平成19(行ケ)10133審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年1月31日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告エプソントヨコム株式会社 原告有限会社ピエデック技術研究所
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対象物 |
屈曲水晶振動子 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決99回 実施23回 進歩性18回 無効5回 優先権3回 特許権1回 刊行物1回 分割1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「屈曲水晶振動子」とする特許第3477618号の
( 〔 , 〕,特許 平成13年2月6日出願 優先権主張:平成12年10月31日 日本
平成15年10月3日設定登録 請求項の数は3である 以下 この特許を 本, 。 , 「
件特許」と,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」と,それぞれい
う )の特許権者である。。
被告は,平成18年4月14日,本件特許の請求項1に係る発明についての
特許を無効とすることについて審判を請求し,この請求は無効2006−80
063号事件として特許庁に係属した。その審理の過程で,原告は,平成18
年7月13日,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載を訂正する請求
をした 以下 この訂正を 本件訂正 といい 本件訂正後の本件明細書を 本( , 「 」 , 「
件訂正明細書 という 特許庁は 審理の結果 平成19年3月12日 訂」 。)。 , , ,「
正を認める。特許第3477618号の請求項1に記載された発明についての
特許を無効とする 」との審決(以下「審決」という )をし,同月23日,そ。 。
の謄本を原告に送達した。 |
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判決文
平成20年1月31日判決言渡
平成19年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件
平成19年12月10日口頭弁論終結
判 決
原 告 有限会社ピエデック技術研究所
訴訟代理人弁護士 安 江 邦 治
同 木 藤 繁 夫
同 牛 島 信
訴訟代理人弁理士 須 磨 光 夫
被 告 エプソントヨコム株式会社
訴訟代理人弁護士 生 田 哲 郎
同 名 越 秀 夫
同 森 本 晋
同 齋 藤 祐 次 郎
訴訟代理人弁理士 松 本 雅 利
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2006−80063号事件について平成19年3月12日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「屈曲水晶振動子」とする特許第3477618号の
特許 平成13年2月6日出願 優先権主張:平成12年10月31日 ,
( 〔 日本 〕,
平成15年10月3日設定登録 ,請求項の数は3である 。以下 ,この特許を 本
「
件特許」と,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」と,それぞれい
う。)の特許権者である。
被告は,平成18年4月14日,本件特許の請求項1に係る発明についての
特許を無効とすることについて審判を請求し,この請求は無効2006−80
063号事件として特許庁に係属した。その審理の過程で,原告は,平成18
年7月13日,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載を訂正する請求
をした(以下 ,この訂正を「本件訂正 」といい,本件訂正後の本件明細書を「本
件訂正明細書」という 。 。特許庁は ,審理の結果 ,平成19年3月12日 , 訂
) 「
正を認める。特許第3477618号の請求項1に記載された発明についての
特許を無効とする。」との審決(以下「審決」という 。)をし,同月23日,そ
の謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は ,次のとおりである 以
(
下,この発明を「本件訂正発明 」という。 。なお ,本判決における表記方法は ,
)
構成要件(発明特定事項)に分説した審決の表記に一致させた(以下,本件訂
正発明の各構成要件を「発明特定事項[1]」などという場合がある 。 。
)
【請求項1】
[1] 幅と厚みと長さとを有する音叉腕と音叉基部とを具えて構成され,
[2] 屈曲モードで振動する音叉型屈曲水晶振動子で,前記音叉腕の一端
部は音叉基部に接続され,他端部は自由である音叉型屈曲水晶振動子
で,
[3] 前記音叉腕は少なくとも第1音叉腕と第2音叉腕を具えて構成され ,
前記第1音叉腕と前記第2音叉腕と前記音叉基部とはエッチング法に
よって一体に形成されていて,
[4] 第1音叉腕と第2音叉腕の上下面にはそれぞれ厚みの方向に対抗し
て溝が設けられ,前記溝は第1音叉腕と第2音叉腕の中立線を挟んだ
幅方向略中央部の上下面に各々1個の溝が設けられ,
[5 ’] 各々の溝幅W 2は部分幅W1,W 3より大きくなるように形成され,
[6] 且つ,各々の溝には第1音叉腕の溝の電極と第2音叉腕の溝の電極
との極性が異なる電極が配置されると共に,前記溝の電極と対抗して
配置された音叉腕の側面の電極とは極性が異なる2電極端子を構成
し,
[7] 前記2電極端子の内,1電極端子は第1音叉腕の上下面の溝に配置
された電極と第2音叉腕の両側面に配置された電極から構成され,且
つ,上下面の溝に配置された前記電極と両側面に配置された前記電極
とが接続され,
[8] 他の1電極端子は第1音叉腕の両側面に配置された電極と第2音叉
腕の上下面の溝に配置された電極から構成され,且つ,両側面に配置
された前記電極と上下面の溝に配置された前記電極とが接続されてい
て,
[9] 前記2電極端子に直流電圧を印加したときに,前記第1音叉腕の中
立線に対して音叉の叉部側に存在する音叉腕の内側側面の電極と,そ
の電極に対抗して配置された溝側面の電極との間に前記電極に垂直に
発生する電界の方向と,前記第2音叉腕の中立線に対して音叉の叉部
側に存在する音叉腕の内側側面の電極と,その電極に対抗して配置さ
れた溝側面の電極との間に前記電極に垂直に発生する電界の方向とが
同じで,
[10] 更に,前記第1音叉腕の中立線に対して音叉の叉部側と反対の位
置に存在する音叉腕の外側側面の電極と,その電極に対抗して配置さ
れた溝側面の電極との間に前記電極に垂直に発生する電界の方向と,
前記第2音叉腕の中立線に対して音叉の叉部側と反対の位置に存在す
る音叉腕の外側側面の電極と,その電極に対抗して配置された溝側面
の電極との間に前記電極に垂直に発生する電界の方向とが同じで,
[11] かつ,前記第1音叉腕と前記第2音叉腕の中立線に対して音叉の
内側に発生する電界の方向と,前記第1音叉腕と前記第2音叉腕の中
立線に対して音叉の外側に発生する電界の方向とは互いに方向が反対
で,
[12] 前記電界の方向は大略x軸(電気軸)の方向に一致し,
[13] 前記第1音叉腕と前記第2音叉腕のそれぞれ厚み方向に対抗して
設けられた溝に配置された電極の,対抗する溝電極と溝電極との間に
は前記溝電極に対して垂直に発生する電界が厚み方向に存在しないよ
うに電極が配置されていて,
[14] 前記第1音叉腕と前記第2音叉腕の内側側面と外側側面には長さ
方向にそれぞれ同時に歪みが生じ,前記内側側面の歪みと前記外側側
面の歪みとは異なる方向に歪みが生じると共に,
[15] 前記第1音叉腕と前記第2音叉腕は前記2電極端子に印加された
交番電圧によって逆相の屈曲モードで振動し,
[16] 前記第1音叉腕の両側面と前記第2音叉腕の両側面に配置された
電極に対抗して配置された対抗電極は,前記第1音叉腕と前記第2音
叉腕の両側面の電極の各々に対して一部分対抗して配置されている
[17] ことを特徴とする屈曲水晶振動子。
3 審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正発明は,本件特許の優
先権主張日(以下「本件優先日 」という。 前に頒布された刊行物である特開昭
)
56−65517号公報(以下「引用例」という 。甲1)に記載された発明(以
下「引用発明」という。 及び国際公開第00/44092号パンフレット(甲
)
2)に記載された発明(以下「甲2発明 」という。 に基づいて当業者が容易に
)
発明をすることができたものであるから,本件訂正発明についての特許は,特
許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号
により無効とすべきである,というものである。
審決は,上記結論を導くに当たり ,引用発明の内容を下記(1)のとおり認定す
るとともに,本件訂正発明と引用発明とは ,下記(2)の点において相違し ,その
余の点で一致する旨認定した。
(1) 引用発明
「2つの平行な歯33および34を分離する中央ギヤツプを有するチユーニ
ングフオーク(音叉)形状をなし,これらの歯の幅の方向は結晶のX軸と平
行であり,歯の平面上の交番する横方向電界の結果としてのチユーニングフ
オークの歯のたわみにより,時計および腕時計を含むあらゆる種類の電子装
置や電子機器におけるタイムベース(基準時間)を形成するために極めて有
用な振動子の振動が持続されることが可能なチユーニングフオーク(音叉)
形状の水晶振動子1で,
写真製版により振動子を製作するための良く知られた処理工程において,
水晶結晶板上に付着させられた通常クロム又は金の金属層は振動子の形状を
なす範囲のみを残すような方法により他部分が取り除かれ,振動子の両方の
主表面に溝を作るためには,ふつ化水素酸によるエツチングは,溝を設ける
べき位置に全くスロットを有していない振動子外形形状を持つ金属保護層を
用いて開始され,このエツチングは水晶が振動子の外形から十分に取り除か
れる前に中止され,次に溝の設けられる位置に相当する金属層にスロットが
作られ,ふつ化水素酸によるエツチングが再び開始され,水晶が完全に振動
子形状にエツチされるまで継続され,必要な溝は,金属層に作られたスロッ
トに応じて同時に形成され,これらの深さはふつ化水素酸による2回目のエ
ツチング期間の長さによつてきめられ,
各溝35∼38が各歯33,34の中立線を挟んだ幅方向略中央部の両方
の主表面に各々1個設けられ,溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側
面に近くなるように決められ,即ち振動子の必要な機械的強度を維持し,そ
の製造技術上許される範囲において近づくよう,位置決めされ,
各溝35∼38の壁面上に中央電極39∼42が沈着され,歯33の両側
面に配置された横電極43,44に対して一部分対抗して中央電極39,4
1の両端側の直線部分が配置され ,歯34の両側面に配置された横電極45 ,
46に対して一部分対抗して中央電極40,42の両端側の直線部分が配置
され,歯33の厚み方向に対抗して中央電極39,41の底面部分が設けら
れ,歯34の厚み方向に対抗して中央電極40 ,42の底面部分が設けられ ,
1方の歯の中央電極と他方の歯の横電極とが,励起電源の1つの極に接続さ
れ,逆に第2の歯の中央電極と第1の歯の横電極とが反対の極に接続され,
電極は,各歯の平面における交番電界が歯の長さ方向を横切るように,ま
た,2つの歯の間において180°の位相関係となるように配置されて,エ
ネルギー源に接続され,中央電極39∼42は,横電極43∼46と作用し
て,チューニングフォークを振動状態とするための必要な横断電界を発生さ
せ,歯の平面上の交番する横方向電界の結果としてのチユーニングフオーク
の歯のたわみにより,振動子の振動が持続され,
歯の厚さにくい込む中央電極を配置することが,圧電結合を増加させ,同
等の寸法を有するものであれば,一般的な振動等価回路において損失を発生
させる直列抵抗の減少の結果として,振動子の寸法を減少させるチユーニン
グフオーク(音叉)形状の水晶振動子1。 (審決書9頁31行∼10頁36
」
行)
(2) 相違点
「本件訂正発明では,各々の溝幅W2は部分幅W 1,W3より大きくなるよう
に形成される(発明特定事項[5 ’ )のに対して,引用発明では,溝の寸法
]
は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められ,即ち振動
子の必要な機械的強度を維持し,その製造技術上許される範囲において近づ
くよう,位置決めされる点。 (審決書26頁26行∼30行)
」
第3 取消事由に係る原告の主張
審決は,引用発明の認定を誤った結果,本件訂正発明と引用発明との相違点
を看過した違法(取消事由1)及び本件訂正発明と引用発明との相違点の進歩
性判断を誤った違法(取消事由2)があるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り・相違点の看過)
審決は,以下のとおり,引用発明の認定を誤った結果,本件訂正発明と引用
発明との相違点を看過した。なお ,引用発明の内容の認定(前記第2 ,3(1))
につき,下記(1)において指摘する「溝」の構成に関する部分を除いて誤りのな
いことは認める。
(1) 引用発明の認定の誤り
審決は,引用発明の「溝」の部分の構成について, 各溝35∼38が各歯
「
33,34の中立線を挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に各々1個設け
られ,溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決め
られ,即ち振動子の必要な機械的強度を維持し,その製造技術上許される範
囲において近づくよう ,位置決めされ る) 審決書10頁14行∼17行 )
( 」
(
と認定した。しかし,以下のとおり,審決の上記認定には,遺脱がある。
ア 引用例(甲1)の記載(3頁左上欄7行∼右上欄5行)によれば,引用
発明の「溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように
決められる 」ものであるが , 可能な限り」とは「振動子の必要な機構的強
「
度を維持し,その製造技術上許される範囲において」という意味であるか
ら,引用発明の「溝」は,振動子の必要な機構的強度を維持し,その製造
技術上許される範囲において,歯(音叉腕)の側面に近づくよう,位置決
めされるものである 。また ,引用発明において, 歯の溝と横側面の間に位
「
置する部分」は ,「十分に堅く」なければならず,また,「溝がないチュー
ニングフォーク部分に振動を伝達することが可能であるように,歯の中央
部分とも十分に堅固に結合されていることが,必要 」である(ただし, こ
「
の後者の条件は,歯の横側面から溝の側面までの距離による製造技術上の
制約により制限される」 )
。 。その結果,引用発明の「溝」は ,「溝の側面と
振動子の歯の横側面との間の距離」 すなわち部分幅 )が「振動子の厚さの
(
少なくとも3分の1に等しい値を保つように設定される」ものであるとい
うことができる。
そうすると,引用発明は , 各溝35∼38が各歯33 ,34の中立線を
「
挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に各々1個設けられ,溝の寸法は,
その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められ,即ち振動子
の必要な機構的強度を維持し,その製造技術上許される範囲において近づ
くよう,位置決めされ,さらに,歯の溝と横側面の間に位置する部分は,
十分に堅く,また溝がないチューニングフォーク部分に振動を伝達するこ
とが可能であるように,歯の中央部分とも十分に堅固に結合されているこ
とが必要であり,実際には,溝の側面と振動子の歯の横端面との間の距離
は振動子の厚さの少なくとも3分の1に等しい値を保つように設定され」
る発明であると認定すべきである(下線部は審決の認定と異なる部分を示
す。 。
)
すなわち ,引用発明の溝は ,以下の特徴を備えるものというべきである 。
(イ) 振動子の必要な機構的強度を維持すること(以下「要件(イ)」とい
う。)
(ロ) 製造技術上許される範囲において(以下「要件(ロ)」という。 ,そ
)
の側面が可能な限り歯の横側面に近くなるよう,位置決めされるもので
あること
(ハ) 歯の溝と横側面の間に位置する部分は,十分に堅いこと(以下「要
件(ハ)」という。)
(ニ) 歯の溝と横側面の間に位置する部分は,溝がないチューニングフォ
ーク部分に振動を伝達することが可能であるように,歯の中央部分とも
十分に堅固に結合されていること(以下「要件(ニ)」という 。)
(ホ) 実際には,溝の側面と振動子の歯の横端面との間の距離は振動子の
厚さの少なくとも3分の1に等しい値を保つように設定されること(以
下「要件(ホ)」という。)
イ 要件(ハ)及び(ニ)は,要件(ホ)をもたらすものであるから,これらの要
素を引用発明の内容から除外することは許されない。また,要件(ホ)は,
引用例において , 単独の溝が各歯上に設けられる」
「 場合についての技術思
想を総論的に述べた箇所に記載されており,実施例について記載されたも
のではないから ,「引用発明の一実施例にすぎない」(審決書31頁1行)
ということはできない。
したがって,審決は,引用発明の内容として,要件(ハ)ないし(ホ)を認
定しなかった点に誤りがある(なお,引用例では,「機構的強度」(3頁左
上欄10行 )という,単なる「機械的強度 」 審決書8頁23行及び10頁
(
16行)ではなく,構造的な観点を含む用語が用いられている 。 。
)
(2) 相違点の看過
上記(1)のとおり,引用発明は要件(ハ)ないし(ホ)を含むものであり ,また ,
引用例では,「機械的強度」ではなく,「機構的強度」という用語が用いられ
ているから,本件訂正発明と引用発明との相違点は, 本件訂正発明では,各
「
々の溝幅W2は部分幅W1, 3より大きくなるように形成される(発明特定事
W
項[5’ )のに対して,引用発明では,溝の寸法は,その側面が可能な限り
]
歯の横側面に近くなるように決められ,即ち振動子の必要な機構的強度を維
持し,その製造技術上許される範囲において近づくよう,位置決めされ,さ
らに,歯の溝と横側面の間に位置する部分は,十分に堅く,また溝がないチ
ューニングフォーク部分に振動を伝達することが可能であるように,歯の中
央部分とも十分に堅固に結合されていることが必要であり,実際には,溝の
側面と振動子の歯の横端面との間の距離は振動子の厚さの少なくとも3分の
1に等しい値を保つように設定される点。 とされるべきであり,
」 審決は上記
下線部分を相違点として認定しなかった点に違法がある。
2 取消事由2(相違点の進歩性判断の誤り)
審決は,「引用発明において,溝幅W2を部分幅W 1,W 3より大きくすること
は,当業者が容易になし得ることであり,本件訂正発明は,甲第1号証及び甲
第2号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができ
た発明である」 審決書27頁32行∼35行 )と判断した。しかし,審決は,
(
以下のとおり,判断の前提となる本件訂正発明,引用発明及び甲2発明の理解
を誤り(後記(1)ないし(3) ),進歩性の判断を誤った(後記(4) )。
(1) 本件訂正発明
審決は,以下のとおり,本件訂正発明についての誤った理解に基づいて,
容易想到性の判断をした違法がある。
ア(ア) 本件訂正明細書の段落【0001】 【0003 】 【0017 】 【0
, , ,
019】ないし【0023】 【0056】及び図1ないし3などの記載
,
が示すとおり ,本件訂正発明は ,小型化しても損失等価直列抵抗R1が大
きくならず,品質係数Q値が高い,新形状,新電極配置構成の屈曲水晶
振動子を提供することを課題とし ,同課題を発明特定事項 4]
[ 及び 5
[
’ に規定する音叉型屈曲水晶振動子の形状及び発明特定事項[6]ない
]
し[8]に規定する電極配置により解決するものである。
そして,発明特定事項[4]は,屈曲モードを引き起こすとき,音叉
腕の振動を容易にし,等価直列抵抗R1を小さくするとともに,品質係数
Q値が高くなるという作用効果を得るという技術的意義を有し,発明特
定事項[5’]は,小型化しても損失等価直列抵抗R 1が大きくならず,
品質係数Q値が高い,新形状,新電極配置構成の屈曲水晶振動子を提供
するという技術的意義を有する。
従来,音叉型屈曲水晶振動子を小型化すると,等価直列抵抗R 1が大き
くなることは経験的に知られていたものの,その理由は理論的に明らか
にされていなかったが,本件訂正発明の発明者(以下「本件発明者」と
いう 。)は,振動子の等価直列抵抗R 1と振動子の寸法との関係を理論的
に解明し,溝幅W 2と部分幅W 1,W 3との比率が等価直列抵抗R1に影響
を及ぼすという新たな知見を得て,発明特定事項[5’]に想到した。
しかも ,本件発明者は ,溝幅W2と部分幅W 1,W3との比率が等価直列
抵抗R1に影響を及ぼすことを実験的にも確認した 。すなわち,平成18
年7月13日付け審判事件答弁書(甲7の1)の図4(以下「本件グラ
フ」という。 に示されるとおり,溝幅と部分幅との比a=W 2/W 1(W
)
2 /W 3)が0.0(溝なし)から1.0に近づくにつれて,等価直列抵
抗R 1は急激に減少するが , .
1 0を境にその減少の程度は極めて緩やか
になり,1.0を超えてそれ以上大きくしても ,等価直列抵抗R 1はさほ
ど小さくならないとの結果が得られた。
なお,本件グラフは,本件訂正明細書には記載されていないが,溝幅
W2を部分幅W 1,W3よりも大きくすること(発明特定事項[5’ )によ
]
り,小型化しても損失等価直列抵抗R1が大きくならない音叉型屈曲水晶
振動子が得られるという本件訂正明細書に記載された事項を実験的に裏
付けるものであるから,進歩性の判断に際し,当然に参酌されるべきで
ある。
(イ) 審決は,原告が本件グラフに基づき実験的に明らかにした本件訂正
発明の作用効果について ,「当業者が部分幅と等価直列抵抗R 1との依存
関係を計算や実験で求めれば容易に予測できるものであり,進歩性に該
当するほどの技術的意義を有するとはいえない。 (審決書29頁13行
」
∼15行)と判断したが,本件訂正発明を知った上での後知恵である。
溝幅W 2と部分幅W 1,W 3との比率が等価直列抵抗R1に影響を及ぼす
という本件訂正発明の技術思想がなければ,溝幅と部分幅との比a=W
2 /W 1(W 2/W 3)を変え,計算又は実験により,等価直列抵抗R1の変
化の傾向を調べるという発想は生じない。
(ウ) 審決は,「発明特定事項[5’]の技術的意義は,進歩性に該当する
ほどのものではないから・・・本件特許明細書に記載されている作用効
果を証明できたとしても,上記・・・判断に影響しない 。 (審決書29
」
頁25行∼28行 ) 「 小型化させた場合でも等価直列抵抗R 1を小さく
,『
することができる』という作用効果や,『溝幅と部分幅との比a=W 2/
W1(W2/W 3)が1のときの等価直列抵抗R 1の値である30kΩは,
従来から多用されている音叉型水晶振動子の等価直列抵抗R 1とほぼ同じ
値であり ,等価直列抵抗R1の値がほぼ同じである 』という産業上の意義
は,進歩性に該当するほどのものでない 。 (審決書33頁12行∼17
」
行参照)と判断したが,いずれも誤りである。
本件訂正明細書には,発明特定事項[5’ の作用効果として,小型化
]
しても損失等価直列抵抗R1が大きくならず,品質係数Q値が高い屈曲水
晶振動子を提供できることが記載されており,その作用効果を証明する
ことは,進歩性の判断に影響する。また,本件グラフにおいて,溝幅と
部分幅との比a=W 2/W 1(W 2/W 3)が1.0のときの等価直列抵抗
R1の値である約30kΩが,多用されている従来の音叉型屈曲水晶振動
子の等価直列抵抗R 1の値とほぼ同じであるということは ,本件訂正発明
に基づいて小型化した音叉型屈曲水晶振動子を用いても抵抗値が変わら
ないことを示すものであるから,本件訂正発明では,従来から使用され
ている回路をそのまま組み込むことができ,しかも,従来より小型で,
損失等価直列抵抗R 1が大きくならず ,品質係数Qが高い,音叉型屈曲水
晶振動子が得られるのであって,従来から使用されている周辺回路をそ
のまま使用できる点に,産業上重要な意味がある。
イ 審決は,特開昭55−138916号公報(甲3 )に言及し, 部分幅と
「
等価直列抵抗R 1との依存関係は ,本件特許出願の優先権主張日前に公知で
あった。 (審決書29頁5行∼6行)と説示する。
」
しかし,以下のとおり,甲3における「部分幅と等価直列抵抗R 1との依
存関係」は,本件訂正発明における溝幅W 2,部分幅W 1,W3及び等価直列
抵抗R 1の関係とは異質なものである。
甲3記載の発明は ,「振動子の形状と電極構造の工夫により,T0を大幅
に上昇させ,高温領域に於ても良好な温度特性が得られるような複合水晶
振動子を得ることを目的とするものである 」 2頁左上欄1行∼4行 )
( から ,
本件訂正発明とは目的を異にする。
審決は,甲3の第5図の曲線11を指摘するが,同曲線はその根拠が明
らかでない上,We/W/2の値が0の位置において, 1/R 10の値が約
R
0.28であることを示しているから,電極間の距離Weが0の場合に等
価抵抗R1が有限の値であることになり ,不合理である。また ,甲3には ,
「次に第3図Bに示すところの電極間の距離Weと結合係数の関係を第5
図に示す。第5図曲線10は,We=W/2のときの結合係数K 0で基準化
された結合係数の値K/K 0を示し,曲線11はWe=W/2のときの等価
抵抗R 10で基準化された等価抵抗の値R1/R 10を示す。 2頁左下欄17
」
(
行∼右下欄3行)と記載されており,第5図における曲線11は,第3図
Bの場合(振動腕6a,6bに穴6ah,6bhが設けられている場合)
における等価抵抗の値R1/R 10を示すものであるから ,振動腕6a,6b
に穴ではなく,溝が設けられる場合について,等価抵抗の値R1/R10が第
5図における曲線11と同様の傾向を示すか否かは,不明である。なお,
甲3には, また ,
「 第3図及び第6図の実施例に於ては振動子に穴を設けて
いるが,貫通していない溝でも全く同様であることはもちろん 」 3頁左上
(
11行∼13行 )と記載されているが ,その根拠は示されていないし , 全
「
く同様」ということが ,等価抵抗の値R1/R 10 と,We/W/2との関係
についてもいえるか否かは不明である。むしろ,本件訂正発明において,
溝に代えて貫通穴とした場合,溝幅W 2と部分幅W1,W3との比(a=W2
/W 1(W2/W 3) と,等価インダクタンスL 1との関係が,溝の場合と逆
)
になること(甲7の1の図5)に照らせば,甲3記載の発明においても,
穴でなく溝とした場合には ,等価抵抗の値R1/R10と,We/W/2との
関係が変化すると考えるのが合理的である。
(2) 引用発明
審決は,以下のとおり,引用発明についての誤った理解に基づいて,容易
想到性の判断をした違法がある。
ア 審決は, 引用発明は ,製造技術上許される範囲において ,可能な限り ,
「
溝幅W 2を大きく部分幅W1, 3を小さくして ,
W 同等の寸法を有するもので
あれば,一般的な振動等価回路において損失を発生させる直列抵抗の減少
の結果として,振動子の寸法を減少させるチユーニングフオーク(音叉)
形状の水晶振動子1である 。 審決書27頁10行∼14行)
」
( と説示した 。
審決の上記説示は,引用発明の特徴について,要件(イ),要件(ハ)ない
し(ホ)を無視し,専ら要件(ロ)のみに着目して,容易想到性の判断をした
点に誤りがある。
イ 引用発明の「溝」は,以下のとおり,単に「圧電結合を増加」させるた
めのものであって,「溝幅」を大きくするという技術思想はなく,溝幅W
2 と部分幅W 1,W 3との比率が等価直列抵抗R1に影響を及ぼすという技術
思想に基づく本件訂正発明の「溝」とは,技術的意義が異なる。
引用例には, チューニングフォーク振動子に本発明を適用する1つの事
「
例においては,歯の厚さにくい込む中央電極を配置することが,圧電結合
を増加させる。同等の寸法を有するものであれば,この結合の増加は振動
子の特性要因(Q)の増加をもたらし,そのため,一般的な振動等価回路
において損失を発生させる直列抵抗の減少の結果として,振動子が接続さ
れる振動回路の電流消費を少なくする。換言すれば,同等の特性要因を有
するものであれば,この配置は振動子の寸法を減少させるものである。 2
」
(
頁右下欄16行∼3頁左上欄6行)と記載されている 。上記記載によれば ,
引用発明の「溝」は,その内部に「歯の厚さにくい込む中央電極を配置」
して , 圧電結合を増加させる」
「 ために設けられるものであるということが
できる。
そして,「圧電結合を増加させる」ためには,「溝」の内側側面に配置さ
れる電極と,音叉腕の側面に配置される電極との距離は短い方がよく,ま
た, 溝」
「 の内側側面に配置される電極の面積は大きい方がよい 。引用例に ,
「溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決めら
れ」(3頁左上欄8行∼9行)と記載されているのは ,「溝」の内側側面に
配置される電極と,音叉腕の側面に配置される電極との距離を短くすると
いう要請に対応し,また,「この溝は可能な限り深い方が良く」(3頁左上
欄12行∼13行)と記載されているのは , 溝」の内側側面に配置される
「
電極の面積を大きくするという要請に対応しており,いずれも,上記「圧
電結合を増加させる」という技術的意味を有する。
このように,引用発明においては, 圧電結合を増加させる」ために必要
「
な「溝」の内側側面と音叉腕の側面との距離(本件訂正発明の「部分幅」
に相当する 。)のみが重要であり ,「溝幅」は重要ではない。すなわち,引
用発明には ,「溝の深さ」を深くするという技術思想はあるが,「溝幅」を
大きくするというような技術思想はなく,まして,溝幅W 2と部分幅W 1,
W3との比率が等価直列抵抗R1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術
思想は存在しない。
ウ 審決は,引用発明では,「側面が横側面に近くなれば,当然溝幅W 2が大
きく ,部分幅W 1,W3が小さくなる 」 審決書27頁9行∼10行)と説示
(
したが,誤りである。
審決の上記説示は ,音叉腕の幅W=W1+W 2+W 3が一定であることを前
提としているが ,この前提は必ず成立するとはいえない。例えば,幅W 2と
部分幅W1,W 3との比率はそのままに,音叉腕の幅Wを小さくして,溝側
面を音叉腕側面に近づけることも可能であるし,引用例は1つの音叉腕の
上下の各面に2つの溝を設ける場合も想定している(図1∼図4)から,
音叉腕中央に設けられていた溝を2つに分割して,それぞれの溝側面を音
叉腕側面に近づけることも考えられるからである。
なお,仮に溝側面を音叉腕側面に近づけた結果,「溝幅W2が大きく,部
分幅W 1, 3が小さく 」
W なったとしても,このことは溝幅W2と部分幅W1,
W3との比率が等価直列抵抗R1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術
思想に基づくものということはできない。
(3) 甲2発明
審決は,甲2に,幅0.1mmの振動細棒(音叉腕)に幅約0.07mm
の溝を設けた音叉型水晶振動子が記載されていることを指摘した。
しかし,以下のとおり ,甲2には ,溝幅W2と部分幅W 1,W3との比率が等
価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想はもとより,
「部分幅」を小さくする技術思想すら開示されておらず,FIG.5に示さ
れた特定の一例から,溝幅と部分幅に関する何らかの技術思想を合理的に引
き出すことは不可能である。
ア 甲2発明は,振動損失である「CI値を低く抑え,且つ加工が容易な小
型の振動子を提供すること 」 甲2の明細書3頁10行∼11行 )
( を目的と
するものである 。上記目的を達成するため , 少なくとも1本以上の圧電材
「
料からなる振動細棒を有する振動子において,該振動細棒の表面及び裏面
のいずれか又はその両方に溝が形成されており,かつ,この溝の中に電極
が形成されていることを特徴とする振動子 」 同3頁14行∼17行 )
( が提
案され,この溝は「深い方が良い」(同10頁4行)ものであり ,「表面,
裏面で繋がってしまっても良い。すなわち,振動細棒120にスリッドを
入れたような構造であっても良い」 同10頁12行∼14行)
( とされてい
る。そして,甲2発明では,電極が溝の中まで形成されているため,電界
が「振動細棒の深さ方向に一定で強く分布し,CI値の上昇を抑えること
ができる」 同3頁20行∼21行)という作用効果が奏され,その結果 ,
(
「振動子100の厚さを薄くすることなく特性の良い振動子を供給するこ
とが可能となる。さらに厚さが従来のものと変わらないため取り扱いが容
易で ,歩留まりが落ちないという効果を有する 」 同10頁15行∼17行 )
(
ものであり,さらに「溝220aを振動細棒220に形成するのは,振動
細棒220自体の厚さを薄くする場合に比べ,格段に加工性に優れている
ため ,製造される音叉型水晶振動子200の歩留まりが向上する」 同14
(
頁16行∼18行)とされている。
このように,甲2には ,溝幅W 2と部分幅W1,W 3との比率が等価直列抵
抗R 1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想についての開示がされ
ていないのみならず ,小型化しても等価直列抵抗R 1が大きくならない音叉
型屈曲水晶振動子を提供するために , 溝幅 」を「部分幅」との関係で規定
「
し,「部分幅」を小さくするという技術思想も開示されていない。
イ 甲2のFIG.5には,幅0.1mmの振動子(振動細棒)に,両側に
0.015mmの部分幅を残して,幅0.07mmの溝を設けた振動子 振
(
動細棒)が記載されているが,この振動子(振動細棒)の厚さは0.1m
m(甲2の明細書12頁17行∼19行)であるから,FIG.5に示さ
れた部分幅は,振動子(振動細棒)の厚さの3分の1よりもはるかに小さ
く,振動子(振動細棒)の厚さの約6分の1程度でしかない。
また,甲2には,FIG.5に示される溝幅と部分幅を採用する技術的
意義について,何ら記載がない。
したがって,甲2は,幅と厚さが0.1mmという特定の値をもった振
動子(振動細棒)に,0.07mmという特定の幅の溝と,0.015m
mという特定の部分幅を設けた振動子の単なる一例を開示するにすぎず,
溝幅と部分幅との関係についての技術思想を示すものとはいえない。
(4) 進歩性判断の誤り
ア 判断の遺脱
審決は,相違点の進歩性判断に当たり,前記(1)アのとおり ,引用発明の
要件(ロ)について検討したにとどまり,要件(イ)及び(ハ)ないし(ホ)を無
視しているが,本件訂正発明と引用発明との相違点は,前記1(2)のとおり ,
「本件訂正発明では,各々の溝幅W2は部分幅W 1,W3より大きくなるよう
に形成される(発明特定事項[5’ )のに対して,引用発明では,溝の寸
]
法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められ,即ち
振動子の必要な機構的強度を維持し,その製造技術上許される範囲におい
て近づくよう,位置決めされ,さらに,歯の溝と横側面の間に位置する部
分は,十分に堅く,また溝がないチューニングフォーク部分に振動を伝達
することが可能であるように,歯の中央部分とも十分に堅固に結合されて
いることが必要であり,実際には,溝の側面と振動子の歯の横端面との間
の距離は振動子の厚さの少なくとも3分の1に等しい値を保つように設定
される点。 とされるべきであるから ,審決は,上記下線部分について,進
」
歩性の判断を遺脱した点に誤りがある。
イ 判断の誤り
(ア) 溝に関する技術思想等の相違
a 本件訂正発明は,前記(1)のとおり,溝幅W2と部分幅W 1,W 3との
比率が等価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基づくもので
ある。これに対し ,引用発明における「溝」は,前記(2)イのとおり ,
単に「圧電結合を増加 」させるためのものであり ,溝幅W2と部分幅W
1 , 3との比率が等価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基
W
づく本件訂正発明の「溝」とは,技術的意義が異なり,甲2にも,前
記(3)のとおり,溝幅W 2と部分幅W1,W 3との比率が等価直列抵抗R
1 に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想について全く記載がな
いのであるから,当業者が引用発明と甲2発明に基づいて本件訂正発
明を容易に発明することができたとはいえない。
b 審決は,引用発明における 『歯の幅方向略中央部に設けられた溝の
「
側面が可能な限り歯の横側面に近く』という発想は ,溝幅W2と及び溝
の側面と歯の横側面との間の部分幅W 1,W 3との関係でみれば,可能
な限り ,溝幅W 2を大きく部分幅W1, 3を小さくすることと同じ」 審
W (
決書28頁24行∼28行 )であり,本件訂正発明における「 溝幅W
『
2 を部分幅W 1,W3との関係で規制するという発想』は,引用発明の発
想と同じ」 審決書28頁35行∼36行)であると説示したが ,誤り
(
である。
引用発明は,前記(2)イ及び上記aのとおり, 「圧電結合を増加 」
単に
させるためのものであって ,要件(イ)ないし(ニ)の制約の下で, 部分
「
幅」を小さくするという技術思想に基づく発明であり , 溝幅 」を大き
「
くするという技術思想はなく,まして,溝幅W2と部分幅W 1,W3との
比率が等価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想
は存在しない。
また,前記(2)ウのとおり,引用発明では ,「側面が横側面に近くな
れば,当然溝幅W 2が大きく,部分幅W 1,W 3が小さくなる 」(審決書
27頁9行∼10行)とした審決の説示は誤りであるから,引用発明
における 『歯の幅方向略中央部に設けられた溝の側面が可能な限り歯
「
の横側面に近く 』という発想は,溝幅W2と及び溝の側面と歯の横側面
との間の部分幅W 1,W 3との関係でみれば,可能な限り,溝幅W2を大
きく部分幅W1, 3を小さくすることと同じ」 審決書28頁24行∼
W (
28行)ではない。
(イ) 組み合わせの困難性
a 審決は, 甲第1号証も甲第2号証も ,
「 音叉型屈曲水晶振動子におい
て,同等の寸法を有するものであれば,一般的な振動等価回路におい
て損失を発生させる直列抵抗の減少の結果として,振動子の寸法を減
少させるという点で技術思想が共通であるから ,甲第2号証のFig .
5に開示されている溝幅70μmに対して部分幅15μmという特定
の関係を,甲第1号証と組み合わせる動機付けもある 。 (審決書31
」
頁11行∼16行)と判断した。しかし,以下のとおり,審決の上記
判断は誤りである。
引用発明は,前記1(1)のとおり,要件(イ)ないし(ニ)を充足するた
めに,要件(ホ)(実際には,溝の側面と振動子の歯の横端面との間の
距離は振動子の厚さの少なくとも3分の1に等しい値を保つように設
定されること)を必須とするものである。すなわち,要件(ホ)に関す
る引用例の記載(3頁右上欄3行∼5行)は,引用発明の技術思想を
述べたものであって,「引用発明の一実施例 」(審決書31頁1行)で
はない。
これに対し,甲2のFIG .5に示されている部分幅は ,前記(2)の
とおり,0.015mmであって,振動子の厚さ0.1mmの約6分
の1程度でしかない。また,甲2には,部分幅を振動子の厚さの3分
の1未満とした場合にも,要件(イ)ないし(ニ)が充足されるようにす
るために,技術的工夫ないし改善がされたとの記載もない。
そして,甲2のFIG.5に示された幅と厚みが0.1mmの振動
子における溝幅0.07mm,部分幅0.015mmという関係は,
引用例における要件(ホ)の教示に反するものであり,引用発明に上記
関係を組み合わせることには,これを阻害する要因がある。
なお,審決は,甲2の「甲第2号証のFig.5に示されている溝
幅70μm,部分幅15μmという溝幅と部分幅の関係に加工が可能
なことは明らかである 。 (審決書30頁26行∼28行)と認定する
」
が,引用発明の「溝」は,要件(ロ)以外に,要件(イ),(ハ)及び(ニ)
を必須とするものであるから,審決の上記認定には意味がない。
b 審決は, 甲第1号証も甲第2号証も ,
「 同等の寸法を有するものであ
れば,一般的な振動等価回路において損失を発生させる直列抵抗の減
少の結果として,振動子の寸法を減少させるという点で技術思想が共
通であり,音叉型水晶振動子を小型化できるという効果も共通である
から,仮に,甲第2号証に記載されている発明が,被請求人がいうよ
うに,同相モードで振動するとしても,両者を組み合わせる動機付け
が存在し,単なる同相モードであるか逆相モードであるかの違いは,
両者を組み合わせる阻害要因にはならない 。 (審決書32頁14行∼
」
20行)と判断した。しかし,以下のとおり,審決の上記判断は誤り
である。
引用発明と甲2発明とは,下記の(a)ないし(c)の点において,技
術思想が異なるから,両発明が共に音叉型水晶振動子に係わるもので
あったとしても,これらを組み合わせる動機付けは存在せず,かえっ
てこれを阻害する要因がある。
(a) 引用発明は,逆相モードで振動する音叉型振動子を対象とする
のに対し,甲2発明は,同相モードで振動する音叉型振動子を対象
としており,両発明は対象とする音叉型振動子の振動モードが異な
る。
「第2の実施の形態」に関する甲2の記載(明細書12頁28行
∼13頁10行)の記載によれば,第6図(a)に示された断面を
有する振動細棒(音叉腕)の溝220aには電極240aが設けら
れ,両側面には電極240bが設けられ , 電極240aと電極24
「
0bには ,それぞれ極性の異なる電圧が交互に印加される」結果, 第
「
2図の矢印のように電界が発生することになる 」ところ,甲2には ,
振動子に設けられた2本の振動細棒220,220を区別する記載
は何ら存在しないので,第3図,第4図,第5図に記載された振動
子においては ,2本の振動細棒220,220の双方に, 電極24
「
0aと電極240bには,それぞれ極性の異なる電圧が交互に印加
される」結果 , 第2図の矢印のように電界が発生する」
「 ことになり ,
2本の振動細棒220,220が同相で振動することになる。
なお,被告が指摘する甲2の「二本の振動細棒120は,これら
が互いに近づいたり離れたりする方向に振動する。 (9頁14∼1
」
5行 )との記載は,第1図,第2図に示された「第1の実施の形態 」
の振動子についてのものであって,原告が「同相モード」であるこ
とを指摘する第3図,第4図,第5図に示された「第2の実施の形
態」の振動子についてのものではない 。その上, 近づいたり ,離れ
「
たりする方向」とは,不明瞭であり,2本の振動細棒が,X軸方向
ではなく,Z軸方向に振動することや,一方はX軸方向に,他方は
Z軸方向に振動することも考えられるから, 第1の実施の形態 」
「 の
振動子についても, 逆相モード」
「 で振動すると明言することはでき
ない。
(b) 溝を設け溝内に電極を配置することについて,引用発明では,
溝内の電極と音叉腕(歯)横側面の電極との圧電結合を増加させる
ことができるとされているのに対し,甲2発明では,電界を振動細
棒の深さ方向に一定で強く分布させることができるとされており,
両発明は溝と溝内に配置された電極とによって奏される作用効果が
異なる。
(c) 得られる効果が,引用発明においては,電流消費の少ない音叉
型振動子が得られ,同じ電流消費であれば音叉型振動子を小型化で
きるというものであるのに対し,甲2発明では,振動子を薄くする
ことなく特性の良い振動子を供給することが可能となり,加工が容
易で,製造に際しての歩留まりが向上するというものであり,得ら
れる効果が異なる。
審決は,引用発明と甲2発明との技術思想の相違のうち,上記(b)
及び(c)について何ら判断を示していないし,逆相モードで振動する
振動子は,通常,時計,携帯電話,デジタルカメラ等に使用されると
ころ,同相モードで振動する振動子は,ジャイロセンサー等に使用さ
れるものであり,両者の間には,振動モードの違いに基づく使用分野
の違いが存在するのであるから,両者を結び付ける動機付けはない。
第4 取消事由に対する被告の反論
審決の認定判断に原告指摘の誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理
由がない。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り・相違点の看過)について
(1) 引用発明の認定の誤りについて
以下のとおり,審決における引用発明の内容の認定に原告指摘の誤りはな
い。
ア 要件(ハ)及び(ニ)は,すべての音叉型振動子に等しく要請される構成で
あり,本件訂正発明の音叉腕の部分幅W1,W 3においても,甲2ないし4
記載の音叉型振動子の部分幅においても,必須である。審決は,上記構成
を当然の前提とした上で,引用例の記載(3頁左上欄7行∼右上欄5行)
について指摘している。
イ 引用例において,要件(ホ)に係る「溝の側面と振動子の歯の横側面との
間の距離は振動子の厚さの少なくとも3分の1に等しい値を保つように設
定される。 (3頁右上欄3行∼5行)との記載は,実施例に関する記載に
」
先行するものではあるが,特許請求の範囲に記載されたものではないこと ,
同記載は,これに先行する「本発明を適用する1つの事例においては 」 2
(
頁右下欄16行∼17行)「1つの構成方法では」 3頁左上欄7行)「実
, ( ,
際には」 3頁右上欄2行 )などの記載から理解されるとおり,引用発明の
(
実施態様に関する記載の末尾部分にあることからすれば,要件(ホ)は引用
発明の単なる一実施態様にすぎない。
(2) 相違点の看過
原告は,引用発明の内容の認定に誤りがあることを前提として,審決には
相違点を看過した誤りがあること主張するところ,かかる前提が成立しない
ことは前記(1)のとおりであるから,原告の主張は失当である。
2 取消事由2(相違点の進歩性判断の誤り)について
(1) 本件訂正発明について
原告は,本件訂正発明が,溝幅W 2と部分幅W1,W 3との比率が等価直列抵
抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基づくものであると主張する。しか
し,以下のとおり,原告の上記主張は誤りである。
ア 原告は,要するに,本件訂正発明の発明特定事項[5’ に格別の技術的
]
意義があることを主張しているものと解されるが,以下のとおり,原告の
主張は,本件特許の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「本件当
初明細書」という。乙1)の記載に基づかないものであり,失当である。
(ア) 審決が, 引用発明において ,各溝35∼38が各歯33 ,34の中
「
立線を挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に各々1個設けられ,溝の
寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められる
から , 歯の幅方向略中央部に設けられた溝の側面が可能な限り歯の横側
『
面に近く 』という発想は ,溝幅W2及び溝の側面と歯の横側面との間の部
分幅W1,W3との関係でみれば ,可能な限り,溝幅W 2を大きく部分幅W
1 ,W3を小さくすることと同じで,溝幅W2を部分幅W 1,W3との関係で
規制することであり,・・・小型化しても,等価直列抵抗R1を小さくす
ることができる音叉型屈曲水晶振動子を実現することと同じであるか
ら,『小型化しても,等価直列抵抗R 1を小さくすることができる音叉型
屈曲水晶振動子を実現するために,音叉腕の上下面に溝を設け,その溝
幅W 2を部分幅W1,W3との関係で規制するという発想 』は,引用発明の
発想と同じであって,本発明者によって初めてもたらされた独創的な技
術思想ではない。 (審決書28頁22行∼37行)と説示しているとお
」
り,音叉腕の溝幅を部分幅との関係で規定する発想は,引用発明の発想
と同じであって,本件発明者によって初めてもたらされた独創的な技術
思想ではない。
仮に原告が主張するように ,「各溝の溝幅W 2を部分幅W1,W 3より大
きくなるように形成」することに格別の技術的意義があるのであれば,
本件当初明細書にその裏付けとなる記載があるはずである。しかし,本
件当初明細書を見ると,特許請求の範囲には,発明特定事項[5’ に関
]
する記載はもとより,溝幅W2と部分幅W1, 3との関係に関する記載さ
W
え存在せず,発明の詳細な説明の欄にも,発明特定事項[5’ について
]
は,実施例1に関する段落【0023】において , 更に ,音叉腕2,3
「
の全幅Wは,W=W1+W 2+W 3で与えられ,通常は,W1=W 3となるよ
うに設計される。又,溝幅W 2は,W 2≧W 1,W 3を満足する条件で設計
される」との記載があるのみで ,溝幅W2と部分幅W1,W3との比率は ,
単に一設計事項として記載されているにすぎず,当該比率によりもたら
される作用効果に関する記載は存在しない。
なお,原告は,本件特許の審査過程で特許庁に提出した平成15年6
月10日付け意見書(乙3 )において,溝幅W 2と部分幅W1,W3との比
率が等価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという技術思想について ,何ら主張
していないし,審判手続においてした訂正請求により,特許請求の範囲
を減縮して, 溝幅W2は部分幅W1, 3と等しい」
「 W 場合を除外した際も ,
溝幅W2を部分幅W1, 3より大きくなるように形成することに格別の作
W
用効果があること(臨界的意義があること)について,何ら主張してい
ない。
(イ) 原告は,本件グラフにより ,溝幅W2と部分幅W1,W3との比率に臨
界的意義があることを主張するものと解されるが,以下のとおり,本件
グラフに基づく原告の主張は失当である。
a 溝幅W2が部分幅W1,W 3より大きい(溝幅W 2=W 1,W 3を超える
点)という臨界における作用効果が本件当初明細書に開示されている
のであればともかく,本件当初明細書には,前記(ア)のとおり,溝幅
と部分幅との比率を規定することによる作用効果はもとより,その臨
界的意義については,何ら開示・示唆されていない。のみならず,そ
もそも,本件当初明細書では,「溝幅W2は部分幅W1,W 3と等しい」
場合と「 溝幅W2は部分幅W 1,W3より大きくなる」場合とを区別して
いない。したがって,本件グラフのような出願後に作成した補助的資
料を用いて,事後的ないし後知恵的に臨界的意義を証明しようとする
ことは,発明を公開することを前提に独占権を付与するという特許制
度の趣旨に反するものであって,許されない。
b 本件グラフについては,その裏付けとなる実験報告書等が提出され
ておらず,本件グラフの結果が実験により得られたとする原告の主張
は,信用に値しない。例えば,音叉腕の上下面の各々をふっ化水素酸
等で湿式エッチングにより溝を形成する場合,溝の断面が垂直に削り
取られず,また,溝底面部がフラットな断面形状ではないため,溝の
深さ位置により溝幅が大きく異なるものとなる。このような断面形状
の場合,W 2の値が溝の深さ位置に応じて異なることになり,W 2とW
1 , 3との比率を決定することも ,
W 等価直列抵抗R 1の変化に関する理
論計算も,困難である。それゆえ,原告が理論計算に用いたのと同じ
寸法の水晶振動子を作製し,溝幅と部分幅との比の値を変化させてR
1 を実測して得たとすることには,疑問がある。
また,本件訂正発明の発明特定事項[4 ] [5 ’
, ]では,「溝は第1
音叉腕と第2音叉腕の中立線を挟んだ幅方向略中央部の上下面に各々
1個の溝が設けられ」 各々の溝幅W 2は部分幅W1, 3より大きくな
,
「 W
るように形成され」ていることしか規定されておらず,様々な溝の形
成パターンが存することになるから,本件グラフが実験データに基づ
くものであったとしても,単に一実施例のデータであるにすぎず,本
件訂正発明の進歩性の根拠とはなり得ない。
さらに,本件グラフに示される曲線を見ても,溝幅と部分幅との比
a=W 2/W 1(W 2/W 3)が1前後で勾配の急激な変化はなく,臨界
点を見出せないし,W 2/W 1(W 2/W 3)が0.9程度の時に等価直
列抵抗R1が30kΩとなるから ,比a=W 2/W 1(W2/W3)が1の
ときの等価直列抵抗R 1の値である約30kΩが ,多用されている従来
の音叉型屈曲水晶振動子の等価直列抵抗R 1とほぼ同じであるという原
告の主張も,誤りである。
(ウ) 審決は,原告の主張する程度のことは,当業者が計算や実験で求め
れば容易に予測できるものであり,進歩性に該当するほどの技術的意義
を有するとはいえない旨判断しており,同判断に誤りはない。
また,原告の主張する「小型化させた場合でも等価直列抵抗R 1を小さ
くすることができる」という本件訂正発明の作用効果は,音叉腕に溝を
設けることによるものであり ,かかる構成及び効果は ,後記(4)イ(ア)の
とおり,引用発明において既に開示されている。
イ 原告は,①甲3における「部分幅と等価直列抵抗R1との依存関係」は,
本件訂正発明における溝幅W2,部分幅W1,W 3及び等価直列抵抗R 1の関
係とは異質なものである,②溝幅W2と部分幅W 1, 3との比率が等価直列
W
抵抗R 1に影響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想がなければ,溝幅と
部分幅との比a=W 2/W1(W 2/W 3)を変え,計算又は実験により,等
価直列抵抗R1の変化の傾向を調べるという発想は生じない ,と主張する。
しかし,甲3の第5図における曲線11は,We/(W/2)を変化さ
せたときの等価直列抵抗の値R 1/R 10を示しているから,少なくとも ,溝
の部分幅と腕幅との関係が等価直列抵抗の値に影響することは,本件優先
日前に知られていたというべきであるし,甲3における「部分幅と等価直
列抵抗R1との依存関係 」と本件訂正発明における溝幅W 2,部分幅W1,W
3 及び等価直列抵抗R 1の関係とが異質なものであるとは考えられない。
また,仮に,甲3記載の発明において,溝を貫通孔とした場合に等価イ
ンダクタンスとの関係が逆になるとしても,溝の部分幅が等価直列抵抗に
影響すること自体は公知であるから,その変化傾向を調べることは,当業
者であれば当然に試行することである。
(2) 引用発明について
ア 原告は,審決が,引用発明の特徴について,要件(ロ)のみに着目し,そ
の他の要件(要件(イ),(ハ)及び(ニ))を無視して,進歩性の判断をした
点で誤りであると主張する。
しかし,引用発明においても(また,本件訂正発明においても),要件
(イ)は当然の前提とされる技術事項であるから,審決は,原告の指摘する
説示部分において,単に要件(イ)に言及しなかっただけであり,そのこと
にさしたる意味はない。要件(ハ)及び(ニ)について言及しなかった点も,
同様である。
イ 原告は,引用発明においては ,「圧電結合を増加させる」ために必要な
「溝」の内側側面と音叉腕の側面との距離(本件訂正発明の「部分幅」に
相当する。)のみが重要であり,「溝幅」は重要ではないと主張するが,誤
りである。
なお,引用発明の「溝」と本件訂正発明の「溝」とは,技術的意義が異
なるという原告の主張が誤りであることは,後記(4)イ(ア)のとおりであ
る。
ウ 原告は,審決が ,引用発明では, 側面が横側面に近くなれば ,当然溝幅
「
W2が大きく ,部分幅W 1, 3が小さくなる」 審決書27頁9行∼10行 )
W (
と説示した点につき ,審決は,音叉腕の幅W=W1+W2+W 3が一定である
ことを前提としているが,この前提は必ず成立するとはいえないと主張す
る。しかし,以下のとおり,原告の上記主張は誤りである。
引用例において, 溝の寸法は ,
「 その側面が可能な限り歯の横側面に近く
なるように決められ 」(3頁左上欄8行∼9行)との記載に引き続き ,「す
なわち振動子の必要な機械的強度を維持し,その製造技術上許される範囲
において近づくよう,位置決めされる。 (3頁左上欄9行∼12行)と記
」
載されているのは,W 2が大きくなれば ,必然的に ,W1( W3)が小さくな
り,振動子の必要な機械的強度が問題となるからである。引用例では,W
が一定という前提で ,部分幅W1, 3の寸法をどこまで小さくできるか 溝
W (
幅をどこまで大きくできるか)が論じられているのである。
(3) 甲2発明について
原告は,甲2には,FIG.5に示される溝幅と部分幅を採用する技術的
意義について,何ら記載がないと主張する。
しかし,本件訂正発明や引用発明のような「音叉型振動子 」に関する「物」
の発明においては,その構成(例えば,音叉腕の溝幅や部分幅)が具体的に
開示されていれば十分であり,その技術的意義が開示されていなくてもよい
ことは,当然である。
なお,溝幅と部分幅の関係について技術的意義を開示していないのは,本
件訂正明細書も同様である。
(4) 進歩性判断の誤りについて
ア 判断の遺脱について
前記1及び(2)アのとおり ,原告の主張はその前提を欠き ,失当である 。
イ 判断の誤りについて
(ア) 溝に関する技術思想等の相違について
原告は,引用発明及び甲2発明は,本件訂正発明とは,溝に関する技
術思想が異なる旨主張する。しかし,以下のとおり,原告の上記主張は
誤りである。
本件訂正発明が溝幅W 2と部分幅W 1,W 3との比率が等価直列抵抗R1
に影響を及ぼすという技術思想に基づくものであるという原告主張が失
当であることは,前記(1)のとおりである。
そして,引用発明における「溝」は,引用例の記載(2頁右下欄16
行∼3頁左上欄6行)に示されるように,歯の厚さにくい込む中央電極
を配置することが圧電結合を増加させ,振動子が同等の寸法を有するも
のであれば,結合の増加は振動子のQ値の増加をもたらし,等価直列抵
抗が減少し,結果として電流消費を少なくするものであり,また,甲2
には,CI値を低く抑え,且つ加工が容易な小型の振動子を提供するこ
とを目的としていることが記載されている 3頁10行∼11行)
( から ,
本件訂正発明の「溝」に関する技術思想は,引用発明や甲2発明と異な
るものではなく,本件発明者によって初めてもたらされた独創的な技術
思想ということはできない。すなわち,引用例及び甲2に記載された技
術事項と,本件訂正明細書に記載された技術事項は,次のとおり,対応
している。
a 引用例において,歯の上下面に中立線を挟んで溝を設け(Fig.
6) 溝電極を設けるとされていること ,甲2において ,振動細棒の歯
,
の上下面の中央に溝を配置し(FIG.2) 溝電極を設けるとされて
,
いることは,いずれも本件訂正明細書において,音叉腕の歯の上下面
に中立線を挟んで溝を設け,溝電極を設けるとされていることに対応
する。
b 引用例において,W 2=W 1,W 3の溝が開示され(Fig.6 ),ま
た,歯の厚み(h)が幅(W)より小さい形状の場合,W 1(W 3)=
h/3とすると ,W2>W1,W3の溝が開示されていること ,甲2にお
いて,溝幅0 .07mmと部分幅0.015mmの溝(FIG.5),
すなわち,W2>W 1,W3の溝が開示されていることは,いずれも本件
訂正明細書において,W2>W 1,W3とされていることに対応する。
c 引用例において,溝の存在は結晶のX軸に沿って均一な電界を発生
させるのに有効なものであるとされていること,甲2において,電界
は振動細棒の深さ方向全体にわたって分布するとされていることは,
いずれも本件訂正明細書において,音叉腕内で電極に垂直に,すなわ
ち直線的に電界Exが働くのでExが大きくなり,歪の発生が大きく
なるとされていることに対応する。
d 引用例において,同等の寸法を有するものであれば,振動子のQ値
の増加をもたらすとされていることは,本件訂正明細書において,品
質係数Q値が高いとされていることに対応する。
e 引用例において,等価直列抵抗が減少するとされていること,甲2
において,CI値(等価直列抵抗)の上昇を抑えることができるとさ
れていることは,いずれも本件訂正明細書において,損失等価直列抵
抗R1が小さいとされていることに対応する。
(イ) 組み合わせの困難性について
a 原告は,引用発明では,要件(ホ)(実際には,溝の側面と振動子の
歯の横端面との間の距離は振動子の厚さの少なくとも3分の1に等し
い値を保つように設定されること)を必須とするものであるのに対し ,
甲2のFIG.5に示されている部分幅は,振動子の厚さ0.1mm
の約6分の1程度でしかないから,両者を組み合わせることに阻害要
因がある旨主張する。
しかし,引用発明は,前記1(1)イのとおり,要件(ホ)を必須とする
ものではなく,部分幅が振動子厚さの少なくとも3分の1を保つよう
に設定されているのは,一実施態様にすぎないから,原告の主張はそ
の前提を欠くものであり,失当である。
b 原告は,引用発明と甲2発明とは,①対象とする音叉型振動子の振
動モード,②溝と溝内に配置された電極とによって奏される作用効果 ,
③振動子としての効果の3点において技術思想が異なるから,両発明
を組み合わせる動機付けがなく,これを阻害する要因があると主張す
る。しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(a) 原告は,引用発明は,逆相モードで振動する音叉型振動子を対
象とするのに対し,甲2発明は,同相モードで振動する音叉型振動
子を対象としていると主張する。
しかし,甲2には ,実施例1に関して , 二本の振動細捧120は ,
「
これらが互いに近づいたり離れたりする方向に振動する 。 (9頁1
」
4行∼15行)と記載されているから,逆相屈曲振動モードについ
て説明している特開昭49−98219公報(乙5の3)の「左右
の音叉が相近寄るか相遠のくかの振動を繰り返す」 1頁左下欄12
(
行∼13行)との記載及び実願昭46−085286号(実開昭4
8−42530号)のマイクロフィルム(乙5の4)の「音叉の叉
の部分がともに内側に近づいたり,ともに外側に離れたりする音叉
型モードの振動が生ずる 」 明細書2頁8行∼10行 )
( との記載に照
らせば,甲2発明が逆相モードで振動する音叉型振動子を対象とす
るものであることは,明らかである。
ちなみに,一般的な音叉の振動モードには様々なものがあり,こ
れには,逆相屈曲振動モードのみでなく,実公昭47−7000号
公報 乙5の1 )
( に示されるような同相屈曲振動モード 振動姿態 )
(
も含まれるが,特公昭48−2961号公報(乙5の2)に示され
るように,同相屈曲振動モードは音叉腕の振動が基部に伝達される
ため減衰率が極めて高い。一方,逆相屈曲振動モードは,減衰し易
い他の振動モードを圧倒して,安定的に持続し,正確かつ安定な周
波数で振動することから,駆動効率が重視される計時用途等の音叉
型振動子では,逆相屈曲振動モードが使用され,また,特開昭49
−98219号公報(乙5の3)に示されるように,同相屈曲振動
モードはスプリアス振動(不要振動)とされている。そして,特開
昭52−52597号公報 乙6の1) 特開昭53−45191号
( ,
公報(乙6の2),特開昭53−145590号公報(乙6の3 ),
特開昭54−152885号公報 乙6の4 ) 特開昭55−130
( ,
216号公報(乙6の5 ) 特開昭59−67713号公報(乙6の
,
6)に示されるように,計時用途等の音叉型振動子において,逆相
屈曲振動モードが採用されることは,本件優先日当時,周知な技術
であった。
なお,仮に甲2発明が同相モードで振動するとしても,引用発明
及び甲2発明は,音叉腕の歯の表面に溝を設けて等価直列抵抗R 1を
小さくするという点で技術思想を共通にするものであるから,両者
を組み合わせる動機付けは存在するのであり,単なる同相モードで
あるか逆相モードであるかの違いは阻害要因にはならない旨の審決
の判断に誤りはない。
(b) 原告は,引用発明と甲2発明とは作用効果を異にする旨主張す
るが,誤りである。
引用例には, 溝の存在は結晶のX軸に沿って均一な電界を発生さ
「
せるのに有効なものである」ことが開示されており,甲2発明にお
ける「電界を振動細棒の深さ方向に強く分布させる」という作用効
果と,引用発明の作用効果は異なるものではない。
また ,甲2には , 本発明は ,
「 以上の点に鑑み,CI値を低く抑え,
且つ加工が容易な小型の振動子を提供することを目的とする 。 (3
」
頁10行∼11行)と記載されており,振動子の小型化について言
及されており ,また ,甲2には , 振動細棒に配置された前記電極か
「
ら生じる電界が,前記振動細棒に広く分布し,CI値の上昇を抑え
ることができる。 (3頁24行∼26行)との記載があり,CI値
」
(等価直列抵抗)が低い場合には,当然電流消費は少なくなるもの
であるから,甲2発明の効果は,引用発明の効果と異なるものでは
ない。
(c) 仮に,引用発明と甲2発明が原告主張の点において技術思想が
異なるとしても,引用発明と甲2発明は,ともに音叉型水晶振動子
の振動腕(歯,振動細棒)に溝を設けるという類似の構成を採用し
ているのであるから,両者を組み合わせることに阻害要因があると
はいえない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り・相違点の看過)について
原告は,審決には,引用発明の内容として,要件(ハ)ないし(ホ)を認定しな
かった点において,引用発明の認定に誤りがあり,同認定の誤りにより相違点
を看過した違法があると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である(なお,審決が認定し
た引用発明の内容について, 溝」
「 の構成に関する部分を除いて誤りがないこと
は,原告の認めるところである 。 。
)
(1) 事実認定(引用例の記載)
ア 引用例(甲1)には,次の記載がある。
(ア) 「1つの構成方法では,単独の溝が各歯上に設けられる。溝の寸法
は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められる。即
ち振動子の必要な機構的強度を維持し,その製造技術上許される範囲に
おいて近づくよう,位置決めされる。同様に,この溝は可能な限り深い
ほうが,結果は良い。 (3頁左上欄7行∼13行)
」
(イ) 「さらに,歯の溝と横側面の間に位置する部分は,十分に堅く,ま
た溝がないチユーニングフオーク部分に振動を伝達することが可能であ
るように,歯の中央部分とも十分に堅固に結合されていることが,必要
である。しかし,あらゆる場合において,この後者の条件は,歯の横側
面から溝の側面までの距離による製造技術上の制約により制限されるも
のである 。 (3頁左上欄14行∼右上欄1行)
」
(ウ) 「実際には,材料の厚さは溝を切ってもまだ余りがあり,また溝の
側面と振動子の歯の横端面との間の距離は振動子の厚さの少くとも3分
の1に等しい値を持つように設定される 。 (3頁右上欄2行∼5行)
」
イ 前記ア(ア)の記載及び弁論の全趣旨によれば ,引用例には, 単独の溝が
「
各歯上に設けられる 」場合について,審決が認定したように , 各溝35∼
「
38が各歯33,34の中立線を挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に
各々1個設けられ,溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近く
なるように決められ,即ち振動子の必要な機構的強度を維持し,その製造
技術上許される範囲において近づくよう,位置決めされ」ることが開示さ
れていると認められる。
なお,審決書8頁23行及び10頁16行の「機械的強度」は,いずれ
も「機構的強度」の誤記であることが明らかである。原告は,引用例の「機
構的強度」という用語は,単なる「機械的強度」ではなく,構造的な観点
を含む用語である旨を指摘しているが,上記のとおり ,審決書における 機
「
械的強度」との記載は「機構的強度」の誤記と認められ,この点は取り消
すべき瑕疵には当たらないと解すべきである。
(2) 判断
引用例には ,前記(1)ア(イ)のとおり要件(ハ)及び(ニ)に関する記載,前記
(1)ア(ウ)のとおり要件(ホ)に関する記載がある。
しかし,以下のとおりの理由から,審決がこれらの構成を引用発明の内容
として認定した上で相違点として掲記しなかったことに誤りがあるとはいえ
ない。
ア 引用例の前記(1)ア(イ)の記載は,要件(ハ)及び(ニ)に続けて,「あらゆ
る場合において,この後者の条件は,歯の横側面から溝の側面までの距離
による製造技術上の制約により制限されるものである」との説明があり,
その説明を併せて読むと,同説明部分における「後者の条件」は,文脈か
ら「歯の溝と横側面の間に位置する部分」についての要件(ハ)及び(ニ)を
指すものと理解できる。そうすると,要件(ハ)及び(ニ)は,製造上の制約
から必然的に生ずる構成ということができるから,審決において,この点
を引用発明の内容として認定した上で相違点の検討・判断をしなかったと
しても,違法となるものとはいえない。
のみならず,本件訂正明細書の特許請求の範囲 請求項1)
( の記載には ,
前記第2,2のとおり,引用発明の 歯の溝と横側面の間に位置する部分 」
「
に相当する部分の堅さや,同部分と引用発明の「歯の中央部分」に相当す
る部分との結合の堅固さについて何ら規定はない。そうすると,本件訂正
発明は,要件(ハ)及び(ニ)に係る構成を具備しない技術に限定すべきであ
ると理解することはできない。むしろ,技術常識に照らすならば,一般に ,
何らかの部品を振動させる場合,当該部品が振動で変形したり壊れたりす
ることがないよう,部品の各部分に十分な強度を持たせなければならない
ことは,当業者には自明であると認められるから,要件(ハ)及び(ニ)は,
本件訂正発明を含む「溝付き振動子における部分幅(振動細棒における溝
の両側部分 )」が,一般的に備えるべき構成にすぎないというべきある。
そうすると,要件(ハ)及び(ニ)が引用発明に必須の構成であるとしても ,
審決が本件訂正発明と引用発明との相違点を看過したことにはならない。
イ 要件(ホ)についての記載(前記(1)ア(ウ) )は ,引用例において,実施例
の記載に先行する部分にあり,単なる一実施例に関する記載とはいえない 。
しかし,引用例には,同記載に先だって, 本発明を適用する1つの事例に
「
おいては」(2頁右下欄16行∼17行) 「1つの構成方法では 」
, (3頁左
上欄7行)などの記載があること,同記載の冒頭に「実際には」 3頁右上
(
欄2行)との記載があることに加え,引用例における特許請求の範囲の記
載(1頁左下欄5行∼2頁左上欄2行)では要件(ホ)が規定されていない
ことからすれば,要件(ホ)は,引用例における必須の構成と解すべきでは
なく,引用発明の一実施態様が有する構成にすぎないと理解するのが相当
である。
のみならず,本件訂正明細書の特許請求の範囲(請求項1)の記載は前
記第2,2のとおりであって,発明特定事項[5’]において,溝幅W 2と
部分幅W1,W 3との比率が規定されているものの,引用発明の「溝の側面
と振動子の歯の横端面との間の距離 」に相当する「部分幅W1,W3」と「振
動子の厚さ 」との比率は規定されていないから ,本件訂正発明は ,要件(ホ)
に係る構成を具備しない技術に限定すべきであると理解することはできな
い。したがって,仮に本件訂正発明と引用発明のうち要件(ホ)を備えた態
様(なお,本訴において,原告は,引用発明につき,音叉腕の断面形状が
正方形で,その幅が振動子の厚さと等しい態様に限られる旨の主張はして
いない。 を対比すべきであるとしても,
) 審決が本件訂正発明と引用発明と
の相違点を看過したことにはならない。
2 取消事由2(相違点の進歩性判断の誤り)について
本件訂正発明は,当業者が引用発明及び甲2発明に基づいてを容易に発明を
することができたものであるか否かについて,以下に検討する。
(1) 本件訂正発明,引用発明及び甲2発明の内容
ア 本件訂正発明
(ア) 本件訂正明細書の発明の詳細な説明び図1ないし3の各記載によれ
ば,本件訂正発明は,小型化,高精度化,耐衝撃性,低廉化の要求の強
い携帯機器用の基準信号源として最適な新形状,新電極構成の屈曲水晶
振動子に関するものであり,従来の音叉型屈曲水晶振動子では,各音叉
腕の表裏側面の4面に電極を配置しているため,これを小型化させると ,
電界成分Exが小さくなってしまい,損失等価直列抵抗R1が大きくな
り,品質係数Q値が小さくなるなどの課題があり,超小型で,品質係数
Q値が高くなるような新形状で,電気機械変換効率の良い電極配置構成
を具える音叉型の屈曲水晶振動子が所望されていたことに鑑みてなされ
たものであって,音叉腕の中立線を挟んだ中央部に溝を設け,電極を配
置することにより,電気的諸特性に優れたものとし,さらに,音叉腕に
設けた溝を,各音叉腕と連結する音叉基部の部分まで延在させることに
より ,等価直列抵抗R1が小さくなり,品質係数Q値の高いものであるこ
とが理解できる。
しかし ,本件訂正明細書には ,溝幅W2と部分幅W1,W3との比率につ
いては,実施例1に関する段落 0023 】
【 において, 更に ,
「 音叉腕2 ,
3の全幅Wは ,W=W1+W2+W 3で与えられ ,通常は,W1=W 3となる
ように設計される。又,溝幅W2は,W2≧W 1,W 3を満足する条件で設
計される 。」との記載があるにとどまり,溝幅W2と部分幅W 1,W 3との
比率により奏される作用効果に関する記載は見当たらない。むしろ,本
件訂正明細書には ,【0018】加えて,音叉腕に設けた溝を,各音叉
「
腕と連結する音叉基部の部分まで延在させることで,音叉基部における
歪の量を著しく大きくさせることができる。これにより,等価直列抵抗
R1が小さくなり,品質係数Q値の高い超小型の音叉型の屈曲水晶振動子
を得ることができる。 と記載されているように,
」 本件訂正発明において ,
等価直列抵抗R1が小さくなるのは ,音叉腕に設けた溝を各音叉腕と連結
する音叉基部の部分まで延在させることによる効果である旨記載されて
いることが認められる。
したがって ,本件訂正発明が ,溝幅W2と部分幅W1,W3との比率が等
価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基づくものであるという
原告主張は,本件訂正明細書の記載に基づかないものというべきである 。
(イ) 原告は ,本件グラフは ,本件訂正明細書には記載されていないが,溝
幅W 2を部分幅W1,W3よりも大きくすること(発明特定事項[5’ )に
]
より ,小型化しても損失等価直列抵抗R 1が大きくならない音叉型屈曲水
晶振動子が得られるという本件訂正明細書に記載された事項を実験的に
裏付けるものであると主張する。
しかし ,前記(ア)のとおり,本件訂正明細書には ,溝幅W2を部分幅W
1 ,W 3よりも大きくすることにより,小型化しても損失等価直列抵抗R
1 が大きくならない音叉型屈曲水晶振動子が得られる旨の記載は見当たら
ず,原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用することができ
ない。
なお,本件グラフを検討しても,以下のとおり,原告の主張を裏付け
るものとはいえない。
甲7の1によれば,本件グラフは,音叉腕の幅W=0.16mm,音
叉腕の長さl 0=1 .93mm ,音叉腕の厚みt=0.15mm,音叉腕
と音叉基部を含む全長l t=3.1mm,全幅Wt=0.44mm,音叉
腕と音叉基部の溝の長さl1=1.51mm(音叉基部の溝の長さl 3=
0.16mm ),溝の深さt1=約0.07mmという理論計算に用いた
寸法(14頁)と,同じ特定の寸法の音叉型屈曲水晶振動子を用いて行
われた実験の結果であるとされるところ 16頁) 弁論の全趣旨によれ
( ,
ば,そもそも理論計算に用いたのと正確に同じ寸法・形状の水晶振動子
をエッチング法により作製すること自体が困難であることがうかがわれ
る上,仮にそのような水晶振動子が作製され,これを用いて実験された
結果が本件グラフに示されているとしても,それは本件訂正発明の一実
施態様に関するものにすぎない。そして,本件グラフに示される曲線を
見ても,溝幅と部分幅との比a=W 2/W 1(W 2/W 3)が1前後で勾配
の急激な変化があるとは認められない。したがって,本件グラフは,本
件訂正発明が ,「各々の溝幅W 2は部分幅W1,W 3より大きくなるように
形成され」と規定している点に,格別の技術的意義があることを示唆す
るものということはできない。
(ウ) 原告は,溝幅W 2と部分幅W1,W3との比率が等価直列抵抗R 1に影
響を及ぼすという本件訂正発明の技術思想がなければ,溝幅と部分幅と
の比a=W2/W 1(W2/W 3)を変え,計算又は実験により,等価直列
抵抗R1の変化の傾向を調べるという発想は生じないと主張する。
しかし ,本件訂正発明が ,溝幅W 2と部分幅W1,W3との比率が等価直
列抵抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基づくものであるという原告
主張が失当であることは,既に説示したとおりである。
なお,甲3の第5図における曲線11は,本件訂正発明の部分幅に相
当する電極間の距離Weと等価直列抵抗の値R1との関係について ,We
/ W/2)
( を変化させたときの等価直列抵抗の値R 1/R 10を示してお
り,本件グラフとは,横軸や縦軸の取り方が違うものの,部分幅が0に
近づくにつれて,等価直列抵抗値が小さくなるという傾向を示すという
点において一致しており,少なくとも,部分幅と腕幅との関係が等価直
列抵抗の値に影響することは,本件優先日前に知られていたというべき
である。原告は,甲3における 部分幅と等価直列抵抗R 1との依存関係 」
「
と,本件訂正発明における溝幅W2,部分幅W 1,W3及び等価直列抵抗R
1 の関係とは,異質なものである旨主張するが ,甲3は,上記のとおり ,
部分幅が等価直列抵抗に影響するが本件優先日前に知られていたことを
示すものであるから,その変化傾向を調べることが当業者にとって格別
困難であるということはできない。
イ 引用発明
(ア) 原告は,審決が , 引用発明は,製造技術上許される範囲において ,
「
可能な限り,溝幅W2を大きく部分幅W 1,W3を小さくして ,同等の寸法
を有するものであれば,一般的な振動等価回路において損失を発生させ
る直列抵抗の減少の結果として,振動子の寸法を減少させるチユーニン
グフオーク(音叉)形状の水晶振動子1である。 (審決書27頁10行
」
∼14行)と説示した点は,要件(イ)及び(ハ)ないし(ホ)に係る相違点
を看過して,進歩性の判断をした違法があると主張する。
しかし,審決の上記説示は,進歩性判断に当たり,審決が引用発明の
内容として認定した事項を要約したものにすぎず,引用発明を再認定し
たものでないことは,審決全体の構成に照らし明らかである。また,審
決が,引用発明の内容として,要件(ハ)ないし(ホ)を認定していない点
に違法がないことは,前記1(2)のとおりである。
(イ) 原告は,引用発明の「溝」は,単に「圧電結合を増加」させるため
のものであって,「溝幅」を大きくするという技術思想はなく,溝幅W
2 と部分幅W1,W 3との比率が等価直列抵抗R 1に影響を及ぼすという技
術思想に基づく本件訂正発明の「溝」とは,技術的意義が異なると主張
する。
しかし,前記アのとおり,本件訂正発明が,溝幅W2と部分幅W1,W
3 との比率が等価直列抵抗R1に影響を及ぼすという技術思想に基づくも
のであるという原告主張は,その前提において失当であるから,引用発
明の「溝」が,本件訂正発明の「溝」とは,技術的意義が異なるという
原告主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
(ウ) 原告は,審決が ,引用発明では , 側面が横側面に近くなれば ,当然
「
溝幅W2が大きく,部分幅W1,W 3が小さくなる」(審決書27頁9行∼
10行)と説示した点につき,審決は,音叉腕の幅W=W 1+W 2+W 3が
一定であることを前提としているが,この前提は常に成立するとはいえ
ないから,審決には誤りがある旨主張する。しかし,以下のとおり,原
告の上記主張は失当である。
引用例には , 溝の寸法は,
「 その側面が可能な限り歯の横側面に近くな
るように決められ 」(3頁左上欄8行∼9行)との記載に引き続き ,「す
なわち振動子の必要な機械的強度を維持し,その製造技術上許される範
囲において近づくよう,位置決めされる 。 (3頁左上欄9行∼12行)
」
との記載があるが,その趣旨は,W 2が大きくなれば,必然的に,W 1,
W3が小さくなり,振動子の必要な機械的強度が問題となるからであると
理解するのが相当である。すなわち,引用例においては,Wが一定とい
う前提で,部分幅W 1,W 3の寸法をどこまで小さくできるか(溝幅をど
こまで大きくできるか)が論じられているというべきであり,審決の説
示はこれを是認することができる。
ウ 甲2発明
原告は,甲2には,FIG.5に示される溝幅と部分幅を採用する技術
的意義について,何ら記載がないと主張する。
しかし,甲2のFIG.5には,溝幅0.07mm,部分幅0.015
mmの音叉型振動子が記載されていること ,同振動子において,溝幅W 2は
部分幅W1,W 3より大きくなるように形成されていることは,いずれも明
らかである 。そして,審決が甲2発明に言及したのは, 引用発明において ,
「
甲第2号証に記載されている発明と同程度の溝幅W 2と部分幅W 1, 3,
W つ
まり溝幅W 2が部分幅W 1,W 3より大きい溝幅W 2=0.07mmと部分幅
W1, 3=0 .
W 015mmにすることが製造技術上許される範囲である」 審
(
決書27頁27行∼30行 )ことを指摘するためにすぎない 。後記(2)アの
とおり,この点に関する審決の判断に誤りはないから,甲2に溝幅と部分
幅を採用する技術的意義が開示されていないことは,審決を取り消すべき
事由とはならない。
(2) 原告の主張に対し
ア 溝に関する技術思想等の相違について
原告は,本件訂正発明は溝幅W 2と部分幅W1, 3との比率が等価直列抵
W
抗R 1に影響を及ぼすという技術思想に基づくものであるところ ,引用発明
における「溝」は,本件訂正発明の「溝」とは技術的意義が異なり,甲2
にも本件訂正発明の技術思想について記載がないから,当業者が引用発明
と甲2発明に基づいて本件訂正発明を容易に発明することができたとはい
えないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア) 引用発明は,前記1(1)イのとおり,「各溝35∼38が各歯33,
34の中立線を挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に各々1個設けら
れ,溝の寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決
められ,即ち振動子の必要な機構的強度を維持し,その製造技術上許さ
れる範囲において近づくよう ,位置決めされ 」るものであって,各溝は ,
歯の幅方向略中央部に設けられている。そして,溝の側面が可能な限り
歯の横側面に近くなるようするということは ,可能な限り,溝幅W2を大
きくし,部分幅W 1,W3を小さくすることにほかならない。
また,引用例には, チユーニングフオーク振動子に本発明を適用する
「
1つの事例においては,歯の厚さにくい込む中央電極を配置することが ,
圧電結合を増加させる。同等の寸法を有するものであれば,この結合の
増加は振動子の特性要因(Q)の増加をもたらし,そのため,一般的な
振動等価回路において損失を発生させる直列抵抗の減少の結果として,
振動子が接続される振動回路の電流消費を少くする。換言すれば,同等
の特性要因を有するものであれば,この配置は振動子の寸法を減少させ
るものである 。 2頁右下欄16行∼3頁左上欄6行)
」
( との記載がある 。
同記載によれば,引用発明は,歯の厚さにくい込む中央電極を配置する
ことにより,圧電結合が増加するので,一般的な振動等価回路において
損失を発生させる直列抵抗が減少する結果,振動回路の電流消費を少な
くし,振動子の寸法を減少させることができるというものである。これ
は,とりもなおさず ,小型化しても ,等価直列抵抗R 1を小さくすること
ができる音叉型屈曲水晶振動子を実現するということにほかならない。
そうすると,引用発明は,本件訂正発明と同様に,小型化しても,等
価直列抵抗R 1を小さくすることができる音叉型屈曲水晶振動子を実現す
るものであって,その溝に関する技術的意義が異なるということはでき
ない。
(イ) 審決の「引用発明において,各溝35∼38が各歯33,34の中
立線を挟んだ幅方向略中央部の両方の主表面に各々1個設けられ,溝の
寸法は,その側面が可能な限り歯の横側面に近くなるように決められる
から , 歯の幅方向略中央部に設けられた溝の側面が可能な限り歯の横側
『
面に近く 』という発想は ,溝幅W2及び溝の側面と歯の横側面との間の部
分幅W1,W3との関係でみれば ,可能な限り,溝幅W 2を大きく部分幅W
1 ,W3を小さくすることと同じで,溝幅W2を部分幅W 1,W3との関係で
規制することであり, 歯の厚さにくい込む中央電極を配置することが,
『
圧電結合を増加させ,同等の寸法を有するものであれば,一般的な振動
等価回路において損失を発生させる直列抵抗の減少の結果として,振動
子の寸法を減少させる』という引用発明の目的は,小型化しても,等価
直列抵抗R1を小さくすることができる音叉型屈曲水晶振動子を実現する
ことと同じであるから,『小型化しても,等価直列抵抗R 1を小さくする
ことができる音叉型屈曲水晶振動子を実現するために,音叉腕の上下面
に溝を設け,その溝幅W 2を部分幅W1, 3との関係で規制するという発
W
想』は,引用発明の発想と同じであって,本発明者によって初めてもた
らされた独創的な技術思想ではない。 (審決書28頁22行∼37行)
」
との認定は,これを是認することができる。
(ウ) 引用発明は,上記(ア)のとおり ,①可能な限り ,溝幅W2を大きくし ,
部分幅W 1,W 3を小さくするとともに,②小型化しても,等価直列抵抗
R1を小さくする(振動回路の電流消費を少なくする)ことができる,と
いうものである。
また,甲2には , 本発明は,以上の点に鑑み,CI値を低く抑え ,且
「
つ加工が容易な小型の振動子を提供することを目的とする。 (3頁10
」
行∼11行) 「振動細棒に配置された前記電極から生じる電界が,前記
,
振動細棒に広く分布し,CI値の上昇を抑えることができる 。 (3頁2
」
4行∼26行 )と記載されている 。これらの記載によれば,甲2発明は ,
振動子の小型化を目的とするものであり ,また ,CI値 等価直列抵抗 )
(
が低ければ,当然,電流消費は少なくなるから,消費電力を少なくする
ことができるものである。
そうすると ,引用発明と甲2発明は,その目的を共通するものであり ,
また,引用例及び甲2の記載に照らし,形状や材料が共通し,ほぼ同等
の寸法を有するものであると認められる。
してみると ,引用発明において,甲2発明と同程度の溝幅W 2と部分幅
W1,W3にすることは,製造技術上許される範囲であると認めるのが相
当である。
審決の「引用発明と甲第2号証に記載されている発明は,形状や材料
が共通しており,どちらも,同等の寸法を有するものであれば,一般的
な振動等価回路において損失を発生させる直列抵抗の減少の結果とし
て,振動子の寸法を減少させる音叉型水晶振動子であるから,引用発明
において ,甲第2号証に記載されている発明と同程度の溝幅W 2と部分幅
W1,W3,つまり溝幅W 2が部分幅W 1,W 3より大きい溝幅W 2=0.0
7mmと部分幅W 1,W3=0.015mmにすることが製造技術上許さ
れる範囲であると認められる 。 (審決書27頁27行∼31行)との認
」
定判断は,これを是認することができる。
イ 組み合わせの困難性について
(ア) 原告は,引用発明では ,要件(ホ)を必須とするものであるのに対し ,
甲2のFIG.5に示されている部分幅は,振動子の厚さ0.1mmの
約6分の1程度でしかないから,両者を組み合わせることに阻害要因が
ある旨主張する。
しかし ,引用発明は,前記1(1)アのとおり ,要件(ホ)を必須とするも
のではなく,部分幅が振動子厚さの少なくとも3分の1を保つように設
定されているのは,一実施態様にすぎない。
原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができ
ない。
(イ) 原告は,引用発明と甲2発明とは,①対象とする音叉型振動子の振
動モード,②溝と溝内に配置された電極とによって奏される作用効果,
③振動子としての効果において技術思想が異なると主張する。具体的に
は,甲2発明は,同相モードで振動する音叉型振動子を対象としている
とし ,その根拠として, 第2の実施の形態」に関する甲2の記載におい
「
て,2本の振動細棒220 ,220が区別されていないなどと主張する 。
しかし,2本の振動細棒(右棒と左棒)の構造は,同相モードか逆相
モードかによって異なるものではなく,溝内電極240aと側面電極2
40Bとを,それぞれ同じ極性の電極端子に接続すれば,同相モードで
振動し,互いに逆の極性の電極端子に接続すれば,逆相モードで振動す
るものと解される。
そして ,甲2には ,実施例1に関して , 二本の振動細捧120は,こ
「
れらが互いに近づいたり離れたりする方向に振動する。 (9頁14行∼
」
15行)との記載があること,FIG.4には,左棒の溝内電極240
aと,右棒の側面電極240Bが接続されており,逆相モードに対応す
るものであること,また,証拠(乙5の2∼5の5,6の1∼6の6)
及び弁論の全趣旨によれば,計時用途等の音叉型振動子において,逆相
屈曲振動モードが採用されることは,本件優先日当時,周知であったと
認められることに照らせば,甲2発明は逆相モードで振動するものと解
するのが相当である。
また,原告は,引用発明と甲2発明とは作用効果を異にする旨主張す
るが,両発明が作用効果を異にするものではないことは,前記ア(ウ)の
とおりである。
3 結論
その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決
にこれを取り消すべき違法はない。原告の本訴請求は理由がないから,これを
棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 嶋 末 和 秀
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