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平成25(ワ)25813特許権侵害差止請求事件

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裁判所 認容 東京地方裁判所
裁判年月日 平成26年9月25日
事件種別 民事
当事者 被告ヤーマン株式会社上田望美
原告株式会社MTG
対象物 美容器
法令 特許権
特許法36条6項1号1回
特許法29条2項1回
特許法29条1項2号1回
キーワード 実施23回
特許権16回
進歩性14回
新規性11回
無効9回
無効審判3回
侵害2回
刊行物2回
差止2回
主文 1 被告は,別紙被告製品目録記載1ないし3の美容用ローラーを製造し,販売し,販売のために展示してはならない。
2 被告は,前項記載の美容用ローラー及びその製造のための金型を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 本件は,発明の名称を「美容器」とする特許権(以下「本件特許権」とい う。)を有する原告が,被告による別紙被告製品目録記載1ないし3の美容 用ローラー(以下「被告各製品」と総称する。)の製造販売等が本件特許権 の侵害に当たると主張して,被告に対し,被告各製品の製造,販売及び販売 のための展示の差止め並びに被告各製品及びその製造のための金型の廃棄を 求めた事案である。

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判決文

平成26年9月25日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成25年(ワ)第25813号 特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日 平成26年6月26日
判 決
名古屋市<以下略>
原 告 株 式 会 社 M T G
同訴訟代理人弁護士 櫻 林 正 己
同訴訟代理人弁理士 恩 田 誠
同補佐人弁理士 恩 田 博 宣
小 林 徳 夫
東京都江東区<以下略>
被 告 ヤ ー マ ン 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 小 川 憲 久
上 田 望 美
西 本 政 司
塚 本 鳩 耶
同補佐人弁理士 新 保 斉
主 文
1 被告は,別紙被告製品目録記載1ないし3の
美容用ローラーを製造し,販売し,販売のため
に展示してはならない。
2 被告は,前項記載の美容用ローラー及びその
製造のための金型を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,発明の名称を「美容器」とする特許権(以下「本件特許権」とい
う。)を有する原告が,被告による別紙被告製品目録記載1ないし3の美容
用ローラー(以下「被告各製品」と総称する。)の製造販売等が本件特許権
の侵害に当たると主張して,被告に対し,被告各製品の製造,販売及び販売
のための展示の差止め並びに被告各製品及びその製造のための金型の廃棄を
求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨
により容易に認められる事実)
(1) 原告及び被告は,いずれも,美容器具,化粧品の製造販売等を目的とす
る株式会社である。
(2) 原告は,次の本件特許権を有している。
特許番号 第5356625号
発明の名称 美容器
原出願日 平成23年11月16日(特願2011-250916)
出 願 日 平成25年6月20日(特願2013-129765)
登 録 日 平成25年9月6日
(3)ア 本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである
(以下,この発明を「本件発明」と,その特許を「本件特許」という。
また,本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書及び図面を「本
件明細書」という。)。(甲8)
「 ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸
線を中心に回転可能に支持した美容器において,往復動作中にボールの
軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハン
ドルの中心線に対して前傾させて構成し,一対のボール支持軸の開き角
度を40~120度,一対のボールの外周面間の間隔を8~25mmと
し,ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移
動させることにより肌が摘み上げられるようにしたことを特徴とする美
容器。」
イ 本件特許権の特許出願当時における特許請求の範囲の請求項1に記載
された発明は,上記アの請求項の記載のうち下線部を除くものであった。
これに対し,特許庁は,平成25年7月2日,出願に係る発明がその出
願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に
より容易に推考することができたものであるとして,拒絶理由通知(以
下「本件拒絶理由通知」という。)をした。本件特許は,原告が本件拒
絶理由通知に対して同年8月2日付けで意見を述べるとともに上記下線
部を付加する旨の手続補正をした結果,同月27日付けで特許査定され
るに至ったものである。(甲3~6)
(4) 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要
件を「構成要件A」などという。)。
A ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸
線を中心に回転可能に支持した美容器において,
B 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるよう
に,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,
C 一対のボール支持軸の開き角度を40~120度,
D 一対のボールの外周面間の間隔を8~25mmとし,
E ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動
させることにより肌が摘み上げられるようにしたことを特徴とする
F 美容器。
(5) 被告は,平成25年3月25日頃から被告製品目録記載1及び2の美容
ローラーの,同年4月初頭から同目録記載3の美容ローラーの製造販売を
している。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
原告が,被告各製品の構成は別紙被告各製品の構成目録に記載のとおりであ
り,本件発明の各構成要件を充足してその技術的範囲に属すると主張するのに
対し,被告は,① 同目録中の「ボール」,「ボール保持部」及び「ボール保
持軸」がそれぞれ「楕円ローラ」,「ローラ保持部」及び「ローラ保持軸」と,
② 同目録4項の「ボール保持軸の軸線を中心として」が「楕円ローラの軸線
からずれた位置に設けられたローラ保持軸の軸線を中心として」と,③ 同8
項の「肌が摘み上げられる」が「肌の摘み上げとその開放が周期的に繰り返さ
れる」と改められるべきであるとした上で,被告各製品は本件発明の構成要件
A,B,D及びEを充足せず,その作用効果を奏しないので本件発明の技術的
範囲に属しないと反論するとともに,本件特許には無効理由があるので本件特
許権の行使は認められないと主張している。
上記①については,被告各製品に,別紙被告各製品の構成目録の図面に記載
のとおり,肌に押し当てられて回転する部材並びにその保持部及び保持軸が設
けられていることに争いはなく,部材の名称の問題にとどまる。②については,
被告各製品の上記部材は偏芯回転するものであるから,被告の主張のとおり,
その保持軸は上記部材の中心とずれた位置にあると認められる。③については,
構成要件Eの該当性及び作用効果に関する原告の主張を争うものである。
そうすると,本件の争点は,(1) 被告各製品が本件発明の構成要件A,B,
D及びEを充足し,作用効果を奏するものとして,その技術的範囲に属する
か,(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかと整理する
ことができる。争点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。
(1) 被告各製品の本件発明の技術的範囲への属否
(原告の主張)
以下のとおり,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属する。
ア 構成要件Aについて
本件発明の特許請求の範囲の文言上,本件発明の「ボール」は「真球
状」のものに限定されておらず,そればかりか,本件明細書には断面楕
円形状も含む旨が明記されている。また,構成要件Aの「一軸線」とは,
一軸線を中心に回転可能に「支持した」との文言から明らかなように,
ボールを回転させる際の中心となる回転軸の軸線を意味する。
被告各製品は,楕円球状の「ボール」が偏芯回転するように支持軸が
設けられ,「ボール」が支持軸を中心として回転可能に支持されている
から,構成要件Aを充足する。
イ 構成要件Bについて
「ボールの軸線」も構成要件Aの「一軸線」と同様に解すべきである。
本件明細書の記載内容からしても,本件発明の効果が生じるのは「ボー
ルの支持軸の軸線」が前傾していることによるものである。
被告各製品は,ハンドルのボールの保持部にボール保持軸がハンドル
の中心線に対して前傾した状態で固定されているから,ボールの軸線は
「肌面に対して一定角度を維持できる」ものであり,構成要件Bを充足
する。
ウ 構成要件Dについて
構成要件Dは,一対のボールの外周面間の間隔を8~25mm「と
し」とするものであり,8~25mm「で固定し」ではない。被告各製
品は,一対のボールの外周面間の間隔が8.9~11.8mmの範囲で
可変となるものであるから構成要件Dを充足する。
エ 構成要件Eについて
被告各製品は,「ボール」が偏芯回転することにより,肌面の摘み上
げあるいは押圧が連続して発揮され,周期的にその強さが変化するが,
肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返すものではない。被告各製
品は,「肌が摘み上げられるようにした」ものであり,構成要件Eを充
足する。
オ 作用効果について
被告各製品は本件発明の構成要件を全て充足するから,被告各製品は
本件発明の作用効果を有する。
(被告の主張)
以下のとおり,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属しない。
ア 構成要件Aについて
本件明細書に記載された先行技術,本件明細書に開示された本件発明
の構成,効果及び実施例からすれば,本件発明の「ボール」とは,断面
真円状の真球状のボールを意味し,一見して明らかな長球に該当するも
の,例えば身近に存在する長球の典型例であるラグビーボール形状のも
のは該当しない。また,構成要件Aの「一軸線」は,当該立体の中心を
通る中心線と解すべきであり,本件発明の実施例における具体的な部品
としての軸を意味するものではない。
被告各製品は,断面楕円形状でラグビーボール形状の楕円ローラを,
断面楕円形状の長軸(楕円ローラの中心線)からずれた線をローラ保持
軸の軸線としてこれを中心に偏芯回転するから,「ボール」を「一軸線
を中心に回転可能に支持した」ものとはいえず,構成要件Aを充足しな
い。
イ 構成要件Bについて
構成要件Bの「ボールの軸線」も,構成要件Aの「一軸線」と同様に
解すべきであり,本件発明における肌に対する押圧効果と摘み上げ効果
という作用効果を発揮するのは「ボール」そのものであるから,ハンド
ルに対して一定角度を維持することに意味があるのは「ボール」の中心
軸である。
被告各製品は,楕円ローラの中心線と楕円ローラの保持軸の中心線が
一致しないため,楕円ローラの中心線のハンドルに対する角度は固定さ
れないから,楕円ローラの中心線が肌面に対して「一定角度を維持」す
ることはなく,構成要件Bを充足しない。
ウ 構成要件Dについて
本件明細書には,往復運動中にボールの外周面間の間隔を可変とする
構成は開示されていないから,構成要件Dの「ボール外周面間の間隔」
とは,往復運動中における間隔が固定されたものを意味するというべき
である。
被告各製品の楕円ローラの外周面間の間隔は,往復運動中に8.9m
m~11.8mmの幅で可変であるから,構成要件Dを充足しない。
エ 構成要件Eについて
被告各製品は,楕円ローラの軸線を楕円ローラ保持軸の軸線に対して
円錐状に偏芯回転させる構成を有しており,これにより肌面の摘み上げ
とその開放を周期的に繰り返すから,構成要件Eを充足しない。
オ 作用効果について
被告各製品は,楕円ローラの偏芯回転という構成を取ることにより,
肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返し,肌に対して揉むような
刺激を与えるという本件発明とは異なる作用効果を生じさせるものであ
る。したがって,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属しない。
(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
(被告の主張)
ア 新規性の欠如
本件発明は,以下のとおり,その出願前に公然と実施され,又は刊行
物に記載されていた発明と同一であるから,新規性を欠き,特許を受け
ることができない(特許法29条1項2号,3号)。
(ア) 韓国のSolride21社は,本件特許の出願前である平成2
2年3月当時,本件発明の構成要件の全てを充足する「SkinPu
ll」という商品名の美容器(乙15,検乙1。以下「SkinPu
ll」という。)を販売していた。SkinPullの構成及び作用
効果並びに販売時期については,インターネットサイトの掲載内容そ
の他被告の調査結果(乙11の1~4,12,13,14の1及び2,
15,16,22の1及び2,23,25の1~3)から明らかであ
る。
(イ) 本件特許の出願前に頒布され,本件拒絶理由通知に引用された文
献である登録実用新案第3159255号公報(乙3),特開200
9-142509号公報(乙5),米国特許出願公開2007/00
83135号明細書(乙8),特許第3082065号公報(乙9)
及び登録実用新案第3154738号公報(乙10)には,一対のボ
ールの支持軸の開き角度を40~120度とする旨の記載がある。こ
れらの文献には,ローラの外周面間の間隔は明記されていないものの,
美容用ローラの使用目的から考えてこの間隔を8~25mmとするも
のを当然に含んでいるといえる。したがって,これらの文献だけを考
慮しても,本件発明には新規性が認められない。
(ウ) 本件特許権の出願前に意匠登録され,その実施品が雑誌に掲載さ
れた美容用ローラ「バウンズローラ」(意匠登録第1374521号。
乙17の1~5。以下「乙17美容器」という。)は,ボール支持軸
の開き角度は135度であるが,ボールの外周面間の間隔は23mm
である。また,上記同様の美容用ローラ「ソフィル・イー」(意匠登
録第1424182号。乙18の1~4。以下「乙18美容器」とい
う。)は,ハンドルの基端から先端方向に移動させることにより肌が
摘み上げられるように構成したものであるが,ボール支持軸の開き角
度は60度,ボールの外周面間の間隔は20mmであり,本件発明の
数値範囲に含まれる。さらに,大韓民国意匠登録第30-04086
23号公報(乙19。以下「乙19文献」という。)には,本件発明
のうち数値限定以外の構成要件が記載されている。これらの文献等に
よれば,本件発明は新規性を欠くというべきである。
イ 進歩性の欠如
(ア) 本件特許権は,進歩性を欠く旨の本件拒絶理由通知を受けた後,
原告がボール支持軸の開き角度及びボール外周面間の間隔の数値を限
定する補正を行い,その数値範囲に特段の効果があるかのように主張
したことにより,特許査定されるに至ったものである。なお,本件発
明のうち数値限定以外の構成要件は乙19文献に記載されており,ま
た,乙18美容器の開き角度及び外周面間の間隔は本件発明の数値限
定に含まれる。
そうすると,本件発明が進歩性を有するというためには,数値範囲
の内外において異質な効果,又は同質であるが際だって優れた効果が
あると認められなければならない。ところが,原告が実施した官能評
価は,評価者が「良い」と感じるかどうかを基準とするものであり,
その方法自体極めてあいまいなものである上,その結果をみても,開
き角度の40度ないし120度,外周面間の間隔の8mmないし25
mmという数値に臨界的意義は認められず,上記数値範囲の内外で異
質な効果又は優れた効果があることは示されていない。したがって,
本件発明に進歩性は認められない(特許法29条2項)。
(イ) 本件拒絶理由通知で引用された前記ア(イ)の各文献から本件発明
の新規性が否定されないとしても,本件発明の構成要件の一部を充足
する発明が開示されている以上,当業者がこれらに基づいて本件発明
に想到することは容易であり,進歩性が否定されるべきである。
(ウ) 乙18美容器は,原告の出願に係る発明(数値限定を行う前のも
の)との共通性が極めて高い。また,乙19文献には,数値限定以外
の本件発明の構成要件を全て充足する美容用ローラが記載されている。
本件特許権の出願前にこれらが存在したこと自体,原告の出願に係る
発明が当業者であれば容易に想到できたことを裏付けるものである。
ウ 記載要件(サポート要件)違反
本件発明の特許請求の範囲にはボール支持軸の開き角度が40~12
0度,ボール外周面間の間隔が8~25mmと記載されているが,本件
明細書の発明の詳細な説明の欄には,直径40mmの真球状のボールに
おいて,美容器の側方投影角度を97度,外周面間の間隔を11mmと
する実施例についての官能評価しか開示されておらず,支持軸の開き角
度又はボールの外周面間の間隔以外の諸条件を変更した場合に本件発明
の作用効果が得られるかどうかは不明である。
したがって,本件発明は,明細書に開示された範囲を超えて特許請求
されたものとして,特許法36条6項1号の要件を満たさず,無効であ
る。
なお,上記の記載要件違反の主張が認められず,本件特許が有効であ
るとした場合には,ボールの直径及びボールの軸線のハンドルの中心線
に対する前傾角度は上記40mm及び97度のもののみを意味すると解
すべきであるが,被告各製品はそのような構成を有しないから,本件発
明の技術的範囲に属しないことになる。
(原告の主張)
被告の主張は,以下のとおり,いずれも失当である。
ア 新規性の欠如について
(ア) SkinPullの販売時期に関して被告の提出する証拠は信用
性に乏しく,本件特許権の出願前に市販され,公然実施されていた事
実は認められない。
(イ) その他の文献に関する被告の主張は,各文献等に本件発明の構成
要件の一部が断片的に開示されているというものにすぎず,新規性欠
如の主張として失当である。
イ 進歩性の欠如について
(ア) 本件発明はマッサージ等に使用する美容器に関するものであり,
使用感を評価しようとする場合,その評価は主として使用者の主観に
委ねられるから,評価者個人が使用した際の官能評価として「良い」
か否かで判断することに問題はない。本件発明におけるボール支持軸
の開き角度及びボール外周面間の間隔の数値範囲は,本件明細書の実
施例に記載された官能評価から明らかなとおり,使用者の評価に基づ
くものであって,本件発明に進歩性の欠如はない。
(イ) 被告は,本件拒絶理由通知で引用された文献や乙18美容器及び
乙19文献に基づく進歩性欠如の主張もするが,これらと本件発明と
の相違点及び相違点の容易想到性につき具体的な主張はない。また,
補正前の発明と対比しても意味がない。
本件発明は,特許請求の範囲に記載のボール支持軸の開き角度や外
周面間の間隔,ハンドルの先端から基端方向に移動させることにより
肌が摘み上げられるといった構成を具備することにより使用感の良い
美容器を実現したものであり,これらの文献から本件発明を容易に想
到することができたとはいい得ない。
ウ 記載要件(サポート要件)違反について
本件明細書は,58の実施例により,ボール支持軸の開き角度及びボ
ール外周面間の間隔について適宜の構成を選択した多数の実験例を示し
ている。これらの記載から,当業者は,本件発明の構成が本件明細書に
記載されており,本件発明の課題が解決されると認識することができる
から,本件特許につき記載要件の違反はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告各製品の本件発明の技術的範囲への属否)について
(1) 被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するとの原告の主張に対し,被
告は,被告各製品が特許請求の範囲にいう「ボール」(構成要件A,B,
D,E),「一軸線」(同A),「一定角度を維持」(同B),「外周面
間の間隔」(同D)及び「肌が摘み上げられる」(同E)の各構成を備え
ず,本件発明の作用効果を奏しない旨主張するので,以下,検討する。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,以下の趣旨の記載があると認
められる。(甲8)
ア 技術分野(段落【0001】)
本件発明は,ハンドルに設けられたマッサージ用のボールによって顔,
腕等の肌をマッサージすることにより,血流を促したりするなどして美
しい肌を実現することができる美容器に関するものである。
イ 従来技術及びその課題(段落【0002】~【0006】)
従来,この種の美容器が種々提案されており,例えば,特開2009
-142509号公報に開示された美肌ローラは,柄と,該柄の一端に
設けられた一対のローラとを備え,ローラの回転軸が柄の長軸方向の中
心線とそれぞれ鋭角をなし,さらに,一対のローラの回転軸のなす角度
が鈍角をなすように設定されている。
しかしながら,かかる美肌ローラには,① 柄の中心線と両ローラの回
転軸が一平面上にあることから,美肌ローラの柄を手で把持して両ロー
ラを肌に押し当てたとき,肘を上げ,手先が肌側に向くように手首を曲
げて柄を肌に対して直立させなければならず,操作性が悪い上に,手首
角度により肌へのローラの作用状態が大きく変化するという問題,② 各
ローラが楕円筒状に形成されていることから,ローラを一方向に押した
ときに肌の広い部分が一様に押圧され,逆方向に引いたときに両ローラ
間に位置する肌がローラの長さに相当する領域で引っ張られることから
強く挟み込まれ難いため,毛穴の開きや収縮が十分に行われず,毛穴の
汚れを綺麗に除去することができず,さらに,楕円筒状のローラが肌に
線接触して肌に対する抵抗が大きく,動きがスムーズでなく,しかも移
動方向が制限されやすいため,操作性が悪いという問題があった。
本件発明は,このような問題点に着目してされたものであり,その目
的は肌に対して優れたマッサージ効果を奏するとともに,肌に対する押
圧効果と摘み上げ効果とを顕著に連続して発揮することができ,かつ,
操作性が良好な美容器を提供することにある。
ウ 課題解決のための手段及び本件発明の効果(段落【0007】~【0
009】)
上記課題を解決するため,本件発明は,特許請求の範囲に記載の構成
を採用したものであり,① 美容器の往復動作中にボールの軸線が肌面に
対して一定角度を維持できるようになっていることから,ハンドルを把
持して一対のボールを肌に当てるときに手首を曲げる必要がなく,手首
を真直ぐにした状態で,美容器を往動させたときには肌を押圧すること
ができるとともに,美容器を復動させたときには肌を摘み上げることが
できるという効果を有し,② 肌に接触する部分が筒状のローラではなく,
真円状のボールで構成されていることから,ボールが肌に対して局部接
触し,ボールが肌の局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用すること
ができるとともに,肌に対するボールの動きをスムーズにでき,移動方
向の自由度も高いという効果を有する。
(3) 以上を踏まえ,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かにつ
いて検討する。
ア 「ボール」について
(ア) 被告各製品において肌に押し当てられて回転する部材(原告が
「ボール」と,被告が「ローラ」と称するもの)は,別紙被告各製品
の構成目録添付の図面のとおり,断面が楕円状の縦長のものであると
ころ,被告が特許請求の範囲にいう「ボール」は真球状のものに限ら
れると主張するのに対し,原告は楕円球状のものを含むと主張する。
(イ) そこで判断するに,「ボール」の語の通常の意味は「球又は球状
のもの」であり,「球」とは「丸い形,丸いもの」をいうが(広辞苑
〔第6版〕2577頁,710頁参照),ラグビーボールのような楕
円球や長球も「ボール」と呼ばれることがある。また,本件発明の
「ボール」は支持軸を介してハンドルに取り付けられるので,その構
成上,取付部分は切り欠かれ,真球とはなり得ないものである。
このように特許請求の範囲の文言上は真球状のものに限定されるか
定かでないので,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考
慮すると,本件発明が「ボール」を採用したのは,従来技術における
楕円筒状のローラには,毛穴の汚れを綺麗に除去することができず,
操作性も悪いという課題(前記(2)イ②)があったので,これを解決す
るため,筒状のローラにおけるように幅を持った直線部分が肌に接触
するのではなく,肌に対して局部接触するようにしたものである。そ
うすると,「ボール」というためには,肌と接触する部分が局部接触
可能な程度に曲率半径を持ったものであれば足り,その全体が真球状
であることを要しないと解することができる。
以上の解釈は,本件明細書(甲8)に実施例として「ボール」の形
状をバルーン状,断面楕円形状,断面長円形状等に変更することがで
きる旨記載されていること(段落【0050】,【0052】,図8
及び9)からも裏付けられる。
(ウ) 証拠(甲7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品
において肌に押し付けられる部材は,別紙被告各製品の構成目録の図
A~C,G及びHに記載のとおり,円筒状ではなく,真円形状に近い
曲率半径を有しており,これを肌に当てて移動させた場合,断面楕円
の短軸部分の表面上に設けられた帯状の部分を中心とした局部におい
て肌に接し,その局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用すること
ができる輪郭形状となっていることが認められる。そうすると,上記
部材は,局部において肌と接触する丸い形状を有していると認められ
るから,特許請求の範囲にいう「ボール」に相当するということがで
きる。
イ 「一軸線」について
(ア) 構成要件Aに係る特許請求の範囲の記載は,「一対のボールを,
相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持」するとい
うものであるから,その文言上,「一軸線」が,ボールが回転する際
に中心となる回転軸を意味することが明らかである。
これに対し,被告は,回転軸とボールの中心を通る線が異なる場合
には,後者が「一軸線」である旨主張するが,特許請求の範囲の記載
に反するばかりでなく,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみて
も被告の主張の根拠となるべき記載は見当たらない。したがって,被
告の上記主張を採用することができない。
(イ) 被告各製品における上記「ボール」に相当する部材は,証拠(甲
7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,ハンドルに設けられた一
対の支持軸に,支持軸を中心に回転可能な状態で支持されている。
したがって,被告各製品は,「ボール」を「一軸線」を中心に回転
可能に支持したものとして,構成要件Aを充足すると認められる。
ウ 「一定角度を維持」について
(ア) 本件発明は「ボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できる
ように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し
た」ものであるところ,「ボールの軸線」の意義につき,原告はボー
ルの回転軸である旨,被告はボールの中心を通る線である旨主張する。
(イ) そこで判断するに,「軸線」という文言自体が回転する際の
「軸」を意味する上,特許請求の範囲には「ハンドルの中心線」との
記載があり,被告主張のように解釈すべきものとすれば「ボールの中
心線」と記載されたと考えられる。
また,本件発明は,従来技術の美容器においては,柄の中心線とロ
ーラの回転軸が同一平面上にあることから,操作性が悪い上,手首角
度により肌への作用状態が大きく変化するという課題(前記(2)イ①)
があったので,これを解決するため,ボールの軸線をハンドルの中心
線に対して前傾させる構成という構成(構成要件B)を採用したもの
である。
そうすると,構成要件Bにいう「ボールの軸線」は,ボールの中心
線ではなく,ボールの回転軸を意味すると解するのが相当である。
(ウ) これに対し,被告は,本件発明の肌に対する押圧効果及び摘み上
げ効果を発揮するのはボールそのものであるから,ハンドルに関して
一定角度を維持することに意味があるのはボールの中心軸であると主
張するが,以上に説示したところに照らし,採用することができない。
(エ) 証拠(甲7,9,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品
の上記「ボール」に相当する部材は,ハンドルの中心線に対し前傾さ
せて設けられた保持軸に軸着され,この保持軸を軸として回転するよ
うに構成されており,同部材を肌に押し付けて被告各製品を往復動作
させると,この保持軸は肌面に対して一定角度に維持されることが認
められる。
したがって,被告各製品は構成要件Bを充足するということができ
る。
エ 「外周面間の間隔」について
(ア) 被告各製品の上記「ボール」に相当する一対の部材は,それぞれ
偏芯回転し,外周面間の間隔が最小8.9mm,最大11.8mmの
範囲で変動するものであるところ,原告が構成要件Dの「8~25m
m」の範囲で可変なものも技術的範囲に含まれると主張するのに対し,
被告は固定されたものに限られる旨主張する。
(イ) そこで判断するに,特許請求の範囲の文言上,ボールの外周面間
の間隔は「8~25mm」という幅を持ったものとして規定されてお
り,ボールの軸線に関しては往復運動中に「一定角度を維持」すると
されているのに対し,上記間隔について一定に維持するとの限定はな
い。
また,本件明細書(甲8)には,発明の実施形態に関して,ボール
の外周面間の間隔は,肌の摘み上げを適切に行うため,好ましくは8
~25mmであり,この間隔が8mmに満たないときは摘み上げ効果
が強く作用しすぎて好ましくなく,25mmを超えるときは肌を摘み
上げることが難しくなって好ましくない旨の記載があり(段落【00
21】),これによれば,外周面間の間隔が上記数値の範囲にあれば
好ましい肌の摘み上げ効果が奏されるのであって,これが変動した場
合に上記効果が失われることをうかがわせる証拠はない。
そうすると,被告の上記主張を採用することはできず,被告各製品
は構成要件Dを充足すると判断することが相当である。
オ 「肌が摘み上げられる」との構成及び作用効果について
(ア) 被告は,被告各製品はローラの外周面間の間隔が変動するという
構成により肌面の摘み上げとその開放を周期的に繰り返すので,構成
要件Eを充足せず,本件発明の作用効果を奏しない旨主張する。
(イ) そこで判断するに,本件発明の美容器は,特許請求の範囲の記載
のとおり,ハンドルに一対の支持軸を設けてこれにボールを回転可能
に取り付け,支持軸をハンドルの中心線に対して前傾させ,かつ,そ
の開き角度を40~120度に構成したものであり,ボールの外周面
を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させると,一対
のボールに挟まれた部分の肌は,上記の構成から必然的に,ボールの
外周面間の間隔により摘み上げる力の強弱はあるものの,ボールの回
転に伴って摘み上げられることになる。そして,被告各製品は上記ア
~エのとおり本件発明と同様の構成を有するものであるから,ハンド
ルの先端から基端方向に移動させると,外周面間の間隔の変動により
摘み上げる力が変化するとしても,肌は摘み上げられるものと認めら
れる(甲9参照)。
したがって,被告各製品は構成要件Eを充足し,かつ,本件発明の
作用効果(前記(2)ウ)を奏すると認めることができる。
(ウ) これに対し,被告は,被告各製品は肌面の摘み上げとその開放を
周期的に繰り返すことにより本件発明と異なる作用効果を有する旨主
張する。しかし,ローラの中心位置と回転軸の位置を偏心させること
により,被告各製品が本件発明にみられない作用効果を有するとして
も(乙20,21参照),被告各製品が本件発明の構成要件を全て充
足し,その作用効果を奏する以上,他の作用効果をも有することをも
って本件発明の技術的範囲に属しないということはできない。
(4) 以上によれば,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属すると認められ
る。
2 争点(2)(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)につい

(1) 新規性の欠如について
ア SkinPullに基づく主張について
被告は,SkinPullが本件特許権の出願前に韓国のSolri
de21社により製造販売されていたことを前提に,本件発明が新規性
を欠く旨主張し,その根拠として,同社代表者作成の陳述書(乙11の
1及び2)及び被告補佐人弁理士作成の報告書(乙23)のほか,① 2
010年(平成22年)3月12日に同社がSkinPullを仕入れ
たことを示す仕入帳簿(乙11の3),② 同年5月24日にSkinP
ullを購入した者があることを示す韓国のインターネットサイト(乙
12,13。閲覧日は平成25年11月17日)及びSkinPull
を販売する他社のインターネットサイト(乙22の1及び2。閲覧日は
平成26年3月18日),③ SkinPullのパッケージデザインの
画像ファイルの作成日付が2010年2月26日であると表示するSo
lride21社のパソコンのモニタの写真(乙25の1~3)を提出
する。
そこで判断するに,上記①の帳簿については,証拠(甲14,乙11
の3)及び弁論の全趣旨によれば,同社の平成22年1月7日~平成2
3年5月17日の間の計45回の取引に関するものであり,平成22年
3月12日~5月20日の間に計6回のSkinPullの購入,同年
6月4日にSkinPullの代金の支払があった旨の記載があると認
められるが,いずれも金額の記載はなく,また,その余の取引について
はそのほとんどが支払,修理費,宅配費等の費目が記載されるのみで,
具体的な内容の記載はない。このような記載状況に照らすと,上記帳簿
にSkinPullの取引が正確に記録されていると認めることは困難
である。
②のインターネットサイトについては,いずれも閲覧されたのは本件
特許権の出願後であり,出願前にSkinPullを販売するインター
ネットサイトが存在したことや,被告が閲覧したページが出願前から修
正されていないことをうかがわせる客観的証拠の提出はない。
③の画像ファイルについては,パソコンのモニタ上にファイルの作成
日付として表示されているにとどまり,これのみでは実際のファイルの
作成日は不明であるというほかない。
以上によれば,被告の提出する証拠を総合しても,SkinPull
が本件特許権の出願前に製造販売されていたとは認められないから,こ
れに基づく新規性欠如の主張を採用することはできない。
イ その他の文献等に基づく主張について
被告が引用する文献等のうち,本件拒絶理由通知に引用されたもの
(乙3,5,8~10)に本件発明の構成要件Dの外周面間の間隔に関
する構成の開示がないこと,乙17美容器のボール支持軸の開き角度は
135度であって構成要件Cの範囲外であること,乙18美容器は構成
要件Eと異なり基端から先端方向に移動させることにより肌が摘み上げ
られること,乙19文献に構成要件C及びDの数値限定の記載がないこ
とは,被告が自ら認めるところである。また,被告は,上記文献等のい
ずれかが本件発明の構成要件の全てを実質的に充足することについて何
ら具体的な主張をしていない。したがって,上記文献等により新規性を
欠くとの被告の主張は,それ自体失当というほかない。
(2) 進歩性の欠如について
ア 本件発明の効果について
(ア) 被告は,本件発明は構成要件C及びDの数値限定をすることによ
り特許が認められたものであるが,数値範囲の限定の根拠があいまい
であり,数値範囲の内外において異質な効果又は際だって優れた効果
があるとはいえないから,進歩性がない旨主張する。
(イ) そこで判断するに,本件明細書(甲8)には,発明を実施するた
めの形態として次のa及びb,実施例として次のc~eの各記載があ
ることが認められる。
a 一対のボールの開き角度すなわち一対のボール支持軸の開き角度
は,ボールの往復動作により肌に対する押圧効果と摘み上げ効果を
良好に発現させるために,好ましくは50~110度,更に好まし
くは50~90度,特に好ましくは65~80度に設定される。こ
の開き角度が50度を下回る場合には摘み上げ効果が強く作用しす
ぎる傾向があって好ましくなく,開き角度が110度を上回る場合
には肌を摘み上げることが難しくなって好ましくない。(段落【0
019】)
b ボールの外周面間の間隔は,特に肌の摘み上げを適切に行うため,
好ましくは8~25mm,更に好ましくは9~15mm,特に好ま
しくは10~13mmである。このボールの外周面間の間隔が8m
mに満たないときは摘み上げ効果が強く作用しすぎて好ましくなく,
ボールの外周面間の間隔が25mmを超えるときは肌を摘み上げる
ことが難しくなって好ましくない。(段落【0021】)
c 官能評価の方法は,美容器を使用する評価者を10人とし,それ
らのうち8人以上が良いと感じた場合には◎,5~7人が良いと感
じた場合には○,3又は4人が良いと感じた場合には△,2人以下
が良いと感じた場合には×とすることにより行った。(段落【00
32】)
d 顔と体の双方用に適する,側方投影角度を97度,ボールの直径
を40mm,外周面間の間隔を11mmとする美容器について,一
対のボール支持軸の開き角度を40~120度に変化させて官能評
価を実施したところ(実施例7~15),開き角度が70度の場合
に◎,開き角度が40度と120度の場合に△,その余は○となっ
た。(段落【0035】~【0037】,表2)
e 顔と体の双方用に適する,側方投影角度を97度,ボールの開き
角度を70度,ボールの直径を40mmとする美容器について,ボ
ールの外周面間の間隔を8~15mmに変化させて官能評価を実施
したところ(実施例24~28),外周面間の間隔が11mmで◎,
8mmと15mmで△,その余で○となった。
主として顔用に適する,上記と同様の側方投影角度,ボールの開
き角度及びボールの直径の美容器について,ボールの外周面間の間
隔を6~15mmに変化させて官能評価を実施したところ(実施例
39~44),外周面間の間隔が11mmで◎,6mmと15mm
で△,その余で○となった。
主として体用に適する,上記と同様の側方投影角度,ボールの開
き角度及びボールの直径の美容器について,ボールの外周面間の間
隔を8~25mmに変化させて官能評価を実施したところ(実施例
52~58),外周面間の間隔が12mmと15mmで◎,8mm
で△,その余で○となった。
(段落【0039】~【0041】,【0043】~【0045】,
【0047】~【0049】,表4,表6,表8)
(ウ) 以上を踏まえて判断するに,まず,本件発明は,ハンドルに設け
られたマッサージ用のボールで顔,腕等の肌をマッサージすることに
より,血流を促したりして美しい肌を実現することができる美容器に
関するものであるから(前記1(2)ア),その効果を評価する基準とし
ては主として個々人の使用感によらざるを得ず,官能評価によること
自体があいまいであるとすることはできない。
そして,上記認定の本件明細書の記載によれば,① 本件発明の構成
要件Cの一対のボール支持軸の開き角度及び構成要件Dの一対のボー
ル外周面間の間隔は,いずれも小さくなると肌の摘み上げ効果が強く,
大きくなると同効果が弱くなるものであり,一定の範囲で好ましい摘
み上げ効果を発揮すること,② 原告が,側方投影角度,ボールの直径
等の条件を固定してボール支持軸の開き角度又はボール外周面間の間
隔のみを変化させる官能評価を行ったところ,ボール支持軸の開き角
度については,70度の場合が最も良好で,これより広く又は狭くす
ると徐々に効果が下がるが,40~120度の範囲ではおおむね3分
の1以上の者が「良い」と感じ,また,ボール外周面間の間隔につい
ては,実施する体の部位によって異なるものの,11mm又は12~
15mmの場合が最も良好で,これより広く又は狭くすると徐々に効
果が下がるが,8~25mmの範囲ではおおむね3分の1以上の者が
「良い」と感じていることが認められる一方,支持軸の開き角度及び
外周面間の間隔が構成要件C及びDの数値範囲を満たすにもかかわら
ず本件発明の効果が奏されない場合があることをうかがわせる証拠は
ない。
そうすると,本件発明は,支持軸の開き角度及び外周面間の間隔の
双方を一定の範囲に限定し,これを他の構成要件と組み合わせること
によって所定の効果を発揮するようにしたものと理解することができ
るのであって,本件の関係各証拠上,数値限定による異質な又は優れ
た効果がないことを理由に進歩性を欠くとの被告の主張を採用するこ
とはできないと解すべきである。
イ その他の文献等に基づく主張について
被告は,本件拒絶理由通知に引用された文献(乙3,5,8~10)
に基づく進歩性欠如を主張するが,各文献に記載された発明と本件発明
がいかなる点で一致又は相違し,相違点がどのような公知技術等により
容易想到であるかを何ら具体的に主張立証していない。
また,乙18美容器及び乙19文献に基づく進歩性欠如の主張は,特
許請求の範囲に数値限定を加える補正を行う前の発明に関するものであ
る。
したがって,進歩性違反をいう被告の主張は,いずれも採用すること
ができない。
(3) 記載要件(サポート要件)違反について
ア 被告は,本件明細書には,ボールの直径,美容器の側方投影角度等を
一定値にした場合の官能評価しか開示されていないから,本件特許は記
載要件(サポート要件)違反により無効である旨主張する。
イ そこで判断するに,前記(2)ア(イ)に認定したとおり,本件明細書には,
一対のボール支持軸の開き角度又はボールの外周面間の間隔以外の条件
を固定した場合に上記それぞれの数値範囲の限定により好ましい肌の摘
み上げ効果が得られる旨記載されている。そうすると,当業者であれば,
特許請求の範囲に記載された支持軸の開き角度及び外周面間の間隔に係
る数値範囲と他の構成要件を組み合わせることによって本件発明が課題
(前記1(2)イ参照)を解決することができるものであると理解し得ると
認められる。したがって,本件発明が発明の詳細な説明に記載されてい
ないとする被告の主張も失当である。
ウ なお,被告は,記載要件違反の主張が認められないのであれば,本件
発明は本件明細書に実施例として記載された特定のボールの直径及び前
傾角度を有するものに限定されると主張するが,以上に説示したところ
に照らしても本件発明の技術的範囲をそのように限定解釈すべき根拠は
見当たらず,被告の主張を採用することはできない。
第4 結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由があるから,これを認容するこ
ととして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二
裁判官 髙 橋 彩
裁判官 植 田 裕 紀 久
別紙
被 告 製 品 目 録
1 被告製品1
以下の商品名の美容ローラー
(商品名) 「プラチナトルネードEMS(ゴールド)」
2 被告製品2
以下の商品名の美容ローラー
(商品名) 「プラチナトルネードEMS(ピンク)」
3 被告製品3
以下の商品名の美容ローラー
(商品名) 「プラチナホワイト トルネードローラーEMS」
別紙
被告各製品の構成目録
1 被告各製品は,家庭用美容器であり,ハンドル及び一対の楕円球状のボールを
備え(図A),平面視において全体として略Y字型形状をなす(図B)。
2 ハンドルの先端部には,一対のボール保持部が形成され(図Bないし図D),
各ボール保持部の先端にボールが回転可能に支持されている(図Aないし図C)。
3 各ボール保持部には,更に先端に延びるボール保持軸がそれぞれ装着されてい
る(図D)。
4 各ボールは図示しない軸線を介してボール保持軸にそれぞれ偏芯された状態で
支持されて,ボール保持軸の軸線を中心として偏芯回転可能となっている。
5 ボール保持軸の軸線は,ハンドルの最も厚い部分の外周接線の間の角度を二分
する線と平行な線に対して前傾した構成を有している(図E)。
6 一対のボール保持軸の開き角度は70度である(図F)。
7 偏芯回転する一対のボールの間隔は最小時で8.9mm,最大時で11.8m
mとなる(図G,図H)
1 被告各製品のハンドルを把持し,一対のボールを肌に押し当ててハンドルの先
端側から基端側に向けて移動させると,一対のボールの間に位置する肌が摘み上
げられる。
(図省略)

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