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平成19(行ケ)10272審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年7月9日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官肥塚雅博
原告スリーエムイノベイティブプロパティズカンパニー
対象物 ミシン目のある不織外科用テープのロール
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決50回
実施7回
優先権1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 本件は,スリーエムカンパニーが特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服と して審判請求をしたところ,請求が成り立たないとの審決がされたので,スリーエ ムカンパニーから上記特許出願に係る特許を受ける権利の譲渡を受けた原告が,同 審決の取消しを求める事案である。

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判決文

平成19年(行ケ)第10272号審決取消請求事件
平成20年7月9日判決言渡,平成20年6月9日口頭弁論終結
判 決
原 告 スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー
訴訟代理人弁護士 上谷清,永井紀昭,仁田陸郎,萩尾保繁,山口健司,薄葉健
司,笹本摂
訴訟代理人弁理士 中村和広
被 告 特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人 寺本光生,村山禎恒,高木彰,森山啓
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定め
る。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2004−16575号事件について平成19年3月13日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,スリーエムカンパニーが特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服と
して審判請求をしたところ,請求が成り立たないとの審決がされたので,スリーエ
ムカンパニーから上記特許出願に係る特許を受ける権利の譲渡を受けた原告が,同
審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯(争いのない事実)
スリーエムカンパニー(旧商号 ミネソタ マイニング アンド マニュファク
チャリング カンパニー)は,発明の名称を「ミシン目のある不織外科用テープの
ロール」とする発明について,平成6年8月31日(パリ条約による優先権主張
1993年8月31日,米国)を国際出願日とする特許出願(以下「本件出願」と
いう 。)をしたが,平成16年4月23日付けで拒絶査定を受けたので,同年8月
9日,同拒絶査定に対する不服審判を請求し,同年9月8日,手続補正(以下「本
件補正」という。)をした。
特許庁は,上記請求を不服2004−16575号事件として審理し,平成19
年3月13日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は成り立たない。」
との審決をし,その謄本は同月27日スリーエムカンパニーに送達された。
原告はスリーエムカンパニーから,本件出願に係る特許を受ける権利の譲渡を受
け,平成19年7月19日,被告に対しその旨の出願人名義変更届をした。
2 発明の要旨
(1) 審決は,本件補正を却下し,平成13年6月20日付け手続補正(甲4)後
の請求項1に記載された発明を対象としたものであるところ,その発明の要旨は次
のとおりである(なお,請求項の数は4個である。)
「 請求項1】
【 主要表面上に感圧接着剤をコートされているタテ軸とヨコ軸を
もつバインダー含有不織ウェブであってそのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗
性あるものを含んで成る接着剤テープのロールであって;その接着剤コートされた
ウェブが,テープの0.1∼1mmの連結セグメントにより分離された一連の0.
2∼5mmのミシン目及び1:1∼10:1のミシン目長さ対連結セグメント長さ
の比により定められる,多数のタテ方向に間隔をあけて配置され,ヨコ方向に延び
る,ミシン目のある分離線をもち,そのミシン( ミシン目」の誤記と認める 。
「 )
のあるテープが1センチメーター幅当り少なくとも400グラム且つ1センチメー
ターの幅当り3000グラム以下の引っ張り強度をもつ,前記接着剤テープ。」
(2) 本件補正(甲5)後の請求項1に記載された発明の要旨は,次のとおりであ
る(下線部分が本件補正に係る部分であり,以下,この発明を「本願補正発明」と
いう。なお,本件補正後の請求項の数は4個である。。

「 請求項1】
【 主要表面上に感圧接着剤をコートされているタテ軸とヨコ軸を
もつバインダー含有不織ウェブであってそのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗
性があり,かつ,ライナーのないものを含む接着剤テープのロールであって;当該
接着剤がコートされたウェブは,テープの0.1∼1mmの連結セグメントにより
分離された一連の0.2∼5mmのミシン目及び1:1∼10:1のミシン目長さ
対連結セグメント長さの比により定められる,多数のタテ方向に間隔をあけて配置
され,ヨコ方向に延びる,ミシン目のある分離線を有し,当該ミシン目の形状は,
線状,斜め,Y−形,V−形,2本斜めオフセット又はシヌソイドであり,ここで
当該ミシン( ミシン目」の誤記と認める。
「 )のあるテープは,1センチメーター幅
当り少なくとも400グラム且つ1センチメーターの幅当り3000グラム以下の
引っ張り強度を有する,前記接着剤テープのロール。

3 審決の理由の要点
審決は,本願補正発明は ,実願平1−39902号 実開平2−131432号)

のマイクロフィルム(甲第1号証。以下,審決と同様に「引用例」という 。)に記
載された発明(発明ではなく考案であるが,審決と同様に,以下「引用例記載の発
明」という 。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた
ものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受け
ることができず,本件補正は,同法17条の2第5項が準用する同法126条5項
の規定に違反するものであり,同法159条1項において読み替えて準用する同法
53条1項の規定により却下されるべきであるとし(同法17条の2第5項,15
9条1項,53条1項は,いずれも ,平成18年法律第55号による改正前のもの ),
上記2(1)記載の発明を対象とした上,同発明は,本願補正発明と同様の理由によ
り,引用例記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることが
できたものであり,同法29条2項の規定により特許を受けることができないとし
た。
審決の理由中,本件補正の適否の判断における,引用例記載の発明の内容,本願
補正発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定,相違点についての判断
は,以下のとおりである。
(1) 引用例記載の発明の内容
引用例には,次の発明が記載されているものと認められる。
「一方の面に感圧性接着剤を塗工された不織布製の基布であって,剥離紙のないものを含む
カット包帯材のロールであって,接着剤が塗工された基布は,包帯材の長さ約1mmの非切込
部により分離された一連の長さ約2mmの切込部及び約2:1の切込部長さ対非切込部長さの
比により定められる,多数のタテ方向に間隔をあけて配置され,ヨコ方向に延びる,切込部の
あるカット線を有し,当該切込部の形状は線状である,カット包帯材のロール。」
(2) 本願補正発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定
本願補正発明と引用例記載の発明とを対比すると,引用例記載の発明の「一方の面 」 「感圧

性接着剤」 「塗工 」 「不織布製の基布」 「剥離紙」 「カット包帯材」 「非切込部」 「切込部」
, , , , , ,
及び「カット線」は,本願補正発明の「主要表面」「感圧接着剤」「コート」「不織ウェブ」
, , , ,
「ライナー」 「接着剤テープ」 「連結セグメント 」 「ミシン目」及び「分離線」に相当する。
, , ,
そして,引用例記載の発明の「不織布製の基布」は,引用例における発明の作用についての
「通常の巻回等によっては基布がこのカット線に沿って裂けることはないが,外側縁から幅方
向に意図的な切断力を作用させると容易に裂断される 」(甲第1号証4頁8行∼11行)との
記載によると,そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があるということができる。
そうすると,両者は,
「主要表面上に感圧接着剤をコートされているタテ軸とヨコ軸をもつ不織ウェブであってそ
のヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり ,かつ ,ライナーのないものを含む接着剤テー
プのロールであって;当該接着剤がコートされたウェブは,テープの1mmの連結セグメント
により分離された一連の2mmのミシン目及び2:1のミシン目長さ対連結セグメント長さの
比により定められる,多数のタテ方向に間隔をあけて配置され,ヨコ方向に延びる,ミシン目
のある分離線を有し,当該ミシン目の形状は,線状である,前記接着剤テープのロール」であ
る点で一致し,次の点で相違する。
ア 相違点1
「本願補正発明では,不織ウェブが,バインダー含有不織ウェブであるのに対して,引用例
記載の発明では,不織ウェブが,バインダーを含有するのか不明である点 。」
イ 相違点2
「本願補正発明では,ミシン(当審注:ミシン目の誤記)のあるテープは,1センチメーター
幅当り少なくとも400グラム且つ1センチメーターの幅当り3000グラム以下の引っ張り
強度を有するのに対して,本願補正発明では,ミシン目のあるテープの引っ張り強度が不明で
ある点。」
(3) 相違点についての判断
ア 相違点1について
「一般に,不織布は,フリース形成と繊維間結合の2工程により製造され,フリースが形成
された後,繊維間結合工程において繊維同士が結合される。この繊維同士の結合方法として,
フリースにエマルジョン系の接着樹脂を含浸あるいはスプレー等で付着させ繊維の交点を接着
する方法は,ケミカルボンド法として知られ,代表的なものである。
引用例には,不織ウェブについて,どのような方法で繊維間結合が行われたのか記載がなく
不明であるが,引用例記載の発明において,不織ウェブの繊維間結合工程における繊維同士の
結合方法として,ケミカルボンド法を採用して,本願補正発明のようにバインダー含有不織ウ
ェブとすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得たことである。」
イ 相違点2について
「本願補正発明の『引っ張り強度』に関して,本願明細書12頁8ないし12行に ,『本明
細書中に述べるプロトコールに従って計測されたタテ方向(11 ) 図2)におけるテープ(1

0)のミシン目セクションの引っ張り強度は ,望ましくは ,約400∼約3000グラム/cm
幅……である。』との記載がある。この記載によると,本願補正発明の引っ張り強度は,タテ
方向(11)(図2)における接着剤テープ(10)のミシン目セクションの引っ張り強度を
意味しているものと解される。
ところで,不織布の片面に感圧接着剤をコートした接着剤テープの引っ張り強度は0.4kg
/cmないし1.0kg/cm程度であることは,本願の優先日前に周知の技術的事項(例え
ば,特開昭61−22855号公報参照 。)であり,接着剤テープにヨコ方向に分離線を設け
た場合には,引っ張り強度がそれよりも減少することは自明のことである。
一方,ヨコ方向に分離線を設けたロール状の接着テープが,テープ繰り出し等の使用時に不
用意に分離線のところで分離しない程度の,また過大な力を要することなく分離できる程度の
引っ張り強度を有するようにすることは,当業者であれば当然に考慮する事項であるといえる 。
そして,本願補正発明におけるテープの引っ張り強度の数値は,上記周知の事項から想定さ
れる程度のものであり,そのような数値にしたことによる格別の技術的な意義も認められない 。
そうしてみると,引用例記載の発明における接着テープの引っ張り強度の数値を,本願補正
発明のような数値とすることは,接着テープの使用時の利便性を考慮して当業者が容易に想到
し得たことといえる。」
第3 審決取消事由の要点
審決は,引用例記載の発明の認定を誤り,本願補正発明と引用例記載の発明との
一致点を誤認して相違点を看過し(取消事由1 ),相違点1及び相違点2について
の判断を誤った(取消事由2及び3)ものであるところ,これらの誤りがいずれも
結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべき
である。
1 取消事由1(一致点の誤認による相違点の看過)
(1) 審決は,引用例の「通常の巻回等によっては基布がこのカット線に沿って
裂けることはないが,外側縁から幅方向に意図的な切断力を作用させると容易に裂
断される」 甲第1号証4頁8行∼11行)との記載から,引用例記載の発明の「不

織布製の基布」は,「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性がある」と判断
し,この点を本願補正発明と引用例記載の発明との一致点であると認定したが,誤
りである。
(2) 本願補正発明は,引っ張り強度が約10lb(ポンド)/インチ(約18
00グラム/センチメートル)よりも大きく手で裂くことができない高強度の不織
ウェブを裏材とする接着剤テープ(特に外科用接着剤テープ)に特定のミシン目を
設け,そのミシン目に沿って手で容易に裂断できるようにしたものであり,本願補
正発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」との構成は,ミシ
ン目を設ける前の不織ウェブ自体の裂け強度の特性を示す要件であり,不織ウェブ
をそのヨコ軸に沿って手で裂くことが困難であることを意味している。
これに対し,引用例記載の発明の包帯材を構成する不織布製の基布は,引用例に
「不織布は通常の織布生地に比較すれば裂け易い生地であるが,そのまま指先等で
裂断すると不規則な破れや伸びを生じやすい」(甲第1号証9頁8行∼10行)と
記載されているように,それ自体裂け易いものであり,指先等すなわち手で裂くこ
とができるものである。そして,審決が引用する引用例の「通常の巻回等によって
は基布がこのカット線に沿って裂けることはないが,外側縁から幅方向に意図的な
切断力を作用させると容易に裂断される」との記載は,単に,引用例記載の発明に
係る不織布製の基布は巻回等による長手方向の力を加えてもカット線に沿って裂け
ないが,カット線の外側縁から幅(ヨコ軸)方向の切断力を加えると,容易に裂断
されるということを意味するにすぎず,カット線を設ける前の不織布製の基布自体
における幅(ヨコ軸)方向の裂けに対する抵抗性を示すものではない。
したがって,引用例記載の発明に係る不織布製の基布は,本願補正発明の「その
ヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」との要件を満たしていないから,
審決が,引用例記載の発明は上記要件を備えると判断し,この点を本願補正発明と
引用例記載の発明との一致点であると認定したことは誤りであり,審決はこの相違
点を看過したものである。
(3) 被告は,本願補正発明の特許請求の範囲には,単に「そのヨコ軸に沿って
の裂けに実質的に抵抗性があり」という定性的な記載があるのみであって,その強
度について具体的にどの程度のものであるか記載されているわけではないと主張す
る。
しかしながら,上記のとおり ,「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的な抵抗性が
あり」とは手で裂くことが困難であることを意味するところ,本願補正発明に係る
明細書(甲第3号証。以下「本願明細書」という。)には,その裂けに対する抵抗
性は引っ張り強度が約10lb ポンド )
( /インチ 約1800グラム/センチメー

トル)よりも大きい場合に実現されるものであるとして,その抵抗性の強度を約1
800グラム/センチメートルよりも大きい引っ張り強度であると定量的に記載し
ているから,被告の主張は失当である。
(4) 被告は,本願補正発明も引用例記載の発明もミシン目を設けることによっ
て不織布の分離を容易にするものであるから,ミシン目を設ける前よりもミシン目
を設けたあとの方が強度が弱くなっていることが重要な事項であって,ミシン目を
設ける前の強度の違いは重要な相違点であるとはいえないと主張する。
しかしながら,本願補正発明は,単にミシン目を設けることによって接着剤テー
プの分離を容易にするだけの発明ではない。本願補正発明の接着剤テープのロール
は,特に外科用接着剤テープとしての使用を目的として開発されたものであるが,
外科用接着剤テープは,長手方向に一定以上の強度(引っ張り強度)を有する高強
度タイプのものが求められる。本願補正発明は,ミシン目を設ける前に裂けに実質
的に抵抗性のある不織ウェブを用いることにより,ミシン目を設けた後も「1セン
チメートル幅当たり少なくとも400グラムかつ1センチメートル幅当たり300
0グラム以下」の引っ張り強度を有する接着剤テープを実現するものであり,本願
補正発明により,ミシン目を入れた接着剤テープを高強度タイプの外科用接着剤
テープとして使用することがはじめて可能とされたのである。
そして,本願補正発明の外科用接着剤テープにミシン目を設けることの利点は,
切断用具を用いることなく,手で容易にミシン目に沿って裂くことができることで
あり,本願補正発明の外科用接着剤テープが,外科用接着剤テープとして使用する
には強度が不足する低強度の接着剤テープや,手で裂くことが困難であり,切断用
具を用いなければならない従来の高強度タイプの外科用接着剤テープと比べて非常
に大きな利点を有していることは明らかである。
このように,本願補正発明の接着剤テープは,高強度の不織ウェブを用い,ミシ
ン目を設けることで,従来技術の高強度タイプ及び低強度タイプの接着剤テープと
比較して顕著に有利な効果を奏することを可能にするものであるから,ミシン目を
設ける前の不織ウェブの強度自体及びそれが高強度であることは重要な意義を有す
る。
これに対して,引用例記載の発明の包帯材は,基本的に緩みやずれが生じないよ
うに患部接着できればよく,また,包帯は患部に複数回重ねて巻いて使用されるの
で,包帯材の長手方向に適度な緊縛力があればよい 甲第1号証2頁8行∼12行)

のであり,ミシン目を設ける前もミシン目を設けた後も,包帯材の強度は重要では
なく,その強度も低いもので足りるのである。
したがって,本願補正発明と引用例記載の発明との相違点として,ミシン目を設
ける前の不織布の強度の違いは重要な相違点であるから,被告の主張は失当である。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性判断の誤り)
(1) 審決は,相違点1について,
「引用例には,不織ウェブについて,どのよう
な方法で繊維間結合が行われたか記載がなく不明であるが,引用例記載の発明にお
いて,不織ウェブの繊維間結合工程における繊維同士の結合方法として,ケミカル
ボンド法を採用して,本願補正発明のようにバインダー含有不織ウェブとすること
は,当業者が必要に応じて適宜なし得たことである 。 と判断したが,誤りである。

(2) 本願補正発明の接着剤テープは,裂けに実質的な抵抗性を有する高強度の
不織ウェブを使用するものであり,本願補正発明において,バインダーは,線維結
合を強化して不織ウェブに強度を付与するために重要であるのみならず,ミシン目
に沿って均一に裂けるように構成するため,不織ウェブを柔らかくしてその裂けを
容易にし,また,裂け線に沿ってその線維のほつれを防ぐという作用効果を奏する
ための必須の構成要素である。
これに対し,引用例には,引用例記載の発明に係るカット包帯材の製造方法が詳
細に記載されているにもかかわらず,バインダーの使用に関する何らの記載も存在
せず,当該カット包帯材の不織布製の基布にバインダーを含有すべきことについて
全く教示がないから,引用例記載の発明においては,不織布製の基布にバインダー
を含んでいないと考えられる。また,引用例記載の発明に係るカット包帯材は,約
150g/5cm(約30g/cm)の引っ張り強度では断裂しないものであり,
その不織布製の基布が低強度のものであることは明らかであるから,不織布製の基
布にバインダーを含有しなければならない技術的理由は存在しない。
したがって,審決が,引用例記載の発明に係る不織布製の基布をバインダー含有
不織ウェブとすることは当業者が容易になし得たことであると判断したことは,上
記のような本願補正発明におけるバインダーの重要な意義を理解せず,引用例記載
の発明においては不織布製の基布にバインダーが含まれず,またバインダーを含有
しなければならない技術的理由も存在しないことを無視するものであって,誤りで
ある。
3 取消事由3(相違点2についての容易想到性判断の誤り)
(1) 審決は,「不織布の片面に感圧接着剤をコートした接着剤テープの引っ張り
強度は0.4kg/cmないし1.0kg/cm程度であることは,本願の優先日
前に周知の技術的事項(例えば,特開昭61−22855号公報参照。)であり,
接着剤テープにヨコ方向に分離線を設けた場合には,引っ張り強度がそれよりも減
少することは自明のことである。(審決6頁23行∼27行)とし,さらに「ヨコ

方向に分離線を設けたロール状の接着テープが,テープ繰り出し等の使用時に不用
意に分離線のところで分離しない程度の,また過大な力を要することなく分離でき
る程度の引っ張り強度を有するようにすることは,当業者であれば当然に考慮する
事項であるといえる。(審決6頁28行∼31行)と判断し ,これらに基づき , 本
」 「
願補正発明におけるテープの引っ張り強度の数値は,上記周知の事項から想定され
る程度のものであり,そのような数値にしたことによる格別の技術的意義も認めら
れない。(審決6頁32行∼34行)と判断したが,誤りである。

(2) 本願補正発明の接着剤テープは,ミシン目を設けた場合でさえ,「1センチ
メーター幅当り少なくとも400グラム且つ1センチメーターの幅当り3000グ
ラム以下 」の引っ張り強度を有するものであるが,特開昭61−22855公報 甲

第2号証。以下「周知技術文献」という。)の医用感圧接着シートは,実施例を参
照すると,ミシン目を設けていないにもかかわらず引張強力が0.28kg/cm
であって,本願補正発明の引っ張り強度よりも低いものであり,周知技術文献では,
本願補正発明が企図する高強度タイプの外科用接着剤テープと実質的に異なるもの
が教示されているといえる。
したがって,引用例記載の発明と周知技術文献からは本願補正発明の引っ張り強
度の数値範囲は決して示唆されないから,審決が,本願補正発明の引っ張り強度の
数値範囲は周知の技術的事項から想定される程度のものであると判断したのは誤り
である。
(3) 本願補正発明は,バインダー含有不織ウェブを用いて高強度接着剤テープ
を作製し,これに特定の形状及び寸法のミシン目を設け,かつ,1センチメーター
幅当り少なくとも400グラム且つ1センチメーターの幅当り3000グラム以下
の引っ張り強度とすることで,分離線に沿って手で容易に裂断することができ,か
つ,外科用途の高強度タイプの接着剤テープとして好適に使用可能な接着剤テープ
を提供するものであり,上記引っ張り強度の数値範囲は,接着剤テープが高い引っ
張り強度特性を保持しつつ,同時に分離線においてきれいにかつ均一に裂けるとい
う本願補正発明の課題を解決するための手段として見出されたものであり,格別の
技術的意義がある。なお,スリーエムカンパニーは,本願補正発明の範囲内にある
「3M MediporeTM テープ」と称する商品を製造販売し,かなりの商業的成功を収め
ているが,かかる商業的成功は,本願補正発明における引っ張り強度の数値範囲が
格別の技術的意義を有することを間接的に裏付けるものである。
このように,本願補正発明における引っ張り強度の数値範囲は,接着剤テープに
ミシン目を入れることにより分離線に沿って裂け易くする場合に必然的に導かれる
当然の数値範囲ではなく,従来技術からは容易に導かれない重要な意義があるもの
であるから,審決が,上記引っ張り強度の数値範囲は周知の技術的事項から想定さ
れる程度のものであると判断したのは誤りである。
(4) 以上の点で,審決は,相違点2についての容易想到性判断を誤った違法が
ある。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点の誤認による相違点の看過)について
引用例記載の発明の不織布製の基布は,引用例に「通常の巻回等によっては基布
がこのカット線に沿って裂けることはないが,外側縁から幅方向に意図的な切断力
を作用させると容易に裂断される」と記載されているとおり,意図的な切断力を作
用させると裂断されるのであるから,実質的に抵抗力があることは明らかである。
また,本願補正発明の特許請求の範囲には,単に「実質的に抵抗性があり」とい
う定性的な記載があるのみであって,その強度について具体的にどの程度のもので
あるか記載されているわけではなく,本願補正発明も引用例記載の発明もミシン目
を設けることによって不織布の分離を容易にするものであるから,ミシン目を設け
る前よりもミシン目を設けたあとの方が強度が弱くなっていることが重要な事項で
あって,ミシン目を設ける前の強度の違いは重要な相違点であるとはいえない。
したがって,審決が,「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」と
の点を本願補正発明と引用例記載の発明との一致点と認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性判断の誤り)について
審決は,引用例には不織ウェブがバインダーを含有するか否かについては記載が
ないから,不明であるとしたものであり,審決のこの判断に誤りはない。
また,原告は,引用例記載の発明ではバインダーが使用されていなかったと主張
するが,引用例にはそのことを明示的に示す記載はないから,バインダーを含有し
たかも知れないし,含有しなかったかもしれないのである。
そして,審決は,引用例の不織ウェブではバインダーの含有について不明である
が,相違点1について前記第2の3(3)アのような判断をし,容易想到であるとし
たものであって,審決の判断に何ら誤りはない。
3 取消事由3(相違点2についての容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,本願補正発明における1センチメーター幅当り少なくとも400
グラム且つ1センチメーターの幅当り3000グラム以下の引っ張り強度には格別
の技術的意義がある旨主張する。
(2) 本願明細書には,分離線の技術的意義について以下のような記載がある。
「本明細書中に述べるプロトコールに従って計測されたタテ方向(11)(図2)
におけるテープ(10)のミシン目セクションの引っ張り強度は ,望ましくは,約 400
∼約 3000 グラム/ cm 幅,好ましくは約 600 ∼約 2000 グラム/ cm 幅,そして最も
好ましくは約 800 ∼約 1700 グラム/ cm 幅である。約 400 グラム/ cm 幅未満のタ
テ方向の引っ張りは,シート 80)
( の未熟な分離をもたらす傾向があり,一方, 3000

グラム/ cm 幅より大きなタテ方向の引っ張りは過剰の力を必要とし,そしてそれ
によりシート(80)の分離を妨害する傾向がある 。(13頁8行∼14行)
」 。
すなわち,ミシン目のあるテープにおいて,ミシン目部分の引っ張り強度が低す
ぎると分離してはいけない時に切れてしまうし,逆に強度が高すぎると分離する時
に力がいるので切りにくいというのである。
しかし,このようなことは,そもそもミシン目を入れることにより切れやすくす
るという手段が当然満足すべき周知の条件であるにすぎない。
そして,人間が手によりテープを分離するのであるから,分離するのに用い得る
力には自ずと限界があり,本願補正発明に係る外科用接着剤テープは医療現場にお
いて使用することからすれば,分離するために必要とする力には適切な範囲がある
ことは当然のことであり,その範囲を定めることに格別の困難性があるものとはい
えない。
(3) しかも,その数値範囲は従来の医療用シートと同程度のものにすぎないこ
とは審決中においても示したとおりである。
すなわち,不織布の片面に感圧接着剤をコートした医療用の接着性テープの引っ
張り強度は0.4kg/cmないし1.0kg/cm程度であることは,本件出願
の優先日前に周知の技術的事項(例えば,特開昭61−22855号公報参照 。)
であり,接着剤テープにヨコ方向に分離線を設けた場合には,引っ張り強度がそれ
よりも減少することは自明のことである。
一方,ヨコ方向に分離線を設けたロール状の接着剤テープが,テープ繰り出し
等の使用時に不用意に分離線のところで分離しない程度の,また過大な力を要する
ことなく分離できる程度の引っ張り強度を有するようにすることは,当業者であれ
ば当然に考慮する事項である。
そして,本願補正発明におけるテープの引っ張り強度の数値範囲は,上記周知
の事項から想定される程度のものであり,そのような数値範囲に限定したことによ
る格別の技術的な意義も認められない。
審決は,以上のような考え方に基づいて,相違点2について容易想到であると判
断したのであり,審決の判断に何ら誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認による相違点の看過)について
(1) 原告は,本願補正発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性が
あり」との構成は,ミシン目を設ける前の不織ウェブ自体の裂け強度の特性を示す
要件であり,不織ウェブをそのヨコ軸に沿って手で裂くことが困難であることを意
味するところ,引用例記載の発明の包帯材を構成する不織布製の基布は手で裂くこ
とができるから,審決が,引用例記載の発明の不織布製の基布は「そのヨコ軸に沿
っての裂けに実質的に抵抗性がある」と判断し,この点を本願補正発明と引用例記
載の発明との一致点であると認定したことは誤りであると主張する。
(2) 本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2(2)のとおり
であり,また,本願明細書(甲第3号証)の【発明の詳細な説明】欄には,次の記
載がある。
ア 背景
「非配向不織布内の繊維のランダムな方向は,さまざまな有用な特性及び特徴をもつ布を提
供する。これらの特徴の中の1つは,その布内での最初の裂けの導入後,横方向における連続
ライナーの裂けに抵抗する上記布の能力である。この不織布の裂け抵抗特性はさまざまな用途
について有益に貢献するけれども,不織布がロールから小出しされる外科用テープのような接
着剤テープの裏材として使用されるとき,それは特定の困難性を提示する。
その不織裏材が十分に低い強度を有する場合,そのテープはあまり困難性を伴わずに手によ
り破かれることができる 。・・・低強度不織接着剤医療用テープ・・・は1インチ幅当り約6
ポンド(1071 グラム/ cm)の引っ張り強度を有している。それらは手で破かれることができ
るけれども,これらのテープは不均一に裂かれる傾向にある。
高強度の不織裏材・・・により作られたテープは,あまりに裂け抵抗性が大きく手で裂かれ
ることができないと広く信じられており,そしてハサミ又は他の切断具により一定サイズに切
断されなければならない。(4頁7行∼23行)

イ 発明の要約
「本発明に従って,切断具の必要性を伴(わ)ずに小出しされることができるライナーのな
いバインダー含有不織テープを提供する 。 (6頁8行,9行)

ウ 発明の詳細な説明中の組成の項うち,不織ウェブの項目
(ア) 「好ましい不織ウェブ(20)は ,・・・高強度不織布のファミリーを含む 。 (8頁2

6行∼9頁1行)
(イ) 「高強度テープと低強度テープ(10)の両方が,本明細書中に記載するような分離線
(50)を取り込むことにより利益を得ることができる。高強度テープ(10) すなわち,約 10lbs

/インチ(約 1800 g/ cm)より大きな引っ張り強度をもつものは引き裂くのが困難であり,
そして一般的に線状には裂けない。低強度テープ,すなわち,約 10lbs /インチ(約 1800 g
/ cm)未満の引っ張り強度をもつものは裂かれることができるが一般的には均一に裂けず,そ
してそのテープ(10)がそれに接着剤により接着されるようになることができるような程度に
裂ける間に皺になることができる。本発明に従うテープ(10)のミシン目は(不織ウェブ(20),
バインダー,低接着性バックサイズ(40)及び接着剤(30)を含む)テープ(10)が約 10lbs
/インチ(約 1800 g/ cm)を上廻るミシン目前の引っ張り強度をもつ高強度テープ(10)で
あるとき,特に有益である。 (11頁1行∼12行)

(3) 原告は,本願補正発明の請求項1の記載及び上記(2)の本願明細書の記載に
よれば,本願補正発明は ,本願明細書の上記(2)ウ(イ)記載の約 10lbs /インチ(約
1800 g/ cm)より大きな引っ張り強度をもつ高強度テープに限定され,本願補正
発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」とは,ミシン目を設
ける前の不織ウェブが手で裂くことが困難であることを意味するものであると主張
する。
ア 本願補正発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」との
構成は,接着剤テープの裏材となる不織ウェブの性質ないし特性を規定するもので
あると解されるが,「裂けに実質的に抵抗性がある」ことの意義は文言上一義的に
明確であるとはいえない。そこで,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参照す
ると,確かに,前記(2)のとおり,発明の詳細な説明の欄においては,①「高強度
の不織裏材・・・により作られたテープは,あまりに裂け抵抗性が大きく手で裂か
れることができない」(前記(2)ア ),②「(ア) 「好ましい不織ウェブ(20)は ,・
・・高強度不織布のファミリーを含む。 (前記(2)ウ(ア))
」 ,③「本発明に従うテー
プ(10)のミシン目は(不織ウェブ(20) バインダー,低接着性バックサイズ(40)

及び接着剤(30)を含む)テープ(10)が約 10lbs /インチ(約 1800 g/ cm)を
上廻るミシン目前の引っ張り強度をもつ高強度テープ(10)であるとき,特に有益
である。(前記(2)ウ(イ))との記載があり,これらの記載は,原告の上記主張に沿

うものであると解する余地がないわけではない。
イ しかしながら,本願明細書における本願補正発明の背景に関する記載(前記
(2)ア),すなわち,不織布は裂けに抵抗する特性があり,不織布がロールから小出
しされる外科用テープのような接着剤テープの裏材として使用されるとき,不織布
の裂け抵抗特性が特定の困難性を提示するとした上で,低い強度の不織布を使用す
る接着剤テープは手で破ることができるが,不均一に裂かれる傾向があり,他方,
高い強度の不織布を裏材とする接着剤テープは,手で裂くことができず,ハサミそ
の他の切断具により切断しなければならない,と記載されていることからすると,
不織布を外科用接着剤テープの裏材とした場合の不織布の裂け抵抗特性がもたらす
特定の困難性とは,手で裂くことができる低い強度の接着剤テープの場合には不均
一に裂かれる傾向があること,手で裂くことができない高い強度の接着剤テープの
場合には切断具により切断しなければならないことの両者を意味しているものと理
解される 。そして,本願補正発明は ,切断具を必要としない小出し可能な接着剤テー
プを提供することを目的とするものであるところ,上記のとおり,不織布を裏材と
する接着剤テープには低い強度のテープ及び高い強度のテープのいずれにおいて
も,不織布の裂け抵抗特性がもたらす困難性があるとされており,また,高強度テー
プと低強度テープの両方が本願補正発明の分離線を採用することにより利益を得る
ことができるとされていることからすると,本願補正発明は,上記の困難性を解決
すべき課題とし,その解決手段として請求項1記載の構成を採用することにより,
切断具を必要としない小出し可能な接着剤テープを提供するものであると解するこ
とができる。
そうすると,本願補正発明の「裂けに実質的に抵抗性がある」とは,不織布の裂
け抵抗特性により,不織布を裏材とする接着剤テープが,高強度のテープの場合に
は手で裂くことができないため切断具により切断しなければならず,低強度のテー
プの場合には手で裂くことはできるが均一に裂けないという性質ないし特性を有す
るという,不織布の一般的な性質ないし特性を確認的に記載したものであると解す
るほかないというべきである。
そして,本願明細書の上記アの記載も,①の記載は上記解釈と矛盾するものでは
ないし,②及び③の記載は,高強度の不織布ないし接着剤テープが好ましいあるは
い最適であるというのみで,本願補正発明を高強度の接着剤テープに限定する旨の
記載ではないから,上記解釈を左右するものとはいえず,本願明細書には他に上記
解釈と異なる解釈を採用すべき記載は存在しない。
ウ 以上によれば,本願補正発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗
性があり」とは,ミシン目を設ける前の不織ウェブが手で裂くことが困難であるこ
とを意味するものであるとする原告の主張は,失当というべきである。
なお,本願補正発明の「そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的に抵抗性があり」と
の構成は,出願当初の明細書の特許請求の範囲請求項1には存在せず,平成7年2
月10日の補正(甲第3号証23頁∼25頁)により特許請求の範囲請求項1に加
えられたものであり,原告は,上記補正により,本願補正発明は高強度のテープを
対象とするものに限定されたとも主張するが,本願補正発明の「裂けに実質的に抵
抗性があ(る)」の意義は上記のとおり解釈すべきである以上,原告のこの主張を
採用することはできない。
また,原告は,前記第3の1(3),(4)のとおり,本願補正発明の「そのヨコ軸に
沿っての裂けに実質的な抵抗性があり」とは,引っ張り強度が約10lb ポンド )

/インチ 約1800グラム/センチメートル)
( よりも大きいことを意味するとか,
ミシン目を設ける前の強度の違いは重要であるなどと主張するが,いずれも本願補
正発明が高強度の接着剤テープに限定されることを前提とした主張であり,その前
提を採用できないことは上記説示のとおりであるから,原告の主張は失当というほ
かない。
(4) 前記(3)で説示した本願補正発明の「裂けに実質的に抵抗性があ(る)」の
意義の解釈を前提として,引用例記載の発明がこの構成を備えるかどうかを検討す
る。
ア 引用例記載の発明は,不織布製の基布からなるカット包帯材に関するもので
あり,引用例(甲第1号証)の考案の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 作用
「通常の巻回等によっては基布がこのカット線に沿って裂けることはないが,外側縁から幅
方向に意図的な切断力を作用させると容易に裂断される。 (4頁8行∼11行)

(イ) 実施例
「不織布は通常の織布生地に比較すれば裂け易い生地ではあるが,そのまま指先等で裂断す
ると不規則な破れや伸びを生じやすい。本実施例では,このようなカット線4を設けることに
よって基布1がより確実かつ容易に切断され,またカット線4によって方向性が与えられるの
で切口が不規則になることがない。 (9頁8行∼14行)

イ 引用例の上記アの記載によれば,引用例記載の発明に係る不織布製の基布は,
通常の巻回等によりカット線に沿って裂けることはないが,織布生地に比較すれば
裂け易い生地であり,そのまま指先等で裂断できるものの,指先等で裂断すると不
規則な破れや伸びを生じやすいものであると認められる。そうすると,引用例記載
の発明に係る不織布製の基布は,不織布の裂け抵抗特性により手で裂くことはでき
るが均一には裂けない性質ないし特性を有するものであるといえるから,本願補正
発明の「裂けに実質的に抵抗性があ(る)」との構成を備えるものと認められる。
(5) 審決は,引用例記載の発明の不織布製の基布は,
「通常の巻回等によっては
基布がこのカット線に沿って裂けることはないが,外側縁から幅方向に意図的な切
断力を作用させると容易に裂断される」から,そのヨコ軸に沿っての裂けに実質的
に抵抗性があるということができると判断しているところ,以上に検討したところ
によれば,その理由付けは相当ではないといわざるを得ないものの,結論において
その判断に誤りはないというべきであるから,審決が,「そのヨコ軸に沿っての裂
けに実質的に抵抗性があ(る)」との点を本願補正発明と引用例記載の発明との一
致点であると認定したことに誤りはない。
したがって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性判断の誤り)について
(1) 審決は,不織布の製造方法について,「一般に,不織布は,フリース形成と
繊維間結合の2工程により製造され,フリースが形成された後,繊維間結合工程に
おいて繊維同士が結合される。この繊維同士の結合方法として,フリースにエマル
ジョン系の接着樹脂を含浸あるいはスプレー等で付着させ繊維の交点を接着する方
法は,ケミカルボンド法として知られ ,代表的なものである。 と認定するところ,

この点については当事者間に実質的な争いはないものと認められる(弁論の全趣
旨)。
(2) 引用例記載の発明に係る不織布製の基布は,上記(1)の不織布の一般的な製
造方法に従い,フリース形成と繊維間結合の2工程により製造され,フリースが形
成された後,繊維間結合工程において繊維同士が結合された不織布であると解する
のが相当である。そして,繊維間結合工程において接着樹脂即ちバインダーを用い
るケミカルボンド法は代表的な方法であること,引用例においては,カット包帯材
の不織布製の基布の製造に際しケミカルボンド法を用いることを阻害する事情が記
載されているわけではないこと,引用例記載のカット包帯材が約150g/5cm
(約30g/cm)の引っ張り強度では断裂しないものであることもケミカルボン
ド法の使用を阻害する事情とはなり得ないことに照らすならば,引用例記載の発明
に係る不織布製の基布の製造工程(繊維間結合工程)においてケミカルボンド法を
採用することは,当業者が必要に応じ適宜なし得たことであると認められる。
(3) 原告は,審決が引用例記載の発明に係る不織布製の基布をバインダー含有
不織ウェブとすることは当業者が容易になし得たことであると判断したことは,本
願補正発明におけるバインダーの重要な意義を理解せず,引用例記載の発明におい
ては不織布製の基布にバインダーが含まれず,またバインダーを含有しなければな
らない技術的理由も存在しないことを無視するものであって,誤りであると主張す
る。
しかしながら,不織布がバインダーを含有するかどうかは不織布の製造方法によ
り定まるものであり,当業者が必要に応じ,引用例記載の発明に係る不織布製の基
布の製造工程においてケミカルボンド法を採用し得たかどうかは,本願補正発明に
おけるバインダーの技術的意義とは関わりのない事柄である。
また,引用例にバインダーの使用に関する記載がないことから直ちに引用例記載
の発明に係る不織布製の基布がバインダーを含まないものであるということはでき
ず,当該基布がバインダーを含むかどうか不明であるとした審決の判断に誤りはな
い。
さらに,審決は,不織布の製造工程におけるケミカルボンド法が代表的な方法で
あるから引用例記載の発明に係る不織布製の基布の製造工程においてケミカルボン
ド法を採用し,当該基布をバインダー含有不織ウェブとすることは当業者が必要に
応じ適宜なし得たと判断しているのであって,当該基布にバインダーを含有しなけ
ればならない技術的理由があるからケミカルボンド法の採用を当業者が適宜なし得
たと判断しているわけではない。
以上のとおりであるから,原告の上記主張は採用できない。
したがって,審決の上記判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点2についての容易想到性判断の誤り)について
(1) 周知技術文献(甲第2号証)の発明の詳細な説明欄には,次の記載がある 。
ア 産業上の利用分野
「本発明はポリウレタン不織布を基材とする伸縮性,通気性および柔軟性の優れ
た医用感圧接着性シートに関するものである。ここに医用感圧性シートとはたとえ
ば接着性包帯,ばん創こう,外科用皮膚被覆材,皮膚粘付剤等に用いるシート或い
はテープである 。(1頁右欄4行∼9行)

イ 問題点を解決するための手段
不織布の「破断強度は,不織布の厚さにより異なるものであるが,通常0.4
Kg/cm,好ましくは1.0 Kg/cm である 。(3頁左上欄11行∼13行)

ウ 実施例1
「この後,130℃で乾燥し得られた粘着シート状物の物性値は次の如くであっ
た。
引張強力 0.28 Kg/cm」(4頁左下欄17行∼19行)
(2) また,本願明細書(甲第3号証)の【発明の詳細な説明】には,次の記載
がある。
ア 背景
「Copeland に付与され,そして Minnesota Mining & Manufacturing Company of St.
Paul,Minnesota に譲渡された米国特許第 3,121,021 号は,このような低強度不織
接着剤医療用テープについて記載している。Copeland により開示されたテープは
1インチ幅当り約6ポンド(1071 グラム/ cm)の引っ張り強度を有している。(4

頁14行∼18行)
イ 実験
バインダー含有の不織ウェブを裏材とする接着剤テープについて,ミシン目を入
れた後の引っ張り強度等をテストした結果を示す表2には,次のとおり記載されて
いる。
表2
分 離 線 ミシン目テープのテ
スト結果
サンプル番号 切断長さ 非切断長さ 切断対非切 引っ張り
(CM) (CM) 断比 TMD
(GMS/CM)
1 0.54 0.25 2.1:1 2824
4 0.78 0.41 1.9:1 1698
8 1.08 0.51 2.1:1 2627
対照 3485
( ミシン目なし )
(但し,上記表2は,一部を抜粋したものである。

(3) 前記(1)ア,イ及び(2)アの各記載及び弁論の全趣旨によれば,不織布の片
面に感圧接着剤をコートした接着剤テープの引っ張り強度が400g/cmないし
1000g/cm程度であることは,本件出願の優先日前に周知の技術的事項であ
ったことが認められ,前記(1)ウの実施例1の記載はこの認定を左右するに足りる
ものではない。
そうすると,上記の周知の技術的事項である引っ張り強度を,引用例記載の発明
に係る不織布製の基布の引っ張り強度として採用することは当業者において当然に
考慮し得たものと認められる。
また,接着剤テープにミシン目を設けることにより引っ張り強度が低下すること
は自明であり,上記の周知の技術的事項を採用して引用例記載の発明に係る不織布
製の基布の引っ張り強度を400g/cmないし1000g/cmとした場合も,
ミシン目を設けることによりその引っ張り強度は低下することになるが,ヨコ方向
に分離線を設けたロール状の接着剤テープが,テープ繰り出し等の使用時に不用意
に分離線のところで分離しない程度の,また過大な力を要することなく分離できる
程度の引っ張り強度を有するようにすることは,当業者であれば当然に考慮する事
項であるから,そのような考慮の結果,上記不織布製の基布のミシン目を設けた後
の引っ張り強度が400g/cmないし3000g/cmの範囲内となるように引
っ張り強度を設定することは当業者が格別の創意を要せず,容易に想到し得たもの
というべきである。殊に,引用例記載の発明に係る不織布製の基布の引っ張り強度
を上記の周知の技術的事項の範囲内である1000g/cmとした場合,ミシン目
を設けることによりその引っ張り強度は低下するが,引用例記載の発明ではカット
線の切込部対非切込部の比は約2:1であり,上記(2)イの表2によれば,分離線
の切断対非切断比が約2:1の場合,ミシン目を設けた後の引っ張り強度はミシン
目を設ける前の約50パーセントから約80パーセント程度となっていることから
すれば,引っ張り強度が約50パーセント程度となったとしても約500g/cm
となる。したがって,ミシン目を設けた後の引っ張り強度を少なくとも400g/
cmよりも大きく設定すること(1000g/cmよりは低下するから3000g
/cmを超えることはない。)は当業者が容易に想到し得たものといえる。
(4) 原告は,周知技術文献記載の医用感圧接着性シートは,実施例を見るとミ
シン目を設ける前の引張強力が0.28kg/cmであり,本願補正発明の引っ張
り強度よりも低いものであるから,引用例記載の発明と周知技術文献からは本願補
正発明の引っ張り強度は決して示唆されず,したがって,審決が,本願補正発明の
引っ張り強度の数値範囲は周知の技術的事項から想定される程度のものであると判
断したのは誤りであると主張する。
確かに,前記(1)ウのとおり,周知技術文献には実施例1として引張強力(引っ
張り強度と同義と認められる。)が0.28kg/cmの粘着シートが記載されて
いるが,審決は,不織布の片面に感圧接着剤をコートした接着剤テープの引っ張り
強度が400g/cmないし1000g/cm程度であることが本件出願の優先日
前に周知の技術的事項であったとの判断を裏付ける資料として周知技術文献を挙げ
ているのであり,審決のこの判断が相当であることは上記(3)に説示したとおりで
ある。
そして,引用例記載の発明に上記の周知の技術的事項を採用した場合に,ミシン
目を設けた後の不織布製の基布の引っ張り強度を400g/cmないし3000g
/cmの範囲内とすることは当業者が容易に想到し得たものであることは前記(3)
に説示したとおりであるから,審決が,本願補正発明の引っ張り強度の数値範囲は
周知の技術的事項から想定される程度のものであると判断したことに誤りはない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(5) 原告は,本願補正発明の引っ張り強度の数値範囲は,接着剤テープにミシ
ン目を入れることにより分離線に沿って裂け易くする場合に必然的に導かれる当然
の数値範囲ではなく,また,接着剤テープが高い引っ張り強度特性を保持しつつ,
同時に分離線においてきれいにかつ均一に裂けるという本願補正発明の課題を解決
するための手段として見出されたものであり,格別の技術的意義があるものである
から,審決が,本願補正発明の引っ張り強度の数値範囲は周知の技術的事項から想
定される程度のものであると判断したのは誤りであると主張する。
しかしながら,本願補正発明の引っ張り強度の数値範囲が接着剤テープにミシン
目を入れることにより分離線に沿って裂け易くする場合に必然的に導かれる当然の
数値範囲ではないとしても,それによってその数値範囲が周知の技術的事項から想
定される程度のものを含むことが否定されるわけではない。
また,本願補正発明の引っ張り強度の数値範囲は,本願明細書において, 「シー

ト(80)の分離は,その連結セグメント(70)がかなり長くなるとき困難になり,
一方,その連結セグメント(70)があまりに短いとき偶発的且つ不慮の分離が起こ
るであろう 。 (12頁15行∼18行)
」 ,②「本明細書中に述べるプロトコールに
従って計測されたタテ方向(11) 図2)におけるテープ(10)のミシン目セクショ

ンの引っ張り強度は,望ましくは,約 400 ∼約 3000 グラム/ cm 幅,好ましくは
約 600 ∼約 2000 グラム/ cm 幅,そして最も好ましくは約 800 ∼約 1700 グラム/
cm 幅である。約 400 グラム/ cm 幅未満のタテ方向の引っ張りは,シート(80)の
未熟な分離をもたらす傾向があり,一方,約 3000 グラム/ cm 幅より大きなタテ方
向の引っ張りは過剰の力を必要とし,そしてそれによりシート(80)の分離を妨害
する傾向がある。(13頁8行∼14行)と記載されていることからすれば,過剰

な力を要することなく分離線に沿って手で裂くことができるようにするために上限
を3000g/cmとし,分離線で偶発的かつ不慮の分離が起こらないようにする
ために下限を400g/cmとしたものであると認められ,上記②のほかに,本願
明細書には引っ張り強度の数値範囲の技術的意義を示唆する記載はない。
そうすると,本願明細書において引っ張り強度の数値範囲を設定することにより
もたらされる効果は ,「切断具の必要性を伴(わ)ずに小出しされることができる
ライナーのないバインダー含有不織テープ 」(本願明細書6頁8行,9行)を提供
し得たことに尽きるのであり,このことは当業者にとって格別予想外のものである
とは認められない。
なお,原告は,本件出願をしたスリーエムカンパニーが,本願補正発明の範囲内
にある商品を製造販売し,かなりの商業的成功を収めていると主張するが,これを
認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(6) 以上のとおりであるから,取消事由3は理由がない。
4 以上の次第であるから,審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を誤
りとする事由もないから,審決は適法であり,本件請求は理由がない。
第6 結論
よって,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田 中 信 義
裁判官
榎 戸 道 也
裁判官
浅 井 憲

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