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平成19(行ケ)10299審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年8月26日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告ウエーベックスコーポレーション
対象物 細糸を含むベースファブリックを有するプレスフェルト
法令 特許権
特許法36条6項2号1回
キーワード 審決28回
主文 1 特許庁が不服2002−11440号事件について平成19年4月6日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 平成8年5月20日,発明の名称を「細糸を含むベースファブリックを有す るプレスフェルト」とする発明について,特許出願(特願平8−124412 号 以下 本願 という がされ 平成12年5月8日付けの手続補正書 甲。 「 」 。) , ( 9)が提出された。 特許庁が平成14年3月14日付けで拒絶査定をしたところ,平成14年6 月21日に上記拒絶査定に対する不服の審判(不服2002−11440号事 件)が請求され,同年9月25日付け手続補正書(甲11)及び平成18年1 1月21日付け手続補正書(甲5)が提出された。 特許庁は,平成19年4月6日 「本件審判の請求は,成り立たない 」との, 。 審決(以下「審決」という )をし,その謄本は同月23日に原告に送達され。 た。 2 特許請求の範囲等 平成18年11月21日付け手続補正書(甲5)により補正された後の明細 書(以下「現明細書」という )の本願発明に係る特許請求の範囲の請求項1。

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判決文

平成20年8月26日判決言渡
平成19年(行ケ)第10299号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年6月24日
判 決
原 告 ウエーベックス コーポレーション
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 廣 江 武 典
同 武 川 隆 宣
同 高 荒 新 一
同 西 尾 務
同 神 谷 英 昭
同 服 部 素 明
被 告 特 許 庁 長 官
鈴 木 隆 史
指 定 代 理 人 宮 坂 初 男
同 野 村 康 秀
同 徳 永 英 男
同 小 林 和 男
主 文
1 特許庁が不服2002−11440号事件について平成19年4月
6日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文第1項と同旨
第2 争いのない前提事実
1 特許庁における手続の経緯
平成8年5月20日,発明の名称を「細糸を含むベースファブリックを有す
るプレスフェルト」とする発明について,特許出願(特願平8−124412
号。以下「本願」という。 がされ,平成12年5月8日付けの手続補正書(甲

9)が提出された。
特許庁が平成14年3月14日付けで拒絶査定をしたところ,平成14年6
月21日に上記拒絶査定に対する不服の審判(不服2002−11440号事
件)が請求され,同年9月25日付け手続補正書(甲11)及び平成18年1
1月21日付け手続補正書(甲5)が提出された。
特許庁は,平成19年4月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同月23日に原告に送達され
た。
2 特許請求の範囲等
平成18年11月21日付け手続補正書(甲5)により補正された後の明細
書(以下「現明細書」という 。)の本願発明に係る特許請求の範囲の請求項1
ないし11(以下「本願発明1」ないし「本願発明11」という。)は,以下
のとおりである(ただし,請求項1,6,7及び8以外の記載を省略する。。

「 請求項1】
【 製紙機械に使用されるプレスフェルト用のベースファブリッ
ク構造であって,
少なくとも1セットのクロス機械方向糸と織成された少なくとも1セットの
機械方向糸から成る少なくとも1層のベースファブリック層を含み,
該少なくとも1セットのクロス機械方向糸は,撚成されたモノフィラメント
からなるシングル撚糸であることを特徴とするベースファブリック構造。
【請求項6】 少なくとも1層のベースファブリック層は,2層のベースファ
ブリック層の組合体であることを特徴とする請求項1記載のベースファブリッ
ク構造。
【請求項7】 2層のベースファブリック層のそれぞれの少なくとも1セット
のクロス機械方向糸のそれぞれのクロス機械方向糸は,撚成されたモノフィラ
メントを含むことを特徴とする請求項6記載のベースファブリック構造。
【請求項8】 それぞれのクロス機械方向糸は,少なくとも3本の撚成された
モノフィラメントからなるシングル撚糸であることを特徴とする請求項7記載
のベースファブリック構造。」
3 審決の内容
審決の内容は,別紙審決書写し記載のとおりである。
その理由の要旨は,要するに,
(1) 請求項1,及び請求項1を引用する請求項2∼11について ,「少なくと
も2本の撚成されたモノフィラメントのシングル撚糸」の意味する技術内容
が,明確でない。すなわち,「少なくとも」又は「少なくとも2本」はどの
言葉を修飾するのか, シングル撚糸」と単なる「撚糸」との異同はどうか,

「撚成された」はどの言葉を修飾するのか( モノフィラメント」か ,
「 「シン
グル撚糸」か 。,を含めて,発明の詳細な説明又は図面の記載における根拠

を個々具体的に明示しつつ,意味内容を明らかなものにする必要がある。
(2) 請求項7,及び請求項7を引用する請求項8について,「2層のベースフ
ァブリック層のそれぞれの少なくとも1セットのクロス機械方向糸のそれぞ
れのクロス機械方向糸」における「それぞれのクロス機械方向糸」とは,要
するに,どの糸を特定しているのかが不明である。発明の詳細な説明又は図
面に記載された具体例について,どの糸が相当するかを明示することを含め,
明確に記載する必要がある。
(3) 請求項7,及び請求項7を引用する請求項8について,「少なくとも2本
の撚られたモノフィラメントのシングル撚糸」の意味する技術内容が,明確
でない。例えば,請求項1に記載される「少なくとも2本の撚成されたモノ
フィラメントのシングル撚糸」との異同を含めて,その意味内容が明確にな
るよう記載する必要がある。
ので,請求項1ないし11は,いずれも特許法36条6項2号の要件を満たし
ていないというものである。
第3 当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)請求項1記載の「撚成されたモノフィラメン
トからなるシングル撚糸」の意味内容が明確であるにもかかわらず,明確性を
欠くとした誤り(取消事由1),(2)請求項7記載の「それぞれのクロス機械方
向糸」の意味内容が明確であるにもかかわらず,明確性を欠くとした誤り(取
消事由2),(3)請求項7記載の「撚成されたモノフィラメント」の意味内容が
明確であるにもかかわらず明確性を欠くとした誤り(取消事由3)がある。
(1) 取消事由1(請求項1の「撚成されたモノフィラメントからなるシング
ル撚糸」の意味内容が明確性を欠くとした誤り)について
ア 審決は,現明細書の請求項1の「撚成されたモノフィラメントからなる
シングル撚糸」との語について,「撚ってなるモノフィラメントからなる
片撚糸」であると一義的に理解することができるとした上で,①「撚成さ
れた」という語が「モノフィラメント」を修飾するのか,又は「シングル
撚糸(片撚糸 )」を修飾するのか,②「モノフィラメント」が単数である
のか複数であるのかによって4通りの組合せに理解することができるとし
て,各組合せごとにその意味内容を検討し,「撚成されたモノフィラメン
トからなるシングル撚糸」という語の意味内容がその明確性を欠く旨判断
した。
イ しかし,以下のとおり,「撚成された」という語の被修飾語が明確性を
欠くことはない。
(ア) 「撚成された」という語は ,「撚成されたモノフィラメントからな
るシングル撚糸」の語の並び順から見ても,その直後にある「モノフィ
ラメント」を修飾するものと解するのが自然である。仮に「撚成された」
という語が「シングル撚糸」という離れた語を修飾するものと解すると
するならば,「撚成されたシングル撚糸」となり ,「撚る」工程を二度繰
り返すことになって,不自然である。
(イ) また,現明細書のどこにも「撚成」が「撚糸」の直前に記載されて
いる箇所はない。かえって,段落番号【0014】【0015】【00
, ,
29】【0033】【0034】【0038】【0039】【0040】
, , , , , ,
【0041】 【0042】には ,
, 「・・・撚成モノフィラメント撚糸・
・・,」などと記載されているように,「撚成」と「撚糸」の語の間には
常に「モノフィラメント」の語が使用されている。
(ウ) さらに,本願の願書に最初に添付された明細書(以下「当初明細書」
という 。)の段落番号【0033】においても ,「本発明の撚成されたモ
ノフィラメントとは2本以上のモノフィラメント糸がシングル撚糸とな
ったものである。 と記載され, 撚成された」又は「モノフィラメント」
」 「
という語が単独で使用される例はなく, 撚成されたモノフィラメント」

という一つの用語として使用されている。
(エ) 以上からすると ,「撚成された」という語が「モノフィラメント」
を修飾することが明らかであり,これを不明確であるとした審決の判断
には誤りがある。
ウ また ,「モノフィラメント」が単数か複数か明確性を欠くこともない。
(ア) 「モノフィラメント」が「1本の長繊維からなる糸。単糸。」を指
すことは,当業者にとって明らかである(甲1)。よって,「モノフィラ
メント」とは ,「1本の繊維」を意味する。他方,「撚糸」とは ,「糸を
1本または2本以上そろえて撚(よ)りをかけること。また,その糸」
を意味し(甲2),2本以上に撚りをかけることのみではなく,1本に
撚りをかけることも含まれる。このことは片撚糸(かたよりいと)の一
般的な説明においても,単糸,すなわち1本の糸に加撚することも片撚
糸とされていること(甲3)から明らかである。
(イ) 「モノフィラメント」については,業界標準である「JIS L 0
104 」(昭和63年12月1日制定。甲12)においても,「1本又は
それ以上のフィラメントから成るフィラメント糸。よりがある場合とな
い場合とがあり,1本のフィラメントから成る糸をモノフィラメント糸,
2本又はそれ以上のフィラメントから成る糸をマルチフィラメント糸と
いう。 (1頁の番号3.b)2))及び「よりのあるモノフィラメント糸」と

(3頁の番号5.a)3))と記載されていることに照らすならば,撚られた
(撚成された )「モノフィラメント糸」は,当業者が想定し得る技術で
ある。そして,前記のとおり ,「撚成された」という語が「モノフィラ
メント」を修飾していることは明らかであるから,本願発明における 撚

成されたモノフィラメント」とは,この撚り合わされていないただ1本
のモノフィラメントそれだけに撚りをかけた」 甲6)ことを意味する。

したがって,現明細書における「撚成されたモノフィラメントからな
るシングル撚糸」との全体の意味について,仮に「モノフィラメント」
が単数であると解釈するとするならば ,「撚成されているモノフィラメ
ント」に更に撚りをかけることになるので,このような解釈は,極めて
不自然であり,採用できない。
(ウ) さらに,撚成された「モノフィラメント」が複数であることは,次
の点を参酌することによっても,明白である。
まず,当初明細書の段落【0033】には「・・・2本以上のモノフ
ィラメント糸がシングル撚糸となったものである。 と記載されており,

「シングル撚糸」が「2本以上」の「モノフィラメント」から成るもの
であると定義されている。
また,本願請求項2は,請求項1を引用して「2本の撚成されたモノ
フィラメントからなる・・・」と記載し,請求項3は「3本の撚成され
たモノフィラメントからなる・・・」と限定していることからすると,
「モノフィラメント」は複数本であると理解するのが自然である。
エ 以上の検討によれば ,「撚成されたモノフィラメントからなるシングル
撚糸」とは,「撚り合わされていないただ1本のモノフィラメントそれだ
けに撚りをかけたもの」を「複数本」集合させて構成させたシングル撚糸
(1本の撚糸)を意味すると理解される。
(2) 取消事由2(請求項7の「それぞれのクロス機械方向糸」の意味内容が
明確性を欠くとした誤り)について
ア 審決は,請求項7の「それぞれのクロス機械方向糸」については,2層
のベースファブリック層のそれぞれの層に存在する少なくとも1セットの
クロス機械方向糸のうち,①2層のベースファブリック層に存在するすべ
てのクロス機械方向糸を意味するのか,②各層において,すべてではなく
1セット以上のクロス機械方向糸を意味するのか,③1層のみの1セット
以上のクロス機械方向糸を意味するのかについて,多義的な理解が可能で
あるから,不明確である旨判断した。
イ しかし,審決の上記判断には,次のとおり誤りがある。
「2層のベースファブリック層のそれぞれの少なくとも1セットのクロ
ス機械方向糸」とは,別紙「2層図面」(本願の添付図面を基礎に作成し
たもの)の赤色四角で示した箇所を指す。
上記図に示す赤色四角においては上下全体をそれぞれ1セットとしてい
るが,例えば,上側には3セットを,下側には5セットをというように複
数のセットを存在させても良い。この場合の1セットとは,当初明細書 0

039 】「図2は・・・2セットの機械方向糸24と25と,1セットの
クロス機械方向糸22とが織成されたファブリックのことである。 甲4)


の記載からも明らかなように,ある一定の構造,状態をもった群のことを
示す。
そして,別紙「2層図面」の事例であれば計2セットのうち少なくとも
1セット,また前記下計8セットの事例であれば,8セットのうち少なく
とも1セットを構成するクロス機械方向糸であって,その1本1本(それ
ぞれ)のクロス機械方向糸が,「それぞれのクロス機械方向糸」を指すも
のである。
したがって ,「それぞれのクロス機械方向糸」の意味内容が一義的に明
らかでないとした審決の判断は誤りである。
(3) 取消事由3(請求項7の「撚成されたモノフィラメント」の意味内容が
明確性を欠くとした判断の誤り)について
取消事由1についての主張と同様である。
(4) 以上のとおり,審決は,取消事由1ないし3の誤った判断に基づいて
されたものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(請求項1の「撚成されたモノフィラメントからなるシング
ル撚糸」の意味内容が不明確であるとした誤り)の主張に対し
審決は,「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」という不
明りょうな記載について,①「撚成された」という語が「モノフィラメント」
を修飾するのか,又は「シングル撚糸(片撚糸 )」を修飾するのか,②「モ
ノフィラメント」が単数であるのか複数であるのかによって次の(ア)ないし
(エ)の4通りの解釈を想定し,いずれかの解釈のみが当業者にとって技術的
に意味のある内容となり,その他の解釈によると技術的に意味のある内容に
ならないというのであれば,「撚成されたモノフィラメントからなるシング
ル撚糸」の意味内容が,実質的に「一義的」に定まることになると考えて,
それぞれの検討を行った。
(ア) 「撚って成る1本のモノフィラメント」からなる片撚糸
(イ) 「撚って成る複数本のモノフィラメント」からなる片撚糸
(ウ) 撚って成る「1本のモノフィラメントからなる片撚糸」
(エ) 撚って成る「複数本のモノフィラメントからなる片撚糸」
そして,いずれの解釈によっても,意味不特定の「片撚糸」を意味したり,
「諸撚糸」を意味したり,単なる「片撚糸」につき同語反復を行った冗長で
簡潔でない記載となったりして,当業者にとって技術的に意味のある内容に
はならなかったことから ,「撚成されたモノフィラメントからなるシングル
撚糸」の意味が不明りょう又は多義的であって,一義的に定まるものではな
いと判断した。
上記審決の判断は,以下のとおり誤りはない。
ア(ア) 業界標準である「JIS L 0205−1972 繊維用語(糸
部門)(乙2)によると,番号120の用語「片より糸」の意味として

は, フィラメント糸を1本あるいは数本引そろえてよりをかけたもの。
「 」
と定義されているから,「より」の対象が,数本の「フィラメント糸」,
又は1本の「フィラメント糸」であることが当業者にとって明らかであ
る。
(イ) また,本宮達也外7名編「繊維の百科事典 」(丸善株式会社・平成
14年3月25日発行・乙3)においても,「撚糸(ねんし)[twisted
yarn,twisting ]」の項目に,「撚(より)をかけた糸または糸に撚をか
けること。1本の糸にさらに撚をかける場合と,2本以上の糸を引きそ
ろえ撚り合わせる場合がある。フィラメント糸 *で撚糸にする目的は,
繊維束に収束性をもたせて加工を容易にするためである。(812頁左

欄)と記載されており,先のJISの規定と同じく,1本の「フィラメ
ント糸」に「撚(より) をかける旨が記載されている。そして, 撚(よ
」 「
り) の対象である「フィラメント糸[filament yarn] の項目には, フ
」 」 「
ィラメントを何本か集めた糸。糸は紡績糸とフィラメント糸に分けられ
る。フィラメントを何本か集めて糸としている。…フィラメント糸は撚
糸,仮撚(かりより)や複合技術によって,高付加価値化できるので,
織物をはじめ編物やその他いろいろなものに大量に使用されている 。」
と記載されており(865頁右欄)「撚糸」の適用対象としての「フィ

ラメント糸」が,「フィラメントを何本か集めた糸」を意味することが
記載されている。また,「フィラメント[filament]」の項目にも,「厳
密には,長さについてとくに定義せずに1本の繊維を指す用語。…1本
のフィラメントで構成されている繊維をモノフィラメント,複数のフィ
ラメントで構成されている繊維をマルチフィラメントあるいはフィラメ
ント糸(filament yarn,continuous-filament yarn)とよぶ 。」と記載
されており(864頁左欄 )「フィラメント糸」は,モノフィラメント

と区別される ,「複数のフィラメントで構成」されるものであることが
明示されている。そうすると,当業者にとっては,撚りをかける対象と
しての1本の「糸」は,通例,細径のフィラメントを複数本集めて糸と
した「フィラメント糸」を指すと理解するのであって,「モノフィラメ
ント」を理解することはない。
(ウ) また,「フィラメント糸で撚糸にする目的は,繊維束に収束性をも
たせて加工を容易にするためである。(乙3)との記載によれば,撚糸

の対象となる「フィラメント糸」は,「繊維束に収束性をもたせる」こ
とが可能な「糸」を意味するところ,複数のフィラメントから構成され
るがゆえに「束」となり「収束」することを考えれば,「モノフィラメ
ント」を,当業者により ,「1本の繊維」の「フィラメント糸」として
想定されることはない。
(エ) 確かに,原告提出のJIS規格(甲12)は,「よりのあるモノフ
ィラメント糸」に言及しているが,それは「よりのあるモノフィラメン
ト糸」が現に存在してその表示方法に混乱があるのでその表示の統一を
図るために規格を定めたというような性格のものではなく,実在しない
ものについて講学上の分類をしたにすぎない。「よりのあるモノフィラ
メント糸」が当業者の技術常識である旨の原告の主張は,誤っている。
(オ) 付言すれば,当初明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載によれ
ば,「少なくとも1セットのクロス機械方向糸のうち少なくとも1セッ
トは,少なくとも2本の撚成されたモノフィラメントからなるシングル
撚糸であること」は,請求項1に係る「ベースファブリック構造」に関
する発明の「特徴」部分であるにもかかわらず,願書に添付された図面
の図1ないし図6のいずれを見ても,その特徴部分の更にまた核心をな
す「撚成されたモノフィラメント」について,その具体的な構造,すな
わち,モノフィラメントが「撚成」され,又は「撚」られている様子を
窺わせる開示を見いだすことができず, 撚成されたモノフィラメント」

が本当に存在しているのかどうかも不明である。
(カ) したがって ,「1本のモノフィラメント」を撚って成るものを具体
的に想定することができないとした審決の判断 審決5頁12∼13行)

に誤りはない。
イ(ア) 仮に ,「1本のモノフィラメント」を撚って成るものが想定され得
るとしても, モノフイラメントを撚る」というとき,当業者であれば,

通常,複数本のモノフィラメントを撚り合わせることを思い浮かべるこ
とはあっても,原告が主張するような「ただ1本のモノフィラメントそ
れだけに撚りをかけたもの」以外には思い浮かべることができないなど
ということはない。
(イ) 明細書の記載については,平成8年5月20日の出願当初はもちろ
ん,審判合議体による拒絶理由通知に対する応答としてされた平成18
年11月21日付け手続補正書により補正されるまで,明細書の段落番
号【0033】には ,「本発明の撚成されたモノフィラメントとは2本
以上のモノフィラメント糸がシングル撚糸となったものである 。」と明
確に記載されていたのであり ,「撚成されたモノフィラメント」との語
に接した当業者は,これを「2本以上のモノフィラメント糸がシングル
撚糸となったもの」であると理解することを,少なくとも一つの可能性
として否定することができない。それにもかかわらず,「ただ1本のモ
ノフィラメントそれだけに撚りをかけたもの」以外の解釈は生じる余地
がない旨の原告の主張は,根拠のないものであるばかりか,自ら開示し
た明細書の記載に責任を持たないものである。
ウ 以上によれば,「撚成されたモノフィラメント」の意味内容は当業者に
とって明確ではなく,これを不可欠の構成要素とする「シングル撚糸」の
意味内容も明確ではない。
(2) 取消事由2(請求項7の「それぞれのクロス機械方向糸」の意味内容が
明確性を欠くとした誤り)の主張に対し
ア 原告は,別紙「2層図面」を参照しつつ,同図のような計2セットの例
であれば,そのうち少なくとも1セットを構成するクロス機械方向糸,ま
た,8セットの例であれば上下計8セットのうちの少なくとも1セットを
構成するクロス機械方向糸であって,その1本1本(それぞれ)のクロス
機械方向糸が ,「それぞれのクロス機械方向糸」を意味している旨主張す
る。
イ しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
まず,原告主張のとおり,「2層のベースファブリック層のそれぞれの
少なくとも1セットのクロス機械方向糸」が,上記の具体例によれば,合
計2セットのうちの少なくとも1つ,又は,合計8セットのうちの少なく
とも1つを指すとの解釈はなりたち得るが,他方,「2層のベースファブ
リック層のそれぞれ」の「少なくとも1セット 」,すなわち,上側のセッ
トのうちの「少なくとも1セット」と下側のセットのうちの「少なくとも
1セット」を指すとの解釈を排除できないので,原告の主張は,失当であ
る。
また,原告は,「それぞれのクロス機械方向糸」について,「その1本1
本(それぞれ)のクロス機械方向糸」であると主張する 。「それぞれ」と
いう語を,記載の異なる「1本1本」の意味を有するのであれば,当初明
細書において,「それぞれの」ではなく ,「1本1本の」とか「すべての」
とかと記載すべきであるから,原告の主張は,失当である。
ウ 以上のとおり,請求項7に記載された「それぞれのクロス機械方向糸」
の意味内容も明確性を欠く。
(3) 取消事由3(請求項7の「撚成されたモノフィラメント」の意味内容が
明確ではないとした誤り)の主張に対し
取消事由1についての反論と同じである。
(4) 以上のとおり,審決は,現明細書又は図面の記載の全体を,当業者の技
術的知見を踏まえて理解した結果,「請求項1,及び請求項1を引用する請
求項2∼11の記載では,特許を受けようとする発明が明確ではない」とし,
「請求項7,及び請求項7を引用する請求項8の記載では,特許を受けよう
とする発明が明確ではない」としたものであるから,その判断に誤りはない。
よって,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,(1)請求項1記載の「撚成されたモノフィラメントからなるシン
グル撚糸」,(2)請求項7記載の「それぞれのクロス機械方向糸 」,及び,(3)請求
項7記載の「撚成されたモノフィラメント」の各意味内容は,いずれも明確であ
るので,これらについて明確性を欠くとした審決には誤りがあると判断する。そ
の理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(請求項1記載の文言の明確性)について
(1) 審決は,請求項1記載の「撚成されたモノフィラメントからなるシング
ル撚糸」について ,「撚成された」の記載が「モノフィラメント」あるいは
「シングル撚糸」のいずれを修飾するのか,「モノフィラメント」の記載が
単数あるいは複数のいずれであるのか,が一義的に明らかではなく,同記載
部分は,①「撚って成る1本のモノフィラメント」からなる片撚糸,②「撚
って成る複数本のモノフィラメント」からなる片撚糸,③撚って成る「1本
のモノフィラメントからなる片撚糸 」,④撚って成る「複数本のモノフィラ
メントからなる片撚糸」の4通りに解釈できるが,いずれも,その意味する
技術内容が不明りょう又は多義的であって,一義的に定まらないから明確で
ないと判断した。
(2) しかし,以下のとおり,審決の上記判断には誤りがある。
ア 現明細書の記載
現明細書には,以下の記載がある。
(ア)【0033】本発明のベースファブリック組合体又はベースファブリ
ックに利用される糸は製品となった複合プレスフェルトの望まれる特性
に応じて変わるであろう。本発明の思想によれば,ベースファブリック
には,またはベースファブリック構造体の1層のベースファブリックに
は,撚成されたモノフィラメント撚糸からなる少なくとも1セットのク
ロス機械方向糸が使用されるであろう。当業者には周知であるが,撚糸
(plied yarn)とは,2本以上のシングル糸が撚糸状態となっているも
のである。本発明の撚成されたモノフィラメント撚糸とは,撚成された
モノフィラメントが二本以上で撚られてシングル撚糸となったものであ
る。
(イ)【0034】本発明のベースファブリックのクロス機械方向に使用さ
れる撚成モノフィラメント撚糸は,好適には,約0.1mmから約0.3
mmの範囲の直径を有するシングルモノフィラメントを有している。本
発明のベースファブリックのクロス機械方向に使用される最適な撚成モ
ノフィラメント撚糸は,ポリアミドモノフィラメント撚糸である。この
好適なポリアミドモノフィラメント撚糸は,PAモノフィラメント糸で
あり,一般的に0.1mmまたは0.2mmの直径で,2本撚タイプある
いは3本撚タイプである。
(ウ)【0035】ベースファブリックの残りの糸は,マルチフィラメント
糸,モノフィラメント糸,撚ったマルチフィラメント糸またはモノフィ
ラメント糸,スパン糸,あるいはそれらのいかなる組合せでもよい。当
業者であれば本発明の思想に従って,望むプレスフェルトに合った糸タ
イプを選択することが可能である。
イ 「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」の意義
(ア) 現明細書の【0033】によれば,「撚成されたモノフィラメント
撚糸」について,「撚成されたモノフィラメント」が2本以上で撚られ
て「シングル撚糸」となったものであると定義されている。そして,こ
れに続く,【0034】ないし【0035】の各記載は ,【0033】で
定義された趣旨を前提として ,「撚成されたモノフィラメントからなる
シングル撚糸」の内容の詳細を説明している。そうすると,現明細書の
記載によれば,①「撚成された」の語はそれに続く「モノフィラメント」
を修飾し,②「モノフィラメント」は複数本を意味すると,それぞれ理
解するのが合理的である。
(イ) この点,請求項1において「撚成されたモノフィラメント」が複数
本であることは明示的に示されていない。
しかし,上記ア記載のとおり, 撚成されたモノフィラメント」は「モ

ノフィラメント」に撚りをかけたものであるところ,「モノフィラメン
ト」は「1本の繊維 」(甲1,乙3)を意味し,また ,「シングル撚糸」
は1本又は2本以上の糸で撚られたものを意味することは明らかである
(甲2,甲3,乙2)。
そうすると ,「撚成されたモノフィラメント」について,更に撚りを
かけて「シングル撚糸」とする場合,仮に「撚成されたモノフィラメン
ト」が1本であることを前提として,その1本のモノフィラメントを対
象として再度撚りをかけるということは,およそ技術常識に照らして,
意味のない解釈となるから,当業者は,請求項1記載の「シングル撚糸」
について,複数本の「撚成されたモノフィラメント」に撚りをかけたも
のであると理解するのが合理的であるといえる。すなわち,請求項1項
の「シングル撚糸」の意義について,「撚成されたモノフィラメントが
1本である場合」は,およそ技術常識から離れた解釈であるから,その
ような場合を含まないと理解して差し支えない。
以上のとおり,請求項1記載の「撚成された・・・シングル撚糸」と
は,「撚成されたモノフィラメント」を複数本集めて撚られたシングル
撚糸を指すものと理解されるべきである。
ウ 被告の主張に対し
被告は, 撚り」の対象は「フィラメント糸」 甲3,乙2)であること,
「 (
そして「フィラメント糸」は複数で構成されるものであること(乙3)等
に照らすならば,撚りをかける対象としての1本の「糸」は ,「フィラメ
ント糸」を意味するのであって ,「モノフィラメント」を想定することは
ないから,請求項1項所定の「撚成されたモノフィラメント」の意味内容
が不明りょうであると主張する。
しかし,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。
上記イのとおりであって,技術常識に照らすならば,請求項1所定の 撚

成されたモノフィラメント」について,その撚成の対象は,「1本のモノ
フィラメント」であると理解するのが最も合理的である。
また,甲12には,「1本又はそれ以上のフィラメントから成るフィラ
メント糸。よりがある場合とない場合とがあり,1本のフィラメントから
成る糸をモノフィラメント糸,2本以上又はそれ以上のフィラメントから
成る糸をマルチフィラメント糸という 。」との記載があり,同記載からみ
ても,撚りをかける対象を「モノフィラメント」であるとすることは想定
できないものではない。
したがって ,「ただ1本のモノフィラメントのみ」に撚りをかけること
を想定し得ないとした審決には誤りがある。
(3) 以上によれば,原告主張の取消事由1は,理由がある。
2 取消事由2(請求項7記載の文言の明確性)について
(1) 審決は,請求項7の「2層のベースファブリック層のそれぞれの少なく
とも1セットのクロス機械方向糸のそれぞれのクロス機械方向糸」という記
載における「それぞれのクロス機械方向糸」の意味については,2層のベー
スファブリック層のそれぞれの層に存在する少なくとも1セットのクロス機
械方向糸のうち,①「2層のベースファブリック層に存在するすべてのクロ
ス機械方向糸」を意味するのか,②「各層において,すべてではなく1セッ
ト以上のクロス機械方向糸」を意味するのか,③「1層のみの1セット以上
のクロス機械方向糸」を意味するのかについて多義的な理解が可能であるか
ら,不明確である旨判断している。
(2) しかし,上記の「2層のベースファブリック層のそれぞれの」という記
載における「それぞれの」という言葉は, 2層」のうちの「それぞれの層」

を意味するものと解されるから ,「それぞれの少なくとも1セットのクロス
機械方向糸」とは ,「それぞれの層[各層]において,すべてではなく1セ
ット以上のクロス機械方向糸」(審決が言及した上記②)を意味するものと
理解するのが合理的である。
よって,請求項7の「それぞれのクロス機械方向糸」の意味内容が一義的に
明らかでなく,明確性を欠くとした審決の判断には誤りがあり,この点に関
する原告の主張には理由がある。
3 取消事由3(請求項7の文言の明確性)について
取消理由1に係る説示と同一であり,原告主張の取消事由3は,理由がある。
4 結 論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がある。その他,被告は
縷々反論するがいずれも理由がない。したがって,原告の本訴請求は理由があ
るから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 齊 木 教 朗
裁判官 嶋 末 和 秀

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