平成18(行ケ)10170審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成19年1月23日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告Y 原告X
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法令 |
特許権
特許法29条2項2回
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キーワード |
刊行物191回 審決39回 実施9回 無効8回 特許権2回 進歩性2回 無効審判1回
|
主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本判決においては,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
本件は,原告の有する「端末機」に係る本件特許(後記)について,被告が無効
審判請求をしたところ,特許庁は,当該請求項に係る発明は引用刊行物1,2記載
の発明及び周知技術に基づき当業者が容易に想到し得たものであるとしてこれを無
効とするとの審決をしたため,原告がその取消しを求めた事案である。 |
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判決文
平成18年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件
平成19年1月23日判決言渡,平成18年11月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 X
訴訟代理人弁理士 中村和男,及川周
被 告 Y
訴訟代理人弁護士 上山浩,弁理士 佐川慎悟
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2005−80107号事件について平成18年3月8日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本判決においては,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
本件は,原告の有する「端末機」に係る本件特許(後記)について,被告が無効
審判請求をしたところ,特許庁は,当該請求項に係る発明は引用刊行物1,2記載
の発明及び周知技術に基づき当業者が容易に想到し得たものであるとしてこれを無
効とするとの審決をしたため,原告がその取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲11)
特許権者:X(設定登録時の特許権者は原告及びAであったが,その後,原告は
Aの持分を譲り受け,平成18年3月15日付けで持分移転登録を行った。
)
発明の名称: 端末機」
「
特許出願日:平成14年8月19日(特願2002−238677号。平成12
年2月25日に出願した特願2000−50234号の一部を新たな特許出願とし
たもの。)
設定登録日:平成15年4月4日
特許番号:第3415616号
(2) 本件手続
審判請求日:平成17年4月7日(無効2005−80107号)
訂正請求日:平成17年11月21日(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の
明細書(甲12)を「本件明細書」という。)
審決日:平成18年3月8日
審決の結論: 訂正を認める。特許第3415616号の請求項1ないし4に係
「
る発明についての特許を無効とする。」
審決謄本送達日:平成18年3月18日(原告に対し。
)
2 本件発明の要旨(本件訂正後のもの。以下「本件発明1」などという。)
【請求項1 】「基地局を介して無線通信を行う移動通信体と短距離通信を行う短距
離通信手段と,前記移動通信体の電子マネー金額を増額または減額処理する変額処
理手段とを有し,金融システムサーバにアクセス可能な端末機であって,
商店に支払う支払い金額を前記移動通信体の前記電子マネー金額から支払い処理
する際には,前記移動通信体と短距離通信可能な状態で,前記移動通信体または前
記端末機に前記支払い金額が入力されることに応じて,前記移動通信体から前記電
子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信し,前記金融システムサーバに対
して前記支払い金額を前記電子マネーを一時的にプールする当座口座から前記商店
の口座に送金する処理要求を送信し,受信した前記電子マネー金額に対して前記支
払い金額を前記変額処理手段によって減額して新たな電子マネー金額を求め,さら
に前記新たな電子マネー金額を前記短距離通信手段によって前記移動通信体に送信
するように構成されたことを特徴とする端末機。
【請求項2】暗号化状態の電子マネー金額を解読する解読手段と,解読された電子
マネー金額と可読状態の電子マネー金額とを照合する照合手段と,可読状態の電子
マネー金額を暗号化する暗号化手段とを有し,
商店に支払う支払い金額を前記移動通信体の前記電子マネー金額から支払い処理
する際には,前記移動通信体と短距離通信可能な状態で,前記移動通信体または前
記端末機に前記支払い金額が入力されることに応じて,前記移動通信体から可読状
態および暗号化状態の電子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信し,受信
した前記暗号化状態の電子マネー金額を前記解読手段によって解読し,前記解読さ
れた電子マネー金額と前記可読状態の電子マネー金額とを前記照合手段によって照
合し,前記照合結果が不一致である場合には前記電子マネー金額からの支払い処理
を禁止する一方,前記照合結果が一致する場合には前記電子マネー金額からの支払
い処理を継続し,求めた前記新たな電子マネー金額を前記暗号化手段によって暗号
化し,前記暗号化した新たな電子マネー金額および暗号化していない可読状態の新
たな電子マネー金額を前記短距離通信手段によって前記移動通信体に送信するよう
に構成された請求項1記載の端末機。
【請求項3】前記移動通信体の前記電子マネー金額に所定の補充金額を補充処理す
る際には,前記移動通信体と短距離通信可能な状態で,前記移動通信体または前記
端末機に前記補充金額が入力されることに応じて,前記移動通信体から前記電子マ
ネー金額を前記短距離通信手段によって受信し,前記金融システムサーバに対して
前記補充金額を前記当座口座に入金する処理要求を送信し,受信した前記電子マ
ネー金額に対して前記補充金額を前記変額処理手段によって増額して新たな電子マ
ネー金額を求め,前記新たな電子マネー金額を前記短距離通信手段によって前記移
動通信体に送信するように構成された請求項1記載の端末機。
【請求項4】暗号化状態の電子マネー金額を解読する解読手段と,解読された電子
マネー金額と可読状態の電子マネー金額とを照合する照合手段と,可読状態の電子
マネー金額を暗号化する暗号化手段とを有し,
前記移動通信体の前記電子マネー金額に所定の補充金額を補充処理する際には,
前記移動通信体と短距離通信可能な状態で,前記移動通信体または前記端末機に前
記補充金額が入力されることに応じて,前記移動通信体から可読状態および暗号化
状態の電子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信し,受信した前記暗号化
状態の電子マネー金額を前記解読手段によって解読し,前記解読された電子マネー
金額と前記可読状態の電子マネー金額とを前記照合手段によって照合し,前記照合
結果が不一致である場合には前記電子マネー金額の補充処理を禁止する一方,前記
照合結果が一致する場合には前記電子マネー金額の補充処理を継続し,求めた前記
新たな電子マネー金額を前記暗号化手段によって暗号化し,前記暗号化した新たな
電子マネー金額および暗号化していない可読状態の新たな電子マネー金額を前記短
距離通信手段によって前記移動通信体に送信するように構成された請求項3記載の
端末機。
3 審決の要旨
審決は,以下のとおり,上記訂正を認めた上で,本件発明は,後記刊行物1,2
記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであると判断した。
3-1 請求人(原告)の主張(本件と関連するのは,請求人の主張する以下の無
効理由のみであるので,他の無効理由の記載は省略する。)
「本件特許の請求項1から4に係る発明は,その特許出願の前に日本国内又は外国において
頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
ものであるから,これら請求項1から4に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してな
されたものであり,同法123条1項2号に該当する。
刊行物1: 国際公開第96/09592号パンフレット(本訴甲1の1)
刊行物2: 国際公開第99/03079号パンフレット (甲2の1)
刊行物3: 特表平11−501424号公報 (本訴甲3)
刊行物4: 登録実用新案第3051748号公報(本訴甲4)
刊行物5: 特開平9−116960号公報(本訴甲5)
刊行物6: 特開平10−40323号公報 (本訴甲6)
刊行物7: 特開平3−241463号公報 (本訴甲7)
刊行物8: 特開平2−1049号公報 (本訴甲8)
刊行物9: 特開昭63−32658号公報(本訴甲9)
刊行物10: 矢沢哲也ほか .[座談会]IC型地域商業・金融カードの今後を見通す 」
「 .カー
ド・ウェーブ,第10巻,第11号,1997年10月,11―16ページ . (本訴甲10)
」
3-2 本件発明1について
(1) 刊行物1記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)
「(1)POSにおいて購入をする客個人に属するものであり(personal to a customer 12 w
ho is making a purchase at POS 10)スマートカード(smart card )であるところの電子ウォ
レット(electronic wallet 9)に対して,その電子ウォレットとの間で非接触通信(contact
less communication)を行うカードインタフェース(card interface 351)と,
(2)電子ウォレット内の電子パース(electronic purse 310)の内部の電子現金(electronic
cash)の貯蔵額を減少させるとともに電子キャッシュドロア(electronic cash drawer 364)
における電子現金の貯蔵額を同じ金額分だけ増加させる動作をする電子パース支払ユニット(e
lectronic purse payment unit 363)と,電子現金を現金プール(cash pool)から購入する
ようなときにその電子現金を電子パースにロードする機能をもつ電子パースローディングユ
ニット(electronic purse loading unit 365)とを有しており,
(3)各金融機関の取引処理センター(transaction processing centers of financial institu
tions 20A―20K)とは必要に応じて通信する,支払ユニット(payment unit 8)であって,
(4)電子現金を$BALANCEほど貯蔵している電子ウォレットを受け付け(452 ),$SUMの支払要
求をPOS(10)からPOSインタフェース(POS interface 353)を通じて受信し(453 )
,
電子パース払いの実行可能性(purse payment feasibility)をチェックし(455 ),実行でき
るようであれば,支払いを電子パース支払ユニットを通じて行い(457 )
,
(5)電子キャッシュドロア内に蓄積された電子現金を,適当な各金融機関の取引処理センター
の現金プールユニット(cash pool unit 384)との決済によってお金(money)に変換させ,
その後,商人の銀行口座(merchant's bank account)に預金し,
(6)前記の電子パース払いの実行可能性のチェック(455)を行うときには,$SUM≦$BALANCE
か否かの比較判断を行い,
(7)前記の電子パース支払ユニットを通じての支払い(457)を行うときには ,$SUMを電子パー
スから払わせ$BALANCEを更新させる
支払ユニット。」
(2) 刊行物1発明と本件発明1との対比
「(1) 「POSにおいて購入をする客個人・・・カードインタフェースと」
POSにおいて(at POS 10)という表現には,被請求人も指摘しているように,用語の説
明との関係で不明りょうさが残るが,商品の販売やサービスの提供が行われている場所にPO
S(用語の説明にあるとおりのユニットの一部としてのPOS)が設置されていること,その
場所に客が行き商品の購入やサービスの利用をして支払いをすること,支払いをする客が携帯
してその場所に持って行くのがスマートカード(smart card)であるところの電子ウォレット
(electronic wallet)であることは,刊行物1におけるPOSとその利用に関連する記載を
通してみれば直ちに把握できる明りょうな事項である。
そして,請求項1の「移動通信体 」も,支払いをする者が支払いをすべき場所に携帯して持っ
て行く「携行品」(訂正明細書の段落0007,0026,0170ほか)である。
してみると,刊行物1のスマートカードである電子ウォレットは ,請求項1の「移動通信体 」
とは ,「携行品」という概念で共通する 。「携行品」の具体的態様の相違は,相違点1として
(
抽出する。)
また ,カードインタフェース(card interface)については ,支払ユニット(payment unit)
において前記のスマートカードである電子ウォレットとの間で非接触通信(contactless comm
unication)を行うものとされているところ,スマートカードにおける非接触通信といえば,
通常,近接型や近傍型を含むNFC(近距離通信)各種のことであるから,このカードインタ
フェースは請求項1の「短距離通信」を行うものといえる。
したがって,刊行物1のカードインタフェースと請求項1の「短距離通信手段」とは,支払
いをする者が携帯して支払いをすべき場所に持ってくる携行品との間で「短距離通信を行う短
距離通信手段」である,という点で共通する。
(2) 「電子ウォレット内の・・・電子パースローディングユニットとを有しており」
刊行物1の電子現金(electronic cash)は,カード型,残高型,及びクローズド・ループ
型などに分類できる典型的な電子マネーであって,電子マネーに転換した分の残高が個人ごと
の特別の残高ではなく発行機関ごとの残高として決済までの間プールされるような運用形態を
とる電子マネーである。
このことは,上記の4-1-2の(4c )(4i)の記載(判決注:審決のうち,刊行物の記
載を摘示した部分の引用は省略する。以下,同様 。
)からも,また ,
(4h)の金融機関の構成
についての記載の中にひとつの現金プール(a cash pool)という表現があり,金融機関ごと
にひとつプール用の口座あるいは勘定があることが示されている( 4i)の記載の中では口
(
座あるいは勘定としてではなく勘定業務を行うユニット(accounting unit )あるいは現金プー
ルユニット(cash pool unit)として説明されているが,プール総額を管理する口座あるいは
勘定は当然存在していると解される 。 ことからみても ,さらには, 7a ) 7b ) 7c ) 8
) ( ( ( (
a)の各段落や関連各図においてプール総額の管理がない電子キャッシュ小切手(electronic
cache check)が電子現金とは区別して扱われていることからみても,明白である。
したがって,刊行物1の電子現金は,請求項1の「電子マネー」に相当する。
そして,刊行物1の電子パース支払ユニット(electronic purse payment unit)は ,
「電子
マネー」を扱うものであるから,請求項1にいう「電子マネー金額を増額または減額処理する
変額処理手段」に相当する。
刊行物1の電子現金について,被請求人は,$SUM>$BALANCEだと電子現金が銀行口座から
補充されてしまうという構成を挙げ,この電子現金は「本件発明1の通常の意味でいう電子マ
ネーとは異なる」と主張している(平成17年11月28日付け上申書(以下「上申書」とい
う。 2―3ページ,2-1-3について(2) が,上記(4c ) 4i ) 4h ) 7a ) 7b )
) ) ( ( ( (
(7c )(8a)等の記載からみて,刊行物1の電子現金が電子マネーとしての基本的属性を
有することは明らかである。
被請求人が挙げる,不足時に銀行口座から補充されてしまうという前記の構成にしても,電
子現金は直接電子キャッシュドロアや商人の口座に届いたりはせず,いったんは電子ウォレッ
トへと流れるのであるから,この補充も基本的には通常の電子マネーにおける流れの枠組みに
沿ったものでしかない。
すなわち,刊行物1の電子現金は,サービス上あるいは機能上の拡張がなされた(通常の電
子マネーの最も基本的なサービスや機能として考えられるものよりは拡張された)電子マネー
ではあっても,もはや電子マネーとして認識され得ないものというには全く当たらない。
したがって,被請求人の主張は採用できない。
(3) 「各金融機関の・・・支払ユニットであって」
刊行物1の取引処理センター(transaction processing center)は,文言上は施設を表し
ているが,処理内容についての説明と技術上の常識とからみればその中に請求項1の「金融シ
ステムサーバ」に相当する情報処理装置を含むことは明らかであり,刊行物1の支払ユニット
(payment unit)は,当然その情報処理装置に対してアクセスしていると認められる。
そして,この支払ユニット自体は,請求項1の「端末機 」に相当するものである 。 刊行物1
(
では,端末(terminal)という用語はハブ(hub)と対置させた用語として上記4-1-2で摘
記した箇所以外の箇所で用いられているが,支払ユニットがごく普通の意味で端末であるのは
明らかである。)
したがって,刊行物1の支払ユニットは請求項1の「金融システムサーバにアクセス可能な
端末機」に相当する。
(4) 「電子現金を・・・電子パース支払ユニットを通じて行い」
上記4-1-2の(5a)から(5e)までの記載からみて,刊行物1の支払ユニット(paym
ent unit)は,当然,ブロック452以降で速やかに電子ウォレットとの通信リンクを確立し
ているといえ,また,ブロック455に至るまでには必ず$SUMの値と比較するための$BALAN
CEの値を電子ウォレットから通信リンクを介して受信しているということができる。
したがって,(4)の処理における上記の動作と,請求項1の「支払い処理する際」の動作と
は,「商店に支払う支払い金額を」携行品の「前記電子マネー金額から支払い処理する際」に
「短距離通信可能な状態で 」その携行品から 前記電子マネー金額を前記短距離通信手段によっ
「
て受信」する動作として共通する。
もっとも,$BALANCEをいつの時点で何に応じて受信しているかについて,刊行物1には明
示的な記載がない 。(この点は,相違点2として抽出する 。
)
また,刊行物1の記載によれば,支払ユニットは「支払い金額」$SUMの「入力」には直接
関わっておらず,外部のPOSからPOSインタフェース(POS interface)を介して$SUMを
受信している。(この点は,相違点3として抽出する 。
)
(5) 「電子キャッシュドロア内に・・・銀行口座に預金し」
「電子キャッシュドロア内に蓄積された電子現金を・・・お金(money)に変換させ,その
後・・・預金」するとは,通常の(クローズド・ループ型の)電子マネーについての基本的知
識と刊行物1における電子現金の流れに関連する記載とからみて,明らかに,そのように「変
換」させ「預金」させることを要求するメッセージを支払ユニットが適切な金融機関の取引処
理センターへと送信し,そのメッセージをその取引処理センターが受信し,その取引処理セン
ターが,お金への,すなわち本来の通貨への変換を行い,変換したそのお金を商人の預金口座
へと入金する,ということである。
したがって,(5)の処理における支払ユニットによる上記の送信動作と,請求項1の「処理
要求」の「送信」とは ,「前記金融システムサーバに対し」て電子マネーで受領した「支払い
金額」に係る金額を「電子マネーを一時的にプールする」口座あるいは勘定から「前記商店の
口座に送金」させる「処理要求」を「送信」する動作として共通する。
もっとも,刊行物1発明においては,お金に変換されるのは,電子キャッシュドロアに蓄積
された(accumulated in electronic cash drawer)分のまとまった額であるから,刊行物1
発明では「処理要求」の送信として個々の受領金額を送信してはいない,すなわち ,「支払い
金額 」として入力のあった「前記 」支払い金額を個別に送信してはいない ,ということになる 。
(この点は,相違点4として抽出する 。
)
(6) 「前記の電子パース払いの・・・比較判断を行い」
コンピュータの処理において,大小の比較判断が実際に減算を行ってみることによる判断で
あることは技術常識であるから,この(6)の処理は,請求項1の「前記電子マネー金額に対し
て前記支払い金額を前記変額処理手段によって減額」する動作を行っているといえる。
もっとも,減算を「新たな電子マネー金額を求め」るために行い,その減算の結果をそのま
ま「新たな電子マネー金額 」として(次の(7)の送信において )用いているか否かについては ,
刊行物1には明記されていない。
(この点は,相違点5として抽出する 。
)
(7) 「前記の電子パース支払ユニットを通じての・・・更新させる」
「前記の電子パース支払ユニットを通じての支払いを行うときに」は ,「電子パースから・
・・払わせ・・・更新させる」ために,当然,電子ウォレット内の現残高を新残高に更新させ
るためのなんらかの情報を送信していると解することができる。すなわち,この(7)の処理に
おける送信動作と,請求項1の「短距離通信手段によって・・・送信する」ところの「送信」
とは ,電子マネー金額を「新たな電子マネー金額」に更新させる情報を「短距離通信手段によっ
て・・・送信する」送信動作として共通する。
(3) 一致点及び相違点
「以上の検討をまとめると,本件発明1と刊行物1発明は ,次のとおりの一致する構成をもっ
ている,ということができる。
「携行品と短距離通信を行う短距離通信手段と,前記携行品の電子マネー金額を増額または
減額処理する変額処理手段とを有し,金融システムサーバにアクセス可能な端末機であって,
商店に支払う支払い金額を前記携行品の前記電子マネー金額から支払い処理する際には,前
記携行品と短距離通信可能な状態で,前記携行品から前記電子マネー金額を前記短距離通信手
段によって受信し,受信した前記電子マネー金額に対して前記支払い金額を前記変額処理手段
によって減額し,さらに前記携行品の電子マネー金額を新たな電子マネー金額に更新させる更
新情報を前記短距離通信手段によって前記携行品に送信するように構成されたことを特徴とす
る端末機。」
一方,本件発明1と刊行物1発明との間には,以下の点で構成上の相違がある。
(相違点1) 本件発明1の携行品が「短距離通信」のみならず「基地局を介して無線通信を
行」うこともできる 移動通信体」
「 であるのに対して ,刊行物1発明の携行品は非接触通信 「短
(
距離通信」)を行うのみのスマートカードであるところの電子ウォレットである点。
(相違点2 )「電子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信」する動作の呼応関係につ
いて,本件発明1では「支払い金額が入力されること」に「応じて 」「受信し」ているのに対
して ,刊行物1発明では,何に応じて$BALANCE( 電子マネー金額 」 を受信しているのかが ,
「 )
明示的な記載がないため,はっきりしない点。
(相違点3 )「支払い金額」の取得について,本件発明1では「前記移動通信体または前記端
末機に前記支払い金額が入力され」ているのに対して,刊行物1発明では外部のPOSからP
OSインタフェースを介して支払ユニット( 端末機 」
「 )が$SUM( 支払い金額 」
「 )を受信して
いる点。
(相違点4 )「端末機」から「金融システムサーバ」へのアクセスに関連して,本件発明1で
は, 支払い処理する際」に「端末機」から「金融システムサーバ 」への送信を行っており , 端
「 「
末機」は,その際,個々に入力される「支払い金額」について,その「前記支払い金額を前記
電子マネーを一時的にプールする当座口座から前記商店の口座に送金する処理要求を送信し」
ているのに対して,刊行物1発明では,個別の支払いの際には支払ユニット( 端末機 」
「 )から
金融機関の取引処理センター( 金融システムサーバ 」
「 )への送信は行っておらず,支払ユニッ
トは,支払いを通じて蓄積されたまとまった額の電子現金( 電子マネー 」
「 )について,それら
を金融機関において本来の通貨へと変換させ現金プールユニットに係るなんらかの口座あるい
は勘定( 電子マネーを一時的にプールする」口座あるいは勘定)から商人の銀行口座( 商店
「 「
の口座」)へお金として送金させる処理要求を送信している点。
(相違点5 )「新たな電子マネー金額」へと更新させる更新情報の「送信」について,本件発
明1では「減額して新たな電子マネー金額を求め」ておき,その求めておいた「新たな電子マ
ネー金額」をそのまま更新情報として送信しているのに対して,刊行物1発明では ,「新たな
電子マネー金額」を扱っているか否か,また,それを更新情報として送信に用いているか否か
が,明示的記載がないため,はっきりしない点 。
」
(4) 相違点の判断
ア 相違点1について
「セルラー電話であってカード代わりに使える電話機,すなわち,セルラーネットワークの
基地局に接続して移動体通信ができる電話機( 基地局を介して無線通信を行う移動通信体 」
「 )
であって,通常の移動体通信の手段( 無線通信手段 」
「 )のみならず店頭に設置された支払決済
端末との間で直接通信を行える通信インタフェース( 短距離通信手段 」
「 )をも電話機本体に備
えており,さらに,金融機関のカードに相当する情報や機能が付加されたスマートカードを電
話機本体に収納しており(あるいはICチップを電話機に内蔵しており ),店にカードを携行
する代わりにその電話機を携行でき,店頭の支払決済端末との間で直接通信させることによっ
てカードに係る各種の決済手段でカード払いをすることができるもの ,という電話機の概念は ,
例えば刊行物2ないし5にもみられるように周知である 。 特に ,刊行物2では ,5ページ18
(
行からの段落,27ページ28行からの段落 ,また9ページ9行からの段落の記載を ,刊行物3
では,図1と6それぞれについての説明と22ページからの他の実施例についての説明を,刊
行物4では段落0010以降の説明を,また,刊行物5では段落0035以降の説明を,それ
ぞれ参照。なお,刊行物3ではGSM移動電話,刊行物4では携帯無線電話機,刊行物5では
携帯電話機として言及されているが,これらの電話機はいうまでもなくセルラーネットワーク
により移動体通信を行う電話機である 。
)
してみると,刊行物1発明において,店に携行して店頭で電子ウォレットとして用いてカー
ド払いできるような携行品として電子ウォレットの情報や機能が付加されたセルラー電話の電
話機を採用し,上記の相違点1に係る構成を請求項1にあるとおりの構成とすることは,当業
者が容易になし得ることである。
相違点1についての被請求人の主張・・・は,刊行物1の記載事項を誤解して主張するもの
であり,周知性を示すために挙げた刊行物2ないし5について,単に個別に特定の記載が見出
せない旨の主張をするものであり,また,技術上の阻害要因について誤解して主張するもので
あるから・・・,いずれも採用することができない 。
」
イ 相違点2について
「二種類の情報を用いることが必須である情報処理において,一方の情報が確定したとき初
めて他方の情報を取得するようにすることは ,情報を取得するタイミングとして合理的であり ,
そのような処理の流れは,タイミングに関する技術面の問題やその他の実際上の制約などがな
い限り,一般的に想起されるものである。
そして,刊行物1発明における店頭での支払いについて当業者が検討する場合でも,支払合
計額である$SUMが確定したときにそれに「応じて」残高である$BALANCEを取得するという処
理の流れは,上記のようなタイミングによる処理の流れの例として容易に想起される程度のも
のといえる。
したがって,刊行物1発明において上記の相違点2に係る構成を請求項1にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
相違点2についての被請求人の主張・・・は,単に刊行物1ないし10の中に根拠となる明
示的な記載が見出せないと主張するものであり,また,どのようなタイミングで情報を取得す
るかを選択することとは関係しない効果をいうものであるから,いずれも採用することができ
ない 。」
ウ 相違点3について
「刊行物1の説明において支払ユニットとPOSとはともに小売ユニット(retail unit)
の構成要素とされているところ,このうち,POSは,例えばスーパーのレジであるとされて
いる(4-1-2(3a ))ことから,従来の(普通の単機能的な)レジとしての位置づけにあ
ると解され,それに対して,支払ユニットは,POSインタフェースに加えてカードインタ
フェース(card interface)やカスタマーインタフェース(customer interface)を持つこと
からみて,レジに併設する(多機能的な)カード取引端末としての位置づけにあると解される 。
しかし,支払ユニットとPOSを単に合わせた統合型の多機能POS端末はごく容易に想起
できるといえるから,刊行物1発明において相違点3に係る構成を請求項1にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
なお ,・・・刊行物1には上記4-1-2で摘記した箇所以外に"For example,the point of
sale and the payment unit of the present invention need not be separate units and ma
y share some of the hardware components,such as their central processing unit,one
example being a cash register version incorporating both units."とする文があり(49
ページ6―9行),POSと支払ユニットとを統合できることが開示されている 。
」
エ 相違点4について
「まず,電子現金の個々の支払いに際して個別に直ちに決済の処理要求を送信するようにで
きるか否かについて検討する。
個別に直ちに決済を請求する形態は,デビットカードにみられるように,他の決済手段にお
いて周知であり,刊行物1で扱われている決済手段の中でも,少なくとも電子キャッシュ小切
手(electronic cache check)における決済についてはこのとおりの形態がみられる。
また,電子現金において決済を請求する形態をどうするかは,電子現金に関係する実際の各
種ユニットの構造や動作などに関する技術的事項とは関係なく,加盟店業務に係る業務上の得
失を検討して任意に選択できる,人為的取り決めともいうべきことであり,電子キャッシュ小
切手や他の決済手段における形態であっても任意に採用を検討できることである。
してみると,刊行物1発明において,電子現金の個々の支払いに際して,個別に直ちに処理
要求を送信するようにすることは,当業者が容易になし得ることである。
次に,電子現金の現金プールに係る口座あるいは勘定を当座口座とすることができるか否か
について検討する。
金融機関における口座あるいは勘定の位置づけは,上記決済の請求と同様 ,実際の各種ユニッ
トの構造や動作などに関する技術的事項とは関係なく,金融機関の電子現金発行機関としての
実務上の方針に応じて任意に検討し決定できることであり,かつ,それは,上記の決済の請求
についての検討に制約を受けることなく並行して任意に検討できることである。
してみると,個別に直ちに決済を請求する形態を採用し,かつ現金プールの口座を当座口座
とすること,すなわち ,「支払いの際に」個別の「支払い金額」について「処理要求を送信」
させ ,かつその「処理要求」を電子現金を変換させ電子現金を「一時的にプールする当座口座 」
から「商店の預金口座に送金」させる要求として「送信」させるようにすることは,当業者が
容易に想起できることである。
したがって,刊行物1発明において上記の相違点4に係る構成を請求項1にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
相違点4についての被請求人の主張・・・は,単に本件発明1が「一般的決済」の発明でな
い旨を主張し,また ,刊行物1の記載事項を誤解して主張するものであるから ,採用できない 。」
オ 相違点5について
「残高の更新を新残高の値そのものを書き込むことで実現するようにすることは,例えば刊
行物6ないし9のそれぞれの記載にもみられるように,周知の技法である 。(特に,刊行物6
では段落0029―0031を,刊行物7では5ページ右上欄11行からの段落を,刊行物8
では図6についての説明を,刊行物9については図10と12を,それぞれ参照 。
)
この技法は,磁気カードはもとよりICカードにおいても一般的に行われている技法であり ,
どのような携行品のどのような記録メディアに書き込むかということには直接制約されない,
携行品が単体のスマートカードであってもスマートカードを収納した(あるいはICチップを
内蔵した)電話機であっても採用できる技法である。
してみると,刊行物1発明において上記の相違点5に係る構成を請求項1にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
相違点5についての被請求人の主張・・・は,周知性を示すために挙げた刊行物6ないし9
について個別に特定の記載が見出せないと主張するか,あるいは特定の刊行物の特定の記載を
とらえて阻害要因の存在を主張するものでしかないから,採用することができない 。
」
(5) まとめ
「相違点は上記の相違点1ないし5のみであって,いずれの相違点についても,刊行物1発
明において請求項1にあるとおりの構成をとるようにすることは,当業者にとって容易にでき
たというべきことであり,また,いずれの相違点にも他の相違点に互いに影響して上記のよう
な採用や組み合わせを阻害することとなるような事情はないと認められる。
さらに,上記の各相違点について請求項1にあるとおりの構成とすることにより生じ得る効
果についても,いずれも当業者であれば予測することができた程度の効果であるということが
できる。
したがって,本件発明1は,刊行物1発明に基づいて,刊行物2ないし9の記載事項,周知
技術の知識及び実務上の知識との組み合わせとして,当業者が容易に発明をすることができた
ものである 。」
(6) 被請求人の主張について
「被請求人は,請求項1についての主張のまとめの中で,刊行物1の電子現金におけるSUM
>$BALANCEの際の補充について再度言及し・・・,刊行物1発明を「移動通信体」と組み合
わせると顧客の全財産をその移動通信体とともに携帯させることになってしまうという阻害要
因がある,と主張しているが・・・,自動的な補充がはらむ危険性は携行品が「移動通信体」
であってもスマートカードその他であっても共通であり,その危険性は,対応策を十分にとら
ずに高額の補充を頻繁に繰り返せるような条件で補充サービス付きの電子現金サービスを開始
すると危険である,というように事業化する場合に検討すべき課題にはなるとしても,携行品
としてスマートカードという例が技術的にありうる例としてすでに提示されている場合に,そ
れに代わる携行品として,セルラー電話であって短距離通信によるカード払いもできるような
電話機,という例を,想起すること自体できなくさせる,あるいは,想起できてもそのような
電話機の採用は技術的に不可能と判断させる,というような技術上の阻害要因にはなり得ない
から,被請求人の主張はやはり採用することができない 。
」
3-3 本件発明2について
(1) 対比
「刊行物1にはセキュリティに配慮したプロトコルによる通信が提供される旨の説明があり
(4-1-2(4f )(4g ) ,カード取引端末における通常の構成からいっても,一般的な意
)
味での暗号化手段や復号化手段( 解読手段」 や照合手段であれば刊行物1の支払ユニット(p
「 )
ayment unit)は当然有していると解することができる。
しかし ,「電子マネー金額」についての請求項2の記載にあるようなデータ構成やそれらに
対する取り扱いについては,刊行物1には関連する記載を見いだすことができない。
したがって,本件発明2と刊行物1発明とを対比すると,両者は,前掲の相違点1ないし5
に加えて,次の相違点6で相違し,その他の点で一致する。
(相違点6)本件発明2では ,「端末機」の内部において,支払い金額の入力に応じて「可読
状態および暗号化状態の電子マネー金額 」を「受信し 」「暗号化状態の電子マネー金額」を「解
,
読し 」 それら「解読された電子マネー金額 」と「可読状態の電子マネー金額 」とを「照合し 」
, ,
不一致である場合には支払処理を禁止し,一方,一致の場合には支払処理を継続して「新たな
電子マネー金額」を暗号化し ,「暗号化した新たな電子マネー金額」と「暗号化していない可
読状態の新たな電子マネー金額」とを「送信する 」,という一連の動作を行っているのに対し
て,刊行物1発明では支払ユニット( 端末機」 においてこのような動作を行っていない点 。
「 ) 」
(2) 相違点6について
「刊行物6には,金銭登録機が暗号化キーK2を用い,ICカードから残額に関係する基礎
的データと偽装データとを読み取り,偽装データの方を復号(解読)して基礎的データと比較
検証し,検証結果が正しければ購入の処理をし,ICカードのメモリーの基礎的データの領域
に新たな残額についての暗号化しないデータを書き込むとともに,メモリーの偽装データの領
域には暗号化キーK1とK2を用いてその新たな残額を暗号化したデータを書き込む処理が記
載されている(段落0029―0031,図2,図5を参照 )
。
刊行物6に記載されている上記の処理は,請求項2の表現に即していえば ,「可読状態およ
び暗号化状態の」金額を「受信し 」 「解読し」
, ,それらを「照合し」,照合結果が正当であると
きは「暗号化した新たな 」金額と「暗号化していない可読状態の新たな 」金額とを「送信する 」
処理であるといえる。
刊行物1発明と刊行物6の上記の処理とは,属する業務分野や用いられている機器に共通性
があり,また,セキュリティの向上は,刊行物1発明においても当然考慮される一般的な課題
であり,刊行物6に記載された技術手段を刊行物1発明に適用することを妨げる要因も認めら
れないから,刊行物6に開示された,残額に係るデータ構造とそれに対する取り扱いを,刊行
物1発明の$BALANCEのデータ構造とそれに対する取り扱いとして採用することは,当業者が
容易になし得ることである。
したがって,刊行物1発明において上記の相違点6に係る構成を請求項2にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
相違点6についての被請求人の主張・・・は,刊行物6に記載されている技術の分野が電子
マネーそのものでないことをいうにすぎない主張であるので,採用できない 。
」
(3) まとめ
「相違点は上記相違点1ないし5に相違点6を加えた各相違点のみであって,いずれの相違
点についても刊行物1発明において請求項2にあるとおりの構成をとるようにすることは当業
者にとって容易にできたというべきことであり,いずれの相違点にも他の相違点に影響するよ
うな事情はないと認められ,さらに,請求項2にあるとおりの構成とすることにより生じ得る
効果も当業者であれば予測することができた程度の効果であるといえるから,本件発明2は,
刊行物1発明に基づいて,刊行物2ないし9の記載事項,周知技術の知識及び実務上の知識と
の組み合わせとして,当業者が容易に発明をすることができたものである 。
」
3-4 本件発明3について
(1) 対比
「刊行物1において説明されている電子現金取引では,補充は支払いの手続きの内部に組み
込まれており(上記4-1-2(5)の特に(5e)の段落を参照 ),独立した手続きとしての
補充の手続きはないが,組み込まれたかたちであっても補充の処理自体は存在している。
そして,この補充処理についてはオンラインで行う形態が明示されており(4-1-2の(6
a)の段落 ),また補充に伴い電子現金の代金は現金プールへ送金されるとされている(4-1
-2(4)に係る各段落の記載,特に(4d )
(4h)を参照 )
。
したがって,刊行物1に記載された補充処理は,請求項3の表現に即していえば「補充金額
を補充処理する際」の処理であって,その「補充金額」を現金プールユニットに係るなんらか
の口座あるいは勘定に「入金」させる「処理要求」を「送信」することを伴うものである,と
いうことができる。
もっとも,前述の相違点4や5と同様の不明な点が補充処理についても存在しているから,
本件発明3と刊行物1発明とを対比すると,両者は,前掲の相違点1ないし5に加えて,次の
相違点7ないし9で相違し,その他の点で一致する。
(相違点7 )「補充処理する際」に行われる「電子マネー金額」の「受信」について,本件発
明3では「補充金額が入力されること」に「応じて 」「受信」しているのに対して,刊行物1
発明では支払処理の際に比較判断の結果に応じて補充処理を実行しており,$BALANCEを受信
した後,$SUM≦$BALANCEでないとき,すなわち「支払い金額」に対し「電子マネー金額」が
不足しているときだけ,補充金額を決定している点。
(相違点8 )「入金」の「処理要求」について,本件発明3では,入金が電子マネーを一時的
にプールしている「前記当座口座」への入金であるのに対して,刊行物1発明では,入金が現
金プールユニットに係るなんらかの口座あるいは勘定への入金である点。
(相違点9 )「新たな電子マネー金額」へと更新させる更新情報の「送信」について,本件発
明3では ,「増額して新たな電子マネー金額を求め」ておき,その求めておいた「新たな電子
マネー金額 」をそのまま更新情報として送信しているのに対して ,刊行物1発明では , 増額 」
「
に当たる加算を行っているか否か,また,増額して「新たな」電子現金「金額」として求めた
ものをそのまま更新情報として送信しているか否かが,明示的な記載がないため,はっきりし
ない点。」
(2) 相違点について
ア 相違点7について
「補充の手続きそのものは,電子マネーやそれに類する金銭的価値を記録メディアに書き込
んで使わせる支払システムではごくありふれた手続きであり,例えば刊行物10でも言及され
ているように,現金を払っての補充,預金からの引き落としによる補充,ATMのあるところ
での補充,そして店頭での補充といった,さまざまな形態での補充手続きがすでに提供されて
おり周知となっている 。(刊行物10では,14ページ左コラムに現金払いや引き落としによ
る補充に言及する記載があり,また,15ページ左コラムにATMのあるところや店頭での補
充に言及する記載がある 。)
刊行物1発明は,補充を支払いの中に組み入れてしまうことで補充を別途行っておかなくて
もすむようにさせる(ひいては上記4-1-2の(1b )(1c)で言及されている問題を解決
する)ものではあるが,補充を別途行うことを許さなくするというものではなく,補充したい
任意の金額を指定して行うような従来の補充手続きを,支払いの手続きとは別に従来どおりに
併存させ得ることは,制度面からみても技術面からみても明らかである。
したがって,刊行物1発明において上記の相違点7に係る構成を請求項3にあるとおりの構
成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
なお,請求人が指摘するように,刊行物1には上記4-1-2で摘記した箇所以外に"It will
be appreciated that customer interface 352 may indicate at step 456 the amount nece
ssary for replenishment and allow the customer to select a sum larger than this amou
nt,e.g.for increasing the amount of electronic cash in his electronic wallet for
future use."とする文があり(23ページ10―13行 )
,さらに,"If the current balanc
e is found insufficient in 455,then it is first replenished with a sufficient sum i
n 456 or with a larger desired sum specified by the customer,and then the purse is
charged in 457."とする文もあり(24ページ18―20行 )
,客によるその場での補充金額
の指定がありうること,すなわち補充金額の「入力」と「受信」がありうることが示唆されて
いる。
相違点7についての被請求人の主張・・・は,周知性を示すために挙げた刊行物10につい
て,座談会の記事であることを理由に表面的な主張をするにすぎないものであり,採用するこ
とができない。」
イ 相違点8について
「相違点4について検討したとおりであり,口座の位置づけは任意に決定できることである
から ,刊行物1発明において相違点8に係る構成を請求項3にあるとおりの構成とすることは ,
当業者が容易になし得ることである 。
」
ウ 相違点9について
「相違点5についての検討と同様のことがいえ,周知技術あるいは刊行物6ないし9に記載
された技術の採用は,支払いだけでなく補充においても同様にできるといえる(カード内の残
高の更新をどのように実現するかについての技法であり,補充においても共通して採用できる
といえる)から,刊行物1発明において相違点9に係る構成を請求項3にあるとおりの構成と
することは,当業者が容易になし得ることである 。
」
(3) まとめ
「相違点は相違点1ないし5に上記の相違点7ないし9を加えた各相違点のみであって,い
ずれの相違点についても刊行物1発明において請求項3にあるとおりの構成をとるようにする
ことは当業者にとって容易にできたとことであり,いずれの相違点にも他の相違点に影響する
ような事情はないと認められ,さらに,請求項3にあるとおりの構成とすることにより生じ得
る効果も当業者であれば予測することができた程度の効果であるといえるから ,本件発明3は ,
刊行物1発明に基づいて,刊行物2ないし10の記載事項,周知技術の知識及び実務上の知識
との組み合わせとして,当業者が容易に発明をすることができたものである 。
」
3-5 本件発明4について
(1) 対比
「請求項4の発明と刊行物1発明とを対比すると,両者は,前掲の相違点1ないし5及び7
ないし9に加えて,さらに,上記相違点6と同様の次の相違点10で相違し,その他の点で一
致する。
(相違点10)請求項4の発明では,補充金額の入力に応じて「可読状態および暗号化状態の
電子マネー金額」を「受信し 」 「暗号化状態の電子マネー金額」を「解読し 」
, ,それら「解読
された電子マネー金額」と「可読状態の電子マネー金額」とを「照合し 」,不一致である場合
には補充処理を禁止し,一方,一致の場合には補充処理を継続して「新たな電子マネー金額」
を暗号化し ,「暗号化した新たな電子マネー金額」と「暗号化していない可読状態の新たな電
子マネー金額」とを「送信する 」,という一連の動作を行っているのに対して,刊行物1発明
では,支払ユニットにおいてこのような動作を行っていない点 。
」
(2) 相違点10について
「相違点6についての検討と同様のことがいえ,刊行物6に記載された技術の採用は支払い
だけでなく補充についても同様にできるといえる(カード内の残高に対する不正な書き換えを
防止できる技法であり,補充においても共通して採用できるのは記載からみて明らかである)
から,刊行物1発明において相違点10に係る構成を請求項4にあるとおりの構成とすること
は,当業者が容易になし得ることである 。
」
(3) まとめ
「相違点は相違点1ないし5及び7ないし10の各相違点のみであって,いずれの相違点に
ついても,刊行物1発明において請求項4にあるとおりの構成をとるようにすることは当業者
にとって容易にできたことであり,いずれの相違点にも他の相違点に影響するような事情はな
いと認められ,さらに,請求項4にあるとおりの構成とすることにより生じ得る効果も当業者
であれば予測することができた程度の効果であるといえるから,本件発明4は,刊行物1発明
に基づいて,刊行物2ないし10の記載事項,周知技術の知識及び実務上の知識との組み合わ
せとして,当業者が容易に発明をすることができたものである 。
」
4 結論
「以上のとおり,請求項1ないし4に係る各発明についての特許は,特許法29条2項の規
定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とされるべきもので
ある 。」
第3 原告の主張の要点
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)
(1) 刊行物1の「電子現金」と本件各発明の「電子マネー」とは明確に異なる。
電子マネーは,貨幣価値を電子的な手続きによって流動させるものであるから,
その流れが異なれば,異なる電子マネーと認識されるべきものである。刊行物1の
電子現金は「不足時に銀行口座から補充されてしまうという…構成 」(審決書15
頁5∼6行)であるのに対して,請求項1の電子マネーは,使用とは独立の補充処
理を想定していて,刊行物1の電子現金と本件発明1の電子マネーとは明確に異な
る。また,本件発明の請求項3及び4にいう「電子マネー」は,使用とは独立の補
充処理を明確に特定しており,刊行物1の「電子現金」とは異なるものである。し
たがって,刊行物1の電子現金が本件各発明にいう「電子マネー」に相当するとし
た審決の認定は誤りである。
この点について,被告は,手動充電池と自動充電池を例示して,いずれの場合も
充電池である点では異ならないと主張するが,本件発明1の電子マネーが刊行物1
の電子現金とは異なることを考慮していないものであり,失当である。
(2) 審決は,刊行物1発明について「(6) 前記の電子パース払いの実行可能性
のチェック(455)を行うときには,$SUM≦$BALANCEか否かの比較
判断を行 」 審決書13頁12∼13行)
( うものであると認定した上で, コンピュー
「
タの処理において,大小の比較判断が実際に減算を行ってみることによる判断であ
ることは技術常識であるから,この(6)の処理は,請求項1の「前記電子マネー金
額に対して前記支払い金額を前記変額処理手段によって減額」する動作を行ってい
るといえる。(審決書16頁27∼30行)と認定している。
」
確かに,コンピュータの処理において,大小の比較判断が実際に減算を行ってみ
ることによる判断であることは技術常識である。しかしながら,本件発明1の減算
方法は「 電子マネー金額)−(支払い金額)
( 」であるのに対し,刊行物1の比較判
断は,より総括的な概念であって,その中には「 電子マネー金額)−(支払い金
(
額)」と「 支払い金額)−(電子マネー金額 )
( 」の2通りの減算方法が含まれる。
審決は,刊行物1発明は,(電子マネー金額)−(支払い金額)
「 」の減額を行って
いると認定しているが,刊行物1の図5の455の比較判断は,上記減額を行って
いるとは必ずしもいえない。また,請求項1の減算は,出力として減算結果の値 金
(
額)が得られるのに対して,刊行物1の比較判断は,出力として「大」「小」又は
「等」のいずれかが得られるものであり,それぞれの処理における出力やその目的
が全く異なる。
なお,本件発明1では端末機が減算処理を行うのに対し,刊行物1の図5の457
においては ,( 電子マネー金額)−(支払い金額)
「 」の減額が行われているが,支
払いユニット8と電子ウォレット9のいずれが減額処理をするかが定かでない。審
決は,図5の455に基づき,支払いユニット8が「 電子マネー金額)−(支払
(
い金額)」の減額を行っていると認定したものである。
以上のとおり,刊行物1に総括的な概念が記載されているからといって,本件発
明1の「 電子マネー金額)−(支払い金額)
( 」との減算方法が記載されているとは
いえない。
この点について,被告は ,「$SUM−$BALANCE」と「$BALANC
E−$SUM」の演算では,+/−の符号が異なる点を除けば同一の数値が得られ
ると主張するが ,数式の演算において結果の数値が同一であっても符号が異なれば,
その意味合いは全く異なるものになるのであって,これらの演算を同一視すること
はできない。
したがって,審決の上記認定は誤りである。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点2の判断の誤り)
審決は,刊行物1発明において,相違点2に係る構成を請求項1にあるとおりの
構成とすることは,当業者が容易になし得ることであると判断している。
しかしながら,本件発明1は,相違点2に係る構成により,支払い金額の入力と
電子マネー金額の受信の間に他の処理が介在されることがないため,全体として高
速な処理を実現することができるという効果を奏する。この点は,小口の決済に使
われることが想定される電子マネーの機能としては格別の効果であるにもかかわら
ず,審決は十分に考慮せず,誤って本件発明1の進歩性を否定したものである。
3 取消事由3(阻害要因の認定の誤り)
審決は,「携行品としてスマートカードという例が技術的にあり得る例として既
に提示されている場合に,それに代わる携行品として,セルラー電話であって短距
離通信によるカード払いもできるような電話機,という例を,想起すること自体で
きなくさせる,あるいは,想起できてもそのような電話機の採用は技術的に不可能
と判断させる,というような技術上の阻害要因にはなり得ない」と判断している。
しかし,進歩性を判断するうえでの引用発明の組合せの阻害要因は,技術上のも
のに限られず,引用発明を組み合わせることによって使用者のニーズに合わず,常
識的には必要ないものとなる場合は阻害要因になる。したがって,阻害要因を「技
術上の阻害要因」に限定する審決の前提は誤りである。
4 取消事由4(本件発明3に関する相違点7の判断の誤り)
本件発明3に関する相違点7について,審決は,「刊行物1発明は,補充を支払
いの中に組み入れてしまうことで補充を別途行っておかなくてもすむようにさせる
…ものであるが,…補充したい任意の金額を指定して行うような従来の補充手続き
を,支払いの手続きとは別に従来どおりに併存させ得ることは,制度面からみても
技術面からみても明らか」であると判断している。
しかしながら,刊行物1発明は,補充を別途行っておかなくてもすむようにする
ものであり,同発明に,支払いの手続とは別の補充に関する構成を適用すれば,刊
行物1発明の上記目的に反する方向に変更することになる。
この点,被告は,刊行物1発明は,自動補充機能と手動補充機能の併存が可能で
あることを前提としていると主張するが,その補充は,支払手続において「支払い
金額」に対し「電子マネー金額」が不足しているときのものであり,刊行物1には
支払手続とは別の補充手続を併存させ得ることは記載されていない。
被告は,また,手動補充機能が周知慣用技術であると主張しているところ,支払
手続とは別に補充したい任意の金額を指定して行う補充手続が周知であったことは
認めるが,これを刊行物1発明に採用することは刊行物1発明の目的に反すること
であるから,刊行物1発明に手動補充機能を組み合わせることは当業者が容易にで
きたことではない。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)に対して
(1) 原 告 の 主 張 は , 電 子 マ ネ ー の 定 義 ( 意義 ) の問 題 と 「 電子 マ ネ ー
「 」
の処理」の問題を混同したものであって,失当である。
電子マネーとは貨幣価値をデジタルデー タ で 表 現 し た も の の 総 称 で あ る
と こ ろ ,刊 行 物 1 の電子現金は ,審決が引用している各記載や図に照らすと ,
貨 幣価値をデジタルデ ータで表現したもの であることは明らかで ある。 原 告
が 主張する電子マネー の使用における補充 処理の方法の相違は, 電子マ ネ ー
の 金額をどのタイミン グで増減するかとい う電子マネー金額の処 理方法 に 関
す る問題であって,当 該処理方法が異なる ことで「電子マネー」 という 概 念
自体が異なったものとなるわけではない。
(2) 刊行物1発明の「$SUM−$BALANCE 」と「 $BALANCE−
$ SUM」 の演 算で は ,+ /− の 符号が 異なる 点を 除けば同 一の数 値が 得 ら
れるのであって,両者の「出力や目的が全く異なる」とはいえない。
また,刊行物1の図5には ,「$SUM≦$BALANCEか否かの比較 判
断 」 に よ る 電 子 パ ー ス 払 い の 実 行 可 能 性 の チ ェ ッ ク ( 455) の 結 果 が “ Yes
” だった場合,引き続いて$SUM(支払い金額)の支払い後の額に$BA
LANCE(電子マネー金額)を更新する処理(457)を実行することが記載
さ れ て い る 。 $ SUM( 支 払 い 金 額 ) の 支 払 い 後 の $ BALANCE( 電 子
マネー金額)の額は ,「$BALANCE−$SUM」の演算により求め られ
る。したがって,455と457に照らせば,刊行物1には「$BALANCE−$
SUM」の処理が記載されていることが自明である。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点2の判断の誤り)に対して
原告の主張は,本件発明1においては,支払い金額の 入 力 と 電 子 マ ネ ー 金
額の受信との間に何らの処理も介在しないことが発明特定事項であること
を 前 提 と し て い る 。 し か し , 請 求 項 1 は,その文言上,支払い金額の入力
と電子マネー金額の受信との間に他の処理が介在することを排除していな
い 。また,原告は「支 払い金額の入力と電 子マネー金額の受信と の間に 他 の
処 理が介在されること がない」ことで「全 体として高速な処理を 実現す る こ
とができる 」と主張するが ,本件発明1全体の処理時間は ,金融システムサー
バに対 す る 送 金 処 理 要 求 の 送 信 や そ の 他 の 処 理 時 間 の 総 計 で あ り , 仮 に 原
告主張のように支払い金額の入力後直ちに電子マネー金額の受信処理を行
うようにしたからといって,それで全体の処理が高速化できるわけではな
い。
したがって,本件発明1において, 支払い金額が入力されることに応じ
「
て,…電子マネー金額を…受信」す る こ と が 発 明 の 格 別 の 効 果 で あ る こ と
を前提とする原告の主張は失当である。
さらに,特開昭63−32658号公報(甲9)には, 支払い金額が入
「
力 されることに応じて ,…電子マネー金額 を…受信」することに 相当す る 処
理 が記載されているか ら,この点に照らし ても「支払い金額が入 力され る こ
と に応じて,…電子マ ネー金額を…受信」 することが容易に想起 される 程 度
のものといえるとした審決の判断は正当である。
3 取消事由3(阻害要因の認定の誤り)に対して
審決は阻害要因を技 術上のものに限定し たわけではなく,刊行 物1に 記 載
さ れた例に代わるもの として移動通信体を 想起することは阻害さ れない と 判
断したにすぎない。
また,原告の主張す るような課題(刊行 物1の電子現金はその 人の所 有 す
る銀行口座残高の全てを使うことが可能であること )を解決する手段として ,
電 子マネーの補充金額 に上限を設けること は,刊行物10(甲1 0の1 5 頁
左欄 )にも記載されているように周知慣用の手段であり ,刊行物1発明を「 移
動通信体」と組み合わることの阻害要因とはなり得ない。
4 取消事由4(本件発明3に関する相違点7の判断の誤り)に対して
刊行物1発明に利用 者(顧客)が自ら電 子パースの残高を補充 する機 能 を
加 えたとしても,刊行 物1発明の目的を何 ら阻害することはない 。利用 者 と
し ては,電子パースの 残高の補充方法とし て,自動補充機能に加 えて手 動 補
充 機能も必要に応じて 選択利用可能となる だけのことで,利便性 が増す こ と
さ えあれ,刊行物1発 明の目的を阻害する ことはないからである 。例え ば ,
利 用者が予定していな かった臨時収入を得 た際に,普段より多め に電子 パ ー
ス に入金しておきたい というような場合に ,この手動補充機能が あると 便 利
であ り , 当 該 機 能 が 刊 行 物 1 発 明 の自動補充機能と併存し得る。
刊行物1(23頁1 0行∼13行,24 頁18∼20行)には ,客に よ る
そ の場での補充金額の 指定があり得ること が示唆されており,自 動補充 機 能
と 手動補充機能の併存 が可能であることを 前提としていることが 明らか で あ
る。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)について
(1) 原告は,刊行物1の「電子現金」は,「不足時に銀行口座から補充されてし
まうという…構成」であるのに対して,本件発明の各請求項にいう「電子マネー」
は,使用とは独立の補充処理を想定している電子マネーであり,明確に異なるから,
刊行物1の「電子現金」は,請求項1の「電子マネー」に相当するとの審決の認定
は誤りである旨主張している。
しかしながら,本件発明1の「電子マネー」と刊行物1の「電子現金」は,いず
れも,一般的には,現物の通貨と同じ機能をデジタルデータの形態により実現する
ものである点で一致する。そして,本件発明に係る請求項1∼5及び刊行物1の記
載には,これらの用語について通常の意義と異なる定義は与えられておらず,これ
らの用語を特別な技術的意味を有するものとして用いている部分も存在しない。
原告は,刊行物1の「電子現金」が,「不足時に銀行口座から補充されてしまう
という…構成」であり,請求項1の「電子マネー」が,「独立の補充処理を想定し
ている」と主張するが,原告の主張するような違いがあるとしても,それは「電子
マネー」 「電子現金」
や の処理等における違いにすぎず ,本件発明1の 電子マネー」
「
と刊行物1の「電子現金」の概念自体が異なるということはできない。
したがって,本件発明1の「電子マネー」が刊行物1の「電子現金」に相当する
とした審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は,本件発明1の減算方法が「 電子マネー金額)−(支払い金額 )
( 」
であるのに対して,刊行物1には,(電子マネー金額)−(支払い金額)
「 」と「 支
(
払い金額)−(電子マネー金額 )」の2通りの減算方法が含まれており,また,請
求項1の減算は,出力として減算結果の値 金額)
( が得られるのに対して,刊行物1
では,出力として「大」「小」又は「等」のいずれかが得られるにすぎず,それぞ
,
れの処理における出力やその目的が全く異なると主張する。
ア 刊行物1には,以下の記載がある(なお,刊行物1(甲1の1)に係る国際
出願に基づく国内出願の公表公報である特表平10−508710(甲1の2)を
翻訳として用いた。。
)
(ア) 支払いユニット8及び自動取引管理装置361に関して
「支払いユニット8は,電子ウォレット9に関連して実行される全ての取引を制御する自動
取引管理装置361を含んでいる。
自動取引管理ユニット361は,3つの取引ユニット,すなわち電子パース支払いユニッ
ト363,電子パース装てんユニット365及び電子小切手帳取引ユニット366の作動を選
択し制御する。POSインターフェイス353を通してPOS10から受理された各々の支払
い要求について,自動取引管理ユニット361は,実行すべき単数又は複数の取引を選択し,
それに応じてユニット363 ,365及び366のうちのいずれを活化すべきかを選択する 。」
( 原文 )甲1の1 ,17頁21行∼18頁4行/(翻訳 )甲1の2,21頁1∼8行。以下,
(
原文の該当箇所/翻訳の該当箇所という形で表記する 。
)
(イ) 電子パース支払いユニット363に関して
「電子パース支払いユニット363は,電子ウォレット9の電子パース310と交信する。
ユニット363は,POS10によって要求された購買金額を支払うべく活化された時点で,
購買金額だけレジスタ311内に記憶された電子現金の額を低減させると同時に電子現金引出
し364の中に記憶された電子現金の額を同じ金額だけ増大させるように作動する 。 (18
」
頁5∼9行/21頁9∼13行)
(ウ) 電子現金(マネー)の支払い処理フローに関して
「ここで同様に,図3及び4の自動取引管理装置361を作動させる好ましい方法を例示し
ている図5も参照する。ブロック451は,取引を開始させる準備が完了した状態の支払いシ
ステム7の空き状態を表わす。ブロック452では,レジスタ311内に記憶された電子現金
の$BALANCEの総額を伴う電子ウォレット9が受理され,顧客は好ましくは顧客のイン
ターフェイス352を通して自らのPINコードを打鍵するようにプロンプトを受ける。ブ
ロック353では,$SUMの支払いの要求がPOSインターフェイス353を通してPO
S10から受理される。
ブロック454では,$SUMは,小切手帳支払いが実施可能であるか否かを決定するため ,
最小小切手帳支払い取引合計$MINCPと比較される。答えが肯定である場合には,ブロッ
ク458内に表示されている通り,$SUMは,パース取引が実施可能であるか否かをも決定
するべく,$BALANCEと比較される。電子パース取引が実施不可能である場合には,取
引は,ブロック460によって表わされているように小切手帳取引ユニット366へと導かれ
る。
小切手帳及びパース支払い取引の両方が実施可能である場合,取引はいずれの方向にでも実
行され得,従って,ブロック460により表わされているように小切手帳取引ユニット366
へ,又はブロック457によって表わされているようにパース支払いユニット363へのいず
れかに取引を誘導するため論理スイッチ459が具備されている。459におけるC又はP位
置へのスイッチ設定は,商人11により商人インターフェイス362を通して予め定められる
か,又は顧客インターフェイス352を通して購買中に顧客によって選択可能にされる。
454での答えが否定である場合,すなわち支払いが小切手帳支払いについて実施不能であ
ることがわかった場合,ブロック455で表わされているように,パース支払いの実施可能性
について検査が行なわれる。ブロック457では,支払いはパースを通して実施可能であるこ
と,すなわち$SUMが$BALANCE以下であることがわかり,従って支払いはパース支
払いユニット363を通して実行される。
しかしながら,$SUMが$BALANCEよりも大きい場合,電子パースは支払いを可能
にするため補充されなくてはならない 。ブロック456によって表示されている通り ,電子パー
ス310は$MINPRで表わされた最小パース補充金額と$SUMから$BALANCEを
引いたもののうちの大きい方以上すなわち充分な支払いにとって必要な金額だけ,ユニッ
ト366及び365を通して電子小切手帳320を介して補充を受ける 。このとき初めて ,パー
ス支払いがユニット363を通して457にて実行される。
ブロック456内で計算された補充金額の補充及びブロック457による$SUMのパース
支払いのため,電子パースを2回アクセスする代りに ,補充金額と$SUMの間の差額をユニッ
ト365によりそれに装てんするため,又はこの差がマイナスである場合にはユニット363
によりこの値をそこから集金するために,パースを一回だけアクセスすることができる。両方
の形態は,以下の図10Aを参照して記述した特殊なケースを除き,数学的にも機能的にも同
等である。(21頁17行∼23頁6行/24頁9行∼25頁18行)
」
イ 上記記載によれば,刊行物1において,「$BALANCE」が電子現金,
すなわち「電子マネー金額」に ,「$SUM」が「支払い金額」に,それぞれ相当
することは明らかである。
そして,上記ア(イ)の記載(刊行物1の図3も参照)によれば,刊行物1発明で
は,電子パース支払いユニット363が,POS10によって要求された購買金額
の支払い処理を実行する時点で,購買金額,すなわち「支払い金額」が,レジス
タ311内に記憶された電子現金の額,すなわち「電子マネー金額」から減額され
るものと認められる。
また,同(ア)によれば,その機能を奏する電子パース支払いユニット363は,
それを選択制御する自動取引管理ユニット361とともに,支払いユニット8に備
わるものであると認められる。
さらに,上記ア(ウ)(刊行物1の図5も参照)によれば,刊行物1における取引
処理として,ブロック455又は458において,電子マネー金額と支払い金額と
の比較演算を行い,
その結果の大小関係に応じて ,後続処理において相違するステッ
プが入るものの,電子パース取引が実施可能である場合には,最終的にブロッ
ク457において,電子パース支払いユニット363によって ,「$SUM」(支払
い金額)の支払い処理,及び,「$BALANCE」(電子マネー金額)の更新処理
が行われる。すなわち,刊行物1発明においては, $BALANCE−$SUM」
「
の減算処理,換言すれば「 電子マネー金額)−(支払い金額)
( 」の減算処理に相当
する処理が行われており,それにより,更新された「$BALANCE」(電子マ
ネー金額)として,その減算結果の値(金額)が出力されるものである。
そうすると,刊行物1発明は,本件発明の請求項1の「前記電子マネー金額に対
して前記支払い金額を前記変額処理手段によって減額」する動作を行っているとい
えるとの審決の認定に誤りはないというべきである。
(3) したがって,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点2の判断の誤り)について
審決は,相違点2を「電子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信」する
動作の呼応関係について,本件発明1では「支払い金額が入力されること」に「応
じて 」「受信し」ているのに対して,刊行物1発明では,何に応じて$BALAN
CE( 電子マネー金額」
「 )を受信しているのかが,明示的な記載がないため,はっ
きりしない点。」と認定した上で,「二種類の情報を用いることが必須である情報処
理において,一方の情報が確定したとき初めて他方の情報を取得するようにするこ
とは,情報を取得するタイミングとして合理的であり,そのような処理の流れは,
タイミングに関する技術面の問題やその他の実際上の制約などがない限り,一般的
に想起されるものである。 そして,刊行物1発明における店頭での支払いについ
て当業者が検討する場合でも,支払合計額である$SUMが確定したときにそれに
「応じて」残高である$BALANCEを取得するという処理の流れは,上記のよ
うなタイミングによる処理の流れの例として容易に想起される程度のものといえ
る。」と判断した。
これに対し,原告は,本件発明1は,支払い金額の入力と電子マネー金額の受信
の間に他の処理が介在されることがないため,全体として高速な処理を実現するこ
とができるという格別の効果を有するにもかかわらず,審決はこの点を十分に考慮
していないと主張する。
しかしながら,本件発明に係る請求項1の「移動通信体と短距離通信可能な状態
で,前記移動通信体または前記端末機に前記支払い金額が入力されることに応じて,
前記移動通信体から前記電子マネー金額を前記短距離通信手段によって受信」する
との記載を,原告の主張するとおり,支払い金額の入力と電子マネー金額の受信の
間に他の処理が介在しないことを意味すると理解したとしても,それは,支払い金
額の入力と電子マネー金額の受信が連続的に行われることを意味するにすぎず,全
体として高速な処理を実現することができるとは限らないのであり,本件明細書
(甲12)にも本件発明1がそのような効果を奏する旨の記載はない。また,支払
合計額である$SUMが確定したときにそれに「応じて」残高である$BALAN
CEを取得するという処理の流れは,ごくありふれた処理手順であり,そのような
構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得るというべきである。
したがって,原告の主張する取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(阻害要因の認定の誤り)について
原告は,審決は,阻害要因を技術上の阻害要因に限定して理解しているとの前提
に立つが,審決は,刊行物1発明を移動通信体と組み合わせると顧客の全財産を移
動通信体とともに携帯させることになるという阻害要因があるとの原告の主張に対
し,携行品としてスマートカードという例がある以上,それに代わるものとして移
動通信体を想起することは容易であり,そうすることについて技術上の阻害要因も
存在しないと判断しているにすぎない。すなわち,審決は,技術的な観点からも 阻
「
害要因」に当たるものが存在しないと判断しているにすぎないのであり ,審決は 阻
「
害要因」を技術上の要因に限定しているとの原告主張は,審決を正解しないもので
ある。
審決も説示するとおり,自動的な補充がはらむ危険性は ,携行品が,スマートカー
ドその他か,移動通信体かによって変わらないのであり,刊行物1発明を移動通信
体と組み合わせることを妨げる要因があるということはできない。
したがって,原告の主張する取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(本件発明3に関する相違点7の判断の誤り)について
本件発明3に関する相違点7について,審決は,「刊行物1発明は,補充を支払
いの中に組み入れてしまうことで補充を別途行っておかなくてもすむようにさせる
…ものであるが,…補充したい任意の金額を指定して行うような従来の補充手続き
を,支払いの手続きとは別に従来どおりに併存させ得ることは,制度面からみても
技術面からみても明らか」であると判断したところ,原告は,刊行物1発明は,補
充を別途行っておかなくてもすむようにするものであり,同発明に,支払いの手続
とは別の補充に関する構成を適用すれば,刊行物1発明の上記目的に反する方向に
変更することになると主張する。
確かに,本件発明3は,支払手続とは別に補充処理が行われるものであるのに対
し,刊行物1発明は,支払手続の中で自動的に補充が行われる構成を備えるもので
あると認められるが,補充の方法は顧客の便宜に応じて様々な方法が考えられるの
であり,原告も認めるとおり,支払手続とは別に補充したい任意の金額を指定して
行う補充手続は周知であるのであるから,本件発明3のような補充方法を採用する
か,刊行物1発明のような補充方法を採用するかは,顧客の便宜の観点から適宜選
択し得る設計事項にすぎないというべきである。原告は,支払手続とは別に補充し
たい任意の金額を指定して行う補充手続は,刊行物1発明の目的等に反すると主張
するが,双方の補充方法は相互に排除し合う関係にはなく,併存することを妨げる
ような事情も認められない。
実際のところ,刊行物1においても ,「顧客インターフェイス352がステッ
プ456において,補充に必要な額を表示し,顧客が,例えば自らの電子ウォレッ
トの中の電子現金の額を将来の使用のために増大させるため,前記額よりも大きい
金額を選択できるようにすることができる,ということがわかるだろう 。 (23
」
頁10∼13行/25頁下から7∼4行 )「現残高が455で不充分とわかった場
,
合,まず456で充分な金額だけ又は顧客によって特定されたさらに大きい望まれ
る金額だけ補充され,次に457でパースに支払い請求される。 24頁18∼20
(
」
行/26頁下から2行∼27頁1行)との記載があり,顧客自らが補充金額を決定
選択することが可能となる構成が開示されている。刊行物1発明におけるこの処理
は,支払処理の中で行われるものであるが,そもそも補充処理は支払処理に伴って
生じるものであり,補充処理を支払処理とは独立して行えるようにするか,実際の
支払処理の中で行うようにするかは,単なる設計事項にすぎないというべきである 。
したがって,刊行物1に記載された,顧客自らが補充金額を決定選択する構成を支
払手続とは別の手続きで行うようにすることは,当業者であれば容易に想到し得る
というべきである。
以上によれば ,「相違点7に係る構成を請求項3にあるとおりの構成とすること
は当業者が容易になし得ることである」との審決の判断に誤りがあるということは
できない。
5 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がないので,原告の請求
は棄却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 石 原 直 樹
裁判官 佐 藤 達 文
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