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平成17(行ケ)10818審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成19年3月1日
事件種別 民事
当事者 被告日本ケミカルリサーチ株式会社
原告ブリストル−マイヤーズスクイブカンパニー
対象物 タキソールを有効成分とする制癌剤
法令 特許権
特許法29条1項3号7回
特許法36条5項5回
特許法36条5項1号5回
特許法29条2項3回
特許法123条1項2号1回
キーワード 審決24回
実施16回
無効12回
刊行物9回
分割4回
特許権2回
無効審判2回
優先権1回
新規性1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 本件は,特許を無効とした審決の取消しを求める事案であり,原告は無効とされ た特許の特許権者,被告は無効審判の請求人である。

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判決文

平成17年(行ケ)第10818号 審決取消請求事件
平成19年3月1日判決言渡,平成19年2月8日口頭弁論終結
判 決
原 告 ブリストル−マイヤーズ スクイブ カンパニー
訴訟代理人弁護士 阿部隆徳,弁理士 青山葆,田村恭生,岩崎光隆,品川永敏
被 告 日本ケミカルリサーチ株式会社
訴訟代理人弁理士 早坂巧,山本佳希
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2004−80218号事件について平成17年7月28日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,特許を無効とした審決の取消しを求める事案であり,原告は無効とされ
た特許の特許権者,被告は無効審判の請求人である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「タキソールを有効成分とする制癌剤」とする特許
第2848760号(平成5年7月15日に出願(パリ条約による優先権主張19
92年(平成4年)8月3日米国),平成10年11月6日に設定登録。以下「本
-1 -
件特許」という。)の特許権者である。
(2) 被告が本件特許について無効審判の請求をしたところ(無効2004−8
0218号事件として係属),特許庁は,平成17年7月28日,「特許第284
8760号の請求項1∼3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決を
し,同年8月3日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(平成16年6月10日訂正審決確定による訂正後の
もの)
【請求項1】 固形癌,白血病または卵巣癌に罹患し,かつ過敏症反応を軽減ま
たは最小化するために予備投薬されており,タキソールによる治療に伴う血液学的
毒性を呈する恐れのある患者を治療するためのタキソールを含有する薬剤であっ
て,約135 mg/m 2 ∼約275 mg/m 2 のタキソールが約3時間に渡り投与され
るように,非経口投与用に包装された薬剤。
【請求項2】 該患者が固形癌または白血病に罹患し,かつ過敏症反応を軽減ま
たは最小化するために予備投薬されており,タキソールの用量が175 mg/m 2よ
り大で約275 mg/m2以下である,請求項1記載の薬剤。
【請求項3】 該患者が卵巣癌に罹患し,かつ過敏症反応を軽減または最小化す
るために予備投薬されており,タキソールの用量が175mg/m2より大で約275
mg/m2以下である,請求項1記載の薬剤。
3 審決の理由の要点
審決の理由は,以下のとおりであって,要するに,請求項1に係る発明(以下,
各発明は請求項の番号に従い「本件特許発明1」のようにいう。)は,本件特許出
願の優先日前に頒布された刊行物(甲1ないし4)に記載された発明と同一である
ので,特許法29条1項3号に該当し,無効とすべきものである,本件特許発明1
ないし3は,本件特許出願の優先日前に刊行物(甲1及び5ないし8)に記載され
た発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,これら
の発明についてされた本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたもの
-2 -
で,無効とすべきものであり,また,本件特許は,明細書の記載が特許法36条5
項1号(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号,以下同
じ。)に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたもので,無効とす
べきものである,というのである。
(1) 特許法29条1項3号について
(1)-1 本件特許発明1と審判甲1(本訴甲1,Annals of Oncology, Vol.3, No.S1 (1992) p.119
-120(1992年4月15日国立がんセンター図書館受け入れ),以下「甲1」という。)について
(29条1項3号)
甲1には,従来,抗癌薬(制癌剤)であるタキソールは副作用のために24時間の連続注入が行わ
れていたところ,カナダ及び欧州で,卵巣癌患者について24時間に対して3時間の注入時間,17
5mg/m2に対してより低い135mg/m2の用量での投与の実行可能性を評価するための4群に分け
た試験が行われたことが記載されている。この4群の試験が,1)投与時間24時間で用量175mg
/m2,2)投与時間3時間で用量175mg/m2,3)投与時間24時間で用量135mg/m2,4)投与
時間3時間で用量135mg/m2の4群で行われたことは明らかであるから,甲1には,卵巣癌の患
者に,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口
的に投与することが記載されているといえる。そして,従来,タキソールは副作用のために24時間
の連続注入が行われていたが,3時間投与も高投与量のデキサメサゾン,シメチジン及びジフェンヒ
ドラミンのような予防手段が付随的に採られたならば実行可能と判明したとの記載からみて,当該欧
州−カナダ試験では,タキソールの3時間投与が予防手段を伴って,実行されたものであると理解で
きる。この予防手段とは,デキサメサゾン,シメチジン及びジフェンヒドラミンを投与することによ
って,タキソールを注入する際の過敏症反応を予防するものであって,予防手段として用いる薬剤
は,前もって投与するものと解するのが自然であるから,予防手段は「予備投薬」に相当し,タキソ
ールの毒性として好中球減少を挙げるとの記載は,タキソールを投与された患者が血液学的毒性を呈
する恐れがあることを指している。
そうすると,本件特許発明1は甲1に記載された発明と同一である。
(1)-2 本件特許発明1と甲2(本訴甲2,Journal of the National Cancer Institute, Vol.83,
No.24 (1991) p.1778-1781,以下「甲2」という。)について(29条1項3号)
甲2には,タキソールについて24時間注入と予備投薬療法によって過敏症反応の発生率と重症度
-3 -
を実質的に低下させることができたが,予備投薬療法が施された場合に24時間注入が必要なのか否
か検討することを目的の一つとして,卵巣癌の患者において,135と175mg/m2の投与量で,
3時間注入と24時間注入とを比較する,欧州−カナダの試験が行われている旨記載されている。す
なわち,甲第2号証には,卵巣癌の患者に,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg
/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与することが記載されているといえる。そして,予備投
薬が施された場合にも注入時間として24時間が必要があるのか検討することを目的とするものであ
るとの記載からみて,この試験は,予備投薬を行った上で,3時間注入と24時間注入を比較する試
験であり,甲2は予備投薬を伴った3時間注入に言及していることは明らかである。また,甲2に
は,タキソールが患者に血液学的毒性の一種である好中球減少を起こすものであることも記載されて
いる(1779頁左欄8∼11行)。
したがって,本件特許発明1は,甲2に記載された発明と同一である。
(1)-3 本件特許発明1と審判甲3(本訴甲3,Contemporary Oncology (1992年3月) p.29-36,以
下「甲3」という。)について(29条1項3号)
甲3には,タキソールについての卵巣癌患者に投与される2通りの異なった投与量(135mg/
m2対175mg/m2)及び2通りの異なったスケジュール(24時間対3時間)の2要因型欧州−カ
ナダ試験が記載されている。この記載からみて,この試験が,1)投与時間24時間で用量175mg
/m2,2)投与時間3時間で用量175mg/m2,3)投与時間24時間で用量135mg/m2,4)投与
時間3時間で用量135mg/m2の4群で行われたことは明らかであるから,甲3には,卵巣癌の患
者に,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口
的に投与することが記載されているといえる。
甲3には,第I相臨床家及びNCIが,24時間注入と,予防的な抗アレルギー予備投薬の利用を
推奨しており,第II相試験は,24時間スケジュールと予防的な抗アレルギー剤投薬とを用いて行
われ,進行性の卵巣癌について,それに続く広範な第II相試験の原動力となる高活性を示す結果が
得られた旨記載されたとおり,第II相試験においては,第I相試験で推奨された24時間注入,予
備投薬による治療方法が踏襲され,実際に効果を示したことが理解できる。そして,甲3には,さら
に,薬剤供給が限られているタキソールを賢明に使用するために最適な投与方法・スケジュールを検
討することの重要性に言及した上で,欧州−カナダ試験が効率的な試験を許容する2要因型のもので
ある旨記載されている。この記載から明らかなように,甲3に記載の欧州−カナダ試験は,175mg
-4 -
/m2及び135mg/m2の2通りの投与量と3時間及び24時間の2通りの投与時間を比較するよう
に設計された試験であって,予備投薬の要不要を検討するものではない。そして,甲3に記載の欧州
−カナダ試験における注入時間の一方は,第I相試験後に推奨され,卵巣癌について高活性が示され
た第II相試験で踏襲された,予備投薬を伴う24時間注入と同じ24時間であるから,注入時間の
比較のために行われた3時間注入においても,予備投薬を行なったものと理解できる。
また,甲3には,タキソールが患者に血液学的毒性を起こすものであることも記載されている。
そうすると,本件特許発明1は,甲3に記載された発明と同一である。
(1)-4 本件特許発明1と審判甲4(本訴甲4,Canadian Oncology Nursing Journal, Vol.2, No.2
(1992年5月) p.47-50,以下「甲4」という。)について(29条1項3号)
甲4には,卵巣癌の患者を対象とした試験で,タキソールの最適投与量と最適注入時間を決定する
ために,用量175mg/m2又は135mg/m2のタキソールが,3時間又は24時間をかけて投与
される4群での試験が記載されている。すなわち,甲4には,卵巣癌の患者に,タキソールを制癌剤
として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与することが記載さ
れているといえる。また,甲4には,この試験では,過敏症反応を予防するために予備投薬が行われ
たこと及びタキソールが患者に血液学的毒性を起こすものであることも記載されている。
したがって,本件特許発明1は,甲4に記載された発明と同一である。
(1)-5 甲1∼4の記載事項に対する被請求人の主張について
a.被請求人は,甲1∼4は,本件特許発明1の新規性を否定するものとはなりえない旨主張して
いるが,その概要は,以下のとおりである。
被請求人は,タキソールの抗腫瘍剤としての有用性は知られていたが,タキソールを投与すると,
血液学的毒性や過敏症等の強い副作用,毒作用を引き起こすため,臨床的なタキソールの使用が躊躇
され,副作用,毒作用を抑えつつ,優れた抗腫瘍作用を発揮させるための望ましいタキソールの投与
方法について研究が行われていたことを挙げ,さらに,「留意すべきことに,甲2には,そのような
時点においてもなお,『最適な治療投与量及びタキソールについての投与量−応答効果の重要性に関
し,依然暗闇の中にいる』として,タキソールの最適投与条件がなお不明であるとしている。」と述べ
ている。また,被請求人は,審判甲5(本訴甲5,The Lancet, Vol.339 (1992年6月) p.1447-1448,
以下「甲5」という。)を引用して,「留意すべきことは,本件特許における優先日の直前に発表さ
れたこの甲5の時期においても,最適投与条件についてなお,不明である趣旨の記載が見られること
-5 -
である。すなわち,・・・『その興奮にもかかわらず,・・・好ましい結果は少ないであろう。』こ
のように,この甲5が発行された,本願の優先日(1992年)8月3日の直前・・・の段階におい
てさえ,タキソールが本当に有効であるかどうかはっきりせず,むしろ効果がネガティブであると考
えられていたのである。」と述べている。
また,被請求人は,甲1∼4に記載の欧州−カナダ試験を行った研究者の宣誓供述書を提出し,本
件優先日においても,欧州−カナダ試験の総合データ及び分析結果は公表されておらず,甲1の記載
は,推測の域を出るものでなく,甲2∼4の記載も単なるプロトコールの内容紹介の域を出るもので
ない旨主張している。
そこで,被請求人の上記主張に関し,以下検討する。
b.本件優先日前に知られていたタキソールの卵巣癌に対する治療効果についてみると,甲1には,
それ以前に行われたタキソールの試験でシスプラチン抵抗性の患者で応答がみられたことが記載され
ている(甲1の119頁右下欄1∼11行)。また,甲2及び3には,タキソールが進行した卵巣癌
に対して高い応答率が示したことが記載され(甲2の1778頁右欄44行∼1779頁左欄12行
及び甲3の29頁左欄1∼12行,32頁左欄15行∼33頁左欄下から2行,34頁右欄3行∼下
から12行),甲5には,タキソールの投与が卵巣癌において30%の応答率を示したとのMacGuire
らの1989年の報告が記載されたとおり(1447頁右欄16∼21行及び1448頁左欄下から
5行∼下から3行),癌に対するタキソールの治療効果に関し,甲1∼4発行の時点においては,す
でに多くの肯定的な報告によって,治療効果のある1回の投与量も明らかになっていた。
そして,甲2の「この試験で用いられているこれら2通り投与量の違いは,高度に前治療を施され
且つ全体として薬物抵抗性である患者集団において有意な投与量−応答効果を検出するには,十分な
幅のものではないかも知れない。」(1779頁右欄49行∼53行)との記載から明らかなように,
被請求人が指摘した甲2の「最適な治療投与量及びタキソールについての投与量−応答効果の重要性
に関し,依然暗闇の中にいる」という記載は,臨床試験において有効性を評価する上で,応答に有意
な差が検出できるよう試験がデザインされているかどうかを論じたものであって,タキソールの有効
性を否定するものではない。また,被請求人が指摘した甲5の記載は,マスコミにより煽られて作り
出される過度な期待のマイナス面を指摘したものであって,これもタキソールの癌に対する治療効果
を否定するものではない。
また,被請求人の主張及び提出した乙号証を検討しても,他に本件特許出願の優先日前のタキソー
-6 -
ルの有効性を否定する根拠は見出せない。
c.上記b.からみれば,甲1に記載の試験が行われた時点では,主に副作用低減の観点から実用
化に向けた臨床試験が行われていたことが理解され,甲1に記載された3時間注入の薬剤が卵巣癌に
対する治療効果のある薬剤として投与されたことを理解することができる。
また,甲1に記載の3時間注入についての欧州−カナダ試験は,タキソールの投与時に注意すべき
副作用として過敏症反応等があることが当業者の常識であった状況下で,予備投薬を行った場合に3
時間投与の実行可能性を検討するために行われ,当然に過敏症反応等について観察しながら行われた
ものである。その上で,甲1に「実際,3時間という注入時間の投与スケジュールは,高投与量のデ
キサメサゾン,シメチジン及びジフェンヒドラミンのような予防手段が付随的に採られたならば,実
行可能であることが判明した。」と記載されているとおり,甲1には,予備投薬によって,3時間投
与においても許容範囲にまで副作用が低減されたことが記載されている。
そうすると,甲1に記載された欧州−カナダ試験について,試験結果が正式なものとして公表され
ていなかったとしても,本件特許出願の優先日前の当業者の技術常識を考慮すれば,甲1に記載され
た薬剤が,卵巣癌の治療に使うための薬剤として記載されていることを理解することができるのであ
るから,本件特許発明1は甲1に記載された発明ではない旨の被請求人の上記主張は採用することが
できない。
d.すでに上記b.で述べたとおり,タキソールの治療効果に関し,甲2発行の時点では,多くの
肯定的な報告によって,治療効果のある1回の投与量も明らかになっていた。
そして,甲2には,従来,注入時間を24時間とし,予備投薬を行うことによって,過敏症反応が
低減されることが知られていたが,注入時間の変更と予備投薬を加えることが同時に行われたため,
予備投薬を行った場合に,24時間注入が本当に必要であるのかどうかを評価すべき問題として欧州
−カナダ試験が行われていることが記載されていることからみて,甲2に記載の3時間注入について
の欧州−カナダ試験は,当然に過敏症反応等について観察されているものである。タキソールに限ら
ず,重大な副作用があることが知られている薬剤の投与中に,その兆候が見られれば,直ちに投与が
中止されることは医療上の常識であるところ,甲2には,この試験が実行されていることが記載され
ており,甲2に記載の欧州−カナダ試験における3時間投与は副作用の点においても許容範囲内のも
のであることを理解することができる。
そうすると,甲2に記載された欧州−カナダ試験について,試験結果が正式なものとして公表され
-7 -
ていなかったとしても,本件特許出願の優先日前の当業者の技術常識を考慮すれば,甲2に記載され
た薬剤が,卵巣癌の治療に使うための薬剤として記載されていることを理解することができるのであ
るから,本件特許発明1は甲2に記載された発明ではない旨の被請求人の上記主張は採用することが
できない。
e.すでに上記b.で述べたとおり,タキソールの治療効果に関し,甲3発行の時点においては,
すでに多くの肯定的な報告によって,治療効果のある1回の投与量も明らかになっていた。そして,
甲3には,それ以前の試験がタキソールは有効かつ毒性の点で許容できるものであることを報告して
いる旨記載しており,3時間注入についての欧州−カナダ試験は,投与時間と投与量の最適化の点か
ら効率的な評価を行うために設計されたものである旨記載されている。このように,甲3には,3時
間注入についての欧州−カナダ試験における薬剤が卵巣癌に対する治療効果を有し及び過敏症反応に
ついても許容可能なものとして記載されていることを理解することができる。
そうすると,甲3に記載された欧州−カナダ試験について,試験結果が正式なものとして公表され
ていなかったとしても,本件特許出願の優先日前の当業者の技術常識を考慮すれば,甲3に記載され
た薬剤が,卵巣癌の治療に使うための薬剤として記載されていることを理解することができるのであ
るから,本件特許発明1は甲3に記載された発明ではない旨の被請求人の主張は採用することができ
ない。
f.すでに上記b.で述べたとおり,タキソールの治療効果に関し,甲4発行の時点においては,
すでに多くの肯定的な報告によって,治療効果のある1回の投与量も明らかになっていた。甲4に
は,予備投薬を施した上で,135mg/m2及び175mg/m2の用量のタキソールを3時間に渡っ
て投与した際に経験した副作用について詳細な報告があり(甲4の49頁∼50頁),この投与方法
では許容できないような重篤な副作用は見られなかったことが理解できる。
そうすると,甲4に記載された欧州−カナダ試験について,試験結果が正式なものとして公表され
ていなかったとしても,本件特許出願の優先日前の当業者の技術常識を考慮すれば,甲4に記載され
た薬剤が,卵巣癌の治療に使うための薬剤として記載されていることを理解することができるのであ
るから,本件特許発明1は甲4に記載された発明ではない旨の被請求人の主張は採用することができ
ない。
(2) 特許法29条2項について
(2)-1 本件特許発明2について(29条2項)
-8 -
すでに(1)で述べたように,甲1∼4には,卵巣癌の患者に,過敏症反応を防止するための予備投
薬を伴って,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり
非経口的に投与する欧州−カナダ試験が記載されている。また,たとえば甲5に,タキソールの投与
が卵巣癌において30%の応答率を示したとのMacGuireらの1989年の報告が記載されている(1
447頁右欄16行∼21行及び1448頁左欄下から5行∼下から3行)ように,本件特許出願の
優先日においても,甲1∼4に記載された上記欧州−カナダ試験の薬剤が卵巣癌に対する治療効果を
有し,副作用の点でも許容可能なものであると理解できることは,すでに(1)で述べたとおりであ
る。平成17年6月10日の口頭審理の調書によれば,甲1∼4に記載された欧州−カナダ試験は,
同じ試験をさすことは,両当事者が認めているので,甲1に記載された欧州−カナダ試験の薬剤と,
本件特許発明2を対比すると,甲1の薬剤の治療対象疾患である卵巣癌は固形癌の一種であるから,
両発明は,「固形癌に罹患し,かつ過敏症反応を軽減または最小化するために予備投薬されており,
タキソールによる治療に伴う血液学的毒性を呈する恐れのある患者を治療するためのタキソールを含
有する薬剤であって,タキソールが約3時間に渡り投与されるように,非経口投与用に包装された上
記薬剤。」である点において一致し,次の点で相違する。
<相違点>
本件特許発明2においては,タキソールの用量が175mg/m2より大で約275mg/m2以下で
あるのに対し,甲1に記載された欧州−カナダ試験においては,175mg/m2及び135mg/m2
である点。
上記相違点につき,検討する。
タキソールの許容投与量に関し,本件特許出願の優先日前の刊行物である審判甲6(本訴甲6,
Seventy-sixth annual meeting of the American Association for Cancer Research, Vol.26 (1985)
p.169,以下「甲6」という。)には,先に化学療法を受けた11人を含む12人の固形癌患者を対
象に行った第I相試験において,3時間注入で160mg/m2まで安全に投与でき,更なる投与量の
増加が予定されている旨記載されている(169頁右下欄)。甲6の後に発行された,甲1には,2
4時間注入については265mg/m2が最大許容投与量であることが記載されている(119頁左下
欄)。また,24時間よりも短い,6時間注入についても,275mg/m2が最大許容投与量であり
(審判甲7(本訴甲7,Proceedings of American Society of Clinical Oncology, Vol.8 (1989)p.82,
以下「甲7」という。)82頁左下欄1行∼23行及び31行∼35行),第II相臨床試験の推奨
-9 -
投与量は250mg/m2であること(審判甲8(本訴甲8,Cancer Research, Vol.47 (1987)p.2486
-2493,以下「甲8」という。)2486頁左欄30行∼31行)が本件特許出願の優先日前の刊行
物に記載されている。このように,すでに本件特許出願の優先日前に,24時間注入と,これより短
い6時間注入のいずれにおいても,最大許容投与量が175mg/m2を超えて約275mg/m2まで
達することが当業者に知られていたといえる(なお,特に化学療法の影響をあまり受けていない患者
では,より多い用量で投与可能なことが周知であることは,たとえば,甲2の1778頁右欄44行
∼1779頁左欄12行及び甲3の24時間注入において未治療か最小限の前治療のみを受けた患者
では,200∼250mg/m2まで安全に投与できるとの記載からも明らかである。)。
このような状況下において,甲1に記載された欧州−カナダ試験の3時間注入で用いる薬剤につい
ても,甲5∼8の記載に基づき,卵巣癌等の固形癌に対し,より有効性を高めるために,或いは未治
療か最小限の前治療のみを受けた患者について上記試験で実施された175mg/m2及び135mg/
m2に代えて,175mg/m2を超える用量とすること,より具体的には,24時間注入及び6時間注
入において確認されている最大投与量まで投与量を増加してみることは,当業者が容易に想到し得た
ことである。
したがって,本件特許発明2は,本件特許出願の優先日前に,甲1及び甲5∼8に記載された発明
に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)-2 本件特許発明3について(29条2項)
本件特許発明3は,本件特許発明2において,患者が卵巣癌に罹患している場合に相当するもので
ある。そして,甲1に記載された欧州−カナダ試験は,卵巣癌に対するものであるから,上記本件特
許発明2について述べたのと同様の理由で,本件特許発明3は,本件特許出願の優先日前に,甲1及
び甲5∼8に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3) 特許法36条5項について
本件特許発明2及び3は,3時間投与である本件特許発明1において,タキソールの用量が175
mg/m2より大で約275mg/m2以下に限定されたものである。
被請求人は,明細書【0012】の「好ましい態様において,タキソールの注入は6時間未満の期
間,好ましくは約3時間に渡り行われ,その際の投与量は約135mg/m2∼約275mg/m2,好
ましくは約135mg/m2∼約175mg/m2・・・丸塊注入または短時間(1∼3時間)の注入が
アナフィラキシー反応または他の過敏症反応を誘発するという,また6−24時間までの注入時間の
延長とを組み合わせた予備投薬のみがもっとも重度のアレルギー反応を低減または排除するであろう
という従来の理解を勘案すると,これらの結果は驚くべきものである。」との記載及び【0041】
の「より高投与量のタキソールで治療しうる患者には,約275mg/m2までのタキソールが投与で
き」との記載を根拠に,3時間投与で175mg/m2より高用量でタキソールを投与することが明細
書に記載されていた旨主張している。
被請求人の上記主張に関し,本件明細書中の記載を検討すると,「本発明は,癌に罹患した患者に,
24時間を越えない期間に渡り,分割して,又は逐次的に,又は同時に,投与されるように配合さ
れ,包装された,抗−腫瘍的に有効な量のタキソールと,致命的なアナフィラキシー−様反応を防止
するのに十分な薬物とを含む制癌剤である。」(【0011】),「もう一つの態様においては,予
備治療後に135mg/m2のタキソールを24−時間の注入により投与する。」(【0012】),
「また,低タキソール投与量,例えば約135mg/m2を約3時間∼約28時間の注入により投与す
ることができ,この場合にも依然として抗−腫瘍的に有効である。」(【0014】)との記載があ
り,A:24時間 175mg/m2,B:3時間 175mg/m2,C:24時間 135mg/m2,
D:3時間 135mg/m2の4群に分け175名の患者で試験した結果について「本発明のタキソ
ールの投与法の利用により,157名の患者に対して少なくとも14%の全体としての目標応答率が
得られる。」などの記載がある(【0016】,【0023】,【0025】)。これらの記載か
ら,本件明細書には,3時間の投与期間だけでなく,24時間投与を含め,約3時間∼約28時間の
投与期間の発明が記載されていると理解することができる。
そして,被請求人が指摘する【0041】の「更に,より高投与量・・・」という記載は,「本発
明のプロトコールに従ったタキソールによる治療中に患者中に見られた諸毒性に依存して,注入期間
を延長もしくは短縮でき,あるいはタキソールの投与量を減少もしくは増大でき,結果としてタキソ
ールでの癌の治療におけるより高い寛容度を得ることができる。」という記載に続けられており,こ
の部分に投与期間に関する説明は特に加えられていないことからみれば,「より高投与量で治療しう
る・・・」との【0041】の記載は何も3時間投与に限定して記載されたものではないと解される。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,他に175mg/m2より大で275mg/m2以下の
用量を3時間に渡り投与することについて記載されていない。
そうすると,明細書中の実施例(試験)における用量を含まず,また,明細書中に3時間投与につ
いての好ましい用量の範囲と全く重複しない範囲である「175mg/m2より大で約275mg/m2
以下」の範囲に敢えて限定した3時間投与が明細書に記載されているということはできない。
したがって,本件明細書には,約175mg/m2より大で約275mg/m2以下のタキソールが約
3時間に渡り投与される発明が記載されているとはいえないから,本件特許発明2及び3は,明細書
に記載された発明であるとはいえない。
(4) 審決のむすび
以上のとおりであるから,本件特許発明1は,本件特許出願の優先日前に頒布された刊行物(甲1
∼4)に記載された発明と同一であるので特許法29条1項3号に該当し,本件特許発明1∼3は,
本件特許出願の優先日前に甲1及び甲5∼8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであるので,これらの発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反して
されたものである。したがって,本件特許発明1∼3についての特許は特許法123条1項2号の規
定により無効とすべきものである。
また,本件特許は,明細書の記載が特許法36条5項1号に規定する要件を満たしていない特許出
願についてされたものであるから,同法123条1項3号の規定により無効とすべきものである。
第3 当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由
(1) 特許法29条1項3号について
審決は,本件特許発明1が甲1ないし4に記載された発明と同一であると認定し
たが,誤りである。
ア 本件特許発明は,多くの医薬発明にみられるような,新しい化合物を合成し,
その薬効を見出した場合とは異なり,公知物質であって,しかも薬理作用(抗癌作
用)も副作用も既に知られていた化合物について,癌患者の治療に使用することを
可能とする用法,用量を解明,特定することによって完成された医薬組成物に関す
るものである。本件特許発明の有効成分であるタキソールは,抗癌物質として知ら
れていたが,その著しい副作用のゆえに,本件特許発明前において,治験薬として
臨床試験に供されてはいたものの,果たして癌患者の治療に現実に使用可能な医薬
品となり得るものか否か不明であった。本件特許発明は,そのような段階にあった
タキソールについて,癌患者の治療に使用することを可能とする用法,用量を解明,
特定することによって完成された医薬組成物に関するものであって,これにより,
タキソールは,現実に医薬品として承認の対象となり得るまでに至ったのである。
イ 甲1ないし4に,「卵巣癌の患者に,タキソールを制癌剤として175 mg
/m 2及び135 mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与すること」が記載
されていることは認める。しかしながら,甲1ないし4においては,タキソールを
制癌剤として175 mg/m 2 及び135 mg/m 2 の用量で3時間にわたり非経口的
に投与することの有効性及び安全性は未だ試験中であって,確立されていないので
あるから,甲1ないし4には,当業者が特別の思考を要することなく,本件特許発
明1を実施し得る程度に発明が記載されていないし,構成だけでは,どのような効
果を有するかも当業者が容易に理解することはできないのである。
また,甲1ないし4は,臨床試験の途上における発表であり,副作用の問題は未
だ克服されておらず,現実の患者への投与を可能ならしめるものではないのであっ
て,甲1ないし4の技術内容は,医師が反復実施して現実の患者への有効かつ安全
な投与という技術効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的なものとし
ては構成されていないから,発明として未完成であり,引用発明とはなり得ない。
ウ したがって,本件特許発明1が甲1ないし4に記載された発明と同一である
とした審決の認定は,誤りである。
(2) 特許法29条2項について
審決は,本件特許発明2及び3が,本件特許出願の優先日前に甲1及び5ないし
8に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたと判断した
が,誤りである。
ア 仮に特定の癌患者に対してタキソールを175 mg/m 2 又は135 mg/m 2
の投与量で3時間注入で試験することが甲1に開示されているとしても,甲1に
は,当該投与時間で投与量を増加して,同様に,有効かつ安全に用い得るか否かに
ついては何の記載も示唆もない。また,甲1及び5ないし8には,予備投薬された
特定の癌患者に対して限定された用量範囲のタキソールを用いることにより,従来
にない抗腫瘍剤としての優れた効果をもたらし,毒性軽減効果を示すことについて
何の記載も示唆もない。従来,6時間や24時間で投与されていた薬剤を3時間で
投与することは,代謝,排泄の早さを超える速度で薬剤が投与され,薬剤の血中濃
度がはるかに高くなる可能性があるから,有効性を高めることもあるが,副作用を
助長するおそれもあり,また,135 mg/m 2 をはるかに超える275 mg/m 2 を
治療に使用することは,甲1ないし4記載の用量を治療に使用すること以上に,医
師にとって困難なものである。
イ また,甲5ないし8は,甲1と同様に,臨床試験の途上における発表であ
り,副作用の問題は未だ克服されておらず,現実の患者への投与を可能ならしめる
ものではないのであって,甲5ないし8の技術内容は,医師が反復実施して現実の
患者への有効かつ安全な投与という技術効果を挙げることができる程度にまで具体
的,客観的なものとしては構成されていないから,発明として未完成であり,引用
発明とはなり得ない。
ウ したがって,甲1に記載された欧州−カナダ試験の3時間注入で用いる薬剤
について,甲5ないし8の記載に基づき,24時間注入及び6時間注入において確
認されている最大投与量まで投与量を増加してみることは,当業者が容易に想到し
得たものではないから,本件特許発明2及び3が,本件特許出願の優先日前に甲1
及び5ないし8に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができた
とした審決の判断は,誤りである。
(3) 特許法36条5項について
審決は,「本件明細書には,約175 mg/m 2より大で約275 mg/m 2 以下の
タキソールが約3時間に渡り投与される発明が記載されているとはいえないから,
本件特許発明2及び3は,明細書に記載された発明であるとはいえない。」と判断
したが,誤りである。
ア 本件明細書は,集約された多くの具体的な試験データの分析結果に基づい
て,予備投薬された特定の癌患者に対し175 mg/m 2 及び135 mg/m 2 の用量
でタキソールの3時間注入という特定の用法,用量で所望の効果が得られることを
開示した具体的記載(段落【0026】,【0028】及び【0030】)を踏ま
えて,「更に,より高投与量のタキソールで治療し得る患者には,約275 mg/
m 2 までのタキソールが投与でき,・・・」(段落【0041】)と開示している
のであって,これが,同用法,すなわち3時間注入で135mg/m2や175 mg/
m 2 よりも高用量のタキソール,すなわち,「175 mg/m 2 より大で約275 mg
/m 2 以下のタキソール」を投与できることを意図しているのは,当業者であれ
ば,極めて容易に理解することができる。
また,仮に段落【0041】の記載が3時間投与に限定されたものでないとして
も,24時間注入に比べてはるかに安全性が高く,そのために特許請求の範囲で限
定している3時間注入を含むことは明らかであって,たとえ,好ましい3時間注入
に加えてより好ましくない24時間注入の場合をも含めて,より高投与量のタキソ
ールの使用を示したものであっても,特許請求の範囲で限定している好ましい3時
間注入を専ら意図しているのは,明細書全体の記載からみて自明のことである。
イ なお,高投与量の3時間注入という条件で予備投薬中の固形癌,白血病又は
卵巣癌の患者に適用したときに望ましい効果が現に得られていることは,甲9(審
判乙1,Jpn.J.Cancer Res., Vol.86, p.1203-1209 (December1995)),甲10(審
判乙2,癌と化学療法, Vol.23, No.3, p.317-325 (1996))及び甲11(審判乙
3,Clinical Cancer Research, Vol.1, p.599-606 (June1995))に示されている
とおりである。甲9ないし11は,本件特許出願後に出されたものであるが,高用
量のタキソールを用いた日本での試験結果を示すものであって,日本への特許出願
以前に開始された試験データを示すものである。
ウ したがって,本件明細書には,約175 mg/m 2より大で約275 mg/m 2
以下のタキソールが約3時間に渡り投与される発明が記載されているということが
できるから,「本件特許発明2及び3は,明細書に記載された発明であるとはいえ
ない。」とした審決の判断は,誤りである。
2 被告の反論
(1) 特許法29条1項3号について
ア 本件特許発明は,本件明細書に記載されたタキソールの用量範囲に比べて,
これを含むがはるかに逸脱した広い用量範囲(本件特許発明1)やこれから全く外
れてその外側にある用量範囲(本件特許発明2及び3)に係るものであって,原告
がその用法,用量を解明,特定したとは到底いうことができない。また,本件特許
発明1の構成全体が本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲1ないし4の
何れにも記載されていて,いわゆる文献公知の状態にあり,本件特許出願により何
ら新規な技術思想を開示していないから,本件特許発明が,既に知られていた化合
物について,癌患者の治療に使用することを可能とする用法,用量を解明,特定す
ることにより完成された医薬組成物に関するものであるということはできない。
イ 発明が刊行物に記載されているというためには,発明の構成が開示されてい
れば十分であって,目的や作用効果までが記載されている必要はないところ,甲1
ないし4には,本件特許発明1と同一の構成が記載されている。そして,有効性及
び安全性は,医療行政が専ら関与する事項であって,刊行物に発明が技術思想とし
て容易に実施できる程度に記載されているか否かの問題とは次元を異にするもので
ある上,甲1ないし4の発行時点においては,種々の臨床投与プロトコールが次々
と試みられ,有効性と安全性に関する知見が当業者の間に積み上げられてきた結果
として,過敏症反応を軽減又は最小化するために予備投薬された患者へのタキソー
ル175 mg/m 2 又は135 mg/m 2 の3時間の注入による非経口投与というプロ
トコールが(24時間の注入による投与と平行して)計画され実施されたのである
から,甲1ないし4の何れかに接した当業者であれば,それ以前に試みられたプロ
トコールにおける豊富な知見にも照らして,甲1ないし4に記載された,予備投薬
された患者へのタキソール175 mg/m 2 又は135 mg/m 2 の3時間注入という
プロトコールを実施することは造作もないことであった。
ウ したがって,甲1ないし4には,当業者が容易に本件特許発明1を実施し得
る程度に発明が記載されているということができるから,本件特許発明1が甲1な
いし4に記載された発明と同一であるとした審決の認定に誤りはない。
(2) 特許法29条2項について
ア タキソールの許容投与量について,甲6には,3時間注入で160mg/m 2
まで安全に投与できること,更なる投与量の増加が予定されていることが記載さ
れ,甲1には,最大許容投与量範囲が6時間注入について212ないし265 mg
/m 2,24時間注入について200ないし250 mg/m 2であることが記載され,
甲7には,6時間注入でも275 mg/m 2 が最大許容投与量であることが記載さ
れ,甲8には,6時間注入で275 mg/m 2までの用量が投与されたこと,250
mg/m 2が推奨投与量であることが記載されている。また,甲5には,タキソール
の投与が卵巣癌において30%の応答率を示したことが記載されている。
イ このような状況下において,予備投薬下でのタキソールの135 mg/m 2又
は175 mg/m 2の投与量について,24時間でなく3時間注入でも実行可能であ
るとの甲1に記載の報告に接したならば,当業者が,予備投薬下の3時間注入にお
いて投与量を175 mg/m 2 より大で約275 mg/m 2 以下の範囲内で任意に増加
することに何の困難もない。
ウ したがって,甲1に記載された欧州−カナダ試験の3時間注入で用いる薬剤
について,甲5ないし8の記載に基づき,24時間注入及び6時間注入において確
認されている最大投与量まで投与量を増加してみることは,当業者が容易に想到し
得たものであるから,本件特許発明2及び3が,本件特許出願の優先日前に甲1及
び5ないし8に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたと
した審決の判断に誤りはない。
(3) 特許法36条5項について
ア 本件明細書の段落【0026】,【0028】及び【0030】は,過敏症
反応と好中球減少症という2種の主要な副作用のうち,好中球減少症のみとの関連
で24時間注入に比して3時間注入が好ましい旨を,試験した投与量である135
mg/m 2及び175mg/m 2の範囲について得られた知見として記載しているにすぎ
ず,本件明細書には,175 mg/m 2 より大きい投与量について試験を行ったとの
記載はない。
イ 甲9ないし11は,日本への特許出願以前に開始された試験データを示すも
のであるか否かが分からない上,仮に日本への特許出願以前に開始された試験デー
タを示すものであるとしても,特許出願後に試験データを提出して発明の詳細な説
明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載
された発明の範囲まで拡張ないし一般化することは許されないというべきである。
ウ したがって,本件明細書には,約175 mg/m 2より大で約275 mg/m 2
以下のタキソールが約3時間に渡り投与される発明が記載されているということは
できないのであって,「本件特許発明2及び3は,明細書に記載された発明である
とはいえない。」とした審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 特許法36条5項について
審決は,「本件特許発明2及び3は,3時間投与である本件特許発明1において,
タキソールの用量が175 mg/m 2より大で約275 mg/m 2以下に限定されたもの
である。」として,特許法36条5項1号に違反するか否かについて検討し,「そ
うすると,明細書中の実施例(試験)における用量を含まず,また,明細書中に3
時間投与についての好ましい用量の範囲と全く重複しない範囲である「175 mg
/m 2より大で約275 mg/m 2以下」の範囲に敢えて限定した3時間投与が明細書
に記載されているということはできない。したがって,本件明細書には,約175
mg/m 2より大で約275 mg/m 2以下のタキソールが約3時間に渡り投与される発
明が記載されているとはいえないから,本件特許発明2及び3は,明細書に記載さ
れた発明であるとはいえない。」とした上,「本件特許は,明細書の記載が特許法
36条5項1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであ
る」と判断した。以上の審決の説示に照らせば,審決は,タキソールの用量が17
5mg/m 2より大で約275 mg/m 2以下とする本件特許発明2及び3が明細書に記
載された発明であるとはいえないとするとともに,上記範囲を包含する本件特許発
明1もまた明細書に記載された発明であるとはいえないとして,本件特許は明細書
の記載が特許法36条5項1号に規定する要件を満たしていないと判断したものと
理解することができる。そこで,まず,特許法36条5項について検討することと
する。
(1) 本件明細書(甲17)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
ア 従来技術
「【産業上の利用分野】本発明はタキソール(別名パクリタキセルともいう)に
よる癌の治療法に関し,更に詳しく言えば癌の治療におけるタキソール投与の改良
に関する。」(段落【0001】)
「【技術的背景】タキソールは制癌剤として大きな期待が寄せられている天然に
産する化合物である。例えば,タキソールは・・・薬物治療抵抗性の卵巣癌に対し
て活性な薬剤であることが見出されている。・・・」(段落【0002】)
「・・・長期間の注入は患者にとって不便であり,また6∼24時間に及ぶ注入
期間全体に渡る該患者の監視の必要性のために不経済となる。更に,この長期間の
注入は患者が病院または治療診療所で少なくとも一夜を過ごすことを必要とする。
かくして,レシピエントを外来患者として治療することを可能とするタキソール注
入プロトコールの開発が極めて望ましい。タキソール注入の前に一般に予備投薬が
実施され,また注入後の監視および記録の維持が必要とされるので,該注入時間は
6時間を越えず,しかも該注入投与量は該患者に抗−腫瘍効果を与えるのに十分な
タキソールを与える値であるべきであり,しかも投与限界毒性を越えないものであ
るべきである。また,予備投薬を最小化することが望ましい。というのは,予備投
薬は患者の不快感を増大し,かつ治療費および治療期間を増大するからである。」
(段落【0008】)
「注入時間を短縮できなくとも,現時点において抗−腫瘍効果を与えるのに必要
と考えられているタキソールの高い投与量の使用を回避することも望ましい。即
ち,高い投与量の使用は種々の悪い副作用を誘発するからである。・・・従って,
タキソールの服用量を減じ,かつ可能ならばタキソールの供給源を拡大し,しかも
タキソールの有害な副作用を低減することが極めて望ましい。また,患者にタキソ
ールを投与するのに必要な時間を減じて,患者の不快感および治療費を最小化する
ことも極めて望ましいことである。かくして,少量のタキソールを使用し,および
/または注入時間をより短くすることを可能とする新規なタキソールの投与方法の
開発に対する要求がある。」(段落【0009】)
イ 目的
「【発明が解決しようとする課題】従って,本発明の第一の目的は,現時点にお
ける6∼24時間という注入プロトコールよりも短期間に渡りタキソールを投与
し,かつタキソールの投与により誘発される有害な作用を最小化する,新規なタキ
ソールの投与形態を提供することにある。本発明のもう一つの目的は,タキソール
の投与による所定の抗−腫瘍効果を犠牲にすることなく,患者に投与すべきタキソ
ールの量を減じることを可能とする新規なタキソールの投与形態を提供することに
ある。更に別の本発明の目的は,タキソールの低投与量およびより短い注入時間を
使用し,しかも該タキソール投与の抗−腫瘍効果を犠牲にすることのない新規なタ
キソールの投与形態を提供することにある。」(段落【0010】)
ウ 解決するための技術手段
「【課題を解決するための手段】・・・本発明は,癌に罹患した患者に,24時
間を越えない期間に渡り,分割して,又は逐次的に,又は同時に,投与されるよう
に配合され,包装された,抗−腫瘍的に有効な量のタキソールと,致命的なアナフ
ィラキシー−様反応を防止するのに十分な薬物とを含む制癌剤である。好ましくは
抗−腫瘍的に有効な量のタキソールは,約135 mg/m 2 ∼約275 mg/m 2 の範
囲内にあり,さらに好ましくは約135 mg/m 2∼約175 mg/m 2 の範囲内にあ
る。特に好ましくは,抗−腫瘍的に有効な量のタキソールは,約135 mg/m 2で
ある。本発明の制癌剤は,好ましくは固形癌または白血病の治療に分割して又は逐
次的に使用される。・・・本発明の制癌剤は更に有効量のコロニー刺激因子を含む
ことが好ましい。本発明の制癌剤は,好ましくは卵巣癌の治療に分割して又は逐次
的に使用される。・・・」(段落【0011】)
「好ましい態様において,タキソールの注入は6時間未満の期間,好ましくは約
3時間に渡り行われ,その際の投与量は約135 mg/m 2 ∼約275 mg/m 2 ,好
ましくは約135 mg/m 2 ∼約175 mg/m 2 の範囲内であり,該投与は過敏症反
応を緩和もしくは最小化するために予備治療した後に実施される。好ましい態様に
おいて,抗−腫瘍効果は,過敏症反応を減衰または排除するための予備投薬に引き
続いて,癌に罹った患者に3時間の注入を通して約135 mg/m2のタキソールを
注入することにより達成される。丸塊注入または短時間(1∼3時間)の注入がア
ナフィラキシー反応または他の過敏症反応を誘発するという,また6−24時間ま
での注入時間の延長とを組み合わせた予備投薬のみが最も重度のアレルギー反応を
低減または排除するであろうという従来の理解を勘案すると,これらの結果は驚く
べきものである。・・・」(段落【0012】)
「過敏症反応を最小化または排除するための予備治療後に,高投与量(170m
g/m 2)のタキソールを24−時間に渡り患者に注入して所定の抗−腫瘍効果を達
成することが必要であるという従来の理解にも拘らず,驚くべきことにタキソール
が約135mg/m 2∼約175mg/m2なる投与量にて6時間未満の注入により癌患
者に安全に投与できることを見出した。好ましい態様において,タキソールはその
投与量約135mg/m2または約175mg/m 2にて,約3時間の期間に渡る注入に
より投与される。最も重大なことは,この短期間の注入が骨髄抑制を殆ど生じず,
これが感染率および発熱エピソード(例えば,有熱性好中球減少症)の低下に導く
という驚嘆すべき発見である。本発明の好ましい注入スケジュールに従えば,上皮
性卵巣癌に罹った患者に対して10%を越える目標とする応答率,および好ましく
は卵巣癌に罹った少なくとも150名の患者の群に対して14%またはそれ以上の
目標応答率が得られる。タキソールが短時間の注入(例えば,6時間未満,好まし
くは約3時間)により安全に投与できるという驚くべき発見は,タキソールを外来
患者に投与できることを意味し,ことのことは患者の入院に伴う時間および医療費
を節減するばかりか,患者の生活環境をも改善する。また,低タキソール投与量,
例えば約135mg/m2を約3時間∼約28時間の注入により投与することができ,
この場合にも依然として抗−腫瘍的に有効である。」(段落【0014】)
エ 実施例
「・・・卵巣癌の治療における本発明の新規なタキソール注入プロトコールの利
用の成功は,抗−腫瘍的に有効な投与量のタキソールが従来可能と考えられていた
注入期間よりも短期間に渡り,重度の過敏症反応を生じることなく,もしくは致死
性のアナフィラキシーショックを誘発することなく注入できることを容易に理解さ
せる。かくして,本発明の注入プロトコールは固形腫瘍および白血病,例えば肺
癌,乳癌および卵巣癌等(但し,これらに限定されない)の治療に使用できる。種
々の型の癌の治療は,最適の有効性をもつようにタキソールの投与量を調節する必
要があり得ることを理解すべきである。以上述べたことは,明らかにタキソールが
本発明のプロトコールに従って投与した場合に,癌例えば卵巣癌の治療において効
果的かつ安全であるという事実を確証している。特に,予備投薬後に投与量約13
5mg/m2のタキソールの3時間の注入を利用することにより,癌に罹った患者への
タキソールの投与に関連する骨髄毒性および神経障害の発生頻度の大幅な減少がも
たらされる。更に,重度の過敏症反応を呈する患者には,該HSR症状を治療した
後に,好ましくは約135 mg/m 2∼約175mg/m 2の投与量を使用した,約24
時間またはそれ以上の注入の利用によりタキソールを再投与できる。好ましくは,骨
髄抑制の改善を助けるためにコロニー刺激因子を投与する。」(段落【0040】)
「抗腫瘍性を達成するために低投与量のタキソールの使用は,現時点におけるタ
キソールの限られた供給の下でより多くの患者を治療することを可能とするであろ
う。更に,本発明のプロトコールに従ったタキソールによる治療中に患者中に見ら
れた諸毒性に依存して,注入期間を延長もしくは短縮でき,あるいはタキソールの
投与量を減少もしくは増大でき,結果としてタキソールでの癌の治療におけるより
高い寛容度を得ることができる。更に,より高投与量のタキソールで治療し得る患
者には,約275mg/m2までのタキソールが投与でき,該患者が重度の毒性,例えば
重度の神経障害に罹った場合には,本発明のプロトコールは該タキソールの投与量
を減じることを可能とする。上記教示から,本発明の多くの改良並びに変更が可能
であることを容易に理解することができる。従って,本発明は特に記載した以外の
態様で実施することが可能であることを理解すべきである。」(段落【0041】)
(2) 上記(1)の記載によれば,本件特許発明は,癌の治療におけるタキソール投
与の改良に関し,①6∼24時間という注入プロトコールよりも短期間でタキソー
ルを投与し,かつ,タキソールの投与により誘発される有害な作用を最小化する新
規なタキソールの投与形態を提供すること,②タキソールの投与による所定の抗−
腫瘍効果を犠牲にすることなく,患者に投与すべきタキソールの量を減じることを
可能とする新規なタキソールの投与形態を提供すること,③タキソールの低投与量
及びより短い注入時間を使用し,しかもタキソール投与の抗−腫瘍効果を犠牲にす
ることのない新規なタキソールの投与形態を提供することを目的として検討した結
果,固形癌,白血病又は卵巣癌の治療における有効かつ安全なタキソール注入プロ
トコールとして,具体的な投与量と注入時間を見出したことに基づきされた発明で
あって,これにより,タキソールの短時間注入によっても有効かつ安全な投与を可
能にし,外来患者をも治療することができるという効果を奏するものであると認め
られる。
(3) ところで,本件明細書の発明の詳細な説明には,タキソールの具体的な投
与量と注入時間について,段落【0016】(【表1】)に,投与量として135
mg/m 2 及び175 mg/m 2 ,注入期間として3時間及び24時間を組み合わせた
4つの治療群が示され,段落【0022】に,「本発明のタキソール投与法の有効
性と安全性とを確認するために,組織学的に確認された卵巣癌に罹患し,プラチナ
投与を含む治療中に進行し,もしくはその後に再発した患者に,前に記載した4群
の1種に従ってタキソール投与を行った。」とタキソールを卵巣癌の治療に適用し
たことが記載され,段落【0023】に,「本発明のタキソールの改良投与法の有
効性および安全性は,前に記載した4つの治療群に無作為抽出した159名の患者
に基いて評価した。」として,これらの群の具体的データが記載されている。
しかしながら,段落【0041】に,「更に,より高投与量のタキソールで治療
し得る患者には,約275 mg/m 2までのタキソールが投与でき,」と記載されて
はいるものの,タキソール投与量が175 mg/m 2を超える3時間注入の有効性や
安全性に関しては,発明の詳細な説明に具体的データの記載が全くない。また,段
落【0040】に,「かくして,本発明の注入プロトコールは固形腫瘍および白血
病,例えば肺癌,乳癌および卵巣癌等(但し,これらに限定されない)の治療に使
用できる。」と記載されてはいるものの,具体的には卵巣癌に罹患した患者に関す
るデータが示されているだけであって,本件特許発明1及び2の用途として特定さ
れた固形癌全般や白血病に罹患した患者に対する有効性や安全性に関しては,発明
の詳細な説明に具体的データの記載が全くない。
(4) 一般に,医薬についての用途発明においては,物質名や化学構造からその
有用性を予測することは困難であって,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製
剤化のための事項がある程度記載されていても,それだけでは,当業者は当該医薬
が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることはできず,発明の課題が
解決できることを認識することはできないから,さらに薬理データ又はこれと同視
することのできる程度の事項を記載してその用途の有用性を裏付ける必要があると
いうべきである。そして,その裏返しとして,特許請求の範囲の記載が発明の詳細
な説明の裏付けを超えているときには,特許請求の範囲の記載は,特許法36条5
項1号が規定するいわゆるサポート要件に違反するということになる。
これを本件についてみるのに,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール投与
量が135ないし175 mg/m 2の範囲については,卵巣癌に罹患した患者に対す
る有効性や安全性を裏付ける記載があるということができるとしても,上記(3)の
とおり,3時間のタキソール投与量が175 mg/m 2を超えるものについては,そ
の有効性や安全性を裏付ける記載がないから,本件特許発明2及び3は,その有効
性,安全性を確認することができる具体的データが発明の詳細な説明に記載されて
いないといわなければならないし,また,卵巣癌以外の固形癌及び白血病に罹患し
た患者に対する有効性や安全性を裏付ける記載もないから,本件特許発明2は,さ
らに,その有効性や安全性を確認することができる具体的データも発明の詳細な説
明に記載されていないといわなければならない。
(5) したがって,特許請求の範囲に記載された本件特許発明2及び3は,発明
の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。
そして,本件特許発明1は,タキソールの3時間注入における投与量が175m
g/m 2 より大で約275 mg/m 2以下の範囲をも含む発明であって,本件特許発明
2及び3は,この175mg/m2より大で約275 mg/m 2以下の範囲の投与量を,
本件特許発明1が特定した適用症例に応じて,固形癌又は白血病であるか(本件特
許発明2),卵巣癌であるか(本件特許発明3)で区分した発明であるから,結局,
本件特許発明1は,本件特許発明2及び3を包含する関係にあることになる。そう
であれば,本件特許発明2及び3が発明の詳細な説明に記載された発明であるとい
うことができない以上,これを包含する本件特許発明1も発明の詳細な説明に記載
された発明であるということはできない。
(6) 原告の主張について
ア 原告は,本件明細書は,タキソールの175 mg/m 2及び135mg/m2の用
量で3時間注入という特定の用法,用量で所望の効果が得られることを開示した具
体的記載(段落【0026】,【0028】及び【0030】)を踏まえて,「更
に,より高投与量のタキソールで治療し得る患者には,約275 mg/m 2までのタ
キソールが投与でき,・・・」(段落【0041】)と開示しているのであって,
これが,同用法,すなわち3時間注入で135 mg/m 2 や175 mg/m 2 よりも高
用量のタキソールを投与することを意図しているのは,当業者であれば,極めて容
易に理解することができるし,仮に段落【0041】の記載が3時間投与に限定さ
れたものでないとしても,特許請求の範囲で限定している好ましい3時間注入を専
ら意図しているのは,明細書全体の記載からみて自明のことであると主張する。
しかしながら,本件特許発明が3時間注入で135 mg/m 2 や175 mg/m 2 よ
りも高用量のタキソールを投与することを意図し,又は専ら意図しているものであ
るとしても,上記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール投与
量が175 mg/m 2を超えるものについては,その有効性や安全性を裏付ける記載
がないのであるから,本件特許発明1ないし3に係る特許請求の範囲の記載が発明
の詳細な説明の裏付けを欠いていることに変わりはない。
原告の上記主張は,採用の限りでない。
イ また,原告は,高投与量の3時間注入という条件で予備投薬中の固形癌,白
血病又は卵巣癌の患者に適用したときに望ましい効果が現に得られることは,高用
量のタキソールを用いた日本での試験結果である甲9ないし11に示されていると
おりであると主張する。
しかしながら,上記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,3時間のタキソール
投与量が175 mg/m 2を超えるものについては,その有効性や安全性を裏付ける
記載がないのであるから,当業者は,タキソールが実際にその用法,用量で有用性
があるか否かを知ることができない。そして,甲9ないし11は,甲9が1995
年(平成7年)12月,甲10が1996年(平成8年)2月,甲11が1995
年(平成7年)6月といずれも本件特許発明の特許出願後に刊行された文献である
ところ,これらにおいて,高投与量の3時間注入という条件で予備投薬中の固形
癌,白血病又は卵巣癌の患者に適用したときに望ましい効果が現に得られることが
開示されているとしても,これをもって,発明の詳細な説明の記載内容を補足する
ことは許されないというべきである。
原告の上記主張も,採用することができない。
(7) したがって,本件特許発明1ないし3は,いずれも,発明の詳細な説明に
記載された発明であるということはできないのであって,本件特許発明1ないし3
に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条5項1号の規定に違反するから,こ
れと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。
2 特許法29条1項3号について
なお,審決の説示にかんがみ,特許法29条1項3号について判断することとす
る。
(1) 弁論の全趣旨によれば,甲1ないし4に記載された臨床試験のプロトコー
ルが本件特許発明1の臨床試験のプロトコールであることが認められ,甲1ないし
4に,「卵巣癌の患者に,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg
/m 2 の用量で3時間にわたり非経口的に投与すること」が記載されていることは
当事者間に争いがない。
そうであれば,甲1ないし4には,本件発明1の構成要件を充足する態様が記載
されているということができるから,本件特許発明1は甲1ないし4に記載された
発明と同一であると認められる。
(2) 原告は,甲1ないし4において,タキソールを制癌剤として175mg/m 2
及び135 mg/m 2の用量で3時間にわたり非経口的に投与することの有効性及び
安全性は未だ試験中であって,確立されていないから,甲1ないし4には,本件特
許発明1を実施し得る程度に発明が記載されていないし,また,医師が反復実施し
て現実の患者への有効かつ安全な投与という技術効果を挙げることができる程度に
まで具体的,客観的なものとしては構成されていないから,発明として未完成であ
ると主張する。
しかしながら,「頒布された刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3
号)においては,特許を受けようとする発明が新規なものであるか否かを検討する
ために,当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるべきである
ところ,その投与プロトコールの有効性及び安全性は,甲1ないし4に記載された
臨床試験においても当然に期待されているものであり,その期待どおりの効果が得
られることを確認する試験として進行中のものであって,確立した態様としては記
載されていないとしても,それだけでは,本件発明1の構成要件を充足する態様が
甲1ないし4に記載されていると認定することの妨げにはならないというべきであ
るから,甲1ないし4は,引用文献としての適格性を欠くものではない。
なお,原告は,甲19(A作成の鑑定書),甲20(B作成の鑑定書)及び甲2
1(C作成の鑑定書)を提出するところ,甲19には,「甲第1号証∼甲第4号証
の文献に記載のプロトコールに従って,タキソールを制癌剤として175mg/m2及
び135 mg/m 2の用量で3時間にわたり非経口的に投与する場合,それら甲第1
号証∼甲第4号証には,そのような投与がいかなる結果を与えるか,具体的データ
は全く示されておらず,果して安全且つ有効に投与できるかどうか不明である。し
たがって,そのような用法・用量による投与が安全且つ有効に行えるかどうか予測
できない。すなわち,甲第1号証∼甲第4号証には,欧州およびカナダにおいて,
タキソールを135mg/m 2及び175mg/m 2の用量で3時間注入または24時間
注入にて卵巣癌患者に対して臨床試験が行われつつあることが示されているが,そ
れらの文献には具体的にいかなる効果であったか全くデータは示されていない。・
・・」と記載され,甲20には,「結論として,甲第1号証∼甲第4号証を基にタ
キソールの175 mg/m2および135mg/m 2の3時間投与スケジュールを臨床腫
瘍医が癌臨床の現場で安全,かつ有効に行い得るという予測はできないし,容易に
すべきではない。換言すれば,甲第1号証∼甲第4号証をもってタキソールの17
5mg/m 2および135 mg/m2の3時間投与スケジュールを公知の事実とするには
大いに問題がある。」と記載され,甲21には,「甲第1号証∼甲第4号証の文献
には,タキソールを制癌剤として175 mg/m 2および135 mg/m2の用量で3時
間に亘り非経口的に投与する場合,患者にどのような結果を与えるかについての具
体的データは全く示されておらず,婦人科腫瘍医が実地臨床の場で,このような用
法・用量によるタキソールの投与が安全・有効に行えると予測することは不可能で
ある。」,「結論として,甲第1号証∼甲第4号証の時点(1991年11月から
1992年5月)ではタキソール175 mg/m2および135 mg/m2の3時間非経
口投与は未だ臨床試験途上,あるいは開始直後の域を出ないもので,これらの甲第
1号証∼甲第4号証の文献をもとに実地癌臨床の場でタキソールという毒性の強い
制癌剤を安全・有効に使い得るという予測は不可能であり,この時点では,臨床医
として一般患者への投与は行うべきではない。」と記載されている。しかし,甲1
ないし4に記載されたプロトコール自体は明確であるから,タキソールをどのよう
に投与するかは明確であり,むしろ,甲1ないし4に記載された臨床試験がⅡ相試
験まで進んでいることをも併せ考えると,技術的にみて,タキソールが投与不可能
な薬剤であるということはできない。上記甲19ないし21は,あくまでも医療行
為として,医師が実地臨床の場でタキソールを直ちに処方することができるもので
はないというにとどまるのであって,これをもって,本件発明1の構成要件を充足
する態様が甲1ないし4に記載されていないということはできない。
原告の主張は,採用することができない。
(3) そうすると,本件特許発明1が甲1ないし4に記載された発明と同一であ
るとした審決の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
第5 結論
以上のとおりであって,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の
請求は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
高 野 輝 久
裁判官
佐 藤 達 文

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