平成17(行ケ)10724審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成19年1月18日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官中嶋誠 原告エーザイ株式会社
|
法令 |
特許権
特許法67条2項4回 特許法67条の33回 特許法68条の21回
|
キーワード |
特許権19回 実施18回 審決18回 優先権1回
|
主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部
分がある。
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許権存続期間延長登録出願に
対する拒絶査定を不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決
がされたため,審決の取消しを求めた事案である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
平成17年(行ケ)第10724号 審決取消請求事件
平成19年1月18日判決言渡,平成18年11月13日口頭弁論終結
判 決
原 告 エーザイ株式会社
訴訟代理人弁護士 牧野利秋,鈴木修,磯田直也,弁理士 江尻ひろ子
被 告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 森田ひとみ,齋藤恵,徳永英男,田中敬規
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2004−17081号事件について平成17年8月24日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部
分がある。
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許権存続期間延長登録出願に
対する拒絶査定を不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決
がされたため,審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲2)
特許権者:エーザイ株式会社(原告)
発明の名称: ピリジン誘導体及びそれを含有する潰瘍治療剤」
「
特許出願日:昭和62年11月13日(優先権主張 昭和61年11月13日,
昭和62年2月2日,昭和62年3月31日)
設定登録日:平成7年7月28日
特許番号:第1953321号
(2) 「先の処分」(後記)に基づく特許存続期間の延長(乙8)
出願日:平成9年12月24日
査定日:平成10年5月22日
延長の期間:2年2月15日
特許法67条2項の政令で定める処分の内容
ア 延長登録の理由となる処分:薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同
項の承認
イ 処分を特定する番号:承認番号20900AMZ00603000号
ウ 処分の対象となった物:ラベプラゾールナトリウム
エ 処分の対象となった物について特定された用途:胃潰瘍,十二指腸潰瘍,
吻合部潰瘍,逆流性食道炎,Zollinger-Ellison 症候群
(3) 本件特許権存続期間の延長登録出願(本件出願)の手続の経緯
出願日:平成15年10月14日(甲22)
補正日:平成16年4月26日
特許法67条2項の政令で定める処分の内容として記載された事項(補正後 ):
ア 延長登録の理由となる処分:薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同
項の承認についての同条7項に規定する医薬品製造承認事項一部変更承認
イ 処分を特定する番号:承認番号20900AMZ00603000号
ウ 処分を受けた日:平成15年7月17日
エ 処分の対象となった物:ラベプラゾールナトリウム
オ 処分の対象となった物について特定された用途:再発・再燃を繰り返す逆
流性食道炎の維持療法
拒絶査定日:平成16年7月7日
審判請求日:平成16年8月17日(不服2004−17081号)
審決日:平成17年8月24日
審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない。
「 」
審決謄本送達日:平成17年9月6日(原告に対し)
2 特許請求の範囲第1項の記載(以下「本件発明」という。)
【請求項1】
次の化学構造式ピリジン誘導体又はその薬理学的に許容できる塩。
3 争いのない事実(本件特許権に係る医薬品の製造承認)
(1) 平成9年10月14日付け医薬品製造承認
原告は,平成9年10月14日,本件出願に係る医薬品(以下「本件医薬品」と
いう。 につき,厚生大臣よりその製造承認を受けた(以下「先の処分」という。。
) )
その医薬品製造承認書(甲3)には以下のとおりの記載がある。
〔用法及び用量欄〕
「通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状
により1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,胃潰瘍,吻合部潰瘍,逆
流性食道炎では8週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの投与とする 。
」
「 効能又は効果欄〕
〔
「胃潰瘍,十二指腸潰瘍,吻合部潰瘍,逆流性食道炎, Zollinger-Ellison 症候群」」
(2) 平成15年7月17日付け医薬品製造承認事項一部変更承認
原告は,本件医薬品について平成14年1月7日になした医薬品製造承認事項一
部変更承認申請(以下「本件処分申請」という 。 に関し,平成15年7月17日,
)
厚生労働大臣よりその製造承認事項一部変更承認を受けた(以下「本件処分」とい
う。なお,同変更承認の内容を記載した平成15年7月17日付け医薬品製造承認
事項一部変更承認書を,以下「本件変更承認書」という。。
)
これにより,「用法及び用量」欄は,以下のとおり変更された(甲4)。
「・胃潰瘍,十二指腸潰瘍,吻合部潰瘍,Zollinger-Ellison 症候群
通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状に
より1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,胃潰瘍,吻合部潰瘍では8
週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの投与とする。
・逆流性食道炎
通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状に
より1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。
さらに再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては1日1回10 mg を経口投与
する 。」
4 審決の要点
(1) 請求人の主張及び証拠
「逆流性食道炎は,逆流した胃酸により食道粘膜に欠損が生じ,食道組織に炎症が存在する
のに対し ,「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」は,内視鏡的に食道粘膜には欠
損は存在せず,正常粘膜に近い食道組織となっているという点で,病態を全く異にし,形式上
逆流性食道炎の用法用量の追加であっても実質は異なる効能効果であって ,「第二の処分を受
けた物の用途」である「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」と「第一の処分を受
けた物の用途」である「逆流性食道炎」とを合わせ,その上位概念の「胃食道逆流症」につい
ての効能効果を確保したものである」
「甲1 WHO(世界保健機関)が発行する ICD-10(国際疾病分類 )
,第 10 版 564 頁
甲2 東京大学のホームページ http://www.dis.h.u-tokyo.ac.jp/byomei/IDC10/index.html)
(
の ICD10 国際疾病分類第 10 版(1992)
甲3(本訴甲26) (日本臨床 58 巻 9 号 65 頁参照)
甲4(本訴甲20) 本薬剤に係る米国での製造承認における効能(indication)
甲5(本訴甲21) 欧州(英国)での本薬剤の製造承認における効能
甲6(本訴甲23) 平成 11 年 4 月 8 日に通知された「医薬品の承認申請について」と題す
る各都道府県知事あて厚生省医薬局安全局長通知(医薬発第 481 号)
参考資料1(本訴甲27) MBGastro. Vol2 No.3 72 ∼ 76
参考資料2(本訴甲15) Jpn.J.Gastroenterol.98(Suppl .)A169(2001),166「逆流
性食道炎に対するPPI 投与時の食道運動機能に関する検討−
H2RAとの比較−」と題する報告
参考資料3 Aliment Pharmacol Ther. 2000, Soppl,1) 74-81
参考資料4 「H2 遮断薬とプロトンポンプ阻害剤技術背景」と題する説明資料
参考資料5 平成 15 年 5 月 12 日(月)付け日刊薬業
2003 年 5 月 9 日薬・食審 医薬品第一部会審議品目の表
参考資料6(本訴甲24はその一部) インターネットの医薬品医療機器情報提供ホームペー
ジ,部会審議品目の欄
参考資料7 医療薬日本医薬品集 2005(第 28 版),日本医薬情報センター編 2407-2409 頁
参考資料8 保医発第 0717001 号 平成 15 年 7 月 17 日
参考資料9 陳述書」
(2) 審決は,次のとおり判断した。
「特許権存続期間の延長登録制度は,特許法68条の2において,延長後の特許権の効力を ,
処分の対象となった「物 」(その処分において物の使用される特定の用途が定められている場
合にあっては,当該用途に使用されるその物;以下「物と用途」という 。)で定まる範囲につ
いての特許発明の実施以外には及ばないと限定しているところから ,「物」又は「物と用途」
についての最初の処分があり,その後に物,用途は同じで他の要素が異なる処分を受けた場合
には,その特許発明の実施に67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは
認められないと解されるものである。
政令に基づく薬事法14条1,4項の規定する医薬品の製造,輸入等の承認の場合,当該医
薬品の有効成分,効能・効果のみならず,剤形,用法,用量などを特定した品目単位で行われ
ているが,その記載内容から見て当該医薬品の有効成分,効能・効果から当然特許発明の実施
と認めるために必要なその物及び用途が特定されるから,最初に当該処分を受けた後,当該医
薬品の有効成分,効能・効果以外の剤形,用法,用量などの変更の必要上,再度処分を受ける
必要が生じたとしても,後の処分によって特許期間の登録延長を認めることはできない。
これを本件についてみるに,本件出願の添付資料bの平成15年7月17日付けの医薬品製
造承認事項一部変更承認は,平成9年10月14日付け医薬品製造承認書(本訴甲3)におい
て承認されたラベプラゾールナトリウム(本件特許発明の化合物の1種である)の用法用量の
「通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状
により1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,胃潰瘍,吻合部潰瘍,逆
流性食道炎では8週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの投与とする 。
」
を
「・胃潰瘍,十二指腸潰瘍,吻合部潰瘍,Zollinger-Ellison 症候群
通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状に
より1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,胃潰瘍,吻合部潰瘍では8
週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの投与とする。
・逆流性食道炎
通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与するが,病状に
より1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。
更に再発,再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては1日1回10mgを経口投与す
る。」
に変更することを承認したものであり,その他の事項に変更はない。
したがって,平成15年7月17日付けの医薬品製造承認事項一部変更承認において処分の
対象となった物について特定された用途即ち効能効果は,平成9年10月14日付け医薬品製
造承認書において承認された用途である「胃潰瘍 ,十二指腸潰瘍 ,吻合部潰瘍 ,逆流性食道炎 ,
Zollinger-Ellison 症候群」である・・・。
そうすると,本出願の基礎となった承認は用法用量の一部変更を認めるものにすぎないから ,
処分において特定された用途を承認書に効能効果として記載された事項と見る限り,当該承認
は,新たな用途についての承認とはいえない。
そして,この用法用量の追加は以下(A )(B)に示すように,実質においても逆流性食道
炎の治療の一態様であって,新たな効能効果に該当するものとはいえない。
(A)本件処分の承認経過について
本件出願の願書に添付された平成11年9月10日付け治験計画届書(本訴甲10)の「治
験計画の概要」の「対象疾患」の欄には「逆流性食道炎」と記載され ,「用法及び用量」の欄
には「1)治療期・・・2)維持療法期 治療期(投与8週間後)に内視鏡的に治癒が認めら
れた症例(Los Angeles 分類改で grade 0)を対象として,引き続き下記の治験薬剤を24週経
口投与する 。・・3)継続投与期 治療期(投与8週間後)に内視鏡的に治癒に至らなかった
症例(Los Angeles 分類改で grade A∼D)のうち grade が投与開始前と比較して改善した症例
を対象として,引き続き・・経口投与する 。・・」とあり,さらに「備考」の欄には「1.本
剤は・・・について1997年10月14日に製造承認を取得している。本治験は逆流性食道
炎での投与期間延長を取得するための治験である 。
」との記載がある。
これらの記述によれば,維持療法期は逆流性食道炎患者が一定期間の薬剤での治療を受けた
後,内視鏡的に治癒が認められた時期から開始されるから,あくまで,逆流性食道炎の治療過
程における特定の時期以降における治療法が逆流性食道炎の維持療法として認識されているも
のである。そして,本件処分はこのような臨床試験の結果をふまえ,再発・再燃を繰り返す逆
流性食道炎の維持療法を用法用量の欄に追加することが承認されたものである。
請求人は ,国際疾病分類(審判甲1,2)の K21「胃食道逆流症(Gastro-oesophageal reflux
disease)」の下位に K21.0 として「食道炎を伴う胃食道逆流症(Gastro-oesophageal reflux
disease with oesophagitis)」 K21.9 と し て 「 食 道 炎 を 伴 わ な い 胃 食 道 逆 流 症
,
(Gastro-oesophageal reflux disease without oesophagitis) が記載されていることから, 逆
」 「
流性食道炎」は K21.0 に「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎」は K21.9 に対応する別異の疾
病であり,本件変更承認で上位の K21「胃食道逆流症」の効能効果が確保されたと主張する。
しかしながら,上記の分類において「食道炎を伴わない」との判定をいかなる手法によって
行うのかは定かでないのは暫く措くとしても ,「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療
法」の対象は ,「再発・再燃を繰り返す」とわざわざ前置きされているように,あくまでも逆
流性食道炎と診断された後,治療を受け内視鏡的に治癒状態となった症例である。そして,上
記の治験に見るとおり,維持療法はこの特定の症例への用法用量の有効性や安全性が確認され
たことをもって承認されたものであり,逆流性食道炎とは無関係な「食道炎を伴っていない胃
食道逆流症(Gastro-oesophageal reflux disease without oesophagitis)」と診断される患者
におけるラベプラゾールナトリウムの有効性や安全性が確認されたわけではない。
そもそも,本件変更承認あるいは平成9年10月14日付けの医薬品製造承認を受けるため
の治験においては,上記国際疾病分類に基づいて治験対象が選定されたものではないから,か
かる分類と本件変更承認を関連付けること自体理由がない。
したがって,請求人の主張は採用できない。
また,請求人は,甲6(本訴甲23)を提示し,本件処分の医薬品は医薬品の申請にあたり
「 6)新用量医薬品」に分類され ,(5)新剤形医薬品」や「 7)剤形追加に係る医薬品」
( 「 (
とは異なり,効能効果が既承認医薬品と同一の場合も異なる場合もあり,本件は効能効果が異
なる場合であるとし,さらに,参考資料5∼7(判決注:本訴甲24は参考資料6の一部)を
提出し,単なる用法・用量を追加する変更申請は,部会審議品目とはならず,部会報告品目と
して処理される(参考資料6参照)のに対し,本件に係る変更申請は,追加の変更申請に係る
効能・効果を含めて,国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターで審査がなされ ,
引き続いて,平成15年5月9日に医薬品第一部会において,審議されている(参考資料5参
照)と主張する。
しかし,審議対象は薬事法14条8項によれば
「8 厚生労働大臣は,第1項の申請があつた場合において,次の各号のいずれかに該当する
ときは,同項の承認について,あらかじめ,薬事・食品衛生審議会の意見を聴かなければなら
ない。
1.申請に係る医薬品,医薬部外品又は化粧品が,既に製造販売の承認を与えられている医薬
品,医薬部外品又は化粧品と,有効成分,分量,用法,用量,効能,効果等が明らかに異なる
とき」
と規定されているのであって ,(6)に分類されることや審議対象となったことが直ちに新た
な効能効果であることを示すものではない。
このように承認の経緯をみても,両者を別異の用途とする根拠はない。
逆流性食道炎と診断された後,治療を受け内視鏡的に治癒状態となった病態については別の
疾病と言うより,むしろ以下のように逆流性食道炎の病期の1つと見る方が自然である。
(B)逆流性食道炎の病態及び治療について
請求人は,平成9年10月14日付けで既に承認された効能・効果である「逆流性食道炎」
の用途は,ラベプラゾールナトリウムが逆流した胃酸により食道粘膜が侵食され,その結果,
食道組織に形成されたびらん及び潰瘍を修復させるという性質を専ら利用することであるのに
対し ,本件処分で新たに加わった「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法 」の用途は ,
ラベプラゾールナトリウムが内視鏡的に食道粘膜の粘膜損傷が治療された後,食道粘膜を正常
粘膜に維持するという性質を専ら利用することにある点で,両用途における効能・効果は,全
く異なると主張する。
しかしながら,ラベプラゾールナトリウムの性質(薬理作用)は胃酸の分泌の抑制であるこ
とに変わりはなく ,その性質の使い道として各種疾病へ適用すなわち用途が存在するのである 。
用途が同じであるか否かは,逆流性食道炎と診断され食道組織に形成されたびらん及び潰瘍が
一旦修復したのち,食道粘膜を正常粘膜に維持することが,医療分野において逆流性食道炎治
療の延長上のものと見られるのか,異なる疾病への適用とみられるか否かである。
しかしながら,請求人自身の作成に係る上記の平成11年9月10日付け治験計画届書にお
いてさえ,維持療法が逆流性食道炎患者に対する治療の一環として記載されている上,医療の
現場においても,以下のように同様の見方がされている。
すなわち,甲3の表紙には「逆流性食道炎の治療学」のタイトルに続き「薬物療法 各論」
の下に「軽症例での H2 ブロッカーの維持療法 」
「難治症例に対する PPI の長期療法」との記載
がされ ,「GERD(Gastroesophageal reflux disease)とは,胃酸を中心とする胃内容物の食道
への逆流(Gastroesophageal reflux GER)によって発生する病態の総称である。逆流性食
道炎(reflux esophagitis)はその代表であり,保険病名として存在しているが,内視鏡的陰
性食道炎 endoscopic negative esophagitis)
( をも含んだ幅広い疾患を包括している 。 p65
」
(
左欄 )「・・逆流性食道炎の病期を考慮した治療として,初期治療と長期維持療法の2つに分
類される。 (p66右欄)と記載されている。これらの記載からすれば,逆流性食道炎の維持
」
療法は逆流性食道炎の薬物療法の1種として広く了解されていると解される。
また,参考資料1(p72)には,内視鏡的に治癒が確認された逆流性食道炎の症例におい
ては,H 2受容体拮抗剤内服を中心とする維持療法が一般に行われていたことが,参考資料2
には,RE(逆流性食道炎)患者の維持療法として,REと診断し初期治療後の内視鏡所見で
改善が得られた後に維持療法を行ったことがそれぞれ報告されており,これらによれば,維持
療法の対象はあくまで逆流性食道炎と診断された患者であって,初期治療後に再発予防の目的
で引き続き行われる治療を維持療法と称していることが認められる。これらからは,逆流性食
道炎患者から内視鏡による肉眼的な炎症が消失したことによって,逆流性食道炎とは全く異な
る疾病に移行したと認識されている実態の存在は窺えない。
さらに,請求人は,参考資料7∼9によれば「逆流性食道炎」の治療にラベプラゾールナト
リウムが供されるときは「逆流性食道炎」の処分に対応した治療行為であり ,「再発・再燃を
繰り返す逆流性食道炎の維持療法 」の処置にラベプラゾールナトリウムが供されるときは , 再
「
発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」の処分に対応した処置行為となるから両者は明
確に区別できるとするが,療法の開始時期や用法用量が区別可能であることと,異なる疾病と
して捉えられているかということとは直ちに結びつくものではない。
逆流性食道炎患者が治療後に内視鏡的に炎症が観察されなくなったとしても,単に炎症が肉
眼で観察されない程度になったというだけであって,胃内容物の食道への逆流が繰り返される
限りは再び炎症が生じる可能性は否定できないのであるから,その意味においてもこのような
一時的治癒状態を逆流性食道炎の病態或いは病期の1つと見る方が自然である。
請求人は,これらが実質的に異なる効能効果であることを,本薬剤に係る米国の製造承認に
おける「INDICATIONS AND USAGE」や英国の製造承認における「Therapeutic indications」の
欄の記載(甲4,5)により示そうともしているが,これらは日本の医療現場における実態を
評価する資料としては不適当である上,何れにも逆流性食道炎(reflux esophagitis)とい
う疾患名は使用されていない。そして,提出された証拠や資料を総合勘案しても「再発・再燃
を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」を「逆流性食道炎」の治療とは実質的に異なる効能効果
であるとすることはできない 。
」
(3) 結論
「以上のとおりであるから,本件出願に係る医薬品に対する処分は本件特許発明の実施に必
要な処分であったとは認められないから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の規定に
該当する。」
第3 原告の主張の要点
1 取消事由(本件処分と先の処分の用途の同一性についての判断の誤り)
(1) 特許権の存続期間の延長登録を受けるためには,特許法67条2項に規定
する要件,すなわち①延長登録の出願に係る特許発明の実施について政令で定める
処分を受けることが必要であること,②同処分を受けることが必要であるためにそ
の特許発明の実施をすることができない期間があったことの2つの要件を充足する
必要がある。要件①については,従来の裁判例によれば,「物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から処分を受けることが必要であったこと」と解されて
いるが,本件処分において特定された本件医薬品の「用途(効能・効果)」は,「再
発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」であり,先の処分とは異なる「用途
(効能・効果)」において承認されたものである。
(2) 逆流性食道炎は,内視鏡的な治癒が確認されたとしても再発することが非
常に多い。そして,逆流性食道炎と気管支炎喘息,慢性咳嗽,非心臓性胸痛などを
併発する可能性も示唆され(甲5),さらには,逆流性食道炎によって下部食道の
重層扁平上皮が円柱上皮に置換され,同円柱上皮につき癌化の頻度が高いことも示
唆されている(甲6 )。このような併発症の発生を防止するためには,治癒が確認
された逆流性食道炎につき,その再発を予防することが必要かつ有効である。
本件医薬品は,先の処分において,用途を逆流性食道炎の治療とし,投与期間の
上限を8週間として承認されていた。臨床現場においては,いったん内視鏡的に治
癒が認められた後に再発・再燃を繰り返すおそれのある患者に対し,維持療法の用
途,すなわち本件医薬品を逆流性食道炎の予防目的で投与することはできなかった。
そこで,再発・再燃を繰り返すおそれのある患者に対しては,医師の裁量の下,投
与期間の上限がないH 2受容体拮抗剤(H 2ブロッカー,以下「H2受容体拮抗剤」
という。)が投与されていた。
H 2受容体拮抗剤とは,胃酸分泌の発生の原因となるヒスタミンH2受容体(H2
受容体)の刺激を阻害して胃酸分泌を抑制する薬剤である。胃酸分泌は壁細胞上に
あるヒスタミンH 2受容体,ムスカリン受容体,ガストリン受容体にそれぞれヒス
タミン,アセチルコリン,ガストリンが結合することで始まり,最終的にプロトン
ポンプ(H+/K+−ATPase )が活性化されて行われる 。H2受容体拮抗剤は ,
ヒスタミンH 2受容体が刺激され,活性化されることを阻害して,胃酸分泌を抑制
する。
他方,本件医薬品を含むプロトンポンプ阻害剤(以下「PPI」という 。)は,
受容体の刺激の種類によらず,最終的な胃酸分泌機序を通じて胃酸分泌を抑制する
ため,H 2受容体拮抗剤を含む他の酸分泌抑制薬より胃酸分泌抑制作用は強力であ
るとされる(甲7)。また,PPIには,胃酸分泌抑制作用のみならず,粘膜防御
能の増強作用,食道運動の亢進作用などの作用がある。
従来,H2受容体拮抗剤で十分に胃酸分泌を制御できない患者においては,いっ
たん治癒した逆流性食道炎の再発を適切に防止することができず,H2受容体拮抗
剤は維持療法の用途として必ずしも有効でなかったことが報告されていた。このた
め,PPIの維持療法としての投与が待ち望まれていた(甲8,9)。
(3) 先の処分において承認された用途は,逆流性食道炎の「治療」に限定され
ている。
ア 先の処分で承認されていた用途には ,「維持療法」は含まれておらず,臨床
試験においても,維持療法用途での治験は行われていない。当初臨床試験において
は,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法としての本件医薬品の有効性及
び安全性は確認されていないのであって,かかる試験結果をふまえてされた先の処
分において,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法の用途を含んだ薬とし
ての製造販売は認められていない。先の処分において承認された用途は,あくまで
も逆流性食道炎の「治療」であり,維持療法用途で本件医薬品を投与することは,
投与期間の上限である8週間以内であっても認められていなかった。
イ 被告は,臨床現場における本件医薬品の投与に関する医師の裁量ないし運用
事実を根拠として,先の処分により,本件医薬品を逆流性食道炎の維持療法の用途
(効能・効果)に用いることは既に解除されていたなどと主張する。
しかしながら,特許権の存続期間延長登録の要件である ,「その特許発明の実施
のために政令で定める処分を受けることが必要である」かどうかの判断に当たって
考慮すべきは,対象となる医薬品に係る特許発明の実施のために厚生労働省による
製造承認を受ける必要があったか否かであり,臨床現場における本件医薬品の投与
に関する医師の裁量ないし運用から,先の処分の内容を解釈することはできない。
また,そもそも,先の処分後の臨床現場において本件医薬品が維持療法用途で投
与されていた事実はない。本件医薬品の維持療法用途での投与は,逆流性食道炎の
治癒が確認された患者に逆流性食道炎の既往症があることを確認し,かつ,当該患
者の既往症の内容から逆流性食道炎の再発・再燃を繰り返すおそれがあると認めら
れた場合に限定されるが,逆流性食道炎の治癒の達成には6∼8週間の投与が必要
であるから,同投与後に残存する投与可能期間はわずか0∼2週間となる。このよ
うな短い残存期間につき本件医薬品を投与しても維持療法の目的を達成できないこ
とは明白である。
さらに,本件処分前における本件医薬品に係る診療報酬の請求にあっては,製造
承認の対象となっていない「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」の目
的であるとして請求しても診療報酬を受けることはできなかった 甲8の69頁)
( 。
臨床現場において,医師が,診療報酬を受けることのできない療法を目的として本
件医薬品を処方することは考えられない。
ウ H2受容体拮抗剤についても,承認に先立つ臨床試験において維持療法用途
での治験は行われておらず,その製造承認により承認された用途には維持療法が含
まれていなかった。
ただし,H 2受容体拮抗剤は治療用途での投与期間の上限が設定されていなかっ
たため,先の処分後本件処分前の臨床現場においては,本件医薬品の投与を8週間
受けた患者について,再発・再燃を繰り返すおそれがあるものと診断した場合には ,
治癒したかどうかの明確な確認作業を行わないまま,事実上,医師の裁量で,H2
受容体拮抗剤が投与されていた可能性がある。もっとも,かかる実態は,先の処分
後本件処分前の臨床現場において,結果的に維持療法の用途でのH 2受容体拮抗剤
の投与が行われた可能性があることを示すものにすぎない。
(4) 本件処分は,本件医薬品が再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法
に使用される医薬品として非常に顕著な有効性を有することが明らかになったため
になされたものであり,投与期間の延長がその本来の意図ではない。
原告は,本件医薬品の維持療法用途での投与が許されなかった先の処分下の臨床
現場におけるニーズをふまえ,本件医薬品の逆流性食道炎の維持療法に対する有効
性及び安全性を検討するため,平成11年9月10日付け治験計画届出書 以下 本
( 「
件届出書」という。甲10)に基づく臨床試験(以下「本件臨床試験」という 。)
を行った。
本件臨床試験は,逆流性食道炎患者に本件医薬品を8週間投与後,内視鏡的に治
癒が認められた患者を維持療法の対象とし,24週間にわたって本件医薬品あるい
はH 2受容体拮抗剤であるファモチジンを投与し,維持療法期における逆流性食道
炎の非発生率等を比較検討することを目的としたものである。
本件臨床試験の結果,維持療法期において,本件医薬品を投与した場合とファモ
チジンを投与した場合とでは,前者の方が後者よりも逆流性食道炎の非発生率が有
意に高いこと(甲11の76,77頁),及び,安全性にも問題がないことがそれ
ぞれ判明した(甲11の82∼94頁)。そこで,原告は,上記本件臨床試験の結
果をもって本件処分の申請に及び,これを受けた厚生労働省も申請内容どおりの本
件処分をしたのである。
以上のように,先の処分において承認された用途が逆流性食道炎の「治療」に限
定されていたこと及び本件臨床試験の実施と本件処分に至るまでの経緯に鑑みれ
ば,本件医薬品が,H2受容体拮抗剤に比較して,再発・再燃を繰り返す逆流性食
道炎の維持療法に使用される医薬品として非常に顕著な有効性を持ち,その点が評
価されて本件処分がなされたことは明らかである。
(5) 本件処分に至る審議過程からも,本件医薬品に新しい効能・効果が認めら
れたことがうかがわれる。
独立行政法人医薬品医療機器総合機構が運営する「医薬品医療機器情報提供ホー
ムページ」と題するウェブサイト(甲24)には,新薬の承認に関し,厚生労働省
薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会の審議に付すべき「部会審議品目」と同部会
への報告で足りる「部会報告品目」との区別が記載されており ,「部会報告品目」
欄には「8.新用量医薬品。ただし,5に該当するものを除く」との記載が,「部
会審議品目」欄には「5.用量の大幅な増量により,異なる作用機序を期待するか
又は新しい効能を追加しようとする新用量医薬品」との記載がある。
本件処分申請に係る本件医薬品は,前記平成11年4月8日付け「医薬品の承認
申請について」と題する厚生省医薬局安全局長通知〔医薬発第481号〕における
分類(甲23)に当てはめると ,「新用量医薬品」に該当する(本件変更承認書3
頁〔 医薬品製造承認事項一部変更承認申請書」と題する書面〕
「 「備考」欄に「医療
用医薬品(6)」,同5頁【申請区分】欄に「106(医療用医薬品(6))」との記載が
あることからわかる。甲25の六(六)ア )。それにもかかわらず上記部会審議に付
されている(甲24の3頁「平成15年7月承認分(部会審議品目) と題するペー
」
ジ)ということは,本件処分申請に係る本件医薬品が,上記「5.用量の大幅な増
量により,異なる作用機序を期待するか又は新しい効能を追加しようとする新用量
医薬品」に該当すると評価されたことを示している。
かかる承認の経緯からすれば,本件処分申請に係る本件医薬品が ,「異なる作用
機序を期待するか又は新しい効能を追加しようとする新用量医薬品」として評価さ
れていたことは明らかであり,本件処分は,本件医薬品に新しい効能・効果がある
ことを前提になされたことがうかがわれる。
(6) 本件医薬品の有効性を基礎づけるPPIの薬効メカニズムとしては,粘膜
防御機能の増強作用と食道運動の亢進作用の両作用が挙げられる。
ア 甲12は,塩酸エタノール誘発のラット胃粘膜障害モデルにおいて,本件医
薬品の有効成分であるラベプラゾールが,H 2受容体拮抗剤であるファモチジンと
比較してより優れた障害抑制効果を有することを示している(なお,同証拠では,
対象成分が「E3810」との英数字で表現されているが,本件届出書の「治験成
分記号」欄に同じく「E3810」と記載されていることから,甲12における対
象成分が本件医薬品の有効成分のラベプラゾールであることがわかる。。この実験
)
では,胃酸に相当する塩酸が外部から投与されているので,H2受容体拮抗剤ある
いはPPIの投与による内因性の胃酸の分泌抑制効果は何ら寄与していない。この
ことは,ラベプラゾールがファモチジンにはない粘膜防御能の増強作用を有するこ
とを意味する。
イ ラベプラゾールの維持療法における有効性に関し,逆流性食道炎の急性期の
治療を終えて内視鏡的に治癒が確認されたヒトの臨床症例において,ラベプラゾー
ルによる食道運動の機能が亢進していることが報告されている(甲15)。食道の
運動機能が改善すると,逆流する胃酸及び消化酵素を速やかに胃部へ戻させること
で食道粘膜上皮の損傷が低減することが予想されるところ,ラベプラゾールが食道
の運動機能を改善させるとの上記報告は,ラベプラゾールが正常化した粘膜上皮の
恒常性維持(再発の抑制)に有利に作用する薬理効果を有することを示唆するもの
である。
また,甲16の文献には,消化管の運動促進剤として知られているシザプライド
が,PPIのひとつであるオメプラゾールとの併用によって,逆流性食道炎の維持
療法における優れた再発率抑制効果を示すことが記載されている。甲16に記載さ
れた実験結果は,PPIが,H2受容体拮抗剤であるラニチジンと比較して,胃酸
分泌抑制作用以外の逆流性食道炎の再発予防に資する作用を有することを示してい
る。そして,その作用とは,消化管の運動促進剤であるシザプライドにも逆流性食
道炎の再発予防効果があることを考慮すると,消化管の運動促進作用すなわち食道
運動の亢進作用であるとうかがわれる。
ウ このように,本件処分は,H 2受容体拮抗剤にはない画期的なPPIの薬効
メカニズムに基礎づけられた逆流性食道炎の再発予防効果と維持療法としての安全
性に基づくものである。
(7) 臨床現場においては,逆流性食道炎の治療と再発・再燃を繰り返す逆流性
食道炎の維持療法とは,異なるものとして認識されていた。
ア 先の処分において承認されていた逆流性食道炎の治療と本件処分において承
認された再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法とでは,いずれも本件医薬
品の酸分泌抑制作用を利用する点では共通する。しかしながら,前者が逆流した胃
酸による食道粘膜の浸食の結果食道組織に既に形成されたびらん及び潰瘍の消滅を
目的とするのに対し,後者が内視鏡的に上記食道組織のびらん及び潰瘍が確認でき
ない患者につき再びびらん及び潰瘍が発生しないようにするという予防目的である
点で異なる。
また,逆流性食道炎の治療においては,既に食道粘膜組織にびらん又は潰瘍が形
成されているのに対し,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては
びらん又は潰瘍は内視鏡的に確認することができず正常粘膜であって,適用される
病態の点で異なる。なお,いったん治癒した後に再発した場合は,食道粘膜組織に
びらん又は潰瘍が形成されているのであるから,この場合の投与は逆流性食道炎の
治療としての投与であり,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法としての
投与ではない。
以上のとおり,逆流性食道炎の治療と再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持
療法とでは,それぞれの療法の目的,適用される病態及び適用根拠が異なり,臨床
現場においては,逆流性食道炎の治療と再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持
療法とは異なるものとして認識されていた。
イ これに対し,審決は,「逆流性食道炎の治療学 薬物療法 各論 初期治療と
してのH2ブロッカーとPPIの比較」と題する論文(甲26) 「逆流性食道炎の
,
維持療法と再発」と題する論文(甲27),第87回日本消化器病学会総会におけ
る「逆流性食道炎に対するPPI投与時の食道運動機能に関する検討―H2RAと
の比較―」と題する報告書(甲15)の各記載に依拠して,維持療法の対象はあく
まで逆流性食道炎と診断された患者であり,初期治療後に再発予防の目的で引き続
き行われる治療を維持療法と称しているにすぎず,逆流性食道炎患者から内視鏡に
よる肉眼的な炎症が消失したことによって,逆流性食道炎とは全く異なる疾病に移
行したと認識されているという実態の存在はうかがえないと認定判断した。
しかしながら,甲26は,本件医薬品を含むプロトンポンプ阻害剤(PPI)に
よる投与が治療のための8週間を上限として承認されていた時代,換言すると,上
記8週間を超える継続治療及び治癒が確認された後の再発・再燃を繰り返す逆流性
食道炎の維持療法としてH2受容体拮抗剤を投与するしかなかった時代に執筆され
たものであり,かかる時代にあっては,医師等の当業者の間でも,逆流性食道炎の
初期治療後における治療目的での継続投与と治癒を前提とする維持療法との区別が
十分になされていなかった。したがって,甲26の論文執筆当時の臨床実務の状況
を吟味することなく,単に同文献の形式的な記載から,逆流性食道炎の維持療法が
逆流性食道炎の薬物療法の1種として広く了解されているとする審決の認定判断は
誤りである。
甲27についても,医師等の当業者の間でも,逆流性食道炎の初期治療後におけ
る治療目的での継続投与と治癒を前提とする維持療法との区別が十分になされてい
なかった時代のものであり,甲27にいう「維持療法」が本件処分にいうところの
「維持療法」と同一の意味であるとは限らない。
甲15の記載は,同報告の【目的】欄の記載のとおり,逆流性食道炎の維持療法
におけるPPI投与時とH2受容体拮抗剤投与時の食道内圧の比較実験の対象被験
者についてのものであり,単に初期治療の後に維持療法を行ったという実験過程の
時間的な前後を述べているものにすぎない。
以上のとおり,逆流性食道炎患者から内視鏡による肉眼的な炎症が消失したこと
によって,逆流性食道炎とは全く異なる疾病に移行したと認識されているという実
態の存在はうかがえないとする審決の認定判断は誤りである。
(8) 本件変更承認書の記載は,本件医薬品の「用途(効能・効果 )」を正確に表
していない。
ア 本件変更承認書の「効能又は効果」欄には先の処分に係る承認書の記載と比
較して何ら変更は加えられていないが,医薬品の製造承認書の形式的な記載によっ
て直ちに当該医薬品に係る特許権の存続期間の延長登録の要件に関する「物(有効
成分)」ないし「用途(効能・効果)」を特定することは許されない。
薬事法(同法1条)に基づく医薬品の製造承認制度は,医薬品の安全性の確保の
ために必要な規制を設け,保健衛生の向上を図ることを目的とするものであり,医
薬品,農薬などの一部の分野において,安全性の確保等を目的とする法律の規定に
基づく許可等を得るために必要な期間中,本来享受できるはずの特許権に基づく排
他的独占的利益の享受が制限される不利益を解消することを目的とする特許権の存
続期間の延長登録制度とは,その制度目的が異なるのであるから,同一の文言だか
らといって同様に解する必然性は存しない。
本件変更承認書の「効能又は効果」の欄に「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎
の維持療法」が記載されないのは,厚生労働省が維持療法を「効能又は効果」とし
て承認書に明示しない一般的な運用方針をとっていることの帰結であり,本件処分
において特定された本件医薬品の「用途(効能・効果)」が再発・再燃を繰り返す
逆流性食道炎の維持療法ではないことを意味するものではない。
イ 我が国において逆流性食道炎に関して製造承認を受けた医薬品の添付文書に
つき調査したところ,逆流性食道炎の維持療法が適用される対象について,いずれ
も,単なる「逆流性食道炎」ではなく,「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎」と
記載されていた。このように医薬品の製造承認においても,逆流性食道炎と再発・
再燃を繰り返す逆流性食道炎とは明確に区別されているのであって,このことから
も本件処分において特定された本件医薬品の「用途(効能・効果)」が再発・再燃
を繰り返す逆流性食道炎の維持療法であることは明らかである。
ウ 被告は,厚生労働省の採用しているところの維持療法を「効能又は効果」と
して承認書に明示しない運用方針の唯一の例外である「デノシンカプセル250」
の例を挙げるが,かかる例外的運用がなされたのは,同薬剤につき適応症の治療用
途が承認されておらず,維持療法のみが承認されているため,「効能又は効果」と
して単に適応症のみを記載することは上記治療用途が承認されているとの誤解を招
くおそれがあったという特殊事情によるものである。
エ 審決は ,維持療法期は,逆流性食道炎患者が一定期間の薬剤治療を受けた後,
内視鏡的に治癒が認められた時期から開始されるのであるから,逆流性食道炎の治
療過程における特定の時期以降における治療法が逆流性食道炎の維持療法として認
識されているとする。
しかしながら,本件届出書「備考」欄の「1 .」に「本治験は逆流性食道炎での
投与期間延長を取得するための治験である 。」との記載があることからも明らかな
とおり,原告は,本件臨床試験の実施当時において,先の処分において定められて
いた8週間という投与期間の上限の延長の余地を探る目的をも有していた。そのた
め,治療期中に内視鏡的に逆流性食道炎の治癒が認められた症例と認められなかっ
た症例のいずれにも本件医薬品を投与し,治癒が認められた症例について投与を
行ったものを「維持療法期 」,治癒が認められなかった症例について継続して投与
したものを「継続投与期」と呼称していた。これは,逆流性食道炎に対する一連の
治療過程を時期に応じて区切ったものではなく,仮に,逆流性食道炎に対する一連
の治療過程を時期に応じて区切ったのであれば,いずれも「治療期」後24週間と
いう重複した時期に相当する「維持療法期」と「継続投与期」とを並列的に記載す
るはずがない。
このように,本件届出書の記載は,逆流性食道炎の維持療法が,逆流性食道炎の
治療過程の一部として特定の時期以降における治療法として認識されていることを
示すものではない。本件処分において,逆流性食道炎の治療として本件医薬品を投
与できる期間は従前どおり8週間のままであり,これを超えた投与は認められない
のに対し,逆流性食道炎につき内視鏡的治癒が確認された後における予防目的,す
なわち再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法として投与される場合には,
投与期間に拘束されることなく本件医薬品の投与が本件処分により承認されている
のである。
オ 医薬品に関する特許権の場合,その「用途(効能・効果 )」の異同の判断は
必ずしも当該医薬品の適用される疾病の異同の判断と完全に一致するわけではな
い。従来,同一の疾病に投与される医薬品であっても許されなかった療法について,
新規の臨床試験によって有効性 ,安全性が証明されたような場合等には , 用途(効
「
能・効果)」を異にすると理解する余地がある。審決の説示する基準によれば,こ
のような場合に新たな「用途(効能・効果 )」として特許権の存続期間の延長登録
の要件が充足される余地がなくなってしまうことになる。
(9) 米国及び英国の製造承認における本件医薬品の用途(効能・効果)にも再
発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法が明記されている。
米国及び英国においては,本件医薬品につき,我が国におけると同様の臨床試験
結果に基づき製造承認がなされており,そこでは,明示的に,再発・再燃を繰り返
す逆流性食道炎の維持療法が「用途(効能・効果)」として認められている。すな
わち,本件医薬品の米国における添付文書(甲20。なお,本件医薬品の米国にお
ける医薬品名は「ACIPHEX」という。)の「INDICATIONS AND USAGE」(効能効果及び
用途)欄には,「Healing of Erosive or Ulcerative Gastroesophageal Reflux
Disease(GERD)」(びらん型又は潰瘍型胃食道逆流症(GERD)の治療)と並列的に
「Maintenance of Healing of Erosive or Ulcerative Gastroesophageal Reflux
Disease(GERD)」(びらん型又は潰瘍型胃食道逆流症(GERD)の維持療法)と記載さ
れ,英国における添付文書(甲21)にもほぼ同様の記載がある。このことは本件
処分において特定された本件医薬品の「用途(効能・効果 )」が実質的には再発・
再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法であることを間接的に示している。
2 結論
以上のとおり,本件処分において特定される本件医薬品の「用途(効能・効果)」
は,「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」であって,先の処分におい
て特定された用途と異なる。そうすると,上記「再発・再燃を繰り返す逆流性食道
炎の維持療法」のために本件特許発明を実施することは,本件処分によって初めて
可能になったのであるから,特許権の存続期間の延長登録に関する ,「その特許発
明の実施のために政令で定める処分を受けることが必要であったこと」との要件を
充足し,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当しない。
したがって,本願処分は本件発明の実施に必要な処分であったと認められないと
した審決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由(本件処分と先の処分の用途の同一性についての判断の誤り)に対
して
(1) 特許権の存続期間の延長登録を受けるためには,特許法67条2項に規定
する要件すなわち「延長登録の出願に係る特許発明の実施について政令で定める処
分を受けることが必要であること」及び「同処分を受けることが必要であるために
その特許発明の実施をすることができない期間があったこと」との2つの要件を充
足する必要がある。このうち前者の要件については,従来の裁判例によれば,「物
(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処分を受けることが必要であっ
たこと」と解すべきとされている。この点についての原告主張に異論はない。
(2) 逆流性食道炎に対する効能・効果の承認を受ければ,逆流性食道炎の維持
療法は別途の承認を受けるまでもなく医師の裁量で行うことができる。
ア 消化性潰瘍は胃酸にさらされる部分に発生する限局性の組織欠損である。こ
の疾病の治療目的は疼痛などの自覚症状の除去 ,潰瘍の治癒,再発予防に要約され,
一般的な治療方針として,治癒を目指す寛解療法(初期治療)と,再発予防のため
の維持療法がある(乙1の396∼397頁)。消化性潰瘍の発生・増悪と精神的
・肉体的ストレスは密接に関係しており,酸分泌抑制剤によりいったん潰瘍が治癒
しても,生活習慣の改善,ストレス除去がされない限り再発しやすく,これを防ぐ
ために継続的に酸分泌を抑える治療(維持療法)の必要性がある。
甲6(244頁)には,「逆流性食道炎は食道,胃,噴門の器質的・機能的な異
常により,胃液や十二指腸液が食道内に逆流することにより生じる食道炎と定義さ
れている。」と記載され,逆流性食道炎の病態として種々の発生因子があるとされ
ている(甲26の66頁 ) また, GERD 」には逆流性食道炎も含まれるところ,
。 「
乙10(CLINICIAN'00 No.496)には「GERDの病態生理の基本は一過性LES
弛緩・・・といわれている 。・・・GERDは病態からは消化器機能異常疾患であ
るが,酸分泌抑制剤が症状消失,食道炎の治癒に効果があるため酸関連疾患に分類
され,酸分泌抑制剤を中心に治療が行われている。」との記載がある。このように
逆流性食道炎の主たる原因が消化器機能異常であることは医療分野ではよく知られ
ていることである。
逆流性食道炎は消化器機能異常疾患であるから,その症状の消失,食道炎の治癒
に酸分泌抑制薬が効果があるとはいえ,あくまで対症療法であって,症状が寛解し
ても機能の異常が解消されていない場合には,投薬をやめれば再発する可能性が高
いのは当然であり,再発のおそれのある患者に対しては長期の薬物投与が当然に必
要な疾病であると認識されている。原告は,維持療法の対象となるのは潰瘍が治癒
した逆流性食道炎患者であって逆流性食道炎とは病態が異なると主張するが,逆流
性食道炎の治療にはそのような病態に対する治療も包含されているのである。
甲6,8,乙11,12によれば,逆流性食道炎の治療には維持療法も含まれ,実
際のところ,PPIを8週間投与後は投薬期間の制限がなく長期投与可能なH2受
容体拮抗剤が使用されてきた。
先の承認で投与期間が8週間という制限のある本件医薬品の場合,例えば,投与
後3週間で治癒の状態になった患者に対し,それ以後さらに5週間までならば医師
の裁量で同薬剤を維持療法として使用することができ,したがって,逆流性食道炎
の維持療法としての使用が不可能であったわけではない。すなわち先の承認によっ
て,本件医薬品を逆流性食道炎の維持療法の用途(効能・効果)に用いることに対
する禁止状態は,既に解除されていたと見るべきである。
イ 逆流性食道炎の薬物療法が維持療法をも包含することは,本件変更承認書に
おいても明らかである。すなわち,「逆流性食道炎」の項目の下に ,
「通常,成人に
はラベプラゾールナトリウムとして1日1回10mgを経口投与するが,病状によ
り1日1回20mgを経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与
とする。」という記載と,「さらに再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法に
おいては,1日1回10mgを経口投与する。」という記載が並列的に記載されて
いる(甲4)。
この記載ぶりは,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法は,逆流性食道
炎に対する薬物療法に含まれるものとして本件処分に係る変更承認がされたことを
示している。そして,本件変更承認書の上記記載とその変更承認申請書の備考欄の
「本申請は逆流性食道炎の維持療法に関する用法及び用量欄の承認事項一部変更承
認申請です 。」との記載及び変更前の用法・用量についての「通常,成人にはラベ
プラゾールナトリウムとして1日1回10mgを経口投与するが,病状により1
日1回20mgを経口投与することができる。なお,通常,胃潰瘍,吻合部潰瘍,
逆流性食道炎では8週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの投与とする 。」との
記載(甲4)からみれば,従来,逆流性食道炎の薬物療法に本件医薬品を用いる際
には8週間までの範囲内で用いることとされていたものを,本件処分においては,
逆流性食道炎の薬物療法であっても再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法
として投与する場合についてのみ,投与期間についての条件を変更する目的で,逆
流性食道炎の項目内に,維持療法についての用法・用量を1日1回10mgとする
旨の記載を追加したものであることが理解できる。
そうすると,先の処分は,初期治療,(再発・再燃を繰り返す)逆流性食道炎の
維持療法を含め,逆流性食道炎の薬物療法全般に対する効能・効果を得るために8
週間までラベプラゾールを用いることを許可するものであったということができる
から,先の処分によって,本件医薬品を逆流性食道炎の維持療法の用途(効能・効
果)に用いることに対する禁止状態は,既に解除されていたことになる。
ウ さらに,従来,逆流性食道炎の再発・再燃を繰り返すおそれのある患者に対
しては,臨床現場ではH 2受容体拮抗剤を逆流性食道炎の維持療法に使用していた
ことは,甲6の 現行の保険制度ではPPIの投与は8週間までと限定されており,
「
PPIを維持療法として長期に投与することは認められていない。このため,PP
I後の維持療法薬として,H2RA(H2受容体拮抗剤)が使用されているのが現状
である。(甲6の246頁)の記載などから明らかである。
」
承認を受けたH2受容体拮抗剤の効能・効果については,例えば,H2受容体拮抗
剤の1種であるファモチジン製剤(ガスターD錠)についての添付文書(乙2)を
見ても,その効能・効果,用法・用量の欄に「逆流性食道炎の維持療法」あるいは
「再発再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」という記載はどこにも見あたらな
い。
しかし,医療の現場でのこの薬剤の逆流性食道炎の維持療法への使用は可能であ
る。すなわち,この医薬品によりいったん逆流性食道炎が治癒した患者について更
にH 2受容体拮抗剤の投与を続けることは,その医薬品が効能・効果として「逆流
性食道炎」の承認を受けていれば可能であって,H 2受容体拮抗剤の場合は投与期
間に制限がないので,本件医薬品のように投与期間の制限のある医薬品に比べ長期
にわたる維持療法が可能であるという点が異なるだけである。
(3) 本件処分の本来の意図は新たな効能・効果ではなく用法・用量の変更(投
与期間の延長)にあった。
甲10の「備考」の欄には「1.本剤は…について1997年10月14日に製
造承認を取得している。本治験は逆流性食道炎での投与期間延長を取得するための
治験である。」と記載されている。また,「治験計画の概要」の「対象疾患」の欄に
「逆流性食道炎」と記載され,「用法及び用量」の欄には「1)治療期…2)維持
療法期 治療期(投与8週間後)に内視鏡的に治癒が認められた症例(Los Angeles
分類改で grade 0)を対象として,引き続き下記の治験薬剤を24週経口投与する。
…3)継続投与期 治療期(投与8週間後)に内視鏡的に治癒に至らなかった症例
(Los Angeles 分類改で grade A∼D)のうち grade が投与開始前と比較して改善し
た症例を対象として,引き続き…経口投与する。…」と記載されており,この治験
が,8週間投与後に内視鏡的治癒に至ると至らないとにかかわらず,改善が見られ
た症例に対し,それ以後も投与を継続することの安全性,有効性の確認を目的とし
たものであることを示している。
甲10の治験の結果,当初の逆流性食道炎全般での投与期間延長の取得は果たせ
ず,本件処分では,「再発再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」に限って投与
期間の延長が認められたのである。そして ,「再発再燃を繰り返す」が特に付記さ
れたのは , (衛研発第2625号
乙4 平成15年4月24日付け 審査報告書15
頁)に「逆流性食道炎の維持療法については,再発再燃を繰り返す患者に対して行
うこととし,本来,維持療法に必要のない患者に行うことのないように留意するこ
と。」と記載されているように,適正使用を促すためであり,「再発再燃を繰り返す
逆流性食道炎の維持療法」が特殊な治療法であることを示すためではない。
結局のところ,先の処分と本件処分の内容の相違は8週間を超える期間投与する
ことの安全性が確認されたか否かに由来するのであって,このような投与期間の変
更につき,その都度延長登録が認められるとするならば,最初の承認時に長期使用
の安全性を確認し得る十分な資料を作成して投与期間の制限のない承認を受けた場
合には延長登録は1回限りであるのに,これを数回に分け投与期間の変更承認を受
けた場合はより長い延長期間を獲得することができるという不合理が生じることに
なる。投与期間の変更により本件医薬品による治療の幅が広がるとしても,これは
先の承認における効能効果である逆流性食道炎の治療の概念に入る以上,これを新
たな用途として,延長登録の対象とする余地はない。
(4) 本件処分の経過に照らしても,その承認が「用法・用量」の一部変更であ
ることは明白である。
原告は,本件医薬品が「用量の大幅な増量により異なる作用機序を期待するか又
は新しい効能を追加しようとする新用量医薬品」として評価され,厚生労働省薬事
・食品衛生審議会医薬品第一部会の審議において慎重に承認の当否が検討されたこ
とは明らかであると主張するが,たとえ承認に至る過程でどのような評価を受けて
検討されたとしても,検討の結果承認されたものが,異なる作用機序や新しい効能
・効果には当たらない「用法・用量」の一部変更であることは,その承認内容から
明白であり ,「効能・効果」は先の承認と変わるものではないことを示すものであ
る。
(5) 本件処分における本件医薬品の薬理作用は先の処分と同じである。
乙4(p6,ホ)に,「本申請は,逆流性食道炎の維持療法に関する追加用法の
申請であり,作用機序及び一般薬理について新たに実施された試験はない 。」と記
載されているように,本件医薬品の薬理作用は先の処分と同じである。
原告は,本件医薬品が粘膜防御機能の増強作用及び食道運動の亢進作用を有する
と主張するが,甲17(パリエットの添付文書)の【薬効薬理】の欄のヒトでの作
用の項には胃酸分泌抑制作用,胃内PH上昇作用が記載されているのみであり ,乙3
(パリエット錠に関する資料概要37∼42頁)においても胃酸分泌抑制作用以外
の薬理作用は確認されていない。そうすると,粘膜防御機能の増強作用及び食道運
動の亢進作用について学術的な報告は存在するとしても,本件処分とは無関係で
あって,先の処分(甲3),本件処分(甲4)のいずれにおいても本件医薬品の薬
効をもたらす薬理作用として認められたものではないから,原告の主張は事実に反
する。
(6) 臨床現場においても,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法は,
逆流性食道炎の治療の延長上のものとして認識されていた。
甲6(245∼246頁)に逆流性食道炎の治療として,初期治療と並び継続治
療(維持療法を含む)が記載され,甲8(72頁)においても逆流性食道炎の治療
計画として「維持療法 」が組み入れられていること,甲9の「GERDの薬物療法」
と題する論文においても維持療法の項(24:41 頁)が起こされているところを見れ
ば,臨床現場における逆流性食道炎の治療の一環としての維持療法は既に常識的な
ものというべきである。
原告は,甲26,27,15について,逆流性食道炎の初期治療後における治療
目的の継続投薬と維持療法との区別が十分になされていない時代のものであると主
張するが,甲26には治療の分類として初期治療と長期維持療法があることが記載
され,内視鏡的に治癒が確認された症例にH 2受容体拮抗剤内服を中心とする維持
療法が一般的に行われていることは甲27(72頁)に明記されている。その論文
のタイトルは「逆流性食道炎の維持療法と再発」であり,維持療法の検討に当たっ
て再発の有無をみるのは,維持療法がまさに治療により達成した治癒状態の維持を
目的とする療法だからである。
(7) 本件変更承認書の記載は正確であり,あくまで本件医薬品の「用法・用量」
の一部変更を表しているものである。
原告は, 本件変更承認書の「効能又は効果」の欄に「再発・再燃を繰り返す逆
流性食道炎の維持療法」が記載されないのは,厚生労働省が維持療法を「効能又は
効果」として承認書に明示しない一般的な運用方針をとっていることの帰結である
と主張する。
しかし,実際には維持療法が効能・効果として承認されるケースは存在する。例
えば乙5(デノシンカプセルの添付文書)に見られるように,初期治療に使用する
医薬品(注射剤)と維持療法に使用する医薬品(カプセル剤)の品目が異なる場合
である。
甲18は全て効能・効果として逆流性食道炎が認められているPPIを有効成分
とする医薬品であって,かつ,投与期間に制限を有するものである。このような例
のみによって厚生労働省が維持療法を「効能又は効果」として承認書に明示しない
一般的な運用方針をとっていると断定することはできない。むしろ,甲18は,P
PIによる逆流性食道炎の薬物療法において,維持療法が逆流性食道炎の治療とは
別のものと認識されていなかったことを示している。本件のラベプラゾール製剤の
場合は,既に逆流性食道炎の処置に対して承認を受けており,本件処分は逆流性食
道炎の維持療法について投与期間の制限をなくしたものであるから,用法・用量の
みの変更とされているのである。
したがって,厚生労働省が維持療法を「効能又は効果」として承認書に明示しな
い一般的な運用方針をとっているから承認書の「効能・効果」を正確に表していな
いというのは誤りである。
(8) 米国及び英国の製造承認は本件の延長と関わりがない。
特許権延長登録制度は,日本における薬事法のもとでの承認と延長対象となる特
許権に係る特許発明との関係が法に定める要件を満たしたときに適用されるもので
あるから,外国における承認内容は,その判断に影響しない。
2 結論
以上のとおり,本件処分は逆流性食道炎を「効能・効果」とする医薬品(有効成
分ラベプラゾール)の「用法・用量」の一部変更の域を出ないものといわざるを得
ず,その後に「用法・用量」の一部変更承認により再発・再燃を繰り返す逆流性食
道炎の維持療法では投与期間の制限がなくなったことをもって,これを新たな効能
・効果に対する承認であるということはできない。したがって,本件出願は,特許
法67条の3第1項1号の規定に該当するとした審決に何ら違法はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(本件処分と先の処分の用途の同一性についての判断の誤り)につ
いて
(1) 本件の争点
特許法67条2項の「その特許発明の実施について…処分…を受けることが必要
である」との文言は ,「物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から処分
を受けることが必要であったこと」と解すべきであり,本願に係る処分における 用
「
途」と先の処分に係る「用途」が同一である場合には,特許発明の延長登録は認め
られない(当庁平成17年10月11日判決・平成17年(行ケ)第10345号
(最高裁HP登載)参照)。本件では,この解釈について当事者間に争いはなく,
主たる争点は,先の処分に係る「用途」と本件処分に係る「用途」が同一であるか
どうかである。すなわち,原告は,本件処分に係る「用途(効能・効果)」は,「再
発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」であって,先の処分に係る「逆流性
食道炎」とは異なると主張する。これに対し,被告は,先の処分と本件処分に係る
「用途(効能・効果 )」は,それぞれの承認書に記載されているとおり,いずれも
「逆流性食道炎」の治療であり,本件処分において変更されたのは,用法及び用量
にすぎないと主張する。
(2) 「用途(効能・効果)」の意義
一般に ,「用途」とは ,「使いみち。用いどころ 。 (広辞苑第五版)を意味する
」
ところ,このような 用途」
「 の通例の意義によれば,医薬品の 用途 効能・効果),
「 ( 」
すなわち当該医薬品の「使いみち」とは,医薬品が作用して効能又は効果を奏する
対象となる疾患や病症等をいい,これに対し,医薬品の投与間隔,投与量,摂取方
法など,当該疾病に対して医薬品が効能又は効果を発揮するための具体的な方法等
を「用法及び用量」というと解すべきである。
医薬品の「用途(効能・効果 )」についての上記理解は,先の処分及び本件処分
に係る薬事法上の承認書の「効能又は効果」欄に疾患名が列記され,じほう社発行
に係る「医薬品製造販売指針 2005」(乙6)の「(6) 効能又は効果欄」「1)
記載方法の概略」には,「医療用医薬品の効能・効果は,医学用語による疾患名,
症状名を記載する。(212頁)と記載されていることとも合致するものである。
」
これに対し,原告は,薬事法に基づく医薬品の製造承認制度と特許権の存続期間
の延長登録制度とは,その制度目的が異なるのであるから,「用途(効能・効果)」
の異同の判断は必ずしも当該医薬品の適用される疾病の異同の判断と完全に一致す
るわけではなく,同一の疾病に投与される医薬品であっても許されなかった療法に
ついて,新規の臨床試験によって有効性,安全性が証明されたような場合等には,
「用途(効能・効果)」を異にすると理解する余地があると主張する。
しかしながら,医薬品の「効能・効果」という用語の意義について,薬事法と特
許法で別異に解すべき理由はなく,その通常の意味内容に照らせば,当該医薬品が
適用される疾患をいうと理解することが相当である。もとより ,「用途(効能・効
果)」の異同は,先の処分とその後の新たな処分に係る医薬品製造承認書の形式的
な記載により直ちに決することができるものではないが,両処分に係る医薬品の適
用対象となる疾患名が同一である場合には,新たな処分に係る医薬品の適用対象が
その病態等に照らして実質的に異なる疾患と認められ,あるいは,当該治療法にお
ける医薬品の薬理作用が先の処分とは異なるなどの事情が認められない限り,その
「用途(効能・効果)」は同一であるというべきである。
(3) 先の処分と本件処分に係る医薬品の適用される疾患の異同
まず,先の処分に係る「医薬品製造承認書」(甲3)と本件処分に係る「医薬品
製造承認事項一部変更承認書」(甲4)の「効能又は効果」欄 ,「用法及び用量」欄
の記載を対比検討する。
先の処分に係る医薬品製造承認書においては,本件医薬品の製造を別添の医薬品
製造承認申請書のとおり承認するとしているところ,同申請書には,「名称」「成分
及び分量又は本質」「製造方法」欄の他に,「用法及び用量」「効能又は効果」との
記載欄が設けられ, 効能又は効果」欄には, 胃潰瘍 ,十二指腸潰瘍,吻合部潰瘍,
「 「
逆流性食道炎,Zollinger-Ellison 症候群」と記載され, 用法及び用量」欄には ,
「
「通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口投与す
るが,病状により1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通常,胃
潰瘍,吻合部潰瘍,逆流性食道炎では8週間まで,十二指腸潰瘍では6週間までの
投与とする。」と記載されている。
他方,本件処分は,先の処分のうち「用法及び用量」欄の記載を一部変更するも
のであり,「効能又は効果」欄の記載に変更はない。変更後の「用法及び用量」欄
には ,「通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10 mg を経口
投与するが,病状により1日1回20 mg を経口投与することができる。なお,通
常,8週間までの投与とする。さらに再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療
法においては1日1回10 mg を経口投与する。」と記載されている。先の処分に
係る申請書の「用法及び用量」欄と対比すると ,「さらに再発・再燃を繰り返す逆
流性食道炎の維持療法においては1日1回10 mg を経口投与する。」との記載が
実質的に付加されていることになる。
このように,先の処分に係る「医薬品製造書」と本件処分に係る「医薬品製造承
認事項一部変更承認書」の「効能又は効果」欄 ,「用法及び用量」欄の記載を対比
検討すると,両処分に係る医薬品は,いずれも「逆流性食道炎」を適用対象とする
ものであり,その「用法及び用量」についても ,「通常」の場合か,
「再発・再燃を
繰り返す逆流性食道炎の維持療法」の場合かを問わず,投与方法(経口投与),投
与間隔(1日1回)
,投与量(10 mg)が同一であると認められる。
(4) 病態や薬理作用における異同
次に ,「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法」の対象となる病態や本
件処分に係る薬理作用等について,項を改めて検討する。
ア 逆流性食道炎の定義,罹患の原因,病態,治療等に関し,本件証拠(後掲)
には,以下の記載が存在する。
(ア) 甲6(綜合臨牀 Vol.46(1997:増刊,永井書店),pp.244 − 247,石野祐
三子,吉田行雄,木平健,木村健「1.食道炎 」)
(a) 「逆流性食道炎は,食道,胃,噴門の器質的・機能的な異常により,胃液や十二指腸
液が食道内へ逆流することにより生じる食道炎と定義されている 。(244頁)
」
(b) 「初期治療
逆流性食道炎に対する治療としては,まず逆流する胃酸の抑制が重要である。このため,従
来よりH 2受容体拮抗剤(H2RA ),あるいは,近年開発されたプロトンポンプヒビター(P
PI)などの酸分泌抑制剤投与が選択される 。・・・逆流性食道炎に対する治療薬としては他
に消化管運動機能調節薬,粘膜保護薬などが挙げられる 。(245頁)
」
(c) 「継続治療
逆流性食道炎は下部食道括約筋圧の低下や,滑脱型食道ヘルニアといった器質的異常を伴う
ことが多く,治療を継続しなければ高頻度で再発し,狭窄などの合併症をひき起こしやすい。
現行の保険制度ではPPIの投与は連続8週間までと限定されており,PPIを維持療法とし
て長期に投与することは認められていない。このため,PPI後の維持療法薬として,長期投
与可能なH2RAの投与が行われているのが現状である 。(246頁)
」
(d) 「難治性の場合
高度の逆流性食道炎症例ではH 2RA抵抗性であり,PPIでいったん治癒方向に向かって
も,維持療法でH2RAに変更した途端,増悪をみる場合が多い 。・・・難治症例ではPPIか
らH 2RAへの変更のたびに増悪を繰り返すことが多く,将来的にはPPI長期投与の認めら
れる必要があると思われる。(246頁)
」
(イ) 甲7(浅香正博 ,千葉勉編集「プロトンポンプ阻害薬のすべて」第1版第1
刷(2002.9.10),先端医学社,pp.26 − 30,石野祐三子,菅野健太郎「プロトンポ
ンプ阻害薬は最強の攻撃因子抑制薬か―基礎および臨床の観点から―」)
(a) 「消化性潰瘍や逆流性食道炎の治療効果は胃酸分泌抑制作用の効力に相関するとされ ,
酸分泌抑制薬の作用機序と効力を認識して使い分けることは意義があると思われる 。 26頁)
」
(
(b) 「胃酸分泌は壁細胞上にあるヒスタミンH 2受容体(H2受容体 ),ムスカリン受容体,
ガストリン受容体にそれぞれヒスタミン,アセチルコリン,ガストリンが結合することではじ
まり ,最終的にプロトンポンプ(H+/K+−ATP ase)が活性化しておこなわれる(図1 )。
・・・
+
PPIは服用後,小腸で吸収されて血中から壁細胞に移行し,そのなかの分泌細管でH と
+ +
接触して活性型となり,胃酸分泌の最終段階であるH /K −ATPaseと結合し,その作
用を直接抑制する。H2 RAなど受容体拮抗薬はそれぞれに対応した受容体刺激を阻害して胃
酸分泌を抑制する。一方,PPIは,刺激の種類によらず胃酸分泌を抑制するため,ほかの酸
分泌抑制薬より胃酸分泌抑制作用は強力であるとされる 。(26∼27頁)
」
(ウ) 甲8(竹本忠良,中澤三郎監修,寺野彰,藤岡利生,本郷道夫,芳野純治
編集 プロトンポンプインヒビター 21世紀への展開》第1版第1刷 1998.1.20)
「 《 」 ( ,
メディカルレビュー社,pp.63 − 75,小林正文「胃食道逆流症の治療」)
(a) 「胃食道逆流症(・・・GERD)の治療は,上部消化管における胃酸が関係する消
化性病変の中でも難渋する治療の一つである 。・・・しかしH 2ブロッカーによる治療にして
も,胃十二指腸潰瘍と異なり,8週後の治癒率は60%台にとどまり,PPIによる維持療法
中にもかなりの再発があるという報告もヨーロッパの研究者によって示されている 。 63頁)
」
(
(b) 「胃食道逆流(GER)発生機序を Dodds らは,① free reflux, ② transient
intra-abdominal pressure increase, ③ transient lower esophageal sphincter
relaxation(TLESR)の3種類に分けて説明した。①,②はかなり重症の逆流性食道炎を有する
患者のみに起こるのが一般であり ,その他のGERはほとんど一過性LES弛緩 TLESR )
(
によって起こると考えられている。そこで,GERDの治療としては,TLESRに対する直
接的治療が確立していない現状では,攻撃因子である胃酸に対する対策が第1に考えられ,逆
流する胃酸に対処する方法が種々検討されてきた。そして,現在では強力な酸分泌抑制薬が開
発され,これらが薬物治療の中心をなしている 。(63∼64頁)
」
(c) 「逆流性食道炎は,先に述べたようにH 2ブロッカー,PPIなどの使用によりかなり
高率な治癒率を示すようになったが,再発が多いことは依然として変わらない。そこでいった
ん治癒した症例にその治癒を持続させるために治療が必要である 。・・・わが国においては,
欧米における症例ほど重症例や再発を繰り返す例は少ないが,PPIを使用しなければ再発を
防止できない例があることは事実である。今後,わが国においてもPPIの長期投与が可能に
なることが望まれる。(69∼70頁)
」
(d) 「GERDの発生病理と強い関係があると考えられている病態生理学的異常は,胃排
出遅延,LES機能低下,食道排出遅延などであり,これらによりGERが起こり胃食道逆流
液が食道内に長時間停滞し,あるいは頻回に食道粘膜と接触することにより食道炎を惹起する
と考えられている 。(71頁)
」
(エ) 甲9(消化器科,24(1):38-44,1997,原澤茂「GERDの薬物療法」)
(a) 「逆流性食道炎の範疇には,従来からいわれている食道粘膜にびらん・潰瘍の認めら
れる(ロサンゼルス分類の GradeA ∼ D)症例は当然のこと,明らかなびらん・潰瘍が認められ
ないにもかかわらず,胸やけ・呑酸などの自覚症状を有する症例も含め,広い意味からこれら
を総称して胃食道逆流症(・・・GERD)と表現されている。当然そのGERDの病態は,
胃酸を中心とした胃内容物の食道への逆流(胃食道逆流:GER )が主体をなすものである 。」
(24:38 頁)
(b) 「GERDの病態は多くの要因が関与していることがこれまでの報告から明らかになっ
てきている 。・・・胃液酸分泌の増加という攻撃因子の増加と,下部食道括約部(LES)を
含む食道運動機能の低下という防御因子の減弱がGERDの主体をなすものである 。 (24:38
」
∼ 24:39 頁)
(c) 「GERDの薬物療法には大別して a)消化管運動改善薬(prokinetices)と b)酸分泌抑
制薬,c)その他の薬剤が存在する。
a) 消化管運動改善薬(prokinetics)
シサブリドで代表される prokinetics はその薬理作用のなかに,LES圧の上昇作用,食道
蠕動運動増強作用,胃排出能促進作用などがみられ,GERDの病態改善にとって有効な薬剤
であることが報告されている。
・・・
b) 酸分泌抑制薬
GERの主体をなす胃液すなわち胃酸を抑制する酸分泌抑制薬は,GERDの治療の主役を
なすことはいうまでもない。(24:40 頁)
」
(d) 「維持療法
・・・逆流性食道炎の治療に関しては,治療後の維持療法をいかにするかは重要な,しかし
未解決な問題である 。・・・現在国内では・・・PPIは8週間の治療期間の制限が存在して
いる。当然8週以降はPPIを中止し他の薬剤に変更せざるを得ないことになる。当然ながら
自覚症状の胸やけは再発し,早期に食道炎は再発することになる 。
・・・PPIの長期投与(半
量でも十分)が可能になることがぜひ必要と考える 。(24:41 ∼ 24:43 頁)
」
(オ) 甲14(消化器科,24(1):45-49,1997,松本朋子,三輪洋人,佐藤信紘
「GERDのリスクファクターとその予防」)
「GERDの発生原因として,Dodds らは①胃食道逆流防止機構,②胃液量,③逆流液の組
織障害性,④逆流物の食道排出能,⑤食道粘膜の組織抵抗性,の5つの因子をあげ,これらの
要因が種々に組み合わせて逆流炎に関与していると述べており,今日の考えの主流となってい
る・・・。この中で,②,③がいわゆる攻撃因子であり,①,④,⑤が防御因子である。攻撃
因子を増強させ防御因子を減弱させるものが,リスクファクター(危険因子)といわれるもの
である。」(24:45 頁)
(カ) 甲16(The New England Journal of Medicine,vol.333 No.17 (Oct.26,
1995) pp.1106 − 1110,Sergio Vigneri et al.“A Comparison of Five Maintenance
,
Therapies for Reflux Esophagitis”「逆流性食道炎の維持療法における5剤の比
(
較」)
(a) 「逆流性食道炎を有した患者は,治療終了後一年以内に高率で発生する 。 (1106
」
頁,要約)
(b) 「逆流性食道炎はしばしば慢性的疾患である。治療終了後の一年以内に高率に再発す
る患者も存在する 。(1106頁,本文)
」
(キ) 甲26(日本臨牀 58 巻9号(9,2000),pp.65-70,原澤茂「初期治療と
してのH2ブロッカーとPPIの比較」)
(a) 「GERD(Gastroesophageal reflux disease)とは,胃酸を中心とする胃内容物の食
道への逆流(gestroesophageal reflux:GER)によって発生する病態の総称である。逆流性食道
炎(reflux esophagitis)はその代表であり,保険病名として存在しているが,内視鏡的陰性
食道炎(endoscopic negative esophagitis)をも含んだ幅広い疾患を包括している 。
・・・治療
の中心は消化性潰瘍同様,H2ブロッカー(H2−RA),プロトンポンプ阻害剤(PPI)など
の酸分泌抑制剤による薬物療法が中心である 。(65頁)
」
(b) 「逆流性食道炎の主な病態生理は,胃内容物の逆流であり,逆流を発生させる因子に
は,食道・胃・十二指腸の運動障害,特に下部食道括約筋部 lower esophageal spincter ( LES)
の機能不全や胃内容物の排出遅延などによる胃食道逆流,胃液や胆汁を混じている食道内への
逆流物の質と量,食道粘膜の抵抗性の減弱,唾液分泌の低下など多くの要因が考えられる 。」
(65頁)
(c) 「薬物療法は大別すると,酸分泌抑制剤,消化管運動改善剤,その他が存在し,単独
もしくは併用で使用されている。逆流性食道炎の薬物療法の目的は胃酸分泌の抑制と消化管機
能異常の改善であるといえる 。(66頁)
」
(d) 「現在 ,日本では,PPIに投与制限があり ,薬剤の中止により ,胃酸分泌が回復し ,
再発・再燃する。(69頁)
」
(ク) 甲27(M B Gastro,vol.2 No.3(1992) pp72 − 76,堀越勤,関口利和「逆
,
流性食道炎の維持療法と再発」)
「逆流性食道炎の治癒後に維持療法を行っているにもかかわらず再燃・再発する症例も少な
からず認められる 。・・・現在のところ,内視鏡的に治癒が確認された逆流性食道炎症例にお
いては,H2受容体拮抗剤・・・内服を中心とする維持療法が一般的に行われている 。
・・・ま
た,粘膜防御因子増強剤・・・も併用されることが多い。さらに,胃排出能低下などの上部消
化管運動機能低下が逆流性食道炎の原因となっていて下部食道括約部(LES)機能が保たれてい
ると考えられる症例に対しては,消化管運動賦活剤・・・が使用されている 。(72頁)
」
(ケ) 乙1(多賀須幸男,尾形悦郎総編集「TODAY'S THERAPY1999 今日の治療指
針 私はこう治療している」[ポケット判](11.6.4 特許庁情報舘受入),pp.396 −
398,西元寺克禮「胃潰瘍,十二指腸胃潰瘍,吻合部潰瘍 」)
「胃潰瘍,十二指腸潰瘍,吻合部潰瘍は一括して消化性潰瘍と呼ばれ,胃酸にさらされる部
位に発生する限局性の組織欠損である 。
・・・食道下部,吻合部小腸側にも発生する 。
・・・
いったん治癒した潰瘍も服薬を中止すると高率に再発することが明らかとなり,一定期間治
療を継続する方法が広く行われるようになり,治癒を目指す治療を寛解療法(初期治療 ),再
発予防のための治療を維持療法と呼ぶようになった。
維持療法は再発予防に有用な治療法であるが,消化性潰瘍の natural history は変えないこ
とが徐々に明らかにされた。
」
イ 上記記載を総合すると,①逆流性食道炎は,食道,胃,噴門の器質的・機能
的な異常により,胃液等が食道内へ逆流することにより生じる食道炎であり,内視
鏡的陰性食道炎をも含んだ幅広い疾患を包含していること,②逆流を発生させる因
子には,食道・胃・十二指腸の運動障害,特に下部食道括約筋部(LES)の機能不
全や胃内容物の排出遅延などによる胃食道逆流,胃液等の混じった食道内への逆流
物の質と量,食道粘膜の抵抗性の減弱,唾液分泌の低下など多くの要因が考えられ
ること,③胃酸を中心とした胃内容物が食道に逆流し,胃食道逆流液が食道内に長
時間停滞し,あるいは頻回に食道粘膜と接触すると,食道粘膜にびらん・潰瘍が生
じ,あるいは胸やけ・呑酸などの自覚症状を呈すること,④逆流性食道炎に対する
治療としては,まず逆流する胃酸の抑制が重要であることから,酸分泌抑制薬が治
療の中心をなし,他に消化管運動機能調節薬,粘膜保護薬などがあること,⑤主な
酸分泌抑制剤としては,H2受容体拮抗剤(H2−RA)又はPPIがあること,⑥
逆流性食道炎は,いったん治癒しても薬物治療を中止すると,胃酸分泌が回復して
再発・再燃することが少なくなく,再発予防のために一定期間治療を継続する維持
療法が必要であると考えられていること,⑦PPIは,刺激の種類によらず胃酸分
泌を抑制するため,H2受容体拮抗剤などと比較して酸分泌抑制作用は強力である
が,PPIには8週間の投与期間の制限があるため,PPIの長期投与が可能にな
ることが望まれていたことが認められる。
これによれば,逆流性食道炎は,強い酸性の胃液等が食道内へ逆流し,長時間滞
留することにより生じる食道炎であり,胃酸の分泌を抑制する薬剤を投与すること
が治療の中心となっているが,薬物投与によりいったん内視鏡的にびらん・潰瘍が
認められなくなったとしても,投薬を中止すると食道炎が再燃・再発することも少
なくないため,内視鏡的にびらん等が認められない場合にも酸分泌抑制剤の投与を
継続することが必要であると認識され,H2受容体拮抗剤などと比較して強力なP
PIを維持療法に用いることが本件処分前から望まれていたものということができ
る。
ウ 本件処分は,内視鏡的にびらん等が認められない場合にも,再発・再燃のお
それがある場合には,維持療法としてPPIである本件医薬品を投与することを可
能にするものであるが,食道内にびらん・潰瘍が生じている場合と,内視鏡的にび
らん等が認められない場合とでは,胃酸の分泌を抑制するという本件医薬品の投与
目的及びその薬理作用は同一である。このことは,本件医薬品に係る審査報告書
(乙4)に, 本申請は ,逆流性食道炎の維持療法に関する追加用法の申請であり,
「
作用機序及び一般薬理について新たに実施された試験はない。」と記載されている
とおりである。
また,上記のとおり,逆流性食道炎は,内視鏡的陰性食道炎をも含んだ幅広い疾
患を包含するものであり,それ自体,再発・再燃の可能性の高い疾患であるから,
「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎」が通常の逆流性食道炎と実質的に異なる疾
患であるということもできない。そして,前掲証拠中の記載によれば,逆流性食道
炎が再発・再燃する場合には,食道内にびらん等が認められる状態から,薬物治療
によって内視鏡的にびらん等が認められない状態に移行し,酸分泌抑制剤の投与を
中止すると,再度,びらん等が認められる状態に移行するという経過をたどるもの
と認められ ,「維持療法」の対象となる状態(内視鏡的にびらん等が認められない
状態)は,再発・再燃のおそれのある逆流性食道において炎症が一時的に治癒して
いる病期にあるものと理解することが相当である。したがって ,「逆流性食道炎患
者が治療後に内視鏡的に炎症が観察されなくなったとしても,・・・胃内容物の食
道への逆流が繰り返される限りは再び炎症が生じる可能性は否定できないのである
から,その意味においてもこのような一時的治癒状態を逆流性食道炎の病態或いは
病期の1つと見る方が自然である。」との審決の説示は,これを是認することがで
きる。
さらに,本件処分の前には,本件医薬品の投与は8週間に限られており,その投
与期間の延長が切望されていたことは前記判示のとおりであるところ,本件処分に
係る治験計画届出書(甲10)の「備考」欄には,特に「継続投与期」に限定する
ことなく,本治験は逆流性食道炎での投与期間延長を取得するための治験である 。
「 」
と記載され,本件処分に先立って審議を行った厚生労働省薬事・食品衛生審議会医
薬品第一部会においても,部会長が「この添付文書ですと8週間を超えても投与で
きるようになるのだそうです。この文言だとそういう解釈ができるのだそうです。」
と発言している。これらの記載や発言からもうかがわれるとおり,本件処分は,再
発・再燃を繰り返す逆流性食道炎に対する本件医薬品の投与期間を,びらん等が認
められなくなった後の維持療法期にまで延長することを可能にするものであり,そ
の点に実質的な意義・目的があると考えるのが相当である。このように,医薬品の
投与期間を,医薬品の適用疾患,病態,薬理作用等の変更を伴うことなく,先の処
分で認められていた期間を超えて延長することは,「用法・用量」の変更にほかな
らず,「効能・効果」の変更であるということはできない。
エ 以上によれば,先の処分と本件処分は,医薬品の薬理作用が同一であり,投
与される対象となる疾患の病態が異なるということはできず,実質的には投与期間
を延長することに意義があるものであるから,本件処分に係る変更承認申請書に記
載されているとおり,用法及び用量を異にするにすぎず,用途(効能又は効果)は
同一であるというべきである。
(5) 原告の主張について
ア 原告は,先の処分に係る臨床試験では,維持療法用途での治験は行われてお
らず,同処分で承認された用途は,逆流性食道炎の「治療」に限定されているのに
対し,本件処分に係る臨床試験は,逆流性食道炎患者に本件医薬品を8週間投与後 ,
内視鏡的に治癒が認められた患者を維持療法の対象としたものであり,試験の結果,
その有効性が顕著であることが明らかになったため,本件処分がされたのであると
主張する。
確かに,証拠(甲10,11,30,乙3)によれば,先の処分に係る臨床試験
の対象者はびらん潰瘍型逆流性食道炎と診断された患者であるのに対し,本件臨床
試験の対象者は,内視鏡的に治癒が認められた逆流性食道炎の患者であり,これに
よれば,先の処分により本件医薬品の投与が認められたのは,内視鏡によりびらん
・潰瘍があると認められる場合に限定されていたと解する余地がないわけではな
い。
しかしながら,原告の主張するとおり,先の処分によっては内視鏡的にびらん等
が認められない場合に本件医薬品を投与することが解禁されておらず,本件処分に
より初めてこれが可能になったとしても,それは,逆流性食道炎の一部の病期(び
らん等が認められる場合)に適用可能だった本件医薬品が,同疾患が一時的に治癒
した時期にも適用し得るようになったことを意味するにすぎず,これをもって,両
処分が「効能・効果」を異にするということはできない。
また,原告は,本件医薬品が逆流性食道炎の維持療法に使用される医薬品として
顕著な有効性を有することが明らかになったことから本件処分がなされたと主張す
る。しかしながら,本件処分がなされるためには,本件医薬品を逆流性食道炎の維
持療法に用いるための有効性及び安全性が確認されるのは当然のことであり,その
効果が顕著であることは,先の処分と本件処分とが効能・効果を異にする根拠とな
るものではない。
さらに,原告は,本件医薬品の有効性を基礎づけるPPIの薬効メカニズムとし
ては,粘膜防御機能の増強作用と食道運動の亢進作用の両作用が挙げられ,その効
果が顕著であると主張する。しかしながら,そもそも,本件医薬品の添付文書
(甲17)の【薬効薬理】「ヒトでの作用」欄には,「胃酸分泌抑制作用,胃内pH
上昇作用」が記載されているのみであり,粘膜防御機能の増強作用及び食道運動の
亢進作用が本件処分において考慮されていると認めるに足る的確な証拠はない上,
本件医薬品の効果が顕著であることは,先の処分と本件処分とが効能・効果を異に
する根拠となるものではないことは前記判示のとおりである。
イ 原告は,本件医薬品が本件処分に先立って厚生労働省薬事・食品衛生審議会
医薬品第一部会の審議に付されたことをもって,本件処分と先の処分は「効能又は
効果」が異なると主張する。すなわち,本件処分申請に係る本件医薬品は,甲23
の厚生省医薬局安全局長通知の分類のうち,「(6) 新用量医薬品」に該当し,この
ことは本件変更承認書の記載からも明らかであるところ,独立行政法人医薬品医療
機器総合機構が運営する「医薬品医療機器情報提供ホームページ」と題するウェブ
サイト(甲24)によれば,新用量医薬品のうち厚生労働省薬事・食品衛生審議会
医薬品第一部会の審議に付されるのは,「5.用量の大幅な増量により,異なる作
用機序を期待するか又は新しい効能を追加しようとする新用量医薬品」とされてい
るのであるから,本件処分申請に係る本件医薬品は,新たな効能又は作用機序を有
すると評価されたのである,というのである。
しかしながら,甲23の分類のうち,「(4)新効能医薬品」は「既承認医薬品等と
有効成分及び投与経路は同一であるが,効能・効果が異なる医薬品をいう 。」と定
義されているのに対し,「(6)新用量医薬品」は「既承認医薬品等と有効成分及び投
与経路は同一であるが,用量が異なる医薬品をいう 。」と定義されているのである
から,本件処分に係る医薬品が「(6)新用量医薬品」とされたことは, 効能・効果」
「
が異ならないと評価されたことを示すものであり,また,平成15年5月9日の同
審議会においても,本件処分について「逆流性食道炎治癒後の維持療法の用法・用
量を追加するものでございます 。」との説明が事務局からなされており,このこと
からも本件処分は「用法・用量の追加」であると理解されていたことは明らかであ
る。
ウ 原告は,臨床現場においては,逆流性食道炎の治療と再発・再燃を繰り返す
逆流性食道炎の維持療法とは,異なるものとして認識されていたと主張する。
しかしながら,逆流性食道炎が再発率が高く,治療を継続する必要があることは,
前掲甲6,8,9,26,乙1等に記載されており,これによれば,臨床現場にお
いて,逆流性食道炎の治療と再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法とが,
異なる疾患又は病態の治療と理解されていたとは考えられず,いずれも逆流性食道
炎の治療方法に含まれると認識されていたものというべきである。
エ 原告は,本件変更承認書の「効能又は効果」の欄に「再発・再燃を繰り返す
逆流性食道炎の維持療法」が記載されないのは,厚生労働省が維持療法を「効能又
は効果」として承認書に明示しない一般的な運用方針をとっていることの帰結であ
ると主張する。
しかしながら,原告の主張するとおり,同省が維持療法を原則として「効能又は
効果」として承認書に明示しない運用方針をとっているとしても,それは,当該医
薬品の適用される疾患が同一である限り,維持療法かどうかは「用法及び用量」の
相違にすぎないからであり,この点が「効能又は効果」の相違であるとの原告の前
提が採用し得ないことは前記判示のとおりである。
オ 原告は,我が国において逆流性食道炎に関して製造承認を受けた医薬品の添
付文書においては,逆流性食道炎の維持療法が適用される対象として,いずれも,
「逆流性食道炎」ではなく「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎」と記載されてい
ると主張する。しかしながら,逆流性食道炎自体が再発・再燃を繰り返す可能性の
高い疾患であると認められることは前記判示のとおりである上,その維持療法は,
治療により完治した患者には適用されないのであるから,維持療法の対象が「再発
・再燃を繰り返す逆流性食道炎」とされているのは,当然のことを注意的に記載し
たにすぎないというべきである。
カ 原告は,米国及び英国の製造承認における本件医薬品の用途(効能・効果)
にも再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法が明記されていることも指摘す
るが,いずれも外国における承認内容を示すにすぎず,我が国特許法上の判断の根
拠となるものではない。
キ 以上のとおり,本件処分と先の処分の用途(効能・効果)が異なるとの原告
の主張は,いずれも採用できない。
2 結論
以上によれば,原告の主張する審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄
却されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚 原 朋 一
裁判官
石 原 直 樹
裁判官
佐 藤 達 文
最新の判決一覧に戻る