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平成19(行ケ)10007審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年9月12日
事件種別 民事
当事者 被告NOK株式会社
原告タイガースポリマー株式会社
対象物 燃料電池用シール材の形成方法
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決22回
実施9回
刊行物5回
無効4回
特許権1回
無効審判1回
主文 1 特許庁が無効2006−80076号事件について平成18年12月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「燃料電池用シール材の形成方法」とする特許第34 56935号(平成12年1月12日出願,平成15年8月1日設定登録。以 下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。

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判決文

平成19年9月12日判決言渡
平成19年(行ケ)第10007号 審決取消請求事件
平成19年9月10日口頭弁論終結
判 決
原 告 タイガースポリマー株式会社
同訴訟代理人弁理士 鍬 田 充 生
同 阪 中 浩
同 山 田 晃
被 告 N O K 株 式 会 社
同訴訟代理人弁理士 高 塚 一 郎
主 文
1 特許庁が無効2006−80076号事件について平成18年12月
5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「燃料電池用シール材の形成方法」とする特許第34
56935号(平成12年1月12日出願,平成15年8月1日設定登録。以
下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。
被告は,平成18年4月25日,本件特許につき無効審判を請求し,原告は,
同年7月21日に本件特許につき訂正請求をした。
特許庁は,この審判請求を無効2006−80076号事件として審理し,
平成18年12月5日,「訂正を認める。特許第3456935号の請求項
1,2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
2 特許請求の範囲
平成18年7月21日付け訂正請求書(甲20)による訂正後の本件発明の
請求項1,2(請求項の数は全部で3項である。)は,下記のとおりである
(下線は訂正箇所を示す。)。
(1) 【請求項1】高分子電解質膜,カソード電極およびアノード電極からな
る燃料電池本体とセパレータとの間に介在させるシール材の形成方法であっ
て,セパレータの所定位置表面にゴム溶液を塗布して未架橋のゴム薄膜を形
成する工程,未架橋のゴム薄膜を架橋することによりセパレータに成形一体
化させる工程,架橋ゴム薄膜が成形一体化されたセパレータをカソード電極
およびアノード電極に当接し単セルを組立てることにより,高分子電解質膜
の周縁部をシールする工程,を備えており,前記セパレータとしてカーボン
グラファイトで形成されたセパレータを用い,前記ゴム薄膜形成工程におい
て,前記セパレータの周縁部表面にスクリーン印刷によりゴム溶液を塗布し
て未架橋のゴム薄膜を形成することを特徴とする燃料電池用シール材の形成
方法(以下「本件訂正発明1」という。)。
(2) 【請求項2】高分子電解質膜,カソード電極およびアノード電極からな
る燃料電池本体とセパレータとの間に介在させるシール材の形成方法であっ
て,セパレータの所定位置表面にゴム溶液を塗布して未架橋のゴム薄膜を形
成する工程,未架橋のゴム薄膜を架橋することによりセパレータに成形一体
化させる工程,架橋ゴム薄膜が成形一体化されたセパレータをカソード電極
およびアノード電極に当接し単セルを組立てることにより,高分子電解質膜
の周縁部をシールする工程,を備えており,前記セパレータとしてカーボン
グラファイトで形成されたセパレータを用い,前記ゴム薄膜形成工程におい
て,前記セパレータの周縁部表面にスクリーン印刷によりゴム溶液を塗布し
て未架橋のゴム薄膜を額縁状に形成した燃料電池用シール材の形成方法(以
下「本件訂正発明2」といい,本件訂正発明1と併せて「本件各訂正発明」
という。)。
3 審決の内容
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件各訂正発明は,特開平1
1−129396号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)及び周知技術
(甲6,18)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とする
ものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1記載の発明(以下「引用発明」
という。)の内容並びに本件各訂正発明と引用発明との一致点及び相違点を次
のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容
「高分子電解質膜,カソード電極およびアノード電極からなる燃料電池本
体とセパレータとの間に介在させるシール材の形成方法であって,金属セパ
レータの所定位置表面に液状シリコーン樹脂を射出圧300kgf/cm 2,
金型温度160℃の条件で射出成形してシリコーン樹脂層(硬度60)をセ
パレータの周縁部表面に成形一体化させる工程,前記シリコーン樹脂層(硬
度60)が成形一体化されたセパレータをカソード電極およびアノード電極
に当接して単電池ユニットを組み立てることにより,高分子電解質膜の周縁
部をシールする工程を備える燃料電池用シール材の形成方法」
(2) 一致点
「高分子電解質膜,カソード電極およびアノード電極からなる燃料電池本
体とセパレータとの間に介在させるシール材の形成方法であって,セパレー
タの所定位置表面にゴム溶液を存在させて未架橋のゴム薄膜を形成する工程,
未架橋のゴム薄膜を架橋することによりセパレータに成形一体化させる工程,
架橋ゴム薄膜が成形一体化されたセパレータをカソード電極およびアノード
電極に当接し単セルを組立てることにより,高分子電解質膜の周縁部をシー
ルする工程を備えている燃料電池用シール材の形成方法」である点。
(3) 相違点
(本件各訂正発明)
ア セパレータの材質が,本件各訂正発明は「カーボングラファイト」であ
るのに対し,引用発明は「金属」である点(以下「相違点1」という。)。
イ セパレータの周縁部表面に架橋ゴム薄膜を成形一体化する工程が,本件
各訂正発明はゴム溶液を「スクリーン印刷」で塗布して未架橋のゴム薄膜
を形成する工程及び未架橋のゴム薄膜を架橋する工程であるのに対し,引
用発明はゴム溶液を「射出圧300kgf/cm 2,金型温度160℃の条
件で射出成形」する工程である点(以下「相違点2」という。)。
(本件訂正発明2)
ウ ゴム薄膜を,本件訂正発明2はセパレータの「周縁部表面」に「額縁
状」に形成するのに対し,引用発明はセパレータの「周縁部表面」に形成
する点(以下「相違点3」という。)。
第3 原告主張の取消事由
審決には,以下のとおりの違法がある。すなわち,①本件訂正発明1の相違
点1に関する容易想到性の判断を誤った(取消事由1),②本件訂正発明1の
相違点2に関する容易想到性の判断を誤った(取消事由2),③本件訂正発明
2の相違点1,2に関する容易想到性の判断を誤った(取消事由3)との違法
がある。
1 取消事由1(本件訂正発明1の相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)
(1) 審決は,相違点1に関して次のとおり判断している。
「本件訂正発明1の『セパレータ』の材料である『カーボングラファイ
ト』が『グラファイト(黒鉛)』のみからなるものであるのか,グラファイ
トと樹脂との混合物であるのか明らかではない。本件訂正明細書の発明の詳
細な説明には具体的な記載もない。発明の詳細な説明にその材料の具体例も
記載されていないことからすれば,本件訂正発明1の『カーボングラファイ
ト』は,燃料電池のセパレータ材として本件出願当時に燃料電池用セパレー
タとして周知慣用されていた『グラファイト(黒鉛)』のみからなるもの又
は『グラファイト』と『樹脂』の混合物からなるものであると認められる。
なお,後者は,前者より割れにくいことが知られている。
他方,引用発明のセパレータは金属製であるが,燃料電池のセパレータと
して金属製のものも『カーボングラファイト』製のものも周知慣用のもので
あって,いずれの材料のものであっても電解質膜との間のガスの遺漏を防止
する必要があるものであり,比較的肉厚の薄い薄膜のシールをシール材とし
て組み入れようとするときに,薄膜上にシワ,薄膜同志で密着し剥がしづら
くなる等の作業性の問題が生じることも同じである。そのような問題を解決
できる引用発明の成形一体化方法におけるセパレータとして金属製のものに
代えて同様の課題を有する周知慣用の『カーボングラファイト』製のセパレ
ータとすること,すなわち,相違点1に係る本件訂正発明1の発明特定事項
とすることは,当該燃料電池の分野の周知の事項に基づいて当業者であれば
容易に想到することができたことと認められる。」。
(2) しかし,審決の判断は,以下のとおり,誤りがある。すなわち,
ア 燃料電池用セパレータには金属製セパレータ,グラファイト(黒鉛)か
らなるセパレータ(以下単に「グラファイトセパレータ」という。),グ
ラファイトと樹脂の混合物からなるセパレータ(以下「樹脂含有セパレー
タ」という。)があり,いずれも高い導電性及び熱伝導性が必要とされる。
樹脂含有セパレータは,グラファイトセパレータよりも割れにくいが,樹
脂の含有量が増加するにつれて導電性及び熱伝導性が低下するため,樹脂
の含有量をさほど増加させることができない。
イ 引用発明は,射出成形を前提とするものであるところ,カーボングラフ
ァイトセパレータは,組立時のハンドリングや締め付けによって容易に破
損するので,射出成形に適用するのは不可能である。仮に,樹脂含有カー
ボングラファイトセパレータがカーボングラファイトセパレータに比べて
破損しにくいとしても,その強度が射出成形に充分耐えるものであるとは
いえず,当業者がインサート射出成形可能であると認識していたとはいえ
ない。
ウ インサート射出成形方法では,高圧で射出される射出材料をキャビティ
に封入するため,射出圧を越える圧力でインサートを金型に挟み込んで型
締め固定する。特に,引用発明では,インサートするセパレータ上にシー
ルが形成される領域とシールが形成されない領域が混在するように射出成
形する必要があるために,シールを形成する金型の端面をセパレータに直
接押し当てて,その押し当て部位から高圧の射出材料が漏れ出さないよう
に強く押さえつける必要がある。そこで,金型の端面を射出圧に負けない
だけの強い力でセパレータに押し付けるとともに,シール形状の境界部か
ら射出したゴム溶液が漏れ出さないようにシール形状の境界部に集中して
その型締め力をセパレータに作用させる必要がある。このような引用発明
の射出成形に,樹脂含有セパレータをインサート成形しても容易に破損す
るといえる。
(3) 以上により,引用発明において,金属製セパレータに代えてカーボング
ラファイトセパレータを用いることには技術的な阻害要因があるから,当業
者であれば引用発明において,カーボングラファイトセパレータを適用する
ことは想到し得ない。したがって,この点の審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(本件訂正発明1の相違点2に関する容易想到性の判断の誤り)
射出成形は,密閉系の所定形状のキャビティに成形材料を射出して合成樹脂
又はゴム部材を所定形状に成形する方法であり,その成形材料は常温で固形又
は液状のものである。他方,スクリーン印刷は,開放系でスクリーンの所定の
部位でインキ(液状材料)を通過させて塗膜パターンを印刷する方法であるか
ら,射出成形とスクリーン印刷が成形方法として置換可能な場合は,射出成形
の成形材料がゴム溶液で,しかもそれは極めて特殊な液状シリコーン樹脂の場
合のみである。
そうすると,当業者によれば,本件出願時において,液状ゴムのうち引用発
明の液状シリコーン樹脂のみしか射出成形できず,それ以外の汎用の液状ゴム
は射出成形不可能と認識されていたのであるから,液状材料の射出成形からス
クリーン印刷への変換が適宜なし得るものということはできない。
したがって,セパレータが損傷しやすいからスクリーン印刷によりシール材
を形成することが容易であるとする審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(本件訂正発明2の相違点1,2に関する容易想到性の判断の誤
り)
相違点1,2についての本件訂正発明1の構成が容易想到であるといえない
以上,当業者が引用発明から本件訂正発明2を想到することも困難である。よ
って,本件訂正発明2が引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたとした審決は誤りである。
第4 被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(本件訂正発明1の相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)
について
燃料電池のセパレート材としてカーボングラファイトを使用することは,本
願出願時に周知慣用の技術である(乙1ないし4)。また,カーボン系のセパ
レータに液状シリコーンゴムを射出成形し,セパレータに一体的にゴムパッキ
ンを形成することは,本願出願以前に検討されていた発明であるし(乙5,
6),被告は,カーボン系のセパレータに液状ゴムを射出成形し,セパレータ
に一体的にゴムパッキンを形成することを,本願出願以前から実施している。
したがって,引用発明の射出成形にカーボン系のセパレータを適用するこ
とはできないとの原告の主張は失当である。
2 取消事由2(本件訂正発明1の相違点2に関する容易想到性の判断の誤
り)について
本願出願時において,シール部材の成形一体化方法としてスクリーン印刷技
術は周知慣用のものである(乙7,8)。本願出願時に液状フッ素ゴムが射出
成型に用いられていた(乙5,9)。射出成形材料をスクリーン印刷に適用す
るために適当な溶剤に溶解して使用することも,当業者が適宜実施する周知・
慣用技術である。
したがって,本願出願時において,液状ゴムのうち引用発明の液状シリコー
ン樹脂のみしか射出成形できず,それ以外の汎用の液状ゴムは射出成形不可能
と認識されていたから,一般的な射出成形材料をスクリーン印刷に適用するこ
とは困難であるとの原告の主張は失当である。
3 取消事由3(本件訂正発明2の相違点1,2に関する容易想到性の判断の誤
り)について
審決の相違点1,2についての判断に誤りがないから,本件訂正発明2につ
いても同様に原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 相違点1について
当裁判所は,「相違点aに係る本件訂正発明1の発明特定事項とすることは,
当該燃料電池の分野の周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想到するこ
とができたことと認められる。」とした審決の判断は誤りであると解する。
その理由は,以下のとおりである。
まず,審決の相違点1についてした判断の内容は,次のとおりである。
引用発明の「金属製」のものも,本件訂正発明1の「カーボングラファイト
製」のものも,燃料電池のセパレータとして,周知慣用のものであること,い
ずれの材料も,電解質膜との間のガスの遺漏を防止する必要があり,比較的肉
厚の薄い薄膜のシールをシール材として組み入れようとするときに,薄膜上に
シワ,薄膜同志で密着し剥がしづらくなる等の作業性の問題がある点で共通し
ている。このような問題を解決できる引用発明の成形一体化方法におけるセパ
レータとして,「金属製」のものを「カーボングラファイト製」のものとする
ことは,当該燃料電池の分野の周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想
到することができたことと認められるとするものである。
しかし,セパレータとしてカーボングラファイト製のものが周知慣用であり,
作業性に関する課題が「金属製」のものと共通であるとしても,引用発明が射
出成形手段を前提とするものである以上,引用発明におけるセパレータをカー
ボングラファイトに代えることには,次のとおり阻害要因があったというべき
である。この点を詳細に述べる。
2 刊行物(甲1,24ないし26)の記載
(1) 刊行物1(甲1)には,次の記載がある。
ア 「【発明の属する技術分野】本発明は,電気・電子部品等のクッション
材,パッキン材,スペーサー,特に燃料電池のセパレータとして好適に使
用でき,複雑な形状や,部品の小型化が可能なシリコーン樹脂−金属複合
体に関する。」(段落【0001】)
イ 「【発明が解決しようとする課題】上記のシリコーンゴム単体からな
り,比較的肉厚の薄い薄膜のものを電気・電子部品等にそのまま組み入れ
ようとすると,薄膜上にシワが生じたり,薄膜同志で密着し剥がしずらく
なる等の作業性に問題があった。そこで,このような問題点を解消するた
めにシリコーンゴム単体と非伸縮性の金属薄板と複合一体化した積層体が
知られている(例えば,特開平4−86256号,実開平2−470号)。
上記複合一体化の方法としては,通常,金属薄板の少なくとも片面にシ
リコーンゴムシートを載置し,加熱加圧する方法が行われているが,部分
的に載置する場合,位置合せが困難であったり,さらには金属薄板の表面
に凹凸があるものでは,均一に貼り合わせることが困難という問題があっ
た。」(段落【0003】,【0004】)
ウ 「【発明の実施の形態】以下,本発明を詳しく説明する。本発明に使用
される金属薄板としては,鋼板,ステンレス鋼板,メッキ処理鋼板,アル
ミニウム板,銅板,チタン板等が好適であるが,これらには,限定されな
い。金属薄板の厚みは0.1∼2.0mmの範囲のものが好適であり,表
面に凹凸を有するものも使用できる。この凹凸は用途等によりその形状は
異なるが,3次元的な構造であって,用途が燃料電池,特に固体高分子型
燃料電池のセパレータでは,燃料ガスの流路用溝等が相当する。」(段落
【0006】)
エ 「本発明の複合体は電気・電子部品等のクッション材,パッキン材,ス
ペーサー,Oリング等に使用できるが,特に燃料電池(固体高分子型燃料
電池)のセパレータの用途に好適に使用できる。このようなセパレータは
より小型化が要求され,また多数のセパレータを重ね合わせて使用するこ
とから精度が優れ,生産性のよいセパレータが要求されており,射出成形
によりシリコーン樹脂層を形成する本発明の複合体はこのような要求を満
足することが容易である。」(段落【0012】)
オ 「液状シリコーン樹脂として信越化学(株)製KE−1950−60を
使用し,金型温度160℃,射出圧300kgf/cm 2の条件で,ステン
レス鋼板(表面プライマー処理 東芝シリコーン(株)製ME−21)の
片面に射出成形した。脱型した後,図1に示した断面概略図のパッキン材
を得た。得られたパッキン材ではステンレス鋼板とシリコーン樹脂層との
間の接着性が良好で剥離等がなく,またバリや気泡等の発生が見られずパ
ッキン材としての性能上問題なかった。」(段落【0016】)
カ 「(実施例2)次に,他の実施例として射出成形法により形成してなる
シリコーン樹脂−金属複合体製の燃料電池セパレータについて図3∼10
に基づいて説明する。図3に示した射出成形用金型30に金属薄板からな
る金属製のセパレータ本体31をセットし,セパレータ本体31の一側面
32にシリコーン樹脂層(硬度60)からなるシール材33aを射出成形
法により形成した後,セパレータ本体31を図4に示した射出成形用金型
34にセットし,セパレータ本休31(「本体31」の誤記と認められ
る)の他側面35にシリコーン樹脂層(硬度60)からなるシール材33
bを射出成形法により形成し,図5∼6に示す燃料電池セパレータ36を
形成した。
セパレータ本体31の厚みは0.3mmであり,中央部37にはプレス
成形又はエッチング処理により凹凸状のガス溝パターン38が形成され,
周縁部39には反応ガス通路孔40,ピン孔41及び冷却媒体通路42が
穿孔され,反応ガス通路孔40と中央部37とは凹凸状の反応ガス通路部
43により連通されている。
セパレータ本体31の凹凸状のガス溝パターン38の頂面は電極接触部
44を形成し,電極接触部44には耐蝕性かつ良導電性の表面処理が施さ
れている。」(段落【0017】,【0018】)
以上のとおり,刊行物1には,射出成形を前提とするものであること,そ
の射出成形は金属製のセパレータを使用するものであること,その金属薄板
の厚さは0.1∼2.0mmの範囲のものが好適とされるが,実施例ではセ
パレータの厚さとして0.3mmのものが開示されていること,射出成形の
条件は射出圧300㎏f/cm 2,金型温度160℃であることからなる発
明が開示されている。
(2) そして,特開平1−255170号公報(甲24)には,「・・カーボ
ン材は機械的強度が低いため,ハンドリングあるいは組立圧縮時に往々にし
て破損する事態が発生する。近時,抵抗およびスタック厚みの低下を図るた
め電極基材は2㎜程度,セパレーター板は0.8∼1.0㎜まで薄肉化が進
んでいる関係で,破損の度合は一層増加する傾向にある。」(1頁右欄13
行∼19行),特開平8−162145号公報(甲25)には,「しかしな
がらこのような従来の固体高分子電解質型電池にあってはカーボンからなる
セパレータ板は機械的に脆弱であるためにスタックを形成して締めつけ板1
0と締めつけボルト11を用いて単電池とセパレータ板を締めつけたときに
セパレータ板に亀裂が発生し易く反応ガスがリークし易いという問題があっ
た。そこでセパレータ板を金属材料で構成しようとすると軽量かつコンパク
トな構造を達成するためには曲げ剛性の小さい金属を使用しなければならず,
高い寸法精度の加工が困難となり,加工工数が増大して製造コストが増すと
いう問題があった。」(【0010】【発明が解決しようとする課題】),
特開平11−126620号公報(甲26)には,「ところで,緻密カーボ
ングラファイトにて構成されるセパレータは,集電性能が高く,かつ長期間
の使用によっても高い集電性能が維持されることから,集電性能の観点から
は優れたセパレータということができる。しかしながら,セパレータの電極
に対向する面には,ガス通路を形成するための通路形成性能を付与すべく多
数の突起部,溝部等が形成される。しかし,緻密カーボングラファイトは非
常に脆い材料であることから,セパレータの表面に多数の突起部や溝部を形
成すべく切削加工等の機械加工を施すことは容易ではなく,加工コストが高
くなるとともに量産が困難であるという問題がある。」(【0004】【発
明が解決しようとする課題】)との各記載がある。
3 容易想到性の判断について
(1) 以上の各記載を総合すると,カーボン材は脆く機械的強度が低いため,
カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであるために,
加工コストが高くなるとともに量産が困難であると認識されていたといえる。
そして,引用発明のセパレータは,厚さ0.3mm程度の金属材料を使用
し,それに対して射出成形を施すことを前提とし,その条件も「300kg
f/cm 2」といった高圧で射出材料が金型内に射出されるものであること,
他方,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであると
認識されていたことからすれば,当業者にとって,カーボン材からなる「カ
ーボングラファイト」を射出成形装置に適用した場合には,カーボン材が有
する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたもの
と解される。
したがって,引用発明の射出成形による成形一体化工程において,金属製
セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適
用することには,技術的な阻害要因があったというべきである。
(2) 審決は,前記のとおり,本件訂正発明1の「カーボングラファイト」に
は樹脂を含むような割れにくいものまで包含することから,そのようなカー
ボングラファイトに対して射出成形が不可能であるとする認識があったとは
認められないと判断している。
しかし,前記認定のとおりカーボン材は脆弱でカーボンからなるセパレー
タは破損しやすいものであり,たとえ樹脂含有セパレータの方が破損しにく
いといえても,セパレータ材として樹脂含有のものが金属製のものと同程度
の機械的な強靱性を有する,あるいは,そのような素材を射出成形に適用し
得るものと,当業者が認識していたことを認定するに足りる証拠はない。よ
って,審決のこの点の判断を是認することはできない。
また,審決は,カーボングラファイトからなるセパレータが損傷しやすい
としても,成形一体化する方法として圧力をかける射出成形などのインサー
ト成形以外の周知慣用の成形一体化法である「スクリーン印刷」による方法
によってゴム溶液を塗布して一体化することは,当業者であれば容易に想到
することができたといえると判断している。
しかし,引用発明は金属薄板をインサートして射出成形することを前提と
しているところ,前記認定判断のとおり,引用発明においてセパレータ材を
金属からカーボングラファイトに置換することが容易でない以上,たとえゴ
ム溶液の塗布方法としてスクリーン印刷が周知であるとしても,それに加え
て射出成形をスクリーン印刷に置換することも容易に想到し得たということ
はできない。すなわち,引用発明において,セパレータ材である金属をカー
ボングラファイトに置換し,同時に射出成形をスクリーン印刷に置換するこ
とが容易に想到し得たということはできない。よって,審決のこの点の判断
を是認することはできない。
(3) 被告は,乙5,6からカーボン系のセパレータに液状シリコーンゴムを
射出成形し,セパレータに一体的にゴムパッキンを形成する技術は,本願出
願以前に検討されていたものであり,被告自身も本願出願以前に実施してい
たなどと主張する。
しかし,乙5,6はいずれも本件特許の出願日の後に公開されたものであ
り,同各証拠の記載内容によっては,本件各訂正発明の容易想到性の判断,
すなわち前記阻害要因があるとする判断を覆すに足りる証拠となるものとは
いえない。また,被告の実施が本願出願以前から実施していたとしても,こ
れをもって上記判断を左右するものではない。よって,被告の上記主張は採
用できない。
4 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由1は理由がある(取消事由3も同様
に理由がある。)。そうすると,取消事由2について判断するまでもなく,審
決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 三 村 量 一
裁判官 上 田 洋 幸

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