平成16(ネ)2563等特許権侵害差止等請求控訴事件,同附帯控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 大阪高等裁判所
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裁判年月日 |
平成19年11月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人・附帯被
(1審被告)アイリスオーヤマ株式会社 被控訴人・附帯控訴人(1審原告)株式会社伸晃
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対象物 |
置棚 |
法令 |
特許権
特許法65条1回
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キーワード |
実施32回 審決32回 無効25回 特許権18回 侵害10回 無効審判8回 進歩性6回 損害賠償5回 許諾3回 訂正審判2回 差止2回 刊行物1回
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主文 |
1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 当審訴訟費用は,控訴状貼用印紙の費用を控訴人の,附帯控訴状貼用印紙の費用を被控訴人の各負担とし,その余の費用を2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,置棚に関する特許権を有する被控訴人が,控訴人による2種類の組
立式の原判決別紙イ・ロ号各物件目録記載の物件(置棚)の製造ないし輸入及
び販売が,同特許権を侵害すると主張して,損害賠償及び特許法65条の補償
金の支払(ただし,内金請求である。)と,販売を継続していた1種類の組立
式置棚(ロ号物件)の製造,輸入及び販売の差止めとその廃棄を請求した事案
である。 |
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判決文
平成19年11月27日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成16年(ネ)第2563号特許権侵害差止等請求控訴事件,同第3016号附帯
控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成14年(ワ)第13527号)
判 決
控訴人・附帯被控訴人(1審被告) アイリスオーヤマ株式会社
(以下「控訴人」という。)
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 伊 藤 真
同 安 江 邦 治
同訴訟代理人弁理士 畑 中 芳 実
同 福 迫 眞 一
同 羽 切 正 治
被控訴人・附帯控訴人(1審原告) 株 式 会 社 伸 晃
(以下「被控訴人」という。)
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 白 波 瀬 文 夫
同訴訟代理人弁理士 濱 田 俊 明
主 文
1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 当審訴訟費用は,控訴状貼用印紙の費用を控訴人の,附帯控訴状貼用印紙の
費用を被控訴人の各負担とし,その余の費用を2分し,その1を控訴人の,そ
の余を被控訴人の各負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨等
1 本件控訴
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 本件附帯控訴
(1) 原判決主文1項を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は,被控訴人に対し,5720万8774円及び内5638万4
025円に対する平成15年1月19日から,内42万4084円に対する
同月20日から,内40万0665円に対する同月21日から,それぞれ支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 附帯控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,置棚に関する特許権を有する被控訴人が,控訴人による2種類の組
立式の原判決別紙イ・ロ号各物件目録記載の物件(置棚)の製造ないし輸入及
び販売が,同特許権を侵害すると主張して,損害賠償及び特許法65条の補償
金の支払(ただし,内金請求である。)と,販売を継続していた1種類の組立
式置棚(ロ号物件)の製造,輸入及び販売の差止めとその廃棄を請求した事案
である。
原審は,上記イ号物件に係る請求については,当該物件が本件発明の構成要
件を全て充足しその技術的範囲に属することに当事者間に争いがないことを前
提として損害賠償及び補償金の支払の請求を一部認容し,また,上記ロ号物件
に係る請求については,当該物件が本件発明の構成要件の一部を充足せずその
技術的範囲に属しないとして請求をいずれも棄却したため,控訴人が本件控訴
を提起し(イ号物件に係る一部敗訴部分),被控訴人が本件附帯控訴を提起し
た(イ号物件に係る一部敗訴部分)。なお,後記のとおり,被控訴人は,当審
係属後に上記特許権の特許請求の範囲を一部訂正(減縮)し,これに伴い,イ
号物件の構成を一部訂正し,控訴人は同構成を争っている。
2 前提事実(争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる
事実,当裁判所に顕著な事実)
(1) 当事者
被控訴人は,樹脂成形品や家庭用台所器具の製造販売等を業とする株式会
社である。
控訴人は,プラスチック製収納用品の製造販売等を業とする株式会社であ
る。
(2) 発明の内容(訂正前)
ア 被控訴人は,平成9年12月25日,名称を「置棚」とする発明につい
て特許出願(特願平9−368696号)をし,平成14年10月11日,
特許第3358173号として設定登録を受けた(以下,この特許権を
「本件特許権」といい,その特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本
件発明」〔なお,訂正後も同様に呼称する。〕という。)。その特許公報
は原判決別紙特許公報のとおりである。
設定登録時の明細書(以下「訂正前明細書」という。)に記載された特
許請求の範囲は,請求項1ないし3から成り,そのうち請求項1の内容は
以下のとおりである。
「左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚
を掛止してなる置棚において,上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に
挿通してなると共に,上記外管の伸縮方向に一定長を有する固定棚は,そ
の後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,当該固定棚
の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して
該固定棚を水平に支持し,所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したこ
とを特徴とする置棚」
イ 上記請求項の構成要件は,以下のとおり分説される。
A 左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替
棚を掛止してなる置棚において,
B 上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に,
C 上記外管の伸縮方向に一定長を有する固定棚は,その後方裏面に設
けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,
D 当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺
動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し,
E 所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする
F 置棚
(3) イ号物件
控訴人は,組立式の別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」とい
う。なお,その構成については同別紙のとおり控訴人,被控訴人双方が主張
しており争いがある。)を製造又は輸入し,販売していた(なお,控訴人は,
原審において,組立式の原判決別紙イ号物件目録記載の物件が,訂正前の本
件発明の構成要件〔前記(2)イ〕を全て充足し,その技術的範囲に属するこ
とを認めていた。)。
(4) 警告書の送付等
被控訴人は,控訴人がイ号物件を販売していることを知り,本件発明の出
願公開後の平成13年7月27日,控訴人に対し,イ号物件が出願中の訂正
前明細書の技術的範囲に属すること,その設定登録後には補償金請求権が発
生すべきことを記載した警告書と,本件発明の公開特許公報(特開平11−
187941号)を送付し,これらは同月30日に控訴人に到達した。
上記公開特許公報における特許請求の範囲の請求項1は,原判決別紙公開
特許公報の該当欄記載のとおりである。
被控訴人は,最初の特許料納付後の平成14年9月26日,控訴人に対し,
本件特許出願について特許すべきものとした審決を受けたこと,最初の特許
料を納付したこと,特許請求の範囲の記載は出願後に補正されているとして,
補正後の特許請求の範囲を記載した通告書を送付し,同書面はそのころ控訴
人に到達した。
被控訴人は,本件特許権の設定登録後の同年10月29日,控訴人に対し,
同月11日に本件特許権の設定登録がされたことを記載した警告書を送付し,
同書面は同月31日ころに控訴人に到達した。
(5) 特許庁,東京高等裁判所における手続
ア 控訴人は,平成15年4月8日,特許庁に本件発明につき無効審判を請
求し(無効2003−35130号),同庁は,同年11月18日,「本
件審判の請求は成り立たない」旨審決した(甲27,以下「第1次審決」
という。)。
これに対し,控訴人は,同年12月25日,東京高等裁判所に第1次審
決の取消しを求める訴えを提起し(同庁同年(行ケ)第587号),同庁
は,平成16年11月8日,特開平9−308532号公報(乙9・乙5
6の5。以下,これに記載された発明を「引用発明1」という。)の構成
は支持部の形状として本件発明の構成のものであるなどと認定して,第1
次審決を取り消す旨判決し,同判決は確定した(乙55の1∼3,以下
「第1次判決」という。)。
イ 特許庁は,再び無効2003−35130号事件について審理し,その
審理手続の中において,被控訴人は,平成17年2月10日,訂正請求を
した。
特許庁は,同年5月10日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立
たない」旨審決した(以下,訂正を「本件訂正」,審決を「第2次審決」
という。なお,訂正内容は後記(6)のとおりである。)。
これに対し,控訴人は,同年6月16日,東京高等裁判所に第2次審決
の取消しを求める訴えを提起し(同庁平成17年(行ケ)第10520
号),同庁は,平成18年6月28日,控訴人の請求を棄却する旨判決し,
同判決は確定した(甲32・34,乙58∼60,以下「第2次判決」と
いう。)。
ウ 控訴人は,平成18年6月5日,特許庁に本件特許権につき無効審判を
請求し(無効2006−80105号),引用発明1に加えて,米国特許
第913204号明細書(1909年,乙56の6,以下,これに記載さ
れた発明を「引用発明2」という。),同第2815257号明細書(1
957年,乙56の7,以下,これに記載された発明を「引用発明3」と
いう。)に基づいて当業者が容易に発明することができたと主張したが,
同庁は,同年12月8日,「本件審判の請求は成り立たない」旨審決した
(乙57,以下「第3次審決」という。)。
控訴人は,東京高等裁判所に第3次審決の取消しを求める訴えを提起し
(同庁平成19年(行ケ)第10011号),同庁は,平成19年10月
16日,控訴人の請求を棄却する旨判決し,同判決は確定した(以下「第
3次判決」という。)。
(6) 発明の内容(訂正後)
ア 本件訂正後の明細書(以下「訂正明細書」という。)に記載された特許
請求の範囲は,請求項1ないし3から成り,そのうち請求項1の内容は次
のとおりである(下線部は訂正部分)。
「左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚
を掛止してなる置棚において,上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に
挿通してなると共に,上記外管の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固
定棚は,その後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,
当該固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に
応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し,所定枚数の取替棚を
前後の外管上に掛止したことを特徴とする置棚」
イ 上記請求項の構成要件は,以下のとおり分説される(下線部は訂正部
分)。
A 左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替
棚を掛止してなる置棚において,
B 上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に,
C 上記外管の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚は,その後
方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,
D 当該固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその
伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し,
E 所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする
F 置棚
3 争点
(1) イ号物件の構成要件充足性(文言侵害・主位的主張)
〔被控訴人〕
ア イ号物件の構成
(ア) イ号物件の構成は,以下のとおりである(以下「被控訴人主張のイ
号構成」という。詳細は別紙イ号目録被控訴人主張のとおり。下線部は
原判決別紙イ号物件目録からの訂正部分)。
a 左右に支脚1a・1bがあり,この支脚1a・1b間に前後2本の
棚受用横桟2・2を架橋し,棚受用横桟2・2上に着脱自在な取替棚
4を掛止できるようにした置棚である。
b 棚受用横桟2・2は外管2aと内管2bからなり,外管2aに内管
2bを伸縮可能に挿通している。
c 外管2aの伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚3が設けら
れ,その後方裏面に設けた取付孔3aに内管2b側の支脚1bを嵌入
している。
d 固定棚3の先端の下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央
部から下方に向かって突出片を有する孔からなる支持部3bに対して
外管2aをその伸縮に応じて摺動自在に挿通して固定棚3を水平に支
持している。
e 3枚の取替棚4(4s,4m,4l)を用意し,うち使用者が任意
に定める枚数の取替棚4を前後2本の外管2a上に掛止するようにし
ている。
f 置棚である。
(イ) 控訴人の主張に対する反論
イ号物件の特定は特許発明の構成要件を無視して行うべきでないし,
技術的思想としての特許発明が想定していない詳細すぎる具体的構成を
入れて特定すべきものでもない。
控訴人は,原審の当初段階で自白したイ号物件の構成を当審の最終段
階で撤回して控訴人イ号構成を主張するものであるところ,同じ物件の,
本件発明の構成と何ら関係のない部分について自白と大幅に異なる特定
をしようとするものであり,かかる主張は自白の撤回として許されない。
イ イ号物件の本件発明の構成要件充足性
被控訴人主張のイ号構成aないしfは,本件発明(訂正後)の構成要件
AないしFをそれぞれ充足している。
(ア) 被控訴人主張のイ号構成dについて
被控訴人主張のイ号構成dは本件発明の構成要件Dを充足している。
すなわち,本件訂正は,訂正前の構成が「当該固定棚の先端の支持部」
であったものを「当該固定棚の先端の円形孔からなる支持部」と訂正し,
「円形孔からなる」との技術的事項に限定したものであるところ,被控
訴人は,第1次判決における訂正前の「固定棚の先端の支持部」につい
ての説示(前記2(5)ア)を受けて,引用発明1の湾曲掛止部23の構
成(円形の一部が開放された断面形状)を回避するため,かかる限定を
付したものである。引用発明1では固定棚が支脚間に棚受用横桟を架橋
した状態であっても着脱できるのに対して,本件発明(訂正後)では
「あるものの周囲を他のものによって完全に取り囲まれた状態で通す」
という構成に限定し,着脱自在ではないようにしたことに技術的意味が
ある。
したがって,本件発明(訂正後)における「円形孔からなる」は,一
部が開放された形状のものを除外することに技術的意味があり,周囲が
完全に取り囲まれた形状のものであれば真円形に限定されず,固定棚が
支脚間に棚受用横桟を架橋した状態であっても着脱自在ではないという
作用効果を奏する構成(周囲が完全に取り囲まれた形状)であれば,半
円形,楕円形,略円形等を広く含む技術的概念というべきであり,イ号
物件における支持部の構成もこれに該当する。加えて,イ号物件の支持
部は,下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向
かって突出片を有する孔からなり,支持部に挿通した外管は突出片によ
って外管の下部を下半分の円形部分に押し付ける構成になっており,取
替棚に荷重がかかった場合は,荷重方向(重力方向)に力がかかり外管
が支持部に接触する部分は円形部分だけになるから,「円形孔からなる
支持部」の機能をそのまま活かしている。
この点,控訴人は,イ号物件の支持部につき,①断面形状がU字形で
あること,②開口端部がラッパ状に広がっていること,③上部にリブが
存在することを理由に,dの構成を備えないと主張する。
しかし,控訴人イ号物件目録第4図のネジ穴用孔4aのネジの用途は,
木ネジを外管及び内管を貫通しながらねじ込むものであり,そうすれば
外管及び内管はイ号物件においても支持部下半分の円形部に密着するこ
とになるから,イ号物件は「円形孔からなる支持部」を有効に用いてい
る。ただ,イ号物件の包装箱には「※伸縮幅を固定したい場合には,付
属のネジをしめて固定して下さい。」と記載されており,木ネジは必ず
使用されるものでもない。
控訴人イ号物件目録第4図に見られるテーパー状部分(図面ではテー
パーの度合いを実際より大きくして図示してラッパ状と表現している)
は,プラスチック成型をした後に金型を抜く都合上ある程度のテーパー
形状が必要なものにすぎず,かかるテーパー形状があっても支持部が外
管を支持する関係にあることを左右しない。
イ号物件に貼付された「引き出し位置」を示すシールには「この線以
上引き出して使用しないで下さい。」と記載されており,控訴人自身が
注意書きをして外管を最大限引き出した態様での使用(細管が露出して
取替板を掛止すると置棚に段差ができる)を禁止してその使用方法を制
限している。
なお,控訴人は,本件発明1の構成につき,後記③からは支持部3b
の下部内面が外管2aを下方から水平に支持し得る形状であるとともに,
上部内面が外管を上方から水平に支持し固定棚3を水平に保持しうる形
状であることがわかると主張するが,本件発明1において外管を水平に
支持する機能を果たすのは,外管を挿通する支持部が存在しそこに挿通
される外管と接触して支持することによるものであって,支持部の内面
形状如何によるものではない。
さらに,控訴人は,後記③については支持部の内面形状が円形孔とさ
れたことから,外管2aを下方から水平に保つために外管の下半分が円
形孔の下半分に密接し,かつ固定棚を水平に保つために外管の上半分が
円形孔の上半分に密接することが要求されることになると主張するが,
本件発明にかかる置棚は収納空間に静止状態で置いて使用されるもので
あり,外管や固定棚を水平に保つために支持部の内面全部が外管の外面
全部に密接している必要はなく,どこか1か所を支持していれば足りる。
次に,控訴人は,本件発明1の構成を,支持部3bから内管嵌入孔3
c先端までの距離が外管2aの伸縮範囲Lであると主張するが(後記ア
(イ)の④),これは訂正前明細書[0012]の記述によるところ,これは本
件発明の一実施形態である図1の説明にすぎず,本件発明において外管
2aが内管嵌入孔3cまで達することは必須でない(この場合,外管2
aの伸縮範囲Lは支持部3bから内管嵌入孔3cまでの距離より短くな
る)。本件発明1において上記記載に対応する部分の構成は,「支持部
に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水
平に支持」することである。
同様に,控訴人は,本件発明1の構成を,外管2aは内管2bよりも
長いものと主張するが(後記⑤),上記と同様に誤りであるし,特許請
求の範囲の記載に基づくものでもない。
(イ) 控訴人は,被控訴人主張のイ号構成eについて,外管2aは内管2
bより長いことを前提に,イ号物件において内管は外管より長いからe
の構成が充足されない場合が発生すると主張するが,前記のとおりその
前提が誤っている。
(ウ) 控訴人はイ号物件が本件発明の構成要件(少なくとも構成要件A,
B,E,Fに訂正はない)を充足することを原審で認めたところ,かか
る自白の撤回は許されない。
〔控訴人〕
ア イ号物件の構成
(ア) 本件発明(訂正後)の各構成要件に対応させてイ号物件の構成を記
載すると以下のとおりである(以下「控訴人主張のイ号構成」という。
詳細は別紙イ号目録控訴人主張のとおり。下線部は本件発明の構成要件
と異なると主張する点)。
a 左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替
棚を掛止してなる置棚において,
b' 上記棚受用横桟は太管3に太管より長い細管2を伸縮可能に挿通し
てなると共に,
c 上記太管3の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚1は,そ
の後方裏面に設けた取付孔に細管2側の支脚を嵌入すると共に,
d1 当該固定棚1の裏面には前記前後に架橋した棚受用横桟に上方から
当接するようにリブ1fを設け,かつ,当該固定棚の裏面の先端に近
い部分にネジ穴用孔形成部材4が形成されると共に,
d2 上記リブ1fの先端部分に形成された太管ガイド口テーパ面1aと
ネジ穴用孔形成部材4に形成されたテーパ面1bとからなるラッパ状
に広がった太管ガイド口に対して,上記太管3をその伸縮に応じて摺
動自在に挿通し,上記太管3を上記太管ガイド口テーパ面1aより細
管側支脚取付部材にかけて延在するリブ1fにより上方から,そして,
太管固定ネジ5及びネジ穴用孔形成部材4の部位1e2によって下方
から挟み込んで水平に支持し,
d3 上記リブ1fは,太管3又は細管2と協働して固定棚1に加えられ
た荷重をその全長にわたって分散支持し,
e' 所定枚数の取替板を前後の太管3又は細管2上に掛止したことを特
徴とする
f 置棚
(イ) 被控訴人主張に対する反論
控訴人は,本件訂正を前提とした請求原因の変更に対応して正しい構
成と作用効果を確認してイ号物件の真の姿を表現した控訴人主張のイ号
構成を主張するものであり,自白の撤回にあたらない。仮にあたるとし
ても,控訴人主張構成のイ号構成は上記自白が真実に反することを明ら
かにしているから,自白の撤回が認められるべきものである。なお,控
訴人は,原審において,本件発明が公知無効であると確信していたため,
イ号物件の細部にわたる検討をしないまま自白したものである。
イ イ号物件の本件発明の構成要件充足性
イ号物件は,被控訴人主張のイ号構成d,e(控訴人主張のイ号構成d1
∼3,e')を満たさず,本件発明の技術的範囲に属さない。
(ア) イ号構成dについて
「固定棚の先端の支持部」につき,訂正前明細書の段落[0011],[001
2],[0014]の記載を図1を参酌して合理的に解釈すると,①支持部は固
定棚3の前方先端部に設けられ,外管2aを摺動可能に挿通し,②前方
先端部には固定棚3の先端の立面壁が含まれ,③外管2aを水平に支持
することによって固定棚3を水平に支持し得,④支持部3bから内管嵌
入孔3c先端までの距離が外管2aの伸縮範囲Lであり,⑤外管2aは
内管2bよりも長いもの(特許請求の範囲には記載されていないが技術
思想から論理必然的に導出される)である。そして,①・②からは支持
部は固定棚3の前方先端部の裏面に設けられるか又は先端の立面壁に設
けられること,③からは支持部3bの下部内面が外管2aを下方から水
平に支持し得る形状であるとともに,上部内面が外管を上方から水平に
支持し固定棚3を水平に保持しうる形状であること,④からは支持部3
bと内管嵌入孔3cの先端との間に外管2aが伸縮可能となる一定の距
離があること,⑤からは外管2aが最大長伸びた場合でも,支持部3b
の前方部分では常に内管が挿通された外管2aが延在していることが要
件とされている。
本件発明(訂正後)においては,上記の「支持部」を「円形孔からな
る支持部」と限定したものの,かかる支持部は①・②のとおりの位置に
設けられ,④・⑤における部材の関係は維持されており,③については
支持部の内面形状が円形孔とされたことから,外管2aを下方から水平
に保つために外管の下半分が円形孔の下半分に密接し,かつ固定棚を水
平に保つために外管の上半分が円形孔の上半分に密接すること(支持部
の円形孔が外管と同一形状であり,その直径は外管の直径より大きく外
管が円形孔内で密着してこれを水平に保つことができる大きさであるこ
と)が要求されることになる。かかる「円形孔からなる支持部」の作用
効果は,訂正明細書の段落[0007]のとおり,円形孔からなる支持部はそ
の内部を外管が摺動することができ固定棚の支持高さを一定に保つこと
ができること,固定棚と共に取替棚も外管に掛止されるため段差無く両
者を水平に支持できること,内管よりも径の太い外管に支持することに
より棚の積載荷重を大きくとることができることにあり,これを技術思
想の中核とする。
この点,被控訴人は,特許公報の図1を単なる一実施形態を表わした
ものにすぎないと主張するが,本件訂正の根拠となったのは図1であり,
単なる一実施例を表わすとの軽い存在ではないところ,図1によれば内
管2bは外管2aより短かいことは明らかである。仮に,内管2bが外
管2aより長ければ,外管2aをLの先端(内管嵌入孔3cの入口)ま
で摺動しようとした場合,内管2bが外管2aの嵌入固定された固定棚
(支脚1aの上方)に当たって伸縮が妨害され,外管2aはLの先端ま
で摺動できないことになるから,本件発明は,明細書に記載された「単
一部材の固定棚」及び「固定棚の先端の円形孔からなる支持部」と外管
2a及び内管2bが協働してあらゆる寸法の収納空間に適用できる置棚
を提供するという本件発明の目的を達成できないことになる。
被控訴人は,図1の実施形態のように伸縮範囲Lを支持部3bから内
管嵌入孔3cまでの距離と一致させようとする場合は外管2aを内管2
bより長くする必要があるが,伸縮範囲Lをこれより短くする構成をと
る場合は,前記⑤の説明は誤りであると主張するが,本件発明において,
「外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」との要件を充足するためには,
図1において外管2aが内管嵌入孔3cにまで縮んだ場合の内管2bの
長さが許される最大長になる。外管の伸縮範囲Lを支持部3bから内管
嵌入孔3cまでの距離と一致させた場合に外管2aを内管2bより長く
する必要があるというのであれば,結果として,外管2aは内管2bよ
りも長いことを認めることとなる。
被控訴人は,本件発明1において外管を水平に支持する機能は支持部
の内面形状如何によらないと主張するが,図1によれば「固定棚の先端
の円形孔からなる支持部」において「円形孔」は外管2aを隙間なく密
着して取り囲む形状となっているし,仮に「円形孔」が外管とその径あ
るいは形状において相違した場合,外管は浮いたような状態となったり
偏心した状態となって水平に支持することができなくなるから,かかる
主張は,本件発明の保護範囲を不当に拡張するものである。
イ号構成dは,「円形孔からなる支持部」との構成を有しておらず,
同支持部によって太管を水平に指示するという技術思想も有していない。
本件訂正の経緯からすれば,「円形孔」は「断面が真円状の孔」を指す
のは自明であるところ,イ号物件には,別紙控訴人イ号物件目録第1な
いし5図のとおり,固定棚1の先端部に断面形状がU字形で開口端部が
ラッパ状に広がった開口部(第4図参照)があるのみであり,構成を異
にする。また,この開口部は,太管3を挿通する際のガイドとして斜め
方向からの挿通も可能であり,また,太管3はネジ穴用孔形成部材4の
ネジ穴用孔4aに取り付けられた太管固定用ネジ5により水平に支持さ
れ,開口部に太管3及びその上方の固定棚1を水平に支持する作用効果
もないから,dの構成を充足しない。なお,太管固定用ネジ5は金属ネ
ジであり,ネジの先端は太管3の下部に接するが,外管及び内管を貫通
しながらねじ込むものではないし,太管3とネジ穴用孔形成部材4の内
壁との間には隙間があり,「円形孔からなる支持部」の作用効果を有効
に用いているものではない。開口部は,太管3のガイド機能と荷重によ
る変形を総合的に勘案して意図的に形成したテーパ面である。
イ号物件には,開口部の後方に第4図のリブ1fが延在し,太管3,
細管2と共に固定棚1に負荷される荷重を分散支持している。本件発明
においては,固定棚3に対する荷重は,その先端の円形孔からなる支持
部3bで支持されており,構成上及び作用効果上の相違がある。
イ号物件においては,別紙控訴人イ号物件目録写真3,4のとおり,
太管3が最大限引き出された状態では,細管2は212mm露出し,かか
る状態で取替板を掛止した場合は置棚には段差ができる。なお,イ号物
件に貼付されている「引き出し位置」を示すシールは,イ号物件の使用
方法を制限するものではなく,イ号物件は,太管3がリブ1fに接する
場合と,細管2がリブ1fに接する場合(原審ロ号物件と同一の構成)
の双方を想定したものであって,イ号物件をどのような寸法の置棚とし
て使用するかはひとえにユーザーの任意に選択による。
(イ) イ号構成eについて
イ号構成eは,本件発明における「固定棚の先端の円形孔からなる支
持部」の構成上の特徴の一つである前記ア(イ)の⑤(外管2aは内管2
bよりも長い)と異なり,別紙控訴人イ号物件目録写真2ないし4のと
おり内管は外管より10mm長く,eの構成が充足されない場合が生ずる。
(2) 均等論(均等侵害・予備的主張)
〔被控訴人〕
イ号物件の構成dが本件発明(訂正後)の構成要件Dを満たさないとして
も,均等論により本件発明の技術的範囲に属する。
ア 支持部の形状を「円形孔」とした本質は,固定棚が支脚間に棚受用横桟
を架橋した状態であっても着脱自在ではない(周囲が完全に取り囲まれた
形状)とした点にあり,イ号物件の支持部がかかる形状を備えている以上,
支持部の下半分の形状が円形で上半分の形状は円形でないとしても,その
相違は本件発明の本質的部分ではない。
イ 本件発明の支持部は,固定棚が支脚間に棚受用横桟を架橋した状態であ
っても着脱自在ではない(周囲が完全に取り囲まれた形状)構成であれば
所定の目的を達し作用効果を発揮でき,本件発明の「円形孔」をイ号物件
のそれと置換しても,発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏
し,イ号物件にそれ以上の作用効果もない。
ウ プラスチック成形技術では,強度に影響を与えない場合には素材を極力
少なく使用することは周知慣用技術であり,本件発明の円形孔の目的と作
用効果を維持しながらこれと関係のない部分を節約することは,当業者に
極めて推考容易である。
エ イ号物件の支持部の構成は,従来技術と同一またはそこから推考容易な
ものではない。
オ 本件訂正における「円形孔からなる支持部」との限定は,引用発明1に
よる進歩性欠如を免れるため同発明の構成を排除することを目的として減
縮したものであり,一部が開放された形状のものを除外し周囲が完全に取
り囲まれた形状のものに限定したことに技術的意義があるのであって,イ
号物件の支持部の形状を意識的に除外したものではない。
〔控訴人〕
イ号物件の構成dにつき本件発明(訂正後)の構成要件Dの均等侵害は成
立しない。
ア 本件発明の「固定棚の先端の円形孔からなる支持部」の円形孔は断面が
真円状の孔を指し,かかる訂正により本件発明は無効を免れたのであるか
ら,「円形孔」の解釈を安易に拡大するような主張は許されず,また,上
記訂正及びこれに伴う被控訴人主張により,「固定棚の先端の円形孔から
なる支持部」は「外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通」でき,「固定
棚を水平に支持し」,かつ,「棚受用横桟を架橋した状態であっても着脱
自在でない」という作用効果を有するということになったのであるから,
固定棚の先端の支持部が円形孔(断面が真円状の孔)であることは本件発
明の本質的部分である。
本件発明の「固定棚の先端の円形孔からなる支持部」の作用効果は,外
管2aを摺動可能に挿通して水平に支持するものであるところ,イ号物件
にはかかる構成は存在せず,固定棚の先端に断面形状がU字形でラッパ状
に広がった開口部があるのみであり,また,太管を水平に支持するのは,
リブ1f,ネジ穴用形成部材4の下側接触点1e2及び太管固定用ネジ5で
ある。
イ 上記アのとおり,イ号物件の構成dは,目的及び作用効果において本件
発明の構成要件Dと異なり,置換可能でない。
ウ イ号物件の構成dは本件発明の構成要件Dと,その構成・目的・作用効
果が全く相違し,別発明というべきものであって,置換を容易に想到でき
たものではない。
エ 控訴人は,本件発明(訂正前)が公知技術に照らして無効であることを
確信していたし,公知技術の改良装置としてイ号物件を製造販売したもの
である。
オ 本件訂正は,出願時において構成要件とできたものを公知無効を回避す
るために追加されたものであってその経過に鑑みると,「円形孔」は「断
面が真円状の孔」に限定される。
(3) 本件特許権に無効理由が存することが明らかか
〔控訴人〕
第1次判決の拘束力の下で,第2次判決によって訂正が認められた本件発
明の進歩性を理由づける構成は,「取替棚」とは別寸法の「単一部材から成
る固定棚」と「支脚間に棚受用横桟を架橋した状態」では「固定棚」を分離
することができないようにするための「円形孔からなる支持部」にあること
になる。しかるに,引用発明1は,本件発明の「固定棚」が単一の部材から
なること及び「固定棚の先端の支持部」が「円形孔」からなることが開示さ
れていない点を除いて,本件発明の他の構成要件の全てを開示しており,加
えて,引用発明2は,「単一部材の固定棚」及び「固定棚の先端部裏面」に
「円形孔からなる支持部」が支柱で取り付けられ,外管を摺動自在かつ水平
に保持する構成を開示し,また,引用発明3は,「単一部材の固定棚」及び
「固定棚の先端部の裏面」に「円形孔からなる支持部」が設けられ,スリー
ブ(外管)を摺動自在かつ水平に保持する構成を開示しているから,引用発
明1ないし3が開示している技術思想に基づけば,本件発明は極めて容易に
発明をすることができたものであって,進歩性を欠き無効である。
〔被控訴人〕
本件発明には控訴人が主張するような無効理由は存在せず,本件特許権の
行使は権利濫用にあたらない。
(4) 損害賠償の対象期間(控訴人の過失責任が認められる始期)
当事者の主張は,原判決「事実及び理由」第2・2(3)記載のとおりであ
るからこれを引用する。
(5) 損害額
当事者の主張は,原判決「事実及び理由」第2・2(4)ア,ウ記載のとお
りであるからこれを引用する。
(6) 補償金請求権の成否とその額
当事者の主張は,次のとおり当審での補充主張を付加する他は,原判決
「事実及び理由」第2・2(5)記載のとおりであるからこれを引用する。
〔被控訴人〕
本件発明において客観的に認められるべき実施料率は5%を下らない。す
なわち,イ号物件の置棚はプラスチック製品に属するところ,プラスチック
製品の分野において特許権者が通常実施権を許諾する場合の実施料率として
は,一般には3%ないし5%程度が適用されるケースが多いと思われるとこ
ろ,本件では合意に基づく実施料ではなく,警告にもかかわらず特許出願に
かかる発明を実施した者に対する補償金請求の実施料率が問題となっている
ものであり,イニシャルフィーは存しないこと,控訴人・被控訴人は市場で
競合関係にあって,低レベルの実施料率で実施を許諾をする関係にはないこ
と,被控訴人が本件発明を実施して製造販売する場合の利益額は,製品「O
R−BE1」で1箱428.52円,製品「OR−BE2」で1箱803.
89円にのぼるところ,これは同各製品に対応する控訴人製品の卸売価格
(NOD−370は1246円,NOD−370×2は1666円)に対し
て,利益率はそれぞれ34%,48%に相当することを考慮すべきである。
したがって,本件請求のうち補償金請求にかかる部分は実施料率を5%と
して算定されるべきであり,NOD−370については160万0487円
(1246円×25690箱×0.05) ,NOD−370×2については149
5万9263円 (1666円×179583箱×0.05) の合計1655万97
50円となる。
〔控訴人〕
本件発明の進歩性及び作用効果の程度等に照らせば,適正な実施料率は3
%を上回らない。収納空間の寸法に応じて適宜置棚の長さを調節できる構成
は本件発明の他の方法でも容易に実現でき,本件発明を実施することにより
特に経済的効果が得られるものでもない。
控訴人と被控訴人が市場で競合関係にあることは少なくとも補償金請求に
おける適正な実施料率の算定に影響しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(イ号物件の構成要件充足性)(文言侵害・主位的主張)
(1) イ号物件の構成
控訴人は,原審では第1回口頭弁論期日陳述の答弁書においてイ号物件に
つき原判決別紙イ号物件目録記載の構成aないしfを有することを認め,当
審第2回弁論準備手続期日陳述の準備書面(二)において被控訴人主張のイ号
構成のうちaないしc,fの構成を有することを認め,d,eの構成を争っ
たところ,被控訴人主張のイ号構成a,b,e,fは原判決別紙イ号物件目
録記載の構成と同じであって,従前主張の構成に変更はないから,弁論の全
趣旨により,本件発明(訂正後)との比較の対象としてのイ号物件の構成と
しては,まず被控訴人主張のイ号構成のうちa,b,c,e,fの構成を認
めることができる。
この点,控訴人は,当審第3回弁論準備手続期日陳述の準備書面(四)にお
いて控訴人主張のイ号構成を主張したところ,まず控訴人主張のイ号構成の
うち,a,c,fの構成は,被控訴人主張のイ号構成のa,c,fの構成と
同じであり,表現上,若干の差異があるにすぎず,これを採用しない。
そして,控訴人主張のイ号構成b'のうち「太管より長い」との部分,e'の
うち「又は細管2」との部分はいずれも認められず,当該部分を除くb',e'
の部分は被控訴人主張のイ号構成のb,eの構成と内容上同じであり,表現
上,若干の差異があるにすぎず,これを採用しない。すなわち,証拠(甲5
の1∼3,36∼42,乙61,63,検甲1,2)及び弁論の全趣旨によ
れば,イ号物件の包装箱に「伸縮幅70∼102cm」,「最大幅102cm」
等表示され,102cm幅で使用する位置においては外管表面に「この線以上
引き出して使用しないで下さい。」と記載したシールが添付されており,控
訴人自身が注意書きをして,細管が太管よりも長いとの構成を利用した,外
管を最大限引き出した態様での使用(細管が露出して取替板を掛止すると置
棚に段差ができる)を禁止してその使用方法を制限していることなどからす
れば,b’にある太管より長い細管,e’にある細管への掛止めといった構
成をイ号物件の構成として認めるのは相当でなく,b’は「棚受用横桟は太
管3に細管2を伸縮可能に挿通してなる」,e’は「所定枚数の取替板を前
後の太管3上に掛止したことを特徴とする」の限度で認められるにとどまる
からである。
次に,イ号物件が被控訴人主張のdの構成を有すると認められる一方,控
訴人主張のイ号構成d1,d2のうち,ネジ穴用孔形成部材4,太管固定ネジ5
及び太管ガイド口テーパ面1a,1bに関する部分並びにd3は認められない。
すなわち,証拠(甲5の1∼3,36,38,40,乙61,検甲1,2)
及び弁論の全趣旨によれば,イ号物件の包装箱に「※伸縮幅を固定したい場
合には,付属のネジをしめて固定して下さい。」と記載されており,木ネジ
(太管固定ネジ5)は必ずしめて使用されるものとされておらず,ネジ穴用
孔形成部材とともに支持部を形成して太管の挿通により固定棚を水平に支持
していること,イ号物件の固定棚先端部の形状(控訴人イ号物件目録第4図
に見られるテーパー状部分)については,これが太管を固定棚の先端に挿入
する際のガイド機能と固定棚に過重がかかった際の棚機能(固定棚の過重に
対する撓み強度)とのバランスを考慮したものであることに沿う乙63があ
るが,他方,上記証拠によれば,プラスチック製品を製造する際に成形品が
容易に離型できるように抜き勾配を付けることが推薦されるもので,勾配が
ごく僅かであるイ号物件の固定棚先端部がガイド機能等を考慮してあえて採
択された構成とまでは直ちに認め難い上,仮に,上記のような機能があると
しても,太管の挿通により固定棚を水平に支持するとの作用効果に有意な消
長をきたすものでないこと,d3は構成の記述ではなく機能の記述にすぎない
ことなどからすれば,d1ないしd3のうち,上記部分に関する構成をイ号物件
の構成として認めるのは相当でない。
そして,上記証拠によれば,リブ1fは,被控訴人主張のdの構成のうち
の「中央部から下方に向かって突出片を有する」突出片に該当し,太管3に
上方から当接していることが認められるが,当接の対象を太管3と細管2と
からなるとの構成を明記(b')してある棚受用横桟とするのは表現上相当で
なく,認められない。
そうすると,控訴人主張のイ号構成d1∼3は,上記認定の点を考慮しても,
被控訴人主張のイ号構成との同一性を否定するまでのものでなく,機能上,
表現上のあり得る若干の差異も単なる付加にすぎないというべきである。
したがって,イ号物件の構成は,被控訴人主張のイ号構成(別紙イ号目録
被控訴人主張)のとおりであると認めるのが相当であり(以下,これを単に
「イ号構成」という。),なお,控訴人主張に鑑み,控訴人主張のイ号構成
の一部につき侵害の有無の判断に際し,さらに言及する。
(2) イ号物件の構成要件充足性(本件発明・請求項1)
ア イ号構成a,c,fについて
記録上,イ号構成a,fが,本件発明の構成要件A,Fをそれぞれ充足
することについては,原審第1回口頭弁論期日に自白が成立したことが明
らかであり,また,イ号構成cが本件発明の構成要件C(訂正後)に対応
しこれを充足すると認められる。
イ イ号構成b,eについて
イ号構成b,eがそれぞれ本件発明の構成要件B,Eに対応しこれを充
足すると認められる。なお,控訴人主張のイ号構成b',e'の前記(1)のと
おり認定しうるところの構成をもっても,本件発明の構成要件B,Eをそ
れぞれ充足するとの結論に変わりはない。
この点,控訴人は,イ号構成eについて,特許請求の範囲には記載され
ていないが,技術思想から論理必然的に,本件発明の構成要件E「所定枚
数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする」は,外管2aが
内管2bより長いことを前提とするところ,イ号物件において内管は外管
より10mm長く,取替棚が外管ではなく内管に掛止される場合が生じるか
ら構成が充足されない場合が生じると主張する。しかし,控訴人も自認す
るとおりその主張する点は特許請求の範囲に記載されたものではないこと,
証拠(甲38,42)及び弁論の全趣旨によれば,イ号物件に貼付された
シールに横線・矢印と共に「この線以上引き出して使用しないで下さ
い。」と記載されており,控訴人自身が外管を最大限引き出して細管が露
出した態様での取替棚を掛止する態様での使用を制限しており,イ号物件
はその主張にかかる態様での使用を想定したものといえないことに照らせ
ば,かかる主張は採用できない。
ウ イ号構成dについて
イ号構成は,「固定棚3の先端の支持部3bに対して外管2aをその伸
縮に応じて摺動自在に挿通して固定棚3を水平に支持している」から,構
成要件Dの「当該固定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応
じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し」を充足するということ
ができる。
次に,構成要件Dの「円形孔」という用語が通常有する意味は「まるい
形の孔」(「円形」の意味につき広辞苑第4版)と解され,イ号物件の支
持部の形態「下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方
に向かって突出片を有する孔からなる」がこれに該当するか否かにつき検
討する。
前記前提事実,証拠(〔枝番を含む〕甲15,19,26∼28,乙1
∼20,24∼28,30∼46,51∼60,62),弁論の全趣旨及
び当裁判所に顕著な事実によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被控訴人は,平成9年12月25日,本件発明について特許出願を
したところ,伸縮式ラック(実願昭61−148169・乙62の2),
置棚(特開平9−65937・乙62の3),水切棚(実願昭51−4
7314・乙62の4)に記載された発明に基づいて,出願前に当業者
が容易に発明をすることができたとして,平成13年10月12日に拒
絶理由通知(甲19,乙62の1)を受け,平成14年1月17日に拒
絶査定(乙62の5)を受けた。
被控訴人は,不服を申し立て(不服2002−3469),特許庁は
同年8月27日,上記引用例には「外管の伸縮方向に一定長を有する固
定棚の先端の支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿
通して該固定棚を水平に支持し,所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛
止した」点について記載も示唆もないとして,拒絶査定取消審決(甲1
5)をした。
被控訴人は,同年10月11日,本件発明の特許設定登録を受けた。
(イ) 控訴人は,平成15年2月14日,特許庁に本件特許につき無効審
判を請求し(無効2003−35060号),伸縮テーブル(英国特許
出願公開第2066056号・乙2),折り畳み式の伸縮テーブル(米
国特許第3080832号・乙3),戸棚状の家具(独国特許第129
6762号・乙4),棚構造(特開平9−308532号・引用発明
1),棚状構造のトレイ(米国特許第5158187号・乙10),モ
ジュール式家具(英国特許出願公開第2282961号・乙11),高
さ・長さ調節可能エアロビクス用ステップ・ベンチ器具(米国特許第5
162028号・乙12),テーブル(欧州特許出願公開第02743
62号・乙13),伸張テーブル金物(米国特許第2772132号・
乙14),伸縮自在管ガイド(東独国特許第208916号・乙15),
伸縮可能テーブル(独国特許第2402922号・乙16),伸縮式ラ
ック(実公平3−40166号・乙17),水切棚(実開昭52−13
7122号・乙18),伸縮装置における伸縮規制手段(実開平1−1
04237号・乙19),流し台キャビネットにおける置棚(登録実用
新案第3004815号・乙20)を引用発明として主張したが,同庁
は,平成15年11月18日,本件発明は,左右の支脚間に伸縮可能な
横桟を設けた置棚において,固定棚は後方に取り付けた支脚と横桟の外
管で水平状態に支持され,取替棚は横桟の外管のみで支持され,「ガタ
ツキがなく,外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができ
る」等の明細書記載の特有の作用効果を奏するものと認められ,乙9な
いし20の発明等を考慮しても,乙2の発明と周知・慣用技術とに基づ
いて,又は乙2の発明と乙3・4の発明並びに周知・慣用技術とに基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはで
きないとして,審判請求は成り立たない旨審決(甲26)した。
控訴人は,東京高等裁判所に上記審決の取消を求める訴えを提起した
が,その後取り下げた。
(ウ) 控訴人は,平成15年4月8日,特許庁に本件発明につき無効審判
を請求し,引用発明1(乙9),水切棚(乙18),流し台キャビネッ
トにおける置棚(乙20),置棚(特開平9−65937号・乙25,
乙62の3と同じ)を引用発明として主張したが,同庁は,平成15年
11月18日,本件発明は左右の支脚間に伸縮可能な横桟を設けた置棚
において,固定棚は後方に取り付けた支脚と横桟の外管で水平状態に支
持され,取替棚は横桟の外管のみで支持されるため,「ガタツキがなく,
外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができる」等の明細
書記載の特有の作用効果を奏するものと認められ,乙9,18,25の
発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとす
ることはできないとして,審判請求は成り立たない旨審決した(第1次
審決)。
控訴人は,同年12月25日,東京高等裁判所に第1次審決の取消し
を求める訴えを提起し,同庁は,平成16年11月8日,「固定棚」は
一体成型されるなどした単一の部材からなるものに限定されていないこ
と,「固定棚の先端の支持部」の形状は特許公報図1の図示(3b部分
の断面)をみると判然とはしないが固定棚の先端部に円形の孔が設けら
れ外管がこの孔を通っているかのように見えるものの,この形状は実施
例の記載にすぎず,請求項の記載においてはその形状について「挿通し
て」とされている点を除き何らの限定もされていないところ,「挿通し
て」とは「さしはさむ」ものであって必ずしもあるものの周囲を他のも
のによって完全に取り囲まれた状態で通す(円形の孔に通す)という意
味に限定されるものではないこと等に照らし,引用発明1の中央基本板
6の湾曲掛止部23の構成(円形の一部が開放された断面形状)は,固
定棚の先端の支持部の形状として本件発明の構成のものであると認定す
るなどして,本件発明と引用発明1とが固定棚存否の違いにより相違す
るとした第1次審決を取り消す旨判決し,同判決は確定した(第1次判
決)。
(エ) 特許庁は,再び無効2003−35130号事件について審理し,
その審理手続の中において,被控訴人は,平成17年2月10日,訂正
請求をし,同庁は平成17年5月10日,①訂正審判につき,請求項1
の訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,課題を解決す
るための手段の項の訂正は上記訂正により訂正しようとする特許請求の
範囲の記載に明細書の記載を整合させる訂正であるから明りょうでない
記載の釈明を目的とするものであるとしてこれを認め,②無効審判につ
き,引用発明1において,固定棚を単一部材とすることには阻害要因が
あり,基本板の前後に設けられた湾曲掛止部にて一対の伸縮パイプ材を
抱えるようにして引っ掛けることにより基本板をパイプ材から取り外し
自在にしているから,同基本板を利用して適宜着脱自在な取替棚は構成
できても,着脱自在でない固定棚を構成することは不可能であるなどと
して,本件発明との相違点に係る事項について引用発明1に開示されて
いないし,同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであるとすることもできず,相違点に係る事項については引用発明2
・3にも開示されていないし示唆もないなどとして,無効審判は成り立
たない旨審決した(第2次審決)。
これに対し,控訴人は,同年6月16日,東京高等裁判所に第2次審
決の取消しを求める訴えを提起し,同庁は,平成18年6月28日,①
訂正審判につき,「固定棚の先端の円形孔からなる支持部」とする訂正
は,「該固定棚は棚受用横桟から分離することはできず,着脱自在では
ない」という発明的特徴を有することを含めて,願書に添付した明細書
又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,訂正は特許請求の範囲
の減縮を目的とするものであるなどとして適法とし,②無効審判につき,
本件発明においては固定棚が「支脚間に棚受用横桟を架橋した状態では
棚受用横桟から分離することはできず,着脱自在ではない」のに対し,
引用発明1では着脱自在であるという違いがあり,また,本件発明では
「固定棚」は引用発明1の右辺部材3に相当する部分を含む「単一部
材」で構成され,「固定棚の先端の支持部」が「円形孔」からなってい
ることにより「支脚間に棚受用横桟を架橋した状態では棚受用横桟から
分離することはできず,着脱自在ではない」から,「取替棚」とは別個
の形状のものであることが明らかであり,そのため本件発明では固定棚
の長さの設定に引用発明1のような制約はなく,固定棚の長さを自由に
設定することができるから,「適用しようとする収納空間に応じて,外
管2aの長さや,その伸縮範囲を調整し,収納空間の寸法に応じて置棚
のサイズを調整」するという引用発明1にはない作用効果を奏すること
ができ,作用効果において異なるなどとし,第2次審決の判断は正当と
して是認できるとして,控訴人の請求を棄却する旨判決し,同判決は確
定した(第2次判決)。
(オ) 控訴人は,平成18年6月5日,特許庁に本件特許権につき無効審
判を請求し,引用発明1,又は引用発明1ないし3に基づいて当業者が
容易に発明することができたと主張したが,同庁は,同年12月8日,
第2次判決と同様の理由により,本件発明は引用発明1であるとするこ
とも,これに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
るとすることもできないとしつつ,また,引用発明2(乙56の6)は
本件発明に規定するような先端の支持部を有するものでなく,入れ子型
部材を伸長すると,左右の天板が中央で分離し,追加の薄板は内管の上
方に位置するものであり,内管側の支脚を取り付けた天板に対して外管
を摺動自在に支持することも追加の薄板を外管に掛止することも示され
ていないこと,引用発明3(乙56の7)は固定棚に相当する部材を有
しておらず,テーブルスライドは箱型枠に取り付けた後は伸縮するもの
ではなく,天板の支持部に対して入れ子型部材をその伸縮に応じて摺動
自在に挿通させるものではないことから,本件発明は引用発明1ないし
3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとする
こともできないとして,本件審判の請求は成り立たない旨審決した(第
3次審決)。
控訴人は,東京高等裁判所に第3次審決の取消しを求める訴えを提起
し,同庁は,平成19年10月16日,本件発明の「固定棚の先端の円
形孔」は「固定棚の一番先の部分に形成されている円形孔」の意味であ
り単一部材で形成される「固定棚」の一部と解するのが通常であるとこ
ろ引用発明2にこのような支持部は示されていないこと,引用発明3は
管状部材が枠部材に取り付けられた後は管状部材が伸縮可能に挿通する
ものではなく,本件発明の「固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対
して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」との構成に当たら
ないことは明らかであるなどとして,第3次審決の引用発明2,3の認
定に控訴人が主張する誤りはないとして,控訴人の請求を棄却する旨判
決し,同判決は確定した(第3次判決)。
(カ) 本件特許権の訂正明細書によれば,その発明の詳細な説明には,次
のとおりの記載があることが認められる(下線部は訂正前明細書からの
訂正部分)。
a 発明の属する技術分野([0001])
この発明は,押入やキャビネット等の収納空間に利用する置棚に係
り,詳しくは収納空間の寸法に応じて,適宜置棚の長さを調節できる
構成に関するものである。
b 従来の技術([0002])
従来から,押入等の収納効率を高めるために,支脚間に棚受用横桟
を架橋し,当該横桟上に棚材を載置してなる置棚は公知である。当該
置棚によれば,棚材によって押入の収容空間を上下に区画することが
できるため,棚の上には布団を,下には洋服の収納ボックスを置くと
いうように,収容物の整理が図られ,押入等の収容効率も高めること
ができる。
c 発明が解決しようとする課題([0003]∼[0005])
ところで押入の寸法は,その建物がどのような尺度によって建てら
れたかによって異なる。つまり,建物尺度としては日本工業規格で中
京間,京間,関東間,メートル間等が定められているが,その尺度が
異なれば押入の寸法も異なる。
しかし,上記従来の置棚は,横桟の長さが固定されたものであるた
め,製造者側は各尺度における押入の寸法に応じた数種類の置棚を用
意する必要があり,この種置棚の製造コストを低減できないという課
題があると共に,消費者側にとっても押入の寸法を確認した上で,対
応する置棚を購入しなければならないという課題があった。なお,こ
うした課題は押入用に限らず,クローゼットや,また洗面台キャビネ
ット,ガス台キャビネットに用いる置棚にも共通して見られるもので
あった。
本発明は,上述した課題を解決するためになされたもので,その目
的はあらゆる寸法の収納空間に適用できる置棚を提供することである。
d 課題を解決するための手段([0006],[0007])
本発明では,上記目的を達成するために,左右の支脚間に前後に架
橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止してなる置棚にお
いて,上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に,
上記外管の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚は,その後方
裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,当該固定棚の
先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺
動自在に挿通して該固定棚を水平に支持し,所定枚数の取替棚を前後
の外管上に掛止するという手段を用いた。
当該手段によれば,外管を伸縮させることにより置棚の全長を適宜
調節することができる。このとき,単一部材の固定棚における外管に
対する円形孔からなる支持部は,外管を摺動するため,固定棚の支持
高さは一定に保たれ,常に水平に支持される。また,固定棚と共に取
替棚も外管に掛止するため,段差無く両者を水平に支持することがで
きると共に,内管よりも径の太い外管に支持することにより,その分,
棚の積載荷重を大きくとることができる。
e 発明の効果([0017])
棚受用の横桟を伸縮自在に構成したので,収納空間の寸法に応じて
置棚のサイズを調整できる。また,固定棚および取替棚を外管のみで
支持することとしたため,ガタツキがなく,外管の径に見合って十分
な積載荷重を確保することができる。
(キ) 上記のとおりの訂正明細書の記載,本件発明の特許登録・本件訂正
の経緯,及び関連する審決・判決の認定,公知技術等を総合すれば,本
件発明は,収納空間の幅はそれぞれの建物等によって異なるところ,収
納空間の寸法に応じて置棚のサイズを調整でき,かつ,ガタツキがなく,
外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができるようにする
ために,着脱自在の取替棚を掛止する棚受用横桟を,外管に内管を伸縮
可能に挿通する構成にした上,固定棚先端の支持部の孔に摺動自在に挿
通して当該固定棚を水平に支持するとともに,取替棚を外管上のみに掛
止めする構成とした点に特徴的部分があるというべきであり,かかる構
成が本件発明の枢要な部分であると解される。
一方,構成要件Dのうち,支持部が「円形孔からなる」という部分は,
本件発明と引用発明1とが固定棚存否の違いにより相違するとした第1
次審決を要旨認定の誤りという理由で取り消した第1次判決に沿った訂
正により加えられたもので,訂正後の特許請求の範囲の本件発明につき
第2次審決・同判決は無効請求不成立ということで確定し,同様の結論
の第3次審決・同判決がされているのであって,本件訂正後の特許明細
書にも支持部が「円形孔からなる」構成に対応する課題や作用効果につ
いて何らの言及もなく,かかる構成が本件発明の特徴的部分であるとか,
枢要な部分であるとはいえない。
そうすると,本件訂正は,訂正前の構成が「当該固定棚の先端の支持
部」であったものを第1次判決における訂正前の「固定棚の先端の支持
部」についての前記説示を受けて,引用発明1の湾曲掛止部23の構成
(円形の一部が開放された断面形状)を回避するため,前記「当該固定
棚の先端の円形孔からなる支持部」と訂正し,「円形孔からなる」との
技術的事項に限定したものということができるところ,かかる限定した
構成により,引用発明1が固定棚を支脚間に棚受用横桟を架橋した状態
で着脱できるのに対して着脱自在でない作用効果のものに限定したにす
ぎないというべきである。
したがって,本件発明(訂正後)における「円形孔からなる」は,真
円形に限定されず,一部が開放された形状のものを除外し,周囲が完全
に取り囲まれた形状のものであれば,半円形,楕円形,略円形等を広く
含む技術的概念というべきであり,これに伴い,固定棚が支脚間に棚受
用横桟を架橋した状態であっても着脱自在ではないという作用効果を奏
することとなると解される。
しかるところ,イ号物件の支持部の形態「下半分が円形で上半分が角
丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からな
る」は,下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に
向かって突出片を有する孔からなるから,上記略円形からなっていると
いうことができ,そして,当該支持部に挿通した外管により固定棚が水
平に支持され,着脱自在でないといえるのであって,被控訴人主張のイ
号構成dは本件発明の構成要件Dを充足している。
(ク) 控訴人は,「固定棚の先端の支持部」につき,訂正前明細書の段落
[0011],[0012],[0014]の記載を図1を参酌し種々主張するが,本件発
明の一実施形態である図1に基づく解釈・説明にすぎず,特許請求の範
囲に記載された内容を限定することとならず,採用できない。
控訴人は,イ号物件の支持部につき,①断面形状がU字形であること,
②開口端部がラッパ状に広がっていること,③太管が固定棚を水平に支
持していないこと,④上部にリブが存在して固定棚にかかる荷重を分散
支持していること,⑤太管3が最大限引き出された状態では,細管2は
212mm露出し,かかる状態で取替板を掛止した場合は置棚には段差が
できることを理由に,dの構成を備えないと主張する。
しかし,前記認定,説示によれば,次のとおり,控訴人の主張はいず
れも採用できない。
イ号物件の支持部は,下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり断
面形状がU字形であるとはいえないから,①は採用できない。そして,
控訴人イ号物件目録第4図に見られるテーパー状部分は,控訴人主張の
ような機能があるとは断定し難い上,仮に上記機能があったとしても,
かかるテーパー形状を有する支持部に太管(外管)を挿通することによ
り固定棚を水平に支持する関係にあることを左右しないから,②は採用
できない。また,太管固定ネジ5が必ずしめて使用されるものとされて
おらず,ネジ穴用孔形成部材とともに支持部を形成して太管(外管)の
挿通により固定棚を水平に支持しているといえ,前記認定,説示を左右
しないから,③は採用できない。さらに,リブが固定棚にかかる荷重を
分散支持していることを認めさせるに足りる証拠はないから,④は採用
できない。最後に,イ号物件に貼付された「引き出し位置」を示すシー
ルには「この線以上引き出して使用しないで下さい。」と記載されてお
り,控訴人自身が注意書きをして外管を最大限引き出した態様での使用
(細管が露出して取替板を掛止すると置棚に段差ができる)を禁止して
その使用方法を制限しており,置棚には段差ができるのは通常の使用状
態でないから,⑤は採用できない。
エ したがって,イ号物件は本件発明の構成要件を全て充足し,イ号物件に
よる文言侵害が成立する。
2 争点(2)(均等論)(イ号構成d中の「下半分が円形で上半分が角丸略四角
形であり中央部から下方に向かって突出片を有する孔からなる支持部」が構成
要件Dの「円形孔からなる支持部」に該当しない場合の仮定的判断)
(1) 特許権侵害訴訟において,特許発明に係る願書に添付した明細書の特許
請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する製品(対象製品)と異
なる部分が存する場合であっても,①右部分が特許発明の本質的部分ではな
く,②右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を
達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③右のように置
き換えることに,当業者(当該発明の属する技術の分野における通常の知識
を有する者)が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することがで
きたものであり,④対象製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と
同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,
⑤対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に
除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品は,特
許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲
に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小
法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そして,上記要件のうち,①ないし③は,特許請求の範囲に記載された発
明と実質的に同一であるというための要件であるのに対し,④及び⑤はこれ
を否定するための要件というべきであるから,これらの要件を基礎づける事
実の証明責任という意味において,①ないし③は均等を主張する者が,④及
び⑤はこれを否定する者が証明責任を負担すると解するのが相当である。
そこで,イ号物件が上記各要件を充足するかを,以下検討する。
(2) 本質的部分について
ア 特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構
成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,
言い換えれば,右部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当
該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうも
のと解するのが相当である。すなわち,特許法が保護しようとする発明の
実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現す
るための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,
具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,明細書の特許請求の
範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎づける
技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分である
と理解すべきであり,対象製品がそのような本質的部分において特許発明
の構成と異なれば,もはや特許発明の実質的価値は及ばず,特許発明の構
成と均等ということはできないと解するのが相当である。
そして,発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏す
るものであることに照らせば,対象製品との相違が特許発明における本質
的部分に係るものであるかどうかを判断するにあたっては,単に特許請求
の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく,特許発明
を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で,
対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に
同一の原理に属するものか,それともこれとは異なる原理に属するものか
という点から判断すべきである。
イ これを本件についてみるに,前記のとおり,訂正明細書の記載,本件発
明の特許登録・本件訂正の経緯,及び関連する審決・判決の認定,公知技
術等を総合すれば,本件発明は,収納空間の幅はそれぞれの建物等によっ
て異なるところ,収納空間の寸法に応じて置棚のサイズを調整でき,かつ,
ガタツキがなく,外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することがで
きるようにするために,着脱自在の取替棚を掛止する棚受用横桟を,外管
に内管を伸縮可能に挿通する構成にした上,固定棚先端の支持部の孔に摺
動自在に挿通して当該固定棚を水平に支持するとともに,取替棚を外管上
のみに掛止めする構成とした点に特徴的部分があるというべきであり,か
かる構成が本件発明の枢要な部分であり,本質的部分であるということが
でき,構成要件Dのうちの支持部が円形孔からなっている点は本質的部分
といえない。
したがって,「下半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から
下方に向かって突出片を有する」部分と異なる本件発明中の「円形孔から
なる支持部」は本件発明の本質的部分ではない。
この点,控訴人は,本件発明の固定棚の先端の支持部が円形孔(断面が
真円状の孔)であることは本件発明の本質的部分であると主張するが,上
記のとおり採用できない。
控訴人主張の「円形孔なる支持部」との訂正に伴い,固定棚が「着脱自
在ではない」という作用効果を有することとなり,本件発明は有効なもの
として存続したといえるが,そのことにより,支持部の形状が円形孔であ
るとの部分が本件発明の本質的部分となったとはいえない。
(3) 置換可能性について
本件構成要件D中の「円形孔からなる支持部」を,イ号構成d中の「下半
分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片を
有する孔からなる支持部3b」に置換しても,固定棚の先端の支持部に外管
を摺動自在に挿通して固定棚を水平に支持することができ,支脚間に棚受用
横桟を架橋した状態では当該横桟から固定棚を分離することができず着脱自
在でなく,そして,収納空間の寸法に応じて置棚のサイズを調整でき,かつ,
ガタツキがなく,外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができ
るようにするとの本件発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を
奏するものということができるから,置換可能性があると認められる。
控訴人は,本件発明の固定棚の先端の円形孔からなる支持部の作用効果は
外管を摺動可能に挿通して水平に支持するものであるところ,イ号物件には
かかる構成は存在せず,固定棚の先端に断面形状がU字形でラッパ状に広が
った開口部があるのみであり,太管を水平に支持するのは,リブ,ネジ穴用
形成部材の下側接触点及び太管固定用ネジであるなどとも主張して,かかる
相違は本質的部分の構成の相違であるとするが,前記イ号物件の構成要件の
充足性についてのイ号構成dについて説示したとおり,採用できない。
(4) 置換容易性について
本件発明中の「円形孔からなる支持部」との構成の,イ号構成d中の「下
半分が円形で上半分が角丸略四角形であり中央部から下方に向かって突出片
を有する孔からなる支持部」への置換は当業者がイ号物件の製造時点におい
て容易に想到することができたものというべきである。
すなわち,「円形」形状を「下半分が円形で上半分が角丸略四角形」形状
に置換することは,考えられ得る複数の形状の一つとして容易に想到し得る
ところといえ,「中央部から下方に向かって突出片を有する」構成も太管を
挿通させて固定棚を支持する機能の補完として当業者であれば選択肢の中に
容易に想到するであろう付加的手段といえる。このことは,控訴人主張のイ
号構成のテーパ面1a,1bや太管固定ネジ5,ネジ穴用孔形成部材4を考
慮しても同様にあてはまる。
(5) 公知技術からの容易推考性について
イ号物件は,従前存在しなかった本件発明の特徴的枢要な部分である構成
を有し,前記本件発明の目的・作用効果を達成するものであって,イ号物件
が本件発明の特許出願時点における公知技術と同一又は当業者がこれから同
出願時に容易に推考できたものと認めることはできず,これを認めるに足り
る証拠はない(後記無効の主張の認められないことも参照)。
(6) 意識的除外等の事情について
前記のとおり,本件訂正は,訂正前の構成が「当該固定棚の先端の支持
部」であったものを第1次判決における訂正前の「固定棚の先端の支持部」
についての前記説示を受けて,引用発明1の湾曲掛止部23の構成(円形の
一部が開放された断面形状)を回避するため,前記「当該固定棚の先端の円
形孔からなる支持部」と訂正し,「円形孔からなる」との技術的事項に限定
したものということができるところ,かかる限定した構成により,引用発明
1が固定棚を支脚間に棚受用横桟を架橋した状態で着脱できるのに対して着
脱自在でない作用効果のものに限定したにすぎないというべきである。
そうすると,本件訂正により,上記下方の開放された形状のものを除外す
る趣旨であったことが認められるものの,それ以外の形状のものを意識的に
除外したとまでは断定できない。
したがって,被控訴人により外形的にイ号構成における支持部の形態のも
のが本件発明の特許請求の範囲から意識的に除外されたなどの特段の事情が
あると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 争点(3)(本件特許権に無効理由が存することが明らかか)
控訴人は,引用発明1ないし3に基づき,本件発明は極めて容易に発明をす
ることができたものであって,進歩性を欠き無効であると主張する。
(1) 引用発明1について
引用発明1の右辺部材3と1枚又は複数枚の基本板6とが一体化されたも
のは本件発明の「固定棚」に該当するといえるが,「単一部材」からなって
いない点及び「固定棚の先端の支持部」が「円形孔からなる」ものでない点
において相違している上,基本板6は,その長さを変えることができるもの
の,取替板としても使用されるから,「固定棚」として適切な長さでも取替
板として適切な長さでないことが生じ,その制約からして「固定棚」として
適切な長さを自由に設定できない一方,着脱自在であるのに対し,本件発明
は,「固定棚」が「単一部材」からなり,「固定棚の先端の支持部」が「円
形孔からなる」もので,「支脚間に棚受用横桟を架橋した状態では棚受用横
桟から分離することはできず,着脱自在ではない」から,「取替棚」とは別
に独立して適切な長さを自由に設定でき,「適用しようとする収納空間に応
じて,外管2aの長さや,その伸縮範囲を調整し,収納空間の寸法に応じて
置棚のサイズを調整」するという引用発明1にはない作用効果を奏すること
ができる点において異なるというべきである。そして,引用発明1の右辺部
材3と1枚又は複数枚の基本板6とが一体化されたものを「単一部材」で構
成したり,基本板6の「先端の支持部」を「円形孔からなる」ものとしたり
すると取替板として使用できないこととなるから,阻害要因があることにな
り,本件発明は引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるとすることはできないというべきである。
(2) 引用発明2,3について
引用発明2については,本件発明の固定棚の先端の円形孔は単一部材で形
成される固定棚の一部と解するのが通常であるところ引用発明2にこのよう
な支持部は示されておらず,また,入れ子型部材を伸長すると,左右の天板
が中央で分離し,追加の薄板は内管の上方に位置するものであり,内管側の
支脚を取り付けた天板に対して外管を摺動自在に支持することも追加の薄板
を外管に掛止することの開示も示唆もないこと,引用発明3については,管
状部材が枠部材に取り付けられた後は管状部材が伸縮可能に挿通するもので
はなく,本件発明の固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対して外管をそ
の伸縮に応じて摺動自在に挿通するとの構成に当たらず,また,追加の薄板
を外管に掛止することの開示も示唆もないことに照らして,本件発明は引用
発明2,3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると
することはできないというべきである。
(3) したがって,本件発明は,引用発明1ないし3に基づいて,また,その
他本件に現れた全証拠によっても本件特許出願当時公然知られ,公然実施さ
れ,又は頒布されていた刊行物に記載されていた発明に基づいて,当業者で
あれば,本件発明に容易に想到することができたものと認めることはできず,
本件特許権について,控訴人が主張するような無効理由が存在することが明
らかであるということもできない。
4 争点(4)(損害賠償の対象期間)
原判決「事実及び理由」第3・3記載のとおりであるからこれを引用する。
当裁判所も,本件特許権の設定登録時以降のイ号物件の販売行為について控訴
人に過失が認められ損害賠償責任を負うべきものであると判断する。なお,前
記1,2のとおりイ号物件は本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属
するところ,かかる事情は上記認定を左右するものではない。
5 争点(5)(損害額)
原判決「事実及び理由」第3・4記載のとおりであるからこれを引用する。
当裁判所も,被控訴人が被った損害額を合計4064万9024円と算定する。
6 争点(6)(補償金請求権の成否とその額)
原判決「事実及び理由」第3・5記載のとおりであるからこれを引用する。
当裁判所も,被控訴人の補償金請求に際しての本件発明の実施料率を卸売価
格の3%をもって相当と認め,補償金額を993万5850円と算定する。な
お,前記のとおりイ号物件が本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属
する場合としても,かかる事情は,引用に係る原判決の説示と同様,被控訴人
の補償金請求につき平成13年7月31日から平成14年10月11日までの
イ号物件の販売分を基礎とするとの上記認定を左右するものではない。
被控訴人は,本件は警告にもかかわらず特許出願にかかる発明を実施した者
に対する補償金請求の実施料率が問題となっているものであり,イニシャルフ
ィーは存しないこと,控訴人・被控訴人は市場で競合関係にあって,低レベル
の実施料率で実施を許諾する関係にはないこと,被控訴人が本件発明を実施し
て製造販売する場合の利益額を考慮すれば,補償金請求は実施料率を5%とし
て算定されるべきであると主張し,甲35(発明協会研究センター編「実施料
率〔第5版〕」)によれば,本件発明の実施品を含む「木製品・革製品・貴金
属製品・レジャー用品」の分野(イニシャルフィー無し)における契約件数か
ら見る実施料率は,昭和43年度から平成10年度において最頻値・中央値と
も5%,平均値は4.7%ないし5.9%であることが認められる。
他方,同号証によれば,5%未満の契約も少なからず存在することが認めら
れ,「木製品・革製品・貴金属製品・レジャー用品」との技術分野は多種多様
な実施品を含むものであるから,上記数値に直ちに拠ることは困難であるとこ
ろ,前記1,2を前提とする本件発明の進歩性及び作用効果の程度,控訴人に
よる侵害態様等の諸事情に照らし,前記引用に係る原判決の認定・説示のとお
り,3%をもって本件発明の実施料相当額と認めるべきであるから,前記主張
は採用できない。
7 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,
原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,以上の認定,判
断を覆すほどのものはない。
以上によれば,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも棄却を免れないから,
主文のとおり判決する。
(当審口頭弁論終結日 平成19年8月30日)
大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官 若 林 諒
裁判官 小 野 洋 一
裁判官 菊 地 浩 明
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