平成25(行ケ)10319審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成26年8月7日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告三菱電機株式会社
|
対象物 |
エレベータ装置 |
法令 |
特許権
特許法17条の21回
|
キーワード |
審決23回 刊行物3回 実施1回 進歩性1回 拒絶査定不服審判1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 手続の経緯等
原告は,発明の名称を「エレベータ装置」とする発明について,平成17年3月
31日を国際出願日とする特許出願(平成18年10月12日国際公開,WO20
06/106574。特願2007-512378。以下「本願」という。)をした
が,拒絶査定を受けたため,平成24年11月29日付けで,拒絶査定不服審判請
求(不服2012-23592号事件)をするとともに,同日付で,特許請求の範
囲を補正(以下「本件補正」という。)した。これに対して,特許庁は,平成25年
10月17日,本件補正を却下するとともに,本件審判請求は成り立たない旨の審
決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。(当事者間に争いがない。)
2 審決の概要
(1) 審決の理由の要旨
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。審決は,要するに,① 本
件補正による補正後の本願の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)
は,特開2004-137055号公報(甲1。以下「刊行物」という。)に記載さ
れた発明(以下「引用発明」という。)に周知技術を適用することで容易に想到する |
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判決文
平成26年8月7日判決言渡
平成25年(行ケ)第10319号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成26年6月26日
判 決
原 告 三 菱 電 機 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 小 川 文 男
同 木 挽 謙 一
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 林 茂 樹
同 伊 藤 元 人
同 中 川 隆 司
同 井 上 茂 夫
同 堀 内 仁 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2012-23592号事件について平成25年10月17日にし
た審決を取り消す。
第2 前提となる事実
1 手続の経緯等
原告は,発明の名称を「エレベータ装置」とする発明について,平成17年3月
31日を国際出願日とする特許出願(平成18年10月12日国際公開,WO20
06/106574。特願2007-512378。以下「本願」という。)をした
が,拒絶査定を受けたため,平成24年11月29日付けで,拒絶査定不服審判請
求(不服2012-23592号事件)をするとともに,同日付で,特許請求の範
囲を補正(以下「本件補正」という。)した。これに対して,特許庁は,平成25年
10月17日,本件補正を却下するとともに,本件審判請求は成り立たない旨の審
決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。(当事者間に争いがない。)
2 審決の概要
(1) 審決の理由の要旨
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。審決は,要するに,① 本
件補正による補正後の本願の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)
は,特開2004-137055号公報(甲1。以下「刊行物」という。)に記載さ
れた発明(以下「引用発明」という。)に周知技術を適用することで容易に想到する
ことができたから,本件補正は独立特許要件(平成18年法律第55号改正附則3
条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第
5項において準用する同法126条5項の規定)を欠くものであるから,本件補正
を却下する,② 本件補正による補正前の本願の請求項1に係る発明は,刊行物に
記載された発明(引用発明とは異なる。 に周知技術を適用することで容易に想到す
)
ることができたから進歩性を欠くとするものである。
(2) 本願補正発明の内容
本願補正発明の内容は,次のとおりである。
「エレベータの状態を検出するための検出信号を発生する複数のセンサ,
上記センサからの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいてかごの運
転を制御するエレベータ制御部,及び
上記センサからの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいてエレベー
タの異常を検出し,エレベータを安全な状態に移行させるための指令信号を出力す
る電子安全コントローラ
を備え,
上記検出信号及び上記指令信号の少なくとも一部の信号の伝送は,無線通信によ
り行われ,
上記電子安全コントローラと上記エレベータ制御部との間の情報の伝送は,無線
通信で行われ,
上記センサからの検出信号は,無線通信により電子安全コントローラに送信され,
上記無線通信は,多重通信となっており,
上記電子安全コントローラから,エレベータの異常時に上記かごを急停止させる
ための安全回路部への非常停止指令は,通信ケーブルを通して伝送されるエレベー
タ装置。」
(3) 引用発明の内容
引用発明の内容は,次のとおりである。
「エレベータの状態を検出するための検出信号を発生する回転センサ5,リミッ
トスイッチ6a~6f及びかご速度検出器7,
回転センサ5からの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいて巻上機
1を駆動制御するなどのエレベータの基本制御を行う主制御回路11,及び
リミットスイッチ6a~6f及びかご速度検出器7からの検出信号が入力され,
入力された検出信号に基づいてエレベータの異常を検出し,エレベータを安全な状
態に移行させるための指令信号を出力する制御回路21
を備え,
検出信号及び指令信号の伝送が行われ,
制御回路21と主制御回路11との間の情報の伝送が行われ,
リミットスイッチ6a~6f及びかご速度検出器7からの検出信号は,制御回路
21に伝送され,
制御回路21から,エレベータの異常時にかごを緊急停止させるための安全回路
への緊急停止指令が伝送されるエレベータ装置。」
(4) 本願補正発明と引用発明との一致点
審決が認定した,本願補正発明と引用発明との一致点は次のとおりである。
「エレベータの状態を検出するための検出信号を発生する複数のセンサ,
センサからの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいてかごの運転を
制御するエレベータ制御部,及び
センサからの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいてエレベータの
異常を検出し,エレベータを安全な状態に移行させるための指令信号を出力する電
子安全コントローラ
を備え,
検出信号及び指令信号の伝送が行われ,
電子安全コントローラとエレベータ制御部との間の情報の伝送が行われ,
センサからの検出信号は,電子安全コントローラに送信され,
電子安全コントローラから,エレベータの異常時にかごを急停止させるための安
全回路部への非常停止指令が伝送されるエレベータ装置。」
(5) 本願補正発明と引用発明との相違点
本願補正発明と引用発明との相違点は次のとおりである。
「「検出信号及び指令信号」「情報」及び「非常停止指令」の「伝送」に関し,本
,
願補正発明においては,「検出信号及び指令信号の少なくとも一部の信号の伝送は,
無線通信により行われ」「情報の伝送は,無線通信で行われ」「センサからの検出
, ,
信号は,無線通信により電子安全コントローラに送信され」「無線通信は,多重通
,
信となっており」,
「非常停止指令は,通信ケーブルを通して伝送される」のに対し,
引用発明においては,そのようになっているか否か不明である点」
第3 取消事由に係る当事者の主張
1 原告主張の取消事由-相違点に係る容易想到性判断の誤り
(1) 周知の課題の認定について
審決は,エレベータ装置において,信号伝送における通信ケーブル(信号線)の
本数を減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用するとの課題は,例
えば,特開昭64-60586号公報(甲2。以下「甲2公報」という。)及び特開
平6-227766号公報(甲3。以下「甲3公報」という。)に記載のとおり,周
知の課題であると認定する。しかし,甲2公報に記載の発明(以下「甲2発明」と
いう。)及び甲3公報に記載の発明(以下「甲3発明」という。)は,かごと機械室
間との間の信号伝送を前提とするものであり,かごと機械室との間の信号伝送にお
ける通信ケーブルの本数を減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用
するとの課題が把握されるものの,それ以外の機器間における信号伝送の方式をど
のようにするかについては記載も示唆もされていない。そのため,かごと機械室以
外の機器間における信号伝送を無線方式にするという周知課題は存在しておらず,
審決における周知課題の認定には誤りがある。
すなわち,甲2発明の課題は,
「かごと機械室との間の信号伝送の信頼性を高める
とともに信号伝送の多様化が図れ,さらに昇降路に施設されるトロリー線の数を減
少せしめることができるエレベータの制御装置を得ること」甲2の2頁右下欄16
(
行ないし20行)である。甲2発明は,移動するかごと機械室との間の信号伝送を
前提の構成とし,かごと機械室との間の信号伝送の改良を目的とするものである。
同様に,甲3発明の課題は,
「エレベーター乗りかごと機械室間において,全ての信
号を高い信頼性をもって無線伝送させることが可能なエレベーターの信号伝送方式
を提供すること」(甲3の段落【0008】)である。甲3発明は,移動するかごと
機械室との間の信号伝送を前提の構成とし,かごと機械室との間の信号伝送の改良
を目的とするものである。甲3公報には,かごと機械室以外の機器間における信号
伝送については何ら記載されておらず,特に,本願補正発明の「電子安全コントロ
ーラ」については一切開示も示唆もされていない。そうすると,甲2発明や甲3発
明の課題を,信号伝送を行う主体を規定することなく「エレベータ装置において,
信号伝送における通信ケーブル(信号線)の本数を減少させるために,有線方式に
代えて,無線方式を採用するとの課題」と認定することは,甲2公報及び甲3公報
の具体的な記載から離れ抽象化して捉えるものであり,許されない。
また,乙1ないし3の各公報にも,本願補正発明の「電子安全コントローラ」に
ついては開示も示唆もない。エレベータ制御装置と電子安全コントローラとの間の
信号伝送は,エレベータ装置の安全を担保するために重要な構成間の信号伝送であ
り,その他の機器間における信号伝送とは一線を画すものであるため,少なくとも
「エレベータ制御部」と「電子安全コントローラ」との間における信号伝送を無線
方式にするとの課題について把握することはできない。
(2) 周知技術の適用について
かごと機械室以外の機器間における信号伝送を無線方式にするという周知の課題
は存在しないから,審決の認定する周知技術を引用発明に適用しても,引用発明に
おける乗りかご3と主制御回路11との間の信号伝送を無線装置により行う構成に
到達するのみであり,それ以外の機器間,特に,本願補正発明の「安全コントロー
ラ」と他の機器(「エレベータ制御部」「センサ」「安全回路部」
, , )間の信号伝送を
無線方式とすることには至らない。
また,甲2公報には,誘導無線は「異常時における非常停止信号,かごの戸が開
いていることを検出した信号等の安全回路信号の伝送の点において信頼性に難があ
る」と記載されている。そのため,周知技術を引用発明に適用する際,引用発明に
おける主制御回路11と制御回路21との間の信号伝送を無線通信とするよう適用
することは,
「閉じ込め故障を防止する」との作用効果を奏する特徴部分を信頼性に
難があるとされる無線通信に置き換えるものである。このような置き換えは,引用
発明の趣旨に反するため,阻害要因がある。
(3) 本願補正発明の効果について
本願補正発明は,上記電子安全コントローラと上記エレベータ制御部との間の情
「
報の伝送は,無線通信で行われ」るので,電子安全コントローラとエレベータ制御
部との間を無線化することで,両者を電気的に分離し,1つの故障要因で両方が機
能不全になることを回避できる可能性が高まる。この効果は上記電子安全コントロ
ーラと上記エレベータ制御部との間の情報の伝送を無線通信で行うことにより実現
できる格別な効果であり,単に通信ケーブルを無線化することにより省配線化する
こととは質的に異なるものである。
また,本願補正発明は,
「上記センサからの検出信号は,無線通信により電子安全
コントローラに送信され」るので,伝送される信号の数や種類が多く伝達経路も複
雑な電子安全監視システムにおいて,据付時の手間の軽減と昇降路スペースの縮小
を効果的に図ることができる。さらに,本願補正発明は,
「上記電子安全コントロー
ラから,エレベータの異常時に上記かごを急停止させるための安全回路部への非常
停止指令は,通信ケーブルを通して伝送される」ので,より高い信頼性を確保する
ことができる。このように,本願補正発明は引用発明及び甲2発明及び甲3発明か
ら予想される以上の格別の効果を奏するものであり,審決における「格別な効果を
奏するものではない」とした認定は失当である。
2 被告の反論
(1) 周知の課題の認定について
甲2公報に記載されている技術は,産業上の利用分野として「エレベータ装置」
の技術が前提とされているのであるから,審決が「エレベータ装置において,信号
伝送における通信ケーブル(信号線)の本数を減少させるために,有線方式に代え
て,無線方式を採用するとの課題は,本件出願前周知の課題」と認定したことに誤
りはない。
エレベータ装置において,「かごと機械室以外の機器(各種センサや制御装置等)
間」でも信号の伝送が行われることは当業者の技術常識(乙1ないし3)であるか
ら,甲2発明及び甲3発明に接した当業者であれば,エレベータ装置の昇降路内に
おいて「かごと機械室以外の機器間」の信号伝送の必要性をも含めて,それらが有
線方式を用いる必要性がないものであれば,昇降路内の信号線数を少なくするため
に無線方式の採用を想起することが自然であり,さらに甲2発明及び甲3発明がこ
れら「かごと機械室との間」の信号伝送に係る実施例に拘束されて,
「かごと機械室
間以外の機器間」の信号伝送に無線方式を採用することができないとする特段の理
由もなく,また,無線方式の採用を「かごと機械室間以外の機器間」の信号伝送を
も含むものとして上位概念化することを積極的に排除する理由もない。したがって,
甲2発明及び甲3発明に接した当業者は,
「かごと機械室との間」の信号伝送に限ら
ずに,
「かごと機械室以外の機器間」の信号伝送をも含めて課題を把握することがで
きるものといえる。
仮に,甲2公報及び甲3公報からは,
「かごと機械室との間の信号伝送における通
信ケーブルの本数を減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用すると
の課題」しか把握できないとしても,そもそも「エレベータ装置における,かごと
機械室以外の機器間における信号伝送を無線方式にするという課題」は,乙1(【0
003】,【0008】【0009】,及び【0013】等)
, ,乙2(第1ページ右下
欄第11行ないし第2ページ左上欄第4行,第2ページ右上欄第19行ないし第3
ページ右下欄第7行,第1ないし8図等)及び乙3(第13ページ第1ないし10
行,図3等)に記載されているように本件出願前周知の課題といえるから,かかる
課題をも併せ考慮すれば,
「エレベータ装置において,信号伝送における通信ケーブ
ル(信号線)の本数を減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用する
との課題」が認識し得ることは明らかである。
(2) 周知技術の適用について
「エレベータ装置において,信号伝送における通信ケーブル(信号線)の本数を
減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用するとの課題は,本件出願
前周知の課題」とした審決の認定に誤りはない。したがって,引用発明において,
かかる周知の課題を動機付けとして,検出信号及び指令信号,情報及び「緊急停止
指令(本願補正発明における「非常停止指令」に相当する。」の伝送について,周
)
知課題を考慮しつつ,周知技術を適用して,本願発明に至ることは容易であるとし
た審決の認定,判断に誤りはない。
刊行物に記載された通信手段25の技術的意義は,主制御回路11が制御回路2
1との間のハンドシェイクにより異常の有無をソフト的に検出するためのものであ
り,しかも,通信手段25は付加的に設けられているものであるから,これがなく
ても閉じ込め故障を防止する(甲1の段落【0022】)との作用効果は,奏するの
である。したがって,引用発明の通信手段25に無線方式を採用したとしても,閉
じ込め故障を防止するとの作用効果を奏さなくなるとはいえないので,引用発明に
おける主制御回路11と制御回路21との間の信号伝送を無線通信とすることには
阻害要因が存在するとする原告の主張は失当である。
(3) 本願補正発明の効果について
原告が主張する「電子安全コントローラとエレベータ制御部との間を無線化する
ことで,両者を電気的に分離し,1つの故障要因で両方が機能不全になることを回
避できる可能性が高まる」という効果は,本願に係る明細書には何ら記載されてい
ない。原告の主張は,明細書の記載に基づかないものであり,失当である。仮に,
そのような効果が記載ないし示唆されているとしても,前記効果は,引用発明の通
信手段25に甲2公報及び甲3公報に記載された周知技術を採用して無線方式とす
ることにより当然奏することが予測可能なものである。
また,本願補正発明における,据付時の手間の軽減と昇降路スペースの縮小を効
果的に図ることができ,さらに,非常停止指令は,通信ケーブルを通して伝送され
るので, より高い信頼性を確保することができるという効果は,「無線通信」,さら
には「通信ケーブルによる通信」の自明な効果にすぎず,予想される以上の格別の
効果とはいえない。
よって,本願発明が予想される以上の格別の効果を奏するとの原告の主張は失当
である。
第4 当裁判所の判断
1 本願補正発明と引用発明
(1) 本願補正発明
本願補正発明は,従来のエレベータの安全システムでは,昇降路,機械室及びか
ごに設けられたバスノードにセンサ等が接続されており,センサ等からの情報がバ
スノード及び通信ネットワークバスを介して安全コントローラに送られるところ,
このようなエレベータ装置では,昇降路内に多くの通信ケーブルを配線する必要が
あり,据付にかなりの手間がかかってしまい,また,配線のためのスペースを昇降
路内に確保する必要があり,昇降路面積が大きくなってしまうとの課題があったた
め,据付時の手間を軽減することができるとともに,昇降路スペースの縮小を図る
ことができるエレベータ装置を得ることを目的として,本件補正後の請求項1記載
の構成,すなわち,
「エレベータの状態を検出するための検出信号を発生する複数の
センサ,上記センサからの検出信号が入力され,入力された検出信号に基づいてか
ごの運転を制御するエレベータ制御部,及び上記センサからの検出信号が入力され,
入力された検出信号に基づいてエレベータの異常を検出し,エレベータを安全な状
態に移行させるための指令信号を出力する電子安全コントローラを備え,上記検出
信号及び上記指令信号の少なくとも一部の信号の伝送は,無線通信により行われ,
上記電子安全コントローラと上記エレベータ制御部との間の情報の伝送は,無線通
信で行われ,上記センサからの検出信号は,無線通信により電子安全コントローラ
に送信され,上記無線通信は,多重通信となっており,上記電子安全コントローラ
から,エレベータの異常時に上記かごを急停止させるための安全回路部への非常停
止指令は,通信ケーブルを通して伝送されるエレベータ装置」(判決注・下線は裁判
所が付した。)との構成から成るものである(甲5)。
(2) 引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点,相違点は,審決が認定
したとおりであること(前記第2,2(3)ないし(5))は,当事者間に争いがない。
すなわち,本願補正発明と引用発明との相違点は, 「検出信号及び指令信号」「情
「 ,
報」及び「非常停止指令」の「伝送」に関し,本願補正発明においては,
「検出信号
及び指令信号の少なくとも一部の信号の伝送は,無線通信により行われ」「情報の
,
伝送は,無線通信で行われ」「センサからの検出信号は,無線通信により電子安全
,
コントローラに送信され」「無線通信は,多重通信となっており」「非常停止指令
, ,
は,通信ケーブルを通して伝送される」のに対し,引用発明においては,そのよう
になっているか否か不明である点」である。
2 取消事由について
審決は,引用発明において,甲2公報及び甲3公報に記載の周知の課題を考慮し
つつ,上記各公報に記載の周知の技術を適用して,上記相違点に係る本願補正発明
の構成とすることは,当業者であれば,容易に想到し得たことであると判断した。
(1) 甲2発明について
ア 甲2公報には,次のとおりの記載がある(甲2)。
「〔産業上の利用分野〕
この発明はエレベータの制御装置に関するものであり,特にエレベータのかごと
機械室との間の電気信号伝送系を改良したエレベータの制御装置に関するものであ
る。(2頁左上欄19行ないし右上欄3行)
」
〔発明が解決しようとする問題点〕
・・・
「この発明は,上述の従来のものの問題点に鑑みなされたものであり,かごと機
械室との間の信号伝送の信頼性を高めるとともに信号伝送の多様化が図れ,さらに
昇降路に施設されるトロリー線の数を減少せしめることができるエレベータの制御
装置を得ることを目的とする。(2頁右下欄15行ないし右下欄20行)
」
・・・
「先ず,エレベータかご(1)内の電気設備,例えばかご内照明灯(23),及び
マイクロプロセツサ(17)への電力は,エレベータ機械室(1A)より昇降路を
通して施設された電力供給用トロリー線(12a)より供給される。そして,エレ
ベータかご戸の閉成したことを検出する戸閉め検出スイツチの検出信号は,やはり
昇降路を通して施設された安全回路用トロリー線(12b),安全回路スイツチ(3
2)を介して機械室(1A)の機械室制御盤(16)へ送出される。
次に,かご(1)内において行き先がかご操作盤(25)で登録されると,マイ
クロプロセツサ(17)が戸閉め指令を演算し戸開閉用電動機(26)を駆動して
戸を閉める。戸が閉まると戸閉め検出スイツチの一部を構成する安全回路スイツチ
(32)が閉じ,トロリー(12b)によつて機械室制御盤(16)に戸閉め完了
信号を送る。一方,マイクロプロセツサ(17)は行き先階信号をかご側アンテナ
(14)に送り,かご側アンテナ(14)はここでは50GHzの電波にのせて機
械室アンテナ(15)に発射する。同時にこの電波にはかご内インターフオンのマ
イク(27)の音声信号,テレビカメラ(29)の映像信号ものせられる。機械室
(1A)ではこの電波を機械室アンテナ(15)で受けて制御盤(16)へ行き先
階信号を送ると共に,音声・映像信号監視盤(21)へ送られ,スピーカ(21b),
モニタテレビ(21c)を作動させる。逆にマイク(21a)からの音声信号(こ
の中にはBGM信号も含まれる)や,機械室制御盤(16)からのかご位置信号は
機械室アンテナ(15)によつて電波にのせられ,かご側アンテナ(14)に向け
で発射され,マイクロプロセツサ(17)によつてかご操作盤(25)のインデイ
ケータを点灯させる。
続いて,万一かご(1)を急停止させる場合は,かご操作盤(25)の急停止釦
を押したとき,エレベータの安全装置が作動したとき等がこの状態となるが,安全
回路スイツチ(32)が作動させられ,安全回路信号が安全回路用トロリー(12
b)を通して伝送され,機械室操作盤(16)が電動機(20)を急停止させるこ
とになる。(4頁左上欄6行ないし左下欄2行)
」
「〔発明の効果〕
以上のように,この発明によるエレベータの制御装置では,エレベータの機械室
からかごへの電力供給,及びエレベータのかごから機械室への安全回路信号の伝送
にトロリー線を用い,かごと機械室との間での運転状況信号の授受を無線装置によ
り行い,かごの走行により変化するかごと機械室との間の距離に応じて無線装置の
出力を変化させる手段を設けているので,電力供給と安全回路信号のみをトロリー
線で送ることになりトロリー線の本数を減少させることができ,また運転状況信号
が無線装置の電波により送ることとなり信頼性の高いシステムとすることができる
とともに,画像信号等の伝送が行なえ信号伝送の多様化が計れ,さらにかごと機械
室の距離によつて無線装置の電波の出力を変えるため伝送信号の信頼度を著しく向
上できる効果がある。(5頁左上欄8行ないし右上欄4行)
」
イ 以上によれば,甲2公報には,かごと機械室との間の信号伝送の信頼性を高め
るとともに信号伝送の多様化を図るとともに,昇降路に施設されるトロリー線の数
を減少させるために,エレベータのかご内に設置されるマイクロプロセツサで構成
されるかご制御盤とエレベータ機械室におけるマイクロプロセツサからなる機械室
制御盤との間の信号伝送を無線通信により行い,エレベータの安全装置が作動した
ときには,安全回路信号が安全回路用トロリーを通して機械室制御盤に伝送される
との甲2発明が記載されていると認められる。
(2) 甲3発明について
ア 甲3公報には,次のとおりの記載がある(甲3)。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,エレベーターの信号伝送方式に係わり,特に,エ
レベーター乗りかごと機械室間の信号伝送を同時多重の無線伝送により行い,伝送
される信号の信頼性を高めるようにしたエレベーターの信号伝送方式に関する。
【0002】
【従来の技術】従来,エレベーター乗りかごと機械室間において信号伝送を行うに
は,エレベーター乗りかごと機械室間に多数本の制御ケーブルを配置結合し,これ
ら制御ケーブルを介して種々の制御信号や監視信号等を伝送させるようにした有線
信号伝送方式が用いられているが,この信号伝送方式は,エレベーター乗りかごと
機械室間に配置結合される制御ケーブルの本数が多くなるとともに,エレベーター
の昇降路が長くなるにしたがって各制御ケーブルの長さが長くなり,前記制御ケー
ブルの保守に相当な時間と労力を必要とするだけでなく,前記制御ケーブルの配置
結合が難しく,前記制御ケーブルの配置設定が高価になる等の弊害があった。
【0003】この弊害を除くために,最近では,エレベーター乗りかご内への電力
供給,及び,乗りかごに設けられた戸閉検出スイッチからの検出信号(乗りかごの
戸が閉じたことを示す閉じ信号)または乗りかごの安全回路から機械室の制御盤に
伝送される安全回路信号だけをトロリー線を介して伝送させる有線伝送方式を用い,
その他の制御信号や監視信号等は,エレベーター乗りかごと機械室間にそれぞれ設
けられた無線装置を用いて伝送させる無線伝送方式を用い,それによりエレベータ
ー乗りかごと機械室間とを結ぶトロリー線の本数を最小にした信号伝送手段が開発
されており,このような信号伝送手段としては,例えば,特開昭63-28207
6号または特開昭64-60586号等に開示のものがある。」
イ 以上によれば,甲3公報には,エレベーター乗りかごと機械室間に配置結合さ
れる制御ケーブルの本数が多くなり,エレベーターの昇降路が長くなるにしたがっ
て各制御ケーブルの長さが長くなることに伴う弊害を除くために,エレベーター乗
りかごの乗りかご制御装置と機械室間の制御信号や監視信号等は,エレベーター乗
りかごと機械室間にそれぞれ設けられた無線装置を用いて伝送させること,及び,
乗りかごの安全回路から機械室の制御盤に伝送される安全回路信号だけはトロリー
線を介して伝送させる有線伝送方式を用いるとの甲3発明が記載されていると認め
られる。
(3) 本願補正発明の容易想到性について
ア 前記(1)及び(2)によれば,甲2公報及び甲3公報には,エレベータにおいて
は,乗りかごの制御機器と機械室の制御機器との間で信号伝送を行う必要があるこ
と,そのために必要となる通信ケーブルの本数を減少させるために,無線により信
号伝送を行うことが記載されていることが認められる。したがって,審決が,甲2
公報及び甲3公報から,エレベータ装置において,信号伝送における通信ケーブル
(信号線)の本数を減少させるために,有線方式に代えて,無線方式を採用すると
の課題は本件出願前周知の課題であると認定判断したことに誤りはない。
また,審決が認定する「エレベータ装置における信号伝送の形態について,
(かご
を急停止させるための)安全回路信号の伝送を有線方式とし,その他の信号の伝送
を無線方式を含む方式とすること」が,甲2公報に記載されていること,及び,甲
3公報にも,従来技術の説明として,段落【0003】にこのことが記載されてい
ることからすれば,これを周知技術(周知技術1)であるとした審決の認定判断に
誤りはない(この点は当事者間においても争いがない。。さらに,審決が「信号伝
)
送の信頼性を向上させるために,無線通信を多重通信とすること」を周知技術(周
知技術2)と認定したことについても誤りはない(この点も当事者間に争いがない。。
)
そうすると,当業者は,引用発明にも前記のような周知の課題が内在することを
当然に認識するのであって,かかる課題を解決するために,引用発明について,エ
レベータ装置における信号伝送の形態を,
(かごを急停止させるための)安全回路信
号の伝送を有線方式とし,その他の信号の伝送を無線方式を含む方式とし(周知技
術1の適用)信号伝送の信頼性を向上させるために,
, 無線通信を多重通信として(周
知技術2の適用),本願補正発明の構成に至ることは容易である。本願補正発明は,
引用発明と周知の課題及び周知技術から容易に想到し得るものであるとした審決の
判断に誤りはない。
イ 原告は,甲2公報及び甲3公報に記載されているのは,乗りかごと機械室と
の間の機器間における信号伝送に関するものであり,かごと機械室以外の機器間に
おける信号伝送を無線方式にするという周知課題は存在していない,と主張する。
しかし,甲2公報及び甲3公報に,乗りかごと機械室との間における信号伝送に関
するものしか記載されていないとしても,甲2公報及び甲3公報の前記記載事項か
ら,エレベータ装置における制御機器間での信号伝送における通信ケーブルの本数
を減少させるために無線方式を採用するという課題が示されていることは明らかで
あり,この課題は,乗りかごや機械室といった特定の場所に設置された機器間での
信号伝送を行うための通信ケーブルのみを対象とした課題ではない。すなわち,甲
2公報及び甲3公報からは,制御機器の配置されている箇所によらず,これら制御
機器間での信号伝送において通信ケーブルを用いれば, 制御ケーブルの保守に相当
「
な時間と労力を必要とするだけでなく,前記制御ケーブルの配置結合が難しく,前
記制御ケーブルの配置設定が高価になる等の弊害があ」る(甲3)ことは明らかで
あり,原告の主張するように甲2公報及び甲3公報に記載されている課題をかごと
機械室との間の機器間における信号伝送だけに関するものと限定して解釈する技術
的理由はない。原告の主張は失当である。
ウ また,原告は,引用発明の主制御回路11と制御回路21との間の信号伝送
を無線通信とすることには,閉じ込め故障を防止する(甲1【0022】)との作用
効果を奏する特徴部分を信頼性に難があるとされる無線通信に置き換えるものであ
り,このような置き換えは,引用発明の趣旨に反するため,阻害要因が存在すると
主張する。しかし,引用発明において,主制御回路11と制御回路21との間で信
号伝送が行われるのは,制御回路21の異常動作を主制御回路11で検出し,処理
を行うため(甲1【0058】ないし【0063】 である。
) そして,引用発明では,
制御回路21の異常動作はWDT監視回路22においても検出されるように構成さ
れているから,主制御回路11による制御回路21の異常動作の検出は付加的な構
成である。そうすると,引用発明において主制御回路11と制御回路21との間の
信号伝送を無線方式とすることに阻害要因があるとまではいえない。
エ 原告は,本願補正発明は,電子安全コントローラとエレベータ制御部との間
を無線化することで,両者を電気的に分離し,1つの故障要因で両方が機能不全に
なることを回避できる可能性が高まるという効果を奏する等と主張している。しか
し,本願補正発明は,エレベータ制御部と電子安全コントローラとの間の一部の信
号の伝送を通信ケーブルにより行うものを含んでおり,原告の主張する電子安全コ
ントローラとエレベータ制御部とを電気的に分離することによる効果は,本願補正
発明及び本願の明細書の記載に基づく効果であるとはいえない。また,原告は,本
願補正発明の効果について種々主張するけれども,引用発明に周知技術を適用して
得られる本願補正発明の構成から,当然に発生する効果にすぎず,これを格別顕著
な効果とみることはできない。
3 まとめ
以上のとおり,原告の主張に係る取消事由には理由がない。よって,原告の請求
を棄却することとして主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 大 須 賀 滋
裁判官 小田真治は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 設 樂 一
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