平成18(行ケ)10031審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成19年12月28日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告パスカルエンジニアリング株 原告株式会社コスメック
|
対象物 |
データム機能付きクランプ装置及びその装置を備えたクランプシステム |
法令 |
特許権
特許法29条2項2回 特許法134条の21回
|
キーワード |
刊行物74回 審決39回 無効6回 実施3回 訂正審判3回 進歩性2回 優先権1回 特許権1回 分割1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「データム機能付きクランプ装置及びその装置を
備えたクランプシステム」とする特許第3527738号(特願2002−1
92816号の分割出願。平成11年8月3日出願,平成16年2月27日設
定登録。以下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成19年12月28日判決言渡
平成18年(行ケ)第10031号 審決取消請求事件
平成19年12月12日口頭弁論終結
判 決
原 告 株 式 会 社 コ ス メ ッ ク
訴訟代理人弁護士 村 林 隆 一
同 井 上 裕 史
訴訟代理人弁理士 梶 良 之
同 桂 川 直 己
被 告 パスカルエンジニアリング株
式会社
訴訟代理人弁護士 別 城 信 太 郎
同 大 畑 道 広
訴訟代理人弁理士 深 見 久 郎
同 森 田 俊 雄
同 野 田 久 登
同 吉 田 昌 司
同 荒 川 伸 夫
同 佐 々 木 眞 人
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2004−80102号事件について平成17年12月14日
にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「データム機能付きクランプ装置及びその装置を
備えたクランプシステム」とする特許第3527738号(特願2002−1
92816号の分割出願。平成11年8月3日出願,平成16年2月27日設
定登録。以下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。
(2) 本件特許については,平成16年7月14日,これを無効とすることを
求めて審判の請求があり,無効2004−80102号事件として特許庁に
係属した。特許庁は,審理の結果,平成17年4月8日,「特許第3527
738号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。」と
の審決(以下「第一次審決」という。)をした。これに対し,原告は同年5
月12日,知的財産高等裁判所に対して,第一次審決の取消しを求める訴訟
を提起した(平成17年(行ケ)第469号)が,原告が同年7月19日に
訂正審判を請求したので,同裁判所は,同年7月25日に第一次審決を取り
消す旨の決定をした。
(3) 原告は,上記審理の過程において,平成17年8月18日,訂正請求を
したが,特許庁は,審理の結果,平成17年12月14日,上記訂正請求を認めな
いとした上で,「特許第3527738号の請求項1∼3に係る発明についての特
許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
2 特許請求の範囲
本件特許に関する平成17年8月18日付け訂正請求前の明細書(以下「本
件明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1ないし3の記載は次
のとおりである。
【請求項1】「基準部材(R)に可動部材(M)を心合わせして上記の基準部材
(R)の支持面(S)に上記の可動部材(M)の被支持面(T)を固定するようにした
データム機能付きクランプ装置であって,
上記の可動部材(M)の上記の被支持面(T)にソケット穴(11)を開口させて,
そのソケット穴(11)に位置決め孔(12)と係止孔(13)とを開口端から順に
形成し,
上記ソケット穴(11)へ挿入される環状のプラグ部分(21)を上記の基準部
材(R)から突設させ,
上記プラグ部分(21)と上記の位置決め孔(12)との間に,直径方向へ拡大
および縮小されるシャトル部材(23)を配置し,そのシャトル部材(23)の内
周面をストレート面(27)によって構成すると共に同上シャトル部材(23)の
外周面をテーパ面(28)によって構成し,上記のストレート面(27)を前記プ
ラグ部分(21)に軸心方向へ移動自在に支持し,上記のテーパ面(28)を,前
記の係止孔(13)へ向けてすぼまるように形成すると共に前記の位置決め孔
(12)にテーパ係合させ,上記シャトル部材(23)を弾性部材(24)によって
上記のテーパ係合を緊密にする方向へ付勢し,
上記のプラグ部分(21)の筒孔(21a)にプルロッド(31)を軸心方向へ移
動自在に挿入して,そのプルロッド(31)の外周空間に,半径方向の外方の係
合位置(X)と半径方向の内方の係合解除位置(Y)とに移動される係合具(34)
を配置し,
上記の基準部材(R)に設けた駆動手段(D)によって上記プルロッド(31)を
基端方向へクランプ駆動することにより,そのプルロッド(31)の出力部(3
6)が上記の係合具(34)を上記の係合位置(X)へ切り換えて前記の係止孔(1
3)へ係合させて,前記の可動部材(M)を前記の基準部材(R)へ向けて移動さ
せ,
同上の駆動手段(D)によって上記プルロッド(31)を先端方向へアンクラン
プ駆動することにより,同上の係合具(34)が係合解除位置(Y)へ切り換わる
のを許容すると共に,上記プルロッド(31)が前記ソケット穴(11)の頂壁
(11a)を押し上げ,そのアンクランプ状態では,前記の可動部材(M)を上記
プルロッド(31)を介して前記の基準部材(R)に受け止めるように構成した,
ことを特徴とするデータム機能付きクランプ装置。」(以下「本件発明1」
という。)
【請求項2】「基準部材(R)に可動部材(M)を心合わせして上記の基準部材
(R)の支持面(S)に上記の可動部材(M)の被支持面(T)を固定するようにした
データム機能付きクランプ装置であって,
上記の可動部材(M)の上記の被支持面(T)にソケット穴(11)を開口させて,
そのソケット穴(11)に位置決め孔(12)と係止孔(13)とを開口端から順に
形成し,
上記ソケット穴(11)へ挿入される環状のプラグ部分(21)を上記の基準部
材(R)から突設させ,
上記プラグ部分(21)と上記の位置決め孔(12)との間に,直径方向へ拡大
および縮小されるシャトル部材(23)を配置し,そのシャトル部材(23)の外
周面をストレート面(27)によって構成すると共に同上シャトル部材(23)の
内周面をテーパ面(28)によって構成し,
上記のストレート面(27)を前記の位置決め孔(12)に軸心方向へ移動自在
に支持し,上記のテーパ面(28)を,前記の係止孔(13)へ向けてすぼまるよ
うに形成すると共に前記プラグ部分(21)にテーパ係合させ,上記シャトル部
材(23)を弾性部材(24)によって上記のテーパ係合を緊密にする方向へ付勢
し,
上記のプラグ部分(21)の筒孔(21a)にプルロッド(31)を軸心方向へ移
動自在に挿入して,そのプルロッド(31)の外周空間に,半径方向の外方の係
合位置(X)と半径方向の内方の係合解除位置(Y)とに移動される係合具(34)
を配置し,
上記の基準部材(R)に設けた駆動手段(D)によって上記プルロッド(31)を
基端方向へクランプ駆動することにより,そのプルロッド(31)の出力部(3
6)が上記の係合具(34)を上記の係合位置(X)へ切り換えて前記の係止孔(1
3)へ係合させて,前記の可動部材(M)を前記の基準部材(R)へ向けて移動さ
せ,
同上の駆動手段(D)によって上記プルロッド(31)を先端方向へアンクラ
ンプ駆動することにより,同上の係合具(34)が係合解除位置(Y)へ切り換わ
るのを許容すると共に,上記プルロッド(31)が前記ソケット穴(11)の頂壁
(11a)を押し上げ,そのアンクランプ状態では,前記の可動部材(M)を上記
プルロッド(31)を介して前記の基準部材(R)に受け止めるように構成した,
ことを特徴とするデータム機能付きクランプ装置。」(以下「本件発明2」と
いう。)
【請求項3】「請求項1又は2に記載したデータム機能付きクランプ装置を
少なくとも一つ備える,ことを特徴とするクランプシステム。」(以下「本件
発明3」といい,本件発明1ないし3を併せて「本件各発明」という。)
3 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,平成17年8月18日付け訂
正請求を,本件明細書に記載された事項の範囲内のものではない訂正事項を含
むから,特許法134条の2第5項において準用する同法126条3項の規定
に適合しないものとして認めないとした上で(審決が同訂正請求を認めないと
した判断については,原告は,取消事由を主張していない。),本件各発明は,
特開平7−314270号公報(甲2。以下「刊行物1」といい,刊行物1記
載の発明を「引用発明」という。)並びに特開昭64−11743号公報(甲
3。以下「刊行物2」という。),特許第2784150号公報(甲4。以下
「刊行物3」という。)及び米国特許第4747735号公報(甲5,以下
「刊行物4」という。)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものであって,特許法29条2項の規定に違反して特許された
ものであるから,本件各発明に係る特許は無効であるというものである。
審決は,引用発明の内容並びに本件各発明と引用発明との一致点及び相違点
を次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容
「テーブル1に,メス側テーパブッシュ34を一体化したパレット20を
心合わせして上記のテーブル1の端面28に上記のパレット20の端面26
を固定するようにしたクランプ装置22であって,
上記のパレット20の上記の端面28に凹部を開口させて,その凹部にメ
ス側テーパ穴25の下部部分と環状溝59とメス側テーパ穴25の上部部分
とを開口端から順に形成し,
上記凹部へ挿入される環状のオス側テーパピン40を上記のテーブル1か
ら突設させ,
上記のオス側テーパピン40の筒孔21aにピストン51を軸心方向へ移
動自在に挿入して,そのピストン51の外周空間に,半径方向の外方の係合
位置と半径方向の内方の係合解除位置とに移動されるボール58を配置し,
上記のテーブル1に設けた圧力油流路54,55の圧力油及びコイルばね
57によって上記ピストン51を先端方向へクランプ駆動することにより,
そのピストン51のテーパ面61が上記のボール58を上記の係合位置へ切
り換えて前記の環状溝59へ係合させて,前記のパレット20を前記のテー
ブル1へ向けて移動させ,
同上の圧力油流路54,55の圧力油及びコイルばね57によって上記ピ
ストン51を基端方向へアンクランプ駆動することにより,同上のボール5
8が係合解除位置へ切り換わるのを許容するように構成した,
クランプ装置22及び複数備えるクランプシステム。」
(2) 一致点
ア 本件各発明と引用発明と一致点
「基準部材Rに可動部材を心合わせして上記の基準部材の支持面に上記
の可動部材の被支持面を固定するようにしたデータム機能付きクランプ装
置であって,
上記の可動部材Mの上記の被支持面にソケット穴を開口させて,そのソ
ケット穴に位置決め孔と係止孔とを開口端から順に形成し,
上記ソケット穴へ挿入される環状のプラグ部分を上記の基準部材から突
設させ,
上記のプラグ部分の筒孔にプルロッドを軸心方向へ移動自在に挿入して,
そのプルロッドの外周空間に,半径方向の外方の係合位置と半径方向の内
方の係合解除位置とに移動される係合具を配置し,
上記の基準部材に設けた駆動手段によって上記プルロッドをクランプ駆
動することにより,そのプルロッドの出力部が上記の係合具を上記の係合
位置へ切り換えて前記の係止孔へ係合させて,前記の可動部材を前記の基
準部材へ向けて移動させ,
同上の駆動手段によって上記プルロッドをアンクランプ駆動することに
より,同上の係合具が係合解除位置へ切り換わるのを許容するように構成
した,データム機能付きクランプ装置。」である点(以下「一致点1」と
いう。)。
イ 本件発明3と引用発明との一致点
「データム機能付きクランプ装置を少なくとも一つ備えるクランプシス
テム」である点(以下「一致点2」という。)。
(3) 相違点
ア 本件各発明と引用発明との間において共通して相違する相違点
(ア) 本件各発明は,プルロッドを基端方向へクランプ駆動することによ
って可動部材を基準部材へ向けて移動させるものであり,また,プルロ
ッドを先端方向へアンクランプ駆動するものであって,そのアンクラン
プ駆動により,プルロッドがソケット穴の頂壁を押し上げ,そのアンク
ランプ状態では,前記の可動部材を上記プルロッドを介して前記の基準
部材に受け止めるものであるのに対して,引用発明は,プルロッドを先
端方向へクランプ駆動することによって可動部材を基準部材へ向けて移
動させるものであり,また,プルロッドを基端方向へアンクランプ駆動
するものであって,そのアンクランプ駆動されたプルロッドがソケット
穴の頂壁を押し上げず,そのアンクランプ状態では,前記の可動部材を
上記プルロッドを介して前記の基準部材に受け止めるものではない点
(以下「相違点1」という。)。
(イ) 本件各発明は,プラグ部分と位置決め孔との間に,直径方向へ拡大
および縮小されるシャトル部材を配置し,そのシャトル部材の内周面を
ストレート面によって構成すると共に同上シャトル部材の外周面をテー
パ面によって構成し,上記ストレート面を前記プラグ部分に軸心方向へ
移動自在に支持し,上記テーパ面を,前記の係止孔へ向けてすぼまるよ
うに形成すると共に前記の位置決め孔にテーパ係合させ,上記シャトル
部材を弾性部材によって上記テーパ係合を緊密にする方向へ付勢するも
のであるのに対して,引用発明は,シャトル部材を備えてなく,そのシ
ャトル部材と位置決め孔とのテーパ係合を緊密にする方向へ付勢する弾
性部材も備えてない点(以下「相違点2」という。)。
イ 本件発明2,3と引用発明との相違点
本件発明2,3は,プラグ部分と位置決め孔との間に,直径方向へ拡大
および縮小されるシャトル部材を配置し,そのシャトル部材の外周面をス
トレート面によって構成すると共に同上シャトル部材の内周面をテーパ面
によって構成し,上記ストレート面を前記の位置決め孔に軸心方向へ移動
自在に支持し,上記テーパ面を,前記の係止孔へ向けてすぼまるように形
成すると共に前記プラグ部分にテーパ係合させ,上記シャトル部材を弾性
部材によって上記テーパ係合を緊密にする方向へ付勢するものであるのに
対して,引用発明は,シャトル部材を備えてなく,そのシャトル部材とプ
ラグ部分とのテーパ係合を緊密にする方向へ付勢する弾性部材も備えてな
い点(以下「相違点3」という。)。
第3 原告主張の取消事由
審決には,下記のとおりの取消事由(取消事由1ないし7)が存するところ,
これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法な
ものとして取り消されるべきである(審決が訂正請求を認めないとした判断に
ついては,原告は,取消事由を主張していない。)。
1 取消事由1(刊行物2の認定の誤り)
審決は,刊行物2の記載事項として,リング22は,その外周面がスプリン
グ26によって,軸心方向には移動不能に付勢された状態で固定支持されてい
るにもかかわらず,「環状肩材19に固定支持されるリング22内面の円錐面
25とが協働して心合わせを行う。」と認定したが誤りである。
2 取消事由2(引用発明の認定及び一致点の認定の誤り)
審決は,引用発明の内容として「上記のパレット20の上記の端面28に凹
部を開口させて,その凹部にメス側テーパ穴25の下部部分と環状溝59とメ
ス側テーパ穴25の上部部分とを開口端から順に形成し」と認定したが誤りで
ある。
メス側テーパ穴25は,環状溝59の上側部分であり,環状溝59の下側部
分は,単なるテーパ状の穴に過ぎずメス側テーパ穴25ではない。
審決は,上記引用発明の認定を誤った結果,一致点として,「上記の可動部
材の上記の被支持面にソケット穴を開口させて,そのソケット穴に係止孔と位
置決め孔とを開口端から順に形成し」との誤った認定をし,相違点を看過した
ものであり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
3 取消事由3(本件各発明と引用発明との相違点の看過)
本件各発明の「位置決め孔」に相当する引用発明の「テーパ穴25」は,本
件各発明の「係止孔」に相当する引用発明の「環状溝」の上側部分に存在する。
したがって,引用発明には本件各発明の「ソケット穴(11)に位置決め孔
(12)と係止孔(13)とを開口端から順に形成し」との構成が開示されて
おらず,上記の点は相違点とされるべきであり,審決はこの相違点の認定を看
過したもので誤りである。
4 取消事由4(相違点1ないし3の認定の誤り)
(1) 審決は,相違点1ないし3の認定において,「位置決め孔」等の個々の
構成が「基準部材」に設けられているのか,「可動部材」に設けられている
のかという前提条件を看過し,相違点を抽象化して認定している点で誤りで
ある。
(2) 米国特許商標庁における再審査請求に対する決定や,欧州特許庁におけ
る特許異議申立てに対する決定は,本件各発明と刊行物3との技術的な対比
をするに当たり,各構成が基準部材にあるのか,可動部材にあるのかを重視
した判断をしているから,このような国際的な判断基準を考慮すべきである。
5 取消事由5(相違点1の判断の誤り・その1)
審決は,刊行物4の「ロックロッド38」が,その構造及び機能からみて,
本件各発明の「プルロッド31」に該当すると認定するが誤りである。
本件各発明の「プルロッド31」は,基準部材から突設されたプラグ部分に
挿入されて,その基準部材から突出する構造であるのに対し,刊行物4の「ロ
ックロッド38」は,「ツール支持部材34」に埋設されている。よって,
「ロックロッド38」は,その構造から「プルロッド31」に該当しない。
6 取消事由6(相違点1の判断の誤り・その2)
審決は,刊行物4の「シャンク14の円筒部の内部のシャンク押出し面6
8」は,本件各発明の「ソケット穴(11)の頂壁(11a)」と可動部材に
設けられた穴の頂壁の限りで共通すると認定するが誤りである。
本件各発明の「ソケット穴(11)の頂壁(11a)」は,「可動部材の被
支持面に設けられたソケット穴(11)の頂壁(11a)」であるから,「シ
ャンク14の円筒部の内部のシャンク押出し面68」は,これに相当しない。
よって,刊行物3記載の事項と引用発明とを組み合わせても,相違点1の
「プルロッドがソケット穴の頂壁を押し上げ,そのアンクランプ状態では,前
記の可動部材を上記プルロッドを介して前記の基準部材に受け止める」との構
成に至ることはない。
7 取消事由7(相違点2の判断の誤り)
(1) 相違点2に関して,引用発明に刊行物3を適用できるとする審決の判断
は,下記のとおり,引用発明と刊行物3の課題及び課題解決のための技術的
思想が異なる点に照らせば,誤りである。
ア 課題の相違
刊行物3に記載された「自動工具交換の差異,工具交換用アームが大き
くたわむ,所定の周波数において共振が生じる」という課題は,ツールホ
ルダ固有の課題であり,引用発明のようなワークパレットとは無関係であ
るから,当業者において,刊行物3を引用発明に適用する動機付けはない。
イ 課題解決のための技術的思想の相違
仮に引用発明と刊行物3との課題において,二面拘束による強固な結合
という点が同一であるとしても,両者は同一の課題を解決するための方法
が異なっており,課題解決のための技術的思想が全く異なる。
(2) 審決は,引用発明と刊行物3が同一の技術分野に属する以外に,引用発
明を組み合わせるための動機付けは認定されておらず,それは我が国の特許
審査基準にもTRIPS協定の趣旨にも反する。
(3) 阻害事由の存在
引用発明の別紙「γ」部分に,刊行物3に記載の「シャトル部材」を適用
して,テーパピン40のテーパ部分を「シャトル部材」に置換した場合,
「シャトル部材」の高さ方向の寸法及びシャトル部材を付勢する「弾性部
材」の背丈も併せて考慮すれば,当然,上記「γ」部分の高さ方向の寸法は
増加するから,押圧点Sは両端面26,28から遠ざかることになる。すな
わち,刊行物3記載の「シャトル部材」を,引用発明に適用すれば,その作
用効果を実現するための「押圧点Sが,‥‥‥両端面26,28の近傍に位
置する」との必須の構成を実現できない。
したがって,引用発明には,刊行物3の「シャトル部材」を適用すること
を阻害する事由が記載されているのであり,当業者は,引用発明に刊行物3
を適用して本件各発明を想到することはできない。
第4 被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(刊行物2の認定の誤り)に対し
刊行物2には,「リング22は,軸心方向に,移動可能に付勢された状態で
ある」ことが記載されており,原告の主張は失当である。
2 取消事由2(引用発明の認定及び一致点の認定の誤り)に対し
引用発明において,テーパブッシュ34とテーパピン40の位置決めは,テ
ーパ穴25とテーパ面27によって達成されるものであることは自明の事項で
ある。そして,このようなテーパ結合においては,上部部分の小径部よりも,
下部部分の大径部の方が大きな力を支障することができるので,位置決め精度
には,大径部の方が大きく関与することは当業者の技術常識である。したがっ
て,「環状溝59」の下側部分は,単なるテーパ状の穴であって位置決め機能
を有する「メス側テーパ穴25」ではないとの原告の主張は,失当である。
3 取消事由3(本件各発明と引用発明との相違点の看過)に対し
本件審決の「後者の『メス側テーパ穴25の下部部分』は,「メス側テーパ
穴25の上部部分」とともに,前者の『位置決め孔12』に相当する。」との
認定に誤りがないことは上記2のとおりである。また,引用発明の「環状溝5
9」は,本件各発明の「係止孔13」に相当することは,当業者の技術水準か
ら明らかである。したがって,原告の主張は失当である。
4 取消事由4(相違点1ないし3の認定の誤り)に対し
本件審決は,「上記の可動部材Mの上記の被支持面にソケット穴を開口させ
て,そのソケット穴に位置決め孔と係止孔とを開口端から順に形成し,上記ソ
ケット穴へ挿入される環状のプラグ部分を上記の基準部材から突設させ」との
構成において一致すると認定し,これを除いた事項を相違点としたのであり,
それぞれの部材が「可動部材」と「基準部材」とのいずれに設けられているか
について認定しているから,原告の主張は理由がない。
5 取消事由5(相違点1の判断の誤り・その1)に対し
相違点1の判断においては,「ロックロッド38」が突設されているか,あ
るいは埋設されているかの形状は技術的に意味のないことであるから,原告の
主張は失当である。
6 取消事由6(相違点1の判断の誤り・その2)に対し
刊行物3は,①ロックロッドの前端の当接面66を,シャンク14の円筒
部の内側のシャンク押出し面68に当接させること,②ロック ロ ッ ド 38
がシャンク14の円筒部の内側のシャンク押出し面68を押し上げること,
との構成であることからすると,刊行物3の「シャンク押し出し面68」は,
本件各発明の「ソケット穴11の頂壁11a」に相当することは,当業者の技術
常識から判断して自明の事項である。
7 取消事由7(相違点2の判断の誤り)に対し
審決が認定した刊行物3の課題は,ツールホルダー独自の問題ではなく,二
面拘束に関するものであり,この認定に誤りはない。そして,引用発明にも二
面拘束を行なうことが記載されているから,引用発明に刊行物3記載の事項を
適用する動機付けは存在するので,原告の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 本件明細書(甲1)及び刊行物1ないし4(甲2ないし5)の各記載
(1) 本件明細書(甲1)には,次の記載がある。
ア 「‥‥‥そのソケット穴11は,前記の第1データムリング4bに前記
テーパ位置決め孔12とテーパ係止孔13とを下側から順に形成してなる。
上記テーパ位置決め孔12は上向きにすぼまるように形成され,上記テー
パ係止孔13は下向きにすぼまるように形成されている。‥‥‥」(段落
【0016】)
イ 「より詳しくいえば,上記の環状のシャトル部材23は,‥‥‥外周面
をテーパ面28によって構成してあり,‥‥‥上記テーパ面28は,前記
のテーパ位置決め孔12にテーパ係合するように上向きにすぼまるように
形成してある。‥‥‥」(段落【0019】)
(2) 刊行物1(甲2)には,次の記載がある。
ア 「【産業上の利用分野】本発明は,パレットのクランプ装置に関し,特
に工作機械のテーブルに対してパレットを正確に位置決めするパレット
のクランプ装置に関する。」(段落【0001】)
イ 「従来のパレットのクランプ装置としては,‥‥‥実開昭63−423
9号公報及び実開平5−26241号公報のように,テーパ面を有する複
数(通常4個)のコーンパッド(テーパピン)を,テーパ穴を有するテー
パブッシュにそれぞれ装着してパレットをクランプするものが提案されて
いる。」(段落【0003】)
ウ 「一方,後者のクランプ装置では,コーンパッドとテーパブッシュとが
テーパ部で密着するので水平方向の精度は比較的良いが,端面が非接触な
ので縦方向(例えば上下垂直方向)の繰り返し精度のばらつきが大きかっ
た。また,テーパ部のみでクランプしているのでクランプ力が弱く,パレ
ットを強固にクランプすることが難しかった。そのため,ワーク加工中に
パレットに反力が加わるとパレットが不安定となって動くこともあり,加
工精度が低下する虞れがあった。」(段落【0005】)
エ 「本発明は,斯かる課題を解決するためになされたもので,横方向と縦
方向双方の繰り返し位置決め精度が高精度で且つパレットを強固にクラン
プできるパレットのクランプ装置を提供することを目的とする。‥‥‥」
(段落【0006】)。
オ 「【作用】本発明においては,パレット側装着部のメス側テーパ穴及び
端面に,テーブル側のオス側テーパ面及び端面をそれぞれ同時に密着させ
て二面拘束とし,またこの構造のクランプ機構を少なくとも4組設けてパ
レットをテーブルに装着している。‥‥‥」(段落【0011】)
カ 「図1及び図2に示すように,クランプ装置22は,少なくとも4組の
クランプ機構30,31を備えている。クランプ機構30,31は,パレ
ット20の裏面23側に設けられたパレット側装着部24のメス側テーパ
穴25及び端面26に,テーブル1に設けられたオス側テーパ面27及び
端面28をそれぞれ密着させて,パレット20をテーブル1に着脱可能に
装着している。これにより,パレット側装着部24はテーブル1に対して
テーパ面部と端面部との二面拘束によりクランプされる。」(段落【00
20】)
キ 「‥‥‥メス側テーパ穴25及び端面26を有するとともに凹部32内
に配設されてパレット20に締結固定されたメス側テーパブッシュ34
‥‥‥」(段落【0021】)
ク 「即ち,パレット20の中心Cから半径Rの位置で且つ例えばZ軸から
所定の角度θの位置に,それぞれの凹部32の中心O 1,O 1が一致する
ように凹部32を形成すれば水平方向の位置が決まる。‥‥‥」(【0
022】)
ケ 「凹部32は,パレット裏面23に設けられた突出部36に形成されて
おり,凹部32内に装着されたメス側テーパブッシュ34は,複数の締
付けボルト37により突出部36に締結固定されている。‥‥‥」(段
落【0024】)
コ 「オス側テーパ面27及び端面28を有するオス側テーパピン40が,
複数の締付けボルト41によりテーブル1に位置決め固定されている。
‥‥‥」(段落【0025】)
サ 「テーパブッシュ34及びテーパピン40は,テーパ穴25にテーパ面
27が密着し,且つ平面状のメス側端面26に平面状のオス側端面28
が密着して二面拘束状態になるように高精度に形成されている。」(段
落【0026】)
シ 「・・Y軸方向に往復動するピストン51が小径シリンダ50及びテー
パピン40の内周面40aに摺動自在に嵌合している。‥‥‥」(段落
【0029】)
ス 「テーパピン40に放射状に形成された複数(例えば3個)の貫通孔6
5内にはそれぞれボール58が遊嵌されている。各ボール58は,テー
パピン40の半径方向に移動可能になっており,またテーパブッシュ3
4に形成された環状溝59内に移動できるようになっている。‥‥‥」,
「・・テーパピン40の上端開口部は,ごみ等の侵入防止のためのキャ
ップ47により密閉されており,キャップ47にはエアーブロー用の小
孔48が穿設されている。」(段落【0030】)
セ 「なお,両端面26,28の密着の有無の確認のために,テーパピン4
0には,端面28に開放する空気流路63が形成されている。また,圧
縮空気により矢印Dに示すようにエアーブローをしてテーパピン40と
テーパブッシュ34との間の密着部のごみ等を除去するための空気流路
64が,テーパピン40及びテーブル1に形成されている。これにより,
クランプ装置22の密着部が常に清浄な状態に保たれ,高精度でクラン
プされる。」(段落【0032】)
ソ 「また,本実施例では‥‥‥押圧点Sが,互いに密着する両端面26,
28の近傍に位置するようになっている。‥‥‥従って,テーパピン4
0に対してテーパブッシュ34が傾くことなく安定した姿勢で装着され
ることとなり,位置決め精度が向上する。」(段落【0033】)
タ 図3
① オス側テーパピン40の端面28とメス側テーパブッシュ34の端
面26とは密着し,オス側テーパピン40は,端面28の内側から上
方に向けてすぼまるように立ち上がる凸状部分を有し,かつ,メス側
テーパブッシュ34の端面26の内側から上方に向けてすぼまるよう
に形成された凹状部分に対し,オス側テーパピン40の貫通孔65,
メス側テーパブッシュ34の環状溝59を除いて密着している。
② 図3によると,テーパピン40に形成された右側の空気流路64に
示された矢印(符号無し)は,ピストン51に向かっている。また,
テーパピン40の内方においてピストン51の上側部外側を始端とす
る矢印D(図3中で右側)は,ピストン51の頂部を経て,テーパピ
ン40の上端開口部を覆うキャップ47に穿設された小孔48を通っ
てテーパピン40の外方(メス側テーパ穴25内)を指向している。
テーパピン40の外方においてテーパブッシュ34に形成された環状
溝59内を始端とする矢印D(図3中で左側)は,テーパピン40の
貫通孔65を通ってテーパピン40とピストン51との間を経て,テ
ーパピン40に形成された空気流路64内に入り,空気流路64内を
ピストンから離れる方向に向かっている。さらに,その下流側に示さ
れた矢印(符号無し)は,空気流路64内にて,さらにピストンから
離れる方向に向かっている。
③ 図3中の上下方向がO 1軸とされている。ピストン51は,O 1軸方
向へ移動自在になっている。
(3) 刊行物2(甲3)には,次の記載がある。
「[実施例」‥‥‥図面において,1は装置テーブルを示し,2は工作テ
ーブルまたは固定台を示す。工作テーブル1(判決注:「装置テーブル1」
の誤記と認める。)には‥‥‥円筒形ハウジング3が固定される。‥‥‥ハ
ウジング3にはさらに上部外周部に切頭円錐面15‥‥‥が設けられる。工
作テーブル(固定台)2は‥‥‥その縁部には環状の肩材19が設けられる。
‥‥‥この環状肩材19のフランジ部19’にはリング22が固定される。
この環状肩材19,19’は‥‥‥工作テーブル2に固定される。リング2
2の内面にはハウジング3の円錐面15と協働するための円錐面25が形成
される。リング22はその外周部に2つの半径方向のスプリング26を有し,
これらのスプリングによりリング22が肩材19,19’内に固定支持され
る。これらのスプリング26の配置により,リング22従ってその円錐面2
5がZ方向すなわち前述の軸16と平行な方向に弾発動作可能となる。」
(2頁右下欄14行∼3頁右上欄15行)
(4) 刊行物3(甲4)には,次の記載がある。
ア 「前記従来の工具ホルダーは,そのフランジ部の外周面に凹設された周
溝部を自動工具交換装置のアームで把持することにより,工作機械の主軸
のテーパ孔に着脱自在に装着される。この装着の時,スリーブ外周面のテ
ーパ面が主軸のテーパ孔に嵌合し,主軸端面とフランジ端面との間には,
所定の間隙が形成されている。」(段落【0005】)
イ 「そして,主軸に内装された引張手段により工具ホルダーが主軸内方に
引き込まれることによりフランジ端面が主軸端面に当接する。このとき,
スリーブは,弾性部材によって押圧され,主軸のテーパ孔との結合を強固
にすると共に,スリーブの内径が縮径して,スリーブとシャンク部との結
合が強化される。即ち,前記従来の工具ホルダーは,工作機械の主軸のテ
ーパ孔と工具ホルダーのシャンク部のテーパ面,及び,主軸端面と工具ホ
ルダーのフランジ部端面の二個所で主軸に密着当接し,且つ,スリーブと
シャンク部との結合を強化することにより,同じ引っ張り力において,テ
ーパ孔とテーパ面の一個所のみにより結合されるものよりも強固な結合剛
性を得ようとするものであった。」(段落【0006】)
ウ 「‥‥‥本発明の工具ホルダーは,工作機械の主軸1のテーパ孔2に嵌
合するスリーブ3と,‥‥‥シャンク部4と一体的に設けられて前記主軸
の端面に当接するフランジ部5と‥‥‥」(段落【0017】【実施
例】),
エ 「前記フランジ部5のシャンク部側の端面は,前記工作機械の主軸1の
端面に面接当する‥‥‥」(段落【0021】),
オ 「‥‥‥このプルスタッド14の外周部に前記シャンク部4の外径より
も大径とされた突出部16を有し,該突出部16が前記スリーブ3の抜
け止めを行っている。この突出部16とスリーブ3との間にプリロード
付与手段17が介在されている。」(段落【0023】)
カ 「このプリロード付与手段17は,‥‥‥スリーブ端面とフランジ面5
の平坦面との組立距離を一定にするものである。」(段落【0024】)
キ 「このとき,主軸1のテーパ孔2と,工具ホルダーのスリーブ3のテー
パ面とが密着嵌合する。‥‥‥」(段落【0029】)
ク 「このとき,スリーブ3は弾性部材6の圧縮による反発力により軸方向
に押圧され,該押圧力により,スリーブ3のテーパ面と主軸1のテーパ孔
2とのテーパ接触結合が得られる。‥‥‥」(段落【0031】)
ケ 図1によると,主軸1の端面と工具ホルダーのフランジ部5のシャンク
部側の端面とが密着し,主軸1のテーパ孔2と工具ホルダーのスリーブ3
の外周面に形成されたテーパ面とが密着している。
(5) 刊行物4(甲5)には,次の記載がある。
ア 「ロックロッド38の前端には2つの円筒凹部状の当接傾斜路44が形
成され,ロックロッド38が引っ張られて図2に示す後退位置に保持され
る時,上記の当接傾斜路44が,本体42の開口部24を通して球体36
を外側へ移動させる。ツールホルダを取り外す為にロックロッド38が前
側へ押動されたとき,球体36は凹部46に受容され,ツールホルダを取
り外し可能になる。」(3欄66行∼4欄6行)
イ 「ロックロッド38の後端には,ロックロッド38を一般的な手段によ
り往復運動させる為のネジ部材64が設けられ,ロックロッド38をツー
ル支持部材34に対して後退位置に保持してシャンクをロックし,また,
ロックロッドを前進位置に移動させてシャンクをアンロックしてから,ロ
ックロッドの前端の当接面66を,シャンク14の円筒部の内側のシャン
ク押出し面68に当接させることにより,シャンクをツール支持部材34
から前方へ離脱させる。」(4欄66行∼5欄7行)。
ウ 図2
ツール支持部材34の前向き面52とツールホルダの後向き面16とが
密着し,ツール支持部材34の穴51の前向き回転面52(テーパ)とツ
ールホルダのシャンク14の第1回転面20(テーパ)とが密着している。
2 取消事由1(刊行物2の認定の誤り)について
前記1で認定した刊行物2の記載によると,リング22は,軸心方向に,移
動可能に付勢された状態であることが記載されているということができる。し
たがって,原告の主張は,その前提を欠くものであり失当である。
3 取消事由2(引用発明の認定及び一致点の認定の誤り)について
(1) 上記1で認定した刊行物1の記載によると,引用発明は,メス側テーパ
ブッシュ34のテーパ穴25及び端面26が,オス側テーパピン40のオ
ス側テーパ面27及び端面28にそれぞれ密着して二面拘束状態になるも
のであるが,メス側テーパブッシュ34には環状溝59が形成され,オス
側テーパピン40には複数の貫通孔65が放射状に形成されている。そし
て,刊行物1には,図3の上方に向けてすぼまるように形成されたメス側
テーパブッシュ34の凹状部分について,環状溝59よりも頂壁側(上側
部)のみが二面拘束に関与し,開口端側(下側部)がこれに関与していな
いことをうかがわせる記載はないから,メス側テーパブッシュ34の凹状
部分の内周面は,環状溝59以外が二面拘束に供されるテーパ穴25であ
ると認めるのが相当である。そうすると,オス側テーパピン40の凸状部
分の外周面も,同様に,貫通孔65以外が二面拘束に供されるテーパ面2
7であると認めるのが相当である。
したがって,引用発明が「上記のパレット20の上記の端面28に凹部
を開口させて,その凹部にメス側テーパ穴25の下部部分と環状溝59と
メス側テーパ穴25の上部部分とを開口端から順に形成し,」との構成を
有しているとした審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は,引用発明のテーパ穴25は,図3のとおり,環状溝59の上側
部であり(テーパ穴25が密着するテーパ面27も,ボール58の上側部で
ある。),かつ,刊行物1に,環状溝59の下側部がテーパ穴25であるこ
とを示唆する記載はないから,本件発明1の位置決め孔12に相当する刊行
物1記載の発明のテーパ穴は,環状溝59よりも頂壁側(上側部)にのみ存
在し,開口端側(下側部)には存在しないと主張する。確かに,図3は,テ
ーパ穴25が環状溝59の上側部を指し示し,また,テーパ面27もボール
58の上側部を指し示しているかのようであるが,上記刊行物1の記載をも
合わせ考えると,上記(1)のとおり,テーパ穴25は,環状溝59以外のメ
ス側テーパブッシュ34の凹状部分の内周面であると認めるのが相当である。
原告の上記主張は,採用できない。
4 取消事由3(本件各発明と引用発明との相違点の看過)について
上記3で認定判断したとおり,「メス側テーパ穴25の下部部分」は,「メ
ス側テーパ穴25の上部部分」とともに,「位置決め孔12」に相当するとの
審決の認定に誤りがないから,原告の主張はその前提を欠き失当である。
5 取消事由4(相違点1ないし3の認定の誤り)について
(1) 原告は,相違点1ないし3を認定するに当たっては,相違点に係る各部
材が「基準部材」と「可動部材」とのいずれに設けられているかを明確にす
べきであると主張する。
しかしながら,審決は,本件各発明と引用発明について,それぞれの部材
が「基準部材」と「可動部材」とのいずれに設けられているかを認定した上,
「上記の可動部材の上記の被支持面にソケット穴を開口させて,そのソケッ
ト穴に位置決め孔と係止孔とを開口端から順に形成し,上記ソケット穴へ挿
入される環状のプラグ部分を上記の基準部材から突設させ,」との構成にお
いて一致するとし,これを除いた事項を,相違点1ないし3としたのであっ
て,それぞれの部材が基準部材と可動部材とのいずれに設けられているかに
ついて認定しているのである。原告の主張は採用できない。
(2) 原告は,米国特許商標庁も,欧州特許庁も,本件各発明と刊行物3との
技術的な対比をするに当たり,各構成が基準部材にあるのか,可動部材にあ
るのかを重視した判断をしているから,このような国際的な判断基準を考慮
すべきであると主張する。
しかしながら,米国特許商標庁が再審査事件において進歩性の判断の基礎
となる主引用例は,刊行物2による優先権に基づく米国特許であって,刊行
物1ではない(甲8)。また,欧州特許庁異議理由の審理における主引用例
も,D1(EP0922529)であって,刊行物1ではない(甲12)。
審決は,進歩性の判断の基礎となる主引用例を刊行物1とするものであり,
かつ,上記(1)のとおり,本件発明各発明と引用発明との対比において,各
構成が基準部材にあるのか,可動部材にあるのかは相違点にはなっていない
から,米国特許商標庁や欧州特許庁の事件とは,事案を異にする。
よって,原告の上記主張は採用できない。
6 取消事由5(相違点1の判断の誤り・その1)について
本件発明1に係る特許請求の範囲には,「プラグ部分21」については「‥
‥‥上記ソケット穴(11)へ挿入される環状のプラグ部分(21)を上記の基準
部材(R)から突設させ,」と,基準部材Rから突設させることは規定されてい
るものの,「プルロッド31」については「上記のプラグ部分(21)の筒孔
(21a)にプルロッド(31)を軸心方向へ移動自在に挿入して,‥‥‥」と規
定しているにとどまるのであり,何ら突設されたものではない。原告の上記主
張は,特許請求の範囲の記載に基づかない事項を前提とするものであって,失
当である。
7 取消事由6(相違点1の判断の誤り・その2)について
前記1で認定したとおり,刊行物4には,「ロックロッドの前端の当接面6
6を,シャンク14の円筒部の内側のシャンク押出し面68に当接させること
により‥」と記載されており,また,前記のとおり,「アンクランプ駆動によ
り,ロックロッド38がシャンク14の円筒部の内側のシャンク押出し面68
を押し上げ」るものと認められる。他方,本件発明1に係る特許請求の範囲に
は,「ソケット穴11の頂壁11a」について,「‥‥‥上記のアンクランプ
駆動時には,上記プルロッド(31)の先端が前記ソケット穴(11)の頂壁(1
1a)を押圧し,‥‥‥」と記載されている。
そうすると,刊行物4のシャンク押し出し面68と,本件発明1のソケット
穴11の頂壁11aとは,前者が,アンクランプ駆動時にロックロッドの前端
の当接面66を当接させることにより押し上げられるものであり,後者が,ア
ンクランプ駆動時にプルロッド31の先端を押圧するものである点で,両者は
共通しているのであるから,刊行物4の「シャンク押し出し面68」が,本件
発明1の「ソケット穴11の頂壁11a」に相当すると認定した審決に誤りは
ない。原告の主張は,採用できない。
8 取消事由7(相違点2の判断の誤り)について
(1) 前記1で認定した刊行物1の記載によると,工作機械のテーブル又はク
ランプパレットにワークパレットを固定するクランプ装置において,テーパ
面を有する複数(通常4個)のコーンパッド(テーパピン)を,テーパ穴を
有するテーパブッシュにそれぞれ装着してパレットをクランプするものは,
端面が非接触なので縦方向(例えば上下垂直方向)の繰返し精度のばらつき
が大きく,また,テーパ部のみでクランプしているので,クランプ力が弱く,
パレットを強固にクランプすることが難しいという課題があったところ,引
用発明は,このような課題を解決するために,パレット側装着部の端面及び
メス側テーパ穴に,テーブル側の端面及びオス側テーパ面をそれぞれ同時に
密着させて二面拘束によりクランプするという構成を採用したものと認めら
れる。
(2) 刊行物3のクランプ装置は,工作機械の主軸に工具ホルダーを固定する
ものであるところ,前記1で認定した刊行物3の記載に照らすと,主軸1の
端面及びテーパ孔2に,工具ホルダーのフランジ部5のシャンク部側の端面
及びスリーブ3のテーパ面をそれぞれ同時に密着させて二面拘束するという
構成を採用したということができる。
また,刊行物4のクランプ装置も,工作機械の主軸に工具ホルダーを固定
するものであるところ,前記1で認定した刊行物4の記載に照らすならば,
ツール支持部材34の前向き面52及び穴51の前向き回転面52に,ツー
ルホルダの後向き面16及びシャンク14の第1回転面20をそれぞれ同時
に密着させて二面拘束するという構成を採用したということができる。
(3) そして,機械のテーブル又はクランプパレットにワークパレットを固定
する引用発明のクランプ装置と,工作機械の主軸に工具ホルダー本体を固定
する刊行物3及び刊行物4のクランプ装置とは,共に工作機械に使用される
クランプ装置であり,2つの部材をテーパ係合によって心合わせするデータ
ム機能付きのクランプ装置であって,技術分野を共通にする。
そうであれば,引用発明に刊行物3又は刊行物4記載の事項を組み合わせ
ることは,当業者が容易になし得るものと認められる。
(4) 原告は,引用発明は基準部材とワークパレットが基本的に不動であるの
に対し,刊行物3各記載の事項は加工時に基準部材が高速で回転するから,
引用発明と刊行物3とは,その設計思想や設計者が直面している課題が根本
的に異なると主張する。
しかしながら,上記のとおり,引用発明のクランプ装置と刊行物3のクラ
ンプ装置は,ともに工作機械に使用されるクランプ装置であり,2つの部材
をテーパ係合によって心合わせするデータム機能付きのクランプ装置であっ
て,かつ,その設計思想や課題ないしその背景にある技術は基本的に共通す
るのであるから,引用発明に刊行物3の二面拘束の構成を組み合わせること
は格別妨げられないというべきである。原告の上記主張は,採用することが
できない。
(5) 原告は,刊行物3の工具ホルダーと引用発明のワークパレットとは,同
一の技術課題(二面拘束)の解決のための技術的思想を異にするから,引用
発明に刊行物3記載の事項を適用する動機付けがないと主張する。
しかし,前記1で認定した刊行物3の記載に照らすと,刊行物3に接した
当業者は,より強固な二面拘束を実現することを期待して,引用発明に刊行
物3の適用を試みると考えられる。そうであれば,引用発明に刊行物3を適
用することの動機付けはあるということができる。原告の上記主張は,採用
できない。
(6) 原告は,刊行物1には,刊行物3記載の「シャトル部材」を適用するこ
とを阻害する事由が記載されていると主張する。
引用発明に刊行物3に記載の事項を採用する上で各部材の寸法等をどの程
度にするかは当業者が適宜設定し得る事項であるから,別紙「γ」部分の高
さを変えないように設定することも可能であり,「γ」部分の高さ方向の寸
法が増加するとの根拠はない。
また,前記1で認定した刊行物1の段落【0033】の記載によると,押
圧点Sが,互いに密接する両端面26,28の近傍に位置することの効果に
ついて記載がなく,また「位置決め精度が向上する」との効果は,「各押圧
点Sはクランプ機構30,31の中心位置から半径方向外方にかなり離れた
位置にある」ことによって奏されるのであって,引用発明の「γ」部分の高
さ方向の寸法が増加しても押圧点Sの位置は変わらないし,むしろ引用発明
の「γ」部分に刊行物2に記載された「リング22」を適用すれば,互いに
密着する両端面26,28がクランプ機構30,31の中心位置から半径方
向外方に位置し,さらに位置決め精度が高くなるから,原告の主張は採用で
きない。
(7) したがって,引用発明に刊行物3記載の事項を組み合わせることに困難
はないから,原告の上記取消事由の主張は,理由がない。
9 なお,原告は,訂正請求に関する審決の判断を争って平成18年4月3日付
け訂正審判請求書(甲6)により訂正審判請求を行い,審判請求は成り立たな
いとした審決に対して,その取消訴訟(当庁平成18年(行ケ)第10425
号)を提起しているが,平成19年12月28日に,審判請求は成り立たない
とした審決を維持すべきものとして,当裁判所において原告の請求を棄却する
判決をした(当裁判所に顕著な事実)。
10 結論
以上に検討したところによれば,本件各発明は,引用発明及び刊行物2ない
し4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であって,本件各発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反して特許
されたものであるから,審決の判断に誤りはない。原告はその他縷々主張する
が,いずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 三 村 量 一
裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 上 田 洋 幸
(別紙)
最新の判決一覧に戻る