平成19(行ケ)10106審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年3月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告三水株式会社 原告リンテック株式会社
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対象物 |
記録紙 |
法令 |
特許権
特許法36条4項1号11回 特許法36条4項2回 特許法153条1回 特許法29条2項1回 特許法29条の21回 特許法134条2項1回 特許法153条2項1回
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キーワード |
審決74回 無効25回 刊行物21回 実施13回 進歩性10回 抵触6回 無効審判4回 特許権2回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「記録紙」とする特許第2619728号(平成2年
1月25日出願,平成9年3月11日設定登録)の特許(以下「本件特許」と
いう。)の特許権者である。 |
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判決文
平成20年3月27日判決言渡
平成19年(行ケ)第10106号 審決取消請求事件
平成19年11月14日口頭弁論終結
判 決
原 告 リンテック株式会社
訴訟代理人弁護士 田 倉 整
同 田 倉 保
訴訟代理人弁理士 志 水 浩
被 告 三 水 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 永 井 義 久
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2002−35464号事件について平成19年2月15日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「記録紙」とする特許第2619728号(平成2年
1月25日出願,平成9年3月11日設定登録)の特許(以下「本件特許」と
いう。)の特許権者である。
原告は,平成14年10月29日,特許庁に対して無効審判請求を行ったと
ころ,特許庁は,この審判請求を無効2002−35464号事件として審理
し,平成16年1月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
をした(以下この審決を「前審決」という。)。原告が,平成16年3月5日,
-1 -
東京高等裁判所に,前審決の取消しを求める訴訟を提起したところ(平成16
年(行ケ)第83号),同裁判所は,平成17年2月17日,前審決を取り消す
旨の判決をした(以下この判決を「前訴判決」という。)。被告は,最高裁判
所に対して上告受理の申立てをしたが,同裁判所は,平成18年4月18日に
上告不受理の決定をしたので,前訴判決は確定した。
前訴判決の確定によって差し戻された無効審判手続において,特許庁の平成
18年5月30日付け職権審理結果通知(甲95)に対して,被告は,平成1
8年6月29日付け訂正請求書(甲134)を提出したが,特許庁は同年9月
19日付けで訂正拒絶理由通知(甲135)を発した。そこで,被告は,平成
18年10月6日に手続補正書(乙1の1ないし3)を提出したところ,特許
庁は,審理の結果,平成19年2月15日,「訂正を認める。本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をした(以下この審決を「本件審決」とい
う。)。
2 特許請求の範囲
(1) 平成18年10月6日付け手続補正書(乙1の1ないし3)による訂正
(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書(乙1の3)を「本件訂正
明細書」という。)後の本件特許における特許請求の範囲は,次のとおりで
ある(請求項の数は1である。訂正前の請求項2は,削除された。本件訂正
による訂正箇所に下線を付した。以下,この発明を「本件訂正発明」とい
う。)。
【請求項1】
下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる着色原紙
の色調を隠蔽する隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1
a),(1b)の表面に形成され,室温の尖針の記録ペンによって前記着色
原紙の色調が現出するものであることを特徴とする,タコグラフ用記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子
-2 -
(B)成膜性を有する水性ポリマー
(2) 本件訂正前の明細書(甲1)によれば,本件訂正前の本件特許の記載は,
次のとおりである(請求項の数は2である。以下,これらの発明を併せて
「本件各発明」という。)。
【請求項1】
下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層
(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に
形成されたことを特徴とする,記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子
(B)成膜性を有する水性ポリマー
【請求項2】
タコグラフ用の請求項1の記録紙
3 本件審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件審決は,本件訂正を認め
た上で,本件訂正発明に対する特許は,①特願昭63−232200号記載の
発明(甲16,17。以下「先願発明」という。)と同一であるとは認められ
ないから特許法29条の2の規定に違反しない,②特公昭50−14567号
公報(甲24。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発
明1」という。)に基づき,又はこれと甲18,19(以下それぞれ「刊行物
2」,「刊行物3」という。)に記載された発明(以下それぞれ「引用発明
2」,「引用発明3」という。)及び周知技術(甲26ないし29)に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,特許法29条
2項の規定に違反しない,③本件訂正明細書における発明の詳細な説明の記載
が平成2年法律第30号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」とい
う。)36条4項の規定に違反していない,④本件訂正前の明細書について,
平成18年5月30日付け職権審理結果通知書(甲95。以下「本件職権審理
-3 -
結果通知書」という。)により指摘された改正前特許法36条4項1号に係る
記載不備は,本件訂正により解消されたとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,先願発明及び引用発明1の内容並びに本
件訂正発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 先願発明について
ア 先願発明の内容
熱可塑性樹脂からなる中空球体状微粒子,具体的には「アクリル・スチ
レン共重合体からなる中空球体状微粒子(ローペイクOP−84J 42.
5%濃度のエマルジョン)」を含有する白色不透明の感熱層が,着色支持
体上に形成され,熱により前記感熱層が溶けて透明となり着色層が顕色す
る感熱記録体。
イ 本件訂正発明との一致点
隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子を含有し,着色原紙の色調を
隠蔽する隠蔽層が着色原紙の表面に形成された記録紙である点。
ウ 本件訂正発明との相違点
(ア) 相違点1
「記録紙」が,本件訂正発明では「タコグラフ用記録紙」であるのに
対し,先願発明は「タコグラフ用」のものに限定されていない点。
(イ) 相違点2
「記録紙」が,本件訂正発明では「室温の尖針の記録ペンによって前
記着色原紙の色調が現出するものである」のに対し,先願発明では「熱
により前記感熱層が溶けて透明となり着色層が顕色する」ものであって,
「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するもの」
ではない点。
(ウ) 相違点3
「隠蔽層」が,本件訂正発明では,「(A)隠蔽性を有する水性の中
-4 -
空孔ポリマー粒子と(B)成膜性を有する水性ポリマーの重量比が1か
ら3の範囲の組成物からなる」のに対し,先願発明では,唯一の実施例
においては,隠蔽層はローペイクOP−84Jのみからなるものであり,
隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマ
ーの重量比が1から3の範囲の組成物からなるものに限定されていない
点。
(エ) 相違点4
隠蔽層の膜厚が,本件訂正発明では1∼20ミクロンであるのに対し,
先願発明では膜厚が限定されていない点。
(2) 引用発明1について
ア 引用発明1の内容
約1ミクロン以下の本質的に球状の空気含有マイクロカプセル不透明化
剤よりなる塗膜を持つ基体よりなり,前記不透明化剤はスタイラス又はタ
イプライターによる部分的圧力により破壊され得るものであり,前記基体
は前記不透明化剤の破壊により現出する着色表面を持っている感圧コピー
シート。
イ 一致点
隠蔽性を有する中空孔ポリマー粒子と成膜性を有するポリマーを含有し,
着色原紙の色調を隠蔽する隠蔽層が着色原紙の表面に形成され,室温の尖
針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するものである記録紙で
ある点。
ウ 相違点
(ア) 相違点1
「記録紙」が,本件訂正発明では「タコグラフ用記録紙」であるのに
対し,引用発明1は,「タコグラフ用」に限定されていない点。
(イ) 相違点2
-5 -
「隠蔽層」が,本件訂正発明では「(A)隠蔽性を有する水性の中空
孔ポリマー粒子と(B)成膜性を有する水性ポリマーの重量比が1から
3の範囲の組成物からなる」のに対し,引用発明1は,「隠蔽性を有す
る中空ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーとの組成物」,「油
含有ポリマー粒子エマルジョン」あるいは「油含有ポリマー粒子エマル
ジョンと成膜性を有する水性ポリマーとの組成物」からなるものであり,
本件訂正発明の特定の組成物からなるものではない点。
(ウ) 相違点3
隠蔽層の膜厚が,本件訂正発明では1∼20ミクロンであるのに対し,
引用発明1では膜厚が限定されていない点。
第3 原告主張の取消事由
1 取消事由1(前訴判決の拘束力に抵触する判断の誤り・本件職権審理結果通
知書の手続上の違法)
(1) 前訴判決は,本件各発明の数値限定について臨界的意義があるかどうか
を判断すべきものとして,前審決を取り消した。しかるに,本件審決はこの
点を判断していないから,前訴判決の拘束力に抵触する違法がある。
すなわち,前訴判決は,本件各発明の(A)と(B)の重量比及び膜厚に
係る数値範囲が臨界的意義を有するか否かを検討していないことを理由に前
審決を取り消したにもかかわらず,本件審決はこれらの数値範囲の臨界的意
義を検討していないから,前訴判決の拘束力に抵触する違法がある。
(2) 本件職権審理結果通知書は,本件各発明が改正前特許法36条4項に違
反することに言及するのみで,前記数値範囲の臨界的意義についての検討の
結果が記載されていない。特許庁が,前訴判決で示された数値範囲の臨界的
意義についての検討を行うことなく,上記の本件職権審理結果通知書を発し
たことは手続上の違法である。すなわち,前訴判決において本件各発明の数
値範囲に臨界的意義がないことが判明したにもかかわらず,審判長が職権で
-6 -
別の無効理由を作り出し,被告に訂正請求の機会を付与したものであり,違
法である。このような違法な手続に基づいてされた本件審決は違法として取
消しを免れない。
2 取消事由2(本件各発明と先願発明との同一性の判断を怠った誤り)
上記1(1)に記載のとおり,審決は,本件各発明の数値範囲の臨界的意義に
ついての検討を行った上で先願発明との同一性の判断を行わなければならなか
ったところ,これを怠り,本件各発明と先願発明との同一性の判断を行ってい
ないから,違法である。
3 取消事由3(本件各発明の進歩性の判断を怠った誤り)
上記1(1)に記載のとおり,審決は,本件各発明の数値範囲の臨界的意義に
ついての検討を行った上で,本件各発明の進歩性の判断を行わなければならな
かったところ,これを怠り,本件各発明の進歩性の判断を行っていないから,
違法である。
4 取消事由4(本件職権審理結果通知書の判断の誤りによる違法)
本件職権審理結果通知書には,その記載に係る無効理由の判断についても,
次のとおり誤りがあり,そのような誤った判断に基づく通知書を前提とする審
理の結果としての本件審決の判断は,違法である。
(1) 本件職権審理結果通知書は,「特許請求の範囲」の文言と願書に最初に
添付した明細書(甲2。以下「出願当初明細書」という。)中の「発明の詳
細な説明」とを対比すべきであったにもかかわらず,本件訂正前の明細書
(甲1)の「発明の詳細な説明」と対比しており,改正前特許法36条4項
1号の解釈に誤りがある。このような誤った法令の解釈に基づく本件職権審
理結果通知書により,被告(特許権者)に訂正請求の機会を付与し,訂正後
の審理において本件訂正発明についてのみ無効理由の判断をしたことは,違
法である。
(2) 本件各発明には組成物(A)と(B)の重量比,隠蔽層の膜厚に関して
-7 -
数値範囲が付されているが,出願当初明細書(甲2)の発明の詳細な説明に
は,数値範囲に関して何ら記載がない。よって,本件各発明には数値範囲に
関して改正前特許法36条4項1号違反があり,本件訂正後も数値範囲に関
する無効理由が解消されていないから,本件特許は無効と判断すべきである。
本件職権審理結果通知書の結果,審理において,この点が看過されたまま審
決がされたものであり,違法である。
5 取消事由5(訂正要件違反の看過)
(1) 本件訂正に係る「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が
現出するものである」との文言の付加は,用途や使用目的の限定にすぎず,
記録媒体としての記録紙の構成や要素に限定を付するものではないから,特
許請求の範囲の減縮に当たらず,むしろ特許請求の範囲の変更に当たる。
(2) 本件訂正に係る「室温の」という文言の付加は,その文言が多義的で意
味が曖昧であるから,特許請求の範囲を曖昧にし,タコグラフ用記録紙とい
う目的と矛盾し,産業上の利用可能性も欠くことになるから,特許請求の範
囲の減縮に当たらず,むしろ特許請求の範囲の変更に当たる。
(3) したがって,審決が本件訂正を認めたことは,誤りである。
6 取消事由6(本件訂正発明における改正前特許法36条4項1号違反の判断
の誤り)
本件審決は,改正前特許法36条4項1号違反の無効理由について,本件訂
正により,改正前特許法36条4項1号違反の無効理由で指摘した本件明細書
の不備は解消された旨判断したが,誤りである。
出願当初明細書(甲2)の文言と本件訂正後の特許請求の範囲の文言とを対
比すると,本件訂正発明には,出願当初明細書に記載のない,①「重量比が1
から3の範囲」,②「1から20ミクロンの膜厚」,③「室温の尖針の記録ペ
ンによって前記着色原紙の色調が現出するもの」,④「タコグラフ用記録紙」,
⑤「中空孔」の文言が加わっており,しかも④を除くその他の点については,
-8 -
出願当初明細書中には,これらの文言の根拠は何ら存在していなかった。した
がって,本件訂正によっても改正前特許法36条4項1号違反が解消されてい
ないから,本件審決の判断は誤りである。
7 取消事由7(本件訂正発明と先願発明との同一性の判断の誤り)
本件審決は,本件訂正発明と先願発明とは,相違点2ないし4で相違するか
ら同一でないと判断したが,誤りである。
(1) 相違点2について
ア 本件訂正発明が「記録紙」という「物の発明」である以上,「室温の尖
針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出する」という文言はその
物をどのような用途に用いるかを示すための修飾句に過ぎず,「物」その
ものの組成には何らの関係もない要素である。すなわち,用途を限定した
ことに伴う「物」の組成物には何らの変更もないから,用途を限定しよう
とした上記文言は,記録紙に関する発明である本件訂正発明の特許請求の
範囲を限定する作用を有していない。したがって,先願発明に,このよう
な用途に関する記載がないとしても,物の発明としての観点からは,実質
的に同一の発明である。
イ 「室温の尖針の記録ペンによって着色原紙の色調が現出するものであ
る」のうち,①「室温」はその温度幅が曖昧であり,タコグラフ用として
機能することができない,②「尖針の記録ペンによって」は感熱記録紙で
も同じ「尖針の記録ペン」が使用されている,③「前記着色原紙の色調が
現出する」は,本件各発明の「隠蔽層」の文言の説明にすぎず,新たな限
定になっていないし,感熱記録紙における熱ペンによって「着色原紙の色
調が現出する」ことと差異がない。
ウ したがって,本件訂正により何らの限定もなされていないから,前訴判
決の拘束力が及び,数値範囲の臨界的意義の検討が必要である。
(2) 相違点3,4について
-9 -
本件審決は,相違点3,4について,その数値範囲の臨界的意義を検討し
ていないが,その数値範囲は本件特許が実施者の適宜の選択に委ねていた設
計事項について適宜の数値を特定したにすぎず,その数値範囲に格別の臨界
的意義を見いだすことができないから,先願発明と実質的に同一というべき
である。
8 取消事由8(本件訂正発明における容易想到性の判断の誤り)
(1) 本件審決が,引用発明1との関係で,相違点2,3について容易想到で
はないと判断した点は,誤りである。
相違点2は,①隠蔽層の組成物が共通するか(以下「相違点2①」とい
う。),②組成物の重量比が共通するか(以下「相違点2②」という。)に
分けられるが,相違点2①については後記のとおり実質的な差異ではないか
ら,相違点2②の組成物の重量比及び相違点3の膜厚における各数値範囲の
臨界的意義の有無に集約される。そして,本件訂正発明の数値範囲に臨界的
意義はないから,本件訂正発明は進歩性を欠くものである。
(2) 相違点2①の判断の誤り
ア 本件訂正発明の「水性の中空孔ポリマー粒子」の認定の誤り
本件審決は,本件訂正明細書に「隠蔽性を有する中空孔ポリマー粒子が
完全に分散された形態で供給され」と記載されていることから,水性の中
空孔ポリマー粒子が供給時点で既に水中に分散されたものに限定されると
解釈しているが,誤りである。
隠蔽層は,水中に分散した中空孔ポリマー粒子を水性ポリマーと混合し,
塗布液を製造し,その塗布液を着色原紙に塗布し,これを乾燥して形成さ
れるから,中空孔ポリマー粒子が水性か否かは,水性ポリマーとの混合の
直前の時点で判断されるべきものである。そうすると,当初から水中に分
散したもののみに限定される理由はなく,水性ポリマーとの混合前に水性
となっていれば十分であるから,審決の上記解釈は誤りである。
イ 「方法1」(本件審決31頁5行∼9行)の判断の誤り
本件審決は,方法1について,「中空ポリマー粒子を成膜性を有する水
性ポリマー中に直接分散するものであるから,中空ポリマー粒子の分散状
態は本件特許発明の組成物とは異なる」と判断したが,誤りである。
複数の組成分を混合して塗布液を製造する場合には,①粉末状の成分を
他の水性の成分中に直接分散する方法と,②粉末をいったん水中に分散さ
せた上で他の成分と混合させる方法があり,後者は本件特許の出願当時か
らの技術常識である(甲104の1,2)。そうすると,「方法1」には
上記①のみならず②も含まれるから,本件訂正発明の隠蔽層と同一のもの
が開示されている。
ウ 「方法2」(本件審決31頁10行∼14行)の判断の誤り
本件審決は,「方法2」の「油含有ポリマー粒子エマルジョン」は「中
空ポリマー粒子とするためには,塗布後に加熱してマイクロカプセル内部
の油性物質を追い出す必要があるものであるから『水性の中空ポリマー粒
子』には相当しない。」と判断したが,誤りである。
「水性の」とは,中空孔ポリマー粒子が水中に分散している状態を指す
から,マイクロカプセル内部の物質が水性であるか油性であるかとは無関
係である。また,本件訂正明細書に例示された「エクスパンセルWU♯6
42」は,液状ガスを内包した状態から,塗布液を塗布した着色原紙の乾
燥を経て,「空気含有中空孔粒子」になるから,「方法2」の「油含有マ
イクロカプセル」においても乾燥を経て「空気含有中空粒子」になること
と同じである。
(3) 本件審決は,刊行物2,3に関して,「室温の尖針の記録ペンにより記
録できる記録紙として応用できることを示唆するものではない」(本件審決
34頁33∼35行)と認定したが誤りである。
刊行物2,3は,いずれも白色塗料として使用される以上,隠蔽層を形成
するとされる。そうすると,中空孔樹脂からなる隠蔽層があれば,それだけ
で記録ペンによる記録が可能となることは当業者であれば容易に想到し得る
ものである。
(4) 本件審決は,甲20について「感熱記録紙の中間層」であることを理由
に容易想到性を否定しているが,中空孔ポリマー粒子を含む塗膜層が開示さ
れている以上,その中空孔ポリマー粒子を潰すか除去して,塗布された原紙
の色を現出することによって記録できることは当業者であれば容易に想到し
得るものである。
(5) 本件審決は,刊行物2,3及び甲20に「中空ポリマー粒子」として例
示されているスチレンアクリル樹脂の殻は非常に硬く,その粒子を含有する
塗膜層はタコグラフ用の「室温の尖針の記録ペン」の圧力で破壊されるかど
うか予測できないから,引用発明1の「隠蔽層」における「中空ポリマー粒
子」として,上記「中空ポリマー粒子」を採用することは容易に想到するこ
とができないと判断したが誤りである。
すなわち,①物の硬さと破壊は別のことであり,②タコグラフ用の記録ペ
ンには高圧が掛かるから(甲105),スチレンアクリル樹脂も破壊され,
③被告は,隠蔽層の中空孔ポリマー粒子が破壊されることを自認しており
(甲106,107),④前記各刊行物に開示されている樹脂はスチレンア
クリル樹脂に限定されないことから,タコグラフ用記録ペンでアクリルスチ
レン樹脂が破壊できることは容易に予測できるから,本件審決の判断は誤り
である。
(6) 本件審決は,周知技術(甲26ないし29)について,「タコグラフ用
記録紙の隠蔽層として中空ポリマー粒子(判決注:中空孔ポリマー粒子と同
義である。)を使用できることを示唆するものではない。」と認定したが,
これらの白色顔料を使った隠蔽層を用いたタコグラフ用記録紙に関する情報
に,刊行物2,3に開示された白色顔料の代わりに中空孔ポリマー粒子を使
うという情報を組み合わせれば,上記を示唆するものといえる。
第4 被告の反論
1 取消事由1(前訴判決の拘束力に抵触する判断の誤り・本件職権審理結果通
知書の手続上の違法)に対して
(1) 本件審決においては,訂正請求が認められたのであるから,本件訂正後
の発明の内容に基づいて特許性が判断されるものであり,本件訂正前の発明
の内容を前提とする前訴判決の拘束力は,発明の内容が異なる以上,及ぶこ
とはない。よって,本件審決の判断及び職権審理結果通知書を発送したこと
に誤りはない。
(2) 差戻し後の審判においては,訂正請求による訂正の適否を判断し,当該
訂正が認められる場合には,もっぱら訂正後の発明の内容において,訂正後
の特許発明中の数値範囲に臨界的意義があるかどうかを判断すべきであり,
訂正前の特許発明中の数値範囲に臨界的意義があるかどうかを判断する必要
はない。
本件において,用途や記録機構などに限定がない記録紙と,本件訂正によ
って,「室温の尖針の記録ペンによって着色原紙の色調が現出するものであ
る」との記録器具及びその記録機構が限定され,かつ,用途がタコグラフ用
に限定された記録紙との間では,前者が広範な記録紙一般における中で数値
範囲の臨界的意義の有無を検討すればよいのに対し,後者では,特定の構造,
機能,性質等が要求され,その要求に沿った記録紙の構成が規定されたタコ
グラフ用記録紙において,その特定された記録機構などに鑑みて数値範囲の
臨界的意義を判断すべきであり,これらは当然に変わる可能性があることは
明らかである。そして,本件審決は,重量比及び膜圧に係る数値範囲の臨界
的意義について,先願発明との対比の下で,本件各発明との相違点について,
本件各発明が先願発明との同一性を否定するだけの数値範囲に臨界的意義が
あるものとして判断しているから,本件審決に誤りはない。
2 取消事由2(本件各発明と先願発明との同一性の判断を怠った誤り)に対し
て
本件審決は,本件訂正後の特許発明について先願発明との同一性を判断して
いる。本件訂正前の特許発明について,先願発明との同一性を判断する必要は
ないから,本件審決に誤りはない。
3 取消事由3(本件各発明の進歩性の判断を怠った誤り)に対して
本件審決は,本件訂正後の特許発明については進歩性の判断をしている。本
件訂正前の特許発明について進歩性を判断する必要はないから,本件審決に誤
りはない。
4 取消事由4(本件職権審理結果通知書の判断の誤りによる違法)に対して
本件審決においては,特許明細書における特許請求の範囲の記載とその「発
明の詳細な説明」とを対比して,改正前特許法36条4項1号の要件を満たし
ているか否かを判断すべきものであり,原告が主張するように出願当初明細書
中の発明の詳細な説明とを対比の対象とすることは要しない。
5 取消事由5(訂正要件違反の看過)に対して
(1) 「タコグラフ用記録紙」とすることは「記録紙」の用途を限定するもの
であるし,「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出する
ものである」の記載を付加する本件訂正は,「記録紙への記録機構及び記録
器具を記載することで,記録紙に要求される構造を限定するものであるから,
特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。すなわち,両者の限定事項
は,用途を「タコグラフ用記録紙」であるとし,その「タコグラフ用記録
紙」において「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出す
るものである」とすることにより,特定の記録機構及び記録器具により記録
するために要求される構造を有する記録紙であることを明らかにして限定し
たものである。
(2) 本件訂正発明は,「タコグラフ用記録紙」であることが明らかにされた
のであり,「タコグラフ用記録紙」の観点から「室温の尖針の記録ペンによ
って前記着色原紙の色調が現出するものである」の意義を考えるべきことは
当然であり,「室温の尖針の記録ペンによって‥‥‥色調が現出する」とあ
るのであるから,記録が室温で行われることを指称していることも明らかで
ある。
甲26は,温度特性試験において記録が可能であるか否かの項目であり,
かえって記録自体が問題となる「記録性試験」の項目では「常温,常湿」と
記載されており,通常の記録時の温度を意味することは明らかであるし,甲
33の指摘箇所は,「運行記録計」たる記録装置自体に関し,当該温度条件
で「各部に異常がなく,記録のくるい」を問題にするものであって,かえっ
て記録自体が問題となる項目には「7.3 記録紙の記録線判別能力は,常
温,常湿において」と記載されており,通常の記録時の温度を意味すること
は明らかである。
したがって,「室温」なる文言が不明りょうであるとすることはできない。
6 取消事由6(本件訂正発明における改正前特許法36条4項1号違反の判断
の誤り)に対して
「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するものであ
る」及び「タコグラフ用記録紙」との事項が出願当初明細書に記載があるので,
原告主張の違法はない。
7 取消事由7(本件訂正発明と先願発明との同一性の判断の誤り)に対して
本件訂正によって,「多様な記録方法」のうち「室温の尖針の記録ペンによ
って前記着色原紙の色調が現出するものである」記録方法による「タコグラフ
用記録紙」であるとして,記録紙の「構造,機能,性質等が要求され,その要
求に沿った記録紙の構成」が明らかにされ,先願発明におけるサーマルヘッド
による「熱により感熱層が溶けて透明となり着色層が顕色する」「感熱記録
紙」とは,「構造,機能,性質等」が明らかに相違するものであるから,本件
訂正発明が先願発明と同一ではないことは明らかである。
8 取消事由8(本件訂正発明における容易想到性の判断の誤り)に対して
(1) 本件訂正発明において,隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子とは,
水中に分散している中空孔ポリマー粒子のことであるのに対し,引用発明1
においては,中空孔ポリマー粒子を成膜性を有する水性ポリマー中に直接分
散したものであり,中空孔ポリマー粒子の分散状態が異なる。このように,
分散状態が異なることは,成膜性を有するポリマーと混合して隠蔽層を形成
した場合において,当然に本件訂正発明の中空孔ポリマー粒子の分散状態と
引用発明1の中空孔ポリマー粒子の分散状態が異なることは明らかであり,
物の発明の構造上の相違となって表れる。
(2) 引用発明1には,「粉末を一旦は水中に分散させた上で他の成分と混合
させる」方法でもよいとの開示や示唆はないので,原告の主張は失当である。
(3) 重量比及び膜厚について,引用発明1には何らの開示や示唆がない以上,
本件訂正発明の重量比及び膜厚に関して,当業者が容易に想到できるもので
はない。
(4) 刊行物2,3には,本件訂正発明の「室温の尖針の記録ペンによって着
色原紙の色調が現出するものである」,「タコグラフ用記録紙」に適用でき
るとの動機付けに関する記載や示唆はないし,また,スチレンアクリル中空
樹脂が「室温の尖針の記録ペンによって」潰れて「着色原紙の色調が現出す
る」ことに関し,何らの開示や示唆はないから,当業者が本件訂正発明を容
易に想到できるとはいえない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。以
下その理由を述べる。
1 取消事由1(前訴判決の拘束力に抵触する判断の誤り・本件職権審理結果通
知書の手続上の違法)について
(1) 証拠(甲94)によれば,前訴判決は,本件各発明と先願発明との同一
性についての前審決の判断に関し,①本件各発明の数値範囲が臨界的意義を
有するものであるか否かを検討していないこと,②本件各発明が「インクを
用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる
『記録紙』」に限定されるということはできないにもかかわらず,前審決は
上記のとおり認定したこと,を理由に前審決は誤りであるとして,これを取
り消したものである。
しかし,前審決が取り消されて,事件が特許庁に差し戻された後の審判で
は,本件訂正により,本件特許の特許請求の範囲を,「着色原紙の色調を隠
蔽する隠蔽層‥‥‥室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現
出するものである‥‥‥タコグラフ用記録紙」と減縮する本件訂正を,審決
が認め,本件訂正発明について無効理由の有無を判断しているのであるから,
本件訂正が適法で,かつ,本件訂正により新たな相違点が生じている限り,
上記①の判断の拘束力は及ばないこととなる。そして,後記4及び6(1)に
おいて説示するとおり,本件訂正は適法で,かつ,本件訂正発明において,
先願発明との間で新たに相違点2が生じているから,上記①の拘束力は及ば
ない。
また,前訴判決の上記②の説示は,本件発明において上記②に該当する事
情,すなわち,発明が「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字
(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」に限定されないという事情が
存在することを前提としたものであるところ,本件訂正発明においては,上
記の事情が存在しないから,上記②の説示の前提となる事情を欠くことにな
り,上記②の拘束力は及ばない。そして,本件訂正が適法であることは,後
記4において説示するとおりである。
したがって,本件審決が前判決の拘束力に抵触するとの原告の主張は理由
がない。
(2) 証拠(甲95)によれば,本件職権審理結果通知書には,「本件明細書
の記載は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないも
のである。」とあり,前審決と異なる無効理由を通知するものであると認め
られる。この本件職権審理結果通知書は,特許法153条に基づく手続であ
るところ,同条は,特許庁の審判手続が職権探知主義を原則とし,無効審判
手続の請求人が申し立てた無効理由に限らず,職権探知によって得られた無
効理由によって特許を無効とすることができることから,かかる無効理由に
ついてはあらかじめ当事者に意見を申し立てる機会を与えるものとした規定
である。そして,この場合に無効理由の内容には何ら制限はないから,前審
決が審理した無効理由以外の無効理由も許容されることとなる。よって,本
件職権審理結果通知書が改正前特許法36条4項に違反することにつき判断
したことが違法であるとの原告の主張は,採用できない。
(3) 原告は,前訴判決において本件各発明の数値範囲に臨界的意義がないこ
とが判明したにもかかわらず,審判長が職権で別の無効理由を作り出し,被
告に訂正の機会を与えたと主張する。
しかし,前記(2)のとおり,特許法153条2項所定の通知においては,
審判長は職権により別の無効理由を通知することができるのであり,本件職
権審理結果通知書に瑕疵はない。そして,平成6年法律第116号による改
正前の特許法134条2項によれば,無効審判の被請求人は,特許法153
条2項の規定により指定された期間内に限り願書に添付した明細書又は図面
の訂正を請求することができるのであり,被告も上記規定に基づいて訂正請
求を行ったものであるから,その手続に違法があるとはいえない。
2 取消事由2(本件各発明と先願発明との同一性の判断を怠った誤り)及び取
消事由3(本件各発明の進歩性の判断を怠った誤り)について
本件においては本件訂正がされているものであるから,本件訂正が適法にさ
れたものである限り,本件訂正発明について先願発明との同一性及び進歩性を
検討すれば足り,本件各発明についてこれらの検討を行うことを要しない。審
決が本件各発明についてこれらの検討を行っていないことを指摘する原告の主
張は,本件訂正が不適法である場合に,当該違法が審決の結論に影響すること
をいうものとして意味があるとしても,それ自体独立して審決の取消事由とな
り得ないものである(そして,後記4において説示するとおり,本件訂正は適
法である。)。
3 取消事由4(本件職権審理結果通知書の判断の誤りによる違法)について
改正前特許法36条4項1号は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細
な説明に記載したものであること」を規定したものであるところ,同号にいう
「発明の詳細な説明」は,「願書に添付された明細書」の発明の詳細な説明欄
であり,出願当初明細書すなわち「願書に最初に添付された明細書」の発明の
詳細な説明欄に記載したものであることを規定するものではない。したがって,
本件職権審理結果通知書が,本件訂正前の特許明細書(甲1)を基準として特
許請求の範囲と発明の詳細な説明とを対比したことに誤りはない。
本件職権審理結果通知書が誤った判断に基づくものであり,違法であるとの
原告の主張は,採用することができない。
4 取消事由5(訂正要件違反の看過)について
(1) 原告は,「記録紙」の前に付加された「室温の尖針の記録ペンによって
前記着色原紙の色調が現出するもの」及び「タコグラフ用」なる文言は,記
録媒体としての記録紙の構成や要素に何ら限定を付するものではなく,単に
用途や使用目的を限定したにすぎないから,特許請求の範囲の減縮に該当し
ないと主張する。
そこで検討するに,本件訂正明細書(乙1の3)には,次の記載がある。
ア 「《課題を解決するための手段》本発明の記録紙は,着色された原紙
(例えば黒色塗料を塗布した上質紙や黒色に染色した樹脂フィルム)に隠
蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーと
を混合して成る組成物を塗布して隠蔽層を形成したものである。」(2頁
下から5行∼末行)
イ 「《作用》‥‥‥得られた記録紙は,尖針例えば鉄針,サファイヤー針,
ダイヤモンド針等のインクを用いない室温の記録針によって隠蔽層の中空
孔ポリマー粒子が潰れて透明化することにより着色原紙の色調が現出され,
印字される。」(4頁下から12行∼下から10行)
ウ 「得られた記録紙は,タコグラフ装置で用いる記録紙として特に好適で
ある。」(4頁下から5行)
エ 「《発明の効果》‥‥‥(3)印字を尖針で行えるため,インクの汚れ
がなく,印字スピードが早く,振動にも強く,タコグラフ等の自動車用記
録紙として適している。」(7頁下から15行∼下から3行)
本件訂正明細書の上記各記載によれば,「室温の尖針の記録ペンによっ
て前記着色原紙の色調が現出する」という特定の記録機構及び記録器具に
より,「隠蔽層の中空孔ポリマー粒子が潰れて透明化することにより着色
原紙の色調が現出され,印字される」,「インクの汚れがなく,印字スピ
ードが早く,振動にも強い」との作用効果が得られるのであるから,本件
記録紙の構造,機能,性質等が限定されるものということができる。また,
「タコグラフ用」と用途を限定することにより,本件記録紙の性質が限定
されるものとなる。原告の主張は採用できない。
(2) 原告は,「室温」の文言が多義的で意味が曖昧であるため,かえって特
許請求の範囲を曖昧にし,特許請求の範囲の減縮に該当しないと主張する。
証拠(甲99ないし101,108ないし110)によれば,「室温」の
意義として,「部屋の中の温度」(甲101,108,109),「室内の
温度」(甲110)を意味し,その温度の数値としては,「第十一改正 日
本薬局方」(甲11)によれば,「1∼30°(判決注:℃のこと。以下同
じ。)」とされ,「JISハンドブック プラスチック」(甲100)によ
れば,「15℃から35℃までの範囲内の周囲の温度」(甲100)とされ
る。このように,「室温」の具体的な温度範囲は必ずしも一義的なものでは
ないが,これらの証拠から,「室温」は試験温度や使用温度として慣用され
ている用語であるということができる。また,証拠(甲100)によれば,
「室温という用語は通常特定されていない相対湿度,大気圧及び空気移動か
らなる雰囲気に適用する。」とされることから,「室温」は,通常の環境下
における雰囲気の温度を意味すると理解できる。そして,本件訂正明細書
(乙1の3)によれば,従来の記録方法として感熱記録が記載されており,
本件訂正の「室温の尖針の記録ペンによって‥‥‥」における「室温」は,
感熱記録のような高温を必要とする記録手段との対比において使用されたこ
とは容易に理解できる。したがって,記録機構及び記録器具に関する構成を
限定する記載として,「室温」なる文言は明りょうでないとは認められない。
(3) 原告は,「室温」の限定により,本件記録紙がタコグラフの使用に適さ
なくなると主張する。しかし,「室温の尖針の記録ペンによって前記着色原
紙の色調が現出するものである」の限定は,記録機構及び記録器具に関する
限定であって,本件記録紙を適用したタコグラフ装置の使用温度を特定した
ものではない。甲26に「常温,常湿で‥‥‥サファイヤ針を用いて記録さ
せたとき」,甲33に「記録紙の記録線判別能力は,常温,常湿において‥
‥‥記録線が判別できる」との記載からみて,タコグラフ装置として必要な
温度範囲の「−20℃∼60℃」(甲26),「−15℃∼+60℃」(甲
33)に使用される「常温の尖針の記録ペン」により記録される記録紙は,
常温以外の温度範囲でも記録可能であることは明らかである。前記甲99に
よれば,「室温」は「1∼30°」であるのに対し,「常温」は「15°∼
25°」であり,「常温」は「室温」に含まれる温度範囲である。
そうすると,本件特許発明についても,尖針の記録ペンによって室温で記
録した場合と同程度に記録可能な温度であれば,本件記録紙をタコグラフ装
置に適用することは可能であるから,「室温」の限定により本件特許発明の
実施可能性を否定する原告の主張には理由がない。
5 取消事由6(本件訂正発明における改正前特許法36条4項1号違反の判断
の誤り)について
取消事由4に対する判断において説示したとおり,改正前特許法36条4項
1号は「特許を受けようとする発明が,願書に添付された明細書の発明の詳細
な説明欄に記載したもの」であることを要するとしたものであって,出願当初
明細書すなわち「願書に最初に添付された明細書」の発明の詳細な説明欄に記
載したものであることを要するとしたものではない。改正前特許法36条4項
1号に関する原告の主張は誤りである。
したがって,改正前特許法36条4項1号違反の無効理由に関する審決の判
断を誤りであるという原告の主張は,その前提において誤っているものであり,
理由がない。
6 取消事由7(本件訂正発明における先願発明との同一性の判断の誤り)につ
いて
(1) 相違点2について
ア 取消事由5に対する判断において説示したとおり,本件訂正は,記録機
構,記録器具,用途に関する記載を付加することにより,本件記録紙の構
造,機能,性質等を限定するものである。よって,本件訂正発明と先願発
明とは,記録紙の構成に係る記録機構及び記録器具の点で異なるから,こ
れと同旨をいう審決の判断に誤りはない。
イ 原告は,「室温の尖針の記録ペンによって着色原紙の色調が現出するも
のである」の記載は本件特許発明の新たな限定となっておらず,本件訂正
発明は,先願発明と同一であると主張する。
しかし,①「室温の」は,取消事由5に対する判断において説示したと
おり,不明りょうとはいえないし,②「尖針の記録ペンによって」及び
「前記着色原紙の色調が現出する」の各記載は,「室温の」と併せて理解
すべきところ,室温で記録ペンにより記録できることを表現したものであ
って,記録機構及び記録器具の点で先願発明のような感熱記録と異なる記
録手段によるものであることは明らかである。原告の主張は理由がない。
ウ 原告は,本件訂正により何らの限定もなされていないから前訴判決の拘
束力が及ぶと主張するが,上記のとおり,本件訂正により本件訂正発明は
限定され,これにしたがって前記のとおり先願発明との間に新たに相違点
2を生じているのであるから,前訴判決の拘束力は及ばない。
(2) 相違点3,4について
原告は,前訴判決の拘束力が及ぶから,先願発明との同一性の判断におい
ては本件訂正発明の重量比及び膜厚に係る数値範囲の臨界的意義について検
討すべきところ,本件審決は上記臨界的意義の有無について検討していない
し,しかも臨界的意義は認められないから,審決は違法であると主張する。
しかし,本件訂正発明と先願発明との同一性の判断に対して前訴判決の拘
束力が及ばないことは,取消事由1に対する判断において説示したとおりで
ある。したがって,先願発明と本件訂正発明との同一性の判断において本件
訂正発明の重量比及び膜厚に係る数値範囲の臨界的意義を検討しなかったと
しても,前訴判決の拘束力に違反しない。
そして,先願明細書には,本件訂正発明の記録紙を実現するための隠蔽層
の組成物の重量比及び隠蔽層の膜厚については開示されていないから,相違
点3,4についても先願明細書に開示があるとはいえない(なお,仮に本件
訂正発明において前記数値範囲に臨界的意義が認められないとしても,前記
(1)で判断したとおり,本件訂正発明と先願発明とは相違点2において異な
るから,本件訂正発明と先願発明とが同一とはいえない。)。
原告の主張は,採用できない。
7 取消事由8(本件訂正発明における容易想到性の判断の誤り)について
(1) 本件訂正明細書(乙1の3)には,次の各記載がある。
ア 「本発明の記録紙は,着色された原紙(例えば黒色塗料を塗布した上質
紙や黒色に染色した樹脂フィルム)に隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマ
ー粒子と成膜性を有する水性ポリマーとを混合して成る組成物を塗布して
隠蔽層を形成したものである。
隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子とは,水中に分散している中
空孔ポリマー粒子のことであり,その組成および製造方法は,特許出願公
開昭56−32513号,‥‥‥などに記載されている。市販品の例とし
ては,ローペイクOP−42,ローペイクOP−84J,ローペイクOP
−62(ロームアンンドハース社(米国)製造),‥‥‥,エクスパンセ
ルWU#642(エクスパンセル社,‥‥‥)等がある。」(2頁26行
∼3頁11行)。
イ 「実施例1
第1図および第2図は本発明の記録紙の断面図で,図中,1aは上質紙
2に黒色塗料3を塗布してなる黒色原紙,1bはポリエステルフィルム4
又は紙を黒色の着色剤を含浸してなる黒色原紙である。5は黒色原紙1a,
1bに塗布された隠蔽性を有する塗層(隠蔽層)で,隠蔽性を有する水性
の中空孔ポリマー粒子6と成膜性を有する水性ポリマー7とで形成されて
いる。記録紙は下記の配合で得られた塗布液をタコグラフ用黒色原紙(約
150g/m 2)1a,1bにワイヤロッドバー(No.12)で塗布し,
50℃乾燥機で30分間乾燥し,約7.5ミクロンの膜厚の隠蔽層を形成
したものである。次の項目について性能評価を行い実施例2にまとめた。
(中略)
配合№1
ローペイクOP−62
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
配合№4
ローペイクOP−84J」(5頁1行∼6頁14行)
ウ 「隠蔽性を有する中空孔ポリマー粒子が完全に分散された形態で供給さ
れる‥‥‥」(7頁23行)
(2) 刊行物1(甲24)には,次の各記載がある。
ア 「第1図に空気含有マイクロカプセルを塗布したコピーシートを作る二
種の方法を説明するものである。第1図に示されているカプセル化工程に
おいて,コアは低融点ワックスを含むミネラルスピリットのような油性物
質およびホルムアルデヒド縮合製品によって例示され,これは乳化剤例え
ばスチレン−マレイン酸共重合体の水溶液と混合され,エマルジョン液滴
の平均直径が1ミクロン以下になるまで撹拌が続行される。マイクロカプ
セルは随意的に例えばマイクロカプセル分散液を加熱することによりキュ
アされ,次に多くの方法のどれか一つが実施される。例えば,マイクロカ
プセル分散液は例えば80°∼約100℃の温度でスプレイ乾燥され,油
性物質がカプセル壁の細孔を通って除去され,次に空気含有マイクロカプ
セルが着色ウエブに塗布され乾燥される。マイクロカプセルが破壊されな
い限り,マイクロカプセルから油性物質を追い出すためにどんな適当な温
度も使用される。
二者択一的に油含有マイクロカプセルは着色ウエブに塗布され,次に塗
布されたマイクロカプセルはそれから油を追い出すために加熱される。
一般に,樹脂の分離後のマイクロカプセル分散液には充分な残余の乳化
剤があり,追加のバインダーを必要としないエマルジョンのカプセル化が
用いられる。メチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースおよびポリ
ビニルアセテートエマルジョンの如き物質はバインダーとして使用されて
いるが本発明にも使用される。」(4頁8欄22行∼5頁9欄6行)
イ 「実施例1 80gのミネラルスピリットに溶解されたキャンデリラワ
ックス2gおよびブチル化メラミンホルムアルデヒド樹脂50%のキシロ
ール−ブタノール溶液20gよりなる混合物がスチレン−マレイン酸共重
合体のアンモニウム塩の6%溶液150gおよび10%ポリビニルアルコ
ール溶液10gに乳化させる。乳化はワーリングブレンダーによって行わ
れる。乳化はエマルジョン液滴の平均粒子直径が約0.5ミクロンになる
まで続行される。これで油含有マイクロカプセルが得られる。
マイクロカプセル分散液がスプレイ乾燥器に吐出され,過剰の水および
溶剤が約90℃の温度でマイクロカプセルから除去され,これによって空
気含有マイクロカプセルが得られる。得られた不透明化剤は次にバインダ
ー溶液に懸濁され,樹脂の壁構造の交サ結合が進むように加熱される。こ
の方法においては,カプセルの硬度は,乳化の油性溶剤および水が乾燥に
より除去された後において応用される熱の量によってさらに調節される。
この方法においてはマイクロカプセル不透明化剤の懸濁液が作られる。」
(5頁10欄7行∼28行)
ウ 「実施例2 実施例1のマイクロカプセル不透明化剤が,予めフタロシ
アニンブルー染料で濃青色に着色されたボンドペーパーのウエブに塗布さ
れる。得られた紙ウエブは見かけは白色であり,タイプライターの鍵で打
たれた場合,鮮明で見易い青色画像がシートに作られる。これは不透明マ
イクロカプセルが破壊され下部の青色基体が現れるからである。」(5頁
10欄29行∼36行)
エ 「実施例4 油相に添加されるキャンデリラワックスの代りに低分子量
のポリエチレンが使用される以外は実施例1と同じ方法で油含有マイクロ
カプセルが作られる。得られた油含有マイクロカプセル分散液は赤色ペー
パー基体に塗布され,普通の紙の乾燥温度範囲すなわち約50°から約1
00℃で乾燥され,カプセルのコアからミネラルスピリットが追い出され
その部分が空気と入れ換る。
ペーパーウエブの乾燥後スタイラスが普通の筆記圧で使用され,その結
果下層の着色ウエブが出現する。ここにおいても鮮明で見易い画像がシー
ト上に得られる。」(6頁11欄8行∼20行)
オ
上記の各記載から,刊行物1には「隠蔽層」の形成方法として,①熱硬
化性樹脂の油性溶液と熱可塑性水溶性重合物質の水溶液を混合攪拌し水中
油型エマルジョンすなわち油含有マイクロカプセル(原材)の分散液を形
成し,スプレイ乾燥して,油性物質がカプセル壁の細孔を通って除去され
た空気含有マイクロカプセルを形成し,次に空気含有マイクロカプセルを
着色基体に塗布し乾燥する方法(以下「方法1」という。)と②熱硬化性
樹脂の油性溶液と熱可塑性水溶性重合物質の水溶液を混合攪拌し水中油型
エマルジョンすなわち油含有マイクロカプセル(原材)の分散液を形成し,
該エマルジョンを着色基体に塗布し,次に塗布されたエマルジョンを加熱
し油含有マイクロカプセルから油を追い出し,マイクロカプセルを空気含
有マイクロカプセルとする方法(以下「方法2」という。)が記載されて
いるものと認められる。
カ 「ローぺイクOP−84J」の説明書(甲40)には,「OP−84J
は42.5%のエマルジョンの形で供給される粒子は外径0.55μ,内
径0.3μのアクリル/スチレン共重合体の殻で形成されている中空球体
状すなわちマイクロカプセル状のプラスチックピグメントです。この殻は
非常に硬い樹脂の為,乾燥後の粒子が球状のまま独立しており,連続した
フィルムを形成する事はありません。中空といっても中に水が入っており,
乾燥されると蒸発し,空気と置換されて中空状になる非常にユニークな合
成顔料として開発されました。」との記載がある。
(3) 相違点2①について
ア 原告は,本件審決が本件訂正発明の「水性の中空孔ポリマー粒子」を水
性の中空孔ポリマー粒子が供給時点で既に水中に分散されたものに限定さ
れると解釈していることが誤りであると主張する。しかし,前記(1)で認
定した本件訂正明細書の記載によれば,「水性の中空孔ポリマー粒子」と
は,「水中に分散している中空孔ポリマー粒子」を意味していることは明
らかであり,そのような水中に分散している状態を保持したものを成膜性
を有する水性ポリマーと混合するものであるから,水性ポリマーとの混合
前において水性であるものと認められる。そして,本件審決は,原告が主
張する解釈を採っているわけではないから,原告の主張は本件審決を正解
しないものであり失当である。
イ 原告は,方法1には,粉末状成分を他の水性成分と混合する前に,いっ
たん水中に分散してから塗布液を製造するという場合も当然に含まれるか
ら,審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,前記(2)で認定した刊行物1の記載によれば,方法1は,空気
含有マイクロカプセルを着色基体に塗布し乾燥するものであり,空気含有
マイクロカプセルをバインダー溶液に添加する態様が記載されているが,
当該マイクロカプセルを水中に分散した後にバインダー溶液に添加する態
様は記載されていない。そうすると,たとえ粉末状成分を他の水性成分と
混合する前に,いったん水中に分散してから塗布液を製造することが周知
であったとしても,刊行物1には上記態様を示唆する記載がない以上,方
法1に上記態様が含まれると解することはできない。原告の主張は採用で
きない。
ウ 原告は,方法2の「油含有ポリマー粒子エマルジョン」は「水性の中空
孔ポリマー粒子」に相当しないとした審決の判断は誤りであると主張する。
前記(1)で認定した本件訂正明細書の記載によれば,「水性の中空孔ポ
リマー粒子」とは,「水中に分散している中空孔ポリマー粒子」を指す。
そして,「中空孔」の定義については本件訂正明細書には記載がないもの
の,証拠(甲18,19)によれば,内部に空隙ないし小孔を有すること
を指すものと解される。そして,前記(1)で認定した本件訂正明細書の記
載のとおり「水性の中空孔ポリマー粒子」の例として実施例でも使用され
ている「ローぺイクOP−84J」の説明書には,中空孔ポリマー粒子は,
非常に硬い樹脂の殻によって中空球体状に形成されていること,またその
中に水が入っている場合でも「中空」と呼んで差し支えない旨記載されて
いる。そうすると,「水性の中空孔ポリマー粒子とは,中空孔の形状の殻
を有するポリマー粒子として水中に分散しているものを指し,水中に分散
している時点では,中空孔の部分に水が存在するものが該当するものと認
められる。
これに対して,前記(2)で認定した刊行物1の記載によれば,方法2の
「油含有マイクロカプセル」は水中に分散した分散液すなわち「油含有ポ
リマー粒子エマルジョン」を着色基体に塗布した後,加熱して油を追い出
し,「空気含有マイクロカプセル」を形成するものであり,方法2に相当
する実施例4には,油が追い出されその部分が空気と入れ換わる旨記載さ
れている。
そうすると,「油含有マイクロカプセル」は,水中に分散している時点
では油を含有し,塗布後に加熱してマイクロカプセル内部の油を追い出し
て空気と置換し「空気含有マイクロカプセル」を形成するものであるから,
「水性の中空孔ポリマー粒子」に相当するということはできない。なお,
前記「ローぺイクOP−84J」の説明書には,「乾燥されると蒸発し,
空気と置換されて中空状になる」との記載があるが,上記「中空孔」が乾
燥後に形成されるものに限定されると解する理由はない。
エ 原告は,「エクスパンセルWU♯642」が「水性の中空孔ポリマー粒
子」の一例とされることから,「油含有マイクロカプセル」も同様に含ま
れると主張する。証拠(甲86)によれば,エクスパンセルは,液状ガス
を内包したポリマー殻で生成されているが,加熱された際,殻の内部のガ
ス圧が増し,熱可塑性プラスチックの殻が軟化することで体積が増加し,
中空球状粒子となるものと認められる。そうすると,「エクスパンセルW
U♯642」が「水性の中空孔ポリマー粒子」の一例とされる以上,水中
に分散している時点で,加熱して膨張した中空球状粒子となっているもの
と解される。したがって,「エクスパンセルWU♯642」が本件訂正明
細書に例示されていることから,ただちに引用発明1の「油含有マイクロ
カプセル」が本件訂正発明の「水性の中空孔ポリマー粒子」に含まれると
いうことはできず,原告の主張は採用できない。
(4) 相違点2②について
原告は,相違点2②の重量比の数値範囲には臨界的意義がないから,本件
訂正発明は進歩性を欠くと主張する。しかし,刊行物1には方法1,方法2
いずれにも中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーの割合に関す
る記載がないし,相違点2①について本件訂正発明と引用発明1とが実質的
に同一といえないことは前記(3)のとおりであるから,相違点2②の構成の
みを取り上げてその臨界的意義の有無を検討することを要するものではない。
原告の主張はその前提において失当である。
(5) 相違点2の容易想到性のその余の判断について
ア 原告は,刊行物2,3から本件訂正発明を容易に想到し得ると主張する
が,刊行物2,3には室温の尖針の記録ペンにより中空樹脂粒子が潰れて
記録できることについて何ら開示も示唆もないから,刊行物2,3から本
件訂正発明を容易に想到することはできず,原告の主張は採用できない。
イ 原告は,甲20により,中空孔ポリマー粒子の塗布層があればその中空
孔ポリマーを潰すか除去して,塗布された原紙の色を現出することによっ
て記録できることは当業者であれば容易に想到し得ると主張する。
しかし,甲20に開示されている中空ポリマー粒子を含む塗膜層は,感
熱記録紙の中間層であって,記録方法も本件訂正発明の場合は「室温の尖
針の記録ペン」によるのに対し,甲20の場合は熱反応による点で異なり,
甲20の記載は室温の尖針の記録ペンにより記録できる隠蔽層として応用
できることを示唆するものではない。原告の主張は採用できない。
ウ 原告は,引用発明1における「隠蔽層」において,「中空ポリマー粒
子」として刊行物2,3及び甲20に開示される「中空ポリマー粒子」又
は「水性の中空ポリマー粒子」を採用することは当業者が容易に想到し得
るものではないとの本件審決の判断は誤りであると主張する。しかし,前
記ア,イで判断したとおり,刊行物2,3及び甲20には,室温の尖針の
記録ペンによって中空ポリマー粒子が潰れて記録できる記録紙を示唆する
記載はないから,上記原告の主張はその前提を欠き採用できない。
エ 原告は,甲26ないし29には白色顔料の隠蔽層を用いたタコグラフ用
記録紙が開示され,刊行物2,3には白色顔料の代わりに中空ポリマー粒
子を使用することが開示されており,これらの開示を合わせれば,タコグ
ラフ用記録紙の隠蔽層として中空ポリマー粒子を使用できることを示唆す
るものといえるから,その示唆がないとする審決の認定は誤りであると主
張する。
甲26ないし29には,常温で尖針の形状の記録ペンで記録するタコグ
ラフ用記録紙が記載されているが,隠蔽層に中空粒子を使用することは開
示されていないから,原告の主張は採用できない。
(6) したがって,相違点2に係る本件訂正発明の構成については,当業者が
容易に想到することができたとはいえないから,相違点3について判断する
までもなく,本件訂正発明が容易想到でないとする審決の判断が誤りである
との原告の主張は理由がない。
8 結論
以上によれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取
り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 三 村 量 一
裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 上 田 洋 幸
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