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平成18(行ケ)10487審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年7月19日
事件種別 民事
当事者 被告アイカ工業株式会社
原告コニシ株式会社
法令 特許権
特許法181条2項2回
キーワード 実施149回
審決51回
無効11回
無効審判4回
訂正審判3回
特許権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 原告は後記特許の特許権者であるところ,被告から平成17年3月1日付け で特許請求項1∼5につき無効審判請求がなされたので,特許庁がこれを審理 した上,平成18年3月7日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をし たことから,原告がその取消しを求める訴訟(第1次訴訟)を提起した。

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判決文

判決言渡 平成19年7月19日
平成18年(行ケ)第10487号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成19年7月10日
判 決
原 告 コ ニ シ 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 奥 村 茂 樹
被 告 ア イ カ 工 業 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 三 木 浩 太 郎
同 弁理士 足 立 勉
同 毛 利 大 介
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2005−80065号事件について平成18年9月25日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
原告は後記特許の特許権者であるところ,被告から平成17年3月1日付け
で特許請求項1∼5につき無効審判請求がなされたので,特許庁がこれを審理
した上,平成18年3月7日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をし
たことから,原告がその取消しを求める訴訟(第1次訴訟)を提起した。
第1次訴訟の提起を受けた当庁は,その後原告から特許庁に上記特許に関し
訂正審判請求がなされたことなどの事情を考慮して,平成18年7月6日,特
許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定をした。
上記決定により特許庁において上記無効審判請求につき再び審理されること
となり,特許庁が,平成18年9月25日付けで,訂正請求を認めた上,再び
請求項1∼5に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(第2次審決)
をしたことから,原告において上記第2次審決の取消しを求めたのが本件訴訟
である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
原告は,名称を「水性接着剤」とする発明につき,平成14年2月4日(優
先権主張平成13年2月16日,日本)に特許出願をし,平成16年2月2
0日に特許第3522729号として設定登録を受けた(請求項の数5。甲
1〔特許公報〕。以下「本件特許」という。。

その後平成17年3月1日に至り,請求項1ないし5について,被告から
特許無効審判請求がなされ,同請求は無効2005−80065号事件とし
て特許庁に係属した。そして同庁は,平成18年3月7日,「特許第352
2729号の請求項1∼5に係る発明についての特許を無効とする 。」旨の
審決(以下「第1次審決」という。)をしたので,原告は平成18年4月5
日,同審決の取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成18年(行ケ)第10
145号)。
そして平成18年5月8日に原告は本件特許につき特許庁に対し訂正審判
請求を行い,同請求は訂正2006−39071号事件として係属したが,
当庁は,平成18年7月6日,上記事情を考慮して特許法181条2項に基
づき第1次審決を取り消す旨の決定をした。
そこで,特許庁において,再び無効2005−80065号事件について
審理されるところとなり,特許庁は,平成18年9月25日,原告が上記訂
正審判請求と同内容の訂正請求をしていることを前提として ,「訂正を認め
る。特許第3522729号の請求項1∼5に係る発明についての特許を無
効とする。」旨の審決(第2次審決。以下「本件審決」ということがある 。)
をし,その謄本は平成18年10月5日原告に送達された。
(2) 発明の内容
訂正後の特許請求の範囲の内容は,下記のとおりである(下線部分は訂正
部分。以下,請求項に対応して「訂正発明1」ないし「訂正発明5」等とい
う。なお,これを合わせて「訂正発明」ということがある。。


【請求項1】重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られ
る酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない
水性接着剤であって,測定面がチタン製円錐−ステンレス製円盤型のレオ
メーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査
して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域に
おける該貯蔵弾性率G′の値が230∼280Paであり,且つ測定面が
チタン製円錐−ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条
件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で
上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)におけ
るずり応力τの値が1200∼1450Paである水性接着剤。
【請求項2】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが,エチレン−酢酸ビニル共
重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマル
ジョンである請求項1記載の水性接着剤。
【請求項3】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが,酢酸ビニルを系内に添加
しつつシード重合を行う工程と,前記酢酸ビニルの添加とは独立して,前
記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性
不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである
請求項2記載の水性接着剤。
【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として,アクリル酸エ
ステル類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類及びビニルエーテ
ル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性
接着剤。
【請求項5】請求項1∼4の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付き
容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。
(3) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,訂正発明1ないし5に関し,訂正明細書の発明の詳細
な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記
載がされているとはいえないから,平成14年法律第24号による改正前の
特許法(以下単に「法」という場合がある。)36条4項の要件を満たさな
い,等としたものである。
〔判決注〕平成14年法律第24号による改正前の法36条4項の規定は,次のと
おりである。
法36条4項
前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,そ
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をするこ
とができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。
(4) 審決の取消事由(法36条4項の解釈,適用の誤り)
ア 訂正発明の内容
(ア) 訂正発明1は物の発明であり,これを分説すれば,以下のとおりと
なる。
a 重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸
ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水
性接着剤であって,
b 測定面がチタン製円錐−ステンレス製円盤型のレオメーターを用
い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵
弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域におけ
る該貯蔵弾性率G′の値が230∼280Paであり,
c 且つ測定面がチタン製円錐−ステンレス製円盤型のレオメーターを
用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60
秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり
速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200∼1450
Paである水性接着剤。
(イ) 上記記載形式から分かるように,構成要件aは,前提事項である。
すなわち,訂正発明1が従来公知のシード重合タイプの酢酸ビニル樹脂
系エマルジョンからなる可塑剤を含有しない水性接着剤に関するもので
あって,物の発明であることを規定している。この物は,酢酸ビニル樹
脂系エマルジョンからなるものであるから,液体状態の物である。
構成要件bにおいて,その物の貯蔵弾性率G′の値が230∼280
Paであることを規定している。この貯蔵弾性率G′の値は,温度23
℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査したとき,その値がほぼ
一定となる線形領域における値である。上記したように,訂正発明1は
液体状態の物の発明であるが,貯蔵弾性率G′がほぼ一定となる線形領
域を持つということは,その領域のずり応力では,弾性固体として振る
舞っているということである。そして,その値が230∼280Paと
いうことは,重力程度の応力を負荷しても,それは弾性固体として振る
舞うということを意味している。
構成要件cにおいて,その物のずり応力の値が1200∼1450P
aであることを規定している。このずり応力の値は,ずり速度が200
(1/s)の時点でのものである。すなわち,ずり速度が大きい時点で
は,ずり応力が1200∼1450Paになるということである。この
ずり応力の値は,上記bで弾性固体として振る舞っていたにも拘わらず ,
大きなずり速度下では,ずり応力が低く,流動性が良好であることを意
味している。
したがって,訂正発明1を分かりやすく説明すれば,シード重合法で
得られた酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる液体状態の水性接着剤
であって,重力程度の応力下では弾性固体として振る舞い,大きなずり
速度下では流動性の良好な粘性流体として振る舞う水性接着剤というこ
とである。このような振舞いの生じる原因は,エマルジョンを構成する
粒子間結合が,重力程度の応力下では解除されず,大きなずり速度下で
は解除される構造となっているからである。もちろん,この構造は目視
できないから,現象面から,すなわち,前記した貯蔵弾性率とずり応力
とで把握されるものである。
(ウ) 従来より,シード重合法で得られた酢酸ビニル樹脂系エマルジョン
からなる液体状態の水性接着剤は存在したが,重力程度の応力下で粘性
流体として振る舞い弾性固体として振る舞わないものであった。すなわ
ち,重力程度の応力下でも,エマルジョンを構成する粒子間結合が解除
された構造のものであった。
したがって,訂正発明1は,従来存在しなかった新規なエマルジョン
に関する発明であり,目視できない粒子間結合の構造が従来とは異なる
ものとして把握されるものなのである。
そして,訂正発明2∼5は,いずれも訂正発明1を引用し,訂正発明
1の内容を技術的に限定したものであるから,訂正発明1と同一である。
イ 審決の誤り
(ア) 審決は ,「本件発明1∼5の水性接着剤を構成する「酢酸ビニル樹
脂系エマルジョン」がどのような物質から製造されているか整理する。」
(37頁3∼4行目)として,製造原料として,酢酸ビニルと他のモノ
マーを併用したものを「エマルジョン〈シード/酢ビ・他のモノマー〉」
と表現し,酢酸ビニルのみを使用したものを「エマルジョン〈シード/
酢ビ〉」と表現し,両者を包含するものを「エマルジョン〈シード/モ
ノマー〉」と表現し(38頁8∼16行目),さらに,実施例に記載され
たものを「エマルジョン〈シード/酢ビ・BA 〉」と表現している(4
5頁10∼12行目)。
しかしながら,エマルジョンの原料自体は公知の物質であって,そこ
には何らの発明性もなく,審決が検討すべきであったことは訂正発明の
内容ないし特徴であって,発明に係る物の製造原料ではない。そうする
と審決は,訂正発明とは直接関係しないものを検討したことになるから ,
審決は,法36条4項に規定されている「発明の実施」を検討したもの
ではない点で誤りである。
(イ) 次に,審決は,訂正明細書(甲3)の段落【0046】のみの記載
によって,訂正発明が実施しうるか否かを検討している(39頁20行
目∼42頁1行目)。しかしながら,訂正明細書全体の記載を無視し,
段落【0046】のみの記載に基づいている点で,審決は誤りである。
法36条4項には,「前項第3号の発明の詳細な説明は,・・・記載し
なければならない。」と規定されているのであって,発明の詳細な説明
全体に記載されているか否かを検討すべきである。発明の詳細な説明の
一段落だけを取り上げて,そこに発明が実施可能なように明確かつ十分
に記載されていないと認定することは,法36条4項の規定に違反する
ものであり,誤りである。
(ウ) 審決は,段落【0024】及び実施例の記載についてという項目に
おいて,「エマルジョン〈シード/モノマー〉」を実施することができな
いと認定している(43頁18∼26行目 )。また,実施例の追試につ
いてという項目においては,「エマルジョン〈シード/酢ビ〉」を実施す
ることができないと認定し(47頁23∼25行目),さらに「エマル
ジョン〈シード/酢ビ・BA以外のモノマー〉」を実施することができ
ないと認定している(48頁12∼13行目)。すなわち,実施例で使
用した製造原料以外のものを使用すれば,実施例と同一の方法で本件訂
正発明に係る物が製造できないと認定している。
しかしながら,実施例で使用した原料以外のものを使用したとき,そ
の原料について実施例と同一の方法を適用して,訂正発明に係る物を得
られないからといって,直ちに訂正発明が実施できないというわけでは
ない。このような場合,実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方
法に変更すれば,訂正発明の範囲内のものが得られるものであり,下記
ウにおいて述べるとおりである。
(エ) 以上のとおり,審決は,法36条4項にいう「発明の実施」を検討
せず,発明の詳細な説明に記載された実施例を看過して実施可能要件を
判断したもので,違法である。
ウ 訂正発明の詳細な説明の記載が法36条4項の規定を満足することにつ
いて
(ア) 訂正発明1は,上記ア(ア)a∼cの構成要件よりなるものである。
そして,訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1∼3を,
そのまま追試すれば,a∼cの構成要件を充足する物を得ることができ
る。したがって,訂正発明1は,訂正発明の詳細な説明に基づいて,当
業者が実施しうる。すなわち,①当業者が発明を実施しうることと,②
発明の実施をしうる程度に明確であることの要件を具備している。
また,構成要件bは,貯蔵弾性率G′の値が230∼280Paの範
囲となっているところ,この下限値及び上限値のいずれも,実施例2及
び3で得られた水性接着剤の値である。構成要件cは,ずり応力τの値
が1200∼1450Paの範囲となっているところ,この下限値及び
上限値のいずれも,実施例2及び3で得られた水性接着剤の値である。
なお,構成要件aは,全部公知の事項であって,発明の前提事項である
から,発明の実施という観点からは取り上げる必要のないものである。
したがって,訂正明細書の発明の詳細な説明には,発明の特徴部分であ
る構成要件b及びcの全範囲にわたって,発明の実施をしうるように記
載されている。したがって,③発明の実施をしうる程度に十分であるこ
との要件を具備している。
よって,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,上記①∼③の要件
を満足しており,法36条4項に規定された実施可能要件を満足してい
る。
(イ) 訂正発明2∼5は,いずれも,訂正発明1を引用し,訂正発明1の
構成要件aを技術的に限定したものである。すなわち,多数の公知事項
の中から,訂正発明1を合理的に且つ簡単に適用できる公知事項に限定
したものである。そして,この公知事項に基づいて,訂正明細書の発明
の詳細な説明の実施例が記載されている。したがって,訂正発明2∼5
もまた,上記①∼③の要件を具備している。
よって,訂正発明2∼5に関しても,訂正明細書の発明の詳細な説明
の記載は,上記①∼③の要件を満足しており,法36条4項に規定され
た実施可能要件を満足している。
(ウ) 以上に述べたように,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,法
36条4項に規定された要件を満足するものであり,それを満足しない
とした審決の判断は誤りである。
(エ) また,原告は,使用原料にn−ブチルアクリレートを添加せずに,
酢酸ビニルモノマーのみを用い,かつ,実施例1∼3の基本設計を用い
て,訂正発明を実施しうるか否かを確認した。その結果,訂正明細書 甲

3)の【0046】に,「特に,G′ a 及びτ a を前記所定の範囲にす
るためには,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添
加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要である」
と記載されているところ,実施例1∼3の基本設計中,過酸化水素水の
添加量,保護コロイドの種類及び添加量,界面活性剤の添加量を変更す
ることによって,訂正発明を実施できた(L・M「実験成績証明書」平
成18年8月25日,甲11)。
このことからも,訂正発明1ないし5が訂正明細書の記載に基づき実
施できることが明らかである。
被告は,原料を変更した場合に,訂正発明を実施するには,試行錯誤
的な膨大な実験が必要になると主張する。しかし,何を根拠に試行錯誤
的な膨大な実験が必要であるかを被告は明らかにしていないし,どの程
度の実験数が必要となるのか,どの程度の費用を要するのか,どの程度
の年数が必要であるのかも全く明らかにしていない。
そもそも,当業者は従来より種々の原料を用いて,酢酸ビニルエマル
ジョンを製造しているのであり,これは公知ないしは周知の事項である
(訂正明細書の【0003】。したがって,どのような原料を使用すれ

ばどのような酢酸エマルジョンが得られるかは,概ね理解しうる技術水
準にある。このような技術水準下において,訂正明細書(甲3)に接し
て,訂正発明の課題とその解決手段が与えられれば,原料変更しても,
試行錯誤的な膨大な実験を要せず,容易に訂正発明を実施しうる 。現に,
原告において約1ケ月程度で,原料を変更して訂正発明を実施できてい
る(甲11 )。原料変更により試行錯誤的な膨大な実験が必要であると
の被告の主張は失当である。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
(1) 訂正発明の内容に関し
訂正発明1が,原告主張のとおりa,b,cに分説できることは認める。
しかし,構成要件b,cについての原告の主張,すなわち,「その物の貯蔵
弾性率G′の値が230∼280Paである・・・ということは,重力程度の
応力を負荷しても,それは弾性固体として振る舞うことを意味している。,

「・・・ずり応力が1200∼1450Paになるということ・・・は,上記bで
弾性固体として振る舞っていたにも拘わらず,大きなずり速度下では,ズリ
応力が低く,流動性が良好であることを意味している 。 「・・・このような振

る舞いの生じる原因は,エマルジョンを構成する粒子間結合が,重力程度の
応力下では解除されず,大きなずり速度下では解除される構造となっている
からである 。 「・・・したがって,訂正発明1は,従来存在しなかった新規な

エマルジョンに関する発明であり,目視できない粒子間結合の構造が従来と
は異なるものとして把握されるものである」旨の主張は,訂正発明の当初明
細書はもとより訂正明細書(甲3)においても何ら記載されていないもので
ある。
そもそも原告は,特許請求の範囲の減縮であるとして,貯蔵弾性率G′及
びずり応力τの上限値及び下限値を実施例1∼3の測定値に限定して本件訂
正を行ったものであって,本件訂正が認容された後に,突然 ,「貯蔵弾性率
G′及びずり応力τの上限値及び下限値の範囲における粒子間結合は従来の
エマルジョンとは異なる」などと実質上特許請求の範囲を変更するが如き主
張をすることは禁反言に当たり,許されないものである。
(2) 審決に関し
ア 訂正発明1の構成要件aは「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂
系エマルジョン」と規定しているが,シード重合による「酢酸ビニル樹脂
系エマルジョン」を構成する不飽和単量体の組み合わせ 酢酸ビニルのみ,

又は,酢酸ビニルと他の不飽和単量体)は,多数のものが存し,かつ不飽
和単量体の組合せにより得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,その
組合せ方によって物性を大きく異にするものであることが知られている。
このことは,審決に「本件特許明細書には,酢酸ビニルとシード重合さ
せることのできる「他のモノマー」の具体的なものとして,段落【002
7】∼【0032】に非常に多数の不飽和単量体が記載されている。にも
かかわらず,実施例で使用されている他のモノマーはn−ブチルアクリレ
ートだけである。段落【0027】∼【0032】に記載される非常に多
数の不飽和単量体の中には,n−ブチルアクリレートと物性が大きく異な
るものも多く含まれる。例えば,芳香族ビニル化合物(ポリスチレンのガ
ラス転移点は100℃である)は,n−ブチルアクリレート(ポリn−ブチ
ルアクリレートのガラス転移点は−45.5℃である )に比べてガラス転

移点が高く,また,結晶性も大きく異なることから,他のモノマーとして
n−ブチルアクリレートを使用するものと,スチレンを使用したものとで
は接着剤に関係する物性は大きく異なるものと考えられる。(47頁28

行目∼48頁2行目)と記載されているとおりである。
また,酢酸ビニルとシード重合させる不飽和単量体(モノマー)の種類
が変わると,他の製造条件が全く同じであっても,貯蔵弾性率及びずり応
力が大きく変動することは,甲7(Nほかの実験成績証明書),乙1(L
ほかの実験成績証明書2)の実験結果からも明らかである。
したがって,訂正発明が実施可能であるというためには,シード重合に
よる 酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」
「 を構成する不飽和単量体の組合せ,
つまりこれによって得られる物性の異なる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン
のすべてについて,構成要件b及びcを充足する物を実施をすることがで
きるか否かが検討されなければならない。
審決では,まず,訂正発明1を製造原料の組合せごとに,すなわちモノ
マーの種類に応じて ,「エマルジョン<シード/酢ビ>」と「エマルジョ
ン<シード/酢ビ・他のモノマー>」に分類し,さらに後者を,「エマル
ジョン<シード/酢ビ・BA>」と「エマルジョン<シード/酢ビ・BA
以外のモノマー>」に分類したうえで,各分類ごとに,訂正発明1の実施
可能要件を検討している(45頁7行目∼48頁20行目)のであって,
その判断手法は合理的であり,誤りはない。
イ 原告は訂正明細書全体の記載を無視し,段落【0046】のみの記載に
基づいて判断しているとするが,審決では,訂正明細書の段落【0024】
及び実施例を検討し(42頁10行目∼45頁6行目) 段落【0024】
, ,
【0046】の記載及び実施例,比較例を総合して勘案しており(43頁
20行目∼同26行目)
,この点でも審決に誤りはない。
ウ 訂正発明が実施可能であるとは,訂正発明の全ての範囲にわたってその
実施をすることができるということを意味する。したがって,実施例とし
て記載された方法をそのまま追試することにより訂正発明の実施態様の一
つが実施できるということと,訂正発明の全ての範囲にわたって実施可能
であることとは,本来,別の事項であり,実施例がそのまま製造できれば
直ちに訂正発明の全ての範囲にわたって実施できるというものではない。
本件においては,構成要件aは「シード重合により得られる酢酸ビニル
樹脂系エマルジョン」と規定されており,これには酢酸ビニルとシード重
合させることのできる多数の不飽和単量体の組合せによって得られる物性
の異なる多数の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが構成要件に含まれると解
されるところ,訂正明細書に記載された実施例1∼3はいずれも,上記多
種類の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの一例たる,酢酸ビニルとn−ブチ
ルアクリレートをシード重合した酢酸ビニル樹脂系エマルジョンについて
のみ記載されているに過ぎない。
すなわち,訂正明細書に実施例として記載された方法により得られた酢
酸ビニルとn−ブチルアクリレートをシード重合した酢酸ビニル樹脂系エ
マルジョンは,本件構成要件aの「シード重合により得られる酢酸ビニル
樹脂系エマルジョン」のごく一部に過ぎず,したがって,これが本件構成
要件b,cの数値範囲を充足すれば,そのことをもって訂正発明は実施可
能要件を充足するとの原告主張は明らかに失当である。
また,審決は,訂正発明を製造原料の組合せごとに分類しているのであ
り,製造原料自体を検討しているのではないから ,「訂正発明とは無関係
な事項を取り上げて(訂正発明のエマルジョンの構造を無視し,その原料
を取り上げている。」という原告の主張も誤りである。

エ 原告は,実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法に変更すれば,
訂正発明の範囲内のものが得られるとも主張するが,原料を変更したもの
が実施可能であるというためには,それを訂正発明の範囲内とするための,
実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法を当業者が容易に見い出
せることが必要である。
この点につき,審決は ,「貯蔵弾性率 G′ a及びずり応力τaを調整す
るための要件が,材料の種類の選択,添加量の決定,反応条件の決定等の
多岐にわたって約20項目記載されている。しかし,この約20項目の要
件をどのように選択,変動させれば貯蔵弾性率及びずり応力の値をどのよ
うに調整できるのか,そして,本件請求項の数値範囲内に調整するために,
どの要件をどのように調整すればよいのかについての具体的な教示は全く
されていない。そして,貯蔵弾性率とずり応力の調整方法は,本件出願時
に技術常識として自明であったものとも認められない。そうすると,本件
発明を実施するに当たって,貯蔵弾性率やずり応力を特定数値範囲内とす
るために,約20項目記載されている要件のそれぞれをどのように設定す
ると良いのか決めるには,試行錯誤的な膨大な実験が必要となり,当業者
が容易に行い得るものではない。 39頁末尾行∼40頁12行目)

( とし,
また訂正明細書の段落【0024】及び実施例1∼3に訂正発明が実施で
きるように記載されているかを検討した結果 ,〈ク〉上記のとおりである

から,本件特許明細書の段落【0024 】,段落【0046】の記載,及
び,実施例,比較例を総合して勘案しても,本件の詳細な説明は,当業者
が過度の試行錯誤なしに本件発明を実施することができるように記載され
ているとはいえない。(同45頁3行目∼6行目)として,結論的に,訂

正発明の範囲外のものを訂正発明の範囲内に移行させる具体的な手段は本
件訂正明細書に記載されていないと判断したものであるが,上記立論は極
めて合理的であり,正当である。
すなわち,訂正明細書には ,「原料を変更した」ものを訂正発明の範囲
内とするための「実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法」が,
当業者に理解できるように記載されていないのであるから,訂正発明の範
囲外のものを訂正発明の範囲内に移行させることは当業者にとって容易で
はないことが明らかである。
(3) 発明の詳細な説明の記載が法36条4項を満足するかに対し
ア 構成要件aに関し
特許請求の範囲には,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとす
る発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければなら
ない(法36条5項)のであるから,構成要件a,b,cはいずれも本件
発明の構成要件そのものであって,訂正発明が実施可能であるというため
には,構成要件a+同b+同cを充足する範囲全部について実施すること
が可能でなければならないことは自明である。
シード重合するモノマーの種類が変わると,他の製造条件が全く同じで
あっても,貯蔵弾性率及びずり応力が大きく変動することは,前記甲7,
乙1の実験結果からも明らかであるから,構成要件aの一部たる,酢酸ビ
ニルと特定のモノマー(本件においてはn−ブチルアクリレート)とからな
る「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」について,構成要件b及びcを充足
するものが実施できたとしても,構成要件aの他の部分たる,酢酸ビニル
のみからなる「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」,及び酢酸ビニルと他のモ
ノマー(上記n−ブチルアクリレート以外のモノマー)とからなる「酢酸ビ
ニル樹脂系エマルジョン」について,構成要件b及びcを充足するものが
実施できなければ,訂正発明の構成要件すべて(a+b+c)を充足する
範囲全部について実施可能であるとはいえない。
したがって,「発明の実施という観点からは,b+cの充足だけを検討す
れば足り,aは取り上げる必要がない」という原告の主張はその前提が誤
りである。
イ 構成要件b及びcに関し
(ア) 訂正明細書が実施可能要件を充足するためには,構成要件b及びc
で規定する貯蔵弾性率及びずり応力の範囲全体が実施可能でなければな
らない。しかしながら,訂正明細書の実施例1∼3により実現している
貯蔵弾性率及びずり応力は,貯蔵弾性率が上限値であり且つずり応力が
下限値である点付近と,貯蔵弾性率が下限値であり且つずり応力が上限
値である点付近のみであり,その他の領域に対応する実施例は全くない。
特に,貯蔵弾性率が上限値であり且つずり応力が上限値である点,貯蔵
弾性率が下限値であり且つずり応力が下限値である点については,実施
例1∼3により実現されている値から大きく乖離しているから,これら
の値を実現しようとするとき,実施例1∼3は全く手掛かりにならない。
また,審決39頁20行目∼45頁6行目で詳細に検討されていると
おり,訂正明細書には,貯蔵弾性率及びずり応力を調整する具体的な手
段が全く記載されていないのであるから,実施例1∼3における貯蔵弾
性率やずり応力の値を,その他の値に調整することは決して容易でない。
よって,訂正明細書の発明の詳細な説明は,構成要件b及びcが規定
する貯蔵弾性率及びずり応力の範囲全体を実施可能にするものではない。
(イ) また,訂正明細書の実施例1∼3は,いずれも「エマルジョン<シ
ード/酢ビ・BA>」であり,構成要件a「シード重合により得られる
酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」のごく一部のものに過ぎないから,実
施例1∼3を追試したとき,構成要件b,cを充足したとしても,構成
要件a「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」に
含まれ,かつ「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」と物性を異にす
る「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」以外のものについて,実施
例1∼3の方法によって当然に構成要件b,cを充足するとはいえない
から,実施可能要件を充たすとはいえない。
現に,訂正明細書の実施例1∼3において,モノマーを酢酸ビニルの
みに変更すると,貯蔵弾性率及びずり応力が訂正発明の範囲外となるこ
とは,前記甲7及び乙1の実験結果から明らかである。
よって,訂正明細書の実施例1∼3は ,「エマルジョン<シード/酢ビ
・BA>」以外の訂正発明を実施するときに,全く手掛かりにならない
のであるから,原告の主張は明らかに失当である。
(ウ) 上述したとおり,原告の主張はいずれも失当であるから,本件訂正
発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に規定された実施可能要件を
充足しない。
なお,原告は,訂正発明2∼5に関しても,訂正発明の詳細な説明の
記載は,①∼③の要件を充足しており,法36条4項に規定された実施
可能要件を満足していると主張しているが,訂正発明2∼5についても,
訂正発明1と同様に,法36条4項に規定された実施可能要件は満足さ
れていない。すなわち,訂正発明2,5は,訂正発明1と同様に,審決
での分類における,「エマルジョン<シード/酢ビ>」「エマルジョン<

シード/酢ビ・BA> 」 「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモ

ノマー>」を含んでおり,また,訂正発明3,4は,審決での分類にお
ける,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」「エマルジョン<シード

/酢ビ・BA以外のモノマー>」を含んでいるところ ,「エマルジョン<
シード/酢ビ> 」,及び「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノ
マー>」について,実施可能要件を満足しないことは,訂正発明1と同
様であるから,訂正発明2∼5も,実施可能要件を満足しないことは明
らかである。
また,訂正発明2∼5も,貯蔵弾性率とずり応力の数値範囲は,訂正
発明1と同様であるところ,訂正発明の詳細な説明の記載からだけでは,
訂正発明2∼5の各発明の構成要件が規定する貯蔵弾性率及びずり応力
の範囲全体を実施することができないことは,訂正発明1と同様である
から,訂正発明2∼5もまた実施可能要件を満足しないことは明らかで
ある。
(4) 原告は,前記甲11によれば,訂正発明が容易に実施可能であることが明
らかであると主張するが,そもそも甲11は,無効審判において全く審理さ
れておらず,本件訴訟の審理範囲から外れるものである。
仮に甲11を本件訴訟において斟酌するとしても,以下のとおり,甲11
は原告の従前の主張とも反し,また信用できないものである。
ア 原告は,第1次審決までの審理において,平成18年1月11日付け実
験成績証明書2(乙1)を提出した。これは,訂正発明1の発明者本人L
が行った「酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる接着剤組成物について,
n−ブチルアクリレートを添加しない以外は,実施例に基づいて」作成し
たものの貯蔵弾性率及びずり応力を測定した実験の結果を示すものである
が,同実験の結果は,実施例1ないし実施例3について,その貯蔵弾性率
は,それぞれ170,22,210Paであり,またずり応力は,それぞ
れ1290,960,1330Paであって,いずれも本件訂正後の貯蔵
弾性率の数値範囲(230∼280Pa)を充たさないものであり,また
実施例2についてはずり応力も本件訂正後の数値範囲(1200∼145
0Pa)を充たさないものであった。原告は,第1次審決までの審理にお
いて,平成18年1月30日付け口頭審理陳述要領書(乙2)を提出し,
乙1として提示した上記実験成績証明書に関し,「実施例2の酢酸ビニル樹
脂系エマルジョンは,使用原料とn − ブチルアクリレートとが相互作用を
していたものと考えられ,本件発明の範囲内に入らなかった。しかし,エ
マルジョンの場合には,使用原料間の相性によって,予測しえない結果と
なることもあるから,これは特別な例であると考えられる。」と主張してい
た。
そして,原告は,甲11を提出して「原告において約1ヶ月程度で原料
を変更して訂正発明を実施できている」と述べているが,上記から明らか
なとおり,原告は,発明者本人が行った平成18年1月11日付け実験成
績証明書2(乙1)の実験においても,訂正前の貯蔵弾性率及びずり応力
の数値範囲を常に充足する「エマルジョン<シード/酢ビ>」を製造する
ことはできず,また訂正後の貯蔵弾性率の数値範囲からも大きく外れる(実
施例2については訂正前のずり応力の数値範囲からも外れる )「エマルジョ
ン<シード/酢ビ>」しか製造し得なかったものである。
イ そして,上記甲11に記載された実験No.1∼No.4は,訂正明細書
の実施例1∼3と対比したとき,
(a) 水の量が475g(実験例No.2は450g)であること(実
施例1∼3では505g)
(b) PVAの種類が「117 」 「B−33」 「235」であること
, ,
(実施例1∼3ではB−17)
(c) PVAとして,2種を併用すること(実施例1∼3はいずれも
1種のみ)
(d) EVAの量が104gであること(実施例1∼3では130g)
(e) 初期一括添加する触媒の量が1.5gであること(実施例1∼
3では0.5又は0.3g)
(f) 酢酸ビニルモノマーとともに滴下する触媒の量が1.5gであ
ること(実施例1∼3では0.5g)
において相違している。
すなわち,実施例1∼3に基づき,実験No.1∼No.4を得るために
は上記6項目((a)ないし(f))において,それぞれ,適切な変更条件を
見出さなければならない上,上記項目のうち,少なくとも,(a)は訂正明
細書に全く記載されていない項目であり,他の項目についても,段落【0
046】に多数列挙された項目のうちの一部であり,多数列挙された項目
からそれらを選択する手掛かりとなる記載は本件訂正明細書に全くないの
であるから,実施例1∼3の製造方法において,変更すべき6項目を見出
すだけでも容易ではない。
さらに,訂正明細書には,(a)∼(f)の各項目ついて,具体的にどのよ
うに変更すれば,貯蔵弾性率及びずり応力が,どの方向に,どの程度変化
するのかが全く記載されていないのであるから,各項目について,適切な
変更条件を見出すためには,多数の実験を繰り返す必要がある。しかも,
変更すべき項目が6つもあるのであるから,実験は,各項目を組み合わせ
て行う必要があり,膨大な数となってしまう。
原告は,前記甲11によれば,原料変更等は約1ヶ月程度で可能である
旨主張するが,原告が平成17年12月に行った実験(乙1)から甲11
の実験まで少なくとも半年以上要していて,「約1ヶ月」なる期間に疑問
が存する上,そもそも甲11に記載された実験No.1∼No.4は発明者
L本人が行ったものである。
ウ さらに,審決においては ,「エマルジョン<シード/酢ビ>」と「エマ
ルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」との両方について,実
施可能要件を満たさないと判断されているが,甲11においては ,「エマ
ルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」に対応する実験はなく,
したがって ,「エマルジョン<シード/BA>」及び「エマルジョン<シ
ード/酢ビ>」とは物性の異なる「エマルジョン<シード/BA以外のモ
ノマー>」が本件構成要件b,cを充足する条件(製造方法)については
裏付けられていない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容 ),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
原告は,訂正明細書の記載は法36条4項の要件を満たしていないと判断し
た審決の判断は誤りであると主張するので,以下検討する。
2 訂正明細書の記載
(1) 訂正明細書(甲3)には,上記のとおり,発明の名称を「水性接着剤」
とする訂正発明1ないし5が記載されているほか,【発明の詳細な説明】に
は,以下のアないしエの記載がある。
ア 従来の技術
【0002】
【従来の技術】従来,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,木工用,紙加工
用,繊維加工用等の接着剤や塗料などに幅広く使用されている。しかし,
そのままでは最低造膜温度が高いため,多くの場合,揮発性を有する可塑
剤,有機溶剤などの成膜助剤を添加する必要がある。前記可塑剤としてフ
タル酸エステル類などが使用されるが,昨今の環境問題の高まりから,フ
タル酸エステル類が環境に対して好ましくないとの指摘もあり,安全性の
高い可塑剤などへの代替が検討されている。しかし,可塑剤は本質的にV
OC成分 Volatile Organic Compounds;揮発性有機化合物)であり,特に,

住宅関連に使用される接着剤では,VOC成分が新築病(シックハウス症
候群)の原因物質ではないかとの見方もある。このように,環境負荷の少
ない水性接着剤であっても,可塑剤に起因するVOC問題が指摘されるよ
うになっている。そこで,可塑剤を含まない酢酸ビニル樹脂系エマルジョ
ン系接着剤が検討されているが,木工用に使用できるほどの高接着強度を
発現し,しかも冬季など低温下で成膜できる技術は近年まで全く見当たら
なかった。
【0004】・・・シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジ
ョンからなる水性接着剤は,一般に貯蔵弾性率G′が低く,ずり応力τが
高いという粘弾性上の特徴を有している。そのため,ロールコーターを用
いて塗布する場合のロール塗工性には優れるものの,(i)ノズル付きの
容器に充填し,手で容器を押して接着剤を出し,所望の箇所に適用しよう
とした場合,内容物が出にくいという問題 , ii)垂直面や天井に適用す

ると垂れやすいという問題がある。前者の問題は特に冬場などの低温下に
おいて顕著であり,後者の問題は夏場などの比較的高温下で起こりやすい 。
前者の問題(押出し性)を解消するためには粘度を低くすることが考えら
れるが ,粘度を低くすると後者の問題(垂れ性)が一層顕著になる。また,
逆に粘度を高くして垂れ性を改善すると,今度は押出し性が著しく低下す
る。すなわち,冬場の使用適性を上げると夏場に使いにくくなり,夏場の
使用適性を上げると冬場に使いにくくなるというジレンマがある。このよ
うに,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる
水性接着剤では,押し出し易さと垂れにくさを両立することは一般に困難
であり,通年で使用できるものは無かった。
イ 発明が解決しようとする課題
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
[本発明の本質的課題]従って,本発明の目的は,シード重合により得ら
れる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても,容器
のノズル先から容易に押し出すことができるとともに,保形性に優れ,比
較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい水性接着剤,及び該水
性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を
提供することにある。
ウ 課題を解決するための手段
【0007】
【課題を解決するための手段】
[本発明の構成の説明]本発明者らは,上記課題を解決するため ,・・・
シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接
着剤であっても ,貯蔵弾性率G′とずり応力τを特定の範囲に調整すると,
ノズル付き容器に充填した場合,冬場であっても手で容易に押し出すこと
ができるだけでなく,比較的高温下で垂直面に適用した場合でも垂れにく
いことを見出した。・・・
【0008】すなわち,本発明は,重合開始剤として過酸化水素水を用い
シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可
塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって,チタン製円錐−ステンレス
製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件で
ずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定と
なる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230∼280Paであ
り,且つチタン製円錐−ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度
7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定
の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200 1/s )

におけるずり応力τの値が1200∼1450Paである水性接着剤を提
供する。
【0012】
[用語の定義]なお,本明細書では,「シード重合」を樹脂エマルジョン
中でモノマーを重合させる広い意味に用いる。また,「アクリル」と「メ
タクリル」とを「 メタ)アクリル」と総称する場合がある。

【0015】
[本発明の構成の説明]
本発明の水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしては
シード重合により得られるものであれば特に制限はないが,
[請求項2に係る発明の限定的構成の説明]
接着強度が高い点,及び可塑剤を添加しなくても低温成膜性に優れる点
などから,エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニ
ルをシード重合して得られるエマルジョンが特に好ましい。
【0016】前記エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂としては,特に限定さ
れないが,通常,エチレン含有量が5∼40重量%程度の共重合樹脂が用
いられる。なかでも,エチレン含有量が15∼35重量%の範囲にある共
重合樹脂は,特に低い成膜温度を与えると共に,接着強さも優れるため好
ましい。エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンは広く市販され
ており,市中で容易に求めることができる。エチレン−酢酸ビニル共重合
樹脂系エマルジョンは,必要に応じて水により希釈して用いられる。
【0017】エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂の量は,得られる酢酸ビニ
ル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として,例えば3
∼40重量%,好ましくは5∼30重量%,さらに好ましくは10∼25
重量%程度である。
【0018】
[本発明の構成の説明]
シード重合は,例えば,前記エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂系エマル
ジョンと,好ましくは保護コロイドとしてのポリビニルアルコール(PV
A)を含む水系エマルジョン中,重合開始剤の存在下で行われる。重合系
内にポリビニルアルコールを存在させると,該ポリビニルアルコールがシ
ード重合における乳化剤として有効な機能を持つとともに,接着剤として
用いたときの塗布作業性及び接着強さが向上する。
【0019】ポリビニルアルコールとしては,特に限定されず,一般に酢
酸ビニル樹脂系エマルジョンやエチレン−酢酸ビニル共重合樹脂系エマル
ジョンを製造する際に用いられるポリビニルアルコールを使用でき,アセ
トアセチル化ポリビニルアルコールなどの変性ポリビニルアルコールなど
であってもよい。ポリビニルアルコールは,部分鹸化品,完全鹸化品の何
れであってもよく,また,分子量や鹸化度等の異なる2種以上のポリビニ
ルアルコールを併用することもできる。
【0020】ポリビニルアルコールの量は,シード重合の際の重合性や接
着剤としたときの接着性などを損なわない範囲で適宜選択できるが,一般
には,得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の
含有量として,例えば2∼40重量%,好ましくは5∼30重量%,さら
に好ましくは8∼25重量%程度である。
【0021】系内には,重合性や接着剤としての性能を損なわない範囲で,
ポリビニルアルコール以外の保護コロイド類や界面活性剤(非イオン系界
面活性剤,アニオン系界面活性剤,カチオン系界面活性剤等)などを添加
してもよい。
【0044】本発明の水性接着剤の重要な特徴は,チタン製円錐−ステン
レス製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条
件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一
定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値 以下,
( G′ a と称する)
が120∼1500Paであり,且つチタン製円錐−ステンレス製円盤型
のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/
s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したと
き,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値(以下,τ a と称
する)が100∼2000Paである点にある。G′ a は,好ましくは1
30∼1000Pa,さらに好ましくは150∼800Paであり,τ a
は,好ましくは500∼1800Pa,さらに好ましくは1000∼15
00Paである。ただし,本発明では,後記実施例に記載した貯蔵弾性率
G′ a 及びずり応力τ a の範囲を,請求項1に記載した。より具体的には ,
貯蔵弾性率G′及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば,ハーケ社製,
レオメーターRS−75)により測定できる。一方のプレート[例えば,
円錐−円盤型のレオメーターにおける円錐型プレート 材質:チタン) こ
( (
の場合,円盤型プレート(材質:ステンレス)は固定平板とすることがで
きる)]を回転させる際の周波数(角速度)が一定である条件下で,ずり
応力τを走査して,貯蔵弾性率G′を測定する方法である stress sweep 法
により測定されたずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも
対数表示である)では,ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′がほぼ一定値
となる線形領域が観測され,この線形領域における貯蔵弾性率G′の測定
値の平均値をG′ a として採用する。貯蔵弾性率G′の測定周波数は0.
1Hzである。また,τ a としては,ずり速度(dγ/dt)に対するず
り応力τのグラフで得られる流動曲線(フローカーブ)におけるずり速度
(dγ/dt)が200(1/s)の時の値を採用する。なお,容器の胴
部を押さえてノズルから水性接着剤を出す際のノズルを通る時の水性接着
剤にかかるずり速度(dγ/dt)は,通常,10 2 ∼10 3(1/s)
程度であり,前記ずり応力τを測定する際のずり速度200 1/s ) ,
( は
この容器のノズルを水性接着剤が通る際のずり速度に相当している。ずり
速度(dγ/dt)が200(1/s)を越えると(例えば,500(1
/s)であると) ずり応力τ a の再現性が低下する。また,ずり速度(d

γ/dt)を0(1/s)から200(1/s)まで一定の割合で連続的
に上昇させる際に要する時間は60秒である。ずり速度を200 1/s )

まで一定の割合で連続的に上げるのに要する時間が60秒よりも短すぎる
と,ずり応力τ a の再現性が低下する。
【0045】G′ a が120Pa未満であると,特に夏場において,垂直
面や天井などに接着剤を塗布した場合に垂れやすく,接着剤を必要としな
い箇所が汚染される。また,τ a が2000Paを超える場合には,特に
寒冷地や冬場において,ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そう
としても接着剤が出にくく,作業性に劣る。
【0046】貯蔵弾性率G′及びずり応力τは,シードエマルジョンの種
類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以
外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保護コ
ロイドや界面活性剤の種類及び添加量,重合開始剤である過酸化水素水の
添加量,添加時期及び添加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合温度,
重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に,G
′ a 及びτ a を前記所定の範囲にするためには,重合開始剤である過酸化
水素水の添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種
類及び添加量などが重要であるが,これらに限らず,上記の種々条件を適
宜選択することにより,G′ a 及びτ a を前記所定の範囲内に調整するこ
とが可能である。
【0050】本発明の水性接着剤は,これまでのシード重合により得られ
る一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と異なり,
貯蔵弾性率G′が高く,ずり応力τが低いという粘弾性上の特徴を有して
いる。そのため,ノズル付きの容器に充填した場合,容器のノズル先から
手で容易に押し出すことができるとともに,比較的高温下において垂直面
に適用しても垂れにくい。従って,ノズル押出し用又は刷毛塗り用の水性
接着剤として好適に使用できる。なお,水性接着剤をノズル付き容器に充
填する場合,それ以前には如何なる容器(円筒状容器,角柱状容器,袋状
容器(有底袋状容器など)等)に保存されていてもよい。また,水性接着
剤を刷毛塗り用に使用する場合,刷毛としては,特に限定されず,取っ手
が刷毛の中央部に位置する通常の刷毛のほか,歯ブラシ形状のものなども
用いることができる。
【0053】
【発明の効果】
[本発明による特有の効果]本発明の水性接着剤は,シード重合により得
られた水性接着剤であっても,ノズル先から容易に押し出すことができ,
しかも比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくいという効果を
奏する。従って,ノズル押出し用や刷毛塗り用として好適に使用できる。
・・・
エ 実施例
訂正明細書には,【0055】ないし【0057】において,実施例1
ないし3が ,【0058】ないし【0060】において,比較例1ないし
3が示されている。実施例1,2における水性接着剤の製造方法をそれぞ
れ【0055】【0056】の記載として下記に記すほか,実施例2,3,

比較例1ないし3の製造原料,製造条件等は後記(ウ)の「表1」記載のと
おりである。
なお,【0061】として参考例1が示されているが,これは可塑剤を
含有する市販の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンである。
(ア) 【0055】
実施例1
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重
量部を入れ,これに,ポリビニルアルコール(PVA )(電気化学工業
(株)製,デンカポバールB−17)50重量部,酒石酸0.5重量部
を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチ
レン−酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電
気化学工業(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分5
5重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところ
で,n−ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌し
た。さらにこの混合液に,触媒(35重量%過酸化水素水)0.5重量
部を添加した後,触媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22
重量部に溶解させた水溶液) ,
と 酢酸ビニルモノマー285重量部とを ,
別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後,さらに
1.5時間攪拌し,重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョン
を得た 。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′ 23℃ )

及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーター
RS−75;円錐−円盤型のレオメーター)により測定した結果,G′ a
及びτ a は,それぞれ,270Pa及び1250Paであった。なお,
ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′の測定では,円盤型プレート(固定
平板)(材質:ステンレス)との角度(円錐プレートの円錐面と円盤型
プレートの平面との間の角度)が4°であり且つ直径35mm(底面の
直径)の円錐プレート(コーンプレート;回転側プレート )(材質:チ
タン)を用いた。一方,ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τの
測定では,円盤型プレート(固定平板 )(材質:ステンレス)との角度
が1°であり且つ直径が20mmの円錐プレート 回転側プレート ) 材
( (
質:チタン)を用いた。なお,この粘弾性測定により得られたずり応力
τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも対数表示である;測定温
度23℃;測定周波数0.1Hz)を図4に,ずり速度(dγ/dt)
に対するずり応力τのグラフ 測定温度7℃)
( を図5に示す。図4では,
縦軸が貯蔵弾性率G′(Pa)であり,横軸がずり応力τ(Pa)であ
る。図5では,縦軸がずり応力τ(Pa)であり,横軸がずり速度(d
γ/dt)[γドット; 1/s)
( ,ずり速度を0から200(1/s)
まで一定の割合で連続的に上昇させる際に要する時間:60秒 ]である 。
図4に係るずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフより,ずり応力
τが0.5(Pa)∼10.5(Pa)の範囲は,貯蔵弾性率G′がほ
ぼ一定となる線形領域となっており,前記線形領域における貯蔵弾性率
G′の測定値の平均値(算術平均値)がG′ a の値として採用されてい
る。また,図5に係るずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグ
ラフを観察すると,ずり応力(τ)は,ずり速度(dγ/dt)の増加
とともに増加しており,ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)の
時の測定値がτ a の値として採用されている。なお,ずり応力(τ)の
測定に際しては試料を4℃で24時間養生しており,また,測定器の設
定温度を4℃とすることにより,測定時の摩擦熱により,測定時におけ
る試料の実際の温度を7℃とすることができる。この酢酸ビニル樹脂系
エマルジョンを,図1に示されるようなノズル付きチューブ状容器[ノ
ズルの長さ:35mm(その内ノズル先端部の長さ:15mm ),ノズ
ル先端部の内径:6mm,容器本体の長さ:240mm,容器本体の直
径:68mm]に充填してノズル付き容器入り水性接着剤(内容量75
0g)を得た。
(イ) 【0056】
実施例2
EVAエマルジョンとして,NS100の代わりにスミカフレックス
S−401(住友化学工業(株)製,不揮発分55重量%)を130重
量部用いた以外は実施例1と同様の方法により酢酸ビニル樹脂系エマル
ジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′ 2

3℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメ
ーターRS−75)により実施例1と同様にして測定した結果,G′ a
及びτ a は,それぞれ,230Pa及び1450Paであった。この酢
酸ビニル樹脂系エマルジョンを,実施例1と同様のチューブ状容器に充
填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
(ウ) 表1
(2) 上記によれば,訂正明細書には,訂正発明1ないし5の水性接着剤は,
①シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接
着剤であり,②容器のノズル先から容易に押し出すことができる 押出し性 」

に優れるとともに保形性に優れ,比較的高温下において垂直面に適用しても
垂れにくい「耐垂れ性」にも優れる水性接着剤であり,③該水性接着剤をノ
ズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供すること,
④VOC問題に対しての観点から可塑剤を全く含まなくとも,優れた低温成
膜性及び接着強度を備え,しかも低温養生時においても高い接着強さ(低温
接着強さ)を示す水性接着剤(訂正発明1ないし4)及び該水性接着剤をノ
ズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤(訂正発明5)を
提供することを目的としてなされたもので,⑤従来のシード重合により得ら
れる一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と異なり,
貯蔵弾性率G′が高く,ずり応力τが低いという粘弾性上の特徴を有してい
ることにより,ノズル付きの容器に充填した場合,容器のノズル先から手で
容易に押し出すことができるとともに,比較的高温下において垂直面に適用
しても垂れにくいという効果を奏するものであることが記載されているとい
うことができる。
そして,訂正発明1において,この「押出し性」と「耐垂れ性」は,各々,
「ずり応力τ」及び「貯蔵弾性率G′」を指標として表わされ,ずり応力
τの値(τa)が低いことが押出し性に優れていること,貯蔵弾性率G′の
値(Ga)が高いことが耐垂れ性に優れていることをそれぞれ意味し,訂正
発明1に係る水性接着剤が,従来のシード重合により得られる一般的な酢酸
ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤とは異なり,従来の接着剤よ
りも貯蔵弾性率G′の値(Ga)が高く,ずり応力τの値(τa)が低い
という粘弾性上の特徴を有するものであることを意味すると解することが
できる。
(3) ところで ,出願された特許が法36条4項の要件(以下「実施可能要件」
という場合がある。)を充たすためには,願書に,その発明の属する技術の
分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という 。)がその実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない
(法36条4項)ところ,本件のような物の発明における発明の実施とは,
その物を作りかつ使用できることをいうから,発明の詳細な説明にその物の
製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすとはいえ
ないというべきである。
以下,この観点から検討する。
ア 訂正発明1は,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョ
ンからなる水性接着剤でありながら ,「シード重合により得られる酢酸ビ
ニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤では,押し出し易さと垂れに
くさを両立することは一般に困難であり,通年で使用できるものは無かっ
た」(上記【0004】)ところ,押出し性と対垂れ性に優れる接着剤を提
供するとして,この耐垂れ性を表す貯蔵弾性率G′,押出し性を表すずり
応力τが,訂正発明1記載の条件で測定した際に,それぞれ230∼28
0Pa,1200∼1450Paである水性接着剤をいうものである。
そして,訂正明細書の実施例1ないし3は,それぞれ訂正明細書の前記
【0055】ないし【0057】記載の方法により製造された場合,貯蔵
弾性率G′が,実施例1ないし3につきそれぞれ270,230,280
Paであり,ずり応力τが1250 ,1450 ,1200Paであるから,
実施例1ないし3に関しては,上記貯蔵弾性率G′,ずり応力τについて,
訂正発明1記載の数値を充たすということができる そもそも本件訂正が,

実施例1ないし3の各数値範囲に合わせて限定したものということもでき
る。 。

イ 一方,訂正発明1は,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり,その貯
蔵弾性率G′,ずり応力τがそれぞれ所定の値となる水性接着剤であると
ころ,貯蔵弾性率G′,ずり応力τを所定の値とするための方法に関して
は,訂正明細書1には,上記のとおり ,【0046】として,「貯蔵弾性率
G′及びずり応力τは,シードエマルジョンの種類や添加量,シード重合
に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体
の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種
類及び添加量,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添
加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間などの重合条件
を適宜選択することにより調整できる。特に,G′ a 及びτ a を前記所定
の範囲にするためには,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時
期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要
であるが,これらに限らず,上記の種々条件を適宜選択することにより,
G′ a 及びτ a を前記所定の範囲内に調整することが可能である。」と記
載されているのみである。
上記記載には,貯蔵弾性率G′とずり応力τの値を調整する多数の因子
が列記されているのみで,これら多数の因子を具体的にどのように調整す
ると貯蔵弾性率G′とずり応力τの値が如何に変化するのかについての記
載がなく,一義的に理解することができない。
そして,上記【0046】の記載は「・・・シード重合に用いる酢酸ビ
ニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量
・・・などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。・・・」と
しながら,上記実施例1ないし3は,いずれも上記(1)エ(ウ)の表1記載
のとおり,重合性不飽和単量体として,n−ブチルアクリレートを所定量
添加したものに限られている。酢酸ビニルのみを用いて製造されるエマル
ジョンや,n−ブチルアクリレート以外のモノマーを添加した場合の具体
例も示されおらず,それらを用いて訂正発明1の水性接着剤を製造する方
法についての記載もない。
ウ また,前記のとおり「本明細書では ,「シード重合」を樹脂エマルジョ
ン中でモノマーを重合させる広い意味に用いる 。 ( 0012】 「本発明
」【 )
の水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしてはシード重
合により得られるものであれば特に制限はない」【0015 】
( )とすると
ころ,訂正明細書(甲3)には,酢酸ビニルを用いたシード重合と,重合
させる他のモノマーとに関し,以下の記載がある(下線は判決付記。。

【0025】
[請求項3及び4に係る各発明の限定的構成の説明]
本発明における酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,酢酸ビニルを系内に
添加しつつシード重合を行う工程(以下,単に「工程A」と称する場合が
ある)と,前記酢酸ビニルの添加とは独立して,前記工程中又は前記工程
の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体(以下,
単に「他のモノマー」と称する場合がある)を系内に添加する工程(以下,
単に「工程B」と称する場合がある)とにより得られるエマルジョンであ
るのが好ましい。
【0026】前記工程Aにおける酢酸ビニルの添加方法としては,一括
添加,連続添加,間欠添加の何れであってもよいが,反応の制御の容易性
などの点から,連続添加又は間欠添加の方法が好ましい。酢酸ビニルは,
ポリビニルアルコールなどの保護コロイド水溶液と混合,乳化して系内に
添加してもよい。なお,酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を前記酢酸
ビニルとは独立して系内に添加する工程を設けると共に,反応性や得られ
るエマルジョンの接着性能等を損なわない範囲で,前記酢酸ビニルに酢酸
ビニル以外の他の重合性不飽和単量体を混合して系内に添加してもよい。
シード重合に用いる酢酸ビニルの使用量は,得られる酢酸ビニル樹脂系エ
マルジョンの全樹脂(全固形分)に対して,例えば10∼90重量%,好
ましくは15∼80重量%,さらに好ましくは40∼75重量%程度であ
る。工程Aにおける重合温度は,例えば60∼90℃,好ましくは70∼
85℃程度である。
【0027】前記工程Bにおいて使用する酢酸ビニル以外の重合性不飽
和単量体としては,特に限定されないが,例えば,アクリル酸エステル類 ,
メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類,ビニルエーテル類,芳香族
ビニル化合物,不飽和カルボン酸アミド類,オレフィン類,ジエン類,不
飽和ニトリル類などが挙げられる。これらの重合性不飽和単量体は単独で
又は2以上を組み合わせて使用できる。
【0028】アクリル酸エステル類及びメタクリル酸エステル類として
は,従来公知の(メタ)アクリル酸エステルの何れをも使用することがで
きる。この代表例として,(メタ)アクリル酸メチル,(メタ)アクリル酸
エチル, メタ)アクリル酸プロピル, メタ)アクリル酸ブチル, メタ)
( ( (
アクリル酸ヘキシル,(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル,(メタ)ア
クリル酸オクチル,(メタ)アクリル酸イソオクチル,(メタ)アクリル酸
ラウリル,(メタ)アクリル酸ステアリルなどの(メタ)アクリル酸アル
キルエステル; メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル,
( (メタ)アクリル酸
ヒドロキシプロピルなどの(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル,(メ
タ)アクリル酸メトキシメチル,(メタ)アクリル酸エトキシメチルなど
の(メタ)アクリル酸アルコキシアルキル,(メタ)アクリル酸グリシジ
ル,(メタ)アクリル酸とポリオキシエチレングリコール,ポリオキシプ
ロピレングリコールなどのポリオキシアルキレングリコールとのエステル
(ポリオキシアルキレン構造を有するアクリロイル化合物又はメタクロイ
ル化合物)などの反応性官能基含有(メタ)アクリル酸エステルなどが例
示できる。
【0029】ビニルエステル類としては,酢酸ビニル以外の従来公知の
ビニルエステルの何れも使用することができる。この代表例として,例え
ば,ギ酸ビニル;プロピオン酸ビニル,酪酸ビニル,カプロン酸ビニル,
カプリル酸ビニル,カプリン酸ビニル,ラウリン酸ビニル,ステアリン酸
ビニル,オクチル酸ビニル,ベオバ10(商品名:シェルジャパン社製)
などのC 3-18 脂肪族カルボン酸のビニルエステル;安息香酸ビニルなどの
芳香族カルボン酸ビニル等が挙げられる。
【0030】ビニルエーテル類としては,従来公知のビニルエーテル類
を何れも使用することができる。この代表例として,例えば,メチルビニ
ルエーテル,エチルビニルエーテル,n−プロピルビニルエーテル,is
o−プロピルビニルエーテル,n−ブチルビニルエーテル,sec−ブチ
ルビニルエーテル,tert−ブチルビニルエーテル,tert−アミル
ビニルエーテルなどのアルキルビニルエーテルなどが挙げられる。
【0031】前記芳香族ビニル化合物としては,スチレン,ビニルトル
エン,α−メチルスチレン,N−ビニルピロリドン,ビニルピリジンなど
が挙げられる。不飽和カルボン酸アミド類には , メタ)アクリルアミド ,

N−メチロールアクリルアミド,N−メトキシメチルアクリルアミド,N
−メトキシブチルアクリルアミドなどの(メタ)アクリルアミド類などが
含まれる。オレフィン類としては,エチレン,プロピレン,ブチレン,イ
ソブチレン,ペンテンなどが挙げられる。ジエン類としては,ブタジエン,
イソプレン,クロロプレンなどが例示できる。また,不飽和ニトリル類と
しては,(メタ)アクリロニトリルなどが挙げられる。
【0032】これらの重合性不飽和単量体のうち,アクリル酸エステル
類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類及びビニルエーテル類か
ら選択された少なくとも1種を使用するのが好ましい。中でも,(メタ)
アクリル酸アルキルエステル[例えば,(メタ)アクリル酸C 1-18 アルキ
ルエステル,特に(メタ)アクリル酸C 1-14 アルキルエステル]
,C 3-14 脂
肪族カルボン酸のビニルエステルが,低温養生時の低温接着強さの低下が
最も少ないので好ましい。また,その低温接着強さに加えて,優れた低温
造膜性能の保持及び形成皮膜の透明性の見地から,さらに好ましくは,ア
クリル酸C 3-12 アルキルエステル及びメタクリル酸C 2-8 アルキルエステ
ルなどである。
【0033】前記他のモノマーの使用量は,エマルジョンの接着性等の
性能を損なわない範囲で適宜選択できるが,一般には,酢酸ビニル100
重量部に対して,0.05∼15重量部程度の範囲である。前記使用量が
0.05重量部未満では低温養生時の接着強さ(低温接着強さ)が低下し
やすく,15重量部を超える場合には常態接着強さが低下しやすい。前記
の範囲の中でも,接着強さに優れ且つ低温養生時の低温接着強さの低下が
最も少ない範囲は,酢酸ビニル100重量部に対して,0.1∼12重量
部,特に好ましくは0.5∼10重量部の範囲である。
エ 訂正発明1は,上記のとおり,水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系
エマルジョンとしてはシード重合により得られるものであれば特に制限は
ないとされているところ,上記ウの請求項3,4の限定的構成の説明につ
いての記載から明らかなとおり,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを形成す
る際に用いうるモノマーには多種多様なものがあり,実施例1ないし3で
用いられているn−ブチルアクリレートはその1つにすぎない(下線部参
照。。しかし,訂正明細書には,訂正発明1の接着剤を製造する方法につ

き,実施例1ないし3の製造方法以外に,貯蔵弾性率G′とずり応力τを
所定の値に調整した酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する具体的な方
法の記載は全くない。
そうすると,シード重合により得られるものであれば特に制限はないと
される訂正発明1の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンについて,酢酸ビニル
のみを用いて製造されるエマルジョンの場合及びn−ブチルアクリレート
以外のモノマーを酢酸ビニルに併用する場合に,貯蔵弾性率G′及びずり
応力τについて所定の値を満たす水性接着剤を製造する方法についての記
載はないということになる。
(4) 以上検討したところによれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,
当業者が訂正発明1を容易に実施しうる程度に明確かつ十分に記載されてい
るとはいえない。そして,訂正発明2ないし5は,いずれも訂正発明1を引
用する水性接着剤に関するものであるから,訂正発明1と同様というべきで
ある。
よって,訂正発明1ないし5につき,訂正明細書の記載が法36条4項の
要件を充たしておらず,法123条1項4号に該当するとした審決の判断に
誤りはない。
3 原告の主張に対する判断
原告は,Lほか作成の実験証明書(甲11)によれば,使用原料としてn−
ブチルアクリレートを添加せずに酢酸ビニルモノマーのみを用い,訂正明細書
の実施例1ないし3の基本設計を用いて訂正発明を実施できたから,訂正発明
は試行錯誤的な膨大な実験によらず容易に実施可能であると主張するので,以
下この点について判断する。
(1) 実験証明書(甲11)の内容
実験証明書(甲11)は,原告の従業員であるL(以下「L」という 。,

Mにより,平成18年7月13日から平成18年8月24日にかけて,n−
ブチルアクリレートを添加せずに,次の実験例1ないし4の条件下で酢酸ビ
ニル樹脂系エマルジョンを作成し,その貯蔵弾性率G′a及びずり応力τa
を測定したところ,訂正発明1の構成要件cの数値の範囲である貯蔵弾性率
230∼280Pa及びずり応力1200∼1450Paを満たす結果が得
られたとするものである。
実験例No.1
撹拌機,還流冷却器,滴下槽および温度計つきの反応容器に,
①水475重量部を入れ,
②ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業㈱製,商品名デン
カポバールB−33)37.5重量部,
③ポリビニルアルコール(PVA)(㈱クラレ製,商品名クラレポバ
ール117)7.5重量部,
④酒石酸0.5重量部を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが
完全に溶解した後,
⑤エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョ
ン)(電気化学工業㈱製,商品名デンカスーパーテックスNS10
0,不揮発分55重量%含有)104重量部を添加した。液温が8
0℃まで上がったところで,
⑥触媒(35重量%過酸化水素水)1.5重量部を添加した後,
⑦触媒(35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解
させた水溶液)と,
⑧酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時間か
けて連続的に滴下した。酢酸ビニルモノマー滴下終了後 ,さらに1 .
5時間撹拌し重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを
得た。
実験例No.2は,実験例No.1と同一の条件で,上記①ないし⑧の添
加量(製品が実験例No.1と異なるものは記載した 。)につき,次のと
おりとするものである(実験例No.3,No.4についても同様)。
①水450重量部
②PVA(㈱クラレ製,商品名クラレポバール235)32重量部,
③PVA(117)8重量部,
④酒石酸0.5重量部
⑤EVAエマルジョン104重量部
⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部
⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた
水溶液)
⑧酢酸ビニルモノマー285重量部
実験例No.3
①水475重量部
②PVA(235)33.3重量部,
③PVA(117)6.7重量部
④酒石酸0.5重量部
⑤EVAエマルジョン104重量部
⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部
⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた
水溶液
⑧酢酸ビニルモノマー285重量部
実験例No.4
①水475重量部
②PVA(235)33.3重量部
③PVA(117)6.7重量部
④酒石酸0.5重量部
⑤EVAエマルジョン(住友化学工業㈱製,商品名スミカフレックス
S−401,不揮発分55重量%含有)104重量部
⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部
⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた
水溶液
⑧酢酸ビニルモノマー285重量部
(2) ところで,特許出願が法36条4項の実施可能要件を充たすといえるた
めには,既に述べたように,明細書の発明の詳細な説明自体に特許に係る発
明が実施可能なように記載する必要があり,その記載にない事項を後の実験
等により補うことが許されないことは明らかであるから,そもそも訂正明細
書に記載のない事実に係る甲11についての原告の主張は失当である。
( 3) そして,上記甲11の内容をみても,その記載は,訂正明細書の前記実
施例1ないし3とは水の量,PVAの種類及び併用の有無,EVAの量,触
媒の量等の項目で相違しており,これらの条件を適切に変更しうるかに関し
て,訂正明細書の記載から当業者が過度の試行錯誤なくなしうるものとは到
底認められないし,n−ブチルアクリレート以外のモノマーに関して実施可
能な記載がないことに変わりはない。
( 4) 加えて,原告は,第1次審決前の特許庁における審理において,平成1
8年1月11日付けの実験成績証明書2(乙1。以下「乙1実験」という。)
を提出している。
乙1実験は,訂正発明1の発明者であるLらが平成17年12月13日か
ら平成18年1月11日にかけて行った実験の結果であり,酢酸ビニル樹脂
系エマルジョンからなる接着剤組成物を,n−ブチルアクリレートを添加し
ない以外は,訂正発明の実施例に基づいて作成し,その貯蔵弾性率及びずり
応力を測定したとするものである。
乙1実験の実施例1ないし実施例3について,その貯蔵弾性率G′a(P
a)は,それぞれ170,22,210Paであり,またずり応力τa(P
a)は,それぞれ1290,960,1330Paであった。
乙1実験は,そもそも本件訂正前の貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの
数値範囲(それぞれ120∼1500Pa,100∼2000Pa)を満た
すことを目的としたものであったにもかかわらず,実施例2においては,ず
り応力τaにおいてはそれすら満たすことができず,また本件訂正発明1の
数値と比較しても,いずれの実施例も訂正後の貯蔵弾性率G′の数値範囲 2

30∼280Pa)を充たさないものとなっている。
原告は,この点,乙1実験に関し ,「実施例2の酢酸ビニル樹脂系エマル
ジョンは,使用原料とn−ブチルアクリレートとが相互作用をしていたもの
と考えられ,本件発明の範囲内に入らなかった。しかし,エマルジョンの場
合には,使用原料間の相性によって,予測しえない結果となることもあるか
ら,これは特別な例であると考えられる 。」と主張していた(審決35頁1
1∼15行目,乙2。。

このように,原告自身,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンに関し,貯蔵弾性
率G′及びずり応力τの値を所定の数値範囲に調整することの困難さを自認
しているものということができ,この点からしても,甲11の実験例をもっ
て訂正発明が実施可能であるといえないことが明らかというべきである。
(5) 以上の検討によれば,原告の甲11に関する主張はいずれも採用するこ
とができない。
4 その他の原告の主張に対する判断
(1) 原告は,エマルジョンの原料自体は公知の物質であり発明性がなく,審
決は訂正発明の実施可能要件とは直接関係しないものを検討していると主張
するが,審決は,訂正発明1ないし5記載の酢酸ビニル樹脂系エマルジョン
が,どのように構成されるかを分類し,その上でその構成要件に係るモノマ
ーを検討しているものであり,原告主張のようにエマルジョンの原料自体の
公知性を問題にしているのではない。審決に誤りはなく,原告の主張は採用
できない。
(2) また,原告は,訂正発明が実施しうるかにつき,審決は,訂正明細書全
体の記載を無視して,段落【0046】のみの記載に基づき判断した点で
誤っており,実施例で使用した原料以外のものを使用しても素材に適した
方法に変更すれば訂正発明の数値の範囲内のものが得られる点で審決は誤
りであると主張する。
しかし,審決は,訂正明細書全体の記載を十分に斟酌した上で貯蔵弾性
率及びずり応力を調整する要素についての記載が上記段落【0046】に
しかないとしたものであって,何らの違法がないことは既に説示したとお
りである。また素材に適した方法に変更するとの原告の主張に関し,それ
を可能とする記載が訂正明細書に何らないことも既に説示したとおりであ
る。
5 結語
以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
い。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 今 井 弘 晃
裁判官 田 中 孝 一

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