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平成18(ワ)13040特許権侵害差止等請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所
裁判年月日 平成19年4月27日
事件種別 民事
当事者 被告東京応化工業株式会社
原告ローム・アンド・ハース・エレクトロニック・
法令 特許権
特許法36条4項2回
特許法29条2項2回
民法704条1回
特許法102条2項1回
特許法29条1項3号1回
キーワード 特許権39回
無効26回
実施13回
優先権11回
進歩性10回
新規性8回
無効審判6回
侵害2回
差止2回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,被告製品の製造,販売等が原告の特許権を侵害するとして,原告が,被 告に対し,当該特許権に基づく被告製品の製造,販売等の差止め,並びに訴え提起 の日から3年間については不法行為による損害金及び遅延損害金,それ以前につい ては不当利得金及び利息の支払を求めた事案である。

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判決文

平成19年4月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成18年(ワ)第13040号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成19年2月9日
判 決
アメリカ合衆国マサチューセッツ州<以下略>
原告 ローム・アンド・ハース・エレクトロニック・
マテリアルズ・エル・エル・シー
同訴訟代理人弁護士 細谷義徳
同 原田芳衣
同補佐人弁理士 佐伯憲生
同 一入章夫
同 小板橋浩之
川崎市中原区<以下略>
被告 東京応化工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 生田哲郎
同 森本晋
同 齋藤祐次郎
同 高橋隆二
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載のフォトレジスト組成物を製造し,販売し,又は
販売のための展示その他の販売の申出をしてはならない。
2 被告は,原告に対し,次の金員を支払え。
( 1) 金16億8062万円及びこれに対する平成15年6月20日から支払済
みまで年5分の割合による金員,
( 2) 金29億8997万円及びこれに対する平成18年6月27日から支払済
みまで年5分の割合による金員
第2 事案の概要
本件は,被告製品の製造,販売等が原告の特許権を侵害するとして,原告が,被
告に対し,当該特許権に基づく被告製品の製造,販売等の差止め,並びに訴え提起
の日から3年間については不法行為による損害金及び遅延損害金,それ以前につい
ては不当利得金及び利息の支払を求めた事案である。
被告は,これに対し,構成要件の非充足及び進歩性欠如等による特許無効を主張
して争った。
1 前提事実
(1) 本件特許権等
ア 本件特許権
原告は,以下の特許権を有する(以下,この特許権を「本件特許権」といい,本件
特許権に係る発明を「本件特許発明」という。また,別紙特許公報掲載の明細書及び
図面を「本件明細書」という。)。
特許番号 特許第2729284号
発明の名称 フォトレジスト方法及びこの方法に用いる組成物
出願日 昭和62年12月22日
出願番号 特願昭62−323030
公開日 昭和63年9月13日
公開番号 特開昭63−220139
優先権主張番号 2364
優先日 昭和61年(1986年)12月23日
優先権主張国 米国
優先権主張番号 108192
優先日 昭和62年(1987年)10月13日
優先権主張国 米国
登録日 平成9年12月19日
特許請求の範囲(請求項1)
純度が99%以上の乳酸エチルを含む溶剤中に溶解した( a)少なくとも1種のア
ルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ−ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸の
エステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物を含むことを特
徴とするフォトレジスト組成物
(争いのない事実)
イ 構成要件の分説
本件特許発明は,次のとおり分説するのが相当である。
A フォトレジスト組成物であって,
B1 その溶剤は乳酸エチルを含み,
B2 乳酸エチルの純度は99%以上であり,
C 当該溶剤には,以下の( a)及び( b)を含むもの
( a) 少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂,
( b) オキソ−ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリ
エステルの少なくとも1種からなる光活性化合物
ウ 優先権主張の可否
(ア) 本件特許権に関し,原告は,上記優先権主張番号2364号に基づく優先
権を主張できない。
(争いのない事実)
(イ) 被告は,上記優先権主張番号108192号に基づく優先権を主張できな
いと主張している。
(2) 本件訴えは,平成18年6月20日に提起された。
(裁判所に顕著な事実)
2 争点
(1) 被告の行為
(2) 被告製品の構成要件充足性
(3) 無効の抗弁1−明細書記載要件違反1
(4) 無効の抗弁2−明細書記載要件違反2
(5) 無効の抗弁3−補正要件違反による新規性又は進歩性の欠如
(6) 無効の抗弁4−新規性の欠如
(7) 無効の抗弁5−進歩性の欠如
(8) 不当利得及び損害
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告の行為
(原告の主張)
被告は,業として,別紙物件目録1及び2記載のフォトレジスト組成物(以下「被
告製品」といい,目録ごとに分けるときは ,「目録1被告製品」のようにいう。)を
製造し,販売し,又は販売のための展示その他の販売の申出をしている。
(被告の主張)
ア 被告が目録1被告製品を販売していることは認める。
ただし, i 線用フォトレジストのうち TSQR-iQ シリーズは,販売実績がな
く,将来も販売する予定はない。
イ 被告が目録2被告製品を販売していることは否認する。
ウ 被告製品には,g 線用及び i 線用とも,ポジ型及びネガ型とも,少なくと
も乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルの三者混合溶剤を用いたものはない。
(2) 被告製品の構成要件充足性
(原告の主張)
ア 構成要件 A
被告製品は,フォトレジスト組成物であるから,構成要件 A を充足する。
イ 構成要件 B
被告製品は,溶媒に純度99%以上の乳酸エチルを含むから,構成要件 B 1及
び B 2を充足する。
ウ 構成要件 C
被告製品は,アルカリ可溶性樹脂,及びオキソ−ジアゾナフタレンスルホニル又
はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物
を溶解して含有しているから,構成要件 C(a)及び( b)を充足する。
エ 構成要件 B1 及び C(b)の解釈について
(ア) 後記被告の主張エは否認する。
(イ) 後記(3)(原告の主張)イ(ア)b及びcのとおり,本件特許発明においては,
アルカリ可溶性樹脂及び光活性化合物を溶解することができる溶剤であることを前
提とし,また,本件明細書には,例195により,混合溶剤系においても,フォト
レジスト組成物における当該組成物の性能に悪影響を与える部分が,他の溶剤に由
来する不純物ではなく,乳酸エチルに由来する不純物であることが開示されている。
(ウ) したがって,本件特許発明の技術的範囲を,例195に記載された特定の
溶剤の特定の組成比の三者混合溶剤,及び特定の光活性化合物を使用したものに限
定して解すべき理由はない。
(被告の主張)
ア 構成要件 A
原告の主張アは否認する。
イ 構成要件 B
同イは否認する。
ウ 構成要件 C
同ウのうち,目録1被告製品については,構成要件 C(b)を充足することは否認
し,その余は認める。目録2被告製品については,すべて否認する。
エ 構成要件 B1 及び C(b)の解釈
(ア) 後記(3)(被告の主張)のとおり,本件特許権の特許請求の範囲の記載は,
本件明細書に開示された技術的事項を超えた不当に広範囲なものとなっている。
(イ) したがって,構成要件 B1 は,不純物ジエチルサクシネートを精製により
除去した乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルの三者混合溶剤に,構成要件 C
(b)は,2,3,4−トリヒドロキシベンゾフェノンのオキソ−ジアゾナフタレン
−スルフォナートトリエステル光活性化合物に限定して解釈されるべきである。
(3) 無効の抗弁1−明細書記載要件違反1
(被告の主張)
ア 特許請求の範囲の記載
(ア) 溶剤の意義
本件特許発明の構成要件 B1 で規定される溶剤は,その文言から,以下のそれぞ
れの溶剤を含むものとして理解され得る。
① 乳酸エチル単独溶剤でもよい。
② 乳酸エチルと他の溶剤との混合溶剤でもよい。
③ 混合溶剤の場合,乳酸エチルと他の混合溶剤との組成比は問わない。
④ 混合溶剤の場合,他の溶剤の種類は問わない。
⑤ 混合溶剤の場合,他の溶剤の純度,不純物の種類は問わない。
⑥ 乳酸エチルの純度が99%以上であれば,乳酸エチル中の不純物の種類,組成
比を問わない。
(イ) 99%以上
構成要件 B の「99%以上」は,99%を超えるものだけでなく,99%を含
む。
イ 発明の詳細な説明における開示内容
(ア) 溶剤について
a 本件明細書の発明の詳細な説明には,乳酸エチルの単独溶剤を用いた例は
なく,例195をはじめ,乳酸エチル,アニソール,酢酸アミルを用いた三者混合
溶剤の例が記載されている。しかも,例195で約99%純度より高い乳酸エチル
を用いた溶剤の組成比は,乳酸エチル51.79 g,アニソール9.58 g,酢酸
アミル9.58 g という組成比のみである。
しかし,乳酸エチル,アニソール,酢酸アミルの混合溶剤以外の混合溶剤や,例
195の混合溶剤とは異なる組成比の場合に,例195に記載の効果と同じような
効果があることは,自明ではない。このことは,純度99%以上の乳酸エチルの単
独溶剤を用いた場合も同様である。
b また,例195の対比試験で用いられた光活性化合物は,例15のもので
あり,これは構成要件 C(b)を充足するものであるが,それ以外の光活性化合物を
用いたレジスト組成物についても例195に記載の効果と同じような効果があるこ
とは自明ではない。
c さらに,純度99%以上の乳酸エチルを含むすべての溶剤を用いた場合に,
例195と同じレジスト組成物の保存安定性があることについては,本件明細書に
一切記載がない。
d 本件明細書によれば,単独溶剤の乳酸エチルには,例195で使用された
組成物中の光活性化合物(例15のもの)は不溶とされている。例15の光活性化合
物が溶解しない以上,例1の樹脂と例15の光活性化合物の溶剤として乳酸エチル
の単独溶剤を用いることはあり得ないので,乳酸エチル単独溶剤を用いた場合に優
れたレジスト組成物の保存安定性があるとはいえない。
e 乳酸エチルの単独溶剤ではなく,乳酸エチルと他の溶剤との混合溶剤を用
いるとしても,溶剤いかん,光活性化合物いかんにより可溶性が異なることから,
乳酸エチル,アニソール,酢酸アミルの混合溶剤を用いたとしても,使用される光
活性化合物いかんにより,例195と同じような効果を奏するとは保証されない。
(イ) 99%以上について
例195では,あくまで乳酸エチルの純度が約99%より高いとされているだけ
であり,99%以上とはされていない。
ウ まとめ
(ア) 溶剤について
このように,本件明細書に記載されている例195のみでは,上記ア(ア)のすべ
ての場合につき,当業者が容易にその実施ができる程度に,その発明の目的,構成
及び効果が記載されているとはいえない。
(イ) 99%以上について
また,本件明細書に記載されている例195のみでは,99%の場合につき,当
業者が容易にその実施ができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載され
ているとはいない。
(ウ) 結論
そうすると,本件特許権に係る特許は,昭和62年法律第27号による改正前の
特許法(以下「昭和62年改正前特許法」という。」)36条3項の規定する要件を満
たしていない特許出願に対してされたものであり,特許無効審判により無効にされ
るべきものであるから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができな
い。
(原告の主張)
ア 特許請求の範囲の記載
(ア) 溶剤の意義
被告の主張ア(ア)は認める。
(イ) 99%以上
同ア(イ)は認める。
イ 発明の詳細な説明における開示内容
(ア) 溶剤について
a 同イ(ア)は否認する。
b 本件特許発明は,フォトレジスト組成物にあって,純度が99%以上の乳
酸エチルを含む溶剤中に,少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及びオキソ−ジア
ゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも
1種からなる光活性化合物が溶解したものを含むことを特徴とするものである。す
なわち,本件特許発明においては,上記各成分を溶解することができる溶剤である
ことを前提として,そのような溶剤のうち乳酸エチルを含有しているものについて
規定しているのであり,溶解しているか否かという点は,本件特許発明における技
術的な前提である。
c 本件明細書記載の例195では,混合溶剤に含まれる不純物として,各溶
剤中に含有される不純物の種類と総量を規制しなくても,また,他の溶剤に含有さ
れる不純物が特定されなくても,当該混合溶剤における乳酸エチルの不純物さえ規
制すれば,混合溶剤の不純物を規制することができることが確認されている。すな
わち,本件明細書には,例195により,混合溶剤系においても,フォトレジスト
組成物における当該組成物の性能に悪影響を与える部分が,他の溶剤に由来する不
純物ではなく,乳酸エチルに由来する不純物であることが開示されている。
(イ) 99%以上について
a 同イ(イ)は否認する。
b 本件明細書の例195には,「ガスクロマトグラフィーで測定して約9
9%純度より高い,新たに蒸留した乳酸エチルを用いて調製した。」(甲2の17頁
右欄下から18行∼16行)と記載されている。ここに記載されている純度は,ガ
スクロマトグラフィーで測定した結果であり,必ずしも絶対的な数値化が容易では
ないことから,安全を期して「約99%純度より高い」と記載されているのであり,
その意味するところは,少なくとも99%以上の純度であったということである。
ウ まとめ
同ウは否認する。
(4) 無効の抗弁2−明細書記載要件違反2
(被告の主張)
ア 本件特許発明の必須の構成
前記(3)(被告の主張)イ(ア)からすると,例195にしか開示がない本件特許発明
においては,溶剤が,乳酸エチル(しかも,ジエチルサクシネートを精製により除
去したもの),アニソール及び酢酸アミルの三者混合溶剤(しかも,特定の組成比の
もの)であること,光活性化合物が例15のものを用いたレジスト組成物であるこ
とは,必須の構成と解される。
イ 本件特許発明の特許請求の範囲の記載
ところが,本件特許発明の構成要件は,前記(3)(被告の主張)ア(ア)のとおり,上
記アで限定された溶剤以外の溶剤(構成要件 B1)及び光活性化合物(構成要件 C(b))
からなるレジスト組成物をも含むように記載されている。
ウ まとめ
よって,本件特許発明の特許請求の範囲は,発明の構成において欠くことができ
ない事項のみを記載していないものであり,本件特許権に係る特許は,昭和62年
改正前特許法36条4項の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされた
ものというべきであり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原
告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない。
(原告の主張)
ア 本件特許発明の必須の構成
被告の主張アは否認する。
例195においては,本質的に純粋な乳酸エチルの重要性が具体例によって示さ
れているのであり,この事項が本件特許発明における必須の要件である旨も本件明
細書には開示されている。
よって,本件明細書は,昭和62年改正前特許法36条4項の規定する要件を満
たしている。
イ 本件特許発明の特許請求の範囲の記載
同イは認める。
ウ まとめ
同ウは否認する。
(5) 無効の抗弁3−補正要件違反による新規性ないし進歩性の欠如
(被告の主張)
ア 補正の内容
平成8年10月9日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)により,
本件特許発明のレジスト組成物に使用される溶剤は,「純度99%以上の乳酸エチ
ルを含む溶剤」とされた。
イ 溶剤についての当初明細書の記載
前記(3)(被告の主張)イ(ア)で延べたことと同様に,本件特許権の出願に当たり願
書に最初に添付された明細書及び図面(乙2(出願日から公開時までは明細書の補正
がない。)。以下「当初明細書」という。)にも,本件特許発明の構成要件 B1 及び B2
で規定される事実上無限の組合せからなる溶剤を用いるレジスト組成物は記載され
ていない。
したがって,当初明細書の記載は,乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルの混
合溶剤を用いるという構成に限られていた。
ウ 99%以上についての当初明細書の記載
当初明細書記載の例195においても,蒸留後の乳酸エチル純度につき,ガスク
ロマトグラフィー分析により「約99%より高い」とされていた。
この記載によれば,ガスクロマトグラフィーによる実測値は,99%超であった
かもしれないことになり,当初明細書の記載は,99%という純度を含むことは必
ずしも意味していない。
エ 出願日の繰り下がり
したがって,本件補正の結果,本件特許発明は,当初明細書に記載された事項の
範囲内ではないことになり,本件特許権の出願日は,本件補正の日である平成8年
10月9日に繰り下がった。
オ 新規性又は進歩性の欠如
同日を出願日とすると,本件特許発明は,本件特許権の公開特許公報(乙2。特
開昭63−220139,公開日:昭和63年9月13日)により,新規性又は進
歩性を欠くことになる。
カ まとめ
よって,本件特許権は,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,
原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない。
(原告の主張)
ア 補正の内容
被告の主張アは認める。
イ 溶剤についての当初明細書の記載
同イは否認する。
ウ 99%以上についての当初明細書の記載
(ア) 同ウは否認する。
(イ) 前記(3)(原告の主張)イ(イ)bと同様である。
エ 出願日の繰り下がり
同エは否認する。
オ 新規性又は進歩性の欠如
同オは否認する。
カ まとめ
同カは否認する。
(6) 無効の抗弁4−新規性の欠如
(被告の主張)
ア 引用例1
(ア) 特開昭62−123444号公報(乙18。以下「引用例1」という。)は,
本件特許権の第2優先権主張日(昭和62年(1987年)10月13日)より前の昭
和62年6月4日に公開された特許公報である。
(イ) 開示に係る技術
引用例1に開示された発明及び本件特許発明のレジスト組成物は,典型的なg線
用,i線用レジスト組成物であるノボラック+ナフトキノンジアジド( NQD)レジ
ストを対象とする。
これらレジスト組成物は,引用例1(1頁右欄6行∼11行)に記載のように,フ
ォトマスクに忠実で,かつ,高い解像度のレジストパターンが得られるものである
ことが要求される。その結果,引用例1の出願日の時点において,解像度の優れた
アルカリ可溶性樹脂を用いたレジスト組成物が多用されていた。
(ウ) 解決すべき課題
これらレジスト組成物では,レジスト組成物保存中の粒子発生の問題が指摘され
ていた。例えば,引用例1には,「しかし,アルカリ可溶性樹脂と感放射線性化合
物を溶剤に溶解させてなるレジスト組成物を,例えば,孔径0.2μmのフィルタ
で濾過したのち放置すると,目視では観察し得ない微粒子が生成し,微粒子の生成
したレジスト組成物をさらに長期にわたって保存すると,やがては沈殿の発生を見
るに到る場合がある。このようなレジスト組成物中で発生する微粒子は粒径が0.
5μm以上のものもある。このように大きい微粒子を含有するレジスト組成物を用
いて1μm程度のレジストパターンをウエーハ上に形成する場合に,現像によりレ
ジストが除去される部分に微粒子が残り,解像度が低下するという問題を有す
る。」(1頁右欄15行∼2頁左上欄7行)と記載されている。
また,引用例1には,「前記のような微粒子を含有するレジスト組成物から形成
されたレジストパターンを介して,基板をエッチングすると,レジストパターンに
より覆われた基板部分にもピンホールが発生し,集積回路作製時の歩留りが悪化す
る原因となる。」(2頁左上欄8∼12行)とも記載されている。
(エ) その他開示事項
引用例1には,上記のほか,以下の記載がある。
a ノボラック+ NQD レジスト組成物の保存中の微粒子の発生を防止する上
で,溶剤として,「モノオキシモノカルボン酸エステル類に他の溶剤全量の例えば
70重量%未満程度,好ましくは50重量%未満,特に好ましくは30重量%未満
の範囲で混合する」と好ましい結果がある(2頁右下欄3∼7行)。
b モノオキシモノカルボン酸エステル類の例として,2−オキシプロピオン
酸エチル(注:これは,構成要件 B1 の乳酸エチルである 。 ,2−オキシプロピオ

ン酸メチル(注:これは,合成乳酸エチルの典型的な不純物の乳酸メチルである。)
等が例示されている(2頁右上欄3行∼右下欄2行)。
c 他の溶剤として,エチレングリコールモノエチルエーテルや酢酸ブチル等
が例示されている(2頁右下欄8行∼3頁左上欄4行)。
d しかし,モノオキシモノカルボン酸エチル溶剤の純度とレジスト発生の関
係については,明示的な記載がされていない。
e アルカリ可溶性樹脂としてノボラック樹脂が挙げられ,これは,o−クレ
ゾール, m −クレゾール, p −クレゾール等のフェノール類と,ホルムアルデヒド
等のアルデヒド類との付加重合で得られることが記載されている(3頁左上欄5∼
左下欄9行)。
f 「例示した各種1,2−キノンジアジド化合物(これは,本件特許発明の構
成要件 C(b)の光活性化合物である。)のうちで本発明に使用するモノオキシモノカ
ルボン酸エステルの効果が顕著に出るものは,ヒドロキシル基を分子中に3つ以上,
特に4つ以上有するポリヒドロキシ化合物の1,2−キノンジアジドスルホン酸エ
ステル類である。」(5頁右下欄8∼13行)。
g 実施例1には, m −クレゾール/p −クレゾール=6 /4(重量比)の混合ク
レゾールとホルムアルデヒドとを付加縮合して得たノボラック244 g,エチレン
グリコール−ジ(3,4,5−トリヒドロキシベンゾフェノン)−1,2−ナフトキ
ノンジアジド−5−スルホン酸ペンタエステル56 g,及び2−オキシプロピオン
酸エチル900 g からポジ型感放射線性樹脂組成物を調製したこと,HIAC/ROYCO
社製自動微粒子計測器で調製直後のポジ型感放射線性樹脂組成物中の微粒子数を測
定したところ,粒径0.5μm以上の微粒子数は15個 /ml であったこと,並びに
このポジ型感放射線性樹脂組成物を40℃にコントロールされた恒温槽に入れ1か
月間保存した結果,目視判定では微粒子の存在はなく,かつ自動微粒子計測器で測
定した微粒子は10個 /ml とほとんど変化しなかったことが記載されている(7頁
右上欄15行∼8頁左上欄3行)。
h 比較例1
「溶剤を2−オキシプロピオン酸エチルからメチルセロソルブアセテートにかえ
た以外は実施例1と同様にポジ型感放射線性樹脂組成物を調製した。調製直後の粒
径0.5μm以上の微粒子数は8個 /ml,ピンホール密度は0.1個 /cm2 であった。
このポジ型感放射線性樹脂組成物を実施例1と同様に40℃で1ヶ月保存したとこ
ろ,目視判定では微粒子はなかったが,自動微粒子計測器で測定した0.5μm以
上の異物の数は1000個 /ml と増加し,ピンホール密度も2.0個/cm2 と増加し
ていた。」(8頁左上欄4行∼15行)。
i 実施例2∼6
「実施例1において,溶剤を2−オキシプロピオン酸エチルから表1に示すもの
にかえた以外は実施例1と同様にポジ型感放射線性樹脂組成物を調製し,調製直後
の組成物と40℃で1ヶ月間保存した組成物につき,粒径0.5μm以上の微粒子
数およびピンホール密度を実施例1と同様にして測定したところ,いずれの溶剤も
微粒子およびピンホール密度を増加させないことがわかった。」(8頁左上欄16行
∼右上欄4行)。
j 発明の効果
「本発明によれば,アルカリ可溶性樹脂および感放射線性化合物を特定の溶剤に
溶解させることにより微粒子の発生数を低下させることができ,レジスト性能の変
化のほとんどない感放射線性樹脂組成物を得ることができ,特にポジ型感放射線性
樹脂組成物においてその効果は顕著である。」(10頁左下欄)。
イ 一致点及び相違点の認定
(ア) 一致点
上記ア(イ)∼(エ)によれば,引用例1には,構成要件 A, B1 及び C からなるレジ
スト組成物が開示されるとともに,その組成物の保存中の粒子発生を防止する上で,
乳酸エチルを含む溶剤(構成要件 B1)を用いることが効果があることが開示されて
いたと解される。
(イ) 相違点
本件特許発明は,乳酸エチルの純度につき,「純度99%以上」と規定しているの
に対し,引用例1に記載された発明はこの点を規定していない点で相違する。
ウ 相違点についての判断
引用例1の出願時の周知技術にかんがみると,以下のとおり,本件特許発明は,
引用例1により実質的に開示されており,新規性がない。
(ア) 株式会社武蔵野化学研究所の報告書(乙20。以下「武蔵野化学報告書」と
いう。)によれば,同社は,日本合成ゴム株式会社に対し,引用例1の出願日前か
ら,純度が99%以上の合成乳酸エチルを販売していた。
(イ) 「 ORGANIC SYNTHESES Collective Volume 4 」(乙22。1967年5月第
2版,ジョン・ウィリー・アンド・サンズ・インコーポレイテッド発行。以下「引
用例2」という。)467頁∼468頁には,乳酸エチルについても,ガラスビーズ
を充填したカラムを通して蒸留することによって,市販品として入手した純度9
9%の乳酸エチルを精製して使用したことが記載されている。
(ウ) したがって,引用例1に明示の記載がなくとも,本件特許権の出願時点の
周知技術を前提とすると,引用例1のレジスト組成物に使用される乳酸エチルにつ
いても,純度が99%以上のものを採用することは当然である。
エ まとめ
そうすると,本件特許発明は,引用例1に実質上開示されているということがで
きるから,本件特許発明は,特許法29条1項3号に違反して特許されたものであ
り,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告に対し,
本件特許権を行使することができない。
(原告の主張)
ア 引用例1
被告の主張アは,明らかに争わない。
イ 一致点及び相違点の認定
同イは,明らかに争わない。
ウ 相違点についての判断
(ア) 同ウのうち,(ア)(武蔵野化学報告書)及び(イ)(引用例2)の各記載は認め,
その余は否認する。
(イ) 武蔵野化学報告書に記載されている事項は,個人的な出来事にすぎず,本
件特許権の出願当時において,フォトレジスト組成物の溶剤として純度99%以上
の乳酸エチルが当業者に周知であったことを立証するものではない。
(ウ) 引用例2には,ピルビン酸エチルの製造方法が記載されており,当該方法
は,石油エーテルを溶剤として,乳酸エチルを過マンガン酸カリウムで酸化すると
いうものである。引用例2のどこにも乳酸エチルを溶剤とすることは記載されてお
らず,フォトレジスト組成物の溶剤としての使用に関しては全く記載されていない。
また,引用例2は,単に純度99%の乳酸エチルが公知であったことを示すのみ
であり,本件特許発明と引用例1の発明の相違点であるフォトレジスト組成物の溶
剤として純度が99%以上の乳酸エチルを使用することが周知であることは,何ら
立証されていない。かえって,引用例2には,試薬グレードの乳酸エチルでさえ一
部を除き市販品には満足できるものがなく,蒸留等の精製が必要であることが開示
されており,ましてや溶剤グレードの乳酸エチルについては,99%以上の純度の
乳酸エチルなどなかったということが示唆されている。
エ まとめ
同エは否認する。
(7) 無効の抗弁5−進歩性の欠如
(被告の主張)
ア 引用例1
前記(6)(被告の主張)アに同じ。
イ 一致点及び相違点の認定
前記(6)(被告の主張)イに同じ。
ウ 容易想到性
(ア) 引用例3
浅原照三ら編「溶剤ハンドブック」(乙23。昭和59年5月10日第5刷,株式
会社講談社発行。以下「引用例3」という。)には,以下の記載がある。
・ 市販されている溶媒には多種多様の原因で不純物が混入してくるので,使用す
る溶媒について熟知しなければならず,これを使用する際には,混入する不純物の
うち少なくとも使用目的に合わないものを除去すべきこと(41頁左欄下から6行
∼下から1行 )。
・ 入手する溶媒の大部分が不純物を含有しており,混入されると予想される種々
の不純物の測定法があること(同頁右欄8行∼16行)。
・ 一般の溶媒は種々の原因により不純物を含有しているところ,これらの不純物
が溶媒の使用目的に悪影響を与えなければ,そのまま使用しても差し支えないが,
少なくとも使用目的に支障を来す不純物を支障を来さない限度までに除去しなけれ
ばならないこと(42頁左欄11行∼26行)。
・ 最も多く含まれている不純物は水であること(42頁左欄23行∼24行)。
(イ) 引用例5
右高正俊編著「 LSI プロセス工学」(乙25。昭和57年10月25日第1版第1
刷,株式会社オーム社発行。以下「引用例5」という 。)には,以下の記載がある。
・ IC を形成するパターン幅が狭くなると,ウェハ上に付着した0.1μm程度
の小さなじんあいでも悪影響を及ぼすようになること(192頁)。
・ 「半導体のプロセスで使用している薬品の主なものは,無機薬品(フッ酸,硝酸,
硫酸など ),有機溶剤(メタノール,アセトン,トリクロルエチレンなど ),ホト
レジストおよび関連薬品である。これら薬品の純度は,特級,1級のほかに電子工
業用という EL 級があ」ること(193頁下から3行∼最終行)。
・ 「薬品中の固形粒子数は,…空気中や超純水中のそれと比べてはるかに多い」こ
と(194頁5行∼7行)。
・ 「ホトレジストに異物が混入していると,塗布した際にその部分でピンホール
が発生し,素子特性に致命的な欠陥をもたらす。ホトレジストには,薬品製造過程
中に混入する異物に加え,ホトレジストの経時変化でできるゲル状の固形物が含ま
れることがあるので,塗布する直前に再度ホトレジストをろ過するのが望ましい」
こと(194頁最終行∼195頁4行)。
(ウ) 当業者の常識
上記(ア)及び(イ)によれば,溶剤に関して,市販品には多くの場合不純物が含まれ
ており,使用目的によっては障害となることがあること,純度の高いものを購入し
ても保存中に分解して不純物を発生するので,使用に先立って少なくとも水や使用
目的に悪影響を及ぼす不純物を除去しなければならないことは,当業者の常識とな
っていたといえる。例えば,1ミクロン線幅を有する集積回路作成時に使用する g
線用ないし i 線用レジスト組成物製造の際,レジスト組成物メーカーとしては,購
入した溶剤を使用前に精製しないで漫然使用するということは,およそ考えられな
い。
(エ) 容易想到性
上記(ウ)の当業者の常識からすると,乳酸エチルについても,使用に先立って蒸
留によって精製した純度99%以上のものを用いた例が知られていたのであるから,
引用例1に記載された発明において,その中で用いられる乳酸エチルをあらかじめ
蒸留して純度99%以上にして使用する程度のことは,当業者ならば容易に想到す
ることができた。
(オ) まとめ
よって,構成要件 B2 は,レジスト組成物のメーカー(当業者)が当然に試行する
精製の結果得られる当然の構成を規定したにすぎず,結局,構成要件 B2 において
乳酸エチルの純度99%以上という数値限定をしたこと自体には,本件特許発明の
進歩性は認められない。
エ 結論
そうである以上,本件特許権は,特許法29条2項に違反して特許されたという
無効理由があるから,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,
被告に対し,本件特許権を行使することができない。
(原告の主張)
ア 引用例1
被告の主張アについては,上記( 6)(原告の主張)アに同じ。
イ 一致点及び相違点の認定
被告の主張イについては,上記( 6)(原告の主張)イに同じ。
ウ 容易想到性
(ア) 引用例3
同ウ(ア)は認める。
(イ) 引用例5
同ウ(イ)は認める。
(ウ) 当業者の常識
同ウ(ウ)は否認する。
(エ) 容易想到性
a 同ウ(エ)は否認する。
b 一般論として使用目的に悪影響を及ぼす不純物を除去しなければならない
としても,どのような場合に障害があるのかを予測することはできないから,上記
一般論だけから,フォトレジスト組成物の溶剤としての乳酸エチルが含有する不純
物の除去を当業者が容易に想到することができたとすることはできない。
c 引用例3には,溶媒に関する一般的な記載がされているだけであり,フォ
トレジスト組成物における溶剤である乳酸エチルについては何ら言及されていない
ため,多種多様な種類の溶剤が存在する中で,乳酸エチルが,フォトレジスト組成
物の溶剤として,当該フォトレジスト組成物の特性に悪影響を与える不純物を含有
していることについては,開示も示唆もされておらず,フォトレジスト組成物にお
ける溶剤の乳酸エチルを精製してみようという動機付けも,開示も示唆もされてい
ない。
d この点は,引用例5においても同様である。
e したがって,「純度が99%以上の乳酸エチル」とすることは,当業者であ
っても容易に想到することはできなかった。
(オ) まとめ
同ウ(オ)は否認する。
エ 結論
同エは否認する。
(8) 不当利得及び損害
(原告の主張)
ア 不当利得
(ア) 被告の製造・販売量
被告は,平成9年12月19日から平成15年6月19日までの間に,日本にお
いて,販売価格において1億7524万米ドルの被告製品を製造し,日本を含む世
界において販売した。
(イ) 実施料相当額
本件特許発明を実施する場合の相当実施料率は,販売価格に対し8%である。
よって,実施料相当額は,1401万9200米ドルである。
1億7524万米ドル×8%=1401万9200米ドル
(ウ) 為替交換比率
平成10年から平成14年までの5年間における為替交換比率は,平均1ドル当
たり119.88円である。
よって,上記(イ)の金額は,日本円でほぼ16億8062万円に相当する。
1401万9200米ドル×119.88円≒16億8062万円
(エ) 原告の損失
したがって,被告は,少なくとも16億8062万円の不当利得を得,それによ
り,原告は,同額の損失を受けた。
(オ) 悪意
a 被告は,本件特許権について,平成10年9月17日特許庁に対して特許
異議の申立てをしたが,平成11年1月5日の特許異議決定により本件特許権が維
持された。
b 被告は,この特許異議手続により,本件特許権の内容を知り,したがって,
被告製品が本件特許発明の技術的範囲に含まれることも知ったから,民法704条
の悪意の受益者に該当する。
(カ) まとめ
よって,原告は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき16億8062万円
及びこれに対する平成15年6月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による利息の支払を求める。
イ 損害(特許法102条2項)
(ア) 被告の製造・販売量
被告は,平成15年6月20日から平成18年6月19日までの3年間に,日本
において,販売価格において8386万米ドルの被告製品を製造し,日本を含む世
界において販売した。
(イ) 被告の利益率
上記(ア)の期間における粗利益率は,32%を下回るものではない。
よって,被告の利益は,2683万5200米ドルである。
8386万米ドル×32 %=2683万5200米ドル
(ウ) 為替交換比率
上記(ア)の期間における為替交換比率は,平均1ドル当たり111.42円であ
る。
よって,上記(イ)の金額は,日本円でほぼ29億8997万円に相当する。
2683万5200米ドル×111.42円≒29億8997万円
(エ) まとめ
よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,29億8997万円の損害金
及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
原告の主張のうち,ア(オ)a(異議決定における維持)は認め,その余は否認する 。
第3 当裁判所の判断
1 無効の抗弁5(進歩性の欠如)について
(1) 引用例1並びに一致点及び相違点の認定
引用例1が,優先権主張番号108192号の優先日より前の昭和62年6月4
日に公開されたこと及び引用例1の開示内容(前記第2,3(6)(被告の主張)ア),
並びに一致点及び相違点の認定(同イ)については,原告において明らかに争わない
から,これを自白したものとみなす。
(2) 相違点についての判断
ア 当業者の常識
(ア) 引用例3
引用例3に以下の記載が存在することについては,当事者間に争いがない。
・ 市販されている溶媒には多種多様の原因で不純物が混入してくるので,使用す
る溶媒について熟知しなければならず,これを使用する際には,混入する不純物の
うち少なくとも使用目的に合わないものを除去すべきこと(41頁左欄下から6行
∼下から1行 )。
・ 入手する溶媒の大部分が不純物を含有しており,混入されると予想される種々
の不純物の測定法があること(同頁右欄8行∼16行)。
・ 一般の溶媒は種々の原因により不純物を含有しているところ,これらの不純物
が溶媒の使用目的に悪影響を与えなければ,そのまま使用しても差し支えないが,
少なくとも使用目的に支障をきたす不純物を支障をきたさない限度までに除去しな
ければならないこと(42頁左欄11行∼26行)。
・ 最も多く含まれている不純物は水であること(42頁左欄23行∼24行)。
(イ) 引用例5
a 引用例5に以下の記載が存在することについては,当事者間に争いがない。
・ IC を形成するパターン幅が狭くなると,ウェハ上に付着した0.1μm程度
の小さなじんあいでも悪影響を及ぼすようになること(192頁)。
・ 「半導体のプロセスで使用している薬品の主なものは,無機薬品(フッ酸,硝酸,
硫酸など ),有機溶剤(メタノール,アセトン,トリクロルエチレンなど ),ホトレ
ジストおよび関連薬品である。これら薬品の純度は,特級,1級のほかに電子工業
用という EL 級があ」ること(193頁下から3行∼最終行)。
・ 「薬品中の固形粒子数は,…空気中や超純水中のそれと比べてはるかに多い」こ
と(194頁5行∼7行)。
・ 「ホトレジストに異物が混入していると,塗布した際にその部分でピンホール
が発生し,素子特性に致命的な欠陥をもたらす。ホトレジストには,薬品製造過程
中に混入する異物に加え,ホトレジストの経時変化でできるゲル状の固形物が含ま
れることがあるので,塗布する直前に再度ホトレジストをろ過するのが望ましい」
こと(194頁最終行∼195頁4行)。
b 乙25によれば,引用例5には,更に次の記載があることが認められる。
「従来 LSI の生産はクリーンルーム内で行われてきたが,今後はクリーンルーム
を使うことによる環境の清浄化のみならず,洗浄に使用する脱イオン純水や薬品,
あるいはドーピングガスなどに含まれる異物の除去もますます重要になってく
る。」(192頁10行∼12行)
イ 検討
(ア) 引用例3には,溶剤(溶媒)に関する一般的な記載があるのみであるが,こ
れによれば,本件特許権の出願当時既に,市販の溶剤には多くの場合不純物が含ま
れており,使用目的によっては支障を来すおそれがあること,このため,溶剤の使
用に当たり,少なくともその使用目的に支障を来さない限度にまで精製して不純物
を除去し,溶剤の純度を高める必要があることは,一般的化学常識として,当業者
により認識されていたことが認められる。
(イ) 半導体製造の分野でも,引用例5によれば,本件特許権の出願当時既に,
微細加工である LSI の生産に当たり,その高集積化に伴い,0.1μ m 程度の小
さなじんあいでも LSI 生産の各工程において悪影響を及ぼすようになるという問題
が認識されていたことが認められる。
さらに,引用例5には,半導体製造のプロセスで使用している薬品の主なものと
して,無機薬品,有機溶剤のほか,フォトレジスト等も列挙されるとともに,これ
ら薬品の純度について,特級,1級のほか,電子工業用に EL 級という特別に純度
の高い仕様が設けられていることが示されている。
加えて,引用例5においては,フォトレジストに異物が混入していると,塗布し
た際にその部分でピンホールが発生し,素子特性に致命的な欠陥をもたらすこと,
及び,その異物として,フォトレジストには,製造過程中に混入するもののほか,
フォトレジストの経時変化によりできるゲル状の固形物が含まれることがあること
から,塗布する直前に再度フォトレジストをろ過することが望ましいことが記載さ
れている。
以上によれば,半導体製造の分野においても,本件特許権の出願当時既に,フォ
トレジスト組成物中に経時変化により生じるゲル状の固形物の存在及びその除去が
当業者にとって周知の課題及び解決手段であったことが認められる。
(ウ) 乙13によれば,本件特許権の出願当時,溶剤として使用される乳酸エチ
ルの市販品として,純度97%又は98%以上のものが販売されていたことが認め
られるところ(6∼7頁),当事者間に争いがない引用例2の記載(第2,3( 6)(被
告の主張)ウ(イ))によれば,本件特許権の出願当時既に,純度99%以上の乳酸エ
チルも市販されていたことが認められる。
(エ) 本件明細書の記載によれば,本件特許権の出願当時,溶剤の不純物を除去
するために行われる精製法として,蒸留という手法が一般に行われていたこと,及
びこれにより乳酸エチルの純度を99%以上にすることについては特に技術的に困
難な問題はなかったことがそれぞれ認められる。
(オ) 以上によれば,引用例1に記載された発明において,フォトレジスト組成
物の保存安定性の向上を目指して,溶剤として使用するに先立ち,乳酸エチルから
蒸留により精製して不純物を除去し,その純度を99%以上と構成することは,当
業者が容易に想到することができたことと認められる。
(カ) そして,上記(ウ)のとおり,本件特許権の出願当時,溶剤として使用され
る乳酸エチルの市販品として,純度97%又は98%以上のものが販売されていた
ことを考慮すると,本件明細書記載の例195のみをもって,乳酸エチルの純度を
99%以上と規定したことによる効果が格別顕著なものであると認めることもでき
ない。
(3) 原告の主張に対する判断
原告は,引用例3及び5は溶媒に関する一般的な記載がされているだけであり,
フォトレジスト組成物における溶剤のうち乳酸エチルに着目し,その不純物に着目
することを動機付ける記載も示唆もないから,溶剤に含まれる乳酸エチルの純度を
99%以上にすることは,当業者であっても容易に想到し得えたことではない旨主
張する。
確かに,引用例1は,フォトレジスト組成物の保存安定性向上を図る上で,溶剤
に含まれる乳酸エチルの純度を99%以上にすることに意義があることについて明
示的に言及しておらず,また,これを示唆する記載も見当たらない。
しかし,引用例1には,フォトレジスト組成物の溶剤の1つとして乳酸エチルが
挙げられていること,本件特許権の出願当時の一般的化学常識としても,半導体製
造の分野における当業者の認識としても,溶剤の使用に当たってはその使用目的に
支障を来さない程度にまで純度の高いものを使用する必要性が認識されていたこと
などを考慮すれば,引用例1に記載された発明において,溶剤として「純度99%
以上の乳酸エチル」を採用することは,当業者であれば容易になし得たことという
ほかはない。また,上記(2)イ(カ)のとおり,「純度99%以上の乳酸エチル」の構成
を採用したことによる効果も,格別顕著なものとまではいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) まとめ
以上によれば,本件特許権は,特許法29条2項に違反して特許された無効理由
があるから,特許無効審判により無効にされるべきものであり(同法123条1項
2号),原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない(同法104条
の3)。
2 結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由が
ないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官杉浦正樹及び裁判官賴晋一は,転勤のため署名押印することができない。
裁判長裁判官
市 川 正 巳
(別紙)
物件目録
1.被告の g 線用フォトレジストである OFPR シリーズ及び TSMR シリーズ,
並びに i 線用フォトレジストである TSCR シリーズ, THMR-iP/iN シリーズ,
TDMR-AR シリーズ,及び TSQR-iQ シリーズのうち,その商品名につき,シリー
ズ名の後のアルファベットの各配列中に,アルファベットのエル(L)を含む文字列
が付加された商品名のもの。
2.被告の g 線用フォトレジスト及び i 線用フォトレジストのうち,その他溶剤
中に純度99%以上の乳酸エチルを使用しているもの(前項に含まれるものを除
く。)。
以 上

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