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平成19(行ケ)10270審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年3月19日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官
原告フランシスカス・ウィルヘルムス・
法令 特許権
特許法29条2項2回
キーワード 審決32回
実施2回
進歩性2回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 本件は,原告が「ジヒドロエルゴタミン,アポモルヒネ及びモルヒネを鼻腔 内へ投与するための薬剤」とする名称の後記発明(本願発明)につき国際特許 出願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服とし て審判請求をしたが,同庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消 しを求めた事案である。

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判決文

平成20年3月19日判決言渡
平成19年(行ケ)第10270号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年3月12日
判 決
原 告 フランシスカス・ウィルヘルムス・
ヘンリカス・マリア・マーカス
訴訟代理人弁理士 志 賀 正 武
同 渡 邊 隆
同 実 広 信 哉
同 渡 部 崇
同 堀 江 健 太 郎
被 告 特 許 庁 長 官
肥 塚 雅 博
指 定 代 理 人 森 田 ひ と み
同 瀬 下 浩 一
同 唐 木 以 知 良
同 内 山 進
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2005−8178号事件について平成19年3月13日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が「ジヒドロエルゴタミン,アポモルヒネ及びモルヒネを鼻腔
内へ投与するための薬剤」とする名称の後記発明(本願発明)につき国際特許
出願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服とし
て審判請求をしたが,同庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消
しを求めた事案である。
争点は,本願発明が,下記引用例A∼Iとの関係で進歩性(特許法29条2
項)を有するかである。

・引用例A:T.Van Laar et al,"Intranasal Apomorphine in Parkinsonian On-
Off Fluctuations",Archives of neurology,Vol.49,No.5,p.482-4
84,1992〔テウス・ファン・ラールら「パーキンソン病患者のオ
ン−オフ変動における鼻腔内アポモルヒネ 」,アーカイヴズ オ
ブ ニューロロジー49巻5号482∼484頁,平成4年〕 以

下これに記載された発明を「引用発明A」という。甲7,23)
・引用例B:特開平4−235927号公報(発明の名称「シクロデキストリ
ンを含むガレヌス製剤 」,出願人 フアルミタリア・カルロ・エル
バ・エツセ・エルレ・エルレ,公開日 平成4年8月25日,甲
8)
・引用例C:特開平2−111号公報(発明の名称「経鼻投与用生理活性ペプ
チド製剤」,出願人 東洋醸造株式会社,公開日 平成2年1月5
日,甲9)
・引用例D:特開昭63−115820号公報(発明の名称「アスコルビン酸
類を含有する経鼻投与用粉末状組成物」,出願人 帝人株式会社,
公開日 昭和63年5月20日,甲10)
・引用例E:特開昭61−194034号公報(発明の名称「経鼻投与用粉末
状組成物」,出願人 帝人株式会社,公開日 昭和61年8月28
日,甲11)
・引用例F:特開昭60−32714号公報(発明の名称「鼻腔粘膜に適用す
るための安定化された粉末状薬学的組成物 」,出願人 帝人株式会
社,公開日 昭和60年2月19日,甲12)
・引用例G:特開昭58−189118号公報(発明の名称「経鼻投与製剤」

出願人 武田薬品工業株式会社,公開日 昭和58年11月4日,
甲13)
・引用例H:特開昭58−134017号公報(発明の名称「経鼻用医薬組成
物」,出願人 サンド・アクチエンゲゼルシャフト,公開日 昭和
58年8月10日,甲14)
・引用例I:特開昭53−66440号公報(発明の名称「有機化合物に関す
る改良」,出願人 ザンドツ・アクチエンゲゼルシャフト,公開日
昭和53年6月13日,甲15)
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成6年(1994年)3月18日,名称を「ジヒドロエルゴタ
ミン,アポモルヒネ及びモルヒネを鼻腔内へ投与するための薬剤」とする発
明につき,優先権主張を1993年(平成5年)3月26日(ベルギー)と
して国際特許出願(PCT/EP94/00891,特願平6−52163
1号,以下「本願」という。)をし,平成7年9月25日日本国特許庁にそ
の翻訳文を提出(公表特許公報は特表平8−508472号〔甲16〕)し
たところ,平成16年3月31日付けで拒絶理由通知(甲17)を受けたの
で,平成16年10月6日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする手続補
正(請求項の数11。以下「本件補正」という。甲18)をしたが,平成1
7年1月25日拒絶査定を受けた。そこで原告は平成17年5月2日付けで
これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2005−8178号事件として審理した上,平
成19年3月13日 ,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,
その謄本は平成19年3月27日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1ないし11から成
るが,そのうち請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。 は,

次のとおりである。
「1.鼻内投与用のパウダー状の薬剤組成物であって,アポモルヒネ又は
アポモルヒネ塩と賦形剤とを含有しており,前記賦形剤が糖類または糖ア
ルコールを含んでいる,薬剤組成物。

(3) 審決の内容
ア 審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本願発明は,前記引用例A∼Iに記載された発
明に基づいて容易に発明をすることができたから,特許法29条2項
により特許を受けることができない,というものである。
イ なお審決は,引用発明Aの内容,本願発明と引用発明Aとの一致点と相
違点を次のとおりとした。
〈引用発明Aの内容〉
パーキンソン病の患者に対しアポモルヒネ1%溶液が鼻腔内投与用の
薬剤組成物として使用されたこと。
〈一致点〉
いずれも「アポモルヒネを含む鼻内投与用の薬剤組成物」である点。
〈相違点1〉
本願発明はパウダー状であるのに対し,引用発明Aは溶液状である点。
〈相違点2〉
本願発明は賦形剤として糖類又は糖アルコールを含むのに対し,引用
発明Aは賦形剤についての記載がされていない点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は相違点1及び2についての判断を誤り,本願発明の
進歩性についての判断を誤ったから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(ア) 審決は,溶液状の鼻内投与用の薬剤組成物をパウダー状とすることに
格別の創意を要するものではないとする。
しかし,アポモルヒネを有効成分とする薬剤組成物において,引用例
Aに記載される溶液状態の製剤から,上記相違点1を克服して本願発明
のような粉末状態の製剤に至るには,以下に述べるとおり,多くの阻害
要因が存在していた。すなわち,アポモルヒネは19世紀に発見され,
1954年にパーキンソン病の治療への使用が研究され,1972年に
は実際に当該治療への使用が開始されたという歴史を有しているが,そ
れ以来,パーキンソン病の治療においてアポモルヒネは皮下注射用又は
鼻内投与用の水溶液の形態でのみ使用され,鼻内投与用の粉末の形態で
は使用されていない。この事実は,上記阻害要因のために当業者がアポ
モルヒネの粉末形態での鼻内投与を忌避していたことを示すものであ
る。
そして,原告は,これらの阻害要因に反して,アポモルヒネを有効成
分として,糖類又は糖アルコールを賦形剤として含むパウダー状の薬剤
組成物とすると,後記ウのとおり,顕著な効果を得ることができること
を見出したのである。
したがって,これら阻害要因に鑑みれば,引用例B∼Iに粉末状の鼻
内投与製剤が記載されていたとしても,引用例A記載のアポモルヒネ溶
液を粉末状とすることが当業者にとって容易想到であるとはいえない。
(イ)a 阻害要因1
アポモルヒネ溶液を鼻内投与した場合,アポモルヒネは広い領域に
分散するので,局所的な高濃度部位の形成は回避される。
一方,アポモルヒネの粉末を鼻内投与すると,当該粉末は鼻腔内に
不均一に分散・偏在するので,当該粉末が比較的多量に堆積した鼻腔
内粘膜部位では,局所的に,アポモルヒネが鼻腔内粘液に溶解して高
濃度のアポモルヒネ溶液が形成される。文献上も,アポモルヒネの投
与量が増大すると患者に重い鼻前庭炎が生じ,これによって鼻粘膜か
らの吸収が阻害されることが示唆されている。すなわち,引用例A 甲

7)には,アポモルヒネ溶液を投与された7名のパーキンソン病患者
のうち,4名に鼻前庭炎の副作用が現れたことが記載されており(4
83頁右欄下1行∼484頁左欄21行,訳文〔乙3〕3頁下3行∼
4頁9行),そのうち,比較的大量にアポモルヒネを投与された1名
は投与を中断せざるを得ないほど重症であったとされている。また,
甲32(Neurology,Vol. 41, No. 5, pages 761-762)には,5人のパ
ーキンソン病患者にアポモルヒネ溶液を鼻内投与したところ,5人全
員が何らかの副作用を訴え,そのうちの2名が重度の副作用を呈した
ことが報告されている(762頁左欄下7行∼同頁右欄1行 )。そう
すると,アポモルヒネを粉末形態で投与することは鼻前庭炎の危険性
を一層高めることになる。
このように,アポモルヒネに関しては,アポモルヒネ溶液でさえ無
視できない副作用を引き起こす以上,アポモルヒネの高濃度溶液を鼻
腔内にもたらすパウダー状のアポモルヒネの投与は無理であろうとい
う技術的な先入観 technical prejudice)
( が存在していたのであって,
その鼻腔内投与製剤の形態を液体状からパウダー状とすることを妨げ
る特別な事情(阻害要因)があったものである。
なお,引用例A(甲7)の摘要には,一部の患者に鼻前庭炎の症状
がみられたことは,鼻腔内投与に対する総合的な評価に影響を与える
ものではないかのような記載がみられるが,論文では著者が自己の研
究成果のポジティブな面を強調する傾向があり,論文である引用例A
の摘要において,その著者が引用例Aに示される臨床試験データにつ
いて肯定的な見解を述べたとしても,特段驚くべきことではない。
b 阻害要因2
粉末は鼻腔内に固体として吸引された場合に物理的刺激を与え
る可能性があり,くしゃみ,鼻炎,鼻の不快感を更に増大させ
ると考えられている 。一般に,同一の医薬品について2つの形態(例
えば溶液と粉末)が存在している場合,不快感を与える形態は使われ
ないものである。
したがって,引用例A記載のアポモルヒネ溶液を,くしゃみ,鼻炎,
鼻の不快感の物理的刺激の増大することが予想される粉末の形態とす
ることは,本願発明の属する技術分野の通常の感覚では推奨されるこ
とではなく ,こ の点 から も, アポモルヒネを粉末形態で投与するこ
とには阻害要因が存在する。
c 阻害要因3
溶液を汎用のスプレー等で鼻内投与する場合,噴霧された溶液の粒
径が大きいことから,当該溶液の粒子は鼻を通過することはできず,
肺に到達してこれを刺激するリスクはない。
これに対し粉体を鼻から吸入する場合,粉体の通常の粒度分布にお
いて必然的に存在する小さい粒子(2μm以下)が肺内に到達し,こ
れを刺激する潜在的なリスクがある。これを回避するため微粒子を排
除するとしても,粉末形態のアポモルヒネを鼻腔内投与する場合,鼻
腔内で局所的に生成するアポモルヒネ溶液の濃度はその粒子サイズに
比例するので,粒子のサイズが大きくなればより高濃度のアポモルヒ
ネ溶液が形成され,鼻前庭炎等の副作用が更に悪化するおそれがある。
また,大きなサイズの粒子は溶解に時間がかかり鼻粘膜を介しての吸
収が遅れるので,投与から効果発現までに時間がかかり,タイミング
よく効果を発揮できないことも懸念される。さらに,溶解に時間がか
かるということは,その粒子が鼻腔内に長く存在することを意味する
ので,有効成分が放出される前にくしゃみ等で鼻腔内から排出された
り,不快感を生じさせることも意味する。
したがって,このような不都合に鑑みると,当業者であれば,粒子
の大小にかかわらず,アポモルヒネの鼻内投与製剤の形態を溶液状か
らパウダー状とすることを忌避するものである。
d 阻害要因4
アポモルヒネは,パーキンソン病における重症の運動能力低下を経
験するフリーズ状態を一刻も早く回復させるために使用されるなど,
その使用される疾患にはすべて即効性が望まれるものである。現在,
アポモルヒネが注射で投与されていることも,迅速な効果の発現が求
められていることを暗に示している。
一方,粉末形態の薬物では,鼻内投与すると鼻腔内粘液に溶解して
から溶液となり,その後はじめて全身の循環系に取り込まれることに
なるので,当初から溶液形態にある薬物に比べて循環系に取り込まれ
るのが遅くなり,薬物の効果の発現が遅れると考えられる。
また,粉末形態の薬物では,溶液状態となるまで余分に時間を要す
る結果,鼻腔内に滞留する時間も必然的に長くなるが,その場合,鼻
腔内の繊毛等によるフィルター機能により鼻腔内から除去される可能
性が高まる。したがって,これは薬物の生物学的利用能を低下させて
治療効率を悪化させる原因となり得る。
したがって,当業者であれば,アポモルヒネを粉末形態で投与する
ことはない。
(ウ) これに対し審決は,引用例C(甲9)の記載(2頁右上欄4行∼5行)
を挙げて,粉末状経鼻投与製剤は既に昭和50年にはインタール鼻炎用
製剤において実用化されているとする(審決5頁下11行∼下10行)。
しかし,インタールはクロモグリク酸ナトリウムの製品名であり,本
願発明が対象とするアポモルヒネとは関係がない。しかも,インタール
は副作用がほとんどない薬として知られており,重大な副作用を考慮す
る必要がほとんどないので,粉末状で鼻内投与して局所的に高濃度の溶
液となっても実質的に問題はない。実際に,インタールは副作用のない
抗アレルギー剤として,例えば長期にわたる薬の投与が必要な花粉症等
の治療に使用されている。したがって,インタールの経鼻用粉末製剤が
存在しても不思議ではない。なお,インタール点鼻液の添付文書(乙1)
を見ても,インタールの「重大な副作用」として挙げられる「アナフィ
ラキシー様症状」の発生率は0.1%未満であるし,くしゃみ,鼻炎,
鼻の不快感に相当する鼻内刺激感ですらその発生率は1.10%にすぎ
ない。
一方,本願発明が対象とするアポモルヒネは,悪心・嘔吐等の好まし
くない副作用が実質的に存在し,また,鼻前庭炎は炎症箇所が脳に近い
こともあり,炎症箇所の血管が細菌等に感染すると致命的な合併症を引
き起こすおそれがあるなど,インタールとは異なり副作用への配慮が必
要な薬である。
したがって,インタールを粉末の形態で鼻内投与することが既知であ
るからといって,アポモルヒネについても粉末の形態で鼻内投与するこ
とが容易に実行できるものではない。
(エ) また審決は,粉末組成物の偏在や物理的刺激については,引用例Dに
記載されるように粉末粒子径の調整により解決されている問題であると
して,上記阻害要因は本願発明を困難とする事由には当たらないとする
(審決5頁下9行∼下1行)。
しかし,本願発明はアポモルヒネの粒径を規定していないから,本願
発明のパウダー状の薬剤組成物には2μm以下の微細な粒子が当然に含
まれる。そして,本願発明は粉末粒子径の調整により薬剤組成物の鼻腔
内での偏在や物理的刺激を解決するものではなく,当該粉末の粒子径を
調整せずとも,鼻腔内での偏在による鼻前庭炎や肺の刺激という副作用
を有さない粉末状の薬剤組成物を得ることができるという意外な知見に
基づいて,当該副作用を有さない粒子径調整無用のパウダー状の薬剤組
成物を得るという,引用例Dからは到底認識することのできない技術的
意義を有するものである。
このように,粉末状の薬の粒子径調整によって当該薬の肺への到達を
防止して肺の刺激を防止したり,当該薬の鼻腔内での偏在を防止する技
術が引用例Dによって既知であるとしても,本願発明はそのような技術
とは無縁なものである以上,引用例Dの記載に基づいてアポモルヒネに
関する引用例A記載の溶液を粉末化することが容易であるということは
できない。
イ 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
審決は,アポモルヒネをパウダー状鼻内投与剤とするに当たって,糖や
糖アルコールを賦形剤とすることは当業者が容易に想起し得ることである
とする(審決5頁1行∼14行)

しかし,審決がその判断の根拠とする引用例B∼Iのいずれにも,シク
ロデキストリン及びマンニトールに代表される糖又は糖アルコールを粉末
形態でアポモルヒネの粉末とともに使用することについては記載も示唆も
ない。
しかも,本願の優先日(1993年〔平成5年〕3月26日)前には,
糖又は糖アルコール以外にも,様々な種類の賦形剤が製薬分野で既知であ
り,賦形剤の物理的形態としても粉体以外に液体も存在していた。
そうすると,引用例Aのアポモルヒネの溶液を粉体化して賦形剤ととも
にパウダー状の薬剤組成物とする場合に,何らの指針も存在しない状態で,
当該賦形剤として既知の多くの物質群の中から粉体状の糖又は糖アルコー
ルを選択することは,たとえ当業者であっても容易ではない。
ウ 取消事由3(本願発明の効果に関する判断の誤り)
(ア) 審決は,本願発明の効果は当業者が容易に予測し得る範囲内のもので
あるとする(審決5頁15行∼17行)が,粉末状である本願発明のア
ポモルヒネ製剤は,以下に述べるとおり,①副作用が少なく,かつ,②
溶液状のアポモルヒネ製剤に対して生物学的利用能が高いという,顕著
な効果を有するものである。
a 本願発明を使用して行った臨床試験の結果である甲4(T.Van Laar
et al,"NEW INTRANASAL FREEZE-DRIED POWDER FORMULATION OF
APOMORPHINE EFFECTIVE IN PARKINSON'S DISEASE",以下「甲4実験」
という。)では,噴霧乾燥した粉末混合物(アポモルヒネ:用量2.
5mgおよびシクロデキストリン)を5人のパーキンソン病患者に鼻
から吸引させたところ,すべての患者に有効であり,鼻内での刺激も
なく,かつ,他のいかなる副作用もみられなかった。
また,本願発明を使用して行った6人の健康な被験者における薬理
学的研究である甲5(A Pharmacokinetic Study of Single-Dose
Internasal Apomorphine Powder(1 mg,3 mg and 5 mg)in 6 Healthy
Subjects(study no.APON1-001),以下「甲5実験」という。)では,デ
キストロース及び3種類の異なる用量(1mg,3mg及び5mg)
のアポモルヒネを含む粉末を被験者に投与し,副作用を観察したとこ
ろ,1人の被験者についてのみ5mgの用量投与後に中程度の鼻刺激
を感じたが,ここで発生したすべての副作用は軽いものであった。
これらの結果から,アポモルヒネ粉末は種々の用量で有効であり,
しかも,予想された鼻前庭炎や肺の刺激は発生しないことが分かる。
b また,本願発明の有効性は,6人のパーキンソン病患者についての
別の研究(甲6,英国の神経学者団体の学会において発表されたポス
ター,以下「甲6実験」という。)によっても評価されている。甲6
実験では,当時,英国においてパーキンソン病の確立された治療方法
であった注射によるアポモルヒネの水溶液の経皮投与に比較して,ア
ポモルヒネの粉末組成物の経鼻投与によるパーキンソン病への治療効
果を議論している。中央の欄の「Figure 1」から明らかなように,6
人中5人までもが(唯一の例外は被験者4である),アポモルヒネの
粉末組成物を鼻腔内投与した方が,アポモルヒネの水溶液を注射によ
り投与するよりも,治療開始速度が向上している(より早く治療効果
が現れる)
。また,右欄の「Figure 2」は,同一の患者について,アポ
モルヒネの粉末組成物を投与した場合とアポモルヒネの溶液を注射し
た場合とで,治療効果の継続時間がどう違うかについて検討した結果,
6人中5人までもが(唯一の例外は被験者6である)アポモルヒネの
粉末組成物の方が治療効果の継続時間が長いという結果を示してい
る。また,甲6実験では,アポモルヒネの粉末組成物を投与した場合
に予想されていた高い副作用が実際には現れなかったことを確認して
いる。
これらの結果から,それまでの予想に反して,本願発明の組成物は
高い生理学的利用能(ここでの生理学的利用能とは薬物の投与量に対
して実際に体内に取り込まれる量の程度を意味する)に基づく早い治
療効果,長時間の治療持続効果及び副作用の低減をもたらすことは明
らかである。
(イ) 以上の①,②の効果に加え,更なる有利な効果として,本願発明はア
ポモルヒネ溶液を鼻内投与する場合の種々の問題点を解消することをも
可能とする。
すなわち,溶液形態のアポモルヒネを鼻内投与する場合,鼻粘膜は,
当該溶液の低いpHと,抗酸化剤として当該溶液に一般に含まれるメタ
重亜硫酸ナトリウム(メタバイスルファイト ナトリウム)によって刺
激を受ける。しかし,本願発明ではそのようなpH条件及び抗酸化剤は
存在しないので,鼻粘膜への刺激を低減して副作用を更に抑制すること
ができる。また,本願発明はパウダー状であるので,溶液形態の製剤に
おけるアポモルヒネの分解をも回避することができる。
したがって,粉末状である本願発明のアポモルヒネ製剤は,前記①,
②の効果に加えて,更に以下の有利な効果を奏する。
③ アポモルヒネを水溶液として製剤化した場合のアポモルヒネの分
解を回避して安定性を高めることができる。
④ ポモルヒネを水溶液として製剤化した場合の当該水溶液の低いp
Hを回避することができる。実際に,アポモルヒネの粉末を鼻腔内
粘膜上の粘液に溶解させた場合のpHは約6であり,かなり中性に
近い。
⑤ 刺激性のメタ重亜硫酸ナトリウムを使用する必要がない。
(ウ) 以上①ないし⑤の効果は引用例A∼Iのいずれにも記載も示唆もされ
ていない。そうすると,本願発明が引用例A∼Iに記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明できたとする審決の判断は,上記①∼⑤の効
果を看過してなされたものであり,誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 阻害要因1(鼻前庭炎の発症)について
一部の患者に鼻前庭炎の症状がみられたとしても,それが鼻腔内投与に
対する総合的な評価に影響を与えるほど重大なものとはいえない。このこ
とは,引用例A(甲7)に,患者1例につき鼻前庭炎の発症という副作用
が報告されつつも,「鼻腔内アポモルフィンの有効性を,パーキンソン病
および重度のレボドパ(L-ドーパ)関連の“オフ期間”障害の患者7例を
対象に評価した。全患者が鼻腔内アポモルフィンによる治療に良好な反応
を示した。運動反応の速度および質と薬物動態プロファイルは,インスリ
ンペン型注入器によって投与されたアポモルフィンの皮下注射後に認めら
れたのと類似した結果を示した。鼻腔内アポモルフィン投与法の簡便さの
優秀性は全患者において認められた。(乙3〔甲7の訳文〕1頁5行∼1

0行)として,鼻腔内アポモルフィン投与法が肯定されていることから明
らかである。
また原告は,粉末投与により局所的に高濃度の溶液が形成され副作用の
リスクが高まるという懸念があるとするが,鼻腔内投与剤は,本願の優先
日(1993年〔平成5年〕3月26日)前に,各種の薬剤について液体
状のみならず固体(粉体)状でも製剤化可能であることが広く知られてい
たのであるから,上記の点は粉末投与への変更を格別阻害する要因となる
ものではない。
イ 阻害要因2(くしゃみ,鼻炎,不快感)について
原告は,鼻内への粉末投与が,くしゃみ,鼻炎,鼻の不快感を更に増大
させると一般に考えられているとするが,それらが粉末製剤を阻害する程
重大なものであったとする根拠は何ら示されていない。
審決の引用する引用例B∼Iの記載(審決2頁19行∼4頁8行)のと
おり,本願の優先日前に既に各種の薬剤について粉末や粒状の固体形態で
鼻内投与することが検討され,実施もされていたのであるから,粉末投与
によるくしゃみ,鼻炎,鼻の不快感については,仮にそのような現象が生
じることがあっても,当業界においては粉末製剤化を阻害するほどの重大
性をもって受け止められるものではなかったと考えられる。
ウ 阻害要因3(肺への刺激)について
粉末の鼻内投与用組成物が採り得る粒子の大きさについては,有効粒子
径が10∼250ミクロン(μm)の間にあるのが好ましいものとされ 引

用例D〔甲10〕5頁右下欄1行∼8行),また,有効粒子径が10ミク
ロン(μm)より小さな粒子が10重量%より多い量を占めるものでは,
噴霧などの方法によって投与したときに肺まで到達するが(引用例E〔甲
11〕5頁左上欄8行∼下3行 ),10ミクロン(μm)より大きい粒子
は鼻を透過しない(したがって,肺には到達しない)ものとされている
(Niels Mygind, "Nasal Allergy",2nd ed.,1979, Blackwell Scientific
Publications,甲2)。したがって,肺に到達するような小さい粒子を多
く含まない粉末製剤とするならば阻害要因3について回避できることは当
業者にとって自明である。
なお原告は,本願発明は粉末粒子径の調整により薬剤組成物の鼻腔内で
の偏在や物理的刺激を解決するものではなく,2μm以下の粒子が当然に
含まれると主張するが,本願の特許請求の範囲の請求項1には2μm以下
の粒子を含有することについて何ら特定されていないし,仮に2μmの粒
子が存在するとしても,上記のとおり10μmより小さな粒子が10重量
%より少なければ肺への刺激は回避可能というのであるから,この点は特
段の阻害要因とはならない。
エ 阻害要因4(効果の発現の遅れ)について
原告は,粉末形態で投与すると,溶液状態で投与する場合に比べて,治
療効果が発揮されるタイミングが遅れ,かつ,生物学的利用能が低下する
ことが予想できるとする。
しかし,液状製剤は投与後に流出しやすく,長時間保持の困難性や安定
性に問題があり,この問題は粉末製剤とすることによって解決できること
は当業者がよく知るところであり(審決4頁下11行∼下5行),そのこ
とが粉末製剤の開発への動機付けとされている。
また,鼻内における粉末薬物の吸収が遅いという点に関しては,副作用
のない吸収増進剤としてシクロデキストリン,水溶性有機酸などの各種の
吸収増進剤(引用例B〔甲8〕段落【0014】 0020】 引用例C〔甲
【 ,
9〕1頁の特許請求の範囲)がその改善手段として既に知られている。
したがって原告の指摘する点は,なんら阻害要因となるものではない。
オ なお原告は,インタール粉末製剤は副作用がほとんどないと主張するが,
事実ではない。インタール点鼻液の添付文書(乙1)には「重大な副作用」
としてアナフィラキシー様症状が挙げられ,その他の副作用として発疹,
鼻内刺激,鼻出血,頭痛が挙げられている。医薬は人体にとって異物であ
る以上,期待する作用のほかに副作用を伴うことは避け難く,それはクロ
モグリク酸であろうとアポモルヒネであろうと変わりはない。また,粉末
化は薬物の種類やその作用にかかわらず行いうることは,引用例B〔甲8〕
の段落【0024】∼【0026】に多くの作用や化学構造の異なる種類
の薬物が経鼻投与製剤の対象として記載されていることからも明らかであ
る。
(2) 取消事由2に対し
原告は,アポモルヒネの粉末をシクロデキストリンの粉末又はマンニトー
ルの粉末とともに鼻内投与した場合,副作用はほとんど観察されていないと
主張する。しかし,取消事由3について後述するように,本願明細書(甲1
6)には原告主張の副作用の抑制等の効果を裏付ける記載はないのであって,
原告の主張は明細書に記載されていない効果に基づくものである。
また原告は,賦形剤として既知の多くの物質群から粉体状の糖又は糖アル
コールを選択することの困難性を主張する。しかし,各種の薬物を鼻粘膜表
面に適用するための粉末製剤に配合される賦形剤として,糖類(シクロデキ
ストリン,デキストラン)や糖アルコール(ソルビトール,マンニトール)
は汎用のものであるから(審決5頁9行∼11行 ),アポモルヒネの粉末化
に当たって,まず糖類を適用してみることは当業者の常道であって,これを
格別困難とする理由はない。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,粉末状である本願発明のアポモルヒネ製剤に①∼⑤の効果があ
ると主張する。しかし,本願明細書(甲16)におけるアポモルヒネ製剤
についての詳細な説明は9頁∼13頁のみであって,効果についてもわず
かに「…製剤形態パウダーは,驚くほど高い生物学的利用能及び優れた安
定性のアポモルヒネを示している。… 」(11頁3行∼4行)という極め
て漠然とした主観的な記載があるだけで,副作用についての記載はないし,
生物学的利用能についても具体的なデータはなく,粉末と溶液との比較も
示されていない。
したがって,溶液よりは粉末の方が安定であるという,当業界における
従来の知見から予測できる効果③(アポモルヒネを水溶液として製剤化し
た場合のアポモルヒネの分解を回避して安定性を高めることができるとの
効果)以外の効果については,明細書の記載に基づものではなく,したが
って,審決に効果の看過はない。
イ なお,念のため,原告の主張する他の効果について反論する。
(ア) 効果①及び⑤について
原告は,①副作用が少ない,⑤刺激性のメタ重亜硫酸ナトリウムを使
用する必要がないことを,本願発明の効果として主張する。
しかし,鼻腔内投与液剤の副作用の原因が溶液に添加する成分に存在
していたことは既に知られていた(引用例C〔甲9〕4頁左下欄下9行
∼下5行)のであるから,これらの添加を要しない粉末製剤であれば,
少なくともこれらに起因する副作用がなくなることは当業者が容易に予
測し得ることである。
なお,引用例Aの溶液には保存剤であるメタ重亜硫酸ナトリウムは含
まれていないというべきであるが,仮に当該成分が含まれるとしても,
上記のとおり,粉末製剤であれば使用しなくて済むものである。
(イ) 効果②について
原告は,粉末製剤は溶液製剤に対して生物学的利用能が高いとする。
しかし,生物学的利用能(バイオアベイラビリティー)とは,投与さ
れる薬物がどの程度有効に生体に利用されるかを示す指標であり,血中
薬物濃度と時間との関係を表す曲線とX軸との間にはさまれた部分から
の面積(AUCという)と同量の薬物を静脈注射したときのAUCを比
較して評価されるものであり(佐藤公道・橋田充著「薬理学のまとめ」
株式会社金芳堂・1988年〔昭和63年〕3月1日第1刷発行,84
頁∼85頁,乙2 ),原告の主張は,このようなAUCに関するデータ
に基づくものではないから,当を得ない。
仮に,「生物学的利用能」を「反応の持続時間」という程度の意味に
解したとしても,甲4実験によれば,反応の持続時間は既存の鼻内投与
アポモルヒネ調合物と比肩できるという程度の評価であり,特に高いと
いうものではない。
また甲6実験をみても,甲6実験には,第1,2図の効果発現と効果
持続に関して ,「全ての患者について,アポモルヒネ5mg鼻用パウダ
ーは『オン』応答を誘発し,アポモルヒネの皮下投与と比べて,同等の
効果発現と効果持続を有する。(甲6訳文4頁2行∼3行)と記載され,

鼻内粉末投与と皮内投与の効果は同等と評価されている。
したがって,粉末製剤が溶液製剤より効果発現も効果持続も優れてい
るとの主張は誤りである。
(ウ) 効果③について
原告は,アポモルヒネを水溶液として製剤化した場合のアポモルヒネ
の分解を回避して安定性を高めることができる点を効果③として主張す
るが,上記(1)エのとおり,液状製剤においては薬剤の流出や保持,薬
剤の安定性が問題であり,この問題は粉末製剤とすることによって解決
できることは既に知られていたことである。
したがって,効果③は当業者が十分に予測できる範囲のものである。
(エ) 効果④について
原告は,本願発明はアポモルヒネ水溶液の低いpHを回避し,かなり
中性に近くすることができると主張する。
しかし,本願明細書(甲16)には,処方のアポモルヒネ溶液のpH
は5.8に調整される旨が記載されており(10頁7行 ),これは粉末
が粘膜上で溶解した場合のpH6に非常に近い値である。また,溶液製
剤を皮膚や粘膜に適用するに当たり,そのpHを弱酸性∼中性に調整す
ることは通常行われることであるから,原告の主張は当を得ないもので
ある。
ウ なお原告は,本願発明の効果を示す証拠として甲4∼6実験を提出する
が,甲5,6実験の研究において使用されたアポモルヒネについては,単
に「アポモルヒネ粉末」「アポモルヒネの鼻用パウダー」と記載されてい

るのみであって,賦形剤の有無が不明であり,本願発明に該当する薬剤組
成物であるかどうか明らかではない。また原告は,甲5実験についてマン
ニトールが含まれると主張するが,甲5実験のどの部分の記載に基づくの
か不明である。
エ 以上のとおり,原告の主張する効果は根拠がないか,当業者の予測可能
な範囲のものであって,審決がなした本願発明の容易想到性の判断に誤り
はない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容 ),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
(1) 本願発明の意義
ア 本願発明は,前記1(2)によれば,次のとおりである。
「1.鼻内投与用のパウダー状の薬剤組成物であって,アポモルヒネ又は
アポモルヒネ塩と賦形剤とを含有しており,前記賦形剤が糖類または糖ア
ルコールを含んでいる,薬剤組成物。

イ 一方,本願明細書(甲16)には次の記載がある。
(ア) 「本発明は,ジヒドロエルゴタミン,アポモルヒネ及びモルヒネを鼻
腔内へ投与するための薬剤,並びにそのような組成物を投与する方法に
関する。(5頁4行∼5行)

(イ) 「アポモルヒネは,とても強力なドパミンの作用薬である。運動彷徨
変異により悪化するパーキンソン病の治療に補助薬として用いられてい
る。最近,関心を引く研究結果において,彷徨変異反応が見られる患者
の『オフ−ピリオド(off-period)』症状を和らげる為に,パーキンソ
ン病患者にアポモルヒネを鼻腔内投与することが報告されている(T.
van Laar et al, Arch.Neurol 1992;49:482-484 参照)
。これらの著者たち
により用いられている鼻腔内に適用されるアポモルヒネは,10mg/
mℓのアポモルヒネ−HCℓ水溶液から成り立っている。この製剤もまた
非経口投与に用いられており,このことは様々な薬局方に掲載されてい
る。(9頁17行∼下4行)

(ウ) 「ネブライザーにより計量された,薬剤分量アポモルヒネ−HCℓ
1mg(溶液0.1mℓ)が,パフを用いて患者によって各鼻腔適用で
送り込まれる。この水溶液の最大欠点は,アポモルヒネに安定性が欠け
ていることである。(19頁4行∼6行)

(エ) 「本発明の目的は,アポモルヒネの生物学的利用能及び安定性を高め
ると共に,アポモルヒネの鼻腔薬剤を提供することである。
本発明によると,鼻腔内投与の薬剤は,アポモルヒネ及び/又はアポ
モルヒネの塩,及びシクロデキストリン及び/又は他の糖類及び/又は
糖アルコールを含んでいる。そのような薬剤から,アポモルヒネの驚く
ほど高い生物学的利用能及び優れた安定性を得ることができる。
用語『シクロデキストリン(cyclodextrins)』は,…シクロデキスト
リンとそれらの誘導体…のような環状オリゴ糖を言及している。 『糖
用語
類(Saccharides)』は,ラクトース,マルトース,スクロースのような
二糖類及び…デキストランのような多糖類を言及している。用語『糖ア
ルコール(Sugar alcohols)
』は,マンニトール及びソルビトールを言及
している。(20頁3行∼18行)

(オ) 「本発明による鼻腔製剤は,鼻腔スプレー,鼻腔点剤,懸濁剤,ゲル
剤,軟膏,クリーム又はパウダーとして投与されることができる。…
特に,製剤形態パウダーは,驚くほど高い生物学的利用能及び優れた
安定性のアポモルヒネを示している。(20頁19行∼23行)

(カ) 「鼻腔パウダー製剤組成物は,望まれる粒度をもつ活性化剤及び賦形
剤を混合することにより作られることができる。…」(11頁8行∼9
行)
(キ) 「…本発明の製剤組成物において,薬学的文献からよく知られている
多くの他の賦形剤,例えば保存剤,界面活性剤,相互溶媒,粘着性物質,
反オキシダント,緩衝剤,粘着性を高める製剤,及びpH又は浸透圧モ
ル濃度を調整するための製剤は,添加することができる。(11頁下6

行∼下2行)
ウ 本願発明は,上記アによれば,アポモルヒネ又はアポモルヒネ塩を,糖
類又は糖アルコールを含む賦形剤によりパウダー状とした鼻腔投与用の薬
剤組成物であり,これに上記イの記載を参酌すると,本願発明は,強力な
ドパミンの作用薬であり運動彷徨変異により悪化するパーキンソン病の治
療に補助薬として用いられているアポモルヒネを含む薬剤を,上記賦形剤
によりパウダー化したものであり,これにより驚くほど高い生物学的利用
能及び優れた安定性を得ることができる,というものである。
(2) 取消事由1についての判断
ア 原告は,溶液状の鼻内投与用の薬剤組成物をパウダー状とすることに格
別の創意を要しないとした審決の判断は誤りであると主張する。
この点,審決が「2.引用例の記載の概要」(2頁6行∼4頁8行)に
おいて引用するとおり,引用例B(甲8)は,タンパク質及びペプチド,
抗生物質及び抗菌剤,局所麻酔剤,血管拡張剤,降圧剤,鎮静剤,抗炎症
剤,抗アレルギー剤など多岐にわたる薬剤につき(段落【0023】∼【0
026 】 ,
) 「経鼻投与に適する本発明の組成物は,薬物,増進剤及びシク
ロデキストリンを同じ水性媒質中に溶解して得られる投与用の水溶液の形
態であり得る 。 (段落【0032 】
」 )として,経鼻投与に適する形態とし
て薬剤溶液を挙げるほか ,「経鼻デリバリーに適する固体組成物は,たと
えば粉状組成物の形態であり,EP−A−28359号に記載のセルロー
スの低級アルキルエーテルを少くとも約90重量%を含み得る。セルロー
スエーテルはメチルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロース又はヒド
ロキシプロピルメチルセルロースが好ましく,もっとも好ましくはヒドロ
キシプロピルセルロースである。もう一つの適切な組成物は,吸水性で非
水溶性の塩基,たとえばEP−A−0122036号に記載の微結晶セル
ロースを含む 。 (段落【0034 】
」 )として,経鼻デリバリーに適する個
体組成物の例として粉状組成物の形態を挙げている。
同様に,引用例C(甲9)には ,「(1)生理活性ペプチド類を有効成分と
する経鼻投与用粉末組成物において,吸収促進剤として水溶性有機酸を含
有し,さらに必要に応じて増量剤を含有することを特徴とする経鼻投与用
粉末組成物。(特許請求の範囲第1項)などとして,経鼻投与用生理活性

ペプチド製剤について鼻粘膜から効率よく吸収されるように改良された粉
末組成物の例が,引用例D(甲10)には ,「本発明は粉末状の経鼻投与
に有用なポリペプチド類組成物に関する。更に詳細には,本発明はカルシ
トニン,インシュリンなどの生理活性を有するポリペプチド類と吸収促進
剤としてのアスコルビン酸類及び水吸収性の固形基剤とからなる粉末状組
成物であって,鼻腔内に噴霧投与したとき,極めて効率よくポリペプチド
類が鼻粘膜より吸収される,経鼻投与に有用なポリペプチド類組成物に関
する。(2頁左下欄3行∼11行)などとして,鼻腔内に噴霧投与したと

き極めて効率よくポリペプチド類が鼻粘膜より吸収される経鼻投与に有用
な粉末状組成物であるポリペプチド類組成物に関する記載が,引用例E 甲

11)及び引用例G(甲13)には, 生理活性を有するポリペプチド類,

第4級アンモニウム化合物およびセルロース低級アルキルエーテルからな
る経鼻投与用粉末状組成物。(甲11,特許請求の範囲第1項)「生理活
」 ,
性を有するポリペプチドとシクロデキストリンとを含有する経鼻投与製
剤。(甲13,特許請求の範囲 )「本発明の経鼻投与用ポリペプチド含有
」 ,
製剤は固状,液状あるいは半固状のものに形成される。固状の場合は,上
記の各成分を混合し単なる粉状の組成物としてもよい」(甲13,3頁左
下欄9行∼12行)などとして,引用例Dと同様にペプチド類薬剤の粉末
状組成物に関する記載が,引用例F(甲12)には ,「本発明は,消炎ス
テロイド薬であるベクロメサゾンジプロピオネートの鼻腔投与用の持続性
粉末状薬学的組成物に関する。(1頁右下欄下1行∼2頁左上欄2行)な

どとして,消炎ステロイド薬であるベクロメサゾンジプロピオネートの鼻
腔投与用の持続性粉末状薬学的組成物に関する記載が,引用例H(甲14)
及び引用例I(甲15)には,「…本発明はジヒドロエルゴタミンと線毛
機能を上昇せしめ得る非毒性剤とを含む経鼻用医薬組成物を提供するもの
である。このような経鼻用医薬組成物は液体または粉末の状態にあること
が好ましい。(甲14,4頁右上欄4行∼8行)「微粒化したジヒドロエ
」 ,
ルゴタミンメタンスルホン酸塩と乳糖との混合物をゼラチンカプセルに充
てんする。…鼻用には,ゴム球又は他のアトマイザーを用いてこの内容物
を鼻孔に噴霧して投薬する。(甲15,5頁右上欄下5行∼左下欄3行)

など,粉末状経鼻用医薬組成物としてジヒドロエルゴタミンの記載例があ
ることが認められる。
以上によれば,鼻内投与用の薬剤組成物についてパウダー状組成物の構
成を採用することは,本願発明の属する技術の分野における通常の知識を
有する者(当業者)にとって容易に想到できるものであることは明らかで
ある。
イ これに対し原告は,アポモルヒネ水溶液を用いた引用例A(甲7)記載
の事例において,患者1例に重い鼻前庭炎の副作用が生じたことを挙げ,
アポモルヒネを鼻内投与した場合に生ずる鼻前庭炎の副作用の存在が阻害
要因になる旨主張する(阻害要因1)

確かに,引用例A(甲7)には,アポモルヒネ溶液を投与された7名の
パーキンソン病患者のうち,4名に鼻前庭炎の副作用が現れ,そのうち,
比較的大量にアポモルヒネを投与された1名は重度の鼻腔内前庭炎であり
投与が中断された旨の記載があり(訳文〔乙3〕3頁下3行∼4頁4行)

また,鼻腔内アポモルフィン投与による治療に関する別の文献 Neurology,

Vol. 41, No. 5, p. 761-762,甲32)には, 全患者が,鼻内塗布直後に,

一時的な鼻づまり又は火傷感を訴え,そのうち2名は,(おそらくは化学
的炎症による)鼻内洗浄又はクロルヘキシジンクリームの局所塗布には満
足に反応しない重度の鼻前庭部痂皮のため,それぞれ7及び8週後に治療
を中止せざるをえなかった。(762頁左欄下7行∼同頁右欄1行,訳文

1頁)との記載がある。
しかし,一般に薬剤に副作用が存在し得ることはアポモルヒネやインタ
ール(乙1)の例を挙げるまでもなく公知の事実であって,むしろある薬
剤を現実に製造できるか否かは,薬剤の有用性ないし効果や副作用の頻度,
軽重その他の諸般の事情を考慮して検討されるべきことがらというべきで
あるから,副作用が生じる可能性があるからといって,そのことが直ちに
阻害要因となるものではない。
この点,引用例A(甲7)には,アポモルフィン溶液について ,「鼻腔
内アポモルフィンの有効性を,パーキンソン病および重度のレボドパ(L-
ドーパ)関連の“オフ期間”障害の患者7例を対象に評価した。全患者が
鼻腔内アポモルフィンによる治療に良好な反応を示した。運動反応の速度
および質と薬物動態プロファイルは,インスリンペン型注入器によって投
与されたアポモルフィンの皮下注射後に認められたのと類似した結果を示
した。鼻腔内アポモルフィン投与法の簡便さの優秀性は全患者において認
められた。(乙3〔甲7の訳文〕1頁5行∼10行)として,原告主張の

副作用の発生にもかかわらず,鼻腔内アポモルフィン投与法について肯定
的な評価がされていることが認められる。
また,上記甲32文献には,上記記載のほか ,「…2名の患者が鼻腔内
アポモルフィンを継続するために選ばれ,そして,長期の副作用がおこる
ことなく現在6ヶ月間鼻腔内アポモルフィン治療を受けている。…5人の
患者のうち3人には,鼻腔内アポモルフィンは皮下注射に対する有効で安
全な代替手段であることが証明された。両方の投与経路で治療された4人
の患者における反応の早さ,質,期間は同等であった。…局部の副作用の
感受性に著しい固体相互の違いがあることを示唆するものである…」(乙
4〔訳文〕6行∼23行)とされており,鼻前庭炎の副作用が生じる蓋然
性が一般的に高いということはできない。なお原告は,粉末状のアポモル
ヒネを鼻内投与することにより上記副作用はより重篤になるとか,パウダ
ー状のアポモルヒネの投与は無理であろうという技術的な先入観が存在し
た旨主張するが,本願明細書にはそのような課題の存在を窺わせる記載は
ないし,そのような先入観の存在を認めるべき根拠も見当たらない。
以上によれば,鼻腔内アポモルフィン投与に関し上記のような副作用の
存在が認められるとしても,当業者において上記副作用の発生する蓋然性
と薬剤の有用性や安定性その他の事情を考慮し,その上でパウダー状のア
ポモルヒネ薬剤組成物の製剤化を検討することは優に考えられるところで
あって,これが阻害要因になるということはできない。原告の上記主張は
採用することができない。
ウ また原告は,粉末の鼻内への投与が,くしゃみ,鼻炎,鼻の不快感を更
に増大させると一般に考えられるから,一般に,同一の医薬品について溶
液と粉末といった2つの形態が存在する場合,不快感を与える形態は使わ
れないと主張する(阻害要因2)

しかし,仮に粉末状薬剤組成物一般の鼻腔内投与について上記のような
不快感の存在を考慮できるとしても,上記アに述べたとおり,種々の薬剤
において現実にパウダー状の鼻内投与が試みられていることからすれば,
そのような不快感が容認し得ない程度のものであるとは認め難い。そうす
ると,これが阻害要因になるということはできず,原告の上記主張は採用
することができない。
エ また原告は,粉体を鼻から吸入する場合,粒径(2μm以下)によって
は肺内に到達してこれを刺激する潜在的なリスクがあると主張する(阻害
要因3)。
しかし,甲2(Niels Mygind,"Nasal Allergy"(2nd ed.), Blackwell
Scientific Publications,1979)には,46頁下8行∼下4行に「鼻は粒
子が堆積する主要な部位であるけれども,しかしこの鼻フィルターの効率
は,吸入された粒子の粒径に完全に依存している(図2・6 )(ミューア
1972年)。10μmより粒径の大きい粒子は,呼吸の間に鼻をほとん
ど透過しない。一方,1μmの粒子は通常は濾過されない。(訳文1頁)

として,10μmより大きい粒子は鼻を透過しないとの記載があり,した
がって,粒径が10μmより大きければ肺に到達するリスクは回避できる
と考えられるところ,引用例D(甲10)には ,「本発明の粉末状組成物
は,その90重量%以上の粒子が有効粒子径10∼250ミクロンの間に
あるのが好ましい。かかる範囲の粒子径の粒子とすることによって,鼻腔
内に投与したとき鼻粘膜上に広く分布し,付着局所によく滞留するように
なるとともに,…効率よく鼻腔内に投与することができる。(5頁右下欄

1行∼8行)と,引用例E(甲11)には ,「有効粒子径が10ミクロン
より小さな粒子が10重量%より多い量を占めるものでは,噴霧などの方
法によって投与した時に,肺まで到達したり,あるいは噴霧した際鼻孔外
へ散逸するものが比較的多くなる。…一方有効粒子径が250ミクロンを
越える粒子が10重量%より多い量を占めるものでは鼻腔内へ投与したと
き,鼻粘膜上に付着しても粘膜から離れやすく,薬物の局所滞留性が低く
なる。…」 5頁左上欄8行∼下3行)と記載されている。これによれば,

一般論として粉末状の鼻内投与薬剤組成物に原告の主張するようなリスク
があり得るとしても,それは粒径の調節により回避できるものであり,実
際にもそのようなリスクのない薬剤組成物が存在することが認められるか
ら,上記のようなリスクが本願発明の阻害要因になるということはできな
い。
なお原告は,粒子サイズが大きい場合の種々の懸念についても言及する
が,それも結局は粒径の調節の問題に尽きるというべきであるから,いず
れにせよ阻害要因になるものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ さらに原告は,粉末形態の薬物では効果の発現が遅れ,鼻腔内に滞留す
る時間が長くなるため鼻腔内から除去される可能性が高まり,これが生物
学的利用能を低下させて治療効率を悪化させる原因となり得ると主張する
(阻害要因4)

しかし,引用例C(甲9)には「(1)生理活性ペプチド類を有効成分と
する経鼻投与用粉末組成物において,吸収促進剤として水溶性有機酸を含
有し,さらに必要に応じて増量剤を含有することを特徴とする経鼻投与用
粉末組成物。(特許請求の範囲第1項)と,引用例D(甲10)には「(a)

生理活性を有するポリペプチド類 (b)吸収促進剤としてのアスコルビン
酸類…とからなる経鼻投与用粉末状組成物。(特許請求の範囲第1項)と,

引用例G(甲13)には「本発明者らは,かかる消化管吸収性に乏しい生
理活性を有するポリペプチドの薬理効果を有効に発揮させるべく,バイオ
アベイラビリティを改善する製剤について鋭意研究した結果,該ポリペプ
チドに,それらと相互作用がほとんどないシクロデキストリンを併用する
ことにより,経鼻投与において該ポリペプチドの吸収が著しく増大するこ
とを見出し,これに基づいてさらに研究した結果本発明を完成した 。(1

頁右下欄下6行∼2頁左上欄3行)と記載されていて,鼻内における粉末
薬物の吸収が遅いという点に関しては,副作用のない吸収増進剤として水
溶性有機酸,アスコルビン酸,シクロデキストリンなどの各種の吸収増進
剤がその改善手段として既に知られていたのであるから,この点が阻害要
因になるということはできない。
また,粉末形態の薬物が鼻腔内から除去される可能性に関しては,引用
例C(甲9)に「…剤型が液状であるため投与後流出しやすく,また,界
面活性剤の添加や微生物の混入により安全性や薬剤の安定性が損なわれる
という問題もあり,満足すべきものではなかった。これに対して粉末状の
経鼻投与用製剤が提案された。…」(2頁左上欄下2行∼右上欄4行)と
記載され,引用例F(甲12)に「…点鼻液剤,噴霧剤では薬物を鼻腔内
に長時間保持しておくことが困難である。鼻腔内投与を目的とした製剤で,
製剤から薬物を徐々に放出させて薬物の効力を長時間持続させる所謂持続
性製剤としては,特開昭56−20509号公報,特開昭57−3221
5号公報に記載された製剤が知られている。 (2頁右上欄6行∼13行)

と記載されているとおり,本願の優先日(平成5年3月26日)前におい
て薬剤が鼻腔内から除去される可能性は薬剤が液状である場合の課題とし
て理解されていたのであって,むしろそれを克服する手段として鼻腔内投
与製剤の粉末化が検討されていたというべきであるから,この点もまた阻
害要因になるということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
(1) 原告は,引用例B∼Iのいずれにも,糖又は糖アルコールを粉末形態でア
ポモルヒネの粉末とともに使用することについて記載も示唆もされていない
から,相違点2について容易想到とした審決の判断は誤りである旨主張する
ので,この点について検討する。
(2) 本願明細書(甲16)によれば,アポモルヒネ溶液0.1mℓを鼻内投与
する場合のアポモルヒネの薬剤分量は1mg(19頁4行∼6行)というの
であるから,このような微量のアポモルヒネのみを粉末状にして鼻内投与す
ることが現実的でないことは明らかである。したがって,アポモルヒネを含
有する薬剤組成物をパウダー状とするに当たり,薬剤とともに製薬的に受容
し得る担体ないし希釈剤,すなわち賦形剤を混合して増量する必要性がある
ことは,本願発明のような薬剤に関する技術の分野における通常の知識を有
する者(当業者)にとって自明のものであると認められる。
そして,この場合の賦形剤の組成についても,本願の優先日(平成5年3
月26日)前において,粉末鼻内投与製剤における賦形剤ないし増量剤とし
て,グルコースやラクトース(乳糖)などの糖類や,マンニトール,ソルビ
トールなどの糖アルコールが広く用いられていたことは,引用例B∼I(甲
8∼15)の記載(例えば,引用例C〔甲9〕では糖類が増量剤として使用
できることのほか,本願明細書が賦形剤の例として挙げるシクロデキストリ
ン(サイクロデキストリン),マンニトール,乳糖等が好ましいものとして
挙げられている。3頁左下欄∼4頁左上欄参照)から明らかであるのに対し,
これら糖類や糖アルコール類がアポモルヒネと製薬的に受容し難い性質のも
のであるとの証拠はない。
そうすると,アポモルヒネを含有する薬剤組成物をパウダー状とするに当
たり,賦形剤として糖類又は糖アルコールを含むものとする相違点2の構成
は,当業者において容易想到であると認められる。
(3) これに対し原告は,本願の優先日(平成5年3月26日)前には,既に糖
又は糖アルコール以外にも様々な種類の賦形剤が製薬分野で知られており,
このような既知の多くの物質群の中から本願発明と同様の賦形剤を選択する
ことは,当業者にとって容易ではなかったと主張するが,上記(2)に述べた
とおり,本願の優先日前において糖又は糖アルコールの賦形剤自体が一般的
であったと認められるのであるから,賦形剤として他に多くの物質が既知で
あるからといって,そのことから直ちに糖又は糖アルコールを賦形剤として
用いることが困難となるものではない。原告の上記主張は採用することがで
きない。
4 取消事由3(本願発明の効果に関する判断の誤り)について
(1) 原告は,甲4実験,甲5実験,甲6実験を挙げつつ,本願発明は①副作用
が少なく②生物学的利用能が高いという顕著な効果を有する旨主張する。
しかし,甲4∼6実験の内容は本願明細書に開示されておらず,いずれも
本願の出願後に公表ないし実験されたものであるから(甲24∼26によれ
ば,甲4は1997年〔平成9年〕10月3日ユトレヒト会議場における学
会プログラムとして頒布されたものであり,甲5は1998年 平成10年〕

9月30日から同年10月14日にかけて実施された臨床試験の最終臨床試
験報告として作成されたものであり,甲6は2003年〔平成15年〕4月
2日∼4日カーディフ,キャセイ公園,市ホールで行われた英国神経学者協
会春の学会において報告されたものである。,同実験の結果をもって本願発

明についての効果を論ずることは失当といわなければならない。
そして,本願明細書(甲16)には,処方例が3例(例1A∼1C)示さ
れているだけで(12頁) 具体的に適用した試験例は記載がなく,ただ, …
, 「
この水溶液の最大欠点は,アポモルヒネに安定性が欠けていることである。」
(10頁11行∼12行)として従来技術の液剤の欠点を述べた上で,「…
本発明によると,…アポモルヒネの驚くほど高い生物学的利用能及び優れた
安定性を得ることができる。」と記載されているにすぎない(10頁15行
∼18行)のであるから,このような記載をもって本願発明が顕著な効果を
有すると認めることはできない。
なお,原告が提出した甲4∼甲6実験は,甲5実験は糖類としてデキスト
ロースを用いたもの,甲6実験は糖アルコールとしてマンニトールを用いた
ものであり,特定の糖類又は糖アルコールを用いた粉末製剤が既存の水溶液
調合物や皮下投与と比べて同等の効果発現や効果持続を示し,副作用が軽い
旨を報告しているにすぎないから,原告主張の上記①,②の効果が格別顕著
であることを示すものではない。
(2) 次に原告は,本願発明は,更なる有利な効果として,アポモルヒネ水溶液
を鼻内投与する場合の種々の問題点を解消することをも可能にするとして,
③安定性を高められること,④低いpHを回避できること,⑤刺激性の重亜
硫酸ナトリウムを使用する必要がないことを顕著な効果として主張する。
しかし,上記③の効果については,前記2(2)オに述べたとおり,引用例
C(甲9)には「…界面活性剤の添加や微生物の混入により安全性や薬剤の
安定性が損なわれるという問題もあり,満足すべきものではなかった。これ
に対して粉末状の経鼻投与用製剤が提案された。…」(2頁左上欄下1行∼
右上欄4行)と記載されており,鼻腔内投与薬剤が水溶液である場合の安定
性という課題と,これを克服するための薬剤の粉末化という方法は本願発明
当時既に知られていたものというべきであるから,それ自体顕著な効果とい
うことはできない。
また,上記④の効果については,原告は相当なpH値として約6を挙げる
ところ,本願明細書(甲16)には「pH5.8に調整するためのNaOH
1M 」(10頁7行)として,アポモルヒネ水溶液を上記相当なpH値に
近似したpH5.8に調整することを前提とする記載がある。したがって,
水溶液による場合とパウダー状による場合とで,そのpH値に顕著な差異が
あるということはできない。
さらに,上記⑤の効果については,引用例E(甲11)に経鼻投与用粉末
状組成物は酸化防止剤を「必要に応じ」て「含んでいてもよい」との記載が
あり(5頁右上欄1行∼6行),引用例H(甲14)には粉末形態の経鼻用
医薬組成物にメタ重硫酸ナトリウムのような抗酸化剤が「存在してもよい」
が「当然のことながら,医薬的助剤の使用量はなるべく少量にするのが好ま
し」いと記載され(6頁左上欄9行∼左下欄2行 ),引用例I(甲15)に
は鼻施療用溶液の組成において「ピロ亜硫酸ナトリウム…等のような安定剤
を例えばメントールのような香料物質とともに全溶液量に対して多くとも1
重量%加えることが可能である 。」としつつ(2頁右下欄7行∼3頁左上欄
5行),粉末の組成においては「鼻用又は肺用粉末噴霧には,この活性剤を
微粒化又は非微粒化の乳糖と混合し,…微粒子形にすることもできる。活性
剤の乳糖に対する重量比は…でよい。この混合物は硬質ゼラチンカプセル…
に充てんし,通常の方法例えば適当な吹付器を用いて噴霧することができ
る。(3頁右下欄2行∼11行参照)として,ピロ亜硫酸ナトリウム(メタ

重亜硫酸ナトリウム)を加えていない。以上によれば,粉末組成物の場合,
一般に酸化防止剤が必須の成分であるとは認められないから,抗酸化剤であ
るメタ重亜硫酸ナトリウムを使用しないことによる効果をもって顕著な効果
ということはできない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
5 結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 森 義 之
裁判官 澁 谷 勝 海

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