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平成18(行ケ)10260審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年5月30日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官中嶋誠
原告株式会社トプコン
対象物 異物検出装置
法令 特許権
特許法29条2項1回
キーワード 審決45回
実施8回
無効6回
刊行物5回
拒絶査定不服審判2回
無効審判1回
主文 1 特許庁が不服2002−24838号事件について平成18年4月21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年11月15日,発明の名称を「異物検出装置」とする特許 出願 特願平6−280701号 以下 本願 という をした 原告は 平( , 「 」 。) 。 , 成14年10月25日付けで本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む 及び( 。) 図面を補正する手続補正をしたが,同年11月15日付けで拒絶査定を受け, これに対して,同年12月25日,拒絶査定不服審判を請求した(不服200 2−24838号事件 その審理の過程で 原告は平成15年1月23日付け)。 , ( 。) ,で本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む を補正する手続補正をしたが 特許庁は,平成17年9月5日,上記補正を却下する決定をした。その後,原 告は,平成17年9月21日付けで拒絶理由通知を受けて,同年11月25日 付けで本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む を補正する手続補正をした( 。) , , ,が 同年12月20日付けで最後の拒絶理由通知を受け 平成18年3月6日 ( 。) ( ,本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む を補正する手続補正をした 以下 この補正を 本件補正 といい 本件補正後の本願に係る明細書及び図面を 本「 」 。 「 願明細書」という 。。)

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判決文

平成19年5月30日判決言渡
平成18年(行ケ)第10260号 審決取消請求事件
平成19年5月16日口頭弁論終結
判 決
原 告 株 式 会 社 ト プ コ ン
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 新 村 悟
被 告 特許庁 長官 中 嶋 誠
指 定 代 理 人 高 見 重 雄
同 高 橋 泰 史
同 大 場 義 則
同 山 本 章 裕
主 文
1 特許庁が不服2002−24838号事件について平成18年4月
21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文1項と同旨
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成6年11月15日,発明の名称を「異物検出装置」とする特許
出願(特願平6−280701号 ,以下「本願 」という。 をした。原告は,平

成14年10月25日付けで本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む 。 及び
( )
図面を補正する手続補正をしたが,同年11月15日付けで拒絶査定を受け,
これに対して,同年12月25日,拒絶査定不服審判を請求した(不服200
2−24838号事件) その審理の過程で,
。 原告は平成15年1月23日付け
で本願に係る明細書(特許請求の範囲を含む。 を補正する手続補正をしたが ,

特許庁は,平成17年9月5日,上記補正を却下する決定をした。その後,原
告は,平成17年9月21日付けで拒絶理由通知を受けて,同年11月25日
付けで本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む。 を補正する手続補正をした
( )
が,同年12月20日付けで最後の拒絶理由通知を受け,平成18年3月6日 ,
本願に係る明細書 特許請求の範囲を含む。 を補正する手続補正をした 以下 ,
( ) (
この補正を 本件補正 」
「 といい 。本件補正後の本願に係る明細書及び図面を 本

願明細書」という。 。

特許庁は,平成18年4月21日 ,「本件審判の請求は,成り立たない 。」と
の審決をし,同年5月8日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は ,次のとおりである 以下 ,

この発明を「本願発明」という 。 。

「 請求項1 】 異物が存在するかもしれない回転する検査対象物であるウエ

ハを照明するための照明光学系と,回転する検査対象物であるウエハからの
散乱反射光を受光し,電流信号を出力するための電流源たる受光部と,
該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流
成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアース
に導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置される
コンデンサ部とから構成され,直流電流成分を除去する直流電流成分除去部
と,
該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅す
るための増幅部と,
該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部と,を有することを特
徴とする異物検出装置 。」
3 審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に頒
布された刊行物である特開平6−249791号公報 以下,
( 審決と同じく, 刊

行物1」という。甲1 )に記載された発明(以下 ,審決と同じく, 引用発明 」

という。 及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの

であり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,という
ものである。なお,審決は,周知技術を示すものとして,特開昭62−198
738号公報(甲2 ) 特開平2−80942号公報(甲3 )及び特開平4−2

83970号公報(甲4)を例示している。
審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,本願発明と引用発
明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(引用発明の内容)
「異物が存在するかもしれない走査される被検査物であるウエハ1に照射す
るための検査光照明装置20と,走査される被検査物であるウエハ1からの
散乱光31を受光し,検出信号を出力するための散乱光検出器34と,
該散乱光検出器34からの検出信号が入力され,該検出信号の直流成分を
カットして出力するためのオフセット処理回路38と,
該オフセット処理回路38からの出力を増幅するための増幅器35と,
該増幅器35からの出力から異物を検出する異物判定装置40と,を有す
る異物検出装置。」
(一致点)
「異物が存在するかもしれない走査される検査対象物であるウエハを照明す
るための照明光学系と,走査される検査対象物であるウエハからの散乱反射
光を受光し,検出信号を出力するための受光部と,
該受光部からの検出信号が入力され,該検出信号中の直流成分を除去して
出力するための直流成分除去部と,
該直流成分除去部からの出力を増幅するための増幅部と,
該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部と,を有する異物検出
装置 。」である点。
(相違点1)
本願発明では,ウエハを回転させて異物を検出するのに対し,引用発明で
は,この構成が明確ではない点。
(相違点2)
本願発明では,受光部が電流信号を出力するための電流源であるのに対し ,
引用発明では,この構成が明確ではない点。
(相違点3)
本願発明では,直流成分を除去する手段として,電流源たる受光部からの
電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部と
の間に配置されるコンデンサ部とから構成しているのに対し ,引用発明では ,
この構成を用いていない点。
第3 取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相
違点を看過した違法(取消事由1) 相違点3の認定判断を誤った違法(取消事

由2)があり,また,被告の予備的主張も失当であるから,審決は取り消され
るべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)
(1) 本願発明と引用発明との対比の誤り
審決は,本願発明と引用発明との対比に際して,引用発明の「オフセット
処理回路38」が本願発明の「直流(電流)成分除去部」に相当するとした
上,本願発明と引用発明とが「該受光部からの検出信号が入力され,該検出
信号中の直流成分を除去して出力するための直流成分除去部」を有する点で
一致する旨認定した。審決は,その前提として,本願発明の構成につき , 直

流『電流』成分を除去する」という特徴的部分を捨象して,単に「直流成分
除去部」とのみ認定し ,また ,本願発明においては, 電流電圧変換 」が, 増
「 「
幅部」ではなく,「直流電流成分除去部」で行われると認定している。
しかし,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載から明らかなよう
に,本願発明では , 直流電流成分を除去 」するのは「直流電流成分除去部」

であり, 電流電圧変換し増幅 」するのは「増幅部」であるから,審決の上記

認定は誤りである。
なお,被告は,本願発明の要旨を特許請求の範囲の記載のとおり認定すべ
きではなく,実施例(図2の回路構成)の記載に基づいて認定すべきである
と主張するが,被告の主張は,審決との論理的一貫性を欠くものであり,失
当である。
(2) 除去される「直流成分」の相違
審決は,本願発明における「直流電流成分 」 「直流電流成分除去部」をそ

れぞれ「直流成分 」「直流成分除去部 」と置き換えて,引用発明と対比して,

一致点を認定している。しかし,除去される「直流成分」は,本願発明では
「直流電流成分」であるのに対し,引用発明では「直流電圧成分」である点
において相違するから,審決は,この点の相違を看過した誤りがある。
本願明細書の請求項1及び段落【0003 】 【0004】 【0007】の
, ,
各記載によれば,本願発明は,異物による散乱光に相当する電流成分に加え
て,ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分が含まれているため,
電流電圧変換回路で変換可能な,すなわち測定可能な異物による散乱光の範
囲が狭く制限されてしまうという問題点を解決するために,電流源である受
光部が出力した異物による散乱光に相当する電流成分と,ウエハ表面自身に
よる散乱光に相当する直流電流成分を含む電流信号から,電流信号に対して
ハイパスフィルターとして機能する直流電流成分除去部が,ウエハ表面自身
による散乱光に相当する直流電流成分を除去し,異物による散乱光に相当す
る電流成分のみを含む電流信号を形成し,この電流信号が,後段に設けられ
電流電圧変換を行い増幅する増幅部や,該増幅部からの出力から異物を検出
する異物検出部で処理することにより,ダイナミックレンジを広く利用する
ことができるとする発明であり, 直流電流成分除去部 」
「 により除去される 直

流成分」は,「直流電流成分」である。
これに対して,引用発明の オフセット処理回路38」
「 が除去するのは, 直

流電流成分」ではなく ,「直流電圧成分」である。刊行物1には,「オフセッ
ト処理回路38」の具体的な回路構成は記載されていない。しかし,直流成
分をカットする旨記載されていること ,その作用は, 散乱光検出器34」の

出力信号波形として,図2及び図4に示されていること,図2には,ベース
ラインの部分に「GND」と表記され, GND」とは接地を意味し,基準電

位(0V ) すなわち「電圧」を示していること ,図4には, mV/div 」
, 「
という「電圧」の単位が明記されていることから,引用発明の「オフセット
処理回路38」が除去するのは,「電流成分」ではなく ,「電圧成分」である
ことが明らかである。
このように,本願発明と引用発明とでは,除去される「直流成分」が異な
る。
(3) 「電流電圧変換 」「直流成分除去」について
審決は,前記のとおり,本願発明における「直流電流成分 」 「直流電流成

分除去部」をそれぞれ「直流成分 」 「直流成分除去部」と置き換えて,一致

点を認定している 。しかし,本願発明では, 直流電流成分 」を除去した後に

電流電圧変換を行うのに対し ,引用発明では ,電流電圧変換を行った後に 直

流電圧成分」を除去している点で相違するので,審決には,上記相違点を看
過した誤りがある。
本願明細書の請求項1,段落【0003】 【0004】 【0007】及び
, ,
図2の各記載が示すように,本願発明は,電流源である受光部が,異物によ
る散乱光に相当する電流成分(パルス成分)及びウエハ表面自身による散乱
光に相当する直流電流成分を含む電流信号を出力し,異物による散乱光に相
当する電流成分と,それ以外の直流電流成分とを含む電流信号を,電流源た
る受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から
分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから構成され,電流信号に
対してハイパスフィルターとして機能する直流電流成分除去部が受け取り,
ここで直流電流成分を除去し,異物による散乱光に相当する電流成分のみの
電流信号として,この電流信号が,後段の電流電圧変換し増幅する増幅部や ,
該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部で処理されるのであり,
直流成分を除去した後に電流電圧変換を行うものである。本願明細書の図面
(特に図2)には,電流源であるフォトマルの出力が抵抗とコンデンサから
なるハイパスフィルターである直流電流除去部に入力され,そのコンデンサ
の出力が増幅器に入力されることが明確に記載されている(なお,本願明細
書の段落【0006】 【0012】には一部不適切な記載があるが,上記の

とおり,本願明細書には,電流源であるフォトマルの出力が抵抗とコンデン
サからなるハイパスフィルターである直流電流除去部に入力され,そのコン
デンサの出力が増幅器に入力されることが明確に記載されているから,段落
【0006】 【0012】の各記載は,本願発明を上記のとおり理解するこ

とを妨げるものではない。 。

これに対し,引用発明では,電流電圧変換を行った後に直流成分を除去し
ている。すなわち,前記(2)で指摘したとおり,刊行物1の図2には,ベース
ラインの部分に「GND」という「電圧 」を示す表記があるから , 散乱光検

出器34」の出力信号波形は電圧信号であって,電圧信号のオフセット成分
を除去していると解される。
このように,本願発明と引用発明とでは,直流成分の除去と電流電圧変換
のタイミングが異なることは明らかである。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)
審決は,相違点3の容易想到性の判断に際し,甲4記載の従来技術を例示し
て, 受光回路において,電流電圧変換を行い直流成分を除去するために ,電流

源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗と,電流源と抵抗の間から分
岐してコンデンサを配置すること」が周知技術であると認定し , 電気回路技術

において,電流電圧変換を行うために,一端を電流源に接続し他端を接地した
抵抗体を用いることや,直流成分を除去するために,コンデンサを用いること
は,それぞれ常套手段」であると判断した。
しかし,そもそも電気回路を構成する抵抗やコンデンサの結合状態を一切考
慮せずに,構成部品単体の作用を取り出して評価することは,不適切である。
のみならず,甲4に従来技術として記載されている直流電圧成分除去部は,受
光部からの信号を抵抗によって電流電圧変換を行い電圧源を構成し,その電圧
信号を入力端子に接続するコンデンサと,その出力端子とアース間に設けられ
た抵抗により構成され,電圧信号に対してハイパスフィルターとして機能を果
たしているものであって,本願発明のように,直流電流成分を除去するもので
はない。
本願発明の直流電流成分除去部は,電流源たる受光部からの電流信号をアー
スに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置される
コンデンサ部とから構成され,電流信号に対してハイパスフィルターとして機
能を果たしているのであり,このような構成とすることは,上記周知技術に基
づいて当業者が容易になし得るとはいえない。
したがって, 引用発明における直流成分を除去する手段を,
「 電流源たる受光
部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増
幅部との間に配置されるコンデンサ部とから構成することは,当業者が容易に
為し得ることである」とした審決の判断は,誤りである。
増幅器のダイナミックレンジでの飽和状態を防止するように設けられた直流
電圧成分を除去するオフセット処理回路を設ける引用発明と,電流源たる受光
部からの電流信号をアースに導く抵抗により電圧信号に変換し,その電圧信号
から直流電圧成分を除去する直流電圧成分除去部が構成される周知技術とを組
み合わせたとしても,電流電圧変換した後に直流電圧成分を除去するものにす
ぎないから,本願発明は当業者であれば予測できる範囲のものではない。
したがって, 本願発明の作用効果は,
「 引用発明及び上記周知技術から当業者
であれば予測できる範囲のものである」とした審決の判断には誤りがある。
3 被告の予備的主張について
被告は,本願発明の「直流電流成分除去部」 「増幅部」を原告主張のとおり

解するとしても,本願発明は,引用発明及び周知技術(実願平1−67670
号のマイクロフィルム〈乙6〉,特開平3−12832号公報〈乙7 〉,特開平
2−263123号公報〈乙8 〉 に基づいて,当業者が容易に発明をすること

ができたものであると主張する。
しかし,乙6∼8は,審決が周知技術であるとした技術的事項ではなく,増
幅器において電流電圧変換を行うという新たな事実を立証するものであるか
ら,審決で審理判断された事実及び証拠を単に補強するものではなく,新たな
拒絶理由を構成する事実を立証するための証拠であって,審決取消訴訟の段階
での提出は認められない。
のみならず,乙6∼8を考慮しても,本願発明は,当業者にとって,容易に
発明をすることができたものではない。
すなわち,乙6∼8では,いずれも,受光素子からの信号を電圧信号に変換
し,バイアス電圧を生じさせるバイアス抵抗と,受光素子の直流分光量をカッ
トし,光量変化分のみを通すためのコンデンサCからなる構成が,記載されて
いる。バイアス抵抗は,一般に増幅回路で,入力信号の交流電圧がグリッドに
掛かっても,グリッドに電流が流れないように信号の電圧より大きい電圧を掛
ける機能を果たすものと解釈される(甲37) したがって,乙6∼8のバイア

ス抵抗は,電流源たる受光部からの電流信号を電圧信号に変換し,バイアス電
圧を生じさせる機能を果たす抵抗部であり,コンデンサと一緒にハイパスフィ
ルターを構成するものではない。すなわち,乙6∼8ではいずれも,ハイパス
フィルターに相当する機能を果たすのは,コンデンサ単体であって,電流源た
る受光部からの電流信号をアースに導くバイアス抵抗は,バイアス成分を生じ
させる別の機能を果たすものである。これに対して,本願発明は,電流源たる
受光部からの異物による散乱光に相当する電流成分,及びウエハ表面自身によ
る散乱光に相当する直流電流成分を含む電流信号をアースに導く抵抗部と,電
流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部により,
電流信号に対するハイパスフィルターとして機能する直流電流成分除去部を構
成し,その後,電流電圧変換が行われるという作用効果を奏するものである。
第4 取消事由に係る被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。また,仮
に審決の認定判断に原告主張の瑕疵があるとしても,下記3のとおり,本願発
明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,上記瑕疵は審決の結論に影響するものではない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について
(1) 本願発明と引用発明との対比の誤り
本願明細書の請求項1における「該電流源たる受光部からの電流信号が入
力され,該電流信号中の直流成分を除去して出力するために,電流源たる受
光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐
し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから構成され,直流電流成分を
除去する直流電流成分除去部と,該直流電流成分除去部のコンデンサ部から
の出力を電流電圧変換し増幅するための増幅部と ,・・・を有する 」との記載
のうち, 該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し

増幅するための増幅部」との部分は,一般に増幅部が電圧増幅又は電流増幅
を行うものであることに照らし, 電流電圧変換し 」
「 という事項を明確に理解
することができない。
そこで,本願明細書の記載(段落【0006】 【0009 】 【0012】
, ,
及び図4∼8等)を参照すると, 検査対象物からの散乱反射光を受光した受

光部の出力電流信号から,直流成分除去部によって直流成分を除去して電圧
信号に変換し,増幅部によって増幅して異物を検出する」という,直流成分
除去部によって電流電圧変換を行うことを明確に表現した記載がある上,具
体的な回路構成としても,直流成分除去部110によって直流成分を除去し
て電流電圧変換し,増幅部114,118,122によって電圧増幅を行う
ことが示唆されている一方,増幅部で電流電圧変換することは何ら記載され
ていない。原告自身,平成18年3月6日付け意見書(甲19)において,
直流成分除去部によって電流電圧変換を行う旨を述べていた。
このように,請求項1の「該直流電流成分除去部からの出力を電流電圧変
換し増幅するための増幅部」という記載は根拠を欠くものであるから,本願
発明は,実施例である図2の回路構成に関する記載に基づいて, 該電流源た

る受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流成分を除去して出
力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,
電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とか
ら構成され,直流成分を除去して電流電圧変換する直流成分除去部と,該直
流成分除去部のコンデンサ部からの出力を増幅するための増幅部と,・・・を
有する」ものと認定すべきである。
「直流電流成分除去部」については,本願の願書に最初に添付した明細書
及び図面(以下「当初明細書」という。甲6)には,直流成分を除去する直
流成分除去部が記載されているのみであって,直流電流成分を除去すること
は記載されていない。また,本願明細書の実施例を見ても,直流電流成分を
除去することを示唆する記載はない。
したがって ,本願発明において , 電流電圧変換 」が, 増幅部」ではなく ,
「 「
「直流電流成分除去部」で行われると認定して,本願発明と引用発明とを対
比した審決に誤りはない。
(2) 除去される「直流成分」の相違
本願発明の要旨は上記(1)のとおり認定すべきであり ,他方 ,刊行物1の段
落【0032 】 【0049】の記載によれば,引用発明が「該散乱光検出器

34からの検出信号が入力され,該検出信号の直流成分をカットして出力す
るためのオフセット処理回路38」を有することは明らかである。
引用発明の「オフセット処理回路38」と本願発明の「直流電流成分除去
部」とは, 該受光部からの検出信号が入力され,該検出信号中の直流成分を

除去して出力するための直流成分除去部」である点で一致し,また,両発明
の「増幅部」は, 該直流成分除去部からの出力を増幅するための増幅部」で

ある点で一致する 。 直流成分除去部 」について,回路構成が同じであれば同

様の機能を奏することになる。
したがって ,本願発明と引用発明との相違点として, 本願発明では ,直流

成分を除去する手段として,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導
く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコン
デンサ部とから構成しているのに対し,引用発明では,この構成を用いてい
ない点」のみを相違点として認定した審決に誤りはない。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
(1) 本願発明の「 直流電流成分除去部」は,電流源たる受光部からの電流信号
をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配
置されるコンデンサ部とから構成されるが,本願明細書には,この抵抗部と
コンデンサ部とが,どのような作用により電流電圧変換と直流電流成分除去
を行うかは,何ら記載されていない。
そして,電流電圧変換を行うために,一端を電流源に接続し他端を接地し
た抵抗体を用いることは,特開平4−201358号公報(乙2)に示され
ており,また,直流成分を除去するために,コンデンサを用いることは,岡
村廸夫著「OPアンプ回路の設計」第12版,CQ出版株式会社,昭和54
年2月1日発行(乙1)や特開昭55−20454号公報(乙3)に示され
ており,これらの点は常套手段である。
(2) 原告は,本願発明の直流電流除去部が,電流信号に対してハイパスフィル
ターの機能を果たしているのに対して,甲4に従来技術として記載された直
流電圧成分除去部は,電圧成分に対して,ハイパスフィルターの機能を果た
しているものであるから,甲4の従来技術に基づいて,本願発明を容易想到
とすることはできない旨主張する。
しかし,本願発明には,直流電流除去部がハイパスフィルターであるとの
限定はなく,直流電流成分を除去して出力するとされているにすぎない。そ
して,甲4の段落【0005】には,従来技術の説明として,DC電圧成分
をカットすることが記載されているが,図6の回路では,直流電流成分がコ
ンデンサC1を流れることはないから ,直流電流成分もカットされることは ,
明らかである。したがって,甲4の従来の技術などにみられる周知技術を用
いることにより,本願発明の相違点3に係る構成を容易想到とした審決の判
断に,誤りはない。
なお,受光回路において,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導
く抵抗部により,電流電圧変換を行い,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅
部との間に配置されるコンデンサ部により,交流電圧成分を取り出すことは ,
甲4のほか,特開昭64−13424号公報(乙4 ) 実公昭59−6019

号公報(乙5)にも示されるように,周知技術である。
(3) 刊行物1の段落【0075 】には,本願発明の作用効果と同様の効果が示
唆されているから ,審決が, 本願発明の作用効果は,引用発明及び上記周知

技術から当業者であれば予測できる範囲のものである」と判断した点に,誤
りはない。
3 予備的主張
仮に ,本願発明の「直流電流成分除去部」「増幅部」について,それぞれ「該

電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を
除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵
抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ
部とから構成され,直流電流成分を除去する直流電流成分除去部」 「該直流電

流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅するための増幅
部」と認定した上で,引用発明との相違点を認定すべきであるとしても,以下
のとおり,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものである。
乙6∼8によれば,受光回路において,電流源たる受光部からの電流信号が
入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源た
る受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分
岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから構成され,直流電流成分を
除去する直流電流成分除去部と,該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの
出力を電流電圧変換するための増幅部とを備えることは,周知の技術である。
そして,上記周知技術は,引用発明と同様の受光回路の分野の技術であるから ,
引用発明の「直流成分除去部」及び「増幅部」に,上記周知技術を適用し,本
願発明の「該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直
流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をア
ースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置され
るコンデンサ部とから構成され ,直流電流成分を除去する直流電流成分除去部 」
及び「該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅
するための増幅部」とすることは,当業者が容易になし得ることである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について
まず ,審決が,本願発明の構成を認定するに当たり , 直流電流成分を除去す

る」という特徴的部分を捨象して,単に「直流成分除去部 」とのみ認定し, 電

流電圧変換」が ,「増幅部」ではなく ,「直流電流成分除去部」で行われると認
定したこと,その結果,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点
を看過した違法があるとする原告の主張の当否を検討する。
(1) 本願明細書の特許請求の範囲(請求項1 )の記載は ,前記第2 ,2のとお
りであり ,その構成要件として, 該電流源たる受光部からの電流信号が入力

され,該電流信号中の直流成分を除去して出力するために,電流源たる受光
部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し
増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから構成され,直流電流成分を除
去する直流電流成分除去部」及び「該直流電流成分除去部のコンデンサ部か
らの出力を電流電圧変換し増幅するための増幅部」がある。
これに対して,審決では,前記第2,3のとおり,本願発明と引用発明と
の一致点・相違点の認定において,本願発明の「直流電流成分除去部」が直
流電流成分を除去するとの構成,及び「増幅部」が電流電圧変換するとの構
成とした認定・判断は行っていない。
したがって,審決は,本願発明の「直流電流成分除去部」が直流電流成分
を除去するとの構成,及び 増幅部」
「 が電流電圧変換するとの構成について ,
引用発明と対比していないので,一致点・相違点についての認定判断を欠い
た誤りがあるといえる。
(2) この点について,被告は,「増幅部」が「電流電圧変換し」という構成は
明確に理解することはできないから,本願明細書を参照すべきであるところ ,
本願明細書には,電流電圧変換は,直流成分除去部によって行い,増幅部で
行われることの記載はないから,特許請求の範囲の記載のとおり認定するこ
とは妥当でない旨主張する。
しかし,上記(1)のとおり ,本願発明の「増幅部」が電流電圧変換するとの
構成は,本願明細書の特許請求の範囲の記載中で明確であるから,被告の主
張はその前提を欠き,失当である。
なお,特許庁審判官が,平成17年12月20日付け拒絶理由通知書(甲
18)において,一般論として「増幅器として典型的なオペアンプを,電流
電圧変換回路として利用することも普通のことである」旨述べた上,本件補
正前の請求項1に係る発明と引用発明の一致点として , 該直流電流成分除去

部からの出力を電流電圧変換し,増幅するための増幅部」を有することを認
定していることに照らせば,本願明細書の請求項1における「該直流電流成
分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅するための増幅
部」との記載における「電流電圧変換し」という構成が,技術常識に照らし
て理解できない,あるいは誤記であることが明らかであるとはいえない。
以上のとおりであり,審決は,本願発明の「直流電流成分除去部」が直流
電流成分を除去するとの構成,及び「増幅部」が電流電圧変換するとの構成
について,引用発明と対比しておらず,本願発明が上記の点において引用発
明と相違するか否かについて判断を遺脱したものであって,この点が審決の
結論に影響することは明らかであるから,審決の認定判断には違法がある。
(3) 結論は以上のとおりであるが,なお補足的に述べる。
ア 本願明細書(甲6,8,20)には,次の記載がある。
(ア) 「 0002】

【従来の技術】
従来の異物検出装置は,異物の存在する可能性のある領域を所定角度
傾斜した方向からレーザ光束によって照明し,異物からの散乱反射光を
フォトマルによって検出する。すなわち,検出信号は,電流電圧変換回
路により電流電圧変換され,出力された電圧信号を変換処理して異物を
検出する 。この従来の電流電圧変換回路200は,図12に示すように ,
電流源であるフォトマル202の出力をOPアンプ204のマイナス入
力端子206に入力し,該マイナス入力端子206と出力端子208を
抵抗210を介して接続してなる。演算回路200の出力によって,異
物の有無やサイズを演算する。
受光部であるフォトマルによって検出される散乱光電流信号には,図
13に示すように,異物による散乱光に相当するパルス成分に加えて,
ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分が含まれる。そして,
図13に示す散乱光電流信号は,電流電圧変換回路200によって図1
4に示す散乱光電圧信号に変換される。
【0003】
【発明が解決する課題】
従来の異物検出装置においては,異物を検出するための検出信号に異
物による散乱光に相当するパルス成分に加えて,ウエハ表面自身による
散乱光に相当する直流成分が含まれているため,電流電圧変換回路で変
換可能な,すなわち測定可能な異物による散乱光の範囲が狭く制限され
てしまうという問題があった。
【0004】
【発明の目的】
本発明は,従来の異物検出装置において,電流電圧変換回路のダイナ
ミックレンジが狭くなって異物による散乱光の検出範囲が狭く制限され
てしまうという問題に鑑みてなされたものであって,電流電圧変換回路
の異物検出のためのダイナミックレンジが広く,従って測定可能な異物
による散乱光の大きさの範囲が広く広範囲のサイズの異物を検出できる
異物検出装置を提供することを目的とする。本発明はまた,ダイナミッ
クレンジの広い部分を有効に利用して高分解能の異物検出を行うことが
できる異物検出装置を提供することを目的とする。
(イ) 「 0005】

【発明の構成】
本発明は,異物が存在するかもしれない回転する検査対象物であるウ
エハを照明するための照明光学系と,回転する検査対象物であるウエハ
からの散乱反射光を受光し,電流信号を出力するための電流源たる受光
部と,
該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流
電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号
をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間
に配置されるコンデンサ部とから構成され,直流電流成分を除去する直
流電流成分除去部と,
該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増
幅するための増幅部と,
該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部と,を有することを
特徴とする異物検出装置である。
本発明の実施態様は,以下のとおりである。上記増幅部が,上記受光
部の出力信号を異なる倍率で増幅する複数の増幅器からなることを特徴
とする。上記増幅部が,上記受光部の出力信号を異なる倍率で増幅する
複数の増幅器からなり,かつ,上記異物検出部が,複数の増幅器のうち
適切なレンジの出力によって異物を検出することを特徴とする。さらに ,
上記増幅部が,該受光部からの出力信号を共通の値に設定されている前
段の抵抗値と後段の抵抗値の比によって異なる増幅倍率で増幅する複数
の増幅器を並列に配置して形成され,上記異物検出部が,上記複数の増
幅器の出力のうち適切なレンジの出力によって異物を検出するように形
成され,かつ大きな倍率の信号から順次判定を行い,最初にオーバーフ
ローしなかった信号を最大値データとして判定するように構成したこと
を特徴とする 。」
(ウ) 「 0007】

【発明の効果】
本発明の異物検出装置によれば,電流電圧変換回路のダイナミックレ
ンジが広く,従って測定可能な異物による散乱光の大きさの範囲が広く
広範囲のサイズの異物を検出できる効果を有する 。本発明によればまた ,
ダイナミックレンジの広い部分を有効に利用して高分解能の異物検出を
行うことができる効果を有する。」
イ 上記のとおり,本願明細書には,①従来の異物検出装置は,検出信号を
電流電圧変換回路により電流電圧変換し,出力された電圧信号を変換処理
して異物を検出するものであったが,検出信号に異物による散乱光に相当
するパルス成分に加え,ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分
が含まれているため ,電流電圧変換回路のダイナミックレンジが狭くなり ,
測定可能な異物による散乱光の範囲が狭く制限されてしまうという問題が
あったことに鑑み,電流電圧変換回路の異物検出のためのダイナミックレ
ンジが広く,測定可能な異物による散乱光の大きさの範囲が広く広範囲の
サイズの異物を検出できる異物検出装置を提供することを目的とするこ
と,②増幅部は,直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電
圧変換し増幅するためのものであって,その実施態様は,受光部の出力信
号を異なる倍率で増幅する複数の増幅器からなることが記載されている。
ウ 確かに,本願明細書中の「発明の詳細な説明」欄の【実施例】に関する
記載(段落【0008 】∼【0012 】 及び実施例に対応する図面を検討

しても,請求項1における「電流電圧変換し増幅するための増幅部」との
構成を,この構成だけで,その内容を正確に理解することには困難が伴う 。
また ,【 作用】検査対象物からの散乱反射光を受光した受光部の出力電流

信号から,直流成分除去部によって直流成分を除去して電圧信号に変換し ,
増幅部によって増幅して異物検出する。(段落【0006 】 との記載もあ
」 )
り,同記載を読む限りにおいては, 直流成分除去部 」が直流成分を除去し

て電圧信号に変換する機能まで担い ,これに対して, 増幅部」が,増幅及

び異物検出機能まで担うものと理解する余地も生ずる。しかし,上記記載
部分は,段落【0006 】までに説明されたまとめとして,作用を中心に ,
タイミングを示したものにすぎないと理解するのが相当であるから,段落
【0006】の記載があることによって,直ちに,本願明細書の請求項1
における「該直流電流成分除去部のコンデンサ部からの出力を電流電圧変
換し増幅するための増幅部」との記載について,技術常識から理解不能で
ある ,あるいは ,誤記と認められるとして , 電流電圧変換 」が「増幅部」

ではなく, 直流(電流 )成分除去部 」で行われると解釈をすることは相当

でない。
エ 以上のとおり,本願明細書に記載された実施例において,電流電圧変換
を行うのがいずれの回路であるかは明らかでないものの,本願明細書には ,
電流電圧変換回路の異物検出のためのダイナミックレンジが広く,測定可
能な異物による散乱光の大きさの範囲が広く広範囲のサイズの異物を検出
できる異物検出装置を提供することが記載されており,電流電圧変換回路
のダイナミックレンジを広くするためには,少なくともそれ以前に直流成
分を除去しなければならないから,本願発明において,電流電圧変換より
前に除去される直流成分が「電流成分」であることは当然であり,また,
まず直流成分除去部で直流電流成分を除去した上で,電流電圧変換し,増
幅するものであると解することができる。
オ この点について,被告は,原告が審判手続の段階で提出した平成18年
3月6日付け意見書(甲19)において,直流成分除去部によって電流電
圧変換を行う旨述べていた旨を主張する。確かに,上記意見書は,原告が
審判手続の段階で本願明細書の特許請求の範囲の記載に基づかない点を述
べていたことを示すものであるが,これをもって,特許請求の範囲の記載
と異なる認定をする根拠にはならない。
また,被告は,当初明細書には,直流成分を除去する直流成分除去部が
記載されているのみであって,直流電流成分を除去することは記載されて
いない旨主張する。しかし,補正後の特許請求の範囲に記載を解釈するに
当たり,参照されるべき対象は,手続に沿って行われた当該補正後の明細
書及び図面であって ,願書に最初に添付した明細書及び図面ではないので ,
この点の被告の主張は失当である。
2 被告の予備的主張について
被告は,本願発明の「直流電流成分除去部」 「増幅部」を原告主張のとおり

解して,引用発明との相違点を認定 ,判断すべきであるとしても,本願発明は ,
引用発明及び周知技術を組み合わせれば,これに基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものであると主張する。そして,周知技術を示すものと
して,実願平1−67670号(実開平3−10319号)のマイクロフィル
ム(乙6 ),特開平3−12832号公報(乙7 ),特開平2−263123号
公報(乙8)を挙げる。
そこで,この点を検討する。
(1) 拒絶査定不服審判請求及び無効審判請求に対する審決取消訴訟において
は,当該審判で審理判断された特定の公知事実との対比における拒絶理由な
いし無効理由と別個の公知事実との対比における拒絶理由ないし無効理由を
主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3
月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁 ) これは ,審判手続において ,

拒絶理由ないし無効理由について,当事者に対してその争点を明確にさせた
上で十分な審理を尽くさせ,専門的知識経験を有する審判官による審判の手
続を経由させるべきであるなど当事者の利益保護に由来するものであるとい
うことができる。したがって,審判において,特定の公知事実との対比にお
ける拒絶理由ないし無効理由の存否が実質的に審理され,かつ,その審理に
おいて,当事者に対する弁明の機会が与えられているときには,審決取消訴
訟において,審決の行った,特定の公知事実と当該発明との一致点・相違点
に関する認定・判断,容易想到性を基礎付ける公知事実の組み合わせの選択 ,
容易想到性の認定・判断などの点において,形式的には異なる拒絶理由ない
し無効理由の存否に係る主張がされた場合であっても,一律的画一的に,当
該主張を審理判断の対象とすることが許されないと解すべきではない。
以下 ,この観点にそって判断する 。本件について審判手続の経緯を見ると ,
本願に関する審判手続において,平成17年12月20日付け拒絶理由通知
(甲18 )が発せられ,同通知には , 引用発明におけるA/D変換器36の

後の異物判定装置40は,電圧で信号処理するのが普通であり,増幅器とし
て典型的なオペアンプを,電流電圧変換回路として利用することも普通のこ
とであることから,引用発明の増幅器35は,電流電圧変換をしていると認
められる 。・・・また,直流成分を除去するために ,抵抗とコンデンサからな
るハイパスフィルターを用いることは,技術分野を問わない周知技術(例え
ば,実願昭61−61605号(実開昭62−173045号)のマイクロ
フィルム ,特開平6−276054号公報(図5 )などを参照されたい 。 で

ある・・・。 などの記載がある。引用発明の「増幅部」及び「直流成分除去

部」に,周知例(乙6∼8)を適用することによって,当業者が容易に本願
発明をすることができるか否かの争点については,審判手続において審理が
され,原告に対してこれに対する意見陳述の機会が与えられていたものと認
めることができる。しかし,他方で,本件訴訟において,被告の予備的主張
の当否を判断をするためには,その前提として,本願発明の「直流電流成分
除去部」及び「増幅部」と,引用発明の各構成とを対比し,その異同を明ら
かにする必要があるというべきであるが,審決は,本願発明を理解するに当
たり , 直流電流成分除去部 」が直流電流成分を除去するとの構成及び「増幅

部」が電流電圧変換するとの構成についての認定を誤り,その結果,引用発
明との対比を誤った瑕疵があるので,この点に関しては,むしろ,審決にお
いて,改めて,出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の存否に
関する主張,立証をする機会を付与した上で,再度の判断をするのが相当で
あるといえる。
(2) 以上のとおりであるから,審判手続において審理判断された公知事実を超
えるものとまではいえないが ,審決の認定の誤りの内容 ,原告に対する主張 ,
立証の機会の保障等の点を考慮して,被告の予備的主張を採用しないことと
する。
3 結論
以上のとおりであるから,原告のその余の主張について検討するまでもなく ,
本訴請求には理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決す
る。
知的財産高等裁判所第3部
裁 判 長 裁 判 官 飯 村 敏 明
裁 判 官 嶋 末 和 秀
裁 判 官 上 田 洋 幸

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