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平成18(行ケ)10414審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年12月12日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官肥塚雅博
原告イミユロジク・フアーマシユーチカル・コーポレーシ テレソン・インステイテユート・フオー・チヤイルド・ ら訴訟代理人弁理士小田島平吉,江角洋治,藤井幸喜
対象物 家庭のちりのダニ・アレルゲン,Derpをコードしている核酸,およびそれらの使用
法令 特許権
特許法29条1項3号1回
キーワード 審決20回
実施19回
刊行物3回
進歩性3回
優先権1回
拒絶査定不服審判1回
新規性1回
主文 原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 本件は,特許出願をした原告らが,拒絶査定を受けて,不服審判の請求をしたが, 審判請求不成立の審決を受けたので,その審決の取消しを求めた事案である。

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判決文

平成18年(行ケ)第10414号 審決取消請求事件
平成19年12月12日判決言渡,平成19年11月26日口頭弁論終結
判 決
原 告 イミユロジク・フアーマシユーチカル・コーポレーシ
ヨン
原 告 テレソン・インステイテユート・フオー・チヤイルド・
ヘルス・リサーチ
原告ら訴訟代理人弁理士 小田島平吉,江角洋治,藤井幸喜
被 告 特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人 高堀栄二,徳永英男,種村慈樹,大場義則
主 文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2002−8369号事件について平成18年4月24日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
本件は,特許出願をした原告らが,拒絶査定を受けて,不服審判の請求をしたが,
審判請求不成立の審決を受けたので,その審決の取消しを求めた事案である。
特許庁における手続の経緯は,次のとおりである。
(1) 原告らは,1993年(平成5年)12月8日に米国においてした特許出願
に基づく優先権を主張して(以下「本件優先日」という。),平成6年12月7日
を国際出願日として,発明の名称を「家庭のちりのダニ・アレルゲン,Der p
III をコードしている核酸,およびそれらの使用」とする発明について特許出願を
した(特願平7−第516316号。以下「本件出願」といい,その発明を「本願
発明」という。)(甲7)。
(2) 原告らは,平成14年2月1日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月13
日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2002−8369号事件として係属)。
(3) これに対し,特許庁は,平成18年4月24日,「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をした(その謄本は同年5月17日に原告らに送達され
た。)。
(4) なお,原告らは,上記拒絶査定の後の平成14年6月12日付け手続補正書
(甲8)により,本件出願に係る明細書の特許請求の範囲を補正している(以下,
公表特許公報である特表平9−510083号公報に係る明細書を「本件明細書」
という。)。
(5) 本願発明は,原告らイミユロジク・フアーマシユーチカル・コーポレーシヨ
ン及びインステイテユート・フオー・チヤイルド・ヘルス・リサーチが共同で出願
したものであるが,その後,後者は,社名を「テイブイダブリュー・テレソン・イ
ンステイテユート・フオー・チヤイルド・ヘルス・リサーチ」に変更し,さらに,
「テレソン・インステイテユート・フオー・チヤイルド・ヘルス・リサーチ」に変
更した。
2 平成14年6月12日付け手続補正書により補正された本件出願の特許請求
の範囲の請求項1及び3の記載(下線部が補正部分である。なお,請求項4以下は
省略する。)
「 【請求項1】 Der p III タンパク質アレルゲンをコードし,かつ,配列
番号:1に示されたヌクレオチド配列またはそのコード領域を含む単離された核酸。
【請求項2】 Der p III タンパク質アレルゲンをコードし,かつ,配列番号
:1に示されたヌクレオチド配列と高い緊縮条件下でハイブリダイズするヌクレオ
チド配列を含む単離された核酸。
【請求項3】 請求項1または2のいずれかに記載の核酸がコードする単離され
たDer p III タンパク質アレルゲン。」
(以下「本願発明1」∼「本願発明3」という。配列番号:1の配列は別紙のとお
りである。)
3 審決の理由の要点
( 1) 審決は,次のとおり,①本願発明3は,「 Immunology, vol.75, pp.29-35
(1992)」に掲載されたG.A.Stewart他作成の論文「家庭チリダニ,デルマトファゴ
イデス・プテロニッシナス(Dermatophagoides pteronyssinus)由来のグループ III
アレルゲンは,トリプシン様酵素である」に記載の発明(甲1。以下,審決の引用
も含めて,同文献を「引用例」といい,これに記載された発明を「引用発明」とい
う。)と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることがで
きず,また,②本願発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないとした。
以下,家庭チリダニにつき,「デルマトファゴイデス・プテロニッシナス(Derma
tophagoides pteronyssinus)」,「デルマトファゴイデス・プテロニッシナス(D.p
teronyssinus)」,デルマトファゴイデス(Dermatophagoides)等とあるのを,引
用例も含めてすべて「D.プテロニッシナス」という。
(2) 引用発明について
引用例は,「家庭チリダニ,デルマトファゴイデス・プテロニッシナス由来のグループ III
アレルゲンは,トリプシン様酵素である。」と題する論文で,以下の事項が記載されている。
(a)「D.プテロニッシナスのフン濃縮抽出物には,アレルギー誘発性であるトリプシン様酵
素が含まれることが示された。クロマトフォーカシング研究により,4∼>8の範囲のpIで,
D.プテロニッシナスにおける9つの主要アイソフォームの存在が示されたが,デルマトファ
ゴイデス・ファリナエ(D.farinae)では2つのみ(4∼5の範囲)であった。ベンズアミジ
ン−セファロース6Bアフィニティークロマトグラフィーおよびゲル濾過によりD.プテロニ
ッシナスから単離されるトリプシンは,無脊椎動物および脊椎動物の両方のトリプシンと酵素
的に類似する31kDタンパク質であることが判明した。得られたN末端配列(IVGGEX
ALAGEXPYQISL)は,ダニアレルゲンDer p III について報告されたものと同一
であり,そしてザリガニトリプシンおよびデルマトファゴイデス・ファリナエからのDer
f III と相同性を示した。ダニトリプシンは自己分解し,そして2つのフラグメントのN末端
配列はそれぞれALAGEXPYQIおよびNNQVXGIであることが判明した。両方とも
ザリガニトリプシンと相同性を示し,そして前者の配列は天然酵素およびDer p III の残基
7∼18と同一であった。ダニトリプシンの全てのアイソフォームは,放射性アレルゲン吸着
アッセイによりアレルギー誘発性であることが示され,そしてさらなる研究により,トリプシ
ン分解産物もまたアレルギー誘発性であることが示された。・・・これらのデータは,ダニト
リプシンが,以前に記述されたアレルゲンDer p III に対応する主要アレルゲンであること
を示す。」(第29頁要約)
(b)「アフィニティ精製した物質は,分子量がそれぞれ28kD及び34kDの2つの微量成
分が時々検出されるが,分子量約31kDの1種類の主要な成分を含むことがSDS−PAG
Eにより示された(図3)。ゲル濾過分析により,そのまとまった物質には3つの主要ピーク
が含まれ,2つは分子量約>60kD及び26kDの高分子量で,3つめは分子量約1.3k
Dの低分子量成分であった。26kDピークのみがトリプシン様活性を示した。この物質がプ
ールされ,後述するアレルゲン活性試験や配列決定に供された。・・・ゲル濾過精製トリプシ
ンのSDS−PAGE分析により,分子量約31kDの主要成分とわずかに高分子量の34k
Dの微量成分の存在が示された。」(第31頁右欄第18行∼第32頁左欄第5行)
(c)図3には,アフィニティ精製したチリダニトリプシン(レーンA;分子量約31kD)及
びD.プテロニッシナスのDer p I(レーンB;分子量約28kD)のSDS−PAGE
(クーマシーブルー染色)が示されている。・・・
(g)「最後に,従来記述されていたアレルゲンDer p III は,D.プテロニッシナスのフン
が富化された抽出物中に見出される31kDトリプシン様酵素に相当するらしい。・・・さら
に,得られたデータによると,低分子量の分解産物もまたアレルゲン活性である。」(第34
頁左欄第42∼49行)
上記( b)の記載によれば,アフィニティ精製後にゲル濾過精製して得られたトリプシン様活性
物質は,分子量が,SDS−PAGEによれば31kD,ゲル濾過によれば26kDと測定さ
れるものであって,アフィニティ精製後ゲル濾過前であってもSDS−PAGE(クーマシー
ブルー染色)でほぼ単一バンドとして現れること(図3,レーンA),上記( b)の「ゲル濾過
精製トリプシンのSDS−PAGE分析により,分子量約31kDの主要成分とわずかに高分
子量の34kDの微量成分の存在が示された。」の記載,及びN末配列を決定できたことから
して,「単離した」と言えるものであると認める。そして,その実体は,トリプシン活性,ア
レルゲン活性及びN末配列に基づいてDer p III タンパク質であると結論づけられている
(上記(a),( g))のであるから,引用例には,D.プテロニッシナスのフンが富化された抽出
物からアフィニティ,及びゲル濾過により単離されたDer p III タンパク質が記載されてい
るといえる。
(3) 本願発明3について
ア 対比
本願発明3と引用発明を対比すると,両者は,単離されたDer p III タンパク質である点
で一致し,本願発明3においては当該タンパク質について「請求項1または2のいずれかに記
載の核酸がコードする」と記載しているのに対して,引用例には当該タンパク質をコードする
核酸については記載がない点において一応相違する。
イ 審決の認定判断
上記一応の相違点について検討すると,請求項1に記載の核酸とは,D.プテロニッシナス
から得られた,Der p III をコードする核酸であるので,「請求項1に記載の核酸がコード
する」という性質は,Der p III タンパク質がもともと固有に有している性質にすぎず,物
を特定するのに役立っていないので,結局本願発明3のうち「請求項1に記載の核酸がコード
する単離されたDer p III タンパク質アレルゲン。」は,単離されたDer p III タンパク
質そのものを意味しているにすぎない。したがって,本願発明3のうち「請求項1に記載の核
酸がコードする単離されたDer p III タンパク質アレルゲン。」は,引用例に記載されたも
のであるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
(4) 本願発明1について
ア 対比
本願発明1と引用発明を対比すると,本願発明1は,Der p III タンパク質アレルゲンを
コードし,かつ,配列番号:1に示されたヌクレオチド配列またはそのコード領域を含む単離
された核酸であるのに対して,引用例には単離されたDer p III タンパク質アレルゲン及び
そのN末アミノ酸配列及び中間部分アミノ酸配列が記載されているにすぎない点において相違
する。
イ 審決の判断
上記相違点について検討すると,本願優先日当時,あるタンパク質が単離された場合,その
N末や中間部分のアミノ酸配列を決定し,当該配列情報および由来生物のコドン使用頻度に基
づいてプローブを設計し,由来生物のcDNAライブラリーから当該タンパク質をコードする
遺伝子を単離し,当該遺伝子の塩基配列を解読することは,当業者がごく普通にたどる研究の
道筋であった。そして,目的タンパク質の発現が極めて微量であるため目的タンパク質のcD
NAを含むcDNAライブラリーの構築が困難であるとか,目的タンパク質に類似のタンパク
質が多数存在して特異的なプローブを設計することが困難である,などの特殊な事情がない限
り,あるタンパク質が単離された場合,それをコードする遺伝子を単離し,その塩基配列を決
定することは,本願優先日当時,当業者が通常なし得る程度のことであった(例えば,特開平
1−137971号公報,特開平1−165386号公報,及び特開平1−256491号公
報を参照)。
Der p III タンパク質の場合,引用例1にそのN末18アミノ酸残基(Der p III 及び
それと同一タンパク質であると推定されているダニトリプシンのアミノ酸配列によると,4位
はグリシン,6位はリシン,18位はロイシンと推定でき,12位のみ解読できていない。)
及び中間部分7アミノ酸残基(ペプチド2;うち1つは解読できていない。)のアミノ酸配列
が記載されているが,それらに基づいて,あるいはそれらの配列情報ではプローブ設計ができ
ない場合には,引用例1に記載された手法によりDer p III タンパク質を精製し,その部分
アミノ酸配列を決定して,既に決定されていたデルマトファゴイデス(Dermatophagoides)由来
の他の遺伝子であるDer fⅠ,Der F II,Der pⅠ及びDer p II 等の塩基配列情
報からデルマトファゴイデス(Dermatophagoides)のコドン使用頻度を考慮してプローブを製造
することは,当業者が通常行う試行錯誤の範囲内のことである。
また,Der p III タンパク質は,引用例1においてフンが富化された抽出物から精製され
ていることからして,発現の様式や量が特殊であるとも認められないので,その遺伝子は,D.
プテロニッシナスから通常の手法で構築したcDNAライブラリーから単離し,塩基配列決定
できるものと考えられる。
そうしてみると,Der p III タンパク質をコードする遺伝子を単離し,その塩基配列を決
定することは,引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易になし得たことと認められる。そ
して,当該遺伝子が,引用例からは予測できない格別顕著な効果を有するものであるとは認め
られない。
したがって,本願発明1は,引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
・・・本願実施例においても,Der p III タンパク質のN末配列及び中間配列に基づいて
プローブを作製し,当該プローブを用いて,D.プテロニッシナスのcDNAライブラリーか
らDer p III 遺伝子を単離するという,ごく通常の手法が採用されており,請求人の主張は,
当該手法において,クローニングに成功するために具体的にどのような工夫をしたのか明らか
にするものではないから,この際に格別の困難があったものと認めることができない。
(5) むすび
以上のとおりであるから,本願発明1は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けること
ができず,また,本願発明3のうち「請求項1に記載の核酸がコードする単離されたDer
p III タンパク質アレルゲン。」は,引用例に記載された発明であり,特許法第29条第1項
第3号の規定により特許を受けることができないものであるから,その他の請求項に係る発明
については判断するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
第3 原告らの主張
審決は,①本願発明3と引用発明との相違点を看過し(取消事由1),その結果,
本願発明3には新規性がないと誤った判断をし,また,②本願発明1の進歩性の判
断を誤り(取消事由2),その結果,本願発明1には進歩性がないと誤った判断を
したものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明3と引用発明の相違点の看過)
(1) 「単離された」
ア 審決は,「本願発明3と引用発明を対比すると,両者は,単離されたDer
p III タンパク質である点で一致」すると認定したが,誤りである。
イ 本願発明3にいう「単離された」は,本件明細書において,「『単離され
た』は,実質的に,組み換えDNA技術によって生産された場合には,細胞材料も
しくは培養培地を含有しないか,または化学的に合成された場合には,他の化学前
駆物質もしくは他の化学薬剤を含有しない核酸もしくはペプチドを称する。また,
そのようなペプチドは,すべての他の家庭のちりダニタンパク質を含有しないのが
特徴である。」(20頁13行∼17行)と定義されており,また,本願発明の実
施例として,上方流動するポリアクリルアミドP−100カラムで複数回処理して
得られる濃縮物につき,「SDS−PAGEによる分析で,検出される唯一つのバ
ンドがほぼ分子量30kDaのダブレットであると決定された。」(38頁13行
∼15行)との記載がある。そうすると,本願発明3の「単離された」Der p
III タンパク質アレルゲンとは,SDS−PAGEによる分析で,検出される唯一
つのバンドとして現れるものである。
ウ 一方,引用例には,「アフィニティー精製した物質は,それぞれ28及び3
4kDaの分子量を有する2つの微量成分が時折検出されるが,31kDaの見か
け分子量を有する1つの主要成分を含有することがSDS−PAGE研究により示
された(図3)。ゲル濾過研究(図4)により,結合物質は3つの主要ピーク,それ
ぞれ>60kDaおよび26kDaの見かけ分子量を有する2つの比較的高分子量
成分,ならびに1.3kDaの見かけ分子量を有する第三の低分子量成分を含有す
ることが示された。・・・ゲル濾過精製したトリプシンのSDS−PAGE分析に
より,31kDaの見掛けの分子量を有する主要成分と34kDaのわずかに高い
分子量を有する微量成分の存在が示された。」(31頁右欄18行∼32頁左欄5
行)との記載があるから,ゲル濾過精製したトリプシンには,微量成分とはいえ,
34kDaのわずかに高い分子量を有する物質が混在している。
エ この点について,被告は,本件明細書及び乙1刊行物の記載から,引用例に
記載されている「ダニトリプシン」の分子量34kDaの微量成分,分子量28k
Daの微量成分は,いずれも分子量31kDaのタンパク質のアイソフォーム(イ
ソ型)である可能性が高い旨主張する。
本願発明に包含される分子量の28kDaのタンパク質と引用例の分子量28k
Daのタンパク質は,SDS−PAGEで区別できない同一のタンパク質である可
能性があるといえるが,本願発明の30kDaのピークと引用例の28kDaのピ
ークは,強度が著しく異なるために,相互に明確に区別できるので,本願発明3と
引用例に記載の精製物を対比する場合は,個々のピークではなく,ダブレットとし
て比較すべきである。この観点からすると,引用発明が本願発明を示唆していると
いい得るためには,本願発明と同様に,28kDaのピークが常に存在し,かつ,
31kDaの主要ピークと同程度の強度を示し,そして,34kDaのピークが常
に存在しない場合に限るものというべきである。そうすると,引用例に記載の31
kDaと28kDaのピークの組合せがダブレットであると仮定したとしても,引
用例で観察された「ダブレット」は,本願発明のダブレットとは異なることが明ら
かであるから,引用発明は,本願発明と一致するものではない。
オ したがって,引用発明のDer p III タンパク質は,本願発明3の「単離さ
れた」Der p III に当たらない。
(2) 「請求項1に記載の核酸がコードする」による特定
ア 審決は,「上記一応の相違点について検討すると,請求項1に記載の核酸と
は,D.プテロニッシナスから得られた,Der p III をコードする核酸であるの
で,「請求項1に記載の核酸がコードする」という性質は,Der p III タンパク
質がもともと固有に有している性質にすぎず,物を特定するのに役立っていないの
で,結局本願発明3のうち「請求項1に記載の核酸がコードする単離されたDer
p III タンパク質アレルゲン。」は,単離されたDer p III タンパク質そのもの
を意味しているにすぎない。」と判断したが,誤りである。
イ 本願発明1の特許請求の範囲に記載の核酸は,「配列番号:1に示されたヌ
クレオチド配列またはそのコード領域を含む単離された核酸」であり,化合物たる
核酸の一次化学構造に該当するヌクレオチド配列として特定されている。
他方,本願発明3の「請求項1・・・に記載の核酸がコードする単離されたDe
r p III タンパク質」は,配列番号:1に示された核酸がコードする配列番号:2
に示されるアミノ酸配列に基づく一次化学構造を有するタンパク質を意味するもの
であり,起源その他の特性でもって化合物たるタンパク質を特定されているのでは
なく,「請求項1に記載の核酸がコードする」というのは,Der p III タンパク
質を機能的に特定しようとするのではなく,ある一定の化学構造でもって特定して
いるのである。
2 取消事由2(本願発明1と引用発明との相違点についての判断の誤り)
(1) 審決は,「Der p III タンパク質の場合,引用例1に・・・のアミノ酸配
列が記載されているが,それらに基づいて,あるいはそれらの配列情報ではプロー
グ設計ができない場合には,引用例に記載された手法によりDer p III タンパク
質を精製し,その部分アミノ酸配列を決定して,既に決定されていたD.プテロニ
ッシナス由来の他の遺伝子であるDer f I,Der f II,Der pⅠ及びDe
r p II 等の塩基配列情報からD.プテロニッシナスのコドン使用頻度を考慮して
プローブを製造することは,当業者が通常行う試行錯誤の範囲内のことである。」
と判断したが,誤りである。
(2) A 教授の宣言書(甲12)によれば,引用例に記載された部分的であり,か
つ,正確でないアミノ酸配列に基づく全長Der p III タンパク質のクローニング
は,本件優先日前には,当業者にとって,決して通常行う試行錯誤の範囲内のこと
ではなかったのであり,事実,上記宣言書で明らかにされているとおり,引用例に
記載された配列に基づきプローブを設計し,全長Der p III をクローン化する試
みは失敗に帰したのである。このことは, B 博士の宣言書(甲13)にも明らかに
されているものである。
(3) 引用例に記載された極めて限定された配列データからのコドン使用頻度の決
定方法は,本件優先日前には,成功するとは予測することができず,当該技術分野
でありふれた方法もしくは標準的な方法ではなかった。すなわち, C 博士の宣言書
(甲14)に記載されているとおり,各アミノ酸に対するコドンは通常複数あり,
互いの出現頻度は生物種によって偏っており,このコドンの偏りが既知の場合に,
上記決定方法が首尾よく使用できるにすぎない。
ところで,審決で周知技術を表すものとして挙げられている特開平1−1379
71号公報(甲2),特開平1−165386号公報(甲3)及び特開平1−25
6491号公報(甲4)は,コドンの使用頻度データの解析及び収集の必要性につ
いて示唆さえもしていないから,本件明細書に開示された全長Der p III アミノ
酸配列に至るために使用された方法は,上記各公報に基づいて通常行う試行錯誤の
範囲内のものではない。
(4) 一方,本願発明1においては,本件明細書の発明の詳細な説明の「生来のD
er p III の精製」の「タンパク質配列の分析」に記載されているとおり,「タン
パク質の初期配列分析後の,o−フタルアルデヒドを,プロリン(Der p III の
位置13)を持つもの以外のN−末端をブロックするために適用して,混入してく
るペプチド配列を除去し,そしてN−末端配列を明白に伸長した。」(38頁下か
ら3行∼39頁1行)ことにより,目的のタンパク質配列を正確に分析し,次の段
階である,好適なコドンの使用を可能にしたのである。言い換えると,本願発明の
プローブを提供するには,①o−フタルアルデヒドをアミノ酸の配列決定の工程に
組み入れ,プロリンを含まないN末端配列の混在を防ぐこと(Der p III はプロ
リン豊富である。),②ハイブリダイゼーション工程は,N末端領域におけるアミ
ノ酸の多くをコードするコドンの同義性を考慮することにより,デルマトファゴイ
デス抽出物中に見られる関連の汚染配列間を区別するように設計すること,③その
上で,DNAハイブリダイゼーションについて高ストリンジェント条件下で使用さ
れる単一の非同義性配列を有する大きなオリゴヌクレオチドプローブ(例えば,4
0−45塩基長)の合成を可能にするD.プテロニッシナスの配列に由来する特有
のコドンの使用頻度データの認識及び収集を適正に行うことにより,初めて,本願
発明1の単離された核酸を取得できるのである。
したがって,当業者といえども,引用例に記載された部分的で不正確な配列に基
づいて,本願発明で使用するプローブを設計することはできなかったのである。
(5) また,上記の本願発明で使用するプローブの製造に関して説明したとおり,
本件明細書には,本願発明のDer p III タンパク質をコードする遺伝子をクロー
ニングするために実施された工夫について具体的に記載されているから,「本願実
施例においても,Der p III タンパク質のN末端配列及び中間配列に基づいてプ
ローブを作製し,当該プローブを用いて,D.プテロニッシナスのcDNAライブ
ラリーからDer p III 遺伝子を単離するという,ごく通常の手法が採用されてお
り,請求人の主張は,当該手法において,クローニングに成功するために具体的に
どのような工夫をしたのか明らかにするものではないから,この際に格別の困難が
あったものと認めることができない。」との審決の判断も誤りである。
第4 被告の主張
審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本願発明3と引用発明の相違点の看過)に対して
(1) 「単離された」
ア 原告らが指摘する本件明細書中の記載においては,「組み換えDNA技術に
よって生産された場合」,「化学的に合成された場合」のことが言及されているの
みであって,それ以外の場合(例えば,天然起源のものから精製されて得られる場
合など)についての記載はないこと,「すべての他の家庭のちりダニタンパク質を
含有しない」という記載は,「『単離された』は,・・・を称する。」と別の文と
して記載されていることから,本願発明3の「単離された」が原告らが主張するよ
うに「すべての他の家庭のちりダニタンパク質を含有しない」ことを意味する定義
として明確に記載されているとはいえない。また,「組み換えDNA技術によって
生産された場合」,「化学的に合成された場合」のこととして記載されているが,
上記本件明細書中の記載は「実質的に」という用語を用いていることから,「単離
された」にはある程度の不純物が存在する場合も含むものといえる。
本件明細書の実施例には,「これを2回繰り返した結果,SDS−PAGEによ
る分析で,検出される唯一のバンドがほぼ分子量30kDaのダブレットであると
決定された。」との記載があり,「唯一のバンド」という記載はあるものの,「ほ
ぼ分子量30kDaのダブレットである」という記載もある。
イ 引用例は「ダニトリプシンの単離」を研究の主題とした文献であることがわ
かる。そして,引用例には,分子量がそれぞれ28kDa及び34kDaの2つの
微量成分が時々検出されると記載されているものの,図3のレーンAをみると,約
31kDaの分子量のところに単一バンドが見えるだけで,それ以外の分子量のと
ころにバンドは見えないので,アフィニティークロマトグラフィーにより精製され
た「ダニトリプシン」の精製度はかなり高いものといえる。また,ゲル濾過精製後
の「ダニトリプシン」のSDS−PAGE分析により,分子量約31kDaの主要
成分とわずかに高分子量の34kDaの微量成分の存在が示されたと記載されてい
るものの,単一バンドとして見える結果が示されたアフィニティー精製したものを
さらにゲル濾過により精製したものであるから,34kDaのタンパク質は「微量
成分」として存在している程度で,分子量約31kDaの主要成分に該当する「ダ
ニトリプシン」の精製度はかなり高いものといえる。そして,一般的に,タンパク
質のN末端のアミノ酸配列を決定できた場合には当該タンパク質の精製度が高いと
いえるので,引用例においてゲル濾過により精製したタンパク質のN末端のアミノ
酸配列を決定できたことからも,ゲル濾過精製後の「ダニトリプシン」の精製度は
かなり高いものといえる。
ウ 本件明細書の「Der f III・・・およびDer p III(Stewart et al.,I
mmunology(1992)75:29-35〔判決注:引用例のことである。〕)両方については,
単離された多重タンパク質バンドという他の報告があった。トリプシンタンパク質
が,数種のイソ型で存在することが知られているので,これらの結果は,異常では
ない。」(49頁6行∼11行),本願発明の発明者が発表した文献である
「Clinical and Experimental Allergy vol.24,No.3(1994.Mar)」(乙1。以下「乙刊
行物」という。)には,「D.プテロニッシナスにも相同のアレルゲン(Der
p III)が主として31kDaの形態で,時として34kDaおよび28kDaの
形態で存在することが明らかにされている。」(220頁右欄11行∼15行)と
の記載によると,引用例に記載されている「ダニトリプシン」の分子量34kDa
の微量成分,分子量28kDaの微量成分は,いずれも分子量31kDaのタンパ
ク質のアイソフォーム(イソ型)である可能性が高い。
そうすると,引用例の分子量34kDaの微量成分も分子量28kDaの微量成
分も,分子量31kDaのタンパク質と同じくDer p III タンパク質の複数の分
子種の1つということになるから,アフィニティー精製あるいはゲル濾過精製され
たタンパク質に,分子量34kDaの微量成分,分子量28kDaの微量成分が含
まれていたとしても,それらは,「他の家庭のちりダニタンパク質」には該当する
ものではないので,「すべての他の家庭のちりダニタンパク質を含有しない」もの
である。したがって,本願発明3の「単離された」に「すべての他の家庭のちりダ
ニタンパク質を含有しない」という意味が含まれると解しても,引用例には単離さ
れたDer p III タンパク質アレルゲンが記載されているということができる。
(2) 「請求項1に記載の核酸がコードする」による特定
本願発明3にいう「請求項1に記載の核酸」は,天然のDer p III タンパク質
をコードするものであるから,「請求項1に記載の核酸がコードする」という修飾
は,天然のDer p III タンパク質のアミノ酸配列を有することを意味するものと
解されるので,そのような特定がなされても,既に述べたように引用例に天然のD
er p III タンパク質が記載されている以上,「請求項1に記載の核酸がコードす
る単離されたDer p III タンパク質アレルゲン」は,引用例に記載されている
「単離されたDer p III タンパク質アレルゲン」と物質として同一である。
2 取消事由2(本願発明1と引用発明との相違点についての判断の誤り)に対
して
(1) 原告らの主張は,要するに,抗血清を用いたスクリーニング法,同義性プロ
ーブを用いたスクリーニング法などの様々なクローニング方法を試みたがいずれも
失敗したことから,本願発明1の単離された核酸を取得するのには困難性があり,
この困難性を克服するために,①アミノ酸配列決定においてo−フタルアルデヒド
を用いたこと,②使用頻度の高いコドン配列を含む長いオリゴヌクレオチドをプロ
ーブとして用いたことによって,本願発明1の単離された核酸を取得できたから進
歩性があるという主張であると解される。
しかし,平成2年6月25日株式会社東京化学同人発行「新生化学実験講座1
タンパク質Ⅱ ― 一次構造 ―」(乙4。181頁15行∼23行)には,o−フ
タルアルデヒドがプロリン(プロリンはイミノ酸。)以外のアミノ酸と反応してア
ミノ基を閉鎖させ,プロリンをN末端にもつもの以外のN−末端をブロックして,
N末端がプロリンであったペプチドのアミノ酸配列決定をバックグラウンドなく継
続することができることが記載されており,また,「Proc.Natl.Acad.Sci.USA Vo
l.88,Nov.1991」(乙5。9690頁右欄35行∼37行),「The Journal of Bi
ological Chemistry Vol.266,No.2,1991」(乙6。1230頁右欄39行∼42
行)には,本願発明と同様に,タンパク質をコードする遺伝子をクローニングする
際にも,タンパク質のN末端のアミノ酸配列決定においてo−フタルアルデヒドを
用いることが記載されているから,原告らが主張する上記①の手法は,本件優先日
当時に周知の手法であったものである。
また,平成4年10月5日株式会社東京化学同人発行「新生化学実験講座2,核
酸 III −組換えDNA技術−」(乙7。147頁∼149頁)によれば,タンパ
ク質の部分アミノ酸配列のようなタンパク質の構造が知られている場合に,そのア
ミノ酸配列の情報に基づいて遺伝子(DNA)のクローニングを行うこと,使用頻
度の高いコドン配列を含む長いオリゴヌクレオチドをプローブとして用いること,
すなわち,原告らが主張する上記②の手法は,本願優先日当時に周知技術であった
ものである。
したがって,抗血清を用いたスクリーニング法,同義性プローブを用いたスクリ
ーニング法などを試みたクローニング方法が失敗すれば別の手法によりクローニン
グを試みることは,当業者が通常行う創作能力の発揮にすぎず,結局,本願発明1
は,引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと
いうべきである。
(2) 原告らは,本件明細書に開示された全長Der p III アミノ酸配列に至るた
めに使用された方法は,上記各公報に基づいて通常行う試行錯誤の範囲内のもので
はない旨主張する。
しかし,引用例に記載されたDer p III タンパク質の精製度は,前記のとおり,
かなり高いものであるから,引用例に記載された方法によりDer p III タンパク
質を多量に精製し,上記決定できなかったアミノ酸残基を同定するために再度配列
決定を行ったり,あるいは,酵素などを使用してDer p III タンパク質を分解し
てペプチド断片を取得し,そのペプチド断片のアミノ酸配列を決定して,その配列
情報に基づきプローブを設計することができるのであり,これらのことは,当業者
が通常行う試行錯誤の範囲内のことである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明3と引用発明の相違点の看過)について
(1) 審決は,「本願発明3と引用発明を対比すると,両者は,単離されたDer
p III タンパク質である点で一致」すると認定したのに対し,原告らは,これを争
い,引用発明のDer p III タンパク質は,本願発明の「単離された」Der p
III タンパク質に当たらない旨主張するので,検討する。
(2) 本願発明のDer p III について
ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 「本発明は,Der p III の活性をもつペプチドを生産する方法に関する。
・・・ペプチドは,分泌され,そしてペプチドを含む細胞と培地の混合液から単離
されてもよい。あるいはまた,ペプチドは,細胞質に保持され,そしてその細胞が,
回収され,溶菌され,そしてタンパク質が単離されてもよい。細胞培養物は,宿主
細胞,培地および他の副生物を含む。細胞培養用の適切な培地は,技術的に既知で
ある。本発明のペプチドは,細胞培養液,宿主細胞,または両方から,イオン交換
クロマトグラフィー,ゲル濾過クロマトグラフィー,限外濾過,電気泳動,および
そのようなペプチドに特異的な抗体を用いるイムノアフィニティー精製を含む,タ
ンパク質精製のための既知技術を用いて単離される。」(18頁13行∼下から5
行)
(イ) 「本発明のなおその他の実施態様は,Der p III の活性をもつペプチドの
実質的に純粋な調製物を提供する。そのような調製物は,本ペプチドが,細胞中で
も,細胞によって分泌されても,ともに自然に生じるタンパク質とペプチド(すな
わち,他の家庭のちりダニペプチド)を実質的に含有しない。ここに使用される用
語,「単離された」は,実質的に,組み換えDNA技術によって生産された場合に
は,細胞材料もしくは培養培地を含有しないか,または化学的に合成された場合に
は,他の化学前駆物質もしくは他の化学薬剤を含有しない核酸もしくはペプチドを
称する。また,そのようなペプチドは,すべての他の家庭のちりダニタンパク質を
含有しないのが特徴である。したがって,Der p III の活性をもつ単離されたペ
プチドは,組み換え的にも,合成的にも生成され,そして実質的に,細胞材料およ
び培養培地を含有しないか,または実質的に,化学前駆物質もしくは他の化学薬剤
を含有せず,さらに他の家庭のちりダニタンパク質を含有しない。・・・Der
p III の活性をもつペプチドは,例えば,そのようなペプチドをコードしているD
er p III の核酸の対応する断片から,組み換えによって作製されたペプチドをス
クリーニングすることによって得られる。さらに,断片は,慣用の・・・技術上既
知の技術を用いて,化学的に合成できる。例えば,Der p III タンパク質は,重
複断片のない目的の長さの断片中に任意に分配されても,または好ましくは,目的
の長さの重複する断片中に分配されてもよい。その断片を,作製し(組み換え的も
しくは化学合成によって),そして試験して,Der p III 活性をもつそれらのペ
プチドを同定することができる。すなわち・・・T細胞応答性か・・・低下された
IgE結合活性をもつかについて試験される。」(20頁9行∼21頁7行)
(ウ) 「D.プテロニッシナス培養株 すべてのダニは,Commonwealth Serum Lab
oratories,Parkville,Australiaから購入され,スペント(spent)培地は,同所
から贈られた。」(37頁下から2行∼38頁1行),「生来のDer p III の精
製 ・・・D.プテロニッシナスのスペント増殖培地の50∼80%飽和硫酸アン
モニウム沈殿物15mlを,PBSで平衡化された上方流動する2cm×90cm
のポリアクリルアミドP−100カラム・・・に適用した。流出された5mlの画
分のタンパク質含量を,光学濃度(A280nm)を測定することによって決定し,
そしてSDS−PAGEによって分析した。30kDa領域に顕著なバンドを含む
それらの画分をプールし,ポリエチレングリコール6000・・・によって濃縮し,
PBSに対して透析し,そして再びカラムを通過させた。これを2回繰り返した結
果,SDS−PAGEによる分析で,検出される唯一のバンドがほぼ分子量30k
Daのダブレットであると決定された。」(38頁2行∼15行)
(エ) 「実施例1:生来のグループ III アレルゲンの配列 タンパク質単離法によ
り,SDS−PAGE分析で分子量30と28kをもつダブレットとして泳動する
Der p III サンプルを作製した。・・・混入しているタンパク質配列を除去する
ためにo−フタルアルデヒドを用いて,生来のDer p III・・・のN−末端配列
を修正し,既知Der p III 配列に伸長し・・・た。」(43頁7行∼16行)。
(オ) 「実施例2:組み換えDer p III の配列 実施例1に記載のようにして得
られたタンパク質配列情報を,好適なコドン使用データ・・・と一緒に使用して,
2種のオリゴヌクレオチドプローブを構築した。これらのオリゴヌクレオチドを,
Der p III クローンのヌクレオチド残基159−196および残基688−64
8・・・にハイブリダイズするようにデザインした。両プローブと強くハイブリダ
イズする唯一のクローンは,λgt10cDNAライブラリーから単離した。P3
WS1クローンについて得られるヌクレオチド配列およびその演繹されるアミノ酸
配列を,図1Aおよび1Bに示した。完全なヌクレオチド配列は,長さ1059b
pであった。これは,62bpの5’非コーディング領域,211bpの3’非翻
訳領域およびヌクレオチド残基846−848において終止コドン(TGA)をも
つ786bpのオープン読み枠を含む。ポリAテールを含まないが,ポリアデニル
化シグナル(AATAAA)であると考えられる。オープン読み枠は,アミノ酸2
9個のプレプロ領域を含むタンパク質,およびN−末端イソロイシンで始まり,計
算分子量24 ,985と8.5のpIをもつ232個のアミノ酸残基の成熟タンパ
ク質をコードしている。アミノ酸位置−29のメチオニン残基(ATG)は,もっ
とも可能性のある翻訳開始部位である。」(44頁2行∼18行)
(カ) 「基質結合実験を考慮して,他の脊椎動物および無脊椎動物セリンプロテア
ーゼとの配列の比較・・・は,グループ III アレルゲンが,トリプシンタンパク質
であることを示す。トリプシンタンパク質は,すべての脊椎動物および無脊椎動物
種の膵臓小胞細胞によってプレプロチモーゲンとして分泌される。無脊椎動物トリ
プシンは,分子量範囲20∼30kDaをもつと報告された・・・。Der p III
P3WS1トリプシノーゲンは,計算された分子量28kDaをもち,そして対応
する成熟タンパク質は,分子量24 ,985Da(判決注:原文では「24 ,985
kDa」とあるが,「24 ,985Da」又は「24.985kDa」の誤りと認
める。)であり,一方,生来の精製タンパク質は,SDS−PAGEによって評価
されるように28と30kDaの二重体(duplicate)として存在した。Der f
III・・・およびDer p III・・・両方については,単離された多重タンパク質バ
ンドという他の報告があった。トリプシンタンパク質が,数種のイソ型で存在する
ことが知られているので,これらの結果は,異常ではない。GendryとLaaunay
(1988)は,ラット膵臓から陰イオン性トリプシン様タンパク質の二重タンパク質バ
ンドを単離した。彼らは,より高い32kDaバンドが不活性のトリプシンを表し,
そしてより低い30kDaが,32kDaバンドの切断を自己触媒できるトリプシ
ンの活性形を表すことを示唆した。それ故,30kDaバンドが,不活性なトリプ
シノーゲンを表し,そして28kDaバンドが活性トリプシンを表す可能性もある。
無脊椎動物トリプシンに関するイソ酵素の数は,1∼12の範囲と報告されている
・・・。Stewartら( 1992)は,pIの範囲4∼>8をもって存在するDer p III
の9個の主要なイソ型を示した。(判決注:引用例のことである。)」(48頁下
から5行∼49頁20行)
イ 上記記載によれば,本件明細書の実施例において,配列番号:1の核酸は,
D.プテロニッシナスのスペント増殖培地からSDS−PAGE分析で分子量が3
0と28kDaのダブレットとして単離された生来の精製タンパク質をもとに,こ
のタンパク質のアミノ酸配列を決定して2種のオリゴヌクレオチドプローブを構築
してcDNAライブラリーから目的の遺伝子を単離し,その塩基配列を決定したも
のであるところ,上記(ウ),(エ)には,「生来のDer p III の精製 ・・・D.プ
テロニッシナスのスペント増殖培地の50∼80%飽和硫酸アンモニウム沈殿物1
5mlを,PBSで平衡化された上方流動する2cm×90cmのポリアクリルア
ミドP−100カラム・・・に適用した。流出された5mlの画分のタンパク質含
量を,光学濃度(A280nm)を測定することによって決定し,そしてSDS−
PAGEによって分析した。」,「実施例1:生来のグループ III アレルゲンの配
列 タンパク質単離法により,SDS−PAGE分析で分子量30と28kをもつ
ダブレットとして泳動するDer p III サンプルを作製した。」との記載があって,
実施例1として,D.プテロニッシナスのスペント増殖培地から精製した「生来の
Der p III」が挙げられている。そして,カラムの通過を2回繰り返した後のS
DS−PAGEによる分析において,検出される唯一のバンドがほぼ分子量30k
Daのダブレット(分子量30と28kをもつダブレット)であるというのである
から,D.プテロニッシナスのスペント増殖培地から精製した「生来のDer p
III」は,本願発明3の「単離されたDer p III タンパク質アレルゲン」に該当す
るものと認められる。
ウ 原告らは,本件明細書の「『単離された』は,実質的に,組み換えDNA技
術によって生産された場合には,細胞材料もしくは培養培地を含有しないか,また
は化学的に合成された場合には,他の化学前駆物質もしくは他の化学薬剤を含有し
ない核酸もしくはペプチドを称する。また,そのようなペプチドは,すべての他の
家庭のちりダニタンパク質を含有しないのが特徴である。」との記載があることを
理由に,本願発明3にいう「単離された」とは,すべての他の家庭のちりダニタン
パク質を含有しないものである旨主張する。
確かに,前記ア(イ)のとおり,本件明細書には原告ら指摘の記載があるが,この
記載自体から明らかなとおり,「組み換えDNA技術によって生産された場合」又
は「化学的に合成された場合」について例示しているものであり,上記2つの場合
に限定しているものとはいえない。そして,これらの例示した2つの場合について,
「そのようなペプチドは,すべての他の家庭のちりダニタンパク質を含有しないの
が特徴である。」と述べているものであって,その他の場合,例えば,D.プテロ
ニッシナスのスペント増殖培地から精製した「生来のDer p III」については,
何の言及もしておらず,また,本件明細書を精査しても,このDer p III タンパ
ク質について,他の家庭のちりダニタンパク質を含有しないことを確認したことを
示唆する記載を見いだすことができない。
そうすると,本願発明3にいう「単離」されたDer p III タンパク質アレルゲ
ンが,すべての他の家庭のちりダニタンパク質を含有しないものであるというもの
ではないから,原告らの上記主張は,採用することができない。
(3) 本願発明3と引用発明との対比について
ア 引用例には,次の記載がある,
(要約)
(ア) 「D.プテロニッシナスのフン濃縮抽出物には,アレルギー誘発性であるト
リプシン様酵素が含まれることが示された。クロマトフォーカシング研究により,
4∼>8の範囲のpIで,D.プテロニッシナスにおける9つの主要アイソフォー
ムの存在が示されたが,デルマトファゴイデス・ファリナエ(D.farinae)では2
つのみ(4∼5の範囲)であった。ベンズアミジン−セファロース6Bアフィニテ
ィークロマトグラフィーおよびゲル濾過によりD.プテロニッシナスから単離され
るトリプシンは,無脊椎動物および脊椎動物の両方のトリプシンと酵素的に類似す
る31kDaタンパク質であることが判明した。得られたN末端配列(IVGGE
XALAGEXPYQISL)は,ダニアレルゲンDer p III について報告され
たものと同一であり,そしてザリガニトリプシンおよびデルマトファゴイデス・フ
ァリナエからのDer f III と相同性を示した。ダニトリプシンは自己分解し,そ
して2つのフラグメントのN末端配列はそれぞれALAGEXPYQIおよびNN
QVXGIであることが判明した。両方ともザリガニトリプシンと相同性を示し,
そして前者の配列は天然酵素およびDer p III の残基7∼18と同一であった。
ダニトリプシンの全てのアイソフォームは,放射性アレルゲン吸着アッセイにより
アレルギー誘発性であることが示され,そしてさらなる研究により,トリプシン分
解産物もまたアレルギー誘発性であることが示された。この酵素を他のダニアレル
ゲンと比較し,そしてアレルギー誘発性の順序は:全ダニ抽出物> Der p I >トリ
プシンであることが示された。しかしながら,一団のダニアレルギー個体からの全
ての血清は,全ダニ抽出物およびDer pⅠを用いて見られるものと匹敵するト
リプシンに対するIgE反応性を示した。これらのデータは,ダニトリプシンが,
以前に記述されたアレルゲンDer p III に対応する主要アレルゲンであることを
示す。」(29頁)
(材料および方法)
(イ) 「ダニ抽出物,患者血清および試薬
D.プテロニッシナスおよびデルマトファゴイデス・ファリナエの抽出物は,以
前に記載のとおり使用済み成長培地(SGM)から調製した。・・・
アフィニティークロマトグラフィー
SGMの50∼80%飽和硫酸アンモニウム沈殿物からベンズアミジン−セファ
ロース6B・・・上でダニトリプシンを単離した。0.5MのNaClを含有する
0.01Mリン酸バッファー,pH7.2(PBS)中の画分をカラムに載せた。
結合していないタンパク質はPBSで溶出し,そして結合した物質はグリシン−H
Cl,pH2.8もしくは水に溶解した50mMのベンズアミジンのいずれかを用
いて脱着させた。個々の画分をプロテアーゼ活性について調べ,そして/もしくは
適切な画分をプールし,透析し,凍結乾燥させた。Der pIは,特異的モノク
ローナル抗体アフィニティーマトリックスを用いてアフィニティークロマトグラフ
ィーにより単離した。結合したアレルゲンは,水酸化アンモニウムでpH11に調
整した水を用いて脱着させ,そして二重拡散分析およびドデシル硫酸ナトリウム−
ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)により純度を決定した。
ゲル濾過
0.1M酢酸バッファー,pH4.5で平衡化したセファデックスG−75のカ
ラム上でアフィニティー単離画分をさらに精製した。ダニトリプシンの見掛け分子
量(mol wt)は,分子量スタンダード;オボアルブミン(分子量43,00
0),キモトリプシノーゲン(25,500)およびシトクロムc(11,70
0)を用いて記載のとおり決定した。適切な画分をプールし,透析し,凍結乾燥さ
せた。・・・
SDS−PAGE
SDS−PAGEは,記載のとおり行った。見掛け分子量は,ウシ血清アルブミ
ン(分子量67 ,000),オボアルブミン(43 ,000),グリセルアルデヒド
−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(36 ,000),炭酸脱水酵素(29 ,000),
トリプシノーゲン(24 ,000),ダイズトリプシンインヒビター(20 ,10
0)およびラクトアルブミン(14 ,200)を用いて作成された標準曲線を参照
して決定した。」(30頁左欄1行∼右欄20行)
(結果)
(ウ) 「アフィニティー精製した物質は,それぞれ28および34kDaの分子量
を有する2つの微量成分が時折検出されるが,31kDaの見かけ分子量を有する
1つの主要成分を含有することがSDS−PAGE研究により示された(図3)。
ゲル濾過研究(図4)により,結合物質は3つの主要ピーク,それぞれ>60kD
aおよび26kDaの見掛け分子量を有する2つの比較的高分子量成分,ならびに
1.3kDaの見かけ分子量を有する第三の低分子量成分を含有することが示され
た。26kDaピークは,トリプシン様活性を示す唯一のものであった。この物質
をプールし,そして下記のアレルギー誘発性およびシークエンシング研究の両方に
おいて使用した。この画分の酵素活性は,SGMの0.4U/mgと比較して36.
7U/mgタンパク質であり,それは比活性の92倍の増加に相当した。ゲル濾過
精製したトリプシンのSDS−PAGE分析により,31kDaの見掛け分子量を
有する主要成分と34kDaのわずかに高い分子量を有する微量成分の存在が示さ
れた。」(31頁右欄18行∼32頁左欄5行)
(エ) 図3には2つのレーンA,Bが示され,「クーマシーブルーR250で染色
した勾配ゲル上でのD.プテロニッシナス使用済み成長培地抽出物からのアフィニ
ティー精製したダニトリプシン(A)およびDer pI( B)のSDS−PAGE分析。
分子量マーカーの相対位置をkDa単位で示す。Der pIおよびダニトリプシ
ンの見掛け分子量は,それぞれ28および31kDaであった。」との説明がある
(32頁左欄)。
(オ) 「アミノ酸配列研究
ゲル濾過精製した物質のN末端配列を決定し,表1に示す。それはアレルゲンD
er p III について以前に報告されたN末端配列およびザリガニトリプシンと著し
い相同性を示した。アフィニティー単離した物質は,水溶液において室温で長期間
インキュベーションすると自己分解することが実験的観察により示された。しかし
ながら,生産物,特に各々約12 ,000の分子量を有する2つの成分をシークエ
ンスした。得られた配列は,それぞれALAGEXPYQIおよびNNQVXGI
であった。それらは両方ともザリガニトリプシンと相同性を示したが,前者はダニ
トリプシンおよびDer p III の残基7∼18と同一であった(表1)。ダニトリ
プシン(および/もしくはDer p III)とDer f III 間の相同性の程度は78
%であり,そして前者とザリガニトリプシン間で,相同性の程度は最初の18残基
において61%であった。」(32頁左欄6行∼右欄7行)
(カ) 「表1.ダニトリプシンおよびその自己分解産物のN末端配列」には,上記
のとおり,アフィニティー単離して得られた物質の配列「ALAGEXPYQI」
がダニトリプシンのN末端配列「IVGGEXALAGEXPYQISL」,De
r p III のN末端配列「IVG(S)EKALAGEXPYQIS」と同一であるこ
と,同物質を水溶液において室温で長期間インキュベーションして自己分解した物
質の配列「NNQVXGI」がザリガニトリプシンと相同性を有することが示され
ている(33頁)。
(考察)
(キ) 「要するに,以前に記述されたアレルゲン,Der p III は,D.プテロニ
ッシナスのフン濃縮抽出物において見出された31kDaトリプシン様酵素に対応
すると思われる。それはDer pⅠおよび II の両方に匹敵する主要アレルゲンで
あることが見出され,チリダニ抽出物にはアレルゲンの少なくとも3つの主要群が
含まれ,その2つはタンパク質分解活性を有することが示された。さらに,得られ
たデータは,低分子量分解産物もまたアレルギー誘発性であることを示唆した。こ
れらのデータおよび哺乳類源からのトリプシンおよび他のプロテアーゼもまた強力
なアレルゲンであることを示す他のデータは,生化学的性質が感受性個体における
感作性に寄与するかもしれないことを示唆する。」(34頁左欄42行∼52行)
イ 上記記載によれば,引用例には,D.プテロニッシナスのフンが富化された
抽出物からアフィニティー精製及びゲル濾過により単離された物質は,分子量がS
DS−PAGEによれば31kDa,ゲル濾過によれば26kDaと測定されるタ
ンパク質であり,アミノ酸配列についての考察では,ダニトリプシンとN末端配列
が同一であることが認められる。
そうすると,上記( 2)イのとおり,本件明細書に,実施例1として挙げられてい
るD.プテロニッシナスのスペント増殖培地から精製した「生来のDer p III」
と,引用発明であるダニアレルゲンDer p III は,いずれも,D.プテロニッシ
ナスから精製,単離されたものであり,その分子量は,SDS−PAGE分析によ
れば,前者は,検出される唯一のバンドがほぼ分子量30kDaのダブレットであ
り,後者は,主要成分の見掛け分子量が31kDaであるというのであるから,実
質的に同一であると認められる。
ウ 原告らは,引用発明には,ゲル濾過精製したトリプシンには,微量成分とは
いえ,34kDaのわずかに高い分子量を有する物質が混在している旨主張する。
しかし,上記のとおり,本願発明3にいう「単離された」は,すべての他の家庭
のちりダニタンパク質を含有しないものであるわけではないから,34kDaのわ
ずかに高い分子量を有する物質が混在していることをもって,本願発明3にいう
「単離された」に当たらないとはいえない。
また,本願発明の発明者が発表した文献である乙1刊行物は,本件出願の発明者
が本件優先日の直後の1994年3月に発表した論文を掲載しているものであると
ころ,同論文には,「D.プテロニッシナスにも相同のアレルゲン(Der p
III)が主として31kDaの形態で,時として34kDaおよび28kDaの形態
で存在することが明らかにされている。[注4]」(220頁右欄11行∼15
行)との記載があり,注4には,「Immunology, vol.75, pp.29-35 (1992)」に掲
載された G.A.Stewart 他作成の論文,すなわち,引用例(甲1)が引用されている。
本件明細書には,「グループ III アレルゲン,Der p III に関するヌクレオチ
ド配列をコードしている遺伝子の単離は,デルマトファゴイデス・アレルゲンのこ
のグループについて最初の一次配列の決定である。・・・Der p III P3WS1
トリプシノーゲンは,計算された分子量28kDaをもち,そして対応する成熟タ
ンパク質は,分子量24,985kDaであり,一方,生来の精製タンパク質は,
SDS−PAGEによって評価されるように28と30kDaの二重体(dupl
icate)として存在した。Der f III・・・およびDer p III・・・両方に
ついては,単離された多重タンパク質バンドという他の報告があった。トリプシン
タンパク質が,数種のイソ型で存在することが知られているので,これらの結果は,
異常ではない。GendryとLaaunay( 1988)は,ラット膵臓から陰イオン性トリプシ
ン様タンパク質の二重タンパク質バンドを単離した。彼らは,より高い32kDa
バンドが不活性のトリプシンを表し,そしてより低い30kDaが,32kDaバ
ンドの切断を自己触媒できるトリプシンの活性形を表すことを示唆した。それ故,
30kDaバンドが,不活性なトリプシノーゲンを表し,そして28kDaバンド
が活性トリプシンを表す可能性もある。無脊椎動物トリプシンに関するイソ酵素の
数は,1∼12の範囲と報告されている・・・。」(48頁下から7行∼49頁1
9行)との記載があることからすると,乙1刊行物において,上記のとおり,「主
として31kDaの形態で,時として34kDaおよび28kDaの形態で存在す
る」とされるDer p III は,「イソ酵素」,すなわち,アイソフォーム(イソ
型)であると推認される。
この点について,原告らは,本願発明3と引用例に記載の精製物を対比する場合
は,個々のピークではなく,ダブレットとして比較すべきであるとし,引用発明の
ダブレットが,「時として34kDaおよび28kDaの形態で存在する」もので
あり,本願発明のダブレットの対比において,28kDaのピークが常に存在し,
31kDaの主要ピークと同程度の強度を示し,34kDaのピークが常に存在し
ないというものではないから,本願発明のダブレットと引用発明の精製物とは,相
違する旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件明細書には,本願発明の実施例として,D.プテロ
ニッシナスのスペント増殖培地からSDS−PAGE分析により分子量が30と2
8kDaのダブレットとして生来の精製タンパク質を単離し,このタンパク質のア
ミノ酸配列を決定した上,2種のオリゴヌクレオチドプローブを構築してcDNA
ライブラリーから目的の遺伝子を単離し,配列番号:1の核酸の塩基配列を決定し
たものが記載されてはいるが,本願発明3の特許請求の範囲においては,上記ダブ
レットをその構成要件としているのではなく,配列番号:1の核酸の塩基配列を含
む「単離されたDer p III タンパク質アレルゲン」を構成要件としているのであ
るから,対比されるべきであるのは,本願発明3の「単離されたDer p III タン
パク質アレルゲン」と引用発明の「単離されたDer p III タンパク質アレルゲ
ン」であって,本願発明のダブレットと引用発明の精製物とが同一であるか否かで
はない。
そして,本件明細書には,上記のとおり,本願発明3の実施例として示される生
来のDer p III について,「SDS−PAGEによる分析で,検出される唯一の
バンドがほぼ分子量30kDaのダブレット」,「実施例1:生来のグループ III
アレルゲンの配列 タンパク質単離法により,SDS−PAGE分析で分子量30
と28kをもつダブレットとして泳動するDer p III サンプル」,「30kDa
バンドが,不活性なトリプシノーゲンを表し,そして28kDaバンドが活性トリ
プシンを表す可能性もある。」との記載があるのである。
一方,引用発明における精製物は,D.プテロニッシナスのフン濃縮抽出物を,
ベンズアミジン−セファロース6Bアフィニティークロマトグラフィー及びゲル濾
過により単離されたものであり,主として31kDaの形態で,時として34kD
a及び28kDaの形態で存在し,上記のとおり単離された物質から得られた配列
から,そのN末端配列「IVGGEXALAGEXPYQISL」を決定している
が,本願発明3にいう配列番号:1の核酸の塩基配列に対応するアミノ酸配列「I
VGGEKALAGECPYQISL」(別紙参照)とも著しい相同性を有するこ
とが認められる。しかも,引用発明において得られたあと1つの配列「NNQVX
GI」も,本願発明3にいう配列番号:1の核酸の塩基配列に対応するアミノ酸配
列の194∼200と一致しているものである。そうすると,引用発明の分子量3
1kDaと測定される単離されたDer p III タンパク質は,本件明細書の実施例
1の生来の精製タンパク質と,実質的に同一であると認めるのが相当である。
したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
エ 原告らは,「実施例」として,上方流動するポリアクリルアミドP−100
カラムで複数回処理して得られる濃縮物につき,「SDS−PAGEによる分析で,
検出される唯一つのバンドがほぼ分子量30kDaのダブレットであると決定され
た。」との記載があることを理由に,本願発明3の「単離された」Der p III タ
ンパク質アレルゲンは,SDS−PAGEによる分析で,検出される唯一つのバン
ドとして現れる旨主張する。
しかし,「検出される唯一つのバンドがほぼ分子量30kDaのダブレット」は,
「ほぼ分子量30kDa」とされているように,ある程度幅のある数値である。
一方,前記( 3)ア(キ)のとおり,引用例には,「考察」の結論として,「以前に記
述されたアレルゲン,Der p III は,D.プテロニッシナスのフン濃縮抽出物に
おいて見出された31kDaトリプシン様酵素に対応すると思われる。それは Der
p I および II の両方に匹敵する主要アレルゲンであることが見出され,チリダニ抽
出物にはアレルゲンの少なくとも3つの主要群が含まれ,その2つはタンパク質分
解活性を有することが示された。」との記載があり,本願発明と同様の測定原理で,
ゲル濾過及びSDS−PAGEにより上記31kDaと測定されるタンパク質を得
ており,アミノ酸配列も本願発明のそれと同様であることからすれば,この31k
Daと測定される主要成分と,本願発明3の実施例の分子量30kDaのダブレッ
トとは,同じものと認められる。
したがって,原告らの上記主張も採用の限りでない。
(4) 「請求項1に記載の核酸がコードする」による特定について
審決が,本願発明3のうち「請求項1に記載の核酸がコードする単離されたDe
r p III タンパク質アレルゲン。」は,単離されたDer p III タンパク質そのも
のを意味しているにすぎない。」と判断したのに対し,原告らはこれを争い,「請
求項1に記載の核酸がコードする」というのは,Der p III タンパク質を機能的
に特定しようとするのではなく,ある一定の化学構造でもって特定しているのであ
り,単に,起源その他の特性でもって化合物たるタンパク質を特定されているので
はない旨主張する。
しかし,前記判示のとおり,引用例には,生来のDer p III タンパク質が記載
されているものであり,これが「単離されたDer p III タンパク質アレルゲン」
と認められる以上,これが「請求項1に記載の核酸がコードする単離されたDer
p III タンパク質アレルゲン」に当たることが明らかであり,したがって,本願発
明3は,引用発明である生来のDer p III タンパク質と同一であるというべきで
ある。
(5) 以上によれば,本願発明3のうち「請求項1に記載の核酸がコードする単離
されたDer p III タンパク質アレルゲン。」が引用発明と同一であり,特許法2
9条1項3号に該当するとした審決の判断に誤りはない。
2 そうすると,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,理
由がないことに帰する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 宍 戸 充
裁判官 柴 田 義 明
( 別 紙 )

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