平成19(ネ)10034特許権侵害差止請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成19年9月10日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人大洋薬品工業株式会社 被控訴人アステラス製薬株式会社
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対象物 |
7−[2−(2−アミノチアゾール−4−イル)−2−ヒドロキシイミノアセトアミド]−3−ビニル−3−セフェム−4−カルボン酸(シン異性体)の新規結晶 |
法令 |
特許権
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キーワード |
実施94回 特許権13回 優先権7回 無効6回 新規性5回 無効審判3回 侵害2回 差止2回 刊行物1回
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主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
1 事案の概要
本件は,発明の名称を「7−[2−(2−アミノチアゾール−4−イル)−
2−ヒドロキシイミノアセトアミド]−3−ビニル−3−セフェム−4−カル
ボン酸(シン異性体)の新規結晶」とする特許第1943842号に係る特許
(以下,この特許に係る特許権を「本件特許権」といい,特許請求の範囲の請
求項1記載の発明を 本件特許発明 という の特許権者である被控訴人 以「 」 。) (
下「原告」という )が,控訴人(以下「被告」という )に対して,原判決別。 。
紙物件目録記載の医薬品 以下 被告製剤 という を製造販売する被告の行( 「 」 。)
為が本件特許権を侵害すると主張して,被告製剤の製造及び販売の差止め並び
に廃棄を求めたのに対し,被告が本件特許発明についての特許(以下「本件特
許 という は新規性を欠く発明に対してされたものであって 特許無効審判」 。) ,
により無効にされるべきであるなどと主張して,争った事案である。 |
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判決文
平成19年9月10日判決言渡
平成19年(ネ)第10034号 特許権侵害差止請求控訴事件
(原審 東京地方裁判所平成17年(ワ)第19162号)
平成19年6月27日口頭弁論終結
判 決
控 訴 人 大 洋 薬 品 工 業 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 脇 田 輝 次
補 佐 人 弁 理 士 鶴 目 朋 之
同 望 月 孜 郎
被 控 訴 人 アステラス製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 片 山 英 二
同 北 原 潤 一
訴訟代理人弁理士 小 林 純 子
同 森 田 拓
補 佐 人 弁 理 士 加 藤 志 麻 子
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要等及び争点に関する当事者の主張
1 事案の概要
本件は,発明の名称を「7−[2−(2−アミノチアゾール−4−イル)−
2−ヒドロキシイミノアセトアミド]−3−ビニル−3−セフェム−4−カル
ボン酸(シン異性体)の新規結晶」とする特許第1943842号に係る特許
(以下,この特許に係る特許権を「本件特許権」といい,特許請求の範囲の請
求項1記載の発明を「本件特許発明 」という。 の特許権者である被控訴人(以
)
下「原告」という。)が,控訴人(以下「被告」という。)に対して,原判決別
紙物件目録記載の医薬品(以下「被告製剤 」という。 を製造販売する被告の行
)
為が本件特許権を侵害すると主張して,被告製剤の製造及び販売の差止め並び
に廃棄を求めたのに対し,被告が本件特許発明についての特許(以下「本件特
許」という。 は新規性を欠く発明に対してされたものであって ,特許無効審判
)
により無効にされるべきであるなどと主張して,争った事案である。
原判決は,①被告製剤は本件特許発明の技術的範囲に属する,②本件特許は
特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない,と認定判断し,
原告の請求を認容した。被告は,これを不服として,本件控訴を提起した。
2 争いのない事実等,本件の争点,及び,争点に関する当事者の主張
次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概
要等 」の「1 争いのない事実等」 原判決2頁2行∼4頁3行 )及び「3
( 本
件の争点 」 原判決4頁7行∼10行)並びに「第3
( 争点に関する当事者の主
張」 原判決4頁11行∼26頁5行)に記載のとおりであるから,これを引用
(
する 。なお ,原判決の略語表示(前記1において用いたものを含む。 は当審に
)
おいてもそのまま用いる。
当審における被告の主張(補足)
ア 争点(新規性の有無)について
被告の追試について
被告の追試は,引用実施例16の追試として,妥当なものである。
原判決は,少なくとも減圧濃縮の途中で目的化合物の沈殿が析出し始
めるような実験方法は,引用実施例16の実験工程を忠実に再現したも
のとは評価し難く ,追試として妥当でないとの基準 以下 追試基準」
( 「
という。)を設けて,被告の追試の合理性を否定した。
しかし,以下のとおり,追試基準は,引用実施例16に記載されて
いないのみならず ,当業者の常識にも反するものであって ,誤りである 。
a 追試基準において,引用実施例16における減圧濃縮の目的がア
セトンを除去することにあるとしたのは,セフジニルは水にほとんど
溶けないが,アセトンには溶けるという認識を根拠としたものと推認
される 。しかし,セフジニル原体はアセトンにもほとんど溶けない 乙
(
31) したがって,
。 引用実施例16における減圧濃縮の除去対象がア
セトンに限られるということはできない。
なお,原判決は,追試基準に関し,減圧濃縮の後の工程であるp
H調整との関係にも言及しているが,セフジニルの溶け易いアセトン
を除去し,セフジニルの溶けにくい水だけを残せば,後はpHを2.
0に調整することによって容易にセフジニルを析出させることができ
るとの誤った認識を前提とするものである。
b シオノケミカル株式会社研究部部長A作成に係る実験報告書(乙3
0)によれば,①減圧濃縮でアセトンのみを除去した場合(減圧濃縮
後の溶液量491ml 。 ,②沈殿が析出する少し前で減圧濃縮を終え
)
た場合(減圧濃縮後の溶液量386ml。 ,③沈殿が析出した後溶液
)
が200mlになるまで減圧濃縮を続けた場合のいずれにおいても,
pH調整後短時間において物の析出はなかった。同報告によれば,追
試基準は実験上全く意味をなさないものであり,同基準を前提とす
る限り,引用実施例16の追試では目的化合物を得ることができない
ことを示すものである。
c 減圧濃縮により物を析出させる方法とpH調整で物を析出させる方
法は,いずれも溶媒に対する溶質の溶解度を利用して物を析出させる
手段である点で共通し,セフジニルのような塩基性基と酸性基を有す
る化合物を析出させる場合には,互いに補完的な関係において使用し
得る方法であるから,減圧濃縮工程において一定量の物を析出させ,
その後のpH調整においてその余の物を析出させる方法が不合理であ
るとはいえない。
したがって,引用実施例16における減圧濃縮で,アセトンを除去
した後においても,目的物を十分な量で得るのに適する濃度にまで溶
液の濃縮を続け,その後にpH調整を実施することには,合理性があ
る。上記減圧濃縮の工程で,どの程度アセトンと水を除去するかは,
その溶解性によってではなく,どの程度濃縮した段階でpH調整を実
施した場合に,所定の収量が得られるかという観点から決定されるべ
き事項である。
そして,pH調整を実施するのに適する濃度は,事前に正確に予測
することは困難であって,実際の実験における試行錯誤を経て適当な
濃度を見つける以外に方法はないが,化学者は,常に,目的物質をよ
り高収率,より高純度で得ようとするから,引用実施例を追試する場
合も,高収率,高純度で得るよう心がけて実験を行うことにより,忠
実な追試がされることになる。
d 以上によれば,被告の追試は,原判決が指摘するような問題点はな
く,引用実施例16の追試として妥当であるといえる。
原告の追試について
これに対し,原告の追試は,いずれも実験条件に問題があり,引用実
施例16の忠実な追試ということはできない。
原判決は,原告追試aは,引用実施例16の実験工程の忠実な再現と
しては不十分であるとしたが,原告追試bについては,引用実施例16
の実験工程を忠実に再現したものと評価することができるとした。しか
し,原告追試bには,①酢酸エチルによる洗浄後の回収液量が多量すぎ
る,②カラムクロマトグラフィーに使用する充填剤の量が少ない,③p
H調整で得た目的化合物を水洗している,④IRスペクトルが引用実施
例16の記載と一致していない,⑤pH調整に要した時間が不明である
などの問題点があり,引用実施例16の実験工程を忠実に再現したもの
とはいえない。
なお,原判決は,セフジニルのA型結晶のIRスペクトルのピークと
引用実施例16に記載されているセフジニルのIRスペクトルのピーク
とが相違するという理由で,セフジニルのA型結晶そのものは引用実施
例16には記載されていないと認定判断している。同認定判断を前提に
すれば,原告追試bで得られたセフジニルのIRスペクトルのピークと ,
引用実施例16のセフジニルのIRスペクトルのピークとが一致しない
以上,原告追試bを引用実施例16の忠実な追試とはいえないことにな
る。
引用実施例に係るIRスペクトルのピークについて
被告の追試でも,原告の追試でも,引用実施例16に記載されたIR
スペクトルのピークと全く同じIRスペクトルのピークを有するセフジ
ニルが得られていないことに照らせば,そのようなIRスペクトルのピ
ークを有するセフジニルは存在しないことが推認されるというべきであ
る。そうすると,引用実施例16に係るIRスペクトルのピークの記載
は,引用明細書作成時の誤記であったと考えるべきである。
本件明細書の記載について
引用実施例14には,得られた目的物が「結晶」であったと明記され
ているのであるから,原判決が , 本件明細書では ,引用実施例の実験で
「
得られたセフジニルは実際には無晶形の化合物である旨が記載されてい
るから 甲2の2頁左欄40ないし42行) 引用実施例14で記載され
( ,
ているものがセフジニルの結晶であるということはできない 。 と認定し
」
たのは,事実誤認である。
本件明細書の「発明が解決しようとする問題点」の記載は,①引用公
報(甲3)の記載,②引用明細書に係る特許出願についての昭和62年
4月17日付け手続補正書(乙29)の記載,③本件特許発明の優先権
主張の基礎となった昭和62年特許願第206199号の明細書(甲1
1)の記載,④原告の研究本部化学研究所創薬化学第一研究室のB作成
に係る陳述書(甲21)の記載のいずれとも矛盾しているのみならず,
原告又はその従業員等が作成した上記①ないし④の各文書の各記載間に
も整合しない点が存在する。
これらによれば,本件明細書の「発明が解決しようとする問題点」の
記載は事実に反するものであり,引用実施例14及び16で得られたも
のは,結晶であったと考えざるを得ない。引用実施例14及び16は,
得られた結晶がA型結晶かB型結晶かは明らかにされていないが,B型
結晶とA型結晶とは,無水物か否かという点が相違するだけで,医薬品
の原体としての有用性,製造方法においてほとんど相違する点はないか
ら(甲21) 当業者であれば ,B型結晶を得ることができれば,A型結
,
晶を得ることは極めて容易である。
これらの事情に照らせば,原告は,引用明細書に係る特許出願につい
て特許を取得した後,同特許とは別個の結晶特許を取得しようとの考え
から,引用実施例14及び16で得られるものが結晶ではなく,無晶質
であるとの事実に反する記載をしたと推認される。
イ その他の主張
原告は,上記アのとおり ,本件明細書において, 発明が解決しようと
「
する問題点」という重要な事項に関し,事実に反する記載をするという不
正な方法により,本件特許権を取得したものであるから,これに基づく権
利行使は,信義則に反し,許されない。
当審における原告の反論(補足)
ア 争点(新規性の有無)について
引用実施例16に係るIRスペクトルの記載によれば,同実施例に記
載されたセフジニルがA型結晶ではないことは明らかである。引用実施
例16において,A型結晶のセフジニルが得られたとする被告の追試は ,
同実施例の忠実な追試ではない。
以下,被告の追試の妥当性について指摘する。
被告追試a,b及びdは,以下のとおり,引用実施例16の忠実な追
試とはいえない(なお,被告追試c及びeは,引用実施例16の忠実な
追試ではなく,この点は,被告も争っていない。 。
)
すなわち,引用実施例16の「20%アセトン水溶液による溶出画分
を集め,減圧濃縮し,10%塩酸によりpH2.0に調整する。生成す
る沈澱を濾取,真空乾燥して,7−〔2−(2−アミノチアゾール−4
−イル)−2−ヒドロキシイミノアセトアミド〕−3−ビニル−3−セ
フェム−4−カルボン酸(シン異性体)(1.23g)を得る 。」との記
載における「生成する沈澱」とは,当業者であれば,その直前の工程で
ある「10%塩酸によりpH2.0に調整すること」によって初めて生
成する沈殿物であると理解する(甲15,16 ,22,23参照 ) とこ
。
ろが,被告追試a,b,dは,いずれも減圧濃縮の工程の途中で沈殿の
析出が生じており,減圧濃縮に続くpH調整は,実質的に無意味な工程
になっていることに照らすならば,同追試は,pH調整によって目的物
を析出させる引用実施例16の忠実な追試とはいえないことが明らかで
ある。
被告は,引用実施例16の忠実な追試であるというためには,減圧濃
縮の途中で沈殿を析出させるものであってはならないとの基準(追試基
準,原判決の基準)は合理性がないと主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり,失当である。
a 被告は,原判決が,減圧濃縮の目的がアセトン除去にあることをも
って,減圧濃縮の途中で沈殿の析出が生じるような条件の下では,忠
実な追試の基準を充たさないと判断したとして,これを批判する。
しかし,原判決は ,引用実施例16の忠実な追試といえるためには ,
アセトン除去という減圧濃縮の目的を逸脱しないことが必要であるこ
とに加え,減圧濃縮の途中で目的化合物が析出し始めるような濃縮条
件に基づくものでないことも必要であると述べているのであるから,
被告の上記主張は,原判決を正解しないものであり,失当である。
また ,引用実施例16の記載によれば ,HP−20のカラムから溶
出したアセトン水溶液中にセフジニルが溶けていることは明らかであ
り,このセフジニルは未だ固体として単離されておらず,結晶にも無
晶形にもなっていない。したがって,乙31により,単離された後の
セフジニルのA型結晶がアセトンにほとんど溶けないことが,本件特
許権の優先権主張日後に確認されたとしても,溶媒に溶解したセフジ
ニルを単離するプロセスの途中の工程である減圧濃縮の目的がアセト
ンの除去であることが否定されることはない。
b 被告は,引用実施例16の目的物を得るには,長時間かけて減圧濃
縮を行うことにより,沈殿を十分に析出させることが必要であるとこ
ろ,原判決のように,減圧濃縮の途中で沈殿が析出するような条件設
定をすると引用実施例16の忠実な追試にならないと解すると,同実
施例の忠実な追試によっては目的物が得られないことになるから(乙
30),追試基準は妥当しないと主張する。
しかし,長時間かけて減圧濃縮を行うことにより,減圧濃縮中に沈
殿を十分に析出させることをしなくても,セフジニル(ただし,A型
結晶ではない。 が得られることは ,原告の追試が示すとおりである 。
)
また,乙30の実験における減圧濃縮の条件が,減圧濃縮の途中で沈
殿を析出させないという基準を充たしていたとしても,そのことは,
当該実験が全体として同実施例の忠実な追試であることを直ちに意味
するものではないから,減圧濃縮の途中で沈殿を析出させるものであ
ってはならないとの基準(追試基準)が誤りであることの論拠には
ならない。
c 被告は,アセトンの除去後も,目的物を十分な量で得るのに適する
濃度にまで溶液の濃縮を続け,その後にpH調整を実施することは,
むしろ当然であり,上記減圧濃縮の工程で,どの程度アセトンと水を
除去するかは,その溶解性によってではなく,どの程度濃縮した段階
でpH調整を実施した場合に,所定の収量が得られるかという観点か
ら決定される事項であると主張する。
しかし,被告の上記主張は,引用実施例16における減圧濃縮とp
H調整工程との関係では妥当しない。すなわち,引用実施例16にお
ける減圧濃縮は,専らアセトンの除去のためであるから,その目的を
達成したら速やかに次の工程(目的物を析出させるためのpH調整)
に移行するのが自然である。減圧濃縮の目的が達成されているにもか
かわらず,濃縮を長時間継続することは,目的物をpH調整によって
得る引用実施例16のプロセスの忠実な再現とはいえない。
被告は,化学者は,常に,目的物質をより高収率,より高純度で得
ようとする志向を持っており,明細書中の実施例に記載された実験に
おいても同様であると主張する。しかし,化学合成反応における収量
は,実験ごとにばらつきが出ても不思議ではないところ,引用実施例
16に記載されているセフジニルの合成法はかなりデリケートな反応
であり,5gの原料物質に対して目的物が1.23g程度しか得られ
ない低収率な反応であるから,この実施例を追試した場合にその都度
収量がばらつくのは,むしろ自然なことである。したがって,低収率
の収量に合わせるために,濃縮程度を決定すべく試行錯誤の検討を行
う必要があるという被告の主張は,失当である。
原告追試a(甲20)及び原告追試b(甲25)は,いずれも,その
原料物質が,本件特許権の優先権主張日当時に入手可能であった原料物
質よりも純度の高いものであり,したがってA型結晶がより得られやす
い条件を用いている点を除けば,引用実施例16の忠実な追試である。
イ 被告のその余の主張はすべて争う。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も,①被告製剤は本件特許発明の技術的範囲に属するとの原告の主
張は理由があり,②本件特許は特許無効審判により無効にされるべきである等
の被告の主張はいずれも失当であると判断する。したがって,原告の請求はこ
れを認容すべきであって ,本件控訴を棄却すべきものと解される 。その理由は ,
次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁
判所の判断」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正
原判決27頁8行目の「構成要件②」を「構成要件①及び②」と改める。
原判決28頁23行目以下同頁26行目の「もっとも ,・・・できない 。」
を削除する。
原判決32頁5行目の後に行を改めて次のとおり挿入する。
「なお,甲2,8,12,13及び弁論の全趣旨によれば,本件特許発明
の技術的範囲に属するセフジニルのA型結晶であって,本件明細書中の実
施例やセフジニル標準品が示すIRスペクトルと本質的に異なるIRスペ
クトルを示すものが存在するとは認められない 。」
原判決32頁26行目の「A型結晶」を「本件特許発明の技術的範囲に属
するセフジニルのA型結晶」と改める。
原判決33頁23行目以下34頁22行目を次のとおり改める。
「ア 被告は,引用実施例16を追試することによりセフジニルのA型結晶が
得られた旨主張する。
しかし,前記のとおり,引用実施例16で開示されたセフジニルは,
本件特許発明に係るA型結晶と同一ではないから,引用実施例16にセフ
ジニルのA型結晶の発明に関する記載はなく,また,引用実施例16にセ
フジニルのA型結晶の製造方法も開示されていない。
被告側が実施した引用実施例16の追試において,セフジニルのA型結
晶を得ているのは,引用実施例16の実験工程を忠実に再現したものでな
いことに起因するものと考えられる。
以上のとおりであるから,被告の上記主張は失当である。
なお,念のため,当業者がセフジニルの製造方法に係る引用実施例16
の記載内容及び本件特許権の優先権主張日(昭和62年8月19日)当時
の技術常識に基づいて,容易に本件特許発明に係るセフジニルのA型結晶
を得ることができたといえるか否かについて検討することとする。」
原判決45頁19行目以下46頁1行目の 厚生労働省・・・そして , を
「 」
削除し,同頁1行目以下同頁2行目の「及び弁論の全趣旨」を削除し,同頁
3行目の「目的化合物がアセトンに溶解して」を削除する。
原判決48頁23行目以下同頁24行目の「水にほとんど溶けない一方,
アセトンに溶け,かつ」を削除する。
原判決58頁22行目の後に行を改めて次のとおり挿入する。
「なお,原告追試bで得られたセフジニルにつき測定したIRスペク
トルのチャートは,別紙「赤外吸収スペクトル」記載のとおりであっ
た。」
原判決60頁20行目以下66頁6行目を次のとおり改める。
「 c 被告は,原告追試bは,①酢酸エチルによる洗浄後の回収液量が多
量すぎる,②カラムクロマトグラフィーに使用する充填剤の量が少な
い,③pH調整で得た目的化合物を水洗している,④IRスペクトル
が引用実施例16の記載と一致していない,⑤pH調整に要した時間
が不明であるなどの問題点を有するものであり,引用実施例16の実
験工程を忠実に再現したものとはいえない旨主張する。
この点について検討すると,甲25及び弁論の全趣旨によれば,原
告追試bにより得られたセフジニルのIRスペクトルのピークは,引
用実施例16で開示されているIRスペクトルのピークのうち,波数
1780cm−1及び1130cm −1に対応するものがなく,したがっ
て,引用実施例16に記載されたIRスペクトルのピークと一致して
いない。したがって,原告追試bについて,引用実施例16の実験工
程を忠実に再現したものと認めることはできない。
そうすると,原告側の追試についても,引用実施例16を忠実に再現
したものということはできない。」
原判決66頁7行目以下同頁19行目を次のとおり改める。
「オ 小括
前記ウのとおり,被告側の追試によっては引用実施例16の実験工程を
忠実に再現してもセフジニルのA型結晶を得ることはできない 。もっとも ,
前記エのとおり,原告側の追試も,引用実施例16を忠実に再現したもの
ということはできないが,そのことをもって,被告側の追試が忠実な再現
でなかったとの上記認定判断に影響を及ぼすものではない。
よって,本件特許権の優先権主張日当時の技術常識を参酌すると,当業
者において上記実施例の記載を追試してもセフジニルのA型結晶を製造す
ることはできず,したがって,上記実施例においては,当業者において容
易に実施し得る程度にセフジニルのA型結晶の製造方法が開示されている
とはいえない。
そうすると,本件特許発明は,その優先権主張日前に頒布された刊行物
中の引用実施例16の記載内容から容易に実施することができるとはいえ
ず,そのことを理由とする被告の主張は,理由がない 。」
2 当審における被告の主張に対する判断
被告は,原判決が,少なくとも減圧濃縮の途中で目的化合物の沈殿が析出
し始めるような実験方法は,引用実施例16の実験工程を忠実に再現したも
のとは評価し難く ,追試として妥当でないとの基準 追試基準)
( を設けて ,
被告の追試の合理性を否定したが,このような基準は,引用実施例16に記
載されていない上,当業者の化学的常識にも反するものであって,誤りであ
る旨主張する。
しかし,本件特許権の優先権主張当時,引用実施例16の記載に接した当
業者は,手順12における「生成する沈澱」とは,その直前の工程である手
順11の「10%塩酸によりpH2.0に調整すること」によって,初めて
生成する沈殿物と理解し,手順10における減圧濃縮において沈殿が生成す
るとは理解しないこと,また,手順10における減圧濃縮の目的は,カラム
クロマトグラフィーの溶出画分にアセトンが含まれていると,後の実験工程
で沈殿が析出しにくくなるので,いったん減圧濃縮してアセトンを除去する
ものと理解すべきことは,既に説示したとおりである。なお,乙30を検討
しても,上記認定を左右するものとは,認められない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
被告は,被告の追試でも,原告の追試でも,引用実施例16に記載された
IRスペクトルのピークと全く同じIRスペクトルのピークを有するセフジ
ニルが得られていないことに照らせば,引用実施例16に係るIRスペクト
ルのピークの記載は,引用明細書作成時の誤記であったと考えるべきである
旨主張する。
しかし,本件記録を検討しても,引用実施例16に係るIRスペクトルの
ピークの記載が誤記であること窺わせる証拠はない。そもそも,引用実施例
16の記載に基づいて同実施例記載のIRスペクトルのピークを示すセフジ
ニルを得ることができないとするならば,引用実施例16は引用発明として
適格性を欠くというべきであって,これをもって本件特許発明に新規性がな
いと判断する理由とはなり得ない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
被告は,原判決が , 本件明細書では ,引用実施例の実験で得られたセフジ
「
ニルは実際には無晶形の化合物である旨が記載されているから(甲2の2頁
左欄40ないし42行 ) 引用実施例14で記載されているものがセフジニル
,
の結晶であるということはできない。 と認定したのは,
」 事実誤認であると主
張する。しかし,引用実施例14で記載されているものが,セフジニルの 結
「
晶」であるか否かにかかわらず,セフジニルの「A型結晶」であるというこ
とができないことは既に説示したとおりであるから,被告の上記主張は,本
件特許発明の新規性の有無の判断に影響を及ぼすものではない。
被告は,引用実施例14及び16で得られたものが結晶であったにもかか
わらず,原告は,本件明細書に引用実施例14及び16で得られるものが結
晶ではなく,無晶質であるとの事実に反する記載をして,本件特許権を不正
に取得したものであるから,これに基づく権利行使は,信義則に反し,許さ
れない旨主張する。
しかし,引用公報では,引用実施例14で得られたセフジニルが結晶であ
ったとされているが,これがA型結晶でないことは既に説示したとおりであ
り,また,引用実施例16で得られたセフジニルが具体的にどのような形態
であったかは明らかでないが,仮にこれが結晶であったとしても,A型結晶
でないことは,既に説示したとおりであり,原告が本件特許権を不正に取得
したとの被告の主張は理由がない。
なお,被告は,引用実施例14及び16では,得られたセフジニルの結晶
が,A型結晶かB型結晶(甲11に係る特許出願の請求項2に記載された発
明を指すものと解される。 かは明らかでないが,当業者であれば ,B型結晶
)
を得ることができれば,A型結晶を得ることは極めて容易であるとも主張す
る。
しかし,引用実施例14及び16で得られたセフジニルがB型結晶である
か否かは明らかでないが,仮にB型結晶であるとしても,そのことから直ち
に別の結晶形であるA型結晶に係る本件特許発明に容易に想到し得たとはい
うことはできないから,この点の被告の主張も理由がない。
3 結論
その他,被告は縷々主張するが,いずれも失当である。
以上によれば,原告の被告に対する本訴請求を認容した原判決は相当であっ
て,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決
する(なお,被告は,平成19年8月6日付け申立書をもって口頭弁論の再開
を申し立てているが,その理由として挙げる事由は本件口頭弁論終結前に主張
等をすることが可能であったものであり,また,その内容に照らしても,本件
において口頭弁論を再開する必要があるとは認められない 。 。
)
知的財産高等裁判所第3部
裁 判 長 裁 判 官 飯 村 敏 明
裁 判 官 大 鷹 一 郎
裁 判 官 嶋 末 和 秀
(別紙)
甲25の図2(原審記録217丁)を貼り付ける。
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