平成19(ネ)10036特許権侵害差止等請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成19年12月25日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人大成プラス株式会社 被控訴人松下電器産業株式会社ケーションズ株式会社
パナソニックモバイルコミュニ
両名訴訟代理人弁護士大武和夫
両名補助参加人シンジーテック株式会社
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対象物 |
記録再生装置の防振装置 |
法令 |
特許権
特許法102条3項1回
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キーワード |
特許権4回 審決3回 損害賠償3回 実施2回 無効2回 侵害1回 無効審判1回 差止1回
|
主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,補助参加によって生じた費用を含め,控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
1 一審原告である控訴人は,名称を「記録再生装置の防振装置」とする発明に
ついて特許権を有している(出願 平成2年10月22日,登録 平成10年1
0月9日,登録第2138602号,請求項の数4,訂正審決確定 平成14
年11月12日。本件特許。甲2の1,2 。一方,原判決別紙1「イ号装置目)
録」に記載された商品名及び品番の記録再生装置(本件CDチューナー)を,
一審被告である被控訴人パナソニックは平成8年から平成14年まで,一審被
告である被控訴人松下電産は平成15年以降,それぞれ販売している。そして,
イ号装置のうち「減衰手段」に該当する部材(イ号減衰手段)は平成19年4
月1日補助参加人シンジーテック株式会社に吸収合併された北辰工業株式会社
(以下「北辰工業」という)が製造したものである。 |
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判決文
判決言渡 平成19年12月25日
平成19年(ネ)第10036号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地裁
平成16年(ワ)第21737号のイ)
口頭弁論終結日 平成19年10月30日
判 決
控 訴 人 大 成 プ ラ ス 株 式 会 社
訴 訟 代 理 人 弁 護 士 赤 尾 直 人
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 富 崎 元 成
被 控 訴 人 松下電器産業株式会社
被 控 訴 人 パナソニックモバイルコミュニ
ケーションズ株式会社
被控訴人両名訴訟代理人弁護士 大 武 和 夫
同 山 内 貴 博
同 金 山 卓 晴
同 古 川 裕 実
同 補 佐 人 弁 理 士 高 松 猛
同 小 栗 昌 平
同 橋 本 公 秀
北辰工業株式会社承継人(平成19年4月1日吸収合併)
被控訴人両名補助参加人 シンジーテック株式会社
訴 訟 代 理 人 弁 護 士 酒 井 正 之
補 佐 人 弁 理 士 栗 原 浩 之
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,補助参加によって生じた費用を含め,控訴人の負担と
する。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1) 被控訴人松下電器産業株式会社(以下「被控訴人松下電産」という 。)は,
原判決別紙1「イ号装置目録」記載の記録再生装置の防振装置を製造し,か
つ販売してはならない。
(2) 被控訴人松下電産は,控訴人に対し,3552万6316円及びこれに
対する平成16年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
3 被控訴人パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社(以下「被控
訴人パナソニック」という 。)は,控訴人に対し,7500万円及びこれに対
する平成16年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
5 上記2(2),3につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 一審原告である控訴人は,名称を「記録再生装置の防振装置」とする発明に
ついて特許権を有している(出願 平成2年10月22日,登録 平成10年1
0月9日,登録第2138602号,請求項の数4,訂正審決確定 平成14
年11月12日。本件特許。甲2の1,2 )。一方,原判決別紙1「イ号装置目
録」に記載された商品名及び品番の記録再生装置(本件CDチューナー)を,
一審被告である被控訴人パナソニックは平成8年から平成14年まで,一審被
告である被控訴人松下電産は平成15年以降,それぞれ販売している。そして,
イ号装置のうち「減衰手段」に該当する部材(イ号減衰手段)は平成19年4
月1日補助参加人シンジーテック株式会社に吸収合併された北辰工業株式会社
(以下「北辰工業」という)が製造したものである。
2 本件訴訟は,上記イ号装置が本件特許の請求項1の発明(訂正後のもの。以
下「本件発明」という 。)の技術的範囲に属するとして,控訴人が,(1)被控訴
人松下電産に対しては,①本件CDチューナー内のイ号装置の製造販売禁止,
及び,②平成15年1月から平成16年7月までの使用による特許法102条
3項に基づく損害賠償金3552万6315円とこれに対する平成16年8月
18日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
の支払を,(2)被控訴人パナソニックに対しては,平成8年から平成14年ま
での使用につき,平成8年から平成13年8月3日までは不当利得として,平
成13年8月4日以降は特許法102条3項に基づく損害賠償金として,合計
7500万円及びこれに対する平成16年8月17日(訴状送達日の翌日)か
ら支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
3 原審の東京地裁は,平成19年3月16日,本件CDチューナー内のイ号装
置が本件発明の構成要件中の「熱融着」を充足していることの立証はない等と
して,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,この判決に不服の控訴人が,
本件控訴を提起した。
4 なお,これまで控訴人は北辰工業に対し,訂正前の本件特許の請求項1に基
づき,前記イ号減衰手段の製造販売禁止と損害賠償等の支払を求めた(東京地
裁平成11年(ワ)第20766号)が,平成14年1月29日請求棄却の判決
がなされ,同判決は平成14年10月29日の東京高裁判決(平成14年(ネ)
第1250号)及び平成15年3月27日の最高裁決定(平成15年(オ)第1
95号,平成15年(受)第208号)で維持された。
一方,本件特許に対し北辰工業から特許無効審判請求がなされた(無効平1
1−35576号)が,平成13年10月2日「訂正を認める。請求不成立」
の旨の審決がなされ,これに対する審決取消訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)
第505号)が提起されたが,平成14年10月29日請求棄却の判決がなさ
れ,平成14年11月12日確定している。
第3 当事者の主張
1 当事者双方の主張は,次に付加するほか,略称も含め,原判決の「事実及び
理由」欄の第2「事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。
なお,当事者間に争いがない本件発明(本件特許の請求項1。ただし,訂正
後のもの)の構成要件(分説の符号は原判決のとおり)は,次のとおりである
(下線が訂正部分)。
「A 内部に空間を区画する筐体と,この筐体の一部に設けられ,記録再生
装置を支持するための弾性支持具と,前記筐体の一部に設けられ,前記
記録再生装置を支持し,かつその振動を減衰するための減衰手段とを備
えた防振装置であって,
B 前記減衰手段は,
a 前記筐体にその内方を向くように設けられた,熱可塑性樹脂のエン
ジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と,
b この筒状部内に収容された減衰材と,
c 前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱
融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり,略中央部に前記記録再生
装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材
と,
d 前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する
C 記録再生装置の防振装置。」
2 控訴人
原判決は,イ号減衰手段が構成要件Bc「熱融着」を充足しないとしたが,
この判断には,以下に述べるとおり ,「熱融着」の成否に対して行われた控訴
人の主張の重要不可欠な部分を曲解するとともに,控訴人の主張の少なからぬ
部分について判断を欠落するという瑕疵があり,その結果,明らかに誤った結
論に至っているものである。
(1) 構成要件Bc「熱融着」の解釈
ア 原判決は ,「…構成要件Bcにいう「熱融着」は,接着剤による接着や
機械的接着方法によらずに,熱可塑性弾性体自身の溶融熱で筒状部の表面
部分を一部溶かし,接着することを意味する… 」(57頁下13行∼下1
1行 ) 「接着剤の配合の点については,…本件発明は,接着剤による接
,
着方法や機械的接合方法を一切使用しないで,熱融着のみで減衰手段とし
て必要な接着強度を確保しようとするものであり,それ以外の接着方法を
併用しなければ必要な接着強度を確保できない場合は,本件発明の技術的
範囲には含まれないものと解するのが相当である 。 (57頁下10行∼
」
下6行)とする。
(ア) しかし,接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発明
が採用していないという事項と ,「熱融着」に際し,エンジニアリング
プラスチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強
することとは,技術的に別の事項である。すなわち,前者は ,「熱融
着」と全く異なる技術的手法であって本来併存し得ないのに対し,後
者は ,「熱融着」を前提とした上で,接着力を増強又は補強することを
目的として「熱融着」と併存することを前提としている。したがって,
前者と後者とは「熱融着」の併存関係において相違している以上,前
者から後者に関する一般的基準を導くことはできない。
(イ) また ,「熱融着」においては,必要な接着の程度,すなわち接着強
度を加熱温度及び又は加熱時間等によって調整可能である以上,通常
接着剤の配合を必要としているわけではなく,ましてや,接着剤を配
合しなければ,接着強度を確保できない等ということは,技術常識と
してあり得ない。
(ウ) また,イ号筒状部におけるイ号接着剤の配合は,あくまでポリプロ
ピレンとガラス繊維との結合力の向上を本来の目的としているところ,
広義の趣旨の「エンジニアリングプラスチック」にガラス繊維を配合す
ることは,本件特許出願前から既に公知(甲21)である。一方,イ号
接着剤はイ号筒状部内に略均一に分散されており,こうしたガラス繊維
との接着強度の増強を目的としていると解される(甲77,92 )。さ
らに,本件特許出願前から,イ号接着剤のような変性ポリエチレンの配
合によって耐衝撃性を増強させることも開示されている(甲87)。
これらを踏まえれば,本件発明は,その筒状部につき一定以上の機械
的強度を必要としている以上,ガラス繊維の配合,更にはポリプロピレ
ンとガラス繊維との結合力の増強のために接着剤を配合することを排除
していないというべきである。
イ(ア) 減衰手段において「熱融着」が成立するためには,以下のa,bの
双方の条件を満たすことをもって必要かつ十分である。なぜなら,後記
bの状況は,溶融したエンジニアリングプラスチック(イ号ポリプロピ
レン)が,第1密封部材の素材(イ号エラストマー)との衝突を原因と
して,金型の温度条件に基づいて,溶融することを不可欠としており,
また,後記aの状況は,切断片を破断するという実際の使用段階では生
じないような応力に対しても,剥離不能状態を呈することによって減衰
手段に必要な接着強度を十分実現していることを意味するからである。
a 剥離試験において,筒状部又はその切断片と第1密封部材(イ号
エラストマーを含む 。)又はその切断片とが剥離不能状態を示すこ
と
b 筒状部におけるエラストマーとの接合界面が,金型内における成
形条件について,金型内の成形圧力,すなわち温度条件以外の成形
条件を同一に設定した場合において,剥離可能状態を示す筒状部成
形品(被告実験のイ号筒状部サンプルを含む 。)の接合界面よりも
程度の大きい起伏状態が形成されていること
(イ) 仮に前記aのような剥離不能状態に至るも,bのような接合界面に
おける起伏状態が実現していないのであれば,実際の製造工程において
も,剥離可能状態を示す筒状部成形品の場合と同様に,筒状部が溶融し
ていないことを意味している以上 ,「熱融着」は実現されていない。他
方,仮に前記bのような起伏が形成されるも,前記aのような剥離不能
状態に至っていないのであれば,減衰手段としての本来必要な強度を伴
った接着が保証されていない以上,減衰手段に必要な「熱融着」には該
当しない。
(ウ) そして,上記a及びbを基準とした場合には,原告実験(甲6実験,
甲41実験,甲59実験,甲64実験及び甲69実験のこと。以下同
じ)の成形条件とイ号減衰手段の製造工程の成形条件との異同,及び
イ号接着剤の配合の有無は,全く問題となり得ない。
ウ 被控訴人らは,控訴審において,従前「混合又は凝着」が定義の一部で
あったはずであるにもかかわらず ,「混合及び凝着」という変遷が行われ
ていると主張する。
しかし,「混合又は凝着」とは ,「混合」と「凝着」とが異なる技術概念
であることから技術概念として峻別するために「又は」の表現を使用した
ものである一方,双方のポリマーが熱融着に際し,現実に生じ得る現象と
して ,「混合」及び「凝着」を伴うと主張したのは,双方のいずれもが
「熱融着」において生じ得る現象であること,具体的には「溶融」に伴う
「混合」が行われ接着し合う場合と,このような「混合」を伴わずに「溶
融」を原因とする「凝着」によって接着し合う場合との双方が存在し得る
ことから「及び」の表現が行われているのである。すなわち ,「混合」と
「凝着」とが異なる技術概念である一方,双方が「熱融着」と共に実現し
得る現象であるがゆえに「及び」の表現を採用したところで,そこには何
ら不合理性は存在しない。
(2) イ号減衰手段の「熱融着」の充足性
イ号減衰手段においては,その筒状部と,第1密封部材14を形成してい
るスチレン系熱可塑性エラストマー(イ号エラストマー)とが接合するに際
して「熱融着」が行われているから,イ号減衰手段は,本件発明の構成要件
Bcの「熱融着」との文言を充足する。
ア イ号筒状部先端の変形(甲4)
原判決は ,「確かに,…イ号筒状部の先端頂部の形状(甲4の1)は,
試作品の先端部の形状(甲4の4)とは相当異なっていること,イ号筒状
部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状と成形後の形状と対比
していないため,変形の有無や程度が明らかではないこと,イ号筒状部の
厚さは1㎜以下という薄いものであり…,射出成形時の圧力又は製品断面
を観察するために切断した時の刃物の押し圧により変形する可能性も否定
できないところ(乙44 ),試作品の射出成形時の圧力がイ号エラストマ
ーの射出成形時の圧力と同じであることの立証がないことからすると,甲
4の4の写真との対比から,甲4の1の先端頂部の丸みを帯びて湾曲して
いることの原因が,イ号ポリプロピレンが溶融して変形したためであると
認めることはできない 。 (61頁6行∼下2行)とする。
」
(ア) しかし,イ号筒状部の金型と,試作品の奥山金型とが,具体的な形
状において相違するとしても,筒状部の先端頂部が根元と同一幅であ
り,しかも先端頂部のコーナーが直角である点においては共通してい
る。しかるに,イ号筒状部(甲4の1)及び試作品(甲4の4)にお
いて,そのような直角形状が維持されずに変化している原因として,
イ号ポリプロピレンの溶融を論じるものである以上,上記共通性を考
慮すべきであるのに,原判決はこれを理解していない。
(イ) イ号筒状部の先端頂部(甲4の1)及び試作品の先端部(甲4の
4)は,いずれも,ダイヤモンドカッターで切断しており,切断段階
における押し圧力によって変形することはない。
(ウ) 原判決が根拠とする乙44を見ても,仮に切断によってイ号筒状部
の先端頂部が変形するのであれば,イ号筒状部全体が幅方向に広がり,
イ号エラストマーのうち,筒状部の両側に位置している部分は横方向
に広がり,イ号筒状部の上側と同一幅を維持することはあり得ないは
ずであるのに,実際のイ号エラストマーは,筒状部の両側及び上側と
も同一幅を示している。甲104(大成プラス株式会社技術本部長E作
成の試験結果報告書(1))も,切断によって頂部におけるコーナー部分
の形状は何ら変化していないことを示している。
(エ) 乙56の写真17は,接着剤が配合されていないイ号ポリプロピレ
ンの剥離試験後の写真であるところ,金型の形状を反映して根元及び
先端頂部が同一の幅であり,かつコーナーは直角状態にある。また,
甲44の写真1・2,乙43の写真2・3は,イ号減衰手段の筒状部
の接合界面の断面写真であるところ,イ号ポリプロピレン中の有機物
の充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈している。これらのことは,
イ号筒状部先端は単に成形圧力だけでは変形せず,イ号ポリプロピレ
ンの溶融によって初めて変形し得ることを示している。
(オ) 甲69実験におけるイ号減衰手段(153ダンパ)のノズル温度1
70℃サンプルと同230℃サンプルの端部の形状をみると,前者の
場合には,先端頂部は金型直角形状を維持しながら,全体形状がやや
傾斜するという変形状態を呈しているのに対し,後者の場合には,先
端頂部は,筒状部が溶融することによって丸みを帯びた形状となった
上で,全体形状が傾斜している。これは,温度条件の相違によってイ
号筒状部先端の変形の程度が相違することを示している。
イ 剥離試験(甲41,59,64,69)について
(ア) 原告実験による評価
① 甲41実験,甲59実験,甲69実験は,イ号筒状部において採用
されているガラス繊維入りのポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式
会社製造のガラス繊維を約20%含有している「ノバテック C 5
20X 」)によって製造したサンプルに対し,軟質の熱可塑性弾性体
であるエラストマーを,射出成形機の先端に位置しているノズルから,
温度を順次変化させながら同サンプルの先端部のみに衝突させ,かつ
接合を行わせた上で,金型内ピーク温度の測定及びその後の剥離試験
を行ったものである。
その結果,ノズル温度170℃に対応する金型内ピーク温度が16
1.4℃の段階では,4個すべてが剥離し,ノズル温度190℃に対
応する金型内ピーク温度が175.7℃の段階でも,8個のうち7個
が剥離し1個が一部剥離不能であった。しかるに,ノズル温度20
0℃に対応する金型内ピーク温度183.0℃以上の段階においては ,
4個すべて剥離不能であった。
このように,ノズル温度200℃に対応する金型内ピーク温度18
3.0℃に至って急にすべて剥離不能状態に至る原因としては,熱融
着以外にはあり得ない。なぜなら,上記サンプルの融点以下の段階で
は,全部剥離状態であるにもかかわらず,上記サンプルの融点を超え
た特定の温度条件(最高融解温度)に至った段階にて急に剥離不能状
態という著しい接着性を示すことについては,加熱を原因として,上
記サンプルが十分溶融してエラストマーと接着し合うという熱融着に
よって初めて合理的に説明することが可能であり,熱融着以外に合理
的な原因を想定することは不可能だからである。
② 甲64実験,甲69実験は,それぞれ被控訴人松下電産の製品番号
CQ−C1101D及び同CQ−DPX153Dの各製品(イ号装
置)からイ号減衰手段を取り出し,イ号エラストマーを除去するこ
とによって,製造段階において既にイ号接着剤が約20重量%配合
されているイ号筒状部について,上記①と同様の実験を行ったもの
である。
その結果,ノズル温度170℃に対応する金型内ピーク温度(1
62.9℃,163.6℃,161.4℃)の場合は,12個すべて剥
離し,ノズル温度190℃に対応する金型内ピーク温度(174.5
℃,175.3℃,175.7℃)の場合は,12個のうち10個が
剥離し2個が一部剥離不能であった。しかるに,ノズル温度230
℃に対応する金型内ピーク温度(221.7℃)以上の場合は,12
個すべてが剥離不能であった。
③ 上記①,②の原告実験の評価
a 以上の①,②から明らかなように,金型内の温度変化に対応す
る剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況は,接
着剤が配合されていないサンプルの場合とイ号筒状部の場合とで
は全く同一であって,変性ポリエチレンによるイ号接着剤の寄与
は全く見られない。
イ号接着剤の融点は約103℃であり(乙17の2 ),少なくと
も115℃を超えた段階ではイ号接着剤(変性ポリエチレン)の
最高融解温度領域を超えているから,本来の接着機能を発揮する
ことが可能であるはずであるし,金型内ピーク温度が約148℃
∼220℃の温度範囲においては,高温になるに従って接着強度
が増強しているはずである(乙23の表1,図2参照 )。しかるに,
上記②のとおり,ノズル温度170℃の場合,金型内ピーク温度
約161℃∼164℃であるにもかかわらず,依然として全部剥
離状態であることは,イ号接着剤が全く寄与していないことを明
瞭に示している。
b 原告実験で使用した金型と,被告実験(乙23実験,乙44実
験,乙48実験のこと。以下同じ)の金型とは,形状が相違して
おり,製造工程におけるノズル温度以外の成形条件(エラストマ
ーの射出速度,射出圧力,射出時間等)の異同関係も明らかでな
い。
しかし,乙48実験で作成された筒状部のエラストマーとの剥
離界面を撮影した乙56の写真14,20,25によれば,その
表面には金型のバイト傷や縞模様が残存し,筒状部は溶融してお
らず,非接合界面の表面と略同一であるのに対し,イ号筒状部の
接合界面を撮影した甲31の写真3の試料1の表面写真,乙43
の写真2,3によれば,その界面には非接合界面には見られない
ような起伏状態が形成されている。両者においてこのような起伏
状態の相違が生じたのは,両者の温度条件が,金型内において筒
状部を溶融させることによって起伏を生じさせるような温度条件
であったかどうかという点で異なっていたからにほかならない。
この点,乙56の写真14,20の倍率と甲31の写真3の倍
率とが相違するとしても,双方は全く桁違いの状態の表面を示し
ているわけではなく,かえって非接合界面において金型表面が転
写されている略平坦形状が,接合界面において維持されているか
否かを対比しうる状態にある点では,共通している。
したがって,金型の異同やノズル温度以外の成形条件の異同に
かかわらず,原告実験によればイ号減衰手段が「熱融着」を充足
していることを導くことができる。
c 原告実験においては,その切断片が剥離不能な状態にある(甲
6,乙48の2)イ号減衰手段の筒状部とイ号エラストマーとの接
着工程が再現されている。原告実験においては,イ号筒状部を摘
出するためにクロロホルムによってイ号エラストマーを除去して
いるが(甲63,69 ),もとよりイ号減衰手段の製造工程には,
そのような除去工程は存在しない。しかし,仮にイ号接着剤がイ
号筒状部内において略均等に分布しているのであれば,原告実験
においてクロロホルムによって接合界面の一部を侵食したとして
も,略均等な分布状態に変化が生ずるわけではない。そして,甲
52によれば,イ号接着剤はイ号筒状部の界面に偏在しているわ
けではなく,略均等に分布しており,局所的な集中はなされてい
ない。さらに,甲106のA∼C3枚の写真は,イ号筒状部のエ
ラストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうち
エラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理
を行ったものであるが,これらの写真によれば,エラストマー接
合部に見られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエ
チレンの溶融以外に考えられない(東京農工大学名誉教授工学博
士Fの「松下筒状部の表面写真に関する意見書 」〔甲107 〕 。
)
(イ) 剥離試験(甲6,41,64,69)に係る原判決の説示について
原判決は,原告実験(甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69
実験)の結果から ,「イ号減衰手段の製造において,エラストマーのノ
ズル温度を230℃に設定すれば,筒状部に到達する際のエラストマー
の温度がポリプロピレンの融点を超えると認めることはできない。 (6
」
5頁4行∼6行)とし,その根拠として ,「…微小表面センサによる計
測は,測温部が1.5㎜あるため,センサを設置するために,測定空間
のエラストマーの肉厚は2㎜を超えており,イ号減衰手段のエラストマ
ーの肉厚が0.3㎜であることと比べると,金型の冷却効果を大きく減
殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるものと考えられ
る。… 」(64頁下7行∼下3行 ) 「甲6実験,甲41実験,甲64実
,
験及び甲69実験は,…いずれもイ号減衰手段とは異なる金型を用いて
いる…,いずれもノズル温度や金型温度以外の成形条件が同一であるこ
との立証がない…,エラストマーについてはいずれも,接着剤について
は甲6実験及び甲41実験で素材の同一性が認められない…,…金型内
温度の測定方法に問題がある… 」(64頁下2行∼65頁3行)とする。
① しかし,原判決は,乙48実験における金型内ピーク温度の測定
について ,「…温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による
影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと考え
られる… 」(73頁7行∼9行)とするのであるから,原告実験の場
合も,微小表面センサにおいて所定の応答速度,測定空間が存在す
る以上 ,「実際の温度よりもある程度低くなっている」という帰結に
至るはずであるのに,原告実験の場合はそのような説示はなされて
いない。
② また,たとえ一度金型内ピーク温度を測定した後に,当該金型内
ピーク温度からの冷却の程度が少ないとしても,金型内ピーク温度
自体を実際の数値よりも高く測定することはあり得ない。
③ 原判決の上記説示のうち,測定空間のエラストマーの肉厚が2㎜を
超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3㎜であるこ
とと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減
衰手段の場合よりも高くなる,との説示は,乙35(北辰工業株式会
社「理化工業㈱製キャビサーモ射出成形機金型内樹脂温度センサを使
用した当社使用の熱可塑性エラストマーの温度測定」)を根拠とする。
しかるに,乙35実験で使用されているキャビサーモは,温度センサ
として熱電対素子の熱容量が大きく,かつ応答時間が遅いため,測
定された金型内ピーク温度と,本来イ号エラストマーが有している
温度との間に,時間遅れを原因とする温度差(温度ギャップ)を生
じさせる。この点,原告実験のように,大きな測定空間を設定する
ことによって冷却の程度が緩慢であることは,かえって温度差(温
度ギャップ)を小さくする点において正確性に寄与するものである。
また,原告実験における測定空間の大きさ及びその位置が適切であ
ることについては,甲59実験及び甲62実験によって明らかであ
る。
④ 被控訴人らは,営業上の秘密であるとしてイ号減衰手段のノズル温
度以外の成形条件を明らかにしていない。しかるに,原判決のよう
に,原告実験についてイ号減衰手段の製造工程と同一の成形条件で
あることを要求した場合には,一般に特許権者においては,いかな
る実験を行ったところで ,「秘密」事項に関連するデータを左右する
ような実験の場合には,同一性の立証が行われていないがゆえに,
結局当該実験に基づく訴訟資料は全て水泡に帰することにならざる
を得ず,このような帰結は不当かつ不公正である。
そして,本件においては,原告実験に基づき,イ号筒状部及びイ号
ポリプロピレンのいずれにおいても,ノズル温度230℃の段階に
おいて剥離不能状態が出現するとともに,接合界面において,イ号
ポリプロピレンが,溶融していない場合の平坦な状況とは明らかに
異なる起伏状態を呈することが既に証明されている。
このような場合,技術常識に即するならば,イ号筒状部及びイ号ポ
リプロピレンは,ともにポリプロピレンの溶融に基づいて接合界面
における起伏の形成,更には剥離不能状況に至った旨の合理的な説
明が可能となる以上,ノズル温度230℃と設定した場合のイ号減
衰手段の成形条件についても,原告実験の場合と同様に ,「熱融着」
が成立するような状況にあったものと認定又は推定することは十分
可能であるというべきである。
ウ 界面写真及び断面写真について
(ア) 起伏状態の存在とその評価
① 甲41実験の接着剤なしのサンプルの場合における,ノズル温度1
90℃のときの写真(甲98)とノズル温度160℃のときの写真
(甲68)とを対比すると,一部剥離不能状態を呈しているノズル
温度190℃の場合は,ノズル温度160℃の場合に比し,やや起
伏が増大するという程度であるが,これに対し,剥離不能状態を呈
しているノズル温度220℃のときの写真(甲68)は,上記のノ
ズル温度190℃のときの写真(甲98)に比し,明らかに程度の
著しい起伏状態を形成している。
このように,全部剥離不能状態と全部剥離状態及び一部剥離不能
状態とは,起伏の程度において相違しており,起伏の程度と剥離の
可否及びその程度とは明白な相関関係にある。これは,接合界面に
おいてエラストマーが溶融したポロプロピレンの領域内に侵食する
ことによって,略平坦だったポリプロピレンの界面が凸凹状態を形
成するに至ったことを原因としており,他に合理的な原因は見いだ
せない。
② イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接合界面に存
在しないような起伏状態が形成されていることは,断面写真である
甲44の写真1,2と同3,4との対比によって明らかであり,ま
た,乙43の写真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行
われる前段階にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ
号筒状部の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号筒状部の接
合断面の上端部)との対比からも明らかである。
③ また,甲29の写真6は,イ号筒状部のイ号エラストマーと接触
していない界面,すなわち非接合界面の断面を示しており,写真7
は,イ号筒状部の非接触部の領域を230℃×30秒加熱を行い,
当該非接触領域のイ号ポリプロピレンが溶融した後の状態を示して
いる。しかるに,写真7の非接合界面には,接合界面のような起伏
状態は形成されていない。したがって,イ号筒状部の接合界面にお
ける起伏状態は,単なる加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融だ
けでなく,所定の成形圧力を伴ったイ号エラストマーとの衝突によ
って形成されていることになる。
④ 甲31の写真3の試料1(イ号筒状部の接合界面における表面状
態)は,甲78の2(甲41実験のノズル温度220℃の場合の接合
界面の表面状態)と酷似している。このような酷似状態は,イ号筒
状部の接合界面も,溶融したイ号ポリプロピレンに対しイ号エラス
トマーが衝突し,双方が混合し合うことによって形成されたことを
十分推定させるものである。
⑤ イ号筒状部と,イ号接着剤が配合されていない筒状部とは,その
成形条件は同一のはずであるところ,イ号筒状部においては起伏状
態が形成されている(甲44の写真1・2,乙43の写真2・3)
にもかかわらず,イ号接着剤が配合されていない筒状部においては
起伏状態が形成されていない(乙56の写真14,20)ことは,
技術的に明らかに不合理である。
もっとも,イ号筒状部の接合界面の起伏が専ら変性ポリエチレンに
よるイ号接着剤によって形成されているのであれば,前記のような
起伏状態の形成の相違を合理的に説明し得るかもしれないが,甲7
8の2(変性ポリエチレンを配合していない場合)と甲99(変性
ポリエチレンを配合した場合)とを対比すると,起伏状態の存否は,
接着剤である変性ポリエチレンの配合の有無によって左右されてい
ないことが明らかであるし,また,乙43の写真3に示すような,
イ号筒状部の接合界面における起伏状態や二次ラメラによる縞模様
の状態(凸凹縞模様状態)は,金型の成形加圧のような温度条件以
外の成形条件では実現不可能であるから,これらに照らせば,同起
伏がイ号ポリプロピレンによって形成されていることは明らかであ
り,上記のような説明は客観的に不可能である。
⑥ 乙43の写真2,3等に示す接合界面の起伏状態が,イ号ポリプロ
ピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていないのであれば,当該起伏
状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロピレンの界面において,所
定の成形圧力を伴って衝突することによって,イ号ポリプロピレンの
界面が溶融せずに変化し,起伏状態を呈するに至ったものと解する以
外にない。しかし,甲78の2の写真(甲41実験によって得られた
各サンプルのうち,ポリプロピレンのみによるノズル温度160℃サ
ンプルの接合界面の状態)は,ライン状の金型の表面状態が反映し,
界面における起伏状態を全く形成しておらず,このことは,イ号エラ
ストマーの成形圧力に伴う衝突によって,接合界面による起伏状態の
形成がなされることがあり得ないことを示している。
⑦ イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,イ号ポリプロピレン
の溶融以外の成形条件によっては実現し得ない。
すなわち,原告実験のノズル温度190℃サンプルにおける金型
内ピーク温度は,イ号ポリプロピレンの融点を超え,最高融解温度
領域に至っており,しかも一部剥離不能状態が生じているところ,
この場合の接合界面における起伏状態は,甲98の写真のとおりで
ある。しかるに,かかる甲98の接合界面における起伏状態よりも,
甲44の写真1,2,乙43の写真3に示すようなイ号筒状部の接
合界面における起伏は,より大きな状態となっている。このことは,
後者の起伏状態が,金型内の温度条件以外の成形条件では実現不可
能であり,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて実現可能であ
ることを示している。
(イ) 原判決の説示に対し
① 原判決は ,「…どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプロピレン
が熱によって溶解したことを裏付けるのかについての客観的な判断基
準は明らかではないことからすると,…界面又は断面写真から,イ号
減衰手段においてポリプロピレンが熱により溶解したものと認めるこ
とはできない 。 (67頁下1行∼68頁3行)とするが,誤りである。
」
なぜなら,接合界面における起伏状態の相違という定性的な判断基
準と,どの程度の凸凹状態がイ号ポリプロピレンの溶融を裏付けるか
という定量的な判断基準とは,技術的に全く異なる事項であるからで
ある。すなわち,金型内の温度条件以外の成形条件だけでは起伏は生
じ得ず,剥離不能状態における起伏状態の形成は,イ号ポリプロピレ
ンの溶融を伴わずには実現し得ない以上,どの程度の凸凹状況による
起伏が溶融を裏付けるか等という議論には意味がない。
② 原判決は ,「…甲44の写真1及び2,乙21の写真1及び2,乙
22の写真1及び2並びに乙43の写真2及び3の界面の形状は,
エラストマー非接触部の界面写真(乙43の写真4及び5,甲44
の写真3及び4)やエラストマー成形前の断面写真(乙21の写真
2,乙43の写真1)に比べると,若干凸凹している… 」(67頁9
行∼12行 ) 「…乙43の写真3では,エラストマーとの接合界面
,
部にポリプロピレンに起因すると考えられるラメラが製品全体にわ
たって観察される… 」(67頁13行∼14行 ) 「…ノズル温度を高
,
くすると,…接合部分の断面又は界面が次第に凸凹すること…が認
められる 。 (65頁下3行∼下1行 ) 「…ノズル温度が220℃の
」 ,
方が,160℃のものよりも,エラストマーとの接合面が凸凹して
いることが認められる 。 (66頁15行∼16行 ) 「…甲31の写
」 ,
真3(試料1接合部)の界面写真は凸凹しており… 」(67頁7行)
としており,剥離不能状態に対応する接合界面には,非接合界面に
見られないような起伏が示されていること,更にはノズル温度ひい
ては金型内ピーク温度が高くなるに従って,起伏状態が大きくなる
という変化が生じており,剥離不能状態に対応する接合界面が全部
剥離状態に対応する接合界面よりも起伏状態が大きいことを認めて
いる。
a このような場合,原判決においても,剥離不能状態に対応する起
伏が生じた原因として,加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融
を当然想定せざるを得ないはずである。そして,乙56の写真1
4,20の状態と,乙43の写真1,2,3の状態における対比
に基づいて,凸凹の程度の判断基準とは無関係に,起伏状態(凸
凹状態)が加熱溶融によって生じたものと判断できることは,意
見書(甲96)からも明らかである。
b すなわち,仮に,乙43の写真2,3に示す接合界面の起伏状態
が,イ号ポリプロピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていない
のであれば,当該起伏状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロ
ピレンの界面において,所定の成形圧力を伴って衝突することに
よって,イ号ポリプロピレンの界面が溶融せずに変化し,起伏状
態を呈するに至ったものとみるほかない。しかし,例えば,甲4
1実験における,ノズル温度160℃に対応する接着剤未配合の
サンプルの写真(甲78の2)を見ても,成形圧力により起伏が
形成されるのであれば,この場合も起伏自体は形成されていなけ
ればならないはずであるのに,実際にはライン状の金型の表面状
態が反映しており,界面における起伏状態を全く形成していない。
また,乙56の写真20(接着剤を配合していない場合)を見て
も,接着剤を配合していない場合に比べれば変形しやすい状態で
あるにもかかわらず,金型の痕跡が残存するような表面状態とな
っている以上,起伏状態が成形圧力を原因としていないことが明
らかである。
c また,甲41実験における,ノズル温度160℃に対応する接
着剤未配合のサンプルの写真(甲78の2)と,変性ポリエチレ
ン(接着剤)を配合したサンプルの写真(甲99)とを対比する
と,変性ポリエチレンが溶融することにより,前者に示されてい
る金型の痕跡による縞模様は後者においては消失し,より平坦な
状態となっている。したがって,イ号減衰手段の筒状部において
変性ポリエチレンのみが溶融しているとすれば,これが配合され
ていない乙56の写真20の場合に示される金型の痕跡が残って
いる状態よりも平坦な状態になっていなければならないはずであ
るのに,実際は起伏状態が生じている(甲106の写真)。
d 甲106のA∼C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接
合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー
接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったもの
であるが,これらによれば,エラストマー接合部に見られる起伏
の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外に
は考えられない(甲107の前記意見書)。
③ 原判決は ,「…乙43の写真3では,エラストマーとの接合界面部
にポリプロピレンに起因すると考えられるラメラが製品全体にわた
って観察される… 」(67頁13行∼14行 ) 「…ラメラは溶融する
,
と消失するが,融液からの結晶化では単結晶であるラメラを得るこ
とは難しい…本件において,球晶を観察した証拠は提出されていな
い… 」(67頁下8行∼下6行 ) 「…ラメラは,ポリプロピレンやポ
,
リエチレンのような結晶性高分子に特有の結晶構造であり,それら
が溶融した場合には,ラメラは消失すること,融液からの結晶化で
は単結晶であるラメラを得ることは難しく,多くの場合,球晶が形
成されるか,アモルファス(非晶質)となり,結晶構造が確認でき
なくなること,ラメラは,厚さは数十nm,平面方向に数百nmの
薄い板状の結晶であるが,球晶は直径数百μmにまで達することが
認められる。したがって,…ラメラの観察は,イ号減衰手段の接合
部において,ポリプロピレンが溶融していない可能性が高いことを
示すものと認められる 。 (68頁11行∼19行)とし,イ号筒状
」
部の界面においてラメラが観察されているが,ラメラが溶融するこ
とによって消失した場合には,球晶が形成されるか又はアモルファ
ス(非晶質)となり,単結晶であるラメラを得ることは困難である
という根拠を説示したうえで,イ号筒状部の接合部においては,イ
号ポリプロピレンが溶融していない可能性が高いと説示し ,「熱融
着」を否定している。
a しかし,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成とは,
前記のように,明らかに因果関係が存在し,当該起伏状態は,イ
号ポリプロピレンの溶融を裏付けている。それにもかかわらず,
「単結晶であるラメラ」の存在によってイ号ポリプロピレンの溶
融を否定するのであれば,「単結晶であるラメラ」が存在する場合
には,イ号ポリプロピレンの溶融は絶対にあり得ないことが不可
欠の前提となるが,上記説示は,イ号ポリプロピレンの溶融から
単に「単結晶であるラメラを得ることが困難である」という論拠
のみを以ってイ号ポリプロピレンの溶融を否定しようとしており,
誤っている。
b しかも,東京農工大学名誉教授F作成の意見書(甲97)からも
明らかなように,上記説示は,以下のc∼gのとおり,結晶性ポ
リマーの溶融とラメラの形成との関係,更には単結晶とラメラと
の関係等につき,技術的に誤っている。
c 原判決の前記説示は,甲54(松下裕秀著「高分子化学Ⅱ物性」
丸善株式会社〔平成12年10月20日発行 〕)の ,「…融液から
の結晶化では単結晶を得ることは難しい。…」との記載(84頁
本文下2行)に基づくものと考えられ,結晶性ポリマーの単結晶
とは,結晶方向が概略揃っている結晶の単位を指しているが,か
かる単結晶は,実験室において融液を希薄状態とすることによっ
て辛うじて得ることができ,実際の製造現場において得ることは
困難とされている。
しかし,ラメラが即単結晶というわけではなく,単結晶ではない
ラメラ,すなわち単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の融
液から容易に生成することが可能である。このことは,甲 5 3
(宮田幹二外「役にたつ化学シリーズ7高分子化学」株式会社朝
倉書店〔2005年(平成17年)9月30日発行 〕)の ,「…融
液から結晶化した場合でも折りたたみ構造が形成されることが明
らかにされている 。 (35頁下5行∼下3行)との記載や,山形
」
大学工学部教授G作成の「高分子−高分子の熱融着(welding)に
ついて 」(乙12)に添付された技術文献(エドワード・P・ムー
ア・Jr「ポリプロピレンハンドブック」株式会社工業調査会〔1
998年(平成10年)10月15日発行 〕)の ,「…融液から静
的に結晶化した半結晶性ホモポリマーのとる結晶の形態は,図3.7
に示されるような折りたたみ鎖ラメラであることが一般的に受け
入れられている 。 (144頁下5行∼下3行)との記載からも明
」
らかである。
d イ号減衰手段におけるイ号筒状部の断面写真である株式会社ダイ
ヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報告書 」(甲4
4)の写真1・2及び株式会社ユービーイー科学分析セン タ ー
「分析結果報告書 」(乙43)の写真3には,複数個の微結晶領域
の結合に基づき,厚化したラメラの状態が示されており,決して
単結晶のラメラ状態を示しているわけではない。原判決は,上記
各写真のラメラ状態を単結晶と見なしており,誤りである。
e 株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報
告書 」(甲29)の写真7は,イ号筒状部の非接触部につき230℃
×30秒の加熱を行い,イ号ポリプロピレンは一度溶融に至ってい
るが,イ号筒状部の場合と同じようなラメラ構造を示すライン状
の模様が形成されている。同様に,株式会社ユービーイー科学分
析センター「分析結果報告書 」(乙43)の写真7も,イ号筒状部
の非接合部につき,230℃×30秒の加熱を行うことによってイ号ポ
リプロピレンを溶融させた場合の断面写真であるところ,当該断
面においてもラメラ構造を示すライン状の模様が形成されている。
f イ号ポリプロピレンが加熱された後に,金型との接触に伴う強制
的な冷却を伴っていない緩慢な冷却が行われた場合には,加熱前
よりも厚化したラメラが明瞭に出現する。この点,イ号筒状部の
接合界面の断面写真である甲44の写真1,2,乙43の写真3
と,イ号筒状部の非接合界面の断面写真である甲44の写真3・
4とを対比すると,非接合界面における一次ラメラ(甲44の写
真3・4)に比し,接合界面における厚化した二次ラメラの状態
(甲44の写真1・2及び乙43の写真3)を明瞭に観察するこ
とができる。そうすると,イ号筒状部の接合界面における厚化し
たラメラの存在は,イ号ポリプロピレンの融液から再結晶が行わ
れたことを積極的に証明している。
g 上記cのように,単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の融
液から容易に生成することが可能であるが,ラメラが放射状に配
列される球晶は常に形成されるわけではない。この点,甲 5 4
(松下裕秀著「高分子化学Ⅱ物性」丸善株式会社〔平成12年1
0月20日発行 〕)にも ,「融液からの結晶化では球晶がしばしば
形成される 」(85頁下1行)との記載があり,当該形成が比較的
多く見られるも,必然的な所産ではないことを明らかにしている。
そして,イ号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1,
2,乙43の写真3に示されているような厚化したラメラの積層
状態は,これらの写真では明瞭な観察は不可能であっても,当該
ラメラの集合によって実際には球晶が形成されている場合も十分
あり得る。この点,甲100(高木謙行外「ポリプロピレ ン 樹
脂」日刊工業新聞社〔昭和56年1月30日発行〕)には ,「…図3.
13はMが球晶の構造を説明するために用いたモデルであり,球晶が
ラメラおよびラメラ間にある無定形部から成り立っていることを
示している。… 」(42頁2行∼4行)との記載があり,このよう
な球晶とラメラの積層構造との関係を考慮するならば,上記ラメ
ラ写真の積層構造において,球晶が形成されている可能性を否定
することはできない。
④ 原判決は ,「…乙56によれば,乙48実験において,接着剤なし
のポリプロピレンにイ号エラストマーを使用して製作したサンプル
3及びサンプル4について,ポリプロピレンのエラストマーとの剥
離界面を観察したところ,金型を加工するときに金型に残る微細な
バイト傷が観察されたことが認められる。この事実は,接着剤なし
のサンプルについては,ポリプロピレンが融点を超えて溶融してい
ないことを示しているが,さらに,接着剤ありのサンプルについて
も同様であることを示していると認められる 。 (72頁下5行∼7
」
3頁2行)とする。
a しかし,接着剤ありのサンプルの場合には,イ号エラストマーは
剥離しない以上,剥離界面の観察は不可能であって,原判決の前
記説示は単なる独断にすぎない。
また,乙56の写真14(接着剤ありのサンプルの写真 ),同2
0(接着剤なしのサンプルの写真)によれば,接着剤なしのサン
プルのイ号エラストマーとの接合界面,すなわち剥離界面は,非
接合界面と同様,金型表面の縞模様が残存し,平坦形状を示して
いるのに対し,接着剤ありのサンプルの場合は,原判決自 体 が
「甲44の写真1及び2,…乙43の写真2及び3の界面の形状
は,エラストマー非接触部の界面写真…やエラストマー成形前の
断面写真…に比べると,若干凸凹している… 」(67頁9行∼12
行)とするように,非接合界面とは異なるような起伏状態が形成
されている。
b 仮に原判決が,接着剤ありのサンプルのイ号エラストマーとの接
合界面の起伏状態が金型内の温度条件以外の成形条件によって形
成された旨を説示しようというのであれば,逆に,同じ成形条件
でありながら,なぜ接着剤なしのサンプルの場合は,バイト傷が
残存し,成形金型の表面形状が転写され,平坦形状を呈すること
が可能であるかについて合理的な説明を行わなければならないが,
そのような説明はなされていない。
エ 被告実験(乙23,44,48)について
(ア) 乙48実験の乙23実験との矛盾
① 乙48実験は,金型内ピーク温度を111℃であったとするが,乙
23実験によれば,金型内ピーク温度が111℃の場合は,その接
着強度は接着剤未配合のときと比べて全く増強し得ない状態にある
はずである。しかるに,乙48実験は,イ号接着剤の配合の有無に
よって剥離実験の結果が全く相違しているから,乙23実験と矛盾
している。
すなわち,乙23実験によれば,イ号筒状部は,イ号接着剤が未配
合のときと比べて,ノズル温度が190℃であって,金型内ピーク
温度の平均値が178.6℃の場合には,その接着強度は約58%増
大し,ノズル温度150℃であって,金型内ピーク温度の平均値が
147.6℃の場合には,その接着強度が約23%増大している。そ
うすると,ノズル温度が更に低温となり,乙48実験のように金型
内ピーク温度が111℃の場合には,接着強度は増強し得ないはず
である。
② 他方,原告実験においては,イ号筒状部及び接着剤が配合されてい
ない筒状部は,金型内ピーク温度が約160℃∼164℃の場合に
は,ともに全て剥離状態であり,金型内ピーク温度が約176℃の
場合には,ともに一部剥離不能状態を呈している。乙23実験によ
れば,このような各金型内ピーク温度においては,接着強度は接着
剤を配合しないときに比べて2倍にも至っていないはずであるから,
ともに剥離状態又は一部剥離不能状態であることは,乙23実験と
の結果と何ら矛盾関係にはない。
(イ) 乙44実験につき
① 乙44実験においては,ノズル温度150℃と記載されているが,
当該ノズル温度及び対応する金型内ピーク温度に関するデータ上の
裏付けは存在しないから,このような乙44実験において剥離不能
状態が記載されていたとしても,実験結果に関する合理性及び信憑
性はない。
② 仮に,乙44実験において熱融着が行われていないのであれば,
乙56の写真17に示すように,筒状部の先端端部のコーナーにお
いては,金型形状を反映して直角の状態が維持されていなければな
らない。しかるに,乙44実験において,ノズル温度150℃及び
200℃の各サンプルにおいては前記コーナーの部分が丸みを帯び
た状態に至っており,このような状態は,先端部分が一度溶融しな
ければ不可能である。
③ 乙44実験においては,前記コーナー部分の変形について,エラ
ストマー成形時の圧力と製品断面を観察したときの刃物の押圧力に
由来していると記載するが,いずれも根拠がない。
④ 乙23実験を考慮するならば,乙44の金型内ピーク温度として
計算した結果(102℃,133℃)では,イ号接着剤は本来の接
着機能を発揮することができない。
⑤ 原判決の説示に対し
a 原判決は ,「原告は,接着剤の入っていない筒状部との比較がさ
れていないことを指摘するが,乙44実験の結果から,ポリプロ
ピレンの融点以下の温度であっても,接着剤の接着力により剥離
不能な程度の接着を実現することは可能であるとの限度では,上
記比較は必要ではない…」(71頁下9行∼下6行)とする。
しかし,乙44実験には,上記に記載したような不合理があるし,
一連の原告実験によって,一部剥離不能状態の場合でさえ,イ号
接着剤は全部剥離不能状態を実現するような接着機能を有してい
ないことが明らかになっており,接着剤の入っていない筒状部と
の比較は不可欠である。
b 原判決は ,「原告は,金型内の温度変化状況に関する客観的デー
タ(数値及びグラフ)を提示していないことを指摘するが,ノズ
ル温度を150℃と設定した場合,金型内温度がポリプロピレン
の融点を超える温度になることはないと考えられる… 」(71頁下
5行∼下2行)とする。
しかし,控訴人が指摘したのは,単に金型内ピーク温度のデータ
の不存在だけではなく,そもそもノズル温度150℃自体信憑性
が存しないことである。これに併せて,上記②,④も考慮すれば,
少なくともノズル温度の証明は不可欠である。
c 原判決は ,「原告は,乙23実験によると,ノズル温度が150
℃の場合に界面剥離していること,接着強度がせいぜい1.22倍
しか向上していないことと矛盾する旨主張するが,乙23実験と
乙44実験とは成形条件も剥離実験の方法も異なるので,矛盾し
ているとはいえず,… 」(71頁下1行∼72頁3行)とする。
しかし,乙23実験によって示されているイ号接着剤の配合に
基づく接着強度の増強の程度は,乙44実験にも妥当するところ,
乙44実験は,イ号接着剤が本来接着機能を発揮し得るような温
度領域が実現されていない。
(ウ) 乙48実験につき
① 乙48実験は,根本的な欠陥を有している。すなわち,金型内ピ
ーク温度が約111℃というイ号ポリプロピレンの融点に至ってい
ない温度であるにもかかわらず,イ号エラストマーとの剥離不能な
接着が実現しているのであれば,イ号接着剤を配合しているサンプ
ルの接合界面は,非接合界面(甲29の写真6,甲31の写真3,
甲44の写真3・4)又は全部剥離に対応している接合界面(甲6
8,78の2,96)のように,略平坦であって,実際のイ号筒状
部の接合界面のような起伏状態を形成することはあり得ない。
② 原判決は ,「…筒状部との接合部分のエラストマーの温度測定値が
111℃であるとしても,射出時のノズル温度は230℃であるこ
と,…温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による影響を
受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと考えられる
ことからすると,測定値が111℃であることから,エラストマー
が金型内を流動できず,成形が不可能であると認めることはできな
い。 (73頁6行∼11行)とする。
」
a しかし,乙48実験においては,イ号エラストマーの流動性及
び成形性が実現されているにもかかわらず,その金型内ピーク温
度は111℃と測定されており,これは,流動性及び成形性を実
現することができない温度である(甲71(L「スチレン系ブロッ
ク共重合体とポリマーアロイ」参照 )。
b このように,乙48実験の金型内温度111℃という測定値自体
不合理であるのに,この温度でもノズル温度230℃であった段
階の性状が残存していることも論証されていない。
c また乙48の1の説明図面によれば,乙48実験における測定
空間の径は3㎜であり,温度センサの先端においてイ号エラスト
マーが形成する肉厚は最大約0.9㎜程度であって,イ号エラスト
マーの肉厚の0.3㎜よりも明らかに大きな状態にある。このよう
な場合,原告実験の測定空間の直径が5㎜であり,かつ温度セン
サの先端部の肉厚が2㎜を超えているがゆえに,金型内ピーク温
度の測定値が実際のイ号減衰手段の場合よりも高いという原判決
の説示に立脚した場合には,乙48実験についても同様の評価が
成立するはずである。なぜなら,測定空間の各寸法が,イ号エラ
ストマーの肉厚よりも大幅に大きい点において,双方の実験に何
ら変わりはないからである。
しかるに,原判決は,乙48実験の場合には,応答速度及び測
定空間によって測定温度が実際の温度よりも低くなる旨の説示を
し,原告実験の場合の説示と矛盾している。
あるいは原判決が言わんとしているのは,測定空間だけではなく,
温度センサの応答速度をも考慮した場合には,測定温度は実際の
温度よりも低くなるということかもしれないが,原告実験の温度
センサが所定の応答速度を有している以上,前記矛盾が,応答速
度を加味することによってクリアされることにはならない。
③ 原判決は ,「本件では,どの程度低い温度が測定されるか,実際の
温度がポリプロピレンの融点を超えるかが重要であるところ,甲6
2実験によると,原告の推奨する微小表面用温度センサと被告が使
用した岡崎センサとを使用して,測定空間及び温度計設置箇所を変
化させて測定温度の比較を行っても,測定値の差は,最大でも42.
6℃であるが…,乙48実験では,測定空間が3㎜(甲62実験で
は1㎜又は5㎜)であり,温度センサの位置について,甲62実験
のB(筒状部最先端部の上1.8㎜)とC(筒状部最先端部の下1.
2㎜)の中間を採用していること…からすると,乙48実験の測定
値と実際の温度との差は最大でも約40℃であると考えられる。そ
うすると,乙48実験で筒状部を製作した際の金型内温度は,いず
れにしてもポリプロピレンの融点を超えるものではないと認められ
る。 (73頁下1行∼74頁10行)とする。
」
a しかし,イ号金型と奥山金型との相違,及び温度条件以外の成形
条件(射出圧力及び単位時間当たりのイ号エラストマーの射出量
等)の異同を論じている原判決の立論に立脚した場合には,乙4
8実験において,原告実験と同様の測定状態Aを採用したところ
で,測定温度がどのような結果になるかは,単にノズル温度だけ
ではなく,他の成形条件によっても左右されるはずであるから,
甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当てはめることはでき
ないはずである。
b 原判決のように,111℃に約40℃を加えたことによって,約
150℃というイ号ポリプロピレンの融点を下回る測定値を得た
としても,イ号筒状部の接合界面における起伏状態(甲44の写
真1・2,甲31の写真3,乙43の写真3)が形成し得ないこ
とに変わりはない。
④ イ号接着剤として変性ポリエチレンが採用される前には,モディッ
クP505が使用されていたことが明らかであるところ,イ号接着剤と
してモディックP505を採用する場合と変性ポリエチレンを採用する
場合とによって,イ号エラストマーが流動する際の適切な成形条件
に相違が生ずることはあり得ない。そして,モディックP505におい
ては,ポリプロピレンと無水マレン酸との結合による化合物である
ため,ポリプロピレンと固溶体を形成し,モディックP505固有の融
点を呈することはあり得ず,モディックP505の融点が138℃であって
も,モディックP505のみが溶融して固有の動きを示さない。したが
って,イ号ポリプロピレン+モディックP505による筒状部の場合に
は,融点がイ号ポリプロピレンの融点と概略同一であって,モディ
ックP505が固有の接着機能を発揮する状態とは,イ号ポリプロピレ
ンの結晶構造と共にモディックP505の結晶構造も崩壊したうえでイ
号エラストマーとの「混合」状態に至ること,すなわち,イ号ポリ
プロピレン+モディックP505とイ号エラストマーとの「熱融着」を
意味している。このことは,同じ成形条件である変性ポリエチレン
を採用している乙48実験においても「熱融着」が生じていること
を示している。
⑤ 原判決は ,「確かに,乙33によると,ノズル温度が230℃,金
型温度が30℃で射出成形をした場合,エラストマーの肉厚が当時
の減衰手段に最も近い0.4㎜の場合のキャビサーモによる測定値は
平均135.3℃であること,乙35によると,同様に肉厚が0.3
㎜の場合のキャビサーモによる測定値は113℃であることが認め
られるが,平成13年に行われた乙33実験及び乙35実験のノズ
ル温度や金型温度以外の成形条件及び測定方法は,乙48実験と同
一であるとは認められないことからすると,これらの数値から乙4
8実験の測定値が不合理であるということはできない 。 (73頁1
」
5行∼22行)とする。
a しかし,成形条件は,イ号エラストマーの流動性及びイ号ポリプ
ロピレンとの接着に基づく成形性を考慮したうえで設定される以
上,ともにイ号エラストマーを採用している乙33実験及び乙3
5実験の場合と乙48実験の場合とでは,筒状部先端に至る金型
内ピーク温度は,本来共通しているはずであって,原判決の前記
説示は,このようなイ号エラストマーの最適条件における共通性
を看過している。
b 乙35実験において,金型温度を約30℃とした場合の製品部に
至った場合の温度測定値は約195℃である(原告訴訟代理人弁
護士赤尾直人ら作成の「技術説明書(6) 〔甲91の1・2〕参照)
」 。
これに対し,イ号金型と酷似し,しかもイ号金型よりも温度降下
の程度が大きいと解される金型について検討した甲73の2(原
告訴訟代理人弁護士赤尾直人ら作成の「技術説明書(5 ) )及び
」
甲95(同人ら作成の「技術説明書(7 ) )によれば,金型温度
」
を18℃と設定した場合の製品部における温度測定値は約193
℃であり(甲95の4頁3の
θ=230×0.828+18×0.172≒193(℃)
の部分参照 ),同様の算定方式に基づいて,金型温度が30℃の場
合には,
θ=230×0.828+30×0.172≒195(℃)
である。そうすると,乙35実験の金型と甲73の2及び甲95
で検討した金型とは,冷却条件及びノズル温度が同一である場合
には,イ号エラストマーを流動させた場合の温度降下は殆ど同一
であることを十分推認することができる。
このような場合,イ号金型の場合には,甲73の2等で検討し
た金型よりも温度降下の程度が小さいと解される以上,結局,乙
35実験が採用している金型よりも,更に実際の測定値は高いは
ずである。
⑥ 原判決は ,「原告は,甲64実験及び甲69実験において,220
℃の場合に切断片の先端部が光沢を失っているのは,凸凹状態が形
成され,光の散乱状態が生じているからであるところ,同じ成形条
件でありながら,接着剤を加えたポリプロピレンを用いた成 形品
(検乙6)は光沢状態を呈しておらず起伏状態を形成し,接着剤を
加えないポリプロピレンを用いた成形品(検乙7)は光沢状態を呈
し,起伏状態が形成されていないのは矛盾する旨主張する。しかし,
甲86及び検甲1ないし3の170℃と220℃の写真及び切片の
先端部を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできな
いし,検乙6と検乙7を対比しても,光沢状態に相違があると認め
ることはできない。また,仮に,検乙6と検乙7の切断片の先端部
の光沢状態に相違があるとしても,光沢状態が起伏状態の存否と連
動することについての客観的裏付けはなく,どの程度の起伏状態が
あれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのか
についての客観的な判断基準も明らかではないから,光沢状態の有
無から検乙6と検乙7が矛盾する旨の原告の主張は理由がない 。」
(75頁3行∼16行)とする。
しかし,検乙6の先端部の場合には,エラストマーが剥離し得な
いため,先端部における光沢の存否を確認することは本来できない
が,甲86の写真3−1(甲69実験のノズル温度170℃の場合
の成形品)と写真3−2(甲69実験のノズル温度230℃の場合
の成形品)を対比しても,また,写真2−1∼3(甲64実験,甲6
9実験で,イ号筒状部を用いてノズル温度170℃で成形した場合
のもの)と写真3−1を対比しても,各先端部の光沢の存否の相違
は明瞭である。そして,光沢状態が実際にあることは光の乱反射が
生じていることを示しており,当該乱反射は表面の凸凹状態におる
起伏状態以外にはその原因はあり得ない。
⑦ 乙48実験よりも甲64実験及び甲69実験の方が信用できるこ
とは,甲70鑑定書,甲73説明書,甲75説明書,甲77鑑定書,
甲91説明書,甲96意見書,甲97意見書から明らかであり,ま
た,乙48実験は偽装工作が行われたものであって,このことは,
甲 7 9 鑑 定 書 , 甲 8 2 ( 控 訴 人 技 術 本 部 長 E作 成 の 「 実 験 報 告 書
(4) 」 ,甲83の1,2(E作成の「写真撮影報告書(3) 」
) )から明らか
である。
例えば,甲77鑑定書は,イ号減衰手段の製造工程,ひいては成
形条件に基づいて「熱融着」の成否を論じているわけではなく,甲
64実験,甲69実験のノズル温度,金型内ピーク温度に対応して
変化する剥離試験の結果を考慮した上で,イ号接着剤の配合の有無
にかかわらず,イ号エラストマーから十分な熱エネルギーの供給が
行われた場合に,剥離不能な「熱融着」が成立することを明らかに
した上で,剥離試験の結果と接合界面の起伏状態との相関関係を考
慮し,剥離不能状態を呈しているイ号減衰手段においても,甲64
実験,甲69実験のうちのノズル温度230℃サンプルの場合と同
じように「熱融着」が成立する旨の論述を行い,また,変性ポリエ
チレンが,乙48実験のように,剥離状態を剥離不能状態とするよ
うな格別の接着力を有することを否定している。
また,甲70鑑定書は,金型の全周囲が30℃の冷却状態の環境
を設定し,実際の金型の冷却条件よりもはるかに厳しい冷却条件を
設定している。
また,乙48実験においては,金型冷却温度(18℃)とピーク値
に至る前の実際の温度(24℃)とに相違があり,不自然である。す
なわち,温度コントローラの精度は±0.5℃であって,このようなコ
ントローラを用いれば温度の偏差は精々1℃であるが,上記のような
誤差が出ることは,実験に工作がなされていることを裏付けるもので
あり,これらのことは,甲101(株式会社松井製作所作成の金型温
度コントローラー〔金型温度調節器〕に関するパンフレット ),甲1
02の1∼3(同社作成のFAX送信書,原告実験において採用されて
いる金型温度コントローラーの取扱説明書等)から明らかである。
2 被控訴人両名及び同補助参加人
控訴人の主張は,原審における主張を多少目先を変えつつ繰り返し,原判
決の説示を無理に攻撃しようとしているにすぎず,以下において被控訴人ら
が述べるように,いずれも失当であり,原判決の結論は相当である。
(1) 構成要件Bc「熱融着」の解釈について
ア 控訴人は ,「熱融着」とは,加熱を原因としてポリマー同士が相互に
溶けた状態にて接着し合う趣旨であり,その接着し合う状態として想定
可能なのは,相互に混合し合うか又は相互に凝着(個別に分かれた物が
一体となる現象)し合うかのいずれかであり,それら以外には相互に接
着し合う状態は想定不可能であるという解釈を持ち出し,結論として,
熱融着とは,加熱を原因として,双方のポリマーが流動可能な液層状態
と化し,相互に混合又は凝着することによって接着し合うことと意義付
けている。
しかし,控訴人は熱融着の意義を導く基礎として熱融着の趣旨を挙
げるものの,かかる趣旨がいかにして導かれたのかは一切示していな
い。また,控訴人は,熱融着の趣旨において「接着し合う」という要
件を用いるが,その「接着し合う」ということの技術的意義が不明で
あり,何らかの特殊な態様の接着であることを示せていない。したが
って,控訴人が挙げる熱融着の趣旨からすれば,単に,ポリマーが溶
融してくっつけば,たとえ分子間力による弱い接着であっても熱融着
に該当してしまいかねず,当業者の技術常識と著しく乖離する。
イ また仮に混合した上で接着することが熱融着の成否の判断基準の一つ
であったとしても,控訴人は,何が,どのレベルで混合するのかを明
らかにできていない。
まず何が混合するかについて注目すると,本件明細書には,熱可塑
性弾性体や熱可塑性樹脂が混合または凝着することが示されているも
のの,ポリマーが混合するといった記載はなされていない。
また仮にポリマーが混合するとしても,どのレベルで,どの程度の
混合がなされることを意味しているのかが明らかでない。そもそもポ
リマーとは,原子からなる分子がさらに結合してできているものをい
うところ,かかるポリマーが混合するという場合,例えば以下のよう
な3つの類型(モデル)が考えられる。第1には分子と分子が混ざり
合うという最も微細なレベルで,ポリマーを構成する分子のレベルで
の混合が考えられる。第2に分子が結合してできたポリマーの単位で
混合している場合が考えられる。第3に分子レベル又はポリマーレベ
ルでは混合せずに単にエラストマーとポリプロピレンの界面が波打っ
ているにすぎない場合が考えられる。しかるに控訴人が主張する「混
合」という概念がこの3つのどのレベルで混ざり合うことを指してい
るかは全く明らかにされていない。
ウ 控訴人は ,「熱融着」の意義・判断基準を明らかにしていない。例え
ば,どのような場合に起伏が生じ,どのような起伏であれば「 熱融
着」の証左であるというのかを明らかにしないまま,単に恣意的な倍
率を設定した上で界面に起伏があるというだけで ,「熱融着」充足性の
立証ができたかのような主張をしており,失当である。
(2) イ号減衰手段の構成要件Bc「熱融着」の充足性について
ア 筒状部の先端頂部の形状の変形(甲4の1)
控訴人は,イ号筒状部の金型と,試作品の奥山金型とが,具体的な形
状において相違するも,筒状部の先端頂部が根元と同一幅であり,し
かもコーナーが直角である点においては共通する,など主張する。
しかし,そもそも試作品の射出成形時の圧力がイ号エラストマーの
射出成形時の圧力と同じであることの立証がなく,さらにイ号筒状部
の先端部の形状について成形前の筒状部の形状と成形後の形状との対
比がなされていないことからすれば,甲4の1の先端頂部の変形の原
因がイ号ポリプロピレンの溶解によるものであるとの証明がなされて
いないことは明らかである。
イ 剥離試験(甲6,41,64,69)につき
(ア) 控訴人は,原判決が,原告実験(甲6,41,64,69)にお
ける測定空間の肉厚が2㎜を超えており,金型の冷却効果を大きく
減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合より高くなると考えられ
るとした点(64頁∼65頁)について,一度金型内ピーク温度を
測定した後に,当該金型内ピーク温度からの冷却の程度が少ないと
しても,ピーク温度を実際の数値よりも高く測定することはあり得
ないと主張する。
しかし,原判決の趣旨は,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒
状部との接合部分のエラストマーの温度を測定することは実際上極
めて困難であることを前提とした上で,控訴人の測定法では金型の
冷却効果が大きく減殺されるために,イ号減衰手段を実際に製作す
る場合に想定される温度よりも高い温度が測定されているというこ
とにあるものと解されるから,控訴人の上記主張は失当である。
なお,控訴人は,原判決が,温度センサによる測定値は応答速度
や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっ
ていると考えられるとした点(73頁)について主張する。しかし,
温度センサの応答速度の影響によって,温度センサが,実際のイ号
減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度
よりも低い温度を示すことがありうることが認められるものの,測
定空間による影響については,必ずしも金型の冷却効果が大きくな
るわけではなく,イ号減衰手段を実際に製作する場合の温度より高
く測定される可能性もある。したがって,応答速度と測定空間によ
る影響を受けた場合に,結果として測定値が実際のイ号減衰手段を
製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度よりも当然
に低くなるわけではない。
(イ) また控訴人は,原判決が,原告実験(甲6,41,64,69)
のいずれの実験もイ号減衰手段とは異なる金型を用いており,成形
条件が同一であることの立証もないとした点(64頁∼65頁)に
ついて,あくまで金型内ピーク温度及び剥離の可否について,イ号
ポリプロピレン筒状部サンプルとの対比をベースとした上で熱融着
の成否を論じており,単純にイ号筒状部のみ,又はその製造工程を
対象として論じているわけではないと主張する。
しかし,そのような対比を行ったところで,対比の対象である控
訴人の独自のイ号筒状部サンプルとイ号減衰手段との関連性は何ら
立証されていないのであるから,控訴人の上記主張は失当である。
ウ 界面写真及び断面写真につき
(ア) 控訴人は,原判決が,界面写真及び断面写真に基づく控訴人の主
張を排斥した理由として,どの程度,界面が凸凹していれば,ポリ
プロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについて客観
的な判断基準は明らかでないと指摘した点(67頁∼68頁)につ
いて,接合界面と非接合界面との対比,又は全部剥離状態に対応す
る接合界面と剥離不能状態に対応する接合界面との対比を行った場
合,起伏状態が相違しているか否かという定性的な判断基準と,ど
の程度の凸凹によって溶融が生じたかという定量的な判断基準とは,
全く技術的に異なる事項であり,起伏の程度という尺度は不要であ
り,しかもそのような尺度によって熱融着の成否を判断することは
不可能であると主張する。
しかし,控訴人は,熱融着の成否に関して,界面における起伏の
尺度とは無関係であるという主張を行う一方で,原判決が,金型内
ピーク温度が高くなるに従って起伏状態が大きくなるという変化が
生じていることを認めていると主張するところ,起伏状態が大きく
なるというのは,明らかに,起伏の程度という尺度の問題である。
そして,比較対象物の起伏状態の相違を,起伏状態が相違している
か否かという定性的な基準により判断したとしても,金型内ピーク
温度が高くなるに従って起伏状態が大きくなる以上,結局のところ,
一定の判断基準に基づき,どの程度起伏が大きくなった場合には控
訴人の主張する熱融着が生じているのかということを示さなければ
ならないことは明らかであるから,控訴人の上記主張は失当である。
(イ) 控訴人は,イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接
合界面に存在しないような起伏状態が形成されていることは,乙4
3の写真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行われる前
段階にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ号筒状部
の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号筒状部の接合断面の
上端部)との対比からも明らかであると主張する。
しかし,上記各写真を対比しても,起伏と言えるほどの起伏は観
察されず,控訴人が,熱融着が生じていると主張する甲29の写真
3と比較しても,イ号減衰手段の断面には樹脂と熱可塑性エラスト
マーの境界において互いに入り組んでいる様子が見られない。仮に
起伏が観察されるとの前提に立ったとしても,2μmを基準とする
ような微細な観察をして多少の起伏の有無を論ずることの意味は乏
しい。
(ウ) 控訴人は,原判決においても,剥離不能状態に対応する起伏が生
じた原因として,加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融を当然想
定せざるを得ず,乙56の写真20と甲106の写真を比較するな
どすれば,成形圧力が原因となり得ないことは明らかであり,甲7
8の2の写真と甲99の写真を比較するなどすれば,変性ポリエチ
レンの溶融も原因とはなり得ない,と主張する。
しかし,起伏状態を生じる原因としては,エラストマー射出時に
発生するガスによるポリプロピレン表面あるいは接着剤の腐食や,
エラストマーに含まれていた物質による接着剤の溶解等を想定する
ことも可能である。また,乙56の写真20と甲106の写真とで
は,観察倍率が異なり(前者が175倍,後者が2000倍 ),観察
方法も異なるから,意味ある比較はできない。さらに,甲78の2
の写真と甲99の写真が比較されてはいても,変性ポリエチレンの
接着剤のみが溶融した場合には平坦化して起伏は生じないというこ
との根拠は明らかでなく,むしろイ号プロピレンが溶融したときも,
同様に流動可能な状態になるのであるから,起伏を生じずに平坦な
界面を形成するとするのが常識的である。なお,甲106の写真の
試料作成過程においては,2度にわたりエラストマー除去処理がな
されており不自然であるから,その証明力は乏しい。
(エ) 控訴人は,原判決が,イ号減衰手段にラメラが観察されており,
「ラメラは,ポリプロピレンやポリエチレンのような結晶性高分子
に特有の結晶構造であり,それらが溶融した場合には,ラメラは消
失すること,融液からの結晶化では単結晶であるラメラを得ること
は難しく,多くの場合,球晶が形成されるか,アモルファス(非晶
質)となり,結晶構造が確認できなくなること,ラメラは,厚さは
数十μm,平面方向に数百nmの薄い板状の結晶であるが,球晶は
直径数百μmにまで達することが認められる 。 (68頁11行∼1
」
7行)と判示したことに対して,縷々反論する。
確かに,科学的にラメラと単結晶とは異なる概念であり,相互に
関連性はないと考えられるが,原判決の上記判示は,科学的に何ら
根拠のない控訴人の主張を元に構成したものと解され ,「単結晶であ
るラメラ」との部分から単に「単結晶である」との修飾語を削除す
れば良く,控訴人の主張が正しいことを示すものではない。
(オ) なお,原判決は ,「…検乙6と検乙7を対比しても,光沢状態に
相違があると認めることはできない。… 」(75頁10行∼11行)
とするが,接着剤を加えないポリプロピレンを用いている成形品で
ある検乙6は,検乙7と異なり,乙48実験において剥離不可能な
状態になったことから,先端部にエラストマーが付着しており,光
沢状態を確認することはできないものと思われる。しかし,原判決
からかかる事実認定を削除したとしても,原判決の結論に影響を及
ぼさない。
エ 被告実験につき
(ア) 控訴人は,界面観察報告書(乙56)の写真14及び写真20に
おいて,イ号エラストマーとの接合界面が,非接合界面と同じように
金型表面の形状を維持しており,イ号筒状部のような接合界面におけ
る起伏状態を形成していないことを前提に,被告実験において,イ号
筒状部(検乙6)の場合とイ号ポリプロピレン筒状部サンプル(検乙
7)が成形条件は同一のはずであるにもかかわらず,一方においてイ
号ポリプロピレンの溶融を裏付ける起伏状態が形成され,他方は当該
起伏状態が形成されていないことは技術的に明らかに不合理であると
主張する。
しかし,控訴人のかかる主張は,剥離不能状態を実現しているイ号
筒状部(検乙6)に関し,イ号筒状部は熱融着をしていることを前提
とした上で,その接合界面において起伏状態が形成されていなければ
ならない,とする誤った立論によるものである。
なお,原判決が検乙6と検乙7の光沢状態について,相違があると
認めることはできないとの認定を行っている(75頁)点については,
上記ウ(オ)に記載したとおりである。
(イ) 控訴人は,控訴審に至って東京農工大学名誉教授Fが作成した意
見書(甲96,97)を提出し,イ号減衰手段が「熱融着」してい
ることを証明しようとする。
しかし,上記各意見書は,控訴人の各種実験の結果をベースとした
議論が展開されているにすぎず,控訴人の各種実験及びその分析結果
の前提条件が,イ号減衰手段と何ら関連性を持たないものであれば,
全く意味を持たないものである。そして,控訴人の各種実験は,イ号
減衰手段とは異なる控訴人独自のサンプルが使用されている等,イ号
減衰手段とは何ら関連性を有さないものである。
なお,上記各意見書は,イ号筒状部の接合界面に明白に融解ラメラ
の厚化に伴う凸凹縞模様状態が観察されるなど,ラメラが存在するこ
とに言及している。しかるに,ラメラは,ポリプロピレン分子の結晶
であるため,ラメラが存在しているということであれば,その中には
ポリプロピレンと異なる分子,即ちエラストマー分子は存在しないこ
とになる。そうすると,イ号減衰手段においては,控訴人が主張する
ような分子レベルでのポリプロピレンとエラストマーが「混合」して
接着し合うという現象は認められないことを図らずも示していること
になる。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないと
判断する。その理由は,イ号減衰手段が構成要件Bc「熱融着」を充足してい
ると認めることはできないとするものであり,その詳細は,控訴人の主張に対
する判断として以下に述べるとおりである。
なお,控訴人による本訴提起が信義則違反となるものでないことは,原判決
が52頁12行ないし55頁3行において説示するとおりであるから,これを
引用する(ただし,北辰前訴は本件特許の訂正前請求項1に基づく請求である
のに,本訴は本件特許の訂正後請求項1に基づく請求である。すなわち,訂正
前は構成要件Bcにつき「前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着
された」であるのに,訂正後は「前記筐体内方側の端部のみに射出成形により
一体に熱融着された」とするものである)。
2 イ号減衰手段の構成要件Bc「熱融着」充足性の有無
(1) 構成要件Bc「熱融着」の解釈について
原判決の判示するとおり,構成要件Bcにいう「熱融着」とは,熱融着の
みで減衰手段として必要な接着強度を確保しようとするものであり,それ以
外の接着方法を併用しなければ必要な接着強度を確保できない場合は,本件
発明の技術的範囲には含まれないものと解するのが相当である。
ア 控訴人は,接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発明が
採用していないという事項と ,「熱融着」に際し,エンジニアリングプラ
スチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強すること
とは,技術的に別の事項であり,前者と後者とは「熱融着」の併存関係に
おいて相違している以上,前者から後者に関する一般的基準を導くことは
できないと主張する。
しかし,たとえ接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発
明が採用していないという事項と ,「熱融着」に際し,エンジニアリング
プラスチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強する
こととが,技術的に別の事項であり,両者が「熱融着」の併存関係におい
て相違するとしても,熱融着のみで減衰手段として必要な接着強度を確保
できず,熱融着以外の接着手段に当たる接着剤の配合による接着力の発揮
によって初めて必要な接着強度を確保できる場合は,なお構成要件Bc
「熱融着」を充足しないと解するのが相当であるから,控訴人の上記主張
は採用することができない。
イ また控訴人は ,「熱融着」においては,必要な接着の程度,すなわち接
着強度を加熱温度及び又は加熱時間等によって調整可能である以上,通常
接着剤の配合を必要としているわけではなく,ましてや,接着剤を配合し
なければ,接着強度を確保できない等ということは,技術常識としてあり
得ないと主張する。
しかし,熱融着による接着の程度が調整可能であり,加熱温度,加熱時
間等によって必要な接着強度を確保することができるのであれば,熱融着
による接着の程度については,全く接着力を発揮していない段階,接着剤
の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保できると
いえる程度の段階,専ら熱融着による接着力によって必要な接着強度を確
保しているため構成要件Bc「熱融着」を充足するといえる段階等がそれ
ぞれ考えられるはずである。そうすると,加熱温度,加熱時間等によって,
熱融着による接着により接着剤を配合しなくても必要な接着強度を確保で
きるということと,熱融着による接着の程度として,接着剤の配合による
接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保できるといえる程度の,
上記「熱融着」とはいえない段階が考えられることとが矛盾するものでは
ないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
ウ また控訴人は,イ号筒状部におけるイ号接着剤の配合は,あくまでポリ
プロピレンとガラス繊維との結合力の向上を本来の目的としているところ,
広義の趣旨の「エンジニアリングプラスチック」にガラス繊維を配合する
ことは,本件特許出願前から既に公知(甲21)であり,また,イ号接着
剤はイ号筒状部内に略均一に分散されていて,こうしたガラス繊維との接
着強度の増強を目的としていると解され(甲77,92 ),さらに,本件
特許出願前から,イ号接着剤のような変性ポリエチレンの配合によって耐
衝撃性を増強させることも開示されている(甲87)から,これらを踏ま
えれば,本件発明は,その筒状部につき一定以上の機械的強度を必要とし
ている以上,ガラス繊維の配合,更にはポリプロピレンとガラス繊維との
結合力の増強のために接着剤を配合することを排除していないというべき
であると主張する。
しかし,イ号減衰手段の筒状部に配合されたと推定できる20%前後の
変性ポリエチレン(イ号接着剤)が,ポリプロピレンとガラス繊維との結
合力の向上という機能を果たすとしても,筒状部本体としての剛性を維持
する機能自体はポリプロピレンが負っており,また,かかる結合力を向上
させる機能と,イ号接着剤がイ号エラストマーとの接着の機能を果たすこ
ととは,技術的に両立し得る別異のことである。そうすると,本件発明の
「熱融着」該当性が,一面ではポリプロピレンとガラス繊維との結合力の
向上という機能を果たす,その配合された変性ポリエチレン(イ号接着
剤)の,接合力への寄与という別の働きのいかんによって左右されるとし
ても,やむを得ないというべきである。
エ さらに控訴人は,減衰手段において「熱融着」が成立するためには,a
剥離試験において,筒状部又はその切断片と第1密封部材(イ号エラス
トマーを含む 。)又はその切断片とが剥離不能状態を示すこと,b 筒状
部におけるエラストマーとの接合界面が,金型内における成形条件につい
て,金型内の成形圧力,すなわち温度条件以外の成形条件を同一に設定し
た場合において,剥離可能状態を示す筒状部成形品(被告実験のイ号筒状
部サンプルを含む 。)の接合界面よりも程度の大きい起伏状態が形成され
ていること,の双方の条件を満たすことをもって必要かつ十分であると主
張する。
しかし,熱融着による接着力の程度は,成形時の温度,圧力,時間に応
じて,結合力が非常に弱い力から非常に強い力まで様々に変化すると考え
られるところ,本件発明においては ,「…筒状部の…筐体内方側の端部の
みに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体… 」(構成
要件Bc)を設けることによって減衰手段を備えた防振装置を得るのであ
るから,減衰手段によって「熱融着」が成立するためには,結合力の程度
として,熱融着によって通常の防振機能を発揮できる程度の結合状態が実
現されている強い結合力である必要があると解される。しかるに,後記に
も説示するとおり,起伏の形成がイ号接着剤(変性ポリエチレン)の溶融
や成形時の圧力による可能性を否定できないことに照らせば,a 剥離試
験において剥離不能状態を示し,かつ,b 起伏状態の大きさが剥離可能
状態を示す筒状部成形品の接合界面よりも程度が大きければ,それのみで
当然に熱融着によって通常の防振機能を発揮できる程度の結合状態が実現
されているということはできないのであるから,減衰手段において「熱融
着」が成立する必要十分条件としては,上記a,bのほかに,さらに,上
記の結合状態における結合力のほとんどが熱融着によるものであることを
要するものというべきである。したがって,控訴人の上記主張は採用する
ことができない。
(2) イ号減衰手段の「熱融着」の充足性について
ア イ号筒状部の先端頂部の変形(甲4の1)につき
(ア) 控訴人は,イ号筒状部(甲4の1)の金型と試作品(甲4の4)
の奥山金型とが具体的な形状において相違するとしても,筒状部の
先端頂部が根元と同一幅でありしかも先端頂部のコーナーが直角で
ある点においては共通している,そして,イ号筒状部(甲4の1)
及び試作品(甲4の4)において,そのような直角形状が維持され
ずに変化している原因としてイ号プロピレンの溶融を論じるもので
ある以上,上記共通性を考慮すべきであるのに原判決はこれを理解
していない,と主張する。
しかし,イ号筒状部(甲4の1)及び試作品(甲4の4)におい
て,ともに直角形状が維持されずに変化している点では共通すると
しても,かかるイ号筒状部の先端頂部の形状(甲4の1)と試作品
の先端部の形状(甲4の4)とはそもそも相当異なっていることは
否定できないし,またイ号筒状部の厚さが1㎜以下という薄いもの
であり(弁論の全趣旨 ),射出成形時の圧力等により変形する可能性
も否定できないところ(乙44 ),試作品の射出成形時の圧力がイ号
エラストマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証もない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 控訴人は,イ号筒状部の先端頂部(甲4の1)及び試作品の先端
部(甲4の4)は,いずれも,ダイヤモンドカッターで切断してお
り,切断段階における押し圧力によって変形することはない,原判
決が根拠とする乙44を見ても,仮に切断によってイ号筒状部の先
端頂部が変形するのであれば,イ号筒状部全体が幅方向に広がり,
イ号エラストマーのうち,筒状部の両側に位置している部分は横方
向に広がり,イ号筒状部の上側と同一幅を維持することはあり得な
いはずであるのに,実際のイ号エラストマーは,筒状部の両側及び
上側とも同一幅を示している,甲104(大成プラス株式会社技術
本部長E作成の試験結果報告書(1))も,切断によって頂部における
コーナー部分の形状は何ら変化していないことを示している,と主
張する。
しかし,控訴人の上記主張を前提としても,上記(ア)に説示した事
項に,イ号筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状
と成形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らか
ではないことをも併せ考慮すれば,甲4の4の写真との対比から,
甲4の1の先端頂部の丸みを帯びて湾曲していることの原因が,イ
号ポリプロピレンが溶融して変形したためであると認めることはで
きない,との原判決の説示を左右することはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ) 控訴人は,乙56の写真17は,接着剤が配合されていないイ号
ポリプロピレンの剥離試験後の写真であるところ,金型の形状を反
映して根元及び先端頂部が同一の幅であり,かつコーナーは直角状
態にある,また,甲44の写真1・2,乙43の写真2・3は,イ
号減衰手段の筒状部の接合界面の断面写真であるところ,イ号ポリ
プロピレン中の有機物の充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈し
ている,これらのことは,イ号筒状部先端は単に成形圧力だけでは
変形せず,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて変形し得るこ
とを示している,と主張する。
しかし,乙56(北辰工業株式会社H作成の「イ号減衰手段TPE
剥離試験後のPP界面観察報告書 」)の写真17を見ても,根元及び
先端頂部が同一の幅であるか,コーナーが直角状態にあるかまでは
必ずしも明らかでない。しかも,上記写真17は,筒状部において
変性ポリエチレン(接着剤)が配合されていない場合のものである
から,たとえ変性ポリエチレン(接着剤)が配合されている場合と
成形条件とが同一であったとしても,変性ポリエチレン(接着剤)
の溶融等の有無によって,先端部位の変化も異なってくる蓋然性が
あることは否定できない。また,イ号ポリプロピレン中の有機物の
充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈しているとしても,イ号ポ
リプロピレンが溶融する温度に至らない段階であっても,ポリプロ
ピレンが軟化し,融点の低い配合剤の溶融と相俟ってポリプロピレ
ン中の配合剤の変形が起こる可能性があるから,イ号ポリプロピレ
ン中の有機物の充填剤の形状変化が直ちにイ号ポリプロピレンの溶
融を意味するともいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
(エ) 控訴人は,甲69実験におけるイ号減衰手段(153ダンパ)の
ノズル温度170℃サンプルと同230℃サンプルの端部の形状を
みると,前者の場合は,先端頂部は金型直角形状を維持しながら,
全体形状がやや傾斜するという変形状態を呈しているのに対し,後
者の場合は,先端頂部は,筒状部が溶融することによって丸みを帯
びた形状となった上で,全体形状が傾斜しており,これは,温度条
件の相違によってイ号筒状部先端の変形の程度が相違することを示
している,と主張する。
この点,甲69(公証人I作成の事実実験公正証書)によれば,甲
69実験は,イ号減衰手段(153ダンパ)から筒状部を摘出した
うえで,同筒状部に,スチレン系エラストマーであるクラレプラス
チックス株式会社製造の「セプトンコンパウンドCJ103」を,
ノズル温度170℃,190℃,230℃の3段階にそれぞれ変化
させながら接着し,これに対応する金型内ピーク温度を測定し,い
ずれの金型内ピーク温度を超えた段階で剥離不能な接合状態に至る
かを確認した実験と認められる。しかるに,上記(ア)に説示したとお
り,イ号筒状部の厚さが1㎜以下という薄いものであり(弁論の全
趣旨 ),射出成形時の圧力等により変形する可能性も否定できないと
ころ(乙44 ),甲69実験における射出成形時の圧力がイ号エラス
トマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証はなく,しかも,
甲69実験において射出された上記スチレン系エラストマー「セプ
トンコンパウンドCJ103」が,イ号エラストマーと同じである
ことの立証もない。そうすると,甲69実験において,ノズル温度
170℃の場合とノズル温度230℃の場合,すなわちポリプロピ
レンの融点付近の温度の場合とポリプロピレンの融点を大きく超え
る場合とを比較したとしても,その比較から,イ号減衰手段におけ
る筒状部先端の変形の原因を導き出すことはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
イ 剥離試験(甲6,41,64,69)につき
(ア) 控訴人(一審原告)が行った諸実験(原告実験)の評価
①a 控訴人は,甲41実験,甲59実験,甲64実験,甲69実験
によれば,ノズル温度200℃に対応する金型内ピーク温度18
3.0℃に至って急にすべて剥離不能状態に至る原因としては,
熱融着以外にはあり得ない,ポリプロピレンの融点以下の段階で
は,全部剥離状態であるにもかかわらず,ポリプロピレンの融点
を超えた特定の温度条件(最高融解温度)に至った段階にて急に
剥離不能状態という著しい接着性を示すことについては,加熱を
原因として,ポリプロピレンが十分溶融してエラストマーと接着
し合うという熱融着によって初めて合理的に説明することが可能
であり,熱融着以外に合理的な原因を想定することは不可能だか
らである,金型内の温度変化に対応する剥離状態→一部剥離状態
→剥離不能状態という変化状況は,接着剤が配合されていない
サンプルの場合とイ号筒状部の場合とでは全く同一であって,
変性ポリエチレンによるイ号接着剤の寄与は全く見られない,
と主張する。
b しかし,接着剤が配合されていないサンプルについての甲41,
59,69実験をみても,金型内ピーク温度が161.4℃の段
階で4個すべてが剥離し,金型内ピーク温度が175.7℃の段
階で8個のうち7個が剥離し1個が一部剥離不能であり,金型内
ピーク温度183.0℃の段階で4個すべて剥離不能であったと
いうのであるから,測定温度の正確性についての議論を措くとし
て,金型内ピーク温度が162℃∼182℃の範囲において,一
部剥離不能状態という,それのみでは減衰手段として必要とされ
る接合力を有しない程度の弱い熱融着が起きている可能性は否定
できない。
そして,同様に,接着剤が配合されたサンプルについての甲6
4,69実験をみると,金型内ピーク温度が162.9℃,16
3.6℃,161.4℃の段階で12個すべてが剥離し,金型内ピ
ーク温度が174.5℃,175.3℃,175.7℃の段階で1
2個のうち10個が剥離し2個が一部剥離不能であり,金型内ピ
ーク温度221.7℃の段階で12個すべてが剥離不能であった
というのであるから,測定温度の正確性についての議論を措くと
して,金型内ピーク温度が164℃∼221℃というより広い範
囲において,一部剥離不能状態という,それのみでは減衰手段と
して必要とされる接合力を有しない程度の弱い熱融着が起きてい
る可能性は否定できない。
以上によれば,たとえ上記原告実験において金型内の温度変化
に対応する剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状
況がみられることを前提にするとしても,熱融着が全く起きてい
ないときのほか,上記のような程度の弱い熱融着が起きている範
囲があり,このときは,接着剤が配合されているのであれば,熱
融着による接合力だけで減衰手段として必要とされる十分な接合
力を有しており変性ポリエチレンたるイ号接着剤の寄与が全く見
られないということは当然にはできないのであるから,実際のイ
号減衰手段においても,イ号接着剤の配合による接着力の発揮に
よって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に
該当する可能性を否定できることにはならない。
c さらに検討すると,上記原告実験は,イ号減衰手段と同一成分
の筒状部と,イ号エラストマーと同一成分のエラストマーとにつ
いて,接合実験をしたものとは認めることができない。この点,
原告実験のうち,イ号減衰手段の筒状部と同一成分を用いた実験
としては,甲64実験,甲69実験があるが,これらの各実験に
ついても,接合対象のエラストマーは,控訴人(一審原告)が用
意したものであり,イ号エラストマーと同一成分のエラストマー
と認めることができない。そもそも熱融着による接着は,どのよ
うなプラスチック相互間でも起こる現象ではなく,硬質プラスチ
ックとして特定の材料を選択し,且つ軟質プラスチックとして別
の特定の材料を選択したときのみ起こる現象であるところ(特開
昭61−213145号公報〔乙27〕参照 ),このような二つ
の部材の接合結果が問題となるとき,一方の接合部材が異なるの
では,その結果も同じとなると認めるのは困難と言わざるを得な
い。
d しかも,原告実験は,イ号減衰手段を製造する際に使用される
金型と同一の金型を用いたものと認めることができないため,ス
プルー部,ランナー部,ゲート部の金型内の位置,エラストマー
が通過するそれらの流路の径,イ号減衰手段におけるイ号エラス
トマーの厚み(乙35〔北辰工業株式会社J外「理化工業㈱製キ
ャビサーモ射出成形機金型内樹脂温度センサを使用した当社使用
の熱可塑性エラストマーの温度測定〕及び弁論の全趣旨によれば,
0.3㎜という薄いものであると認められる 。)などの点における
金型による構造の違いから,原告実験の場合とイ号減衰手段を製
造する場合とでその冷却効果が相当程度異なってくる可能性を否
定することができない。また,かかる金型の冷却効果については,
原告実験においては,測定空間として,約5㎜もの空間を設けて
温度計を配置して測定し,測定空間のエラストマーの肉厚も2㎜
を超えていることも,接合時の温度を高く測定する可能性がある
という意味で,影響すると言わざるを得ない。しかも,原告実験
における成形条件が,イ号減衰手段を製造する際に用いるノズル
温度以外の成形条件(射出速度,射出圧力,射出時間等)と同一
と認めるに足りる証拠もない。
e 上記c,dに照らせば,金型内の温度変化に対応する剥離状態
→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況が,原告実験の
場合と,イ号筒状部の製造条件においてノズル温度を変化させ
た場合とで,同様のノズル温度で同様に起こりうると認めること
はできない。
f 以上によれば,控訴人の上記主張はその前提を欠き,採用する
ことができない。
②a 控訴人は,乙48実験で作成された筒状部(検乙7)のエラス
トマーとの剥離界面を撮影した乙56の写真14・20・25
によれば,その表面には金型のバイト傷や縞模様が残存し,筒
状部は溶融しておらず,非接合界面の表面と略同一であるのに
対し,イ号筒状部の接合界面を撮影した甲31の写真3の試料
1の表面写真,乙43の写真2・3によれば,その界面には非
接合界面には見られないような起伏状態が形成されている,両
者においてこのような起伏状態の相違が生じたのは,両者の温
度条件が,金型内において筒状部を溶融させることによって起
伏を生じさせるような温度条件であったかどうかという点で異
なっていたからにほかならない,乙56の写真14,20の倍
率と甲31の写真3の倍率とが相違するとしても,双方は全く
桁違いの状態の表面を示しているわけではなく,かえって非接
合界面において金型表面が転写されている略平坦形状が,接合
界面において維持されているか否かを対比しうる状態にある点
では,共通している,したがって,金型の異同やノズル温度以
外の成形条件の異同にかかわらず,原告実験によればイ号減衰
手段が「熱融着」を充足していることを導くことができる,と
主張する。
b しかし,乙56(北辰工業株式会社H作成の「イ号減衰手段T
PE剥離試験後のPP界面観察報告書 」)の写真14は,イ号減
衰手段を垂直方向に切断して剥離試験を行った試料を,光学顕
微鏡で,その剥離界面を真横から観察し,その結果を撮影した
175倍の倍率の写真であり,同写真20・25は,イ号減衰
手段でイ号接着剤を含まないものについて同様の観察結果を撮
影した175倍,100倍の写真であるのに対し,甲31(株
式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所作成の「測定分析
結果報告書 」)の写真3は,イ号減衰手段(153ダンパ)の小
試験片をクロロホルムに一夜間浸漬後,15分間×2回の超音
波処理をしてイ号エラストマーを除去して作成した試料を,走
査型電子顕微鏡で,入射電子線に対し試料面を30度傾けた観
察を行い,その結果を撮影した2000倍の倍率の写真であり,
また,乙43(㈱ユービーイー科学分析センター高分子材料分
析研究室作成の「分析結果報告書 」)の写真2・3は,イ号減衰
手段の筒状部とエラストマーとの断面接合部界面を,透過型電
子顕微鏡で観察してその結果を撮影した2万倍,10万倍の倍
率の写真である。
そうすると,上記乙43の写真2・3のような高倍率で観察
されるとする起伏が,乙56の写真14のような低倍率の写真
で確認できるとするのは困難であるし,同様に,イ号減衰手段
でイ号接着剤を含まないものは上記の中で乙56の写真20・
25のみであるところ,これらは175倍,100倍という倍
率であって,たとえ金型の縞模様やバイト傷が転写されていた
としても,ポリプロピレンの溶融の有無についてはともかく,
上記のような2万倍,10万倍という倍率で観察されるとする
起伏が生じているかどうかはこれのみでは必ずしも明らかにな
らない。そして,上記乙56,甲31,乙43の写真がいずれ
もイ号減衰手段を撮影した点では共通するとしても,これらは,
撮影倍率,撮影角度,撮影対象物の態様が大きく異なっている
のであり,これらを単純に比較して,界面の起伏状態が相違し
ているということはできない。
c 控訴人は,上記乙56,甲31,乙43が,金型の形状や,製
造工程におけるノズル温度以外の成形条件(エラストマーの射
出速度,射出圧力,射出時間等)が同一である以上,乙56,
甲31,乙43で接合界面の起伏状態に相違が生じたのは,温
度条件が異なっていたからにほかならないと主張する。
しかし,仮に上記乙56,甲31,乙43で,接合界面の起
伏状態に相違が生じているとしても,後記ウ(ア)②に説示すると
おり ,接合界 面の起伏状態の 形成に 対する変性ポリエチ レ ン
(接着剤)の関与の度合いが否定できないから,乙56,甲3
1,乙43で接合界面の起伏状態に相違が生じたのは,温度条
件が異なっていたからにほかならないと言うことはできない。
d 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
③ 控訴人は,イ号減衰手段において,その切断片が剥離不能な状
態にあることは客観的に証明されているところ,原告実験におい
ては,このようなイ号減衰手段についてのイ号筒状部とイ号エラ
ストマーとの接着工程が再現されている,この点,原告実験にお
いては,イ号筒状部を摘出するためにクロロホルムによってイ号
エラストマーを除去しているが(甲63,69 ),甲52によれば,
イ号接着剤はイ号筒状部の界面に偏在しているわけではなく,略
均等に分布しており,局所的な集中はなされていないから,原告
実験においてクロロホルムによって接合界面の一部を侵食したと
しても,略均等な分布状態に変化が生ずるわけではない,甲10
6のA∼C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接合部と非
接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー接合部は
クロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったものであるが,
これらの写真によれば,エラストマー接合部に見られる起伏の形
成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外に考え
られない(東京農工大学名誉教授工学博士Fの「松下筒状部の表面
写真に関する意見書 」〔甲107〕 ,と主張する。
)
しかし,変性ポリエチレン,ポリプロピレンはクロロホルムによ
り浸食を受けるものであり,クロロホルムに浸漬されたエラストマ
ー接合部はその上エラストマー除去のための作業を受けているから,
それらにより影響を受けることも考えられる。そうすると,起伏の
原因としてポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外の原因も
考えられる。
また,仮にイ号減衰手段において,その接合界面に起伏が形成さ
れており,その原因がポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融
によるものとしても,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけ
では減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接
着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を
確保することができている場合に該当する可能性を否定できるこ
とにはならない。
しかも,仮に原告実験においてクロロホルムによる浸食の影響
を考慮する必要性が小さいとしても,そもそも,上記①cに記載
したとおり,原告実験は,イ号減衰手段と同一成分の筒状部と,イ
号エラストマーと同一成分のエラストマーとについて,接合実験を
したものとは認めることができず,また,イ号減衰手段を製造する
際に使用される金型と同一の金型を用いたものと認めることもでき
ず,さらに,測定空間として,約5㎜もの空間を設けて温度計を配
置し測定している影響も無視できず,しかも,原告実験における成
形条件は,イ号減衰手段を製造する際に用いるノズル温度以外の成
形条件(射出速度,射出圧力,射出時間等)と同一と認めることも
できないものである。これらによれば,イ号減衰手段において,そ
の切断片が剥離不能な状態にあることは前提にできるとしても,原
告実験において,このようなイ号減衰手段についてのイ号筒状部と
イ号エラストマーとの接着工程が再現されているということはでき
ない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 原判決に対する控訴人の主張に対する判断
① 控訴人は,原判決は乙48実験における金型内ピーク温度の測
定について「温度センサによる測定値は応答速度や測定空間によ
る影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと
考えられる 」(73頁7行ないし9行)とするが,そうであれば,
原告実験の場合も,微小表面センサにおいて所定の応答速度,測
定空間が存在する以上 ,「実際の温度よりもある程度低くなってい
る」という帰結に至るはずであるのに,原告実験の場合はそのよ
うな説示はなされていないと主張する。
しかし,原判決の説示は,原告実験や乙48実験のような温度
測定実験においては,測定空間,温度センサの応答速度など,種
々の要因により誤差の発生が避けられず,その対応によっては,
実際の温度,すなわち,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状
部との接合部分のエラストマーの温度より高くも低くも測定され
得ることを前提として,乙48実験では低い測定値となった可能
性があることを指摘したものにすぎない。しかも,原告実験では,
原判決は「甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験は,
直径5㎜の測定空間を設け,その中央部分…微小表面センサによる
計測は,測温部が1.5㎜あるため,センサを設置するために,測
定空間のエラストマーの肉厚は2㎜を超えており,イ号減衰手段の
エラストマーの肉厚が0.3㎜であることと比べると,金型の冷却
効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高く
なるものと考えられる 。 (64頁13行∼下3行)というように,
」
原告実験における微小表面センサによる計測につき,イ号減衰手段
の場合と対比して直径5㎜の測定空間を設けた点等を具体的に検討
した結果,金型内温度が,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状
部との接合部分のエラストマーの温度よりも高くなると考えられる
ことを導いたものであるし,その説示する金型内の冷却効果が減殺
される度合いの大きさからすると,原告実験における微小表面セン
サにおいて所定の応答速度があるとしても,金型内温度がイ号減衰
手段の場合よりも高くなるとの結論が左右されるものではない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
② また控訴人は,たとえ一度金型内ピーク温度を測定した後に当
該金型内ピーク温度からの冷却の程度が少ないとしても,金型内
ピーク温度自体を実際の数値よりも高く測定することはあり得な
いと主張する。
しかし,上記①に説示したように,原告実験や乙48実験のよ
うな温度測定実験においては,実際の温度,すなわち,実際のイ
号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの
温度より高くも低くも測定され得ることは避けられないところ,
原判決が,金型の冷却効果について「微小表面センサによる計測は,
測温部が1.5㎜あるため,センサを設置するために,測定空間の
エラストマーの肉厚は2㎜を超えており,イ号減衰手段のエラスト
マーの肉厚が0.3㎜であることと比べると,金型の冷却効果を大
きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるもの
と考えられる 」(64頁下7行∼下3行)と説示したのは,その説
示内容に照らし,ノズルから230℃で射出されたイ号エラストマ
ーが,スプルー部,ランナー部,ゲート部を経て成形部分に射出成
形され,イ号減衰手段の筒状部の接合部分に到達して同接合部分の
表面等に所定の熱量を与えるという過程の中で,イ号エラストマー
が所定の時点から金型内に入り所定の構造の管を経て所定の厚みで
射出成形される過程で金型に接触し冷却されることを意味するとい
うべきである。すなわち,原判決が説示する金型の冷却効果とは,
イ号エラストマーから見たとき,同エラストマーが,ノズル温度か
ら上記過程を経て温度が低下して金型内ピーク温度と同一の温度に
至るという一連の過程における当該温度低下について言ったものと
いうべきであって,一度金型内ピーク温度を測定した後の当該金型
内ピーク温度からの冷却の程度を言ったものではない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
③ また控訴人は,原判決の上記説示のうち,測定空間のエラストマ
ーの肉厚が2㎜を超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚
が0.3㎜であることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し ,
金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなる,との説示は,乙
35(北辰工業株式会社J外作成の「理化工業㈱製キャビサーモ射
出成形機金型内樹脂温度センサを使用した当社使用の熱可塑性エラ
ストマーの温度測定 」)を根拠とするが,乙35実験で使用されて
いるキャビサーモは,温度センサとして熱電対素子の熱容量が大き
く,かつ応答時間が遅いため,測定された金型内ピーク温度と,
本来イ号エラストマーが有している温度との間に,時間遅れを原
因とする温度差(温度ギャップ)を生じさせる,この点,原告実
験のように,大きな測定空間を設定することによって冷却の程度
が緩慢であることは,かえって温度差(温度ギャップ)を小さく
する点において正確性に寄与するものであるし,原告実験におけ
る測定空間の大きさ及びその位置が適切であることについては,
甲59及び甲62によって明らかである,と主張する。
しかし,原告実験において,測定空間のエラストマーの肉厚が2
㎜を超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3㎜で
あることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度
はイ号減衰手段の場合よりも高くなる,との原判決の説示は,原告
実験の場合及びイ号減衰手段の製造の場合における,エラストマー
が筒状部の接合部分に到達したときの金型内の客観的な温度につい
て述べていることが明らかであって,かかる客観的な温度を測定す
る際に使用する温度計の測定の際の誤差の度合いについて述べたも
のではないのであるから,原判決の上記説示は,乙35実験で使用
されているキャビサーモという具体的な温度計の測定の際の誤差の
度合いによって左右されるものではない。また,甲59(大成プラ
ス株式会社技術本部長E作成の「実験報告書(2) 」)及び甲62(同
人作成の「実験報告書(3)」)を精査しても,上記説示を左右するも
のではない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
④ 控訴人は,被控訴人らは営業上の秘密であるとしてイ号減衰手段
のノズル温度以外の成形条件を明らかにしていないところ,原判
決のように,イ号減衰手段の製造工程と同一の成形条件であるこ
とを要求した場合には,一般に特許権者においては,いかなる実
験を行ったところで ,「秘密」事項に関連するデータを左右するよ
うな実験の場合には,同一性の立証が行われていないがゆえに,
結局当該実験に基づく訴訟資料は全て水泡に帰することにならざ
るを得ず,このような帰結は不当かつ不公正である,そして,本
件においては,原告実験に基づき,イ号筒状部及びイ号ポリプロ
ピレンのいずれにおいても,ノズル温度230℃の段階において
剥離不能状態が出現するとともに,接合界面において,イ号ポリ
プロピレンが,溶融していない場合の平坦な状況とは明らかに異
なる起伏状態を呈することが既に証明されている,このような場
合,技術常識に即するならば,イ号筒状部及びイ号ポリプロピレ
ンは,ともにポリプロピレンの溶融に基づいて接合界面における
起伏の形成,更には剥離不能状況に至った旨の合理的な説明が可
能となる以上,ノズル温度を230℃と設定した場合のイ号減衰
手段の成形条件についても,原告実験の場合と同様に ,「熱融着」
が成立するような状況にあったものと認定又は推定することは十
分可能である,と主張する。
しかし,控訴人は,本件発明の特許請求の範囲において,自ら
「熱融着」という機能的な文言を選択し用いたものであるから,
かかる「熱融着」という文言が,技術的に見れば,使用する金型
の具体的な構造や,製造工程における様々な成形条件に相当影響
され得るものであった以上,イ号減衰手段の「熱融着」の充足性
を考えるに当たっても,上記のような各因子を考慮せざるを得な
いのはやむを得ない。そして,本件においては,後に説示するよ
うに,原告実験のノズル温度230℃の場合における接合界面に
おける剥離不能状態,起伏状態によっても ,「熱融着」の文言を充
足するものとまで認めることができない上,原告実験は,イ号減
衰手段の製造の場合と対比したとき,甲6実験及び甲41実験に
おいてはポリプロピレンに配合される変性ポリエチレン( 接 着
剤)の同一性を認めるに足りる証拠がなく,また,すべての原告
実験において,射出されるエラストマーの同一性,使用した金型
の同一性,射出条件(射出速度,射出時間,射出圧力等)の同一
性を認めるに足りる証拠がなく,これらの各因子によって相当な
影響を受けると言わざるを得ない金型内の客観的な温度の現れ方
は,たとえノズル温度が同一であったとしても,原告実験の製造
条件の場合とイ号減衰手段の製造条件の場合とで相当異なるとい
うほかないものである。そうすると,イ号減衰手段の成形条件が,
原告実験の場合と同様に ,「熱融着」が成立するような状況にあっ
たものと認定又は推定することができるとはいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
ウ 界面写真及び断面写真につき
(ア) 起伏状態の存在とその評価
① 控訴人は,甲41実験の接着剤なしの場合における,ノズル温度
190℃のときの写真(甲98)と160℃のときの写真(甲6
8)とを対比すると,一部剥離不能状態を呈しているノズル温度
190℃のときの写真(甲98)は,ノズル温度160℃のとき
の写真(甲68)に比し,やや起伏の程度が増加するという程度
であるが,これに対し,剥離不能状態を呈しているノズル温度2
20℃のときの写真(甲68)は,上記のノズル温度190℃の
ときの写真(甲98)に比し,明らかに程度の著しい起伏状態を
形成している,このように,全部剥離不能状態と全部剥離状態及
び一部剥離不能状態とは,起伏の程度において相違しており,起
伏の程度と剥離の可否及びその程度とは明白な相関関係にある,
これは,接合界面においてエラストマーが溶融したポロプロピレ
ンの領域内に侵食することによって,略平坦だったポリプロピレ
ンの界面が凸凹状態を形成するに至ったことを原因としており,
他に合理的な原因は見いだせない,と主張する。
しかし,甲41実験の接着剤なしの場合において,全部剥離不
能状態と全部剥離状態及び一部剥離不能状態とが,起伏の程度に
おいて相違し,甲41実験の接着剤なしの場合における各ノズル
温度の場合の写真(甲68,98)が,サンプルの起伏の程度と
剥離の可否及びその程度とに相関関係があることを裏付けていた
としても,本件発明の構成要件Bc「熱融着」を充足するための
起伏の程度を客観的に明らかにしたものではないし,また上記イ
(イ)④に説示したとおり,イ号減衰手段の種々の成形条件と同一と
は認められない甲41実験の結果からは,イ号減衰手段が,熱融
着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合
力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初め
て必要な接着強度を確保することができる場合に該当する可能性
を否定できないことに変わりはない。
② また控訴人は,イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,
非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されていることは,
断面写真である甲44の写真1・2(イ号減衰手段の接合断面)
と同3・4(イ号減衰手段の非接合断面)との対比,乙43の写
真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行われる前段階
にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ号減衰手段
の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号減衰手段の接合断
面の上端部)との対比からも明らかである,と主張する。
しかし,仮にイ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,
非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されているとして
も,イ号減衰手段の場合,その筒状部には詳細な構造が不明な変
成ポリエチレンが配合されており,またこれに接合するエラスト
マーも詳細な成分が不明であるところ,各種成形条件に応じてそ
の接合時に両者の界面にどのような相互作用が生じるかは明らか
でない。そうすると,イ号接着剤(変性ポリエチレン)が接着力
の増強に寄与していないとも,接合界面の起伏状態の形成に対し
て変性ポリエチレン(接着剤)の関与の度合いがないとも認める
ことはできないから,接合界面の起伏状態のほとんどがポリプロ
ピレンの溶融によって生じたものと認めることも困難である。ま
た,仮に起伏状態自体はポリプロピレンの溶融により生じている
としても,それにより得られた接合力と,変性ポリエチレンから
得られる接合力の割合も明らかでない。
したがって,控訴人が指摘する上記各写真をもってしても,実
際のイ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段とし
て必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による
接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することがで
きている場合に該当する可能性は否定することができない。
③ また控訴人は,甲29の写真6は,イ号筒状部のイ号エラスト
マーと接触していない界面,すなわち非接合界面の断面を示して
おり,写真7は,イ号筒状部の非接触部の領域を230℃×30
秒加熱を行い,当該非接触領域のイ号ポリプロピレンが溶融した
後の状態を示しているところ,写真7の非接合界面には,接合界
面のような起伏状態は形成されていないから,イ号筒状部の接合
界面における起伏状態は,単なる加熱に基づくイ号減衰手段の筒
状部の溶融だけでなく,所定の成形圧力を伴ったイ号エラストマ
ーとの衝突によって形成されていることになる,と主張する。
しかし,たとえイ号筒状部の接合界面における起伏状態が,単
なる加熱に基づくイ号減衰手段の筒状部の溶融だけでなく,所定
の成形圧力を伴ったイ号エラストマーとの衝突によって形成され
ているとしても,上記②に説示したように,接合界面の起伏状態
のほとんどがポリプロピレンの溶融によって生じたものと認める
ことが困難であることや,仮に起伏状態自体はポリプロピレンの
溶融により生じているとしても,それにより得られた接合力と,
変性ポリエチレンから得られる接合力の割合がどの程度かも明ら
かになっていないことに変わりはないから,イ号減衰手段が,熱
融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接
合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初
めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する
可能性を否定できないことに変わりはない。
④ また控訴人は,甲31の写真3の試料1(イ号筒状部の接合界
面における表面状態)は,甲78の2(甲41実験のノズル温度
220℃のときの接合界面の表面状態)と酷似しており,イ号筒
状部の接合界面が,溶融したイ号ポリプロピレンに対しイ号エラ
ストマーが衝突し,双方が混合し合うことによって形成されたこ
とを十分推定させる,と主張する。
しかし,イ号筒状部の接合界面における表面状態を撮影した甲
31(株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所作成の測定
分析結果報告書)の写真3(試料1)が,甲78の2(同社の測
定分析結果報告書)のノズル温度220℃のときの接合界面の表
面状態と類似するとしても,両者は,ポリプロピレンにおける変
性ポリエチレンの配合の有無が異なり,また,エラストマーの種
類,金型の構造,各種の成形条件(射出速度,射出圧力,射出時
間等)も同じとは認められないから,両写真における表面状態が
同一の原因によって生じたものと直ちには言うことができない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑤ また控訴人は,イ号筒状部と,イ号接着剤が配合されていない
筒状部とは,その成形条件は同一のはずであるところ,イ号筒状
部においては起伏状態が形成されている(甲44の写真1・2,
乙43の写真2・3)にもかかわらず,イ号接着剤が配合されて
いない筒状部においては起伏状態が形成されていない(乙56の
写真20・25)ことは,技術的に明らかに不合理である,この
点,甲78の2(変性ポリエチレンを配合していない場合)と甲
99(変性ポリエチレンを配合した場合)とを対比すると,起伏
状態の存否は,接着剤である変性ポリエチレンの配合の有無によ
って左右されないことが明らかであること,乙43の写真3に示
すような,イ号筒状部の接合界面における起伏状態や二次ラメラ
による縞模様の状態(凸凹縞模様状態)は,金型の成形加圧のよ
うな温度条件以外の成形条件では実現不可能であることに照らせ
ば,イ号筒状部の接合界面の起伏が専ら変性ポリエチレンである
イ号接着剤によって形成されているということもできない,と主
張する。
しかし,前記イ(ア)②に説示したように,乙43の写真2・3の
ような高倍率で観察されるとする起伏が,乙56の写真14のよ
うな低倍率の写真で確認できるとするのは困難であるし,同様に,
イ号減衰手段でイ号接着剤を含まないものは上記の中で乙56の
写真20・25のみであるところ,これらは175倍,100倍
という倍率であって,たとえ金型の縞模様やバイト傷が転写され
ていたとしても,ポリプロピレンの溶融の有無についてはともか
く,上記のような2万倍,10万倍という倍率で観察されるとす
る起伏が生じているかどうかはこれのみでは必ずしも明らかにな
らない。そして,上記乙56,甲31,乙43の写真とがいずれ
もイ号減衰手段を撮影した点では共通するとしても,これらは,
撮影倍率,撮影角度,撮影対象物の態様が大きく異なっているの
であり,これらを単純に比較して,界面の起伏状態が相違してい
るということはできない。
また,仮に上記乙56,甲31,乙43で,接合界面の起伏状
態に相違が生じているとしても,前記②に説示したとおり,接合
界面の起伏状態の形成に対する変性ポリエチレン(接着剤)の関
与が否定できないから,乙56,甲31,乙43で接合界面の起
伏状態に相違が生じたのは,温度条件が異なっていたからにほか
ならないと言うことはできない。すなわち,ノズル温度160℃
のときの甲78の2写真(変性ポリエチレンを配合していない場
合。倍率2000倍)と甲99写真(変性ポリエチレンを配合し
た場合。倍率2000倍)とを対比した場合,甲99写真におい
ては甲78の2写真にあるような金型の表面形状が写されていな
いことが認められ,これは,変性ポリエチレンのみが既に溶融し
て界面の状態に影響を与え,甲78の2写真において転写されて
いるような形態の金型の痕跡の起伏状態を不鮮明にしたものと考
えることができる。そうすると,変性ポリエチレンの溶融は界面
の状態に影響を与えるものであるところ,その影響の与え方につ
いて見ても,甲99写真(変性ポリエチレンを配合した場合。倍
率2000倍)における界面はその程度はともかく決して平坦で
はなく,むしろ波打っているようにも見えるから,変性ポリエチ
レンの溶融が,倍率2万倍の断面写真で観察できるような微小な
起伏状態の形成に関与している可能性は否定できないと考えられ
る。
そうすると,たとえノズル温度220℃のときの甲78の2写真
と甲99写真とを対比し,両者が似ているように見えるとしても,
それのみで,イ号筒状部の接合界面の起伏状態が,接着剤である変
性ポリエチレンの配合の有無によって左右されないということはで
きない。また,後記(イ)③∼⑤の説示に照らすと,乙43の写真3
から当然に,当該起伏状態が金型の成形加圧のような温度条件以外
の成形条件では実現不可能であることを導くこともできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑥ また控訴人は,乙43の写真2・3等に示す接合界面の起伏状態
がイ号ポリプロピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていないので
あれば,当該起伏状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロピレン
の界面において所定の成形圧力を伴って衝突することによって,イ
号ポリプロピレンの界面が溶融せずに変化し,起伏状態を呈するに
至ったものと解する以外にない,しかし,甲78の2の写真(甲4
1実験によって得られた各サンプルのうち,ポリプロピレンのみに
よるノズル温度160℃サンプルの接合界面の状態)は,ライン状
の金型の表面状態が反映し,界面における起伏状態を全く形成して
おらず,このことは,イ号エラストマーの成形圧力に伴う衝突によ
って,接合界面による起伏状態の形成がなされることがあり得ない
ことを示している,と主張する。
しかし,たとえ甲78の2の写真(甲41実験によって得られた
各サンプルのうち,ポリプロピレンのみによるノズル温度160℃
サンプルの接合界面の状態)において,ライン状の金型の表面状態
が反映していたとしても,イ号減衰手段の種々の成形条件と異なる
甲41実験の結果からは,当然には,イ号エラストマーの成形圧力
に伴う衝突によって接合界面による起伏状態の形成がなされること
があり得ないことを導くことはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑦ また控訴人は,イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,イ
号ポリプロピレンの溶融以外の成形条件によっては実現し得ない,
すなわち,原告実験のノズル温度190℃サンプルにおける金型
内ピーク温度は,イ号ポリプロピレンの融点を超え,最高融解温
度領域に至っており,しかも一部剥離不能状態が生じているとこ
ろ,この場合の接合界面における起伏状態は甲98の写真のとお
りである,しかるに,かかる甲98の接合界面における起伏状態
よりも,甲44の写真1・2,乙43の写真3に示すようなイ号
筒状部の接合界面における起伏がより大きな状態となっているこ
とは,後者の起伏状態が,金型内の温度条件以外の成形条件では
実現不可能であり,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて実
現可能であることを示している,と主張する。
しかし,甲98(日本電子データム株式会社K作成の「TEM用
試料作製および写真撮影結果ご報告 」)の写真は,控訴人が甲41
実験においてその用意したポリプロピレンとエラストマーをノズ
ル温度190℃という条件下で接合させたものの接合断面を撮影
した写真であり,他方,甲44の写真1・2と乙43の写真3は,
イ号減衰手段の接合断面を撮影した写真である。
そうすると,甲98の写真と,甲44の写真1・2,乙43の
写真3とは,そもそも撮影対象が異なっているのであるから,こ
れらを比較しても,起伏状態の起こっている原因を解明できるこ
とにはならないというほかなく,したがって,後者の起伏状態が,
金型内の温度条件以外の成形条件では実現不可能であり,イ号ポ
リプロピレンの溶融によって初めて実現可能であることを示して
いることにはならない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 原判決に対する控訴人の主張に対する判断
① 控訴人は,原判決は「どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプ
ロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについての客観
的な判断基準は明らかではないことからすると,上記界面又は断面
写真から,イ号減衰手段においてポリプロピレンが熱により溶解し
たものと認めることはできない 。 (67頁下1行∼68頁3行)と
」
するが,接合界面における起伏状態の相違という定性的な判断基準
と,どの程度の凸凹状態がイ号ポリプロピレンの溶融を裏付けるか
という定量的な判断基準とは,技術的に全く異なる事項である,す
なわち,金型内の温度条件以外の成形条件だけでは起伏は生じ得ず,
剥離不能状態における起伏状態の形成は,イ号ポリプロピレンの溶
融を伴わずには実現し得ない以上,どの程度の凸凹状況による起伏
が溶融を裏付けるか等という議論には意味がない,と主張する。
しかし,接合界面における起伏状態は,それ自体,乙56の1
75倍の倍率の光学顕微鏡写真で見ても明らかではなく,2万倍
の倍率の透過型電子顕微鏡写真で見て初めて明らかに観察できる
ような微小なものである上,その大きさも連続的な概念であって,
剥離試験において剥離してしまう程度の熱融着もあり得るもので
あるから,単なる起伏状態の相違という定性的な判断基準で熱融
着の実現の有無を判断することはできないというべきであり,起
伏状態の存在と言っても,いかなる大きさであれば接合状態が剥
離しないという程度の混合又は凝着が起こり,熱融着が実現され
ているかということは問題にせざるを得ない。また,ポリプロピ
レンが軟化し,その融点に達しない金型内温度においても,成形
条件によっては上記のような微小な起伏状態の形成が生じ得るこ
とは技術的に見て必ずしも否定することはできないし,20重量
%も配合されている変性ポリエチレンの溶融によって生じること
も考えられ,これらの現象とともに,金型内の温度条件によるポ
リプロピレンの程度の少ない溶融が併せて起こっていることも考
えられる。そもそも,金型内の温度自体が,たとえ同一のノズル
温度であっても,金型の構造や具体的な成形条件(射出速度,射
出時間,射出圧力)によって,相当大きな影響を受けるものであ
る。そうすると,金型内の温度条件以外の,接着剤,エラストマ
ー,金型の構造,各種成形条件(射出速度,射出時間,射 出 圧
力)という具体的条件の相違によって,起伏状態の程度が変わり
得ることは否定することができず,そうである以上,金型内温度
の上昇に比例して起伏状態の程度が大きくなること自体を前提に
するとしても,どの程度の大きさ,態様の起伏状態であれば,減
衰手段として必要とされる十分な接合力を有しているかを問題に
せざるを得ないものである。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
② 控訴人は,原判決も,剥離不能状態に対応する接合界面には非
接合界面に見られないような起伏が示されていること,更には,
ノズル温度ひいては金型内ピーク温度が高くなるに従って起伏状
態が大きくなるという変化が生じており,剥離不能状態に対応す
る接合界面が全部剥離状態に対応する接合界面よりも起伏状態が
大きいことを認めている,このような場合,原判決においても,
剥離不能状態に対応する起伏が生じた原因として,加熱に基づく
イ号ポリプロピレンの溶融を当然想定せざるを得ず,乙56の写
真20と甲106の写真を比較するなどすれば,成形圧力が原因
となり得ないことは明らかであり,甲78の2の写真と甲99の
写真を比較するなどすれば,変性ポリエチレンの溶融も原因とは
なり得ない,甲106のA∼C3枚の写真は,イ号筒状部のエラ
ストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエ
ラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を
行ったものであるが,これらによれば,エラストマー接合部に見
られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの
溶融以外には考えられない,と主張する。
しかし,剥離不能状態に対応する接合界面が全部剥離状態に対
応する接合界面よりも起伏状態が大きいとしても,イ号減衰手段
が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十
分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によ
って初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該
当する可能性を否定することにはならないと考えられることは,
前記(ア)②に説示したとおりである。
また,甲106の写真の試料については,変性ポリエチレン,
ポリプロピレンがクロロホルムによる浸食を受けるものであり,
クロロホルムに浸漬されたエラストマー接合部は,その上,エラ
ストマー除去のための作業を受けているから,それにより影響を
受けることも考えられる。そうすると,起伏状態が生じる原因と
して,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外の原因も考
えられる。
そして,甲78の2の写真と甲99の写真との比較により変性
ポリエチレンの溶融も原因とはなり得ないとの控訴人の主張を採
用できないことは,前記(ア)⑤に説示したとおりであり,むしろ,
イ号減衰手段の筒状部においては,変性ポリエチレン(イ号接着
剤)の溶融やイ号ポリプロピレンの軟化・溶融とが相俟って,こ
れにイ号エラストマーの成形圧力が加わったことによる複雑な相
互作用により,起伏状態が形成し,減衰手段として必要な接着力
を得ている蓋然性もあるといえる。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
③ 控訴人は,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成と
は明らかに因果関係が存在し,当該起伏状態はイ号ポリプロピレ
ンの溶融を裏付けているにもかかわらず ,「単結晶であるラメラ」
の存在によってイ号ポリプロピレンの溶融を否定するのであれば
「単結晶であるラメラ」が存在する場合にはイ号ポリプロピレンの
溶融は絶対にあり得ないことが不可欠の前提となるが,原判決の
説示は,イ号ポリプロピレンの溶融から単に「単結晶であるラメ
ラを得ることが困難である」という論拠のみを以ってイ号ポリプ
ロピレンの溶融を否定しようとしており,誤っていると主張する。
しかし,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成との
間に因果関係が存在したとしても,イ号減衰手段が,熱融着によ
る接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有
さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要
な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性は
否定できないと考えられることは,前記イ(ア)①に説示したとおり
であるから,控訴人の上記主張は,その前提を欠く。
④ 控訴人は,ラメラが即単結晶というわけではなく,単結晶ではな
いラメラ,すなわち単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の
融液から容易に生成することが可能である,イ号減衰手段におけ
るイ号筒状部の断面写真である株式会社ダイヤ分析センター四日
市分析事業所「測定分析結果報告書 」(甲44)の写真1・2及び
株式会社ユービーイー科学分析センター「分析結果報告書 」(乙4
3)の写真3には,複数個の微結晶領域の結合に基づき,厚化し
たラメラの状態が示されており,決して単結晶のラメラ状態を示
しているわけではない,株式会社ダイヤ分析センター四日市分析
事業所「測定分析結果報告書 」(甲29)の写真7は,イ号筒状部
の非接触部につき230℃×30秒の加熱を行い,イ号ポリプロピレン
は一度溶融に至っているが,イ号筒状部の場合と同じようなラメ
ラ構造を示すライン状の模様が形成され,同様に,株式会社ユー
ビーイー科学分析センター高分子材料分析研究室「分析結果報告
書」(乙43)の写真7も,イ号筒状部の非接合部につき,230℃
×30秒の加熱を行うことによってイ号ポリプロピレンを溶融させ
た場合の断面写真であるところ,当該断面においてもラメラ構造
を示すライン状の模様が形成されている,と主張する。
しかし,ラメラが即単結晶というわけではないことや,単結晶
が積層して厚化したラメラが通常の融液から容易に生成すること
が可能であり,イ号筒状部の非接触部等に230℃×30秒の加熱を行
ったときにラメラ構造を示すライン状の模様が形成されることを
前提としても,そのことから当然に,イ号減衰手段が,熱融着に
よる接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を
有していることが導かれることにはならず,イ号接着剤の配合に
よる接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保すること
ができている場合に該当する可能性を否定することはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑤ 控訴人は,イ号ポリプロピレンが加熱された後に,金型との接触
に伴う強制的な冷却を伴っていない緩慢な冷却が行われた場合に
は,加熱前よりも厚化したラメラが明瞭に出現する,この点,イ
号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1・2,乙4
3の写真3と,イ号筒状部の非接合界面の断面写真である甲44
の写真3・4とを対比すると,非接合界面における一次ラ メ ラ
(甲44の写真3・4)に比し,接合界面における厚化した二次
ラメラの状態(甲44の写真1・2及び乙43の写真3)を明瞭
に観察することができるから,イ号筒状部の接合界面における厚
化したラメラの存在は,イ号ポリプロピレンの融液から再結晶が
行われたことを積極的に証明している,ラメラが放射状に配列さ
れる球晶も,常に形成されるわけではないし,イ号筒状部の接合
界面の断面写真である甲44の写真1,2,乙43の写真3に示
されているような厚化したラメラの積層状態は,これらの写真で
は明瞭な観察は不可能であっても,当該ラメラの集合によって実
際には球晶が形成されている場合も十分あり得る,と主張する。
しかし,厚化したラメラの存在については,どの程度ラメラが厚
化していれば徐冷されて生じた二次ラメラといい得るのか,さら
に,それがどの程度存在すれば,ポリプロピレンとエラストマー
とが,減衰手段として必要な程度の接合力を有する熱融着をして
いると言えるのかについての客観的な基準を見いだすことができ
ないから,上記ラメラの存在をもって,イ号減衰手段が本件発明
の構成要件Bcの「熱融着」を充足するとは認めがたい。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑥ 控訴人は,乙48実験において,接着剤ありのサンプルの場合に
は,イ号エラストマーは剥離しない以上,剥離界面の観察は不可
能である,乙56の写真14(接着剤ありのサンプルの写真 ),同
20(接着剤なしのサンプルの写真)によれば,接着剤なしのサ
ンプルのイ号エラストマーとの接合界面,すなわち剥離界面は,
非接合界面と同様,金型表面の縞模様が残存し,平坦形状を示し
ているのに対し,接着剤ありのサンプルの場合は,原判決自体が
「甲44の写真1及び2,…乙43の写真2及び3の界面の形状
は,エラストマー非接触部の界面写真…やエラストマー成形前の
断面写真…に比べると,若干凸凹している… 」(67頁9行∼12
行)とするように,非接合界面とは異なるような起伏状態が形成
されている,仮に原判決が,接着剤ありのサンプルのイ号エラス
トマーとの接合界面の起伏状態が金型内の温度条件以外の成形条
件によって形成された旨を説示しようというのであれば,逆に,
同じ成形条件でありながら,なぜ接着剤なしのサンプルの場合は,
バイト傷が残存し,成形金型の表面形状が転写され,平坦形状を
呈することが可能であるかについて合理的な説明はなされていな
い,と主張するが,前記(ア)⑤に説示したとおり,控訴人のかかる
主張は失当と言わざるを得ない。
エ 被告が行った諸実験(被告実験;乙23,44,48)につき
(ア) 乙23実験と乙48実験
① 控訴人は,乙48実験は金型内ピーク温度が111℃であった
とするが,乙23実験によれば金型内ピーク温度が111℃の場
合はその接着強度は接着剤未配合のときと比べて全く増強し得な
い状態にあるはずである,しかるに,乙48実験は,イ号接着剤
の配合の有無によって剥離実験の結果が全く相違しているから,
乙23実験と矛盾している,すなわち,乙23実験によれば,イ
号筒状部は,イ号接着剤が未配合のときと比べて,ノズル温度が
190℃であって,金型内ピーク温度の平均値が178.6℃の場
合には,その接着強度は約58%増大し,ノズル温度150℃で
あって,金型内ピーク温度の平均値が147.6℃の場合には,そ
の接着強度が約23%増大している,そうすると,ノズル温度が
更に低温となり,乙48実験のように金型内ピーク温度が111
℃の場合には接着強度は増強し得ないはずである,と主張する。
しかし,乙23(北辰工業株式会社H作成の「テストピースによ
るポリプロピレンとエラストマーの接着強度試験結果報告書 」)実
験は,円錐形テストピースによるASTM D-429-73準拠の
剥離試験であり,乙48実験のようにイ号減衰手段の形状の筒状
部やエラストマーを用いたものではなく,その接合部の態様も異
なり,その評価の仕方も異なる以上,接着機能の発揮の態様につ
いてもイ号減衰手段の場合と異なることは否定できず,また,金
型内ピーク温度の平均値が178.6℃の場合にはその接着強度は
約58%増大し,金型内ピーク温度の平均値が147.6℃の場合
にはその接着強度が約23%増大しているとするが,このような
僅か2点の測定結果をもって,111℃の場合は接着強度がない
と推定することには無理があり,むしろイ号接着剤の融点は10
0℃前後と認められる(乙17の2のDSC曲線を参照)から,1
00℃を超える温度があれば,接着剤の効果が達成される可能性
もまた否定できない。このように,乙23実験と乙48実験とは
成形方法も評価方法も異なっており,両者において相反する結果
が出ているともいえないから,乙23実験の結果のみをもって,
乙48実験の測定値(111℃)を否定することは相当でないと
考えられる。そして,乙48実験による金型内ピーク温度の測定
には測定誤差があり得ることも考慮すると,実際の接着強度の増
強は十分考え得るというべきであるから,乙48実験が乙23実
験と矛盾しているとまではいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
② 控訴人は,原告実験においては,イ号筒状部及び接着剤が配合
されていない筒状部は,金型内ピーク温度が約160℃∼164℃の場
合にはともに全て剥離状態であり,金型内ピーク温度が約176℃の
場合にはともに一部剥離不能状態を呈している,乙23実験によ
れば,このような各金型内ピーク温度においては,接着強度は接
着剤を配合しないときに比べて2倍にも至っていないはずである
から,ともに剥離状態又は一部剥離不能状態であることは,乙2
3実験との結果と何ら矛盾関係にはない,と主張する。
しかし,剥離状態,一部剥離不能状態であれば,そもそも減衰
手段として必要な接合強度を得られていない場合であり,このよ
うな場合の結果が乙23実験と矛盾がないとしても,必要な接合
強度が得られているイ号減衰手段において,変性ポリエチレンた
る接着剤の寄与が認められないことを導くことはできない。
(イ) 乙44実験
① 控訴人は,乙44実験においてはノズル温度150℃と記載さ
れているが,当該ノズル温度及び対応する金型内ピーク温度に関
するデータ上の裏付けは存在しないから,このような乙44実験
において剥離不能状態が記載されていたとしても,実験結果に関
する合理性及び信憑性はない,と主張する。
しかし,乙44(北辰工業株式会社H作成の「ポリプロピレンの
融点以下での成形温度におけるイ号減衰手段同等製品の成形 」)に
おいては,その「成形条件」の欄に,イ号減衰手段の成形条件で,
イ号エラストマーの射出成形温度のみをポリプロピレンの融点以
下の温度に設定した場合,エラストマーの流動性が低下して ,「シ
ョート」という現象を起こすことが考えられたこと ,「ショート」
とは,金型内を流動するエラストマーの流動性が低下したために,
金型末端までエラストマーがたどり着かず,製品にならないこと
をいうこと,イ号減衰手段の金型の末端(エラストマーが流動す
る終点の部分)はポリプロピレン組成物とエラストマーの接合部
に当たること,このような理由から,今回の試験では,すべての
成形条件を再検討し,イ号減衰手段の成形条件を可能な限り維持
しつつ,射出成形温度を明らかにポリプロピレンの融点を下回る
150℃で成形できるように成形条件を変更したこと,このよう
に成形条件の変更が必要であったことに加え,成形機の能力の問
題もあったことから,実際のイ号減衰手段ではなく,イ号減衰手
段の形状とほぼ変わらない形状の製品の成形を行ったこと,が記
載されており,これらの各記載を受けて ,「今回の成形条件…」と
して,成形機(日精樹脂工業製DC−120 ),成形温度(150
℃),金型設定温度(70℃ ),エラストマー(イ号減衰装置用現
行材 ),ポリプロピレン(イ号減衰装置用現行材)が記載されてい
るのであり,その実験過程に具体的な不自然な点は見当たらない。
そうすると,控訴人指摘のように,ノズル温度及び対応する金型
内ピーク温度に関するデータ上の裏付けは存在しないことのみを
もって,乙44実験の実験結果の合理性,信憑性を否定すること
はできない。また,ノズル温度が150℃ではポリプロピレンの
溶融は起こり得ないことは明らかである以上,融点以下で接合が
生じることを立証するために金型内温度の測定が不可欠とは言え
ない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
② 控訴人は,仮に,乙44実験において熱融着が行われていない
のであれば,乙56の写真17に示すように,筒状部の先端端部
のコーナーにおいては,金型形状を反映して直角の状態が維持さ
れていなければならないところ,乙44実験において,ノズル温
度150℃及び200℃の各サンプルにおいては前記コーナーの
部分が丸みを帯びた状態に至っており,このような状態は,先端
部分が一度溶融しなければ不可能である,と主張する。
しかし,前記ア(ウ)に説示したとおり,乙56(北辰工業株式会
社H作成の「イ号減衰手段TPE剥離試験後のPP界面観察報告
書」)の写真17を見ても,コーナーが直角状態にあるかまでは必
ずしも明らかでなく,しかも,筒状部において変性ポリエチレン
(接着剤)が配合されていない場合のものであるから,たとえこ
れが配合されている場合と成形条件が同一であったとしても,変
性ポリエチレン(接着剤)の溶融等の有無によって,これにエラ
ストマー成形時の圧力が加わることにより,先端部位の変化も異
なってくる蓋然性があることは否定できない。しかも,乙44実
験において,ノズル温度150℃及び200℃の各サンプルにお
いて前記コーナーの部分が丸みを帯びた状態に至っているとして
も,筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状と成
形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らかで
はないことに照らせば,当然に,上記丸みを帯びた状態の原因が,
先端部分が一度溶融して変形したためであると認めることはでき
ない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
③ 控訴人は,乙44実験においては,筒状部の先端端部の変形に
ついて,エラストマー成形時の圧力と製品断面を観察したときの
刃物の押圧力に由来していると記載するが,いずれも根拠がない,
と主張する。
しかし,製品断面を観察したときの刃物の押圧力についてはと
もかく,エラストマー成形時の圧力については,上記②に説示し
たとおり,根拠がないとはいえないものである。
④ 控訴人は,乙23実験を考慮するならば,乙44の金型内ピー
ク温度として計算した結果(102℃,133℃)では,イ号接
着剤は本来の接着機能を発揮することができない,と主張するが,
前記(ア)①の説示に照らし,採用することができない。
⑤ 控訴人は,乙44実験には,種々の不合理があるし,一連の原
告実験によって,一部剥離不能状態の場合でさえ,イ号接着剤は
全部剥離不能状態を実現するような接着機能を有していないこと
が明らかになっており,接着剤の入っていない筒状部との比較は
不可欠である,と主張する。
しかし,上記①∼④の説示に照らし,乙44実験に種々の不合
理があるということはできないし,前記説示のとおり,イ号減衰
手段の製造の際と対比するとエラストマーや成形圧力の同一性が
認められない原告実験によって,比較的高温の場合であっても剥
離不能とならず一部剥離不能状態だったという結果が出ていたと
しても,これをイ号減衰手段の製造に当てはめることはできない。
そして,ポリプロピレンの融点以下で接合を行えば,ポリプロピ
レンの熱融着が生じていないのは明らかであるから,接着剤の入
っていないサンプルとの比較が必要とは言えない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑥ 控訴人は,乙23実験によって示されているイ号接着剤の配合
に基づく接着強度の増強の程度は,乙44実験にも妥当するとこ
ろ,乙44実験は,イ号接着剤が本来接着機能を発揮し得るよう
な温度領域が実現されていない,と主張するが,上記④と同様,
前記(ア)①の説示に照らし,採用することができない。
(ウ) 乙48実験
① 控訴人は,乙48実験は根本的な欠陥を有している,すなわち,
金型内ピーク温度が約111℃というイ号ポリプロピレンの融点
に至っていない温度であるにもかかわらず,イ号エラストマーと
の剥離不能な接着が実現しているのであれば,イ号接着剤を配合
しているサンプルの接合界面は,非接合界面(甲29の写真6,
甲31の写真3,甲44の写真3・4)又は全部剥離に対応して
いる接合界面(甲68,78の2,96)のように,略平坦であ
って,実際のイ号筒状部の接合界面のような起伏状態を形成する
ことはあり得ない,と主張する。
しかし,乙48実験からは,原判決も説示するとおり,接着剤な
しのポリプロピレンによる完成品については,ポリプロピレンと
エラストマーの界面で剥離し,接着剤入りのポリプロピレン(イ
号減衰手段たる153ダンパと同一素材)については,エラスト
マー部分で材料破断したことが認められ,イ号減衰手段は,熱融
着の有無にかかわらず,変性ポリエチレンによるイ号接着剤の存
在により初めて必要な接着強度を確保している可能性が高いこと
を推認することができる。控訴人は,かかる乙48実験は根本的
な欠陥を有していると主張するが,金型内ピーク温度が,イ号ポ
リプロピレンの融点に至っていない約111℃という温度であっ
ても,変性ポリエチレンであるイ号接着剤の融点を超えているか
らその溶融の可能性があり,これとイ号エラストマーの成形圧力
とが相俟って起伏を形成する可能性があるから,当然にその接合
界面が非接合界面等のように略平坦であるはずということはでき
ない。なお,後記②∼⑦の説示に照らしても,乙48実験の信用
性を左右するに足りる事情は認められない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
② 控訴人は,乙48実験においては,イ号エラストマーの流動性及
び成形性が実現されているにもかかわらず,その金型内ピーク温
度は111℃と測定されており,これは,流動性及び成形性を実
現することができない温度である,このように,乙48実験の金型
内温度111℃という測定値自体不合理であるのに,この温度で
もノズル温度230℃であった段階の性状が残存していることも
論証されていない,また乙48実験は,測定空間の各寸法が,イ
号エラストマーの肉厚よりも大幅に大きい点においては,原告実
験と何ら変わりはないのに,原判決は,乙48実験の場合には,
原告実験の場合の説示と矛盾して,応答速度及び測定空間によっ
て測定温度が実際の温度よりも低くなる旨の説示をしている,原
告実験の温度センサが所定の応答速度を有している以上,前記矛
盾が,応答速度を加味することによってクリアされることにはな
らない,と主張する。
しかし,前記イ(イ)①に説示したとおり,原判決は,原告実験や
乙48実験のような温度測定実験においては,測定空間,温度セ
ンサの応答速度など,種々の要因により誤差の発生が避けられず,
その対応によっては,実際の温度,すなわち,実際のイ号減衰手
段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度より
高くも低くも測定され得ることを前提として,乙48実験では低
い測定値となった可能性があることを指摘したものにすぎないし,
また,乙48実験における測定空間の直径は3㎜であり,温度セ
ンサの先端においてイ号エラストマーが形成する肉厚は最大約0.
9㎜程度であるのに対し,原告実験の測定空間の直径は5㎜であ
り,かつ温度センサの先端部の肉厚は2㎜を超えていることに照
らせば,イ号減衰手段におけるイ号エラストマーの厚さ(0.3
㎜)を超えていること自体よりも,測定空間の直径や温度センサ
の先端においてイ号エラストマーが形成する肉厚が,原告実験に
おいては乙48実験の場合よりも約2倍の厚さであることの方が,
温度センサで測定する上で測定値の出方に大きく影響している可
能性も否定することができない。そして,原告実験における金型内
の冷却効果が減殺される度合いの大きさからすると,その微小表面
センサにおいて所定の応答速度があるとしても,金型内温度がイ号
減衰手段の場合よりも高くなるとの結論が左右されるものではない
ことは,上記イ(イ)①に説示したとおりである。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
③ 控訴人は,イ号金型と奥山金型との相違,及び温度条件以外の
成形条件(射出圧力及び単位時間当たりのイ号エラストマーの射
出量等)の異同を論じている原判決の立論に立脚した場合には,
乙48実験において,原告実験と同様の測定状態Aを採用したと
ころで,測定温度がどのような結果になるかは,単にノズル温度
だけではなく,他の成形条件によっても左右されるはずであるか
ら,甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当てはめることは
できないはずであるし,原判決のように,111℃に約40℃を
加えたことによって,約150℃というイ号ポリプロピレンの融
点を下回る測定値を得たとしても,イ号筒状部の接合界面におけ
る起伏状態(甲44の写真1・2,甲31の写真3,乙43の写
真3)が形成し得ないことに変わりはない,と主張する。
しかし,原判決は,平成13年(2001年)に行われた乙33
実験及び乙35実験のノズル温度や金型温度以外の成形条件や測定
方法は,乙48実験と同一であるとは認められないから,乙48実
験の測定値が不合理であるということはできないことを指摘したも
のである。すなわち,乙33実験,乙35実験がイ号エラストマー
を採用しているとしても,射出速度,射出圧力,射出時間等の成形
条件によって金型内ピーク温度は大きな影響を受けると考えられる
ところ,乙48実験は,実際のイ号減衰手段の製造条件に則り実施
されたもので,使用した金型の構造等の点も含めて,モデル化した
乙33,35実験と同じ条件であると認めるに足りる証拠はない。
また,原判決は,甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当ては
めたものではなく,甲62実験の温度差を加えたとしてもポリプロ
ピレンの融点を上回らないことを,総合判断の一事情として判示し
たにとどまるものであるし,上記①の説示に照らせば,約150℃
のときに,イ号筒状部の接合界面において当然に起伏状態が形成し
得ないということもできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
④ 控訴人は,イ号接着剤として変性ポリエチレンが採用される前に
は,モディックP505が使用されていたとして,かかるモディックP
505が固有の接着機能を発揮する状態とは,イ号ポリプロピレンの
結晶構造と共にモディックP505の結晶構造も崩壊したうえでイ号
エラストマーとの「混合」状態に至ること,すなわち,イ号ポリ
プロピレン+モディックP505とイ号エラストマーとの「熱融着」
を意味しており,このことは,同じ成形条件である変性ポリエチ
レンを採用している乙48実験においても「熱融着」が生じてい
ることを示していると主張する。
しかし,接着剤としてモディックP505を使用したときと,変性ポ
リエチレン(イ号接着剤)を使用してイ号減衰手段を製造すると
きの成形条件が同じであると認めるに足りる証拠はないから,仮
にモディックP505が「熱融着」しているとしても,変性ポリエチ
レンを採用している乙48実験においても「熱融着」が生じてい
ることを示すことになるとはいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑤a 控訴人は,成形条件はイ号エラストマーの流動性及びイ号ポリ
プロピレンとの接着に基づく成形性を考慮したうえで設定され
る以上,ともにイ号エラストマーを採用している乙33実験及
び乙35実験の場合と乙48実験の場合とでは,筒状部先端に
至る金型内ピーク温度は,本来共通しているはずであって,原
判決の説示は,このようなイ号エラストマーの最適条件におけ
る共通性を看過している,と主張するが,種々異なり得る成形
条件のうち,金型内ピーク温度のみが共通するという根拠はな
いから,控訴人の上記主張は採用することができない。
b また控訴人は,乙35実験において,金型温度を約30℃とし
た場合の製品部に至った場合の温度測定値は約195℃である
が(原告訴訟代理人弁護士赤尾直人ら作成の「技術説明書
(6 ) 〔甲91の1・2〕参照 )
」 ,これに対し,イ号金型と酷似し,
しかもイ号金型よりも温度降下の程度が大きいと解される金型
について検討した甲73の2(同人ら作成の「技術説明書
(5 ) )及び甲95(同人ら作成の「技術説明書(7 ) )によ
」 」
れば,金型温度を18℃と設定した場合の製品部における温度
測定値は約193℃であり,金型温度が30℃の場合には,約
195℃である,そうすると,乙35実験の金型と甲73の2
及び甲95で検討した金型とは,冷却条件及びノズル温度が同
一である場合には,イ号エラストマーを流動させた場合の温度
降下は殆ど同一であることを十分推認することができる,この
ような場合,イ号金型の場合には,甲73の2等で検討した金
型よりも温度降下の程度が小さいと解される以上,結局,乙3
5実験が採用している金型よりも,更に実際の測定値は高いは
ずである,と主張する。
しかし,上記③に説示したように,射出速度,射出圧力,射
出時間等の成形条件によって金型内ピーク温度は大きな影響を
受けると考えられるから,甲73の2及び甲95で検討された
金型の構造や計算のみから,実際のイ号減衰手段の製造条件に
則り実施された乙48実験や,これと同じ製造条件であると認
めることができない乙35実験と対比して,金型内ピーク温度
の高低を論じることはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
⑥ 控訴人は,検乙6の先端部の場合には,エラストマーが剥離し
得ないため,先端部における光沢の存否を確認することは本来で
きないが,甲86の写真3−1(甲69実験のノズル温度170
℃の場合の成形品)と写真3−2(甲69実験のノズル温度23
0℃の場合の成形品)を対比しても,また,写真2−1∼3(甲6
4実験,甲69実験で,イ号筒状部を用いてノズル温度170℃
で成形した場合のもの)と写真3−1を対比しても,各先端部の
光沢の存否の相違は明瞭である,そして,光沢状態が実際にある
ことは光の乱反射が生じていることを示しており,当該乱反射は
表面の凸凹状態による起伏状態以外にはその原因はあり得ない,
と主張する。
確かに,検乙6(乙48実験で製造されたイ号減衰手段。被告
ら代理人弁護士山内貴博作成の「写真撮影報告書 」〔乙53〕参
照)の先端部の場合には,エラストマーが剥離し得ないため,先
端部における光沢の存否を確認することはできない。しかし,甲
86の上記各写真を対比しても,光沢状態の相違を明確に確認で
きるとは言い難く,その光沢状態に差があるとしても,光沢状態
がないとされるエラストマーが剥離不能となったサンプルでは,
先端部を露出させるためにクロロホルムに浸漬し,エラストマー
を完全に取り去るための作業を行っており,その影響を否定でき
ない。また,エラストマーを取り去る作業の影響や甲64,69
実験と乙48実験の場合とでエラストマーの同一性,成形条件の
同一性が認められないことなどを措いて,光沢状態の相違をいう
ことによりイ号筒状部の接合部に起伏が形成されていることまで
が導けるものと仮定したとしても,イ号筒状部の接合部の起伏状
態を示した写真等から本件発明の構成要件Bc「熱融着」の充足
性を導くことができないことは,前記において説示したとおりで
ある。
⑦ 控訴人は,乙48実験よりも甲64実験及び甲69実験の方が
信用できると主張し,甲70鑑定書,甲73説明書,甲75説明
書,甲77鑑定書,甲91説明書,甲96意見書,甲97意見書
を提出し,また,乙48実験は偽装工作が行われたと主張し,甲
79鑑定書,甲82(大成プラス株式会社技術本部長E作成の「実
験 報告 書 (4) 」 ,甲 8 3の 1, 2(同 人 作成 の 「写 真撮 影 報 告 書
)
(3) 」)を提出するが,前記イの説示に照らせば,甲64実験,甲
69実験から,イ号減衰手段において筒状体とエラストマーが熱
融着し,この熱融着により減衰手段として機能しうる接合力を確
保していると認められないものであるところ,上記各証拠(説明
書,鑑定書等)は,原判決が説示するとおり,いずれも前記イに
説示した事項を克服するに足りるものではなく,また,乙48実
験の偽装工作を裏付けるに足りるものともいえない。
これを若干補足すると,以下のとおりである。
a 甲77鑑定書
(a) 控訴人は,甲77鑑定書は,イ号減衰手段の製造工程,ひ
いては成形条件に基づいて「熱融着」の成否を論じているわけ
ではなく,甲64実験,甲69実験のノズル温度,金型内ピー
ク温度に対応して変化する剥離試験の結果を考慮した上で,イ
号接着剤の配合の有無にかかわらず,イ号エラストマーから十
分な熱エネルギーの供給が行われた場合に,剥離不能な「熱融
着」が成立することを明らかにした上で,剥離試験の結果と接
合界面の起伏状態との相関関係を考慮し,剥離不能状態を呈し
ているイ号減衰手段においても,甲64実験,甲69実験のう
ちのノズル温度230℃サンプルの場合と同じように「熱融
着」が成立する旨の論述を行っている,と主張する。
しかし,前記に説示したとおり,甲64実験,甲69実験の
剥離試験の結果を考慮したとしても,これらの各実験には一部
剥離状態を示す可能性がある相当の範囲の温度幅があることか
らすれば,当然にイ号接着剤の接合力への関与を否定できるこ
とにはならないし,イ号減衰手段の成形条件と甲64,69実
験等の原告実験の成形条件との同一性が認められない以上,甲
64,69実験等の原告実験から,イ号減衰手段と同じ材料の
筒状部,エラストマー,成形金型,成形条件で筒状部とエラス
トマーの接合を行った場合,その界面がどのようになるかを明
らかにできるとはいえない。さらに,イ号筒状部の接合界面に
起伏状態があるとしても,その原因として,ポリプロピレンの
溶融以外に,変性ポリエチレンの溶融や成形圧力等が否定でき
ないことなどからすると,甲77鑑定書をもって,イ号減衰手
段の「熱融着」該当性を立証できたことにはならない。
(b) また控訴人は,甲77鑑定書は,変性ポリエチレンが,乙
48実験のように,剥離状態を剥離不能状態とするような格別
の接着力を有することを否定している旨指摘する。
しかし,イ号ポリプロピレンに配合されている変性ポリエチ
レンやエラストマーの製品名や化学構造は明らかではなく,ま
た,前記に説示したとおり,乙23実験によれば,イ号ポリプ
ロピレンに配合された接着剤に一定の接着効果があることが認
められる。さらに,仮に変性ポリエチレンに格別の接着力がな
く,イ号減衰手段において変性ポリエチレン単独で剥離不能な
状態にしていないとしても,ポリプロピレンが弱い熱融着をし
ていることと併せて,必要な接合力を得るために変性ポリエチ
レンが寄与している可能性を否定することはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
b 甲70鑑定書
控訴人は,甲70鑑定書が,金型の全周囲が30℃の冷却状態
の環境を設定し,実際の金型の冷却条件よりもはるかに厳しい冷
却条件を設定している,と主張するところ,甲70鑑定書は,
θ=(θi−θ f)exp(−Kpx/cρv)+θf
という一般式に立脚した上で,接合部に到達したエラストマーが
何度となるかを机上でシミュレーションし,さらに,実際に測定
される数値は,計算値よりも高くなるはずであるとして,200
℃を超えていると結論付けている。
しかし,上記シミュレーションでは,エラストマーの射出圧力,
射出時間,射出速度等のイ号減衰手段の製造条件により,結果と
して得られる温度が大きく変わることになるところ,上記シミュ
レーションによる計算がイ号減衰手段の製造条件と同一の条件と
の前提で計算されたと認めるに足りる証拠がない以上,甲70鑑
定書を根拠に,乙48実験が信用性を欠くということはできない。
c 甲96意見書,甲97意見書
(a) 甲96意見書は,①甲64実験,甲69実験を踏まえれば,
変性ポリエチレンは接着剤として格別の機能は果たしていない
ことから,イ号筒状部とエラストマーの剥離不能状態は,熱融
着に起因する,②実際のイ号減衰手段の製造方法は不明である
が,変性ポリエチレンの接着機能の発現を見ると甲64実験,
甲69実験の結果の方が合理的であり,またイ号接合界面の起
伏状態を見ると,イ号減衰手段の剥離不能は熱融着に基づいた
機能であると言え,③このことは加熱溶融後にのみ生じる厚化
したラメラの存在,金型内の温度条件でのみ生じる凸凹の形成
からも裏付けられると指摘していると認められる。
またこれに関連して,甲97意見書は,エラストマーの熱に
よりポリプロピレンが半溶融ないし溶融し,徐冷されると厚い
状態の二次ラメラが形成されるが,甲43等の写真にこれが表
われている旨指摘していると認められる。
(b) しかし,上記(a)①については,前記a(b)の説示に照ら
し,また,上記(a)②については,前記a(a)の説示に照らし,
いずれも採用できない。
(c) また,上記(a)③については,前記a(a)に説示したとお
り,凸凹の形成が金型内の温度条件でのみ生じるとはいえない
ものであるし,ラメラの存在については,前記ウ(イ)⑤に説示
したとおり,どの程度ラメラが厚化していれば徐冷されて生じ
た二次ラメラといい得るのか,さらにそれがどの程度存在すれ
ばポリプロピレンがエラストマーと熱融着していると言えるの
かの客観的な基準はないから,上記(a)③をもってイ号減衰手
段が本件発明に言う「熱融着」がなされているとは認められな
い。
d 控訴人は,金型冷却温度(18℃)とピーク値に至る前の実際
の温度(24℃)との相違について指摘し,温度コントローラの
精度は±0.5℃であって,このようなコントローラを用いれば温
度の偏差は精々1℃であるが,上記のような誤差が出ることは,
実験に工作がなされていることを裏付けるものである旨主張し,
甲101(株式会社松井製作所作成の金型温度コントローラー
(金型温度調節器)に関するパンフレット ),甲102の1∼3
(同社作成のFAX送信書,原告実験において採用されている金
型温度コントローラーの取扱説明書等)を提出する。
しかし,射出成形を繰り返した場合に,当初に18℃に設定し
た場合でも,実際の測定値が24℃に上昇することは十分あり得
るものと認められるから,この点から,乙48実験に偽装工作が
行われた疑いがあると認めることはできない。また,乙48実験
において,控訴人の主張する精度の温度コントローラが使用され
たと認めるに足りる証拠はないし,そもそも当該コントローラが,
金型の全ての個所の温度を,射出成形の行われている間中,温度
変動を±0.5℃に抑えることができることを保証するともされて
はいない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
オ まとめ
以上によれば,控訴人の当審における主張はいずれも理由がない。すな
わち,上記ア∼エによれば,イ号減衰手段は,熱融着の有無にかかわらず,
変性ポリエチレンによる接着剤の存在により初めて必要な接着強度を確保
している可能性が高いというべきであるから,イ号装置中のイ号減衰手段
において筒状体とエラストマーが熱融着し,この熱融着のみにより減衰手
段として機能しうる接合力のほとんどを確保しているとまで認めることは
できない。
したがって,イ号装置が本件発明の構成要件Bcの「熱融着」を充足し
ていると認めることはできない。
3 結論
以上のとおりであるから,その余について判断するまでもなく,控訴人の被
控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がなく,これと結論を同じくする原
判決は相当であって,本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 今 井 弘 晃
裁判官 田 中 孝 一
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