当
対価支払の催告を行った上,その6か月以内に本件訴訟を提起しているか
ら,本件発明DないしFに関する請求につき,消滅時効が完成する余地は
ない。
第3 争点に対する当裁判所の判断
本件の事案にかんがみ ,まず ,本件発明AないしCに係る対価請求権について ,
争点2(独占の利益の有無)を,次に,本件発明DないしFに係る対価請求権に
ついて ,争点7( 消滅時効の起算点( 消滅時効の抗弁 ) を ,それぞれ判断する 。

1 争点2(独占の利益の有無)について
(1) 総論
勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承
継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払
うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正
前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,
同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めるこ
とができると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号
同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照 )。
そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなく
とも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことか
らすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益
の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の額
ではなく ,当該発明を実施する権利を独占することによって得られる利益 独

占の利益)の額と解すべきである。
本件では ,後記(2)エのとおり ,被告が ,少なくとも競業他者の一部に対し ,
本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ ,原告においては ,
被告が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当
対価算定の根拠として主張している。このような場合においては,使用者等
が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の
競業他者が実施品を製造,販売等を禁止することによって得ることができた
と認められる収益分をもって , その発明により使用者等が受けるべき利益の

額」というべきである。
なお,改正前特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明についての特
許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明
の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,
同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当
該発明をした従業者等において確保できるようにすることを趣旨とする規定
と解される。もっとも,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否
か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる
利益を,その承継時において算定することは,極めて困難であることにかん
がみれば ,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて , そ

の発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することは,
「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同条項の解釈としても当然
許容し得るところというべきである。
そして,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない競業他者に
対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許
権の保有と競業他者の排除との間に因果関係が認められることが必要である
ところ,その存否については,①特許権者が当該特許について有償実施許諾
を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライ
センスポリシー)を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾
をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,②当該特許の
実施許諾を得ていない競業他者が一定割合で存在する場合でも,当該競業他
者が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売している
か,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異
がないか,また,③包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約
等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施
せず代替技術を実施しているか,さらに,④特許権者自身が当該特許発明を
実施しているのみならず,同時に又は別な時期に,他の代替技術も実施して
いるか等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。
(2) 事実認定
ア 本件各発明について
(ア) 本件各発明は ,光ディスク用光学ピックアップに用いられるものであ
るが,当該光学ピックアップは,音楽用CDプレーヤーを初めとする音
響機器,PC,ゲーム機等において,CD,MD,DVD等の様々な記
録媒体の読取り ,記録等のため ,幅広く利用されている 。 甲16ないし

22,24の1,30の1,30の2,乙19,20)
被告及び競業他者等における光ディスク用光学ピックアップの製造,
販売数量を正確に算定するに足りる的確な証拠はないが,ゲームソフト
の記録媒体として,CD−ROM等を利用するPS等に限っても,全世
界で2億台以上が生産,出荷されている 。(甲25)
(イ) 従来 ,光ディスク用光学ピックアップは ,多数の光学部品で構成され
ており,このことが光学ピックアップの小型化,軽量化,耐環境性能の
向上の障害となっていた 。(乙8,9)
レーザーカプラー方式の光学ピックアップの最大の特徴は,光学ピッ
クアップ自体,ひいては,当該光学ピックアップを搭載した製品を,薄
型化,小型化できることにあり,本件各発明は,それに寄与するもので
ある 。(甲2ないし4,32の2,乙21)
被告は,平成3年,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを用い
て,当時,最も薄型であった松下電器産業株式会社(以下「松下電器産
業」という 。)製のCDプレーヤーに比べ3.1mm薄いポータブルCDプレ
ーヤー「 D−J50 」 厚さ14.8mm )を製造 ,販売した 。それ以前に被告

が製造,販売していたポータブルCDプレーヤーに用いられていた光学
ピックアップの厚さは11.8mmであったところ,D−J50に搭載された
光学ピックアップの厚さは7mm,半導体レーザ素子の厚さは1.7mmであっ
た。(甲16ないし18,22(5頁 ),30の2,乙21,弁論の全趣
旨)
PS2に搭載されていたレーザーカプラー方式の半導体レーザ素子
は,1チップでCD用及びDVD用の2波長に対応するものでありなが
ら,外形寸法は7.5mm×6.5mm×2.0mmという小型のものであった 。(甲1
9,20,21の4,32の2,弁論の全趣旨)
(ウ) なお ,競合他者において ,本件各発明が実施されていると認めるに足
りる証拠はない。
イ 本件各発明の代替技術
(ア) 上記第2,1(2)イのとおり,光ディスク用光学ピックアップの光学
系の方式として,レーザーカプラー方式のほか,ディスクリート方式及
びホログラム方式が実用化されている。
(イ) 被告が ,昭和57年10月に ,世界に先駆けて発売したCDプレーヤ
ー1号機である「CDP−101」には,ディスクリート方式の光学ピ
ックアップが搭載されていた。また,被告は,昭和59年に発売したポ
ータブルCDプレーヤー「D−50」においても,ディスクリート方式
の光学ピックアップを採用していた 。(弁論の全趣旨)
被告以外の各メーカーも,薄型化,軽量化を図ったポータブルCDプ
レーヤーを商品化していたが,その光学ピックアップには,引き続きデ
ィスクリート方式が用いられていた( 乙21 ) 例えば ,三洋電機株式会

社は,ディスクリート方式を採用した薄型小型のCD用光学ピックアッ
プの開発に取り組んでおり,昭和63年には,幅31.3mm,長さ42.3mm,
高さ13.0mmの光学ピックアップの開発に成功した(乙15 )。
さらに ,上記第2 ,1(5)アのとおり ,新型PS2には ,ディスクリー
ト方式の光学ピックアップが採用されているが,新型PS2の外形寸法
は ,23cm×15cm×2.8cmと ,従来のPS2( 30cm×17cm×7.8cm)に比べ ,
より薄型化されている 。(乙21)
(ウ) また ,松下電器産業 ,シャープ等は ,光学ピックアップの薄型化 ,小
型化 ,軽量化のため ,ホログラム方式の研究 ,開発を進めていた 。 弁論

の全趣旨)
シャープは,遅くとも平成元年には,ホログラム方式を採用し,耐環
境性能の優れた小型軽量のCD用光学ピックアップ 幅25mm ,
( 長さ48mm,
高さ40mm)を,平成3年には,LD用光学ピックアップ(幅48mm,長さ
60mm,高さ29mm)などを開発した 。(乙8,9)
松下電器産業は,平成9年,厚さ10mmのホログラム方式のDVD用光
学ピックアップを開発した 。(乙20)
(エ) なお ,被告及び競業他者が現在までに製造 ,販売した光学ピックアッ
プにおける各方式の市場占有率については,これを正確に認定するに足
りる証拠はない。
ウ 本件各発明に関するジョイントライセンス契約
証拠(乙24)及び弁論の全趣旨によれば,被告及びフィリップス社が策
定した音楽用CDに関する規格に従った記録媒体及びその記録,再生機器
の製造,販売に関し,被告及びフィリップス社が保有する特許につき,フ
ィリップス社を窓口として他者との間で締結された契約(以下「本件ジョ
イントライセンス契約 」という 。 において ,以下の内容が定められている

ことが認められる。
(ア) 許諾特許については,
ⅰ CDオーディオプレーヤーに関しては,フィリップス社が,ライセ
ンシー及びその子会社に対し,フィリップス社が保有し又は今後取得
する限度で,使用許諾を与える無償の権利を有し又は今後取得するC
Dオーディオプレーヤーに関する特許権であって,最先の出願日又は
最先の出願日と認められる日が昭和58年1月1日より前であるもの
で ,別紙Ⅰ( 省略 )記載の特許権を含むがこれらに限定されない 。 1

条1.21(ⅰ)項)
ⅱ CD−ROMプレーヤーに関しては,上記1.21(ⅰ)項の特許権
に加え,専らCD−ROMプレーヤーに係る発明をカバーする範囲内
においてのみ,かつその限りにおいて,最先の出願日又は最先の出願
日と認められる日が昭和60年1月1日より前である ,別紙Ⅱ 省略 )

記載の特許権 。(1条1.21(ⅱ)項)
(イ) この点につき ,フィリップス社は ,別紙ⅠないしⅣ( 省略 )記載のN.
V.Philips' Gloeilampenfabrieken及びその関連会社 ,又は被告及びその
子会社により保有される特許権を実施許諾する権利を取得していること
を表明する。(2条2.02項)
(ウ) フィリップス社は ,さらに ,ライセンシー及びその子会社に対し ,本
契約時において未だ実施許諾されていない,本件許諾製品(CDオーデ
ィオプレーヤー,CD−ROMプレーヤー等を指す。1条1.19項参
照 。 に付随する発明をカバーする特許権であって ,
) フィリップス社が保
有し又は今後取得する限度で,フィリップス社がライセンシー及びその
子会社に対し ,使用許諾を与える無償の権利を保有し又は今後取得する ,
世界のいかなる国においてであれ最先の出願が昭和57年12月31日
より後にされた特許権に基づき,本件地域において本件許諾製品を製造
し,製造された本件許諾製品を世界のすべての国において使用,販売,
又はその他処分する,非独占的かつ移転不可の実施権を許諾することに
同意する 。2条2 .03項により実施許諾される特許権については , 中

略)2条2.01項による許諾特許の使用に基づいて当然支払うべきロ
イヤリティに加えて,支払うべきロイヤリティの支払がされる必要があ
ることが明示的に了解される 。(2条2.03項)
エ 本件各発明に関するクロスライセンス契約
証拠(乙25)によれば,被告は,平成7年3月31日,国内電機・電
子機器メーカーA社との間で,次の条項を含むクロスライセンス契約(以
下「 本件クロスライセンス契約 」という 。 を締結したことが認められる 。

(ア) 「 契約製品 」とは ,本契約発効時点において ,被告及びA社に共通す
る事業範囲に属する製品をいい,例示として,CDプレーヤー,コンピ
ューター周辺機器( CD ,MD応用装置を含む 。 が含まれるとされてい

る。(1条1項及び添付書類A)
(イ) 「 甲特許 」とは ,被告が本契約有効期間前及び平成11年12月31
日までに第一国出願を行い,単独で所有もしくは将来所有する全世界に
おける特許及び実用新案であって,第三者に対する実施料その他の代償
の支払をすることなしに処分権を有するものをいう 。(1条2項)
(ウ) 被告は ,A社及びその子会社に対し ,本契約の有効期間前及び有効期
間中に ,A社及びその子会社が甲特許を実施した契約製品を製造 ,販売 ,
使用,賃貸その他の処分(A社又はその子会社のために下請けさせる場
合を含む)をするための通常実施権を許諾する 。(2条1項)
(エ) 本契約の有効期間は ,平成7年1月1日から平成11年12月31日
までとする。ただし,被告又はA社は,相手方に対し,有効期間満了の
日の6か月前の該当日の翌日から有効期間満了の日の3か月前の該当日
までの期間に,書面による特段の申し出がない限り,本契約の有効期間
を更に5年間延長する。以後も同様とする 。(7条1項)
第1項の規定にかかわらず,満了日までに出願済み(中略)の甲特許
(中略)に係る第2条規定の通常実施権は,当該甲特許(中略)の権利
存続期間満了日まで有効とする 。(同条3項)
(3) 検討
上記(2)の認定事実及び第2 ,1の前提となる事実によれば ,次のようにい
うことができる。
ア 代替技術について
(ア) 被告と競業する松下電器産業 ,シャープ等の他の電機・電子機器メー
カーは,ディスクリート方式又はホログラム方式の光学ピックアップを
製造,販売している。
他方,被告は,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを採用する
ことにより,平成3年,当時,最も薄型であったポータブルCDプレー
ヤー「D−J50」を製造,販売することができたと認められるが,そ
れ以降,被告が,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを採用する
ことにより,ポータブルCDプレーヤー等の薄型化,小型化を指向する
製品の市場において,競業他者と比較して優位にあることを認めるに足
りる証拠はない。
そして,ディスクリート方式の光学ピックアップを搭載した新型PS
2は,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを搭載したPS2に比
較して,より薄型となっていることなどからすると,ディスクリート方
式及びホログラム方式と本件各発明との間に,光学ピックアップ自体,
ひいては,当該光学ピックアップを採用した製品を,薄型化,小型化で
きるとの作用効果等の面で,顕著な差異が存在すると認めることはでき
ない。
(イ) この点 ,原告は ,本件各発明の特徴として ,薄型化 ,小型化に加え ,
故障率の低下という高信頼性や製造コストの低価格化を挙げるが,本件
各発明を採用した光学ピックアップ及び他の方式を採用した光学ピック
アップの故障率や,製造に要する費用等について,具体的な差異を認め
るに足りる的確な証拠はない 。なお ,乙28ないし30には , シャープ

のホログラムユニットの価格=約290円,本方式のレーザーカプラー
の価格=約200円」との記載があるが,これらは原告を含む本件各発
明の発明者らが記載したものであって,比較の対象となっている具体的
な製品や価格の算定根拠等が明らかでなく,シャープ以外のメーカーの
製品も含めて,製造コストの低下の点においても,顕著な差異が存在す
るとまでは認めることができない。
また,原告は,本件各発明は,不法コピー防止に資する旨を主張する
が,他の方式との間で,不法コピーの防止の程度にいかなる差異が存在
するのかを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) なお ,被告の競業者において ,本件各発明につき実施許諾を得ている
者の具体的な割合等を認定するに足りる証拠はない。
イ ライセンスポリシーについて
上記第2 ,1(2)ア(ア)ないし(カ)のとおり ,本件各発明は ,いずれも昭
和61年以降に出願されたものであるから,本件ジョイントライセンス契
約における「許諾特許」には含まれず,直接的には許諾の対象となってい
ない。
しかしながら,本件各発明は,本件ジョイントライセンス契約が規定す
るCDオーディオプレーヤー,CD−ROMプレーヤー等を製造するため
に必須ではないが,それに付随する発明であると認められるから,本件各
特許は,本件ジョイントライセンス契約2条2.03項に基づき,フィリ
ップス社による実施権許諾の対象となっていたというべきである。
そうすると,本件各特許に関しては,特許権者が当該特許について有償
実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針
( 開放的ライセンスポリシー )が採用されていたと認めるのが相当である 。
ウ 包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結してい
る相手方の実施状況
本件クロスライセンス契約の相手方であるA社が,本件各発明を実施し
ていると認めるに足りる証拠はない。
エ 被告による代替技術の実施状況
被告は,従来から,ディスクリート方式の光学ピックアップを製造,販
売しており,新型PS2には,ディスクリート方式の光学ピックアップが
採用されている
(4) 小括
以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセ
ンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の
間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,
クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められ
ないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考
慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許
の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない。
したがって,被告が,仮に,本件発明AないしCを自己実施しているとし
ても,それらの禁止権の効果により独占の利益を得ているということはでき
ない。
以上のとおり,本件発明AないしCについて,被告に「使用者等が受ける
べき利益の額」が認められないのであるから,これらの発明についての相当
の対価の額も認められず,その余の点について判断するまでもなく,本件発
明AないしCについての相当の対価の支払請求は,いずれも理由がないこと
に帰する。
2 争点7(消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁 ))について
(1) 本件発明DないしFに係る相当対価支払請求の時効消滅について
ア 相当対価支払請求の可否及び根拠
原告は,本件発明D及びEについて特許を受ける権利を被告に承継した
時点で,被告に対する相当の対価の請求権を取得したものであるから,相
当の対価の請求権に関しては,改正前特許法35条3項及び4項が適用さ
れるところ( 平成16年法律第79号附則2条1項 ) 勤務規則等により職

務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,
当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する
条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4
項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定
に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると
解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決
参照 )。
また,原告は,アメリカ合衆国において出願された本件発明Fについて
も,改正前特許法35条3項の類推適用により,被告に特許を受ける権利
を承継させたことによる相当の対価の請求権を取得したものと解され,相
当の対価の額を定めるに当たっても,本件発明D及びEの特許を受ける権
利の承継の場合と同様,改正前特許法35条4項を類推適用すべきである
と解される(最高裁平成16年(受)第781号同18年10月17日第
三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照 )。
イ 消滅時効の起算点
(ア) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定
めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等に
より,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価
の支払を受ける権利を取得する( 改正前特許法35条3項 ) 対価の額に

ついては,勤務規則等により定められる対価の額が同条4項の規定によ
り算定される額に満たない場合は,同条3項に基づき,その不足する対
価の額に相当する対価の支払を求めることができるのであるが,勤務規
則等に対価の支払時期が定められているときは,その定めによる支払時
期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき
法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないとい
うべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対し
て支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時
期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解する
のが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決参
照)。
(イ) これを本件についてみると,上記第2,1(3)イのとおり,本件発明
考案規定には,被告の従業員が職務発明をした場合には,当該発明につ
いて特許を受ける権利を被告に譲渡しなければならないこと(2項(1)),
被告は,当該発明を特許出願した場合には,出願表彰褒賞金を支給する
こと( 4条 ) 被告は ,特許登録された当該発明の実施 ,又は実施許諾に

より,特に顕著な功績が挙がった場合には,1年毎に経営会議において
審査の上 ,褒賞金を支給すること( 5条(1)ないし(3) ) などが定められ

ており,また,昭和61年5月1日の改訂前の発明考案規定では,登録
褒賞金を支払うものとされていた。
そうすると ,本件発明考案規定( 改訂前を含む 。 は ,被告従業員が ,

被告に対し,職務発明について特許を受ける権利を承継した場合に,被
告は,当該従業員に対し,出願褒賞金及び登録褒賞金を支払うこととし
ており,その支払時期は,特許出願時及び特許登録時であるものと認め
られる。
これに対し,いわゆる実績補償については,本件発明考案規定によれ
ば,被告は,特許登録された発明が,実施又は実施許諾され,特に顕著
な功績が挙がった場合に ,経営会議において審査の上 ,褒賞金( 以下「 実
施褒賞金 」という 。 を支給するとされているところ( 5条(1) ) 上記の
) ,
とおり,当該褒賞金の支払時期は,従業者等による実績補償としての相
当対価の請求権の行使を可能とし,また,この請求権の消滅時効の起算
点となるのであるから ,それが , 特に顕著な功績 」という抽象的な基準

や,経営会議における審査といった被告自身の内部の意思決定によって
左右される基準により画されているものと解することは相当でない。そ
して,同規定が,特許登録された発明が実施又は実施許諾された場合を
前提として実施褒賞金を支給すると定めていることに照らすと,従業者
等においては,特許登録された発明が実施又は実施許諾される以前に実
施褒賞金の支給を求めることは困難であり,相当対価の請求権の行使に
つき法律上の障害があるものと認められるが,当該発明が実施又は実施
許諾された場合には,実績補償としての実施褒賞金の請求権の行使が可
能となるものというべきであり ,その実施褒賞金の支払時期については ,
被告において,本件各特許の実施による利益を取得することが可能とな
り,実施褒賞金を支払う可能性が出てきた時点,すなわち,特許権の設
定登録時,当該発明の実施又は実施許諾時のうち,いずれかの遅い時点
と解するのが相当である。
(ウ) そこで,上記の各時点につき検討するに,上記第2,1(2)アによれ
ば,本件発明DないしFは,米国において,平成元年10月10日,平
成2年1月9日及び平成5年1月19日に,それぞれ設定登録されたこ
とが認められる。
これに対し,本件発明DないしFの実施又は実施許諾がされた具体的
な時期を認めるに足りる的確な証拠はないが(なお,原告が,本件各発
明が実施されていると主張するポータブルCDプレーヤー D−J50 」

( 上記第2 ,3(2)【 原告の主張 】イ(ア)参照 )は ,平成3年に発売され
ている。甲16ないし18,22(5頁 ),30の2,乙21 ),上記第
2 ,1(4)エないしカによれば ,被告は ,原告に対し ,本件発明D及びE
の実施褒賞金として,平成4年6月8日以前に●(省略)●円を,本件
発明Fの実施褒賞金として ,平成6年7月7日以前に●( 省略 )●円を ,
それぞれ支払ったことが認められるところ,これらの実施褒賞金の支払
が被告における発明の実施又は実施許諾と関わりなく行われたとの主張
はなく,また,これを認めるに足りる証拠もないから,少なくとも上記
各支払期日までの間に本件発明DないしFの実施又は実施許諾が行われ
たものと推認され,したがって,本件発明考案規定に基づく本件発明D
ないしFの実施褒賞金の支払時期は,各支払日以前であったというべき
である。
そして,本件発明DないしFの実施褒賞金についての消滅時効は,上
記各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払の時点から,再び進行を開
始したものといえる。
そうすると,上記各支払の時点から,原告が,被告に対し,本件発明
DないしFの実施褒賞金の支払を催告した平成18年12月21日ま
で,10年以上経過していることが明らかであるから,各支払請求権に
つき消滅時効が完成しているものと認められる。
ウ したがって,本件発明DないしFについての相当対価支払請求権は,時
効により消滅したというべきである。
(2) 原告の主張について
ア これに対し ,原告は ,本件発明考案規定は ,表彰に当たり「 国内 」と「 外
国」とを明確に区別しているから,国内出願についての実施褒賞金の支払
時期は,本件発明D及びEの我が国における登録日以降の日である平成9
年9月26日であると主張する。
確かに ,上記第2 ,1(3)イのとおり ,本件発明考案規定においては ,出
願褒賞について , 国内 」と「 外国 」とが明確に区別されているが( 4条 )
「 ,
実施褒賞については,これらを区別する規定が何ら設けられておらず(5
条 ) 複数出願につき ,1発明に関して ,日本国以外に出願する場合には ,

各国に対するいかなる出願をも1つの単位とみなし,その単位に対し1個
の表彰をする( 6条(3))と定められていることからすると ,実施褒賞金の
支払は,日本国特許及び外国特許を区別することなく,一体のものとして
行う趣旨であると解するのが相当である。
イ また,原告は,本件発明Fにつき,権利が満了する時期まで,顕著な功
績の有無は確定できず,最後の実施褒賞の有無も確定し得ないところ,平
成9年の発明考案規定改定によって導入された再審査制度の不適用によ
り,実施褒賞を受けられないことが確定したのであるから,相当対価請求
権の消滅時効の起算点が ,平成9年9月以前となることはないと主張する 。
しかしながら ,上記(1)アのとおり ,職務発明について特許を受ける権利
を使用者等に承継させた場合に,従業員等が取得する相当対価請求権は,
その承継の時に発生するものであり,その相当の対価の額は,相当対価請
求権の発生時において,客観的に見込まれる利益の額として「使用者等が
受けるべき利益の額 」を算定することによって決定し得るものであるから ,
原告の上記主張は,その前提において誤りがあるというべきである。
また,仮に,原告が主張するように,特許権が満了する時期まで顕著な
功績の有無が確定できず,実施褒賞金請求権の消滅時効が起算されないと
することは,すなわち,その時期まで従業者等が実施褒賞金を請求できな
いことを意味するのであって,従業者等にとってかえって不利益な状況と
なり得るのであるから,勤務規則等に明確な定めがある場合にのみそのよ
うな解釈が可能となると解すべきところ,本件発明考案規定には,そのよ
うな規定が設けられていないことは明らかである。
そして,発明考案規定の改定による再審査制度の不適用などの被告内部
の意思決定によって,原告による実施褒賞金の請求が可能となると解する
のが不合理であることは ,上記(1)イ(イ)のとおりであるから ,この時点を
もって消滅時効の起算点とすることも相当でない。
ウ したがって,この点についての原告の主張は,いずれも採用することが
できない。
(3) 小括
よって,その余の点について判断するまでもなく,本件特許DないしFに
ついての相当の対価の支払請求は,いずれも理由がないことに帰する。
第4 結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないので,これらを棄却することと
し,訴訟費用の負担につき ,民事訴訟法61条を適用して ,主文のとおり判決する 。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清 水 節
裁判官 國 分 隆 文
裁判官間明宏充は,海外留学のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 清 水 節
別紙

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