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平成19(行ケ)10002審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年12月18日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官肥塚雅博
原告株式会社エフテック 本田技研工業株式会社
法令 特許権
特許法29条2項7回
特許法159条1項2回
特許法159条2項1回
特許法1条1回
キーワード 審決53回
実施4回
進歩性4回
刊行物3回
拒絶査定不服審判1回
主文 原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は,原告らの負担とする。
事件の概要 本件は,原告株式会社エフテックが後記特許出願(以下「本願」という。)をし, その後,同原告が本願に係る特許を受ける権利の一部を原告本田技研工業株式会社 に譲渡した後,本願に対し拒絶査定がされたため,原告らが,これを不服として審 判請求をしたところ,同請求は成り立たないとの審決がされたため,その取消しを 求める事案である。

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判決文

平成19年(行ケ)第10002号 審決取消請求事件
平成19年12月18日判決言渡,平成19年11月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社エフテック
原 告 本田技研工業株式会社
両名訴訟代理人弁理士 落合健,仁木一明
被 告 特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人 永安真,高木進,高木彰,森山啓
主 文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 原告らの求めた裁判
「特許庁が不服2005−9919号事件について平成18年11月21日にし
た審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
本件は,原告株式会社エフテックが後記特許出願(以下「本願」という。)をし,
その後,同原告が本願に係る特許を受ける権利の一部を原告本田技研工業株式会社
に譲渡した後,本願に対し拒絶査定がされたため,原告らが,これを不服として審
判請求をしたところ,同請求は成り立たないとの審決がされたため,その取消しを
求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本願(甲6)
出願人:原告株式会社エフテック
発明の名称:「車両用サスペンションアーム」
出願番号:平成7年特許願第2778号
出願日:平成7年1月11日
原告本田技研工業株式会社を共同出願人とする出願人名義変更届の提出:平成1
3年5月29日(甲13,14)
手続補正日:平成16年6月7日付け(甲8)
拒絶査定:平成17年4月21日(起案日。甲11)
(2) 審判請求手続等
審判請求日:平成17年5月26日(不服2005−9919号)
手続補正日:平成17年6月27日付け(甲7。以下「本件補正」という。)
審決日:平成18年11月21日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成18年12月6日
2 特許請求の範囲の請求項1の記載(請求項2以下の記載は省略)
(1) 本件補正前(平成16年6月7日付け手続補正後。以下同じ。)のもの
【請求項1】
「荷重の入力面と略平行に配置される平板状の本体部(1 3 )と,この本体部
(13)の両側縁に沿って連設された補強部(12)とを備えていて,鋼板をプレス
加工することにより形成され,内端が相互に間隔をあけた二ヶ所で車体(B)にそ
れぞれ連結される車両用サスペンションアームであって,
前記補強部(12)は略パイプ状に形成されて,前記本体部(13)の前記入力面
に沿う中心面の上下に跨がって且つその中心面より下側に下端が位置するように分
布すると共に,その補強部(12)の端縁は,該補強部(12)の外端よりも内側に
在って,該端縁と該本体部(13)の前記一側縁との間には隙間が形成されている
ことを特徴とする,車両用サスペンションアーム。」
(2) 本件補正後のもの(下線部が補正個所である。)
【請求項1】
「荷重の入力面と略平行に配置される平板状の本体部(1 3 )と,この本体部
(13)の両側縁に沿って連設された補強部(12)とを備えていて,鋼板をプレス
加工することにより形成され,内端が相互に間隔をあけた二ヶ所で車体(B)にそ
れぞれ連結される車両用サスペンションアームであって,
前記補強部(12)は,その補強部(1 2)が前記本体部(1 3)の前記入力面に
沿う中心面の上下に跨がって且つその中心面より下側に下端を位置させて分布する
ように略パイプ状に形成されると共に,その補強部(1 2)の自由端の端縁は,該
補強部(12)の外端よりも内側に在って,該端縁と該本体部(13)の前記一側縁
の下面との間には隙間が形成されていることを特徴とする,車両用サスペンション
アーム。」
3 審決の理由の要旨
審決は,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)は,
後記引用発明並びに引用文献2及び周知例1ないし3の各記載によって認められる
各周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができず,
本件補正は,同法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違
反するものであるとして,同法159条1項において準用する同法53条1項の規
定により本件補正を却下し,本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」とい
う。)の要旨を,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載に基づいて認定し
た上,本願発明は,本願補正発明と同様,引用発明及び上記各周知技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定に
より特許を受けることができないとした(なお,上記各規定のうち,17条の2第
5項,159条1項及び53条1項については,審決の後である平成19年4月1
日,意匠法等の一部を改正する法律(平成18年法律第55号)中,これらの各規
定等を改正する部分が施行されたが(特に,17条の2第5項は,同法による改正
後においては,17条の2第6項に繰り下がった。),同法附則3条1項の規定に
より,同法による改正後のこれらの各規定については,「・・・この法律の施行後
にする特許出願について適用し,この法律の施行前にした特許出願については,な
お従前の例による。」とされている。)。
(1) 本件補正について
ア 特公平3−20607号公報(甲1。以下「引用文献1」という。)の記載
「引用文献1には,「リンク及びその製造方法」に関して,第1∼10図とともに次の事項
が記載されている。
(ア)「(産業上の利用分野)
本発明は,自動車の懸架装置におけるアツパアーム又はロアアームのように,他部材に対
して相対回転可能に連結されるリンク及びそのリンクの製造方法に関する。」(1頁1欄24
行∼2欄2行)
(イ)「(実施例)
図面のうち,第1図は本発明のリンクの第1実施例を示し,このリンク1は,自動車の懸架
装置におけるロアアームとして使用されるもので,アーム本体2,車体に枢着する筒体3,ボ
ールジヨイント取付座4を備える。
アーム本体2は,第2図,第3図に示すようにウエブ5とフランジ6,6からなる断面コ字
形をなすもので,一端においてフランジ6,6にボアリング加工により短い管縁7,7と取付
穴8,8が形成してある。」(2頁3欄37行∼4欄3行)
引用文献1の上下揺動自在に枢着された自動車の懸架装置におけるロアアームに,荷重が車
体前後方向及び車体左右方向,すなわちウエブ5と略平行な方向に作用することは当業者にと
って自明な事項であることから,上記記載事項(ア),(イ)の記載及び第1∼3図の記載を総合す
ると,引用文献1には,
「荷重の入力面と略平行に配置される平板状のウエブ5と,このウエブ5の両側縁に沿って連
接されたフランジ6,6とを備えていて,内端が筒体3で車体に連結される自動車の懸架装置
におけるロアアーム。」
の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。」
イ 1985(昭和60)年6月14日に公開された仏国特許出願公開第255
6389号明細書(甲2。以下「引用文献2」という。)の記載
「引用文献2には,「ELEMENT PORTEUR METALLIQUE POUR STRUCTURE DE BATIMENT NOTAMMENT」
に関して,図1∼6bとともに次の事項が記載されているものと認められる。
(ア)「本発明に従う,図2に示される形鋼20は,連続金属帯の冷間ロール形成によって得
られ,最終形態で,心線22と,同様に,心線22に垂直で,心線の両側に伸び,折り曲げ線
によって心線につながる2つの翼24と26とを示す。特に,翼24,26と心線22との間
に接続幕28と30を準備する。各幕28(30)は,一方,折り曲げ線29(31)によっ
て鈍角で,好ましくは135°付近で心線22につながり,他方,心線22に平行に延びる中
間帯32(34)によって対応する翼24(26)につながり,結果として,翼24(26)
と幕28(30)との間の折り曲げ角度は,鋭角になり,好ましくは45°付近である。変体
として,翼24,26は,帯32,34を除いて,幕28,30に直接つながることを想定で
きる。
更に,各翼24(26)は,その自由端にフラップ36(38)を備え,翼は,心線22に
ほぼ平行に伸びる中間舌片40(42)によってフラップにつながり,結果として,フラップ
36(38)と翼24(26)は,その間で鋭角をなし,好ましくは45°付近である。ここ
で更に,変体として,舌片40,42を除くことができることを想定でき,その場合,フラッ
プ36,38は,折り曲げ線によって翼24,26に直接つながる。
形鋼の形態は,形鋼に優れた曲げ及び捩れ強度特性を与え,少なくとも図1で示されたよう
な“I”型の標準形鋼の強度と同等であり,重量はより軽く,とりわけ簡素な冷間ロール形成
の装置を使って,連続金属片から製造できることに留意する。」(原文4頁23行∼5頁22
行)
(イ)図2には,心線22の両側端部の形状が略パイプ状となったものが記載されている。」
ウ 本願補正発明と引用発明との対比
(ア) 一致点
「荷重の入力面と略平行に配置される平板状の本体部と,この本体部の両側縁に沿って連設
された補強部とを備えていて,内端が車体に連結される車両用サスペンションアーム。」
(イ) 相違点
「【相違点1】
車両用サスペンションアームについて,本願補正発明では,「鋼板をプレス加工することに
より形成」と限定しているのに対して,引用発明では,そのような限定がない点。
【相違点2】
車両用サスペンションアームの内端と車体との連結について,本願補正発明では,「相互に
間隔をあけた二ヶ所で」,「それぞれ」連結されるのに対して,引用発明では筒体3で,すな
わち「一カ所で」連結される点。
【相違点3】
補強部について,本願補正発明では,「その補強部(12)が前記本体部(13)の前記入力
面に沿う中心面の上下に跨がって且つその中心面より下側に下端を位置させて分布するように
略パイプ状に形成されると共に,その補強部(12)の自由端の端縁は,該補強部(1 2)の外
端よりも内側に在って,該端縁と該本体部(1 3)の前記一側縁の下面との間には隙間が形成
されている」と限定しているのに対して,引用発明では,そのような限定がない点。」
エ 相違点についての判断
「(ア) 上記相違点1について検討する。
車両用サスペンションアームを鋼板をプレス加工することにより形成することは,従来周知
の技術であるから(例えば,実願昭62−188769号(実開平1−93108号)のマイ
クロフィルム(甲3。以下「周知例1」という。)参照),引用発明において,自動車の懸架
装置におけるロアアーム(車両用サスペンションアーム)を,上記相違点1に係る本願補正発
明の構成のごとく,鋼板をプレス加工することにより形成することに,格別の技術的困難性が
あるとは認められない。
(イ) 上記相違点2について検討する。
車両用サスペンションアームの内端と車体を相互に間隔をあけた二ヶ所でそれぞれ連結する
ことは,従来周知の技術であるから(例えば,周知例1参照),引用発明において,自動車の
懸架装置におけるロアアーム(車両用サスペンションアーム)の内端と車体を,相互に間隔を
あけた二ヶ所でそれぞれ連結するようにし,上記相違点2に係る本願補正発明の構成とするこ
とに,格別の技術的困難性があるとは認められない。
(ウ) 上記相違点3について検討する。
引用文献2の形鋼20は,板材(金属帯)からなるもので,その側端部の形状が心線22の
中心面の左右(図2における左右)に跨って且つその中心面より左側に先端を位置させて分布
するように略パイプ状に形成されると共に,その自由端の端縁は,パイプ状の部分(幕28,
30,中間帯32,34,翼24,26,中間舌片40,42,フラップ36,38)の外端
よりも内側に在って,該端縁と心線22の左側の面との間には隙間が形成されているから(上
記記載事項イ参照),引用文献2の形鋼20は,本願補正発明の補強部と同様の形状をした略
パイプ状の側端部を有するものと認められる。そして,このように板材の側端部を略パイプ状
に形成すると板材の剛性が高まることは,従来周知の技術事項である(例えば,上記記載事項
イ(ア),特開平2−187225号公報(甲4。以下「周知例2」という。),実願平3−4
4341号(実開平6−14393号)のCD−ROM(甲5。以下「周知例3」という。)
参照)。
したがって,引用発明において,板材からなる自動車の懸架装置におけるロアアーム(車両
用サスペンションアーム)の剛性を高めるために,側端部にあるフランジ6,6の形状を引用
文献2にも記載されている従来周知の略パイプ状に形成し,上記相違点3に係る本願補正発明
の構成とすることに,格別の技術的困難性があるとは認められない。
(エ) また,上記相違点1∼3で指摘した構成を併せ備える本願補正発明の作用効果は,引
用文献1,2の記載事項及び上記周知技術から,当業者であれば予測できる程度以上のもので
はない。
(オ) よって,本願補正発明は,引用発明及び上記周知技術に基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して
特許を受けることができないものである。」
オ 本件補正についての審決の「むすび」
「以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項
の規定に違反するので,特許法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1
項の規定により却下すべきものである。」
(2) 本願発明について
ア 引用文献1及び2の記載
「引用文献1及び2の記載事項は,前記「(1)ア及びイ」に記載したとおりである。」
イ 対比・判断
「本願発明は,前記(1)で検討した本願補正発明から,隙間を形成する補強部の端縁と本体
部の一側縁についての限定事項である「自由端」,「下面」との構成を省くものである。
そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当す
る本願補正発明が,前記「(1)エ 相違点についての判断」に記載したとおり,引用発明及び
上記周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願補正
発明の上位概念発明である本願発明も,本願補正発明と同様の理由により,引用発明及び上記
周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」
ウ 本願発明についての審決の「むすび」
「以上のとおり,本願発明は,引用発明及び上記周知技術に基づいて,当業者が容易に発明
をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができ
ない。」
第3 審決取消事由の要点
審決は,以下のとおり,周知例2及び3を審決において初めて引用し,これらに
より認められる技術を審決において初めて周知技術として認定するという手続違背
を犯した上,相違点3についての判断を誤り,また,本願補正発明の格別の作用効
果を看過した結果,本願補正発明が特許法29条2項の規定により特許出願の際独
立して特許を受けることができないと判断して本件補正を却下し,これを前提とし
て,本願発明が同項の規定により特許を受けることができないと判断したものであ
るから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(手続違背)
周知例2及び3は,審査手続又は審判請求手続の段階で示されていたものではな
く,審決において初めて引用されたものであり,また,これらにより認められる技
術(板材の剛性を高めるため,板材の側端部を略パイプ状に形成するとの技術)も,
審決において初めて周知技術として認定されたものであるところ,審決は,引用文
献1及び2記載の事項と周知例2及び3によって認められる技術事項に基づいて,
すなわち,それらの事項の組合せにより,本願補正発明は当業者が容易に発明をす
ることができたものと判断したものである。
そして,原告らは,このような周知例2及び3の取扱いを審査手続及び審判請求
手続の段階では予測することができず,これらの周知例についての反論や補正の機
会を不当に奪われたものであるから,かかる取扱いは,特許法1条に規定する発明
保護の法目的に反するほか,同法159条2項において準用する同法50条の規定
にも違反するものであり,審決には,このような重大な手続上の瑕疵がある。
なお,原告らは,審決が,周知例2及び3を引用して,「板材の側端部を略パイ
プ状に形成すると板材の剛性が高まることは,従来周知の技術事項である」と認定
した点については,これを争うものではないが,これは,あくまで,側端部を単純
に丸めて略パイプ状に形成したものと,形成しないものとの比較において,略パイ
プ状に形成したもののほうが形成しないものよりも剛性が高いというだけのことに
すぎない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)
審決は,相違点3について,「引用発明において,板材からなる自動車の懸架装
置におけるロアアーム(車両用サスペンションアーム)の剛性を高めるために,側
端部にあるフランジ6,6の形状を引用文献2にも記載されている従来周知の略パ
イプ状に形成し,上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることに,格別の技
術的困難性があるとは認められない。」と判断したが,以下のとおり,この判断は
誤りである(したがって,審決の「よって,本願補正発明は,引用発明及び上記周
知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許
法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないもの
である。」,「以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第5項において準用
する同法126条5項の規定に違反するので,特許法159条1項の規定において
読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。」との各
判断も誤りである。後記取消事由3について同じ。)。
(1) 引用文献2に記載された技術事項の認定について
ア(ア) 審決は,相違点3の判断に当たり,「引用文献2の形鋼20は,板材
(金属帯)からなるもので,その側端部の形状が心線22の中心面の左右(図2に
おける左右)に跨って且つその中心面より左側に先端を位置させて分布するように
略パイプ状に形成されると共に,その自由端の端縁は,パイプ状の部分(幕28,
30,中間帯32,34,翼24,26,中間舌片40,42,フラップ36,3
8)の外端よりも内側に在って,該端縁と心線22の左側の面との間には隙間が形
成されているから・・・,引用文献2の形鋼20は,本願補正発明の補強部と同様
の形状をした略パイプ状の側端部を有するものと認められる。」と認定した。
(イ) しかしながら,引用文献2の建築構造体用ビーム20は,梁,柱等の建築
構造体として使用されるI字形の標準ビーム(図1)と同等強度の板状ビームを,
冷間ロール成形により,平坦なコア22と,コア22に対し直角であって折り曲げ
線29,31によりコア22に接続された2つの平坦なウイング24,26とを有
する略「I」字形断面に形成したものである。すなわち,ビーム20は,両側端の
2つの平坦なウイング24,26(荷重受け面)においてコア22に沿う方向の静
荷重(単純な圧縮荷重)を直接受けるようになっており,基本的にコア22とこれ
に直交する2つの平坦なウイング24,26とで断面I字状に形成されるものであ
るところ,その各ウイング24,26の自由端側が,端縁の保護や補強のために単
に内方側に多少折り曲げられているにすぎない。
また,ビーム20は,建築構造体用であることから,これを梁や柱として使用す
るに当たっては,ウイング24,26をコア22中心面の上下にまたがらせて配置
し,かつ,ウイング24,26の自由端側を下側とすべき技術的必然性は存在しな
い。
さらに,上記平坦なウイング24,26(荷重受け面)やフラップ36,38
(端縁補強用の折り曲げ部)を含むコア22の両側端部分は,本来的には「荷重受
け部」であって,本体部(コア22)の両側端部を補強するための補強部ではない
から,「平板状本体部の荷重入力面に沿う中心面より上下にまたがって,かつ,そ
の中心面より下側に下端を位置させて分布する略パイプ状の補強部」であるとはい
えない。
(ウ) 被告は,「引用文献2の図5には,翼(ウイング)を心線(コア)中心面
の上下にまたがらせて配置し,かつ,翼(ウイング)の自由端側を下側としたもの
も符号114,116として図示されている」と主張し,原告らも,これを争うも
のではないが,そのことをもって,ウイング24,26の自由端側を下側とすべき
技術的必然性が存在するということにはならない。
すなわち,引用文献2のビーム110,112,114,116は,柱100や
梁102に固定されていて,壁120又は屋根118を内側から支持するものであ
り,その使用態様では,壁120又は屋根118により外部から遮蔽されているた
め,鋼材20内に雨水や路面からの跳ね水が浸入するおそれがない。しかも,引用
文献2の図5には,ビーム110,112により梁102が屋根118を内側から
支持する実施態様が示されており,ビーム110,112を縦置きとして,ウイン
グ24,26の自由端側を横向きとしている。したがって,このようなビーム11
0,112,114,116には,排水性に配慮してウイング24,26の自由端
側を下側とすべき技術的必然性は存在しない。
(エ) 以上によれば,審決の上記認定は誤りである。
イ また,上記アにおいて主張したところによれば,審決が,引用文献2の記載
事項を引用して,「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まるこ
とは,従来周知の技術事項である」と認定した点も誤りである。
(2) 周知例2及び3並びに引用文献2に記載された技術の引用発明への適用に
ついて
ア(ア) 原告らは,審決が,周知例2及び3を引用して,「板材の側端部を略パ
イプ状に形成すると板材の剛性が高まることは,従来周知の技術事項である」と認
定した点については,これを争うものではないが,これは,あくまで,側端部を単
純に丸めて略パイプ状に形成したものと,形成しないものとの比較において,略パ
イプ状に形成したもののほうが形成しないものよりも剛性が高いというだけのこと
にすぎない。
(イ) 周知例2及び3には,車両用サスペンションアームとは産業上の利用分野
(技術分野)や基本構造が全く異なるホイールリム及びスイングドアの縁部を単に
丸めて略パイプ状にした縁部補強技術がそれぞれ記載されているにすぎず,したが
って,周知例2及び3には,車両用サスペンションアーム,特にAアームの加工に
際し,本願補正発明の特徴である「平板状本体部の両側縁に,その本体部の荷重入
力面に沿う中心面より上下にまたがって,かつ,その中心面より下側に下端を位置
させて分布する略パイプ状の補強部をプレス加工で形成する」ことは,何ら示唆さ
れていない。
(ウ) また,周知例2及び3に記載されたホイールリム等に対する荷重の作用態
様は,後記イにおいて主張するような車両用サスペンションアームにおける荷重の
作用態様と異なるものである。
イ(ア) 引用文献2に記載された建築構造体用ビーム20には,上記(1)ア(イ)に
おいて主張したとおり,2つの平坦なウイング24,26(荷重受け面)において
コア22に沿う方向の静荷重(単純な圧縮荷重)が直接作用するようになっている。
したがって,引用文献2に記載された建築構造体用ビーム20は,引用発明の車両
用サスペンションアームのように,車両走行時に平板状アーム本体の荷重入力面に
沿って刻々変化する曲げ荷重や路面からの衝撃的な突き上げ荷重を受けたりするも
の(すなわち,車輪・車体からの荷重は,アーム本体部の両端部で直接受け,アー
ム本体側縁の補強部には荷重が直接には作用しないもの)とは,荷重の作用態様や
設置環境が著しく相違しており,また,技術的課題も明確に異なっているほか,産
業上の利用分野(技術分野)や用途機能,加工方法(プレス加工かロール成形か)
も異なるのであるから,引用発明のアーム側端のプレス加工による補強フランジ構
造と,引用文献2の建築構造体用ビーム20のロール成形によるコア両側端の荷重
受け部構造とを,互いに関連付けて組み合わせる技術的必然性や動機付けは全く存
在しない。
(イ) 仮に,引用発明のプレスアームに,周知例2及び3を参酌しつつ,引用文
献2のビームのコア側端部形状を無理に組み合わせたとしても,アームの平板状本
体部の両側端に,「本体部の荷重入力面に沿う中心面より上下にまたがって,かつ,
その中心面より下側に下端を位置させて分布する略パイプ状の補強部」をプレス加
工で形成する構成は得られない。
(ウ) 被告は,「原告らが本件補正によりその全文を変更しようとする当該変更
後の明細書(甲7。以下『本願補正明細書』という。)には,『路面からの衝撃的
な突き上げ荷重』に関する技術的課題についての記載はない」と主張する。
しかしながら,本願補正明細書には,「サスペンションアームには路面の凹凸・
・・等により大きな荷重が入力されるため,その荷重に耐えるだけの充分な剛性を
持たせる必要がある。」との記載(段落【0004】)があるところ,車輪が路面
の大きな凹凸を通過する際には,車輪からサスペンションアームに対して大きな突
き上げ力が瞬間的に作用するため,たとえアーム本体が車体に上下揺動可能に連結
されていても,慣性の影響でアーム本体部を曲げ変形させようとする荷重(左右方
向に延びるアーム本体の中心部を通る鉛直面内で当該アーム本体を上下に曲げよう
とする上向き荷重)がアーム本体部の外端側に加わるのであるから,本願補正明細
書の上記記載は,本願補正発明における「路面からの衝撃的な突き上げ荷重」に関
する技術的課題を示すものといえる。なお,被告が取消事由3に対する反論として
引用する本願補正明細書の段落【0020】の記載は,サスペンションアーム本体
部への荷重についての通常の主たる作用態様を単に説明しているだけであり,路面
の凹凸を通過する際の瞬間的な突き上げ荷重に関する技術的課題があることを否定
するものではない。
(エ) 被告は,「引用発明の車両用サスペンションアームと引用文献2の形鋼2
0とについて,荷重の作用態様が著しく相違しているものとはいえず,引用文献2
に記載された板材の平面部分に沿って入力される荷重に対して高い剛性を有する略
パイプ状の形状を,入力される荷重が静荷重ではなく,刻々変化する曲げ荷重の場
合には適用することができないとする合理的な理由も見出せない」と主張する。
しかしながら,サスペンションアームの本体部内端側は車体に,外端側は車輪に
それぞれ連結される関係で,車両の旋回や制動の際に,車体と車輪の相互間を前後
方向に相対変位させようとする大きな荷重が働き,その荷重は,アーム本体部の中
間部を前記入力面内で前後方向に曲げ変形させようとする曲げ荷重として働くとこ
ろ,引用発明の車両用サスペンションアームも,願書に添付された図面(甲6)中
の図8(A)(なお,以下,願書に添付された図面については,単に「本願に係る図
1」などという。)に示された従来例と同様,下方が大きく開放しているため,断
面二次モーメントが比較的小さく,上記曲げ荷重に対する剛性が低いので,曲げ剛
性の確保のため,大型断面化を図る必要があって,上記従来例と同様の技術的課題
がある。
これに対し,引用文献2のビームについては,①その図6a及び6bに示された
構造からすると,鋼材20には,コア22を支点として外側のウイング24に,コ
ア22と直交する仮想面内での曲げの力が加わるものであること,②屋根118の
重量による荷重や壁120に直交する方向から加わる外力による荷重の,コア22
と平行な方向の成分がコア22に平行に入力された場合であっても,その入力荷重
は,鋼材20をコア22の中心面に沿う方向に単純に圧縮する圧縮荷重(これは,
コア22の側方又はウイング24の外方から見て,鋼材20を曲げようとする曲げ
荷重ではない。)であり,そのような圧縮荷重に対しては,ウイング24,26の
自由端に連設される折り曲げ端縁(フラップ36,38)は有効に対抗することが
できず,補強手段とはなり得ないこと,③鋼材20に加わる荷重は,静的なもので
あって,サスペンションアームのように車両の運転状態に応じて刻々変化する動的
な曲げ荷重ではないこと,からすると,引用文献2のビームと車両用サスペンショ
ンアームとは,使用環境や使用目的が大きく異なっているほか,支持点も,荷重の
作用態様も異なっているというべきである。
してみれば,被告の上記主張は失当であるというほかない。
ウ(ア) 引用文献2並びに周知例2及び3に記載された技術は,いずれも,一定
断面の板材の側端部を単に丸めて略パイプ状にした縁部補強技術であって,これを,
本願補正発明が前提とする「荷重の入力面と略平行に配置される平板状の本体部を
有していて内端が相互に間隔をあけた二ヶ所で車体に連結されるいわゆるA型サス
ペンションアーム」のような複雑形態の板材の補強に適用することは,当業者とい
えども,想到することができない。
(イ) 単にサスペンションアームの剛性強度を上げようとすると,サスペンショ
ンアームの板厚を厚くしたり,断面幅を拡大したりすればよいが,いずれの対策に
よっても,アームの重量増や大型化を来してしまい,ばね下重量が増えたり,スペ
ースに余裕がないアーム周辺空間でのレイアウトが難しくなったりするところ,こ
のようなサスペンションアームに独特の技術的課題やその解決手段について,引用
文献1及び2並びに周知例2及び3には,記載も示唆もない。
3 取消事由3(格別の作用効果の看過)
(1) 審決は,「上記相違点1∼3で指摘した構成を併せ備える本願補正発明の
作用効果は,引用文献1,2の記載事項及び上記周知技術から,当業者であれば予
測できる程度以上のものではない。」と判断したが,本願補正発明は,以下のとお
りの格別の作用効果を奏するものであり,これらは,引用文献1及び2並びに周知
例2及び3には開示も示唆もなく,これらの刊行物からは到底期待することができ
ないものであるから,審決の上記判断は誤りである。
ア サスペンションアームの板厚を厚くしたりアームの断面幅を拡大したりしな
くても,L2(本願に係る図3)に関する断面二次モーメントを効果的に高めるこ
とができて,前記入力面内で本体部を前後方向に曲げようとする大きな曲げ荷重に
対し曲げ剛性を大幅に高めることができ,したがって,アームの軽量化によりばね
下重量の軽減が図られるとともに,アーム断面の小型化により,スペース的に余裕
のないアーム周辺空間にもアームを無理なく配置することができる。
イ 断面が一様でなく複雑形態のAアーム本体部側端に略パイプ状補強部をプレ
ス成形することで,補強部自体の塑性変形量を上下に大きくして高い加工硬化を達
成することができ,特に,伸びの大きい端縁部は高強度となって,曲げに対する耐
力を効果的に高めることができ,上記曲げ剛性を一層高めることができる。
ウ 走行中,アーム(車輪)の上下動に伴い路面からの跳ね水が補強部内に頻繁
に浸入しても,補強部内の排水性をよくして,停滞水によるサスペンションアーム
の早期腐食を回避することができる。
エ 補強部は,本体部中心面より下側に位置する下端部(下半部)の端縁が本体
部に対しフリー(自由端)となることから,当該補強部を完全な閉断面構造とした
ものと比べて応力分散が効率よく十分になされて大荷重作用時に多少の変形許容度
があり,したがって,路面凹凸によりアーム本体部に上向きの大きな曲げ荷重が万
一作用した場合でも,その曲げ荷重に上記補強部の下側反転部分が「引張」で効果
的に対抗して,アームの曲げ変形を抑えつつ補強部の破断回避を図ることができる。
(2) 被告は,「上記(1)の作用効果は明細書の記載に裏付けられたものではな
い」と主張する。
しかしながら,①上記(1)アについては,本願補正明細書の段落【0023】に
記載があり,②上記(1)イについては,本願補正明細書の段落【0024】に,プ
レス加工時の変形量が大きいと加工硬化により剛性が高まる旨の記載があるところ,
当該加工硬化に基づく作用効果を具体的に補足説明したものであり,③上記(1)ウ
及びエについては,本願補正明細書には記載がないものの,本願補正発明のアーム
本体部の補強構造から当然に期待することのできる効果であり,特に,上記(1)エ
については,本願補正明細書の段落【0004】に「サスペンションアームには路
面の凹凸・・・等により大きな荷重が入力されるため,その荷重に耐えるだけの充
分な剛性を持たせる必要がある。」との記載があるのであるから,少なくとも,上
記(1)エの効果の前提となる技術的課題は,本願補正明細書に明確に開示されてい
るといえるところ,上記(1)エの効果は,この課題がいかにして解決されたかを補
足説明したものである。
なお,上記2(2)イ(ウ)において主張したとおり,本願補正明細書の段落【002
0】の記載は,路面の凹凸を通過する際の瞬間的な突き上げ荷重に対する作用効果
を否定するものではない。
以上からすると,被告の上記主張は失当である。
4 取消事由4(本願発明についての進歩性判断の誤り)
審決は,本件補正についての誤った却下決定を前提とした上,本願発明について,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨判断したものである
から,この判断も誤りである。
第4 被告の反論の骨子
以下のとおり,審決には,手続違背も,相違点3についての判断の誤りも,格別
の作用効果の看過も,本願発明についての進歩性判断の誤りもない。
1 取消事由1(手続違背)に対して
(1) 「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まることは,従
来周知の技術事項である」ことは,原告らも認めているところ,周知技術とは,文
献等を例示するまでもなく当業者ならば当然知っているはずの事項であるから,審
決においてかかる周知事項が摘示され,そのことについて意見書の提出又は補正の
機会を与えなくとも,当業者である出願人に対し不意打ちになることはない。
(2) 引用文献2は,平成16年3月30日付け拒絶理由通知書(甲10)で補
強部の形状に係る構成に関して引用された文献であって,その記載事項(前記第2
の3(1)イ(ア))をみれば,側端部の形状により板材から成る形鋼20の剛性が高ま
ることは,当業者であれば当然理解できたはずである。
(3) また,審決は,板材の側端部が略パイプ状の形状であれば板材の剛性が高
まるという,略パイプ状の形状がもたらす機能が従来周知であることを,引用文献
2の上記記載事項に加えて,周知例2及び3を引用し,認定したものであって,審
査手続及び審判請求手続の段階で引用された刊行物の記載事項の意義を明らかにす
るために周知例2及び3を挙げたにすぎない。
(4) そうすると,審決において,周知例2及び3を引用し,引用文献2の上記
記載事項を含めて「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まるこ
とは,従来周知の技術事項である」との認定を示した上,相違点3についての判断
をしたからといって,原告らが反論や補正の機会を不当に奪われたとはいえないし,
特許法159条2項に規定する「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」
に該当するものではない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)に対して
(1) 引用文献2に記載された技術事項の認定について
ア(ア) 原告らは,「各ウイング24,26の自由端側」は「端縁の保護や補強
のために単に内方側に多少折り曲げられているにすぎない」と主張するが,引用文
献2には,「形鋼の形態は,形鋼に優れた曲げ及び捩れ強度特性を与え,少なくと
も図1で示されたような“I”型の標準形鋼の強度と同等であり,重量はより軽
く」と記載されており,引用文献2の形鋼(ビーム)20は,その図2に示された
形状とすることで,“I”型の標準形鋼の強度と同等の強度を得ているのであるか
ら,原告らの上記主張は誤りである。
(イ) 原告らは,引用文献2の「ビーム20は,・・・ウイング24,26をコ
ア22中心面の上下にまたがらせて配置し,かつ,ウイング24,26の自由端側
を下側とすべき技術的必然性は存在しない」と主張するが,引用文献2の図5には,
翼(ウイング)を心線(コア)中心面の上下にまたがらせて配置し,かつ,翼(ウ
イング)の自由端側を下側としたものも符号114,116として図示されている
から,原告らの上記主張は失当である。
また,原告らは,引用文献2の図5を引用しつつ,排水性の観点及び形鋼(ビー
ム)110及び112が縦置きとされていることを根拠に,「ビーム110,11
2,114,116には,・・・ウイング24,26の自由端側を下側とすべき技
術的必然性は存在しない」とも主張する。しかしながら,審決は,引用文献2の図
面に示された形鋼20の形状等に基づき,「引用文献2の形鋼20は,本願補正発
明の補強部と同様の形状をした略パイプ状の側端部を有する」と認定した上,「引
用発明において,板材からなる自動車の懸架装置におけるロアアーム(車両用サス
ペンションアーム)の剛性を高めるために,側端部にあるフランジ6,6の形状を
引用文献2にも記載されている従来周知の略パイプ状に形成し,上記相違点3に係
る本願補正発明の構成とすることに,格別の技術的困難性があるとは認められな
い」と判断したものであるところ,引用発明のサスペンションアームは,水平方向
にウエブ5を有し,側端部に補強部としてのフランジ6,6を有し,下方が開放さ
れたものであるから,その補強部に引用文献2の略パイプ状の形状に係る技術を適
用すれば,本願補正発明のサスペンションアームと同様,略パイプ状の側端部がウ
エブ5の上下にまたがり,略パイプ状の側端部の自由端側が下側となるのは当然の
ことである。なお,原告らが主張する「排水性」については,本願補正明細書に記
載がない。したがって,原告らの上記主張も失当である。
(ウ) 原告らは,引用文献2の「コア22の両側端部分は,・・・『平板状本体
部の荷重入力面に沿う中心面より上下にまたがって,かつ,その中心面より下側に
下端を位置させて分布する略パイプ状の補強部』であるとはいえない」と主張する
が,引用文献2の図2に示された形鋼20の断面形状は,その側端部において略パ
イプ状となっており,本願に係る図3に示されたサスペンションアームの断面形状
と同様の形状をしていることから,審決は,「引用文献2の形鋼20は,本願補正
発明の補強部と同様の形状をした略パイプ状の側端部を有するもの」と認定したも
のであって,原告らが上記のとおり主張するような認定をしたものではない。
(エ) 以上のとおり,引用文献2の形鋼20の断面形状は,本願補正発明の車両
用サスペンションアームの断面形状と同様の形状であることが図面に示された形状
から明らかであるから,「引用文献2の形鋼20は,本願補正発明の補強部と同様
の形状をした略パイプ状の側端部を有するものと認められる。」とした審決の認定
に誤りはない。
イ 原告らは,「審決が,引用文献2の記載事項を引用して,『板材の側端部を
略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まることは,従来周知の技術事項である』
と認定した点も誤りである」と主張するが,引用文献2の形鋼20が,その図2に
示された形状によって“I”型の標準形鋼の強度と同等の強度を得ている,すなわ
ち,剛性を高めていることは,引用文献2の記載事項(前記第2の3(1)イ(ア))か
ら明らかであるから,審決が上記周知技術の認定に当たり引用文献2を引用した点
に誤りはない。
(2) 周知例2及び3並びに引用文献2に記載された技術の引用発明への適用に
ついて
ア(ア) 原告らは,周知例2及び3には,車両用サスペンションアームとは産業
上の利用分野(技術分野)や基本構造が全く異なるホイールリム及びスイングドア
の縁部を単に丸めて略パイプ状にした縁部補強技術がそれぞれ記載されているにす
ぎず,したがって,周知例2及び3には,車両用サスペンションアーム,特にAア
ームの加工に際し,本願補正発明の特徴である「平板状本体部の両側縁に,その本
体部の荷重入力面に沿う中心面より上下にまたがって,かつ,その中心面より下側
に下端を位置させて分布する略パイプ状の補強部をプレス加工で形成する」ことは
何ら示唆されていないと主張する。
(イ) しかしながら,引用文献2の形鋼20がその形状によって剛性を高めてい
ることは,その記載事項(前記第2の3(1)イ(ア))から明らかであるところ,審決
は,このような略パイプ状の形状が板材の剛性を高めることが従来周知の技術事項
であることをより明りょうに示すため,周知例2及び3を引用したものであり,こ
れらの周知例によれば,板材の側端部を略パイプ状に形成し板材の剛性を高めるこ
とは,引用文献2に記載された形鋼のような建築構造体の場合に限られたものでは
なく,様々な技術分野で用いられている従来周知の技術事項であることが明らかで
ある。
(ウ) また,周知例2には,従来の技術として,「プレスによりカールする」こ
とも記載されている。
(エ) 以上によれば,原告らの上記主張は失当である。
イ(ア) 原告らは,引用文献2の建築構造体用ビーム20と引用発明の車両用サ
スペンションアームとは,技術的課題も明確に異なっているほか,産業上の利用分
野(技術分野)や用途機能,加工方法も異なるのであるから,引用発明のアーム側
端のプレス加工による補強フランジ構造と,引用文献2の建築構造体用ビーム20
のロール成形によるコア両側端の荷重受け部構造とを,互いに関連付けて組み合わ
せる技術的必然性や動機付けは全く存在せず,また,仮に,引用発明のプレスアー
ムに,引用文献2のビームのコア側端部形状を無理に組み合わせたとしても,アー
ムの平板状本体部の両側端に,「本体部の荷重入力面に沿う中心面より上下にまた
がって,かつ,その中心面より下側に下端を位置させて分布する略パイプ状の補強
部」をプレス加工で形成する構成は得られないと主張する。
(イ) しかしながら,引用発明の板材から成る自動車の懸架装置におけるロアア
ーム(車両用サスペンションアーム)は,上下揺動自在に枢着されたものであるか
ら,そのウエブ5と略平行な方向に荷重が作用することは,審決が前記第2の3
(1)アにおいて示したように,当業者にとって自明の事項である。また,引用文献
2の形鋼20は,その形状によって“I”型の標準形鋼の強度と同等の強度を得て
いるものであるから,心線22に沿って,引用文献2の図2の上下方向に入力され
る荷重に対しては,高い剛性を有するものである。
そうすると,引用発明の車両用サスペンションアームも,引用文献2の形鋼20
も,板材の平面部分(それぞれウエブ5の部分,心線22の部分)に沿って荷重が
入力される点においては共通するものであるから,原告らが主張するように,両者
の技術的課題が明確に異なっているとはいえない。
(ウ) 原告らの主張は,車両用サスペンションアームが「路面からの衝撃的な突
き上げ荷重を受けたりするもの」との前提に立つものであるところ,実願昭61−
109937号(実開昭63−15203号)のマイクロフィルム(乙3),特開
平5−162522号公報(乙4),特開平3−216227号公報(乙5)及び
周知例1の記載によれば,サスペンションアームにおいて,その水平方向に入力さ
れる荷重及び上下方向に入力される荷重に対して剛性を高めることは,従来周知の
課題であったといえる(なお,本願補正明細書には,「路面からの衝撃的な突き上
げ荷重」に関する技術的課題についての記載はない。)。
(エ) 上記(イ)において主張したところによれば,引用発明の車両用サスペンショ
ンアームと引用文献2の形鋼20とについて,荷重の作用態様が著しく相違してい
るものとはいえず,引用文献2に記載された板材の平面部分に沿って入力される荷
重に対して高い剛性を有する略パイプ状の形状を,入力される荷重が静荷重ではな
く,刻々変化する曲げ荷重の場合には適用することができないとする合理的理由も
見出せない。
(オ) 上記ア(イ)において主張したとおり,板材の側端部を略パイプ状に形成し板
材の剛性を高めることは,引用文献2に記載された建築構造体の場合に限られたも
のではなく,様々な技術分野の板材から成る部材に用いられている技術事項である
から,引用文献2に記載された略パイプ状の形状を建築構造体以外のものに適用す
ることができないとする理由はなく,これを車両用サスペンションアームに適用す
ることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
なお,実願平5−17817号(実開平6−70927号)のCD−ROM(乙
1)及び特開平6−198301号公報(乙2)の記載によれば,形鋼の技術を,
建築材に限らず,自動車の構造体に適用することは,従来周知の事項であったもの
である。
(カ) 加えて,車両用サスペンションアームをプレス加工で形成することは,従
来周知の技術であるし(例えば,周知例1参照),上記ア(ウ)において主張したと
おり,周知例2の従来技術の記載によれば,板材の側端部を略パイプ状に形成する
ための加工方法として,プレス加工は従来普通に用いられているものであるから,
加工方法の観点において,引用発明の車両用サスペンションアームの側端部に,プ
レス加工によっても形成可能である略パイプ状の形状を適用することを阻害する事
由はない。
(キ) 以上からすると,引用文献2に,形鋼20がその実施形態として屋根,壁
の支持に用いられることしか記載されていないからといって,自動車の構造体の一
つであり,水平方向に入力される荷重及び上下方向に入力される荷重に対して剛性
を高めるという従来周知の課題を有する引用発明のサスペンションアームに,その
剛性を高めるため,引用文献2の形鋼の技術を適用する動機付けや技術的必然性が
ないとはいえないから,原告らの上記主張は理由がない。
ウ 以上からすると,「引用発明において,板材からなる自動車の懸架装置にお
けるロアアーム(車両用サスペンションアーム)の剛性を高めるために,側端部に
あるフランジ6,6の形状を引用文献2にも記載されている従来周知の略パイプ状
に形成し,上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることに,格別の技術的困
難性があるとは認められない。」とした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(格別の作用効果の看過)に対して
(1) 原告らが主張する作用効果のうち,「塑性変形量を上下に大きくして」,
「排水性をよくして」,「変形許容度があり」,「アーム本体部に上向きの大きな
曲げ荷重が万一作用した場合でも」といった事項は,本願補正明細書に何ら記載が
ないばかりか,「上向きの大きな曲げ荷重」については,本願補正明細書の「ロア
アーム本体1に入力される荷重は上下方向・・・には殆ど作用せず」との記載(段
落【0020】)と矛盾するものである。
本願補正明細書には,「その形状はI形鋼の断面形状と類似の形状となる。即ち,
・・・軸線L 2 に関する断面二次モーメントは極めて大きなものとなる」(段落
【0022】)と,【発明の効果】として「低コストで生産性が高いプレス加工に
よって製造されて小型軽量な構造を持ちながら,鍛造製のサスペンションアームに
劣らない強度を持たせた,小型で高剛性のサスペンションアームを提供することが
できる」(段落【0034】)とそれぞれ記載されているにすぎない。
このように,原告らが主張する作用効果は,明細書の記載に裏付けられたものと
はいえない。
なお,原告らは,本願補正明細書に記載のない効果は,本願補正発明のアーム本
体部の補強構造から当然に期待することのできる効果であると主張するが,これは,
引用発明のサスペンションアームに従来周知の技術を適用したものが,本願補正発
明のサスペンションアームの断面形状と同様の断面形状を有する以上,当然奏する
効果であって,格別のものではない。
(2) そして,車両用サスペンションアームをプレス加工で形成することは従来
周知の技術であるし,板材の側端部を略パイプ状に形成することでI形鋼と同等の
強度を得,水平方向及び上下方向に高い剛性を有することは,引用文献2に記載さ
れた技術事項であるところ,下方が開放された引用発明のサスペンションアームに,
従来周知の略パイプ状の形状に係る技術を適用し,その断面形状を,側端部の略パ
イプ形状の部分がウエブ5の上下にまたがり,下方の自由端の端縁に隙間を有し,
本願補正発明のサスペンションアームの断面形状と同様の形状とすることは,当業
者であれば容易に想到することができたことであるから,「上記相違点1∼3で指
摘した構成を併せ備える本願補正発明の作用効果は,引用文献1,2の記載事項及
び上記周知技術から,当業者であれば予測できる程度以上のものではない。」とし
た審決に,格別の作用効果の看過はない。
4 取消事由4(本願発明についての進歩性判断の誤り)に対して
上記2及び3において主張したとおり,審決には,相違点3についての判断の誤
りも,格別の作用効果の看過もないから,本件補正を却下した決定に誤りはない。
したがって,同決定に誤りがあることを前提とする原告らの主張は,その前提を欠
くものとして失当である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違背)について
(1) 掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実経過が認められる。
ア 特許庁審査官は,原告らに対し,下記内容の平成16年3月30日(起案
日)の拒絶理由を通知した(甲10。以下,この拒絶理由通知書を「本件通知書」
という。なお,本件通知書にいう「請求項1,2」は,同年6月7日付け手続補正
書(甲8)による補正前のものである。)。
「この出願の下記の請求項に係る発明は,・・・特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができない。
記(・・・)
・請求項1,2
・引用文献等 引用文献1及び2並びに英国特許第2261248号明細書(1993)(以
下「引用文献3」という。)
・備考
車両用サスペンションアームにおいて,
荷重の入力面と略平行に配置される平板状の本体部と,この本体部の両側縁に沿って連設さ
れた補強部とを備えていて,前記補強部は,前記本体部の側縁に一体に連なり且つ該本体部の
前記入力面に沿う中心面の上方側に突出する上半部と,この上半部に一体に連なり且つ前記中
心面の下方側に突出する下半部とからなることは,引用文献1(特に第3図参照)に記載され
ている。
また,サスペンションアームの技術分野において,プレス加工は,従来周知の技術的事項で
ある。
そして,補強部の端縁は,該補強部の外端よりも内側に在って,該端縁と該本体部の前記一
側縁との間には隙間が形成されることは,引用文献2(特に第2図参照),引用文献3(特に
第5b図参照)に記載されている。
したがって,引用文献1に引用文献2,3に記載されたもの及び上記周知技術を適用して本
願の請求項1,2に係る発明の構成とすることは当業者であれば容易に想到し得たものと認め
られる。」
イ 本願に係る特許請求の範囲の請求項1は,原告らが特許庁に提出した平成1
6年6月7日付け手続補正書(甲8)により,本件補正前の特許請求の範囲の請求
項1と同一のものに変更された。
ウ 特許庁審査官は,本願について,平成17年4月21日(起案日)の拒絶査
定(甲11)をしたが,その理由は,以下のとおりである。
「この出願については,本件通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものである。
・・・
備考
請求項1について
本願請求項1に係る発明(本願発明)と,上記拒絶理由通知書で提示した引用文献1に記載
された発明(引用発明)とを対比すると,以下の点で相違する。
<相違点1>
本願発明は,その補強部(12)の端縁は,該補強部(1 2)の外側よりも内側に在って,該
端縁と該本体部(1 3)の前記一側縁との間には隙間が形成されているのに対して,引用発明
は,そのようでない点。
以下,上記相違点1について検討すると,補強部の端縁は,該補強部の外端よりも内側に在
って,該端縁と該本体部の前記一側縁との間には隙間が形成されることは,引用文献2(特に
第2図参照),引用文献3(特に第5b図参照)に記載されている。
<相違点2>
本願発明は,内端が相互に間隔をあけた二ヶ所で車体(B)にそれぞれ連結される車両用サ
スペンションアーム(である)のに対して,引用発明は,そのようでない点。
以下,上記相違点2について検討すると,内端が相互に間隔をあけた二ヶ所で車体にそれぞ
れ連結される車両用サスペンションアームは,周知のものである(必要であれば,特開平7−
246812号公報,米国特許第4986566号明細書(クラス280/688)を参照)。
また,サスペンションアームの技術分野において,プレス加工は,従来周知の技術的事項で
ある。
また,意見書において,出願人は,「引用文献1のプレスアームと,引用文献2,3の建築
用材やハシゴとは,技術分野や用途機能,加工方法が全く異なるものであるため,それらを組
み合わせるべき技術的必然性や動機づけがありません」との主張がされている。
しかしながら,プレス加工において,成形体の形状を適宜選択することは,当業者の通常の
創作能力の範囲内であり,その形状として,引用文献2,3に記載のものを適用することに格
別の困難性はないものと認められる。
請求項2について
・・・。」
エ 原告らは,特許庁に対し,平成17年5月26日,拒絶査定不服審判の請求
をするとともに,同年6月27日付けで,本件補正に係る手続補正書(甲7)を提
出した。
オ 特許庁審判合議体は,相違点3についての判断に当たり,審決において初め
て周知例2及び3を引用するとともに,「板材の側端部を略パイプ状に形成すると
板材の剛性が高まることは,従来周知の技術事項である(例えば,引用文献2の記
載事項(前記第2の3(1)イ(ア)),周知例2,周知例3参照)。」と付記した上,
「したがって,引用発明において,板材からなる自動車の懸架装置におけるロアア
ーム(車両用サスペンションアーム)の剛性を高めるために,側端部にあるフラン
ジ6,6の形状を引用文献2にも記載されている従来周知の略パイプ状に形成し,
上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることに,格別の技術的困難性がある
とは認められない。」と判断した。
(2) 原告らは,審決が,「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性
が高まることは,従来周知の技術事項である。」として周知例2及び3を引用した
ことに対し,意見を述べる機会を奪われたなどと非難するので,以下,検討する。
ア 審決が認定した上記の技術事項は,本願補正発明の補強部の構成に係る部分
であるところ,本件通知書においては,上記(1)アに認定したとおり,「補強部の
端縁は,該補強部の外端よりも内側に在って,該端縁と該本体部の前記一側縁との
間には隙間が形成されることは,引用文献2(特に第2図参照),引用文献3(特
に第5b図参照)に記載されている。」とし,また,拒絶査定においては,上記
(1)ウに認定したとおり,本願発明の補強部の構成を引用発明との相違点として指
摘した上,本願発明の補強部に係る構成は上記の各引用文献から容易に想到可能で
あるとしたものである。
イ そこで引用文献2を見ると,その第2図に形鋼20に2つのフラップ(36,
38)を設け,この各フラップを略パイプ状に折り曲げてその端部と形鋼20との
間に隙間を設けた構成を図示した上,この構成により「・・・より軽量でありなが
ら,少なくとも,図1に示すような「Ⅰ」字形の標準ビームと同等のすぐれた曲げ
およびねじれ強度特性がビームに付与される」との記載があることが認められる。
ウ ところで,「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まる」
との技術事項が周知であることは原告らの自認するところであるから,かかる技術
認識を前提として上記イの第2図及びその関連記載を見れば,当業者において,引
用文献2の第2図の構成が示す上記の技術事項を読み取ることはいともたやすいも
のと推認することができる。
エ 以上によれば,原告らが問題とする技術事項は,本件通知書及び拒絶査定で
引用文献2を挙げて指摘されていたものであり,これが審決において初めて指摘さ
れたものでないことは明らかである。審決が周知例2及び3を引用した趣旨は,上
記技術事項の周知性を明らかにするためであって,審決の段階で初めて新たな技術
事項を指摘し,立証するために援用したものと見ることはできない。
してみると,原告らには上記技術事項について意見を述べる機会が与えられてい
たのであるから,その主張は前提を誤るものであって採用することはできない。
よって,取消事由1は失当である。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
(1) 本願前における車両用サスペンションアームの製造に係る技術状況
ア 名称を「サスペンションアームにおける端縁構造」と題する考案に関する実
願昭61−109937号(実開昭63−15203号)のマイクロフィルム(乙
3)には,以下の記載がある。
(ア)「第6図に示すように上側鋼板k1の周縁に横出された上フランジ部f1と,下側鋼板
k2の周縁に横出された下フランジ部f2とがアーク溶接された従来のサスペンションアーム
のアーム本体sでは同本体sに対し断面中心軸a回りの曲げモーメントが加えられたときに最
大応力が生ずる溶接部bおよびシャエッジ部c付近の応力x1が高くなって溶接部b付近の耐
疲労強度が低下する問題点があり,従来では両鋼板k1,k2の板厚や断面寸法等を増大して
上記問題点に対処していたが,何れもサスペンションアームの軽量化が阻害される問題点があ
った。」(2頁1行目から12行目)
(イ)「このため,下フランジ部6の折り返し部8によって断面中心軸A回りの両フランジ部
5,6の溶接部の断面2次モーメントが増大し,急制動等によって車輪に前後方向の力が働い
てアーム本体1に断面中心軸A回りの曲げモーメントが加えられたときにアーム本体1に発生
する曲げ応力の応力分布線図Mの勾配が第6図の従来構造のアーム本体sに発生する断面中心
軸a回りの曲げ応力の応力分布線図mの勾配に比して緩やかとなり,アーム本体1の溶接部7
の断面中心軸A回りの曲げ応力x2を従来構造の溶接部bの曲げ応力x1に比して低減するこ
とができる。」(5頁9行目から末行目)
イ 名称を「サスペンションアーム」と題する考案に関する周知例1(実開平1
−93108号)には,以下の記載がある。
「(考案が解決しようとする問題点)
いずれのサスペンションアームも,車体の重量がサスペンションアームにかかるため,上下
方向の剛性が不足気味になることに鑑み,前者のサスペンションアームでは,一対のアーム部
分に補強板をわたすことにより,後者のサスペンションアームでは,第2のアーム間に補強材
をわたす一方,第2のアームの断面形状を溝形に形成して,その開口がたがいに対向するよう
に配置することにより,剛性を高めているが,部品点数が多くなり,重量増加の原因となって
いる。また,加工が比較的複雑である。
本考案の目的は,部品点数を減らして重量を軽減でき,加工が簡単になるサスペンションア
ームを提供することにある。」(3頁5行目から19行目)
ウ 名称を「自動車用サスペンション部品の製造方法」と題する発明に関する特
開平3−216227号公報(乙5)には,以下の記載がある。
(ア)「サスペンション部品は重要な保安部品であるので,アルミニウム合金の使用により軽
量化を図る場合には,剛性及び強度を高めるために,このアルミニウム合金を鍛造することに
よってサスペンション部品を製造している。」(1頁右欄3行目から7行目)
(イ)「このロワーコントロールアームは,第2図(c)のⅡ−Ⅱ線による断面図を第3図に
示すように,断面がH型状になるように成形されている。このため,部品を軽量化することが
できると共に,垂直及び水平方向からの負荷に対する剛性を強化することができる。」(2頁
左上欄5行目から10行目)
エ 名称を「自動車用サスペンションアーム」と題する発明に関する特開平5−
162522号公報(乙4)には,以下の記載がある。
(ア)「所謂A型アームは従来公知であり,このものでは,図1に示すように力の作用点(即
ち各取付部J1∼J 3,Jd)を含む平面αと交差する方向にダンパDより加わる第1の曲げ応
力Fβと,該平面αに沿う前後方向に車輪Wより加わる第2の曲げ力Fαとを主として受けな
がら,車輪Wからの荷重をダンパDや車体Bに伝達する働きをしている。」(2頁2欄2行目
から9行目)
(イ)「【発明が解決しようとする課題】上記のように此の種サスペンションアームにおいて
は,そのアーム各部に作用方向等の異なる種々の外力が加わるが,従来では,斯かる種々の外
力に対しアーム各部に必要な剛性・強度を効率よく付与してアーム自体の計量化をも同時に達
成し得るようにした構造のものは未だ提案されていない。」(同欄13行目から18行目)
オ 上記の各記載によれば,自動車の車体と車輪を連結する部品である自動車用
サスペンションアームには,自動車の走行,制動,旋回等に伴い,水平方向や上下
方向から様々な外力が作用するため,これらの外力に抗するように部品の剛性を高
める必要がある一方,同時に車体重量を可能な限り軽量化するなどの必要があるた
め,サスペンションアームの製造方法においては,いかにして軽量化・低コスト化
等の要請を満たしつつその剛性を高めるかが重要な技術的課題とされるとともに,
この課題を解決するために種々の技術的提案がされてきたことは,本願前における
周知の技術事項であったのであり,本願補正発明も車両用サスペンションアームに
おける上記のような自明の技術的課題に対する解決策を提案するものである。
(2) 本願前における形鋼の使用状況
ア 名称を「H形鋼の圧延方法」と題する発明に関する特開平6−198301
号公報(乙2)には,以下の記載がある。
「【従来の技術】周知のように,形鋼は,建築,土木,橋,船舶さらには車輛等の構造物に
広く利用される圧延条鋼であって,その断面形状によってH形鋼,I形鋼,溝形鋼,等辺山形
鋼,不等辺山形鋼・・・の各種形鋼に分類される。」(段落【0002】)
イ 名称を「金属製エキスパンド形材」と題する考案に関する実願平5−178
17号(実開平6−70927号)のCD−ROM(乙1)には,以下の記載があ
る。
(ア)「【目的】 製造が容易でかつ重量軽減が可能な,長手方向に断面形状の変化する形材
を提供する。」(1頁左欄3,4行目)
(イ)「本考案は,建築や自動車,船舶などの構造物の梁材に用いられる形材に関するもので
ある。」(段落【0001】)
(ウ)「本考案は通常の建築の梁の外,自動車の下部構造やドアの補強材,航空機の翼回り,
土木分野では軽量化を狙った橋梁の橋桁など,曲げ外力を受ける部分に有効に利用される。」
(段落【0008】)
ウ 以上によれば,本願当時において,形鋼は,自動車の製造を含めた建築,土
木,橋梁,船舶等の幅広い技術分野で利用される素材であると認識されていたもの
ということができる。
(3) 本願前における部材の剛性を高める技術の状況
ア 名称を「アルミニウム合金ホイールの製造方法」と題する発明に関する周知
例2(特開平2−187225号)には,以下の記載がある。
「従来のこの種バギー車のチューブレスタイヤ用ホイールは,リムの縁部を外側にカールし
たり,或は内側にカールしても間隔を残していた。
このようにリムの縁部をカールすることは,ホイールの強度上大変有利であるが,外側にカ
ールした場合,バギー車の使用状態により,縁部が障害物に当たることが多く,カールが次第
に疵つき開いてきてホイールの強度が低下する欠点があった。」(1頁右欄1行目から8行
目)
イ 名称を「スイングドア」と題する考案に関する周知例3(実開平6−143
93号)には,以下の記載及び図示がある。
(ア)「【産業上の利用分野】
本考案はスーパーマーケット,レストラン,病院等で使用されるスイングドアに関する。」
(段落【0001】)
(イ)「【本考案が解決しようとする課題】
従来のスイングドアはスイングドア本体の構造が複雑で,重くなるという欠点があった。
本考案は以上のような従来の欠点に鑑み,構造が簡単で,軽量化を図ることのできるスイン
グドアを提供することを目的としている。」(段落【0003】,【0004】)
(ウ)「【課題を解決するための手段】
・・・本考案はアルミ合金等の板材で先端部に三角形状の先端補強部が形成されたスイング
ドア本体と,・・・スイングドア本体の後端部を三角形状に折曲げて形成した後端補強部と・
・・」(段落【0005】)
【図19】には,スイングドア本体に供するアルミの板材の先端・後端補強部が
円形パイプ状に,また,【図23】には略三角形状に形成された図が記載されてい
る。
ウ 以上によれば,本願当時において,板材の端(縁)部を折り曲げて略パイプ
状に成形することにより,当該部材の剛性が高まることは,原告らも自認するよう
に周知の技術事項であったものと認めることができる。
(4) 以上の認定・判断を前提として,以下,本願補正発明の相違点3に係る構
成の容易想到性について検討する。
前記(1)によれば,本願当時,自動車のサスペンションアームを設計しようとす
る当業者は,可能な限り,サスペンションアームの軽量化及び製造コストの低減を
図りつつ,でき得る限り,その剛性を高めることを重要な目標として構想を立てる
ことが求められていたところ,軽量化及び製造コスト低減のためには,各部品の軽
量化((1)アでは剛性を高めるために板厚や断面寸法を増大させる手法に対する消
極的評価が示されている。),部品点数の最小化及び加工容易性(同イでは部品点
数の最小化及び製造の容易性の観点から考察されている。)が不可欠の要請である
ことは明らかである。
そこで引用文献1について見ると,その第1図として示された自動車のロアアー
ムにおいては,その第3図に示されているとおり,フランジの自由端がアーム本体
より外側に曲げられているものであるところ,これに接した当業者が,前記(2)及
び(3)の技術認識を前提として,引用文献2の第2図及び「・・・より軽量であり
ながら,少なくとも,図1に示すような「Ⅰ」字形の標準ビームと同等のすぐれた
曲げおよびねじれ強度特性がビームに付与される」との記載に接したならば,上記
の自由端を内側,すなわち,略パイプ状にする構成を想到することに格別の困難性
はないものというべきである。また,略パイプ状の具体的な形状については,取付
位置や加工の容易さ等の諸要素を適宜考慮して決定すれば足りる問題であり,これ
が格別の困難性を有するものと認めるに足りる証拠はない。
(5) 原告らは,審決の上記判断を種々論難するので,以下,検討する。
ア 原告らは,引用文献2や周知例2及び3は本願補正発明とは技術分野が異な
るから,これらを容易想到性の根拠にすることはできないと主張する。
確かに,引用文献2や上記各周知例の技術分野が本願補正発明と異なることは原
告らの指摘するとおりであるが,既に述べたように,上記各周知例は引用文献2に
示された「板材の側端部を略パイプ状に形成すると板材の剛性が高まる」との技術
事項が周知であることの裏付けとして提出されたものであるところ,形鋼等の板材
は,建築,土木,橋梁等の技術分野に止まらず自動車等の技術分野においても幅広
く活用されている基礎的素材であることは既に認定したとおりであるから,上記周
知の技術事項は板材を活用する各種技術分野における横断的な周知の技術事項と見
ることができるのであり,そうすると,原告らが問題とする技術分野の相違は,本
願補正発明の相違点3に係る構成を想到する際の容易想到性の阻害要因になるとま
ではいえないものというべきである。したがって,この点に関する原告らの主張は
失当である。
イ 原告らは,本願補正発明のサスペンションアームと引用文献2の形鋼20で
は荷重の作用態様が著しく異なるから,引用文献2は参考にならないと主張する。
本願補正発明のサスペンションアームには,前記(1)の各刊行物に指摘されてい
るように水平方向や上下方向に多様な外力が作用するためその剛性を高める必要が
あるところ,引用文献2においても前記(4)に認定したように,「・・・より軽量
でありながら,少なくとも,図1に示すような「Ⅰ」字形の標準ビームと同等のす
ぐれた曲げおよびねじれ強度特性がビームに付与される」との記載があり,その構
成により曲げ及びねじれに対する剛性が高まることが開示されているのであるから,
サスペンションアームの剛性を高める上で上記記載が阻害要因になるものと見るこ
とはできない。よって,この点に関する原告らの主張も失当である。
3 取消事由3(格別の作用効果の看過)について
原告らは,本願補正発明は,サスペンションアームの軽量化・小型化を図りなが
ら剛性を高めること,プレス加工で製造可能であり製造工程が簡素であること,略
パイプ状の端縁に隙間があることにより水はけが良いことなどの予測できない格別
の作用効果があるのに審決はこの点を看過していると主張する。
しかし,略パイプ状の構成が剛性を高める上での周知の構成である以上,これに
よる作用効果が予測困難であるとはいえず,また,製造工程の簡素化も周知のプレ
ス加工を採用した結果であるし,隙間を設けることは当業者がその設計に当たり適
宜想到することができる程度のことであるから,原告らが主張する本願補正発明の
作用効果をもって予測困難なものとすることはできない。よって,この点に関する
原告らの主張も失当である。
4 取消事由4(本願発明についての進歩性判断の誤り)について
以上2及び3に説示したところによれば,本件補正を却下した審決の判断に誤り
はないから,同判断に誤りがあることを前提とする取消事由4は,その前提を欠く
ものとして失当である。
5 以上の次第で,審決取消事由はいずれも失当であり,本件各請求はいずれも
理由がないから,同各請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田 中 信 義
裁判官
古 閑 裕 二
裁判官
浅 井 憲

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