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平成18(行ケ)10221審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年3月31日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官肥塚雅博
原告メリアルリミテッド
対象物 家畜抗菌剤としての9a−アザライド
法令 特許権
特許法29条2項2回
特許法159条1項1回
キーワード 審決19回
刊行物2回
分割1回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 訴外メルク エンド カムパニー インコーポレーテッド(以下「メルク」と いう )は,発明の名称を「家畜抗菌剤としての9a−アザライド」とする発。 明につき,平成10年9月4日に国際出願(優先権主張 1997年9月10 日米国 1998年3月25日英国。平成11年特許願第351772号。以 下「本願」という )をした。。 メルクは,本願につき平成17年1月20日付けで拒絶査定を受けたので, 同年4月22日,これに対して不服の審判を請求(不服2005−7255号 事件)し,併せて同年5月19日付けで手続補正をした(以下 「本件補正」, といい,同補正後の明細書を「本願補正明細書」という 。。) 特許庁は,同年12月28日,上記手続補正を却下した上で 「本件審判の, 請求は,成り立たない 」との審決をし,その謄本は,平成18年1月10日,。 メルクに送達された(付加期間90日 。) メルクは,本願に係る特許を受ける権利を原告に譲渡し,原告は,平成18 年5月9日に同権利を承継した旨を特許庁長官に届け出た。

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判決文

平成20年3月31日判決言渡
平成18年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件
平成20年2月19日 口頭弁論終結
判 決
原 告 メリアル リミテッド
訴訟代理人弁護士 窪 田 英 一 郎
同 大 西 達 夫
同 柿 内 瑞 絵
同 乾 裕 介
訴訟代理人弁理士 今 村 正 純
同 新 谷 紀 子
被 告 特許庁長官 肥塚雅博
指 定 代 理 人 森 田 ひ と み
同 谷 口 博
同 唐 木 以 知 良
同 大 場 義 則
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2005−7255号事件について平成17年12月28日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
訴外メルク エンド カムパニー インコーポレーテッド(以下「メルク」と
いう 。)は,発明の名称を「家畜抗菌剤としての9a−アザライド」とする発
明につき,平成10年9月4日に国際出願(優先権主張 1997年9月10
日米国 1998年3月25日英国。平成11年特許願第351772号。以
下「本願」という。)をした。
メルクは,本願につき平成17年1月20日付けで拒絶査定を受けたので,
同年4月22日,これに対して不服の審判を請求(不服2005−7255号
事件)し,併せて同年5月19日付けで手続補正をした(以下 ,「本件補正」
といい,同補正後の明細書を「本願補正明細書」という 。 。

特許庁は,同年12月28日,上記手続補正を却下した上で ,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成18年1月10日,
メルクに送達された(付加期間90日)。
メルクは,本願に係る特許を受ける権利を原告に譲渡し,原告は,平成18
年5月9日に同権利を承継した旨を特許庁長官に届け出た。
2 特許請求の範囲
本願に係る特許請求の範囲の請求項1の本件補正前及び本件補正後の記載は,
次のとおりである。
(1 ) 本件補正前
「家畜の呼吸器又は腸内の細菌感染の治療又は予防方法であって,前記治療又
は予防を必要とする家畜に治療又は予防的に有効な量の9a−アザライドを投
与することを特徴とし,9a−アザライドが
式I: 化1】

をもつ化合物又は医薬的に許容されるその塩,又は医薬的に許容されるその金
属錯体であり,前記金属錯体が銅,亜鉛,コバルト,ニッケル及びカドミウム
から構成される群から選択され,前記式中,
R1は水素;場合によりヒドロキシ,C1−3アルコキシ,シアノ,C1−3
アルコキシカルボニル,ハロゲン ,アミノ,C1−3アルキルアミノ又はジ(C
1−3アルキル)アミノで置換されたC1−3アルキル;アリル;又はプロパ
ルギルであり,
R2とR3の一方は水素であり,他方はヒドロキシ又は−NH2である前記方
法。(以下「本願発明」という。
」 )
(2 ) 本件補正後
「 請求項1】
【 パスツレラ種,アクチノバシラス種,ヘモフィルス・ソムナ
ス(Haemophilus somnus)又はマイコプラズマ種に起因す
るウシ又はブタの呼吸器感染,又は大腸菌,トレポネーマ・ハイオディセンテ
リー(Treponema hyodysenteriae)又はサルモネラ
種に起因するウシ又はブタの腸内感染の治療又は予防方法であって,前記治療
又は予防を必要とするウシ又はブタに治療又は予防的に有効な量の式Iの化合
物を投与することを特徴とし,
式Iは下記:
【化1】
である化合物又は医薬的に許容されるその塩,又は医薬的に許容されるその金
属錯体であり,前記金属錯体が銅,亜鉛,コバルト,ニッケル及びカドミウム
から構成される群から選択され,前記式中,
R1は水素;
場合によりヒドロキシ,C1−3アルコキシ,シアノ,C1−3アルコキシカ
ルボニル,ハロゲン,アミノ,C1−3アルキルアミノ又はジ(C1−3アル
キル)アミノで置換されたC1−3アルキル;
アリル;
又はプロパルギルであり,
R2とR3の一方は水素であり,他方はヒドロキシ又は−NH2である前記方
法。(以下「本願補正発明」という。
」 )
3 審決の理由
(1 ) 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,本願の出
願前に頒布された刊行物である特開昭59−104398号公報(以下「引
用例1」という。)及び特開昭60−25998号公報(以下「引用例4」と
いう。)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受ける
ことができないものであって,本件補正は同法159条1項において準用す
る同法53条1項の規定により却下すべきものであり,本願発明は,本願の
出願前に頒布された刊行物である上記引用例1及び4並びに特開昭59−3
1794号公報(以下「引用例2」という 。 ,特開昭60−231691号

公報(以下「引用例3」という。,特開平1−153632号公報(以下「引

用例5」という。)及び特開昭63−77895号公報(以下「引用例6」と
いう。)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとする
ものである。
(2 ) 審決が認定した引用例1及び4に記載された発明(以下「各引用発明」と
いう場合がある。)の内容並びに本願補正発明と各引用発明との一致点及び相
違点は,次のとおりである。
(各引用発明の内容)
本願補正発明の式Iに包含される化合物である「4”−エピ−9−デオ
キソ−9a−メチル−9a−アザ−9a−ホモエリスロマイシンA」(引用
例1)が,同式に包含される化合物である「9−デオキソ−9a−アザ−
9a−エチル(又はn−プロピル)−9a−ホモエリスロマイシンA 」(引
用例4)が,E.coli(大腸菌)や動物パスツレラ菌などに抗菌活性を有する
こと,経口投与後非常に良く吸収され,また非常に高いかつ長く持続する
血清レベルを提供すること,ヒトを含む動物の全身の感染症を治療するた
めに使用しうること,この物質により動物の感染症を治療する方法。
(一致点)
パスツレラ種に起因する哺乳動物の感染,又は大腸菌に起因する哺乳動
物の感染の治療方法であって,前記治療を必要とする動物に治療に有効な
量の式Iの化合物を投与する治療方法。
(相違点)
本願補正発明は,パスツレラ種に起因するウシ又はブタの呼吸器感染,
又は大腸菌に起因するウシ又はブタの腸内感染をその治療の対象とするの
に対し,引用例1,4ではこの点の記載がされていない点。
第3 取消事由に係る原告の主張
審決は,次に述べるとおり,①本願補正発明について容易想到性の判断の誤
り(取消事由1),及び②本願発明について容易想到性の判断の誤り(取消事由
2)があり,違法として取り消されるべきである。
1 本願補正発明についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)
(1) 引用例1,4の開示の内容について
引用例1,4は一般的な抗菌活性を開示したものにすぎないにもかかわら
ず,審決がこれらを根拠に本願補正発明を容易想到であるとした判断には,
誤りがある。
引用例1,4は,9a−アザライドに包含される化合物とその一般的な抗
菌活性を開示するにとどまり,ウシ又はブタの呼吸器・腸内感染症の原因菌
群が本願補正発明のとおりであること,上記9a−アザライドに包含される
化合物が当該原因菌群のすべてに対して有効であり,これに起因するウシ又
はブタの呼吸器・腸内感染症の治療,予防に使用されることについて,何ら
開示ないし示唆はない。
一般的なレベルの抗菌活性と特定のウシ又はブタの呼吸器又は腸内感染症
に対する具体的かつ特別なレベルにおける抗菌活性とは,同様に考えられる
ものではない。
(2) 試験管内の抗菌活性データの応用の困難性について
引用例1,4は,大腸菌や動物パスツレラ菌等の微生物に対する9a−ア
ザライドに包含される化合物の一般的な抗菌活性について,試験管内におけ
る活性データによって明らかにした上で,当該化合物が哺乳動物に対して経
口投与で有効な活性を示し,哺乳動物一般の感染症を治療するために使用し
得ることを一般的に開示したものにすぎず,ウシ又はブタの呼吸器感染症・
腸内感染症の原因菌群及び9a−アザライドのこれらの原因菌群に対する有
効性について,何ら開示ないし示唆はない。
引用例1,4において開示されているのは,試験管内(in vitro)の抗菌活性
データにすぎない。試験管内の抗菌活性が,必ずしもそのまま当該化合物の
生体内(in vivo)における有効性をも示すものということができないことは,
当業者間において周知の事実である(甲8)。
(3 ) ウシ又はブタへの適用の困難性について
ア 薬物が同一であっても,その薬物動態については,異なる動物種間で大
きな相違が生じるのであって,当業者間において,公知の薬剤についても,
動物種相互間の解剖学,生理学及び生化学上の相違の結果として,動物種
間で多種広範にわたる薬物動態学上の相違が一般的に生ずることが認識さ
れている(甲9)。
したがって,たとえ公知の9a−アザライドについてであっても,当業
者は動物種間における薬理学上および代謝上の相違の理由について説明で
きない限り,マウス等の生体内における抗菌活性のデータから,ウシ又は
ブタのような家畜動物における抗菌活性を推論することはできない。
イ 被告は,一般に,哺乳動物の一種において抗菌活性を示す抗菌剤は,ウ
シ又はブタのような家畜動物においても抗菌活性を示すことが十分予想さ
れるのであり,動物種の違いに応じて,製剤の処方や形態,投与量,投与
期間,投与間隔等を適宜設定することの必要性は,本願の出願当時,当業
者が技術常識として知悉していた旨主張する。
しかし,ウシ及びブタは特有の呼吸器系や消化器系を有している(甲1
0)ので,これらの動物における9a−アザライドの具体的かつ特別の活
性を予測するのは著しく困難であった。動物種間での薬物動態及び薬力学
の相違は,ウシ又はブタの呼吸器感染症又は腸内感染症を引き起こす特定
の病原菌に対して公知の9a−アザライド化合物を適用する上での阻害要
因であったというべきである。
(4) 本願補正発明の顕著な作用効果について
本願補正発明において原因菌として特定された微生物種に対して,9a−
アザライドの代表的化合物であるアジスロマイシン及び4”−デオキシ−4
”−アミノアジスロマイシンの in vitro 活性を,最小阻止濃度(MIC)法に
より測定した結果(本願補正明細書中の【0034】∼【0036】)は,い
ずれもおおむね極めて少ない濃度で本願補正発明を構成するウシ又はブタの
呼吸器又は腸内感染症の原因菌に対する高い抗菌力を示す。
したがって,本願補正発明の作用効果が,当業者にとって予測できる範囲
のものであるとした審決の認定判断は,誤りである。
被告は,本願補正発明の効果は本願補正明細書で示された試験管内抗菌活
性データに基づいて導き出せる程度のものであり,本願補正発明の方が引用
例1より優れた効果を奏すると評価する理由はない旨主張する。
しかし,9a−アザライドであるツラスロマイシンは,チルミコシン及び
フロルフェニコールと比較して,ウシ呼吸器感染症(BRD)発症の危険性
が高い畜牛に対してBRDの徴候が見られる前に処理するのに有効であるこ
と(甲11の1),食肉用畜牛のBRDの治療において有効であること(甲1
1の2)が示されている。したがって,本願補正発明は,本願補正明細書に
記載されているとおり,顕著で予測不可能な作用効果を有するものであり,
また,上記の作用効果は,当業者にとって本願補正明細書の記載から推論可
能なものである。
2 本願発明についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
本願発明に関する審決の判断についても,上記1と同じ主張が当てはまるか
ら,審決の判断は誤りである。
第4 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は,いずれも失当である。
1 本願補正発明についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)について
(1) 引用例1,4の開示の内容について
原告は,引用例1,4はウシ又はブタの呼吸器感染症・腸内感染症の原因
菌群及び9a−アザライドのこれらの原因菌群に対する有効性について,何
ら開示ないし示唆を与えるものではないと主張する。
しかし,ウシやブタに対しパスツレラ種菌が呼吸器疾患を引き起こすこと
や,大腸菌が腸内疾患の原因菌となることは本願の出願当時既に当業者の間
に広く知られていた(乙1,乙2)

したがって,引用例1,4の特定の化合物がパスツレラ菌,大腸菌などに
抗菌力を有することの開示や,哺乳動物へのこれらの菌による感染症の治療
への利用についての記載があれば,これらの菌を原因菌とするウシ,ブタの
疾病の治療や予防への当該化合物の利用は示唆されるし,当該化合物のウシ,
ブタの疾病への適用を動機付けるものである。
(2 ) 試験管内の抗菌活性データの応用の困難性について
原告は,引用例1,4において開示されているのは,試験管内(in vitro)の
抗菌活性データにすぎないと主張する。
しかし, 引用例1には,本願発明の化合物についての試験管内の抗菌テス
トの結果みならず,経口投与後に血清レベルが高く持続すること(7頁左上
欄1行∼13行)も開示されている。原告の主張は失当である。
また,原告は,甲8の記載から,試験管内の抗菌活性が,必ずしもそのま
ま当該化合物の生体内(in vivo)における有効性をも示すものということがで
きないと主張する。
しかし,甲8には,生体内活性を示すことが必ずしも臨床的な有効性を示
すものではないとしながらも家畜種の種々の感染症に利用可能であると記載
されているのであって,臨床的な有効性自体を否定しているわけではない。
むしろ,引用例1の記載(7頁左上欄1∼8行)からは,一般に試験管内の
抗菌活性が確認されれば,生体内における有効性が予想されると考えるのが
常識的である。そして,本願出願の化合物が属するマクロライド系抗生物質
については,既に臨床的に有用と評価される化合物が数多く開発され実用化
されており,それらの化合物の薬物動態や作用機序などの多くの共通点が存
在することを考慮するならば,甲8の記載は,本願補正発明の化合物をウシ,
ブタなどに臨床的に使用してみることの妨げとなるものではない。
(3) ウシ又はブタへの適用の困難性について
原告は,甲9を提示し,動物種間における薬理学上及び代謝上の相違の理
由について説明できなければ,マウス等の生体内における抗菌活性のデータ
からウシやブタのような家畜動物における抗菌活性を推論することはできな
いと主張する。
しかし,甲9には,動物種間で薬剤が効いたり効かなかったりすることが
記載されているのではなく,使用される薬剤は各種の動物に使用できること
を前提として記述されており,マウス等において有効である抗菌剤がウシ等
に使用できないことを読みとることはできない。引用例1(7頁左上欄5∼
13行),乙3に照らすならば,抗生物質の使用は特定の動物種にとどまらな
いことは当業者の常識である。
したがって,一般に,哺乳動物の1種において抗菌活性を示す抗菌剤は,
ウシ又はブタのような家畜動物においても抗菌活性を示すことが十分予想さ
れるのであり,動物種の違いに応じて製剤の処方や形態,投与量,投与期間,
投与間隔などを適宜設定することが必要であることは,本願出願当時,当業
者が技術常識として既に知られていた事項である。
(4 ) 本願補正発明の顕著な作用効果について
原告は,本願補正発明において原因菌として特定された微生物種に対して,
9a−アザライドの代表的化合物であるアジスロマイシン及び4”−デオキ
シ−4”−アミノアジスロマイシンの in vitro 活性を,最小阻止濃度 MIC )

法により測定した結果(本願補正明細書中の【0034】∼【0036】段
落)は,いずれもおおむね極めて少ない濃度で本願補正発明を構成するウシ
又はブタの呼吸器又は腸内感染症の原因菌に対する高い抗菌力を示す旨を主
張する。
しかし,本願補正明細書には,アジスロマイシンと4”−デオキシ−4”
−アミノアジスロマイシンの試験管内での抗菌活性範囲が示されているのみ
であるから,本願補正発明の化合物によってこれらの菌によるウシ・ブタの
感染の治療又は予防ができるという効果は,上記の試験管内抗菌データに基
づいて導き出せる程度のものである。
一方,引用例1,4においても試験管内での本願発明の化合物に属する化
合物について大腸菌,パスツレラ属菌に対する抗菌作用が示されている上に,
引用例1には,化合物(IV)について,試験管内(in vitro)の抗菌活性の
みならず,生体内(in vivo)での経口投与時の薬剤の血清レベルも検討され
ている。
そうすると,むしろ引用例1からは上記化合物につき生体内( in vivo)
における優れた作用効果をたやすく想起可能ということができるというもの
であって,本願発明の方が引用例1より優れた効果を奏すると評価する理由
はない。
2 本願発明についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
本願発明に関する審決の判断の誤りをいう原告の主張についても,上記1と
同様であり,審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも採用することができず,審決の
判断に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本願補正発明についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)について
(1) 引用例1,4の開示の内容について
原告は,引用例1,4には,9a−アザライドに包含される化合物とその
一般的な抗菌活性を開示するにとどまり,ウシ又はブタの呼吸器・腸内感染
症の原因菌群が本願補正発明のとおりであること,上記9a−アザライドに
包含される化合物が当該原因菌群のすべてに対して有効であり,これに起因
するウシ又はブタの呼吸器・腸内感染症の治療,予防に使用されることにつ
いて,何ら開示ないし示唆がないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,理由がない。
ア 引用例1の記載
引用例1には,以下の各記載がある。
「本発明は式(Ⅳ)で示される抗菌性化合物の4”−エピ−9−デオキソ
−9a−メチル−9a−アザ−9a−ホモエリスロマイシンA,その医薬
として適当な塩,それを含む医薬組成物および哺乳動物の細菌感染の治療
におけるそれの使用方法を包含する。‥‥‥本発明の治療用化合物(Ⅳ)
は,エリスロマイシンA感受性菌を包含しかつその上におもな呼吸病原菌
であるインフルエンザ菌 Hemophilus
( influenzae)
をも十分に包含する比較的広い範囲の抗菌活性スペクトルを示す。生体内
でのその高い経口吸収性および非常に長い半減期は哺乳動物の感受性菌に
よる感染を経口治療する際にその化合物(Ⅳ)を特に価値あるものにして
いる。(2頁右下欄17行∼3頁右上欄3行)

「式(Ⅳ)の化合物の抗菌活性は脳心臓浸出液(BHI)ブイヨン培地
中の種々の微生物に対するその最小阻止濃度(MIC’s,meg/ml)
を測定することにより示される。‥‥‥試験微生物の感受性(MIC)は
肉眼で判定した時微生物の生育を完全に阻止することができるその化合物
の最低濃度として解される。4”−エピ−9−デオキソ−9a−メチル−
9a−アザ−9a−ホモエリスロマイシンA(Ⅳ)の抗菌活性とエリスロ
マイシンAのそれとの比較は第Ⅰ表の反復試験に示される。 (6頁右上欄

5∼17行)
「さらに化合物(Ⅳ)はよく知られたマウス保護試験,あるいは各種哺乳
動物(例えばマウス,ラット,イヌ)の血清レベルの微生物定量法(生物
検定法)により生体内で試験される。その試験種としてラットを使用して,
化合物(Ⅳ)は経口投与後非常に良く吸収され,また,非常に高いかつ長
く持続する血清レベルを提供することが見い出された。感受性菌が原因で
おこるヒトを含む動物の全身の感染症を治療するために,化合物(Ⅳ)は
分割投与また好ましくは1日1回の投与で1日あたり2.5∼100 mg
/ kg,好ましくは5∼50 mg / kg の量で投与される。(7頁左上欄1∼

13行)
また,「第1表 化合物(Ⅳ)の試験管内抗菌活性 」(6頁下欄)には,
「大腸菌(E.coli),
」「動物パスツレラ菌(Past.mult .」

等の試験結果が記載されている。
イ 引用例4の記載
引用例4(甲4)には,以下の各記載がある。
「9−デオキソ−9a−アザ−9a−ホモエリスロマイシンAの9a−
エチル及び9a−n−プロピル誘導体はグラム陽性及びグラム陰性バクテ
リアに対する有効な抗バクテリア剤であることが見出された。本化合物は
式(Ⅰ)‥‥‥を有する。(3頁右下欄6行∼4頁2行)

「式(I)の化合物及びその製薬学的に許容し得る酸付加塩は‥‥‥パ
スツレラ・マルトシダ( Pasturella multocida)に対して試験管内において
有効な抗バクテリア剤である。更に,式(Ⅰ)の化合物は試験内において
‥‥‥ヘモフィラス属(Haemophilus)に対して,並びに生体内において多
くのグラム陽性及びグラム陰性微生物に対して顕著な活性を示す。哺乳動
物におけるその有用な経口的活性及び予想外の長時間の血清半減期におい
て,式(I)の化合物は9−デオキソ−9a−メチル−9a−アザ−9a
−ホモエリスロマイシンA様であり‥‥‥」(4頁右下欄9行∼5頁左上欄
10行)
ウ 小括
上記各記載によれば,引用例1,4には,本願補正発明の9a−アザラ
イドに該当する化合物が,パスツレラ,大腸菌などに抗菌力を有すること,
哺乳動物においてこれらの菌による感染症の治療に使用できることが開示
されていると認められる。したがって,引用例1,4に一般的な抗菌活性
が開示されているだけであるという原告の主張は,採用できない。
(2) 試験管内の抗菌活性データの応用の困難性について
原告は,引用例1,4において開示されているのは,試験管内(in vitro)の
抗菌活性データにすぎず,甲8に示されているように,試験管内の抗菌活性
が必ずしも生体内(in vivo)における有効性を示すものでないから,試験管内
データだけから抗菌活性を推論することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
まず,引用例1,4には,試験管内の抗菌活性の試験データが記載されて
いるだけでなく,引用例1には,経口投与後の持続性に関してラットを使用
した生体内(in vivo)試験が記載されているから(7頁左上欄1∼13行)
,引
用例1,4が試験管内(in vitro)の抗菌活性データの開示にすぎないとの原
告の主張は,前提において失当である。
また,甲8には,「用途/適用 比較的幅広い抗菌活性を有し好ましい薬物
動態プロフィルを有しているアジスロマイシンは家畜種の種々の感染症に使
用できる。‥‥‥ 」(81頁20∼27行)と記載されていることに照らすな
らば,臨床的有効性を否定するものではないと認められる。
試験管内で抗菌活性が確認された物質について,その試験管内データだけ
から直ちに抗菌活性を推論することができない場合があるとしても,試験管
内で抗菌活性が確認されたという事実は,当該物質の臨床的有効性を確認す
る試みを阻害する要因ではなく,むしろ,生体内における有効性ないし,臨
床への応用に対する可能性を強く示唆するものといえる。そして,上記の甲
8の記載内容等を総合考慮すると,マクロライド系抗生物質に属する引用例
1の化合物をウシ,ブタに適用することについて困難とする事情はない。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。
(3) ウシ又はブタへの適用の困難性について
原告は,甲9を根拠として,動物の種間における薬理学上及び代謝上の相
違の理由について説明できない以上は,マウス等の生体内における抗菌活性
のデータからウシやブタのような家畜動物における抗菌活性を推論すること
はできないと主張する。
しかし,この点の原告の主張も,以下のとおり失当である。
確かに,甲9には,動物種間で薬剤の排泄及び消失半減期が異なることや,
同類の動物種間においてさえ,既知の薬剤の薬物動態学的データを置き換え
るのは不可能であって,合理的な投与スケジュールの設定は,臨床的な使用
が意図されている動物の種ごとに得られたデータに基づくべきであることが
記載されているが,同記載の趣旨は,全体をみれば,抗菌剤等の薬剤が動物
の種を超えて使用され得ることを前提として,動物種の違いに応じて製剤の
処方や形態,投与量,投与期間,投与間隔などを適宜設定すべきであるとの
留意点に言及したものと理解するのが相当である。したがって,甲9の記載
をもって,ウシやブタに適用することが困難であるとする原告の主張は,採
用できない。
また,原告は,甲10を根拠に,ウシ,ブタは特有の呼吸器系や消化器系
を有しているので,これらの動物における9a−アザライドの具体的かつ特
別の活性を予測するのは著しく困難であったと主張する。しかし,甲10に
は,ウシ,ブタの呼吸器系又は消化器系疾患に対する治療又は予防について
9a−アザライド等の抗菌剤の適用を困難とする記載はない。したがって,
原告の主張は,根拠を欠き,その主張自体失当である。
(4) 本願補正発明の顕著な作用効果について
ア 原告は,本願補正発明において原因菌として特定された微生物種に対し
て,9a−アザライドの代表的化合物であるアジスロマイシン及び4”−
デオキシ−4”−アミノアジスロマイシンの in vitro 活性を,最小阻止濃度
(MIC)法により測定した結果は,ウシ又はブタの呼吸器又は腸内感染
症の原因菌に対する高い抗菌力を示し,顕著な作用効果を有すると主張す
る。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,本願補正明細書の記載(段落【0034】∼【0036 】)に
よれば,式Ⅰに属する化合物である「アジスロマイシン」と「4”−デオ
キシ−4”−アミノアジスロマイシン」を用いた試験管内での抗菌活性範
囲が示されているが,本願補正発明の式Ⅰに属する化合物による効果は,
上記の試験管内の抗菌活性データに基づいて導き出せるものである。一方,
引用例1,4においても,本願補正発明の式Ⅰの化合物に属する化合物を
用いた試験管内(in vitro)において,大腸菌,パスツレラ属菌に対する抗
菌作用が示されている。そうすると,本願補正発明における作用効果は,
引用例1,4記載の式Ⅰの化合物による試験管内の抗菌活性データに基づ
いて導き出せる程度のものというべきであり,顕著な作用効果というべき
ものではない。
イ また,原告は,甲11の1,2を挙げて,9a−アザライドに該当する
ツラスロマイシンがウシ呼吸器感染症(BRD)の治療において有効であ
ることが証明されたから,本願補正発明は顕著で予測不可能な作用効果を
有するものであると主張する。
しかし,原告の上記主張も採用できない。すなわち,ツラスロマイシン
は本願補正発明の式Ⅰの化合物に該当するものとはいえず,また,甲11
の1,2は本願出願後の文献であり,その記載内容から本願出願当時の技
術常識を示すものと認めることもできない。
(5) 小括
以上によれば,本願補正発明は,引用例1及び4に記載された発明に基づ
いて容易に発明をすることができたものであるから,特許出願の際独立して
特許を受けることができないものであり,本件補正は特許法159条1項に
おいて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであるとした審
決の判断に誤りはない。したがって,本願に係る発明は,本件補正前の発明
(本願発明)として特定される。
2 本願発明について容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
原告は,本願発明に関する審決の判断についても,本願補正発明について述
べたのと同様の誤りがあると主張する。しかし,本願補正発明を誤りであると
する原告の主張(取消事由1)に理由がないことは,上記1において判示した
とおりであり,本願発明についての審決の上記判断にも誤りはない。
3 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれ
を取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 三 村 量 一
裁判官 上 田 洋 幸

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