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平成18(行ケ)10089審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年12月28日
事件種別 民事
当事者 被告パスカルエンジニアリング株訴訟代理人弁理士深見久郎
原告株式会社コスメック同須原誠
対象物 クランプ装置
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決32回
刊行物26回
無効5回
実施2回
進歩性2回
訂正審判1回
特許権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「クランプ装置」とする特許第3550010号 - -2 (平成9年12月24日出願,平成16年4月30日設定登録。以下「本件 特許」という。請求項の数は9である。)の特許の特許権者である。

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判決文

平成19年12月28日判決言渡
平成18年(行ケ)第10089号 審決取消請求事件
平成19年12月12日口頭弁論終結
判 決
原 告 株 式 会 社 コ ス メ ッ ク
訴訟代理人弁理士 梶 良 之
同 須 原 誠
同 瀬 川 耕 司
被 告 パスカルエンジニアリング株
式会社
訴訟代理人弁理士 深 見 久 郎
同 森 田 俊 雄
同 野 田 久 登
同 吉 田 昌 司
同 荒 川 伸 夫
同 佐 々 木 眞 人
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2004−80172号事件について平成18年1月23日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「クランプ装置」とする特許第3550010号
-1 -
(平成9年12月24日出願,平成16年4月30日設定登録。以下「本件
特許」という。請求項の数は9である。)の特許の特許権者である。
(2) 本件特許については,平成16年10月1日,このうち請求項1ないし
8に係る発明についての特許を無効とすることを求めて審判の請求があり,
無効2004−80172号事件として特許庁に係属した。特許庁は,審理
の結果,平成17年4月26日に審決(以下「第一次審決」という。)をし
た。これに対し,原告は同年6月3日,知的財産高等裁判所に対して,第一
次審決の取消しを求める訴訟を提起した(平成17年(行ケ)第10513
号)が,原告が同年8月30日に訂正審判を請求したので,同裁判所は,同
年9月12日に第一次審決を取り消す旨の決定をした。特許庁は,審理の結
果,平成18年1月23日,「特許第3550010号の請求項1∼8に係
る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
2 特許請求の範囲
本件特許に係る明細書(甲1。以下「本件明細書」という。)の特許請求の
範囲のうち請求項1ないし8の記載は次のとおりである(これらの発明を,請
求項に対応して「本件発明1」∼「本件発明8」という。)。
【請求項1】「ハウジング(11)に設けた駆動手段(15)と,その駆動手
段(15)によって軸心方向へ往復運動されるプルロッド(12)と,その
軸心方向の基端へ向けてすぼまるように上記プルロッド(12)に設けたテ
ーパ外周面(12a)と,そのテーパ外周面(12a)の外周空間に配置さ
れて被固定物(1)の係合孔(2)へ挿入される係合具(14)と,その係
合具(14)が基端へ変位するのを所定の支持力によって阻止すると共にそ
の支持力よりも大きな力によって上記の係合具(14)が同上の基端へ変位
するのを許容するサポート手段(29)とを備え,
上記の駆動手段(15)に上記プルロッド(12)を半径方向へ移動可能
に連結するとともに,そのプルロッド(12)及び上記の係合具(14)を
-2 -
前記ハウジング(11)に対して半径方向へ移動可能に構成し,
上記プルロッド(12)を基端へ駆動することによって,上記テーパ外周
面(12a)が上記の係合具(14)を半径方向の外方の係合位置(×)へ
切換えて前記の係合孔(2)に係合させると共に同上の係合具(14)を前
記サポート手段(29)に抗して基端へ変位させ,これにより,上記プルロ
ッド(12)の駆動力を上記の被固定物(1)へ伝達可能に構成し,上記プ
ルロッド(12)を先端へ駆動することによって同上の係合具(14)が半
径方向の内方の係合解除位置(Y)へ切換わるのを許容する,ことを特徴と
するクランプ装置。」
【請求項2】「請求項1のクランプ装置において,
前記プルロッド(12)に環状部材(13)を軸心方向へ移動可能に外嵌して,
その環状部材(13)の周壁に前記の係合具(14)を設けた,ことを特徴とす
るクランプ装置。」
【請求項3】「請求項2のクランプ装置において,
前記の環状部材をコレット(13)によって構成して,そのコレット(13)
の周壁によって前記の係合具(14)を構成した,ことを特徴とするクランプ
装置。」
【請求項4】「請求項1から3のいずれかのクランプ装置において,
前記のサポート手段(29)が,前記の係合具(14)を所定の力で支持する
押上げピストン(60)を備える,ことを特徴とするクランプ装置。」
【請求項5】「請求項2のクランプ装置において,
前記ハウジング(11)の先端部と前記の環状部材(13)の外周面との間に
環状隙間(31)を設けて,上記ハウジング(11)に設けたクリーニング流体
の供給口(40)を上記の環状隙間(31)へ連通させて構成した,ことを特徴
とするクランプ装置。」
【請求項6】「請求項1から3のいずれかのクランプ装置において,
-3 -
前記サポート手段(29)が,前記の係合具(14)を先端へ向けて付勢する
押圧バネ(27)を備える,ことを特徴とするクランプ装置。」
【請求項7】「請求項1から6のいずれかのクランプ装置において,
前記ハウジング(11)の先端部に,前記の被固定物(1)を受け止めるアダ
プターブロック(22)を着脱自在に設けて,そのアダプターブロック(22)
に前記プルロッド(12)を軸心方向へ移動可能に挿入した,ことを特徴とす
るクランプ装置。」
【請求項8】「請求項7のクランプ装置において,
前記プルロッド(12)を前記の駆動手段(15)に着脱自在に連結した,こ
とを特徴とするクランプ装置。」
3 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明1ないし8は,いず
れも,ドイツ特許第4020981号公報(甲11。以下「刊行物1」といい,
刊行物1記載の発明を「引用発明1」という。),特開平9−285925号
公報(甲12。以下「刊行物2」といい,刊行物2記載の発明を「引用発明
2」という。)及び周知技術(甲13ないし15)に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を
受けることができないから,これらの発明に係る特許は無効であるというもの
である。審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明1,2の内容を次のとお
り認定するとともに,本件発明1ないし8と引用発明1との一致点並びに本件
発明1ないし8と引用発明1との間の相違点のうち共通する相違点1を次のと
おり認定した。
(1) 引用発明の内容
ア 引用発明1の内容
「加工される材料を把持し,固定するためのクランプ装置において,
その上面を支持面2とした蓋27と,ケーシング9に設けたプランジャ1
-4 -
5と,そのプランジャ15によって軸心方向へ往復移動される引っ張りロ
ッド11と,その軸心方向の基端へ向けてすぼまるように上記引っ張りロ
ッド11に設けたテーパ形状の接触面13と,その接触面13の外周空間
に配置されて材料3の穴4へ挿入される締め付けセグメント5と,その締
め付けセグメント5に設けた歯型部分20および歯型21と,その歯型部
分20および歯型21が基端へ変位するのを所定の支持力によって阻止す
ると共にその支持力よりも大きな力によって上記の歯型部分20および歯
型21が同上の基端へ変位するのを許容するバランススプリング25およ
びディスク26とを備え,
上記引っ張りロッド11を基端へ駆動することによって,上記接触面1
3が上記の歯型部分20および歯型21を半径方向の外方の係合位置へ切
換えて前記の穴4に係合させると共に同上の歯型部分20および歯型21
を前記バランススプリング25およびディスク26に抗して基端へ変位さ
せ,これにより,上記引っ張りロッド11の駆動力を上記の材料3へ伝達
可能に構成し,上記引っ張りロッド11を先端へ駆動することによって同
上の歯型部分20および歯型21が半径方向の内方の係合解除位置へ切換
わるのを許容する,クランプ装置」
イ 引用発明2の内容
「ワークピースや金型などの被固定物をワークパレットやテーブル等に
固定するためのクランプ装置であって,
駆動部材20の出力部に伝動スリーブ24の入力部を半径方向へ移動可
能に連結するとともに,その伝動スリーブ24及び係合具37をハウジン
グ11に対して半径方向へ移動可能としたクランプ装置」
及び,
「ワークピースや金型などの被固定物をワークパレットやテーブル等に
固定するためのクランプ装置であって,
-5 -
ガイド孔17に操作具36及び係合具37を環状隙間22をあけて設け,
下ハウジング部分12に設けたクリーニング流体の供給口47を上記の環
状隙間22へ連通させたクランプ装置」
(2) 本件発明1ないし8と引用発明1との一致点
ハウジングに設けた駆動手段と,その駆動手段によって軸心方向へ往復移
動されるプルロッドと,その軸心方向の基端へ向けてすぼまるように上記プ
ルロッドに設けたテーパ外周面と,そのテーパ外周面の外周空間に配置され
て被固定物の係合孔へ挿入される係合具と,その係合具が基端へ変位するの
を所定の支持力によって阻止すると共にその支持力よりも大きな力によって
上記の係合具が同上の基端へ変位するのを許容するサポート手段とを備え,
上記プルロッドを基端へ駆動することによって,上記テーパ外周面が上記
の係合具を半径方向の外方の係合位置へ切換えて前記の係合孔に係合させる
と共に同上の係合具を前記サポート手段に抗して基端へ変位させ,これによ
り,上記プルロッドの駆動力を上記の被固定物へ伝達可能に構成し,上記プ
ルロッドを先端へ駆動することによって同上の係合具が半径方向の内方の係
合解除位置へ切換わるのを許容するクランプ装置である点。
(3) 本件発明1ないし8と引用発明1との相違点のうち共通する相違点1
本件発明1ないし8は,上記の駆動手段に上記プルロッドを半径方向へ移
動可能に連結するとともに,そのプルロッド及び上記の係合具を前記ハウジ
ングに対して半径方向へ移動可能に構成するのに対して,引用発明1はその
ように構成されていない点。
第3 原告主張の取消事由
審決には,下記のとおりの取消事由(取消事由1ないし4)が存するところ,
これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法な
ものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り・その1)
-6 -
審決は,引用発明2の内容として,「その伝動スリーブ24及び係合具37
をハウジング11に対して半径方向へ移動可能とした」と認定し,その上で
「甲2(判決注:本訴における甲12,以下同じ。)記載の『操作具36』に
よって伝動スリーブ24の移動に伴って半径方向に移動する『係合具(ボー
ル)37』が,本件発明1∼8の『係合具』に相当する。そうすると,甲2に
は,クランプ装置において,『駆動手段にプルロッドを半径方向へ移動可能に
連結するとともに,そのプルロッド及び係合具をハウジングに対して半径方向
へ移動可能に構成する』との事項が示されていると認められる。」と判断して
いるが,誤りである。
引用発明2の「係合具」は,「伝動スリーブ24に設けられ,被固定物1か
ら突設されたプルボルト3の下端の部分4が嵌入されるガイド部材44と,伝
動スリーブ24の上部に支持され,操作具36により前記プルボルト3の被係
合部5に向かって移動する複数のボール37と,からなる係合具」と認定され
るべきである。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り・その2)
(1) 係合具に関する判断の誤り
引用発明1の「係合具」は,本件発明1∼8と同じく,「その接触面(1
3)の外周空間に配置されて材料(3)の穴(4)へ挿入される締付セグメ
ント(5)」である。これに対して,引用発明2の「係合具」は,上記1の
とおり,「伝動スリーブ(24)に設けられ,被固定物(1)から突設され
たプルボルト(3)の下端の部分(4)が嵌入されるガイド部材(44)と,
伝動スリーブ(24)の上部に支持され,操作具(36)により前記プルボ
ルト(3)の被係合部(5)に向かって移動する複数のボール(37)と,
からなる係合具」であり,その構造及び作動が異なる。引用発明2の伝動ス
リーブ24は,筒状に構成することが必須である上テーパ外周面を備えてお
らず,引用発明1の引っ張りロッド11と比べて構造及び機能が異なる。
-7 -
(2) 伝動スリーブに関する判断の誤り
審決は,引用発明2の伝動スリーブ24はその構造及び機能からみて本件
発明1∼8の「プルロッド」に相当すると判断したが誤りである。
本件発明1∼8のプルロッド(12)は被固定物(1)の係合孔(2)に挿入さ
れるのに対して,引用発明2の伝動スリーブ24は,ハウジング11内に収
容されてワークピース1のプルボルト3を受け入れるものである。しかも,
上記の伝動スリーブ24は,本件発明1∼8とは異なり,係合具を半径方向
の外方の係合位置へ切り換えるためのテーパ外周面を備えてない。さらには,
本件発明1∼8では,プルロッド(12)のテーパ外周面(12a)の外周空間
に係合具(14)が配置されるのに対して,引用発明2では,上記の係合具の
一部を構成するとも考えられるボール37が伝動スリーブ24の周壁に支持
されている。
また,本件発明1∼8のプルロッド(12)は,上記の係合具(14)を半径
方向の外方の係合位置(X)へ切り換えて係合孔(2)へ係合させるものであり,
これにより,上記の係合具(14)と係合孔(2)との両者間の塑性変形もしく
は弾性変形または摩擦力を利用して被固定物(1)をクランプ駆動する。これ
に対して,引用発明2の伝動スリーブ24は,半径方向の内方の係合位置X
へ切り換えられたボール37と,上記の伝動スリーブ24内に挿入したプル
ボルト3の外周の被係合部5とを介して,ワークピース1をクランプ駆動す
るものである。
したがって,引用発明2の伝動スリーブ24は,本件発明1∼8のプルロ
ッド(12)と比べると,構造が全く逆であるうえ機能も全く異なり,伝動
スリーブ24はプルロッドに相当しない。
(3) 以上のとおり,引用発明1と引用発明2とは構造及び機能が異なり,相
違点1に関して引用発明1に引用発明2を組み合わせようとすると,引用発
明1の構成要素に対して大幅な設計変更を施す必要があり,このような大幅
-8 -
な設計変更を伴う組合せは,阻害要因があるといわざるを得ない。よって,
この点を検討しなかった審決は取り消されるべきである。
3 取消事由3(相違点1の判断の誤り・その3)
審決は,①「この種のクランプ装置において,基準部材に,ワークやパレッ
ト等の可動部材を複数個所でクランプする場合には,いずれかのクランプ装置
で位置決めし,他のクランプ装置は心ズレを許容しながらクランプしたり,位
置決めは他の手段により行いクランプ装置は心ズレを許容しながらクランプし
たりすることは,基準部材及び可動部材の寸法公差吸収のため,当然に必要と
なる構成である」,②「心ズレ修正クランプ装置と心出しクランプ装置はクラ
ンプ機構に関して多くの部分を共通にしており,しかも,互いに補完しあう関
係にあることを考えれば,これらのクランプ装置は,いわば,表裏一体の関係
にあるものである。」,③「引用発明1と引用発明2とは『クランプ装置』と
いう同一の技術分野に属するものであるから,引用発明1に引用発明2を組合
せ,引用発明1の相違点1に係る構成を本件発明1∼8のそれとすることは,
当業者が容易になし得ることである。」と判断している。しかし,これらの判
断は誤りである。
(1) 引用発明1では,締め付けセグメント5と材料3の穴4とが嵌合した際
に,引っ張りロッド11の軸心A1と穴4の軸心B1とが一致していない場
合がある。この場合,引っ張りロッド11を下降駆動して締め付けセグメン
ト5を拡径させると,まず,右側の締め付けセグメント5が穴4の周壁を右
方へ押圧する。これにより,上記の材料3が,ケーシング9の支持面2に沿
って右方へ押し動かされ,引っ張りロッド11の軸心A1に対して材料3の
穴4の軸心B1が一致して心出しが行われ,その後,締め付けセグメント5
が穴4を介して材料3を下降駆動する。したがって,引用発明1では,基準
部材としてのケーシング9に対して可動部材としての材料3を水平方向(半
径方向)へ移動させることによって心出しが行われる。また,引用発明1を
-9 -
複数利用して材料3を複数個所でクランプする場合には,圧油等の作動流体
の供給速度の相違等により,右側よりも左側が先にクランプ作動した場合に
は,左側では,引っ張りロッド11の軸心A1に対して材料3の穴4の軸心
B1が一致して心出しが行われ,その後,締め付けセグメント5が穴4を介
して材料3を下降駆動する。このため,材料3がケーシング9の支持面2に
位置決め固定される。これに対して,右側では,上記の材料3が既に固定さ
れて水平方向へ移動できないため,引っ張りロッド11の軸心A2に対して
穴4の軸心B2が心ズレしたままで引っ張りロッド11が下降駆動され,右
側の締め付けセグメント5が穴4に片当りした状態で下降駆動される。
引用発明1では,基準部材としてのケーシング9に設けた引っ張りロッド
11の軸心に対して可動部材としての材料3の穴4の軸心を心出しできるの
に対して,その穴4の軸心に対する引っ張りロッド11の軸心の心ズレを修
正できない。すなわち,基準部材にワークやパレット等の可動部材を複数個
所でクランプする場合に,いずれかのクランプ装置で位置決めし,他のクラ
ンプ装置は心ズレを修正しながらクランプする等の技術的思想は,刊行物1
には全く記載されておらず,示唆すらされていないのである。
(2) 引用発明2のクランプ装置では,ワークピース1に固定したプルボルト
3がハウジング11に開口されたガイド孔17内に挿入された際に,プルボ
ルト3の軸心Bとガイド孔17の軸心Aとが一致していない場合には,伝動
スリーブ24及び操作具36が水平方向に移動することで心ズレが修正され
る。そして,ワークピース1に複数のプルボルト3が固定されている場合に
は,ワークピース1が基準面R上に配置されたときの各プルボルト3の位置
に応じて各クランプ装置における伝動スリーブ24及び操作具36が移動す
るのである。すなわち,引用発明2では,可動部材としてのワークピース1
のプルボルト3に対して,基準部材としてのハウジング11に設けた伝動ス
リーブ24及び操作具36を水平方向(半径方向)へ移動させることによって
心ズレの修正が行われる。
したがって,基準部材にワークやパレット等の可動部材を複数個所でクラ
ンプする場合に,いずれかのクランプ装置で位置決めし,他のクランプ装置
は心ズレを修正しながらクランプする等の技術的思想は,刊行物2には全く
記載されておらず,示唆すらされていない。
以上のとおり,基準部材にワークやパレット等の可動部材を複数個所でク
ランプする場合に,いずれかのクランプ装置で位置決めし,他のクランプ装
置は心ズレを修正しながらクランプする等の技術的思想は,当然に,本件発
明1∼8の出願時の技術常識であるとはいえず,審決は技術常識の認定を誤
っている。
(3) 審決は,引用発明1と引用発明2とが同一の技術分野に属するとの理由
のみから,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることは当業者にとって
容易であると認定したが,かかる解釈はTRIPS協定の趣旨にも反する。
4 取消事由4(相違点1の判断の誤り・その4)
(1) 引用発明1は心出しクランプ装置であるのに対して,引用発明2は心ズ
レ許容クランプ装置である。引用発明1では,基準部材としてのケーシング
9に対して可動部材としての材料3を水平方向(半径方向)へ移動させること
によって心出しが行われる。これに対して,引用発明2では,可動部材とし
てのワークピース1のプルボルト3に対して,基準部材としてのハウジング
11に設けた伝動スリーブ24及び操作具36を水平方向(半径方向)へ移動
させることによって心ズレの修正が行われる。したがって,引用発明1と引
用発明2とは,可動部材を移動させるのか基準部材に設けた部品を移動させ
るのかで全く逆の構成であって正反対の技術であるため,組合せの動機付け
がない。
(2) 引用発明1と引用発明2とは,課題解決のための方法が異なり,技術的
思想が全く異なるから,両者を結び付ける動機付けはない。
引用発明1の場合,引っ張りロッド11及び締付セグメント5の軸心と材
料3の穴4の軸心との心ズレを許容することが課題となった場合は,その課
題を解決するために,本件発明1∼8と同様,引っ張りロッド11の接触面
13の外周空間に配置されて材料3の穴4に挿入される締付セグメント5と
上記ロッド11とを,ケーシング9の上端面よりも上方に突出させた状態で
上記ケーシング9に対して半径方向へ移動可能に構成することが必要となる。
これに対して,引用発明2の場合,上記課題の解決手段は,引っ張りロッド
11に相当する伝動スリーブ24の筒孔24b内にロッド3を挿入して,そ
のロッド3の被係合部5に係合具37を係合させたものである。
すなわち,引用発明1の解決手段と引用発明2の解決手段とは,対応する
構成要素(引用発明1の「材料3の穴4」と引用発明2の「ロッド3」)の
凹凸が正反対であり,その上,引っ張りロッド11に相当する伝動スリーブ
24と締付けセグメント5に相当する係合具37とがハウジングの外部へ突
出されていない点でも正反対である。したがって,引用発明1と引用発明2
とは,同一の課題解決のための技術的思想が全く異なるから,これらを組み
合わせる動機付けがない。
(3) 引用発明1に引用発明2を適用することには,次の阻害事由が存在する。
ア 阻害事由1
引用発明2を引用発明1に適用するには,①プランジャ15の上部に前
記の引っ張りロッド11の下部を半径方向へ移動可能に連結し,②シリン
ダ16の上半部の内周面と上記引っ張りロッド11の下寄り部の外周面と
の間に環状隙間を形成し,③上記の引っ張りロッド11の中間高さ部の外
周面とディスク26の内周面との間に環状隙間を形成し,④ケーシング9
の蓋27の内周面と締め付けセグメント5の外周面との間で,その締め付
けセグメント5の拡径用の環状スペースの外側に,拡径された締め付けセ
グメント5の半径移動を許容する新たな環状隙間を形成するという設計変
更を施す必要がある。
しかしながら,上記のように設計変更した場合,引っ張りロッド11は,
半径方向へ移動されることになって,基準部材としての機能がなくなり,
その結果,引用発明1が目的とする「心出し」という本来の機能が失なわ
れることになる。
イ 阻害事由2
引用発明1の締付けセグメント5及び引っ張りロッド11は,材料3の
穴4に挿入されるのであるから,ケーシング9の上端に設けた支持面2よ
りも上側に突出される。これに対して,引用発明2のボール37及び伝動
スリーブ24は,被固定物1から突出させたプルボルト3を受け入れるの
であるから,ハウジング11内に収納されており,そのハウジング11の
上端に設けた支持面Sよりも下側に位置することが明らかである。しかも,
引用発明1の締付けセグメント5は半径方向の外方が係合位置であるのに
対し,引用発明2のボール37は半径方向の内方が係合位置である。
したがって,このように数多くの構造について正反対の構成を備える引
用発明1と引用発明2とを組み合わせることには,本質的な阻害事由が存
在する。
第4 被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り・その1)について
審決は引用発明1を主引例とし,引用発明2を副引例として用いているとこ
ろ,係合具そのものの構造は引用発明1に記載されているから,引用発明2は
相違点1を埋める範囲で認定すれば十分であり,引用発明2の係合具37に関
して本件発明1∼8と同程度のレベルで認定する必要はない。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り・その2)について
(1) 係合具に関する判断の誤りについて
原告が主張するとおり係合具の具体的な構造が異なるとしても,引用発明
1のクランプ装置と引用発明2のクランプ装置とは,単にクランプ装置とい
う点で共通するだけでなく,いずれも,対象物の下面部をクランプ装置の方
向に引き付けてクランプするクランプ装置であるという点でも一致し,技術
分野を狭く解釈したとしても共通の技術分野に属するものである。したがっ
て,審決で認定されているとおり,これらを組み合わせる動機付けがあり,
上記係合具の具体的な構造の差異は阻害事由に当たらない。
(2) 伝動スリーブに関する判断の誤りについて
本件発明1∼8の「プルロッド」と引用発明2の「伝動スリーブ」との具
体的な構成上の差異は,引用発明1と引用発明2との組合せに影響するもの
ではない。
本件発明1∼8と引用発明1との具体的な相違点は,引用発明1において,
引っ張りロッド11を半径方向に移動させるための隙間が,引っ張りロッド
11の外周とディスク26の内周面との間,及び引っ張りロッド11とシリ
ンダ16の内周面との間に設けられていないことのみである。心ズレを許容
するために,隙間を設けて遊びを持たせることは,仮に刊行物2がなくても,
単なる周知慣用技術であり到底進歩性を肯定するようなものではない。まし
て,刊行物2は,そのような隙間を明確に開示している。そうすると,引用
発明1に,引用発明2の隙間を適用して本件発明1∼8の構成となすことに
何らの困難性もない。
したがって,相違点1と無関係な本件発明1∼8と引用発明2との具体的
な構成上の相違は,両者の組合せに対して何ら影響するものではない。
3 取消事由3(相違点1の判断の誤り・その3)について
原告が指摘する審決の認定は,乙1ないし3からも窺えるとおり,技術常識
に過ぎない。すなわち,ワークやパレットを複数のクランプ装置でクランプす
る場合には,いずれかのクランプ装置で位置決めしたならば他のクランプ装置
では寸法誤差を吸収するために心ズレを許しながらクランプするほかないので
あり,これは技術常識であるから,原告の主張は失当である。
4 取消事由4(相違点1の判断の誤り・その4)について
(1) 刊行物1には,あくまでもクランプ装置を心出し補助具として用いるこ
とが可能と記載されているにすぎない。引用発明1のクランプ装置を心出し
補助具として用いる場合でも,主たる心出しは別の手段により行われるので
あるから,引用発明1のクランプ装置が,原告が主張するような心出しクラ
ンプ装置ではないことは明らかである。したがって,引用発明1と引用発明
2とが全く反対の技術であるとはいえない。
(2) 相違点1に関し,引用発明1においても,プランジャ15とシリンダ1
6とは単に接触面18で接触しているだけで摺動可能であり,刊行物1のF
ig.1を参照すると,入力部に相当するプランジャ15の外周とシリンダ
16の対向する内周面との間には隙間が設けられている。一方,同Fig.
1では,引っ張りロッド11の外周とディスク26の内周面との間には隙間
は描かれておらず,また,引っ張りロッド11とシリンダ16の内周面との
間にも隙間は描かれていない。すなわち,刊行物1には,引っ張りロッド1
1を半径方向へ移動可能にするための隙間が開示されていない。
このように,本件発明1∼8と引用発明1との相違点は,引用発明1にお
いて,引っ張りロッド11を半径方向に移動させるための隙間が,引っ張り
ロッド11の外周とディスク26の内周面との間,及び引っ張りロッド11
とシリンダ16の内周面との間に設けられていないことのみである。心ズレ
を許容するために,隙間を設けて遊びを持たせることは,仮に引用発明2が
なくても,単なる周知慣用技術であり,到底進歩性を肯定するようなもので
はない。引用発明1と引用発明2とは,技術分野を狭く解釈したとしても共
通の技術分野に属するものであるから,これらを組み合わせて本件発明1∼
8をなすことに何らの困難性もないことは明らかであり,原告が主張するよ
うな相違点1と無関係な引用発明1と引用発明2との構成上の相違は,両者
の組合せに対して何ら影響しない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,審決の認定判断には誤りはなく,原告の主張は理由がないもの
と判断する。以下,その理由を述べる。
1 本件明細書及び刊行物の記載
(1) 本件明細書(甲1)には,図面と共に以下の記載がある。
ア 【0011】【発明の実施の形態】本発明の第1実施形態を図1から図
4によって説明する。
まず,主として図3(A)及び図3(B)の作動説明用の模式図に基づいて,
上記クランプ装置によって被固定物がクランピングされる手順を説明する。
イ 【0012】図3(A)において,符号1は,マシニングセンタによって
加工されようとするワークピース(被固定物)1で,そのワークピース1の
前後上下左右の六面のうちの上面に,予め基準面(被固定面)Rが機械加工
される。次いで,その基準面Rに複数の円形の係合孔2及びガイド孔3が
形成される(ここでは二つずつだけ示してある)。
図3(B)において,符号4は,上記ワークピース1を支持するためのワ
ークパレットである。そのワークパレット4には複数のクランプ装置5及
びガイドピン6を固定しており(ここでは二つずつだけ示してある),上記
クランプ装置5のハウジング11の上面によって,上記ワークピース1を
受け止める支持面Sを構成してある。
ウ 【0013】上記パレット4に上記ワークピース1を固定するときには,
同上の図3(B)に示すように,まず,図3(A)の姿勢のワークピース1を
上下逆の姿勢にし,その逆姿勢のワークピース1を下降させていく。する
と,まず,前記ガイド孔3・3が前記ガイドピン6・6に嵌合していき,
次いで,前記の係合孔2・2が,前記クランプ装置5のプルロッド12及
びコレット13に嵌合していく。これにより,図3(B)中の二点鎖線図に
示すように,上記ワークピース1の基準面Rが上記の支持面S・Sによっ
て受け止められる(図1参照)。
エ 【0017】また,上記のハウジング本体11aの上部には,前記ワー
クピース1を受け止めるアダプターブロック22が着脱自在に設けられる。
そのブロック22の上端面によって前記の支持面Sを構成してある。符号
23は締付けボルトである(ここでは1本だけ図示してある)。上記ブロ
ック22に前記プルロッド12を上下移動可能に挿入して,そのプルロッ
ド12の上部に,円形で下すぼまりのテーパ外周面12aを形成すると共
に,そのプルロッド12の入力部12bを前記ピストンロッド20の出力
部20aに半径方向へ移動可能かつ軸心方向へ移動不能に連結してある。
(2) 刊行物1(甲11)には,図面と共に以下の記載がある。
ア 【0005】この課題は,発明によれば請求項1の特徴の部に示された
特徴により解決される。
締め付けセグメントがピラミッドの角で互いに分離している4辺ピラミ
ッドとして接触面が特別にデザインされている時には,この締め付けセグ
メントは自由に運動が出来る為にこの締め付けセグメントは,締め付け動
作の際に更に大きい穴にも適合することが出来る。従って本発明による把
持装置を心出しの助けとして用いることが可能であり,この作業は締め付
けヘッドの上端で円錐状にすることにより容易となる。
イ 【0006】締め付けセグメントの外面での力の方向を示す歯によって,
それが材料の穴の壁面に食い込む時には形状によるロック作用が生まれる。
歯の形状は,この場合,穴の尖端が締め付けセグメントの拡がる時に力の
合力の方向を指すようにデザインされている。接触面の角度を適切に選ぶ
ことにより大きな力の伝達が径方向に行なわれ,しかも接触面での自己ロ
ックの現象の起きぬことが保障される。
ウ 【0019】上記の装置により引っ張りロッド11を作動させると,締
め付けセグメント5は径方向に拡がり,前記歯21は穴4の壁に食い込む。
この時に初めて締め付けスリーブ6の軸方向の小さい移動が行われる。
エ 【0020】歯型部20と材料3との間の形状によるロック作用および
材料3と支持面との間の摩擦によるロック作用により,材料と把持装置1
との間には極めて大きな把持力が生まれる。
プランジャ15およびそれと共に引っ張りロッド11が再び解除位置に
戻ると弾性保持エレメント22は,穴4の外壁からの締め付けセグメント
5の解除をそれが引っ張りロッド11に接触する迄行なう。
オ 【0023】特許請求の範囲請求項1
加工材料を把持する際に材料の穴の中に嵌入する締め付けソケットは,
傾斜した内面を備え,上記内面に対しテーパー付き把持ヘッドを持つ動力
付き引き込みソケットが摺動作用を行い,しかも,締め付けソケット
(6)は,平坦内面(7)を示す締め付けセグメント(5)を備え,上記
平坦内面と締め付けヘッド(12)の平坦な面(13)が摺動接触を行う
ことを特徴とする把持工具。
(3) 刊行物2(甲12)には,図面と共に以下の記載がある。
ア 【0006】(請求項1の発明)請求項1の発明は次のように構成したも
のである。ハウジング11の第1端に開口されたガイド孔17の第2端寄
りの部分に環状の駆動部材20を軸心方向へ移動自在に挿入し,その駆動
部材20の筒孔20aに第1の環状隙間21をあけて伝動スリーブ24を
挿入し,その伝動スリーブ24を,上記の駆動部材20によって第2端へ
向けて移動可能に構成すると共に復帰手段31によって上記の第1端へ向
けて移動可能に構成し,上記ガイド孔17の第1端部分に第2の環状隙間
22をあけて操作具36を挿入し,その操作具36に対する上記の伝動ス
リーブ24の軸心方向への移動によって,その伝動スリーブ24の第1端
部分に支持した係合具37を,同上の伝動スリーブ24の筒孔24b内に
挿入されたロッド3の被係合部5に係合する係合位置Xとその被係合部5
との係合が解除される係合解除位置Yとへ切換え可能に構成した。
イ 【0011】上記の図4の状態から上記の被固定物1を下降させていく
と,まず,上記ロッド3の下端が伝動スリーブ24の筒孔24b内に挿入
されていく。そのロッド3の挿入開始時において,ガイド孔17の軸心A
とロッド3の軸心Bとが心ズレしている場合には,前記2つの環状隙間2
1・22の存在によって上記の伝動スリーブ24および操作具36が水平
方向へ移動することにより,上記の心ズレが自動的に修正される。これに
より,図5に示すように,上記ロッド3が伝動スリーブ24の筒孔24b
へスムーズに挿入されると共に被固定物1の被固定面Rがベース7の支持
面Sに受け止められる。
ウ 【0012】次いで,駆動部材20によって伝動スリーブ24を第2端
側である下側へ駆動する。すると,図1に示すように,その伝動スリーブ
24に支持した係合具37が係合位置Xへ切換えられて前記ロッド3の被
係合部5に係合する。これにより,上記の駆動部材20の駆動力が,伝動
スリーブ24と上記の係合具37とロッド3を順に介して前記の被固定物
1へ伝達され,その被固定物1の被固定面Rがベース7の支持面Sに固定
される。
エ 【0014】‥‥‥(中略)‥‥‥さらに,前述したように,クランプ装
置のガイド孔の軸心と被固定物のロッドの軸心とが心ズレしている場合で
あっても,上記の心ズレを自動的に修正できるので,クランピング時の連
結をスムーズに行える。そのうえ,伝動スリーブの第1端部分に係合具を
支持したので,その係合具とロッドの被係合部とをガイド孔の深さが浅い
位置で係合できる。このため,上記ロッドは被固定物からの突出長さが短
くなる。
オ 【0027】上記のガイド孔17の上孔18の下寄り部分には第2の環
状隙間22をあけてリング状の操作具36が挿入され,その操作具36が,
上記の伝動スリーブ24の上部に支持した複数のボール(係合具)37に外
嵌される。より詳しく説明すると,その伝動スリーブ24の上端部分(第
1端部分)に周方向へ間隔をあけて複数の連通孔38が貫通形成され,各
連通孔38に上記ボール37が水平方向へ進退自在に挿入される。また,
上記の操作具36の内周面には,テーパ状の第1面41とこれに連なる第
2面42とが上下に形成される。
カ 【0029】以下,上記構成のクランプ装置10の作動を前記の図4及
び図5と上記の図1とによって説明する。図4に示すように,前記ワーク
ピース1に固定したプルボルト3を上記ハウジング11に挿入し始めると
きには,クランプ装置10がクランプ解除状態へ操作されている。即ち,
前記の給排口28から圧油を排出することにより,復帰バネ31によって
伝動スリーブ24が上向きに移動され,前記の複数のボール37が前記の
軸心Aから離れた係合解除位置Yへ切換えられている。
キ 【0031】上記の図4の状態から上記ワークピース1を下降させてい
くと,まず,上記プルボルト3の下端の前記ネジ回し用回転部分4が前記
のガイド部材44内に嵌入され,次いで,前記の被係合部5のフランジ部
分6が上記ガイド部材44を下向きに押圧していく。上記のプルボルト3
の挿入開始時において,ガイド孔17の軸心Aとプルボルト3の軸心Bと
が心ズレしている場合には,2つの環状隙間21・22の存在によって前
記の伝動スリーブ24および操作具36が水平方向へ移動して上記の心ズ
レが自動的に修正される。
ク 【0034】引き続いて,前記の作動室27へ圧油を供給して,前記ピ
ストン20によって前記の復帰バネ31に抗して伝動スリーブ24を下向
きに駆動する。すると,図1に示すように,上記の伝動スリーブ24の連
通孔38に挿入された前記ボール37が,前記の操作具36の第1面41
によって前記の軸心Aへ向けて押圧されて係合位置Xへ切換えられると共
に前記の第2面42によって上記の係合位置Xにロックされる。これによ
り,上記ピストン20の駆動力が,伝動スリーブ24と上記ボール37と
前記プルボルト3を順に介して前記ワークピース1へ伝達され,そのワー
クピース1がパレット7に固定される。
ケ 図1の記載によれば,駆動部材20の底面(符号無し)が伝動スリーブ
24のフランジ24aに当接することにより,駆動部材による下向きの駆
動力を伝動スリーブに伝達し,伝動スリーブが下方向に駆動されることが,
看取される。
(4) 特開平7−314270号公報(乙3)には,図面と共に以下の記載が
ある。
ア 【発明の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】本発明は,パ
レットのクランプ装置に関し,特に工作機械のテーブルに対してパレット
を正確に位置決めするパレットのクランプ装置に関する。
イ 【0021】図2及び図3に示すように,4組のクランプ機構30,3
1はパレット20の中心Cに対して対称な位置に配設されている。パレッ
ト中心Cに対して互いに対称な位置にある一対のクランプ機構30では,
パレット裏面23に形成された凹部32の円筒状内周面33と,メス側テ
ーパ穴25及び端面26を有するとともに凹部32内に配設されてパレッ
ト20に締結固定されたメス側テーパブッシュ34の円筒状外周面35と
を密着させてその半径方向に動かないようにして横方向(例えば,水平方
向即ちX,Z軸平面)について位置決めしている。
ウ 【0022】即ち,パレット20の中心Cから半径Rの位置で且つ例え
ばZ軸から所定の角度θの位置に,それぞれの凹部32の中心O 1 ,O 1
が一致するように凹部32を形成すれば水平方向の位置が決まる。したが
って,パレット中心Cはテーブル1の中心軸13の中心と一致することと
なり,パレット20は水平方向に関し高精度でテーブル1に対して位置決
めされる。
エ 【0023】残りの(他方の)クランプ機構31も前記クランプ機構3
0と同様の構成にしてもよいが,パレット20の製造を容易にするために,
このクランプ機構31の凹部32を予め大きめに形成している。即ち,こ
のクランプ機構31では,メス側テーパブッシュ34をその半径方向に位
置調節可能に,凹部内周面33とメス側テーパブッシュ外周面35との間
に隙間を設けている。(以下省略)
オ 【0027】ところで,他方のクランプ機構31のテーパブッシュ34
を凹部32に精密に取付ける際には,締付けボルト37を予め少し緩めて
テーパブッシュ34がその半径方向に移動調節できるようにしておく。こ
の状態で,パレット20をテーブル1にクランプさせれば,精密な一方の
クランプ機構30により二面拘束されてパレット20が位置決めされ,こ
れに従って他方のクランプ機構31のテーパピン40に二面拘束されたテ
ーパブッシュ34も水平,垂直両方向に関して精密に位置決めされる。そ
の後,締付けボルト37を締付ければテーパブッシュ34はパレット20
に対して必然的に正確に位置決め固定され,パレット20は合計4組のク
ランプ機構30,31によりテーブル1に正確な位置をもってクランプさ
れる。
2 取消事由1(相違点1の判断の誤り・その1)について
上記1で認定した刊行物2の記載によると,①伝動スリーブ24は,ハウジ
ング11のガイド孔17に挿入された駆動部材20の筒孔20aに第1の環状
隙間21を空けて挿入され,その筒孔24b内に被固定物1のロッド3が挿入
されるものであること,②係合具37は,伝動スリーブ24の第1端部分に支
持され,ガイド孔17に第2の環状隙間22を空けて挿入された操作具36に
対する伝動スリーブ24の軸心方向への移動によって,ロッド3の被係合部5
に係合する係合位置Xと,被係合部5との係合が解除される係合解除位置Yと
へ切り換え可能であること,③伝動スリーブ24及び操作具36は,図4の状
態(係合解除位置Y)から被固定物1を下降させていくと,ロッド3の下端が
伝動スリーブ24の筒孔24b内に挿入されていき,ガイド孔17の軸心Aと
ロッド3の軸心Bとが心ズレしている場合には,2つの環状隙間21・22の
存在によって水平方向へ移動することにより,心ズレが自動的に修正されるこ
と,④係合具37は,ワークピース1(被固定物)に固定したプルボルト3を
ハウジング11に挿入し始めるときには係合解除位置Yへ切り換えられている
ところ,③のとおり心ズレが自動的に修正される場合は,伝動スリーブ24及
び操作具36との関係では係合解除位置Yに位置した状態を保持したまま,ハ
ウジング11との関係では,伝動スリーブ24及び操作具36の移動に伴ない
一体となって水平方向へ移動すること,⑤駆動部材20の底面は駆動力をフラ
ンジ24aに伝えるための,駆動部材の出力部,フランジ24aは同駆動力を
受け取るための,伝動スリーブの入力部と捉えることができ,上記出力部及び
入力部は互いに平面で接触することで,伝動スリーブ24及び係合具37を駆
動部材20及びハウジング11に対して半径方向へ移動可能とされていること
が記載されているものと認められる。
そうすると,刊行物2には,伝動スリーブ24の入力部を駆動部材20の出
力部に対して半径方向へ移動可能に連結すること,伝動スリーブ24が水平方
向へ移動すること,及び,係合具37が水平方向へ移動することが記載されて
いるということができる。そして,ハウジング11のガイド孔17は円形,伝
動スリーブ24は円筒形であるとそれぞれ認められるから,伝動スリーブ24
及び係合具37が移動する「水平方向」は「半径方向」と言い換えることがで
きる。そうすると,刊行物2には,「‥‥‥駆動部材20の出力部に伝動スリ
ーブ24の入力部を半径方向へ移動可能に連結するとともに,その伝動スリー
ブ24及び係合具37をハウジング11に対して半径方向へ移動可能としたク
ランプ装置。」が記載されているということができ,その旨を認定した審決の
認定に誤りがあるとはいえない。
3 取消事由2(相違点1の判断の誤り・その2)について
(1) 係合具に関する判断の誤りについて
上記2において検討したとおり,引用発明2として『‥‥‥係合具37を
ハウジング11に対して半径方向へ移動可能としたクランプ装置。』を認定
することができ,そうであれば,「係合具」の具体的な構造が異なるとして
も,刊行物2には,クランプ装置において,「‥‥‥係合具をハウジングに
対して半径方向へ移動可能に構成する」との事項が示されていると認められ
る。よって,原告の主張は採用できない。
(2) 伝動スリーブに関する判断の誤りについて
ア 本件明細書における特許請求の範囲の請求項1ないし請求項8によると,
本件発明1∼8は,「プルロッド」に関して,①駆動手段(15)によって
プルロッド(12)が軸心方向へ往復移動されること,②駆動手段(15)に
プルロッド(12)の入力部(12a)を半径方向へ移動可能に連結するこ
と,③プルロッド(12)を基端へ駆動することによって,係合具(14)を
係合位置(X)へ切換え,これにより,プルロッド(12)の駆動力を被固定
物(1)へ伝達可能に構成し,プルロッド(12)を先端へ駆動することによ
って係合具(14)が係合解除位置(Y)へ切り換わるのを許容することが認
められる。
イ 前記1において認定したとおり,刊行物2の「伝動スリーブ24」は,
駆動部材20によって第2端(本件発明1∼8の「基端」に相当)へ向け
て移動可能に構成するとともに復帰手段31によって第1端へ向けて移動
可能に構成したものであるところ,伝動スリーブ24は,ハウジング11
のガイド孔17に軸心方向へ移動自在に挿入された駆動部材20の筒孔2
0aに第1の環状隙間21を空けて挿入されていると認められる。よって,
駆動手段20によって軸心方向へ往復移動されるものである。
ウ 引用発明2の駆動部材20の出力部に伝動スリーブ24の入力部を半径
方向へ移動可能に連結するものであることは,前記2で認定判断したとお
りである。
エ 前記1において認定したとおり,刊行物2の「伝動スリーブ24」は,
駆動部材20によって移動可能に構成され,操作具36に対する軸心方向
への移動によって,係合具37を,ロッド3の被係合部5に係合する係合
位置Xとその被係合部5との係合が解除される係合解除位置Yとへ切換え
可能に構成したものと認められる。すなわち,刊行物2の伝動スリーブ2
4が上向きに移動されているときは,複数のボール37が軸心A(ガイド
孔17の軸心)から離れた係合解除位置Yへ切り換えられ,伝動スリーブ
24を下向きに駆動すると,ボール37が,操作具36の第1面41によ
って軸心Aへ向けて押圧されて係合位置Xへ切り換えられと共に第2面4
2によって係合位置Xにロックされ,これにより,ピストン20の駆動力
がワークピース1へ伝達される。
以上により,引用発明2の「伝動スリーブ24」は,その構造及び機能
からみて,本件発明1∼8の「プルロッド」というべきものであり,審決
の認定に誤りはない。
4 取消事由3(相違点1の判断の誤り・その3)について
(1) 前記1において認定した刊行物1の記載によると,本件発明1∼8は,
ワークピースのワークパレットに対する位置決め(心出し)をクランプ装置
によらずにガイドピン6及び係合孔3で行っており,クランプ装置5は係合
孔2の位置ズレに対応して係合力を発生するものであるから,クランプ機構
全体において心出しと心ズレ修正を行っているということができる。
また,前記1において認定した乙3の記載によると,パレットのクランプ
装置に関し,4組のクランプ機構30,31を備え,クランプ装置30は,
パレット裏面23に形成された凹部32の円筒状内周面33と,メス側テー
パブッシュ34の円筒状外周面35とを密着させてその半径方向に動かない
ようにして横方向について位置決めすることにより,パレット20が水平方
向に関し高精度でテーブル1に対して位置決め(心出し)され,また,クラ
ンプ装置31は,メス側テーパブッシュ34をその半径方向に位置調節可能
(心ズレを許容)に,凹部内周面33とメス側テーパブッシュ外周面35と
の間に隙間を設けた発明が記載されている。すなわち,引用発明2は,複数
のクランプ装置の組のうちの一組が心出しを行ない,他の組が心ズレを許容
するものであると認められる。そうすると,心ズレを許容(「修正」とも,
いい得る。)するクランプ装置において,心出しを行う手段が併用されてお
り,一方のクランプ装置で心出しを行ない,他方のクランプ装置で心ズレを
許容しながらクランプするものがあり,クランプ装置が心出し装置として機
能しており,しかもこれらの心ズレ修正クランプ装置と心出しクランプ装置
はクランプ機構に関して多くの部分を共通にしているということができる。
したがって,心ズレ修正クランプ装置と心出しクランプ装置とは,相反する
ものではなく,互いに補完し合う関係にあるということができるから,両者
を組み合わせる動機付けが存在する。
そうすると,相違点1に関して引用発明2を参照して本件発明1∼8の構
成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものというべきである。
(2) 原告は,乙3では,他方のクランプ機構31は,使用する前の段階では,
「心出しクランプ装置」と同じ機能を備えているが,心出し後には,一方の
クランプ機構30と共に心出しクランプとして利用され,複数のクランプ装
置の全てが同じ「心出しクランプ装置」として使用されていると主張する。
しかしながら,乙3のクランプ機構31は,心出しクランプ装置としての
機能を有しているとしても,メス側テーパブッシュ34をその半径方向に位
置調節可能(心ズレを許容)に,凹部内周面33とメス側テーパブッシュ外
周面35との間に隙間を設けたものであり,心ズレを許容したクランプ装置
であることに変わりはない。原告の主張は採用できない。
(3) 原告は,審決は,刊行物に記載された技術事項が,同一の技術分野に属
するとの一事をもって,当業者にとって組み合わせが容易であると認定して
おり,TRIPs協定の趣旨に違反すると主張する。
しかしながら,審決は,引用発明1と引用発明2とが同一の技術分野に
属し,よって相違点1に関して引用発明1と引用発明2とを組み合わせるこ
とが容易になし得ると判断した後,「そして,『心ズレ修正』のための技術
を開発するに当たり,‥‥‥それぞれのクランプ装置の技術の組み合わせる
ための動機付けとなりうる。‥‥‥当該クランプ装置の技術分野における当
業者にとって,それぞれのクランプ装置の技術思想の転用を阻害する要因が
あるとまではいえず,‥‥‥」と説示して,動機付けの可能性を検討し,阻
害要因にも言及しているのであるから,審決が,刊行物に記載された技術事
項が,同一の技術分野に属するとの一事をもって,当業者にとって組み合わ
せが容易であると認定しているとの原告の主張は理由がない。
5 取消事由4(相違点の判断の誤り・その4)について
(1) 引用発明1と引用発明2とは,「クランプ装置」という同一の技術分野
に属するものであり,また,それぞれ,「心出し」,「心ズレ修正」といっ
た機能をその構成要素とするものではない。仮に,引用発明1が「心出し」
クランプ装置であり,引用発明2が「心ズレ修正」クランプ装置であったと
しても,前記4のとおり,心ズレ修正クランプ装置と心出しクランプ装置は
クランプ機構に関して多くの部分を共通にしており,しかも,互いに補完し
あう関係にあることを考えれば,これらのクランプ装置は,いわば,表裏一
体の関係にあるものであるから,「心ズレ修正」のための技術を開発するに
当たり,他の技術分野からの技術転用よりも前に,先ず,クランプ装置とい
う,同じ技術分野の中の技術の転用を図るのが自然であり,それは,とりも
なおさず,それぞれのクランプ装置の技術の組み合わせるための動機付けと
なり得るのであって,その旨を説示する審決に誤りはない。
(2) 原告は,引用発明1と引用発明2とを組み合わせるには阻害事由1及び
阻害事由2があると主張する。
ア 阻害事由1について
引用発明1は,「心出し」といった機能をその構成要素とするものでは
なく,したがってまた「心出し専用」といった機能を構成要素とするもの
でもないから,引用発明1が心出し専用のクランプであることを前提とす
る原告の主張は,失当である。
また,相違点1に関して,引用発明1に引用発明2を組み合わせて得ら
れるものは,「プルロッド」を刊行物2記載の「伝動スリーブ24」のよ
うに半径方向へ移動可能に連結すること,及び,「プルロッド及び係合
具」を刊行物2記載の「伝動スリーブ24及び係合具37」のようにハウ
ジングに対して半径方向へ移動可能とすることのみであって,大幅な設計
変更を伴うものではない。原告の主張は失当である。
イ 阻害事由2について
前記認定のとおり,引用発明2は,①「駆動部材20の出力部に伝動ス
リーブ24の入力部を半径方向へ移動可能に連結する」こと,②「その伝
動スリーブ24及び係合具37をハウジング11に対して半径方向へ移動
可能とした」ことのみであって,原告が主張するような「ボール37」は
構成要素とされておらず,また「ボール37及び伝動スリーブ24」が設
けられる位置,支持面に対する位置,係合位置もまた構成要素とはされて
いない。よって,原告の主張は,失当である。
6 結論
上記に検討したところによれば,相違点1に係る本件発明1∼8の構成は,
引用発明1,引用発明2及び周知技術から容易に想到し得たものということが
できる。したがって,本件発明1は,引用発明1,引用発明2及び周知技術か
ら当業者が容易に発明することができたものである。また,本件発明2∼8に
ついても,同様に,引用発明1,引用発明2及び周知技術から当業者が容易に
発明することができたものである(原告は,本件発明2∼8について,その余
の相違点に関する審決の認定判断につき取消事由を主張していない。)。
以上によれば,審決の判断には誤りがない。原告はその他縷々主張するが,
いずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 三 村 量 一
裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 上 田 洋 幸

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