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平成18(ワ)19307特許権侵害差止等請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成19年11月14日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社日本マイクロニクス
原告三菱電機株式会社
法令 特許権
特許法29条2項6回
特許法167条5回
特許法29条1項1号4回
特許法29条1項2号3回
特許法36条6項1号2回
特許法36条4項1号2回
特許法102条3項1回
特許法79条1回
キーワード 実施34回
無効23回
優先権18回
無効審判9回
進歩性9回
特許権9回
審決5回
新規性3回
差止3回
侵害2回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,被告による被告製品の製造販売が原告の有する特許権を侵害するとして, 原告が被告に対し,被告製品の製造販売等の差止め,不法行為に基づく損害金及び 民法所定の遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が,原告特許権の無効等を主 張して争った事案である。

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判決文

平成19年11月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成18年(ワ)第19307号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成19年9月4日
判 決
東京都千代田区〈以下略〉
原告 三菱電機株式会社
同訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
同補佐人弁理士 村上加奈子
東京都武蔵野市〈以下略〉
被告 株式会社日本マイクロニクス
同訴訟代理人弁護士 安江邦治
同訴訟復代理人弁護士 鈴木潤子
同補佐人弁理士 松永宣行
同 須磨光夫
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載のプローブカードを製造し,販売し,販売の申出
をしてはならない。
2 被告は,その占有する別紙物件目録記載のプローブカードを廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,金1億5120万円及びこれに対する平成18年9月
8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告による被告製品の製造販売が原告の有する特許権を侵害するとして,
原告が被告に対し,被告製品の製造販売等の差止め,不法行為に基づく損害金及び
民法所定の遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が,原告特許権の無効等を主
張して争った事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は,電気機器の製造販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は,半導体計測器具,半導体LCD検査機器等の開発,製造及び販売
を業とする株式会社であり,プローブカード及びプローバーの専業メーカーである。
(以上,争いのない事実,弁論の全趣旨)
(2) 本件特許権
ア 原告は,次の特許権を有している(甲1∼3。以下「本件特許権」といい,そ
の特許を「本件特許」といい,各発明を請求項の番号により「本件第2発明」(請
求項2)のようにいう。訂正後の本件特許権の明細書及び図面(以下「本件明細書」
という。)は,別紙本件明細書のとおりである。)。
特許番号 第3279294号
発明の名称 半導体装置のテスト方法,半導体装置のテスト用プローブ針とそ
の製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード
出願日 平成11年8月27日(出願番号 特願平11−241690)
優先権主張日 平成10年8月31日(優先権主張番号 特願平10−2458
81)
登録日 平成14年2月22日
無効審判請求 平成16年7月16日
訂正請求日 平成16年10月4日
審決確定日 平成18年6月20日
訂正後の請求項2及び7 本件明細書の該当欄に記載のとおり
(争いのない事実)
イ 構成要件の分説
(ア) 本件第2発明
a 先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッド
を電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プロー
ブ針において,
b 上記プローブ針は側面部と先端部から構成され,
c 上記先端部は球状の曲面であり,
d 上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm,
e 表面粗さを0.4μm以下としたこと
f を特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
(イ) 本件第7発明
a 複数のプローブ針を上下動して,半導体装置の電極パッドに当接させ,上
記半導体装置をテストするプローブカードにおいて,
b 上記プローブ針は,請求項2乃至5のいずれかに記載の半導体装置のテス
ト用プローブ針であること
c を特徴とするプローブカード。
(争いのない事実)
(3) 被告製品の販売
ア 現在の被告製品
(ア) 被告は,業として,別紙物件目録に記載された名称のプローブカードを製
造,販売している。
(争いのない事実)
(イ) 被告は,後記イ(ア)のとおり,平成18年8月まで本件第2発明及び本件
第7発明の構成要件を充足する製品を製造,販売していたが,現在はその製造,販
売をしていないと主張している。被告が,現在,プローブピンの先端部形状が球面
仕上げであるプローブカードを製造,販売していることを認めるに足りる証拠はな
い。
イ 過去の被告製品
(ア) 被告は,本件特許の登録日である平成14年2月22日から平成18年8
月末日までの間,本件第2発明の構成要件を充足するプローブ針,並びに本件第2
発明の構成要件を充足するプローブ針を使用しているため,本件第7発明の構成要
件を充足するプローブカードを製造,販売した。
(争いのない事実,甲5,弁論の全趣旨)
(イ) 平成6年から本件特許の優先権主張日までの間の具体的販売先等は,次の
とおりである(以下,これらの製品を「優先権主張日前被告製品」という。)。
ただし,その①曲率半径,②表面粗さ,及び③その製造が被告の事業の実施に当
たるか否かについては,争いがある。
a 原告
別紙「原告様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」のとおり
(争いのない事実,乙3,12∼16)
b 岩手東芝
別紙「岩手東芝エレクトロニクス(株)様 球面プローブ針のプローブカード一覧
表」のとおり
(乙5,8)
c 日立甲府
別紙「(株)日立製作所半導体事業部甲府事業所様 球面プローブ針のプローブカ
ード一覧表」のとおり
(乙6)
d 日本電気玉川
別紙「日本電気(株)玉川事業場様 球面プローブ針のプローブカード一覧表(寸
法内 )」のとおり
(乙48の2∼8)
e 富士通川崎
別紙「富士通(株)川崎工場様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」のとお

(乙49の2∼8)
f 富士フィルムMD
別紙「富士フイルムマイクロデバイス(株)様 球面プローブ針のプローブカード
一覧表」のとおり
(乙50の2∼5)
g APS
別紙「APS様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」のとおり
(乙51の2∼21)
h 関西日本電気
別紙「関西日本電気(株)様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」のとおり
(乙52の2∼5)
i 日本テキサスインスツルメンツ
別紙「日本テキサスインスツルメンツ(株)美浦工場様 球面プローブ針のプロー
ブカード一覧表」のとおり
(乙53の2∼6)
j Siemens
別紙「Siemens様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」のとおり
(乙54の2∼22)
2 争点
(1) 特許法29条1項2号違反
(2) 先使用の抗弁
(3) 特許法36条6項1号違反
(4) 特許法36条4項1号違反
(5) 特許法29条1項1号又は同条2項違反
(6) 損害額
3 争点(1)(特許法29条1項2号違反)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 曲率半径
(ア) 「球面仕上げ」の一般的意味
a 特開平8−220139号公報(乙56)には,プローブ針の先端部の形状
について ,「従来の針部材2の先端部は,図5(a)に示すようにその軸方向に略直
交する平坦面に形成されていたり,同図(b)に示すように半球状に形成されてい
た。」(1欄38∼41行)との記載がある。
b 特開平5−273237号公報(乙19)には ,「従来から用いられている
上記プローブカードのプローブ針は,上述したように直径が30∼50μm程度ほ
ぼ球状をしており」(2欄7∼9行)との記載と共に,先端部が半球状のプローブ針
を示す図1が示されている。
c 特開平7−63785号公報(乙21)にも ,「先端が半球状(R形状)を呈
している」(2欄14∼15行)プローブ針が,図1(a)と共に示されている。
d これらの事実によれば,本件特許の優先権主張日前,先端部が球面状のプ
ローブ針としては,先端部が半球状に形成されたものが一般的だったのであり,
「球面仕上げ」といえば,一般的に,先端部を半球状に仕上げることを意味してい
た。
(イ) 被告の製品カタログ
a 本件特許の優先権主張日前に頒布された被告の製品カタログ(乙39∼4
2)には,先端部が半球状に形成されたプローブ針が図示されている。
b 本件特許の優先権主張日前に頒布された被告の技術説明資料である「ウェ
ハ試験の高速化とプローブカード」(乙43)及び「TAB選別プローブボード製造
仕様書案」(乙44)にも ,「球面仕上げ」されたプローブ針として,先端部が半球
状に形成されたプローブ針が写真又は図面によって示されている。
(ウ) 被告注文書の読み方
a 以上のとおり,本件特許の優先権主張日前においては ,「球面仕上げ」と
いえば,一般的にプローブ針の先端部を半球状に形成することを意味していたもの
であり,被告においても,この一般的な意味において「球面」ないし「球面仕上
げ」という言葉を用いていた。
b したがって ,「球面(仕上げ)」の指定と共に ,「PROBE−BOARD
注文仕様書」(以下「被告注文仕様書」という。)の「先端径」の欄に「15μm
R」等と半径の記載があるものは,プローブ針の先端部の曲率半径が15μmであ
ることを意味する。
c また,被告の仕様では,球面の場合,プローブ針の先端部を半球状に形成
することになるから,先端部の曲率半径は,先端部の球面の半径,すなわち先端径
の半分と一致する。
したがって ,「球面(仕上げ)」の指定と共に,被告注文仕様書の「先端径」の欄
に「30」との先端径の指定があるものでは,曲率半径は「15μm」となる。
d したがって,優先権主張日前被告製品は,いずれも曲率半径rが10≦r
≦20μmの範囲内にあった。
イ 先端部の粗さ
(ア) 粗面仕上げ
a 顧客の指定のおける「粗面」とは,粗面仕上げのことであり,後記本件管
理基準表における粗面仕様「A」に相当した。
b 一般に,最大高さは,十点平均粗さの1.8倍を超えることはない。
c 後記本件管理基準表におけるプローブピンの十点平均粗さの最大値は,0.
22μmである。
d したがって,粗面仕上げのプローブピンの表面粗さ(最大高さ)は,0.4
μm以下であった(0.22×1.8=0.396)。
(イ) 鏡面仕上げ
a 顧客の指定のおける「鏡面 」 「かるく粗面をかける 」 「鏡面に近い粗
, ,
面」とは,鏡面仕上げのことであり,後記本件管理基準表における粗面仕様「E」
に相当した。
b 本件管理基準表における粗面仕様「E」の十点平均粗さの最大値は,0.
15μmである。
c したがって,鏡面仕上げのプローブピンの表面粗さ(最大高さ)は,0.2
7μmを超えることはなかった(0.15×1.8=0.27)。
(ウ) 表面粗さの指定がない場合
a 被告の仕様では ,「球面」とのみ指定され,表面粗さについて指定がされ
ていないものは ,「鏡面(仕上げ)」で,後記本件管理基準表における粗面仕様
「E」に相当した(乙36)。
b したがって,上記(イ)cのとおり,その表面粗さ(最大高さ)は,0.27
μmを超えることはなかった。
ウ 被告による製造販売
(ア) プローブカードの製造に当たり,受注時に顧客から指定を受ける必要のあ
る仕様として,試験対象となる半導体装置における電極パッドの座標値,大きさ,
材質及び用いるテスターの形式等がある。
(イ) プローブ針の先端形状や先端径等は,昭和51年の創業以来,プローブカ
ード等の専業メーカーである被告において蓄積されてきた技術的知識と経験に基づ
いて,被告の営業担当者が顧客に提案,推奨することによって,その都度決定され
ていた(乙37)。
エ 公然実施
(ア) 被告は,前提事実( 3)イ(イ)及び上記ア∼ウのとおり,本件第2発明の要件
を充足するプローブ針を組み込んだプローブカードを,原告を含む不特定多数の顧
客に販売していたから,公然性の要件を満たす。
(イ) 後記原告の主張(イ)a(原告との取引基本契約)は認め,b(秘密保持の対
象)は否認する。
(ウ) 同(ウ)a(他の顧客との秘密保持義務)は否認し,b( a)(岩手東芝の「秘」
印)は認め,(b)(岩手東芝に対する秘密保持義務)は否認し,c(秘密保持の対象)は
否認する。
オ まとめ
したがって,本件第2発明及び本件第7発明は,特許法29条1項2号に違反し,
同法123条1項2号に該当し,無効とされるべきである。
(2) 原告の主張
ア 曲率半径
(ア) 「球面仕上げ」の一般的意味
被告の主張ア(ア)a∼c(公開公報に記載)は認め,d(半球状)は否認する。
(イ) 被告の製品カタログ
同ア(イ)a(被告カタログ)は不知,b(被告説明資料)は否認する。
「ウェハ試験の高速化とプローブカード」(乙43)の13頁にある「球面仕上
げ」の図を利用して球面の曲率半径を測定してみれば,先端径の半分よりはるかに
大きいことが分かる(甲10)。さらに ,「TAB選別プローブボード製造仕様書
案」(乙44)をみれば,先端径60μmとの記載があり,曲率半径は10∼20μ
mではあり得ない。
(ウ) 被告注文書の読み方
a 同(ウ)は否認する。
b 先端径とは,先端の太さを表示するものであって(甲5の2頁右下,甲7
の17頁左上),先端が球面形状であるか否かに関係なく規定されるから,被告注
文仕様書に記載されている「先端径」から,当時の被告製品の曲率半径が本件第2
発明における先端の球面形状の曲率半径を充足していたと認めることはできない。
c プローブ針先端を球面仕上げにすると指定しても,実際には,その曲率半径を
先端径(直径)の半分にすることは行われていなかった。
d 例えば,後記調査結果報告書(甲15)においても,供試材について幾何学的な
推論に基づいて算出すると,先端の曲率半径は,48.5∼121.7μmの範囲にあり,
10∼20μmからかけ離れている(甲19)。
イ 先端部の粗さ
(ア) 粗面仕上げ
同イ(ア)のうち,b(最大高さと十点平均粗さとの関係)は認め,a及びcは不知 ,
dは否認する。
被告注文仕様書等から,先端部の粗さは分からない。
(イ) 鏡面仕上げ
同イ(イ)のうち,a及びbは不知,cは否認する。
(ウ) 表面粗さの指定がない場合
同イ(ウ)のうち,aは不知,bは否認する。
ウ 被告による製造販売
(ア) 認否
同ウ(ア)は明らかに争わず,(イ)は否認する。
(イ) 原告からの注文の場合
被告は,原告から指定された仕様どおりにプローブ針を製造していたにすぎないから,
優先権主張日前被告製品の製造販売は,被告による実施ではない。
(ウ) 他の顧客からの注文の場合
a 他の顧客との関係でも,被告が提示した複数の仕様から顧客が特定の仕様を
選択したというよりは,被告が顧客から仕様の指定を受けたものである。
b ①乙4及び5に,発注者である岩手東芝が作成したプローブカード発注仕
様書が添付されていること,②乙48の2等及び52の2に,発注者である日本電
気玉川及び関西日本電気が作成したプローブカード製造図が添付されていること,③
乙49の3等に,発注者である富士通川崎が作成したプローブカード発注仕様書が添付
されていること,④乙51の3及び54の5等に添付されているSiemensの要求
に基づいてAPSが作成したProbe Board Order Form及びその証明書(乙51の2
1)は,この点を裏付けるものである。
エ 公然実施
(ア) 認否
同エ(ア)は否認する。
(イ) 原告との秘密保持契約
a 原告と被告との間には,平成6年5月30日付けで「取引基本契約書」(甲
9)が締結され,その27条は,
「(秘密保持) 甲(注・原告)及び乙(注・被告)は相互に
本契約及び個別契約(この場合発注ないし見積依頼を含む)により知り得た相手方の業務
上の秘密を第三者に漏洩してはならない。
」と規定している。
b 原告の指定した仕様や完成した製品の仕様は,秘密保持義務の対象に含ま
れる。
(ウ) 他の顧客との秘密保持関係
a 被告は,他の顧客との間においても,秘密保持条項を含む取引基本契約を
締結したか,少なくとも,商慣習又は条理に基づいて秘密保持義務を有していた。
b(a) 「Auバンプ用プローブカード評価報告書」(乙32の2枚目)には,その
右上部に「秘/650971007/岩手東芝エレクトロニクス(株)」の押印がある。
(b) この「秘」表示から,被告と岩手東芝との間には,何らかの秘密保持契約が
あったことが推定される。
c 他の顧客の指定した仕様や完成した製品の仕様は,秘密保持義務の対象に含
まれる。
オ まとめ
同オは争う。
4 争点(2)(先使用の抗弁)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
仮に,公然実施の要件を欠くとしても,前記3( 1)ア∼ウの事実によれば,優先
権主張日前被告製品を製造,販売していた被告には,先使用権が存する。
(2) 原告の主張
ア 被告の主張は否認する。
イ 被告は,原告を含む顧客との間で秘密保持契約を締結後,顧客からの仕様
に従ってプローブ針等を製造したものであるから ,「特許出願に係る発明の内容を
知らないで自らその発明をし」たとの要件(特許法79条)を充足しないし,自ら
の事業として発明を実施していたものでもない。
5 争点(3)(特許法36条6項1号違反)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 本件第2発明
(ア) 特許請求の範囲の記載
a 請求項2にも,本件明細書の【0057】にも,本件第2発明の半導体装
置のテスト用プローブ針が適用される半導体装置における電極パッドの厚さについ
ては,限定がない。
b したがって,本件第2発明は,適用される半導体装置の電極パッドの厚み
にかかわらず ,「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できるこ
とからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができ
る。」(【0057】)という効果を奏する発明であると解される。
(イ) 本件明細書の記載
a 本件明細書には,半導体装置のテスト用プローブ針について,その先端部
の球状の曲面の曲率半径rと電極パッドの厚さtとの関係に関し,以下の記載があ
る。
( a) 「本発明の第1の構成に係る半導体装置のテスト方法は,テスト用プロ
ーブ針の先端部を半導体装置のパッドに押圧させ,上記先端部と上記パッドとを電
気的に接触させて,上記半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト方法で
あって,先端部を曲率半径Rの球面曲面とした上記プローブ針を,厚さtの上記パ
ッドに押圧したとき,上記先端部は,上記パッド表面の酸化膜を破って上記球状曲
面がパッド内部に接触され, 6t≦r≦30t の関係を満たすものである。
…」(【0017 】【課題を解決するための手段】)
( b) 「針先の接線方向7の角度を変化させて行った実験によると,このよう
なせん断が起こりうる針先の接線方向7と電極パッド面の角度は15度∼35度で
あり,安定してせん断が起こる角度は17度∼30度である。よって,針先の接線
方向ベクトル7が電極パッド表面となす角度が15度から35度,望ましくは17
度から30度になるような針先形状であれば,電極パッド表面の酸化被膜8を破り,
電極パッド新生面と接触することができ,十分な電気的導通が得られるようになる。
上記の接線角度が得られる条件を針先の曲率半径rと電極パッドの厚さtの関係で
表わすとそれぞれ6t≦r≦30t,8t≦r≦23tとなる。このような現象は,
Al,Au,Cu,Al−Cu合金,Al−Si等の面心立方格子金属に共通して
見られる 。」(【0029】)
( c) 「なお,電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じ
て変化するが, 9t≦r1≦35t なる関係に基づいて同様な管理を行えば良
い。」(【0042】)
( d) 「実施の形態2. 図8は本発明の実施の形態2によるプローブ針の表
面粗さと接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数の関係を示すもので,電極パ
ッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針
を用いて試験をした結果である。これより,表面粗さが1μmと粗い場合には20
000回程度で寿命を迎えるが,電解研磨などにより面粗度を上げていくと,0.
4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった。特
に0.1μmにした場合には38万回に達し,表面粗さが1μmの場合の約20倍
の寿命を達成できる。これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったため
と推察でき,上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプロ
ーブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた 。」(【0045】)
( e) 「以上のように,本発明の半導体装置のテスト方法によれば,テスト用
プローブ針の先端部を半導体装置のパッドに押圧させ,上記先端部と上記パッドと
を電気的に接触させて,上記半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト方
法であって,先端部を曲率半径Rの球面曲面とした上記プローブ針を,厚さtの上
記パッドに押圧したとき,上記先端部は,上記パッド表面の酸化膜を破って上記球
状曲面がパッド内部に接触され, 6t≦r≦30t の関係を満たすようにした
ので,プロービング時にプローブ針先端が効率よく電極パッドをせん断変形でき,
プローブ先端と電極パッドとが十分な電気的導通を得ることができ,信頼性の高い
半導体装置の電気特性試験が可能となる。…」(【0057 】【発明の効果】)
b これらの記載によれば,所期の「せん断」が起こり,プローブ針の先端が
酸化皮膜を破って,電極パッドの新生面と接触し,十分な電気的導通が得られるた
めには,曲率半径rと電極パッドの厚さtとは ,「6t≦r≦30t」という関係
式,望ましくは「8t≦r≦23t」という関係式を満たすことが必要であり,電
極パッドの厚さtが変わると ,「6t≦r≦30t」又は「8t≦r≦23t」と
の関係式に基づいて,所期の「せん断」が起こる曲率半径rの範囲も変化すること
になる。
(ウ) 結論
したがって,本件第2発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたもの
ではない。
イ 本件第7発明
上記アの理由により,本件第7発明は,請求項2を引用する部分において,本件
明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。
ウ まとめ
よって,本件第2発明及び本件第7発明は,特許法36条6項1号に規定する要
件を満たしていないから,同法123条1項4号により,無効とされるべきである。
(2) 原告の主張
ア 本件第2発明
(ア) 特許請求の範囲の記載
a 被告の主張ア(ア)aは認め,bは否認する。
b 本件特許の請求項1は,方法の発明であり,電極パッドの厚さtと先端部の曲
率半径rの関係が重要であるため,両者が「6t≦r≦30t」の関係を満たすことを
規定している。
これに対し,本件第2発明及び本件第7発明は,それぞれ物であるプローブ針の発明,
そのプローブ針を備えるプローブカードの発明であり,電極パッドはプローブ針の構成
要素ではないから,電極パッドの厚さを構成要件として規定せず,先端部の曲率半径を
電極パッドの厚さtと関係させずに,具体的な数値をもって規定したものである。したが
って,本件第2発明及び本件第7発明は,適用される半導体装置の電極パッドの厚みに
かかわらず,効果を奏するものではない。6t≦r≦30tという関係と10≦r≦2
0μmという関係を合体させると,電極パッドの厚さが少なくとも0.67≦t≦1.
67μmの範囲にあれば,10≦r≦20μmの範囲にあるrが必ず6t≦r≦30t
を満たすことは,当業者に自明である。そして,この0.67≦t≦1.67μmとい
う範囲は,本件特許の優先権主張日時においても現在においても,通常用いられている
電極パッドの厚さである。
(イ) 本件明細書の記載
同ア(イ)は認める。
(ウ) 結論
同ア(ウ)は否認する。
イ 本件第7発明
同イは否認する。
ウ まとめ
同ウは争う。
6 争点(4)(特許法36条4項1号違反)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 本件第2発明
(ア) 本件第2発明の奏する効果
前記5(1)のとおり,本件第2発明は,適用される半導体装置の電極パッドの厚
さにかかわらず ,「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できる
ことからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができ
る。」という効果を奏するものと解される。
(イ) 効果の確認不能
a 電極パッドの厚さが約0.8μmの場合
( a) 本件明細書【0041】及び図7に示された試験
i 本件明細書【0041】には ,「…電極パッドの厚さ約0.8μmに対
して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが,7∼30μmの曲率
半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10∼20
μmである 。」と,プローブ針の曲率半径が「10≦r≦20μm」の範囲で,コ
ンタクト寿命において好ましい結果が得られたことが記載されている。
ⅱ しかし,本件明細書【0041】には,針圧及び試験に用いたプローブ
針の先端部の表面粗さについて記載がなく,当業者は,表面粗さがいくらのプロー
ブ針を用い,いくらの針圧をかけて試験が行われたのか知ることができない。
ⅲ したがって,当業者は,本件明細書【0041】に記載された試験を追
試して,曲率半径が「10≦r≦20μm」の範囲で,本件明細書の図7に示され
るようなコンタクト回数を得ることができるのかどうかを確認することができない。
(b) 本件明細書【0045】及び図8に記載された試験
i(i) 本件明細書【0045】には ,「…電極パッドの厚さ約0.8μm
のDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針を用いて試験をした結
果」,表面粗さが「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことがで
きることがわかった」ことが記載され ,「これはプローブ針の先端に酸化物が付着
しにくくなったためと推察」できること,また ,「上記実施の形態1で示した範囲
内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様
の結果が得られた」ことが記載されている。
(ⅱ) ここで ,「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあ
るいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記
載は ,「電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合にも,ほぼ
同様の結果が得られた」ことを意味するものと解される。
(ⅲ) しかしながら,本件明細書の「実施の形態1」に記載されている曲率
半径rの範囲としては,次のとおり5種類があり得るから ,「電極パッドの厚さ約
0.8μmに対して曲率半径を変えた場合」が,曲率半径rを「10≦r≦20μ
m」の範囲で変えた場合であると一義的に解釈することはできず,上記「実施の形
態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を
変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載に基づいて,本件第2発明の効果を
確認することはできない。
① 6t≦r≦30t(【0029】)
電極パッドtの厚さ約0.8μmの場合,4.8μm≦r≦24μmとなる。
② 8t≦r≦23t(【0029】)
電極パッドtの厚さ約0.8μmの場合,6.4μm≦r≦18.4μmとなる。
③ 7∼30μm(【0041】)
④ 10∼20μm(【0041】)
⑤ 9t≦r1≦35t(【0042】)
電極パッドtの厚さ約0.8μmの場合,7.2μm≦r≦28μmとなる。
ⅱ(i) また,原告は,平成13年10月23日付けの拒絶理由通知書に対
する平成13年12月27日付け意見書(乙29)において ,「参考図1」を提示し
て以下の主張を行った。
「また,本願発明の請求項3に係る発明は,上述のようなせん断変形を起こすプ
ローブ針であり,先端の表面粗さが極小さいものであります。この表面粗さは,電
極パッド厚さに比べ小さい必要があり,例えば本書に添付した【参考図1】に示す
ように,電極パッド厚さが0.8μm程度であると,半分以下の0.4μm以下の
表面粗さを備えたプローブ針でなければ,せん断を起こせないことになります。こ
の事実は出願当初の明細書の段落【0045】の記載,および【図8】により充分
証明されています。」(乙29の6頁)
(ⅱ) 原告の上記主張によれば,本件明細書【0045】及び図8に示され
た試験結果は,厚さが約0.8μm程度の電極パッドに対しては,表面粗さが0.
4μm以下のプローブ針でないと「せん断」を起こすことができないという事実を
示すものでしかない。
よって,本件明細書の図8に示されるとおり,接触抵抗が1Ωを越えるコンタク
ト回数が表面粗さが0.4μm程度以下で急激に増えたとしても,それは,プロー
ブ針の表面粗さを0.4μm程度以下とすることによって,電極パッドの「せん
断」が起こるようになったことに起因するのであって,本件明細書【0045】に
記載されている「プローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったため」とはいえ
ない。
ⅲ したがって,本件明細書【0045】及び図8に示された試験結果は,
プローブ針の先端部の曲率半径rを「10≦r≦20μm」とすることによって,
「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連
続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる」(【005
7】)という本件第2発明の効果を証明するものとはいえない。
b 電極パッドの厚さが約0.8μm以外の場合
(a)i 本件明細書【0045】及び図8に示された試験は,「電極パッドの厚
さ約0.8μmのDRAM」を用いて行われた試験ではあるが ,「上記実施の形態
1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変
えてもほぼ同様の結果が得られた。」(【0045】)と記載されている。
ⅱ そして,この記載は ,「電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半
径を変えた場合のほかに,電極パッドの厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半
径を変化させた場合においても,表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタク
ト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味する」ということが
できる(平成17年(行ケ)第10503号知財高裁判決(乙25)19頁下から2行
目から20頁5行目まで)。
そして ,「電極パッドの厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させ
た場合」とは,本件明細書【0042】に記載された「9t≦r1≦35t」とい
う関係式に基づいて,電極パッドの厚さtに応じて,曲率半径rを変化させた場合
のことを意味すると解するのが相当である(乙25の19頁16行目から18行目
まで)。
(b)i 一方,電極パッドの厚さtに関して,本件明細書の「実施の形態1」
には ,「…DRAM等の一般的なロジック系集積半導体装置では厚さ0.8μm程
度のAl−Cu膜である。電力用等特殊用途の半導体装置では,パッド厚さが2∼
3μmのものもある。…」(【0025】)との記載があり,それ以外のパッド厚さ
についての記載はないから,電極パッドの厚さtに関して,実施の形態1で示した
範囲内は0.8μmから3μmまでの範囲と考えるのが妥当である。
ⅱ 電極パッドの厚さtが0.8μmを超えて1μm,2μm又は3μmと
電極パッドの厚さtを変化させた場合を想定すると,それぞれの場合における曲率
半径rの範囲は ,「9t≦r1≦35t」という関係式に基づけば,それぞれ以下
のとおりとなる。
① t=1μmの場合 9μm≦r≦35μm
② t=2μmの場合 18μm≦r≦70μm
③ t=3μmの場合 27μm≦r≦105μm
ⅲ 上記いずれの場合も,曲率半径rの範囲は,本件第2発明の「10≦r
≦20μm」の範囲とはかけ離れており,これらの場合において,仮に「表面粗さ
が0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が
得られた」としても,それは,本件第2発明の効果を裏付けるものではない。
( c) さらに,電極パッドの厚さtが0.8μm以外の場合については,本件
明細書【0041】及び図7に示される試験に対応する試験の結果が本件明細書に
は全く記載されていないので,電極パッドの厚さtが「0.8μm」以外の場合に
おいて,①先端部の球状の曲面の曲率半径rを10≦r≦20μmとすることに加
えて,②表面粗さを0.4μm以下としたことによって ,「コンタクト寿命を大幅
にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通
を取るプローブ針を提供することができる 。」(【0057】)という本件第2発明
の効果が得られるかどうかを,発明の詳細な説明の記載に基づいて確認することは,
到底できるものではない。
(ウ) 乙31試験
a 被告の主張が正しいことは,被告が行った検証試験(乙31。以下「乙3
1試験」という。)によっても裏付けられる。
b(a) すなわち,乙31試験は,先端部の曲率半径r及び表面粗さをそれぞ
れ異ならせた60本の試験用プローブ針を製造し,これらの試験用プローブ針を,
実際に,電極パッドに相当する層としてAl−Cuを0.8μmの膜厚で蒸着した
ウエハに繰り返しコンタクトさせ,個々のプローブ針と電極パッドに相当するAl
−Cu層間の接触抵抗を測定して,本件明細書の図7及び図8における試験と同様
に,接触抵抗が1Ωを超えるまでのコンタクト回数をコンタクト寿命として求める
ことによって行われた。
( b) 乙31試験において被告が用いたウエハには,酸化シリコンとAl−C
uの蒸着膜との間に,阻止金属の層,具体的にはチタンの層が存在した。
c 乙31試験では,個々のプローブ針先端の表面粗さとして,本件明細書で
いう表面粗さであるとされる最大高さではなく,十点平均粗さの値が用いられてい
るが,これは被告が所有している実験設備(走査レーザー顕微鏡)の性能上の制約に
よるものである。
最大高さと十点平均粗さとの間には,一般に,最大高さが十点平均粗さの1.8
倍を超えることはないとの関係があるから,表面粗さとして十点平均粗さを用いた
乙31試験の結果によっても,本件明細書の図7及び図8に示された試験結果につ
いての再現性の可否を検証することができる。
d(a)i 本件明細書【0041】及び図7に示される試験に対応するものと
しては,図5に示す結果が得られた。図5に示すとおり,曲率半径rが,例えば約
15μm∼約20μmの範囲にあっても,コンタクト寿命は約6万回,約16万回,
20万回以上と大きくばらついており,また,曲率半径rが25μmを超えても,
コンタクト寿命が20万回を超えるプローブ針が存在し,プローブ針先端部の曲率
半径rとコンタクト寿命との間に有意な相関関係は認められなかった。
ⅱ 図7は,図5に示した結果を,プローブ針の先端部の表面粗さの範囲別
に色分けして示した図であるが,表面粗さを加味しても,プローブ針先端部の曲率
半径rとコンタクト寿命との間に有意な相関関係は認められなかった。
ⅲ 乙31試験では,本件明細書【0041】及び図7に示された「7∼3
0μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましく
は10∼20μmである」との結果は,傾向としてすらも確認することができなか
った。
( b)i 本件明細書【0045】及び図8に示される試験に対応するものとし
ては,図6に示す結果が得られた。図6に示すとおり,十点平均粗さが約0.8μ
m程度から低下して約0.4μm程度になるまでは,コンタクト寿命は20万回以
上と安定しているにもかかわらず,十点平均粗さが0.4μmを下回ると,コンタ
クト寿命は急激に低下するという結果が得られた。
ⅱ この結果は,本件明細書の図8に示される結果とは,全く傾向を異にし ,
乙31試験では,本件明細書【0045】及び図8に示される効果を確認すること
はできなかった。
( c) さらに,乙31の図9には,コンタクト寿命が20万回以上であったプ
ローブ針の先端部の写真を示されているが,0.4μm以下であるプローブ針(図
9の左端の写真)においても,プローブ針先端部にアルミニュームの凝着が認めら
れた。
この結果は,表面粗さが0.4μm程度以下の場合に,急激にコンタクト回数を
増やすことができた理由として ,「これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにく
くなったためと推察」できるとする本件明細書【0045】の記載と相反する結果
である。
(エ) 結論
以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件第2発明について,当業
者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
イ 本件第7発明
本件第7発明は,上記アの理由により,請求項2を引用する部分において,当業
者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
ウ まとめ
よって,第2発明及び第7発明は,特許法36条4項1号に規定する要件を満た
していないから,同法123条1項4号により,無効とされるべきである。
(2) 原告の主張
ア 本件第2発明
(ア) 本件第2発明の奏する効果
被告の主張ア(ア)は否認する。
(イ) 効果の確認不能
a 電極パッドの厚さが約0.8μmの場合
( a) 本件明細書【0041】及び図7に示された試験
i 同ア(イ)a(a)iは認め,ⅱ及びⅲは否認する。
ⅱ 電極パッドの導通試験における針圧は,当業者の技術常識に従って適宜定める
ことができ,そのような常識に従った針圧を用いれば,当業者が本件第2発明の効果を確認
することができる。
ⅲ 表面粗さについては,0.4μm以下と規定されており,その範囲で適宜選
択することが可能である。
(b) 本件明細書【0045】及び図8に記載された試験
i 同ア(イ)a(b)iのうち,(i)及び(ⅱ)は認め,(ⅲ)は否認する。
ⅱ 同ⅱのうち,(i)は明らかに争わず,(ⅱ)は否認する。
ⅲ 同ⅲは否認する。
b 電極パッドの厚さが約0.8μm以外の場合
(a) 同ア(イ)b(a)は認め,(b)及び(c)は否認する。
当業者は,10≦r≦20μmの範囲にあるrを選択すれば,少なくとも0.67≦
t≦1.67μmの範囲にある厚さの電極パッドに適用した場合に必ず6t≦r≦30
tの関係を満たすことを容易に理解できる上,電極パッドの厚さが0.8μmである場
合の実験結果を示す図7からも発明の効果を理解できる。したがって,本件第2発明の効
果は,電極パッドの厚さが約0.8μmの場合に限って奏されるものではないことも,
反対に,適用される半導体装置の電極パッドの厚みにかかわらず奏されるものではない
ことも理解できる。
(ウ) 乙31試験
a 同ア(ウ)aは否認する。
b 同bのうち,( a)(実験方法)は不知,(b)(阻止金属の層)は否認する。
乙31試験では,
「酸化シリコン上にAl−Cuの蒸着膜(電極パッドに相当)を形成
したウエハ」が用いられたとされているから(乙31の3−1「実験の概要」),Al等
の蒸着膜の下に阻止金属(Barrier Metal)の層が設けられるなどの手段が講じられて
いないと考えられ,本件明細書に記載された試験の方法とは異なる。
c 同c及びdは不知。
(エ) 結論
同ア(エ)は否認する。
イ 本件第7発明
同イは否認する。
ウ まとめ
同ウは争う。
7 争点(5)(特許法29条1項1号又は同条2項違反)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 乙19
(ア) 乙19の記載
特開平5−273237号公報(乙19)には,プローブ針の曲率半径に関して,
次の記載がある。
a 「従来半導体製造工程において,半導体素子の電気的特性を測定し,良否
を検査する工程がある。この検査工程には,大別して二種類ある。一種類は,半導
体ウエハ上に形成された多数の半導体チップの電極(列)にプローブカードのプロー
ブ針(列)を接触させ測定している。他種類は,パッケージ成形された後の半導体製
品(iC)の各端子(列)にプローブ(列)を接触させプローブ針からの出力測定によっ
て半導体素子の電気的特性を測定し良否を検査する物である。…」(【0002】
【従来の技術】)
b 「上記プローブカードは,プリント配線された基板(固定板)と複数のプロ
ーブ針から成り,このプローブ針にはタングステン等の線材(断面円形)が用いられ
ている。この線材の先端が直径50μ∼30μ程度の円錐形状(円錐形の頂端がほ
ぼ球面に近い形状を意味する。以下円錐球状と言う)に形成し,更にこの先端を半
導体ウエハ面に対し直交方向と約7度程度傾斜させ,この傾斜した先端を電極等に
対し,電気的に接触するように曲げら(れ)ている。この電極等と接触する先端は上
述したように直径50μ∼30μ程度の円錐球状であるので,各電極面,各端子面
に点接触した後,オーバドライブをかける時,先端が上述した球状に習ってほぼ楕
円球状で窪むよう電極等にめり込み接触している。…」(【0003】)
c 「ところで,最近の半導体素子,特に1M以降の半導体素子は高集積度が
進み,それに伴って,特にASiC,ゲートアレイ等の半導体素子(多ピン半導体
チップ)は,単位面積当りの半導体チップ上に形成される電極数の増加,各電極間
隔の短間隔化,電極面積の縮小面積化が進んでいる。この多ピン半導体チップを用
いた半導体製品(iC)においても同様である 。」(【0004】)
d 「一方,従来から用いられている上記プローブカードのプローブ針は,上
述したように直径が30∼50μm程度ほぼ球状をしており,多ピン半導体チップ
の電極辺60μ以下(一般の半導体素子の電極辺100μ),多ピン半導体製品(i
C)の端子幅,200μ以下(一般の半導体製品の端子幅,400μ)と点接触する 。
この点接触はウエハプローバ(ウエハ検査装置),デバイスプローバ(完成品iC検
査装置)などによって位置決めされた半導体ウエハやiCに対して行われる。これ
らプローバでは,半導体ウエハやiCをプローブカードに対して相対的に移動(上
昇または下降)させ,各電極や端子のそれぞれにプローブ針でオーバドライブ(押
圧)をかけ検査している。」(【0005】)
e 「上記従来のプローブカードに次の欠点が指摘されている。(1)多ピン半
導体素子のバンプ電極(1辺の長さ60μ,電極間隔100μ)のプローブ針列に対
する位置決めは,更に高精度に開発しなければならない。即ち,ウエハプローバの
位置決めを高精度にする為,メカ精度を更に向上させなければならない。(2)また ,
メカ精度を向上させたとしても,上記プローブ針の球状中心と端子幅の中心とがほ
ぼ同軸位置に位置決めし接触させてもオーバドライブ(押圧)をかけた時,電極(バ
ンプ電極)辺60μの角が微小であるがRになっている為,線材の弾性によってプ
ローブ針を多少滑らせながら接触させるものであり,プローブ針の先端が点接触
(球面接触)である為,電極面から滑り飛び出(外れる)してしまうおそれがある 。」
(【0006 】【発明が解決しようとする課題】)
f 「そこで発明者は電極,端子の位置決めの高精度化は,ウエハプローバ,
デバイスプローバのメカ精度に頼らず,プローブ針の形状で解決できると考えた。
また,プローブ針の先端が端子面から滑り飛び出(外れる)してしまう欠点は,点接
触であるが故に先端が端子面から逃げてしまうと考え,これもプローブ針の形状で
解決できると考えた 。」(【0009】)
g 「本発明は,上記技術的課題を解決するために,半導体素子に形成された
電極部に接触するプローブ針を有し,このプローブ針からの出力によって前記半導
体素子の電気的特性を測定するプローブカードにおいて,前記プローブ針の先端部
を半導体素子の電極部に線接触するように形成したプローブカードを手段とする。
…」(【0011 】【課題を解決するための手段】)
(イ) 乙19の開示事項
以上の記載によれば,乙19には,先端部が球状で,その曲率半径が15∼25
μm程度のプローブ針が開示されている。
また,乙19の特許出願がされた平成4年3月当時,先端部が球状でその曲率半
径が15∼25μm程度のプローブ針は,プローブカードに組み込まれ,半導体装
置の特性検査に使用されていたが,このプローブ針では,半導体素子の高集積化に
伴い,電極パッドの大きさが一辺100μmから一辺60μmに縮小したことによ
って,プローブ針先端部と半導体素子の電極とを正確に位置合わせしないと,プロ
ーブ針先端部が電極よりも外に飛び出してしまい,正確な検査ができないという不
都合が生じたため,プローブ針の先端部を半導体素子の電極部に線接触するように
形成するという乙19発明がされたことが理解できる。
イ 乙21
(ア) 乙21の記載
特開平7−63785号公報(乙21)には,プローブ針の曲率半径に関して,次
の記載がある。
a 「先端の形状が線径の1/10乃至1/2の曲率の半球状を有する単一の
金属又は合金から構成されることを特徴とする先端半球付きプローブ・ピン 。」
(【請求項1】)
b 「線径が0.01乃至0.5mmの単一の金属又は合金から構成されるこ
とを特徴とする請求項1記載の先端半球付きプローブ・ピン 。」(【請求項4】)
c 「本発明は,半導体又は液晶等の基板検査装置に使用される先端半球付き
プローブ・ピンに関するものである 。」(【0001 】【産業上の利用分野】)
d 「近年,半導体部品の小型化に伴う端子の高密度ピッチ化や,液晶の高画
質化に伴う端子の高密度ピッチ化でプローブ・ピン自体の線径が小さくなる傾向に
ある。従来の基板検査装置に使用されている図6に示されるような先端が平面形状
又はテーパー形状若しくは針状のプローブ・ピンでは,プローブ・ピンと被測定物
の端子表面との間での接触面積の広狭の差に起因する接触抵抗のバラツキが多く,
端子表面の平面度による接触不良が往々に発生するという支障があった 。」(【0
004】【発明が解決しようとする課題】)
e 「そこで,本発明は,前記従来の技術の欠点を改良し,被測定物のどのよ
うな端子表面の凹凸にも追随接触して対応できるとともに,正確な電気的導通や電
気抵抗等の測定を行えるプローブ・ピンを提供しようとするものである 。」(【0
005】)
f 「本発明は,前記課題を解決するため,先端の形状が線径の1/10乃至
1/2の曲率の半球状(R形状)を有し,ヤング率が10000kgf/mm 2以上
で,抗張力が60kgf/mm 2以上で,かつ,線径が0.01乃至0.5mmの
単一のタングステン又はモリブデン等の金属又は合金から構成される先端半球付き
プローブ・ピンを構成する。この半球状(R形状)とは,R付け加工した面のどの点
においても直線部分が存在しないことをいう 。」(【0006 】【課題を解決するた
めの手段】)
g 「先端半球付きプローブ・ピン4は,全長が30∼100mmの場合,最
小曲げ半径が約30mmで摺動が30∼50万回の使用に耐える必要がある。実験
を行ったところ,ヤング率が10000kgf/mm 2以上で,抗張力が60kg
f/mm 2以上の金属材料でなければ,この繰り返しの動作に耐えられないことが
判明した。また,先端半球付きプローブ・ピン4の線径は0.01乃至0.5mm
が好適であり,更に,先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率が好適であるこ
とが,判明した。…」(【0010】)
h 「続いて,本発明の先端半球付きプローブ・ピンの電気抵抗値の実験デー
タを従来の技術のそれと対比して説明する。めっき厚さ3∼5μmの金めっきをつ
けた縦40mm×横40mm×厚さ0.5mmの銅板に対して,線径0.1mmの
各種の先端形状を有するプローブ・ピンを使用して,ストローク1.5mmで10
万回の摺動テストを行った後の結果を図3,図4及び図5に示す。図3は,本発明
の先端半球付きプローブ・ピン,図4は,従来の先端が平面形状のプローブ・ピン,
図5は,先端がテーパー形状のプローブ・ピンにより,それぞれ300本の試料を
使用して摺動テストを行い,電気抵抗値を測定したものである 。」(【0015】)
i 「図3∼図5を対比すると,本発明の先端半球付きプローブ・ピンは,従
来の先端が平面形状のプローブ・ピンとテーパー形状のプローブ・ピンよりも安定
した電気抵抗値を示しており,基板検査に最も優れたものといえる 。」(【001
6】)
(イ) 乙21の開示事項
a 以上の記載によれば,乙21に記載されている先端半球付きプローブ・ピ
ンは,半導体装置の端子に接触させて電気抵抗を測定するために使用されるプロー
ブ・ピンであり,半導体部品等の小型化に伴う端子の高密度ピッチ化に対応して,
プローブ・ピン自体の線径を小さくしても,正確な電気的導通や電気抵抗等の測定
を行うことが可能なように,プローブ・ピンの線径を「0.01乃至0.5mm」
の範囲とするとともに,先端部を半球状とし,その曲率半径を「線径の1/10乃
至1/2」としたものである。
また,乙21の図3には,線径0.1mmの先端半球付きプローブ・ピンを使用
して,ストローク1.5mmで10万回の摺動テストを行ったときの電気抵抗値が
示されており,従来の先端が平面形状のプローブ・ピン(図4)及び先端がテーパー
形状のプローブ・ピン(図5)より安定した電気抵抗値を示したことが記載されてい
る。
線径が0.1mmということは,先端半球の曲率半径は,その1/10∼1/2
であるから,0.1mm×(1/10∼1/2)=0.01mm∼0.05mm,す
なわち10∼50μmの範囲にある。
つまり,乙21には,先端部が球状で,その曲率半径が「10∼50μm」のプ
ローブ・ピンが開示され,当該プローブ・ピンが,従来の先端が平面形状のプロー
ブ・ピン(図4)及び先端がテーパー形状のプローブ・ピン(図5)よりも安定した電
気抵抗値を示したことが記載されている。
b 原告は,乙21中の「先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率が好適であ
る」との記載は「先端半球は線径の曲率の1/10乃至1/2の曲率が好適である」の
誤記である旨主張するが,
「先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率半径が好適で
ある」が正しい。すなわち,乙21の【0011】に「…図2に示すような半径3
0mmのステンレス製ガイド用パイプ5に線径0.1mmの先端半球付きプロー
ブ・ピン4の線材を挿入し」と記載されているとおり,乙21における「線径」は,
半径30mmのステンレス製ガイド用パイプ5に挿入されるプローブ・ピンの「線
径」であって,その「先端径」ではないから,プローブ・ピンが先端部で徐々に細
くなり,その「先端径」が「線径」の例えば1/5となっている場合には,その先
端部に「先端径」の1/2の曲率半径を有する半球,すなわち「線径」の1/10
の曲率半径を有する半球を形成することが可能である。
ウ 本件管理基準表
(ア) 本件管理基準表の公知性
a 本件管理基準表作成の目的及び経緯
被告は,後記(イ)a(b)及び(c)のとおり,プローブ針の先端仕上げにつき,顕微
鏡下で梨地状に白く荒れた状態に見える「粗面仕上げ」と,黒く見える「軽い粗面
仕上げ」の二つの仕様を有していたが,目視上の差異がどの程度粗さとして数値的
に差異があるものであり,かつどの程度数値的な管理ができるものかを確認したい
と考え,サンプルとして針先端部の仕上げ条件(薬液や電解の電圧など)を変えたA
∼Fの6種類及び処理無しの合計7種類のプローブ針(球面針)を作成し,株式会社
ニッテツ・ファイン・プロダクツ釜石試験分析センターに対し,プローブ針先端部
の粗さ測定を依頼した。そして,被告は,本件特許の優先権主張日前である平成9
年3月6日,その測定結果に基づいて,乙18の2枚目の説明書(以下「本件管理
基準表」という。)を作成し,被告の営業担当者が顧客に対する説明資料及び営業
用ツールとして必要に応じてこれを客先に持参することができるように,同日,被
告本社,青森営業所その他の部署に対し配布した(乙70)。
b 本件管理基準表の記載
本件管理基準表の記載は,別紙「本件管理基準表の記載」のとおりである。
c 公知性
(a) 被告の青森営業所所長のAは,平成9年3月6日,これを岩手東芝に提
出した(乙71)。
(b) 被告の営業担当者は,以後,被告製品を購入希望する客先又は新規開拓
を目指す多数の客先に対し,被告のプローブカード製品仕様の資料として本件管理
基準表を提出又は提示して,被告製品の説明を行った(乙18(1枚目),72)。
(c) 本件管理基準表を提出又は提示した顧客の中には,原告が含まれる。原
告は,被告に対する注文に当たり,本件管理基準表に記載された粗面仕様「A∼
F」を使用した(乙9(3枚目),10(4枚目)及び11(3枚目)の「針仕様」の
「針先処理」欄)。
(d) また,本件管理基準表は,プローブ針の先端部の表面処理仕様に関する
ものであり,製法等の記載はないから,秘密保持義務の対象になるものでもなかっ
た。
(e) このように,本件管理基準表に記載された内容は,公知となった。
(イ) 本件管理基準表の開示内容
a(a) 被告は,本件管理基準表作成前から,針先仕上げ処理として ,「粗面
仕上げ」と「軽い粗面仕上げ」という2種類の処理仕様を実施していた 。「粗面仕
上げ」は,濃度10%のエッチング液を使用して,エッチング電圧1.5Vで電解
エッチングを行うのに対して ,「軽い粗面仕上げ」は,それよりも電解エッチング
条件が温和な,濃度1%のエッチング液を使用して,エッチング電圧1.0Vで行
うものであった(乙73の2項)。
(b) 一般に,エッチング液の濃度が高いほど,また,エッチング電圧が大き
いほど,電解エッチングの条件は過酷になり,プローブ針先端表面はより荒れた状
態になり表面粗さは大きくなる。したがって,濃度10%のエッチング液を使用し
て,エッチング電圧1.5Vで電解エッチングを行う処理が,顕微鏡下で,梨地状
に白く荒れた状態に見える「粗面仕上げ」となり,それよりも温和な濃度1%のエ
ッチング液を使用して,エッチング電圧1.0Vで電解エッチングを行う処理が,
顕微鏡下で,黒く見える「軽い粗面仕上げ」となる。
(c) 被告においては,電解エッチング条件の違いを厳密に管理し,また,作
業を温度,湿度を規制した一定環境の室内で行うことによって ,「粗面仕上げ」又
は「軽い粗面仕上げ」という仕様の下に,再現性が確かで,一定の安定した品質の
プローブ針を作成していた(乙73の2項)。
b(a) 釜石試験分析センターによる「調査結果報告」(甲15)に示された表
面粗さの実測値と,本件管理基準表に記載された表面粗さの数値との対応関係は,
別紙「粗さ実測値と管理基準の値」のとおりである。
(b) 電解エッチングの条件(エッチング液濃度とエッチング電圧)と得られる
表面粗さとの相関関係が特に顕著で ,「管理値」として使用できると判断された中
心線平均粗さのうち ,「平均値」を小数点以下第3位に数値を丸め ,「管理基準」
の中心線平均粗さに示した「基準値 」」とした(乙73の8項)。
(c) また ,「管理基準」における中心線平均粗さの最大値と最小値とは,実
測された最大値及び最小値のデータを基に,被告における蓄積された技術常識に従
って,各仕様における表面粗さのばらつきの許容範囲を示す数値として記載した
(乙73の8項)。
(d) 「参考値」とされた十点平均粗さについては,数字を丸めただけで,ほ
ぼ実測値のままの値が本件管理基準表に記載された。
(e ) 十点平均粗さに関し,本件管理基準表では,粗面仕様「C」と同「D」に
おいて,最大値はほぼ同じであるのに,同「D」の平均値は同「C」のそれの約2
0分の1になっているが,これは,調査結果報告(甲15)をそのまま反映させたた
めである。しかし,最大値はほぼ同じであるのに,平均値は約20分の1になって
いることは,何らかのかく乱等が含まれている可能性も考えられるので,被告は,
同「D」については ,「特に推奨無し」として,参考として記載するにとどめた
(乙73の8項)。
c 以上のとおり,本件管理基準表において「管理値」とされた中心線平均粗
さは ,「基準値」が各仕様によって得られる表面粗さの平均値を示し ,「最大値」
及び「最小値」が各仕様によって得られる表面粗さのばらつきの許容範囲を示すと
いう技術的意味をもつものであり,これに接した当業者は,プローブ針先端の仕上
げ処理を,本件管理基準表に記載された粗面仕様「A∼F」のいずれかとして,プ
ローブ針先端部の表面粗さを「0.4μm以下」とすれば ,「接触抵抗をより低く
安定し使用」(別紙「本件管理基準表の記載」4行目)できるという技術思想を認識
することができた。
エ 新規性欠如
(ア) 本件第2発明
a 一致点及び相違点
本件管理基準表に記載された発明と本件第2発明とを対比すると,両者は,以下
の点で相違し,その余の点で一致する。
( a) 相違点1
本件第2発明のプローブ針は側面部と先端部から構成されているの対して,本件
管理基準表に記載された発明では,この点が規定されていない点。
(b) 相違点2
本件第2発明では,曲率半径rを10≦r≦20μmと規定しているのに対して,
本件管理基準表に記載された発明では,この点が規定されていない点。
b 相違点1についての判断
( a) プローブ針は,通常 ,「側面部と先端部から構成」されているから(例え
ば,乙43の13頁の「球面仕上げ」の顕微鏡写真,乙44の3枚目の「先端球面
仕上げ」の図),相違点1に係る構成は,プローブ針の構成として一般的なもので
ある。
( b) よって,本件管理基準表に記載されたプローブ針も,側面部と先端部か
ら構成されるものであり,相違点1は,相違点ではない。
c 相違点2についての判断
( a) (b)以下のとおり,本件管理基準表が作成され,その内容が告知された平
成9年3月以前においても,先端部の球状曲面の曲率半径が「10∼20μm」の
範囲内にあるプローブ針は,多数知られており,周知ともいえるものであった。
( b) 乙19には,従来技術として,先端部の「直径が30∼50μm程度ほ
ぼ球状」(【0005】)をしているプローブ針が記載されており,このプローブ針
先端部の曲率半径は ,「直径30∼50μm」の半分である「15∼25μm」で
ある。
(c)i 乙21の請求項1には,「先端の形状が線径の1/10乃至1/2の曲
率の半球状を有する単一の金属又は合金から構成されることを特徴とする先端半球
付きプローブ・ピン」が記載されているところ ,【0011】∼【0016】には ,
線径0.1mmのプローブ・ピンを用いて各種試験を行ったことが記載されている。
ⅱ この各種試験に供された線径0.1mmのプローブ・ピンの先端部の曲
率半径は,0.1mmの「1/10乃至1/2」であるから ,「0.01mm∼0 .
05mm 」,すなわち「10μm∼50μm」である。
(d) 被告が平成6年に技術資料として顧客に頒布していた乙43(「ウェハ試
験の高速化とプローブカード」)の15頁の表には ,「液晶ドライバ用プローブカ
ード」の仕様として,プローブ針先端部の「直径:20∼50μm 」 「形状:球

面」が記載されており,このプローブ針先端部の曲率半径は ,「直径:20∼50
μm」の半分である「10∼25μm」である。
( e) 平成3年3月3日以前に頒布された乙45(「プローブライト社 プロー
ブカード技術」フジアドバンス株式会社)の1頁「2.構造」の左欄3∼4行には
「基本的形状には違いがあり,直径は通常12μ∼76μ,長さは10mm∼75
mmまであります 。」と記載され,2頁には,先端部が半球状に形成されたプロー
ブ針の図が示されているから,その先端部の曲率半径は ,「直径12μ∼76μ」
の1/2である「6μm∼38μm」である。
( f)i 被告が,平成6年にAPSに販売したプローブ針の先端部の曲率半径
は「15μm」である(乙2)。
ⅱ 平成7年に原告に販売したプローブ針の先端部の曲率半径も ,「15μ
m」である(乙3)。
ⅲ 平成8年に岩手東芝に販売したプローブ針の先端部の曲率半径は ,「1
0∼15μm」である(乙5)。
ⅳ 平成8年に日立甲府に販売したプローブ針の先端部の曲率半径は ,「1
5μm」である(乙6)。
ⅴ 被告が顧客に販売したその他のプローブ針には,先端部の曲率半径が
「10∼20μm」の範囲内にあるものがある(乙48∼54)。
( g) したがって,本件管理基準表に示された粗面仕様「A∼F」という6種
類の表面仕上げ処理(エッチング処理)が施されるプローブ針には,当然に,先端部
の曲率半径が「10∼20μm」の範囲にあるものも含まれていた。
d まとめ
したがって,本件管理基準表によって公知となったプローブ針と,本件第2発明
との間には,実質的な差異は存在せず,両者は同一である。
よって,本件第2発明は,特許法29条1項1号に該当し,特許無効審判によっ
て無効とされるべきものであるから,本件第2発明に基づく権利行使は許されない
(特許法104条の3第1項)。
(イ) 本件第7発明
a プローブカードが「複数のプローブ針を上下動して,半導体装置の電極パ
ッドに当接させ,上記半導体装置をテストする」ものであることは周知である。
b よって,本件第7発明は,上記(ア)と同じ理由により,特許法29条1項
1号に該当し,特許無効審判によって無効とされるべきものである。
オ 進歩性欠如
(ア) 本件第2発明
a 一致点及び相違点
乙19発明と本件第2発明とを対比すると,両者は,①先端部を半導体装置の電
極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置
の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,②上記プローブ針
は側面部と先端部から構成され,③上記先端部は球状の曲面であり,④半導体装置
のテスト用プローブ針である点で一致し,以下の2点で相違している。
(a) 本件第2発明が,プローブ針先端部の曲率半径を「10∼20μm」と
規定しているのに対し,乙19発明では,プローブ針の曲率半径が「15∼25μ
m程度」である点(以下「相違点1」という。)。
(b) 本件第2発明が,プローブ針先端部の表面粗さを0.4μm以下と規定
しているのに対し,乙19発明では,プローブ針先端部の表面粗さを規定していな
い点(以下「相違点2」という。)。
b 相違点1についての判断
(a)i プローブ針先端部の曲率半径について,本件第2発明と乙19発明と
は,「15∼20μm」の範囲において重なっている。
ⅱ 乙21には,先端部を球状とし,その曲率半径を「10∼50μm」と
したプローブ・ピンが記載されており,この「10∼50μm」という範囲は,
「10∼20μm」という範囲を包含している。
ⅲ したがって ,「10∼20μm」という曲率半径は,本件特許の優先権
主張日前に公知であり,相違点1は何ら実質的な相違点ではない。
(b) また,乙21によれば,10∼20μmという曲率半径は本件特許の優
先権主張日前に公知であるから,乙19における「15∼25μm程度」という曲
率半径の範囲から,本件第2発明が規定する「10∼20μm」という曲率半径の
範囲を想到することは,当業者には容易であった。
(c) そして,乙19に記載されたプローブ針と,乙21に記載されているプ
ローブ・ピンとは,半導体装置の電極パッド(または端子)に接触させて,その電気
的特性を検査するプローブという点で同じ技術分野に属するものであるから,両者
を組み合わせることには動機付けがある。
(d) したがって,相違点1は,実質的な相違点ではないか,少なくとも当業
者が容易に想到し得る程度の構成上の微差にすぎない。
c 相違点2についての判断
(a)i 前記ウ(ア)bのとおり,本件管理基準表には ,「㈱日本マイクロニクス
が製造,納入するプローブカードのプローブ針先端は接触抵抗をより低く安定し使
用いただく為に,下記の6種類の処置を施す事ができます 。」(表題下1∼3行)と
して,A∼Fの粗面仕様が記載されている。
ⅱ 本件管理基準表の各粗面仕様によって得られるプローブ針先端の表面粗
さは,いずれも最大高さで0.4μm以下である。
(b) そして,乙19も,本件管理基準表も,半導体装置の電極パッドに接触
させて,その電気的特性を検査するプローブ針に関するものであるから,両者を結
び付けることには動機付けがあり,「接触抵抗をより低く安定し使用」するために ,
乙19のプローブ針先端部に,本件管理基準表記載の粗面仕様を適用して,その表
面粗さを0.4μm以下とすることは,当業者であれば容易に想到し得たことであ
る。
d 顕著な作用効果
本件第2発明の奏する効果も,本件第2発明のように構成することから予想され
る範囲内のものである。
e まとめ
よって,本件第2発明は,特許法29条2項に該当し,特許無効審判によって無
効とされるべきものであるから,本件第2発明に基づく権利行使は許されない(特
許法104条の3第1項)。
(イ) 本件第7発明
a プローブカードが「複数のプローブ針を上下動して,半導体装置の電極パ
ッドに当接させ,上記半導体装置をテストする」ものであることは周知である。
b よって,本件第7発明は,上記(ア)と同じ理由により,特許法29条2項
に該当し,特許無効審判によって無効とされるべきものである。
(ウ) 特許法167条
a 後記原告の主張オ(ウ)a(乙19)は認める。
本件訴訟において,被告が主張している進歩性欠如の無効理由は,乙19,乙2
1及び本件管理基準表に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるというものであり,前事件における請求とは,証拠の組合せ
が異なる。
b 同b(調査報告書(甲15))は認める。
しかし ,「調査結果報告書」(甲15)は,前事件においては,進歩性欠如を基礎
付ける引用例としても,当業者の技術常識を基礎付けるものとしても提出されてい
なかった(甲3の2∼3頁)。
c 同c(まとめ)は争う。
(2) 原告の主張
ア 乙19
被告の主張ア(ア)(乙19の記載)は認め,(イ)(乙19の開示事項)は否認する。
イ 乙21
(ア) 同イ(ア)(乙21の記載)は認める。
(イ) 同(イ)(乙21の開示事項)aは否認する。
乙21中の「先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率が好適である」との記
載は ,「先端半球は線径の曲率の1/10乃至1/2の曲率が好適である」の誤記
であると解されるが,その場合には,実施例として具体的に開示されている線径は
0.1mmであるから,その半径は50μmであり,その1/10乃至1/2の曲
率を曲率半径で表現すれば,2倍から10倍になるから,100∼500μmにな
る。
ウ 本件管理基準表
(ア) 本件管理基準表の公知性
a 本件管理基準表作成の目的及び経緯
同ウ(ア)aは不知。
本件管理基準表は,作成名義が「㈱日本マイクロニクス 青森工場 微細技術
課」となっているだけで,連絡先の電話番号等が一切記載されていない。営業用に作成
されたものであれば,このようなことは考えられない。
b 本件管理基準表の記載
同bは認める。
c 公知性
( a) 同c(a)(岩手東芝)は不知。
(b) 同(b)(顧客への提出等)は不知。
( c) 同(c)(原告の使用等)は認める。
(d)i 同( d)(秘密保持義務の対象外)は否認する。
ⅱ 秘密保持義務の存在については,前記3(2)エ(イ)及び(ウ)のとおりである。
ⅲ 一般に,製品開発に関連して得られたデータは秘密情報とされているから,
本件管理基準表の記載事項も秘密として取り扱われたものである。
( e) 同(e)(公知)は否認する。
(イ) 本件管理基準表の開示内容
a 同ウ(イ)a(作成以前の状況)は不知。
b 同b(作成経緯)は不知。
c 同c(技術思想の認識)は否認する。
d(a)i 「十点平均粗さ」の平均値は ,「中心線平均粗さ」の平均値がほぼ同じ
であるにもかかわらず,粗面仕様「D」の方が同「C」の20分の1になっている。
また,同「D」では,中心線平均粗さの基準値の4分の1の値が十点平均粗さの
平均になっている。
ⅱ 「十点平均粗さ」と「中心線平均粗さ」との関係は,表面の粗さという同
一の特性を異なる定義に従って数値化するものであるから,加工によって生じた表面
の粗さにおいては,ほぼ一定の関係が満たされる。
したがって,上記iのようなことはあり得ないことである。
(b)i 同「F」に関しては,中心線平均粗さの最小値が0.0000になっている。
ⅱ 中心線平均粗さが0になることはあり得ないことである。
e( a) 特開平8−166407号公報(乙23)には,最大粗さについて,
「…0.8μm以下であればより望ましい 。 ( 0024 】
」【 )との記載があるが,
実際に開示されている最大粗さの最小値は0.6μmであることから明らかなよう
に(表1及び表2 ),本件特許の優先権主張日前には,プローブ針の先端部の表面
粗さは,0.4μmを超えるものばかりであった(甲20)。
(b) 本件管理基準表は,上記dのとおり技術的にあり得ない数値を含んでい
ることに加え,具体的な加工方法が記載されていなかったから,当業者の信頼を得
られるものではなかった。
f 本件管理基準表には,
「推奨用途」の欄が設けられているが,いかなる理由で
このような区別がされているのかは全く不明である。特に,粗面仕様「D」については,
実質的に同「C」と変わらないにもかかわらず,
「特に推奨無し」と記載されているが,
いかなる理由で,同「C」は「軟らかめ蒸着アルミに有効」であるにもかかわらず,同
「D」は「特に推奨無し」なのか,当業者は全く理解することができない。
g 調査結果報告書(甲15)では,粗面仕様「A∼F」の6種類の仕上げ条件に
対して各1本のみが調査対象となり,比較のために調査対象とされた仕上げをして
いないプローブ針についても1本だけが対象となっている。通常,同一の工程から得
られる複数の製品の特性値の平均値,最大許容値,最小許容値を定める場合には,同一
の工程から得られた多数の製品を調査して,平均値や標準偏差を求めることが行われる。
1本だけを調査しても,同一の工程から得られる多数の製品が全体として有している特
性を把握することは不可能である。
エ 新規性欠如
(ア) 本件第2発明
a 一致点及び相違点
同エ(ア)aは明らかに争わない。
b 相違点1についての判断
同エ(ア)bは明らかに争わない。
c 相違点2についての判断
( a) 同c(a)(10∼20μmの周知)は否認する。
(b) 同c(b)(乙19)は認める。
( c) 同c(c)(乙21)のうち,iは認め,ⅱは否認する。
(d) 同c(d)(乙43)は不知。
( e) 同c(e)(乙45)は不知。
( f) 同c(f)(被告の販売実績)のうち,ⅱは認め,その余は否認する。
これらのプローブ針は,①公然性の要件を満たさず,②先端部の表面粗さ「0.
4μm以下」の要件を満たしていることの立証はなく,③先端径の半分が球形状の
曲率半径であることの立証もない(原告に販売されたⅱについては,③を除く。)。
d まとめ
同dは否認する。
(イ) 本件第7発明
同(イ)のうち,aは明らかに争わず,bは否認する。
オ 進歩性欠如
(ア) 本件第2発明
a 一致点及び相違点
同オ(ア)aは認める。
b 相違点1についての判断
同オ(ア)bのうち,(a)i及びⅱは認め,ⅲは否認し,(b)∼(d)は否認する。
乙19に曲率半径15∼25μmが記載されてはいても,層状排斥という作用効果に
着目してこれを10∼20μmに限定するという記載も示唆もない。
c 相違点2についての判断
同オ(ア)cのうち,(a)は不知,( b)は否認する。
前記ウ(イ)d及びeのとおりである。
d 顕著な作用効果
( a) 同オ(ア)dは否認する。
本件第2発明は,先端球面の曲率半径を10∼20μmに限定するとともに,表面粗
さを0.4μm以下とすることによって,顕著な作用効果を奏するものである(本件明
細書の図8,甲21)。
(b) 仮に,本件管理基準表が公知であったとしても,表面粗さを0.4μm以下
とすることによって得られる上記顕著な効果を認識しない限り,信頼性がなく,かつ加
工方法も不明な本件管理基準表に基づいて表面粗さを0.4μm以下にする努力をする
ことはあり得ない。
e まとめ
同オ(ア)eは争う。
(イ) 本件第7発明
同オ(イ)のうち,aは明らかに争わず,bは否認する。
(ウ) 特許法167条
a 被告が請求した進歩性欠如等を理由とする無効審判請求事件(無効200
4−80105 。「前事件」という。)において,本訴における乙19(上記審決に
おける甲4)を考慮しても本件第2発明及び本件第7発明は無効ではないとの審決
がされ,同審決は確定した(甲3,乙25)。
b また,本件訴訟では,本件管理基準表が新たに証拠として加わっているが,
本件管理基準表と実質的に同一の技術的内容を有する「調査報告書」(甲15)が,
上記無効審判請求事件において甲9の1として提出された上で,審決取消訴訟(知
財高裁平成17年(行ケ)第10503号)の判決は,当業者が容易に本件第2発明
及び本件第7発明をすることができたことを否定している(乙25の23∼24頁)。
c したがって,被告が乙19及び本件管理基準表に基づき,本訴において新
規性又は進歩性欠如の主張をすることは,特許法167条により許されない。
8 争点(6)(損害額)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 売上高
(ア) 被告製品の年間売上高は,平均で4億8000万円である。
(イ) したがって,本件特許権の登録日である平成14年2月22日から平成1
8年8月末日までの被告製品の売上高は,21億6000万円である。
4億8000万円×4.5年=21億6000万円
イ 相当実施料率
本件第2発明及び本件第7発明の実施に対して受けるべき実施料率は,販売価格
の7%を下らない。
ウ まとめ
よって,原告は,1億5120万円の実施料相当の損害を受けた(特許法102
条3項)。
21億6000万円×7%=1億5120万円
(2) 被告の主張
原告の主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点(5)のうち,特許法29条2項違反について
(1) 一致点及び相違点
乙19発明と本件第2発明との一致点及び相違点の認定(前記第2,7( 1)オ(ア)
a)は,当事者間に争いがない。
(2) 相違点1(曲率半径)についての判断
ア 乙19
(ア) 乙19の記載
乙19(特開平5−273237号公報)の記載(第2,7(1)ア(ア))は,当事者間
に争いがない。
(イ) 乙19の開示事項
上記(ア)の記載によれば,乙19には,先端部が球状で,その曲率半径が15∼
25μm程度のプローブ針が開示され,そのようなプローブ針は,プローブカード
に組み込まれ,半導体装置の特性検査に使用されていたことが開示されていること
が認められる。
イ 乙21
(ア) 乙21の記載
乙21(特開平7−63785号公報)の記載(第2,7( 1)イ(ア))は,当事者間に
争いがない。
(イ) 乙21の開示事項
上記(ア)の記載によれば,乙21には,半導体装置の端子に接触させて電気抵抗
を測定するために使用される先端半球付きプローブ・ピンが開示され,半導体部品
等の小型化に伴う端子の高密度ピッチ化に対応して,プローブ・ピン自体の線径を
小さくしても,正確な電気的導通や電気抵抗等の測定を行うことが可能なように,
プローブ・ピンの線径を「0.01乃至0.5mm」の範囲とするとともに,先端
部を半球状とし,その曲率半径を「線径の1/10乃至1/2」としたものが開示
されていることが認められる。
乙21の図3には,線径0.1mmの先端半球付きプローブ・ピンを使用して摺
動テストを行ったときの電気抵抗値が示されているが,線径が0.1mmにつき,
その1/10∼1/2の曲率半径を求めると,計算上,10∼50μmとなる。
(ウ) 原告は,乙21中の「先端半球は線径の1/10乃至1/2の曲率が好適であ
る」との記載は「先端半球は線径の曲率の1/10乃至1/2の曲率が好適である」の
誤記である旨主張する。
しかし,乙21の【0011】に「…図2に示すような半径30mmのステンレ
ス製ガイド用パイプ5に線径0.1mmの先端半球付きプローブ・ピン4の線材を
挿入し」と記載されているとおり,乙21における「線径」は,プローブ・ピンの
「線径」であって,その「先端径」ではないから,被告が主張するとおり,
「先端半
球は線径の1/10乃至1/2の曲率半径が好適である」が正しく,プローブ・ピン
が先端部で徐々に細くなり,その「先端径」が「線径」の例えば1/5となってい
る場合には,その先端部に「先端径」の1/2の曲率半径を有する半球,すなわち
「線径」の1/10の曲率半径を有する半球を形成することは可能であると考えら
れ,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 設計的事項
(ア) 本件第2発明における曲率半径10∼20μmとの限定は,本件明細書
【0041】及び図7に記載されているとおり,電極パッドの厚さ約0.8μmに
対して,コンタクト寿命において好ましい結果が得られた曲率半径をそのまま特許
請求の範囲に取り入れたものである(原告も,前記第2,5(2)ア(ア)bにおいて,
本件第2発明は,適用される半導体装置の電極パッドの厚みにかかわらず,効果を奏
するわけではないことを自認している。)。
(イ) 使用する予定の厚さの電極パッド(例えば,0.8μmのもの)に対して,
乙19や乙21に開示された各種の曲率半径を有する球面状のプローブピンを使用
して,当該厚さの電極パッドに最適なプローブピン先端の曲率半径を限定すること
は,当業者であれば,適宜選択し得る設計的事項であると認められる。
(ウ) これに反する原告の主張は,採用することができない。
(3) 相違点2(表面粗さ)についての判断
ア 本件管理基準表の公知性
(ア) 事実認定
証拠(乙9∼11,18,70∼73)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認
められる(一部は,当事者間に争いがない。)。
a(a) 被告は,本件管理基準表作成前から,針先仕上げ処理として ,「粗面仕
上げ」と「軽い粗面仕上げ」という2種類の処理仕様を実施し,顕微鏡下で梨地状
に白く荒れた状態に見える「粗面仕上げ」は,濃度10%のエッチング液を使用し
て,エッチング電圧1.5Vで電解エッチングを行うのに対して,微鏡下で黒く見
える「軽い粗面仕上げ」は,それよりも電解エッチング条件が温和な,濃度1%の
エッチング液を使用して,エッチング電圧1.0Vで行うものであった。
(b) 被告(担当者はPB技術統括部のBである。)は,プローブ針の先端仕上
げにつき,目視上の差異がどの程度粗さとして数値的に差異があるものであり,か
つどの程度数値的な管理ができるものかを確認したいと考え,サンプルとして針先
端部の仕上げ条件(薬液や電解の電圧など)を変えたA∼Fの6種類及び処理無しの
合計7種類のプローブ針(球面針)を作成し,株式会社ニッテツ・ファイン・プロダ
クツ釜石試験分析センターに対し,プローブ針先端部の粗さ測定を依頼した。
(c) 被告は,平成9年3月6日,その測定結果に基づいて,本件管理基準表
を作成し,被告の営業担当者が顧客に対する説明資料及び営業用ツールとして必要
に応じてこれを客先に持参することができるように,同日,被告本社,青森営業所
その他の部署に対し配布した。
b(a) 実際,被告の青森営業所所長のAは,同日,これを岩手東芝に提出し
た。
(b) 被告の営業担当者は,以後,被告製品を購入希望する客先又は新規開拓
を目指す多数の客先に対し,被告のプローブカード製品仕様の資料として本件管理
基準表を提出又は提示して,被告製品の説明を行った。
(c) 本件管理基準表を提出又は提示した顧客の中には,原告が含まれ,原告
は,被告に対する注文に当たり,本件管理基準表に記載されたA∼Fの仕様を使用
した。
(イ) 原告の主張に対する判断
原告は,被告と原告や岩手東芝を含む顧客との間には,秘密保持義務が存在した
から,本件管理基準表は公知とはなっていない旨主張する。
確かに,原告と被告との間には,平成6年5月30日付けで「取引基本契約書」
(甲9)が締結され,その27条には,
「(秘密保持)甲及び乙は相互に本契約及び個別契
約(この場合発注ないし見積依頼を含む)により知り得た相手方の業務上の秘密を第三者
に漏洩してはならない。
」と記載されていることは,当事者間に争いがない。そして,
弁論の全趣旨によれば,被告と他の顧客との間においても,同種の相互の秘密保持
条項を含む契約が締結されていることが認められる。
しかしながら,秘密保持義務の対象となるのは,原告との取引基本契約書27条に規
定されているように,相手方の「業務上の秘密」に限られると考えられるところ,本
件管理基準表には,プローブカードの製造販売を業とする被告が顧客に供給するこ
とができるプローブピン先端部の粗さの仕様が記載されているにすぎず,その製法
について記載されていたわけではないから(甲8参照),本件管理基準表の記載内容
は,原告との関係でも,他の顧客との関係でも,秘密保持義務の対象となる「業務
上の秘密」には当たるものと認めることはできない。
(ウ) まとめ
したがって,本件管理基準表に記載され,被告の顧客に伝えられた内容は,特許
法29条1項1号の公然知られた発明に当たる。
イ 本件管理基準表による開示内容
(ア) 開示内容
a 当事者間に争いのない本件管理基準表の記載(第2,7(1)ウ(ア)b)によれ
ば,その本文には ,「(被告)が製造,納入するプローブカードのプローブ針先端は
接触抵抗をより低く安定し使用いただく為に,下記の6種類の処置を施す事ができ
ます 。 ,
」 「処理無しは,抵抗値が高くそのままプローブとしては使用できませ
ん。」と記載され,粗面仕様「A∼F」は,AからFになるに従い,表面粗さは滑
らかになり,粗さの強い同「A」には ,「硬めの蒸着アルミPADに有効」と,粗
さの弱い同「E」や同「F」には,それぞれ「金バンプに有効 」「半田バンプ等に
有効」と推奨用途が記載されており,当事者間に争いのない「一般に,最大高さは
十点平均粗さの1.8倍を超えることはない」との知見(第2,3( 1)イ(ア)b)によ
れば,粗面仕様「A∼F」によるプローブ針先端部の表面粗さ(最大高さ)は,いず
れも0.4μm以下となる。
b 証拠(乙23)によれば,プローブカードの発明についての特開平8−16
6407号公報には ,「…コンタクト時の摺動により,比較的硬度の低いSn含有
被覆層が先端部に凝着したり,削り取りを生じることがある。…」(【0023】),
「従って,先端部の表面性状を制御することも極めて重要であり,最大粗さが2μ
m以下に制御することが推奨され,1μm以下であれば望ましく,0.8μm以下
であればより望ましい 。」(【0024】)と記載されていることが認められる。さ
らに,証拠(乙22)によれば,プローブカードの発明についての特開平8−152
436号公報にも ,「…上記第1,第2の平面1,2は,鏡面研摩された平面をな
すことが望ましい。」(【0030】)と記載されていることが認められる。
これらの記載によれば,金属パッドが柔らければ柔らかいほどそれらの金属がプ
ローブ針に凝着しやすく,それを防ぐためにプローブ針の先端の粗さを低くするこ
とが望ましいとの基本的知見は,本件特許の優先権主張日前に,当業者に周知の事
項であったと認められる。
c したがって,本件管理基準表に基づき被告の顧客に対してされた,金属パ
ッドの柔らかさに応じてプローブ針の先端部の粗さを低くするという説明内容は,
当業者によって,この基本的知見と一致する正当なものであり,被告の提示するプ
ローブ針の先端部の表面粗さは,従来技術から進化したものであると理解されると
認められる。
(イ) 原告の主張に対する判断
a 原告は,本件管理基準表には技術上あり得ない記載があり,当業者によって信
頼性のあるものとは受け取られない旨主張する。
確かに,十点平均粗さに関し,本件管理基準表では,粗面仕様「C」と同「D」
において,最大値はほぼ同じであるのに,同「D」の平均値は同「C」のそれの約
20分の1になっている点などにおいて,測定上の不備等があったことは,被告も
認めるところである。
しかしながら,発明に対して示唆を与えるか否かの観点から検討すれば,本件管
理基準表の記載やそれに基づく説明が金属パッドの柔らかさに応じてプローブ針の
先端の粗さを低くすることが望ましく,プローブ針の先端の粗さを更に低くしたも
のが入手可能であることを当業者に開示していることは間違いないから,原告の上
記主張は採用することができない。
b 原告は,本件管理基準表には具体的な加工方法が記載されていなかったから,
当業者に信頼性のあるものと受け取られることはなかった旨主張する。
しかしながら,対外的に販売される製品の仕様は公表しながら,その製造方法は
ノウハウとして秘匿すること自体は,何ら不自然なことではないと認められるし,
さらに,原告の技術者,研究者を含む当業者は,プローブカード等の専業メーカー
である被告からその現物を入手し,その存在を確認することができたものであるか
ら,原告の上記主張も理由がない。
ウ 組合せの容易性
乙19又は乙21により選択した曲率半径と,本件管理基準表に開示され顧客に
伝えられたプローブ針先端部の表面粗さを「0.4μm以下」とする知見とを組み
合わせ,本件第2発明のように構成することは,両者が同じプローブ針の分野にお
いて,コンタクト寿命(本件明細書【0041】)又はコンタクト回数(【004
5】)の向上という同種の課題に関するものであることを考慮すると,当業者にと
って,容易なことであったと認められる。
(4) 顕著な作用効果
本件明細書【0045】には ,「実施の形態2. 図8は本発明の実施の形態2
によるプローブ針の表面粗さと接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数の関係
を示すもので,電極パッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径
15μmのプローブ針を用いて試験をした結果である。これより,表面粗さが1μ
mと粗い場合には20000回程度で寿命を迎えるが,電解研磨などにより面粗度
を上げていくと,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができ
ることがわかった。特に0.1μmにした場合には38万回に達し,表面粗さが1
μmの場合の約20倍の寿命を達成できる。これはプローブ針の先端に酸化物が付
着しにくくなったためと推察でき,上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッ
ドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られ
た。」と記載されている。
仮に,本件第2発明が0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすとい
う本件明細書の図8に示された効果を奏するとしても,特開平8−166407号
公報(乙23)及び特開平8−152436号公報(乙22)の開示内容(前記(3)イ
(ア)b),並びに本件管理基準表の開示内容(前記(3)イ(ア)c)に照らすと,表面粗さ
0.4μm以下とすることによって急激にコンタクト回数を増やすことができると
の効果は,本件第2発明のように構成することから予想することができる程度のも
のと認めるべきであり,顕著な作用効果の点から,上記( 3)ウと異なる容易想到性
の判断をすることはできない。
(5) 特許法167条
ア 原告も,乙19,乙21及び本件管理基準表の組合せによる本件第2発明
及び本件第7発明の進歩性欠如の主張が前事件でされたとまで主張していない。
知財高裁平成17年(行ケ)第10503号事件における判決(乙25)の24頁1
0行の「なお ,」以下の判断は,特許庁の判断を経ていない事項についての傍論的
な判断にすぎないと認められる。
イ よって,被告が乙19,乙21及び本件管理基準表の組合せによる進歩性
欠如を主張することは特許法167条によりできない旨の原告の主張は,理由がな
い。
(6) 第2発明についてのまとめ
よって,本件第2発明は,特許法29条2項に該当し,特許無効審判によって無
効とされるべきものである。
(7) 第7発明
ア プローブカードが「複数のプローブ針を上下動して,半導体装置の電極パ
ッドに当接させ,上記半導体装置をテストする」ものであることが周知であること
は,原告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。
イ よって,本件第7発明は,上記第2発明についてと述べたと同じ理由によ
り,特許法29条2項に該当し,特許無効審判によって無効とされるべきものであ
る。
(8) まとめ
以上のとおり,本件第2発明及び本件第7発明には進歩性欠如(特許法29条2
項)の無効理由が存在し,原告は,特許法104条の3により,本件特許権を行使
することができない。
2 争点(2)(先使用の抗弁)について
(1) 被告が製造販売したプローブ針の仕様
ア 証拠(乙1,34∼36)及び各項に記載の証拠によれば,本件管理基準表
の配布開始後で,原告以外の顧客に対するものに限っても,次のとおり,本件第2
発明及び本件第7発明の構成要件を充足する製品が製造販売されていることが認め
られる。
(ア) 岩手東芝(乙8の1及び2)
別紙「岩手東芝エレクトロニクス(株)様 球面プローブ針のプローブカード一覧
表」№2
受付日 平成9年3月28日
曲率半径 10μmの球面
先端部の粗さ かるい粗面(本件管理基準表の粗面仕様「E」に相当)
(イ) 富士フィルムMD(乙50の4及び5)
別紙「富士フイルムマイクロデバイス(株)様 球面プローブ針のプローブカード
一覧表」№3
受付日 平成9年11月27日
曲率半径 20μmの球面
先端部の粗さ 鏡面(本件管理基準表の粗面仕様「E」に相当)
(ウ) Siemens(乙54の10∼22)
別紙「Siemens様 球面プローブ針のプローブカード一覧表」№16∼4

受付日 平成9年3月24日∼平成10年6月11日
曲率半径 15μmの球面又はR加工
先端部の粗さ 指定なし(本件管理基準表の粗面仕様「E」に相当)
イ 以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
(2) 被告による製造販売
ア 証拠(乙37)及び弁論の全趣旨によれば,プローブカードの製造に当たり ,
受注時に顧客から指定を受ける必要のある仕様として,試験対象となる半導体装置
における電極パッドの座標値,大きさ,材質及び用いるテスターの形式等があると
ころ,少なくとも上記(1)アの顧客との間においては,プローブ針の先端形状や先
端径等は,昭和51年の創業以来,プローブカード等の専業メーカーである被告に
おいて蓄積されてきた技術的知識と経験に基づいて,被告の営業担当者が顧客に提
案,推奨した上,最終決定は顧客が行うことによって決定されていたことが認めら
れる(一部は,当事者間に争いがない。)。
イ したがって,被告による上記(1)アの製品の製造販売は,単に顧客の指示に
従いその手足として行われたものではなく,被告の事業の実施として行われたもの
と認められる。
これに反する原告の主張は,採用することができない。
(3) その他の先使用の要件
ア そして,本件第2発明及び本件第7発明の優先権主張の日と上記(1)アの注
文日との関係等からすると,被告営業担当者による顧客に対する提案又は推奨の内
容が,原告から被告に対する注文内容等から知り得た原告の発明内容を知って行わ
れたものと認めることはできない。
イ また,上記(1)アの実施内容と比べると,原告が差止めを求めている被告の
現在の実施内容は,本件特許の優先権主張日前に被告が実施をしていた発明及び事業
の目的の範囲内にあるものと認められる。
(4) 公然実施
なお,弁論の全趣旨によれば,上記(1)アの製品は,各顧客に納品された後,具
体的に選択された仕様が被告又は各顧客から第三者や他の顧客に開示されることは
予定されていなかったと認められるから,特許法29条1項2号にいう公然実施の
要件を満たすものと認めることはできない。
(5) まとめ
そうすると,被告の先使用の抗弁は理由がある。
3 結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから,棄却することとし,主文
のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官
大 竹 優 子
裁判官
宮 崎 雅 子

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