平成18(行ケ)10149審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成19年10月17日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人町田隆志 原告日本碍子株式会社
株式会社アクロス
ら訴訟代理人弁理士渡邉一平
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対象物 |
ブレーキ用部材 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
刊行物51回 審決27回 実施9回
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主文 |
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告らは,平成10年9月8日,発明の名称を「ブレーキ用部材」とする発
( 。 「 」 。明につき特許出願 平成10年特許願第253699号 以下 本願 という
後記平成17年12月5日付け手続補正書による補正後の請求項の数は9であ
る )をした。。
原告らは,本願につき平成14年11月14日(起案日)付けの拒絶査定を
受けたので,同年12月19日,これに対する不服の審判を請求(不服200
2−24479号事件)し,本願につき平成17年12月5日付け手続補正書
(甲5)により明細書の補正(以下,同補正後の明細書を「本願明細書」とい
う )をした。。
特許庁は,平成18年2月20日 「本件審判の請求は,成り立たない 」と, 。
の審決をし,その謄本は同年3月7日,原告らに送達された。
2 特許請求の範囲(上記補正後のもの)
, ( ,本願明細書の特許請求の範囲の請求項2の記載は 次のとおりである 以下
この発明を「本願発明」という 。。) |
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判決文
平成19年10月17日判決言渡
平成18年(行ケ)第10149号 審決取消請求事件
平成19年9月10日 口頭弁論終結
判 決
原 告 日本碍子株式会社
原 告 株式会社アクロス
原告ら訴訟代理人弁理士 渡 邉 一 平
同 木 川 幸 治
同 菅 野 重 慶
被 告 特許庁長官 肥塚雅博
被 告 指 定 代 理 人 町 田 隆 志
同 村 本 佳 史
同 亀 丸 広 司
同 高 木 彰
同 大 場 義 則
主 文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2002−24479号事件について平成18年2月20日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは,平成10年9月8日,発明の名称を「ブレーキ用部材」とする発
明につき特許出願(平成10年特許願第253699号 。以下「本願 」という。
後記平成17年12月5日付け手続補正書による補正後の請求項の数は9であ
る。)をした。
原告らは,本願につき平成14年11月14日(起案日)付けの拒絶査定を
受けたので,同年12月19日,これに対する不服の審判を請求(不服200
2−24479号事件)し,本願につき平成17年12月5日付け手続補正書
(甲5)により明細書の補正(以下,同補正後の明細書を「本願明細書」とい
う。)をした。
特許庁は,平成18年2月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決をし,その謄本は同年3月7日,原告らに送達された。
2 特許請求の範囲(上記補正後のもの)
本願明細書の特許請求の範囲の請求項2の記載は ,次のとおりである 以下 ,
(
この発明を「本願発明」という 。 。
)
「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分のみからなるヤーンが
層方向に配向しつつ三次元的に組み合わされ,互いに分離しないように一体化
されているヤーン集合体と,このヤーン集合体中で隣り合う前記ヤーンの間に
充填されている,Si−SiC系材料からなるマトリックスとを備えている繊
維複合材料からなることを特徴とするブレーキ用部材。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,出願日前に頒
布された刊行物である国際公開98/16484号パンフレット 甲1の1 。
(
以下「刊行物1」という 。)に記載された発明(以下「引用発明」という 。)
及び技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので
あり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とする
ものである。
(2) 審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおり
である。
【一致点】
「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分からなるヤーンが層
方向に配向しつつ三次元的に組み合わされ,互いに分離しないように一体
化されているヤーン集合体と,このヤーン集合体中で隣り合う前記ヤーン
の間に充填されている,マトリックスとを備えている繊維複合材料からな
るブレーキ用部材。」である点
【相違点】
1 本願発明のヤーンが ,「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭
素成分のみ」からなっているのに対し,引用発明のヤーンは ,「少なく
とも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分のみから」なっているか
どうか不明である点(以下「相違点1」という。)
2 本願発明は,マトリックスが「Si−SiC系材料」からなっている
のに対し,引用発明は,マトリックスが「SiC材料」からなっている
点(以下「相違点2」という 。)
第3 原告ら主張の取消事由の要点
審決には ,引用発明の認定を誤って本願発明と引用発明の相違点を看過し 取
(
消事由1 ) 相違点1 ,2についての容易想到性の判断を誤った(取消事由2,
,
3)違法がある。
1 取消事由1(相違点の看過)
( 1) 審決は,本願発明のヤーンが ,「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以
外の炭素成分のみ」であるのに対し,引用発明のヤーンは,この点が不明で
ある点だけを相違点として挙げている。
しかし,以下のとおり,本願発明では ,「少なくとも炭素繊維の束と炭素
繊維以外の炭素成分のみからなるヤーン」であるのに対し,引用発明では,
「少なくとも炭素繊維の集合体と炭素繊維以外の炭素成分からなる炭素繊維
集合体」である点において相違するから,審決は,この点の相違を看過した
違法がある。
すなわち,刊行物1の図2(FIG.2A∼C)によれば,刊行物1の構
造は,個々の繊維14の周りを,熱分解炭素コーティング15,炭素16及
び炭化ケイ素(SiC)19からなるマトリックスで充填した微細構造であ
ることが開示されている。刊行物1には,炭素繊維の「束」は記載されてい
ないし,炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分からなる「ヤーン」も記載
されていない。したがって ,「ヤーン」が層方向に配向しつつ三次元的に組
み合わされ,互いに分離しないように一体化されている ヤーン集合体 」 ,
「 も
刊行物1には記載されていない。
( 2) 被告は,刊行物1の図2(FIG.2A∼C)の「繊維14」は単繊維
ではなく,「炭素繊維の束 」(ヤーン)と理解できると主張する。
しかし,刊行物1に, 化学気相浸透によって得られるマトリックス相は,
「
一定厚の熱分解炭素の連続的なコーティングを繊維に形成する。このコーテ
ィングには,少なくとも当初は,クラック(または亀裂もしくはひび)が入
っていない。繊維を完全に覆うことによって,熱分解炭素は,マトリックス
の炭化ケイ素相の形成の間,繊維を保護することができる 。 (甲1の1の
」
翻訳文3頁22∼26行 ) 「化学気相浸透は,繊維14を個々に被覆する
,
連続的な熱分解炭素コーティング15を形成させる(図2A ) 」
。 (同9頁2
5∼26行)と記載されていることからすれば,刊行物1は,化学気相浸透
によりガスを導入して個々の繊維の周りに炭素を連続的にコーティングする
技術を示していると解すべきである。また,炭素繊維の束にコーティング処
理を行おうとしても,束の表面だけにクラックを生じないようなコーティン
グは技術的には不可能であるから ,「繊維14」は単繊維であると解するの
が相当である。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)
( 1) 審決は,相違点1に関する技術事項(ヤーンが「少なくとも炭素繊維の
束と炭素繊維以外の炭素成分のみ」からなっているとの構成)は,刊行物1
に記載される材料及び方法を用いれば,当業者が容易になし得たものである
と判断した。
すなわち,審決は,引用例1に関して ,「かかる予備成形体から製造され
たC/Cコンポジットは当然炭素繊維を炭素で結合して成る炭素繊維の束と
それらの間の空間とからなる材料を包含するものであって 」(審決書5頁4
∼6行 ) 「かかるC/Cコンポジットに摘記事項【B】にあるような処理
,
を施したとすると,液化したSiはCに接してSiCに変化して行く訳であ
るから,炭素繊維の表面にいち早くSiCができる蓋然性が高くなり,その
後広い空間がある配列ならいざ知らず,繊密化された炭素繊維の束すなわち
ヤーンの内部にまで液化したSiが浸透するのは容易でないと見るべきであ
る。 (同5頁7∼12行)と判断した。
」
(2) しかし,以下のとおり,審決の上記判断には誤りがある。
液化したSiが内部にまで浸透するのは容易でないという知見は ,「繊密
化された炭素繊維の束即ちヤーン」においては妥当するが ,「炭素繊維の集
合体 」においては妥当しない 。炭素繊維の集合体の場合は,液化したSiは ,
その内部にまで浸透する。
本願明細書に「炭素繊維束の周囲に,熱可塑性樹脂等のプラスチックから
成る柔軟な被膜を形成し,柔軟性中間材料を得る。この柔軟性中間材料を,
ヤーン状にし特願昭63−231791号明細書に記載のように,必要量を
積層した後,ホットプレスで300∼2000℃,常圧∼500kg/cm
2
の条件下で成形することによって,成形体を得る 。 (甲4の【0027】
」 )
と記載されているように,本願発明では,Siと炭素とは化学的に極めて相
性がよく濡れ性が良好であって,両者が接触すれば容易に炭化けい素(Si
C)を形成することから,炭素繊維束の周囲に柔軟な被膜を形成することに
よって,繊密化した炭素繊維の束即ちヤーンを形成することができる。本願
発明では ,液化したSiと炭素繊維束内部の炭素繊維との直接の接触を避け ,
個々の炭素繊維の周囲にSiが浸透するのを防止し,結果として個々の炭素
繊維の周囲ではなく,隣り合うヤーンの間にのみSi−SiC系材料からな
るマトリックスが充填された部材を作製することができる。
以上のとおり,相違点1に関する技術事項(ヤーンが「少なくとも炭素繊
維の束と炭素繊維以外の炭素成分のみ」からなっているとの構成)は,刊行
物1に記載される材料及び方法によっては,当業者が容易になし得たもので
あるとはいえない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)
( 1) 審決は,相違点2について ,「刊行物1に開示される技術的事項は,上
記SiCマトリックスを形成するに当たり,液体珪素或いは粉体珪素を炭素
繊維の炭素成分と反応させているから,供給される所謂ソースとなる液体珪
素或いは粉体珪素が全てSiCに転換されると見ることには無理があって,
炭素繊維或いは炭素繊維以外の炭素成分から遠く離れて位置する珪素程寧ろ
そのまま化合せずに存在する可能性が高いとするのが自然である」から,当
業者であれば,刊行物記載の記載内容(SiCマトリックス)から,Si−
SiCマトリックスとする程度の転換は容易である(審決書5頁17∼25
行参照)と判断した。
(2) しかし,以下のとおり,審決の上記判断には誤りがある。
液化したSiは,たとえ炭素繊維或いは炭素繊維以外の炭素成分から遠く
離れて位置していても,表面近傍から内部へとケイ素(Si)が浸透する少
しの隙間ないし空間が存在すれば,ケイ素(Si)は毛管現象によって浸透
し,炭素繊維の表面と接触してSiCに転換される。
刊行物1には ,「ケイ化物化処理は,緻密化した予備成形体の体積の10
%∼35%が炭化ケイ素で占められるように実施される。緻密化された予備
成形体の残留多孔度は,ケイ化物化後,体積の10%よりも少ない値まで好
ましくは減少させられる。得られたディスク 20 は,従って,体積基準で,
15%∼35% 炭素繊維;5%∼45% 化学気相浸透によって形成された
熱分解炭素であって,SiCに変換していないもの;2∼30% 液体プロ
セスによって得られた炭素であって,SiCに変換していないもの;および
10%∼35% SiCを含む 。」と記載されており,Siが残存していな
いことから,当業者であれば,刊行物1において「SiCマトリックス」は
「すべてがSiC」であると理解する。
これに対して,本願明細書には ,「SiC材料は熱膨張係数がC/Cコン
ポジットより大きいため,長期間のブレーキ制動により発生する高温下での
使用において,SiC材料から成る層が剥離するおそれがあるのに対し,S
i−SiC系材料の熱膨張係数はC/Cコンポジットと同程度であるため,
熱膨張係数の差に起因する剥離を防ぐことができ,ブレーキ用部材として優
れた特質を有する物であるとすることができる 。 ( 0018 】
」【 )等と記載
されていることに照らすならば,本願発明は,SiCとSi−SiCの間に
は熱膨張係数などの特性に相違があることを前提とした上で,マトリックス
をSi−SiC系材料とした点に特徴があるのであって,本願発明のSi−
SiC系材料からなるマトリックスを引用発明から想到することは容易であ
るとはいえない。
第4 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点の看過)に対し
( 1) 原告らは,刊行物1に記載されているのは ,「少なくとも炭素繊維の集
合体と炭素繊維以外の炭素成分からなる炭素繊維集合体」にすぎないと主張
する。しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。
刊行物1には,「ブレーキディスクの製造は;
・炭素繊維から成る環状の繊維予備成形体10を作製すること;
・少なくとも一部が化学気相浸透によって得られる熱分解炭素で形成さ
れたマトリックス相で,予備成形体を部分的に緻密化する第1工程;
・少なくとも一部が液体プロセスによって得られる炭素またはセラミッ
クマトリックス相によって予備成形体を部分的に緻密化する第2工程
・炭化ケイ素からマトリックス相を形成する工程;および
・ディスクをその最終的な寸法に加工する最終段階
を含む(図1)。
繊維予備成形体10は,繊維製品12もしくは複数の種々の製品の層
またはプライを重ね,ニードリングによってプライを結合することによ
って作製される。繊維製品12は,フェルト,織物,編物,糸,ケーブ
ルもしくはストランドの一方向性シート,または異なる方向に重ねられ
て軽いニードリングによって一体化された複数の一方向性シートから成
る積層体で構成してよい 。 (甲1の1の翻訳文7頁29行∼8頁10
」
行)と記載されている。
同記載によれば,刊行物1における,繊維予備成形体10となる一方向性
シートの素材である「糸,ケーブルあるいはストランド」は少なくとも「炭
素繊維の『束 』」から構成されるものを包含するものと理解するのが自然で
ある。そして ,「炭素繊維の『束 』」から構成された予備成形体10から出
発し,第1工程,第2工程により緻密化された予備成形体10’を経て,最
終的にディスク20内に存在することとなる炭素繊維も「束」であると理解
するのが自然である。また ,「炭素繊維の『束 』」からなるC/Cコンポジ
ットは周知であること(甲3,特開昭63−149437号公報)に照らせ
ば,引用発明は,炭素繊維の束を含む発明であると解することに不合理な点
はない。
確かに,刊行物1の図面(FIG.2A∼Cの「繊維14 」)は,単繊維
であることを示しているものではないが,同図は,実施例の説明のための模
式図にすぎないから,同図を根拠として,引用発明が「炭素繊維の『束 』」
を排除するものと認定することはできない。
( 2) また,原告らは,刊行物1には ,「炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素
成分からなる『ヤーン 』」は記載されていないと主張する。
しかし,原告らのこの点の主張は,以下のとおり失当である。
引用発明が 炭素繊維の束」
「 から構成されるものを包含することは上記 1)
(
のとおりである。そして,引用発明の予備成形体として用いられるC/Cコ
ンポジットは ,「化学気相浸透によって得られる熱分解炭素で形成されたマ
トリックス相で,予備成形体を部分的に緻密化する第1工程」及び「液体プ
ロセスによって得られる炭素またはセラミックマトリックス相によって予備
成形体を部分的に緻密化する第2工程」により緻密化された予備成形体10
’となる。そうすると,緻密化された予備成形体10’は,炭素繊維の束は
炭素繊維以外の炭素成分をマトリックスとして結合されるものであるから,
炭素繊維の束の中に炭素繊維以外のマトリックスとなる炭素成分が浸透して
緻密化されているものと理解できる。刊行物1には,炭素繊維の束と炭素繊
維以外の炭素成分を有するという点で,本願発明の「ヤーン」と実質的に等
しい事項についての記載がある。
( 3) さらに,原告らは,刊行物1には ,『ヤーン』が層方向に配向しつつ三
「
次元的に組み合わされ,互いに分離しないように一体化されている『ヤーン
集合体』」は記載されていないと主張する。
しかし,原告らのこの点の主張は,以下のとおり失当である。
「 ヤーン』が層方向に配向しつつ三次元的に組み合わされている」との
『
事項は,刊行物1の「繊維予備成形体10は,繊維製品12もしくは複数の
種々の製品の層またはプライを重ね,ニードリングによってプライを結合す
ることによって作製される。繊維製品12は,フェルト,織物,編物,糸,
ケーブルもしくはストランドの一方向性シート,または異なる方向に重ねら
れて軽いニードリングによって一体化された複数の一方向性シートから成る
積層体で構成してよい 。 (甲1の1の翻訳文6∼10行)との記載から明
」
らかである。また,予備成形体を化学気相浸透及び液体プロセスにより緻密
化していることにより ,「互いに分離しないように一体化した『ヤーン集合
体』」を得られることから ,「この『ヤーン』が層方向に配向しつつ三次元
的に組み合わされ,互いに分離しないように一体化されている『ヤーン集合
体』」が刊行物1に記載されているということができる。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)に対し
( 1) 本願発明あるいは引用発明における珪化物化を実施すれば,原告ら主張
のような濡れ性のいかんにかかわりなく ,「緻密化した炭素繊維の束即ちヤ
ーンの内部にまで液化したSiが浸透するのは容易でない」と解される。本
願発明の材料が「実質的に,ヤーン(炭素繊維の束)の中にSi−SiC系
材料からなるマトリックスは浸透しておらず,存在しない構成」であるなら
ば,引用発明も ,同様の珪化物化を行うのであるから「実質的に ,ヤーン(炭
素繊維の束)の中にSi−SiC系材料からなるマトリックスは浸透してお
らず,存在しない構成」となると理解するのが自然である。
( 2) この点について,原告らは,本願発明では,炭素繊維束の周囲に柔軟な
被膜を形成することによって,繊密化した炭素繊維の束即ちヤーンを形成し
ているのであって,液化したSiと炭素繊維束内部の炭素繊維との直接の接
触を避け,個々の炭素繊維の周囲にSiが浸透するのを防止し,結果として
個々の炭素繊維の周囲ではなく,隣り合うヤーンの間にのみSi−SiC系
材料からなるマトリックスが充填された部材を作製することができる旨を主
張する。
しかし,原告らの指摘する事項は,刊行物1に「CVI法や液体プロセス
を用いることによりC/Cコンポジット化され」と記載されていること,す
なわち ,「少なくとも一部が化学気相浸透によって得られる熱分解炭素で形
成されたマトリックス相で,予備成形体を部分的に緻密化する第1工程;少
なくとも一部が液体プロセスによって得られる炭素またはセラミックマトリ
ックス相によって予備成形体を部分的に緻密化する第2工程」を述べたもの
にすぎないから,本願発明と刊行物1に記載される発明との相違を示す根拠
たり得ない。
以上のとおり,相違点1に関する技術事項(ヤーンが ,「少なくとも炭素
繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分のみ」からなっているとの技術事項 ) ,
は
刊行物1に記載される材料及び方法によって,当業者が容易になし得たもの
であるとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点2についての容易想到性の判断の誤り)に対し
( 1) 「供給される所謂ソースとなる液体珪素或いは粉体珪素が全てSiCに
転換されると見ることには無理があって,炭素繊維或いは炭素繊維以外の炭
素成分から遠く離れて位置する珪素程寧ろそのまま化合せずに存在する可能
性が高いとするのが自然」であるから,当業者であれば,刊行物記載の記載
のSiCマトリックスから,本願発明のSi−SiCマトリックスとする程
度の転換は容易であり,相違点2についての審決の判断に誤りはない。
( 2) 本願明細書において,珪化物化を実施する目的は,炭化珪素(SiC)
を得ることにあり,珪素(Si)を得ることにあるわけではない。したがっ
て,Si−SiCマトリックスは,SiとSiCとの比率にかかわらず,S
iの成分が少しでも含まれていれば,Si−SiCマトリックスと解して差
し支えないこと,供給されたSiをすべて炭化してSiC化することは必ず
しも容易でないことを勘案すれば,珪化物化により形成された引用発明にお
けるSiCマトリックスと本願発明におけるSi−SiCマトリックスとの
相違は曖昧なものとみるべきである。
したがって,当業者であれば,SiCマトリックスとする刊行物1の内容
から,Si−SiCマトリックスに転換することを容易に想到し得たものと
解される。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
原告らは,刊行物1には,炭素繊維の「束」は記載されていないし,炭素繊
維の束と炭素繊維以外の炭素成分からなる ヤーン」
「 も記載されていないとし ,
したがって ,「ヤーン」が層方向に配向しつつ三次元的に組み合わされ,互い
に分離しないように一体化されている「ヤーン集合体」も刊行物1には記載さ
れていないと主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり失当である。
(1) 刊行物1(甲1の1,甲1の1の翻訳文)について
ア 刊行物1の記載
(ア) 「炭素繊維から成る繊維予備成形体(プリフォーム)を作製し,当
該予備成形体を炭素マトリックスで緻密化することによって製造される
C/C複合材料から成る摩擦部材は,よく知られている 。予備成形体は ,
織布,ブレード(または組み紐 ),編物,糸,ストランドもしくはケー
ブルから成る一方向性シート,または異なる方向に重ねられて軽いニー
ドリングで一体化した複数の一方向性シートから成る積層体のような繊
維製品,あるいはフェルトのベースから作製される 。 (翻訳文1頁5
」
∼11行)
(イ) 「使用されるベースの繊維製品またはフェルトは,炭素繊維,また
は,存在すると予備成形体が作製された後に熱処理によって変換される
前駆体(プレカーサー)を有する炭素前駆体繊維から成る 。 (同1頁
」
15∼17行)
(ウ) 「炭素マトリックスを用いる緻密化は,化学気相浸透(CVI)に
よって,または液体プロセスを用いることによって実施される。化学気
相浸透は,予備成形体を閉鎖された容器の中に配置し,閉鎖された容器
内にガスを導入することを含む。ガスは所定の温度および圧力条件の下
で予備成形体の中に分散し,そして繊維に熱分解炭素の析出物(または
デポジット)を形成する。原則として,ガスは一もしくは複数の炭化水
素,例えばメタンを含み,分解によって熱分解炭素を与える。炭素の緻
密化の液体プロセスは,予備成形体に,液状の炭素前駆体,例えばコー
クス含有量がゼロでない樹脂を含浸させること,および前駆体を熱処理
によって炭素に変換させることを含む。 (同1頁18∼27行)
」
(エ) 「繊維予備成形体10は,繊維製品12もしくは複数の種々の製品
の層またはプライを重ね,ニードリングによってプライを結合すること
によって作製される。繊維製品12は,フェルト,織物,編物,糸,ケ
ーブルもしくはストランドの一方向性シート,または異なる方向に重ね
られて軽いニードリングによって一体化された複数の一方向性シートか
ら成る積層体で構成してよい 。 (同8頁6∼10行)
」
(オ) 「繊維製品12は,炭素繊維,または炭素前駆体繊維,例えば,予
め酸化されたポリアクリロニトリルの繊維から成る 。 (同8頁17∼
」
18行)
(カ) 「予備成形体における炭素繊維の体積割合(volume fraction)は,
好ましくは平均で,約15%∼約35%の範囲内にある 。 (同8頁2
」
6∼27行)
イ 上記の記載内容について検討する。
まず,繊維製品12は,糸,ケーブルもしくはストランドの一方向性シ
ート,又は異なる方向に重ねられて軽いニードリングで一体化した複数の
一方向性シートから成る積層体で構成され((ア),(エ)),繊維製品12
は炭素繊維から成る((イ),(オ))ことによれば ,「糸,ケーブルもしく
はストランド」は,繊維の「束」であると理解できる。そして,繊維製品
12は,炭素繊維の「束」の一方向性シート又はその積層体で構成される
ものであるから,刊行物1の繊維製品12は本願発明の「炭素繊維の束」
に相当すると解される。
また,繊維予備成形体10は繊維製品12によって作製され((ア),
(エ)),炭素マトリックスを用いる予備成形体の緻密化は,繊維に熱分解
炭素の析出物を形成する化学気相浸透(CVI ),又は,液状の炭素前駆
体を含浸・熱処理して炭素に変換させる液体プロセスによって実施される
((ウ))ことによれば,刊行物1において,化学気相浸透によって形成さ
れる熱分解炭素または液体プロセスによって形成される炭素は,本願発明
の「炭素繊維以外の炭素成分」に相当すると解される。
そして,緻密化された予備成形体は,繊維製品12(炭素繊維の束 )と,
炭素繊維以外の炭素成分とを備えているところ,繊維製品は,一方向性シ
ート,又は異なる方向に重ねられて軽いニードリングで一体化した複数の
一方向性シートから成る積層体で構成されるのであるから((ア) ),一方
向性シートで構成される繊維製品と炭素繊維以外の炭素成分とが本願発明
の「ヤーン」に相当し,積層体で構成される繊維製品と炭素繊維以外の炭
素成分とが本願発明の「ヤーン集合体」に相当する。
ウ 以上のとおり,審決には,原告らが主張するような,引用発明の認定,
本願発明と引用発明との一致点の認定に誤りはなく,相違点を看過した誤
りもない。
(2) 原告らの主張に対し
この点について,原告らは,刊行物1(甲1の1)の図2(FIG.2A
∼2C)を根拠として,刊行物1に記載された部材は,個々の繊維14の周
りを,熱分解炭素コーティング15,炭素16及び炭化ケイ素(SiC)1
9からなるマトリックスで充填した構造を示しており,本願発明の「炭素繊
維の『束 』 (ヤーン)の周りをマトリックスで充填した構造ではないと主
」
張する。
しかし,原告らのこの点の主張も,以下のとおり,理由がない。
ア 本願明細書(甲4)の記載
(ア) 「 0008】 以下,本発明のブレーキ用摩擦材に用いる新規な
【
繊維複合材料について説明する。これは,いわゆるC/Cコンポジット
を基本とし,その基本的な構成に改善を加えた新しい概念の材料である 。
基本素材として使用するC/Cコンポジットとしては,直径が10μm
前後の炭素繊維を,通常,数百本∼数万本束ねて繊維束(ヤーン)を形
成し ,この繊維束を二次元または三次元方向に配列して一方向シート U
(
Dシート)や各種クロスとしたり,また上記シートやクロスを積層した
りすることにより,所定形状の予備成形体(繊維プリフォーム)を形成
し,この予備成形体の内部に,CVI法(Chemical Vapor Infiltration :
化学的気相含浸法)や無機ポリマー含浸焼結法等により,炭素から成る
マトリックスを形成して成るC/Cコンポジットとして知られているも
のを使用すればよい。‥‥‥」
(イ) 「 0016】 尚,C/Cコンポジットとは,前述の如く,二次
【
元または三次元方向に配列した炭素繊維の間隔に炭素から成るマトリッ
クスを形成して成る素材であるが,炭素繊維を10∼70%含有してい
れば,例えば窒化ホウ素,ホウ素,銅,ビスマス,チタン,クロム,タ
ングステン,モリブデン等の炭素以外の他の元素を含んでいてもよい。」
(ウ) 「 0010】 本発明において,Si−SiC系材料とは,主成
【
分としてシリコンと炭化珪素とを含有する材料の総称であり,このSi
−SiC系材料は以下のようにして製造されるものをいう。本発明では ,
C/Cコンポジットまたはその成形体に対して,シリコンを含浸させる
が,その際シリコンはコンポジット内の炭素繊維を構成する炭素原子及
び/又は炭素繊維の表面に残存している遊離炭素原子と反応し,一部が
炭化されるために,C/Cコンポジットの最表面や炭素繊維からなるヤ
ーンとヤーンとの間には,一部炭化されたシリコンが生成し,かくして
上記のヤーンとヤーンとの間には炭化されたシリコンを含むマトリック
スが形成される。このマトリックスにおいては,ほぼ純粋に珪素が残留
している珪素相から,ほぼ純粋な炭化珪素相に至るまで,いくつかの相
異なる相を含み得る。つまり,このマトリックスは,典型的には珪素相
と炭化珪素相とからなるが,珪素相と炭化珪素相との間に,珪素をベー
スとして炭素の含有量が傾斜的に変化しているSi−SiC共存相を含
み得る。従って,Si−SiC系材料とは,このようなSi−SiC系
列において,炭素の濃度が0mol%から50mol%まで変化してい
る材料の総称である。」
(エ) 「 0055 】 ‥‥‥Si−SiC材料を含浸させることにより,
【
C/Cコンポジットに比べ,圧縮強さが大きくなるのは,炭素繊維の間
にSiC材料が入り込むことによるものと考えられる。」
イ 特開昭63−149437号公報(甲3)の記載
本願出願前に公知の特開昭63−149437号公報には,以下の記載
がある。
(ア) 「このC/Cコンポジットは,炭素繊維を炭素で接合した炭素繊維
強化複合材料で,その構造は,第3図に例示するように,直線的な炭素
繊維2の束が直交組織をなしているものがある 。 (2頁左上欄8∼1
」
1行)
(イ) 「本発明は,炭素繊維を炭素で接合してなる摩擦材料であって,複
数本の炭素繊維をより合せた束を積層したことを特徴とする摩擦材料を
提供するものである。‥‥‥本発明の摩擦材料1は第1図または第2図
に示すように複数本,好ましくは数本ないし数百本の炭素繊維2をより
合せて束とし,これを積層して直交組織とする。‥‥‥炭素繊維2のよ
り合せ方は特に限定されず,例えば同心より,集合より,複合より等が
可能である。 (2頁左下欄4行∼右下欄4行)
」
ウ 上記各記載に基づいて判断する。
①本願明細書及び刊行物1の各記載によれば,炭素繊維の束(ヤーン)
からなるC/Cコンポジットは,本願出願前に周知のものであると認めら
れる(ア(ア),イ(ア))から,当業者であれば,同図の繊維14を炭素繊
維の束(ヤーン)と理解するのが自然であること,②本願明細書には,C
/Cコンポジットが炭素繊維を10∼70%含有していればよいと記載さ
れ(ア(イ)),刊行物1には,予備成形体における炭素繊維の体積割合が
約15%∼約35%の範囲内にあることが記載され(ア(カ) ),本願発明
は,刊行物1の図2(FIG.2A∼2C)に示された予備成形体におけ
る繊維14の割合を含んでいるから,同図の繊維14を本願発明の炭素繊
維と同視することができること,③本願明細書においても ,「シリコンは
コンポジット内の炭素繊維を構成する炭素原子及び/又は炭素繊維の表面
に残存している遊離炭素原子と反応し , ( 0010 】 ,
」【 ) 「炭素繊維の間
にSiC材料が入り込むことによるものと考えられる 。 ( 0055 】
」【 )
との記載があり ,「炭素繊維の『束 』」と「炭素繊維」とを明確に区別し
ているわけではないことによれば,原告らの上記主張は,採用することが
できない。
確かに,原告がその主張の根拠とする刊行物1の図2(FIG.2A∼
2C)に示された繊維14は,繊維の「束」とは異なるように表示されて
いる。しかし,同図は,引用発明の実施例を模式的に説明したもので,こ
れを根拠に引用発明を限定されると解すべきではない。
2 取消事由2(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)について
原告らは,相違点1に関する技術事項(ヤーンが ,「少なくとも炭素繊維の
束と炭素繊維以外の炭素成分のみ」からなっているとの技術事項)は,刊行物
1に記載される材料及び方法によって,当業者が容易になし得たものとした審
決の判断に誤りがあると主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,
( 1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点1を認定した上で,相違点1に
係る構成は引用発明に基づいて容易想到であるとしたが,上記1において詳
述したとおり,刊行物1には ,「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の
炭素成分からなるヤーン」が開示されていると解されるので,相違点1は,
実質的な相違点とはいえない。そうすると,審決の説示は,必ずしも必須の
ものではないが,審決は引用発明との形式的な相違点として挙げた上で,本
願発明の容易想到性について判断をしたものであって,もとより,審決の結
論に影響するものではない。
( 2) なお,本願明細書の特許請求の範囲の請求項2の「少なくとも炭素繊維
の束と炭素繊維以外の炭素成分のみからなるヤーン」の記載の意義について
補足する。
請求項2には ,「少なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分のみ
からなるヤーン」との構成が記載されている。同構成は ,『炭素繊維の束』
「
と『炭素繊維以外の炭素成分 』」に ,「少なくとも」及び「のみ」との修飾
文言が付されている。このうち ,「少なくとも」とは ,「いくら少なく見積
もっても。最少にしても。すくなくも 。」という意味であるから ,「少なく
ともA」とは,Aが必ず含まれてなければならないが,A以外の要素が含ま
れることは排除しないことを意味する。これに対して ,「Aのみ」とは,A
以外の他の要素の存在を排除することを意味する。そうすると,同一の構成
に対して ,「少なくとも」と「のみ」との文言を同時に用いることは,互い
に矛盾して,意味をなさないこととなる。
以上のとおりであり,請求項2における「少なくとも炭素繊維の束と炭素
繊維以外の炭素成分のみからなるヤーン」については,その文言どおり理解
することは不可能ではあるが,一応,①「のみ」の語が付されていないもの
(すなわち,その他の構成要素が存在することを排除しない 。)として「少
なくとも炭素繊維の束と炭素繊維以外の炭素成分からなるヤーン」と理解し
た場合及び②「少なくとも」と「のみ」の双方の語が付されていないものと
して(両修飾語が互いにうち消し合ったものとして ) 「炭素繊維の束と炭
,
素繊維以外の炭素成分からなるヤーン」と理解した場合を想定した上で検討
し,そのいずれの場合においても,刊行物1には,その技術事項が開示され
ていると認められる。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
原告らは,相違点2に関する技術事項(マトリックスが「Si−SiC系材
料」からなっているとの技術事項)は,刊行物1に記載される材料及び方法に
よって,当業者が容易になし得たものとした審決の判断に誤りがあると主張す
る。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり失当である。
(1) 本願明細書(甲4)の記載
ア 本願明細書には,上記1( 2)アにおいて摘示したもののほか,図面と共
に,次のような記載がある。
(ア) 「 0027】
【 本発明に於いて使用される繊維複合材料は,好ま
しくは以下の方法によって製造できる。即ち,炭素繊維の束に対して,
最終的には,遊離炭素となり炭素繊維の束のマトリックスとして作用す
る粉末状のバインダーピッチ,コークス類を包含させ,更に必要に応じ
てフェノール樹脂粉末等を含有させることによって,炭素繊維束を作製
する。炭素繊維束の周囲に,熱可塑性樹脂等のプラスチックから成る柔
軟な被膜を形成し,柔軟性中間材料を得る。この柔軟性中間材料を,ヤ
ーン状にし特願昭63−231791号明細書に記載のように,必要量
を積層した後,ホットプレスで300∼2000℃,常庄∼500kg
/cm 2 の条件下で成形することによって,成形体を得る。または,こ
の成形体を,必要に応じて700∼1200℃で炭化させ,1500∼
3000℃で黒鉛化して,焼結体を得る 。」
(イ) 「 0029】
【 ‥‥‥次いで,温度1450∼2500℃,好ま
しくは1700∼1800℃に昇温して前記成形体又は焼結[注: 焼
「
結体の」の誤記]開気孔内部へシリコンを溶融,含浸させ,Si−Si
C材料を形成させる。‥‥‥」
(ウ) 「 0048 】
【 (実施例1)10mmの厚さを有するC/Cコンポ
ジット母材に,Si−SiC系材料から成るマトリックス層を配した繊
維複合材料を製造し,これを用いてブレーキ用部材を製造した。Si−
SiC系材料を母材に含浸させて成形させた繊維複合材料層の表面から
の厚さは50μmとした 。C/Cコンポジットは以下の方法で製造した 。
炭素繊維を一方向に引き揃えたものにフェノール樹脂を含浸させたプリ
プレグシートを炭素繊維が互いに直交するように積層し,ホットプレス
で180℃,10kg/cm 2 で樹脂を硬化させた。次いで,窒素中で
2000℃で焼成し,密度1.0g/cm 3,開気孔率50%のC/C
コンポジットを得た。」
(エ) 「 0049 】 次に ,得られたC/Cコンポジットを ,純度99 .
【
8%で平均粒径1mmのSi粉末で充填されたカーボンるつぼ内に施設
した。次いで,焼成炉内にカーボンるつぼを移動した。焼成炉内の温度
を1300℃,不活性ガスとしてアルゴンガス流量を20NL/分,焼
成炉内圧を1hPaその保持時間を4時間として処理した後,焼成炉内
の圧力をそのまま保持しつつ,炉内温度を1600℃に昇温することに
より,C/CコンポジットにSiを含浸させて複合材料を製造した 。」
イ 上記各記載によれば,本願明細書には,本願発明のSi−SiC系材料
のマトリックスは,C/Cコンポジット等に対してシリコンを含浸させ,
シリコンの一部がコンポジット内の炭素繊維の表面に残存している遊離炭
素原子等と反応して炭化されることによって製造され,典型的には珪素相
と炭化珪素相とからなり,珪素をベースとして炭素の含有量が傾斜的に変
化しているSi−SiC共存相を含むこと,本願発明において使用される
繊維複合材料は,炭素繊維の束に対して粉末状のバインダーピッチ,コー
クス類を包含させ,炭素繊維束を作製し,その周囲に柔軟な被膜を形成し
て得た柔軟性中間材料をヤーン状にし,必要量を積層した後,成形するこ
とによって成形体を得るか,この成形体を黒鉛化して焼結体を得,成形体
又は焼結体の開気孔内部へシリコンを溶融,含浸させ,Si−SiC材料
を形成させることによって製造されることが開示されている。他方,本願
明細書のいかなる部分にも,含浸したシリコンがC/Cコンポジットの遊
離炭素と反応せず,珪素相又はSi−SiC共存相を形成するための技術
的事項の開示はされていない。
そうすると,C/Cコンポジット等に対してシリコンを含浸させて珪化
物化を試みた際に,供給されたSiをすべて炭化してSiC化することは ,
特定の条件の下で行われない限り容易ではなく,本願明細書にいう珪素相
ないしSi−SiC共存相が形成されると理解される。
(2) 刊行物1の記載
ア 刊行物1には,以下の記載がある。
「マトリックスの炭化ケイ素相は ,予備成形体をケイ化物化する ,即ち ,
溶融したケイ素または蒸気の形態のケイ素を残りのアクセス可能なポアの
中に導入し,ケイ素を,マトリックスの第1相の熱分解炭素およびマトリ
ックスの第2相の炭素と反応させることによって得られる。‥‥‥
有利には,スタック式ケイ化物化方法が使用でき,この種の方法は先に
引用したフランス国特許出願第95 13458号に記載されている。複
数の緻密化した予備成形体 10’をケイ素のソース 18 をそれらの間に挿入
しなから[注: 挿入しながら」の誤記]重ね,ソースが予備成形体 10’
「
の間およびスタックの両面に位置するようにする。ケイ素のソース 18 は,
殆どの部分がケイ素相またはケイ素をベースとする相によって,例えば,
粉体の形態で構成され,ソースは溶融したケイ素を保持し排出するための
構造を形成するのに適した小部分の相を有する。小部分の相は,例えば,
ハニカム構造体 18 aのような硬い多孔性構造体であり,その中において ,
セルは粉体ケイ素 18 bで満たされている。‥‥‥
ケイ化物化処理は,予備成形体 10’およびケイ素のソース 18 のスタッ
クを,‥‥‥1410℃∼1600℃の範囲にある温度まで加熱すること
によって実施される 。ソース 18 に含まれるケイ素がその融点に達すると ,
それは隣接する予備成形体に向かってソース 18 と接触している予備成形
体の表面を経由して移動する。ソース 18 から始まって,この移動は,重
力の作用でその下にある予備成形体 10’に向かって起き,毛管現象によ
ってその上にある予備成形体 10’に向かって起きる。
緻密化した予備成形体 10’における残りのポアへの浸透中,溶融した
ケイ素は,炭素,即ち,熱分解炭素 15 および液体プロセスによって得ら
れた炭素 16 の双方と反応することによって,炭化ケイ素(SiC) 19 を
形成する(図2C) 」
。 (甲1の1の翻訳文11頁8行∼12頁5行)
イ 上記各記載によれば,刊行物1には,複数の緻密化した予備成形体(本
願明細書に記載の「C/Cコンポジット」に相当)を粉体ケイ素のソース
をそれらの間に挿入しながら重ねたスタックを加熱することによって,ソ
ースに含まれるケイ素が融点に達すると,溶融したケイ素は,予備成形体
のポア(同「開気孔 」)に浸透し,マトリックスの炭素と反応して炭化ケ
イ素を形成することが記載されている。
( 3) そうすると,刊行物1に記載された,予備成形体にケイ素を含浸するこ
とによりなされるケイ化物化は,本願発明のものと何ら変わるところはない
こと,引用発明においても,供給されたケイ素をすべて炭化してSiC化す
ることは ,特定の条件が示されない限り ,容易ではないことに照らすならば ,
刊行物1記載のケイ化物は,本願明細書にいう珪素相ないしはSi−SiC
共存相と同様のものが示されていると理解するのが自然である。
この点について,原告らは,SiCとSi−SiCの間には熱膨張係数な
どの特性に相違があり,引用発明のSiCマトリックスと,本願発明のSi
−SiCマトリックスとの境界は技術的に明確であると主張する。しかし,
本願発明におけるSi−SiC系材料について,SiとSiCとの割合が何
ら規定されていないことに照らせば,引用発明のSiCマトリックスと本願
発明のSi−SiCマトリックスとの間に技術的な観点から何らかの差異を
見いだすことはできない。原告らのこの点の主張は採用できない。
以上の事実を前提とすると,当業者が,刊行物1におけるSiC材料から
なるマトリックスから,本願発明のSi−SiCマトリックスを得ることは
容易であったというべきである。
4 結論
以上によれば,原告ら主張の取消事由には理由がなく,その他,審決に,こ
れを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 三 村 量 一
裁判官 上 田 洋 幸
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