平成20(行ケ)10069審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年8月28日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官鈴木隆史 原告ニッタ・ハース株式会社
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法令 |
意匠権
意匠法3条2項4回
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キーワード |
審決36回
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主文 |
1 特許庁が不服2007−8805号事件について平成20年1月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告は,意匠に係る物品「研磨パッド」について,平成18年4月28日に
意匠登録を出願したが(意願2006−11250号 ,平成19年2月26)
日付けの拒絶査定を受け,同年3月28日,これに対する不服の審判請求(不
服2007−8805号事件)を行った。
特許庁は,平成20年1月18日 「本件審判の請求は,成り立たない 」, 。
との審決をし,同年2月1日,審決の謄本が原告に送達された。
2 審決の内容
別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願意匠は,具体的事例を示す
までもなく出願前に広く知られた形状及び模様に基づいて当業者が容易に創作
をすることができた意匠であるから,意匠法3条2項に規定する,その意匠の
属する分野における通常の知識を有する者が公然知られた形状,模様若しくは
色彩又はこれらの結合に基づいて容易に創作をすることができた意匠に該当
し,意匠登録を受けることができないものであるとするものである。 |
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判決文
平成20年8月28日 判決言渡
平成20年(行ケ)第10069号 審決取消請求事件
平成20年7月15日 口頭弁論終結
判 決
原 告 ニッタ・ハース株式会社
訴訟代理人弁理士 藤 本 昇
同 薬 丸 誠 一
同 野 村 慎 一
被 告 特許庁長官 鈴木隆史
指 定 代 理 人 山 崎 裕 造
同 岩 井 芳 紀
同 小 林 和 男
主 文
1 特許庁が不服2007−8805号事件について平成20年1月18
日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,意匠に係る物品「研磨パッド」について,平成18年4月28日に
意匠登録を出願したが(意願2006−11250号 ),平成19年2月26
日付けの拒絶査定を受け,同年3月28日,これに対する不服の審判請求(不
服2007−8805号事件)を行った。
特許庁は,平成20年1月18日 ,「本件審判の請求は,成り立たない 。」
との審決をし,同年2月1日,審決の謄本が原告に送達された。
2 審決の内容
別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願意匠は,具体的事例を示す
までもなく出願前に広く知られた形状及び模様に基づいて当業者が容易に創作
をすることができた意匠であるから,意匠法3条2項に規定する,その意匠の
属する分野における通常の知識を有する者が公然知られた形状,模様若しくは
色彩又はこれらの結合に基づいて容易に創作をすることができた意匠に該当
し,意匠登録を受けることができないものであるとするものである。
審決が行った本願意匠の構成の認定,及び創作容易性の判断は,次のとおり
である。
(1) 本願意匠の構成の認定
「まず,本願意匠は,意匠に係る物品を『研磨パッド』とし,その形態は,
前記拒絶理由通知に記載のとおり,一定長さの直線(線分)が一定角度で交
互に向きを変え繰り返す三角波状ジグザグ線模様を縦・横等間隔で配列し,
形成された格子模様を円形板状研磨パッド表面の溝形状として表したもので
あるが,全体の基本的構成態様から具体的構成態様までを,順に項分けして
列挙すると,以下のとおりである。
(1)全体の構成について,円形板状研磨パッド表面(研磨面)全体に,格
子模様を形成する多数の溝を規則的に配列したものである。
(2)溝の配列について,縦・横,すなわち,相互90度の位置関係それぞ
れにおいて,同じ構成とした溝を,多数(30×30)等間隔に配列して
交叉させたものであり,間隔についても両方向同じとしている。
(3)格子模様を形成する溝について,全て,直線(線分)を,交互に向き
を変え規則的に繰り返すジグザグ状(鋸歯状)線模様としたものであり,
各直線部の長さ,及び,形成角度については,一定のもの,すなわち,三
角波状としている。(審決3頁26行ないし4頁1行)
」
(2) 創作容易性の判断
ア 全体の構成(審決認定の構成(1))について
「そこで,本願意匠の創作が容易であったか否かについて検討する。
まず,前記(1)の点について検討すると,円形板形状は具体的事例を
挙げるまでもない周知形状であり,また,格子模様を含む様々な線模様を
溝形状として表すことも,様々な意匠の分野において行われる周知の造形
手法と認められるから,この(1)の点のみを取り上げた場合には,本願
意匠の創作が容易であったか否かに関し,事実上検討する必要がないもの
である。なお,例えば,特開2004−146704号公報 参考文献1)
( ,
図3には正方形格子模様,図4には菱形斜格子模様,図5には正三角形斜
格子模様状とした溝形状を表した円形板状研磨パッドが記載され,また,
特開2005−340718号公報(参考文献2 ),図9(A)には正方
形格子模様,(B)には正三角形斜格子模様,(C)には正六角形(亀甲)
格子模様とした溝形状を表した円形板状研磨パッドが記載されているよう
に,本願意匠の分野においても,円形板の表面に格子模様を形成する多数
の溝を規則的に配列,すなわち,均一に配置することは,普通に行われて
いることと認められる。 (審決4頁2行ないし15行 )
」 (なお,上記の特
開2004−146704号公報(参考文献1)は本訴の乙1,特開20
05−340718号公報(参考文献2)は本訴の乙2である。)
イ 溝の態様(審決認定の構成(3 ))について
「次に,前記(2)の点については後で詳述することとし ,(3)の点に
ついて検討する。
本願意匠の格子模様を形成する溝形状は,全て『交互に向きを変え規則
的に繰り返す』線,すなわち ,『波線模様』の一種である『ジグザグ線模
様』であって,しかも『各直線部の長さ,及び,形成角度については,一
定のもの』
,すなわち,『三角波』状ジグザグ線模様であるが,三角波状ジ
グザグ線模様は,言葉で特定することのできる周知模様に属するものであ
り,なお,日本の伝統柄文様である『山道(路)』文様 ,『段つなぎ』文様
などを構成する線模様でもある(別紙2参照 )。また,三角波状ジグザグ
線模様は,例えば,実開昭54−140402号公報(参考文献3)第2
図(タイヤのトレッドパターン)にみられるように,物品の表面の溝形状
としても採用されている線模様でもある。 審決4頁16行ないし27行)
」
(
(なお,上記の実開昭54−140402号公報(参考文献3)は本訴の
乙3である。)
ウ 縦横の溝の配列(審決認定の構成(2 ))について
「次に,前記(2)の点について検討する。
『相互90度の位置関係それぞれにおいて,同じ構成とした溝を,多数
等間隔に配列して交叉させたものであり,間隔についても両方向同じ』と
する線の配列は,前記参考文献1及び参考文献2何れにも記載されている
正方形格子がこれに該当するものであり,溝を均一に配列する周知の1手
段と認められ,なお,本願意匠における溝の間隔幅は波の2単位分として
いるが,このような間隔幅も含め,当業者であるならば格別創意工夫を要
しない配列にすぎないものと認められる。
付言するに,波線模様を(2)の配列とした格子模様を,ほとんどその
まま物品の表面に溝形状としてあらわすことは,例えば,タイヤのトレッ
ドパターン(参考文献4,特開昭50−37104号公報 FIG.6参照。
なお,この溝形状は日本の伝統柄文様である『十字つなぎ』文様を殆どそ
のまま表したものであり,また,FIG.5は,正六角形格子模様を殆どその
まま溝形状として表したものである。,敷石ブロック模様(参考文献5,
)
特開昭57−209303公報, FIG.4参照 ),回転砥石(参考文献6,
特公昭50−35270号公報,第14図参照)等にみられるように周知
の造形手法に属することであり,本願意匠における溝間角の幅は波の2単
位としているが,このような単なる間隔幅の選択,ないし,変更について
も,実質的に単なる寸法変更と同程度のものであり,これにより形成され
た本願意匠における溝で囲まれた1単位形状(請求人の言う「変形四角形
状」 )も,前掲参考文献5, FIG.4における縦・横それぞれ2単位分とし
。
て実質的に表されているものであり,更に,特開昭61−102903号
公報(参考文献7)第9図ないし第11図に掲載されたものと殆ど変わり
がなく,これに加え,請求人自ら1単位幅としたものを本願の関連意匠 意
(
願2006−11255)として出願していることからも,当業者である
ならば格別創意・工夫を要しないものであることは明らかである。(審決
」
4頁28行ないし5頁14行 )(なお,上記の特開昭50−37104号
公報(参考文献4)は本訴の乙4,特開昭57−209303公報(参考
文献5)は本訴の乙5,特公昭50−35270号公報(参考文献6)は
本訴の乙6,特開昭61−102903号公報(参考文献7)は本訴の乙
7である。
)
エ 創作容易性の有無について
「このように,本願意匠は,周知の波線模様の一種である『三角波状ジグ
ザグ線模様』を,周知の造形手法である溝形状として表し,この溝を,均
一に配置する手段として格別創意・工夫を要しない縦・横(相互90度の
位置関係)等間隔のありふれた配列により格子模様を形成し,周知の円形
板の表面に表した程度にすぎないものであり,また,溝に囲まれ形成され
た一単位の形状も,特異といえる程のものが形成されているわけでもない
から,本願意匠は,その意匠の属する分野における通常の知識を有する者
が,広く知られた形状,及び,模様に基づいて,容易に創作をすることが
できたものである。(審決5頁15行ないし23行)
」
第3 取消事由に係る原告の主張
1 本願意匠の構成の認定の誤り(取消事由1)
審決は,ジグザグ状線溝によって形成される研磨部の形状に係る特徴に何ら
言及していない点において,本願意匠の構成の認定に関する誤りがある。
本願意匠の構成は,次のとおりの特徴を備えた変形四角形状の研磨部の集合
体(別紙A参照)と認定されるべきである。
① 直径650mmの円形板状研磨パッド本体に一定長さの直線が一定角度で
交互に向きを変え繰り返すジグザグ状線溝を縦・横等間隔で配列し,
② 該ジグザグ状線溝が,略V字状の山部と谷部とが連続してなる縦溝と横溝
とを該山部と谷部の頂部を除く傾斜溝にてそれぞれ交差させてなり,該交点
の線の途切れにより,一辺に山部と谷部が2か所ずつ計4か所存在し,四隅
に小なる先細突片を形成してなる略四角形状の一単位としての研磨部が,そ
の四辺がジグザグ状で,四隅に小なる先細突片が形成された変形四角形状と
して構成されてなり,
③ しかも,円形パッド本体は,正面視全体が前記多数の変形四角形状の研磨
部の集合体として構成されてなる,
④ 研磨パッドである。
2 創作容易性の判断の誤り(取消事由2)
(1) 審決が,本願意匠に係る物品の目的,性質,用途,使用態様等や購入主
体を考慮することなく創作容易と判断したことは,誤りである。
公知の形状等に基づいて創作容易か否かを判断するに際しては,その物品
分野の当業者を基準とすべきであり,当業者は,その業界における認識やそ
の物品の形態的,機能的,技術的背景を考慮して意匠を創作するから,創作
容易か否かは,その業界における認識や当該物品との関係を考慮した上で判
断すべきである。
本願意匠に係る研磨パッドのように,一般消費者ではなく専門業者である
当業者のみが購入する物品については,当業者は,購入する物品の選択基準
としてその機能や技術を考慮するのが通常であるから,創作容易性の評価に
当たって,当該意匠に係る形状を採用したことに伴う機能面や技術面の利点
を考慮すべきである。
本願意匠は,ジグザグ状線溝の機能面や技術面の利点に着目し,研磨パッ
ドの物品分野の当業者にとって従来は予期できなかった機能的,技術的効果
をも備えるものとして,独自の美感を呈する形態になるよう創作された。
(2) ジグザグ線模様を縦横等間隔のありふれた格子模様として造形するとし
ても,線の組合せ方は無数に考えられ,それに伴い,溝によって形成される
各研磨面(以下「研磨部 」という場合がある。 の形状も無数に考えられる。
)
本願意匠は,物品の性質,目的,用途,使用態様等を総合的に検討した上で,
最適な形状として,四隅に小なる先細突片を形成した変形四角形状としての
研磨部を創作したものであり,しかも,このような研磨部の形状は従来全く
存在しない斬新なものである。
第4 取消事由に係る被告の反論
1 本願意匠の構成の認定の誤り(取消事由1)について
本願意匠の認定に当たっては,創作の主たる対象である溝形状及びその配置
構成を認定すれば十分であり,その余地部として必然的に形成される研磨面の
外周形状を認定することは,重複認定であって,これを直接認定しなかったと
しても,誤りではない。審決は,物品分野や機能を十分考慮し,研磨パッドの
用途,機能を前提とした上で,溝形状とその配置構成(配列)を認定し,更に
は研磨部の外周形状をも事実上認定している。
2 創作容易性の判断の誤り(取消事由2)について
「その意匠の属する分野における通常の知識を有する者 」 意匠法3条2項)
(
とは,少なくとも ,「意匠法令に規定する物品に関する知識」及び「その物品
分野における形態創作に関する(専門的)知識 」,更に一般社会人が有するよ
うな「基礎的造形知識」を有する者である。
等間隔のジグザグ溝を縦横に交叉させた格子において,最も均一に配置させ
る手段として,同一パターンが上下左右に繰り返し連続して表れるものを着想
することは極めて自然なことであり,そのためには,溝間隔を波形の1単位幅
又はその整数倍とすることが必須である。そして,四隅の同一の小片を形成さ
せるため,斜辺中央で交叉させ卍状部を形成するような選択は,基礎的造形知
識を有する者であれば最も自然な態様として容易に着想し得るものである。本
願意匠のような交叉の位置を選択することは,最も合理的な態様の選択に属す
るものであり,基礎的造形知識によれば,格別創意工夫を要しない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,本願意匠の構成の認定の誤り(取消事由1 ),及び
創作容易性の判断の誤り(取消事由2)があると判断する。以下,詳述する。
1 本願意匠の構成の認定の誤り(取消事由1)について
(1) 審決は,本願意匠を,前記第2,2( 1)のとおり,全体の構成(1),縦
横の溝の配列(2) 溝の態様(3)によって認定した。すなわち,審決は ,
,
研磨パッドに設けられた溝に着目し,溝の構成,配列,態様によって本願意
匠を認定した。確かに,本願意匠において,研磨面に現れた溝の形状は,視
覚を通じて美感を起こさせる要素の一つといえる。
しかし,本願意匠においては,正面の研磨面全体に規則的に複数の溝が交
差して設けられ,研磨面全体が,溝によって複数に区切られ,区切られた各
研磨部は,特有の形状を呈している。溝によって区切られた各研磨部の形状
は,溝の構成,配列と密接不可分な関係があるが,溝の構成,配列のみが見
る者に対して視覚を通じた美感を起こさせる構成要素であるというべきでは
なく,むしろ,本願意匠においては,正面視における各研磨面の形状が,見
る者に対して,強い印象を与える特徴部分であるというべきである。
以上のとおり,審決は,溝によって区切られて形成される各研磨面の形状
を認定しなかった点において誤りがある。
(2) 本願意匠の構成は,次のとおり認められるべきである。
① 全体の構成
円形板状研磨パッド表面(研磨面)全体に,格子模様を形成する多数の
溝を規則的に配列し,同溝により同一形状の複数の研磨部を形成した研磨
パッドである。
② 溝の配列
同一の形状からなる複数の溝を,直交させるよう,縦横等間隔に配列し
て交叉させたものであり,その間隔は,双方向とも同一である。
③ 溝の平面形状
直線(線分)を,交互に向きを変え規則的に繰り返すジグザグ状(鋸歯
状,三角形状)線模様としたものであり,各直線部の長さ及び形成角度は
同一である。
④ 溝により形成された各研磨部の形状
四面を溝に囲まれて形成された各研磨面はすべて,略四角形状であり,
四辺がジグザグ状で,一辺に山部と谷部がそれぞれ2か所ずつ存在し,四
隅に小さな先細突片が形成され,20個の角及び20個の辺を有する多角
形状(別紙A参照)を呈している。
(3) したがって,審決は,創作容易性の判断の基礎とすべき本願意匠の構成
(基本的態様及び具体的態様)の認定において誤りがある。したがって,審
決は,本願意匠の創作容易性の有無の判断に当たり,研磨部の形状に着目す
ることなく,専ら溝の形状,配置のみに着目して検討したことになるから,
上記の意匠の構成認定における誤りは,当然に審決の創作容易性の判断に影
響を及ぼす誤りというべきである。
したがって,原告主張に係る取消事由1は理由がある。
2 創作容易性の判断の誤り(取消事由2)について
(1) 取消事由2についての当裁判所の結論
先に結論から述べる。
意匠が創作容易であるか否かは,出願意匠の全体構成によって生じる美感
について,公知の意匠の内容,本願意匠と公知意匠の属する分野の関連性等
を総合考慮した上で判断すべきである。審決は,本願意匠の溝の形状である
「三角波状ジグザグ線模様」「相互90度の位置関係それぞれにおいて同じ
,
構成とした溝を多数等間隔に配列して交叉させ,間隔を両方同じとする線の
配列」等について,これらの構成と共通する公知の文様,配列方法が存在す
ることを理由として(前記第2,2(2)イ,ウ参照),本願意匠は,広く知ら
れた形状,模様により創作容易であると判断した。しかし,審決は,前記1
のとおり,本願意匠の構成(基本的態様及び具体的態様)について認定上の
誤りがあり,これを前提として創作容易性についての判断をしているから,
審決の創作容易性の判断結果も当然に誤りがあるというべきである。
したがって,格別の判断をするまでもなく,原告主張に係る取消事由2も
理由がある。
以下では,念のため,当裁判所が,本訴において提出された証拠を含めて
検討してもなお本願意匠が創作容易とはいえないと判断した理由を述べる。
(2) 被告主張に係る公知意匠との対比
ア 研磨パッドの意匠
(ア) 乙1(特開2004−146704号公報)には,円形板状研磨パ
ッドで,①溝が,等間隔で平行な直線を縦横に多数配した形状(縦横の
両方向の直線の間隔は等しい 。)であり,正方形格子模様をなし,溝に
囲まれた各研磨面の形状が正方形であるもの(図3),②溝が,左上か
ら右下に斜めに延びる等間隔で平行な直線,及び右上から左下に斜めに
延びる等間隔で平行な直線(両方向の直線の間隔は等しい 。)を多数配
した形状であり,菱形斜格子模様をなし,溝に囲まれた各研磨面の形状
が菱形であるもの(図4 ),③溝が,左上から右下に斜めに延びる等間
隔で平行な直線,及び右上から左下に斜めに延びる等間隔で平行な直線
(両方向の直線の間隔は等しい。)を多数配し,更に等間隔の横方向の
直線を,各交点を通過するように配した形状であり,正三角形格子模様
をなし,溝に囲まれた各研磨面の形状が正三角形であるもの(図5)が
図示されている。
乙2(特開2005−340718号公報)の図9には,円形板状研
磨パッドで,溝の間隔が狭く溝自体が細い点以外上記①と同じ形状のも
の(A ),溝の間隔が狭く溝自体が細い点以外上記③と同じ形状のもの
(B),③溝形状が正六角形(亀甲)格子模様で,溝に囲まれた各研磨
面の形状が正六角形であるもの(C)が図示されている。
上記の乙1,乙2の公知意匠は,研磨面全体に格子模様を形成する多
数の溝を規則的に配列したものであり,溝の配列について,縦横同じ構
成とした溝を多数等間隔に配列して交差させ,間隔について両方向同じ
とした点で,本願意匠と共通するが,溝に囲まれた各研磨面の形状が,
正方形,正三角形,正六角形などごくありふれた単純な形状をなしてい
る。
これに対して,本願意匠の溝に囲まれた各研磨面の形状は,前記1( 2)
④のとおり ,「四面を溝に囲まれて形成された各研磨面はすべて,略四
角形状であり,四辺がジグザグ状で,一辺に山部と谷部がそれぞれ2か
所ずつ存在し,四隅に小さな先細突片が形成され,20個の角及び20
個の辺を有する多角形状」であり,本願意匠は,研磨面全体により生じ
る美感において,乙1,乙2の公知意匠と大きく異なる。
(イ) 乙8(特開平2−262957号公報)の FIG.2には,円形板状
研磨パッドで,溝が,折れ線と短い直線(線分)の組み合わせで構成さ
れ,溝によって囲まれる各研磨面が略長方形(凹凸があり,外周には1
2の角が形成されている 。)のものが図示されている。この乙8の公知
意匠は,溝に囲まれた各研磨面の形状が,正方形,正三角形,正六角形
に比べれば込み入ったものであり,12角の略長方形であるが,溝の配
列が縦横同じ構成ではなく,煉瓦積みの模様が斜めに表されているよう
な印象を与え,前記1( 2)④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する本
願意匠とは美感において異なる。
(ウ) 乙12(特開2001−179611号公報)の図8には,研磨面
に三角波ジグザグ模様の溝を横方向に平行に設けた研磨パッドが図示さ
れているが,溝を横方向のみに設けているにすぎないから,前記1(2)
④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する本願意匠とは美感において異
なる。
(エ) 甲8(意匠第1036042号公報)には,溝が,等間隔で平行な
直線を縦横に多数配し,更にその各交点を通過するような,左上から右
下に斜めに延びる等間隔で平行な直線を配した形状をなす精密研磨シー
トの意匠が示されているが,溝に囲まれた各研磨面の形状は,直角二等
辺三角形というごくありふれた単純な形状であり,前記1(2)④のとお
りの複雑な研磨面の形状を呈する本願意匠とは美感を異にする。
イ 日本の伝統柄文様
審決別紙2(本判決別紙B)には,日本の伝統柄文様として ,山道模様,
段つなぎ模様,十字つなぎ模様が図示されている。これらは,交互に向き
を変え規則的に繰り返す線,すなわち波線模様の一種であるジグザグ線模
様であって,しかも各直線部の長さ及び形成角度が一定の三角波ジグザグ
線模様から構成されている。山道模様は,三角波ジグザグ線模様が縦に平
行に配列されたものであり,段つなぎ模様は,形成角度が直角をなす階段
状の三角波ジグザグ模様が斜めに平行に配列されたものであり,十字つな
ぎ模様は,形成角度が直角をなす階段状の三角波ジグザグ線で,左上から
右下に斜めに向かう平行なもの(左上から右下に斜めに向かうジグザグ線
は,横線よりも縦線が短い。)及び右上から左下に斜めに向かう平行なも
の(右上から左下に斜めに向かうジグザグ線は,縦線よりも横線が短い。)
が,それぞれ多数配列され,三角波ジグザグ模様の交差によって十字形が
連続して表されているものである。
しかし,山道模様,段つなぎ模様は,三角波ジグザグ線模様が平行に配
列されているのみであるから,方向の異なるジグザグ線を交差させた前記
1(2)④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する本願意匠とは美感を大き
く異にする。また,段つなぎ模様,十字つなぎ模様は,ジグザグ線の形成
角度が直角であり,それにより,段つなぎ模様は,短い縦線・横線が直角
に連続する階段を想起させる線により構成される点が見る者に印象を与
え,また,十字つなぎ模様は,ジグザグ線の形成角度が直角であることに
より,その交差によって,全ての角が直角である十字形が連続して形成さ
れ,それが見る者に強い印象を与えるものであるから,前記1(2)④のと
おりの複雑な研磨面の形状を呈する本願意匠とは美感を大きく異にする。
ウ タイヤのトレッドパターン
(ア) 乙3(実開昭54−140402号公報)の第2図には,タイヤ表
面の幅方向に設けられた線状溝と,円周方向に設けられた環状細溝とか
らなるタイヤのトレッドパターンが図示されている。幅方向の線状溝は,
細かい波をなす細い三角波ジグザグ線模様が,溝間の幅を狭く平行に配
列されたものである。円周方向の環状細溝も,三角波ジグザグ線模様が
平行に配列されたものであるが,線状溝と比べると,線状溝よりは大き
い波をなし,線状溝より溝自体の幅が太く,溝間の幅も,線状溝に比べ
ると広く,第2図に示されている環状細溝の数は,2本にとどまる。
乙3の第2図によれば,三角波ジグザグ線模様が物品の表面の溝形状
として採用されていることは認められるが,第2図に示された模様は,
タイヤ表面の円周方向に設けられた環状細溝が,幅方向に設けられた線
状溝よりも大きい波をなし,溝自体の幅が太く,溝間の幅も広く,環状
細溝の存在が目立つ形状を呈しているものであるから,溝の配列が縦横
同一とされていて前記1(2)④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する
本願意匠とは大きく美感を異にする。
(イ) 乙4(特開昭50−37104号公報)の FIG.6には,日本の伝
統柄模様である十字つなぎ模様をほとんどそのまま表したタイヤのトレ
ッドパターンが示されており,FIG.5には,正六角形格子模様をほとん
どそのまま表したタイヤのトレッドパターンが図示されているが, FIG.
6では十字形が, FIG.5では正六角形が,それぞれ見る者に強い印象を
与える。
これに対して,本願意匠は,前記1(2)④のとおりの複雑な研磨面の
形状を呈するのであって,本願意匠の研磨面全体は,乙4の FIG.5,FIG.
6と,美感において大きく異なる。
エ 回転砥石
乙6(特公昭50−35270号公報)の第14図には,左右に交互に
大きく湾曲する縦向きの曲線と,上下に交互に大きく湾曲する横向きの曲
線を交差させた線からなる回転砥石の表面が図示されている。しかし,模
様を構成する線が大きく湾曲する曲線であることから,乙6の第14図に
示された模様は,前記1(2)④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する本
願意匠とは美感を大きく異にする。
オ 舗装ブロック
(ア) 乙5(特開昭57−209303号公報)の FIG.4には,四辺が
折れ線で構成された略四角形の舗装ブロックが図示されており,一つの
舗装ブロックは,外周に12の角を有する。この舗装ブロックを4つ組
み合わせた形状は,略四角形で,一辺に山部と谷部が2か所ずつあり,
外周の角の数が20である点で,本願意匠の各研磨面の形状と共通する
ところがある。しかし,本願意匠の各研磨面の形状は,四隅に小さな先
細突片が形成されているのに対し,上記の舗装ブロックを4つ組み合わ
せた形状は,四隅に小さな先細突片が形成されていないほか,上記の舗
装ブロックを4つ組み合わせた形状と,本願意匠の各研磨面の形状とで
は,各辺を構成する折れ線の長さの比や折れ線のなす角度が異なり,全
体の形状が全く同じとはいえない。また,上記の乙5の FIG.4を見た
場合,舗装ブロック1つ毎の形状及びそれらを多数組み合わせて形成さ
れる模様(舗装ブロック及びその境界線によって構成される。)は見る
者に印象を与えるものの,この舗装ブロックを4つ組み合わせた形状と
その外周線は,上記の模様の中に埋没しており,見る者に取り立てて印
象を与えることはない。
(イ) 乙7(特開昭61−102903号公報)の第9図ないし第11図
には,四辺が折れ線で構成された略四角形の舗装ブロックが図示されて
おり,この舗装ブロックの形状は,略四角形で,一辺に山部と谷部が2
か所ずつあり,外周の角の数が20である点で,本願意匠の各研磨面の
形状と共通するところがある。しかし,本願意匠の各研磨面の形状は,
四隅に小さな先細突片が形成されているのに対し,上記の舗装ブロック
の形状は,四隅に小さな先細突片が形成されていないほか,上記の舗装
ブロックの形状と,本願意匠の各研磨面の形状とでは,各辺を構成する
折れ線の長さの比や折れ線のなす角度が異なり,全体の形状は全く同じ
とはいえない。
また,乙7の第9図ないし第11図に示されているのは舗装ブロック
の形状であるのに対し,本願意匠は研磨パッドの意匠であり,舗装ブロ
ックと研磨パッドでは,その大きさ,用途が異なるほか,その製造,販
売に従事する者も異なる。したがって,舗装ブロックの発明に係る特許
公報(乙7)に四辺が折れ線で構成された略四角形の上記舗装ブロック
が図示されていたとしても,本願意匠の研磨パッドに係る当業者の間で
前記舗装ブロックの形態が広く知られていたとは認められない。
カ 図録
(ア) 乙9 岡登貞治編
( 日本文様図鑑 昭和57年3月20日9刷発行 )
の曲線文の項(294頁)には,左右に交互に大きく湾曲する縦向きの
曲線と,上下に交互に大きく湾曲する横向きの曲線を交差させた線から
なる千鳥つなぎ,鳥欅と称する文様が図示されている。しかし,模様を
構成する線が大きく湾曲する曲線であることから,これらの模様は,前
記1( 2)④のとおりの複雑な研磨面の形状を呈する本願意匠とは美感を
大きく異にする。
(イ) 乙10(スチュアート・デュラント著,藤田治彦訳 近代装飾事典
1991年(平成3年)6月30日発行 )の81頁,図3.55には ,
「寄木模様の変形」と題する図が示されており,単純な碁盤目型が,形
を崩す操作によって,順次,より複雑な形態へと変化していくことが示
されている。碁盤目型が変形された部分のうち,縦4個,横4個の計1
6個の区画からなる部分の形態を取り上げて見ると,四辺が折れ線で構
成された略四角形で,一辺に山部と谷部が2か所ずつあり,外周の角の
数が20である形状が見られる部分がある。しかし,それらの16個の
区画からなる形状と,本願意匠の各研磨面の形状とでは,各辺を構成す
る折れ線の長さの比や折れ線のなす角度が異なり,全体の形状が全く同
じとはいえない。また,「寄木模様の変形」と題する図は,多数の区画
から成り立っており,それらが全体として模様をなしているものであっ
て,縦4個,横4個の計16個の区画からなる部分の形態が特に印象を
与えるものではなく,その形態は,模様の中に埋没しており,同じ模様
が連続する部分ごとに見ても,前記1(2)④のとおりの複雑な研磨面の
形状を呈する本願意匠と,美感において異なる。
(ウ) 乙11(清水千之助著 造形の科学 1996年12月20日第2
刷発行)の50頁には,三角波ジグザグ線模様を縦横に交差させた模様
が掲載されており,そのうち縦4個,横4個の計16個の区画からなる
部分の形態を取り上げて見ると ,四辺が折れ線で構成された略四角形で ,
一辺に山部と谷部が2か所ずつあり,外周の角の数が20である形状が
見られる部分がある。しかし,それらの16個の区画からなる形状と,
本願意匠の各研磨面の形状とでは,各辺を構成する折れ線の長さの比や
折れ線のなす角度が異なり,全体の形状が全く同じとはいえない。また,
乙11に掲載された上記模様は,多数の区画から成り立っており,それ
らが全体として模様をなしているものであって,縦4個,横4個の計1
6個の区画からなる部分の形態が特に印象を与えるものではなく,その
形態は,模様の中に埋没しており,前記1(2)④のとおりの複雑な研磨
面の形状を呈する本願意匠と美感において異なる。
(3) 創作容易性の有無
ア 前記( 2)で認定したとおり,本願意匠と全く同じ形状の物品や模様が従
前存在したことは認められないし,本願意匠は,従前存在した意匠とは美
感を異にするものである。従前存在した意匠の中で,本願意匠の各研磨面
の形状と共通するところが最も多いと考えられるのは,乙7の舗装ブロッ
クであるが,前記( 2)オ(イ)のとおり,本願意匠の研磨パッドに係る当業
者の間で前記舗装ブロックの形態が広く知られていたとは認められない。
そして,従前存在した意匠の状況,同様の意匠が存在する分野と本願意
匠の属する分野との関係などをも参酌し,本願意匠について,溝の構成,
配列,態様,各研磨面の形状など個別の構成要素及びそれらの結合として
の意匠全体の呈する美感を考慮すると,本願意匠には,意匠登録を認める
に足りる程度の創作性を肯定することができる。
なお,造形学的観点から分析した場合に,乙10,乙11に示された模
様が,本願意匠を作出する契機となり得るものであり,本願意匠はそれら
の模様の延長上にあると評価する余地があり得るとしても,乙10,乙1
1に実際に示された模様は,本願意匠と相違し,また,本願意匠とは美感
を異にするものであるから,これらの模様の存在を考慮しても,当業者が
これらの模様に基づいて本願意匠を容易に創作できたとは認められない。
イ この点について,審決では ,「本願意匠における溝の間隔幅は波の2単
位分としているが,このような間隔幅も含め,当業者であるならば格別創
意工夫を要しない配列にすぎないものと認められる。(審決4頁33行な
」
いし35行)「本願意匠における溝間角の幅は波の2単位としているが,
,
このような単なる間隔幅の選択,ないし,変更についても,実質的に単な
る寸法変更と同程度のものであり,これにより形成された本願意匠におけ
る溝で囲まれた1単位形状(請求人の言う「変形四角形状」)も,前掲参
。
考文献5,FIG.4における縦・横それぞれ2単位分として実質的に表され
ているものであり,更に,特開昭61−102903号公報 参考文献7)
(
第9図ないし第11図に掲載されたものと殆ど変わりがなく,これに加え,
請求人自ら1単位幅としたものを本願の関連意匠(意願2006−112
55)として出願していることからも,当業者であるならば格別創意・工
夫を要しないものであることは明らかである。(審決5頁5行ないし14
」
行,前記第2,2(2)ウ)としている。
しかし,三角波ジグザグ線模様のうちにも,線の太さや各直線部の長さ
・形成角度が様々なものがあり,その選択の余地がある上,一種類の三角
波ジグザグ線模様を用いて,配列が縦横同じ構成となるように配列した場
合でも,溝間隔の幅によって,ジグザグ線に囲まれて形成される形状は様
々であり,それぞれの場合において,当該意匠から受ける印象は異なる可
能性がある。したがって,どのような溝間隔の幅を選択するかということ
は,当該意匠から受ける印象などをも考慮して決定されるものであり,そ
の決定の過程においても相当程度の創作性を要するものと認められ,配列
が縦横同じ構成となるように配列したことから直ちに,意匠の創作につい
て当業者であれば格別の創意・工夫を要しないものと断定することはでき
ない。本願意匠は全体として,溝によって区切られる各研磨面が,前記1
(2)④のとおりの特有の形状を呈していることから,見る者に対して,繊
細さ,鋭さ,不安定さなどを印象づけるものであるといえる。
審決の理由が正当であるとする被告の主張は採用できない。
(4) 審決には,本願意匠について,意匠法3条2項に規定する意匠に該当し,
意匠登録を受けることができないとした点において誤りがあるというべきで
ある。取消事由2は理由がある。
3 結論
以上のとおり,審決には,本願意匠の構成の認定の誤り,及び本願意匠につ
いて,意匠法3条2項に規定する,その意匠の属する分野における通常の知識
を有する者が公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づい
て容易に創作をすることができた意匠に該当し,意匠登録を受けることができ
ないものであると判断した誤りがあるから,審決は違法であり,原告の請求は
理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 中 平 健
裁判官 上 田 洋 幸
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