平成18(行ケ)10378審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成19年10月18日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告ユーロドラッグラボラトリーズリミテッド 原告メルクアンドカンパニー,インコーポレーテッド
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法令 |
特許権
特許法153条2項2回 特許法36条6項1号1回 特許法2条1項1回 特許法153条1項1回 特許法29条1項3号1回
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キーワード |
審決46回 無効22回 優先権19回 刊行物17回 実施5回 無効審判5回 特許権2回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
本件は,後記本件特許発明の特許権者である原告が,被告の無効審判請求を受け
た特許庁により,本件特許を無効とする旨の審決がなされたため,同審決の取消し
を求めた事案である。 |
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判決文
平成18年(行ケ)第10378号 審決取消請求事件
平成19年10月18日判決言渡,平成19年7月10日口頭弁論終結
判 決
原 告 メルク アンド カンパニー,インコーポレーテッド
訴訟代理人弁護士 片山英二,長沢幸男,林康司
同 弁理士 横山勲,中村至,小林純子,田村恭子
被 告 ユーロドラッグ ラボラトリーズ リミテッド
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2004−80238号事件について平成18年4月13日にし
た審決を取り消す。
」との判決。
第2 事案の概要
本件は,後記本件特許発明の特許権者である原告が,被告の無効審判請求を受け
た特許庁により,本件特許を無効とする旨の審決がなされたため,同審決の取消し
を求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲第5号証)
特許権者:メルク アンド カンパニー,インコーポレーテッド(原告)
発明の名称: 骨吸収を抑制する方法」
「
出願番号:特願平11−509914号
出願日:平成10年7月17日(国際出願)
優先権主張日:平成9年7月22日,同月23日(いずれも米国)
設定登録日:平成15年10月10日
特許番号:特許第3479780号
(2) 本件手続
審判請求日:平成16年11月26日(無効2004−80238号)
訂正請求日:平成17年3月15日(甲第6号証の1,2。以下,この訂正請求
に係る訂正を「本件訂正」という。)
審決日:平成18年4月13日
審決の結論: 訂正を認める。特許第3479780号の請求項1ないし8に係
「
る発明についての特許を無効とする。」
審決謄本送達日:平成18年4月25日(原告に対し)
2 発明の要旨
審決が対象とした発明(本件訂正後の請求項1∼8に記載された発明であり,以
下,請求項の番号に従って「本件特許発明1」などという。なお,請求項の数は8
個である 。)の要旨は,以下のとおりである。
「 請求項1】アレンドロネート,薬剤として許容できるその塩およびこれらの混
【
合物より成る群の中から選択されるビスホスホネートを,アレンドロン酸活性体基
準で約35∼約70mg含み,週一回の投与間隔を有する連続スケジュールに従う
経口投与に用いるための,哺乳動物における骨粗鬆症を治療または予防する薬剤組
成物。
【請求項2】前記薬剤として許容できるその塩が,アレンドロネート一ナトリウム
三水和物である,請求項1記載の薬剤組成物。
【請求項3】前記ビスホスホネートを,アレンドロン酸活性体基準で約35mg含
む,請求項1または2記載の薬剤組成物。
【請求項4】前記ビスホスホネートを,アレンドロン酸活性体基準で約70mg含
む,請求項1または2記載の薬剤組成物。
【請求項5】哺乳動物における骨粗鬆症を治療または予防するためのキットであっ
て,週一回の投与間隔を有する連続スケジュールに従う経口投与により使用すべき
旨の指示を含み,単位用量としてアレンドロネート,薬剤として許容できるその塩
およびこれらの混合物より成る群の中から選択されるビスホスホネートをアレンド
ロン酸活性体基準で約35∼約70mg含み,かかる単位用量を少なくとも1回分
収容する,キット。
【請求項6】前記薬剤として許容できるその塩が,アレンドロネート一ナトリウム
三水和物である,請求項5記載のキット。
【請求項7】前記単位用量が,アレンドロン酸活性体基準で約35mgである,請
求項5または6記載のキット。
【請求項8】前記単位用量が,アレンドロン酸活性体基準で約70mgである,請
求項5または6記載のキット。」
3 審決の理由の要点
審決は,無効審判請求人(被告)による無効事由の主張(本件訂正前の発明を対
象とした主張であるが,訂正後の本件特許発明1∼8に対するものに引き直して摘
示する。)のうち,①本件特許発明1∼8が,特許法2条1項及び29条1項柱書
きの「発明」に当たらないとの主張,②本件特許発明1,5が,発明の詳細な説明
に記載されたものではなく,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号所定の
要件を満たさないとの主張,③発明の詳細な説明が,本件特許発明1,5を当業者
が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく,同条4項(平成14年
法律第24号による改正前のもの)所定の要件を満たさないとの主張をいずれも排
斥したが,④下記引用例1∼4を引用し,本件特許発明1∼4は,引用例1∼3記
載の発明に基づいて,また,本件特許発明5∼8は,引用例1,4記載の発明に基
づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許発
明1∼8に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,
同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであるとした。
引用例1 国際公開第95/30421号パンフレット(国際公開日1995年
(平成7年)11月16日。審判及び本訴甲第1号証)
引用例2 1996年(平成8年)7月発行の「LUNAR NEWS」(審判及び本
訴甲第2号証)
引用例3 1997年(平成9年)4月発行の「LUNAR NEWS」(審判及び本
訴甲第3号証)
引用例4 米国特許第5366965号明細書(1994年(平成6年)11月
22日特許。審判及び本訴甲第4号証)
審決の理由中,本件特許発明1∼4についての判断(引用例1∼3の記載事項の
認定,本件特許発明1と引用例3記載の発明との対比及び判断,本件特許発明2∼
4に係る判断)の部分並びに本件特許発明5∼8についての判断(引用例4の記載
事項の認定,本件特許発明5と引用例4記載の発明との対比及び判断,本件特許発
明6∼8に係る判断)の部分の記載は,以下のとおりである(審決の「甲第1号証」
∼「甲第4号証」との記載を「引用例1」∼「引用例4」に改めてある。。
)
( 1) 引用例1∼3の記載事項の認定
ア 引用例1
(1a)「プロテーゼのゆるみ及びプロテーゼの移動の防止又は治療のための医薬組成物であっ
て,以下の;・・・4−アミノ−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジホスホン酸・・・から選
ばれたメタンビスホスホン酸誘導体,あるいは医薬として許容されるその塩,又はいずれかの
その水和物を;医薬として許容される担体と共に含んで成る医薬組成物。(クレーム17)
」
(1b)「それ故,本発明は,ヒトを含む哺乳類におけるプロテーゼのゆるみ及びプロテーゼの
移動の防止及び治療のための(医薬組成物の製造のため)メタンビスホスホン酸誘導体であっ
て,以下の:・・・4−アミノ−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジホスホン酸(アレンドロ
ン酸),例えば,アレンドロネート;・・・から選ばれるもの又は医薬として許容されるその
塩,又はそのいずれかの水和物の使用に関する。 (3頁14行∼4頁2行)
」
(1c) 医薬組成物は・・・例えば経口・・・のための組成物・・・であることができる。 6
「 」
(
頁10∼13行)
(1d)「特定の投与方法及び投与量は,患者の特性,特に年齢,体重,ライフスタイル,活動
レベル,ホルモン状態(例えば,閉経後 ),骨鉱物密度及び移植されるべきプロテーゼのタイ
プを考慮して,担当内科医により選ばれるであろう。
活性成分の投与量は,さまざまな要因,例えば,その活性成分の効果及び作用,継続時間,
投与方法,温血種,及び/又は性,年齢,体重及びその温血動物の個体の状態に依存すること
ができる。
通常,その投与量は,0.002 ∼3.40mg/kg,特に0.01∼2.40mg/
kgの単一投薬が,約75kgの体重の温血動物に投与されるようなものである。所望により,
この投薬は,いくつかの,場合により等しい,部分的な投薬においてとられることもできる。
“mg/kg”は,処置されるべき−ヒトを含む−哺乳類の体重1kg当りの薬物のmg数
を意味する。 (6頁下から7行∼7頁5行)
」
(1e)「上述の投薬は,−単一投薬(これが好ましい)として又はいくつかの部分投与におい
て投与されるかのいずれにおいても−,例えば,毎日1回,1週間に1回,1月に1回,3ケ
月に1回,6ケ月に1回又は1年に1回,において繰り返されることができる。換言すれば,
本医薬組成物は,連続的な毎日の治療から断続的な周期的な治療までのレンジにある養生法に
おいて投与されることができる。(7頁6∼10行)
」
(1f)「好ましくは,メタンビスホスホン酸誘導体は,メタンビスホスホン酸誘導体により伝
統的に処置されてきた疾患,例えば,パジェット病,腫瘍誘発高カルシウム血症又は骨粗しょ
う症の治療において使用されるものと同じオーダーの大きさにある投薬で投与される。換言す
れば,好ましくは,メタンビスホスホン酸誘導体は,同様にパジェット病,腫瘍誘発高カルシ
ウム血症又は骨粗しょう症の治療において治療的に有効であろう投薬において投与され,すな
わち,好ましくは,それらは,同様に骨吸収を有効に阻止するであろう投薬において投与され
る。(7頁11∼18行)
」
イ 引用例2
(2a) ビスホスホネートは,骨粗鬆症を扱う研究者たちの興味の大きな焦点である・・・ビ
スホスホネートは,破骨細胞に直接働きかけることによって骨の再吸収を阻害するが,阻害は
部分的に,骨芽細胞によって媒介されている可能性がある。先例のないマーケティングのおか
げで,ビスホスホネートは,アメリカの骨粗鬆症市場において,エストロゲンの浸透の約30
−40%を急速に達成した;売り上げはカルシトニンの2倍である 。アレンドロネート(Merck
製 Fosamax)は現在,数カ国におけるビスホスホネートの中で首位にあり,より低コストのエ
チドロネート・・・に取って代わりつつある 。(23頁左欄1∼16行)
(2b) アメリカ合衆国外の治療者たちも同様に,アレンドロネートの使用に傾いている・・
・アメリカ合衆国の治療者の中には,( a)副作用,( b)服用の難しさ,( c)高コスト・・・を理
由に,使用をためらう者もいる。第一に, MERCK は最近,治療者に,食道炎を警告する手紙
を送った。ある治療者たちは,5ないし15%の患者が胃および/または食道の苦痛を経験す
ると報告しているが,しかし多くの治療者は副作用をまったく観察していない。潰瘍化や狭窄
といった深刻な副作用はまれであることは明白である。第二に,ある患者たちはまた,服用の
難しさのために,アレンドロネートの服用を中止する。アレンドロネートは,その生物学的利
用能が限定されている(0.8%)ために,覚醒時,空腹状態で,コップ1杯の水(紅茶,コ
ーヒー,ジュースは不可)とともに服用する必要があり,患者は30ないし60分間,直立し
ていなければならない。1週間あるいは2週間だけでも,この様式に耐えられる高齢の女性は
少ない。(23頁左欄45行∼中欄13行)
(2c) 経口ビスホスホネートの難しさのために,時たまの(週1回)あるいは周期的な(毎
月 の 内 の 1 週 間 ) の 投 与 が 好 ま れ る だ ろ う 。 注 : 原 文 で は The
( difficulties with oral
bisphosphonates may favor their episodic( once/week), or cyclical(one week each month)
administration. と記載されている。)経口アレンドロネートでも,服用の問題を避け,コストを
下げるために,週1回40あるいは80mgの投与をできる可能性がある 。(23頁中欄36
∼43行)
ウ 引用例3
(3a) この10年は,骨粗鬆症の治療におけるビスホスホネートの時代であった 。・・・ア
レンドロネートの低量投与(1日あたり2ないし5mg )は ,中軸のBMDの増加をもたらし,
断続的なエチドロネート投与と同様だったが ,標準的な投与量である1日あたり10mgでは ,
この増加の大きさは倍加した 。例えば,1日あたり5mgのアレンドロネートを投与した場合,
脊椎のBMDは2年間で5%,大腿骨頚部のBMDは2%,全身のBMDは1%増加した。1
日あたり10あるいは20mgのアレンドロネートを投与した場合には,脊椎のBMDは2年
間で6ないし7%,大腿骨頚部のBMDは2ないし4%増加した 。(30頁左欄1∼34行)
(3b) 組織学的な骨軟化や骨折は,高投与量のビスホスホネートによる治療を受けた患者に
明白であった。今までに,断続的なエチドロネート,あるいは継続的なアレンドロネートによ
る治療(1日あたり20mgの高投与量であっても)のいずれについてもこの証拠はない 。 3
(
0頁右欄19∼26行)
(3c) 効力の強い経口ビスホスホネートの,相対的に高いコストと潜在的な副作用を引き下
げるためのひとつの方法は,毎日ではなく,1週間に2回または3回しか投与しないことだろ
う。ブタにおいては,ビスホスホネートの投与は,標準の“1日分の投与”を4日ごとに行う
か,あるいは20日のうち5日間に行うことにより,骨格の反応に対する有害な効果なしに投
与量を減少させることができる。ヒトにおいては,アレンドロネートを1日あたり5mgと1
0mg投与した場合でほとんど違いがなく,従って理論的には,10mgの投与を1週間に3
回,あるいは40mgの投与を1週間に1回行えばよいことになる。血清中の生化学的マーカ
ーは,投与量を低く調整するのに用い得るだろう。3ヶ月間,1週あたり3回投与した後,代
謝が低く維持される場合には,投与量は1週あたり2回に減らすことができるだろう。投与量
についてのこれらの新しい臨床的な方法は,少なくとも短期的な試験により検証される必要が
ある。(31頁左欄33∼55行)
( 2) 本件特許発明1と引用例3記載の発明との対比及び判断
引用例3には,骨粗鬆症治療薬として使用されるアレンドロネートの標準的投与量は1日あ
たり10mg(低投与量は2∼5mg,高投与量は20mg)であることが記載され(記載(3a)
(3b)),また経口ビスホスホネートによる治療の副作用に関連しアレンドロネートの一日あた
り5mg,10mgの投与量に言及していることからみて(記載( 3c)),上記標準的投与量は
経口投与量と解される。また同引用例には骨粗鬆症の治療対象としてヒトやブタが記載されて
いる(記載( 3c) )。つまり引用例3には,アレンドロネートを10mg含み,毎日経口投与に
用いるための,哺乳動物における骨粗鬆症を治療する薬剤組成物が記載されているといえる。
本件特許発明1と引用例3に記載された発明を対比すると,両者は,アレンドロネートを含
み,経口投与に用いるための,哺乳動物における骨粗鬆症を治療する薬剤組成物である点で一
致し,次の点で相違する。
<相違点>
アレンドロネートの投与量及び投与間隔に関し,前者がアレンドロン酸活性体基準で約35
∼約70mgを,週一回の投与間隔を有する連続スケジュールに従って投与するのに対し,後
者が10mgを毎日投与する点。
<相違点の検討>(投与量及び投与間隔の点)
引用例3には,アレンドロネートの経口投与によるヒトの骨粗鬆症の治療において,相対的
に高いコストと潜在的な副作用を引き下げるために,毎日でなく,40mgの投与を週一回行
えばよいことが記載され,投与量についてのこの新しい臨床的な方法は,少なくとも短期的な
試験により検証される必要があることが記載されている(記載(3c))。
また引用例2においても,ヒトの骨粗鬆症を治療する目的でアレンドロネートを経口投与す
るに際し,服用の問題を避け,コストを下げるために,週一回40mg又は80mgの投与を
できる可能性があることが記載されている(記載(2a)(2b)(2c))。
そうすると,本件優先日当時にアレンドロネート10mgを毎日経口投与する骨粗鬆症治療
薬について,服用の問題を避け,コストを下げるために,毎日10mgの投与に代えて,週一
回40mg又は80mgの投与を採用することは,当業者が上記引用例2,3の記載に基づき
容易に試みることである。
ところで,アレンドロネートの経口投与に関し,引用例2に記載された週一回40mg又は
80mgの投与は,従来公知の毎日10mg投与を改良した投与形式であると解され 記載(2a)
(
(2b)(2c)),また引用例3に記載された週一回40mgの投与も,毎日5mg又は10mgの
投与を改良した投与形式として記載されている(記載( 3c))。してみると,引用例2,3に記
載されたアレンドロネートの週一回の経口投与とは,投与を毎日繰り返す従来の投与形式を前
提とし,その延長線上に位置するものである以上,所望の治療効果が達成されるまで週一回の
投与を繰り返すもの,すなわち週一回の連続スケジュールに従って投与するもの(本件訂正明
細書9頁6∼8行)を意味することは当然である。
また,医薬の投与量は患者や症状に応じてある程度増減させるのが普通であるから,上記4
0mg又は80mgという投与量を約35mg又は約70mgとする程度のことは,当業者が
適宜設定可能な範囲内の事項であり,塩の形態をとる薬剤の有効成分の量を遊離の酸の重量に
換算して特定すること 酸活性体基準で投与量を定めること)
( も通常よく行われることであり ,
格別のことではない。
したがって,本件特許発明1は,引用例2,3に記載された事項に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものである。
なお,被請求人は,引用例2の「episodic」との用語(記載(2c))は,ウェブスターの英英辞
典・・・によれば,「事象が,通常不規則な間隔で,起こり,現れ,又は変化すること」を意
味し,この意味とその用語に続く「 once/week)
( 」とで示す意味が全く不明であり,少なくとも
本件特許発明の連続スケジュールに従う週一回の経口投与を意味するものではないと主張す
る。
しかしながら,引用例2では「 episodic(once/week) , or cyclical(one week each month)
administration」の「episodic」 cyclical」という抽象的な用語の意味を括弧内の「once/week」 one
「 「
week each month」で説明したものと解されるから,何ら不明確なところはない。また,引用例
2に記載されたアレンドロネートの週一回40mg又は80mgの経口投与とは,従来の毎日
投与を繰り返す投与形式を改良したものである以上,週一回の連続スケジュールに従って投与
するものを意味することも上述のとおりである。したがって,被請求人の上記主張は採用でき
ない。
また,被請求人は,引用例2,3(LUNAR NEWS)は医薬・医療分野で有名な3種
のデータベースによっても検索できず,同刊行物が頒布されていた事実を確認できないことを
主張する。
しかしながら,検索データベースには世界中のあらゆる刊行物が漏れなく収載されるわけで
はないから,検索の結果で頒布の事実が直ちに否定されるものではない。
かえって,引用例2,3の1頁右欄の囲み枠内の目次の下方には,いずれにも,LUNAR
N E W S は 年 に 3 回 発行 さ れ , 購 読 料 は 無料 で あ り , 購 読 に 関 する 情 報 を 得 る た めに
LunarCorporation に問合せができる旨,及び,LunarCorporation が著作権を有する旨が記載され
ている。したがって,LUNAR NEWSは LunarCorporation が発行する定期刊行物であっ
て希望者に対して無料で頒布される刊行物であると認められる。また,引用例2,3の頒布時
期は,引用例2の1頁に「July 1996」の表示が,引用例3の1頁に「April 1997」の表示があ
ることからみて,少なくとも本件特許の優先日より前であることは明白である。そしてこれら
のことは,請求人が提出した甲第5号証(判決注・ 裁判ファイル第T−541−04」にお
「
いて,リチャード・ブルーズ・マゼス博士が提出した宣誓供述書と同じ内容の公証人による認
証を得ていない書面(その後平成18年2月2日付け上申書で,認証を受けた宣誓供述書が提
出された。 」なるもの)
) (及び平成18年2月2日付け上申書)に係る,LUNAR NEW
Sの著者兼編集者であるリチャード・ブルーズ・マゼス博士の宣誓供述書の内容とも整合す
る。したがって,被請求人の上記主張も採用できない。
( 3) 本件特許発明2について
引用例1には,アレンドロネートを経口投与する,哺乳動物における骨粗鬆症の治療に用い
る医薬組成物において,アレンドロネートの塩の水和物を用いてよいことが記載されているか
ら(記載(1a)(1b)(1c)(1f)),引用例3に記載された経口投与用骨粗鬆症治療薬の有効成分であ
るアレンドロネートについて,アレンドロネート一ナトリウム三水和物という形態を選択する
ことは,当業者が適宜なし得ることである。
したがって,本件特許発明2は,引用例1∼3に記載された事項に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものである。
( 4) 本件特許発明3,4について
引用例2,3に記載された40mg,80mgの投与量をそれぞれ約35mg,約70mg
に調節することは,上記(2)で検討したとおり当業者が適宜なし得ることである。
したがって,本件特許発明3,4は,引用例1∼3に記載された事項に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものである。
( 5) 引用例4の記載事項の認定
(4a) 本発明は,骨粗鬆症の治療または防止法に関する。さらに特に,本発明は,特定の骨
吸収抑制ポリホスホネート化合物の間欠投与のための明確な治療法に関する。本発明は,該治
療法に従った治療のために患者が使用すべきキットにも関する。(1欄4∼10行)
(4b) 骨粗鬆症の治療は,典型的には長時間,時には長期の治療を必要とし,患者のコンプ
ライアンス(服薬状況)が大きな問題である。骨粗鬆症を発症した患者には,有効で,投与が
容易で,および/または,投与回数が少なく,胃腸障害(例,経口投与時,クロドロネートお
よびパミドロネートなどのビスホスホネートによって引き起こされる)などの副作用を回避す
る,または,最小限に抑える新規治療法が大いに有益であると思われる。前記患者には,より
多様な形態で投与できる新規治療法も有益であると思われる 。(2欄34∼44行)
(4c) 本発明は,前記の新規治療法を提供する。本発明は,本発明人が実施した実験に基づ
いており,この実験は驚くべき結果を示した。その実験では,各種卵巣摘出ラット群に,生理
食塩水溶媒中,指示量(遊離酸として計算)の1−ヒドロキシ−3−(N−メチル−N−ペン
チルアミノ)−プロパン−1,1−ジホスホン酸ナトリウム塩(BM 21,0955)を以下のとおりに
投与した:
(1)1μg/kgの BM 21,0955 を1日1回18週間投与
(2)3μg/kgの BM 21,0955 を1日1回14日間投与に続いて,4週間の休薬期間を設け
た後,3μg/kgの BM 21,0955 を1日1回さらに14日間投与した後,さらに4週間の休
薬期間を設け,次に,3μg/kgの BM 21,0955 を1日1回さらに14日間投与し,その後,
さらに4週間の休薬期間を設けた。
(3)14日間の治療期間中,BM 21,0955 を6μg/kgの用量で1日おきのみに投与した点
を除いて,(2)と同一の治療。
(4)14日間の治療期間中,初日に21μg/kgを投与し,8日目に別に21μg/kg
を投与した点を除いて,(2)と同一の治療。
(3)および(4)で間欠投与を用いているにもかかわらず,各ラット群で,卵巣摘出によって
誘発された骨損失は完全に防止された。(2欄48行∼3欄7行)
(4d) 本発明に従った使用に適したビスホスホネートの好ましい具体例は,以下の化合物を
含む・・・4−アミノ−1,1−ヒドロキシブタン−1,1−ジホスホン酸(アレンドロネー
ト)(4欄31∼37行)
(4e) 「本明細書で使用する場合の「休薬期間」とは,患者が骨吸収抑制ポリホスホネート
を投与されず,患者が骨細胞活性化量の骨細胞活性化化合物を受けておらず,あるいは,患者
が新規骨再形成単位の有意な活性化や抑制をきたす他の条件下にない期間を意味する。しかし,
これは,該休薬期間中,患者に化学物質を投与してはならない,と言っているわけではない。
カルシウム,ビタミンD(骨細胞活性化量の骨細胞活性化ビタミンD代謝物と区別する) 鉄,
,
ナイアシン,ビタミンCおよび他のビタミンまたはミネラルサプリメント(BRUに有意な影
響を与えない)のような栄養補給を休薬期間中に与えることができ,有益である。例えばカル
シトニンおよび副腎皮質ステロイドなどのBRUに有意な影響を与えない特定の薬剤は,休薬
期間中投与できない。特に,休薬期間中,毎日のサプリメントが投与されていない場合,本発
明の治療法に従って,間欠期間および/または休薬期間中にプラセボー(砂糖丸薬シュガーピ
ル)を投与し,補助することもできる。(5欄44∼65行)
」
(4f) 本発明に記載の方法は,あらゆる種類の哺乳類,特にヒトの治療に適用できる 。(6
欄22∼24行)
(4g) 本発明は,さらに,本発明に記載の治療法を簡便,有効に実施するためのキットに関
する。前記キットは,好ましくは,上記のとおり,本発明に記載の治療法において, (dosage)
製剤
の正しい投与を簡便化する多数の単位製剤を含む。例えば,各7日間の間欠期間3回から成る
抑制期間をそれぞれ含む周期から成る治療法では,製剤を3組に分け,各抑制期間中の3回の
間欠期間のそれぞれに1組を用い,その製剤を投与しなければならない日を各製剤のそばに表
示するのが適切であると思われる。別法として,もしくは,追加的に,ポリホスホネートを投
与しない日数と等しい多数のプラセボー製剤・・・を含むのが適切であると思われる 。(6欄
25∼43行)
(4h) 本発明に記載の新規治療スケジュールによれば,投薬期間中は,患者に投薬しなけれ
ばならないのは,例えば1週間に1回だけである。これは,患者のコンプライアンスを高める
ことができる(骨粗鬆症の治療は,長期治療であるのが典型的である) ビスホスホネートは,
。
特に高齢患者では,(食事と共に摂取すると,吸収が非常に低いので)少なくとも食後2時間
後と食前1時間前に服用しなければならないので,毎日の正しい摂取が困難である。例えば1
週間に1回だけの正しい薬剤摂取に集中することの方が容易である。さらに,ビスホスホネー
トは,腸不快を引き起こす可能性がある。これらの問題をできるかぎり少なくするのが重要で
ある。(10欄58行∼11欄2行)
(4i) 骨粗鬆症の治療を必要とする患者への胃腸障害の発生を最小限に抑えながら行なう骨
粗鬆症の治療法であって,前記方法が,前記患者への有効量の骨吸収抑制ポリホスホネート化
合物または生理学的に受容可能なその塩またはエステルの投与を含み,前記ポリホスホネート
化合物を,少なくとも2回の周期を含むスケジュールに従って投与し ,前記周期のそれぞれが,
(a)前記ポリホスホネートを前記患者に間欠的に投与する約4∼約90日の抑制期間で,前
記抑制期間が,2日∼約14日から成る少なくとも2回の間欠的周期の薬剤投与期間に分けら
れており,前記薬剤を各間欠的周期の薬剤投与期間の1日だけに投与する抑制期間と,その後
の
(b)約20日∼約120日の休薬期間を含む周期であることを特徴とする骨粗鬆症の治療法。
(クレーム1)
( 5) 本件特許発明5と引用例4記載の発明との対比・判断
引用例4には,骨粗鬆症の治療を必要とする患者への胃腸障害の発生を最小限に抑えながら
行なう骨粗鬆症の治療法であって,前記治療法が,前記患者へ有効量の骨吸収抑制ポリホスホ
ネート化合物を,少なくとも2回の周期を含むスケジュールに従って投与するものであり,前
記周期のそれぞれが,( a)前記ポリホスホネートを前記患者に間欠的に投与する約4∼約90
日の抑制期間で,前記抑制期間が,2日∼約14日からなる少なくとも2回の間欠的周期の薬
剤投与期間に分けられており,前記薬剤を各間欠的周期の薬剤投与期間の1日だけに投与する
抑制期間と,その後の(b)約20日∼約120日の休薬期間を含む周期である,骨粗鬆症の治
療法が記載され(記載( 4i) ),前記胃腸障害はビスホスホネートの経口投与によって引き起こ
される副作用であり(記載(4b)),前記治療法は,あらゆる種類の哺乳類,特にヒトの治療に
適用できるものであり(記載( 4f) ),該治療法に従った治療のために患者が使用すべきキット
についても言及され(記載(4a)),該キットは多数の単位製剤を含むものである(記載( 4g))。
してみると,引用例4には ,「哺乳動物における骨粗鬆症の治療法に使用するためのキット
であって,前記治療法は,胃腸障害の副作用を最小限に抑えながらビスホスホネートを少なく
とも2回の周期を含むスケジュールに従って経口投与するものであり,前記周期のそれぞれが ,
(a)ビスホスホネートを間欠的に投与する約4∼約90日の抑制期間と,その後の( b)約20日
∼約120日の休薬期間とを含み,前記抑制期間が,2日∼約14日からなる少なくとも2回
の間欠的周期の薬剤投与期間に分けられ,前記薬剤投与期間における1日だけにビスホスホネ
ートが投与され,前記キットは多数の単位製剤を含む,キット」の発明が記載されているとい
える。
そこで本件特許発明5と引用例4に記載されたキットの発明とを対比すると,後者の各単位
製剤は当然に所定の単位用量が決められているものであるから,両者は ,「哺乳動物における
骨粗鬆症を治療するためのキットであって,所定のスケジュールに従う経口投与により使用す
るビスホスホネートの単位用量を少なくとも1回分収容する,キット」である点で一致し,次
の点で相違する。
<相違点1>
本件特許発明5がビスホスホネートとしてアレンドロネートを使用するのに対し,引用例4
に記載された発明がこのように限定していない点。
<相違点2>
ビスホスホネートの投与スケジュール及び単位用量に関し,本件特許発明5が週一回の投与
間隔を有する連続スケジュールに従って投与するという指示を含み,単位用量が酸活性体基準
で約35∼約70mgであるのに対し,引用例4に記載された発明が,2日∼約14日からな
る少なくとも2回の間欠的周期の薬剤投与期間に分けられる約4∼約90日の抑制期間(a)と ,
その後の約20日∼約120日の休薬期間(b)とを含む周期を少なくとも2回繰り返すスケジ
ュールに従って投与し,単位用量が具体的に記載されていない点。
<相違点の検討>
上記相違点について以下に検討する。
<相違点1の検討>(アレンドロネート)
引用例4には,ビスホスホネートの好ましい具体例としてアレンドロネートが挙げられ(記
載(4d)),引用例1にも骨粗鬆症治療薬におけるメタンビスホスホン酸誘導体の例としてアレ
ンドロネートが記載されている(記載(1a)(1b)(1f))。また本件特許の優先日当時,骨粗鬆症治
療用のビスホスホネートとしてアレンドロネートが広く臨床使用されていたことは周知である
(引用例2,3及び乙第1∼3,11号証参照)。
(判決注)審判乙第1∼第3号証,乙第11号証は,下記刊行物である。
審判乙第1号証 1995年(平成7年)刊行の H. Fleisch 著「BISPHOSPHONATES IN
BONE DISEASE, From the laboratory to the patient ( 2nd Edition)」147∼154頁(本訴甲
第13号証)
審判乙第2号証 1995年(平成7年)8月発行の「The American Journal of Medicine」9
9号所収の Charles H. Chesnut らによる「Alendronate Treatment of the Postmenopausal
Osteoporotic Woman: Effect of Multiple Dosages on Bone Mass and Bone Remodeling」 と題する論
文(同誌144∼152頁)(本訴甲第14号証)
審判乙第3号証 1995年(平成7年)11月30日発行の「The New England Journal of
Medicine」333号所収の Uri A. Liberman らによる「Effect of oral alendronate on bone mineral
density and the incidence of fractures in postmenopausal osteoporosis」と題する論文(同誌143
7∼1443頁)(本訴甲第15号証)
審判乙第11号証 1996年(平成8年)発行の「Lancet」348号所収の D. M. Black ら
による論文(同誌1535∼1541頁)
したがって,引用例4に記載された骨粗鬆症治療用キットで経口投与するビスホスホネート
として,アレンドロネートは当業者がまず選択するものであり,これを使用することに特段の
困難性は存在しない。
<相違点2の検討>(投与スケジュール及び単位用量)
引用例4には,薬剤投与期間中は治療スケジュールとしてビスホスホネートの週一回の経口
投与を採用することにより,特に高齢の患者を正しい薬剤摂取に集中させ,患者のコンプライ
アンスを高めることができること(記載(4h)),つまり週一回投与とする積極的利点が示され
ていることから,同引用例に記載された間欠的周期の薬剤投与期間の2日∼約14日という投
与間隔として7日を選択すること,すなわち週一回の投与間隔を採用することは当業者が容易
に行い得ることである。
ところで,引用例4には,同引用例記載の発明の基礎となる実験として,アレンドロネート
と同じくビスホスホネートの一種である BM21,0955 を,卵巣を摘出して骨損失を起こりやすく
させたラット群に対して様々な投与量・投与間隔で投与する治療を行ったことが記載されてお
り,該ラット群の中には,( 2)3μg/kgの BM21,0955 を毎日14日間投与する治療を行っ
たラットと,(4)14日間の治療期間中,初日に21μg/kgを投与し,8日目に21μg
/kgを投与した点を除くほか(2)と同一の治療を行ったラットとが含まれ,いずれのラット
でも骨損失は完全に防止されたことが記載されている(記載( 4c))。すなわち,後者の週一回
投与のラットは,前者の毎日投与のラットに比して,1回当たりの投与量が7倍に設定されて
いる。
そうすると,ビスホスホネートの投与による骨粗鬆症の治療において,毎日投与を週一回投
与に変更したときに同程度の治療効果を得ようとすれば,当業者は1回当たりの投与量を7倍
に増やすことが引用例4には示唆されているということができる。
そして,本件優先日当時,アレンドロネートを毎日経口投与して骨粗鬆症を治療する場合の
有効且つ安全な単位用量は,5∼20mg程度であることは周知(引用例3の記載( 3a)( 3b),
及び乙第1∼3,11号証を参照)であるから,引用例4に記載のキットにおいて週一回の経
口投与間隔で使用するアレンドロネートの単位用量を具体的に設定するにあたっては,上記5
∼20mgという毎日投与量を,7倍に増やして設定することは,当業者がごく自然に行うこ
とである。また引用例4では塩の形態の BM21,0955 の指示量を遊離酸として計算していること
からみて(記載( 4c) ),アレンドロネートにおいても当業者は同様にその用量を遊離酸すなわ
ちアレンドロン酸活性体基準で定めるものと認められる。
また,連続スケジュールに従って投与すること,すなわち所望の治療効果が達成されるまで
投与を繰り返すこと(本件訂正明細書9頁6∼8行)については,引用例1に週一回の投与を
繰り返すことが記載されている(記載( 1e))だけでなく,一般に,ビスホスホネートを経口投
与する骨粗鬆症の治療において,休薬期間を置く「間欠的」又は「周期的」投与法を採用しな
ければならないのは,エチドロネートのように骨吸収の抑制作用のみならず骨石灰化の抑制作
用も大きい薬剤の場合に限られ,アレンドロネートの場合には骨石灰化の抑制作用が相対的に
小さく連続投与が可能であったこと( Gibbs,C.J.,Aaron,J.E.;Peacock,M.,Br.Med.J.292,pp.1227 −
1229(1986) 1990 年 11 月販売開始の大日本住友製薬製ダイドロネル錠(エチドロネート)の
,
添付文書, E.Sirisetal.,J.Clin.Endocrinol.Metab.,81,961-967( 1996),及び引用例3の記載( 3b)を参
照)を考慮すれば,アレンドロネートを選択した際には,当業者は休薬期間(記載( 4e)( 4i))
を設けず,連続スケジュールに従った投与を行うのがむしろ普通であると認められる。
さらに,引用例4に記載のキットにも投与日に関する指示が含まれていることにみられるよ
うに(記載(4g)),投与に関する指示を含ませることはキットにおいて普通のことである。
したがって,引用例4に記載されたキットの発明において,週一回の投与間隔を有する連続
スケジュールに従う投与により使用すべき旨の指示を付加するとともに,単位用量をアレンド
ロン酸活性体基準で例えば約35∼約70mgと設定することは,当業者が引用例1,4に記
載された事項に基づいて容易になし得ることである。
( 6) 本件特許発明6について
引用例1には,アレンドロネートを経口投与する,哺乳動物における骨粗鬆症の治療に用い
る医薬組成物において,アレンドロネートの塩の水和物を用いてよいことが記載されているか
ら 記載(1a)(1b)(1c)(1f)) 引用例4に記載されたキットで用いるアレンドロネートについて,
( ,
アレンドロネート一ナトリウム三水和物という形態を選択することは,当業者が適宜なし得る
ことである。
したがって,本件特許発明6は,引用例1,4に記載された事項に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものである。
( 7) 本件特許発明7,8について
引用例4に記載されたキットの発明において,週一回の経口投与に用いるアレンドロネート
の単位用量を約35mg又は約70mgと設定することは,上記(4−4)に記載した理由に
より当業者が容易になし得ることである。
したがって,本件特許発明7,8は,引用例1,4に記載された事項に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものである。
( 8) 審決の「むすび」
以上のとおりであるから,本件特許発明1ないし4は引用例1∼3に記載された発明に基づ
いて,本件特許発明5ないし8は引用例1,4に記載された発明に基づいて,いずれも当業者
が容易に発明をすることができたものである。したがって,本件請求項1∼8に係る発明の特
許は,法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり,法第123条第1項第2号に
該当し,無効とすべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由1(引用例2,3についての公知文献性の認定の誤り)
審決は,本件特許発明1が,引用例2,3に記載された事項に基づいて,当業者
が容易に発明することができたものである旨判断したが,引用例2,3は,いずれ
も本件特許出願に係る優先権主張日(最先日・平成9年7月22日)前に頒布され
た刊行物に当たらないから,これらに基づく,上記容易想到性の判断は誤りである。
2 取消事由2(本件特許発明1と引用例3記載の発明との相違点についての判断
の誤り)
(1) 審決は,本件特許発明1と引用例3記載の発明との相違点について,「引用
例3には,アレンドロネートの経口投与によるヒトの骨粗鬆症の治療において,相
対的に高いコストと潜在的な副作用を引き下げるために,毎日でなく,40mgの
投与を週一回行えばよいことが記載され,投与量についてのこの新しい臨床的な方
法は,少なくとも短期的な試験により検証される必要があることが記載されている
(記載( 3c))。 また引用例2においても,ヒトの骨粗鬆症を治療する目的でアレ
ンドロネートを経口投与するに際し,服用の問題を避け,コストを下げるために,
週一回40mg又は80mgの投与をできる可能性があることが記載されている
(記載(2a)( 2b)( 2c) )。 そうすると,本件優先日当時にアレンドロネート10m
gを毎日経口投与する骨粗鬆症治療薬について,服用の問題を避け,コストを下げ
るために,毎日10mgの投与に代えて,週一回40mg又は80mgの投与を採
用することは,当業者が上記引用例2,3の記載に基づき容易に試みることである。」
と判断した。
しかしながら,以下のとおり,この判断は,引用例2,3の記載及び優先権主張
日当時の技術常識に反し,また,上記優先権主張日当時の技術常識に基づく阻害要
因等を看過したものであって,誤りである。
(2) まず,引用例3の記載( 3c)を含むパラグラフ(31頁左欄33∼55行,訳
文1頁16∼26行。以下「パラグラフ1」という 。)には,アレンドロネートを
連続的に経口投与する際に,当業者が無視することができない上部消化管障害とい
う副作用に対する解決手段は記載されていない。パラグラフ1には,ビスホスホネ
ート(アレンドロネートを含む。)の用法・用量に関し,「毎日投与よりもむしろ週
に2回または3回だけ投与すること」「ブタの場合,4日ごと,あるいは20日間
,
のうち5日間標準「一日量」を投与すること」 「ヒトの場合 ,
, ・・・10mgの投
与を,理論的には,週3回,あるいは40mgの投与を週1回行うこと」「週3回
,
で3ヶ月経過後,代謝回転が低いままであれば,投与を週2回以下に減らすこと」
という,単なるオプションが,臨床的意義についての説明もなく列挙されているに
すぎず,理論的な根拠や実験による裏付けも示されていない。
加えて,パラグラフ1は,「文献23」,すなわち,1987年(昭和62年)刊
行に係る「Calcified Tissue International」所収の M.C.de Vernejoul らによる「Different
Schedules of Administration of ( 3 Amino-1-Hydroxypropylidene)-1, 1 Bisphosphonate
Induce Different Changes in Pig Bone Remodeling」と題する論文(甲第7号証。以下
単に「文献23」という。)を引用する。しかしながら,文献23は,アレンドロ
ネートと化学構造が異なるパミドロネートの皮下注射実験において,間欠投与が,
ブタの骨吸収の減少の程度及び骨芽細胞の形成速度に及ぼす影響を,毎日投与と比
較して記載しているにすぎないものである。そして,皮下注射により投与する場合
には,薬剤が直接血液などの末梢循環系に入り,胃腸を経由しないこと,それゆえ,
胃腸に対する副作用が起こり得ないことは,本件特許出願当時における当業者の技
術常識であり,「経口ビスホスホネートの相対的に高いコストと潜在的な副作用を
引き下げるためのひとつの方法」として,上記オプションを列挙しながら,胃腸に
対する副作用を考慮する必要がない皮下注射における用法・用量を論ずる引用例3
の記載は首尾一貫しておらず,引用例3の著者が,文献23の内容を十分に理解し
て,パラグラフ1を記載したものでないことは明らかである。
上記のとおり,パラグラフ1には,一日当り高用量(20mgを超える用量)で
アレンドロネートを連続的に経口投与した場合における上部消化管に対する副作用
を解決するための手段は何ら開示されていない。また,週一回という投与間隔で4
0mgを投与するという構成により,アレンドロネートの経口投与において惹起さ
れる懸念がある上部消化管障害を克服できることを,何らかの理論的根拠や実験的
な裏付けなしに,当業者が認識することはできない。したがって,当業者が,引用
例3の上記記載に接したとしても,ビスホスホネート,特にアレンドロネートの経
口投与において無視することのできない重大な問題である上部消化管障害という副
作用を軽減させるための解決手段として,その用法・用量を採用することを動機づ
けられることもなければ,その記載によって何かを示唆されることもあり得ない。
( 3) 次に,引用例2にも,アレンドロネートの連続スケジュールに従う経口投与
において,本件特許発明1が課題とする上部消化管に対する副作用の問題について
は,何ら解決手段(用法・用量)が示されておらず,引用例2のいかなる記載も,
上部消化管障害を軽減するための構成を採用することに資するものではない。
すなわち,審決は,引用例2の記載(2c)(23頁中欄36∼43行,訳文2頁5
∼9行)を引用するが,記載( 2c)の前段(第1文)は , episodic (once/week)」と
「
の記載に係る「 episodic」(ウェブスター英英辞典によれば ,「事象が,通常不規則
な間隔で,起こり,現れ,又は変化すること」(甲第9号証)とされており,周期
的な投与間隔を意味するものではない。)と「once/week」との関係が不明であり,
また,「週1回(once/week)」又は「毎月1週間(one week each month)」という投
与間隔の提案は,「好まれるかも知れない( may favor)」という程度のものである
にすぎない。
また記載(2c)の後段(第2文)は, potentially(潜在的に) との語に照らして,
「 」
単に引用例2の筆者が可能性があると考えていることが記載されているにすぎない
上,引用例2が,例えば, Some U. S. physicians are reluctant to treat because of: ( a)
「
side effects, (b) difficulty of dosing, and (c) high costs ($700/year).(一部の米国医
師は,(a) 副作用,( b) 投与の難しさ,及び( c) 高コスト( $700/年)の理由で治
療に必ずしも積極的ではない。 」
)(23頁左欄下から9∼6行) 「This antagonism
,
possibly could be a factor in the unexpectedly high frequency of side effects and dosing
difficulties.(この反感は,おそらく,意外に高頻度の副作用及び投与の難しさが要
因であろう 。 」
) (23頁中欄28∼31行)との各記載のように ,「副作用( side
effects)」と「投与の難しさ(difficulty of dosing)」とを区別していることにかんが
みると ,「服用の問題( dosing problem)」とは,服用行為そのものに関する問題
(difficulty of dosing)であると考えるのが自然であって,副作用(side effects)を
意味するものとは解されない。
したがって,引用例2の上記記載は,経口投与という行為そのものに付随する 服
「
用の問題」 なお,本件訂正後の明細書(甲第6号証の2 。以下単に「本件明細書」
(
という。)の発明の詳細な説明の3頁17∼20行に記載されているとおり,ビス
ホスホネートの経口投与においては,胃を空にしてビスホスホネートを摂取し,そ
の後少なくとも30分は絶食することが推奨されているが,多くの患者にとってそ
のような服薬条件は負担であった。)を避けるための用法・用量に関するものであ
り,少なくとも上部消化管障害を軽減するための用法・用量が記載されているもの
ではない。
( 4) 本件特許出願に係る優先権主張日当時,アレンドロネートなどのビスホスホ
ネート類が,破骨細胞による骨吸収の選択的阻害剤として,骨粗鬆症などの異常な
骨吸収に伴う骨疾患の治療又は予防に効果があることは,周知であったが,その一
方で,上記優先権主張日までに,アレンドロネートを一日一回連続的に経口投与す
る場合には,副作用として,重篤な食道炎や食道潰瘍が発生する懸念があるため,
臨床上の至適用量は一日当り10mgであり,20mgを超える用量だと,上部消
化管障害発生の可能性が増大し,40mgでは上部消化管障害を惹起する可能性が
極めて高いとする報告が数多くあり(甲第13∼第19号証),上部消化管障害の
発現を最小限に抑えながら骨粗鬆症の骨疾患治療に充分な効果を与えるアレンドロ
ネートの用量は20mgが限度であり,骨粗鬆症の治療のためにアレンドロネート
を経口投与する際には,上部消化管障害という副作用の懸念のために,一定の連続
スケジュールに従う高用量(20mgを超える用量)投与を避けるということは,
上記優先権主張日当時,当業者の技術常識であった。
そして,引用例3には,理論的な根拠や実験による裏付けを伴うことなく,アレ
ンドロネートの様々な用法・用量が単なるオプションとして列挙されているにすぎ
ず,引用例2にも,アレンドロネートの連続スケジュールに従う経口投与における ,
上部消化管に対する副作用の問題については,何ら解決手段(用法・用量)が示さ
れていないことは,上記のとおりであるから,たとえ,これらの引用例に,週1回
40mgの投与が記載されていたとしても,当業者が,これを採用することについ
ては,重大な阻害事由があり,容易であるということはできない。
( 5) 本件特許発明1は,上記優先権主張日当時の技術常識及びこれに基づく重大
な阻害事由にもかかわらず,アレンドロネートを連続的に経口投与する際の上部消
化管障害という副作用の問題解決手段として,週1回高用量の投与という構成を採
用し,本件明細書の実施例1(17頁4行∼20頁表1)記載のとおり,上部消化
管障害の軽減という,当業者にとって全く予測のできなかった顕著な効果を奏する
ことができたものである。
( 6) したがって,本件特許発明1と引用例3記載の発明との相違点についての審
決の判断は誤りである。
3 取消事由3(本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点についての判断
の誤り)
(1) 審決は,本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点1につき,「引用
例4には,ビスホスホネートの好ましい具体例としてアレンドロネートが挙げられ
(記載( 4d)),引用例1にも骨粗鬆症治療薬におけるメタンビスホスホン酸誘導体
の例としてアレンドロネートが記載されている(記載(1a)( 1b)( 1f))。また本件特
許の優先日当時,骨粗鬆症治療用のビスホスホネートとしてアレンドロネートが広
く臨床使用されていたことは周知である・・・。 したがって,引用例4に記載さ
れた骨粗鬆症治療用キットで経口投与するビスホスホネートとして,アレンドロネ
ートは当業者がまず選択するものであり,これを使用することに特段の困難性は存
在しない。」と判断し(以下,この部分の判断を「判断A」という 。 ,さらに,判
)
断Aを前提として,同相違点2につき,「ビスホスホネートの投与による骨粗鬆症
の治療において,毎日投与を週一回投与に変更したときに同程度の治療効果を得よ
うとすれば,当業者は1回当たりの投与量を7倍に増やすことが引用例4には示唆
されているということができる。 そして,本件優先日当時,アレンドロネートを
毎日経口投与して骨粗鬆症を治療する場合の有効且つ安全な単位用量は,5∼20
mg程度であることは周知(引用例3の記載(3a)(3b),及び乙第1∼3,11号証
を参照)であるから,引用例4に記載のキットにおいて週一回の経口投与間隔で使
用するアレンドロネートの単位用量を具体的に設定するにあたっては,上記5∼2
0mgという毎日投与量を,7倍に増やして設定することは,当業者がごく自然に
行うことである 。 ,
」 「引用例4に記載されたキットの発明において,週一回の投与
間隔を有する連続スケジュールに従う投与により使用すべき旨の指示を付加すると
ともに,単位用量をアレンドロン酸活性体基準で例えば約35∼約70mgと設定
することは,当業者が引用例1,4に記載された事項に基づいて容易になし得るこ
とである 。」と判断した(以下,これらの判断を,順次 ,「判断B 」 「判断C」と
,
いう。。
)
しかしながら,以下のとおり,判断A∼Cは,優先権主張日当時の技術常識を看
過したものであって,誤りである。
(2) まず,引用例4に実質的に開示されているのは, BM21,0955(イバンドロネ
ートの商品名)を用いたラットの皮下注射投与に係る間欠的投与スケジュールであ
るところ,引用例4には, BM21,0955 のほかに,アレンドロネートを含む他の化
合物(エチドロネート,パミドロネート,チルドロネート,リゼドロネート,クロ
ドロネートなど)についても記載されているが(4欄34∼62行 ),アレンドロ
ネートは,エチドロネートなどと同列に扱われており,かつ,上記ラットの皮下注
射投与に係る間欠的投与スケジュールとの関連は,何ら示されていない。したがっ
て,判断Aは,判断Bの基礎となり得ない。
審決は,「毎日投与を週一回投与に変更したときに同程度の治療効果を得ようと
すれば,当業者は1回当たりの投与量を7倍に増やすことが引用例4には示唆され
ている」とするが,ビスホスホネートに含まれる化合物であっても,その化学構造
が異なれば,用法・用量が異なることは技術常識であり,また,皮下注射の場合に,
上部消化管に対する副作用を考慮する必要がないことも,上記2のとおり,優先権
主張日当時の技術常識であるから,引用例4に示された BM21,0955 の皮下注射の
場合の用法・用量に関する知見が,経口投与の場合に上部消化管障害の副作用の懸
念があるアレンドロネートの用法・用量について,何の参考にもならないことは明
らかである。
そして,優先権主張日当時の技術常識として,アレンドロネートの経口投与は,
その用量に依存して上部消化管障害が惹起される蓋然性が高くなり,当業者は,2
0mgを超える高用量を避ける傾向にあったことは,上記2の(4)のとおりである。
したがって,審決の判断Bには,根拠が全く示されていない。
( 3) さらに,上記のとおり,引用例4に記載されているのは, BM21,0955 を用
いたラットの皮下注射投与に係る間欠的投与スケジュールであり, BM21,0955 と
化学構造が全く異なるアレンドロネートを用いた経口投与に係る投与スケジュール
における用法・用量に何らの示唆も与えるものではないから,判断Cが誤りである
ことも明らかである。
( 4) したがって,本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点についての審
決の判断は誤りである。
4 取消事由4(手続違背)
本件特許発明1を無効とすべきものとした審決は,引用例3をいわゆる主引例と
し,引用例2をいわゆる副引例として,本件特許発明1の容易想到性を判断したも
のであるが,無効審判請求人である被告は,引用例1を主引例,引用例2,3を副
引例として,本件特許発明1が容易想到であると主張していたものである。
加えて,本件特許発明1に係る「対比・判断」において,審決が引用する引用例
3の記載部分と,被告の主張が引用する引用例3の記載部分とは,全く重なってい
ない。また,審決が引用する引用例2の記載部分と,被告の主張が引用する引用例
2の記載部分とは,一部が重なるだけである。
そうすると,本件特許発明1に係る審決の無効の理由は,被告が主張した無効理
由と明らかに異なるものであって,新たな無効理由にほかならないから,特許法1
53条2項に則り,原告に対し,当該無効理由を通知して,意見を述べる機会を与
えることが必要であったが,そのような手続は,一切行われなかった。
したがって,審決には手続違背の瑕疵があり,この瑕疵が,審決の結論に影響を
及ぼすことは明白である。
第4 被告は,適式の呼出を受けながら,本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書そ
の他の準備書面を提出しない。
第5 当裁判所の判断
特許庁における手続の経緯,発明の要旨及び審決の理由が原告主張のとおりであ
ることは,被告において明らかに争わないところであり,これによれば,被告は,
本件において,前示の内容をもつ審決という行政処分が原告主張のとおりになされ
たことは,自白したものとみなされる。
そこで,原告主張の審決取消事由について検討する。
1 取消事由1(引用例2,3についての公知文献性の認定の誤り)について
引用例2 ,3は,いずれも, LUNAR NEWS」
「 のタイトルと, FROM THE LEADER
「
IN BONE MEASUREMENT(骨計測の分野における先進的企業より )」との副題を
有する冊子であり,それぞれの1頁目に発行年月の記載と目次(In This Issue)が
あって,目次の下部には, LunarNews is published three times a year. Subscriptions are
「
free. For information about receiving this publication, contact Lunar Corp.( LunarNews
は,年3回発行される。購読料は無料である。この刊行物の受領に関する情報を得
るには,Lunar Corp.に連絡されたい。」との記載及び Lunar Corporation の著作権表
)
示があり,また,それぞれの末尾の奥書には, Lunar Corporation の本社(米国ウイ
スコンシン州)並びにヨーロッパ,ドイツ及びアジア太平洋の各支社の住所等のほ
か, LunarNews is copyrighted by Lunar Corporation, United States, who is wholly
「
responsible for the content.( LunarNews は,米国 Lunar Corporation に著作権があり,
同社は,その内容につき全面的に文責を負う。」との記載がある。
)
そして,それぞれの冊子には,目次で示されたテーマごとに比較的簡潔な解説が
あるが(審決に引用されたのは,引用例2,3とも「 Therapy Update」のうちの
「Bisphosphonate」というテーマの部分である 。 ,各テーマに係る解説中には,い
)
ずれも「 REFERENCES」として多くの研究論文が挙げられており,各解説は,こ
れら多くの研究論文を紹介して,各テーマごとの研究の動向や今後の方向性等を報
告するという体のものである。
以上の事実によれば, LUNAR NEWS」は,米国の Lunar Corporation が,同社
「
の業務分野に関係する研究テーマごとに,読者に対し,当該テーマに関して発表さ
れた研究論文を紹介し,研究の動向や方向性等についての情報を提供するため,当
該論文の内容を織り込んで,Lunar Corporation 自身がまとめた解説を内容として,
年3回発行する刊行物であり,購読を希望する者に対しては,無償で配布するもの
であることを推認することができる。
そして,このような刊行物の発行は,通常,発行会社の宣伝を兼ねて,社会一般
に対する企業サービスとしての情報提供として行われるものであり,かつ,解説の
執筆や編集・発行に一定の費用や労力を要するものであるから,そのような目的や
コストに相応する相当程度の部数が発行されていることも優に推認される。
そして,引用例2が1996年(平成8年)7月に,引用例3が1997年(平
成9年)4月にそれぞれ発行されたことは,各1頁の発行年月の記載によって明ら
かであるところ,本件発明に係る優先権主張日は平成9年7月であるから,引用例
2,3が,特許法29条1項3号にいう「特許出願前に(本件においては,優先権
主張日前に )・・・外国において,頒布された刊行物」に当たることは明らかであ
り,この認定を覆すに足りる証拠はない。
したがって,取消事由1に係る原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件特許発明1と引用例3記載の発明との相違点についての判断
の誤り)について
( 1) 原告は,引用例3及び引用例2について,ビスホスホネート(アレンドロネ
ート)を連続的に経口投与する際の,上部消化管障害という副作用に対する解決手
段が開示されているものではなく,当業者が,上記副作用を軽減させるための解決
手段として,引用例3,2に記載された用法・用量を採用する動機付けや示唆はな
いと主張する。
( 2) しかしながら,引用例3には, Studies over the past decade have given
「
physicians confidence that bisphosphonates,and in particular alendronate,are useful in
treating osteoporosis. Control of alendronate administration,as in the FIT study,can
minimize side effects. In the FIT study,40% of the placebo group had upper
gastrointestinal problems compared to 41.3% in the alendronate-treated group.(過去10
年間に及ぶ研究の結果,内科医は,ビスホスホネート,特に,アレンドロネートが
骨粗鬆症の治療に有用であるとの自信を持った。アレンドロネートの投与を管理す
ることにより,骨折干渉試験( FIT)研究におけるように,副作用を最小限にするこ
とができる。FIT研究において,プラシーボを投与した群の40%に上部胃腸障
害が発生したが,一方アレンドロネートを投与した群の41.3%に上部胃腸障害
が発生した。)」(30頁中欄41行∼右欄4行。訳文は甲第26号証40頁15∼
21行)「Oral bisphosphonate therapy in subjects older than 70 years is complicated by
,
gastro-esophageal and intestinal difficulties more than in younger patients.(70歳以上
の患者に対するビスホスホネートの経口投与治療は,若い患者より胃食道及び胃腸
障害を悪化させる。 」
) (31頁左欄13∼17行。訳文は甲第26号証40頁22
∼24行)との各記載があり,これらの記載のやや後にパラグラフ1があるのであ
るから,パラグラフ1における「the potential side-effects( 潜在的な副作用) とは,
」
胃食道及び胃腸障害や上部胃腸障害,すなわち,上部消化管障害を意味するものと
読むことが自然であり,したがって,パラグラフ1には,上部消化管障害という副
作用を軽減させるための解決手段として,週1回40mgのアレンドロネート投与
が記載されているものと認められる。
引用例3は,確かに,原告の主張するとおり,上部消化管障害の軽減との関連に
おいて,週1回40mgのアレンドロネート投与の有用性に係る,理論的根拠の明
示的な記載や実験的な裏付けを伴うものではない。しかしながら,原告が自認する
ように,薬剤が胃腸を経由しない皮下注射による投与においては,胃腸に対する副
作用は生じないことが,本件特許出願当時の技術常識であったことに照らせば,ア
レンドロネートの経口投与における上部消化管障害の副作用は,薬剤が消化管を経
由して投与される際に,直接消化管に接触するなどして生ずるものと考えられるか
ら,そうであれば,消化管障害の副作用は,消化管と接触する薬剤の量が多く,接
触する時間が長いほど,また,接触頻度が高いほど生じやすく,悪化しやすいこと
は容易に理解されるところである。したがって,投与間隔を長くする(毎日投与か
ら週2∼3回,あるいは週1回投与とする)間欠投与の提案は,それ自体として,
上部消化管障害軽減の理論的根拠を示唆するものであり,少なくとも,当業者がこ
れを試みる動機付けとなるものということができる。
また,原告は,パラグラフ1において,ブタに対するパミドロネートの皮下注射
実験における間欠投与の影響を記載した文献23が引用されていることを捉え,皮
下注射による投与においては,胃腸に対する副作用は生じないことが,本件特許出
願当時の技術常識であったから,副作用等を引き下げるための方法として,上記オ
プション(間欠投与の各方法)を列挙しながら,皮下注射における用法・用量を論
ずる引用例3の記載は首尾一貫しておらず,引用例3の著者が,文献23の内容を
十分に理解して,パラグラフ1を記載したものではないと主張する。
しかしながら,パミドロネートもビスホスホネートに含まれるものであり,また,
パラグラフ1の「In pigs, the bisphosphonate dose can be reduced without adverse effect
on skeletal response by giving a standard "daily dose" every fourth day, or for 5 days out
of 20 [23].」との記載部分は,ビスホスホネートの間欠投与を提案する前提として,
間欠投与の方法を採用することにより,投与される薬剤の総量が減少することがあ
ることにかんがみ,投与総量のある程度の減少は,ビスホスホネート投与の本来の
目的である骨疾患の治療効果に不都合となるほどの影響を及ぼさないことを確認し
たものと考えられるから,この部分で引用された文献23に記載された実験が,パ
ミドロネートの皮下注射実験であるとしても,パラグラフ1ないし引用例3の記載
が首尾一貫していないとか,引用例3の著者が,文献23の内容を十分に理解して
いないなどといった非難は当たらない。
( 3) 引用例2の記載(2c)について,原告は , episodic (once/week)」との文言に
「
係る「 episodic」と「 once/week」との関係が不明であるとか ,「週1回」又は「毎
月1週間」という投与間隔の提案は ,「好まれるかも知れない( may favor)」とい
う程度のものであるにすぎないと主張し,また,記載( 2c)の後段(第2文)は,
「potentially(潜在的に )」との語に照らして,単に引用例2の筆者が可能性がある
と考えているにすぎないとも主張する。
しかしながら , episodic ( once/week)」というような表現の仕方は,括弧内の
「
「 once/week」により , episodic」の具体的内容を説明する場合の用法として頻繁
「
に使われるものであるから , once/week」の意味が明確である以上, episodic」の
「 「
本来の語義と多少の開きがあっても,文意が不明であるということはできない。ま
た, may favor」「potentially」との各語により,記載(2c)が,全体として,断定を
「 ,
避ける言い回しとなっていることは,そのとおりであるとしても,記載(2c)が,高
コストや「服用の問題」(その意味は次に検討する。)を避ける方法として,アレン
ドロネートを週1回40mg又は80mg経口投与することを提案していることは
十分に読みとれるのであるから,当業者が,これを試みることを示唆されることは
明らかである。
原告は,さらに,引用例2が, 副作用 side effects) と 投与の難しさ difficulty of
「 ( 」「 (
dosing)」とを区別しているとして,記載(2c)の「服用の問題(dosing problem)」と
は,服用行為そのものに関する問題 difficulty of dosing)
( であり ,副作用 side effects)
(
を意味するものではないと主張する。
しかしながら,引用例2には, Some U. S. physicians are reluctant to treat because
「
of: (a) side effects, (b) difficulty of dosing, and ( c) high cost ($700/year). First,
Merck recently sent a letter to physicians warning of esophagitis. Some physicians report
that 5 to 15% of patients experience gastric and/or esophogeal distress, but most have seen
no side effects. Serious side-effects of ulceration and stricture appear rare[ 14]. Second,
some patients also stop alendronate because of the dosing difficulty. The limited
bioavailability of alendronate( 0.8%) requires that it be taken on an empty stomach upon
awakening with a full glass of water( not tea, coffee, or juice), and the patient must
remain upright for 30 to 60 minutes[ 15]. A few elderly women can tolerate this regime
for a only week or two.(アメリカ合衆国の治療者の中には,(a)副作用 , (b)投与の
難しさ,(c)高コスト・・・を理由に,使用をためらう者もいる。第一に Merck は
最近,治療者に,食道炎を警告する手紙を送った。ある治療者たちは,5ないし1
5%の患者が胃及び/又は食道の苦痛を経験すると報告しているが,しかし多くの
治療者は副作用を全く観察していない。潰瘍化や狭窄といった深刻な副作用はまれ
であることは明白である。第二に,ある患者たちはまた,服用の難しさのために,
アレンドロネートの服用を中止する。アレンドロネートは,その生物学的利用能が
限定されている(0.8%)ために ,覚醒時 ,空腹状態で,コップ1杯の水(紅茶,
コーヒー,ジュースは不可)とともに服用する必要があり,患者は30ないし60
分間,直立していなければならない。1週間あるいは2週間だけでもこの様式に耐
えられる高齢の女性は少ない。 」
) (23頁左欄51行∼中欄13行。訳文1頁15
∼末行)との記載があるところ,この記載の第2文以下の「 First,」で始まる部分
及び「Second,」で始まる部分は ,それぞれ,第1文の「(a) side effects」及び「(b)
difficulty of dosing」に対応していることが明らかであるから(なお,この記載部
分に引き続いて, Third,」で始まり,アレンドロネートのコストについて論じた部
「
分がある 。 ,ここでいう「副作用(side effects)
) 」が,食道炎等の上部消化管障害
を指していることは明白である。そして,この記載部分では,副作用の発生が必ず
しも多くはないとされているが,このやや後に上記副作用がやはり無視できない問
題であることを示唆する「This antagonism possibly could be a factor in the
unexpectedly high frequency of side effects and dosing difficulties.(この反感は,おそ
らく,意外に高頻度の副作用及び投与の難しさが要因であろう 。 」
) (23頁中欄2
8∼31行。訳文2頁2∼3行)との記載があり,さらに,そのすぐ後に「 The
difficulties with oral bisphosphonates may favor their episodic ( once/week), or cyclical
(one week each month) administration. Even oral alendronate potentially could be given
in a 40 or 80 mg dose once/week to avoid dosing problems and reduce costs. (ビスホス
ホネートの経口投与における難しさのために,それらを間欠的な(週1回 ),ある
いは周期的に(毎月1週間)投与することが好まれるかもしれない。アレンドロネ
ートを経口投与する場合であっても,服用の問題を避け,コストを下げるために4
0mgまたは80mgの投与量を週1回投与することも潜在的に可能であるかもし
れない。 」
) (23頁中欄36∼43行。訳文2頁5∼末行)との記載(2c)が続くの
であるから,記載(2c)の「dosing problems(服用の問題)」とは,コストの問題と
対比して,服用に伴う問題,すなわち,副作用の問題と投与の難しさの問題の両者
を意味するものと解するのが自然である。
(4) さらに,原告は,アレンドロネートを一日一回連続的に経口投与する場合に
は,消化管障害という副作用の懸念のために,一定の連続スケジュールに従う高用
量(20mgを超える用量)投与を避けることが,優先権主張日当時,当業者の技
術常識であったから,引用例2,3に,週1回40mgの投与が記載されていたと
しても,当業者が,これを採用することについては,重大な阻害事由があり,容易
ではないと主張する。
しかしながら,上記主張に係る当業者の技術常識は,原告の主張によるとしても,
アレンドロネートを1日1回連続的に経口投与する場合のものである。この点につ
き,原告が,上記技術常識を証するため,優先権主張日前に頒布された刊行物とし
て提出した甲第13∼第19号証(いずれも添付された抄訳文において訳出された
部 分 が 証 拠 と な る 。) を 見 て も , 甲 第 1 3 号 証 ( Herbert Fleisch 著
「BISPHOSPHONATES IN BONE DISEASE」 には, alendronate is very well tolerated
) 「
up to a daily oral dose of 20mg. At 40mg signs of upper gastrointestinal intolerance may
occur. alendronate is very well tolerated at the recommended dosage.(アレンドロネー
トは,毎日経口投与において20mgの用量までは十分に忍容性がある。40mg
の用量では上部消化管において耐えられない障害を生じる可能性がある。アレンド
ロネートは推奨用量では十分に忍容される)(148頁17∼19行。訳文6∼9
」
行)との記載が,甲第14号証(The American Journal of Medicine 99号所収の
Charles H. Chesnut,Ⅲらによる「 Alendronate Treatment of the Postmenopausal
Osteoporotic Woman: Effect of Multiple Dosages on Bone Mass and Bone Remodeling」
と題する論文)には, The only adverse clinical or laboratory effects that appeared to be
「
related to alendronate were upper gastrointestinal intolerance and rash. The former
included nausea, dyspepsia, mild esophagitis/gastritis, and abdominal pain, and occurred
primarily in the first year during treatment with 40 mg alendronate. Seven and 2 patients
discontinued study participation due to adverse gastrointestinal effects in the first and
second years, respectively. Of these 9 patients withdrawn from alendronate therapy due to
an adverse upper gastrointestinal effects, 7 were receiving 40 mg and only 1 was receiving
a dose lower than 20 mg.(アレンドロネートに関連すると思われる臨床的又は実験
的な副作用は,上部消化管不耐性及び発疹のみである。前者としては,吐き気,消
化不良,軽い食道炎/胃炎,及び腹痛が挙げられ,主として,40mgのアレンド
ロネートでの治療期間の最初の年に発症した。7名,2名の患者が,それぞれ最初
の年と2年目に,上部消化管障害が発現したことが理由で試験を中止した。これら
9名の上部消化管障害のためにアレンドロネート治療を中止した患者のうち,7名
は,40mgを投与されており,20mg未満を投与されていたのはたった1名で
あった。 」
) (150頁左欄4∼17行。訳文1頁下から8∼1行) 「Therapy with
,
alendronate was associated with few side effects; upper gastrointestinal intolerance was the
most common adverse experience,and was usually related to the 40-mg dosage. In this
study, alendronate treatment for 2 years improved and maintained skeletal bone mass. The
optimal dosage, associated with minimal side effects, appears to be 5 to 10 mg. At such
dodages, alendronate therapy appeared to be well tolerated and effective for the treatment
of osteoporosis in postmenopausal women in this study.(アレンドロネートによる治療
では,ほとんど副作用を伴わない。最も多く見られるのは,上部消化管障害であり ,
これは通常40mgの用量に関係していた。 本研究によれば,2年間にわたるア
レンドロネート治療によって,骨格の骨量が増加し,維持された。副作用を最小限
にする最適な用量は5∼10mgであろう。本研究によれば,そのような用量であ
れば,アレンドロネート治療は,十分に忍容性があり,閉経後の女性の骨粗鬆症治
療に有用であるものと考えられる。 」
) (151頁左欄下から4行∼右欄7行。訳文
2頁2∼9行)との各記載が,甲第15号証( The New England Journal of Medicine
3 3 3 巻 2 2 号 所 収 の Uri A. Liberman ら に よ る 「 EFFECT OF ORAL
ALENDRONATE ON BONE MINERAL DENSITY AND THE INCIDENCE OF
FRACTURES IN POSTMENOPAUSAL OSTEOPOROSIS」と題する論文)には,
「Continuous therapy with 10 mg of alendronate per day provided maximal efficacy, was
well tolerated and is therefore the optimal dose for the treatment of osteoporosis in
postmenopausal women.(アレンドロネートを1日当たり10mg連続して投与した
場合に最大効果が得られ,しかも忍容性が良好であったことから,閉経後の女性の
骨粗鬆症治療には1日当たり10mgが最適な用量である 。 」
) (1442頁左欄1
0∼13行。訳文2∼4行)との記載が,甲第16号証(Today's Therapeutic Trends
1 4 巻 1 号 所 収 の Jonathan D. Adachi に よ る 「 Osteoporosis − Its
Diagnosis,Management and Treatment with a New Oral Bisphosphonate Agent,
Etidronate」と題する論文)には, Efficacy of alendronate was demonstrated in a recently
「
reported publication.( 36) In a three-year randomized, double-blind,
placebo-controlled,multicentered study, 994 subjects were treated with either placebo or
alendronate 5, 10 or 20 mg/day. All were supplemented with calcium 500 mg/day.
Alendronate produced increases in BMD of the lumbar spine, proximal femur, forearm and
total body at all doses. Increases in BMD continued throughout the three years of study.
As the efficacy of 10 mg/day was found to be comparable to that of 20 mg/day, while 5
mg/day was less effective, 10 mg/day was determined to be the appropriate alendronate
dose.(アレンドロネートの有効性が最近報告された刊行物において示された 。(注
36 )(判決注: 注36)は,上記甲第15号証の論文である。
( )3年間にわたる
無作為化,二重盲検,プラセボ対照,他施設共同試験において,994名の被験者
にプラセボ又はアレンドロネート5,10又は20mg/日を投薬した。全被験者
は,500mg/日のカルシウムを摂取した。アレンドロネートは,全用量におい
て,腰椎,大腿近位部,前腕及び全身のBMDを増加させた。BMDは3年間の試
験期間を通して増加を続けた。10mg/日の有効性は,20mg/日に匹敵する
ものであった。他方,5mg/日はやや有効性が劣るものであった。このため,1
0mg/日が適量なアレンドロネートの用量であると決定された。 」
) (19頁17
∼26行。訳文2∼11行)との記載があって,それぞれ,経口投与の1日当たり
の忍容用量は20mgまでであり,40mgでは上部消化管障害を発現すること,
10mgが最適の用量であることが記載されている。なお,それらの用量が,毎日
連続投与における1日当たりのものであることは,各記載自体により(甲第14号
証においては,記載と145頁右欄の「 TABLE 1」により)示されているところ
である(なお,甲第17∼第19号証には,用量の記載がない 。。
)
そうすると,原告主張の上記技術常識は,それが認められるとしても,アレンド
ロネートを連続して毎日投与する場合のものであるのに対し,上記引用例2,3に
記載されているのは,週1回というような,投与間隔を空けた間欠投与であり,か
つ,上記2の(2)のとおり,アレンドロネートの経口投与における上部消化管障害
の副作用は,薬剤が消化管を経由して投与される際に,直接消化管に接触するなど
して生ずるものと考えられるとすれば,消化管内壁が,例えば40mgのアレンド
ロネートと,連続して毎日接触する状態と,接触しない日が6日間続く その間に,
(
自然治癒力による回復がある)状態とを同列に論ずることができないことは明らか
である。
したがって,原告主張の上記技術常識は,当業者が,引用例2,3記載の投与方
法を試みるに当たって妨げとなるようなものということはできず,これを阻害事由
とする原告の主張は失当である。
( 5) 原告は,本件特許発明1が,当業者にとって全く予測のできなかった顕著な
効果を奏することができたと主張するところ,この主張は,週1回高用量の投与と
いう構成を採用することにつき,優先権主張日当時の技術常識に基づく重大な阻害
事由があったことを前提とするものであるが,その前提が失当であることは,上記
(4)のとおりであるから,上記主張も失当である。
( 6) したがって,本件特許発明1と引用例3記載の発明との相違点についての審
決の判断に誤りはなく,原告の取消事由2を採用することはできない。
3 取消事由3(本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点についての判断
の誤り)について
( 1) 原告は,本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点につき審決がした
判断Bが誤りであると主張するので,原告が当該主張の理由として挙げる諸点につ
いて,以下,検討する。
ア 原告は,まず,引用例4に実質的に開示されているのは, BM21,0955(イバ
ンドロネード)を用いたラットの皮下注射投与に係る間欠的投与スケジュールであ
り,引用例4には, BM21,0955 のほかに,アレンドロネートを含む他の化合物に
ついても記載されているが,アレンドロネートは,エチドロネートなどと同列に扱
われており,かつ,上記ラットの皮下注射投与に係る間欠的投与スケジュールとの
関連は,何ら示されていないと主張する。
確かに,審決の記載(4c)によれば,引用例4において ,「本発明は,本発明人が
実施した実験に基づいており」とした上で挙げられている具体的な実験例は,ラッ
トに対し, BM21,0955(イバンドロネード)を,間欠投与する方法(実験方法( 3)
及び(4))であり,「生理食塩水溶媒中,指示量・・・を以下のとおりに投与した」
との記載に照らして,上記実験例の投与方法自体は皮下注射によるものであったこ
とが窺われる(もっとも,引用例4の「ビスホスホネートは,特に高齢患者では,
(食事と共に摂取すると,吸収が非常に低いので)少なくとも食後2時間後と食前
1時間前に服用しなければならないので,毎日の正しい摂取が困難である。例えば
1週間に1回だけの正しい薬剤摂取に集中することの方が容易である。さらに,ビ
スホスホネートは,腸不快を引き起こす可能性がある。これらの問題をできるかぎ
り少なくするのが重要である。(審決の記載(4h))との記載にかんがみれば,引用
」
例4記載の発明としては,皮下注射による投与に限定されるものではなく,経口投
与も含まれるものと解される。なお,クレーム4参照。。
)
しかしながら,引用例4のクレーム1は ,「骨粗鬆症の治療を必要とする患者へ
の胃腸障害の発生を最小限に抑えながら行なう骨粗鬆症の治療法であって,前記方
法が,前記患者への有効量の骨吸収抑制ポリホスホネート化合物または生理学的に
受容可能なその塩またはエステルの投与を含み,前記ポリホスホネート化合物を,
少なくとも2回の周期を含むスケジュールに従って投与し,前記周期のそれぞれが ,
(a)前記ポリホスホネートを前記患者に間欠的に投与する約4∼約90日の抑制期
間で,前記抑制期間が,2日∼約14日から成る少なくとも2回の間欠的周期の薬
剤投与期間に分けられており,前記薬剤を各間欠的周期の薬剤投与期間の1日だけ
に投与する抑制期間と,その後の(b)約20日∼約120日の休薬期間を含む周期
であることを特徴とする骨粗鬆症の治療法 。 (記載( 4i))というものであって,
」
BM21,0955 に特定されないポリホスホネート化合物(ビスホスホネート化合物も
含まれる。 を使用した骨粗鬆症の治療法に係る発明として構成されており,また,
)
アレンドロネートは ,「本発明に従った使用に適したビスホスホネートの好ましい
具体例」として挙げられている(記載(4d))ものである。すなわち,引用例4には,
上記実験例の間欠投与の方法が,アレンドロネートを含むビスホスホネート化合物
に共通して適用し得るものであることが記載されているということができ,アレン
ドロネートと,上記実験例に係る「ラットの皮下注射投与に係る間欠的投与スケジ
ュール」との関連が何ら示されていないとする原告の主張は失当である。
イ 次に,原告は,判断Bが誤りである理由として,ビスホスホネートに含まれ
る化合物であっても,その化学構造が異なれば,用法・用量が異なることは技術常
識であり,皮下注射の場合に,上部消化管に対する副作用を考慮する必要がないこ
とも,優先権主張日当時の技術常識であるから,引用例4に示された BM21,0955
の皮下注射の場合の用法・用量に関する知見は,経口投与の場合に上部消化管障害
の副作用の懸念があるアレンドロネートの用法・用量について,何の参考にもなら
ないと主張する。
しかしながら,一定の範囲内で,ビスホスホネートの投与量と骨疾患に対する治
療効果との間に相関関係があることは明らかであるから,毎日投与の方法を,投与
間隔を空ける間欠投与の方法に変更しようとする場合に,治療効果を維持しようと
すれば,間欠投与の方法で投与するビスホスホネートの総量を,同一治療期間に係
る毎日投与の方法による投与総量と同じにすること(間欠投与の方法による1回当
たりの投与量を,そうなるように設定すること)は,当業者が最初に試みることで
あるといえる。現に,引用例4の上記実験例(記載(4c))においては,1週間ごと
の間欠投与の方法(実験方法(4))に係る1回当たり投与量21μg/kgは,毎
日投与の方法(実験方法(2))に係る1日当たり投与量3μg/kgの7倍となっ
ており,これによって骨損失を完全に防止し得たことが示されているのであるから,
BM21,0955 について,「毎日投与を週一回投与に変更したときに同程度の治療効果
を得ようとすれば,当業者は1回当たりの投与量を7倍に増やすこと」が必要であ
るとの認識が,引用例4に示唆されているということができる。
そして,上記のように,治療効果を維持するため,間欠投与の方法で投与するビ
スホスホネートの総量を,同一治療期間に係る毎日投与の方法による投与総量と同
じにすること(間欠投与の方法による1回当たりの投与量を,そうなるように設定
すること)は,当業者が最初に試みることであるということは,引用例4記載の発
明(キット)において,ビスホスホネートとしてアレンドロネートを選択し,1週
間ごとの間欠投与の方法を採用した場合にも,当然妥当することであり,かつ,ア
レンドロネートの用法・用量と BM21,0955 の用法・用量が異なることは,そのと
おりであるとしても,上記実験例で, BM21,0955 の間欠投与につき示された1回
当たりの投与量の設定の仕方は,アレンドロネートの間欠投与における投与量の設
定においても参考となることは明らかである(念のため付言すれば,判断Bにおい
て,「7倍に増や」す基となる「5∼20mgという毎日投与量」は,「アレンドロ
ネートを毎日経口投与して骨粗鬆症を治療する場合の有効且つ安全な単位用量」と
して,優先権主張日当時,周知であった量 このこと自体は,
( 原告は争っていない。)
のことであり,もとより,上記実験例に係る, BM21,0955 の毎日投与の方法にお
ける1日当たりの投与量ではない。。
)
また,本来の治療効果を確保するため ,間欠投与における1回当たりの投与量を,
毎日投与における単位用量を基礎として,投与間隔として空ける日数に応じ比例的
に設定することを検討する場合においては,参考とする上記実験例が,皮下注射に
よる投与方法であるかどうかや,上部消化管障害の副作用を生ずるかどうかは,直
接関係する事項ということはできない。
ウ 原告は,さらに,優先権主張日当時の技術常識として,アレンドロネートの
経口投与は,その用量に依存して上部消化管障害が惹起される蓋然性が高くなり,
当業者は,20mgを超える高用量を避ける傾向にあったと主張するが,上記技術
常識が,間欠投与の方法を試みるに当たって,1回当たり20mgを超えるアレン
ドロネートの投与を行うことを妨げるものでないことは,上記2の(4)のとおりで
ある。
エ したがって,判断Bが誤りであるとする原告の主張を採用することはできな
い。
(2) 原告は,引用例4に記載されているのが, BM21,0955 を用いたラットの皮
下注射投与に係る間欠的投与スケジュールであり,これと化学構造が全く異なるア
レンドロネートを用いた経口投与に係る投与スケジュールにおける用法・用量に何
らの示唆も与えるものではないことを理由として,本件特許発明5と引用例4記載
の発明との相違点につき審決がした判断Cが誤りであるとも主張するが,この主張
が採用し得ないことは,上記(1)のとおりである。
( 3) したがって,本件特許発明5と引用例4記載の発明との相違点についての審
決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(手続違背)について
原告は,本件特許発明1を無効とすべきものとした審決の理由が,審判請求人で
ある被告が主張した理由と異なるものであって,特許法153条2項に則り,原告
に対し,当該無効理由を通知して,意見を述べる機会を与えることが必要であった
が,そのような手続は行われなかったと主張するところ,審決の理由が被告主張の
理由と異なる根拠として,原告が挙げるのは,本件特許発明1の容易想到性判断に
おいて,①審決の理由は,引用例3をいわゆる主引例とし,引用例2をいわゆる副
引例とするのに対し,被告は,引用例1を主引例,引用例2,3を副引例として本
件特許発明1の無効を主張した点,②本件特許発明1に係る「対比・判断」におい
て,審決が引用する引用例3の記載部分と,被告の主張が引用する引用例3の記載
部分が全く一致せず,審決が引用する引用例2の記載部分と,被告の主張が引用す
る引用例2の記載部分の一部が一致していない点の2点である。
しかしながら,特許法153条1項,2項でいう「理由」とは,同法29条1項
3号を引用する同条2項に基づく容易想到性の判断に関しては,当該発明が,特定
の刊行物(引用例)記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたという判
断又は主張によって特定されるものである。そして,その場合において,引用例が
2以上あるときに,いずれの引用例をいわゆる主引例とし,いずれを副引例とする
かは,単に判断方法の問題であるにすぎず,その点に違いがあるからといって,異
なる「理由」であるとすることはできない。本件においては,本件特許発明1につ
いての容易想到性に関し,審判請求人である被告が,引用例1∼3を上記特定の刊
行物としたのに対し,審決は,そのうちから,引用例2,3のみを上記特定の刊行
物として採用したというにすぎず,「理由」として異なるというものではない。
また,審決が,引用例記載の発明を認定するに当たって,当該引用例から引用し
た箇所が,同一引用例に係る無効審判請求人の引用箇所と異なっていたとしても,
特定の引用例に記載された発明に基づく容易想到性の判断(主張)という点で変わ
りはないから,例えば,無効審判請求人の引用箇所から認定し得る発明が,審決の
認定した発明と技術分野を異にする等,発明としての共通性が全くなく,形式的に
は同一刊行物であっても,引用箇所の相違によって,実質的に異なる刊行物と把握
されるような場合を除き,やはり,異なる「理由」であるとすることはできない。
本件において,審決は,引用例3の記載(3a),( 3b),(3c)により ,「アレンドロ
ネートを10mg含み,毎日経口投与に用いるための,哺乳動物における骨粗鬆症
を治療するための薬剤組成物」という発明を認定したものであり,また,審判請求
書(甲第26号証)によれば ,被告は ,引用例3の「Studies over the past decade have
given physicians confidence that bisphosphonates, and in particular alendronate, are useful
in treating osteoporosis. Control of alendronate administration, as in the FIT study, can
minimize side effects. In the FIT study, 40% of the placebo group had upper
gastrointestinal problems compared to 41.3% in the alendronate-treated group.(過去10
年間に及ぶ研究の結果,内科医は,ビスホスホネート,特に,アレンドロネートが
骨粗鬆症の治療に有用であるとの自信を持った。アレンドロネートの投与を管理す
ることにより,骨折干渉試験( FIT)研究におけるように,副作用を最小限にするこ
とができる。FIT 研究において,プラシーボを投与した群の40%に上部胃腸障害
が発生したが,一方アレンドロネートを投与した群の41.3%に上部胃腸障害が
発生した。 」
) (30頁中欄41行∼右欄4行,訳文は甲第26号証40頁15∼2
1行)との記載,及び「Oral bisphosphonate therapy in subjects older than 70 years is
complicated by gastro-esophageal and intestinal difficulties more than in younger parties.
(70歳以上の患者に対するビスホスホネートの経口投与治療は,若い患者より胃
食道及び胃腸障害を悪化させる 。 」
) (31頁左欄13∼17行,訳文は甲第26号
証40頁22∼24行)との記載を引用したものであるが,この被告引用箇所から
も,「アレンドロネートを含み,経口投与に用いるための,哺乳動物における骨粗
鬆症を治療する薬剤組成物」を認定することができる。
また,審決は,引用例2の記載(2a),(2b),( 2c)に基づき,「ヒトの骨粗鬆症を
治療する目的でアレンドロネートを経口投与するに際し,服用の問題を避け,コス
トを下げるために,週一回40mg又は80mgの投与をできる可能性があるこ
と」「アレンドロネートの経口投与に関し,引用例2に記載された週一回40mg
,
又は80mgの投与は,従来公知の毎日10mg投与を改良した投与形式である」
ことを認定したものであり,審判請求書によれば,被告は,引用例2の記載( 2c)を
引用しているところ(ただし,「ビスホスホネートの経口投与に起因する困難性の
ために,間欠的投与(週1回)又は周期的投与(毎月1週)が好ましい。アレンド
ロネートを40又は80mgの服用量で週一回経口投与しても,投与に伴う問題を
避けかつコストを低減することができる。」と訳している。甲第26号証40頁9
∼12行 ),この記載からは,「アレンドロネートを経口投与するに際し,服用の問
題を避け,コストを下げるために,週一回40mg又は80mgの投与をできる可
能性があること」を認定することができる。
そうすると,引用例3についても,引用例2についても,審判請求人の引用箇所
から認定し得る発明が,審決の認定した発明と,発明としての共通性が全くない場
合に当たらないことは明らかである。
したがって,本件特許発明1に係る審決の無効の理由は,被告が主張した無効理
由と異なるものではないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,これを採用す
ることはできない。
5 結論
以上によれば,原告の主張はすべて理由がなく,原告の請求は棄却されるべきで
ある。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田 中 信 義
裁判官
石 原 直 樹
裁判官
杜 下 弘 記
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