平成19(行ケ)10300審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年5月30日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社安川電機 原告株式会社日立製作所
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法令 |
特許権
特許法36条4項4回 特許法40条3回 特許法41条3回 特許法131条の22回 特許法181条2項2回 特許法134条2項2回 特許法36条3項1回 特許法29条2項1回 特許法123条1項1回
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キーワード |
審決98回 無効52回 無効審判11回 特許権5回 訂正審判5回 実施4回 侵害3回 分割3回 進歩性3回 刊行物2回 差止2回
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主文 |
1 特許庁が無効2006−80025号事件について平成19年7月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,原告が特許権者である特許第3231553号(発明の名称「イン
バータ制御装置の制御定数設定方法 ,原出願日 昭和61年5月9日,分割出」
願日 平成6年7月25日,発明の数2,以下「本件特許」という)の特許請
求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という)について被告か
ら特許無効審判請求がなされたところ,特許庁が平成18年7月27日付けで
これを無効とする審決(第1次審決)をしたが,知的財産高等裁判所が平成1
8年11月29日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定
をしたため,特許庁において再びこれを審理し,平成19年7月18日,原告
からの訂正請求を認めないとした上,再び上記発明についての特許を無効とす
る旨の審決(第2次審決,以下「本件審決」ということがある)をしたことか
ら,これに不服の原告が第2次審決の取消しを求めた事案である。 |
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判決文
判決言渡 平成20年5月30日
平成19年(行ケ)第10300号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年5月26日
判 決
原 告 株 式 会 社 日 立 製 作 所
訴訟代理人弁護士 飯 田 秀 郷
同 井 坂 光 明
同 隈 部 泰 正
訴訟代理人弁理士 沼 形 義 彰
同 西 川 正 俊
被 告 株 式 会 社 安 川 電 機
訴訟代理人弁護士 松 尾 和 子
訴訟代理人弁理士 大 塚 文 昭
同 竹 内 英 人
同 近 藤 直 樹
同 中 村 彰 吾
訴訟代理人弁護士 高 石 秀 樹
同 奥 村 直 樹
訴訟代理人弁理士 那 須 威 夫
主 文
1 特許庁が無効2006−80025号事件について平成19年7月
18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告が特許権者である特許第3231553号(発明の名称「イン
バータ制御装置の制御定数設定方法」,原出願日 昭和61年5月9日,分割出
願日 平成6年7月25日,発明の数2,以下「本件特許」という)の特許請
求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という)について被告か
ら特許無効審判請求がなされたところ,特許庁が平成18年7月27日付けで
これを無効とする審決(第1次審決)をしたが,知的財産高等裁判所が平成1
8年11月29日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定
をしたため,特許庁において再びこれを審理し,平成19年7月18日,原告
からの訂正請求を認めないとした上,再び上記発明についての特許を無効とす
る旨の審決(第2次審決,以下「本件審決」ということがある)をしたことか
ら,これに不服の原告が第2次審決の取消しを求めた事案である。
2 争点は,訂正請求の適否及び上記発明が下記甲3に記載された発明(甲3発
明)との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項)等である。
記
・甲3: ベクトル制御のオートチューニング」
「 (A・B等の電気学会研究会
資料・昭和60年〔1985年〕7月17日)
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
ア 無効審判請求以前の手続
原告が,原出願からの分割出願に基づき,本件特許につき特許登録及び
その内容を補充する訂正審判を受けるまでの経緯は,次のとおりである。
昭和61年5月9日 原出願(特願昭61−106469号)
昭和62年11月14日 同上につき公開(特開昭62−262697
号,発明の名称「インバータ装置 」,甲2の
1)
平成6年7月25日 分割出願(特願平6−172269号,発明
の名称「電圧制御形ベクトル制御インバータ
の制御装置」,甲17)
平成7年3月17日 同上につき公開(特開平7−75400号)
平成9年1月29日 拒絶理由通知(審査官 C,甲18)
平成9年4月7日 補正 第1回,
( 発明の名称変更等,甲2の2)
平成10年7月1日 補正却下(審査官 D,甲19)
平成10年12月2日 拒絶理由通知(審査官 D,甲20)
平成11年2月5日 補正 第2回,
( 発明の名称変更等,甲2の4)
平成12年4月13日 拒絶理由通知(審査官 E,甲11の1)
平成12年6月19日 補正(第3回,特許請求の範囲の変更等,甲
11の2)
平成12年10月4日 拒絶査定(審査官 E,甲21)
平成12年11月8日 不服審判請求 不服2000−19683号 ,
(
甲22の1)
平成12年12月8日 補正(第4回,特許請求の範囲の変更,甲2
の3)
平成13年7月31日 審決(特許査定,審判長 F・審判官 G・同
H,甲23)
平成13年9月14日 特許登録(発明の名称「インバータ制御装置
の制御定数設定方法 」,発明の数2。甲1の
1〔特許公報 〕
)
平成17年10月20日 訂正審判請求 訂正2005−39192号 )
(
平成17年11月18日 訂正認容審決(以下,この訂正後の特許請求
の範囲第1項に係る発明を「本件発明」と,
その明細書を「本件明細書」という。甲1の
2)
イ 無効審判請求以後の手続
その後,平成18年2月21日付けで被告から本件特許の特許請求の範
囲第1項(以下「請求項1」という)に係る発明について無効審判請求が
なされ ,同請求は無効2006−80025号事件として係属したところ,
特許庁は,平成18年7月27日,「特許第3231553号事件の請求
項1に係る発明についての特許を無効とする 。」旨の審決(第1次審決。
審判長 C・審判官 I・同 J,乙5)をした。
その内容は,本件発明の特許請求の範囲の記載には無負荷状態という条
件及び電圧指令値と周波数指令値を用いるという条件が記載されていない
から昭和62年法律第27号による改正前特許法36条4項の要件を満た
さないとしたものである。
〈判決注・昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項の規定は,次のとお
りである。〉
「36条 特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許
庁長官に提出しなければならない。
…
4 第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発
明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。
ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない 。」
これに対し原告は,同審決の取消しを求める訴訟を知的財産高等裁判所
に提起した(平成18年(行ケ)第10398号)ところ,同裁判所は,被
告が本件特許につき訂正審判請求(訂正2006−39176号事件)を
したことから,平成18年11月29日,特許法181条2項に基づき第
1次審決を取り消す旨の決定をした。
上記無効審判請求事件は再び特許庁において審理されるところとなった
が,その中で被告は平成18年12月18日付けで訂正請求を行った(以
下「本件訂正」という。甲12)が,特許庁は,平成19年7月18日,
本件訂正は認められないとした上,「特許第3231553号事件の請求
項1に係る発明についての特許を無効とする 。」旨の審決(第2次審決。
以下「本件審決」ということがある 。)をし,その謄本は平成19年7月
30日原告に送達された。
その後原告は,本件特許に関し,平成19年11月16日付けで訂正審
判請求をした(訂正2007−390134号)が,特許庁は,平成20
年3月14日付けで,独立特許要件の不存在を理由に,請求不成立の審決
をしたため,原告はその取消訴訟を知的財産高等裁判所に提起している 平
〔
成20年(行ケ)第10140号〕。
(2) 訂正前発明の内容
本件訂正前の特許請求の範囲第1項(本件発明)は,以下のとおりである
(甲1の1,2)。
「1.誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制御
する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力するコ
ンピュータにより設定する方法において,次のステップを有することを
特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定方法。
(a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定
するステップ,
(b)前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を
前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるス
テップ,
(c)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ,
(d)検出された前記電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記
誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数
を設定するステップ。
(e)前記(b)のステップにおいて,前記周波数指令および前記電圧
指令を徐々に増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ。」
(3) 本件訂正の内容
ア 訂正事項1
上記( 2)記載の特許請求の範囲第1項の記載を次のとおり訂正する(下
線が訂正部分。以下「訂正発明」という。。
)
「1.誘導電動機に電力を供給するインバータを電圧指令に基づいて制
御する制御装置の制御定数を,前記制御装置の前記電圧指令を出力す
るコンピュータにより設定する方法において,次のステップを有する
ことを特徴とするインバータ制御装置の制御定数設定方法。
(a’)前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように前記電圧指令およ
び前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するステップ,
(b’)無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバータから
出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘
導電動機を回転させるステップ,
(c’)前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ,
(d’)前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波
数指令,及び前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータによ
り,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置
の制御定数を設定するステップ。
(e ’)前記(b ’)のステップにおいて,前記周波数指令および前記電
圧指令を徐々に増加させて,前記誘導電動機を回転させるステップ 。」
(判決注:訂正後のステップであることを明らかにするため便宜的に
各ステップの記号に(’)を付した。)
イ 訂正事項2は特許請求の範囲第2項の記載の訂正を,訂正事項3∼5は
それぞれ発明の詳細な説明の段落【0007 】 【0008 】
, ,訂正事項6
∼14は誤記の訂正を,それぞれ求めるものである。
(4) 審決の内容
審決の詳細は別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件訂正
は平成6年法律第116号による改正前の特許法134条2項ただし書の規
定に適合しない,訂正前発明には請求人(被告)主張の無効理由1・2・4
・5について理由がある,としたものである。
〈判決注・平成6年法律第116号による改正前の特許法134条2項の規定は,次のとお
りである。〉
「134条2項 第123条第1項の審判の被請求人は,前項又は第153条
第2項の規定により指定された期間内に限り,願書に添付した明細書又
は図面の訂正を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添
付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければなら
ず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一 特許請求の範囲の減縮
二 誤記の訂正
三 明りょうでない記載の釈明」
(5) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べる誤りがあるので,違法として取り
消されるべきである。
ア 取消事由1(訂正不可とした判断の誤り)
(ア) 審決は,原告(審判被請求人)が本件訂正の根拠とした本件明細書
(甲1の1,2)の段落【0042】【0055】の記載内容につき,
,
「…設定する値が『所定値』すなわち『定格値』であることを示すもの
であり, 所定値』に設定した後,V/F一定制御運転(磁束一定条件)
『
を行うというものである。(6頁9行∼11行)と認定した。
」
しかし,かかる「所定値」に設定することによってV/F一定制御運
転(磁束一定条件)を行うのだから,「磁束一定条件を満たすように」
前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するこ
とを内容とする訂正は,本件明細書又はその図面に記載された事項の範
囲内の訂正であり,この解釈を誤った審決は違法である。
(イ) また上記「誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」という条件
は,本件発明(訂正前発明)において,1次インダクタンスと関係する
制御装置の制御定数を設定するために必要な条件である。
すなわち,単に「 a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数
(
指令を所定値に設定するステップ」だけでは,直流電圧の設定も含み,
直流電圧を誘導電動機に印加する例も含んでしまうところ,直流電圧を
印加する例では,ステップ(b)で規定しているように誘導電動機を回
転させることができない。このため,ステップ(a)の「誘導電動機の
磁束一定条件を満たすように」との要件を加えることにより直流電圧を
印加する例を除外することができる。
なお,この「誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」の限定によ
って,(b ’
「 )無負荷状態において,前記所定値に基づいて前記インバ
ータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,
前記誘導電動機を回転させるステップ」の誘導電動機の回転を明確に示
すことができる。
このように,(a)前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令
「
を所定値に設定するステップ」を「 a’
( )誘導電動機の磁束一定条件を
満たすように前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値
に設定するステップ」とする訂正は,特許請求の範囲を減縮する訂正事
項であることは明らかである。
これを,特許請求の範囲の減縮を目的とするものではないとする審決
は,訂正の要件に関する解釈適用を誤った違法がある。
(ウ) そして審決は ,「無負荷状態」で回転させることは,誘導電動機の
1次インダクタンスと関係する,制御装置の制御定数を求める発明の構
成に欠くことのできない事項というべきものであると判断し,前記測定
した電流値に加えて「電圧指令値及び周波数指令値」を用いることは,
発明の構成に欠くことのできない事項と認められると判断した。
しかしながら,前記のとおり,本来認められるべき本件訂正に係る特
許請求の範囲第1項(下線は訂正部分)には,(b’
「 )無負荷状態にお
いて,前記所定値に基づいて前記インバータから出力される交流電圧を
前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動機を回転させるス
テップ ,」と記載され,また ,( d ’
「 )前記所定値に設定された電圧指
令,前記所定値に設定された周波数指令,及び前記検出された電流に基
づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電動機の1次インダクタン
スと関係する,前記制御装置の制御定数を設定するステップ。」と記載
されている。
したがって,訂正発明には,「無負荷状態という条件及び電圧指令値
と周波数指令値を用いるという条件」が記載されていることが明らかで
あり,被告(審判請求人)が主張し,審決がこれを理由があると認めた
上記無効理由1(明細書の記載要件違反)も本件訂正請求により解消さ
れていることもまた明らかとなる。
よって,本件訂正に関する審決の認定・判断は誤りである。
イ 取消事由2(明細書の記載要件違反についての判断の誤り)
(ア) 審決は,審判請求人(被告)の主張した無効理由2(構成が不明確
であり明細書の記載要件違反があるとの主張)について「…ステップ
(a)で所定値に設定された電圧指令および誘導電動機の周波数指令が
ステップ(b)で増加するものである。そして,この増加がいつまで続
くのか不明であり,また,ステップ(c)で検出するときには,所定値
から増加した電圧指令および周波数指令で回転していることになるが,
どの状態で検出すべきなのか不明である 。 (12頁下1行∼13頁4
」
行)「…ステップ(a)の,電圧指令と周波数指令を所定値に設定する
,
ことがいつ行われるのか不明となる。(13頁11行∼12行)と認定
」
し,無効理由2について理由があるとした。
(イ) しかし審決の上記認定は,明細書又は図面の記載を斟酌することな
く,ステップ(e)の「前記周波数および前記電圧指令を増加させる」
という記載の「前記」を限定的に解釈して,ステップ(a)における「所
定値」に設定された「前記周波数指令」および「所定値」に設定された
「前記電圧指令」と誤って解釈したことによるものである。
ステップ(a)における「所定値」は,ステップ(b)の無負荷状態
において,前記「所定値」に基づいて∼回転させる,に対応するもので
ある。一方,ステップ(e)においては,「前記(b)のステップにお
いて,前記周波数指令および前記電圧指令を徐々に増加させて」と記載
されているから,ステップ(b)における所定値に基づいて∼回転させ
るまでのステップであることは明らかである。また,このように解すべ
きことは, ステップ(b)において 」と明記しており ,ステップ(b)
「
の操作中の事柄であることを規定していること,仮にステップ(b)の
後のステップとして規定するのであれば,ステップ b)
( とステップ c)
(
の間にステップ(e)が挿入されるはずであるという規定文言の体裁か
らも明らかである。
さらに,ステップ(e)が,「所定値に設定された」前記周波数指令
および「所定値に設定された」前記電圧指令を徐々に増加させて,と記
載されてはいないことからして,ステップ(e)の「前記周波数指令お
よび前記電圧指令」を「所定値に設定された前記周波数指令および所定
値に設定された前記電圧指令」と解釈する根拠はない。
そもそもステップ(e)の「前記ステップ(b)において,前記周波
数指令および前記電圧指令を徐々に増加させて,前記誘導電動機を回転
させるステップ 。」という構成要件は,特許査定後の訂正審判(上記第
3,1(1)イ,甲1の2)において,訂正が認められたものであって,
上記のような誤った解釈の余地はないものである。
このように,ステップ(e)の記載は「前記周波数指令および前記電
圧指令」を「所定値に設定された前記周波数指令および所定値に設定さ
れた前記電圧指令」と解釈することができないものであるところ,審決
は上記のように,この点の認定を誤り,昭和62年法律第27号による
改正前の特許法36条4項の要件を満たしていないとしたものであっ
て,審決は違法であり取り消されるべきである。
ウ 取消事由3(無効理由4に関する手続違背)
(ア) 審判請求人(被告)は無効理由4として,ステップ(e)の「徐々
に」との記載は,当初明細書(甲2の1)に記載されていた「一定レー
ト」が増加率が一定で,かつ増加率に制約がないことを意味するのに対
し,「徐々に」は,増加率が一定とは限らずかつ,増加率は極めて小さ
いものであり,両者は異なる概念でこの補正は要旨変更に当たる,よっ
て,本件特許の出願日は,平成5年改正前の特許法40条の規定に基づ
き,その補正について補正書(甲2の2)を提出した日である平成9年
4月7日に繰り下がるから,本件発明(訂正前発明)は,甲2の1発明
(本件特許の公開公報)に基づき当業者が容易に発明できたと主張した 。
〈判決注・平成5年法律第26号による改正前の特許法40条の規定は,次のとおり
である。〉
「40条 願書に添付した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の
謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定
の登録があった後に認められたときは,その特許出願は,その補正につ
いて手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」
審判被請求人である原告は,これに対し平成9年4月7日付の補正は
却下されており(甲19)客体がないと主張したが,審決は「平成9年
4月7日付の手続補正は,平成10年7月1日付でなされた補正の却下
の決定により却下され,この決定は確定している。したがって,本件特
許の出願日が,平成5年改正前特許法第40条の規定に基づき,その補
正について補正書を提出した日である平成9年4月7日に繰り下がる旨
の請求人の主張は,客体がないものである 」(14頁下6行∼下2行)
と認定しながら,続けて「請求人は,平成18年6月30日に行われた
口頭審理において補正書の日付は平成11年2月5日の誤記である旨主
張したので,平成11年2月5日付の手続補正書により補正された明細
書の補正について検討する。(14頁下2行∼15頁2行)とし,結論
」
として「本件特許の出願日は,平成5年改正前特許法第40条の規定に
基づき,その補正について補正書を提出した日である平成11年2月5
日に繰り下がる 。(15頁19行∼21行)とした。
」
(イ) しかし,無効審判事件は,特許法123条1項に基づく特許無効審
判請求によるものであるから,審判請求人は,その無効理由を特定しな
ければならないところ,無効審判請求書は審判請求書の一種であるから ,
同法132条の2によりその要旨を変更する補正をすることができな
い。
審判請求人(被告)が主張した無効理由4は,前記のとおり,①平成
9年4月7日付の手続補正が要旨変更であり,平成5年改正前特許法第
40条の規定によりその補正書を提出した日を出願日とすること,②当
該繰り下がった出願日前に頒布された刊行物である甲2の1(特開昭6
2−262697号公報,原出願の公開公報)により進歩性を欠く,と
する内容であるから,①の出願日の繰り下げの根拠となる補正書を平成
9年4月7日付の手続補正書から,平成11年2月5日の手続補正書に
変更することは,無効理由を補正することに他ならず,当該補正は要旨
変更に該当する。
しかるに,審判長は ,当該要旨変更の補正を許可する旨の決定もせず ,
漫然と誤記であるとの被告の主張を受け入れて,前記の判断をしたもの
であって,特許法131条の2第2項に違反する手続きを行った違法な
ものである。この違法な手続により無効理由4を肯定した審決は,その
結論に影響を及ぼすべき違法なものであるから取り消されるべきであ
る。
エ 取消事由4(要旨変更補正〔無効理由4〕についての認定,判断の誤り)
(ア) 審決の無効理由4に関する判断に際しての手続き違背については,
上記ウのとおりであるが,さらにその認定,判断にも誤りがある。
審決は,本件特許の出願当初の明細書には,始動時の突入電流を避け
るための手段として,周波数と電圧を「一定レート」にて立ち上げ加速
する発明は記載されていたことが認められるものの,その他の手段は記
載されていないとし,突入電流を避ける程度の「一定レート」を「徐々
に」とすることは,一定レート以外を含むものに概念を広げるものであ
るから,請求項1に「徐々に」という新たな構成要件を加える補正は,
要旨変更に当たるといえると判断した。
(イ) しかし,審決の判断は出願当初の明細書に,始動時の突入電流を避
けるために周波数と電圧を「一定レート」にて立ち上げ加速する構成が
記載されていて,始動時の突入電流を避けるために周波数と電圧を徐々
に増加することが示されていることを看過し,出願当初の明細書には 一
「
定レート」で増加する発明のみが記載されており,他の手段は記載され
ていないと誤って判断したものである。
また,審決は,突入電流を避ける程度の「一定レート」を「徐々に」
とすることは概念を広げるものであると判断しているが,上記補正は,
特許請求の範囲第1項の記載を「一定レートにて増加させる」という記
載から ,「徐々に増加させる」という記載に拡張する補正ではない。特
許請求の範囲に記載がなかった「徐々に増加させる」ことを内容とする
請求項3を追加し,これを最終的に特許請求の範囲第1項のステップ
(e)としたものであって,特許請求の範囲を減縮した補正を行ったも
のである。
そして,明細書に記載があるように,始動時の突入電流を避けるため ,
周波数指令と電圧指令を 一定レート」
「 にて立ち上げ加速する場合には ,
周波数指令と電圧指令が「一定レート 」,つまり,一定の割合で増加す
れば,周波数と電圧は,最初は小さい値であって,少しずつゆっくり増
加して,だんだん大きな値となっていく,即ち,周波数と電圧が「徐々
に」増加することは明らかであり,出願当初の明細書には,周波数と電
圧が「徐々に」増加する態様が示されているものである。
周波数と電圧を徐々に増加させる場合に,始動時の突入電流を避ける
ために,特に「一定レート」に限定した増加を行うことに格別の技術的
な意義があるわけではないことは当業者には自明のことである。一定レ
ートであっても,厳密な一定レートでなくても,始動時の突入電流を避
けるように増加の程度を調整することは当業者にとって自明なことであ
る。
(ウ) 以上のとおり周波数指令と電圧指令を徐々に増加させる場合に,増
加率を一定にすること,即ち,一定割合で徐々に増加させる態様は典型
的な例であるにすぎず,このような周波数と電圧が一定の割合で増加し ,
周波数と電圧が徐々に増加する実施例が出願当初の明細書に記載されて
いれば,始動時の突入電流を避けるためであることを考慮すると,当該
補正は,本件特許の出願当初の明細書の記載の範囲内のものであり,特
許請求の範囲を増加,減少,変更しても,平成5年法律第26号による
改正前の特許法41条により要旨変更ではないとみなされるものであ
る。
〈判決注・平成5年法律第26号による改正前の特許法41条の規定は,次のとお
りである。〉
「41条 出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添付した
明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加
し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみな
す。」
審決はこれを要旨変更と判断し,本件特許の出願日を平成11年2月
5日に繰り下げて,甲2の1 原出願の公開公報)
( 発明から本件発明 訂
(
正前発明)を容易想到であるとしてたものであって,違法である。
オ 取消事由5(甲3発明との相違点についての認定,判断の誤り)
(ア) 審決は,甲3発明と本件発明(訂正前発明)との相違点を(ア)な
いし(ウ)と認定し,相違点(ア)ないし(ウ)の構成をとることは任
意ないし容易であるとして,甲3発明から本件発明を容易想到と判断し
た。
(イ) 相違点(ア)に関して
以下のとおり,甲5ないし9に記載されている事項から,審決のよう
に,「誘導電動機に所定の値を有する交流電圧を印加して無負荷状態で
回転させ,その際の電流に基づいて一次インダクタンスと関係する定数
(判決注: 点数」は誤り)を決定することが甲第5ないし9号証に記
「
載されて」(22頁10行∼12行)いると認定することはできない。
a 甲5(K,L,「誘導機の特性算定のための定数決定法」 電気学会
雑誌Vol.87−1,No.940,昭和42年1月〔Janua
ry,1967〕,173頁∼180頁,電気学会発行)
審決は,甲5の記載内容につき,『X1’の値は無負荷試験の電圧
「
を変えて行うことにより容易に決定できるものである 。(178頁左
』
欄4∼5行目)と記載され」ていると認定した(20頁23行∼24
行)が,無負荷試験の電圧をどのように誘導電動機に印加しているか
は,甲5には一切開示されていないものである。甲5が公開された時
点では,電動機定数の測定のための特別の装置を用意して行うのが一
般的であり,ベクトル制御を行うためのインバータの制御装置をその
まま使用して電動機定数を測定する技術は,原告の本件とは別の特許
権(特許第2580101号)の出現を待たなければならなかったも
のである。なお,インバータを用いないから,当然のことながらイン
バータ制御装置に対する指令値については記載がない。
b 甲6(Mほか,「電気学会大学講座 電気機器工学I」昭和50年
6月25日18版発行,249頁∼250頁,電気学会発行)
審決は,甲6の記載内容につき , 電動機定数の測定法』
「『 と題して,
『電動機に定格電圧を加えて無負荷運転をし,1相当たりの電圧V0,
電流I 0,電力P 0を測定する。 249頁11∼13行)
』
( と記載され」
ていると認定した(20頁27行∼29行)が,電動機に定格電圧を
加えて無負荷運転をどのように行うか記載がなく,甲5と同様である。
また,ここで測定されるのは,1相当たりの電圧V0,電流I0,電力
P0であり,いずれも測定値であって指令値は全く関係ない。
c 甲7(N著 ,「大学講義 最新電気機器学」昭和55年3月20日
第3刷発行,172頁∼173頁,丸善株式会社)
審決は,甲7につき「かご形三相誘導電動機に定格電圧を加えて無
負荷運転し,入力電流と同期速度から,等価回路の値を求める問題が
記載され」と認定した(20頁31行∼33行)が,インバータを用
いた測定に関するものではなく,誘導電動機に定格電圧が入力される
ことのみが記載され,これは訂正前発明(本件発明)及び訂正発明の
インバータの出力電圧に相当するものである。
d 甲8(O,P,「三相誘導電動機特性の直接算定法」昭和53年
電気学会全国大会 講演論文集〔5〕電気機器(I),506頁∼5
07頁)
審決は,甲8につき「 2.特性式
『 三相誘導電動機の一相を電源
から見た場合のインピーダンスZは(1)式で与えられる 。』と記載
され,リアクタンスX 1を,定格電圧と無負荷時の電流から求める旨
記載され」と認定した(20頁下2行∼21頁1行)が,インバータ
を用いた測定に関するものではなく,誘導電動機に定格電圧が入力さ
れることのみが記載されており,甲7と同様である。
e 甲9(Q,R,「普通かご形誘導電動機の運転特性算定のためのT
形等価回路定数決定法 」「電気学会研究会資料 回転機研究会 RM
−86−13∼17」 昭和61年〔1986年〕4月18日,21
頁∼33頁,電気学会発行)
審決は,甲9につき「 定格電圧無負荷試験を行い,定格電圧に対
『
する … および励磁リアクタンスxmを求める 。 26頁10∼11行)
』
(
と記載されている 。」と認定した(21頁5行∼6行)が,インバー
タを用いた測定に関するものではなく,誘導電動機に定格電圧が入力
されることのみが記載され,甲7,8と同様である。
f 上記のとおり,甲5∼9には,インバータについて何ら記載がない
から,甲3発明と本件発明(訂正前発明)の相違点(ア)とは無関係
の事項であって,審決のように「相違点(ア)に係る本件特許発明の
構成とすることは任意である。」とする判断の根拠にはなり得ず,審
決は違法である。
(ウ) 相違点(ウ)に関し
a 審決は,「本件特許発明において,制御定数は,本件特許明細書の
(18)式に基づいて演算されるものであるところ,これは,甲第3
号証に記載された発明においても同様の式である(15)式に基づい
て演算されておりこの点に相違はない 。(22頁25行∼28行)と
」
するが誤りである。
b 本件明細書(甲1,2)の(18)式は以下のとおりである。
c 一方,甲3の(15)式は,以下のとおりである。
d 上記の本件明細書の(18)式において,l1+L1 ≒ L1である
としても,本件明細書の(18)式と甲3の(15)式の右辺は同一
ではない。これを同一であり相違はないとする審決は明らかに誤りで
ある。
e また審決は,「そして,この式に基づく演算では,電流,電圧及び
周波数に関して,検出値であるか指令値であるかを問わず,いずれで
も可能なものであるから,この点の相違は格別なものではない 。(2
」
2頁29行∼31行)とし,電流,電圧及び周波数について,検出値
と指令値とは相互に入れ換え可能であるとするが,入れ換えが可能で
あるとするときは,
電流指令値 = 検出電流値
電圧指令値 = 検出電圧値
周波数指令値= 検出周波数
なる関係が成り立たなければならない。
しかしながら,インバータの制御装置に対する指令値とその出力値
が異なるものであることは当業者に周知の事柄であり,それゆえ本件
明細書は,インバータにおいて電圧波形を検出しても,その波形は歪
んでいて定数測定精度が低いという技術的課題を提示しているもので
ある。
f さらに審決は,「上記のとおり,誘導電動機に電力を供給するイン
バータとして,電圧指令に基づいて制御するものが周知である 」(2
2頁32行∼33行)とするが ,「上記」とは,相違点(ア)におい
て記載された甲5∼9に基づく周知事項の説示を示しているところ,
前記のように,甲5∼9は,誘導電動機のインバータとその制御に関
して何ら記載していないから,これらをもって誘導電動機に電力を供
給するインバータとして,電圧指令に基づいて制御するものが周知で
あるとすることは到底できない。
g 上記の検討によれば審決が相違点(ウ)について述べるところは,
技術的根拠がない。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認めるが,同(5)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
ア 原告は,ステップ(a)に「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすよ
うに」との記載を追加する本件訂正は,明細書に記載された事項の範囲内
であり,審決の認定は誤りであると主張する。
しかし,審決の認定するとおり,原告が主張する本件明細書の段落【0
042】 【0055】の記載内容は,電圧指令と周波数指令を所定値に設
,
定するに当たって,磁束一定条件を満たすように設定することを開示する
ものではない。
審決が認定するとおり,訂正発明のステップ(a)は「電圧指令および
前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定する」というV/F制御運
転のための設定について規定するものとなるところ,ステップ(a)にお
ける電圧指令及び周波数指令の設定とステップ(a)の後のV/F制御運転
の運転条件等との関連性について,ステップ(a)には何ら規定されていな
いから,ステップ(a)は,それ以降(ステップ(b)以降)の条件に依
らずに実行されるものであると解すべきこととなる。
そうすると「ステップ(a)の後のV/F制御運転の運転条件に依らず,
ステップ(a)において電圧指令と周波数指令を所定値に設定するだけで
『誘導電動機の磁束一定条件を満たす』ことを可能とする電圧指令と周波
数指令の設定方法については本件明細書において何らの教示もなく,また
技術的にも不可能である」とする審決の認定(5頁8行∼12行)に誤り
はない。
審決はこれを前提として,段落【0042】及び【0055】の記載は
「電圧指令と周波数指令を所定値に設定するにあたって,磁束一定条件を
満たすように設定することを開示するものではない 」(6頁14行∼16
行)とし,また「電圧指令及び周波数指令に関して,所定値に設定して回
転させ,…その状態では磁束一定であることが窺われるものの,上記所定
値を,誘導電動機の磁束一定条件を満たすように設定するものとは記載さ
れていない」(6頁18行∼21行)として,ステップ(a)に係る訂正
事項は明細書又は図面に記載された事項の範囲内でなされたものとはいえな
いと判断したものであり,この認定に誤りはない。
イ 原告が訂正の根拠とする本件明細書の段落【0042】及び【0055】
の記載についてみる。まず段落【0042】の記載を見ると,「V1d=V1
*
d =0,V 1q=V1q*∝W1*,WS≒0 すなわち,無負荷状態においてV
*
1q とW1 *を所定値に設定し,いわゆるV/F一定制御運転(磁束一定条
件)を行う。」とあり,これは無負荷状態において,電圧指令(V 1d*,V
*
1q )及び周波数指令(W 1*)を所定値に設定し,一定にして運転(これ
を「V/F一定制御運転」という)していれば,やがて誘導電動機の回転
速度及び電動機電流(=I1d+I1q)は安定し,一定状態を持続するので,
励磁電流(I 1d)は一定となり,結果的に磁束一定状態になることを述べ
ているにすぎない。したがって,この記載は,どのようにV 1q*とW 1*を
所定値に設定すれば,V 1q*とW1*を所定値に設定するだけで誘導電動機
の運転条件に依存せずに磁束一定条件を満たすことができるかについて教
示するものではない。この点は段落【0055】の「図6では,先ず,ブ
ロック61にて,W 1*とV 1q *を電動機定格値に設定し」との記載内容に
ついても同様である。
よって,本件明細書(甲1の1,2)には,どのように電圧指令及び周
波数指令の設定を行えば運転条件等に依らず「誘導電動機の磁束一定条件
を満たす」ことが可能になるかについては,記載がないから,本件訂正は
願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でしたものではな
い,とする審決の判断は正当である。
ウ また原告は,上記訂正は特許請求の範囲の減縮であるとも主張するが,
無負荷状態でのV/F一定制御運転においては,特定の電圧指令値(定格
電圧)及び周波数指令値(定格周波数)に限られず,一定値でありさえす
れば,任意の電圧指令値及び周波数指令値について本件明細書の(18)
式を用いて,1次インダクタンス(l1+L1)を測定演算することができ
る。そのため,本件訂正前(本件発明)のステップ(a)も,単に「前記
電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定するステッ
プ」と規定し,電圧指令及び周波数指令がどのような一定値であるかにつ
き,特に規定していない。そして,電圧指令及び周波数指令を任意の所定
値に設定して,無負荷状態において該所定値に固定した運転を行えば,電
圧指令及び周波数指令の所定値が如何なる値であっても,必ず,誘導電動
機の回転速度及び電動機電流は安定し,一定値を持続する状態となるので,
励磁電流は一定となり,結果的に磁束一定となる。
したがって,「誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」という条件
を設けても,訂正発明のステップ(a)で設定される電圧指令及び周波数
指令の所定値は,依然として任意の一定値であり,それがどのような値で
あるかについて何ら限定するものではない。
よって,審決が ,「周波数指令と電圧指令を定格値で定まるⅤ/F値以
外のⅤ/Fの値となる所定値に設定した場合にも,その設定された電圧と
設定された周波数の状態で定まる磁束一定条件を満たすものとなるのであ
るから,請求項1に係る訂正事項によって所定値が特定されるものではな
く,したがって,この訂正事項は特許請求の範囲の減縮を目的とするもの
ではない。また,この訂正事項は誤記の訂正や明りょうでない記載の釈明
に該当しないことも明らかである」(7頁1行∼8行)としたのは正当で
ある。
エ また,原告は,訂正前(本件発明)のステップ(a)の記載では,直流
電圧の設定も含み,直流電圧を誘導電動機に印加する例も含んでしまうと
ころ,これに「誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との要件を加
えることにより直流電圧を印加する例を除外することができるから,本件
訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるとも主張する。
しかし,直流電圧を所定値に設定して印加した場合でも,該所定値に固
定した直流電圧の印加を行えば,電動機電流は一定となり,励磁電流も一
定となって「誘導電動機の磁束一定条件」が成立する。したがって,「誘
導電動機の磁束一定条件を満たすように」という条件を設けたとしても,
直流電圧の設定も含み,直流電圧を誘導電動機に印加する例を除外するこ
とはできず,減縮に当たらないことは明らかである。
オ 本件訂正は上記のとおり認められるものではないが,仮に本件訂正が認
められる場合であっても,本件訂正の内容は,無効理由1,2,4に関す
る審決の判断に影響を与えるものではない。
(ア) 審決は,無効理由1について,(18)式は,1次インダクタンス
「
を,測定した電流値,電圧指令値及び周波数指令値に基づいて演算でき
ることを示すものであり,電流だけで演算するものでないことは明白で
あるから,前記測定した電流値に加えて 電圧指令値及び周波数指令値』
『
を用いることは,発明の構成に欠くことのできない事項と認められる」
(11頁25行∼29行)とした。
原告は,無効理由1について,訂正後のステップ(d ’)には,「前記
所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及
び前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導
電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設
定するステップ。」と記載されているため,訂正発明には,「無負荷状態
という条件および電圧指令値と周波数指令値を用いるという条件」が記
載されていることが明らかであり,無効理由1は本件訂正請求によって
解消されていると主張する。
しかし,訂正後の上記ステップ(d’)は,本件明細書(甲1の1,
2)の段落【0043】における数式(18)によって表されるように,
電圧指令値と周波数指令値および検出された電流を用いて,1次インダ
クタンスと関係する制御定数を設定する,と明確に規定するものではな
く,「用いて」に対応する個所に,「基づいて」という当初からのステッ
プ(d)に存在する用語をそのまま残す記載にしている。そこで,別件
の特許権侵害差止等請求事件における,当該用語についての原告の主張
をみると,原告は,乙8〔別件訴訟における原告準備書面(16)〕の
「第2 訂正後特許請求の範囲に基づく技術的範囲に対象方法2が属す
ること」における「2 カ 構成要件4−b−4」の項において ,「電圧
指令及び周波数指令が所定値に制御されている条件下において,一定期
間,d軸電流検出値i dとd軸電流指令値i d*の差を比較しながら…d
軸電流指令値id*を増減変更する演算制御を行い,最終的に,検出した
d軸電流検出値idにつき,d軸電流指令値i d* との入力偏差が零近傍
となった場合に,当該d軸電流指令値i d* をもって無負荷電流i dとし
て処理する」ことは,「電圧指令,周波数指令,d軸電流検出値idに基
づいて演算されているのであるから,…構成要件4−b−4(ステップ
(d))を充足する」と主張する(乙8,9頁9行∼24行)
。
すなわち,原告は,電圧指令値及び周波数指令値を用いなくても,そ
れらが所定値に制御されている条件下において,検出電流に基づいて無
負荷電流を測定する方法は,本件発明の技術的範囲に含まれる,と主張
しているのである。
(イ) このような主張を前提とすれば,本件訂正によって追加された「前
記所定値に設定された電圧,前記所定値に設定された周波数指令…に基
づいて」における構成は,ステップ(a’)からステップ(c’)に記載
された事項を繰り返し記載しただけである。したがって,訂正後のステ
ップ(d’)における「基づいて」という用語が原告の主張のように解
釈できるとすれば,本件訂正は,無効理由1を解消するものとはなって
いないことになる。すなわち,訂正発明は ,「電圧指令値及び周波数指
令値を用いない」構成も含むものである。
以上のように,無効理由1について,これを解消するためのステップ
(d’ への訂正は,見かけ上は無効理由1に対処するように見えても,
)
特許権侵害差止等請求事件の侵害論における原告の主張に基づけば,実
質は何ら変更されていない。したがって,審決が本件発明(訂正前発明)
の必須構成要件である,と指摘する「測定した電流値に加えて『電圧指
令値及び周波数指令値』を用いること」が明記されていない本件訂正は,
無効理由を解消するものとはいえない。
よって,本件訂正請求が認められた場合であっても,依然として無効
理由1は解消せず,審決の判断に影響はない。
(ウ) また,無効理由2(取消事由2)及び無効理由4(取消事由3及び
4)についても,本件訂正請求の内容は,無効理由2(取消事由2)及
び無効理由4(取消事由3及び4)とは何ら関係がない。
したがって,本件訂正が認められた場合であっても,審決の判断に影
響はない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,審決の「電圧指令及び周波数指令の増加がいつまで続くのか不
明であり,ステップ(c)で,どの状態で検出すべきか不明である。, ス
」「
テップ(a)の,電圧指令と周波数指令を所定値に設定することがいつ行
なわれるのか不明となる。」との認定は,「特許明細書又は図面の記載を斟
酌することなく,ステップ(e)の『前記周波数および前記電圧指令を増
加させる』という記載の『前記』を限定的に解釈して,ステップ(a)に
おける『所定値』に設定された『前記周波数指令』および『所定値』に設
定された『前記電圧指令』と誤って解釈した」ものであり,請求項1の記
載は明りょうである,と主張する。しかし,審決認定のとおり,ステップ
(e)の「前記周波数指令および前記電圧指令」は「所定値に設定された
前記周波数指令および所定値に設定された前記電圧指令」として解釈され
るものであり,原告の主張は失当である。
イ 本件発明における各ステップの経時的な関係は,特許請求の範囲の記載
から,ステップ(a)⇒ステップ(b)であって,このステップ(b)に
おいてはステップ(e)を行い⇒ステップ(c)⇒ステップ(d)となる
ことは明らかである。
そして,特許請求の範囲第1項においては「電圧指令」の記載は4箇所
あり,これら4つの「電圧指令」の記載が,同一の「電圧指令」を意味し
たものであることは明らかである。「周波数指令」との記載は2箇所ある
がこれも同様である。
したがって,本件発明においては,特許請求の範囲第1項の記載におい
てステップ(a)の後に記載され,かつ,経時的にステップ(a)の後に
実行される,ステップ(b)におけるステップ(e)に記載された「前記
電圧指令」および「前記周波数指令」は,直前のステップ(a)において
所定値に設定された「電圧指令」および「周波数指令」を指すものとして
解される。
ウ 原告は,ステップ(e)が ,「所定値に設定された」前記周波数指令及
び「所定値に設定された」前記電圧指令を徐々に増加させて,と記載され
ていないのであるから,ステップ(e)の前記周波数指令および前記電圧
指令について,これを所定値に設定されたものと解する根拠はないと主張
する。
しかし,ステップ(e)の「前記周波数指令および前記電圧指令」の各
「前記」が,ステップ(a)において所定値に設定された「電圧指令」お
よび「周波数指令」を指すものであるから,「前記」と記載するだけでス
テップ(a)において所定値に設定された「電圧指令」および「周波数指
令」を表わすことができ,わざわざステップ(e)に「所定値に設定され
た前記周波数指令および所定値に設定された前記電圧指令」と記載する必
要がないだけである。
エ 以上のとおり,ステップ(e)の「前記周波数指令および前記電圧指令」
は「所定値に設定された前記周波数指令および所定値に設定された前記電
圧指令」として解釈されるものであり,審決の解釈は正当である。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,審決が要旨変更補正に係る手続補正について,平成11年2月
5日付の手続補正書により補正された明細書の補正について検討するとし
て,本件特許の出願日は平成11年2月5日に繰り下がるとしたが,審判
長は当該要旨変更の補正を許可する旨の決定もせず,漫然と誤記であると
の被告の主張を受け入れて前記の判断をしたものであって,特許法131
条の2第2項に違反すると主張するが,事実に反する。
イ 無効審判の請求人である被告が「補正書の日付は平成11年2月5日の
誤記である旨主張」したのは,口頭審理に先立って原告及び特許庁に提出
した口頭審理陳述要領書(乙3,5頁17行∼19行,11頁13行∼2
0行)においてである。そして,平成18年6月30日に行われた口頭審
理において,この点についての確認が行われ,無効審判の被請求人たる原
告と同請求人たる被告の双方合意の上で,第1回口頭審理調書(乙4)に
「 合意事項】1
【 無効請求の無効理由の4に記載の要旨変更に該当する
とする補正書の日付を平成11年2月5日と訂正する。 旨が記載された。
」
それにも拘わらず,あたかも原告の合意なく訂正がなされたかのような前
記主張は,事実に反する。
ウ また,原告は本件無効審判において平成18年5月12日に提出した答
弁書(乙2,8頁下11行∼8行)において「被請求人(原告)も,請求
人の『要旨変更』の主張が,平成11年2月5日付けの手続補正書による
補正に対しての主張に変更されるであろうことは推察できるので,これに
対する被請求人の主張を行う。…」と主張しているとおり ,「補正書の日
付は平成11年2月5日の誤記である」ことを前提とした十分な反論も行
なっているから,原告が反論の機会を得ていないということもない。
エ さらに無効理由4とは,手続補正が要旨変更であり,平成5年改正前特
許法40条の規定により,出願日がその補正書を提出した日に繰り下がる
ため,繰り下がった該出願日の前に頒布された刊行物である甲2の1(原
出願の公開公報,昭和62年11月14日公開)により進歩性を欠く,と
いうものである。したがって,補正書の提出日が平成9年4月7日である
か平成11年2月5日であるかは,どちらも甲2の1の頒布後のことであ
るため,そもそも,無効理由4の結論に影響を与えるものではない。
オ 以上の次第であるから,取消事由3に関する原告の主張には理由がない。
(4) 取消事由4に対し
ア 原告は,「出願当初の明細書に,始動時の突入電流を避けるために周波
数と電圧を『一定レート』にて立ち上げ加速する構成が記載されていて,
始動時の突入電流を避けるために周波数と電圧を徐々に増加することが示
されている」と主張する。
しかしながら,原出願当初明細書においては「なお始動時の突入電流を
避けるため,w 1*とv1q*は一定レートにて立上げ加速終了後,ブロック
62にてi 1d,i1qの信号取込み,ブロック63にて(18)式よりl1
+L1を演算する」(甲2の1,5頁左上欄第18行ないし右上欄第2行)
と記載され,「一定レート」との用語が用いられているだけである。「一定
レート」は増加率が一定であり,かつ,増加率の大きさに制約がないこと
を意味するのに対し ,「徐々に」は増加率が一定とは限らず,かつ,増加
率の大きさが極めて小さいことを意味するものであり,両者は異なる概念
である。
したがって,原出願当初の明細書に ,「始動時の突入電流を避けるため
に周波数と電圧を徐々に増加することが示されている」との原告主張は失
当である。
イ また原告は,審決が突入電流を避ける程度の「一定レート」を「徐々に」
とすることは概念を広げるものであるとしたのは誤りであり,特許請求の
範囲を減縮する補正であると主張するが,審決は「本件特許の出願当初明
細書には,立ち上げ加速時の動作については『一定レート』で行われる発
明が開示されていたものであって,…突入電流を避ける程度の『一定レー
ト』を『徐々に』とすることは,一定レート以外を含むものに概念を広げ
るものである」と認定するものである(15頁10行∼14行)。すなわ
ち,特許請求の範囲に「徐々に」との記載を追加する補正は出願当初明細
書に記載された概念を広げるものである,と認定しているのであって,特
許請求の範囲第1項に記載された概念を広げるものである,と認定してい
るものではない。
また平成5年改正前特許法41条は,出願当初明細書又は図面に記載し
た事項の範囲を超えて,特許請求の範囲の補正を行う場合には,要旨変更
補正となることを規定するものであって,補正が特許請求の範囲の減縮で
あるか否かとは,関係がない。
したがって,原告の主張は失当であり,審決の判断とは何ら関係がない。
(5) 取消事由5に対し
ア 審決の相違点(ア)に対する主張に関して
甲5∼9には,誘導電動機に所定の値を有する交流電圧(特に甲6∼9
においては定格電圧)を印加して無負荷状態で回転させ,その際の電流に
基づいて1次インダクタンスと関係する定数を決定することが明確に記載
されており,これは周知の事項である。
よって,「誘導電動機に所定の値を有する交流電圧を印加して無負荷状
態で回転させ,その際の電流に基づいて一次インダクタンスと関係する点
数(定数の誤り)を決定することが…記載されている 。」とする審決の認
定に誤りはなく,この点を周知の事項であるとして甲3発明において,相
違点(ア)に係る本件特許発明の構成とすることは任意であると認定した
審決の認定に誤りはない。
イ 原告の相違点(ウ)に関する主張に関して
(ア) 原告は,本件明細書の(18)式,及び,甲3の(15)式につき,
l1+L 1≒L1であるとしても,両式の右辺は同一ではなく,これを同
一であるとする審決は誤りであると主張する。
(イ) しかし,甲3の66頁によれば ,(15)式を導出するにつき,ま
ず以下の(14)式を導出し,その上で,l 1≪L1であるとして,励磁
インダクタンスL1は(15)式により演算できる旨が記載されている。
V1q=(l1+L1) 1・I1d+M・ω1・I2d
・ω …(14)
0=r2・I2d
すなわち,(14)式として示された2つの式において,2次抵抗r2≠
0であるから,(14)下式より,2次励磁電流I 2d=0となり,これ
を(14)上式に代入して以下の式が導かれる。
V1q=(l1+L1) 1・I1d
・ω
これを1次インダクタンス(l1+L1)について書き換えれば,本件特
許明細書の(18)式に相当する,
(l1+L1)=V1q/ω1・I1d
となることを前提とした上で,l1≪L1であるとして,励磁インダクタ
ンスL1について
L1=V1q/ω1・I1d …(15)
を導出したものである。
したがって,甲3は本件明細書の(18)式を実質的に開示している
とともに,甲3の(15)式は本件明細書の(18)式を変形したもの
にすぎないのであり,両式の間に実質的な相違はない。よって,甲3の
(15)式が本件明細書の(18)式と同様の式であると認定した審決
に誤りはない。
(ウ) 原告は,審決が「この式に基づく演算では,電流,電圧及び周波数
に関して,検出値であるか指令値であるかを問わず,いずれでも可能な
ものであるから,この点の相違は格別なものではない 。(22頁29行
」
∼31行)との認定も誤りであると主張する。インバータの制御装置に
対する電圧指令値とその電圧出力値とが異なるものであることは異論が
ないが,審決もそのゆえに,無条件に「検出値であるか指令値であるか
を問わず,いずれでも可能」と認定せずに「この式に基づく演算では」
との条件を付しているものである。
甲3には,誘導電動機を無負荷運転した条件で,定常状態(回転速度,
電動機電流及び出力電圧が一定状態)にあれば,その際の電動機電流 正
(
確には励磁電流I1d)及び出力電圧 正確には出力電圧のq軸成分V1q)
(
を用いて,励磁インダクタンスL 1を(15)式によって演算できるこ
とが記載されている。そして,その際の電動機電流については,実際の
電動機電流を検出することに代えてベクトル制御の制御信号(電流指令
値)から間接的に検出でき,電圧出力値は実際の出力電圧値を電圧検出
器により検出できるので,これらを用いて演算できる旨(62頁下6行
∼4行,66頁)が記載されている。
したがって,実際の電動機電流及び実際の出力電圧との関係を表わし
た(15)式において,電流指令値に代えて実際の電動機電流である検
出電流値を用いることは自明である。
一方,電圧指令値と電圧出力値とは異なるものであるから,実際の電
圧出力値である検出電圧値に代えて電圧指令値を用いることはできない
はずであるが,誘導電動機を回転させると,誘導電動機内で発生する誘
導起電力(≒電圧出力値)が大きくなり,電圧指令値と誘導起電力との
誤差が小さくなる(本件明細書〔甲1の1,2〕の段落【0008】第
2文)。このため,甲3のように定格周波数で回転させている際には誘
導起電力が大きな値となるので,(15)式において,検出電圧値に代
えて電圧指令値を用いることができる。
よって,審決が認定したとおり ,「この式に基づく演算では,電流,
電圧及び周波数に関して,検出値であるか指令値であるかを問わず,い
ずれでも可能」となる。
なお,原告は,本件発明の明細書はインバータにおいて電圧波形を検
出しても,その波形は歪んでいて定数測定精度が低いという技術的課題
を提示しているものであるとも主張するが,本件発明には電圧指令値を
用いて1次インダクタンスを演算算出する旨の規定はなく,本件発明と
は関係がない。
(エ) また審決は,相違点(ウ)について「上記のとおり,誘導電動機に
電力を供給するインバータとして,電圧指令に基づいて制御するものが
周知であることから,甲3発明においてインバータとして周知の電圧を
指令値として制御するものを用い,その結果として上記演算に用いる電
流値を検出することで,相違点(ウ)に係る本件特許発明の構成とする
ことは当業者に容易である。 22頁下5行∼末行)
」
( と認定したところ,
原告は,審決におけるこの「上記のとおり」は「相違点(ア)において
記載された甲第5号証ないし甲第9号証に基づく周知事項を説示してい
る」と主張するが,誤りである。
当該「上記のとおり」との記載は, 甲3発明において,相違点(ア)
「
に係る本件発明の構成とすることは任意である 」(審決の22頁13行
∼14行)との認定,及び「この式に基づく演算では,電流,電圧及び
周波数に関して,検出値であるか指令値であるかを問わず,いずれでも
可能なものである」(22頁29行∼30行)との認定を指すものであ
り,甲3発明において「インバータ制御装置」に周知の電圧指令に基づ
いて制御する制御装置を用いることは任意であり,甲3の(15)式に
基づく演算では,電流に関して,検出値であるか指令値であるかを問わ
ず,いずれでも可能である点を指摘したものである。
したがって,原告の主張は,審決の「上記」についての誤った解釈を
前提とするものであり,理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯) (2)(訂正前発明の内容) (3)
, ,
(本件訂正の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争い
がない。
2 取消事由1(訂正不可とした判断の誤り)について
(1) 原告の行った本件訂正の内容は上記第3,1(3)ア,イのとおりであり,
訂正発明に係る訂正事項1は,ステップ(a’ ,
) (b ’ ,
) (d’)にわたるも
のであるところ,審決はそのうち訂正発明のステップ(a’)にかかる「前
記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」の記載を加える点のみについ
て判断し,これは明細書又は図面に記載された事項の範囲内でなされたもの
ではなく,特許請求の範囲の減縮にも当たらないから,平成6年改正前特許
法134条2項ただし書の規定に適合せず,訂正請求は認められないとした 。
これに対し原告は,審決が,本件明細書(甲1の1,2)の【0042】
及び【0055】の記載を ,「設定する値が『所定値』すなわち『定格値』
であることを示すものであり,『所定値』に設定した後,V/F一定制御運
転(磁束一定条件)を行うというものである 。(6頁9行∼11行)と認定
」
したことから,かかる「所定値」に設定することによってV/F一定制御運
転(磁束一定条件)を行うものであるから , 磁束一定条件を満たすように」
「
前記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定することを
内容とする訂正は,明細書又は図面に記載された事項の範囲内であり,訂正
は認められるべきであると主張するので,以下判断する。
(2)ア 訂正前発明(本件発明)は,甲1の1,2に記載されているように発
明の名称を「インバータ制御装置の制御定数設定方法」とし,インバータ
制御装置の制御定数の設定に用いる電流を,周波数指令を与えて誘導電動
機を回転させた状態で検出することにより,誤差の少ない1次インダクタ
ンス(1次漏れインダクタンスl1 と1次有効インダクタンスL 1 の和)
等の制御定数の設定を行うことを目的としている(段落【0006】【0
,
008】。
)
原告が本件訂正請求に関する事項につき,本件明細書(甲1の1,2)
に記載があるとする,段落【0042 】【0055】の各記載(下記①,
,
②),及び,これと関連する図6(③),段落【0042】と段落【005
5】の関係を示す段落【0052 】 ④)の各記載は以下のとおりである 。
(
①「 l1 +L1 の測定法〕
〔
v1 d =v1 d * (判決注,「v1 d 」は誤記)=0,
v 1 q =v 1 q * ∝(判決注 ,「α」は誤記)w 1 * ,w 1 =w 1 * ,w S ≒
0
すなわち,無負荷状態においてv 1 q * とw 1 * を所定値に設定し,いわ
ゆるV/F一定制御運転(磁束一定条件)を行う。ここで ,(10)式
において無負荷条件である故i 1 q ≒0となり,したがって l1 +L1 )
(
は次式より測定演算できる。【0042】
」
②「図6では,先ず,ブロック61にて,w1 * とv 1 q * (判決注 ,「v 1
q 」は誤記)を電動機定格値(判決注 ,「定数値」は誤記)に設定し運
転する。なお始動時の突入電流を避けるため,w 1 * とv1 q * は一定レ
ートにて立上げ加速終了後,ブロック62にてi1 d ,i1 q の信号取込
み,ブロック63にて(18)式よりl 1 +L1 を演算する。さらにこ
の結果を基にブロック64にてT2 をT 2 =l 1 +L 1 /r 2 ′より演算
する。( 0055】
」【 )
③ 図6の記載は以下のとおりである。
「
」
④「電動機定数の測定は,図3に示すようにブロック31∼33まで3つ
のモードがあり,順に,r 1 +r 2 ′及びl1 +l2 ′,r 1 ,l 1 +
L 1 の各測定を行う。各測定については前述したので,以下では各測
定法の手順について図4∼図6のフローチャートを用いて説明する。」
( 0052 】
【 )
イ 上記①は,[l 1+L1の測定法],すなわち1次漏れインダクタンスl 1
と1次有効インダクタンスL 1の和,すなわち本件発明の目的とする誘導
電動機の制御定数の一つである1次インダクタンスを測定することに関す
るところ,この記載によれば,まず「v 1 d =v1 d * =0,v1 q =v1 q
*
∝w 1 * ,w 1 =w 1 * ,w S ≒0」との運転条件が設定され,この運転条
件に基づき,「無負荷状態(判決注:v 1 d =v 1 d * =0,w S ≒0)にお
いてv1 q * とw 1 * を所定値に設定し,いわゆるV/F一定制御運転(磁
束一定条件)を行う」とされていることから,v 1 q * (q軸の電圧指令
信号)とw 1 * (周波数指令信号)はそれぞれ指令値として設定された値
であり,これにつきv 1 q * ∝(判決注:比例を表す)w 1 * ,すなわちV
/F一定制御運転(磁束一定条件)を行うこととしており,誘導電動機の
1次インダクタンスである「l 1+L1」の測定に当たり,i 1 d ,i1 q の
信号取込みを行う時点での誘導電動機の運転状態がいわゆるV/F一定制
御運転(磁束一定条件)であると理解することができる。
また上記④のとおり,段落【0055】の記載は,段落【0042】で
明らかにされた測定法について,その手順をフローチャートに基づき説明
するものであるところ,上記②によれば,図6のフローチャートに従いl
*
1 +L 1 を演算する場合,指令値であるv1 q とw 1 * に対する所定値とし
て定格値を設定し,電気を印加(図6,ブロック61)して運転するとこ
ろ,これについて「なお始動時の突入電流を避けるため,w 1 * とv 1 q *
は一定レートにて立上げ加速」すると記載されており,所定値である電動
機定格値に達するまでの過渡状態において,w 1 * とv1 q * をそれぞれ小
さい値から次第に増加させて加速を行うことが明らかであり,また,段落
【0042】の記載も併せ考慮すれば,定格値に達した後に電動機をV/
F一定制御運転(磁束一定条件)を行うものと認められる。
そうすると,上記のとおり,V/F一定制御運転(磁束一定条件)につ
いては,i1 d ,i1 q の信号取込みを行う時点での誘導電動機の運転状態
を指すものと理解でき,審決がこれにつき「上記各段落の記載内容は,電
圧指令と周波数指令を,設定した所定値まで増加させる段階で,磁束一定
となるようにV/F一定制御運転を行うことを窺わせるもの」(6頁12
行∼14行)であると認定したことは,誤りであるということができる。
ウ(ア) 一方,運転に先立つ電動機定数の測定演算について,本件明細書 甲
(
1の1,2)には,以下の記載がある。
⑤「先ず,該インバータ装置を用いた電動機定数の測定法の原理につい
て述べる。それは運転に先立ち,インバータ装置を用いて所定の電
圧を電動機に印加し,その結果発生する電動機電流に基づいて電動
機定数を演算するものである。ところで,電動機電圧はv 1 d * ,
v 1 q * 及びw 1 * に応じて以下に述べるようにして制御される。座
標変換器4はv1 d * ,v1 q * 及び電圧位相基準信号cosw 1 * t及び
sinw1 * tに基づいて次式に従い3相交流の電圧指令v 1 *(vU * ,
vV * ,vW * )を作る 。( 0015】
」【 )
(イ) 上記によれば,上記指令値であるv1 q * とw1 * に対して所定値(上
記段落【0055】では定格値)として設定する定格値が,インバータ
装置の電圧指令v 1 * (v U * ,v V * ,v W * )に対する設定値(すなわ
ち,上記「v 1 d * ,v1 q * 及び電圧位相基準信号cosw1 * t及びsinw
*
1 t」)としてインバータ装置の制御部へ与えられることにより,イン
バータ装置の出力が制御され,上記V/F一定制御運転 磁束一定条件)
(
が達成されるものであることは,当業者(その発明の属する技術の分野
における通常の知識を有する者)であれば容易に理解し得る技術事項で
ある。
エ そうすると,「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との運
転条件(段落【0042】の「V1q=V 1q* ∝ W 1* 」)の下で,「前記
電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定」し〔訂正発
明のステップ(a’ 〕 「無負荷状態(段落【0042】のv 1 d =v 1 d *
),
=0,w S ≒0)において,前記所定値に基づいて前記インバータから出
力される交流電圧を前記誘導電動機に印加することにより,前記誘導電動
機を回転させる 」〔訂正発明のステップ(b’ 〕ことは,いずれも明細書
)
又は図面に記載された事項の範囲内であると認められる。
オ 加えて,原告が訂正発明のステップ(d ’)につき「前記所定値に設定
された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及び前記検出され
た電流」に基づいて制御定数を設定するとの点に関しては,上記②(段落
【0055】の記載)には「ブロック63にて(18)式よりl 1 +L1
を演算する」と記載があるところ,(18)式(段落【0043】)は以下
のとおりである。
…(18)
上記(18)式,上記①(段落【0042】の記載)によれば,誘導電
動機の1次インダクタンスと関係する制御装置の制御定数(l 1 +L 1 )
が,所定値に設定された電圧指令(v1 q * ),所定値に設定された周波数
指令(w 1 * ),電流検出値(i 1d,なおこれが電流検出値であることは段
落【0037】に記載)に基づき演算されることが記載されているといえ
る。
そうすると,「前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定さ
れた周波数指令,及び前記検出された電流」に基づいて制御定数を設定す
るとの点〔訂正発明のステップ(d’〕についても,明細書又は図面に記
)
載された事項の範囲内であるといえる。
(3)ア 審決は,本件明細書(甲1の1,2)の段落【0042】及び【00
55】の記載は「電圧指令と周波数指令を所定値に設定するにあたって,
磁束一定条件を満たすように設定することを開示するものではない。(6
」
頁14行∼16行)とし,段落【0055】には ,「上記所定値を,誘導
電動機の磁束一定条件を満たすように設定するものとは記載されていな
い。(6頁20行∼21行)と認定した。
」
しかし,訂正発明は,その特許請求の範囲の記載全体からすれば,ステ
ップ(a’)の「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との記
載は,続くステップ(b ’)の「無負荷状態において,前記所定値に基づ
いて前記インバータから出力される交流電圧を前記誘導電動機に印加する
ことにより,前記誘導電動機を回転させるステップ」及びステップ(c’)
の「前記回転している誘導電動機に流れる電流を検出するステップ」にお
ける運転条件を限定していることは明らかといえる。訂正発明は,ステッ
プ(b ’)及び(c ’)における誘導電動機の回転が,「前記誘導電動機の
磁束一定条件を満たすように」運転され,その後のステップ(d’ の「前
)
記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及
び前記検出された電流に基づいて,前記コンピュータにより,前記誘導電
動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装置の制御定数を設定す
るステップ」において,所望の制御定数を得ることができるように,「前
記電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令を所定値に設定」する〔ス
テップ(a’〕ものであると理解することができる。
)
そして,磁束一定条件を満たすように誘導電動機を運転し,所望の制御
定数を得ることができるように,「前記電圧指令および前記誘導電動機の
周波数指令を所定値に設定」することは,上記( 2)において説示したとお
り,明細書又は図面に記載されているから,本件訂正は,願書に添付した
明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。
そうすると,審決が「電圧指令と周波数指令を所定値に設定するにあた
って,磁束一定条件を満たすように設定することを開示するものではない」
(6頁14行∼16行)として本件訂正を明細書又は図面に記載された事
項の範囲内でなされたものではないと判断したことは誤りである。
イ また審決は,訂正事項1(訂正発明に係る)の目的について,『誘導電
「
動機の磁束一定条件を満たすように』という条件を設けても,その磁束あ
るいはV/Fの値を特定しない限り,周波数指令値に対応する電圧指令値
が特定の値になるものではなく,周波数指令と電圧指令を定格値で定まる
V/F値以外のV/Fの値となる所定値に設定した場合にも,その設定さ
れた電圧と設定された周波数の状態で定まる磁束一定条件を満たすものと
なるのであるから,請求項1に係る訂正事項によって所定値が特定される
ものではなく,したがって,この訂正事項は特許請求の範囲の減縮を目的
とするものではない。また,この訂正事項は誤記の訂正や明りょうでない
記載の釈明に該当しないことも明らかである。(6頁下2行∼7頁8行)
」
と判断した。
しかし,上記アで検討したとおり,訂正発明のステップ(a’)の「前
記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」との記載は,続くステップ
(b ’ ,
) (c ’)の運転条件を限定するものと理解できる。また,誘導電
動機の磁束一定条件を満たす運転をするとの条件の下で,ステップ(a’)
の電圧指令および前記誘導電動機の周波数指令の所定値を限定するもので
もある。また,ステップ(a ’)の「前記誘導電動機の磁束一定条件を満
たすように」の記載は,適切な制御定数を求めることができるように,ス
テップ(d ’)の「前記所定値に設定された電圧指令,前記所定値に設定
された周波数指令,及び前記検出された電流に基づいて,前記コンピュー
タにより,前記誘導電動機の1次インダクタンスと関係する,前記制御装
置の制御定数を設定するステップ」を限定するものともいえる。そうする
と,ステップ(a)に「前記誘導電動機の磁束一定条件を満たすように」
と加える訂正は,特許請求の範囲を減縮するものと認められる。
また同様に,ステップ(b’)の「無負荷状態において」は誘導電動機
を回転させる状態を限定し,またステップ(d’)の「前記所定値に設定
された電圧指令,前記所定値に設定された周波数指令,及び前記検出され
た電流」に基づいて制御定数を設定するとの点も制御定数を設定する方法
をより明確にし限定するものであるから,特許請求の範囲を減縮するもの
と認められる。
(4) 被告は,所定値に固定した直流電圧の印加を行えば,電動機電流は一定
となり,励磁電流も一定となって「誘導電動機の磁束一定条件」が成立する
から,誘導電動機の磁束一定条件を満たすようにという条件を設けても,そ
こには直流電圧の設定も含み,直流電圧を誘導電動機に印加する例を除外す
ることにはならず減縮に当たらないと主張する。
しかし ,訂正発明のステップ(b’ において, 誘導電動機を回転させる」
) 「
ことが特定されており,直流電圧の設定又は印加の態様が含まれないことは
明らかであるから,被告の主張は前提を欠き採用できない。
(5) 以上の検討によれば,審決が,本件訂正につき,明細書又は図面に記載
された事項の範囲内でなされたものではなく,また特許請求の範囲の減縮に
も当たらないとして訂正を認めなかった判断は誤りであるということにな
る。よって,審決が本件訂正につき訂正要件違反があるとしてこれを認めな
かったことは誤りであるから,原告が主張する取消事由1は理由がある。
(6) そうすると本件訂正は認められるべきものであるところ,これが認容さ
れることにより,訂正発明には①「無負荷状態」〔訂正発明のステップ(b
’)に記載 〕,②「電圧指令値,周波数指令値を用いる」〔訂正発明のステッ
プ(d ’)に記載〕との必須の条件の記載がないことを理由とする昭和62
年法律第27号による改正前の特許法36条4項に違反するとの審決の無効
理由1は,解消されるものと認められる(なお,審判手続において無効理由
1として審判請求人〔被告〕の主張した,本件発明に係る特許請求の範囲第
1項の記載が発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものであ
るとすると,発明の詳細な説明は,当業者が容易にその発明の実施をするこ
とができる程度に記載していないことになるとして平成2年法律第30号に
よる改正前の特許法36条3項違反となるとの点についても,本件訂正が認
められることにより同様に前提を欠くことになる。。
)
(判決注・上記特許法36条3項の規定は,次のとおりである 。)
「3 前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における
通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明
の目的,構成及び効果を記載しなければならない 。」
(7) なお被告は,仮に本件訂正が認められる場合であっても,無効理由1,
2,4に関する審決の判断に影響を与えるものではない等と主張する。
しかし,無効理由1,2,4に関する審決の判断は,本件訂正を認めない
ことを前提にして,訂正前発明である本件発明についてしたものであるから,
被告の上記主張は未だ特許庁の判断がされていない訂正発明に関する無効理
由を先取り的に裁判所の判断を求めるものであって,失当というべきである 。
3 結論
以上のとおりであるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,
審決は違法として取り消されるべきである。
そして特許庁は,本件訂正請求が適法であることを前提として,訂正発明に
ついて,請求人(被告)主張の無効理由の有無につき,本件訴訟における当事
者双方の主張立証(とりわけ甲3発明との対比)も十分に斟酌して,改めて審
理すべきである。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 今 井 弘 晃
裁判官 清 水 知 恵 子
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