平成18(ワ)8811特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成18年12月26日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社シンクロン 原告株式会社アルバック
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法令 |
特許権
特許法39条1項6回 特許法29条1項3号6回 特許法29条2項4回 特許法123条1項2号2回 特許法41条1回 特許法36条4項1号1回
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キーワード |
刊行物54回 優先権48回 実施25回 特許権9回 無効7回 新規性5回 侵害4回 進歩性4回 間接侵害2回 損害賠償2回 差止2回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が,被告に対し,被告の製造販売するスパッタ装置が,原告が
専用実施権の設定を受けている「平面及び非平面の支持体上に光学的な性能を
有する薄いフィルムを付着させる方法」についての特許権を間接侵害するもの
, ( )であるとして 同製品の製造販売の差止め及び損害賠償 被告の得た利益の額
を求めた事案である。被告は,被告の製造販売する製品において用いられる方
法は上記特許発明の技術的範囲に含まれず,また,上記特許権には特許法29
条1項3号違反,同法39条1項違反,同法29条2項違反の無効理由が存す
るので権利行使が許されないと主張して,これを争っている。
( , 。)1 前提となる事実 当事者間に争いがないか 後掲各証拠によって認められる
( ) 当事者1
原告は,真空技術に関連する各種装置等の製造販売等を業とする株式会社
である。 |
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判決文
平成18年12月26日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官
平成18年(ワ)第8811号特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成18年10月25日)
判 決
神奈川県茅ヶ崎市<以下略>
原 告 株 式 会 社 ア ル バ ッ ク
同訴訟代理人弁護士 増 井 和 夫
同 橋 口 尚 幸
東京都品川区<以下略>
被 告 株 式 会 社 シ ン ク ロ ン
同訴訟代理人弁護士 服 部 昌 明
同 池 田 和 郎
同 定 本 健 嗣
同 西 川 久 貴
同訴訟代理人弁理士 大 倉 宏 一 郎
同 佐 藤 美 樹
同 補 佐 人 弁 理 士 西 出 眞 吾
同 杉 本 俊 一 郎
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 被告は,別紙物件目録記載のスパッタ装置を製造し,販売してはならない。
2 被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成18年5月12日(本
訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告の製造販売するスパッタ装置が,原告が
専用実施権の設定を受けている「平面及び非平面の支持体上に光学的な性能を
有する薄いフィルムを付着させる方法」についての特許権を間接侵害するもの
であるとして ,同製品の製造販売の差止め及び損害賠償 被告の得た利益の額 )
(
を求めた事案である。被告は,被告の製造販売する製品において用いられる方
法は上記特許発明の技術的範囲に含まれず,また,上記特許権には特許法29
条1項3号違反,同法39条1項違反,同法29条2項違反の無効理由が存す
るので権利行使が許されないと主張して,これを争っている。
1 前提となる事実 当事者間に争いがないか ,
( 後掲各証拠によって認められる。)
(1) 当事者
原告は,真空技術に関連する各種装置等の製造販売等を業とする株式会社
である。
被告は,真空装置の設計,製作及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告が専用実施権を有する特許権(甲1,2の1・2)
原告は,下記の特許の専用実施権者(平成16年3月15日登録)である
(以下,この特許を「本件特許 」,その特許権を「本件特許権」といい,そ
の請求項1に係る発明を「本件特許発明」という 。 。
)
特許番号 第2695514号
登 録 日 平成9年9月12日
出願番号 特願平2−190360号
出 願 日 平成2年7月18日
公開番号 特開平3−229870号
公 開 日 平成3年10月11日
優 先 日 平成元年(1989年)7月18日
優先権主張国 米国
発明の名称 平面及び非平面の支持体上に光学的な性能を有する薄いフ
ィルムを付着させる方法
特許権者 オプチカル コーティング ラボラトリー インコーポレ
ーテッド(以下「訴外会社」という。)
(3) 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成11年10月29日特許異議
決定による訂正後のもの。以下「本件明細書」という 。)の特許請求の範囲
の記載
本件明細書 本判決末尾添付の特許公報 甲2の1)
( ( 及び特許決定公報 甲
(
2の2)参照)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「1以上の支持体に光学性質を有する薄いフィルムを形成する方法であっ
て,
(a) 円筒状キャリヤー上に前記支持体を据え付け,回転させる工程,
(b) 金属様式の付着操作を行う領域において,反応性ガスに対して相対的に
高い分圧のスパッター用ガスを使用して,前記キャリヤーの周辺に沿って離
間して位置する複数のスパッター付着装置を選択的に操作して,前記キャリ
ヤーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄い層を回転
する前記支持体上に選択的にスパッター付着させる工程,及び
(c) 前記スパッター付着操作と同時に,スパッター用ガスに対して高い分圧
の反応性ガスの存在下において,前記スパッター付着装置の位置から離間し
て位置する少なくとも1つのグリッドのないイオン源装置を操作して,局部
的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成し,もって,前記キャリ
ヤーの回転中に,付着した1以上の物質を前記反応性ガスと化学的に反応さ
せ,付着した物質の各層を完全に反応させかつ前記支持体上に選択された薄
いフィルムを形成させる工程,
を含む,支持体上に薄いフィルムを形成する方法 。」
(4) 構成要件の分説
本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞ
れを「構成要件Ⅰ」のようにいう 。 。
)
Ⅰ 1以上の支持体に光学性質を有する薄いフィルムを形成する方法で
あって,
Ⅱ 円筒状キャリヤー上に前記支持体を据え付け,回転させる工程,
Ⅲ−1 金属様式の付着操作を行う領域において,
2 反応性ガスに対して相対的に高い分圧のスパッター用ガスを使用し
て,
3 前記キャリヤーの周辺に沿って離間して位置する複数のスパッター
付着装置を選択的に操作して,
4 前記キャリヤーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の
物質の薄い層を回転する前記支持体上に選択的にスパッター付着させ
る工程,
及び
Ⅳ−1 前記スパッター付着操作と同時に,
2 スパッター用ガスに対して高い分圧の反応性ガスの存在下におい
て,
3 前記スパッター付着装置の位置から離間して位置する少なくとも1
つのグリッドのないイオン源装置を操作して,
4 局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成し,
5 もって,前記キャリヤーの回転中に,付着した1以上の物質を前記
反応性ガスと化学的に反応させ,付着した物質の各層を完全に反応さ
せ
6 かつ前記支持体上に選択された薄いフィルムを形成させる工程,
Ⅴ を含む,支持体上に薄いフィルムを形成する方法。
(5) 本件特許及びその関連特許に係る出願経過
ア 訴外会社は,昭和63年(1988年)2月8日,発明の名称を
「MAGNETRON SPUTTERING APPARATUS AND PROCESS」とする米国
特許出願(出願番号第154177号)をした(以下,この出願を「米国
第1出願 」 その出願書類(乙3の1 )を「米国第1出願書類」という 。 。
, )
イ 訴外会社は,平成元年(1989年)2月8日,米国第1出願のみを基
礎としたパリ条約の優先権を主張して,発明の名称を「薄膜形成装置及び
方法」とする特許出願(特願平1−29573号)をした(以下,この出
願を「日本第1出願」という。 。
)
ウ 訴外会社は,平成元年7月18日,米国第1出願を原出願として,発明
の名称を「PROCESS FOR DEPOSITING OPTICAL THIN FILMS ON BOTH
PLANAR AND NON-PLANAR SUBSTRATES」 と す る 部 分 継 続 出 願
(Continuation-in-part Application。出願番号第381606号)をした(以
下,この出願を「米国第2出願 」,その出願書類(甲11の1)を「米国
第2出願書類」という 。 。
)
エ 平成2年(1990年)1月9日,日本第1出願に係る明細書及び図面
が,特開平2−4967号として出願公開された(乙4。以下「刊行物1 」
という。 。
)
オ 訴外会社は,平成2年7月18日,米国第2出願のみを基礎としたパリ
条約の優先権を主張して,発明の名称を「平面及び非平面の支持体上に光
学的な性能を有する薄いフィルムを付着させる方法」とする特許出願(特
願平2−190360号)をした。この出願が,本件特許に係る特許出願
である。
カ 本件特許に係る特許出願は,平成9年(1997年)9月12日,特許
第2695514号として設定登録された(甲2の1 )。
キ 日本第1出願は,平成12年(2000年)5月12日,特許第306
4301号として設定登録された(乙5)。
(6) 被告の製造販売する製品の構成
被告は,遅くとも平成12年以降,RASシリーズと呼ばれる高品質光学
薄膜量産用のスパッタ装置(以下「被告製品」という 。)を製造販売してい
る(甲5ないし7 ) 被告製品は,別紙物件目録記載の操作方法(イ)(ハ)
。 ,
ないし(ホ)を用いている(争いがない 。なお ,操作方法(ロ)については ,
後記のとおり,争いがある。 。
)
(7) 被告製品において用いられる方法の本件特許発明の充足性
被告製品において用いられる方法は,構成要件Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ−2ないし4,
Ⅳ−1,2,4ないし6,Ⅴを充足する。被告製品は,支持体上に薄いフィ
ルムを形成する方法の使用にのみ用いられる(争いがない。 。
)
(8) 本件特許発明の技術の概要
本件特許発明は,例えば ,ガラス製ランプ反射鏡や,ガラス製眼鏡レンズ ,
プラスチック製眼鏡レンズなど光学製品の表面に,光の反射特性,透過特性
等の光学的特性を調節するための金属酸化物など金属化合物の薄膜を形成す
る方法を対象としている。
半導体製品やガラス製品等の表面に金属の被膜を形成する手段としては,
真空蒸着法やスパッタリング法(スパッタ法)が広く利用されていた。ここ
で,スパッタ法とは,被膜の材料である金属の板(ターゲット)と,被膜を
形成する製品(支持体)を真空室中で向かい合わせて配置させ,真空室に低
圧の不活性ガス(通常はアルゴンガス)を存在させてターゲットの表面近く
で電場を形成することにより,不活性ガスの原子をイオン化し,イオン化し
た不活性ガス原子をターゲット表面に衝突させてターゲットから金属原子を
気相中に飛び出させ,その金属原子を支持体表面に付着させることにより,
金属被膜を作成する方法である。
しかし,金属自身と異なり,金属酸化物に真空蒸着法やスパッタ法を適用
することは,被膜形成速度が遅すぎるため実用的ではなかった。
本件特許発明は,スパッタ法により支持体(表面に被膜を形成するレンズ
等の光学製品)に金属被膜を形成した後に,支持体上で金属被膜を化学反応
させて金属化合物の被膜に転換するための方法を提供するものである(ただ
し,金属被膜の形成と反応を完全に分離する必要はなく,スパッタリングの
速度が維持される範囲で金属被膜の形成と反応が同時に部分的に進行しても
よい 。 。
)
2 本件における争点
(1) 被告製品において用いられる方法(争点1)
(2) 被告製品において用いられる方法が,構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操
作」を充足するか(争点2−1)。
(3) 被告製品において用いられる方法が,構成要件Ⅳ−3「イオン源装置」を
充足するか(争点2−2 )。
(4) 本件特許における優先権主張が無効であることから,本件特許が特許法2
9条1項3号に違反しているか(争点3−1 )。
(5) 本件特許が特許法39条1項に違反しているか(争点3−2)。
(6) 本件特許が特許法29条2項に違反しているか(争点3−3)。
(7) 損害の額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品において用いられる方法)について
(1) 原告の主張
ア 被告製品において用いられる方法は,別紙物件目録の操作方法記載のと
おりである。
イ 別紙物件目録の操作方法の(ロ)について被告が後記( 2)イで主張する
方法は,あたかも方法の要素であるかのような誤解を与えるので,適切で
はない。すなわち,運転中にターゲット表面の状態を観察して不完全酸化
の状態を制御することは困難であり,実施する技術的意味もない。被告製
品の使用に際して行うことは,単に一定の酸素分圧の下にスパッタリング
を行うことであって,結果として金属の不完全酸化膜が形成されるにとど
まるのである。被告製品のスパッタリングにおいて重要な点は,成膜速度
が反応性ガスを含有しない場合と同等であること,すなわち,ターゲット
表面の酸化が起きていても,金属様式での成膜速度を実質的に低下せしめ
るものではないことである。
したがって ,(ロ)は,別紙物件目録に記載のとおり ,「金属ターゲッ
ト④を備えた2つのスパッタ室中のアルゴンガスの分圧を酸素ガスの分圧
より高くし,スパッタ電源を作動させて,酸素ガス不含有の場合の成膜速
度と同等の成膜速度により ,金属の不完全酸化膜のスパッタリングを行う 。
2つのスパッタ室のターゲットは同一の金属でも異なる金属でもよい 。」
と特定すべきである。
(2) 被告の主張
ア 別紙物件目録の操作方法のうち ,(イ)及び(ハ)ないし(ホ)の各操
作方法は認める。
イ 別紙物件目録の操作方法のうち ,(ロ)は否認する。被告製品のスパッ
タ室は適量の酸素ガスが入るようにされ,これによりターゲット表面の金
属をその不完全酸化物(例えば SiOX。ここでX<2)に変化させ,この
状態で支持体に付着させる。このため,被告製品は,スパッター工程と反
応工程とを空間的・電気的に分離し,独立して制御できるようになってお
り,スパッター工程には適量の酸素ガスが入る。
したがって ,(ロ)は ,「ターゲット④を備えた2つのスパッタ室中の
アルゴンガスの分圧を酸素ガスの分圧より高くし,かつ酸素ガスの流量を
ターゲット表面に不完全膜が形成されるように制御しながら,スパッタ電
源を作動させて金属の不完全酸化膜のスパッタリングを行う。2つのスパ
ッタ室のターゲットは同一の金属でも異なる金属でもよい 。」と特定すべ
きである。
2 争点2−1(被告製品において用いられる方法が,構成要件Ⅲ−1「金属様
式の付着操作 」を充足するか)について
(1) 原告の主張
ア 金属ターゲットを使用し,雰囲気中に反応性ガス(酸素や窒素)を存在
させて行うスパッタリングは,リアクティブスパッタリングと呼ばれ,反
応性ガスの割合が比較的低い場合には,成膜速度が大きく,ある範囲を超
えると,成膜速度が著しく低下する。この成膜速度の比較的大きな範囲で
のスパッタリングを金属様式( metal mode)のスパッタリングと呼ぶので
あって(甲8 ),構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作」も同義である。
したがって,被告製品において用いられる方法(ロ)は,構成要件Ⅲ−
1「金属様式の付着操作」を充足する。
イ 被告は,構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作」は,ターゲットの表面
が全く酸化されていない状態でのスパッターに限られると主張する。
しかし,本件特許発明のスパッターでは ,「反応性ガスに対して相対的
に高い分圧のスパッター用ガス」を使用するのであって,ターゲットが反
応性ガスとスパッター用ガスの混合ガスに接触する以上,ターゲットの表
面に少量の酸化物を生ずることは必然である。
ウ 本件特許発明の実施例で使用されているDCマグネトロンスパッター装
置においても,被告製品で使用されているデュアルカソード型スパッター
装置においても,雰囲気の組成と成膜速度の関係に本質的な相違はない。
いずれの場合も,酸素分圧が約40%ないし約45%以下の場合が ,「金
属様式のスパッタリング」である。
上記のとおり,DCマグネトロンスパッター装置においても,酸素分圧
を制御することにより,酸素の存在下で高い成膜速度を有する。また,D
Cマグネトロンスパッター装置に,連続的に通電してスパッタリングする
モードであれば,電荷の蓄積を生じやすく,アーキング(異常放電)が起
きやすいものの,程度問題にすぎない。しかも,この問題は,本件特許出
願当時,直流電圧を間欠的に印加することによって解決済みであり,本件
特許発明は,かかる公知の実施態様を含むものである。
(2) 被告の主張
ア 構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作」とは,ターゲットの金属を,酸
化など汚染されることなく,金属単体の状態で叩き出し,その状態で基板
に付着させる操作であると解される。かかる解釈は,本件特許の出願人が
審査過程において提出した意見書(乙1)に「金属様式の付着操作の意味
は,付着が,スパッターの標的に対して有害となることなく,高速で行え
る操作です 。」と記載され ,「付着が,スパッターの標的に対して有害と
なることなく」とは,ターゲットである金属に酸化物などが付着してスパ
ッターに対して有害となることがないという意味であることからも,裏付
けられる。
イ 被告製品のスパッタ室では,ターゲットの金属単体を基板に付着させる
のではなく,金属の不完全酸化物を基板に付着させる。すなわち,ターゲ
ットから金属,酸化した不完全酸化物あるいは付着した不完全酸化物を叩
き出し,雰囲気中でさらに酸化が促進され,不完全酸化物となって基板に
付着させる。
したがって,被告製品において用いられる方法は,本件特許発明の構成
要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作」を充足しない。
ウ 本件明細書の実施例の欄では,スパッター付着装置としてDC磁電管ス
パッター装置(DCマグネトロンスパッター装置)を使用している。DC
マグネトロンスパッター法を反応性ガス雰囲気中で使用する場合,膜堆積
速度が遅いことや電気絶縁性薄膜を形成しようとするとプラズマの安定性
が失われるなどの短所がある。これを解決する代表的な方法には,①成膜
室で薄い金属膜を形成した後に,成膜室とは分離された反応室で膜の酸化
あるいは窒化を行うことにより,ターゲットが反応性ガスフラックスにさ
らされることを防ぎ,これにより膜堆積速度の低下あるいはアーキング 異
(
常放電)の発生を防ぐ方法,②2つのターゲットを電極とし,数10kH
zの交流電圧を相互に印加し,アーキングの原因となる電化の蓄積を防ぎ ,
アーキングの源となる非エロージョン領域が形成されないようにして,ア
ーキングの発生を抑える方法がある。
上記①の方法(訴外会社の開発した Meta Mode 法)が本件特許発明で
あり,この方法においては,上記短所の発生を防止するため,ターゲット
の表面は金属単体の状態でなければならない。
一方,上記②の方法(ライボルト社の Twin MAG 法であり,一般にデ
ュアルカソード型スパッター付着装置と呼称される 。)が被告製品におい
て用いられる方法である。この方法においては,ターゲットに絶縁膜(金
属の不完全酸化膜)が堆積してもチャージアップは発生しないので,ター
ゲットに故意に金属の不完全酸化膜を形成した状態でスパッタリングする
のに適している。
このように,本件特許発明のスパッター付着装置の具体例がDCマグネ
トロンスパッター装置であることから,ターゲット表面は金属単体の状態
でなければならないのに対し,被告製品では,ターゲット表面が不完全酸
化膜の状態でスパッターするので,スパッター付着装置としてデュアルカ
ソード型スパッター装置を用いている。このことからも,被告製品の使用
は,本件特許発明の構成要件Ⅲ−1 金属様式の付着操作 」
「 を充足しない 。
エ 原告は,DCマグネトロンスパッタ装置においても,45%の酸素分圧
下で充分な成膜速度を保てると主張する。しかし,本件特許の出願後に公
開された「パルスDC電場を印加するスパッタリング装置」において,成
膜速度が保てるようになったのであり,本件特許におけるスパッタ装置で
あるDCマグネトロンスパッタ装置はこれをなし得なかった。また,アー
キングの問題も,本件特許の出願後に,正パルス重畳DCスパッタリング
装置によって解決されたものである。
3 争点2−2(被告製品において用いられる方法が,構成要件Ⅳ−3「イオン
源装置」を充足するか)について
(1) 原告の主張
ア 構成要件Ⅳ−3「イオン源装置」とは,公知のプラズマ生成手段を意味
し,イオンとラジカルを同時に生成するものである。
イ 被告は,本件明細書の実施例の記載を根拠に,構成要件Ⅳ−3「イオン
源装置」は「陽極により生じる電場を利用してイオンを加速させる」作用
効果を奏するものであり,被告製品の方法において用いられるRFプラズ
マ発生装置は含まれないと主張する。
しかし,本件明細書は,イオン源の一態様として「RFプラズマを発生
させるその他の装置」を明記している。RFプラズマを発生させる装置は
周知技術であったから,明細書に詳細な記載がなくても,当業者がこれを
使用して本件特許発明を実施することに,何の困難性もなかった。
また,本件明細書の第7図には,陽極による電場が示されているけれど
も,同図から明らかなように電場は放射状であり,特定の方向に揃っては
いない。したがって,特許請求の範囲において技術的範囲外とされている
「グリッドを有するイオン源装置」と異なり,プラズマは特定の方向に方
向付けられるのではなく,方向性を特に有することなく「支持体」を包み
込むように,反応室中に拡散していくのである。RFプラズマ発生装置を
使用する場合においても,生成するプラズマは特に方向性を有することな
く,反応室を満たすことによって ,「支持体」を包み,金属膜(不完全酸
化膜)を完全酸化物に変えるのである。
したがって ,実施例とRFプラズマ発生装置との相違は実質的ではなく ,
しかも,RFプラズマの使用は本件明細書に具体的に明記されているので
あるから,RFプラズマを発生させる装置が構成要件Ⅳ−3「イオン源装
置」に該当することは明らかである。
(2) 被告の主張
ア 本件明細書には,次のとおり記載されている。
a) 実施例に相当する部分には ,「第6図及び第7図に示されるイオンガ
ン又は線状磁電管イオン源のような反応性イオン化プラズマを発生させ
うるその他のイオン源,又は必要な反応性DC又はRFプラズマを発生
させるその他の装置も使用しうる 。 (特許決定公報13頁27ないし
」
29行)と記載されている。
b) 発明の概要に相当する部分には ,「イオン源装置」について ,「反応
性の強いプラズマを発生させるためのキャリヤーの周囲に隣接する長く
て均一な高強度のイオン束を製造するように構成されたイオンガン又は
その他のイオン源」(11頁28ないし30行)と記載されている。
c) 実施例に相当する部分には,イオン源装置の具体例として,線状磁電
管イオン源40の説明が第6図及び第7図を参照しながら記載されてい
る。すなわち ,イオン源装置の具体例である線状磁電管イオン源40は ,
陽極46を有し ,「各陽極の曲がった,一般的には円筒状の外側表面5
2は,第7図の磁場線Bの形状と密接に適合する。陽極46はリード線
53により,たとえば+50乃至140ボルトバイアスに数アンペアの
電流を供給しうる電力供給源54に連結している。…第7図に最も明ら
かに示されるように,陽極の曲がった表面52が磁場線Bに実質的に垂
直な電場線Eを提供する。関連するプラズマ中の電子は正の陽極46に
向けて加速され,磁電管の走路に沿って得られたE×Bの場により捕捉
又は閉じこめられ,隣接する入口マニホールド57より供給される反応
体ガスとの衝突の確率が非常に増大することにより,走路の形状44に
より郭成された強いプラズマが発生する。強いプラズマは,陽極及びバ
ックグラウンドのプラズマ間に存在するポテンシャル勾配により陽極4
6から加速される反応体ガスから多くのイオンを発生させ支持体に対し
て反応プロセスを増大させる,… 」(14頁9行ないし15頁2行)と
記載されている。
イ 昭和62年法律第27号による改正後の特許法36条4項1号は,特許
請求の範囲の記載要件として ,「特許を受けようとする発明が発明の詳細
な説明に記載したものであること」と規定している。特許発明の用語の解
釈に疑義があるときは,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明を限
度として,特許発明の技術的範囲を認定することが,上記規定の趣旨から
も妥当である。
したがって,構成要件Ⅳ−3「イオン源装置」は,反応性イオン化プラ
ズマを発生させ得るイオン源であって,陽極を有し,この陽極により生じ
る電場を利用してイオンを加速させ,支持体に対する反応プロセスを増大
させるような装置であると解するのが相当である。
ウ 被告製品で使用するRFプラズマ発生装置は,RFプラズマを発生させ
る装置であって,イオン束をつくる,つまり,イオンを加速させる陽極を
有さず,したがって電場によりイオンを加速させて反応を促進させる作用
はない。よって構成要件Ⅳ−3「イオン源装置」に該当しない。
4 争点3−1(本件特許における優先権主張が無効であることから,本件特許
が特許法29条1項3号に違反しているか)について
(1) 被告の主張
ア 本件特許について主張されたパリ条約の優先権は,その基礎とされた米
国第2出願が最初の出願に該当しないから優先権の効果が得られず,特許
要件の判断時が実際の日本出願日 平成2年7月18日)
( となる。そして,
本件特許発明は,実際の日本出願日前の平成2年1月9日に出願公開され
た刊行物1(乙4)に記載された発明(以下「引用発明1」という 。)と
同一であるから,特許法29条1項3号に規定する新規性要件を満たさず ,
又は,刊行物1に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから特許
法29条2項に規定する進歩性要件を満たさない。
パリ条約4条Bに規定された優先権主張の効果を得るためには,優先権
主張の基礎となる出願が,いずれかの同盟国に出願された同一出願人によ
る同一対象についての出願のうち, 最初の」出願でなければならない(パ
「
リ条約4条C( 2))。同一対象について優先期間(パリ条約4条C( 1))の
実質的延長を防止する趣旨である。
したがって,本件特許発明(本件特許の請求項1に係る発明)が,米国
第2出願より先に同一出願人により出願された米国第1出願の出願書類全
体(パリ条約4条H)に記載されていれば,本件特許の優先権主張の基礎
とされる「最初 」の出願は ,米国第2出願ではなく ,米国第1出願となる 。
この場合,本件特許に係るパリ条約の優先権主張は不適法なものとなり ,
パリ条約4条Bに規定された優先権主張の効果は享受できず,現実の日本
出願の日を基準にして本件特許発明の特許要件が判断される。
イ 米国第1出願書類(乙3の1)には,次のとおり記載されている(下線
部と番号は被告が付したものである。 。
)
a) 特許請求の範囲
「22.低温で,単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)
であって,
回転可能な筒状の工作物支持装置(β)を内蔵した真空チャンバと;
ドラムの周辺部に隣接して位置し,選択された材料を前記工作物上に蒸
着させる少なくとも第1の線形マグネトロンスパッタリング装置(γ)
と,前記筒状の工作物支持装置の周辺部に隣接して位置し,前記スパ
ッタリング蒸着された材料を酸化させる少なくとも第1の酸化装置(δ)
と,を備え;
前記真空チャンバ内を真空に引き;
前記工作物支持装置を回転させ(β);
選択的に及び連続的に前記各装置を作動させて,前記基板上に前記材料
の層を蒸着させ,該層を酸化させることからなる方法 」(54頁11行
ないし25行)
「35 .単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)であって ,
可動工作物支持体を内蔵した真空チャンバと,
前記工作物支持体に隣接して位置し,選択された材料を前記工作物上
にスパッタリング蒸着させる少なくとも一つのマグネトロン増強スパ
ッタリングカソード装置(γ)とを備え;前記選択された材料に選択さ
れた反応をもたらす少なくとも一つのイオン源装置(δ)を前記工作物
支持体に隣接させて設け;
前記真空チャンバ内を真空に引き;
前記工作物支持体を前記各装置を通過させて移動させ(β);
前記マグネトロン増強スパッタリングカソード装置を選択的に作動させ
て,前記選択された材料の層を前記基板上に蒸着させ(γ);
前記工作物支持体が1回通過する間に,前記イオン源装置を前記マグネ
トロン増強スパッタリングカソード装置と連動させて選択的に作動さ
せ,選択された反応を実質的に完了させる(δ)ことを特徴とする方法」
(57頁7行ないし24行)
b) 発明の概要(B.現在のシステム及び動作)
① 「超硬合金被膜及び金属酸化物被膜等の光学的な誘電体被膜を含む
薄い被膜を形成する本発明の現在好適な方法(α)においては,直列
並進処理構成,又は,回転する筒型ドラム支持体に,又は回転する
遊星歯車支持体に,又は連続移動ウェブに基板を取り付ける筒型処
理構成を使用する(β)。基板は,一組の処理ステーション,すなわ
ち,( 1)シリコン,タンタル等を蒸着させる金属蒸着モードで作動す
る少なくとも一つの,好ましくは線形のカソードプラズマ発生装置
(例えば,プレーナーマグネトロン又はシャッタープルーフ回転型
マグネトロン)(γ)と,これに続く( 2)反応プラズマモードで作動す
るプレーナーマグネトロン,又は酸素又はその他の窒素,水素又は
ガス状炭素酸化物(これに限らない)を含む活性ガスを使って該支
持体の周辺部付近に細長い均一な大強度イオンを作り出して強い反
応プラズマを発生させるイオン銃その他のイオン源等の,同等の装
置と,からなる処理ステーションの組を通して動かされる。(δ)こ
の装置は蒸着及び反応の両方に細長いゾーンを提供し,そのゾーン
境界は完全に物理的に分離される。同様のマグネトロンカソードを
使う場合には,一つは金属蒸着モードを提供するために比較的に低
い活性ガス(酸素等)分圧で作動させられ(γ),他の一つは比較的
に高い活性ガス分圧で作動させられて,酸化等をさせる強い反応プ
ラズマを発生させる(δ)。 (5頁30行ないし6頁30行)
」
② 「本発明は,一つの特別の面においては,球状,湾曲状及び不均一
で,普通でない形状の基板上に複数層及び単一層の薄膜を真空蒸着
する従来技術に伴う主な困難を,そのような基板上に,所定の均一
な厚み又は可変厚みの,制御された厚みプロフィールをもって丈夫
な,高品質の被膜を再現可能に形成することにより,解消するもの
である。 (8頁23行ないし30行)
」
③ 「前記のように,本発明は,単純な軸回転運動を本発明の高速反応
スパッタリング方式と組み合わせることにより,これらの問題を克
服する。軸回転により赤道軸に沿って均一性が得られると共に,ス
パッタリングに伴う固有の高圧により極付近での均一性を作るガス
散乱効果が得られる。スパッタリングした原子のエネルギーは,散
乱するガスの熱化効果を克服するのに十分な大きさを持っており,
被膜は良好な耐久性を示す。高速金属スパッタリングゾーンと,エ
ネルギーのある反応プラズマ(ゾーン)とを交互に通して電球等(こ
れに限定されないが)の基板を回転させる上記の独特の反応スパッ
タリング方式を使うことにより,高速を達成することができる。回
転する筒状形態と,プレーナーマグネトロン蒸着・反応技術(より
詳しくは,プレーナーマグネトロン及び反応プラズマ技術)とのこ
の組合せは,所望の結果を達成する 。:すなわち,複雑な曲率に形成
され及び/又は低融点材料から形成された,ありきたりでない基板
を含む,大面積及び/又は多数の平らな又は球形の又はその他の湾
曲した基板上に制御された均一さをもって高速で,再現可能な,高
度の耐久性を持った,光学的薄膜を蒸着させることができる。
④ 本明細書において,本発明に関して使う「制御された厚みプロフィ
ール」又は「制御された均一さ」という表現は,平らな又は湾曲し
た面上に精密に均一な厚みの被膜を蒸着させる能力のみならず,湾
曲凹面に沿って蒸着される被膜の厚みを制御可能な態様で変化させ
て,スペクトル性能等の所望の設計目的を達成する能力をも意味す
ることを強調しておく 。 (9頁21行ないし10頁21行)
」
c) 発明の詳細な説明(C.線形マグネトロンイオン源)
① 「前述の通り,線形マグネトロンイオン源40の取付場所又はステ
ーションは,スパッタリング領域26又は27の外側であるが,関
連のプラズマの中であり,これはほぼ真空スパッタリングチャンバ
全体に亙って延在する 。 (17頁18行ないし22行)
」
② 「第7図に最も明瞭に示されているように,アノードの湾曲面52
は,磁力線Bにほぼ垂直な電気力線Eを提供する。付随するプラズ
マ中の電子は正電位のアノード46の方へ加速され,発生したE×
Bの場によりマグネトロン走路に沿って捕らえられ又は拘束され,
隣接の入口マニホルド57を介して供給される反応ガスとの衝突の
確率を大幅に増大させて,走路の形態44により画定される強いプ
ラズマを発生させる。 (17頁29行ないし18頁6行)
」
③ 「要約すると,作動中,細長い逆線形マグネトロンイオン源40は ,
その長手寸法が基板支持ドラム14の全高に亙り,その狭い寸法が
回転方向に平行な該支持体の周囲に沿って画定される様にマグネト
ロン走路44により画定される強い細長い反応ゾーンを提供する 。」
(18頁14行ないし21行)
④ 「上記のプロセスは,最高速度のスパッタリングを特徴とする,タ
ーゲットが金属モードで作動することを許す大気中で安定な酸化物
を形成するシリコン,タンタル,チタン,鉄(これに限定されない)
等のスパッタリング金属及び他のスパッタリング可能な材料を必要
とし,一方,該機械内のどこかに,好ましくはマグネトロン増強ス
パッタリングを使って,新しく蒸着された膜を,これを酸化物に変
える活性雰囲気にさらすイオンプロセスを確立する。該金属は好ま
しくは,後の反応プロセス中に酸化を完了させるため,原子数個分
の厚みに蒸着されるに過ぎない。普通は, SiO2 等の材料の所望の厚
みの酸化物層を形成するために,スパッタリング蒸着,酸化,スパ
ッタリング蒸着,酸化のプロセスを必要に応じて繰り返す。次に,
若し Ta2O5 等の別の層を形成しなければならない場合には,同じ反復
プロセスを繰り返す。当然に,酸化物だけ,酸化物及び金属,又は
金属だけの複合層を形成するために,必要に応じて色々な酸化物形
成サイクル及び金属蒸着サイクルを行なうことができる 。 (19頁
」
18行ないし20頁6行)
ウ 本件特許発明の構成要件と米国第1出願書類に記載された事項とを対比
すると,以下のとおりである。
a) 本件発明の構成要件Ⅰは,前記イの下線部(α)に記載されている。
b) 本件発明の構成要件Ⅱは,前記イの下線部(β)に記載されている。
c) 本件発明の構成要件Ⅲ−1ないし4は,前記イの下線部(γ)に記載さ
れている。
d) 本件発明の構成要件Ⅳ−1ないし6,Ⅴは,前記イの下線部(δ)に記
載されている。とりわけ,構成要件Ⅳ−1は前記イ・ c)④に,構成要件
Ⅳ−3は,前記イ・ c)①と米国第1出願書類の第1図及び第2図に記載
されている。
構成要件Ⅳ−3 グリッドのないイオン源装置」 「グリッドのない 」
「 の
及び構成要件Ⅳ−4 局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマ 」
「
の 非ビーム状」
「 については ,米国第1出願書類に直接的な記載はない 。
しかし,米国第1出願書類の第5図から明らかなように,第5図に記載
されているDC磁電管スパッター装置30は,イオンを抽出し,特定の
イオンを加速するためのグリッド機構を有していない。同様に,第6図
及び第7図に記載されている線状磁電管イオン源40は,上記のような
グリッド機構を有していない。したがって,米国第1出願書類に記載さ
れたイオン源は,グリッド機構を有さないイオン源であり ,「グリッド
のないイオン源装置」は,米国第1出願書類添付の図面に記載されてい
るといえる。
また,グリッド機構を有しないイオン源を使用すると,得られるガス
は,従来のイオンビームとは異なり,必然的に特定の方向性のないイオ
ンからなるプラズマ状態となる。このことは,前記イ・ c)①ないし③の
各記載並びに米国第1出願書類の第7図から明らかである。
エ 以上のとおり,本件発明は米国第1出願書類に記載されているので,本
件特許の優先権主張の基礎とされた米国第2出願は,パリ条約4条C(1)
の最初の出願に該当しない。したがって,本件特許にはパリ条約の優先権
の効果は得られず,特許要件の判断時は,実際の日本出願日となる。
オ 刊行物1(乙4)には,次のとおり記載されている(下線部と番号は被
告が付したものである 。 。
)
a) 特許請求の範囲
「( 15)単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)であって,
可動工作物支持体を内蔵した真空チャンバと,
該工作物支持体に隣接して位置して,選択された材料を該工作物上に
スパッタリング蒸着させる少なくとも一つのマグネトロン増強スパッ
タリングカソード装置(γ)とを設け;該選択された材料との選択され
た反応を引き起こすために少なくとも一つのイオン源カソード装置(δ)
を該工作物支持体に隣接させて設け;
該チャンバ内を真空に引き;
該支持体を該装置を通過させて移動させ(β);
該スパッタリングカソード装置を選択的に作動させて,該選択された
材料の層を該基板上に蒸着させ(γ);
該支持体の1回のパス中に,該イオン源カソード装置を該スパッタリ
ングカソード装置と順に選択的に作動させて,該選択された反応を実
質上完了させる(δ)ことから成る方法 」(2頁左下欄13行ないし右下
欄8行)
b) 発明の概要(B.現在のシステム及び動作)
「超硬合金被膜及び金属酸化物被膜等の光学的質の誘電体被膜を含む
薄い被膜を形成する本発明の現在好適な方法(α)においては,直列並
進処理構成,又は,回転する筒型ドラム支持体に,又は回転する遊星
歯車支持体に,又は連続移動ウェブに基板を取り付ける筒型処理構成
を使用する(β)。基板は,一組の処理ステーション,すなわち,( 1)シ
リコン,タンタル等を蒸着させる金属蒸着モードで作動する少なくと
も一つの,好ましくは線形のカソードプラズマ発生装置(例えば,プ
レーナーマグネトロン又はシャッタープルーフ回転型マグネトロン)
(γ)と,これに続く( 2)反応プラズマモードで作動するプレーナーマグ
ネトロン,又は酸素又はその他の窒素,水素又はガス状炭素酸化物(こ
れに限らない)を含む活性ガスを使って該支持体の周辺部付近に細長
い均一な大強度イオン束を作り出して強い反応プラズマを発生させる
イオン銃その他のイオン源等の,同様の装置と,から成る処理ステー
ションの組を通して動かされる。(δ)この装置は蒸着及び反応の両方
に細長いゾーンを提供し,そのゾーン境界は完全に物理的に分離され
る。同様のマグネトロンカソードを使う場合には,一つは金属蒸着モ
ードを提供するために比較的に低い活性ガス(酸素等)分圧で作動さ
せられ( 3),他の一つは比較的に高い活性ガス分圧で作動させられて,
酸化等をさせる強い反応プラズマを発生させる(δ) 。 (5頁左下欄7
」
行ないし右下欄13行)
c) 発明の概要(C.線形マグネトロンイオン源)
① 「前述の通り,線形マグネトロンイオン源40の装置場所又はステ
ーションは,スパッタリング領域26又は27の外側であるが,関
連のプラズマの中であり,これはほぼ真空スパッタリングチャンバ
全体に亙って延在する 。 (10頁左上欄4行ないし8行)
」
② 「第7図に最も明瞭に示されている様に ,アノードの湾曲面52は ,
磁力線Bにほぼ垂直な電気力線Eを提供する。付随するプラズマ中
の電子は正電位のアノード46の方へ加速され,発生したE×Bの
場により該マグネトロン走路に沿って捕らえられ又は拘束され,隣
接の入口マニホルド57を介して供給される反応ガスとの衝突の確
率を大幅に増大させて,走路の形態44により画定される強いプラ
ズマを発生させる 。 (10頁左上欄14行ないし右上欄3行)
」
③ 「要約すると,作動中,細長い逆線形マグネトロンイオン源40は ,
その長手寸法が基板支持ドラム14の全高に亙り,その狭い寸法が
回転方向に平行な該支持体の周囲に沿って画定される様にマグネト
ロン走路44により画定される強い細長い反応ゾーンを提供する 。」
(10頁右上欄10行ないし15行)
④ 「上記のプロセスは,最高速度のスパッタリングを特徴とする,タ
ーゲットが金属モードで作動することを許す大気中で安定な酸化物
を形成するシリコン,タンタル,チタン,鉄(これに限定されない)
等のスパッタリング金属及び他のスパッタリング可能な材料を必要
とし,一方,該機械内のどこかに,好ましくはマグネトロン増強ス
パッタリングを使って,新しく蒸着された膜を,これを酸化物に変
える活性雰囲気にさらすイオンプロセスを確立する。該金属は好ま
しくは,後の反応プロセス中に酸化を完了させるため,原子数個分
の厚みに蒸着されるに過ぎない。普通は, SiO2 等の材料の所望の厚
みの酸化物層を形成するために,スパッタリング蒸着,酸化,スパ
ッタリング蒸着,酸化のプロセスを必要に応じて繰り返す。次に,
若し Ta2O5 等の別の層を形成しなければならない場合には,同じ反復
プロセスを繰り返す。当然に,酸化物だけ,酸化物及び金属,又は
金属だけの複合層を形成するために,必要に応じて色々な酸化物形
成サイクル及び金属蒸着サイクルを行なうことが出来る 。 (10頁
」
右下欄1行ないし11頁左上欄1行)
カ 本件発明の構成要件と刊行物1に記載された事項とを対比すると,以下
のとおりである。
a) 本件発明の構成要件Ⅰは,前記オの下線部(α)に記載されている。
b) 本件発明の構成要件Ⅱは,前記オの下線部(β)に記載されている。
c) 本件発明の構成要件Ⅲ−1ないし4は,前記オの下線部(γ)に記載さ
れている。
d) 本件発明の構成要件Ⅳ−1ないし6,Ⅴは,前記オの下線部(δ)に記
載されている。とりわけ,構成要件Ⅳ−1は前記オ・ c)④に,構成要件
Ⅳ−3は,前記オ・ c)①と刊行物1の第1図及び第2図に記載されてい
る。
構成要件Ⅳ−3 グリッドのないイオン源装置」 「グリッドのない 」
「 の
及び構成要件Ⅳ−4 局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマ 」
「
の「非ビーム状」については ,刊行物1に直接的な記載はない。しかし,
刊行物1の第5図から明らかなように,第5図に記載されているDC磁
電管スパッター装置30は,イオンを抽出し,特定のイオンを加速する
ためのグリッド機構を有していない。同様に,第6図及び第7図に記載
されている線状磁電管イオン源40は,上記のようなグリッド機構を有
していない。したがって,刊行物1に記載されたイオン源は,グリッド
機構を有さないイオン源であり ,「グリッドのないイオン源装置」は,
刊行物1添付の図面に記載されているといえる。
また,グリッド機構を有しないイオン源を使用すると,得られるガス
は,従来のイオンビームとは異なり,必然的に特定の方向性のないイオ
ンからなるプラズマ状態となる。このことは,前記オ・ c)②及び③の各
記載並びに刊行物1の第7図から明らかである。
キ 以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の出願日前に公開された刊行
物1に記載されているので,特許法29条1項3号に規定する新規性要件
を満たさない。また,刊行物1に基づいて当業者が容易に発明できたもの
であるから,特許法29条2項に規定する進歩性要件を満たさない。よっ
て,本件特許は,特許法123条1項2号の規定により無効にされるべき
ものである。
(2) 原告の主張
ア 優先権主張が有効であるためには,第2国の出願に係る発明の全部が優
先権の基礎となる第1国の出願(以下「優先権出願」という 。)に開示さ
れていなければならない。すなわち第2国出願の請求項にカバーされる範
囲の全部が優先権出願に記載されていなければならない。
このことは,単に,第2国出願の構成要件を充足する態様が,第1国出
願に発見されれば足りるというものではない。構成要件としては同じ用語
の使用可能な実施態様が,第1国出願に記載されていても,第2国出願に
おいて,さらに実施態様が追加され,同一の用語を使用しても,その意味
する技術的事項が広がる場合には,第1国出願は優先権主張の基礎として
不十分となる(東京高裁平成15年10月8日判決・平成14年(行ケ)
第539号参照)。
また,第2国出願の発明が,優先権出願の請求項に記載されていること
は,優先権の要件ではないものの,優先権出願に記載された発明を把握す
るに際し,その請求項の記載が重要な指標となることは間違いない(出願
当初の請求項は,明細書に記載された発明を最も広い形で記載するのが普
通である 。 。
)
イ 米国第1出願を検討すると,その請求項のすべてにおいて,直接間接に
「線形マグネトロンスパッタリング装置」を構成要件に含んでいる。米国
第1出願の技術思想が,線形マグネトロンスパッタリング装置を必須のも
のとすることが,この点から明瞭に読み取れる。さらに,米国第1出願書
類を通じ,線形マグネトロンスパッタリング装置(DCマグネトロンスパ
ッタリング装置と同じ意味である 。)を含む装置及びその使用方法が記載
されているのであり,それ以外の態様は見出されない。
したがって,米国第1出願書類からは,DCマグネトロンスパッタリン
グ装置あるいはこれを使用しない方法の発明を認識することは困難であ
る。
ウ これに対し,本件特許発明は,DCマグネトロンスパッタリング装置の
使用に限定されない発明を対象としている。このことは,本件特許の請求
項(請求項1のみならず,すべての請求項)においてDCマグネトロンス
パッタリング装置の記載がないこと,並びに,発明の詳細な説明の一般的
説明部分において ,装置に拘束されない 光学性質を有する薄いフィルム 」
「
の製造方法として発明が記載されていることから容易に理解される。この
部分において,本件特許は , “ 断面の厚さが制御された”…所望の光学
「
的性質を成就するために中心から端部へ湾曲した支持体上に形成された薄
いフィルムの断面を要求どおりに製造すること 」(本件明細書4欄32行
ないし36行 ) 「支持体マスキングを用いることなく…造形された非平
,
面の支持体上に金属酸化物及びその他の前述の材料のような材料の薄いフ
ィルムを付着させる方法を提供する 」(同5欄12行ないし16行 ) 「非
,
平面の支持体上に高速で,非常に耐久性のある均一で光学的性質を有する
薄いフィルム塗膜を形成すること 」(同5欄18行ないし19行 ) 「最適
,
な光学的性能を提供するために所望の均一又は不均一の厚さの前述のよう
な塗膜を形成すること 」(同5欄21行ないし22行)など,本件特許発
明の目的と対象を挙げている。
なお,本件特許は,米国第1出願の部分継続出願である米国第2出願の
優先権を主張している。米国第1出願がDCマグネトロンスパッタリング
装置を含む装置及び方法の発明を記載していたのに対し,米国第2出願は ,
米国第1出願を基礎として,DCマグネトロンスパッタリング装置の使用
による限定を受けない,換言すれば,他のスパッタリング装置を使用する
場合も含めた,金属化合物フィルムの製造方法の発明が成立可能であるこ
とに想到し,さらに,金属化合物フィルム形成の新たな好ましい実施態様
を付加して,完成したものである。
エ 原告は,本件特許発明がDCマグネトロンスパッタリング装置の使用に
限定されない方法として構成されていることを前提として,被告製品が本
件特許を間接侵害していると主張するものである。一方,米国第1出願の
優先権を主張した日本第1出願に係る特許は,DCマグネトロンスパッタ
リング装置の使用に限定されているので,その技術的範囲に被告製品が含
まれないことは明らかである。この点からも,本件特許発明は,米国第1
出願には含まれない広い発明を対象とし,そして,本件特許の優先権出願
である米国第2出願が ,この広い発明を開示していることは明らかである 。
オ 米国第1出願添付の図面と本件特許に係る出願添付の図面とを比較する
と,本件特許に係る出願では,第15B図,第16図ないし第25図が追
加されている。これは,本件特許の「光学性質を有する薄いフィルム」の
製造方法に関する米国第1出願に開示のない実施態様の追加を意味する。
カ その他,本件明細書の発明の詳細な説明の記載において追加されている
技術事項として,例えば次のような事項がある。
a) 請求項1の「調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄い層」と
関連して,厚さが「均一」である制御とともに「望ましい不均一」な制
御という技術思想を開示している(本件明細書16欄19行ないし30
行)。
b) マスキングを用いることなく,斜めの入射角からの付着に伴う問題を
克服する手法について詳細な記載が成されている(同15欄36行ない
し40行)。
これらの技術事項が追加されることによって,本件特許発明は,実施例
のDCマグネトロンスパッタリング装置を使用する場合に限られない薄い
フィルムの形成方法に技術的範囲を拡大するとともに,DCマグネトロン
スパッタリング装置を使用する場合についても技術的範囲を拡大してい
る。
(3) 原告の主張に対する被告の反論
ア 原告の引用する東京高裁平成15年10月8日判決は,優先権主張を伴
う出願が享受する優先権の効果,すなわち優先権の基礎とされた出願書類
に記載された発明と,優先権主張を伴う出願に係る発明との同一性につい
て論じているのであって,先願主義の理論に基づき,判断されるべきもの
である。したがって,かかる論点における同一性は,すべての実施態様を
含んだ概念としての発明が優先権の基礎とされた出願書類に記載されてい
るかどうかで判断される。
これに対し,被告が主張しているのは,優先権の基礎となる「最初の」
出願がどの出願であるかを問題にしているのであって,この点は,パリ条
約4条C(1)の優先期間の実質的延長防止という趣旨に基づき判断され
るべきものである。したがって,優先権主張を伴う出願に係る発明のいず
れかの態様が記載されていれば,その出願が最初の出願に該当する。そう
でないと,優先権主張を伴う出願に係る発明のその態様については,優先
期間が実質的に延長されてしまうからである。
なお,パリ条約4条の優先権の基礎となり得る「最初の」出願であるこ
との要件は,前記判例に係る国内優先権(特許法41条)には要求されな
いものである。
イ 原告は,DCマグネトロンスパッタリング装置が米国第1出願に記載さ
れていることを認めている。したがって,同装置をスパッター付着装置の
態様とする方法発明については,米国第1出願の出願日である1988年
(昭和63年)2月8日が優先期間の起算日となり,本件特許の出願日の
1990年(平成2年)7月18日までの約2年5か月間の優先期間を認
めていることになる。これは,パリ条約4条C(1)の規定の趣旨からい
って不合理である。
ウ 原告は,米国第1出願のCIP出願(一部継続出願)である米国第2出
願において第15B図ないし第25図が追加され,膜厚を均一に制御した
り,不均一に制御したりすることも発明として含まれるようになったと主
張する。
しかし ,「光学性質を有する薄いフィルムを製造する」ことや ,「調整
された厚み特性を有する1以上の物質の薄い層を形成する」ことは,米国
第1出願書類の明細書8頁23行ないし10頁21行に記載されているの
で,原告の上記主張は失当である。
エ 原告は,本件特許発明では,DCマグネトロンスパッタリング装置を使
用する場合に限られない薄いフィルムの形成方法に技術的範囲を拡大して
いることを主張する。
しかし,本件明細書及び図面には,DCマグネトロンスパッタリング装
置のほかは,スパッター付着装置の具体的態様は記載されていない 。仮に ,
本件特許発明に係るスパッター付着装置にDCマグネトロンスパッタリン
グ装置以外の装置が含まれるとすれば,それは,本件特許の出願時におい
て当業者が技術常識として認定できる,例えば公知のスパッター装置であ
って,米国第1出願書類にも記載されているに等しい。
5 争点3−2(本件特許が特許法39条1項に違反しているか)について
(1) 被告の主張
本件特許発明は,本件特許の出願日前に出願された特許第3064301
号(乙5)の請求項11に係る特許発明(以下「先願特許発明」という 。)
と同一であるから,特許法39条1項に規定する要件を満たさない。
ア 先願特許発明
先願特許発明を構成要件に分説すれば次のとおりである(以下,それぞ
れを「構成要件A」のようにいう。 。
)
A 単層,多層膜及び多層複合膜を基板上に形成する薄膜形成方法であっ
て,
B 回転可能な基板支持体を内蔵した真空チャンバと,前記基板支持体に
隣接して位置して,組み合わせて選択された材料を選択的に前記基板上
にスパッタリング蒸着させる少なくとも第1線形マグネトロン増強スパ
ッタリング装置及び第2線形マグネトロン増強スパッタリング装置とを
設け,
C 該選択された材料との選択された反応を引き起こすために少なくとも
一つの線形マグネトロンイオン源装置を該基板支持体に隣接させて設
け,
D 該チャンバ内を真空に引き,
E 該基板支持体を該線形マグネトロン増強スパッタリング装置に対して
連続的に通過するように移動させ,
F 該線形マグネトロン増強スパッタリング装置を選択的に作動させて,
該選択された材料の数原子以下の厚さの層を前記基板上に繰り返して蒸
着させ,
G 前記基板支持体の1回の通過中に,前記線形マグネトロンイオン源装
置を該線形マグネトロン増強スパッタリング装置と同時に作動させて,
数原子以下の厚さの前記層の選択された反応を実質上完了させるために
局所的に増強したプラズマを非ビーム状に発生させ,
H さらに,少なくとも単層,多層及び多層複合材料から選択された数原
子以下の厚さの層を形成するために必要な蒸着及び反応を続ける,こと
から成る薄膜形成方法。
イ 本件特許発明と先願特許発明との対比
a) 本件特許発明の構成要件Ⅰと先願特許発明の構成要件Aとは,いずれ
も支持体や基板に薄膜を形成する方法の発明である点で同一である。
b) 本件特許発明は,構成要件Ⅱ「円筒状キャリヤー上に前記支持体を据
え付け,回転させる工程 ,」を有する。一方,先願特許発明は,構成要
件B「回転可能な基板支持体を内蔵した真空チャンバ」を有し,構成要
件Eのとおり「該基板支持体を該線形マグネトロン増強スパッタリング
装置に対して連続的に通過するように移動させ ,」る。いずれの特許発
明も,支持体や基板を回転する部材に取り付けて,これを回転(スパッ
タリング装置に対していえば,通過するように移動)させる点で同一で
ある。
c) 本件特許発明は,構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作を行う領域に
おいて , ,同2「反応性ガスに対して相対的に高い分圧のスパッター
」
用ガスを使用して ,」同3「前記キャリヤーの周辺に沿って離間して位
置する複数のスパッター付着装置を選択的に操作して , ,同4「前記
」
キャリヤーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄
い層を回転する前記支持体上に選択的にスパッター付着させる工程 ,」
を有する。一方,先願特許発明は,構成要件B「前記基板支持体に隣接
して位置して,組み合わせて選択された材料を選択的に前記基板上にス
パッタリング蒸着させる少なくとも第1線形マグネトロン増強スパッタ
リング装置及び第2線形マグネトロン増強スパッタリング装置」とを設
け,構成要件Fのとおり「該線形マグネトロン増強スパッタリング装置
を選択的に作動させて,該選択された材料の数原子以下の厚さの層を前
記基板上に繰り返して蒸着させ」る。本件特発明の複数のスパッター付
着装置が,先願特許発明の第1線形マグネトロン増強スパッタリング装
置及び第2線形マグネトロン増強スパッタリング装置に相当する。
ところで,本件特許発明の構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作を行
う領域において , ,同2「反応性ガスに対して相対的に高い分圧のス
」
パッター用ガスを使用して ,」に相当する各構成要件は,先願特許発明
の構成要件にはない。しかし,先願特許発明に係る明細書(以下「先願
明細書」という 。)の4頁8欄39行ないし50行に,発明の概要の一
部として「基板は,一組の処理ステーション,即ち,( 1)シリコン,タ
ンタル等を蒸着させる金属蒸着モードで作動する少なくとも一つの,好
ましくは線形のカソードプラズマ発生装置(例えば,プレーナーマグネ
トロン又はシャッタープルーフ回転型マグネトロン ) ,
と これに続く(2)
反応プラズマモードで作動するプレーナーマグネトロン,又は酸素又は
その他の窒素,水素又はガス状炭素酸化物(これに限らない)を含む活
性ガスを使って該基板支持体の周辺部付近に細長い均一な大強度イオン
を作り出して強い反応プラズマを発生させるイオン源からなる処理ステ
ーションの組を通して動かされる 。」と説明されている。この金属蒸着
モードが本件特許発明の金属様式の付着に相当し,先願特許発明におい
ても金属様式の付着操作を行う領域において,スパッタリングすること
は明らかである。また,先願明細書の5頁9欄2行ないし6行に,発明
の概要の一部として「同様のマグネトロンカソードを使う場合には,一
つは金属蒸着モードを提供するために比較的に低い活性ガス(酸素等)
分圧で作動させられ,他の一つは比較的に高い活性ガス分圧で作動させ
られて,酸化等をさせる強い反応プラズマを発生させる 。」と説明され
ている。この「金属蒸着モードを提供するために比較的に低い活性ガス
(酸素など)分圧で作動させられ」が,本件特許発明の構成要件Ⅲ−2
に相当し,先願特許発明においても金属様式の付着操作を行う領域にお
いて反応性ガスに対して相対的に高い分圧のスパッター用ガスを使用す
ることは明らかである。
したがって,本件特許発明の構成要件Ⅲ−1ないし4と,先願特許発
明の構成要件B及びFとは同一である。
d) 本件特許発明は,構成要件Ⅳ−1「前記スパッター付着操作と同時
に , ,同2「スパッター用ガスに対して高い分圧の反応性ガスの存在
」
下において , ,同3「前記スパッター付着装置の位置から離間して位
」
置する少なくとも1つのグリッドのないイオン源装置を操作して , ,
」
同4「局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成し , ,
」
同5「もって,前記キャリヤーの回転中に,付着した1以上の物質を前
記反応性ガスと化学的に反応させ,付着した物質の各層を完全に反応さ
せ」,同6「かつ前記支持体上に選択された薄いフィルムを形成させる
工程」を有する。一方,先願特許発明は,構成要件Gのとおり「前記基
板支持体の1回の通過中に,前記線形マグネトロンイオン源装置を該線
形マグネトロン増強スパッタリング装置と同時に作動させて,数原子以
下の厚さの前記層の選択された反応を実質上完了させるために局所的に
増強したプラズマを非ビーム状に発生させ, ,同Hのとおり「さらに,
」
少なくとも単層,多層及び多層複合材料から選択された数原子以下の厚
さの層を形成するために必要な蒸着及び反応を続ける」ものである。
本件特許発明のグリッドのないイオン源装置は,先願特許発明の線形
マグネトロンイオン源装置に相当するものの,両者は,表現上同一では
ない。
しかし,先願明細書の第5図から明らかなように,第5図に記載され
ている線形マグネトロン増強スパッタリング装置30は,イオンを抽出
し,特定のイオンを加速するためのグリッド機構を有していない。同様
に,第6図及び第7図に記載されている線形マグネトロンイオン源40
は,上記のようなグリッド機構を有していない。上記各図面に記載され
たイオン源は,このようなグリッド機構を有さないイオン源である。し
たがって,先願特許発明の線形マグネトロンイオン源装置は,グリッド
のない線形マグネトロンイオン源装置であるから,本件特許発明のグリ
ッドのないイオン源装置と先願特許発明の線形マグネトロンイオン源装
置は,実質的に同一である。
また,本件特許発明の構成要件Ⅳ−2「スパッター用ガスに対して高
い分圧の反応性ガスの存在下において ,」については,先願明細書の5
頁9欄2ないし6行に,発明の概要の一部として「同様のマグネトロン
カソードを使う場合には,一つは金属蒸着モードを提供するために比較
的に低い活性ガス(酸素等)分圧で作動させられ,他の一つは比較的に
高い活性ガス分圧で作動させられて,酸化等をさせる強い反応プラズマ
を発生させる 。」と説明されている。この「他の一つは比較的に高い活
性ガス分圧で作動させられて,酸化等をさせる強い反応プラズマを発生
させる 。」が本件特許発明の構成要件Ⅳ−2「スパッター用ガスに対し
て高い分圧の反応性ガスの存在下において ,」に相当し,先願特許発明
においても反応性ガスと反応させる領域においてスパッター用ガスに対
して高い分圧の反応性ガスを使用することは明らかである。
したがって,本件特許発明の構成要件Ⅳ−1ないし6と,先願特許発
明の構成要件G及びHとは同一である。
ウ よって,本件特許発明は,特許法39条1項に違反する。
(2) 原告の主張
ア 特許法39条1項違反の有無は,請求項自体の比較(同一性の有無)に
おいて判断される。
先願特許発明は,2つ以上の線形マグネトロンスパッタリング装置と1
つ以上の線形マグネトロンイオン源装置から構成される装置を基本の技術
思想とし,その使用による薄膜形成方法を対象としている。これに対し,
本件特許発明は,このような装置面での規定を有さず,方法における特徴
(金属様式によるスパッタリングと,グリッドのないイオン源装置による
非ビーム状ガスプラズマによる反応を,区分された領域により適用する薄
いフィルムの形成)により構成された発明であって,両者は基本的な技術
思想を異にするものである。
本件特許発明は,金属様式によるスパッタリングを要件とする。一方,
先願特許発明はスパッタリングの様式(モード)を特定する思想がない。
本件特許発明は,スパッター領域の雰囲気につき ,「反応性ガスに対し
て相対的に高い分圧のスパッタ用ガス」というガス組成の規定を設けてい
る。一方 ,先願特許発明は ,単に「該チャンバ内を真空に引き 」と記載し ,
スパッター領域における雰囲気を規定する技術思想を有しない。
本件特許発明は,イオン源装置における雰囲気を「スパッター用ガスに
対して高い分圧の反応性ガスの存在下において」と規定する。一方,先願
特許発明には,この要件に対応する記載は全く存在しない。なお,先願特
許発明が,スパッタ領域とイオン源装置における雰囲気を別個に規定する
技術思想を有しないことは,出願経過に照らしても明らかである。
本件特許発明は , グリッドのないイオン源装置」を使用するのに対し,
「
先願特許発明は ,「線形マグネトロンイオン源装置」を使用するとのみ記
載し,グリッドの有無につき規定する技術思想を有しない。
イ 以上のとおり,請求項の対比をすると,2つの特許発明は基本的な技術
思想を異にし,かつ,本件特許発明は先願特許発明が全く規定しない複数
の技術事項についての規定を含んでいるのであって,到底同一性は認めら
れない。
ウ 被告は,請求項の記載の相違につき,明細書の記載を援用して同一性を
主張する。しかし,請求項の記載は,明細書に開示された技術的事項の中
から,出願人が,自己の発明の構成に必要とする事項のみを抜き出して構
成されるものであり,一つの明細書の開示から,抜き出す事項に応じて複
数の異なる請求項の発明が成立するのである。そのいずれかの請求項を他
の特許発明と比較する場合には,あくまで,当該請求項に取り入れられた
事項に基づいて判断しなければならず,取り入れられていない事項を明細
書から補足するのは不当である。
(3) 原告の主張に対する被告の反論
ア 請求項自体の構成要件が一部相違していても,それぞれの明細書及び図
面に記載された実施例が同一である場合,少なくとも共通する実施例につ
いて特許権が重複するのであるから,特許法39条1項違反に該当する。
なお,請求項に取り入れられた事項のみからは,その請求項に係る発明を
正確に把握することが困難な場合に,明細書の発明の詳細な説明の記載を
参照し,必要であれば,厳密には取り入れられていない事項を請求項に補
足してその請求項に係る発明を解釈することは許されるというべきであ
る。
イ 原告主張の各相違点は,実施例を参照すれば,相違点となるものではな
い。
6 争点3−3(本件特許が特許法29条2項に違反しているか)について
(1) 被告の主張
本件特許発明は,本件特許の優先日(平成元年7月18日)前に公開され
た特開昭62−284076号公報(乙6。以下「刊行物2」という 。)に
記載された発明(以下「引用発明2」という 。 ,特開昭60−23497
)
1号公報(乙7。以下「刊行物3」という 。)に記載された発明(以下「引
用 発 明 3 」 と い う 。 , OPERATION OF BROAD-BEAM SOURCES」
)「
Commonwealth Scientific Corporation 社発行(遅くとも1987年(昭和62
年)に発行 )(乙8の1。以下「刊行物4」という 。)に記載された発明(以
下「引用発明4」という 。)に基づいて当業者が容易に発明できたものであ
るから,特許法29条2項に規定する進歩性要件を満たさない。
ア 刊行物2には,次のとおり記載されている(下線部と番号は被告が付し
たものである 。 。
)
「本発明は,スパッタリング等により低圧雰囲気下に薄膜を形成する方
法およびそれに使用する装置に関する 。 (2頁左上欄7行ないし9行)
」
「スパッタリング等で,金属あるいは酸化物等の金属化合物の薄膜を形
成することが汎く行われている。しかし,金属薄膜を形成する場合と比較
して,スパッタにより酸化物のような金属化合物を形成する場合は,膜の
堆積速度が遅いという問題がある。金属をターゲットとし,スパッタ雰囲
気中に酸素を導入する反応性スパッタリングにより金属酸化物薄膜を成膜
する場合も同様であり,酸素ガスを導入することによりスパッタ速度が著
しく低下してしまう。
また,スパッタや真空蒸着などで得られる化合物薄膜は,その構成元素
が欠乏することもある。たとえば, SiO2 ターゲットをスパッタして薄膜
を形成すると,SiOx(X<2)となってしまう。 Ar と O2 との混合ガス雰
囲気にスパッタを行なうことにより酸素の欠乏は防止しうるが,この場合
には膜の付着速度が1/2∼1/3に低下してしまう。
さらに ,スパッタで薄膜を形成すると,膜の結晶性が不十分であったり ,
膜中に応力が発生する場合が多い。
以上のような問題点は,薄膜を形成した後に空気中でアニーリングする
ことなどにより解消できる場合もあるが,この場合も苛酷なアニーリング
条件が必要であることが多い。 (2頁左上欄11行ないし右上欄15行)
」
「本発明は,膜の構成原子の欠乏,特性の制御,応力の緩和等を行ない
ながら成膜する方法を提供するものである。
本発明は,また,金属ターゲットを用い高速で金属化合物薄膜を成膜す
る薄膜形成方法を提供するものである。
本発明は,また,金属をターゲットないし蒸着材料として用い,膜の堆
積工程自体は金属として堆積し,多様な金属化合物薄膜を形成する方法を
提供するものである。
また,本発明は,膜の厚さ方向に特性を制御することができる成膜方法
を提供するものである。
本発明は,さらに,上記の薄膜形成に使用できる薄膜製造装置を提供す
るものである 。 (2頁右上欄17行ないし左下欄11行)
」
「本発明の第1の薄膜形成方法は,低圧雰囲気下で,超薄膜を堆積する
工程と,この超薄膜にイオンビームを照射する工程とを繰り返し,所望の
膜厚の金属化合物薄膜とすることを特徴とする。
本発明で,超薄膜とは,超薄膜が複数回堆積されて最終的な薄膜となる
ことから ,この最終的な薄膜との混同を防止するために用いた用語であり ,
最終的な薄膜よりも薄いという意味である。
本発明の第2の薄膜形成方法の低圧雰囲気下で基板上に金属の超薄膜を
形成する工程と,この金属の超薄膜に反応性ガスのイオンビームを照射し
て金属化合物の超薄膜に変換する工程とを繰り返し,所望の膜厚の金属化
合物薄膜とする(α)(γ)(δ)ことを特徴とする。
本発明の第1の薄膜製造装置は,
(A) スパッタ電極と,
(B) イオン銃と,
( C) 外周面に基板を保持するようにした筒状の回転基板ホルダー(β)
と,
( D) 該スパッタ電極,イオン銃および回転基板ホルダーを収納する真
空室と,
(E) 該真空室に連結され,該真空室を排気する排気装置
とを具え,
前記( C)回転ホルダーにおける( A)スパッタ電極の対向面と,( B)イオ
ン銃のイオンビーム照射面とが重ならないように,( A) スパッタ電極と
(B) イオン銃とを離間して,(C)回転ホルダーの外周面の外側に配設した
ことを特徴とする 。 (2頁左下欄13行ないし3頁左上欄3行)
」
「第1図および第2図は本発明の薄膜形成方法について説明するための
図である。まず,第1に示したように適当な基板1上に超薄膜2を形成す
る。超薄膜2は最終的に形成される薄膜3(第2図参照)よりも十分に薄
い厚さとする。この超薄膜2の形成はスパッタリング,真空蒸着などによ
り行われる。ついで,この超薄膜2に,イオンビームを照射して膜を改質
して,超薄膜2′とする(第2図参照)(α)(γ)(δ)。このように薄い膜
厚の状態でイオンビームを照射することにより,容易に膜の改質を可能で
あり,たとえば,Arなどの不活性ガスのイオンビームを照射して膜の内側
応力を緩和したり ,あるいは ,膜の充填密度や結晶性を制御できる。また ,
SiO2 等の酸化物などの化合物薄膜を形成した場合に生じる膜中の構成元
素の欠乏(不足)を回復できる。たとえば,膜の組成が SiO X (X<2)
となった場合には,酸素ガスのイオンビームを照射して SiO2 の組成とす
る。
この超薄膜の改質において特に有用であるのは,金属からなる超薄膜2
を形成して,イオンビームの照射により化合物からなる超薄膜2′とする
場合である。TiO 2のような金属酸化物は,金属(Ti)に比べてスパッタ速
度が極端に遅く生産性が悪い。また,金属Tiを酸化ガスの共存下にスパッ
タしてTiO2薄膜とする反応性スパッタの場合も同様である 。以上の事情は,
他の酸化物や,窒化物などの他の化合物薄膜などについても同様である。
さらに,化合物によっては均質なターゲットを製造することが困難で,金
属ターゲットによる反応性スパッタリングによらざるを得ない場合もあ
る。 (3頁右上欄2行ないし左下欄13行)
」
「本発明によれば,まず金属の超薄膜を形成し,これに酸素ガス,窒素
ガスなどの反応性ガスのイオンビームを照射して酸化物,窒化物などに変
換することにより,大きな成膜速度が実現できる。(α)(β)(δ)ここで,
金属ターゲットとしては, Al, Ti, Sn, Cr, Ta, Fe, Si, Te, Ni-Cr, In-Sn などが
用いられ,イオンビームの照射により,Al203, TiO2, Ta2O5, SiO2 の光学膜な
いし絶縁膜, Fe203 などの磁性膜, TiN, CrN などの超硬膜とされる。
このような超薄膜を繰り返して形成して積層することにより,目的とす
る厚さの薄膜3とされる。
超薄膜2の厚さやイオンビームの照射条件は,超薄膜を改質ないしは変
化させえうる範囲で適当に選択される 。イオンビームエッチングと異なり ,
本発明のイオンビーム照射は,超薄膜の酸化等を目的とするものであるの
で,低エネルギーのイオンビーム,たとえば,400 eV 程度以下,好ま
しくは10∼200 eV のものが用いられる 。超薄膜の厚さは,たとえば ,
Ti を酸化して TiO2 とする場合には,5∼50Å程度が好適である。
第3図は,本発明の薄膜製造装置の横断面図であり,筒状の回転基板ホ
ルダー4が真空室5内に立設され,この外周面に基板6が保持されている 。
この回転基板ホルダー4の外周面の外側には,スパッタ電極8およびイオ
ン銃7が離間して配設されている。基板6は,回転基板ホルダー4の回転
につれて,スパッタ電極8の対向面でターゲット9により超薄膜が形成さ
れ,ついで,イオン銃7の前面でイオンビームを照射される。イオンビー
ムの照射条件 圧力 ) ,
( は 通常スパッタ圧力よりも低めに設定されるので ,
この場合は,排気口10をイオンビーム側に設けて,圧力勾配を設けるこ
とが望ましい。12は排気系を,14は隔離板を示す。(β) 」(3頁左下
欄14行ないし4頁左上欄11行)
イ 本件特許発明と引用発明2とは,以下の点で一致する。
a) 本件特許発明の構成要件Ⅰは ,前記アの下線部(α)に記載されている 。
b) 本件特許発明の構成要件Ⅱは,前記アの下線部(β)に記載されている 。
c) 本件特許発明の構成要件Ⅲ−1,同2,同3のうち「前記キャリヤー
の周辺に沿って離間して位置するスパッター付着装置を選択的に操作し
て,」及び同4は,前記アの下線部(γ)に記載されている。
d) 本件特許発明の構成要件Ⅳ−1ないし3,同4のうち「局部的に反応
性の大きいビーム状ガスプラズマを形成し 」,同5,同6及び同Ⅴは,
前記アの下線部(δ)に記載されている。
特に,刊行物2の3頁右上欄2行ないし左下欄13行及び3頁右下欄
18行ないし4頁左上欄11行の各記載によれば,反応操作が反応性ガ
スに対して相対的に高い分圧のスパッター用ガスを使用して行われ,反
応操作がスパッター用ガスに対して高い分圧の反応性ガスの存在下にお
いて行われることは,刊行物2記載の方法及び装置として当然のことで
ある。つまり,一般にスパッタ付着させるときには,不活性ガスを使用
することが周知であり,刊行物2の第3図のようなスパッタとイオン銃
とが隔離板14を介して配置されているようなときに,スパッタ側の反
応性ガスに対するスパッタ用ガスを多くするのは当然であり,仮に逆の
場合にはスパッタ作用が極端に弱まることは周知であり,同様に酸化さ
せるときにスパッタ用ガス(一般には不活性ガス)に対して高い分圧の
反応性ガス(例えば酸素)の存在下とすることも当然の前提である。し
たがって,刊行物2記載の発明の構成においては,本件特許発明の上記
前提は当然のことであり,スパッタ領域に不活性ガスを供給すれば,当
然のこととして他方側は分圧が低くなるものである。よって,刊行物2
には,本件特許発明の構成要件Ⅲ−2「反応性ガスに対して相対的に高
い分圧のスパッター用ガスを使用して ,」と同Ⅳ−2「スパッター用ガ
スに対して高い分圧の反応性ガスの存在下において ,」が記載されてい
るといえる。
ウ 本件特許発明と引用発明2とは,以下の点で相違する。
本件特許発明の構成要件Ⅲ−3 複数のスパッター付着装置 」 「複数 」
「 の ,
同Ⅳ−3「グリッドのないイオン源装置」の「グリッドのない」及び同Ⅳ
−4 局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマ」 「非ビーム状 」
「 の
については,刊行物2に直接的な記載はない。
エ 刊行物3には,複数のスパッタ付着装置を用いてウェブ材料上に異なる
物質からなる一つ以上の金属膜を順次付着形成させる技術が記載されてい
る。したがって,刊行物3には ,「複数のスパッター付着装置」が記載さ
れている。
刊行物4には,グリッド機構を有さないイオン源の基本的な構成が記載
されている。また,このグリッド機構を有さないイオン源によって形成さ
れるプラズマが ,「イオンの加速方向が広がったプラズマ」からなること
が記載されている。この「イオンの加速方向が広がったプラズマ」は,本
件特許の特許権者が訂正請求書の4頁19行ないし22行で主張した「特
定の方向性のないイオンからなるプラズマ」に他ならず,この「イオンの
加速方向が広がったプラズマ」こそがまさに「非ビーム状プラズマ」を表
しているものと考えるべきである。したがって,刊行物4には,構成要件
Ⅳ−3「グリッドのないイオン源装置」及び同Ⅳ−4「局部的に反応性の
大きい非ビーム状ガスプラズマ」が記載されている。
オ 刊行物2ないし4の組合せについて
刊行物3の記載にあるように ,基材上に一つ以上の薄膜を形成するため ,
複数のスパッタ装置を設けることは,従来周知の技術である。
そして,刊行物2には,その従来技術・課題として,酸化物のような金
属化合物薄膜の付着速度を増大させることが記載されており(刊行物2の
2頁左上欄11行ないし右上欄15行 ),これが解決課題(発明の目的)
の一つに挙げられ,これを解決するために,まず基板上に金属の超薄膜を
形成し,次いでこの金属の超薄膜に反応性ガスのイオンビームを照射して
金属化合物の超薄膜に変換し,次いでこれらの工程を繰り返すことで,所
望の膜厚の金属化合物薄膜を得る薄膜形成方法の発明が開示されている。
とすると,本件特許発明のように,「複合フィルムの付着及び形成 」(本
件明細書10頁31行,32行 ) 「造形された非平面の支持体上に高速
,
で,非常に耐久性のある均一で光学的性質を有する薄いフィルム塗膜を形
成する 」(同11頁5行,6行 ) 「先行技術の前述の欠点を全て克服する
,
上に,かなりの付着速度の増大が複数の位置(ステーション)の使用によ
り実現しうるという利点を提供する 。 (同11頁17行ないし19行)
」
こと,つまり,2種以上の薄膜を高速で付着させることを目的として,刊
行物2記載の発明に刊行物3記載の複数のスパッタ装置を適用すること
は,当業者であれば容易に行うことができたものである。
刊行物4の上記記載にみられるように,イオン源には,大きく分けて,
グリッド機構を有するものと有さないものが存在し,グリッド機構を有す
るイオン源を用いて加速されるイオンは,例えばサーチライトのように,
ほぼ加速グリッド面の大きさで加速グリッド面にほぼ垂直方向のイオン束
(イオンビーム)となる一方で,グリッド機構を有さないイオン源を用い
て加速されるイオンは,加速方向が広がった非ビーム状となることは,従
来周知の技術である。
そして,刊行物2には,スパッタ付着された金属薄膜を酸化させるため
に,この金属薄膜に対して反応性ガスのイオンビームを照射する技術が開
示されている。
そうすると,本件特許発明のように ,「通常斜めの入射角付着により生
ずる問題がなく,支持体マスキングを用いることなく,かつ耐久性及び熱
安定性のような関連する利点を有して,造形された非平面の支持体上に金
属酸化物及びその他の前述の材料のような材料の薄いフィルムを付着させ
る方法を提供する 」(本件明細書11頁1行ないし3行 ) 「非平面の支持
,
体上に高速で,非常に耐久性のある均一で光学的性質を有する薄いフィル
ム塗膜を形成する 」 同11頁5行,6行 )こと ,つまり,耐久性があり ,
(
熱安定性が高く,より均一な2種以上の薄膜を形成することを目的として ,
刊行物2記載の発明に刊行物4記載のグリッドのないイオン源装置を操作
し,局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成し,これを酸
化層への変換源に用いる程度のことは,当業者であれば容易に行うことが
できたものと考えるべきである。
なお,上記各刊行物の各構成について,これを互いに組み合わせること
について阻害要因は特に認められない。
カ 以上より,引用発明2に ,引用発明3の「複数のスパッタ付着装置 」と,
引用発明4の「グリッドのないイオン源装置を操作して,局部的に反応性
の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成する」を適用することで,本件特
許発明の構成に至ることは,当業者が容易になし得たことと認められる。
(2) 原告の主張
刊行物2を主引例とする新規性・進歩性欠如の主張については,特許異議
手続において排斥され,本件特許発明の特許性が肯定されている。被告は,
引用発明2に引用発明3及び4を組み合わせることで,本件特許発明は容易
に想到できると主張するものの,上記組合せを行っても,引用発明2と本件
特許発明との本質的な相違点が容易に克服されるものではない。
ア 相違点について
刊行物2には、構成要件Ⅲ−2「反応性ガスに対して相対的に高い分圧
のスパッター用ガス」及び構成要件Ⅳ−2「スパッター用ガスに対して高
い分圧の反応性ガス」という,ガスの分圧調整についての開示が存在しな
い。
刊行物2においては,スパッタ室(膜堆積室)には,酸素を存在させな
いようにしているのであって,不活性ガスよりも相対的に低い分圧で反応
性ガスを存在させることは考えられていない。また,イオンビーム照射の
ために使用するイオン銃が低圧でなければ作動しにくいため,イオンビー
ム室の圧力をスパッタ室の圧力より低く設定していて,真空チャンバーの
内部を隔離板やコンダクタンスプレートで仕切ってある。
一方,本件特許発明では,分圧の調整によって効率よいスパッタ及び反
応を行うようにしたことで,真空加工室内に圧力差をつけるための隔離板
等が不要になった。このような,真空加工室の構成の変更には,刊行物2
に開示のない手段 ,すなわち,第1に金属様式のスパッタリングにおいて ,
反応性ガスを完全に排除するのではなく,相対的に不活性ガスの分圧が高
い状態でスパッタリングを行うこと,第2に,グリッドのないイオン源装
置を使用するに際し,使用圧力を,イオン銃の場合と異なり,スパッタリ
ングの圧力と同等にすることにした。これらの刊行物2との相違点に基づ
き,真空加工室内を単一の圧力として,スパッタ装置とイオン源装置の内
部の分圧を,それぞれ別個に調整するようにしている。
このように,本件特許発明と引用発明2には大きな相違があるのであっ
て,かかる相違点を ,「一般的に当然の前提」という根拠のない理由によ
り無視することはできない。
したがって,本件特許発明と引用発明2との相違点は,①複数のスパッ
タ付着装置の有無(以下「相違点1」という 。 ,②グリッドのないイオ
)
ン源装置による局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマの利用
(以下「相違点2」という 。 ,③スパッタ領域とイオン照射領域におけ
)
る,スパッター用ガスと反応性ガスの分圧の調整 真空加工室を区分して ,
(
それぞれの室の圧力に差を設ける隔離板等の不存在(以下「相違点3」と
いう 。)の3点というべきである。
イ 相違点についての引用発明3及び同4の組合せについて
a) 相違点1について
引用発明2と引用発明3とでは,スパッタの対象物たる材料 基板か ,
(
テープ状の薄膜か ),スパッタの目的(イオンビームにより改質した薄
膜か,複数の種類の薄膜か ),また,スパッタの手順(何度も装置内を
回転させて超薄膜を繰り返し積層させるか,あるいは,一度の周回です
べての積層を順次終了させるか)といった点で相違する。引用発明3の
複数のスパッタ装置を,引用発明2に適用することについては,組合せ
を動機づける要素は引用発明2と引用発明3のいずれにも見あたらない
し,また,装置の対象物及び構造が大きく異なるのであって,具体的な
組合せ形態を考案することは容易でない(スパッタ対象物及び装置全体
の構造の相違が,組合せを阻害する要素となる。 。
)
なお,引用発明2は超薄膜を形成し,酸化するという工程を繰り返す
発明である。この場合には,超薄膜を一層形成するごとに酸化していく
のが最も確実である。これに対し,引用発明3では,非常に多数の成膜
室を設けているところ,このような構成で多層膜を形成し,それを酸化
しようとしても ,完全な酸化は困難になると予想される 。この点からも ,
引用発明3を引用発明2に組み合わせることには阻害要因が存在する。
b) 相違点2及び同3について
① 引用発明2に引用発明4を組み合わせることの困難性について
引用発明2においては ,「低エネルギーイオンビーム」の照射を用
いる(そのためにイオン銃を使用する)ことを前提として,スパッタ
室とイオンビーム照射室との間に,圧力差を設けることを必要とする
設計が行われている。このような圧力差のある真空室は,イオン銃を
使用して「イオンビームの照射」による金属膜の反応を行うことが前
提なのであって,イオンビームを発生しない ,「グリッドのないイオ
ン源装置」を金属膜の反応に利用することができるかどうか,あるい
は,同様の設計で能率的な金属膜の反応が可能かどうかは,当業者に
とって容易に判断できることではない。一方,引用発明4にも ,「グ
リッドのないイオン源装置」が,具体的に金属膜を反応させる手段と
して応用可能であるかについては,何の示唆もない。
さらに,引用発明2には ,「ビームの照射量の変化により,膜特性
を制御する」という考えが示されている 。「照射量の変化」は「イオ
ンビームの照射」という方法によるからこそ可能なのであって,これ
を「グリッドのないイオン源装置」からのイオンビームではないプラ
ズマとした場合,どのように行うのかは当業者にとっても明らかでな
い。したがって,引用発明2には,引用発明4の「グリッドのないイ
オン源装置」の適用を拒む記載がある。
② 引用発明2に引用発明4を組み合わせても,本件特許発明に到達す
ることが困難であることについて
引用発明2に引用発明4を組み合わせて本件特許発明に到達するた
めには,金属様式のスパッタ装置とグリッドのないイオン源装置を組
み合わせた上に,両装置を隔離板のない真空加工室に配置し,金属様
式スパッタリングを反応性ガスの共存下(ただし,相対的に低い反応
性ガスの分圧において)に行うという,引用発明2の構成からの大き
な変更を行わなければならない。このような変更は,引用発明2の技
術思想と相反するものであり,明らかな阻害要因が認められる。
③ 相違点2及び同3による新たな作用効果
本件特許発明では,引用発明2と違って「グリッドのないイオン源
装置による局部的に反応性の大きな非ビーム状ガスプラズマ」を利用
し,さらに ,「スパッタ領域とイオン照射領域における分圧調整」を
行うことで,従来の薄膜形成装置ではなし得なかった,顕著な作用効
果を有するに至った。すなわち ,「非平面の支持体上に金属酸化物及
びその他前述の材料のような材料の薄いフィルムを付着させる」こと
と,「最適な光学的性能を提供するために所望の均一又は不均一の厚
さの前述のような塗膜を形成すること」である(本件明細書5欄11
行ないし23行)。
7 争点4(損害の額)について
(1) 原告の主張
被告は,原告が本件特許の専用実施権の設定登録を受けてから平成18年
3月末日までの間に,被告製品を少なくとも25台販売しており,これによ
り被告が得た利益額は少なくとも1億円に達する。
よって,原告は,同金額を,本件特許発明の侵害行為に基づく損害賠償と
して請求する。
(2) 被告の主張
原告の主張は否認する。
第4 当裁判所の判断
1 争点3−1(本件特許における優先権主張が無効であることから,本件特許
が特許法29条1項3号に違反しているか)について
(1) 本件特許は,パリ条約に基づく優先権主張により,米国第2出願(米国第
1出願の一部継続出願)の出願日である平成元年(1989年)7月18日
を優先日として,平成2年7月18日に日本において出願された。
パリ条約は,特許について優先期間を12箇月と定めた上で(パリ条約4
条C(1 ) ,出願人の恣意による優先期間の延長を防止するため ,
) 「優先期
間は,最初の出願の日から開始する 。」と規定している(同条C(2 ) 。し
)
たがって,本件特許発明(本件特許の請求項1に係る発明)が,米国第2出
願よりも先の日である昭和63年(1988年)2月8日に出願された米国
第1出願に係る米国第1出願書類に記載されているとすれば(パリ条約4条
H参照) 本件特許発明の最初の出願は ,米国第1出願となるのであるから,
,
本件特許発明について米国第2出願に基づく優先権主張は無効となり,本件
特許発明の出願日は ,実際の日本出願の日である平成2年7月18日となる 。
そこで,次に,本件特許発明が,米国第1出願書類に記載されている発明か
否かを検討する。
(2) 本件明細書には次の記載がある(甲2の2 )。
ア 特許請求の範囲
「 請求項1】1以上の支持体に光学性質を有する薄いフィルムを形成
【
する方法であって,
(a) 円筒状キャリヤー上に前記支持体を据え付け,回転させる工程,
(b) 金属様式の付着操作を行う領域において,反応性ガスに対して相対的
に高い分圧のスパッター用ガスを使用して,前記キャリヤーの周辺に沿っ
て離間して位置する複数のスパッター付着装置を選択的に操作して,前記
キャリヤーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄い
層を回転する前記支持体上に選択的にスパッター付着させる工程,及び
(c) 前記スパッター付着操作と同時に,スパッター用ガスに対して高い分
圧の反応性ガスの存在下において,前記スパッター付着装置の位置から離
間して位置する少なくとも1つのグリッドのないイオン源装置を操作し
て,局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマを形成し,もって,
前記キャリヤーの回転中に,付着した1以上の物質を前記反応性ガスと化
学的に反応させ,付着した物質の各層を完全に反応させかつ前記支持体上
に選択された薄いフィルムを形成させる工程,
を含む,支持体上に薄いフィルムを形成する方法 。 (甲2の2・9頁2
」
1行ないし32行)
イ 発明の詳細な説明
「超耐熱性金属塗膜及び金属酸化物塗膜のような光学的特性を有する誘
電性塗膜を含む薄いフィルム塗膜を形成する今日好ましい方法において
は,支持体が回転円筒状ドラムキャリヤー又は回転遊星歯車キャリヤー上
に設けられている円筒状加工装置を用いる。支持体は,( 1)珪素,タンタ
ル等を付着させるための金属付着様式で作動する少くとも1個のスパッタ
ー装置(たとえば,平面磁電管又は CMAG 回転磁電管 ),及び,(2)反応
性プラズマ様式で作業する平面磁電管のような好ましくは1個以上の同様
な装置,又は酸素又は限定するわけではないが窒素,水素又は気体状の炭
素の酸化物を含むその他の反応性ガスを用いて反応性の強いプラズマを発
生させるためのキャリヤーの周囲に隣接する長くて均一な高強度のイオン
束を製造するように構成されたイオンガン又はその他のイオン源を交互に
含む一組の加工ステーションを通過させる。装置は完全に物理的に分離し
た付着及び反応のためのゾーンを提供する。同様な磁電管陰極を用いる場
合には,一方は比較的低い分圧の反応性ガス(たとえば酸素)を用いて金
属付着様式を提供するように作業させ,もう一方は比較的高い分圧で酸化
等のための反応性の強いプラズマを発生させるように作業させる 。 (甲
」
2の2・11頁23行ないし33行)
「一特定面においては,本発明は球状,曲面状及び非均一の自由な形状
の支持体上に均一又は変化した厚さの制御された厚さの断面を有する耐久
性のある高品質塗膜を再現性よく形成するために制御されたプロセスパラ
メータを用いることにより先行技術のそのような支持体上への多層及び単
層の薄いフィルムの真空付着に伴なう多くの困難を除去する 。 (12頁
」
5行ないし8行)
「前述のように,本発明は単純な軸方向回転運動及び高速反応性スパッ
タースキームを用いることによりこれらの問題を克服する。軸方向の回転
により赤道方向の軸に沿って均一性が得られ,スパッターに伴なう高圧に
より極性の均一性のためのガス散乱効果が提供される。スパッターされた
原子の高エネルギーはガス散乱の加熱効果を克服するのに十分であり,そ
の結果良好な耐久性を示す金属酸化物のような物質のフィルムを形成す
る。高速は,球のような(限定するわけではない)支持体が高速金属スパ
ッターゾーン及びエネルギーの高い反応性プラズマを交互に通過して回転
する前述のような独特な反応性スパッタースキームを用いることにより成
しうる。この円筒状のものの回転及びスパッター付着及び反応技術(現在
では,平面(判決注: 半面」は誤記と認める 。
「 )磁電管及び反応性プラ
ズマ技術)の組合せにより望ましい結果が得られる。大きな表面積及び/
又は多数の平面又は球面又はその他の,複雑な屈曲に形成された及び/又
は低融点材料から形成された自由な支持体を含む支持体上に高速で制御さ
れた厚さに付着された再現性のある非常に耐久性の光学的な薄いフィルム
塗膜が提供される。
本発明に関して本明細書において使用されている“断面の厚さが制御さ
れた(controlled thickness profile)”又は“均一性の制御された(Co
ntrolled uniformity )”のような句は,平面又は曲面上に精確に一定の
厚さの塗膜を付着させる能力ばかりではなく,分光性能のような所望の設
計の目的を成就するために曲面に沿って付着させた塗膜の厚さを制御して
変化させる能力も意味することは強調されるべきである 。 (12頁19
」
行ないし33行)
「前述のように,線状磁電管イオン源40の取付位置すなわちステーシ
ョンはスパッター領域26又は27の外側であるが関連するプラズマの内
部であり,このものは実質的に真空スパッター室に延在している 。 (1
」
4頁33行,34行)
「第7図に最も明らかに示されるように,陽極の曲がった表面52が磁
場線Bに実質的に垂直な電場線Eを提供する。関連するプラズマ中の電子
は正の陽極46に向けて加速され,磁電管の走路に沿って得られたE×B
の場により捕捉又は閉じこめられ,隣接する入口マニホールド57より供
給される反応体ガスとの衝突の確率が非常に増大することにより,走路の
形状44により郭成された強いプラズマが発生する 。 (14頁37行な
」
いし41行)
「要するに,作業中には細長い逆の線状磁電管イオン源40は,その長
い方の寸法が実質的に支持体キャリヤードラム14の高さに,及びその短
い方の寸法が回転方向に平行なキャリヤーの周囲に沿って郭成される磁電
管の走路44により郭成される強くて長くて狭い反応ゾーンを提供する。」
(14頁49行ないし51行)
「前述の方法は,限定するつもりはないが,珪素,タンタル,チタン,
鉄又は金属様式でターゲットを作業させうる,大気中で安定な酸化物を形
成するスパッター可能なその他の金属材料のような金属材料をスパッター
することを含み,新たに付着されたフィルムを酸化物に変換する反応性の
雰囲気中に暴露するのに好ましくは磁電管増大スパッターを使用するイオ
ンプロセスを確立する機械における他の場においても最高速度のスパッタ
ーを特徴とする。金属は,その後の反応プロセス中の酸化が完了するため
に好ましくは数原子以下の厚さで付着させる。典型的には,ドラム14を
空間的に連続するスパッター及び反応ゾーンを通過するように回転させ,
スパッター付着,酸化,スパッター付着,酸化のプロセスを酸化物層が所
望の厚さの SiO2 のような物質にするのに必要なだけ繰返す 。従って, 2O5
Ta
のような異なる層を形成する場合には同様な反復プロセスを繰返す。明ら
かに,種々の酸化物形成サイクル及び金属付着サイクルは,酸化物単独,
酸化物及び金属,又は金属単独の複合材料形成の必要に応じて適用しう
る。 (15頁8行ないし17行)
」
(3) 証拠(乙3の1(抄訳は乙3の2 ))によれば,米国第1出願書類には次
の記載がある(下線部と番号は当裁判所が付したものである 。 。
)
ア 特許請求の範囲
「22.低温で,単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)で
あって,
回転可能な筒状の工作物支持装置(β)を内蔵した真空チャンバと;
ドラムの周辺部に隣接して位置し,選択された材料を前記工作物上に蒸着
させる少なくとも第1の線形マグネトロンスパッタリング装置(γ)と,前
記筒状の工作物支持装置の周辺部に隣接して位置し,前記スパッタリング
蒸着された材料を酸化させる少なくとも第1の酸化装置(δ)と,を備え;
前記真空チャンバ内を真空に引き;
前記工作物支持装置を回転させ(β);
選択的に及び連続的に前記各装置を作動させて,前記基板上に前記材料の
層を蒸着させ,該層を酸化させることからなる方法 」(乙3の1・54頁
11行ないし25行)
「35.単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)であって,
可動工作物支持体を内蔵した真空チャンバと,
前記工作物支持体に隣接して位置し,選択された材料を前記工作物上にス
パッタリング蒸着させる少なくとも一つのマグネトロン増強スパッタリン
グカソード装置(γ)とを備え;前記選択された材料に選択された反応をも
たらす少なくとも一つのイオン源装置(δ)を前記工作物支持体に隣接させ
て設け;
前記真空チャンバ内を真空に引き;
前記工作物支持体を前記各装置を通過させて移動させ(β);
前記マグネトロン増強スパッタリングカソード装置を選択的に作動させ
て,前記選択された材料の層を前記基板上に蒸着させ(γ);
前記工作物支持体が1回通過する間に,前記イオン源装置を前記マグネト
ロン増強スパッタリングカソード装置と連動させて選択的に作動させ,選
択された反応を実質的に完了させる(δ)ことを特徴とする方法 」(57頁
7行ないし24行)
イ 発明の概要(B。現在のシステム及び動作)
a) 「超硬合金被膜及び金属酸化物被膜等の光学的な誘電体被膜を含む薄
い被膜を形成する本発明の現在好適な方法(α)においては,直列並進
処理構成,又は,回転する筒型ドラム支持体に,又は回転する遊星歯
車支持体に,又は連続移動ウェブに基板を取り付ける筒型処理構成を
使用する(β)。基板は,一組の処理ステーション,すなわち,( 1)シリ
コン,タンタル等を蒸着させる金属蒸着モードで作動する少なくとも
一つの,好ましくは線形のカソードプラズマ発生装置(例えば,プレ
ーナーマグネトロン又はシャッタープルーフ回転型マグネトロン)(γ)
と,これに続く( 2)反応プラズマモードで作動するプレーナーマグネト
ロン,又は酸素又はその他の窒素,水素又はガス状炭素酸化物(これ
に限らない)を含む活性ガスを使って該支持体の周辺部付近に細長い
均一な大強度イオンを作り出して強い反応プラズマを発生させるイオ
ン銃その他のイオン源等の,同等の装置と,からなる処理ステーショ
ンの組を通して動かされる。(δ)この装置は蒸着及び反応の両方に細
長いゾーンを提供し,そのゾーン境界は完全に物理的に分離される。
同様のマグネトロンカソードを使う場合には,一つは金属蒸着モード
を提供するために比較的に低い活性ガス(酸素等)分圧で作動させら
れ(γ),他の一つは比較的に高い活性ガス分圧で作動させられて,酸
化等をさせる強い反応プラズマを発生させる(δ) 。 (5頁30行ない
」
し6頁30行)
b) 「 本発明は ,一つの特別の面においては,球状 ,湾曲状及び不均一で ,
普通でない形状の基板上に複数層及び単一層の薄膜を真空蒸着する従
来技術に伴う主な困難を,そのような基板上に,所定の均一な厚み又
は可変厚みの,制御された厚みプロフィールをもって丈夫な,高品質
の被膜を再現可能に形成することにより,解消するものである 。 (8
」
頁23行ないし30行)
「前記のように,本発明は,単純な軸回転運動を本発明の高速反応ス
パッタリング方式と組み合わせることにより,これらの問題を克服す
る。軸回転により赤道軸に沿って均一性が得られると共に,スパッタ
リングに伴う固有の高圧により極付近での均一性を作るガス散乱効果
が得られる。スパッタリングした原子のエネルギーは,散乱するガス
の熱化効果を克服するのに十分な大きさを持っており,被膜は良好な
耐久性を示す。高速金属スパッタリングゾーンと,エネルギーのある
反応プラズマ(ゾーン)とを交互に通して電球等(これに限定されな
いが)の基板を回転させる上記の独特の反応スパッタリング方式を使
うことにより,高速を達成することができる。回転する筒状形態と,
プレーナーマグネトロン蒸着・反応技術(より詳しくは,プレーナー
マグネトロン及び反応プラズマ技術)とのこの組合せは,所望の結果
を達成する 。:すなわち,複雑な曲率に形成され及び/又は低融点材料
から形成された,ありきたりでない基板を含む,大面積及び/又は多
数の平らな又は球形の又はその他の湾曲した基板上に制御された均一
さをもって高速で,再現可能な,高度の耐久性を持った,光学的薄膜
を蒸着させることができる。
本明細書において,本発明に関して使う「制御された厚みプロフィー
ル」又は「制御された均一さ」という表現は,平らな又は湾曲した面
上に精密に均一な厚みの被膜を蒸着させる能力のみならず,湾曲凹面
に沿って蒸着される被膜の厚みを制御可能な態様で変化させて,スペ
クトル性能等の所望の設計目的を達成する能力をも意味することを強
調しておく 。 (9頁21行ないし10頁21行)
」
ウ 発明の詳細な説明(C.線形マグネトロンイオン源)
a) 「前述の通り,線形マグネトロンイオン源40の取付場所又はステー
ションは,スパッタリング領域26又は27の外側であるが,関連の
プラズマの中であり,これはほぼ真空スパッタリングチャンバ全体に
亙って延在する 。 (17頁18行ないし22行)
」
b) 「第7図に最も明瞭に示されているように ,アノードの湾曲面52は ,
磁力線Bにほぼ垂直な電気力線Eを提供する。付随するプラズマ中の
電子は正電位のアノード46の方へ加速され,発生したE×Bの場に
よりマグネトロン走路に沿って捕らえられ又は拘束され,隣接の入口
マニホルド57を介して供給される反応ガスとの衝突の確率を大幅に
増大させて,走路の形態44により画定される強いプラズマを発生さ
せる 。 (17頁29行ないし18頁6行)
」
c) 「要約すると,作動中,細長い逆線形マグネトロンイオン源40は,
その長手寸法が基板支持ドラム14の全高に亙り,その狭い寸法が回
転方向に平行な該支持体の周囲に沿って画定される様にマグネトロン
走路44により画定される強い細長い反応ゾーンを提供する 。 (18
」
頁14行ないし21行)
d) 「上記のプロセスは,最高速度のスパッタリングを特徴とする,ター
ゲットが金属モードで作動することを許す大気中で安定な酸化物を形
成するシリコン,タンタル,チタン,鉄(これに限定されない)等の
スパッタリング金属及び他のスパッタリング可能な材料を必要とし,
一方,該機械内のどこかに,好ましくはマグネトロン増強スパッタリ
ングを使って,新しく蒸着された膜を,これを酸化物に変える活性雰
囲気にさらすイオンプロセスを確立する。該金属は好ましくは,後の
反応プロセス中に酸化を完了させるため,原子数個分の厚みに蒸着さ
れるに過ぎない。普通は, SiO2 等の材料の所望の厚みの酸化物層を形
成するために,スパッタリング蒸着,酸化,スパッタリング蒸着,酸
化のプロセスを必要に応じて繰り返す。次に,若し Ta2O5 等の別の層を
形成しなければならない場合には,同じ反復プロセスを繰り返す。当
然に,酸化物だけ,酸化物及び金属,又は金属だけの複合層を形成す
るために,必要に応じて色々な酸化物形成サイクル及び金属蒸着サイ
クルを行なうことができる 。 (19頁18行ないし20頁6行)
」
(4) 本件特許発明の構成要件と米国第1出願書類に記載された事項とを対比す
ると,以下のとおりである。
ア 本件特許発明の構成要件Ⅰ「1以上の支持体に光学性質を有する薄いフ
ィルムを形成する方法であって ,」は,前記( 3)の下線部(α)に記載され
ている。
イ 本件特許発明の構成要件Ⅱ「円筒状キャリヤー上に前記支持体を据え付
け,回転させる工程,」は,前記( 3)の下線部(β)に記載されている。
ウ 本件特許発明の構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作を行う領域におい
て , ,同2「反応性ガスに対して相対的に高い分圧のスパッター用ガス
」
を使用して ,」同3「前記キャリヤーの周辺に沿って離間して位置する複
数のスパッター付着装置を選択的に操作して ,」及び同4「前記キャリヤ
ーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄い層を回転
する前記支持体上に選択的にスパッター付着させる工程 ,」は,前記( 3)
の下線部(γ)に記載されている。そして,構成要件Ⅲ−3「スパッター装
置」として,米国第1出願書類と本件明細書の双方に,線形マグネトロン
スパッタリング装置ないしDCマグネトロンスパッタリング装置が記載さ
れている。
エ 本件特許発明の構成要件Ⅳ−1「前記スパッター付着操作と同時に , ,
」
同2「スパッター用ガスに対して高い分圧の反応性ガスの存在下におい
て , ,同3「前記スパッター付着装置の位置から離間して位置する少な
」
くとも1つの・・・イオン源装置を操作して , ,同4「局部的に反応性
」
の大きい・・・ガスプラズマを形成し , ,同5「もって,前記キャリヤ
」
ーの回転中に,付着した1以上の物質を前記反応性ガスと化学的に反応さ
せ,付着した物質の各層を完全に反応させ」及び同6「かつ前記支持体上
に選択された薄いフィルムを形成させる工程 ,」並びにⅤ「を含む,支持
体上に薄いフィルムを形成する方法。 は,前記(3)の下線部(δ) ,ウの a)
」
及び d)に記載されている。
また,構成要件Ⅳ−3「グリッドのないイオン源装置」の「グリッドの
ない」及び構成要件Ⅳ−4「局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラ
ズマ」の「非ビーム状」については,上記認定の米国第1出願書類の説明
部分には記載されていない。しかし,米国第1出願書類の第5図に記載さ
れているDC磁電管スパッター装置30は,イオンを抽出し,特定のイオ
ンを加速するためのグリッド機構を有していないことが明らかであり,同
様に,第6図及び第7図に記載されている線状磁電管イオン源40は,上
記のようなグリッド機構を有していない。したがって,米国第1出願書類
に記載されたイオン源は,グリッド機構を有さないイオン源であり ,「グ
リッドのないイオン源装置」は,米国第1出願書類添付の図面に記載され
ているものと認められる。そして,前記( 3)・ウの b)及び c)並びに米国第
1出願書類添付の第7図によれば,グリッド機構を有しないイオン源を使
用すると,得られるガスは,従来のイオンビームとは異なり,必然的に特
定の方向性のないイオンからなるプラズマ状態となるものである。したが
って,構成要件Ⅳ−3「グリッドのないイオン源装置」の「グリッドのな
い」及び構成要件Ⅳ−4「局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズ
マ」の「非ビーム状」についても,米国第1出願書類に記載されている。
(5) 以上のとおり,本件特許発明は,そのすべての構成要件が米国第1出願書
類に記載されているものと認められる。
したがって,本件特許発明において優先権主張の基礎とされるべきものは ,
米国第1出願であり,優先権主張の基礎とされた米国第2出願は,パリ条約
4条C(2)の「最初の出願」に該当しない。したがって,本件特許発明に
ついてパリ条約の優先権の効果は得られず,本件特許発明の出願日は,実際
の日本出願の日となるものである。本件特許の日本出願の日は,米国第1出
願の出願日から既に2年以上経過した後になされているのであるから,米国
第1出願書類に記載された発明が,その継続出願である米国第2出願書類に
も記載されているとしても,この発明について米国第2出願日を優先権主張
日とすることができると解することは,特許について優先期間を12箇月と
定めたパリ条約4条C(1)の規定に反する結果となることは明らかである。
なお,米国第1出願書類に記載されておらず,米国第2出願書類にのみ記載
されている発明があるとすれば,原告は,当該発明については,米国第2出
願に基づく優先権主張をすることができるものの ,本件特許発明については ,
上記のとおりそのすべての構成要件が米国第1出願書類に記載されているの
であるから,本件特許発明については,米国第2出願に基づく優先権を主張
することができないのである。
(6) 原告は,米国第1出願においては,DCマグネトロンスパッタリング装置
を含む装置及びその使用方法が記載されているにすぎないのに対し,本件特
許発明においては,実施例のDCマグネトロンスパッタリング装置を使用す
る場合に限ることなく ,「光学性質を有する薄いフィルム」の形成方法に技
術的範囲を拡大するとともに,DCマグネトロンスパッタリング装置を使用
する場合についても,本件明細書添付の第15B図,第16図ないし第25
図に記載された実施態様 ,「望ましい不均一」な制御,マスキングを用いる
ことなく斜めの入射角からの付着に伴う問題を克服する手法にまで技術的範
囲を拡大しているのであって,したがって,米国第1出願は「最初の出願」
に該当しないと主張する。
しかし,上記主張から明らかなとおり,原告は,昭和63年2月8日に出
願された米国第1出願書類において,DCマグネトロンスパッタリング装置
を用いた本件特許発明の構成がすべて記載されていることを自認している。
したがって,本件特許発明のうち,少なくともDCマグネトロンスパッタリ
ング装置を用いた構成については,平成2年7月18日の本件特許出願時に
おいて既に米国第1出願日(1988年(昭和63年)2月8日)から2年
5月以上経過しており,パリ条約上の優先権を主張し得る期間を徒過してい
たのであるから,本件特許発明の上記構成について優先権主張が認められな
いことは明らかである。
仮に,原告主張のとおり本件特許発明の技術的範囲がDCマグネトロンス
パッタリング装置を用いた構成(米国第1出願書類に記載された構成)より
も広いものであるとしても,少なくともDCマグネトロンスパッタリング装
置に関する構成を含む本件特許発明について優先権主張を認めることができ
ないことは明らかである。
(7) 本件特許の出願日前である平成2年1月9日に公開された特開平2−49
67号公報(刊行物1・乙4)には,次のとおり記載されている(下線部と
番号は当裁判所が付したものである 。 。なお,刊行物1に係る出願は,米
)
国第1出願を基礎とする優先権主張をしているのであって,米国第1出願書
類に記載された内容と実質的に同一である。
ア 特許請求の範囲
「(15)単層膜及び多層複合膜を基板上に形成する方法(α)であって,
可動工作物支持体を内蔵した真空チャンバと,
該工作物支持体に隣接して位置して,選択された材料を該工作物上にスパ
ッタリング蒸着させる少なくとも一つのマグネトロン増強スパッタリング
カソード装置(γ)とを設け;該選択された材料との選択された反応を引き
起こすために少なくとも一つのイオン源カソード装置(δ)を該工作物支持
体に隣接させて設け;
該チャンバ内を真空に引き;
該支持体を該装置を通過させて移動させ(β);
該スパッタリングカソード装置を選択的に作動させて,該選択された材料
の層を該基板上に蒸着させ(γ);
該支持体の1回のパス中に,該イオン源カソード装置を該スパッタリング
カソード装置と順に選択的に作動させて,該選択された反応を実質上完了
させる(δ)ことから成る方法。 (2頁左下欄13行ないし右下欄9行)
」
イ 発明の概要(B.現在のシステム及び動作)
「超硬合金被膜及び金属酸化物被膜等の光学的質の誘電体被膜を含む薄
い被膜を形成する本発明の現在好適な方法(α)においては,直列並進処理
構成,又は,回転する筒型ドラム支持体に,又は回転する遊星歯車支持体
に,又は連続移動ウェブに基板を取り付ける筒型処理構成を使用する(β) 。
基板は,一組の処理ステーション,すなわち,(1)シリコン,タンタル等
を蒸着させる金属蒸着モードで作動する少なくとも一つの,好ましくは線
形のカソードプラズマ発生装置(例えば,プレーナーマグネトロン又はシ
ャッタープルーフ回転型マグネトロン)(γ)と,これに続く( 2)反応プラ
ズマモードで作動するプレーナーマグネトロン,又は酸素又はその他の窒
素,水素又はガス状炭素酸化物(これに限らない)を含む活性ガスを使っ
て該支持体の周辺部付近に細長い均一な大強度イオン束を作り出して強い
反応プラズマを発生させるイオン銃その他のイオン源等の ,同様の装置と,
から成る処理ステーションの組を通して動かされる。(δ)この装置は蒸着
及び反応の両方に細長いゾーンを提供し,そのゾーン境界は完全に物理的
に分離される。同様のマグネトロンカソードを使う場合には,一つは金属
蒸着モードを提供するために比較的に低い活性ガス(酸素等)分圧で作動
させられ( 3),他の一つは比較的に高い活性ガス分圧で作動させられて,
酸化等をさせる強い反応プラズマを発生させる(δ) 。 (5頁左下欄7行
」
ないし右下欄13行)
ウ 発明の概要(C.線形マグネトロンイオン源)
a) 「前述の通り,線形マグネトロンイオン源40の装置場所又はステー
ションは,スパッタリング領域26又は27の外側であるが,関連の
プラズマの中であり,これはほぼ真空スパッタリングチャンバ全体に
亙って延在する 。 (10頁左上欄4行ないし8行)
」
b) 「第7図に最も明瞭に示されている様に,アノードの湾曲面52は,
磁力線Bにほぼ垂直な電気力線Eを提供する。付随するプラズマ中の
電子は正電位のアノード46の方へ加速され,発生したE×Bの場に
より該マグネトロン走路に沿って捕らえられ又は拘束され,隣接の入
り口マニホルド57を介して供給される反応ガスとの衝突の確率を大
幅に増大させて,走路の形態44により画定される強いプラズマを発
生させる 。 (10頁左上欄14行ないし右上欄3行)
」
c) 「要約すると,作動中,細長い逆線形マグネトロンイオン源40は,
その長手寸法が基板支持ドラム14の全高に亙り,その狭い寸法が回
転方向に平行な該支持体の周囲に沿って画定される様にマグネトロン
走路44により画定される強い細長い反応ゾーンを提供する 。 (10
」
頁右上欄10行ないし15行)
d) 「上記のプロセスは,最高速度のスパッタリングを特徴とする,ター
ゲットが金属モードで作動することを許す大気中で安定な酸化物を形
成するシリコン,タンタル,チタン,鉄(これに限定されない)等の
スパッタリング金属及び他のスパッタリング可能な材料を必要とし,
一方,該機械内のどこかに,好ましくはマグネトロン増強スパッタリ
ングを使って,新しく蒸着された膜を,これを酸化物に変える活性雰
囲気にさらすイオンプロセスを確立する。該金属は好ましくは,後の
反応プロセス中に酸化を完了させるため,原子数個分の厚みに蒸着さ
れるに過ぎない。普通は, SiO2 等の材料の所望の厚みの酸化物層を形
成するために,スパッタリング蒸着,酸化,スパッタリング蒸着,酸
化のプロセスを必要に応じて繰り返す。次に,若し Ta2O5 等の別の層を
形成しなければならない場合には,同じ反復プロセスを繰り返す。当
然に,酸化物だけ,酸化物及び金属,又は金属だけの複合層を形成す
るために,必要に応じて色々な酸化物形成サイクル及び金属蒸着サイ
クルを行なうことが出来る 。 (10頁右下欄1行ないし11頁左上欄
」
1行)
(8) 本件特許発明の構成要件と刊行物1に記載された事項(引用発明1)とを
対比すると,以下のとおりである。
ア 本件特許発明の構成要件Ⅰ「1以上の支持体に光学性質を有する薄いフ
ィルムを形成する方法であって ,」は,前記( 7)の下線部(α)に記載され
ている。
イ 本件特許発明の構成要件Ⅱ「円筒状キャリヤー上に前記支持体を据え付
け,回転させる工程,」は,前記( 7)の下線部(β)に記載されている。
ウ 本件特許発明の構成要件Ⅲ−1「金属様式の付着操作を行う領域におい
て , ,同2「反応性ガスに対して相対的に高い分圧のスパッター用ガス
」
を使用して , ,同3「前記キャリヤーの周辺に沿って離間して位置する
」
複数のスパッター付着装置を選択的に操作して ,」及び同4「前記キャリ
ヤーの回転中に,調整された厚み特性を有する1以上の物質の薄い層を回
転する前記支持体上に選択的にスパッター付着させる工程 ,」は,前記( 7)
の下線部(γ)に記載されている。そして,構成要件Ⅲ−3「スパッター装
置」として,刊行物1に,線形マグネトロンスパッタリング装置ないしD
Cマグネトロンスパッタリング装置が記載されている。
エ 本件特許発明の構成要件Ⅳ−1「前記スパッター付着操作と同時に , ,
」
同2「スパッター用ガスに対して高い分圧の反応性ガスの存在下におい
て , ,同3「前記スパッター付着装置の位置から離間して位置する少な
」
くとも1つの・・・イオン源装置を操作して , ,同4「局部的に反応性
」
の大きい・・・ガスプラズマを形成し , ,同5「もって,前記キャリヤ
」
ーの回転中に,付着した1以上の物質を前記反応性ガスと化学的に反応さ
せ,付着した物質の各層を完全に反応させ」及び同6「かつ前記支持体上
に選択された薄いフィルムを形成させる工程 ,」並びにⅤ「を含む,支持
体上に薄いフィルムを形成する方法。 は,前記(7)の下線部(δ) ,ウの a)
」
及び d)に記載されている。
また,構成要件Ⅳ−3「グリッドのないイオン源装置」の「グリッドの
ない」及び構成要件Ⅳ−4「局部的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラ
ズマ」の「非ビーム状」については,上記認定の刊行物1の説明部分には
記載されていない。しかし,刊行物1の第5図に記載されているDCマグ
ネトロンスパッターリング装置30は,イオンを抽出し,特定のイオンを
加速するためのグリッド機構を有していないことが明らかであり,同様に,
第6図及び第7図に記載されている線形マグネトロンイオン源40は,上
記のようなグリッド機構を有していない。したがって,刊行物1に記載さ
れたイオン源は,グリッド機構を有さないイオン源であり ,「グリッドの
ないイオン源装置」は,刊行物1添付の図面に記載されているものと認め
られる。そして,前記(7)・ウの b)及び c)並びに刊行物1の第7図によれ
ば,グリッド機構を有しないイオン源を使用すると,得られるガスは,従
来のイオンビームとは異なり,必然的に特定の方向性のないイオンからな
るプラズマ状態となるものである。したがって,構成要件Ⅳ−3「グリッ
ドのないイオン源装置」の「グリッドのない」及び構成要件Ⅳ−4「局部
的に反応性の大きい非ビーム状ガスプラズマ」の「非ビーム状」について
も,刊行物1に記載されているものと認められる。
オ 以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の出願日前に公開された刊行
物1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に規定する新規性要
件を満たさないものである。
(9) したがって,本件特許発明は,引用発明1と同一であるから新規性に欠
けるものであり,本件特許は,特許法123条1項2号の規定により無効
にされるべきものであるから,専用実施権者である原告は,その権利を行
使することができないというべきである(特許法104条の3第1項 )。
2 結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がな
いのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 吉 川 泉
別紙 物件目録
下記概念図の構造を有し,下記操作方法により使用されるスパッタ装置(商品名
「ロードロック式スパッタ成膜装置RASシリーズ 」 モデル名 RAS1100 」
, 「 ,
「RAS1100C」 。
)
概念図(省略)
操作方法
(イ) 基板ドラム⑥に,薄膜を形成する基板を装着し,回転させる。
(ロ) 金属ターゲット④を備えた2つのスパッタ室中のアルゴンガスの分圧を酸
素ガスの分圧より高くし,スパッタ電源を作動させて,酸素ガス不含有の場
合の成膜速度と同等の成膜速度により,金属の不完全酸化膜のスパッタリン
グを行う。2つのスパッタ室のターゲットは同一の金属でも異なる金属でも
よい。
(ハ) イオン束をつくる(イオンを加速させる)陽極を有しないRFプラズマ発
生装置からなるラジカル酸素源①を備える反応室中の酸素ガスの分圧をアル
ゴンガスの分圧より高くし,RF電源を作動させて酸素のプラズマを発生さ
せる。
(ニ) 基板がスパッタ室を通過する際に,金属不完全酸化膜を形成させ,反応室
を通過する際に,金属不完全酸化物膜を完全酸化物膜に酸化する。
(ホ) 基板上に形成された薄膜の厚さが予定の厚さになるまで,スパッタリング
と酸化反応を継続する。
(別紙「特許公報」等省略)
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