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平成19(行ケ)10362審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年8月4日
事件種別 民事
当事者 被告アルゼ株式会社
原告
対象物 スロットマシン
法令 特許権
特許法134条の25回
特許法29条2項1回
特許法181条2項1回
特許法36条4項2号1回
キーワード 審決45回
刊行物23回
無効9回
実施5回
無効審判3回
特許権2回
進歩性2回
訂正審判1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 本件は,被告が特許権を有し発明の名称を「スロットマシン」とする特許第 2634474号につき,原告がその請求項1,2,3項に対し特許無効審判 請求をしたところ,特許庁が,平成18年3月16日になした第1次審決にお いては請求項1及び3は無効であるが同2は無効とはいえないとし,差戻後の 平成19年9月12日になした第2次審決においては訂正後の請求項1,2, 3項のいずれもにつき請求不成立としたことから,原告が上記第2次審決の取 消しを求めたものである。

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判決文

判決言渡 平成20年8月4日
平成19年(行ケ)第10362号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年7月28日
判 決
原 告 X
訴訟代理人弁理士 黒 田 博 道
同 北 口 智 英
被 告 ア ル ゼ 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 田 中 康 久
同 中 込 秀 樹
同 岩 渕 正 紀
同 岩 渕 正 樹
同 松 永 暁 太
同 長 沢 幸 男
同 長 沢 美 智 子
同 今 井 博 紀
訴訟代理人弁理士 正 林 真 之
同 井 口 嘉 和
同 八 木 澤 史 彦
同 小 野 寺 隆
同 佐 藤 玲 太 郎
同 佐 藤 武 史
同 清 水 俊 介
同 進 藤 利 哉
同 小 椋 崇 吉
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2005−80077号事件について平成19年9月12日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,被告が特許権を有し発明の名称を「スロットマシン」とする特許第
2634474号につき,原告がその請求項1,2,3項に対し特許無効審判
請求をしたところ,特許庁が,平成18年3月16日になした第1次審決にお
いては請求項1及び3は無効であるが同2は無効とはいえないとし,差戻後の
平成19年9月12日になした第2次審決においては訂正後の請求項1,2,
3項のいずれもにつき請求不成立としたことから,原告が上記第2次審決の取
消しを求めたものである。
2 争点は,
①訂正の適否の審理に関する手続違背の有無,
②平成2年法律第30号による改正前の特許法36条4項2号(以下「旧3
6条4項2号」という)違反の有無,
<判決注,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条4項は,次のとお
りである。
4項:第2項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するもので
なければならない。
1 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであ
ること。
2 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを
記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。
3 その他通商産業省令で定めるところにより記載されていること。>
③下記引用発明A∼Cとの関係における進歩性の有無(特許法29条2
項),である。

・引用発明A
実願昭61−106360号(実開昭63−13193号)のマイ
クロフィルム(考案の名称「出玉状況表示装置付き遊技機」,出願
人 a,公 開日 昭和 63 年1 月2 8 日〔 以下 「刊 行物 A 」 と い
う〕。甲3)に記載された発明
・引用発明B
実願昭59−156481号(実開昭61−71184号)のマイ
クロフィルム(考案の名称「プレイデータ表示装置」,出願人 株
式会社北電子,公開日 昭和61年5月15日〔以下「刊行物B」
という〕。甲2)に記載された発明
・引用発明C
特開昭56−156180号公報(発明の名称「メダル遊技機」,
出願人 サミー工業株式会社,公開日 昭和56年12月2日〔以下
「刊行物C」という〕。甲1)に記載された発明
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
ア 株式会社ユニバーサルは,平成2年2月10日,名称を「スロットマシ
ン」とする発明について特許出願(特願平2−29893号)をし,出願
人たる地位をユニバーサル販売株式会社が承継して,平成9年4月25
日,特許庁から特許第2634474号として設定登録を受け(請求項の
数3。特許公報は甲5。以下「本件特許」という。),平成10年4月1
日,被告が特許権を承継した。
これに対し原告から,本件特許の請求項1∼3につき特許無効審判請求
(甲10)がなされたので,特許庁は,無効2005−80077号事件
として審理した上,平成18年3月16日,「特許第2634474号の
請求項1,3に係る発明についての特許を無効とする。特許第26344
74号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない」旨の
審決(第1次審決。甲8)をした。
イ そこで被告は上記第1次審決の取消訴訟を提起したところ,知的財産高
等裁判所(平成18年(行ケ)第10195号)は,平成18年8月25
日,被告から訂正審判請求がなされたことを考慮して,特許法181条2
項により上記審決を取り消す決定をした。
ウ そこで,特許庁で再び上記審判事件について審理されることになり,そ
の中で被告は平成19年3月9日付けで訂正請求(以下「本件訂正」とい
う。甲9)をしたところ,特許庁は,平成19年9月12日,「訂正を認
める。本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は平
成19年9月25日原告に送達された。
(2) 発明の内容
ア 本件訂正前(登録時)のもの
・【請求項1】コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたとき
には配当コインを払い出すスロットマシンにおいて,
投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,配当コイ
ンの枚数を積算する配当コインカウンタと,前記投入コインカウンタの
計数値が所定数増加するごとに,投入コインカウンタ及び配当コインカ
ウンタの各々の計数値に基づきコインの配当データを求める手段と,こ
の手段により求められた配当データを記憶する記憶手段と,前記配当デ
ータを表示する表示手段と,表示用操作ボタンの押下に応答して前記記
憶手段から配当データを順次に読み出して前記表示手段に表示させる制
御手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
・【請求項2】コインの投入後にシンボル列を移動してゲームが開始さ
れ,入賞が得られたときには配当コインを払い出すスロットマシンにお
いて,
乱数をサンプリングするサンプリング手段と,サンプリングされた乱
数に対応して入賞の種類及び前記配当コインの枚数を決める入賞設定手
段と,この入賞設定手段で決められた入賞の種類が得られるように前記
シンボル列の停止位置を決める停止制御手段と,模擬遊技開始部材と,
この模擬遊技開始部材の操作によりコインの投入の有無に係わらずコイ
ンの投入を逐次仮想しながら,シンボル列を停止させたままで前記サン
プリング手段及び入賞設定手段を繰り返し作動させる模擬遊技実行手段
と,仮想されたコインの投入枚数を積算する第1カウンタと,模擬遊技
開始部材の操作後に前記入賞設定手段で得られた配当コインの枚数を積
算する第2カウンタと,第1カウンタの計数値が所定数増加するごと
に,これらのカウンタの計数値に基づいてコインの仮想配当データを求
める手段と,この手段により得られた仮想配当データを記憶する記憶手
段と,この記憶手段から読み出された仮想配当データを表示する表示手
段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
・【請求項3】コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたとき
には配当コインを払い出すスロットマシンにおいて,
投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,配当コイ
ンの枚数を積算する配当コインカウンタと,前記投入コインカウンタの
計数値が所定数増加するごとに,投入コインカウンタ及び配当コインカ
ウンタの各々の計数値に基づきコインの配当データを求める手段と,こ
の手段により求められた配当データを記憶する記憶手段と,この記憶手
段から読み出された配当データを,投入コインの積算枚数を横軸として
グラフ表示する表示手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
イ 本件訂正後のもの
平成19年3月9日付けでなされた本件訂正の詳細は別添審決写し3頁
31行∼6頁26行に記載のとおりである。そのうち訂正された後の請求
項1及び3は,以下のとおりである(下線は訂正部分。【請求項2】は従
前どおり。以下,本件訂正後の請求項1及び3に係る発明を,順に「訂正
発明1」「訂正発明3」という。)。
・【請求項1】コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたとき
には配当コインを払い出すスロットマシンにおいて,
投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,配当コイ
ンの枚数を積算する配当コインカウンタと,前記投入コインカウンタの
計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに,投入コインカウンタの
積算枚数をNT1とし,その時点までに払い出された配当コインカウン
タの積算枚数をST 1とし,該スロットマシンに予め設定されているペ
イアウト率をKとしたとき,
式 X=(ST1/K)−NT1
で表される配当データXを求める手段と,この手段により求められた配
当データXを記憶する記憶手段と,遊技者に,前記配当データXを表示
する表示手段と,遊技者による表示用操作ボタンの押下に応答して前記
記憶手段から配当データXを順次に読み出して前記表示手段に表示させ
る制御手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
・【請求項3】コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたとき
には配当コインを払い出すスロットマシンにおいて,
投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,配当コイ
ンの枚数を積算する配当コインカウンタと,前記投入コインカウンタの
計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに,投入コインカウンタの
積算枚数をNT1とし,その時点までに払い出された配当コインカウン
タの積算枚数をST 1とし,該スロットマシンに予め設定されているペ
イアウト率をKとしたとき,
式 X=(ST1/K)−NT1
で表される配当データXを求める手段と,この手段により求められた配
当データXを記憶する記憶手段と,遊技者による表示用操作ボタンの押
下に応答して前記記憶手段から読み出された配当データXを縦軸とし
て,そして投入コインの積算枚数を横軸として,遊技者に,グラフ表示
する表示手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,①本件訂正は,特許法134条の2第1項ただし書並びに
同条5項の規定により準用する同法126条3項及び4項の規定に適合す
る,②訂正発明1∼3は,同法旧36条4項2号に規定する要件を充足す
る,③訂正発明1及び3は,引用発明A∼Cに基づいて当業者が容易に想
到し得たものといえず,同法29条2項に違反しない,というものである
(同法29条2項違反の無効理由は,訂正発明2に関しては主張されてい
ない。)。
イ なお,審決は,引用発明Aの内容を以下のとおり認定したうえ,訂正発
明1と引用発明Aとの一致点及び相違点を,次のとおりとした(訂正発明
3についても共通)。
<引用発明Aの内容>
「回胴遊技機において,
投入されたメダルの数をカウントする投入メダル検出器15と,払い
出されたメダルの数をカウントする払出しメダル検出器16と,前記投
入メダル検出器15からの信号と前記払出しメダル検出器16からの信
号を比較する比較器22と,遊技台10の正面の比較的見易い位置に取
り付けてあり,前記比較器22からの出力を受けて,これを時々刻々グ
ラフ21aで示すことにより,入賞率と入賞具合の推移を表示する表示
器21とからなる回胴遊技機。」
<一致点>
両者は,
「コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたときには配当
コインを払い出すスロットマシンにおいて,
投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,配当コイ
ンの枚数を積算する配当コインカウンタと,投入されたコインの枚数と
配当コインの枚数の計数値に基づき入賞状況を求める手段と,遊技者
に,前記入賞状況を表示する表示手段と,表示指令・制御手段とを備え
たスロットマシン。」 である点で一致する。
<相違点1>
訂正発明1は,「投入コインカウンタの計数値が25枚以上の所定枚
数増加するごと」のタイミングで配当データXを求め,該配当データX
を記憶手段に記憶させているのに対し,引用発明Aは,各信号を比較す
るタイミングが逐次であり,その比較結果を記憶する構成が明らかでな
い点。
<相違点2>
訂正発明1では,投入コインカウンタの積算枚数をNT1とし,その
時点までに払い出された配当コインカウンタの積算枚数をST 1とし,
該スロットマシンに予め設定されているペイアウト率Kとしたとき,式
X=(ST1/K)−NT 1で表される配当データXを求めるのに対し,
引用発明Aでは,投入メダル検出器15からの信号と払出しメダル検出
器16からの信号を比較している点。
<相違点3>
訂正発明1においては,遊技者による表示用操作ボタンの押下に応答
して前記記憶手段から順次に読み出した配当データXに基づいて表示す
るのに対し,引用発明Aでは,時々刻々表示しており,比較器22から
の逐次出力に基づいて表示する点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおりの誤りがあるから,違法と
して取り消されるべきである。
ア 取消事由1(訂正の適否の審理に関する手続違背)
(ア) 特許無効審判において訂正の適否を審理判断するに当たっては,当該
訂正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるか(特許法13
4条の2第1項1号),実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する
ものであるか(特許法134条の2第5項,126条4項)について審
理判断されなければならない。
(イ) ところが審決は,本件訂正の内容を訂正事項1∼15に分説し,各分
説ごとに上記各要件についての判断をした。そのうち特許請求の範囲に
係る訂正事項1∼6についての判断は,下記のとおりである(審決7頁
4行∼8頁20行)。

「(訂正事項1について)
上記訂正事項1は,訂正前の請求項1及び3における『所定数』を,『25
枚以上の所定枚数』と限定するものである。
ところで,『25枚以上』という用語は,当初明細書に記載されてはいない
が,『コイン配当データXは投入コインの積算枚数が 100枚増えるごとに算出
されるが,この間隔は50枚あるいは25枚ごとなど適宜変えることができ,』と
の記載があり…,25枚が最小枚数として例示されていることから,25枚を
下限とすることも自明な事項と認められる。
よって,訂正事項1は,特許明細書に記載された事項の範囲内において特許
請求の範囲を減縮するものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更
するものではないと言える。
(訂正事項2について)
上記訂正事項2は,訂正前の請求項1及び3における『配当データを求める
手段』について,『投入コインカウンタ及び配当コインカウンタの各々の計数
値に基づきコインの配当データを求める』ものから,『投入コインカウンタの
積算枚数をNT1とし,その時点までに払い出された配当コインカウンタの積
算枚数をST1とし,該スロットマシンに予め設定されているペイアウト率を
Kとしたとき,式 X=(ST1/K)−NT 1で表される配当データXを求め
る』ものに限定するものである。
そして,訂正後の計算式については,当初明細書中に記載されており…,投
入コインカウンタ及び配当コインカウンタの各々の計数値だけでなく,ペイア
ウト率も利用して配当データを求めるものとなっている。
よって,訂正事項2は,特許明細書に記載された事項の範囲内において特許
請求の範囲を減縮するものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更
するものではないと言える。
(訂正事項3,4及び6について)
上記訂正事項3,4及び6は,訂正前の請求項1及び3において,配当デー
タを遊技者に対して表示すること,表示用操作ボタンが遊技者によって押下さ
れることを限定するものである。
そして,これらの事項については,当初明細書中に『遊技者は,配当データ
参照ボタン14を押すことによって過去のゲームのコイン配当状況を知ることが
でき,』…『遊技者は表示器16を観察することによって模擬遊技中のコインの
配当状況の推移を知ることができる。』…といった記載があり,配当データを
表示する対象及び表示用操作ボタンを押下する者が不特定であったものを遊技
者に限定するものとなっている。
また,訂正事項6では,配当データXを縦軸とする点の限定も付加している
が,この点は,当初明細書の第3図に記載されている。
よって,訂正事項3,4及び6は,特許明細書に記載された事項の範囲内に
おいて特許請求の範囲を減縮するものであって,実質上特許請求の範囲を拡張
し又は変更するものではないと言える。
(訂正事項5,9,10及び14について)
訂正事項5,9,10及び14はいずれも『配当データ』を『配当データX
』と訂正するものである。
これらの訂正は,請求項1及び3に用いる数式を分かり易くするために,も
ともと特許明細書で用いられていた『X』を付加したものであるから,いずれ
も特許明細書に記載された事項の範囲内において,明りょうでない記載の釈明
を目的とするものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもの
でもないと言える。」
(ウ) 以上のように訂正事項ごとに分説して審理判断した場合,明細書に記
載された事項の範囲内であるかについての判断は行うことができても,
特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるか,実質上特許請求の範
囲を拡張し又は変更するものであるかについての判断を行うことはでき
ない。このような請求項全体の評価に係る判断は請求項に記載された発
明全体を対象としてなされるべきであり,訂正事項ごとに分説してなさ
れる判断は,請求項全体について行われる判断とは異なるものである。
しかるに,審決は訂正事項ごとに分説した判断を行うのみで,請求項
全体についての判断をしていないのであるから,本件訂正が特許請求の
範囲の減縮を目的とするものであるか,実質上特許請求の範囲を拡張し
又は変更するものであるかについての判断を行わずに訂正を認めたもの
であり,審理手続の重大な違法がある。
イ 取消事由2(特許法旧36条4項2号違反の有無に関する判断の誤り)
本件訂正により,訂正前の請求項1及び3では「投入コインカウンタの
計数値が所定数増加するごとに」と記載されていたものが,「投入コイン
カウンタの計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに」と訂正された
(訂正事項1)。
訂正前の請求項1及び3においては,「所定数」とのみ記載されていた
ので,1枚以上で,かつ,スロットマシン業界で想定できる枚数の範囲を
意味するものと解することができた。そして,発明の詳細な説明に「コイ
ン配当データXは投入コインの積算枚数が100枚増えるごとに算出され
るが,この間隔は50枚あるいは25枚ごとなど適宜変えることができ」
(特許公報〔甲5〕3頁右欄12行∼15行)と記載されているように,
100枚,50枚及び25枚という数値を前提として権利範囲の解釈を行
うことができた。
ところが本件訂正においては,所定枚数の下限を「25枚以上」と限定
する一方,上限に関しては一切限定していない。上記のとおり発明の詳細
な説明に100枚,50枚及び25枚という数値が記載されているにもか
かわらず,あえて「25枚以上」という下限のみを記載したのは,100
枚を超える500枚,1000枚等を権利範囲に含む趣旨であると考えら
れる。
スロットマシンでゲームを1日行い,1回のゲームにつきメダルが3枚
投入されたとすると,およそ1万2000枚のメダルが投入されることと
なり,所定枚数を100枚とした場合には120箇所の点をグラフにプロ
ットすることができるが,所定枚数を500枚とした場合には24箇所,
1000枚とした場合には12箇所しかプロットすることができず,およ
そグラフとして成立しないことになる。
すなわち,本件訂正により所定枚数の下限のみについて数値限定がなさ
れた結果,発明の範囲が不明確になったものであり,訂正発明1及び3の
特許は特許法旧36条4項2号に違反する。
ウ 取消事由3(相違点2の認定の誤り)
審決は,訂正発明1と引用発明Aとの相違点2として,前記(5)イのと
おり,訂正発明1では「投入コインカウンタの積算枚数をNT1とし,そ
の時点までに払い出された配当コインカウンタの積算枚数をST 1とし,
該スロットマシンに予め設定されているペイアウト率Kとしたとき,式
X=(ST1/K)−NT1で表される配当データXを求める」のに対し,
引用発明Aでは「投入メダル検出器15からの信号と払出しメダル検出器
16からの信号を比較している」と認定した(21頁27行∼32行)
が,以下のとおり誤りである。
(ア) 訂正後の請求項1では,ペイアウト率K(投入コインの総数に対する
配当コインの総数の比)について何ら限定されておらず,訂正発明1
は,ホールに設置される全てのスロットマシンに同一のペイアウト率が
設定されている場合を含み,また,「ペイアウト率K=1」の場合を含
むものであるから,「全てのスロットマシンが同一のペイアウト率K=
1である場合」を含むものである。
そして,「ペイアウト率K=1」の場合,
式 X=(ST1/K)−NT1 は,
式 X=ST1−NT1
となり,投入メダル検出器15からの信号と払出しメダル検出器16か
らの信号を比較する引用発明Aと同一になってしまう。
したがって,審決が相違点2として認定した構成は,引用発明Aを含
んでしまうものであり,訂正発明1と引用発明Aとの相違点として認定
することのできないものである。
(イ) 仮に,「ペイアウト率K=1」の場合を考慮しないとしても,訂正発
明1における「式 X=(ST 1 /K)−NT 1 」には格別の意味がな
く,審決が相違点2として認定した構成は,訂正発明1と引用発明Aと
の相違点となり得ないものである。
a まず前提として,スロットマシンには,回転しているリールを停止
スイッチの押下によって停止させるものと,回転しているリールが自
動的に停止するものとがあるところ,訂正発明1は,いずれかに限定
されておらず,両者を含むものである。
b そして,回転しているリールを停止スイッチの押下によって停止さ
せるスロットマシンでは,抽選で当選したとしても,停止スイッチの
押下タイミングによって当選した絵柄を引き込めない場合には,コイ
ンの払出しがされないため,予めスロットマシンに設定された払出し
の率と,現実に払い出される率とは一致しないのが一般的である。
すなわち,予めスロットマシンに設定されたペイアウト率(訂正発
明1におけるペイアウト率K)に対して,投入されたコインと払い出
されたコインとの比率から計算される現実のペイアウト率をペイアウ
ト率Lとすると,回転しているリールを停止スイッチの押下によって
停止させるスロットマシンでは,ペイアウト率Lはペイアウト率Kよ
りも低くなる。
c そこで,
式 X=(ST1/L)−NT1
ならばXの値がオーバースケールすることがないとしても,
式 X=(ST1/K)−NT1
を用いた場合に,Xの値がオーバースケールしにくくなるのか否か不
明である。
d したがって,予めスロットマシンに設定されているペイアウト率K
を用いた「式 X=(ST1/K)−NT 1 」と「配当データXをオー
バースケールすることなく表示手段に表示することができる」という
訂正発明1の作用効果との間に相関関係はなく,訂正発明1において
上記式により配当データXを求めるとした点には格別の意味がないも
のであって,審決が相違点2として認定した構成は,訂正発明1と引
用発明Aとの相違点となり得ないものである。
(ウ) さらに,回転しているリールが自動的に停止するスロットマシンにつ
いても,「式 X=(ST1/K)−NT 1 」は格別の意味を持たないも
のである。
a 回転しているリールが自動的に停止するスロットマシンにおいて
は,予め行われる抽選結果の通りにリールが停止するところ,この抽
選は,毎回一定範囲の乱数から一の乱数をサンプリングし,その乱数
が入賞のランクに入っているかを判断して当選の有無を決定するもの
であるから,前回の抽選における当選の有無と今回の抽選における当
選の有無とは全く因果関係がない。
それゆえ,上記式により得られる配当データXの値は,長期的には
0に収束するものの,短期的には,毎回同一確率で行われた抽選の結
果に応じてプラスとなる場合もあればマイナスとなる場合もある。
そして,前回の抽選も今回の抽選も全く同じ確率で行われるのであ
るから,はずれが続いたとしても次に当たりになるとは限らず,配当
データXから今後の払出しを予測することはできない。
b したがって,被告が主張するような,「配当データが大きくマイナ
スになっているスロットマシンは,設定された払出し性向よりずっと
低調な払出ししかしておらず,今後の払出し性向が好調に変化するこ
とが予想され,プラスのスロットマシンは,その逆であり,今後の払
出性向が低調に変化することが予想される」ことはあり得ないもので
ある。
c 以上から,「式 X=(ST1/K)−NT 1 」には技術的意義がな
く,発明の進歩性を判断する際には,対比される構成からはずされる
べきである。
エ 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)
審決は,「相違点2に係る本件発明1及び3の構成は,刊行物A∼C
(甲第1∼3号証)並びに他の証拠に基づいて当業者が容易に想到し得た
ものということができない」と判断した(24頁24行∼26行)が,誤
りである。
(ア) 前記ウ(ア)に述べたとおり,「ペイアウト率K=1」とした場合には,
訂正発明1は引用発明Aと全く同一となってしまうのであるから,ペイ
アウト率Kの値に関して何ら限定のない訂正発明1は引用発明Aと同一
である。
(イ) また,前記ウ(イ)に述べたとおり,訂正発明1において,スロットマシ
ンに予め設定されているペイアウト率Kに基づいて,「式 X=(ST1
/K)−NT 1 」により配当データXを求めるとした点には,格別の意
味がない。
(ウ) 以上から,訂正発明1は引用発明Aと同一のものといってよいもので
あって,訂正発明1の構成は引用発明Aから容易に想到しうるものであ
る。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 取消事由1に対し
原告は,審決が訂正事項ごとに分説した上で本件訂正の適否を判断したこ
とにつき,手続違背の違法があると主張する。
しかし,審決が本件訂正の内容を訂正事項1∼15に分説し,訂正事項ご
とに,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の
釈明を目的とするものであるか(特許法134条の2第1項ただし書),実
質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであるか(同法134条の2
第5項,126条4項)を判断したのは,一般的な判断手法によるものであ
って,このような手法を用いることに何ら問題はない。
そして,審決が,訂正事項1∼15の全てについて,特許請求の範囲の減
縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれかに該当する
ものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものに当た
らないと判断した上で,請求項1及び3の全体についても同様の判断をした
ことは,審決の理由を参照すれば明らかである。
したがって,審決には手続違背の違法はない。
(2) 取消事由2に対し
原告は,訂正発明1及び3の「投入コインカウンタの計数値が25枚以上
の所定枚数増加するごとに」に関して,発明の範囲が不明確であり特許法旧
36条4項2号に違反すると主張する。
ア しかし,仮に原告が主張するように,所定枚数を500枚あるいは10
00枚とした場合のグラフのプロット数が24箇所∼12箇所であるとし
ても,このようなプロット数をもっておよそグラフとして成立しないとは
いえない。
イ 一方,およそグラフとして成立しない状況を生じさせるような所定枚数
は,そもそも訂正発明1及び3の想定範囲外である。
すなわち,発明の詳細な説明の記載に照らせば,訂正後の請求項1及び
3における「25枚以上の所定枚数」は,投入コインの総数と配当コイン
の総数との比が必ずしもペイアウト率には一致しない,限られた短い期間
内におけるゲームの結果を知ることができるような数に設定されることが
把握できるものである(審決19頁18行∼23行も同旨)。
ウ この点に関しては,原告自身が,訂正前の請求項1及び3のような「投
入コインカウンタの計数値が所定数増加するごとに」という記載であれ
ば,「1枚以上で,かつ,スロットマシン業界で想定できる枚数の範囲」
を意味するものと解することができ,発明の詳細な説明に記載された10
0枚,50枚及び25枚という数値を前提として権利範囲の解釈を行うこ
とができると認めているものであり,そうであれば,訂正発明1及び3に
ついても,「25枚以上で,かつ,スロットマシン業界で想定できる枚数
の範囲」を意味するものと解することができ,発明の詳細な説明に記載さ
れた100枚,50枚及び25枚という数値を前提として権利範囲の解釈
を行うことができるはずである。
エ したがって,訂正発明1及び3は不明瞭であるとはいえない。
(3) 取消事由3に対し
原告は,訂正発明1と引用発明Aとの相違点2の認定は誤りであると主張
するが,原告がその根拠とする主張はいずれも失当であり,審決の認定に誤
りはない。
ア 原告は,その根拠の第1として,訂正発明1は「全てのスロットマシン
が同一のペイアウト率K=1である場合」を含む結果,引用発明Aと同一
のものであると主張する。
(ア) しかし,訂正明細書(甲9)には,ペイアウト率が「スロットマシン
ごとに予め適当な値に設定されている」(特許公報〔甲5〕2頁左欄3
0行∼31行も同じ)と記載されており,ペイアウト率が複数種あるこ
とや,スロットマシンごとに異なって設定されていることは自明であ
る。
(イ) また,訂正発明1の「配当データXを求める手段」では,「式 X=
(ST1/K)−NT 1 」による演算においてST 1をKで割る過程が必
ず入るのに対し,引用発明Aの「比較器」では,そのような過程は記載
も示唆もされていない(審決24頁15行∼18行も同旨)。
そして,「ST1をKで割る過程」の有無という相違は,原告が主張
する「ペイアウト率K=1」の場合であっても変わるものではない。
すなわち,
式 X=(ST1/K)−NT1 と,
式 X=ST1−NT1
による計算結果が「K=1」のときに等しくなるとしても,訂正発明1
と引用発明Aとでは,その制御フローが「ST 1を1で割る過程」の有
無において異なることに変わりはなく,両発明は当然に区別されるので
ある。
(ウ) 以上のように,訂正発明1と引用発明Aとは,その制御フローにおい
て全く異なっているのであるから,この点が相違点と認定されるべきこ
とは明らかである。
(エ) なお付言するに,原告の主張は,引用発明Aが「式 X=ST1−NT1
」という演算を含むことを前提としているが,刊行物A(甲3)の実用
新案登録請求の範囲には,「投入検出器と払出し検出器からの出力を比
較する比較器」(1頁9行∼10行)と記載され,また考案の詳細な説
明にも実施例として「表示器21は,比較器22からの出力(投入メダ
ル数に対する払出しメダル数の比率)を受けて,これを時々刻々グラフ
21aで示すことにより,入賞率と入賞具合の推移を表示する」(6頁
14行∼17行)と記載されているにすぎず,上記式に相当する演算を
行う手段は記載も示唆もされていないのであるから,原告の主張はその
前提においても失当である。
イ 原告は,その主張の根拠の第2として,回転しているリールを停止スイ
ッチの押下によって停止させるスロットマシンでは,ペイアウト率Kを用
いた式を採用することによって訂正発明1の作用効果を奏することは困難
であり,訂正発明1における「式 X=(ST1/K)−NT 1 」には格別
の意味がないと主張する。
(ア) たしかに,ペイアウト率Kは予めスロットマシンに設定された払出し
率であり,回転したリールが自動的に停止するスロットマシンに比べ
て,回転しているリールを停止スイッチの押下によって停止させるスロ
ットマシンの方が,いわゆる「取りこぼし」があり得る分,同じペイア
ウト率Kを設定しても実際に払い出されるコインは少なくなり,「その
時点までに払い出された配当コインカウンタの積算枚数=ST 1」の値
は小さくなる。したがって,
式 X=(ST1/K)−NT1
により得られる配当データXの値も小さくなることが,当然に予想され
る。
(イ) しかし,そうであるとしても,配当データXの値が小さくなった分,
オーバースケールのおそれが若干高まるというだけのことであって,
式 X=(ST1/K)−NT1
により得られる配当データXが,
式 X=ST1−NT1
により得られるデータよりもオーバースケールしにくいという作用効果
は,厳然として存在する。
なぜなら,ペイアウト率Kは,
K=配当コインの予定総数/NT1
という式で表されるものであり,一方,押下停止タイプのスロットマシ
ンに係るST 1 (その時点までに払い出された配当コインカウンタの積
算枚数)は,
ST1 =配当コインの予定総数×α
(αは遊戯者による停止スイッチの押下げの成功確率を表す。)という
式で表されるものであるところ,これらの数式を
式 X=(ST1/K)−NT1
に順次代入すると,
X={ST1/(配当コインの予定総数/NT1)}−NT1
=(ST1/配当コインの予定総数×NT1)−NT1
={(ST1/配当コインの予定総数)−1}×NT1
={(配当コインの予定総数×α/配当コインの予定総数)
−1}×NT1
={α−1}×NT1
となり,ペイアウト率Kをいかなる値に設定したとしても,データの変
動は極めて小さく,ほぼ同様の値となる。
これに対して,
式 X=ST1−NT1
に「ST 1 =配当コインの予定総数×α」,「K×NT 1=配当コイン
の予定総数」を順次代入すると,
X=配当コインの予定総数×α−NT1
=(K×NT1 )×α−NT1
=K×α×NT1−NT1
=(K×α−1)×NT1
となり,式中にペイアウト率Kが含まれていることにより,ペイアウト
率Kをいかなる値に設定するかによってデータの大小が大きく異なるた
め,オーバースケールを予妨することが困難となるのである。
(ウ) したがって,回転しているリールを停止スイッチの押下によって停止
させるスロットマシンにおいても訂正発明1の作用効果が失われること
はない。
ウ 原告は,その主張の根拠の第3として,訂正発明1における配当データ
Xから今後の払出しを予測することはできず,「式 X=(ST1/K)−
NT1 」には格別の意味がないと主張する。
(ア) しかし,訂正発明1に係る遊技機(スロットマシン)は,従来,遊技
店側にしか知られなかった過去の配当傾向(配当データX)を遊技者に
表示することで,過去の配当傾向に基づいて未来の配当の推移を予想す
るという興趣を遊技者に与えるものである。
例えば,ある遊技機に表示される配当データXが大きくプラスになっ
ている場合,「今後の配当が悪化するのではないか」と予想するか,
「この遊技機の払出しの良さは持続するはず」と予想するかは遊技者次
第であり,このように過去の配当データXに基づいて各遊技者がそれぞ
れに「合理的」と感じられる予想を試み,遊技機を選択する興趣を感じ
るのであるから,かかる興趣を感じることにより遊技はより魅力的なも
のとなり,訂正発明1における所期の効果を奏することができるもので
ある。
(イ) これに対して原告は,
式 X=ST1−NT1
により得られる配当データXを遊技者に表示した方が遊技者の興趣が増
すと主張するが,これは現実に投入されたコインの積算枚数と現実に払
い出されたコインの積算枚数との差であるから,遊技回数が増えるにつ
れ,その数値は当該スロットマシンに設定された配当傾向を直接的に表
示するものとなってしまい,遊技店の損失につながってしまう。
訂正発明1は,遊技者に対して,過去の配当データXから未来の配当
の推移を予想するという興趣を与えつつ,直接的な配当傾向は示さない
ことで遊技店の利益と両立させるものであり,遊技者及び遊技店の双方
に利益をもたらすものである。
(4) 取消事由4に対し
原告は,審決が相違点2についての容易想到性を否定したのは誤りである
と主張し,その根拠として,①訂正発明1において「ペイアウト率K=1」
とした場合には,訂正発明1は引用発明Aと全く同一となってしまうのであ
るから,ペイアウト率Kの値に関して何ら限定のない訂正発明1は引用発明
Aと同一のものである,②訂正発明1において「式 X=(ST1/K)−N
T 1」で表される配当データXを求めるとした点には格別の意味がない,と
主張する。
ア(ア) しかし,前記(3)アにおいて述べたとおり,「ペイアウト率K=1」の
ときに,「式 X=(ST 1/K)−NT 1」と「式 X=ST1−NT1」
の計算結果が等しくなるとしても,引用発明Aの「比較器」と訂正発明
1の「配当データXを求める手段」とでは,その制御フローが「ST1
を1で割る過程」の有無において異なることに変わりはないのであるか
ら,訂正発明1と引用発明Aとが同一になってしまうことはあり得な
い。
(イ) またそもそも,引用発明Aではペイアウト率Kという概念が用いられ
ていないのであるから,引用発明Aにおいて「K=1」として実施する
ということは観念できない。
ペイアウト率を全く考慮しない「式 X=ST 1 −NT 1 」に基づい
て,ペイアウト率Kを考慮する「式 X=(ST1/K)−NT 1 」が容
易に導き出せるということはできないのである(審決24頁11行∼1
4行も同旨)。
すなわち,「ペイアウト率K=1」の場合に「式 X=ST 1 −NT
1 」を「式 X=(ST1/K)−NT1」に置換するとなると,「式 X
=ST1 −NT 1」なる演算の前にST 1を1で除するという無益な計算
過程を行うことになるが,このように無益な計算過程を挿入して,いた
ずらに制御フローを冗長化するというのは明らかに不自然であり,上記
の置換には阻害要因が存在するというべきである。
(ウ) なお,刊行物B及びCには「式 X=ST1−NT1 」に相当する演算
手段が示されているので,刊行物B及びCの記載に基づいて訂正発明1
に係る構成を容易に想到しうるかについても述べておくと,刊行物B及
びC記載の発明と訂正発明1とでは発明の目的自体に明白な相違がある
から,刊行物B及びC記載の発明に基づいて訂正発明1の構成に想到す
ることは当業者が容易になし得ることではない。
すなわち,刊行物C(甲1)に記載された発明は,投入メダル枚数と
払出しメダル枚数の双方もしくは一方,又は,投入メダル枚数と払出し
メダル枚数との差を,所定の入力により,遊技機の得点表示装置に表示
するものであるが,この発明は,配当データを遊技店に表示することを
目的としているものである。
また,刊行物B(甲2)に記載された発明は,「ゲーム機のプレイデ
ータを示すプレイデータ表示装置において,ゲーム機のプレイデータを
グラフ図形でアナログ的に表示し,そのグラフ図形上に売上額および定
量打止めに対応する複数のマーカーを入れてグラフ図形からゲームの流
れと数値を判断できる構成にした事を特徴とするプレイデータ表示装
置」(実用新案登録請求の範囲)であるが,遊技店が売上額を遊技者に
開示するはずがないから,この発明も,配当データを遊技店に表示する
ことを目的としているものである。
以上のように配当データを遊技店に示すことを目的とする場合には,
当該スロットマシンの売上げや利益の状況を直接的に把握しやすいよう
に配当データが表示されることが望ましい。「式 X=ST1−NT 1」
により算出される配当データXは,スロットマシンが失ったメダル枚数
を意味するものである。
これに対して,訂正発明1において表示される配当データXは,当該
スロットマシンに設定された払出し傾向(払出し枚数ST 1をペイアウ
ト率Kで除した値であり,その時点で投入されていると想定した理想枚
数)と現実の払出し状況(現実に投入された枚数であるNT1)との乖
離の大きさを示すものである。両者はスロットマシンの乱数サンプリン
グの不確定性によって,ある程度の幅で乖離するが,投入枚数の増加と
ともにやがて0に近づいていくものである。
このように,訂正発明1と刊行物B及び刊行物C記載の発明とは発明
の目的を全く異にするものであり,刊行物B及び刊行物Cの記載に基づ
いて訂正発明1の構成に想到することには阻害要因が存する。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(訂正の適否の審理に関する手続違背の有無)について
(1) 原告の主張は,要するに,審決は本件訂正の内容を複数の訂正事項に分説
し,各分説ごとに訂正の要件を充足するかどうかの判断をしたが,本件訂正
が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるかどうか,実質上特許請求
の範囲を拡張し又は変更するものであるかどうかについての判断は請求項に
記載された発明全体を対象としてなされるべきであるから,分説された訂正
事項ごとに判断するという審決の判断手法は誤りである,というものであ
る。
(2) しかし,訂正が特許法134条の2第1項ただし書並びに同条5項の規定
により準用する同法126条3項及び4項の規定に適合するかどうかを判断
するに当たっては,訂正前の記載と訂正により変更された内容とを対比する
ことが必要である。
そして,訂正により変更された内容が多岐にわたる場合には,その内容に
つき適宜の分説を行って,訂正前の記載の該当部分との対比を行うことも,
判断手法の1つとして合理性を有するものである。
(3) そして,本件訂正のうち特許請求の範囲に係る部分について審決が行った
分説は,別添審決書記載のとおりであり,その分説はいずれも適切なもので
あり,これらの分説による対比検討を総合した結果,各請求項全体として
も,本件訂正が特許法134条の2第1項ただし書並びに同条5項の規定に
より準用する同法126条3項及び4項の規定に適合するとしたことも適切
である。
(4) したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(特許法旧36条4項2号違反性)について
原告は,訂正発明1及び3の「投入コインカウンタの計数値が25枚以上の
所定枚数増加するごとに」に関して,発明の範囲が不明確であり特許法旧36
条4項2号に違反すると主張するので,以下,この点について検討する。
(1) 訂正後の請求項1及び3においては,「コインの投入後にゲームが開始さ
れ,入賞が得られたときには配当コインを払い出すスロットマシンにおい
て,投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,…前記投入
コインカウンタの計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに,…配当デ
ータXを求める手段と,…を備えたことを特徴とするスロットマシン。」と
記載されており,「所定枚数」の上限については記載されていない。
もっとも,上記「所定枚数」は,配当データXの算出をいかなる頻度で行
うかにつき,投入コインカウンタの計数値を基準として,25枚以上の所定
枚数増加するごとに配当データXを求めることとしたものであるから,上記
「所定枚数」には自ずから上限が存在すると解することも可能であり,この
点については請求項の記載から一義的に明確ではない。
(2) そこで,発明の詳細な説明を参酌して,更に検討する。
ア 訂正明細書(甲9)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
・「〔従来の技術〕
スロットマシンゲームでは,ゲームの開始に先立ってコイン(あるいはメダ
ルやトークン)を投入し,ゲームにより入賞が得られたときには入賞のランク
に応じた枚数の配当コインが得られるようになっている。
投入コインの総数に対する配当コインの総数の比はペイアウト率と称され,
スロットマシンごとに予め適当な値に設定されている。例えば最近のスロット
マシンには,ゲームの開始時に乱数をサンプリングし,その乱数に基づいて入
賞,ハズレを決めた上で,電気的にリールの停止制御を行うようにしたものが
あるが,このようなスロットマシンでは,発生される乱数に対して入賞,ハズ
レを対応づける段階,そして入賞ごとに配当コインの枚数を決める段階で確率
的にペイアウト率を設定することができる。…そして,ゲームの消化回数が多
くなるにしたがって,投入コインの総数に対する配当コインの総数の比は前記
ペイアウト率に近い値になってゆく。
上記のように,スロットマシンにはペイアウト率が設定されてはいるが,実
際に遊技者がゲームを行うのは,限られた短い期間であることが多く,その短
い期間内では投入コインの総数と配当コインの総数との比は必ずしも前記ペイ
アウト率には一致しない。そして,これを理由にゲームに勝敗が生じることに
なる。このような事情を考慮すると,すでに多量の配当コインが払い出されて
いるスロットマシンは,以後は比較的入賞が得にくくなる可能性があるが,こ
のような傾向は慣れた遊技者が感覚的に知得していることでもある。」(訂正
明細書2頁下4行∼3頁19行)
・「〔発明が解決しようとする課題〕
以上のように,スロットマシンゲームで多くの配当メダルを獲得できるか否
かは,すでに行われたゲームの結果に影響される可能性がある。ところがこれ
までのスロットマシンでは,すでに行われたゲームの結果について全く知るこ
とができないため,熟練した遊技者は上述した傾向を知りながらも,自分が遊
技するスロットマシンを選択するときの情報として生かすことができなかっ
た。…」(訂正明細書3頁20行∼25行)
・「〔発明の目的〕
本発明は上記課題を解決するためになされたもので,ゲームを開始する時点
までに行われた過去のゲームの過程を簡単に知ることができるようにしたスロ
ットマシンを提供することを目的と…する。」(訂正明細書3頁下2行∼4頁
4行)
・「〔作用〕
ゲームの開始ごとに投入されるコインは,その都度投入コインカウンタで積
算され,またゲームの結果,配当コインが得られたときには,その枚数が配当
コインカウンタでその都度積算される。これらのカウンタでの計数値はゲーム
が消化されてゆくごとに増えてゆくが,投入コインカウンタの計数値が所定数
増加するごとに,前記両カウンタの計数値に基づき,ペイアウト率Kを考慮し
た値によって表される配当データXは,逐次記憶手段に記憶されてゆく。そし
て,この記憶手段からは過去の配当データXが読み出され表示手段に表示され
るから,遊技者は過去の配当データXを確認することができるようになる。」
(訂正明細書4頁下2行∼5頁7行)
・〔実施例〕
「第3図は,配当データ参照ボタン14を押したときに表示器16に表示される
コイン配当データXの表示例を示している。配当データ参照ボタン14を押した
時点で,すでに投入コインの積算枚数が2000枚に達するゲームが消化されてい
ると,その期間中におけるコイン配当データXが,投入コインの積算枚数を横
軸として図示のようにグラフで表示される。なお,コイン配当データXは投入
コインの積算枚数が100枚増えるごとに算出されるが,この間隔は50枚あるい
は25枚ごとなど適宜変えることができ,また,補間法を使うことによって,コ
イン配当データXの変化を曲線で表示することができる。…」(訂正明細書6
頁12行∼19行)
イ また,訂正明細書の第3図は,次のとおりである(特許公報〔甲5〕の
第3図)。
ウ 以上の記載によれば,訂正発明1及び3は,当該スロットマシンにおい
て既に行われたゲームの結果を配当データXという値によって表し,これ
をグラフ等によって遊技者が知ることができるようにして,遊技者が当該
スロットマシンを選択するかどうかの参考に供するというものである。
そして,配当データXを求める頻度の基準となる投入コインカウンタの
計数値については,その所定枚数を100枚,50枚あるいは25枚とす
ることが示されているが,これらの枚数に限定されることなく適宜の所定
枚数を設定することができ,また補間法を用いて配当データXの変化を曲
線により表示することもできることが記載されている。
エ したがって,訂正発明1及び3における所定枚数の設定は,遊技者が配
当データXの変化を把握することができる程度,すなわちグラフ等によっ
て配当データXの変化を表示することができる程度の頻度をもって配当デ
ータXが算出されるように適宜設定されることが上記記載から理解される
ものである。
そして,どの程度の頻度で配当データXが算出されればその変化をグラ
フ等に表示することが可能であるかは,当業者(その発明の属する技術の
分野における通常の知識を有する者)が容易に把握することができる事項
である。
オ そうすると,訂正後の請求項1及び3に所定枚数の上限が明示されてい
ないとしても,発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,訂正発明1及び3
の範囲が不明確であるということはできず,訂正後の請求項1及び3は特
許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した
ものということができる。
(3) したがって,訂正発明1及び3が特許法旧36条4項2号に規定する要件
を充足するとした審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由2は理由が
ない。
4 取消事由3(相違点2の認定の誤り)について
(1) 原告は,訂正発明1は「全てのスロットマシンが同一のペイアウト率K=
1である場合」を含む結果,引用発明Aと同一のものであると主張するの
で,まずこの点について検討する。
ア(ア) 訂正後の請求項1には「投入コインカウンタの積算枚数をNT1とし,
その時点までに払い出された配当コインカウンタの積算枚数をST 1と
し,該スロットマシンに予め設定されているペイアウト率Kとしたと
き,
式 X=(ST1/K)−NT1
で表される配当データXを求める」ことが記載されている。
(イ) そして,ペイアウト率に関しては,発明の詳細な説明の〔従来の技
術〕において「投入コインの総数に対する配当コインの総数の比はペイ
アウト率と称され,スロットマシンごとに予め適当な値に設定されてい
る」(訂正明細書〔甲9〕3頁1行∼2行)と記載され,〔実施例〕に
おいても「このスロットマシンに予め設定されているペイアウト率をK
としたとき…」(訂正明細書6頁21行∼22行)と記載されている。
イ(ア) 以上に対して引用発明Aは,刊行物A(甲3)の記載によれば「遊技
台と,この遊技台の投入口より投入された遊技球の数をカウントする投
入検出器と,前記遊技台の払出し口から払いだされた遊技球の数をカウ
ントする払出し検出器と,これら投入検出器と払出し検出器からの出力
を比較する比較器と,…前記比較器からの出力を出玉状況として表示す
る表示器とからなる出玉状況表示装置付き遊技機」(実用新案登録請求
の範囲)である。
(イ) そこで,引用発明Aにおける「投入された遊技球の数」をNT 1 と
し,「払いだされた遊技球の数」をST1 とすれば,「投入検出器と払
出し検出器からの出力を比較する比較器」から出力されるデータは,例
えば,
式 X=ST1−NT1
により得られるデータXとして表示されることも考えられる。
ウ そして,訂正発明1において「ペイアウト率K=1」という設定をした
場合には,訂正発明1における
式 X=(ST1/K)−NT1
により得られる配当データXの値と,引用発明Aにおける
式 X=ST1−NT1
により得られるデータXの値とは,同一のものとなる。
エ しかし,「ペイアウト率K=1」の場合に上記両式によって算出される
Xの値が一致するとしても,たまたま「ペイアウト率K=1」という設定
をした場合の算出結果が一致しただけのことにすぎず,「式 X=(ST1
/K)−NT1 」で表される配当データXを求めるという構成を採用して
いる訂正発明1と,このような構成を有しない引用発明Aとが同一のもの
といえないことは明らかである。
(2) また原告は,訂正発明1における「式 X=(ST1/K)−NT1」には格
別の意味がなく,審決が相違点2として認定した構成は訂正発明1と引用発
明Aとの相違点となり得ないものであると主張するので,この点につき検討
する。
ア(ア) 前記(1)アのとおり,訂正発明1の「式 X=(ST 1 /K)−NT
1 」におけるNT1は投入コインカウンタの積算枚数であり,ST1はそ
の時点(当該ゲームが行われる時点)までに払い出された配当コインカ
ウンタの積算枚数であり,Kは該スロットマシンに予め設定されている
ペイアウト率(投入コインの総数に対する配当コインの総数の比)であ
る。
また,訂正明細書(甲9)の発明の詳細な説明には,配当データXの
値が上記式により表されるとの記載に続いて,「これにより,どの程度
のコインを投入した時点で,どの程度の配当コインが得られたかを確認
することができる。なお,Xの値がオーバースケールしにくいように,
上式のようにペイアウト率Kを考慮した値にして表示する」(6頁24
行∼26行)と記載されている。
(イ) 以上を踏まえて上記式の持つ意味について検討すると,ST1は当該ゲ
ームが行われる時点までに払い出された配当コインカウンタの積算枚
数,Kは該スロットマシンに予め設定されているペイアウト率(配当コ
インの予定総数/投入コインの予定総数)をそれぞれ意味することか
ら,ST 1/Kは,「当該ゲームが行われる時点までに払い出された配
当コインカウンタの積算枚数からすると,予め設定されたペイアウト率
のとおりに配当がされたと仮定した場合のその時点までの投入コインの
総数はどのくらいになっているはずであるか」を求めるものである。
そうすると,(ST1/K)−NT 1 は,現実に投入されたコインの
総数を表す投入コインカウンタの積算枚数(NT1 )と,ペイアウト率
どおりに配当されたと仮定した場合の投入コインの総数(ST 1/K)
とを比較するものである。
(ウ) すなわち,前記3(2)アのとおり,発明の詳細な説明に「スロットマシ
ンにはペイアウト率が設定されてはいるが,実際に遊技者がゲームを行
うのは,限られた短い期間であることが多く,その短い期間内では投入
コインの総数と配当コインの総数との比は必ずしも前記ペイアウト率に
は一致しない」(訂正明細書3頁13行∼16行),「ゲームの消化回
数が多くなるにしたがって,投入コインの総数に対する配当コインの総
数の比は前記ペイアウト率に近い値になってゆく」(訂正明細書3頁1
0行∼12行)と記載されているように,遊技者がゲームを行う短い期
間においては,現実に投入されたコインの総数と配当されたコインの総
数との比はペイアウト率と一致しないが,ゲームの回数を重ねるに従っ
てペイアウト率に近付いていく。したがって,現実に投入されたコイン
の総数(NT 1 )とペイアウト率どおりに配当されたと仮定した場合の
投入コインの総数(ST 1/K)とは,遊技者がゲームを行う短い期間
においては乖離するが,ゲームの回数を重ねるに従って同一の値に近付
いていくものであり,両数値を比較すれば現在における乖離がどの程度
かを知ることができる。
そこで,現実に投入されたコインの総数(NT1 )とペイアウト率ど
おりに配当されたと仮定した場合の投入コインの総数(ST1/K)と
を比較する「式 X=(ST 1/K)−NT 1」によって得られる配当デ
ータXを遊技者に表示することとしたのが,訂正発明1である。
(エ) そしてこのように,訂正発明1が現実に投入されたコインの総数(N
T1 )とペイアウト率どおりに配当されたと仮定した場合の投入コイン
の総数(ST 1/K)とを比較するものであり,かつ,ゲームの回数を
重ねるに従って両数値は同一の値に近付いていく(すなわち,両数値の
差である配当データXは0に近づいていく)ものであることから,両数
値の乖離の幅は自ずと一定の範囲内に収まるものであり,「式 X=
(ST 1/K)−NT1」により得られる配当データXをグラフに表示し
た場合には,そうでない場合に比べてオーバースケールしにくくなると
いう作用効果が得られるものである。
イ(ア) 以上に対して引用発明Aは,投入された遊技球の数と払い出された遊
技球の数とを比較するものであって,訂正発明1とは比較の対象を異に
するものである。
(イ) そして,前者(投入された遊技球の数)をNT1とし,後者(払い出さ
れた遊技球の数)をST 1とした場合,両数値の差がどの程度のものと
なるかは,予め設定されるペイアウト率(K)をどのような値に設定す
るかによって左右されるものである。
すなわち,ペイアウト率どおりに配当されたとした場合のNT 1,S
T1,Kの関係は,
ST1=NT1×K
という式によって表されるものであるから,ペイアウト率Kの値の設定
によっては,ST1とNT 1との差は大きな数値となり,「式 X=ST 1
−NT1 」によって得られるデータXをグラフに表示した場合,オーバ
ースケールする可能性は訂正発明1の場合と比べて高くなる。
したがって,作用効果においても引用発明Aは訂正発明1とは異なる
ものである。
(ウ) そうすると,訂正発明1における「式 X=(ST1/K)−NT1」に
よって配当データXを求めるという構成は,引用発明Aにおける,投入
された遊技球の数(NT1 )と払い出された遊技球の数(ST 1)とを比
較するという構成とは技術的意味を異にするものであって,審決がこれ
を訂正発明1と引用発明Aとの相違点として認定したのは正当である。
ウ(ア) これに対して原告は,スロットマシンには回転しているリールを停止
スイッチの押下によって停止させるもの(押下停止タイプ)と回転して
いるリールが自動的に停止するもの(自動停止タイプ)の2種類があ
り,訂正発明1はいずれをも含むものであるところ,仮に自動停止タイ
プのスロットマシンについては被告の主張するような技術的意義がある
としても,押下停止タイプのスロットマシンについては,停止スイッチ
を押下するタイミングがコインの払出しを左右するため,予め設定され
るペイアウト率と現実にコインが払い出される率とは一致せず,被告の
主張するような作用効果は得られないと主張する。
(イ) しかし,押下停止タイプのスロットマシンについても,現実に投入さ
れたコインの総数(NT1 )と,ペイアウト率どおりに配当されたと仮
定した場合の投入コインの総数(ST 1/K)とを比較することによっ
て得られる配当データXを表示するという点においては,自動停止タイ
プのスロットマシンの場合と異なるものではなく,抽選で当選した絵柄
を停止スイッチの押下によって引き出し,配当コインが払い出される確
率(成功確率)によって現実の配当コインの払出し数(ST1)が左右
される結果,自動停止タイプのスロットマシンと比べてST1の値が若
干小さくなり,その分,上記式により算出される配当データXの値も若
干小さくなるというにすぎない。
(ウ) したがって,訂正発明1のスロットマシンが押下停止タイプのスロッ
トマシンを含むからといって,「式 X=(ST 1/K)−NT 1」によ
って配当データXを求めるという構成の技術的意義が失われるものでは
ない。
エ(ア) また原告は,訂正発明1の「式 X=(ST1/K)−NT1」により
得られる配当データXの値は,短期的には毎回同一確率で行われる抽選
の結果に応じて決まるのであるから,配当データXから今後の払出し傾
向を予測することはできず,上記式には技術的意義がないと主張する。
(イ) しかし,訂正発明1は,ゲームが行われる1回ごとのデータを求める
ものではなく,当該ゲームが行われる時点までの投入コインの積算枚数
(NT 1)と ペイアウト率どおりに配当されたと仮定した場合の投入コ
インの積算枚数(ST 1/K)とを比較するものである。そして,両数
値を比較した結果,
ST1/K > NT1
となる場合には,現実に投入されたコインに対してペイアウト率を上回
る配当コインが払い出されたことを意味するものであり,
ST1/K < NT1
となる場合には,現実に投入されたコインに対してペイアウト率を下回
る配当コインが払い出されたことを意味するものであるから,両数値を
比較することにより,遊技者は,当該ゲームが行われる時点までの総計
としてペイアウト率を上回る配当がされたのか,下回る配当がされたの
かを知ることができる。
そして,「すでに多量の配当コインが払い出されているスロットマシ
ンは,以後は比較的入賞が得にくくなる可能性があるが,このような傾
向は慣れた遊技者が感覚的に知得している」(訂正明細書〔甲9〕3頁
17行∼19行)ことから,遊技者は,上記の比較結果に基づいて今後
の配当傾向を予測することが可能である。
(ウ) もっとも,原告も主張するように,当該ゲームが行われる時点までの
配当データXを知ることができたとしても,当該ゲームの結果はゲーム
毎に行われる抽選の結果に応じて決まるから,過去の配当データXに基
づいてなされる遊技者の予測は,当たることもあれば外れることもあ
る。
しかし,スロットマシンはその遊技機としての性質上,遊技者が当該
スロットマシンの今後の払出し傾向を予測し,当該スロットマシンで遊
技を行うかどうかを選択すること自体に興趣を感じさせるものであるか
ら,遊技者に表示されるデータは,過去の配当傾向を示すもので遊技者
が今後の払出し傾向を予測する参考となり得るものであれば足りるとい
うべきである。
(エ) そして,上述のとおり,訂正発明1の「式 X=(ST1/K)−NT
1 」により得られる配当データXを表示することにより,遊技者は,当
該ゲームが行われる時点までにペイアウト率を上回る配当がされたかど
うかを知ることができるのであるから,配当データXの表示は遊技者に
とって今後の配当傾向を予測する参考となり得るものである。
(3) したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について
(1)ア 刊行物B(甲2)には,以下の記載がある。
・実用新案登録請求の範囲
「ゲーム機のプレイデータを示すプレイデータ表示装置において,ゲーム機の
プレイデータをグラフ図形でアナログ的に表示し,そのグラフ図形上に売上額
および定量打止めに対応する複数のマーカーを入れてグラフ図形からゲームの
流れと数値を判断できる構成にした事を特徴とするプレイデータ表示装置。」
(1頁5行∼11行)
・発明が解決しようとする問題点
「…従来のプレイデータ表示装置によれば,デジタル表示であったため,ゲー
ムの流れのパターンを把握したり,全体的にプレイデータの数値をアナログ的
に把握することが極めて困難であった。」(2頁9行∼13行)
・考案の目的
「この考案は,前述のような従来技術の欠点を解消して,ゲームの流れのパタ
ーンを容易に把握することができるとともにプレイデータの数値をアナログ的
に容易に把握することのできるプレイデータ表示装置を提供することを目的と
している。」(2頁15行∼3頁2行)
・実施例
「…第2図はこの考案によるプレイデータ表示装置の表示結果の一例を示すも
のであり,…第2図において,横軸はパチンコ玉やスロットマシンのメタルな
どの投入数が表示しており,縦軸は投入数を当たり数との差引数を示してい
る。…」(5頁下1行∼6頁7行)
「…ある時点におけるグラフ図形の位置をみれば,それまでの投入数を横軸か
ら知ることができ,その投入数と当り数との差引数を縦軸から知るとができ
る。…」(7頁1行∼4行)
イ また,刊行物C(甲1)には,以下の記載がある。
・特許請求の範囲
「1.メダルの投入を検知するメダル検知装置と,メダル検知装置からの検知
信号により所定のゲームを行なう遊技装置と,ゲーム終了時ゲーム結果によっ
て得点を表示する得点表示装置と,得点に応じた枚数のメダルを払い出すメダ
ル払い出し装置と,これら各装置を制御する演算部とを有するメダル遊技機に
おいて,演算部を,メダル検知装置の検知信号及びメダル払い出し装置の払い
出し信号の各累計を記憶し,所定の入力によりこれら累計の一方又は双方を得
点表示装置に表示するよう形成したことを特徴とするメダル遊技機。
2.演算部を,検知信号と払い出し信号との累計の差を計算し,所定の入力に
よりこの差を得点表示装置に表示するよう形成した特許請求の範囲第1項記載
のメダル遊技機。」(1頁左下欄5行∼20行)
・発明の詳細な説明
「本発明は得点表示装置を備えたメダル遊技機に関するものである。
これらゲーム機は,投入メダル枚数と,払い出しメダル枚数の差である,遊
技客の消費メダル枚数を大きくすると,そのゲーム機は払いが悪いとして遊技
客が付かず,逆にマイナスにすると遊技店が赤字を出すこととなり,消費メダ
ル枚数の設定が重要な課題の1つとされていた。そこで一般には,…投入メダ
ルと払い出しメダルとの枚数を別個にカウントしておき,一日のゲーム終了時
後に両カウンターの表示数に照らして消費メダル枚数を判断して,次の日の消
費メダル枚数の決定を行なつていた。…」(1頁右下欄2行∼16行)
「…そこで本発明は,…別体のカウンターを設置せず,得点表示装置にてメダ
ル枚数表示を行なう様にし,製造コストの低廉化を図り,あわせて,枚数表示
を読み易くし,作業能率の向上を図ること等を目的に創作されたものである。
…」(2頁左上欄2行∼18行)
「…なお演算部(10)を,投入メダル(M)枚数と払い出しメダル(M)枚
数との差を計算し,この数字を得点表示装置(40)に表示する様に形成する
と,ゲーム機の稼動状態の把握が一層容易に行なえ便利である。…」(2頁右
下欄18行∼3頁左欄2行)
(2) 以上によれば,刊行物B及び刊行物Cには,「投入数と当り数との差引
数」(刊行物B),「投入メダル(M)枚数と払い出しメダル(M)枚数と
の差」(刊行物C)を表示することが示されているものの,訂正発明1の
「式 X=(ST1/K)−NT 1 」により得られる配当データXを表示する
という構成,すなわち現実に投入されたコインの総数(NT 1 )とペイアウ
ト率どおりに配当されたと仮定した場合の投入コインの総数(ST 1/K)
とを比較するという構成は,記載も示唆もされていない。
したがって,訂正発明1と引用発明Aとの相違点2に係る構成が,刊行物
B及びCに記載の発明から当業者が容易に想到し得たものであるということ
はできないとした審決の判断は正当である。
(3) これに対し原告は,①訂正発明1の「式 X=(ST1/K)−NT1 」に
おいて「ペイアウト率K=1」とした場合には引用発明Aと同一となるか
ら,ペイアウト率Kの値について限定していない訂正発明1は引用発明Aと
同一のものである,②訂正発明1の「式 X=(ST1/K)−NT 1 」によ
り得られる配当データXを表示するという構成には技術的意味がない,と主
張する。
しかし,これらの主張がいずれも採用できないことは,前記4において検
討したとおりである。
(4) したがって,原告主張の取消事由4は理由がない。
6 結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 清 水 知 恵 子

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