平成18(行ケ)10079審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成19年2月26日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告アチャサ,ンーレテド
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対象物 |
インビトロにおける組織の生存能力及び増殖能力を測定する,自生状態法及びシステム |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
刊行物78回 審決33回 実施3回 分割1回 優先権1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成元年8月25日,発明の名称を「インビトロにおける組織の
生存能力及び増殖能力を測定する,自生状態法及びシステム」とする発明に
つき,特許出願(パリ条約による優先権主張,優先日平成元年3月20日,
米国。特願平2−500602号。以下「本願」という。)をしたが,平成
12年5月18日,特許庁から拒絶査定を受けた。
原告は,これを不服として審判請求をし,平成16年9月9日付け手続補
正書をもって本願に係る明細書について特許請求の範囲を補正した(以下,
この補正後の明細書を「本願明細書」という。)。
そして,特許庁は,上記審判請求を不服2000−10445号事件とし
て審理した結果,平成17年10月4日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月18日,
原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲は請求項1ないし9からなり,請求項1の記 |
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判決文
平成19年2月26日判決言渡
平成18年(行ケ)第10079号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成19年1月29日
判 決
原 告 ア チ ャ サ ,ン ー レ テ ド
ン キンー イコポイッ
訴 訟 代 理 人 弁 理 士 平 木 祐 輔
同 大 屋 憲 一
同 松 任 谷 優 子
同 遠 藤 真 治
被 告 特 許 庁 長 官
中 嶋 誠
指 定 代 理 人 種 村 慈 樹
同 長 井 啓 子
同 唐 木 以 知 良
同 大 場 義 則
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を3
0日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2000−10445号事件について平成17年10月4日
にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成元年8月25日,発明の名称を「インビトロにおける組織の
生存能力及び増殖能力を測定する,自生状態法及びシステム」とする発明に
つき,特許出願(パリ条約による優先権主張,優先日平成元年3月20日,
米国。特願平2−500602号。以下「本願」という。)をしたが,平成
12年5月18日,特許庁から拒絶査定を受けた。
原告は,これを不服として審判請求をし,平成16年9月9日付け手続補
正書をもって本願に係る明細書について特許請求の範囲を補正した(以下,
この補正後の明細書を「本願明細書」という。)。
そして,特許庁は,上記審判請求を不服2000−10445号事件とし
て審理した結果,平成17年10月4日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月18日,
原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲は請求項1ないし9からなり,請求項1の記
載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」とい
う。)。
「インビボでの腫瘍の増殖に対する抗腫瘍剤の効果を予測するインビトロ法
であって,
(a)該腫瘍の複数の部分を別々の容器で組織培養し,その際該複数の部
分は,少なくとも0.5mm3の容量の均一標本であり,含水細胞外マトリ
ックス含有ゲル上で組織培養され,
(b)腫瘍の少なくとも2つの部分を評価しようとする抗腫瘍剤で処理
し,
(c)該薬剤で処理した部分中の生存する細胞の割合と該薬剤で処理しな
い部分中の生存する細胞の割合とを比較し,
(d)該薬剤で処理した部分中の増殖する細胞の割合と該薬剤で処理しな
い部分中の増殖する細胞の割合とを比較し,
(e)該薬剤で処理しない部分中の生存する細胞の割合と比較して,該薬
剤で処理した部分中の生存する細胞の割合の減少は,該薬剤で処理しない
部分中の増殖する細胞の割合と比較して,該薬剤で処理した部分中の増殖
する細胞の割合の減少と一緒になって,生存する細胞の割合の減少単独又
は増殖する細胞の割合の減少単独に基づく予測と比較して,該抗腫瘍剤が
腫瘍に対してインビボで効果的であるか否かをインビトロアッセイが正し
く予測する見込みを高めることを含む方法。」
3 審決の内容
審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明1
は,本願の優先日前に頒布された刊行物1(甲4)記載の発明と刊行物2な
いし6(甲5ないし9)に記載された各発明に基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができないものであるから,本願は拒絶すべきであるというもので
ある。
審決は,本願発明1と刊行物1(「Proc.Natl.Acad.Sci.USA,84(1987)p.50
29-5033」。甲4)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)との
間には,次のとおりの一致点及び相違点があると認定した。
(一致点)
「インビボでの腫瘍の増殖に対する抗腫瘍剤の効果を予測するインビトロ法
であって,
(a)該腫瘍の複数の部分を別々の容器で組織培養し,その際該複数の部
分は,少なくとも0.5mm3の容量の均一標本であり,含水細胞外マトリ
ックス含有ゲル上で組織培養され,
(b)腫瘍の部分を評価しようとする抗腫瘍剤で処理し,
(d)該薬剤で処理した部分中の増殖する細胞の割合と該薬剤で処理しな
い部分中の増殖する細胞の割合とを比較し,
(e)該薬剤で処理しない部分中の増殖する細胞の割合と比較して,該薬
剤で処理した部分中の増殖する細胞の割合の減少により,該腫瘍剤が腫瘍
に対してインビボで効果的であるか否かをインビトロアッセイにより予測
する方法。」である点。
(相違点)
前者(本願発明1)が,更に,「(b)腫瘍の少なくとも2つの部分を
評価しようとする抗腫瘍剤で処理し,
(c)該薬剤で処理した部分中の生存する細胞の割合と該薬剤で処理しな
い部分中の生存する細胞の割合とを比較し,
(e)該薬剤で処理しない部分中の生存する細胞の割合と比較して,該薬
剤で処理した部分中の生存する細胞の割合の減少は,該薬剤で処理しない
部分中の増殖する細胞の割合と比較して,該薬剤で処理した部分中の増殖
する細胞の割合の減少と一緒になって,生存する細胞の割合の減少単独又
は増殖する細胞の割合の減少単独に基づく予測と比較して,該腫瘍剤が腫
瘍に対してインビボで効果的であるか否かをインビトロアッセイが正しく
予測する見込みを高めることを含む方法。」であるのに対し,後者(刊行
物1発明)にはそのようなことが記載されていない点。
第3 当事者の主張
1 取消事由についての原告の主張
審決がした本願発明1と刊行物1発明との一致点及び相違点の認定に誤り
がないことは認める。
審決は,刊行物2ないし4により「一般に,薬剤の細胞に対する影響を調
べる際には,細胞増殖の指標である細胞のDNA合成と並んで,細胞の生存
の指標ともなる細胞のタンパク合成等も主要なデータとして計測されてお
り,これらを総合して薬剤が細胞に及ぼす作用の詳細,そのメカニズム等を
検討すること」(以下「事項A」という場合がある。),また,刊行物5及
び6により「腫瘍細胞を死滅させるか否かは,腫瘍の増殖を抑えるか否かと
並んで,抗腫瘍剤の活性を評価する際に重要な評価項目であること」(以
下「事項B」という場合がある。)は,いずれも周知であると認定して,上
記各周知事項と刊行物1発明とを組み合わせることにより,当業者が相違点
に係る本願発明1の構成を容易に想到することができたと判断している。
しかし,審決には,以下のとおり,①刊行物2ないし6から周知事項を認
定した点,②刊行物1発明と刊行物2ないし6記載の各事項を組み合わせる
ことが容易であるとした点,③本願発明1に顕著な効果がある点を看過した
点に,いずれも誤りがあり,その結果,本願発明1についての容易想到性の
判断を誤った違法がある。
(1) 周知事項の認定の誤り(刊行物2ないし6)
ア 事項Aについて
審決は,刊行物2(「Journal of Toxicology and Enviromental Heal
th,16(1985)p.13-23」。甲5),刊行物3(「Journal of Antibiotics,
Vol.38,No.2(1985)p.230-235」。甲6)及び刊行物4(「Acta Endocrin
ologica 1986,112(1986)p.436-441」。甲7)の各記載から,「一般に,
薬剤の細胞に対する影響を調べる際には,細胞増殖の指標である細胞の
DNA合成と並んで,細胞の生存の指標ともなる細胞のタンパク合成等
も主要なデータとして計測されており,これらを総合して薬剤が細胞に
及ぼす作用の詳細,そのメカニズム等を検討することが,ごく普通に行
われていた」(審決書9頁12行∼16行)と認定している。
しかし,審決の認定には,以下のとおり誤りがある。
(ア) 本願発明1は,三次元での組織培養であるのに対して,刊行物2
ないし4は二次元での細胞培養における結果を報告するものである。
二次元培養では,癌細胞の増殖性,シグナルの伝達,抗癌剤の評価,
遺伝子発現プロフィル等において生体内で起こっているのと同じ現象
が観察され得るものではなく,その信頼性は低いから,ごく普通に検
討が行われていたと認定するのは誤りである。
(イ) また,刊行物2ないし4は,以下のとおり,相反する結果が記載
されているので,これらの記載が細胞の生存性マーカーとしてタンパ
ク合成を使用するという本願発明1の着想に到達することはない。
① 刊行物2(甲5)は,イバリンとフォモプシンの両者の成長する
細胞数が減少するにもかかわらず,フォモプシンは,チミジンとグ
リシンの両者の取り込みに対し阻害効果を示すのに対し,イバリン
はグリシンの取り込みを促進するという,相反する結果を示すもの
である。
② 刊行物3(甲6)は,20μg/mlまでのナフトマイシンに抵抗性で
あるアラニンの導入にほとんど影響を与えることなく(233頁のF
ig.2),2μg/mlのナフトマイシンがL5178Yの成長を最大限阻害す
るのであるから(232頁のFig.1),アミノ酸(アラニン)の導入
を生存性の測定に使用するという技術思想に対して障害になる。
③ 刊行物4(甲7)には,「精巣におけるDNAの合成速度は36%減少
したにもかかわらず,DNAの含量は変化しなかった」と記載されてお
り,記載内容に矛盾がある,また,刊行物4は,シスプラチンは蛋
白合成に影響を与えることなく精母細胞の数を最大95%まで減少
させたのであるから,生存性マーカーとしてタンパク合成を使用す
るという技術思想に対して障害になる。
イ 事項Bについて
審決は,刊行物5(「JNCI,Vol.68,No.2(1985)p.279-286」。甲8),
刊行物6(「Cancer Research,48,3617-3621,July 1,1988」。甲9)の
各記載から,「薬剤による細胞の増殖抑制については,その効果が可逆
的である場合があること,すなわち,薬剤により増殖を抑えられた細胞
が生存を続け,薬剤の投与が中止された後,再び増殖することがあるこ
とが知られており,腫瘍の増殖抑制は永続的な腫瘍の解消に必ずしもつ
ながるとはいえないから,腫瘍細胞を死滅させるか否かは,腫瘍の増殖
を抑えるか否かと並んで,抗腫瘍剤の活性を評価する際に重要な評価項
目であることは自明である」(審決書9頁17行∼30行)と認定し
た。
しかし,審決の認定には,以下のとおり誤りがある。
(ア) 本願発明は,インビボで有効な抗腫瘍剤をインビトロで評価する
のに対して,刊行物5,6は,抗腫瘍剤のインビボでの有効性を腫瘍
細胞の生存性に基づいて測定したことを記載したものではなく,ま
た,二次元培養における結果を記載したものであり,しかもその結果
の信頼性は乏しい。
(イ) 被告が本訴で提出した乙7(「FLANIGAN,RC et al., Journal of
Urology, Vol.135, pp.1091-1100 (1986)」),乙8(「PAVLIK,EJ et
al., Cancer Investigation, Vol.3(5), pp.413-426 (1985)」),乙
10(「加藤哲郎ら,日泌尿会誌,Vol.68(10), pp.901-908 (1977
)」)も,二次元培養における結果を報告するものであり,抗腫瘍剤が
腫瘍に対しインビボで効果的であるか否かをインビトロで正しく予測
する方法ではなく,乙9(「新見健,広大医誌,Vol.36(3), pp.357-3
69 (1988)」)は,インビボでのヌードマウスを用いた制癌剤に対する
感受性試験であり,実用性のない方法に関するものである。
(2) 容易想到性の判断の誤り
ア 組合せの困難性
審決は,刊行物1記載の含水細胞外マトリックス含有ゲル上で組織培
養した腫瘍について,「薬剤の腫瘍増殖に対する効果を調べるにあたっ
ては,その直接の指標であるDNA合成に与える影響だけでなく,タン
パク合成に与える影響等,薬剤が細胞に及ぼす影響を調べる際に通常採
用されるその他の指標についても,データを計測し,これらを総合して
薬剤が腫瘍増殖に及ぼす作用の詳細,そのメカニズム等を検討するこ
と,そして,中でも特に,細胞生存の指標ともなるタンパク合成に与え
る影響を調べ,これを抗腫瘍剤としての評価項目の一つとすることによ
り,インビボにおける薬剤の抗腫瘍効果をより的確に予測しようとする
ことは,当業者が容易に想起し得ることであるといえる。」(審決書9
頁32行∼10頁1行)として,本願の優先日当時,刊行物1発明と事
項A,Bを組み合わせることにより相違点に係る本願発明1の構成は当
業者が容易に想到することができたと判断している。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
(ア) 刊行物1発明は三次元組織培養に係るものであり,刊行物2ない
し6記載の各事項は,二次元培養に係るものであるので,これらを組
み合わせることにより当業者が相違点に係る本願発明1の構成を容易
に想到することができたとはいえない。
① 本願発明1の構成「(a)該腫瘍の複数の部分を別々の容器で組
織培養し,その際該複数の部分は,少なくとも0.5mm 3の容量の
均一標本であり,含水細胞外マトリックス含有ゲル上で組織培養」
とは,「組織の三次元的完全性を維持するように,均一標本を含水
マトリックス含有ゲル上で組織培養」(本願明細書(甲2)の3頁
右上欄4行∼6行)することであり,腫瘍細胞と正常細胞とからな
る腫瘍組織を三次元で培養すること(三次元組織培養)を指す。三
次元組織培養と二次元培養とを比較すると,二次元培養では,癌細
胞の性質の発現に大きく影響する正常細胞との相互作用がないのに
対し,三次元組織培養では,癌細胞と正常細胞との相互作用が存在
するために癌細胞の性質の多くが発現し,制癌剤による治療効果を
正しく予測する可能性が高まる。
② 刊行物1発明は,三次元組織培養を使用した発明である。
ところで,三次元組織培養については,次のような否定的な見解
が存在していた。
すなわち,「Nature,Vol.424, 21 August 2003」(甲10,1
1,以下「Nature誌」という。)に,「単層の細胞と複雑な組織,
すなわち二次元と三次元では大きな違いがあるが,これまでの生物
学ではこの事実は無視されてきた。」,「Bissellは,3−D培養シ
ステムを用いて30年ばかり実験を行っている。しかし,長い間,
批評家は,彼女の方法は費用がかかり,面倒でかつ不必要であると
主張した。批評家の考えは,1997年に画期的な文献が発表され
てから変化した。」などと記載があるように,本願の優先日(平成
元年3月20日)当時,三次元組織培養に対しては,費用がかか
り,面倒でかつ不必要であるという技術的偏見があった。
甲3(「Journal of Clinical Oncology, Vol.22, No. 17, Septe
mber 1, 2004, pages 3631-3638」)は,アメリカ癌治療学会が発行
した「化学療法の感受性と抵抗性の試験法」についての特集記事で
あるが,1968年1月から2004年1月までに発行された「化
学療法の感受性と抵抗性の試験法」に関する文献中,所定の事前評
価に従って選択した1139の文献を検討した結果(甲3の表2及
び表3),癌治療の現場で使用しても良いという充分な根拠を持
つ「化学療法の感受性と抵抗性の試験法」は見出せなかったという
ものであるが,甲3においては,三次元組織培養について言及も考
察も何らされておらず,このことは,本願の優先日当時,三次元組
織培養の技術的意義が無視されていたことを示す。
以上のとおり,本願の優先日当時,三次元組織培養の技術的意義
が否定され,刊行物1は無視されていたから,当業者は,三次元組
織培養を使用する腫瘍細胞のインビトロ感受性試験によりインビボ
での薬剤の効果の予測性を向上できるとは考えなかったはずであ
る。
③ 他方,刊行物2ないし6は,二次元培養における結果を報告する
もので,三次元組織培養における結果を開示するものではない。ま
た,前記のとおり,抗腫瘍剤評価における生存性と直接関連するも
のでも,本願発明1の抗腫瘍剤の効果を癌細胞の生存性に基づいて
予測するインビトロ方法を示唆するものでもない。
(イ) したがって,刊行物1発明と刊行物2ないし6記載の事項を組み
合わせることは困難であり,また,これらを組み合わせても,細胞生
存の指標ともなるタンパク合成に与える影響を調べ,これを抗腫瘍剤
としての評価項目の一つとすることにより,インビボにおける薬剤の
抗腫瘍効果をより的確に予測しようとすることは,当業者が容易に想
起し得るものではなかった。
イ 本願発明1の顕著な効果の看過
審決は,本願明細書には,「インビトロでの細胞増殖能力とインビボ
での腫瘍阻止能力の間の相関性について記載されているのみであって,
インビトロにおける細胞生存能力と増殖能力の測定結果をあわせ利用す
ることによって,インビボでの腫瘍阻止能力を予測したことについて
は,何も記載されていない。」,「本願発明1において,インビトロに
おいて薬剤の細胞生存に与える影響を増殖に与える影響とともに調べる
ことによって,予測しがたい格別の効果が得られたということもできな
い。」(審決書11頁3行∼9行)と認定判断している。
しかし,審決の認定判断には,以下のとおり誤りがある。
(ア) 従来の二次元培養では生体内(インビボ)で起こっている現象と
異なるため,そのインビトロアッセイでは抗腫瘍剤が腫瘍に対してイ
ンビボで効果的であるか否かを正しく予測することができなかった。
これに対して,本願発明1は,インビボの環境をシミュレーションす
ることができる三次元組織培養を使用し,インビトロにおける細胞生
存能力と細胞増殖能力の測定結果を合わせ利用することによって,抗
腫瘍活性を正しく予測することを可能にするという顕著な効果を有す
る。
(イ) 本願明細書(甲1)の実施例3には,①インビボ応答性とインビ
トロ応答性との間に臨床的な相関性のあることについて,卵巣カルチ
ノーマに罹った患者について細胞増殖能力からメルファランで確認さ
れたこと,卵巣カルチノーマに罹った患者について細胞増殖能力から
アドリアマイシン及び5−フルオロウラシルで確認されたことが記載
され,②卵巣カルチノーマに罹った患者の卵巣カルチノーマ組織から
取って培養した細胞についてシスプラチン等の薬剤の存在下で細胞増
殖能力を試験した結果,3H-チミジン及び 35S−メチオニン双方の取り込
みによって発生する検知可能なシグナルの減少から増殖能力及び生存
能力の双方が阻害されたことが示されている。
このように実施例3は,インビトロにおける細胞生存能力と増殖能
力の測定結果を合わせて利用することによって,インビボでの腫瘍阻
止能力を予測できることを示すものである。
また,仮に本願明細書にインビトロにおける細胞生存能力及び増殖
能力の測定結果を合わせて評価した結果が記載されていないとして
も,両者を合わせて評価することによりインビボでの腫瘍阻止能力を
正しく予測できる見込みが高まることは,自明である。
なお,甲13(「Kubota et al., Clinical Cancer Research 1537,
Vol. 1, 1537-1543, Decemver 1995」)及び甲14(「Furukawa et.
al., Clinical Cancer Research Vol. 1, 305-311, March 1995」)
は,インビトロで生存する細胞の割合及び増殖する細胞の割合の両者
を取ると,どちらか1つを取った場合に比較して,細胞がインビボで
取る方向の予測可能性が高まることを証明している。
(ウ) したがって,審決には,本願発明1の顕著な効果を看過した誤り
がある。
2 被告の反論
(1) 原告の主張(1)に対し
ア 本願の優先日前に,腫瘍細胞のインビトロ薬剤感受性試験の評価項目
として,細胞生存性をアミノ酸の取り込み,すなわちタンパク合成を計
測することは周知であったが(乙10ないし12),他方,その指標
は,あくまでも便宜的な指標にすぎず,細胞が生存していてもタンパク
合成能が低下する場合等もあり,すべての場合に正しく細胞生存性を反
映するものではないことは技術常識であった(乙14)。
そして,刊行物2ないし4には,薬剤処理した後の腫瘍細胞のDNA
前駆体(3Hチミジン,3Hウリジン)の取り込みと共に,アミノ酸(3H
グリシン,14 Cリシン,3Hアラニン)の取り込みを測定しているのであ
るから,明記されてはいないものの,薬剤処理後の腫瘍細胞の増殖性(
DNA前駆体取り込み)とともに,生存性を,薬剤の効果を予測する評
価項目として採用しているということができる。
したがって,本願の優先日当時,事項Aが周知であるとした審決の認
定に誤りはない。
イ 刊行物5,6によれば,薬剤により増殖を抑えられた細胞が生存を続
け,薬剤の投与が中止された後,再び増殖する例があったこと,及び薬
剤処理後の細胞の生存性が重要な評価項目であることが認められる。ま
た,乙7ないし10によれば,本願の優先日当時,腫瘍細胞のインビト
ロ薬剤感受性試験の評価項目としては,細胞増殖性のみでは足りず,細
胞生存性も合わせて判断すべきであるという技術思想が周知であったこ
とが認められる。
したがって,本願の優先日当時,事項Bが周知であるとした審決の認
定に誤りはない。
(2) 原告の主張(2)に対し
ア 組合せの困難性に対し
(ア) Nature誌(甲10,11,訳文・乙4,5)記載の「三次元培
養」は,含水細胞外マトリックス含有ゲル中に細胞が埋め込まれて培
養されるものであって,本願発明1及び刊行物1発明の「含水細胞外
マトリックス含有ゲル上での組織培養」とは全く別異の培養法である
から,Nature誌は,刊行物1記載の含水細胞外マトリックス含有ゲル
上での組織培養(原告がいう「三次元組織培養」)の技術的意義が否
定されていたことの根拠とはなり得ない。むしろ,本願の優先日当
時,含水細胞外マトリックス含有ゲル上での組織培養は,摘出した腫
瘍組織の優れたインビトロ培養法として周知であったものであり(乙
3,6等),原告の主張は,上記組織培養の評価を過小に見積もった
ものである。
また,甲3(訳文・乙13)には,技術評価のための文献抽出基準
について,「研究は,化学療法が経験的(臨床試験文献に基づいて)
に選ばれた患者における結果と,化学療法がCSRA(被告注・化学
療法の感受性と抵抗性の試験法)によって選ばれた患者の結果の比較
をしていなければならない。研究は,患者が,試験に誘導されるか,
経験的治療を受けるかをランダムに割り当てる必要はないが,1グル
ープにつき20名以上の患者を含んでいなくてはならない。われわれ
は ,試験結 果と臨 床結果の相関関係のみ を報告する論文は除 外 し
た。」と記載されている。甲3で刊行物1が取り上げられなかったの
は,上記文献抽出基準を満たしていないためであり,三次元組織培養
が無視されていたからではない。
(イ) 刊行物2ないし4の腫瘍細胞の培養方法が刊行物1のものと異な
るとしても,刊行物1ないし4は,いずれも本願発明1と同様に,腫
瘍細胞の薬剤感受性を試験するという技術分野に属するものであり,
刊行物5,6は,細胞の増殖に与える薬剤の影響を検討するものであ
るから,これらはいずれも本願発明1の引用例として適切なものであ
る。
そして,刊行物1(甲4の5029頁左欄26∼36行,訳文・乙
1)には,本願の優先日当時,腫瘍細胞のインビトロ薬剤感受性試験
による,インビボでの薬剤の効果の予測性を向上させるという技術的
課題があったと記載されているから,刊行物1に接した当業者であれ
ば,腫瘍の優れた培養法である,含水細胞外マトリックス含有ゲル上
での組織培養を活用した上で,薬剤感受性の判定に用いる評価項目の
点において改良を加えようと考えるのが自然であり,刊行物1に,腫
瘍細胞に対する薬剤の影響を判断する際の様々な評価項目が記載され
た刊行物2ないし4及び細胞の増殖に与える薬剤の影響について記載
された刊行物5,6を組み合わせて,相違点1に係る本願発明1の構
成に容易に想到することができたことは明らかである。
イ 顕著な効果の看過に対し
本願明細書(甲1)には,腫瘍細胞の生存性の評価結果と増殖性の評
価結果を合わせて薬剤の効果を判断することにより,臨床結果の予測性
を向上できたことについての具体的な効果は何ら記載されていないか
ら,本願発明1が格別顕著な効果を有するとはいえない。
また,腫瘍細胞のインビトロ薬剤感受性試験の評価項目は,細胞増殖性
のみでは足りず,細胞生存性も合わせて判断すべきであるという技術思想
は周知であり(前記(1)イ),この技術思想は,腫瘍細胞の増殖性の評価
結果又は生存性の評価結果のいずれか単独よりも,腫瘍細胞の増殖性の評
価結果と生存性の評価結果とを合わせて判断する方がインビボでの効果の
予測性を向上できることを意味するにすぎないから,本願発明1の効果
は,周知例から当然に予測できる効果といえる。
なお,甲13及び甲14(訳文・乙15)は,いずれも,インビトロ薬
剤感受性試験の評価項目として細胞増殖性又は細胞生存性のいずれか一つ
しか採用していないので,本願発明1には,細胞増殖性と細胞生存性の評
価を合わせて判断することによりインビボにおける薬剤の効果の予測性を
向上させるという顕著な効果があるとの原告の主張の根拠とはなり得な
い。
以上のとおり,本願発明1が格別顕著な効果を有するものといえない。
第4 当裁判所の判断
1 周知事項の認定の誤りについて
(1) 事項Aについて
ア ①刊行物2(甲5)に,「イバリンとフォモプシンが,10 −6モルに
おいて,組織培養物中で成長する細胞数を減少させることを示した。フ
ォモプシンは[3H]チミジンと[3H]グリシンの両者の取り込みに対し阻害効
果を示したが,一方,イバリ ンは[ 3 H]グリシンの取り込みを促進 し
た。」,②刊行物3(甲6)に,「ナフトマイシンと同定される抗生物
質が土壌ストレプトマイセス菌から単離された。この抗生物質は,ip投
与により,マウスの腫瘍に対して顕著な治療活性を示した。・・・L5178
Y細胞においては,DNA及びRNAの合成は蛋白合成よりももっと著しく阻害
された。・・・これらの結果は,ナフトマイシンの細胞毒性のメカニズ
ムが多種のSH酵素,特に核酸の生合成に関与するそれらの酵素の阻害で
あることを示唆する。」,③刊行物4(甲7)に,「この研究は,マウ
スの精巣機能に対する抗ガン剤シスプラチンの影響について報告する。i
p注入によりMFIマウスに投与された,体重1kg当たり8mgのシスプラチン
の1回投与量により,間期の一次精母細胞の数だけが減少した。・・・
シスプラチンは,精巣による蛋白合成の速度に影響を与えず,また,精
巣蛋白,RNA並びにDNAの含有量にも変化はなかった。・・・精子形成に
対する影響は,おそらく一時的で,薬剤の除去後に逆行できるものであ
る。」,「DNAとタンパク合成速度の測定:DNAとタンパク合成速度は精
巣タンパクへの14 C-リジンの取り込みと,DNAへの3H-ティミジンの取り込
みで測定された。」との記載がある。
これらの記載によれば,DNA合成とともに,タンパク合成の促進,
阻害,速度等のデータ(アミノ酸である[3H]グリシン,14C-リジンの取り
込み等)が計測されており,「一般に,薬剤の細胞に対する影響を調べ
る際には,細胞増殖の指標である細胞のDNA合成と並んで,細胞の生
存の指標ともなる細胞のタンパク合成等も主要なデータとして計測され
ており,これらを総合して薬剤が細胞に及ぼす作用の詳細,そのメカニ
ズム等を検討することが,ごく普通に行われ」ており,本願の優先日当
時,事項Aが周知であったものと認められる。
イ これに対し原告は,①刊行物2ないし4は,本願発明1の三次元組織
培養とは異なる二次元での細胞培養における結果を報告するものである
が,二次元培養では,癌細胞の増殖性,シグナルの伝達,抗癌剤の評
価,遺伝子発現プロフィル等において生体内で起こっているのと同じ現
象が観察され得るものではないから,信頼性が乏しいこと,②刊行物2
ないし4は,その中で相反する結果が示されているので,これらの記載
から,細胞の生存性マーカーとしてタンパク合成を使用するという本願
発明1を容易に想到することはないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア) まず,抗腫瘍剤の評価は,抗腫瘍剤が腫瘍細胞に対してどのよう
な作用を生じるかを調べることによって行われ,その評価の指標及び
評価方法自体は,腫瘍細胞をどのように生育させたか(培養方法)に
かかわらず,適用し得るというべきであることに照らすと,刊行物2
ないし4が二次元培養を使用しているからといって,周知例として不
適切であるということはできない。
(イ) また,刊行物2ないし4の記載内容について格別不合理な点を示
す記載はない。
① 培養前後の「細胞数の減少」の原因としては,薬剤による細胞の
増殖の抑制・死滅,その他の原因が考えられ,刊行物2(甲5)
は,フォモプシンとイバリンが,「細胞数の減少」という面では同
じ結果を示していても,細胞の増殖性や生存性に対する作用が異な
っていることを示しているにすぎず,その記載に不合理な点は存し
ない。
② 刊行物3(甲6)の「Fig.1」及び「Fig.2」の両図から導き出さ
れる結論は,「L5178Y細胞においては,DNA及びRNAの合成は蛋白合
成よりももっと著しく阻害された」ということであり,アミノ酸(
アラニン)の取り込み(蛋白合成)が抗腫瘍剤の評価の指標として
使用できないことを示すものとはいえない。
③ DNAの合成速度が減少しても,DNAの含量(生存している細
胞数)が変化しないことはあり得ることであり,刊行物4(甲7)
の「精巣におけるDNAの合成速度は36%減少したにもかかわらず,DNA
の含量は変化しなかった」との記載は,DNAの合成速度が減少し
たが,生存している細胞数に影響を与えなかったことを示したもの
として理解することができる。また,刊行物4の「間期の一次精母
細胞の数だけが減少した。・・・シスプラチンは,精巣による蛋白
合成の速度に影響を与えず」との記載中,「蛋白合成の速度に影響
を与えず」との部分は,精巣全体に関するものであり,「一次精母
細胞の数だけが減少」との部分は,精巣全体に存在する細胞のう
ち「間期の一次精母細胞」のみに関するものであり,上記記載内容
は何ら相反するものではない。
(2) 事項Bについて
ア ①乙7に,「重要なことは,抗ガン剤は細胞増殖を阻害するだけでな
く,ガン細胞を生存不能にしてしまうことである。インビトロでの化学
感受性が患者での反応と同一の相関を示すなら,ガンの再発はインビト
ロでの化学感受性測定におけるガン細胞の生存率と相関している。」,
②乙8に,「抗ガン剤施用後も生存可能な腫瘍細胞が増殖能を回復でき
ることを考慮すれば,抗ガン剤にとって重要なのは,腫瘍細胞の増殖を
阻害することだけでなく,生存不能にすることである。」,③ 乙9
に,「現行の3H-TdR 法では,1)摘出腫瘍は,dividing cell とnon-divi
ding G0 cell とから成立しておりそのほとんどはnon-dividing G0 cell
であるにもかかわらず,3H-TdR法では3H-TdRが細胞周期のS期にしか取
り込まれないため,制がん剤による腫瘍細胞全体のdamageを十分表現し
きれていない可能性がある。したがって,制がん剤の効果をみるために
は 'total cell kill' の概念を生かす必要があり,non-dividing G0 ce
ll への制がん剤の効果も考慮する必要がある。」,④乙10に,「14C-l
eucine取り込みを指標とした蛋白合成が,増殖細胞だけでなく休止細胞
のbase line metabolic activityをも比較的よく反映するならば,それ
は細胞の生死cell viabilityの指標にもなるであろう。14C-leucine取り
込み法はあくまでも代謝活性をもとにしてcell viabilityを判断するも
のではあるが,相対的にcytotoxicityをみる上では普遍性のある方法と
考えられる。」との記載がある。
これらの記載によれば,本願の優先日当時,「腫瘍細胞を死滅させる
か否かは,腫瘍の増殖を抑えるか否かと並んで,抗腫瘍剤の活性を評価
する際に重要な評価項目であることが,技術常識とされており」,事項
Bが周知であったものと認められる。
イ これに対し原告は,乙7,8,10は,二次元培養における結果を報
告するものであり,抗腫瘍剤が腫瘍に対しインビボで効果的であるか否
かをインビトロで正しく予測する方法ではなく,また,乙9は,インビ
ボでのヌードマウスを用いた制癌剤に対する感受性試験であり,全く実
用性のない方法であることなどからすれば,刊行物5,6,乙7ないし
10から事項Bが自明であるとはいえないと主張する。
しかし,前記(1)イ(ア)認定のとおり,抗腫瘍剤の評価の指標及び評価
方法自体は,腫瘍細胞をどのように生育させたか(培養方法)にかかわ
らず,適用し得ることに照らすならば,格別の具体的な根拠のない限
り,二次元培養での評価項目の有効性に関する知見は,三次元組織培養
に適用できると考えるのが合理的である。また,乙7ないし10に関す
る原告指摘の他の点は,事項Bが周知であることの認定を何ら妨げるも
のではない。
(3) したがって,事項A,Bの認定の誤りをいう原告の主張は理由がない。
2 容易想到性の判断の誤りについて
(1) 組合せの困難性の主張について
相違点に係る本願発明1の構成は当業者が容易に想到し得たとした審決
の判断に誤りはない。その理由は以下のとおりである。
ア 前記1認定のとおり,「一般に,薬剤の細胞に対する影響を調べる際
には,細胞増殖の指標である細胞のDNA合成と並んで,細胞の生存の
指標ともなる細胞のタンパク合成等も主要なデータとして計測されてお
り,これらを総合して薬剤が細胞に及ぼす作用の詳細,そのメカニズム
等を検討すること」(事項A),「腫瘍細胞を死滅させるか否かは,腫
瘍の増殖を抑えるか否かと並んで,抗腫瘍剤の活性を評価する際に重要
な評価項目であること」(事項B)は,本願の優先日当時,いずれも周
知であった。
そして,刊行物1(甲4,訳文・乙1)に,「インビボにおける応答
を表示する,細胞の薬剤感受性を調べるインビトロ試験は,ガンの治療
とガン治療薬の開発にとって非常に必要とされている。」と記載されて
いるように,本願の優先日当時,腫瘍に対する抗腫瘍剤のインビトロ試
験についてインビボにおける薬剤効果の予測の精度を向上させることは
自明の課題であったものといえるから,その予測の精度を向上させるた
め,刊行物1に事項A,Bを組み合わせて,刊行物1発明において,イ
ンビトロアッセイにおける評価指標として,「細胞の増殖性」ととも
に,「細胞の生存性」を加えてその両者を比較検討してインビボでの効
果を予測する方法とすること(相違点に係る本願発明1の構成)は,当
業者が容易に想到することができたものと認められる。
イ これに対し原告は,刊行物1発明は,腫瘍細胞と正常細胞とからなる
腫瘍組織を三次元で培養する「三次元組織培養」に係る発明であるが,
本願の優先日当時,三次元組織培養に対しては,費用がかかり,面倒で
かつ不必要であるという技術的偏見があり,当業者は,三次元組織培養
の技術的意義を否定し,刊行物1を無視していたため,三次元組織培養
を使用する腫瘍細胞のインビトロ感受性試験によりインビボでの薬剤の
効果の予測性を向上できるとは考えなかったはずであるから,刊行物1
発明に事項A,Bを組み合わせる動機付けはないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
(ア) Nature誌(甲10)には,「この文献でBissellのグループは,β
1−インテグリンと言われる表面受容体に対する抗体が3−D培養で
成育した乳癌細胞の性質を完全に変化させること示した。」(訳文2
頁),「彼の,3−D培養系ではFriedlは,2つのタイプの癌細胞に
おけるタンパク質切断酵素の活性を妨げた。そして細胞は,マトリッ
クス中の間隙を通して押出すことのできるアメーバ状形に変化したこ
とを彼は見出した。」(訳文3頁),「三次元培養において成長させ
るためには,細胞は,構造タンパク質からなる細胞外マトリックスや
実際の生組織中に見出されるその他の生物学的分子を模した構造中に
埋め込まれる必要がある。・・・培養体を穏やかに加温することによ
り,細胞は新たに固体化したゲル中に埋め込まれることになる。」(
訳文・乙4)との記載,及び3−D培養した乳癌細胞の写真(原文の
870頁上段)の掲載があり,これらによれば,Nature誌記載の「3
−D培養」は,腫瘍細胞のみを三次元で培養することを意味するもの
であって,原告の主張する腫瘍細胞と正常細胞とからなる腫瘍組織を
三次元で培養する「三次元組織培養」とは異なるものであることが認
められるから,原告の指摘するNature誌の記載箇所が当業者が三次元
組織培養の技術的意義を否定し,刊行物1を無視していたことの根拠
になるものではない。
(イ) かえって,乙2(「FREEMAN,AE et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA
., Vol.83, pp.2694-2698 (1986)」)には,「他の研究者(例えば,
参照文献3∼6)は,インビボ状況を説明する際に腫瘍細胞の三次元
のインビトロ増殖が重要であることを強調してきた。培養された腫瘍
を実際の癌を代表するものとするために,インビトロで増殖するよう
に,腫瘍がその細胞構成と構造,発癌特性,分化機能,またインビボ
で存在する可能性のある細胞の不均質性を維持することが不可欠であ
る(7)。」,「壊死組織を切り取り,残りの健全な腫瘍組織を剪刀
で1立方ミリメートル相当の断片に分割する。この腫瘍片5∼10個を
コラーゲン表面に置き,そこで腫瘍片はくっつくか,緩やかな繊維組
織に組み込まれるようになる。」,「本研究の結果は,外科的手術か
ら直接得て,浮遊する豚皮由来のコラーゲン・ゲル上に移植された多
様なヒト腫瘍を,高い増殖能を利用して長期間にわたり培養すること
ができ,しかもその成功の頻度が高いことを示している。腫瘍は,三
次元増殖,組織構成及び構造,分化機能,単一の腫瘍からの複数の細
胞型の増殖を含めたインビボ状態の特性を維持することができる。」
との記載があり,これらの記載によれば,本願の優先日当時,「他の
研究者」も腫瘍細胞と正常細胞とからなる腫瘍組織を三次元で培養す
る「三次元組織培養」の重要性を認識し,研究を行っていたことを理
解することができる。
(ウ) 原告は,アメリカ癌治療学会が発行した「化学療法の感受性と抵
抗性の試験法」についての文献(文献数1137)を検討した特集記
事である甲3において,三次元組織培養について言及も考察も何らさ
れていないことは,本願の優先日当時,三次元組織培養の技術的意義
が無視されていたことを示すものであると主張する。しかし,甲3(
訳文・乙13)は,臨床試験文献に基づいて選ばれた患者における結
果とCSRA(「化学療法の感受性と抵抗性の試験法」)によって選
ばれた患者の結果を比較し,かつ1グループにつき20名以上の患者
を含んでいることなど独自の基準を設けて検討の対象とする文献を選
択しており,甲3において刊行物1が取り上げられなかったことが当
業者が刊行物1を無視していたことの根拠になるものではない。
(エ) したがって,当業者が三次元組織培養の技術的意義を否定し,刊
行物1を無視していたことを前提とする原告の上記主張は,その前提
を欠くものであり,採用することができない。
ウ また,原告は,①刊行物2ないし6は,二次元培養における結果を報
告するもので,三次元組織培養を開示するものではないのみならず,抗
腫瘍剤評価における生存性と直接関連するものでも,本願発明1の抗腫
瘍剤の効果を癌細胞の生存性に基づいて予測するインビトロ方法を示唆
するものでもないこと,②甲11(Nature誌)及び甲12は,刊行物1
と細胞の増殖性及び細胞の生存性との区別は無関係であることを示し,
増殖性と生存性を一つに組み合わせて測定することが本質的に困難であ
ることを暗に示していることからすれば,刊行物1と刊行物2ないし6
を組み合わせることはそもそも困難であり,また,これらを組み合わせ
ても,細胞生存の指標ともなるタンパク合成に与える影響を調べ,これ
を抗腫瘍剤としての評価項目の一つとすることにより,インビボにおけ
る薬剤の抗腫瘍効果をより的確に予測しようとすることは,当業者が容
易に想起し得るものではないと主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下のとおり理由がない。
前記ア認定のとおり,抗腫瘍剤の腫瘍に対するインビトロ試験につい
てインビボにおける効果の予測の精度を高めることは自明の課題であっ
たものといえるから,刊行物1に事項A,Bを組み合わせて,刊行物1
発明において,インビトロアッセイにおける評価指標として,「細胞の
増殖性」とともに,「細胞の生存性」を加えることは容易に想到するこ
とができたものと認められる。また,前記イ(ア)認定のとおり,Nature
誌記載の「3−D培養」は,腫瘍細胞のみを三次元で培養することを意
味するもので,原告の主張する腫瘍細胞と正常細胞とからなる腫瘍組織
を三次元で培養する「三次元組織培養」とは異なるものであり,甲1
1(Nature誌)は,刊行物1の技術については言及していない。さら
に,甲12が,成育阻害(増殖性)と細胞死(生存性)との間に基本的
違いがあることを示しているとしても,基本的な違いがあるものを評価
指標とすることにより評価の精度を高めることになることは研究者であ
れば当然考えることであるから,成育阻害(増殖性)と細胞死(生存
性)との基本的な違いが両者を評価指標として組み合わせることの阻害
要因となるものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ 以上のとおり,相違点に係る本願発明1の構成は当業者が容易に想到
し得たとした審決の判断に誤りはない。
(2) 本願発明1の顕著な効果の看過の主張について
ア 原告は,従来の二次元培養では生体内(インビボ)で起こっている現
象と異なるため,そのインビトロアッセイでは抗腫瘍剤が腫瘍に対して
インビボで効果的であるか否かを正しく予測することができなかった
が,本願発明1は,インビボの環境をシミュレーションすることができ
る三次元組織培養を使用し,インビトロにおける細胞生存能力と細胞増
殖能力の測定結果を合わせ利用することによって,抗腫瘍活性を正しく
予測することを可能にするという顕著な効果を有するのに,審決には,
これを看過した誤りがあると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用することができない。
(ア) 本願明細書(甲1)には,実施例3として,①「卵巣カルチノー
マに罹った患者S.D.から得た外植腫瘍組織は,メルファラン10μg/m
lで,細胞増殖能力が70%以上に阻害され」,インビボ(メルファラ
ンを使用した治療)では,「治療中に腫瘍サイズの減少を示し」たこ
と,②胸部カルチノーマに罹ったD.H.に対し,「5−フルオロウラシ
ル又はアドリアマイシンのいずれかの存在下で」行った培養は,「患
者D.H.の胸部カルチノーマ組織の細胞増殖能力を,十分に(すなわ
ち,90%より多く)阻止」せず,「5−フルオロウラシル又はアド
リアマイシンのいずれかを使用した」インビボ治療に反応しなかった
こと,③結腸・直腸癌に罹った患者V.S.に対し,「5−フルオロウラ
シルの存在下で」行った外植組織の培養は,「患者V.S.の結腸カルチ
ノーマ細胞の細胞増殖能力を十分に(すなわち,90%より多く)阻
止」せず,「5−フルオロウラシルを使用した」インビボ治療に反応
しなかったことが記載されている。
しかし,上記①ないし③記載の実験は,三次元組織培養を行った場
合,インビトロにおける「抗増殖性試験」の予測精度が高いことを示
すが,これは刊行物1発明により奏される効果にすぎず,「抗生存性
試験」を組み合わせるとさらに予測精度が高まることを何ら示すもの
ではなく,他に本願明細書中にこのことを示唆する記載はない。
(イ) 原告は,仮に本願明細書にインビトロにおける細胞生存能力及び
増殖能力の測定結果を合わせて評価した結果が記載されていないとし
ても,両者を合わせて評価することによりインビボでの腫瘍阻止能力
を正しく予測できる見込みが高まることは,自明なことであり,甲1
3,14にこれを裏付ける記載がある旨主張する。
しかし,「単一の評価指標により予測するより,複数の評価指標に
より予測する方が予測精度が高まる」との一般論から理解できる程度
の効果が,本願発明1の効果が顕著であることの根拠にならないこと
は明らかである。また,甲13は,インビトロ薬剤感受性試験におい
て細胞増殖性のみを評価項目とし,甲14(訳文・乙15)は,細胞
生存性のみを評価項目としたものあって,甲13及び甲14は,いず
れも細胞増殖性及び細胞生存性の両者を評価項目としたものではない
から,両者を合わせて評価することによりインビボでの腫瘍阻止能力
を正しく予測できる見込みが高まることを示すものではない。
イ したがって,本願発明1において,相違点に係る構成を採用すること
により,予測しがたい格別の効果が得られたということもできないとし
た審決の判断に誤りはなく,審決に格別な効果を看過した誤りはない。
3 結論
以上によれば,審決に相違点の判断の誤りがあるものとは認められないか
ら,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当
たらない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 嶋 末 和 秀
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