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平成18(行ケ)10395審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年7月25日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官肥塚雅博
原告株式会社メイドー
対象物 ボルト
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決19回
実施8回
刊行物1回
進歩性1回
拒絶査定不服審判1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成13年4月27日,発明の名称を「ボルト」とする発明について特 許出願(特願2001―131499号,以下「本件出願」という。)をしたが, 平成15年6月6日に拒絶査定を受けたので,同年7月17日,拒絶査定不服審判 の請求をした(不服2003−13726号事件として係属)。特許庁は,平成1 8年7月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年8月 2日,その謄本を原告に送達した。

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判決文

平成18年(行ケ)第10395号 審決取消請求事件
平成19年7月25日判決言渡,平成19年6月27日口頭弁論終結
判 決
原告 株式会社メイドー
訴訟代理人弁理士 宇佐見忠男
被告 特許庁長官肥塚雅博
指定代理人 亀丸広司,村本佳史,山岸利治,高木彰,大場義則
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2003−13726号事件について平成18年7月12日にした
審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年4月27日,発明の名称を「ボルト」とする発明について特
許出願(特願2001―131499号,以下「本件出願」という。)をしたが,
平成15年6月6日に拒絶査定を受けたので,同年7月17日,拒絶査定不服審判
の請求をした(不服2003−13726号事件として係属)。特許庁は,平成1
8年7月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年8月
2日,その謄本を原告に送達した。
2 平成15年1月9日付け手続補正書によって補正された明細書(甲1,以下
「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発
明」という。なお,請求項2∼5は省略する。)の記載
【請求項1】軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部に,該軸部の軸に対して
軸部端末側に60°の角度で切り欠き形状を設けてねじ部入口巾を拡大したことを
特徴とするボルト。
3 審決の理由
(1) 審決は,別紙審決のとおり,本願発明は,特開平7−98009号公報(甲
2,以下,審決を引用する場合を含めて「引用例1」という。)に記載された発明
(以下「引用発明1」という。)及び特開平11−257324号公報(甲3,以
下,審決を引用する場合を含めて「引用例2」という。)に記載された発明(以下
「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) 本願発明と引用発明1との対比(6頁第2段落∼第3段落)
(一致点)
「軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部に,該軸部の軸に対して所定の角度
で切り欠き形状を設けてねじ部入口巾を拡大したボルト」である点。
(相違点)
本願発明は,前記「所定の角度」が「軸部端末側に60゜の角度」であるのに対
して,引用発明1では,始端26aが,ねじ山14の頂のつる巻軸線24aに対し
て鋭角のバックアングルB 1 で面取りされて,ボルトの後側端部18bの方を向く
ように形成されているから,軸部の軸に対する前記「所定の角度」は,前記つる巻
軸線24aの傾斜角を無視した場合「軸部端末側に90°未満の角度」となって,
「軸部端末側に60°の角度」に特定されていない点。
( 3) 相違点についての判断(6頁第4段落∼7頁第1段落,最終段落∼8頁1
行)
「引用発明1において,前記『所定の角度』の具体的角度として,『整合及び係
合』を改良する目的に合致する実用上の最適角度を選択することは,当業者の通常
の創作能力の発揮に過ぎない。・・・本願発明の前記『所定の角度』を『軸部端末
側に60°の角度』とした点も,当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎないもので
ある。」
「引用例2には,前述のとおり,ねじ部31の本体部分32に至るまでの徐々に
高くなるように形成されたねじ山331からなる先端部分33の形成範囲は,螺合
の容易さ,かじり防止の観点で,適正範囲が存在することが記載されているから,
引用例1に記載されたものにおける,『所定の角度で切り欠き形状を設けてねじ部
入口巾を拡大した』構成による,ねじ部の本体部分に至るまでの徐々に高くなるね
じ山からなる先端部分についても,螺合の容易さ及びかじり防止の観点で適正範囲
が存在することは,引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に理解し得
ることである。そうすると,引用例1に記載されたものにおいて,徐々に高くなる
ねじ山からなる先端部分の範囲と密接に関連する切り欠き形状の角度について,螺
合の容易さ及びかじり防止の観点で実用上の最適角度を選択することも,当業者が
容易に想到し得ることであり,本願発明の前記『所定の角度』を『軸部端末側に6
0°の角度』とした点は,引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に想
到し得たことである。」
「作用効果も,上記引用例に記載された事項から予測し得る程度のものであって,
格別顕著なものではない。」
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,引用発明1の認定を誤ったため本願発明との相違点を看過し(取消事由
1),相違点についての認定判断を誤り(取消事由2),本願発明の顕著な作用効
果を看過し(取消事由3),その結果,本願発明が進歩性を欠くとの誤った結論を
導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の看過)
(1) 本願発明と引用発明1とが,「軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部に,
該軸部の軸に対して所定の角度で切り欠き形状を設けてねじ部入口巾を拡大したボ
ルト」で一致することは認めるが,本願発明では,通常のナットを対象とするもの
であるのに対し,引用発明1では,相補形の始端を有する特殊なナットを使用する
ことを前提とするものであるところ,審決は,「本願発明は『ボルトのみに切り欠
き形状を設け』たものと特定されていない」(7頁19行∼20行)と説示するの
みであって,「ボルト」と螺合する「ナット」についての相違点を看過している。
(2) 通常のナットには,切り欠き形状は設けられていないので,切り欠き形状を
設けたナットであれば,非常に特殊で稀なタイプであるが,本件明細書には,この
ような特殊なナットを含むとの記載はないのであって,本願発明のボルトは,切り
欠き形状を設けない通常のナットと螺合することを前提としていると理解するのが
常識である。したがって,「本願発明は『ボルトのみに切り欠き形状を設け』たも
のと特定されていない」(7頁19行∼20行)とした審決の認定は,失当である。
(3) 一方,引用例1の特許請求の範囲の請求項1中には,「始端は,前記前側フ
ランクから後側フランクまで平坦であると共に,前記山の頂のつる巻軸線に対して
鋭角のバックアングルで傾斜していて,前記後側端部の方を向いている」との記載
があり,ボルトの軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部に,当該軸部の軸に対
して軸部端末側に所定角度で切り欠き形状を有することが開示されている。また,
引用例1の実施例には,「例えば遠隔操作装置を用いて,ボルト10及びナット1
2を水中で係合させる能力を改善する為,・・・この発明ではボルトのねじ山14
は,相手のナットのねじ山16の相補形の始端26bと最初に係合する様に・・・,
本体の前側端部18aに隣接して配置された始端26aを持っている。・・・更に,
好ましい実施例では,バックアングルB 1 は約45°であるが,別の実施例では,
夫々相補的なナットの始端26bとの係合を確実にする為に,90°未満の適当な
値を持っていてよい。」(段落【0010】)との記載があるから,引用発明1に
おいて,切り欠き形状の角度を45°に設定する場合には,ナットのねじ山16の
始端を相補形状,すなわち45°の角度に切り欠くことが必要であると理解される。
(4) また,後記3のとおり,引用発明1のボルトを通常のナットと組み合わせた
場合に,かじり,焼付き,空回り防止効果において,本願発明のボルトに比べると,
歴然たる差が認められる。したがって,引用発明1のボルトが本願発明のボルトと
同様な作用効果を奏するためには,相補形の始端を有する特殊なナットと組み合わ
せる必要がある。
この点について,被告は,切り欠き形状の角度は鋭角でさえあればその具体的角
度を問わず,ボルトのねじ部入口巾を拡大することができるから,ボルトのねじ部
入口巾を拡大すれば,ナットのねじ山の始端部の形状を問わず,ナットのねじ山が
ボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導入される旨主張する。
しかし,引用例1には,上記のとおり,バックアングルとして90°未満の適当
な値を採用してもよいと記載されているが,90°に近い角度を採用すると,ねじ
部入口巾を拡大することは困難である。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)
審決は,「引用例2には,前述のとおり,ねじ部31の本体部分32に至るまで
の徐々に高くなるように形成されたねじ山331からなる先端部分33の形成範囲
は,螺合の容易さ,かじり防止の観点で,適正範囲が存在することが記載されてい
るから,引用例1に記載されたものにおける,『所定の角度で切り欠き形状を設け
てねじ部入口巾を拡大した』構成による,ねじ部の本体部分に至るまでの徐々に高
くなるねじ山からなる先端部分についても,螺合の容易さ及びかじり防止の観点で
適正範囲が存在することは,引用例2に記載された事項に基づいて当業者が容易に
理解し得ることである。」(6頁第5段落∼7頁第1段落)と認定したが,誤りで
ある。
引用例2には,「本実施形態では,該ねじ部31は,図3に示すように該ねじ部
31の始端Sから90°回転した位置B(θ 1=90°)まで先端部分33となっ
ており,該位置Bより本体部分32となっているが,本発明はこれに限定されるこ
となくθ 1 は50°∼100°であるのが好ましく,特に90°から100°であ
るのが好ましい。θ 1 が50°未満では,めねじとの螺合が困難となり,また該ボ
ルト1を製造する金型の寿命が短くなる。一方,θ 1 が100°を越えるとかじり
が発生するおそれがある。」(段落【0012】)との記載があり,引用発明2は,
ねじ部31の始端からθ 1(50°∼100°)回転した位置まで先端部分33と
なっていることが好ましく,θ 1 が100°を超えるとかじりが発生するおそれが
あるというのである。そして,ここに先端部分33とは,「該ねじ部31の始端S
から該本体部分32に至るまで徐々に高くなるようにねじ山331が形成された」
(段落【0011】)部分のことである。
このように,引用発明2にいうθ 1 とは,先端部分の存在範囲(始端からの回転
角度)を指すものであって,始端の切り欠き角度とは何の関連もないから,引用発
明1の先端部分33を参酌しても,当業者が,「ねじ部の本体部分に至るまでの徐
々に高くなるねじ山からなる先端部分についても,螺合の容易さ及びかじり防止の
観点で適正範囲が存在すること」を理解することができるとはいえない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
本願発明は,相違点とされている「軸部末端側に60°の角度で切り欠き形状を
設け」る構成を採用することによって,「本発明のボルトによれば,斜め組込みに
よるかじり・焼付き又は空回りを効果的に防止することができる。」(段落【00
16】)という顕著な効果を奏するものである。
そして,本願発明における切り欠き角度60°は,引用例1のバックアングルに
換算すると,約27°(90°−60°〔本願発明の切り欠き確度60°〕−3°
〔ねじのリード角〕)に相当するので,いずれも相補形の始端を有しない通常のナ
ットに螺入することを前提にして,本願発明の切り欠き角度60°(バックアング
ル約27°)の場合と,引用例1のバックアングル45°の場合とを比べると,前
者のすべり力は,後者のそれの√2倍以上となり,かじり,焼付き,空回り防止の
点で格別な効果がある。平成16年2月14日付けの試験の結果(甲6の技術説明
書(2)添付,以下「斜め試験結果」という。)によると,前者は,斜め組込み角度
4°ではかじり0本,空回り5本,OK(判決注:「良好」の趣旨と認められ
る。)25本,斜め組込み角度6°でもかじり0本,空回り11本,OK19本で
あるのに対し,後者では,斜め組込み角度4°ではかじり5本,空回り5本,OK
20本,しかし斜め組込み角度6°になるとかじり15本,空回り8本,OK4本
であり,かじり,焼付き,空回り効果において両者間に歴然たる差がみられる。し
かも,特開2005−125417号公報(甲7)の特許請求の範囲請求項1中に,
「該ワークが作業域に移送されたことを感知手段によって感知すると,該搬送手段
が第一の工作機具を待機位置から作業位置に搬送し,該第一の工作機具が始動する
と始動検知手段によってこれを検知し,検知後所定時間経過後に該第一の工作機具
を作業位置から待機位置へ移動自在とし,同時に該搬送手段が第二の工作機具を待
機位置から作業位置に搬送する」との記載があるとおり,大量生産工程にあっては,
ボルト締め付け作業時間が始めから設定されており,逐次移送されてくるワークを
限られた時間内で処理する必要があり,斜め組込みを作業者が手で修正するような
余裕はないので,この差は非常に大きなものとなる。
また,引用発明1では,約45°よりも小さなバックアングルは,放電加工が不
可能であるから,45°よりも小さい角度は除外されていると解され,したがって,
バックアングル27°の本願発明のボルトは,引用発明1のボルトの範囲外にある
ということができる。
第4 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点の看過)について
(1) 原告は,本願発明は,通常のナットを対象とするものであるのに対し,引用
発明1においては,相補形の始端を有する特殊なナットを使用することを前提とす
るものである旨主張する。
しかし,まず,本願発明は,請求項1に記載された事項により特定されるとおり,
「軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部に,該軸部の軸に対して軸部端末側に
60°の角度で切り欠き形状を設けてねじ部入口巾を拡大したことを特徴とするボ
ルト。」であって,組込みの対象となるナットの形状を特定するものではない。例
え,切り欠き形状を設けたナットが特殊なタイプのものであったとしても,本願発
明は,そのような場合,すなわち,本願発明のボルトが切り欠き形状を設けたナッ
トに対して用いられる場合を排除するものではない。
(2) 一方,引用例1の特許請求の範囲には,請求項1にボルトともナットとも特
定しない「締結装置」が,請求項4に「外ねじ」を有する「締結装置」が,請求項
6に「内ねじ」を有する「締結装置」が記載されており,請求項8に至って初めて
ボルトと相補形のナットの組合せとして記載されている。
そして,発明の要約では,「本発明による締結装置はその周りをつる巻状に伸び
るねじ山を持つ環状本体を含む。」とされており,発明の詳細な説明をみても,好
ましい実施例の説明として初めて,ボルト及びナットの形をした1対の相補形締結
装置が記載されている。
そうすると,引用発明1のボルトは,ねじ山の始端が相補形状のナットに対して
使用することが必須のものとして記載されているとはいえない。
(3) 原告は,引用発明1のボルトを通常のナットと組合わせた場合に,かじり,
焼付き,空回り防止効果において,本願発明のボルトに比べると歴然たる差が認め
られるから,引用例1のボルトが本願発明のボルトと同様な作用効果を奏するため
には,相補形の始端を有する特殊なナットと組合わせる必要がある旨主張する。
しかし,本願発明は,本件明細書の発明の詳細な説明中に,「本発明のボルト
(1)はねじ部( 31)の完全ねじ山の始端部に60°の角度で切り欠き形状(311)を設け
ることによって,軸部( 3)に設けたねじ部の始端のねじ部入口( 34)の巾Wが拡大し
てあるから,該ボルト(1)をナット(5)のねじ穴( 51)に組込む場合,該ナット( 5)の
ねじ山( 52)は該ボルト(1)のねじ部( 31)のねじ谷( 32)に円滑に導入され,そして該
ボルト(1)を該ナット(5)のねじ穴( 51)に斜めに組込まれた場合でも,該ねじ部拡巾
入口(34)に該ナット( 5)のねじ山(52)が円滑にガイドされ,上記切り欠き形状(311)
によって該ボルト( 1)の傾きが修正される。」(段落【0007】),「該ねじ部
(31)の拡巾入口( 34)によって,該ナット(5)のねじ山(52)は該ねじ部(31)のねじ谷
( 32)に円滑に導入され,この時点で不完全ねじ部の( 31A)の切り欠き形状( 311)に
よって該ボルトの傾き(1)が最終的に修正される。」(段落【0013】)と記載
されているように,ボルトのねじ部の始端部を切り欠いてねじ部入口巾を拡大する
ことによって,ナットのねじ山(の最先端)がボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導
入され,ひいてはボルトの傾きが修正されるという作用効果を奏するものであるか
ら,切り欠き形状の角度が鋭角でさえあれば,その具体的角度のいかんを問わず,
ボルトのねじ部入口巾を拡大することができる。そして,ボルトのねじ部入口巾を
拡大すれば,ナットのねじ山の始端部の形状を問わず,ナットのねじ山がボルトの
ねじ部のねじ谷に円滑に導入されるとの作用効果を奏するのである。
一方,引用発明1のボルトも,軸部の軸に対して所定の角度で切り欠き形状を設
けて「ねじ部入口巾を拡大」している以上,ナットのねじ山は切り欠き形状の有無
にかかわらず,ボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導入されることになり,本願発明
と同様な作用効果を奏することになるものである。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)について
(1) 原告は,引用発明2にいうθ 1 とは,先端部分の存在範囲(始端からの回転
角度)を指すものであって,始端の切り欠き角度とは何の関連もない旨主張する。
しかし,引用例2には,ねじ部31の本体部分32に至るまでの徐々に高くなる
ように形成されたねじ山331からなる先端部分33の形成範囲(始端からの回転
角度θ 1)には,螺合の容易さ,かじり防止の観点で,適正範囲が存在することが
記載されている。そして,このθ1 の範囲は,ナット(めねじ)のねじ山がボルト
のねじ部入口に進入した後のボルトの徐々に高くなるねじ山壁部による案内作用に
寄与する部分とみることができる。
(2) ところで,ナットのねじ山がボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導入されるの
は,ボルトのねじ部入口巾の角度によるものであり,この点では具体的角度のいか
んを問わないが,切り欠き形状の角度は,ナットのねじ山がボルトのねじ部入口に
進入した後の切り欠き面による案内作用に寄与するものである。
そうすると,引用例2における角度θ 1も引用例1における切り欠き形状の角度
もナットのねじ山がボルトのねじ部入口に進入した後のボルトの案内作用に寄与す
る部分である点で共通しているから,前者に適正範囲が存在すれば,後者にも適正
範囲が存在することが推測される。
したがって,審決が,「引用例1に記載されたものにおける,『所定の角度で切
り欠き形状を設けてねじ部入口巾を拡大した』構成による,ねじ部の本体部分に至
るまでの徐々に高くなるねじ山からなる先端部分についても,螺号の容易さ及びか
じり防止の観点で適正範囲が存在することは,引用例2に記載された事項に基づい
て当業者が容易に理解し得ることである。」(6頁第5段落∼7頁第1段落)と認
定判断したことに誤りはない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
(1) ナットのねじ山がボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導入されるのがボルトの
ねじ部入口巾の拡大によるものであることは前記2( 2)のとおりであり,その後の
案内作用は副次的なものにすぎず,この具体的角度の選択は,当業者の通常の創作
能力の発揮にすぎないものである。
60°という数値限定は,引用例1に記載されたボルトの切り欠き形状が備えて
いる所定の角度について,当業者が切り欠き形状の角度を具体化するに際して適宜
なし得る数値の好適化により設定されたものであって,この数値限定による作用効
果も,引用例1に記載された発明から当業者が予測し得る程度のものといわざるを
得ない。
(2) 原告は,本願発明が「軸部末端側に60°の角度で切り欠き形状を設け」る
という構成とすることによって,「本発明のボルトによれば,斜め組込みによるか
じり・焼付き又は空回りを効果的に防止することができる。」(本件明細書の段落
【0016】)という顕著な作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら,本願明細書の発明の詳細な説明をみても,なぜ切り欠き形状の角
度を60°とするのか,あるいは60°という数値限定にどのような技術的意義が
あるのか,また60°とそれ以外の角度とで作用効果にどのような差異が生じるの
かについて何らの説明もなく,また,通常のナットに対しての特別の作用効果も説
明されていない。
そもそも,本件出願の願書に最初に添付された明細書(乙1)の特許請求の範囲
及び発明の詳細な説明の段落【0006】及び【0008】においては,この切り
欠き形状の角度は15°∼80°に設定されていたものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
(1) 原告は,本願発明では,通常のナットを対象とするものであるのに対し,引
用発明1では,相補形の始端を有する特殊なナットを使用することを前提とするも
のである旨主張するので,検討する。
(2) 本願発明の特許請求の範囲が,「軸部に設けたねじ部の完全ねじ山の始端部
に,該軸部の軸に対して軸部端末側に60°の角度で切り欠き形状を設けてねじ部
入口巾を拡大したことを特徴とするボルト。」であることは,前記第2の2のとお
りである。「ボルト」が「ナット」と螺合することによってその機能を発揮するも
のであることは,周知の技術事項であるから,本願発明のボルトに対応する「ナッ
ト」が存在することは自明の事柄である。
しかし,本願発明が「ナット」を構成要件,すなわち,本願発明を特定するため
に必要な技術事項としていない以上,ボルトと螺合するナットには,何らの限定も
なく,原告主張の「通常のナット」も「特殊なナット」のいずれも排除していない
ものといわざるを得ない。
したがって,仮に,原告主張のとおり,引用発明1では,ねじ山の始端が相補形
状の特殊なナットに対して使用するものであるとしても,本願発明は,そのような
ナットに螺合する場合をも包含するから,本願発明との相違点とはなり得ない。
(3) しかも,本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
ア 「【作用】本発明のボルト(1)はねじ部( 31)の完全ねじ山の始端部に60°
の角度で切り欠き形状(311)を設けることによって,軸部( 3)に設けたねじ部(31)の
始端のねじ部入口( 34)の巾Wが拡大してあるから,該ボルト( 1)をナット(5)のねじ
穴(51)に組込む場合,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ボルト( 1)のねじ部( 31)のねじ
谷(32)に円滑に導入され,そして該ボルト(1)を該ナット(5)のねじ穴( 51)に斜めに
組込まれた場合でも,該ねじ部拡巾入口( 34)に該ナット( 5)のねじ山(52)が円滑に
ガイドされ,上記切り欠き形状( 311)によって該ボルト( 1)の傾きが修正される。」
(段落【0007】)
イ 「ただし,該案内ボス部( 4)とナット( 5)の内周(53)との間には若干遊びがあ
るため,図4に示すように,該ボルト(1)がナット( 5)のねじ穴(51)に対して僅かに
斜めになって挿入されることがある。しかしながら,上記ボルト( 1)の案内ボス部
(4)には案内溝(41)が形成されているため,該ボルト(1)を回転させるうちに該ナッ
ト(5)のねじ山(52)が該案内ボス部(4)の案内溝( 41)に螺合し,該案内溝(41)に螺合
した該ナット( 5)のねじ山( 52)は,該案内溝( 41)に案内されて該ボルト( 1)の頭部
(2)側に進んでいく。該ナット( 5)のねじ山(52)の始端が該案内溝( 41)の終端Eの位
置まで到達すると,該ナット(5)のねじ山( 52)は該ボルト(1)のねじ部( 31)に移行す
るが,該ねじ部(31)の拡巾入口( 34)によって,該ナット( 5)のねじ山(52)は該ねじ
部(31)のねじ谷(32)に円滑に導入され,この時点で不完全ねじ部(31A)の切り欠き
形状(311)によって該ボルト( 1)の傾きが最終的に修正される。このようにして,該
ボルト( 1)の傾きが修正され,該ボルト( 1)のねじ山( 33)とナット(5)のねじ山( 52)
とが正常に噛み合うため,斜め組込みに起因するかじり・焼付き又は空回りが効果
的に防止される。」(段落【0013】∼【0014】)
(4) 上記記載によれば,本願発明は,ボルトのねじ部の完全ねじ山の始端部を切
り欠いてねじ部入口巾を拡大することに技術的意義があり,このねじ部入口巾の拡
大によって,ナットのねじ山(の最先端)がボルトのねじ部のねじ谷に円滑に導入
され,ひいてはボルトの傾きが修正され,その結果,斜め組込みによるかじり・焼
付き又は空回りを防止するという作用効果を奏するものであると認められる。
(5) 一方,引用例1には,「【請求項1】 前側端部及び後側端部,並びに軸方
向中心線を持つ環状本体と,該本体の周りをつる巻状に伸びて,全体的に歯形断面
形状で1対の前側及び後側フランクを結ぶ山の頂を持つねじ山とを有し,前記山の
頂は前記本体の周りをつる巻状に伸びるつる巻軸線を定めており,前記ねじ山は,
前記本体の前側端部に隣接して配置された始端を持ち,該始端は,前記前側フラン
クから後側フランクまで平坦であると共に,前記山の頂のつる巻軸線に対して鋭角
のバックアングルで傾斜していて,前記後側端部の方を向いている締結装置。」,
「【請求項3】 前記バックアングルが約45°である請求項1記載の締結装
置。」,「【請求項4】 前記ねじ山が前記本体から半径方向外向きに突出する外
ねじである請求項1記載の締結装置。」,「【請求項6】 前記本体が筒形であり,
前記ねじ山がそれから半径方向内向きに突出する内ねじである請求項1記載の締結
装置。」,「【請求項8】 前記締結装置がボルトであって,相補形のナットの形
の別の1つの締結装置と組合せて用いられ,該ボルト及びナットの始端が略等しい
バックアングルを持っていて,それらを螺着するために該ボルト及びナットを引寄
せて係合させるとき,該ボルト及びナットの始端が互いに平行になる請求項1記載
の締結装置。」との記載がある。
上記記載によると,請求項4には,「外ねじ」である締結装置が,請求項6には,
「内ねじ」である締結装置,そして請求項8には,ボルト及びナットからなる締結
装置に「始端」を設けることが記載されているので,引用例1に接した当業者は,
引用発明1が,相補形状のものだけではなく,「外ねじ」,「内ねじ」の片方に設
ける技術も記載されているものと理解するのが通常である。
そうすると,引用発明1のボルトとナットは,必ずしも,相補形状で不可分に結
び付いて初めて技術的意義があるというものではなく,引用発明1は,相補形の始
端を有する特殊なナットを使用することを前提としていない。
(6) したがって,その余の原告の主張を検討するまでもなく,審決が,本願発明
の構成に対応して,引用例1からボルトのみを取り上げ,「本願発明は『ボルトの
みに切り欠き形状を設け』たものと特定されていない」(7頁19行∼20行)と
説示したことに誤りはなく,取消事由1に係る原告の主張は,理由がない。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)について
(1) 審決は,引用発明2について,「引用例2には,前述のとおり,ねじ部31
の本体部分32に至るまでの徐々に高くなるように形成されたねじ山331からな
る先端部分33の形成範囲は,螺合の容易さ,かじり防止の観点で,適正範囲が存
在することが記載されている」(6頁第5段落)と認定したのに対し,原告は,引
用例2にいう「θ 1」とは,先端部分の存在範囲(始端からの回転角度)を指すも
のであって始端の切り欠き角度とは何の関連もない旨主張する。
確かに,引用発明2にいう「θ 1」とは,先端部分の存在範囲(始端からの回転
角度)を指すものであって,引用発明1の始端の切り欠き角度と同じものではない
ことは明らかである。
しかし,引用例2には,「該ねじ部31は,一定の高さの断面略二等辺三角形状
のねじ山332が形成された本体部分32と,該ねじ部31の始端Sから該本体部
分32に至るまで徐々に高くなるようにねじ山331が形成された先端部分33と
を有し,」(段落【0011】)との記載があり,上記記載によれば,引用発明2
にいう「先端部分33」とは,「該ねじ部31の始端Sから該本体部分32に至る
まで徐々に高くなるようにねじ山331が形成された」部分のことであり,逆にい
えば,同部分は,本体部分32から次第に先細りとなって始端Sで終わっているも
のであるから,ねじ山の上下及び両端に切り欠きを設けていると理解することがで
きる。そして,引用発明2にいう「θ 1」とは,先端部分の存在範囲(始端からの
回転角度)を示しているのであり,「θ 1」を小さな値とすれば,上記ねじ山の上
下及び両端の切り欠きは急激となり,「θ 1」を大きな値とすれば,上記ねじ山の
上下及び両端の切り欠きは緩やかとなるのであるから,その技術的意義は,本願発
明にいう切り欠き角度と変わるところがないものというべきである。
したがって,引用例2にいう「θ 1」が始端の切り欠き角度と何の関連もないと
する原告の上記主張は,失当である。
(2) 上記のとおり,引用発明2の「θ 1」の多少は,「先端部分33」が徐々に
高くなる程度に関連しているところ,引用例2には,「本実施形態では,該ねじ部
31は,図3に示すように該ねじ部31の始端Sから90°回転した位置B(θ 1
=90°)まで先端部分33となっており,該位置Bより本体部分32となってい
るが,本発明はこれに限定されることなく,θ 1 は50°∼100 °であるのが
好ましく,特に90°∼100 °であるのが好ましい。θ 1 が50°未満では,
めねじとの螺合が困難となり,また該ボルト1を製造する金型の寿命が短くなる。
一方,θ 1 が100°を超えるとかじりが発生するおそれがある。」(段落【00
12】)との記載があり,上記載によれば,螺合の容易さ,かじり防止の観点から
「θ 1」の多少に適正範囲が存在することを開示していることが認められる。
そうすると,引用発明2の螺合の容易さ,かじり防止に関する上記技術を参酌し
て,引用発明1の始端の切り欠き角度について,適正な角度設定を行うことは,本
件出願時,当業者が容易に想到し得ることというべきである。
したがって,引用例2において,「ねじ部31の本体部分32に至るまでの徐々
に高くなるように形成されたねじ山331からなる先端部分33の形成範囲」に着
目し,このような適正な角度設定を引用発明1に適用することが容易であるとした
審決の認定判断に誤りはなく,取消事由2に係る原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
(1) 原告は,本願発明は,ねじ山の始端部の切り欠き形状に係る「所定の角度」
を「軸部端末側に60°の角度」に数値限定したことにより顕著な作用効果を奏す
る旨主張するので,以下検討する。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
ア 「本発明の課題は,斜め組込みによるかじり・焼付き又は空回りをより効果
的に防止することのできるボルトを提供することである。」(段落【0005】)
イ 「【課題を解決するための手段】本発明は上記従来の課題を解決するための
手段として,軸部( 3)に設けたねじ部(31)の完全ねじ山の始端部に,該軸部( 3)の軸
AXに対して軸部端末側に60°の角度θで切り欠き形状( 311)を設けてねじ部入
口巾Wを拡大したボルト(1)を提供するものである。」(段落【0006】)
ウ 「【作用】本発明のボルト(1)はねじ部( 31)の完全ねじ山の始端部に60°
の角度で切り欠き形状(311)を設けることによって,軸部( 3)に設けたねじ部(31)の
始端のねじ部入口( 34)の巾Wが拡大してあるから,該ボルト( 1)をナット(5)のねじ
穴(51)に組込む場合,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ボルト( 1)のねじ部( 31)のねじ
谷(32)に円滑に導入され,そして該ボルト(1)を該ナット(5)のねじ穴( 51)に斜めに
組込まれた場合でも,該ねじ部拡巾入口( 34)に該ナット( 5)のねじ山(52)が円滑に
ガイドされ,上記切り欠き形状( 311)によって該ボルト( 1)の傾きが修正される。」
(段落【0007】)
エ 「【発明の実施の形態】以下,図面を参照して本発明を詳細に説明する。本
発明の一実施形態によるボルトを図1に示す。図1に示すボルト( 1)は,頭部(2)と,
ねじ部( 31)が形成された軸部( 3)と,該軸部( 3)の先端に設けられた案内ボス部( 4)
とからなり,該ねじ部(31)はねじ谷(32)とねじ山( 33)とからなる。図2に示すよう
に該ねじ部(31)の完全ねじ山の始端部に,切り欠き加工あるいはダイスによる塑性
加工等によって該軸部( 3) の軸AXに対して軸部端末側に60°の角度θで切り欠
き形状( 311)を設けて,ねじ部入口(34)の巾Wをねじ部(31)のピッチPの1.5倍
に拡大されている(W=1.5P)。」(段落【0008】)
オ 「該ナット( 5)のねじ山( 52)の始端が該案内溝(41)の終端Eの位置まで到達
すると,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ボルト(1)のねじ部( 31)に移行するが,該ね
じ部( 31)の拡巾入口( 34)によって,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ねじ部( 31)のね
じ谷( 32)に円滑に導入され,この時点で不完全ねじ部( 31A)の切り欠き形状( 311)
によって該ボルト( 1)の傾きが最終的に修正される。」(段落【0013】)
カ 「このようにして,該ボルト(1) の傾きが修正され,該ボルト( 1)のねじ山
(33)とナット( 5)のねじ山( 52)とが正常に噛み合うため,斜め組込みに起因するか
じり・焼付き又は空回りが効果的に防止される。なお,ねじ部(31)の始端の不完全
ねじ部(31A)の範囲をねじ部始端から50°回転位置までの範囲α,望ましくはα
=15°とすると,上記ボルト( 1)の傾きの修正は円滑に行われ,斜め組込みに起
因するかじりはより効果的に防止される。更に,切り欠き形状( 311)の角度θが軸
AXに対して軸部端末側にθ=60°とすると,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ボ
ルト( 1)のねじ部( 31)のねじ谷( 32)に円滑に導入される。」(段落【0014】)
キ 「【発明の効果】本発明のボルトによれば,斜め組込みによるかじり・焼付
き又は空回りを効果的に防止することができる。」(段落【0016】)
(3) 上記記載,特に,「該ねじ部(31)の完全ねじ山の始端部に,切り欠き加工あ
るいはダイスによる塑性加工等によって該軸部( 3)の軸AXに対して軸部端末側に
60°の角度θで切り欠き形状( 311) を設けて,ねじ部入口( 34)の巾Wをねじ部
(31)のピッチPの1.5倍に拡大されている(W=1.5P)。」(上記エ)との
記載によれば,本件明細書にいう「ねじ部入口巾W」の数値は,適宜選択し得るも
のであるところ,本願発明においては,該軸部( 3)の軸AXに対して軸部端末側に
60°の角度θで切り欠き形状(311)を設けているというものである。
そして,「軸部( 3)に設けたねじ部( 31)の始端のねじ部入口( 34)の巾Wが拡大し
てあるから,該ボルト(1)をナット( 5)のねじ穴(51)に斜めに組込まれた場合でも,
該ねじ部拡巾入口( 34)に該ナット(5)のねじ山( 52)が円滑にガイドされ,上記切り
欠き形状( 311) によって該ボルト( 1)の傾きが修正される。」(上記ウ),「該ね
じ部( 31)の拡巾入口( 34)によって,該ナット( 5)のねじ山( 52)は該ねじ部( 31)のね
じ谷( 32)に円滑に導入され,この時点で不完全ねじ部( 31A)の切り欠き形状( 311)
によって該ボルト( 1)の傾きが最終的に修正される。」(上記オ)との記載によれ
ば,該ナット(5)のねじ山( 52)が該ねじ部拡巾入口( 34)にガイドされることによっ
て,ボルト(1)の傾きが修正されるというのであり,該軸部( 3)の軸AXに対して軸
部端末側に60°の角度は,ボルト( 1)の傾きを修正するに当たって効果的である
としているにすぎず,60°とそれ以外の角度とで作用効果にどのような差異があ
るのかも不明である。その他,ボルトのねじ部の始端部の切り欠き形状を「軸部端
末側に60°の角度」とすることに格別の技術的意義を見いだすことができない。
(4) この点について,原告は,いずれも相補形の始端を有しない通常のナットに
螺入することを前提にして,本願発明の切り欠き角度60°(バックアングル約2
7°)の場合と,引用発明1のバックアングル45°(ほぼ切り欠き角度に近
い。)の場合とを比べると,前者のすべり力は,後者のそれの√2倍以上となり,
甲6資料によっても,かじり,焼付き,空回り効果において両者間に歴然たる差が
みられる旨主張する。
しかし,甲6資料に記載されているとおり,前者のすべり力が後者のそれより大
きくなることは,切り欠き角度ないしバックアングルによる切り欠き形状の差から
理論的に導かれる数値であって,この程度のことは,当業者であれば当然に予想し
得る範囲内の事項である。
また,原告は,引用発明1においては,約45°よりも小さなバックアングルは,
放電加工が不可能であるから,45°よりも小さい角度は除外されていると解され
るから,バックアングル27°の本願発明のボルトは,引用発明1のボルトの範囲
外にある旨主張する。
しかし,引用例1には,「図4に戻って説明すると,始端26aがねじ山14の
隣接するつる巻部分の方を向いて後向きに傾斜しているために,カッタ機械用又は
切屑の脱出用の通路が得られないので,始端26aを普通の方法で加工することは
実際的ではない。この為,始端26aは,普通の放電加工機械を用いて加工するこ
とが好ましい。こうすると,そのプロセスの際に,取去られた金属が消費されるの
で,始端26aを形成することが実際的になる。放電加工は,同じ理由で,ナット
12に始端26bを形成する為にも用いる。電気化学加工(ECM)の様に材料を
消費するこの他のプロセスも使うことが出来る。」(段落【0016】)との記載
があるところ,始端の加工に普通の放電加工機械を用いるのが好ましいとの記載は
あるが,約45°よりも小さなバックアングルが放電加工不可能であるとは記載さ
れておらず,その他の引用例1の記載をみても同様である。
原告は,平成19年2月19日原告作成の技術説明書(甲8)を,約45°より
も小さなバックアングルでの放電加工が不可能であるとの根拠としているものと思
われるが,原告独自の見解にすぎず,しかも,これをもって引用例1の技術内容を
補完し得るようなものでもない。
(5) ところで,前示2( 2)のとおり,引用発明2の螺合の容易さ,かじり防止に
関する上記技術を引用発明1に適用して,引用発明1の始端の切り欠き角度につい
て,適正な角度設定を行うことは,本件出願時,当業者が容易に想到し得ることで
あり,その際,最適な角度を求めて試行錯誤をすることは,当業者において日常的
な設計的な業務にすぎないものというべきである。
(6) そうすると,「作用効果も,上記刊行物に記載された事項から予測し得る程
度のものであって,格別顕著なものではない。」(7頁第7段落∼8頁1行)とし
た審決の判断に誤りはなく,取消事由3に係る原告の主張は,理由がない。
4 よって,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却
することとする。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 宍 戸 充
裁判官 柴 田 義 明

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